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よしなしごと アーカイブ

2024年11月01日

アレンタウン

大統領選の年にアメリカにいるなら1度は行っておくべきだろう。トランプの選挙集会。

激戦州ペンシルベニアのアレンタウンという街で開かれるというので行ってきました。家から200マイル(=320キロ)、車で3時間半。まあこれなら行けるだろうと思った。実は夏休みに車でタングルウッドまで行こうと思っていて(コロナで行けなくなったが)1泊目の宿泊地にと思っていたのがアレンタウンでした。運転してたので写真はありませんが、紅葉ドライブを堪能しまくりました。

石炭、製鉄、製造業の街だったのが1980年代くらいには廃れてしまい、ビリー・ジョエルが悲哀を歌った「アレンタウン」という歌があります。2000年代にはラストベルトの一角になったそうですが、その後は再開発を進めてきれいなアパートが建ち、商店街もできて、住みやすい街ランキングにも登場するようになったんだって。フィラデルフィアは家賃が高くてちょっとね、という人たちが住んでるみたいです。ラテン系がマジョリティとのこと。

集会は夜なのですが、15時にはドアオープンというのでその時間を目指して行きました。
まあすごい人出で、会場のホールをぐるっと1周して、なおつづら折りになるくらいの列。
並んでたらシールもらいました。
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MAGAハットはみんなどこで買ってるのだろうと思ったら、外で売ってるのな。
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弊管理人の前に並んでいるのはたぶんラテン系のお兄さん2人組、後ろは田舎の白人お姉さん2人と中年夫婦2人。若い人も女性も結構、というかかなりいます。しかしイキってる感じはなく、前のお兄さん2人組はシール落としたので拾って「落としたよ」って渡してあげたら「ありがと~!!」って喜んでた。後ろのおばさんも人違いで話しかけてきて「あらごめんね!」と。パーカーやTシャツの人が多い中でジャケット着ている変なアジア人の弊管理人にも特に「何じゃおまえは」みたいのはなく穏やかな人ばかりの印象です。

因縁でも付けられた時の対処を考えたりしてたのですが、全くそんな雰囲気はなく、外でハリス一派が騒いでいても、みんなで「トランプ!トランプ!」っつって煽り返すだけで、なんか昔の留学時代に寮同士でヤジり合ってたあの平和な馴れ合いの風情ではあった。よく考えたらそりゃそうだ。殺伐としてなくて楽しいから、みんな来るのです。そしてこのいい人たちの総和が、あの意味不明で詐欺的な文化闘争や極端政策に創発的につながっていくのがすごい面白い。

列の途中でプレッツェル売りがいて、買い食いする人もちらほら。とにかくニーズあるところに商売あり。営業許可がどうとか、食品を売っていいのかとか、そういうのはないのであろう。

馬の警邏も。
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並んでる人たちが馬だ~!とかいってわいわい言ってたら、くるっと回ってくれた。基本おまわりさんもにこやかで、観衆と言葉を交わし合っています。fellow Americansという言葉の語感に合う、こういうところはいいなと思います。2021年に議会襲撃したやつらは「あれは共和党支持者じゃないんだよ」と、そういう理解。

んで結局2時間並んだ。セキュリティチェック受けて中へ。
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集会は特にアトラクション的なことはなく、スナックとドリンクを買ってあとは席で演説聞いて拍手したりするくらい。マルコ・ルビオという有力な上院議員が登場したらすごい沸いた。
トランプの時もすごい歓声。立ち上がって撮影する人多数。話が長いのでぱらぱら帰っていってたけど。

これはバイデンがMAGAハットをかぶってるTシャツ。Tシャツとキャップって自己主張とコミュニティ形成のメディアなんだなと思う。お客はゆるいデブが多かった。あとは軍隊上がりかな?みたいな昔日の筋肉系。まあ確かにサラダ食って生きてる感じではない(偏見)
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いろんな人が演説してましたが、特に聞くべき内容はなく、ハリスをdisったり地元をアゲたり(リーハイ・バレーというアパラチア山脈の山間に位置するので、Hello, Lehigh Valley!とかいってワーってなる)して盛り上がるのが基本。お祭り感はあった。政治家は間の取り方とか煽り方がうまいし、聞いてる方もノリが良い。fight! fight!とかMake America Great Again!とかのおきまりフレーズはちゃんとご唱和する。

会場を出ると、最後にもうひと商売しようというグッズ売りが逞しかった。
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ホテルはホリデイインという弊管理人が結構好きなブランドのところが100ドルせず。集会終わってからでも余裕でとれました。たぶんみんな地元か、遠くてもフィラデルフィアくらいで日帰りできるところから来てるんでしょうな。部屋すごい広かった。

次の日は朝ちょっとオンラインで仕事して10時ホテル発、途中のShrewsburyという街のメキシカンでお昼食べました。10代かな?くらいのまばらにヒゲのはえた住設会社のあんちゃんや、アミッシュのお兄さんも昼飯食ってました。あとは一気走りで15時帰宅。いや行ってよかった。

* * *

以下、次の日にツイートしたこと。

・U!S!A! U!S!A!っていうコールを昨日めっちゃ聞いたが、まあ日本(チャチャチャ)程度にキモくて無邪気な邪気だった。あとMAGAはゆるいデブが多かった

・トランプ出現後の世調は毎回違う理由で民主党に有利に出るのに今回拮抗してる点でいうと、結果はトランプなんだが、投票率と無党派が本当に見えないので確信度は30%。集会みててもお友達ばっかりなので分からん。「もう知らん」で棄権が結構出る気もする

・あと「人は他人を罰するとき損得を無視する」という行動科学は思い出しておきたい。トランパーは現世的に報われることはないが、「インテリにバカにされた感覚」に駆動されて気の良い兄ちゃんがMAGAハットをかぶることは普通にありうる。ラストベルトとか文化戦争とか以前に、自尊心とストレスの問題。

・アジェンダとか意見とかは派生物であって、根源は「バカにされた感じ」なのであれば、そこを何とかすればいい。いくつかの研究を見ていると、分断は政治的立場の違いよりも「対立政党の悪魔化」というコミュニケーション不全の問題であるようだ。どうすればいいんだろ。サウナでも行くか?

・私が無闇においしいお店を探索するのも、理由の一つは「高度に傷つきたくないのに傷つけあう社会に残された最後のコミュニケーションは、生理的欲求を媒介にしたものしかない」というところにある。要は根本において理性を信頼してないんだね。

2024年10月27日

秋いろいろ

晴れの日が続いています。
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2週間ぶりの日記。特に何かあって間があいたわけではなく、漫然と過ごしていただけ。

先週日曜、プエルトリカンが「BBQのお店、友達が勧めてたからいこ!!」とノリノリだったので乗ったら日曜は夜のみ営業であった。らしいと言えばらしい。弊管理人の提案でI EGG YOUというお店に行ってみました。
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スコッチエッグ久しぶりに食べた。
焼き(?)サンドイッチも頼みましたが普通以上においしかったです。

* * *

今週はフェアファックスのベンガルール・カフェBengaluru Cafeに行ってみました。
店内、弊管理人以外は100%インドの方とみた。
ドーサ推しらしいのですが、日和って野菜カレーとマサラチャイ。
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フレーバーいっぱい。なかなかどうしてお腹にたまりました。うまかった。
次はドーサだな。

* * *

・ヤマトの引っ越しオンライン見積もり。翌日には見積もり送りますと言われて1週間こない

・初めての店から通販したら、思った以上に良い買い物だった。ネットで評判を調べたら「商品が届かない」という悪評が見つかったものの1件だけで、あとは9年前の罵詈雑言。ということは9年前から商売が続いていて悪評が1件であれば大丈夫かな?とポチってみたのだった

・寝るのが午前3時半になった日が2日できてしまった。口唇ヘルペスの気配

・気温が下がってきて、室内の湿度が30%くらいに。またこの季節が来た感。でもいい。最後だから

・滞在38カ月目に入りました。あと14週間。日本から聞こえてくるニュースは闇バイトだの選挙妨害だの物騒だが大丈夫だろうか。

2024年10月14日

早起き、庭、そして農村

いろいろあった1週間。順番に。

月~水は例年の行事で、朝5:30に起きる3日間。外れれば二度寝、当たればそのまま出動!
2021年は着任直後でどうしていいか分からず、えずきながらプリンストン。
2022年は二度寝。
2023年は既に旅慣れていたのでさくっとフィラデルフィア。
今年は二度寝で済みました。4回目をやるとは思わなかったが。
しかし二度寝はぐっすり眠れるわけでもなく、日中そこそこ眠いままでした。

* * *

土曜日、いただきものの券でホワイトハウスのお庭公開に行ってきました。春と秋に一般公開していて、これが最後のチャンスです。告知があったの全然気付かなかったんですが、ホワイトハウスに行きがちな同僚が券をもらってきてくれました。

前日まで覚えていたのに当日すっかり忘れていて、指定時間の30分前に家でダラダラしてたらGoogleカレンダーのアラートが鳴ったのでキャーっつって車で出掛けました。バッグが中に持ち込めないと分かって駐車場まで置きに戻ったりしてましたが、結局長蛇の列ができていて余裕で後ろについたら間に合いました。
天気よいー
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外国首脳とか歴代大統領が植えた木がこれですみたいな看板が結構ありますが、ほとんどは芝生で植物園のようなものではありません。
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前の大統領が撃たれちゃって大変だったシークレットサービスの人たち。
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そんなに見応えはなかったが、こういうものだと分かったのはよかった。
出口では物販やってました。

* * *

日曜朝は仕事。終わってブッキングコムを物色してたらよさげなB&Bがあったので予約。
アミッシュの人たちが多いペンシルベニアのランカスターという地域です。

村の名前はBird-in-Hand。かわよい。家からは3時間近くかかりました。
宿はGreystone Manor Bed & Breakfastというところ。朝飯ついて$94だよ。やっす。
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内装いいです。あとコーヒーやソーダ、スナックまで持ってっていいよというのが太っ腹。
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それより裏庭が秀逸で。大きな木にブランコがかけてあったのでぶらぶらしてました。
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結局、日没まで見てしまった。
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近くで火をおこしていた家族が変なアジア人(そういえばこの地域、本っ当に白人ばかりだった)が独りでずっとブランコに乗ってるので不審に思ったのか、子どもを遣わせて「よかったら火に当たりませんか?」とオファーしてくれたのですが、「これから夕飯買いに行くからいい」とさっくり却下してしまいました。当たりに行けばよかったかな。

夕飯は近くのピザ屋で2切れ買って部屋食。だいぶ食っちゃった後ですが、左のは生地がパンのように厚いシチリアピザ。右は生地の薄いアーティチョークとかソーセージとかの乗っかったピザ。なかなかどうしてどっちもかなりうまい。
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飲み物はB&BのロビーからもらってきたBirch(白樺)ビアです。ルートビアみたいなものだと思います。くっそまずかった。

すごい早く寝床に入りましたが、ぐっすり寝たかというと謎。

* * *

月曜はコロンブスデーで祝日。朝は4度くらいだったみたいです。涼しいし結構風がありました。
アミッシュのあれ、馬車乗りたいじゃん?
宿にあったリーフレットから適当に近いところをピックアップして行ってみました。
これ。
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あと数分で出るよみたいな状態で滑り込んだら、幌の中じゃなくて運転手のおっちゃんの横に座れって言われました。ネイティブスピードなので聞き取りやすい位置でよかった~
「農業は引退してツアー会社で働いてるんだ~」とのこと。
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アミッシュとは何か?といった101は全くなく、あそこの家はなんだとか、いま何の農作業をしてる時期とか、そんなことをずっと喋ってました。うん調べれば出てくることは調べればいいもんな。ちなみにランカスター一帯のアミッシュ人口は42000人くらいと言ってました。結構多いねえ。大家族で、子ども10人とか普通だそうです。
ミュール。ミュールってなんだっけ。ラバだ。
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こちらは地元の人っぽい。バギーは普通に車道を走るせいか、後部では赤いランプが点滅していて存在を知らせてました。ウインカーもついてます。車で走っててもほんとによく見ます。
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アミッシュの農家を見学するというのは、おっちゃんの家であった。
これ確か息子さんと言ってたはず。
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かわゆ。
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ポニーは名物的なやつらしい。
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猫。アメリカではこの春から鳥インフルエンザが乳牛に感染するようになって、人も結構かかっているんですが、おそらく生乳を与えられた農場の猫にもかかった例が報告されていて、結構きつい神経症状が出ているというのを読んだことがあります。猫??と思ったけど、農場ってほんとオープンだし、いろんな動物がいるんだなと実感しました。ペンシルベニアでは患畜が出てないので関係ないですが。
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ちゃんと物販もある。カボチャの蒸しパンみたいのでクリームを挟んだやつ、お客が結構買って食べてましたが、あとで違う店で見切り品を買ってみたらすごい甘かった。
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きれいなとこでした。
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リンカーンの演説で有名なゲティスバーグに寄って帰ってきました。
自分への土産はこれ。Apple Dumplingとのことです。
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煮た?丸のリンゴが生地にくるまってシロップに浸かってます。想像通りの味でした。煮リンゴ好きなのでこれでよかった。

* * *

後任と家具の譲渡や渡航時期などをざっくり調整して、引っ越しなどの準備をそろそろ始められそうです。現職場はこのあと3週間で最大のイベントに入っていくのですが、弊管理人の頭はまとめのことばかりになってきました。

* * *

【10/16追記】
・免許証が郵便で到着!!
・寒くなってきたせいか先週くらいから久しぶりに痔の気配→緩やかによくなってきている

2024年10月06日

晴れ!クリフトン

「ブランチかランチいく?それともゆっくりしたい?」
ランチだろう。ということで11:30にDCで連れを拾ってメシを食いに行きました。

森の中にある小さな集落のわりに近いクリフトンCliftonの町へ。
モティエ?でいいのかな。Môtierというお店で今日の魚料理。
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うまあ。ほんとうまあ。シェフは見た目アジア人なのですが(日本人に見える)フランス語を流暢に喋ってらした。どういう経緯でこのド田舎に……?
バゲットについてきたバターは崇高、クレームブリュレは上のカラメルが温かくて幸せ。
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連れのチキンもじんわりとうまかった。

去年、近くのワイナリーで車こすった思い出のある町ですが、町に罪はない。
とてもおいしく、天気も最高でいい印象に塗り変わりました。

そのあと、Sunshine Ridgeでサイダー飲みながらまったりして帰ってきました。
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けさは12度だったらしく、いよいよ秋の盛り。そういえば昨夜は今季初めてオイルヒーターのスイッチを入れました。今日の日中は25度で結構暖かかったです。

* * *

ニューヨークにいる財務担当の人から帰任用のマニュアルをもらって、帰国準備開始です。
社内手続きに引っ越し手配、アパート退去と日本での部屋探しと、意外にやることいっぱい。順番と時期も考えないといけない。

弊管理人より1カ月ほど早く帰る同僚が、最近「きれいな景色見てちょっと泣いた」とか「アメリカで転職活動してみてるけどなかなかうまくいかない」などかなり本気な帰国したくない病にかかっています。
弊管理人は「帰れないなら仕方ないが、帰るなら数ヶ月早く帰っても遅く帰っても一緒」という気持ちであり、淡々としてます。
しかし日本に帰ってしばらく泊まるためのホテルを検索したりアパートを検索したりしてると、しょぼいなーという印象です。造りも街も人も。まあこれくらい貧乏くさいところのほうが合ってるというのは否めないが、帰っていろんな知り合いに「帰ってきたよ!」と言い、フレッシュな気持ちで日本を堪能したあとは1カ月くらいで「もうええわ」ってなる気もする。

* * *

しかしまだいくつかやることはあるので、当面はそちらを。
今週はパセリカレーでも作るかと思って挽き肉買ってきたらちょうどタイカレー作ったところだった(認知能力の低下)ため、ハンバーグに変更しました。
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なめたけ、煮物。いつものメニューだな。

* * *

最近のXより。

・日本の文書は言い訳やごまかしを最優先に作られるので読んでも意味が分からない代わりに、担当者に直接話を聞くと全体像が掴める
アメリカの文書はパラグラフライティングに基づいており、読むと全体像が掴める。一方、担当者の話は断片的か文書の読み上げに過ぎず、担当者が捕まらないことも多い

・日本でもそうだったのかどうかは思い出せないが、当地で人と話すといちいちオーディションを受けてる感覚になる。めっちゃ飽きっぽい人たちから査定されてる感じ

・私ももう老い先短いから、「かわいいね」とか「お肌きれいね」など思ったことはどんどん言っていこうと思ったが、これ以上思ったことを言うようになったら害悪も大きいのではないかと心のストッパーが作動した

・アメリカに関しては「ためらいのない前進主義」みたいのがダイナミズムの原動力であり世界の迷惑の源泉だなと思う。4年ごとに革命が起き、会話がコンテクストに依存しにくく、見渡せないほど広い国土に全てが拡散していく社会への適応なのかもしれない

・なんとなく西洋料理だと思っていたハンバーグ、グラタン、ロールキャベツに当地ではとんとお目にかからない

・まあしかし一発殴られたら皆殺し、というのはアメリカもやってきたことであり、こいつらに紛争の道徳を語られる筋合いもなかろうなとは思う。その一発にだって先立つ歴史があるというのも一緒。

・先日インフルのワクチンを打ったドラッグストアから「コロナのワクチンも打たない?」と電話。先月かかったからもうちょっと待つわと言って切ったが営業+リマインド丁寧やね。こちらは衛生当局が勧奨してる予防接種はHPV、帯状疱疹含めすべて無料なのがすごいいい

・30代前半、これからできないことばかり増えていくという長期的な停滞感があった。40代後半になってみると、もういついなくなるか分からないのでリアリティが向こう2日くらいまでに短縮し、タイパ的な発想も不要になり、軽やかである

・ガパオ作ろうと買い物してて、家にナンプラーあるしオイスターソースあるけど、何か忘れてる気が、と思ったらバジルだった。買い忘れて夕飯は麻婆豆腐にした

・クレジットカードなど自分が契約している会社からのセールスメールの件名が名前への呼びかけで始まるの、詐欺メールとの識別がしやすいな。日本語は非ネイティブやAIが書くとすぐにボロが出るが、英語はそうでもないので「あなたが誰だか分かってる者が送ってます」と明示しているのだ。多分

2024年09月30日

雨、買い物と外食

土曜は出番でした。朝からせこせこ作業して夕方には形になり、その後は真夜中の終業までだらっと過ごしました。

日曜は雨模様。ざーっと降るのではなく、ときどき霧雨、くらい。

リースバーグのアウトレットに行きました。
シャツを見に行ったのに、ズボンを買った。
ベトナム料理でお昼、と思ったらMeltっていうお店でチーズバーガー。
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ワシントンポストという新聞も勧める有名店らしく、14時過ぎに入っても席がなかなか取れないくらい賑わってました。確かにおいしかったが、ハンバーガーって「著しくうまい」ということが期待しにくい食べ物かもしれない。いやおいしかったが。

Hマートに行こうと思ったらロッテプラザ。
韓国系スーパーなのに切り干し大根のラインナップが乏しく、大根を買った。
インド~中東系の方が多い地域なのか、使い方が全く想像できないスパイスや食材が結構なスペースを占めていました。
ヤギの乳、の缶詰。初めて見た。コンデンスミルクか?何に使うんだろう。
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タイカレー作ろうかなと思ってナスを買って帰ったが作らず大根と鶏の煮物。

ついでに昨晩、ずっと使ってた茶碗を割っちゃったので代わりを買おうと思っていたのですが、アウトレットにはありませんでした。ルクルーゼに茶碗はない。

* * *

2月頭に帰国することがほぼ確定しました。
・とりあえず11月のブラックフライデーに買い込むものをリストアップ開始
・後任への家具引き渡し目録づくり
・引っ越し、手続き関係のアレンジをそろそろゆるっと開始

2024年09月26日

ニューヨーク仕事

行く予定にしていなかったニューヨーク、少なくとも一つ仕事ができたので行くことにしました。

【23日】

去年の同じ時期、暑かったイメージがあるのでネクタイも上着も持たずに行ってみたら寒い。下14度、上22度といったところ。現地の職場の人も「ここ数日、急に寒くなった」と。これ以上寒かったらユニクロで上着を買ってしまうかもというくらいの気温でした。買いませんでした。

地下鉄、クレジットカードを直接タッチして乗れるのは本当に便利。
そして見てるとみんなちゃんとお金を払って乗っているのはDCと本当に違うところ。
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ガバナー島というところに行きました。マンハッタン島の南端からフェリーに乗って数分。
もとは軍が使っていて住居や教会もあったところ、今は史跡として公開されているそうです。
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アカデミアの人たちが催すイベントでしたが、開始時間を30分過ぎても外でダラダラと喋っており、終了時間を過ぎても質問をとっていて、フェリーの時間を気にする人たちがばらばらと席を立っていました。オーガナイズがだめだった。

グランドセントラル駅の階段。なんか鳥の集団ぽいなって思った。
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投宿。$400以上するホテルもNY中心部だときっつきつ(新宿で西鉄インくらいな感覚)で、既にトゥーマッチです。さっきの階段にいた人たちも休憩室がないからそこで携帯いじってるのではないか。
近くの日本雑貨屋で10%引きの唐揚げ弁当で夕飯にして寝ました。
こういうことができるのがNYCって感じ。

【24日】

行こうと思っていた朝のイベントは、NYの職場で作業を手伝うことになったためキャンセル。まあ仕事で行っているのでいいです。どっちも仕事なんだけど、職場作業のほうが即物的なので。しかし結局は形になりませんでした。

早々に辞して、マンハッタン島を徒歩で横断。20数分でできちゃいます。
昼のイベントは川辺にあるガラス張りのいいスペース。正義と行動を求める人たちの寄り合いでした。一応アウトプットできる材料を集めて、ベジタリアンのお昼をいただいて、コーヒーをいただいて、外を見ると高所作業の労働者。結局怠惰なこの国を支えているのはこういう人たちなのだろうな。
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で、さらにコロンビア大学に転戦。ニューヨーク最古の高等教育機関だとか言ってた気がする。キャンパスはガザ連帯デモの余波で、学外者は招待されないと入れなくなってました。
チャペル。
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古典時代のない国の擬古態。
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工学部に潜入した。といっても公開イベントです。
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職場近くに戻ってメシ。一仕事して寝ました。

【25日】

メインの仕事。去年とほぼ同じことをするのでわりと勝手が分かってすいすいできました。
川が見えるカフェテリア。
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グッズを買って帰ろうかと思いつつ、グッズ的カップケーキを食って済ませるなど。
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ということで帰りました。DCには23:45帰着、最終1つ前の地下鉄で職場まで行って、置いてた車で帰りました。結構疲れた。でもこの日の仕事は予想外になかなか面白く、最後の最後で納得感は得られました。

* * *

渡米3年となりました。もともと何も動機がなくて来ているので、終わりが近くなったといってもそれほど動機が下がることはなく(ないものは下がらない)、日々やることを淡々とやっています。しかし来年半ば以降にならないと咲かなそうな花には目が向かなくなったのは変化かな。

2024年09月22日

羊、ケーキ、寿司、作業

準備作業が主でアウトプットの少ない週でした。寝るのが結構遅くなった日もありますが、アウトプットがないのでなんとなくすっきりしない。

珍しく金曜夜に「夕飯どう?」とお誘いがあったので、車で出勤して夜はDCの中心街からちょっと外れたところに行きました。アフガニスタン料理、Bistro Aracosia。
ラムが食べたかったんですけど、連れがお勧めとレギュラーメニューのラムを両方頼んだ!
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脚1本(×2)出てきてしまった感じ。奥のはトマトソースとごはん、手前はスモークのやつが人参ピラフみたいのに載って出てきました。お肉ほろほろです。どっちもめちゃうま。
お通しのパン(四角くて平べったい)のディップ4種類がどれも極めて個性的でびっくりした。餃子もうまかったです。クミン、ナツメグがいたかな。新規開拓をこのところサボってましたが、これは大正解。
連れは「いつも友達においしかった話するんだけど、店名聞かれても覚えてないんだよね。魔法の絨毯で夢の国に連れてってもらうばかりだから」と良い表現で上機嫌でした。まあお店の名前はメモっておこうよとは思ったが。

* * *

土曜は日がな作業。積み残しは結構片付けた感じはする。なぜこれを平日にできないのか。
日曜も結局は家でいろいろやっていましたが、さすがに出掛けないとねと思い、コートハウスという駅に近い甘味処Eclaironsに行ってみました。
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ホワイトチョコのケーキとエスプレッソ。うんアメリカのケーキとしてはかなりうまい。
しかし$7.50だと思うとホールフーズでいいな。いやこっちのがうまいと思うけど。

ごっつり食ってなんとなくお腹が空いたような空かないような、という感じだったのでTakohachiでお寿司をテイクアウトしてきました。
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税込み$16.50。うま。もう普通にうま。日本人がやってるお店最高。

* * *

先週ボストンでやった仕事、東京の部署に一部ブサイクな改変を加えられており、そろそろ1回言っておかないとと思って140人が見てるメーリングリストに「変えるときは一言言って下さい」と投稿しました。
そしたらDCの職場のおにいさんから電話があってすごい共感されました。「俺も追伸しちゃおうかな」と言ってました。しなかったみたいだけど、それでよかったと思います。

弊管理人は現在、出身部とは違う部に一時的に身を寄せている「部外者」なので、今後のキャリアとか陰口とかを気にせずものを言えるのですが、その部に骨を埋める人たちは後難を恐れて文句も言えないという例をときどき聞きます。
改変した人(管理職)から電話があって「すんませんでした」と言っていただいたんだけど、これを機にこの部は風通しがよくない、本質的でないことで忙しくなって作業が滞っている、陰口文化があるんじゃないですか、など思うことを一通り言っておきました。当たってることも当たってないこともあると思うので、どう受け取るかはお任せします。でも外から見るとそういうふうに見えるというのは参考にしていただけたらと。まじで。

* * *

レンタカー会社のAVISから「ごめん、個人情報漏洩しちゃった」と手紙がきました。
駐車違反で追加料金、とかでなくてよかった。しかし免許情報とかクレカとかまとめて漏洩すんなよ。しかも「セキュリティは弊社の優先事項です」とかひとしきり言い訳して、謝罪は手紙の最後。なんかAVISって好きになれない。

11月のアゼルバイジャン行き、航空券を旅行会社に頼んだら若干レスポンスが悪く、コストを聞いても「すぐには分かりません」、購入後のキャンセル費用は「たぶん全額です」と要領を得ない。で、調べてメールしますと言われましたが2日たっても来ないので取りやめにさせてもらいました。なんかこの旅行会社、不透明なんだよ。コスト濁すってどういうこと?客はコスト気にしない人ばかりなの?
で、自分で取りました。これで交通手段と宿、ビザと参加資格は揃った。

今週、実は体調がかなりよかったかもしれない。夜更けになると結構な眠気がきて、だいたい8時前に目が覚めるサイクル。運動もそこそこした。ただし座ってる時間は長かった。

* * *

25日で渡米3年です。「3年」という時間をこれほどはっきり感じたことはなかった。
中学、高校は自分の変化量も大きかったので、かっちり3年ではあるものの視点も動いており、長さがよくわかんなかった。大人になると自分が固定した状態で、特に渡米というのはくっきりした区切りなので、「あそこから3年」という感覚がとても掴みやすいです。

いろいろ思うところはあるが、それは離任の時にでも。って言ってると忘れるか。書いてこ。

2024年09月15日

プエルトリコ料理

DCのダウンタウンのちょっと北の方、プエルトリコ料理のQui Qui。キキっていう発音だったような気がする。4人でこぢんまりと。
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全然わかんないのでプエルトリカンに注文をお任せしました。小皿いくつかもおいしかったんだけど、これ。左のはモフォンゴ。芋かなと思ったら青バナナ、そこに肉が載ってます。右はChuleta Kan Kanて書いてあった。読み方がもう既にわからん。でっかい豚肉を揚げたものと思われる。香草のタレがかかっててこれがすごいうまかった。
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この日はこういうイベントの日らしく、バンドがすごい賑やかでした。
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午前3時20分に予定していた仕事で起きて、30分くらいでぱっと片付けて二度寝したものの、7時半に電話で起こされて眠れなくなったのでそのまま起きた日曜、昼から飲んだらずっと眠かったです。

* * *

前後しますが土曜はノースベセスダにできた歌志軒Kajikenへ。
名古屋オリジンの油そばのお店だそうです。
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これ$14.50に$1.50の味玉つけたんですけど、味玉は1個じゃなくて半分だった。うえ~
しかしちゃんと日本のラーメンでした。

* * *

土曜に「ラーメン食べにいかない?」とプエルトリカンを誘ったところ、夜は用事があるが早めの夕飯にして用事先まで送ってくれるなら行く、そうでなければ明日(日曜)、との回答でした。それはめんどくさいので日曜ね、という話になりました。

その後、上記プエルトリコ料理の店の動画が送られてきて「こっち行かない?」と言われたため、受け入れてこういう土日の過ごし方になりました。料理はおいしかったし自力ではできない経験だったのでよかったんですけど、ラーメンの予定をずらした上で殺すっていう対応に弊管理人は若干もやっとしました。なら最初から「ラーメンはいいや。一人で行っといで」って言えばいいじゃんよ。

このところ結構変な空気になったり、おいおいと思うことが続いたりで、まあ会って遊ぶと良かったなって思うんだけど。

* * *

前髪失敗したので坊主に戻しました。やっぱりこれが楽でよい。

2024年09月14日

MIT

「これをどこまで真面目に扱ったらよいのだろう」と若干悩む仕事でボストン、というか隣町のケンブリッジ。MIT初めて来た。ボストン空港からダウンタウンまではバスもタダだし、乗り換えの地下鉄もタダ。すげー
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メインの10番ビルを見て振り返るとボストンの街。
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イケてる系の理系大学(文系の学位も出してるが)という感じです。
ロゴやグッズはペン大やハーバードなどと全然違って垢抜けており、買う気になりました。Tシャツとノートとトートバッグを買いました。
これはMIT出版会のお店です。ちょっと小さいですが奥の壁についてる黒い縦線が(たぶん)MITPをかたどったロゴ。
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建物は古い煉瓦造り、無骨なミッドセンチュリー、よくわかんないうねうね系まで多彩。
これはフランク・ゲイリーのRay and Maria Stata Center (2004)。コンピューターサイエンスの学科とかが入ってるようです。右端に見切れているのは航空宇宙工学の建物だったはず。
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こちらはエーロ・サーリネンのKuresge Auditorium (1955)。発音はクレスギー。入ってみたかったけど入れなかった。
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振り返るとMITチャペル。こちらもサーリネン、1955年。
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短いながらも学外者が入れる時間が設定されています。
光が蒸発しているように見えました。降ってきてるのか?でも弊管理人には下から上の流れのように思えた。
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メインの建物に入ってみます。張り紙いっぱいはいつの時代もって感じ。
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学部生用のラボだそうです。
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いや、それにしてもアジア系の学生がめっちゃくちゃ多い。太宗は白人にしても。大学ではアジア人はマイノリティじゃないんだよ、って聞いたことがあります。ここは特にそうかもしれない。

仕事は夜で、機種更新直前の仕事PCがおむずかりになったりして、ブチギレそうになりながらもなんとかこなしました。夏がちょっと戻ってきて29度くらいになっていたらしく、夜もそこそこ蒸して喉が渇いた。10分くらい歩いたSi Caraというお店のカウンターで泡と水、あと蛤のグリル。
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いや、予想外においしかった。
一方、途中でカバンの中にカメラ(仕事用のではなく私物の小さいやつ)が入ってないことに気付いて焦りました。21時だよ。これはあかんか、お別れか。と諦めかけましたが、まあ探すだけ探してみようとルートを逆戻り。閉まったビルから学生が出てくるのを待って侵入、片付けしてる仕事先の会場に行ったがない。もっと遡って、最初にビルの外観を撮ったあと日陰に入って座った建物の縁のところに置いたままになっててありましたーーー!!!治安のよさよ。

残務を宿でやる必要があったので、そこからウーバー使ってびゅん。ホテルは$300とか$500でバカ高かったのでAirbnbをとってました。普通に快適でした。シャワー浴びようと思ったら部屋にバスタオル1枚しかなかったところ、なぜか家からタオルを持ってきていていました。1泊だからと荷物を絞り込みまくったのに、なぜ普段持っていかないタオルを荷物に入れた?弊管理人えらい。仕事はさくっと終わらせて疲れて寝る。

* * *

翌朝は仕事の帰趨に特段の問題がないことを確認して、帰るまでの自由時間始まり。
宿をゆっくり出てMITをぷらぷら歩いてグッズ買って、お昼食べてボストン美術館に行きました。

ボストン都市圏の公共交通機関は、専用カードではなくクレジットカードを直接読み取り機にタッチすればいい方式になっていて旅行者にはとても便利です。ニューヨークもそう。DCはその点遅れてるというか大変不便です。
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ついた。ここも職権でタダで入れてしまった。ほんとにごめん。クソ重いリュックを預けたコートチェックでチップ払ったから許して。
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右端のゴッホの郵便屋さんはイラスト的で面白いし、手前にロダンがあってマジどこにもいるなと思ったが、ダントツでよかったのは中央のルノワール「ブージヴァルのダンス」(1883)。
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パリの都会っ子が遊びに来る郊外の町のカフェで、麦わら帽子の船頭さんと小綺麗なおねえさんが踊ってるところ。足元にタバコの吸い殻とか花とかが落ちてて、おにいさんのタバコの匂いが漂ってきそう。手袋もしてない。めちゃくちゃエッチじゃないですか。何これ。

日本美術のコーナーが充実してました。フェノロサってここの人だったのか。
茶の湯を紹介してる映像があって、アメリカ人と思われる老夫婦がこのもったもたした作法を「すごい渋そうね」とか言いながら辛抱強く見てたんですが、やっとこお茶飲んだところでおばあちゃんがHere...we...go!!と言ったのめっちゃ面白かった。わかる。お茶なんか勿体つけないで、さっと出してぐびっと飲めってね。

結構流しながら見てても1時間で1/4しか終わってない。絶望しつつ結構疲れたので中庭。
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で探索再開。お約束でミイラとかがあった。

ベニン(ナイジェリア)の展示は説明(言い訳)が重厚。
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1897年にイギリス軍がベニンを滅ぼし、その時に王宮から略奪したものが売り払われ、買ったコレクターから寄贈込みで借りている。「暴力と文化的破壊がこの美術品と結びついていることを認識しており、正当なオーナーシップの確立に取り組んでいるところです」とのこと。朽ちてたところを保護しましたとか、支援事業の見返りでもらいましたとか、買い付けてきましたとかではなく、もう清々しいくらいに完全に犯罪収益。だが「展示によって議論を喚起してまいりたい」だって。簡単に手放す気はないらしい。

Metほどではないが、分量は結構あった。やはりアメリカコーナーに来ると家具屋になるのは同じ。フランスの装飾はすごい。宗教ものはでかい。
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ダリ特集やっていた。振り返っているのはベラスケスを参照しているためだそうです。
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ダリって子どもの頃に初めて見たときは「お~何これ~」って思ったけど、なんかもうさすがに古い感じがする。

いやあさてさて疲れてきた。夕方になったので北の方のイタリア人街でご飯食べて帰ります。
中華街のイタリア版。
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流しの歌手が歌うアリアがどこからか聞こえてくる中、白ワインとカルボナーラで満足しました。

さあてこれでボストンおしまい。21時前の飛行機で帰ってきました。前回行ったときはカナダの山火事の煙が流れてきていたせいで、なんか空がぼやーんとしていていい印象がなかったものです。しかし今回は晴れて暑すぎず快適に過ごせました。
体調がいいと睡眠が短くなるたちで、この数日6時間切ってたので、たぶん体調絶好調なんだけど眠かったです。荷物置くなりシャワー浴びて、洗濯してばったり就寝。

2024年09月08日

湖畔お泊まり

よく遊ぶグループに混ぜてもらって、バージニアのちょっと南にあるアンナ湖Lake Annaのほとりに行ってきました。金曜日は休みをとって2泊3日(結局ちょいちょい仕事はしたが)。13人でバケーションレンタル。すっごい豪華。
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ベッド7つ、各部屋にバスルームあり。この企画は6回目だそうですが、「これ文句なくベスト」とは参加者の言。
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湖畔に降りていくと2階建てのボートハウスまであります。すげ~
夏が終わって最高気温26度、最低気温8度。きもちよ……
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食事はおにいさんたちが作ってくれました。着いた日の夜はハンバーガー、翌日のブランチはモーニングタコス(トルティーヤにソーセージとかスクランブルエッグとか炒めた玉ねぎとかいろいろ置いて包んで食べるものらしい)。弊管理人も手伝おうと思いましたが、アメリカ料理は何をどうしていいのか全然分からず、ただ物珍しげに見ているだけの人になってしまいました。弊管理人は車を出したことがとりあえず貢献とカウントはされた様子。
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グリルの機械、どこにでもあるんだけど結局使い方が分からないままだった。
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カヤックもやってみました。結構できた。しかしなんか面白かったのか、ボートハウスから望遠で撮られてました。
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食材も込みで1泊$200くらいです。大きめの街のビジネスホテル並み。そうかーみんなこうやって遊んでるんだな。Vrboっていうアプリに載ってた物件で、湖畔にいくつかこういう建物を持っている会社から借りてるようです。みんなしてこれ買うといくらかな?って話してました。だいたい100万~150万ドルとの予想。1~2億円か。ほー。
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この仲良しサークルの中で今回来られなかった人が何人かいたのですが、食事の席で、その中の3人の名前を挙げて「3人が溺れてたら誰を助ける?」という生々しい質問に1人ずつ答えていくという場面がありました。リベラルを自称するサークルにしては随分だなと思いつつ、「一番君らから助けてもらえなそうだから」といって悪口の的になっていた人の名前を答えておきました。How sweet!と言われましたが、君らの社会はビターだなと思った次第。

何人かは湖で泳ぎ、外にホットタブ(湯船)もあったんだけど、弊管理人はそういうことが全く頭になく水着を持っていかなかったので入りませんでした。
2日目は昼間ちょっと雨がきましたが、夕方から晴れてきれいな夕陽。
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夜は星空がすごくきれいでした。結局湖畔の散策路を歩いたりもせず、ゴロゴロしたり、ゴロゴロしたり、カヤックやったり、ゴロゴロしたりで、あとは食って飲んで終わりました。贅沢。

帰りの車に乗り込むと、同乗の2人が「ちょっとどうなの!」的にノリの悪かった何人かの批判を開始。意見を求められましたが、「それねえ、弊管理人もノリが悪かった方に当てはまるので人のことは言えないな」とノリの悪いことを言っておきました。湖畔で読書してたい人はする、泳ぎたい人は泳ぐ、お湯に浸かりたい人は浸かる、と思い思いで過ごせばいい会に見えましたが、意外に同調圧力はあったらしい。参考になる。

2泊3日、この人たちは大音量で音楽をかけ続け、飽きもせず喋り続けていた。アメリカ人の仲良しグループに紛れ込む体験というのは、駐在程度の長さでしかこの国に滞在しない日本人がそうそうできるものではないですね。楽しいフィールドワークでした。果報者だな。

2024年09月02日

夏の終わり

9月最初の月曜はアメリカのメーデーに当たる「レイバーデー」で、この日をもってアメリカの夏が終わるそうです。新学年が始まるっていうことですかね。3連休になります。

【8/31】

土曜はDMV(陸運局)にまた行ってきました。
前回の日記に書いたとおり、免許更新手続きを始めたつもりが受付メールが来てませんでした。
問い合わせを出したら金曜に電話がきて「あなたの手続きした記録がないわよ?」と。
つまり窓口のバカが提出書類をスキャンして送信するのを忘れたと思われる。

で、土曜は早く目が覚めたので、午前だけ開いてる窓口にまた行きました。
偶然、また同じバカに当たった。「君覚えてるよ。なんでまた来たの?」と言うので「おまえ前回書類スキャンしなかっただろ。記録がないそうだぞ」と言ったら「書類スキャンしたけど送信先が受け付けなかった」とウソをついた。で今度はスキャンするところを見届けて待っていたら受理のメールがきたよ。無能なだけじゃなくて往生際まで悪い。

ともかく、手続きは始まった。この3日間のもやもやは解消した。

家に帰ってお昼を食べて、ちょっと車で出掛けることにしました。バージニアの片田舎に$80の激安モーテルとって、本とPCと着替えを持って。

家から1時間ほど南下したところにある「コロニアルビーチ」です。ポトマック川ですけどね。浜辺をバージニアとメリーランドの州境が走ってます。
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むかしはDCから遊びにくる人たちで栄えたリゾートだけど、道路網とか橋が発達して大西洋岸のビーチにみんなが行くようになってから寂れたらしい。ヒスパニックと黒人が多かった。出店が多くて賑わっててチルではありました。
埠頭の先には釣り人がちらほら。
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海の上はメリーランドで、むかしは賭博が合法の州だったので埠頭の先端にカジノがあったそうです。通称「貧乏人のカジノ」。ひどい笑
路駐スペースがあいていたので車を停めて歩き回っていましたが、よく見たら料金がかかるところだった。気付いて急いで戻ったら切符切られてはなさそうだったけど、大丈夫だろうか。

そんでまたドライブして、ノーザンネックという半島みたいになってる地域の奥へ入っていきます。田舎なのに道がちゃんとしていてとてもよかった。バージニアは概して道がいいと思う。メリーランドはほんとに走りたくない。

モントロスMontrossという小さな町のモーテルに投宿。これは部屋から外を見たところ。もうこれ以上ないくらい普通のモーテル。前に池があるのがアクセントでいいです。
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中はこんな。$100前後のモーテルは大抵こうです。今回のはちょっと古びてるけど、掃除がきちんとしてあってよかった。
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夕飯はコールズポイントの海にせり出してるレストランColes Point Tavernで。
混んでるのでバーに通されて「飲みながら待ってて」って。コロナ飲みながら待ってました。
それにしても全員白人。特に「何おまえ?」みたいな感じはなかったですけど。ほんとちょっと田舎に行くと白人だらけになる。
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ゆっくり飲んでるうちに結構時間がたって、忘れられたか?まあカウンターでメシ食ってもいいけど……と思っていたらわりと愛想のいいおねいさん店員が迎えにきてくれました。
席はこんなとこ。結構蒸し暑い日でしたが、日が暮れると涼しい風も吹いてきて気持ちよかったです。
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横を見るとこんな感じ。最高にチル。免許更新やら、ちょっと我が儘になってきた友人やらにもやもやしていたのが消え、中性浮力みたいにふわふわといい気持ちになりました。
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ロックフィッシュの唐揚げつまんでビール飲んでお腹も膨れたので帰ることにしました。
ところでAMEXが使えず、たまたま持ち合わせがあった現金で払いました。嫌われてるねえAMEX。手数料そんなに高いのか。
で、お店はこんなところでした。最初に撮ればよかった。
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帰って寝ました。結局、持ってった本は読みませんでした。

【9/1】

朝はモントロスの町のThe Art of Coffeeというコーヒー屋さんにご飯を食べにいきました。
人口390人の町なんですけど、ちゃんとしたレストランやコーヒーショップがあるのが意外。
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8時の開店からあまりたたないうちに入ったんですけど、もうおっちゃんの一団が陣取って朝飯を待ってました。店員の(多分アート系の)おねえさんたちが挨拶に行くとおっちゃんが軽ーくタッチしたりして、もうなんかハラスメントに厳しい世の中でよくまあ、という光景。そういえばこの一帯、車で走ってると、とにかくトランプ応援の看板が多い(偏見を含んだ回想)。
かといって、すごい下品だったり乱暴そうだったりするわけではなく、わいわいと楽しくご飯を食べててもうるさくなくて、なんだろう、分別ある田舎のおっちゃんたちのフラタニティという風情。日曜の朝にいつも友達誘い合ってうひゃうひゃメシ食う集まり?奥さんたちはどうしてるんだろう?

アメリカーノ(エスプレッソのお湯割り)と、いろいろ入ったオムレツのプレート。
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マヨネーズ入ってる?と思ったが違う。確かフェタチーズ。ほうれん草とハムとパプリカ、ソテーした玉ねぎを入れてまとめるともなくまとめたオムレツむっちゃうまかった。
満足してモーテルへ。ちょっとゴロゴロして、シャワー浴びて出発。

わりと近くにポープクリークというワシントンの生誕地があり、そこが国指定史跡になってるらしいので立ち寄りました。
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生家のように見えるが生誕200年の1932年築。生家の資料が残っていないので「多分こんなだろう」ということで想像で建てたらしい。1870年代くらいからアメリカでは東欧・南欧移民の増加や工業化、都市化で社会が大きく変わることへの反動として「植民地時代復興運動Colonial Revival Movement」というのがあり、その影響をかなり受けているそうです。
DCの1/10スケールの記念塔が立ってた。牛は農耕用(イメージ)らしい。
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国立公園局が管理していていろんなところに説明看板が立っていますが、建国の父を懐かしく回顧するものではなく、復興運動をかなり突き放して「変わらないことで得するのはどういう人だと思いますか?」みたいな問いかけもあった。また当然、先住民を迫害して奴隷を使いながらタバコのプランテーションをやってた土地であり、そのタバコは通貨のように使われながら奴隷や絹や工芸品などとともに環大西洋世界を行き来していた、その交易のフロントでもあるわけですね。そこまで目配りした説明がなされていました。

近くのやや大きな都市、フレデリックスバーグでお昼……と思ったけど朝が重かったのでお腹そんなに空いてませんでした。
アイスコーヒー飲む。
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おいしいらしいとの情報を得ていたイタリアンは日曜休業であった。
前を歩いていた家族がかわいいの詰め合わせみたいだったので盗撮してしまった。彼らの視線の先にあるのがそのイタリアンです。
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ということでHマートに寄って買い物して帰ってきました。
すごい気分転換になった。

【9/2】

レイバーデーはいつものプエルトリカンが電話してきたものの「外出たくない」というので、あっそっつって独りでワイナリーに行きました。ケインズビルGainsvilleという町の外れにあるThe Winery at Sunshine Ridge Farmというところ。
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目の前はマナサス湖です。最後数マイルが砂利道なのだがロケーションはとてもよい。
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湿気がそれほどない26度、ピーカン、涼しい風が風量「中」くらいで吹いてます。つまり最高。
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8月はのっけからコロナにかかったり、いろいろ停滞感があったりイラついたりしていたけど、この3日間で結構購われた。ほんとによかった。あと、久しぶりに燃費がリッター21kmを超えました。2回前の給油時に17kmちょっとまで落ちて、またどっか悪くしたか?と不安になったのですが、街乗りが多かっただけのようです。それも含めて気分が治りました。

2024年08月28日

停滞あるいは疲れ

日曜はフェアファックスのMama Changという中華料理屋を再訪。
ここは明るくて洗練された店内も素敵だし、スパイスの使い方がうまい。写真はラムのクミン焼。あとこれは同行者とも意見が一致したが、熱い料理は熱いまま出してくれるのがとてもよい。
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「犬を檻に入れてきたので2時間半で帰る」と言っていた同行者はメシを食ったら元気が出てしまい、ショッピングモール行きたいというのでタイソンズに転戦しました。うちから近いのに初めて行きました。
アップルストアでビジョンプロのデモがすぐできるというのでやってみた。これはセットアップしてくれている店員さん。
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要は没入感のあるスクリーン。近眼に合わせることができ(なので眼鏡は外した状態で着用する)、空をつかむピンチやスワイプで画面を動かし、VRのキーボードも打てる。
しかしだから何という感じはした。教育やエンタメで使いではありそうだが、所有したいかというとちょっと。あと疲れないかな、長時間使うと。

ということでモールを雑に見て、スーパーで食料品買って、同行者を送り届けて帰りました。
よく遊ぶ相手だけど、このところ接するときに疲れが目立って楽しげな感じがなくなり、こちらの話にも関心がなさそうなので、ちょっと間を置いてリフレッシュしてみようかという気になってきています。

* * *

免許の期限が11月初めなので、9月に入ったらあいてる日に役所に行くか、と思っていたらちょうど今週更新手続きを始めた同僚が「35営業日待ち」になっていたため、急いで手続きを始めました。

待ち時間はほとんどなかったのはパンデミック中からかなり改善されてるのだけど、移民局のチェックを待つ期間が去年の2週間から随分のびていた。これはパンデミック中と同じくらい。そして本来は数時間以内に来るべき受付メールがまだきてない。キーーーー!!

* * *

水曜は37度までいきました。人も自分もなんか調子が狂っていた。
狂い収めはホワイトハウスで、パラリンピック初日なのでフランス国旗のライトアップなんだろうと思うんだけど、左右逆。
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* * *

在米36カ月目に入りました。
ちょっとこのところ体が重いかもしれない。睡眠時間やや長め。行きたいところ、見たいものがなくなってる。移動は逆にちょっとしたい。季節の変わり目の疲れ方とも違う気がする。トレッドミルの時間を1.5倍にして筋トレの頻度も上げたためかもしれないし、歳のせいかもしれない。気分と体調の因果関係もよくわからない。

2024年08月22日

最高に気持ちよい日

水曜、木曜とDCは最高気温24度になり、涼しい風が吹いて最高に気持ちよかったです。
いつものバス停から職場まで歩いて、そのまま通り過ぎてキング牧師記念図書館(DCの公共図書館)に行きました。
最近リノベされましたが、もともとはミース・ファン・デル・ローエの設計。
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中に入ったの、実は初めて。すごくミース。
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屋上から向かいのビル丸見え。
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中は本もあるが、黒人の権利やフェミニズムに関する展示、DCの街作りの歴史などの展示もある。あとホームレスみたいな人たちがそこここにいる。
いやほんと、8月だけど5月みたいな陽気。ちなみにこれはホワイトハウスの横の銀行。
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今週は大半の人がシカゴに行っているので会社は閑散。ちょっと作業してお茶飲んで帰る。

* * *

火曜、朝起きたら上唇が腫れていた。昼の会食までに少し引き、翌朝にはたぶん元に戻っていた。前にも一度こんなことがあったが、一体なんだろう。

* * *

札幌にいたとき新人さんとして入ってきた元同僚が一格上がっておととしからまた札幌に行っていて、そのまま地元の企業に転職するとの知らせ。おおそれはいい選択やね。

2024年08月18日

自炊ウィーク

夏休み明け。昼は家で食べてバスに乗って出勤して、夜になったらバスで帰って家で夕飯食べるという1週間でした。意外とアウトプットはした。やろうと思っていたこともわりとできた。しかし充実感があるわけではなかった。

日曜。フロリダに1カ月帰省していたプエルトリカンが帰ってきたので、空港に迎えにいって、荷物を家に降ろしたらそのままピザを食べに行きました。Timber Pizza Co.というところ。
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ミニトマトみたいのは何だろうと思ったらPeruvian sweet peppersというのであった。
かなりおいしかったが、実は自宅のすぐ近くにも店舗があった。

夜はまた自炊。
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鯖のみりん漬け、すごい簡単で満足度高い。肉団子の甘酢あんかけは3回目にして味が落ち着いた。

夏休みが不完全燃焼だったので、リベンジいろいろ考えていますが、どこまで実行するかは心許なかったりする。

2024年08月10日

不発週間

木曜、咳が若干残りつつ、療養はもう嫌だということでボルチモアに行きました。
ジョンズホプキンズ大学のピーボディー図書館。
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ただの(無料という意味でも単にという意味でも)インスタスポットであった。
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無料バスに乗ってボルチモア美術館へ。
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先住民の権利とか、美術工芸品の作者としては歴史に登場しない奴隷や奉公人のことを伝統的な西洋美術の展示や説明に混ぜ込む企画をやっていて、なかなか楽しめました。あとここにもミレー、コロー、モネ、ピカソ、ロダンがあり、この人たちどんだけ多産なのと思った。
売店に12色の「肌色」鉛筆があった。買わなかったけど。
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青い州だからかね。全体的にwokeな雰囲気だった。
無料バスでピーボディーの駐車場に戻る途中ですごい雨になった。帰りは慎重に運転して帰宅。久しぶりの外出でかなり目と頭が疲れた。

* * *

土曜はDCの言語博物館へ。
かなりインタラクティブな展示だが、インタラクティブすぎてノンネイティブにはうーむという感じもした。
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退役軍人省の前にホームレスっぽい人。退役軍人だろうかと思ったがメッセージは意味不明だった。
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携帯いじってた。

* * *

これは病気になる前だが、日本から打診があって会食。DCのCompass Roseというお店。
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「夜9時からでいいですか」というので遅くまでやっているお店を選び、定刻になっても現れないのでメッセージしたら「すみません遅れます」。で、20分遅れで現れた。なぜ遅れそうになった時点で連絡しない?
しかも「私は食べてきたので好きなもの頼んでください」でもう1もや。
そして申し込まれた会食のわりに割り勘でさらに1もや。
毎度ちょっと面倒だし、この人とはもうないな。次の訪米は来年だそうなので自然ともうないのかもしれないが。

* * *

ということで、ほとんど出掛けない&誰とも話さない夏休みが終わろうとしています。
・精神状態としては来たころの社会総隔離時代と似て、結構塞ぐ
・あと何かとイライラする
・滞在が残り半年ないと思うとお店の新規開拓とかの意欲もなく、淡々と自炊した
・西部の国立公園行けば行けたなと思うが、そこまで行きたかったかというと謎
・睡眠時間が短くなってきたので体は回復してきた様子
・仕事も読書もほとんどしなかった(ちょっとしたが)のは塞ぎの影響か
冬休みは本当に最後のまとまった休みなので、ちょっと計画的にやろうか。

東京の出身部では寄り合いがあり、人事案件が発表されるというので弊管理人のことかと思ったが違った。本当に1月末で離任できるのだろうか。

上にもちょっと書きましたが、近々帰るモードが自分の中で起動し、アメリカのすべてがどうでもよくなってきました。こっち来てからのアウトプットがつい数日前に1000本に達したというのも「やりきった感」を構成している。東京に帰ると今の仕事からは完全引退になるのも加わって、なんかこうあらゆるものが帰無する中で、全体的に意欲というものが消失しかかっている。大病するとさっさと店じまいモードになって、遺書も書かずに死ぬタイプなのかもしれない。

2024年08月06日

アーーー!

◆8/4(日)
・いつもより長時間寝て9時半くらいに目覚め
・疲労感があるのは前日のトレーニングのせいか?
・喉の奥に軽い違和感
・昼寝
・夜はライブ見に行った。会場が寒かったので途中で抜けて帰宅
・布団の中でちょっと寒く感じた(電気毛布を入れるほどではない)。ひょっとして熱あるかな?と思いつつ入眠

◆8/5(月)
・いつもより長時間寝て10時くらいに目覚め
・喉のいがらっぽさ増悪
・世界がちょっと暗い。見える色合いが少し黄色っぽく変化
・朝、検温し37.2度。あ、風邪だと思ってベンザブロック服薬
・その後ずっと36度台。昼、夜とも食欲あり、料理して食って服薬

◆8/6(火)
・相変わらず睡眠時間は長めだが7時間寝て9時というところ
・喉はやや軽快した感じ。痰が出るので回復が近い感じがする
・朝、服薬なしで36.6度
・体調ちょっと悪くなって2日といったところだし、明日からの旅行前にコロナの可能性を排除しておこうと検査。線が薄くても発見できるよう目をこらs
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 アーーーくっきり~~!!
・昼過ぎに至っても36度台
・我ながらいいタイミングで検査したと思う
・体調が悪い時は長時間眠れるという経験則から風邪を疑ったのえらい。昼寝しても夜また寝られたのも相当臭かった
・熱はないが体が微妙に重いのは、この数日の運動不足か、それともコロナによる倦怠感か
・一時期のつらい咳がぶり返すとやだなあ。今は時々痰が絡んで咳払いするくらいだけど
・スーパー行って帰ってきて18:40、SpO2=99%、体温36.8度。肺は大丈夫そう、というかコロナ時代が過ぎ去って久しく、測るの忘れてた。体温は夕方だとこんなもんか

◆8/7(水)
・夜間早朝、若干の咳。起き抜けに血痰、しかし続かず
・昼前36.3度、36.2度。SpO2=98%。具合の悪い時しか検温しないので、自分の平熱ってそういえばよく知らないが、これくらいなのかもしれない。ということは昨日は微熱だったのだろうか
・CDC基準でいくと、24時間にわたって解熱剤がなくても発熱していないので隔離解除。いくらマスクつきで外出ようねといってもこれはさすがに早くないか。そして最近いろんな集まりでよく見る「マスクしてる人たち」ってもしかして……
・結局在宅でガンガン仕事してる。夏休みなんだけど。でもまあハリケーンが近付いていて、もともと行こうと思っていた野外コンサートの日は現地の降水確率90%になっており、出掛けなくてよかった説。また、このところLAだNYCだフィラデルフィアだと仕事・健康診断と絡めて結構遊んでいたので、実はあまり悔しくない

◆8/8(木)
・朝36.2度、SpO2=98%。若干の咳。ま、そろそろいいかな
・そういえば昨日、電話していたら咳が出たので、喋ると刺激になってしまうのかもしれない
・23年前半と似たあたり(喉の下の方)に違和感あるが、当時にようにゼーゼー言うような事態にはなってないので進行しないといいなと。当時は罹患から数ヶ月して出てるが今回はどうか

2024年08月03日

フィリー

会議でフィラデルフィア出張。2012年以来です。6月に来るはずが、うんこみたいな仕事の綾でキャンセルせざるを得ず、しかもこの後は機会もなさそうなので、ものすごい必須の仕事ではなかったけれども頑張って来ました。
前回は時間が遅かったので中に入れなかったフィラデルフィア美術館、隙間時間にバス捕まえてきて、やっと見ることができました。ここも無料で入れた……
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ひまわり、ここにあった。
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メトロポリタン美術館ほどではないが、広かったです。
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西洋クラシックへの憧れと驕慢みたいなものが爆発している感じ。
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猛暑の谷間に当たって、35度まではいかなかった。夜はそこそこ過ごしやすい。街は相変わらず、カジュアルに人が倒れてました。ダウンタウンは思ったほどでもなかったけど。前回きた時はいきなり「財布よこせ~」とか言われたのに比べると危ない感じはしなかった。
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泊まったのは民泊。半分住宅街、ヒスパニックの方多め、大丈夫かな?と思いましたが、行ってみたら中心部のちょっと外側なせいか、静かで安全そうなところでした。部屋はホテルと違って空調がうるさくなく、最高に寝やすかったです。
会議初日の夜はレセプションでした。場所はフランクリン・インスティテュート。科学博物館かな。閉館後を借り切り、ベンジャミン・フランクリンに睥睨されながらパーテー。
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チーズステーキ(サブウェイみたいな長いパンにチーズソースの焼肉が挟まってるサンドイッチ)はここで出たのでコンプ。
この時にたまたまテーブルで隣になった日本からきてる若手研究者をナンパして、翌日ピザを食べに行きました。会議場近くのBabuzzoっていうところ(特筆しておく)。19時までのハッピーアワーに滑り込んだので、ピザ$10、ビール$5とすごい安かった。
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医学部出身で、来年博士をとったら西海岸の研究所に行くそう。今のところ自分にしかできない技術を持っていて、将来はこんなことをやりたいということを話してくれました。かなり野心的だが、こういうのがある人こそ研究に向いている。そしてそれが達成できるかは分からないが、この人は成功するんだろうなと思いました。久しぶりに未来を感じさせる人と話したかもしれない。
地下に潜るとやはり客層が悪くなる地下鉄のって、アムトラックのって帰ってきました。
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会議では朝食のほか、1日目はタコス、2日目はサラダ、3日目はパスタとすごいちゃんとした昼飯まで出してもらえたことにびびりつつ、アウトプットは一応した。しかし本当にやるべきことはまだ。しかし1日10kmくらい歩き回りながら3日間インプットしまくって、本来の仕事ってこういうことしないとだめだなとか。

と同時に、アウトプットが誰のためになってるのかよくわからないことが最近続いており、結構微妙な気持ちになっています。

* * *

トースト1枚が焼ける程度のすごいちっちゃいオーブントースターを買いました。$22。数ヶ月しか使わないわけですけど、安かったのと、LAのホテルの朝食会場にあったトースターでハムチーズトーストやったらおいしかったので。
ベーコンの切れ端とブロッコリーと卵をNYのダイソーで買った10cm角のちっちゃい器に入れて温めたら朝飯が豊かになった。
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* * *

◆間瀬英之、身野良寛『量子コンピュータまるわかり』日経BP、2023年。

いただいた本(アメリカまで送ってくださった……)。日本総研の方が著者で、さすがというか技術も政策も業界動向も網羅しつつ噛み砕いていて、通読するのは若干大変だが、リファレンスとしてめちゃくちゃ使えると思いました。原理の図解が分かりやすい宇津木健『絵で見てわかる量子コンピュータの仕組み』とはまた違った利用価値のある本として現在No.1タイ。随時アップデートしてほしいが、しかし主要なトピックは出そろっているので、自分が使うときにネット検索して最新情報を調べれば今後3-4年は使える気もする。

* * *

3日から夏休みに入りました。上記6月にフィラデルフィア行きを潰したうんこ仕事がまだ長引いていて、どうなるか分からなかったので夏休みの計画が立たないまま突入してしまいました。しかしここ数日いろいろ検討して、一応これかなという方向性は見えてきました。

7/25に書き忘れましたが、最後の半年に入りました。まだ後任のアナウンスないけど。

2024年08月02日

おばあ

父方のおばあちゃんが亡くなったそうです。前の晩(日本だと8/2の午前中)に伯父=父の兄からFBで知らされ、けさ(同夕方)父からもLINEで連絡がきてました。ネット時代~
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小さい頃に「昭和2年生まれ」と聞いたが、どうも鯖を読んでいたようで、その後にほかから「昭和元年」「大正15年」と修正された。実際のところは追及していないので分からない。後2者は同じ年(1926)なので98歳か97歳のはず。じいちゃんも94まで生きたので二人とも長寿だった。二人ともボケなかったのもすごい。

写真は2023年1月に一時帰国したときのものです。今年の初めは施設に入っちゃっていて会えなかった。ということは人生の大半を自立して生活できていたことになる。農家は強いね。
訪ねるたびに餅を持っていけ、干し柿を持っていけ、お茶を飲め、お菓子を食べろといろいろ勧めてくれたのが思い出。この近所で生まれ、嫁いで、畑を作っていた。弊管理人が子どもの頃から最後までおばあちゃんだった気がする。じいちゃんが亡くなったのは2016年なのでもう8年。最後に会ったときは、独り暮らしが長くなったといってしみじみしていた。
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山の中のこの家(父方の実家)はこれで住人がいなくなりました。父は3人兄弟で、長男は三重で独り暮らし、次男=父は同じ町内に家ありだが婿養子に行き、三男が跡継ぎとなっています。長男、次男は既に相続を放棄しているので財産処分は難しくないはず。

というか弊管理人、もうここに来ることもないのかもしれない。そうか。いやあ。そうか。

2024年07月24日

タイムトラベルNYC(2)

メトロポリタン美術館。博物館みたいな美術館。
あまり大きな声では言えないが、仕事上の役得により、いくつかの美術館・博物館は無料で入れるのです。普通に入ると$30くらいするんですが、いつか仕事の何かでお返しするということで。

大貫妙子の「メトロポリタン美術館」がずっと脳内をぐるぐるする世代です。
エジプトではファラオ眠る。石の布団にくるまって。
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めっちゃ目あけて寝てますが、かわいいよね。普通にイケメンだと思う。
とにかく物量がすごい。
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すごいんだけど、エジプトとヨーロッパがすごいのに比べて、インド、中東はそうでもなかった。距離感だろうか。
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アメリカになると、とたんに家具屋になってしまう。
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ただ、ティファニーがいいのは分かった。
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しかし家具とてヨーロッパに比べるとね。
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とにかくでかい。6時間かけて7.5km歩いたけど見終わらなかった。
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日本の展示室は閉鎖中でした。一方、中国は充実してました。国力……
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とにかく見応えあることは分かった。タイムトラベルは、楽し。
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投宿して、アイリッシュパブで魚食ってビール飲んで、ついでにピザ買い食いして寝ました。

翌日は朝から健康診断。なんか知らないけどすごいデブになって、骨密度が落ちているということが分かった。血液検査は後日ですが、たぶん高脂血症だと思う。要は運動不足。動かなすぎ。
終了後、国連勤務の知り合いとそば屋に行ってかつ丼食いました。
卵とじのかつ丼はひょっとしたら渡米以来かもしれない。西友のお総菜みたいな味でしたが前菜と合わせて$30。
食べ終わってからGround Centralというコーヒー屋(挽いたコーヒー豆groundと、近くのターミナル駅グランド・セントラルをかけていると思われる)でお茶しました。コーヒーおいしかった。
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すごい駄弁ってたらMoMAいく時間なくなってきましたが、一応行きました。こちらもタダ。
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世紀転換期くらいからの作品が並べてありましたが、モダンアートいうても結局みんな写真とってるのはウォーホルであり、バスキアであり、デュシャンであり、オノヨーコだピカソだとかいっていて結局有名どころかと。ル・コルビュジエの絵があっておやっと思ったが。でコンテンポラリーはメディアアートとか紐やぬいぐるみのインスタレーションなんかあまり刺さらず、リュックを預けてたクロークから「そろそろ閉まるで」とせかすメッセージがきたのであわてて回収してTシャツと図録買って退散しました。
雨が降ったり止んだりで蒸し暑いNYCともおさらば。
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やはり遅れるアムトラックに乗って3時間で帰ってきました。やはりDCのほうが落ち着く。

* * *

中途半端なタイミングですが、これが弊日記1500個目のエントリーでした。
来年10月は弊日記20周年。20年……うぉぉ……

タイムトラベルNYC(1)

夏休み前半を兼ねて、日曜~火曜でニューヨークに最後の健康診断に行ってきました。ニューヨークも最後な気はするがまだ分からない。
すっごい暑さが一服して比較的歩き回りやすい気候でしたが、日差しは強かったです。日焼け止めを塗って歩いてましたがそこそこ黒くなりました。
建築系は去年結構回ったので、今年は博物館とか美術館とかを冷やかそうと思います。

まずストーンウォール・イン。1969年6月28日、警察のガサ入れを機に始まった性的マイノリティの抗議活動「ストーンウォールの反乱」の震源地。この運動は全米、世界に波及した。
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隣接するビジターセンターでもらったパンフによると、建物は1800年代半ばの建築。1934年から火災で内部が焼損する1964年まで、Bonnie's Stonewall Innというバー・レストランが営業していた。

店は1967年にオープン。当時ニューヨーク州の規制によってゲイへの酒類提供が禁止されており、それをかいくぐる形で「踊れるゲイクラブ」として運営した。現在のファサードはほぼ当時のままとのこと。入場料は平日$1、週末$3。記名して入ることになっていた。

中はバーとダンスフロアがあり、壁は火災の跡を隠すため黒く塗られていた。通りに面した窓は黒く塗られ、ベニヤ板が張り付けてあった。バーには水道がなく、非常口もなかった。

客は主に若いゲイで、レズビアンは少数だった。服装はドラァグ、ビジネス、ジーンズといろいろ。

当時は酒類提供規制を口実にゲイバーやクラブに対する警察の手入れが頻繁に行われており、経営者や客が見せしめ的に逮捕されていた。経営者は警察やマフィア、規制当局に賄賂を渡して事前情報をもらい、手入れを察知すると中を明るくして客に注意を促していた。

ストーンウォール反乱の最初のきっかけが、誰かがものを投げたことなのか、誰かが誰かを殴ったのか、何だったかに関しては証言が一致していない。結局、反乱は6夜続いた。最も激しい抗議があったのは最初と最後の夜だった。最初の夜は500-600人、次の夜は2000人が参加したとの証言がある。最終日は500~1000人とのこと。3日目、4日目は比較的静穏だった。逮捕者は最初の夜が13人、2夜目が3人、6夜目が5人。死者はなかった(ただし、群衆が取り囲んだタクシーの運転手がその夜に心臓発作で死亡したとのこと)。

バーはその後閉店し、ベーグル店や中華料理屋などになった。1987-1989年には「ストーンウォール」というバーが営業、その閉店とともにもとあった縦長の看板が取り外された。ストーンウォール・インの内装は残っていない。

1990年に新しくバーが入り、翌年にストーンウォールと改名した。現在の経営者は2006年にバーを取得し、それ以降「ストーンウォール・イン」として営業している。

これはバーの隣にあるビジターセンターの中。
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ストーンウォール反乱の前にもLGBTQの人たちと警察の対立は起きており、これが初というわけではない。1959年のCooper Do-Nutsを初め、60年代にもロサンゼルスやサンフランシスコで発生している。ゲイ・ムーブメントの始まりというわけでもなく、1950年にロサンゼルスでMattachine Societyというゲイライツ運動体が組織されたりしている(世界初は1897年、ベルリン。アメリカ初は1924年にシカゴで人権協会Society for Human Rightsができているが短期で解消している)。

ゲイムーブメントと絡んだ形で「プライド」という言葉が使われた起源は1966年、ロサンゼルスで設立されたゲイ運動団体がPRIDE (Personal Rights in Defense and Education)と名乗ったことに遡る。PRIDEが発行したニュースレターは雑誌「Advocate」となり、現在も刊行されている。
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2016年、オバマ大統領がバーの向かいにあるクリストファー・パークをStonewall National Monumentとして指定。建物は州と市の史跡になっている。

* * *

地下鉄に乗ってマンハッタンの南のほうに行きます。去年そんなんなってたかなと思うんですが、乗車券を買わなくても、クレジットカードを直接改札機にタッチすると抜けられるようになっていました。警備員がそこここにいるせいか、DCと違ってタダで通り抜けてきたおかしなのが乗ってる感じもせず、ちゃんとしてました。まあ真昼だからかな。
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中華街に行きます。
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この辺歩いてるところで、某大統領が「選挙戦やめますわ」と言い出したために職場がえらい騒ぎになっていましたが、弊管理人としてはできることもないのでワンタンメン食いました。
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$8.75、ぷりぷりのエビと豚肉のワンタンが食べ応えあり。空腹も手伝ってかなりおいしくいただきました。サービスチャージと税金入れて$11ちょっと。安く感じる。自動的にサービスチャージ18%がとられているのに気付いたため、チップは0にして出てきた。危なかった。

そこからさらに歩いてブルックリン橋。歩けるレイボーブリッジって感じでしょうか。
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ここは完全におのぼりさんスポット。
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汗でどろどろ。17時に宿にチェックインして、近場でガパオ食って寝ました。睡眠がやや足りてなかったのでよく眠れました。

つづく。

2024年07月19日

早起き週とアメリカと私

職場の人たちが大挙してウィスコンシンに行ったので、8時始業の早出シフトが月火水、24時終わりの夜勤シフトが金と回ってきて、なんかぼーっとしている間に終盤を迎えた週です。

前の大統領が撃たれた件はたまたま土曜出番で職場にいた弊管理人が対応することになり、シフトの始まりの午前8時から午前3時まで19時間勤務(後半は多忙)しました。事態の変動がほぼなくなった3時の時点でも東京からは「上からいろいろ注文がきてるので、あとでまた連絡する」と言われ「20時間になるんで帰りますけど」と言ったら「じゃあいいです」と言われて終わりました。まあ修辞を弄する程度なら日本で元気に起きてる人たちでできるでしょ。過去に過労死を出し、最近もメンタル発生してる部署と添い遂げていいことはない。

金曜は政府系の会合というかパーティーに行ってる友人と夕飯を食べるという話になったが、パーティーの終了時間より早い時間を指定されたので早めに抜けて行くのかなと思ったら会場に呼び込まれた。すっかり出来上がってるアメリカ人ばかりがわいわい騒いでてうるさく、知ってる人もいないので「外で待ってる」といって散歩。
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終了時間になっても連絡がこないので「帰るわ」とメッセージ送って、近くのスーパーで買い物してたらわりと慌てた感じで連絡がきた。でメシ食って帰った。週末から帰省するそうなのでしばらくはこういうことはなさそう。ちなみに「土曜の昼、空港まで送ってくれない?無理ならウーバー呼ぶけど」と言われたので無理じゃないけどウーバー呼んでもらうことにしました。

* * *

◆江藤淳『アメリカと私』講談社、2018年

1960年代前半にプリンストン大学に滞在した著者の滞在記。アメリカを見ると、その全体などとても見えないのに、それでも何か言いたくなってしまうのは洋の東西や時代を問わない。それだけ変なところだというのと、それぞれの人が自分の見識を試したくなるのと、その混合でなんかそういうことになるのかも。60年前に批評家が(東海岸の大学町という狭い窓から)のぞき見たアメリカと、今の弊管理人の思ったことをメモしておきます。

「ここでは、いわば社会は人種差別することによって受容れていた。逆に日本の社会にひそんでいるのは、ときには媚びさえ含む微笑の底にかくされた拒否である」(p.90)
そうだなと思った。

一時帰国、
「その醜悪な街[東京]を行く人々の顔は、どれも不思議なほど明るかった」(p.97)
これは時代の違いを感じる。

「米国が特にこの黒人問題で苦悩しなければならないのは、この国が日本とも英国とも、その他もろもろの歴史の影をひいた国ともちがって、合衆国独立宣言という理念の上にうちたてられた新しい、実験的な国だからではないだろうか」(p.160)
これは今も大統領が「理念によってできた唯一の国だ」と言う。ソ連を無視しているか忘れている予感はするが。

「もとより言語能力と兵役とは、米国市民になるための最低条件にすぎない。加えて米国式に清潔な、規律ある生活様式に適応し、これを維持する能力が要求されるとすれば、ここに作用するコンフォーミズムは相当なものといわなければならない」(p.162)
「それでは米国人になるとは、具体的に何を意味するか。ひと口でいえば、それは英語をつかって生活するということである」(p.231)
日本人でも一定条件を満たせば米国人になることはできるのに対し、米国人が日本人になることはいくら日本語ができてもできない、というのはいい対比だと思った。なので、日本通の米国人には、いくら努力しても外人扱いをする日本に対する憎悪があるのだとも。
しかしこういうことだとすると、現在のスペイン語コミュニティの増大は、想像以上に根本的な部分で米国を揺さぶっているのだろう。肌の色の違いも手伝って、昔の非アングロサクソン移民の比ではないくらいに。

キューバ危機の当時。一向に社会的な支持が得られないパシフィストのデモに際して。
「社会の空気が非同情的だからといって、こういう少数派の主張を抑圧しようとはしないところが米国のいいところかもしれない」(p.172)
まあそうかな。主張するほうもカウンターやるほうもとにかくしゃべくるので、事を構えるハードルが高いのかもしれない。日本は内気なせいか、殴り返してこないだろうと踏んでわりと積極的に嫌がらせする輩が出るね。

「彼ら[米国人の専門家]の冷静な分析と見えるものの底に、こと米国の利益については一歩もゆずらないという強烈な感情がひそんでいるということでもある」「私は、あらためて社会科学というものが結局理論的表現によって行われる感情の放出ではないかということも、考えてみないわけにはいかなかった」(p.180)
後日の文章に、この本を読んだ米国人の一部が怒ったという振り返りがあったが、このあたりが理由の一つだったんじゃないかなと思った。だけどまあ米国人は米国の利益を最大化するという目標を疑ってないのは確かにそう。「理想主義は実はケネディ氏の「スタイル」」(p.243)であって、彼もやはり一皮剥けば米国第一主義の権化だったという診断に通じる。

「とにかくこの国は、生存競争のきびしい、生活に全力をあげて立向かわざるを得ない国である。その背後に、依然として比較的豊かなチャンスがあるので、うまく行っているのである」(p.187)
こっちに来たころ、友人に「米国は余裕がない国に見える」と言ったら「逆だと思った」と言われたことを思い出した。弊管理人はその後、「余裕がない国」のほうに一層傾いた。基本的にみんな怠け者だが、根本的な「休まらなさ」がある。そのことは、別の所では「米国社会に内在する一種の苛酷さ」(p.249)といわれている。

アメリカの「地方主義」=だいたい地元のことにしか関心がない田子作っぽさと、危機に直面したときに急激に立ち上がる抽象的な「合衆国」モードの二面性について。「合衆国」モードは「地方主義」からの切り替わりではなく、実は地方主義のある一つの現れ方だろうという見立て。
「現に、「キューバ危機」のときの中西部からの反応が強硬をきわめ、ほとんど好戦的ですらあったのは、その[地方主義の]ひとつのあらわれだったのかも知れない。郷土愛が強く、具体的であればあるほど、一方で「合衆国」という全体は抽象的なものになり、国際的な力関係のなかにあるひとつの国家であることをやめて、一種の理念に変質する」(p.189)
これ、いい分析だと思うな。「いわば移民上がりの自作農がつくった数知れぬ「小さな」町の集合である」(p.255)というのは地理の観点から同じことを言っているように思った。「帝国」ってまさにこういうものなのでは。

「日本人には、価値は過去と断絶したところにある――あるいはそこにしかない、と考えたがる傾向がある。逆に、米国人は、価値は農業的過去との連続の上にある、と考える。さらにこの二つの矢印の示す方向をたどって行けば、あるいは日本人にとっての価値の根本は新しい物質、または技術であり、米国人にとってのそれは古風な倫理である、というようなところまで行きつくかも知れない」(p.253)
アメリカ人の自己中心的で目の前のことしか見ず、批判されるのが大嫌いな「国民性」のようなものがキリスト教とか資本主義といった文化や制度を強烈に規定している。なんなら神もエビデンスもわしのためにある、という態度。世界中で嫌われながらなお好きにしていられるのには、地理的条件のほかにこういう明るくて迷惑なメンタリティの寄与するところが大きい。

2024年07月12日

エルエ~

ロサンゼルス。「ロス」じゃなくてLAだぜっていうアメリカかぶれ。
出張でした。西海岸は去年の正月に乗り継いだだけ。土を踏むのは初めて。

土曜は18時前発。余裕こいて空港いったらデルタ航空のアプリがバグり、若干焦りつつも空港の発券機で搭乗券を印刷してセーフ。自分をほめたい。
西部に行く飛行機好きなんですよね。景色が森から中西部の平原、そして砂漠に移ってく感じが。
これはアリゾナかな。おととし行ったあたりかも。古い噴火口だと思う。
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DCはそれこそ37度とか38度になって「こんなことあったっけ?」というくらい暑い7月初旬でしたが、LAX空港に着いたら22度とちょっと肌寒いくらいだった。カリフォルニアって灼熱のイメージなんですけど。なぜ?
飛行機に5時間乗って3時間戻るので、体は23時なんだけど世界は20時。
空港で車を借りて、In-N-Out Burgerという西部にいっぱいあるハンバーガー屋に行って、
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ハンバーガーだけテイクアウトしました。
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なんか西部にいた人とかアメリカ詳しい人に勧められるんだよね。どこがというとよくわからないけどうまかったです。

日曜はこんなところにいました。借りた車はKIAのなんかかわいい形のやつ。いまどきキー挿して回したり、ボタン押して引くサイドブレーキだったりしますが、かえって分かりやすくていいです。走りも快適でした。
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住宅街に油田のある風景。
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ガパオ食って空港に戻って、車返してLAに戻ります。空港バス$9.75、まあ悪くない。地下鉄に乗ってホテルへ。ホテルは日曜~火曜の泊まりなので結構安く泊まれました。1泊$160くらいですかね。夕飯はもうどうでもいいのでホールフーズのおかず。行き帰りは叫んでる黒人と座り込んじゃってる白人とかをよけて進む「戦わないバイオハザード」みたいな感じ。荒れてます。リベラルな州は旅行者にとって危ないという経験則は健在です。

アポイントメントが日曜と火曜に分散してしまったので、月曜はふらっと出掛けました。
電車で1時間、サンタモニカは逗子であった。
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涼しいのはありがたいが、むしろちょっと寒かった。半袖短パンの弊管理人。
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退散してロサンゼルス郡美術館に行きます。
内陸のほうに戻ってくるとまた覿面に晴れる。
フォー食ってから美術館へゴー。
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フーコーのアレ、こんなところにあった。
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結構見応えあり。$28は高いが。
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写真からわかるように夕方になっても太陽光がさんさんと降り注いでます。
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奈良美智さんどこにいるのかなと思って探してたら外にいた。
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敷地は広くて公園みたいになっていて、これは1日いられるなと思いました。
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バスで戻ってシャワー浴びてすっきり。日焼け止めをわりとこってり塗って行ったのでひりひりはしませんでしたが、ちょっと黒くなりました。

火曜は午前中に仕事を終えて、お昼は友人に「日本食食ってこい」と勧められたリトルトーキョーに行ってみました。なんか浅草橋をさらに茫漠とさせた雰囲気。オオタニサンがいた。
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どういうルートで仕入れているのか分からないがデイリーヤマザキみたいのがあり、さらに紀伊國屋もあってアメリカのオタクたちが徘徊していたのも面白かったが、とにかくメシだ。よくわからないが「こうらく」というお店に入ってみました。わあ日本。
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どうみても日本人でないおじさんが作る天津あんかけチャーハンを所望。3200円。
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細長い人参が入っている点以外はチャーシューも香りも完璧で、ぼそぼそ食っていると3年間凍結してあった自分の中の町中華が溶け出してきて、リアルにちょっと泣けた。味覚すごい。「美味しんぼ」でアラブの強面えらいひとに貧しかった子どもの頃に食った味を再現して出したら泣きながらガツガツ食い始めたという話があった気がするが、あれだ。
そして弊管理人はやっぱり日本で王将のチャーハンと餃子を食って生き、そして死ぬべきなのだと悟った。30代の初めくらいでアメリカに来たらひょっとして何とかしてこっちに移住してやろうと思ったかもしれないが、もう遅い。

満ち足りたところで現代美術館「ブロード」に転戦。
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建物いいですね。
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絵ではバスキアがよかった。
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タダってすごくない?金持ちの威力。

周囲も目立つ建築いっぱいです。ディズニーの名前を冠したコンサートホール。
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こちらは商業ビルかな?The Grand LA、下から見るとあまり面白くないがフランク・ゲイリー。
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全然名前が覚えられない天使のマリア大聖堂Cathedral of Our Lady of the Angels
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いやまあどれもいいんだけど、からっぽの空間に作品展示しましたみたいな、何か建物と土地が調和してない無造作な感じのする街だなって思いました。あと規制がそうなのか分からないが、砂漠みたいな色した建物が多い気がする。

喉かわいた。グーグルマップを見たらなんかよさげなendorffeineていうコーヒー屋があり、バスに乗ったらチャイナタウンであった。
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でもって最寄り駅から電車に乗り、空港バスに乗り継いで、
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カリフォルニア名物夜行便で朝5時台にDCに戻ってきました。
眠かったけど楽しかったのでよし。アウトプットもなんとかできそうだがちゃんとした形になるかな……

* * *

瞬きしてるうちに1週間は過ぎ、土曜日の出番は昼過ぎまで凪の状態でいいなと思ってたら前の大統領が撃たれて朝3時半まで仕事になった。この話は次で。

2024年07月04日

ジュライフォース

おととしの独立記念日はパレードを見に行って、そのあとアーリントン墓地で花火鑑賞。
去年はマウントバーノンに行って、夜はナショナルモールで花火鑑賞。
今年はお呼ばれです。
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赤・青・白のアメリカ色をほんのりフィーチャーしつつ、普通のパーティー。
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飲みゲーしたり、テレビで恒例のホットドッグ早食い競争見て「きっしょ~」とか言ったり。
なんか電力の話から原爆の話になって、「日本人は結構あれは民間人の大量虐殺だと思ってるけどね」みたいなことを言ったら相手は元軍人だった。あぶな。
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アメリカの家って玄関は階段を数段上ったところにあり(下に半地下の階がある)、玄関前のポーチには鉢植えだのテーブルだの椅子だのが置いてあって、日がなそこに座ってぼーっとしている住人をよく見かけます。
とうとうできた!
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うん、これは至福の時間かもしれない。哲学ができる気がする。

一部、次のパーティーにはしごする人たちを車で送りました。アパートの屋上で花火を見るというのですが、花火後の大渋滞が厄介そうだったのでさっさと帰ってきました。
今年は花火はなしかな、と思いながら家に帰ったら、意外とまだやってる時間。屋上に上ったらちょっと遠いけど見られました。
DCのナショナルモールの花火は20分弱で終わっちゃうんだけど、実はアーリントン郡の至る所で花火が上がっており、しかもずーっとやってる。途中で部屋に戻りましたが、去年やおととしとはまた違った趣の花火が見られました。

去年の日記には「夏が始まった感じがした」と書いてあり、確かにこの週末は全部休んで4連休にする人たちが多いようですが、なんか日が落ちると涼しくて雨の後のため結構ガスっていたこともあり、夏の終わりのような感じがしてしまいました。アメリカ最後の7/4、結局は満喫して終了。

さよならの季節

7月だ。7月。今年前半、何をしてたか思い出せない。
そんなにびゅんびゅん過ぎた感じはしないけど、これ以上速かったらすぐ死んじゃいそう。

在DCの公的な立場の人たちは異動の季節です。
6年という長期にわたって、ある世界に君臨してきた人の送別会は事務所のルーフトップで催されました。150人くらい集まったとのことです。
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アポイントとろうとしても会えなそうな人もちらほら客として来ていました。

当日着いたばかりという後任が挨拶。米国勤務経験はあるようだが、やはりまだ英語モード・アメリカンスピーチモードになっていなかった。「着いたばかりでよくわかりませんが仲良くしてください」ではなく、自分は具体的に何ができる人か/あなたがたと具体的にどういう案件で関わると認識しているか/それは日本とアメリカの協働という広い文脈にどう位置付けられるか―を簡単でいいから一言ずつ言ってさっと終わったほうがいいんだろうなあと思いながら聞いていました。

英語堪能、明るく社交的、クリスマスはパーティー行脚、えらい人たちとカラオーキー、と余人をもって代えがたい人脈を築いてきた今日の主役に、はなむけのスピーチしたい人~?という呼びかけに、次々とマイクが回された。
スピーチしたアメリカ人の客が、後任に「big shoes to fillだけど頑張ってね」と言った。そこまできつい訳が適当かは分からないが、要は「この人の跡があんたに務まるか?」ということ。人ごとだが弊管理人は震えました。優秀な人の後任というのは、かくも厳しい。

あと、弊管理人含め、日本人は全体的に汚い(主役はさすが、ちゃんと華美でないがきれいな服を着ていた)。髪をきちんと整えていないし、歯が黄色いし、肌のケアをしていないし、上着を着ていなかったりする。しかし比較対象はアメリカの中でも上の方の階級の人で、特に互いを値踏みするコミュニティの中だということから、必ずしもフェアな比較ではないことも分かる。アジア諸国の同業者とか見ているとそんなすごいきれいにしているわけでもなく、以上のことは何か特殊な地域の特殊な階層の話なんだろうなとは推測します。

建物1階のパブで、もう1組の新旧交代者と一杯飲んで帰りました。
もうすぐ帰る人、着いたばかりの人。2年数ヶ月前、もうすぐ帰る人に「ここはホームになりますかね」と聞いたら「なりますよ」と答えられたのを思い出しつつ、両方の気持ちが分かる立場になったなと思いました。

* * *

翌日も小さな送別ランチをやりました。ネパール料理屋で、モモとダルバート、あとネパールビールという名のマッコリみたいなお酒。
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仲良くなったのか、そうでもなかったのか。よくわかりませんが、あちらから「最後にランチを」と言ってくれたので仲良かったのだろうと安心しておくことにします。
「ではまた半年後に東京で」といって別れました。

* * *

3日。
5月に折れた歯の治療は、クラウンを取り付けて終了しました。
やっぱり合計2000ドルくらいした。できるだけ長くもってほしい。
前回回収し忘れた、折れた歯。「記念にくれませんか」と言ったら「あ、もうないです」と言われました。腕はいい先生なんだけど、そういうとこな。

そのあと出社したんですが、なんかすごい疲れていて、あまりちゃんと仕事をしないまま帰って、前日より少し早めに寝ました。

* * *

大統領選挙の討論会のあと、振るわなかったおじい周辺がわさわさしています。
・歳なのは前から分かってたじゃん。大人の事情に囚われすぎ
・と同時にみんな目の前のことに囚われすぎ、で流れを作ったらなんとしても押そうとするのこわ

* * *

◆栗田治『思考の方法学』講談社、2023年

同じ講談社現代新書の『創造の方法学』にタイトルを借りたかな。
モデルとかオペレーションズリサーチの話題を扱った本。原理と応用がコンパクトに示されていて参考になりました。
モデルの類型:
 定性/定量
 普遍(理学)/個別(工学)
 マクロ/ミクロ
 静的/動的
と、その使い方。ほかに、
使用上の注意につながるいくつかの概念:
 正味現在価値法
 埋没費用
 パレート最適
 伝統主義
 フェティシズム(目的と手段の転倒)
 官僚制の順機能と逆機能

ある程度経験のある人にとって、見聞きしたこと、考えたことを整理する手助けになると思いました。

* * *

滞在33カ月満了、34カ月目。残り7カ月。

2024年06月23日

ソルロンタン

結局、土曜は37度、日曜は38度まで気温が上がり、おおむね家にいる土日でした。
いうても湿度がそこまででもないので「お~暑いね~」くらい、東京が38度になったときの「やばい感じ」はありません。
このところなぜか酸味のある料理を作りがちで、しかしそれも段々飽きてきて、日曜昼は初めてのソルロンタンを食べにアナンデールという韓国人コミュニティのある街に行ってきました。
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牛骨スープ。塩味はほとんどついていないので、塩胡椒やキムチを突っ込んで好みの味にするスタイル、だと思います。なにぶん初めてなので勝手が分からないけど。
そしてご飯を浸けて食べたり、キムチで白飯食ったり。これ、こういうラーメン食ったな、錦糸町あたりで(→麺工房・武だった)。
結構おいしかったです。二日酔い気味の時に食べたいかも。刺激的な味ではないのに食ってたら汗だくになった。

* * *

・仮歯を入れてニカッと笑えるようになったが、歯磨きで負荷をかけすぎないように細心の注意でやらないといけないのが面倒
・給料の円ドルレートが改定になり、$1=134円から157円になった。「減給10%・2カ月」くらいの減り方した。なんだこれ

今週はこんなところです。そろそろ真剣に夏休みを含めた当面の計画を固めないと。

2024年06月20日

夏きた

夏きたなっていう日々です。きょう(19日)は33度という数字を見た。

9.11でアメリカン航空77便が突っ込んだ国防総省西側のモニュメントを見に行ってきました。
犠牲者の名を刻んだステンレス鋼のベンチが進入路を示しつつ生年別に並んでいます。名前を読む人が建物を向くものは建物にいた人、反対向きは乗客乗員。電話で聞く音声ガイドも。
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* * *

パセリカレーを作った。トマトペーストがちょっと多かったのか、チャンジャか何かのような見た目になってしまったが、うまかった。
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* * *

19日はJuneteenth(奴隷解放記念日)で、何か見られないかなと思ってバスでアレクサンドリアに行ったら、コーラスの最後の瞬間だけ見られた。
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グッズを配ってましたが、なんかしょうもない感じだったので食指動かず。おまわりさんはもらっていってました。
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カルボナーラ食ってバスで帰りました。

* * *

相変わらず歯医者に行ってます。
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もはや無心だが、この、なんだ、普通に歯磨きしてて歯が取れるとかもうやめてほしい。

* * *

仕事はそこそこでした。
しかし暑い。

2024年06月09日

フロリダ完了と土日

自宅に2泊3日しただけでまーたフロリダです。前回の出張からそのまま居残る手もあったといえばありましたが、なめ茸と白米食べたらリフレッシュしたので帰ってよかったという総括。

今回のレンタカーはフォードのEscapeっていう車ですが、走行距離は短いので新しい車のはずなのに、踏み込むとノッキングを起こす変な個体で、愛着がわかなかったので写真はなし。

昨年8月と先月に泊まったベストウェスタンにまた泊まってしまいました。だって安いんだもん。あと今回はやや朝が早いので、結構ボリューミーな朝飯が朝6時に食えることが分かっているホテルだと見通しがきいてよいというのがあった。

一番安い料金でとったわりには「アップグレードしとくよ」とフロントのオヤジに言われ、オーシャンビューの部屋になりました。確かにベランダから海が見えた。しかし設備はやっぱりアメリカ版の東横インであった。
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夜ちょっと遅くなって到着した他社の人とご飯に行きました。ケープカナベラルの、メインの通りから一本入ったちょっと怪しい雰囲気のメキシコ料理、La Cantrina。地元の人たちが駄弁ってて入りにくいかなと思いましたが、サングリアがハーフのピッチャーで$10、ファジータが$9.99などめちゃくちゃ安い。店員さんも感じよくて、大変満足でした。
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ホットドッグみたいなのはStuffed Jarapenoで、トウガラシにチーズ詰めて衣つけて揚げたようなやつです。初めて食った。しかし後でググってみたらだいぶ違う姿のものがいっぱい出てきた。
ジュークボックスはデジタル化されてました。
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んで、翌朝は早起きして仕事。大渋滞にはまりましたが、早起きからの流れで早く出たおかげで間に合いました。
たびたび「大丈夫ですやります」「目標の日に向かって頑張ってます」みたいな楽観的なことを言っては「できませんでした」「諦めました」といってみんなを落胆させていた案件は、今回するっと最後までいきました。まあ本番使って予行演習2回やったようなもんだしな。その後きっちりトラブってましたが。
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なにはともあれ、フロリダでの仕事は完了してよかった。写真とるのに集中はしていましたが、結構感慨深かった。

この後も作業いろいろあるし、後泊もして帰ったほうがいいかな、と思いながら帰りの飛行機はとらずにフロリダまで来たものの、終わってみたら作業はそんなでもなかった。ので、急いで飛行機とって帰りました。機内wifiが使える便を使って東京とやりとりしながら22時にDC帰着、そのあとカメラ返しに職場に直行して、作業して、置いてあった自分の車で帰宅。疲れた。でも終わってよかった。

翌日、午前中でさっさと終わるはずの仕事が意外に夕方までごちゃごちゃしたので、結果さっさと帰ってきてよかったです。

フロリダは結局、7回行きました。多分これで最後だと思う。
っつって去年フロリダ行ったときの日記見たら、そのときも「これが最後」だの「来年の今頃はいない」だの書いており、両方ハズレ。

* * *

金曜は予定変更でぐっちゃぐちゃになった経費精算をすごい形相で片付けて、あとは近くに点心食いに行って帰った。まだ疲れてた。

* * *

土曜はDCプライドパレードです。
見物に行く前に、友人宅でブランチの会。先々週のハウスウォーミングで行ったお宅で、その時会った人たち+初めましての数人と飲み食いする。
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まだ早起き習慣が残っていて5時台に目が覚めたわりにいろいろ追いついておらず、手ぶらで来てしまった。でもまあ前回いろいろ貢献したからいいか。
パレード自体は2年前にも見ているのでうん、はい、了解という感じ。
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成人人口におけるLGBT割合の推定というデータがあるのを初めて知り、見てみたら全米5.5%に対してDCは14.3%だそうです。すごいな。市長がWelcome to the gayest city in the world!と挨拶していた。あながち誇張でもないかもしれない。
皆さんとは別れてそのまま帰りました。夕飯は肉じゃがと肉団子の甘酢炒め。落ち着いた。

* * *

日曜もやっぱり布団でだらだらしたのに7時起き。
ちょっと中国の同僚から頼まれた仕事してから出掛けて、山のほうのThe Local Cutというお店でランチして~
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ブルーモントというところで見晴らしのいいワイナリー冷やかして~
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買い物して帰りました。

一人遊びもたまにはいいですね。

* * *

前歯が1本ない状態が常に気になっており、ニカッと笑うこともできず、気分的にはパーっとした感じにはなりませんでした。でも体は休まったといえば休まった。

そろそろ夏休みとか、NYCでの健康診断の時期を考えないとな。

2024年06月02日

またフロリダ

5月に仕事先がへぐった仕事で、またフロリダです。
DCは連日夕立の暑い日々が終わって、急に寒くなった月末、朝5時前に起きて7時の飛行機に乗りました。フロリダはさすがというか、暑!29度で湿気も結構あり。

今回のレンタカーはヒュンダイのKONAを選んでみました。
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日本のコンパクトカーくらいの感じで使いやすかったです。踏まなくても進むところは昔乗ってた三菱のCOLTと一緒。アップルのカープレイは使えるけど、それ以外はサイドブレーキもシフトレバーもエアコンも使い慣れた形で、妙にデザインが凝ってないところがいい。シートの調整も昔ながらのレバー式です。こういうのは電化しなくていいと思う。

今回食べた唯一、旅先っぽいもの。店員さんがスペイン語のお店で食べたタコスプレート。
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タコスうまかった。にしてもなぜ豆とピラフがつくのだろう。なんかもうちょっとこう、野菜とか……まあいいけど。

週末にかかるためか、既に夏の行楽シーズンに入ったためか知りませんが、ココアビーチの宿は結構高かったので、赴任して最初のころ泊まったタイタスビルにしました。ハイウェイを出てすぐのホテル。弊管理人は別にビーチがなくても全然よいので十分。

夜はスペースXの打ち上げがあるので、海岸の公園まで見に行きました。
折りたたみ椅子を持ってきて、夕涼みを兼ねてロケット見物という感じの人たちが多かった。
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これは特に仕事でないと入れない場所ではないので、撮ってみたものを載せます。
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いま地図で測ったら20kmくらい先なんですけど、よく撮れたな(自賛)。
花火よりずっとゆっくりです。雲がオレンジ色になりました。
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帰って寝て翌日は朝から仕事。さすがに今回は大丈夫だろうと思ったら、始動4分前に止まった。おいおい……
で、しかも、午後の説明会で「明日(2日)に向けて頑張ってます」的な話があったので、うーんじゃあ居残らざるを得ないなと急いでレンタカーの延長して、帰りの飛行機を取り直して、宿も取ってチェックインしたあたりで「やっぱやめます」とメールがきた。弊管理人は激怒しました。どこにも怒りのぶつけようがないんだけど。

こいつらはいつも「やることは全てやりました」とか「次の日程に向けて作業してます」と前向きなことばかり言いながら一向にできないんだ。そして外部へのコミュニケーションも同じ調子で期待を持たせては「やっぱ次の機会にします」という。それで、いつもはこの業界に優しいアメリカ人の同業者たちも一回ぶち切れた。

メールがきた時間はまだ飛行機をギリギリで押さえて車をぶっとばして空港に行けば行けなくもない時間でしたが、危ないのでやめました。2日はフィラデルフィアでコンサートのチケットとってあったんだよ。泣けるほど高額ではないが、払い戻しのきかないチケットを流す決断をしました。DC-PHL往復の鉄道の切符は払い戻し可能な料金にしてあったという、4月の弊管理人グッジョブな状況も後押しした。オーランドから直接フィラデルフィアに飛ぶ手もあったんだけど、もう疲れた。それが大きかった。

で、またすぐフロリダ行きます。数日なら居残る手もあったけど、家で白米と醤油味のおかずを食べて、自分の布団で寝る効用はでかいと信じる。

* * *

5月が終わって残り8カ月です。この5月はなんかすごく健康を考えさせられる誕生月だった。歯の根管治療、痛み止め購入、抗生物質による血便、歯が折れる、あとなんだっけ。てか口腔関係ばっか。

2024年05月28日

お呼ばれとかいろいろ

アメリカは月曜日のメモリアルデー(戦没者記念日)の祝日につながる3連休で、テレビによるとここから夏の行楽シーズンが始まるそうです。そして「公式な夏」はどうも夏至らしい。なんかその、ぬるっとみんな好き好きに遊ぶのではなく、意外とそういうの決めて区切るよね。連休前の金曜は史上最多の航空旅客数だったそうです。

しかし弊管理人は土曜は仕事。日曜は地元でまたハウスウォーミングでした。
今回は家の購入ではなく、新しい借家への引っ越し記念パーティー。友達3人でシェアしているそうで、3階建て、ベッドルーム3つ、バスルーム2つ、書斎と居間、あと素敵な裏庭。
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3人ならおのおの普通に1ベッドルームのアパートを借りるくらいの負担で素敵な一戸建てに住めると、まあそういうことのようです。
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お客さんたちは飲みゲーをしていた。弊管理人は眠くてうとうとしていた。
ホストは庭のグリルでホットドッグ作って配ってくれました。「これがアメリカの典型的なパーティーメニューだよ」とおにいさん。父親が空軍で、小さい頃横田に住んでたそうです。国際関係論を勉強して「中国嫌い!台湾大好き!日本も韓国も好き!」とのこと。「日本に行くことがあるといつも高島屋に行くんだ~」いいとこ知ってんな。こういう人がいるのもDCならでは。みんなの飼い犬がずっとうろうろしたり、構われたり、寝たりしてました。
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ソファでダラダラすると、アメリカの公教育の問題とか、バイデンがどうだとか、結構政治の話しますね。民主党支持者の友達はだいたい民主党支持なので結局はゆるい床屋政談になるのだけど、でもこういう話を日常的にできるというのは政治のトレーニングとしてはとてもいいと思う。弊管理人から見るとちょっとステレオタイプ的・アネクドート的だけど。

なんと午後9時過ぎまでダラダラした。連れが「汁物がいい。ワンタンスープ」とのたもうたが、中華この時間にやってるわけねえだろう。ということで歩いて行けるラーメン居酒屋へ。
「まぜそば」を頼んだら「汁少なめのラーメン」であった。
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「こんな姿になっちまって」的な味で、コシも何もない麺。日系3世ラーメンと名付けた。
しかしシルクロードの西の方の人たちからみると、日本のうどんも「なんでこんな姿に」なのではないか。

深夜に帰宅。最後の最後に雷雨に当たったけど、ちゃんと傘持ってたんだな~
月曜は本当にダラダラしてるうちに終わってしまいました。

* * *

6月に予定していたウィスコンシン州マディソンへの出張はやめました。
ホテルは無料キャンセル期間だったの、ちゃんとデポジット返ってくるかなと心配していましたが少し遅れて返ってきました。ほ。

そのかわり、7月終わりにフィラデルフィアに行く気がします。

* * *

車に乗ろうとしたら電子キーに反応しない。
バッテリー切れだ……なんでだ……と思いつつ買った中古車屋に相談したら「アパートでジャンプスターター借りられるはず」と。そうなの?と思って受付に言ったら貸してくれた。さらに受付のおにいさんが「手伝いいる?」というので有り難く手伝ってもらいました。若干難渋しつつエンジンかかった!!ありがと~。あとでチップ渡しておきました。室内灯がつきっぱなしになってたようです。バッテリーがへたってたわけではないようでこれもちょっと安心した。

という具合に今週は浮き沈みが激しかったけど、合計でいうとプラスだったと思います。

2024年05月19日

はうすウォーミング

日曜。また新居祝い=ハウスウォーミングにお呼ばれでした。
この仲良しサークルは30代半ばくらいの人が多いのですが、ちょうど家を買う年代なのか、去年から耳に入っただけと実際行ったの合わせて3件目。さらに物件を物色しているのが1人。あと来週は引っ越しした人のハウスウォーミングが予定されてます。

今日のお宅は敷地は広くなく、1階は入ってすぐリビング、続いて台所といったところですが、でもきれいにしてますよね。1920年代の建物をリフォームしたとのこと。
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こちら、上のリビングから続く台所。紙皿にキッシュやらマフィンやらイチゴやらとってって好きに飲んで食って~という形式。
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勝手口を出るとテラスです。
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家主のパパママがメリーランドからいらしていた。家主は「ほぼカルト級の厳格に宗教的な家庭出身のクィア」ということで親子間には緊張関係があるようですが、まあお祝いの日にギスギスすることもないのでそれぞれ、それぞれでした。というかちゃんとお祝いに来るんだからそこまで険悪なわけではないと推察。ママンとちょっと話しましたが、某疫病の話になったら「あんなもんなんてことないのよ、オミクロンみんなかかって完全終了だわ」と言われておっそっちか~と思い、危ない話は振らないようにしました。(といいつつ、「今度の大統領選には日本のセキュリティがかかってる」などとうっかり話を振ってしまうなど)

なんか友達連中の間では一時的にイギリス王室の話で大盛り上がりしたが、やっぱり好きなのね。そういう時代劇のシリーズも流行るくらいですしね。

24度、曇り空が夕方にかけて晴れてきました。暑くも寒くもなく、風もなく直射日光もなく、でとてもいい日。4時間くらいダラダラしておいとましました。
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長屋の隣は売りに出ていました。昼間はこぢんまりした住宅街で公共施設や公園も向かいにあっていい感じなのですが、友人は「実はあまりいい地区ではない」とのこと。まあなあ。

中途半端に食べたので昼飯はすっ飛ばした形になった。夜は肉じゃが欲が急に噴出して大量の肉じゃが(牛そぼろ)を作りました。少なくとも3年ぶりではないか。こっち来てから初めて。

* * *

で先週びびった下血は日曜の朝か昼に1回あったのを最後に止まり、その後は普通に便が出るようになりました。本当に抗生物質が抜けるとともに回復した感じ。刺激物はよくないというのにカレーを作って週後半まで毎日食べる生活でした。下腹部には「?」という感じが残っていましたが、それもほぼ消えたかな。

* * *

フランス人が認めるDCのビストロ、Le Diplomate。
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めちゃ広いがめちゃ混んでる。しかしウォークインで座れた。
鴨!
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めちゃうま。

* * *

ケネディセンター。
ランドル・グースビーのVnソロでメンコン。開演直前の半額セールに余裕で滑り込み、この角度で見えるわりと音のいい席を$20でゲットしました。
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パールマンのお弟子さんだそうで、それにしては渋い音でした。若いのに奔放な感じもなく、堅実な(ある意味つまらない)演奏でした。が、アンコールのルイジアナなんちゃら(忘れた)はすごい生き生きしていたので、単に曲との相性の問題なのかもしれない。

* * *

誕生日を何回言っても忘れる相手から、誕生日をだいぶ過ぎてバースデーカードをもらいました。
そんでバージニアのYechonという老舗の韓国料理屋で石焼きビビンパとチゲでしっぽり。
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おかずが嬉しい~。そして石焼きビビンパもめちゃくちゃ久しぶりに食べた気がする。
隣のベーカリーカフェでケーキ買っていただきました。謝謝。

ちなみにハウスウォーミングで会ったアジア系おねえさん(後で名前を見たらOeさんだったので日系かもしれない。大江さん?)によると、Yechon含めアナンデールという韓国系コミュニティのある街にあるレストランはちょっと古いところが多く、センタービルというもうちょっと西(つまりDCから離れたほう)にあるお店はもっと今風とのこと。確かにそういう感じはする。そして新しいお店がチャラいだけかというとちゃんとおいしかったりする。でも弊管理人はYechonみたいな「いかにもソウルにある昔からのお店」っぽい雰囲気も好きです。

* * *

4/20に注文してすごい待たされたPC用のポータブルモニターがきた。ディスプレイがどんどん増えていくこの部屋。なぜだ。

フロリダ出張が4日ずつずれていくのやめてほしい。今のままだと来週金曜~日曜が出張。どうなるかな。

2024年05月12日

フロリダと血

フロリダ、去年の夏の出張で最後だろうなと思っていたら最後ではありませんでした。
いろいろな行事があったものの、日程切り詰めて2泊3日に。
DCを出た日は雨で13度とかだったんですが、ココアビーチに到着したら夕方なのに27度、快晴。
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他社の人と合流して、海の見える食堂で夕飯食って準備して寝ました。

代金と場所と融通と朝飯を考え、やはり去年泊まった宿になってしまった。
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部屋で仕事してたら「ボボボボボボ」っていう音が聞こえ、もしやと思って外に出たらスターリンクの打ち上げでした。既にファルコン9の姿はなく、煙だけ。しかしさすがフロリダ。

今回の車はマツダのCX-90。またでかいな……
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空港のAvisから乗り出そうとしたら燃料が2/8しかなくて、しかし契約では満タン出発のように書かれていたのでクレームして是正させました。ちょっと時間とりました。
あと、Carplay接続でまた少し手間取り、かつ充電ケーブルの口がUSB-Cだったので持ってきたケーブルが合わないやん~と思いましたが、よく見たら携帯を置くと充電される方式でした。さすが2024年車。しかしレンタカーはインターフェースに慣れるまでにどうも手こずりますね。

結局、仕事は土壇場で延期となり、また来ることになりました。来るかどうかちょっと迷うけど。まあ来るだろう。最悪、中2日でまた来る日程になりそうだったのが、もっと延びることになったので一息つけてよかったです。
帰りは昼過ぎの飛行機。ゆっくり宿を出て、どこかオーランドの空港近くでご飯食べようと思って探したのがここ。名前忘れましたが、プエルトリコのごはん屋。
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メニューはスペイン語だけで、カウンターのおねえさんも英語がおぼつかないお店でしたが、英語ができるお客さんが助けてくれて頼めました。鶏肉のトマト煮込みと、イエローライス(と言われたがたぶんターメリック)。おいしかったです。盛りがよすぎてちょっと残した。ごめん。

* * *

で金曜、起きて普通にウンコしたら、そのあとまたしたくなり、今度はちょっと細切れの形。「?」と思った程度でしたが、そのあとさらに便意がきて、下痢が来たかな、やれやれ、くらいでしてみたら血便でした。わー!初めて。

以降、3-5時間に1度の便意がきて下血。熱なし、激しい腹痛はなし(鈍痛あり)。大阪で感染性腸炎やった時は熱が結構出たので、感染ではない感じがします。これ多分、抗生物質が誘発したものだろうと。思い返せばこの週、なんとなくベルトがいつもよりきつい感じがして、木曜の晩に抗生物質を飲みきった後、ちょっとお腹に違和感を抱えながら寝たんですよね。

土曜は朝から16時間のシフトだったので在宅にさせてもらって、いつもより大幅にサボりながらこなしました。運良く月1回の「業界全部お休み日」みたいのに当たったのでそれでいけた。
夕方、家から忍び出して近くのクリニックに行きました。アメリカで歯科ではない一般医療にかかるのはこれが初めて。少し頭がくらくらしていましたが、後から思うとあれは脱水と空腹でしょう。金曜、土曜とほぼ何も食べておらず、水分ばかり出していたので。

結局、診断も抗生物質のせいだろうということで薬も何もなし、保険のネットワーク内だったので問診のみで35ドル、患者には触れさえしない。この国はインフルになっても下痢しても大抵の薬は普通のドラッグストアにあるし、複雑な処置になると紹介状もらって大きな病院行きだし、プライマリケアの医療機関というのは一体何をするところなんだろうな。

土曜の夜に初めて固形物(缶のスープ、パスタとかチキンとか入ったやつ)を食べて寝ました。日曜の朝に久しぶりにおならが出た。腸が少し動き出している感じがする。

金曜、特に土曜と横になっていても夜はトイレで起きつつも結構眠ることができ、日曜は朝に仕事をこなした後また2時間くらい眠りました。体力は奪われていた様子。しかし最近しつこかった右肩のこりがかなり軽減した。あとは早めに腸が治ってほしい。

[5/13午前追記]ほぼ24時間ぶりに排便。固形の便排出。血液混じりの液体はみられなかった。

* * *

実はこのかん誕生日を迎えていましたが、下血していたので親戚からのメッセージにも返信できてない状態でした。低緯度オーロラが世界中で見られたというレアなイベントも完全に無視。

2024年05月04日

びゅんびゅん週間

今週はなぜかびゅんびゅん過ぎた感がある。
土曜は、プエルトリカンのご両親がフロリダからきたので、点心食べにいきました。
ロックビルのBob's Shanghai 66。鉄板ですな。ちょっとリニューアルされて、ラティーノのみなさんが小籠包作ってるところが見やすくなってた。鼎泰豊に触発されたのだろうか。
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4人なので多種類!プエルトリカンは普段あまりコメを食わないので、パパが「チャーハン食べたい」と言ってくれたのナイスだった。小籠包は確かにここ相当うまいし、野菜の炒め物とかもあっさりしっかりの味で上手。
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ママは「これさらっちゃいなさい!」「ご飯は残ったら包んで持って帰って!」「最後の1個はあんたが食べるの!」とめっちゃラティーノママだった。
パパは寡黙かなと思ったが、ご飯を食べたら饒舌になったので疲れていただけかもしれない。
ご馳走になってしまった。

プエルトリコからニューヨークに出てきて、そこからフロリダ移住というコースらしい。
フロリダに家を持ってて、今年初めにはアジアを回るクルーズに行っていたというので、そこそこお金はあるご家族なのかもしれない。お姉ちゃんが地元市長選に出るんだって。アクティブだなおい。

* * *

と食うだけ食っておいてヴィーガンの本であります。

◆ピーター・シンガー(児玉聡、林和雄訳)『なぜヴィーガンか?―倫理的に食べる』晶文社、2023年

シンガーが動物解放論者だというのは知っていたが、それにまつわる文章は読んだことなかったんですよね。苦痛の有無を認めると脳のある動物と人間の区別(種差別)はできなくなるはずだというのはそうだなと思った。

以前行った成田の鰻屋は店頭で鰻をさばいており、生きたまま頭に釘を打たれて体を刃物で切り裂かれる様子を見て引いたし、去年はブタの丸焼きを見て引いた。この本を読んでしまうと自分の行為は正当化できないと観念できてしまい、それでも肉を食うという認知と行動の不協和にこの先どこまで耐えられるかなという、何かの引き金が引かれた感じの読書体験でした。

訳者解説はさすがの児玉先生で、簡潔で当を得たまとめでした。しかし専門家の訳者として50年前の議論と現在の橋渡しやレフリー役はしてほしかった。どんな反論があったのか、それは有効なのか、畜産や動物実験の状況はどう変わったのか。種明かしを見たくなかったので解説は最後にとっておきながら期待して読んだが、ちょっと拍子抜けだった。

以下メモ。

(1)動物への配慮
・中枢神経系=苦痛の存在 ←→貝や卵
・種差別(動物は人間にはしないような扱い方をしても構わない)→人種差別(黒人奴隷化など)との類比。平等の要求は知能指数に左右されない(違いがないと主張するのではなく)
・ベンサム「各人を一人として数え、誰も一人以上として数えない」→利害を有する全存在者への適応。「理性を働かすことができるかでも、話すことができるかでもない。苦しみを被ることができるかどうかである。」(pp.36-37)
・特定の集団に対して私たちがとる態度のうちに潜む偏見は、説得力のある仕方で誰かに指摘されるまで、非常に気づかれにくい(p.24)
・解放分銅は、私たちに道徳的地平の拡大を要求する。以前は自然で不可避なものと見なされていた実践が、正当化しえない偏見の産物として理解されるようになる(同)
・工場畜産。人道的であれば食用に動物を育ててよいか?(pp.60-63)
・動物実験が与える苦痛。動物実験は動物と人間に類似性があることが前提で(それを期待して)行われているので「人間と同じように感じない」は成立しない。「多数の人間が助かるため」→多数の人間が助かるために生後6カ月未満の乳児に実験をしてよいか?(p.52)
・私のために殺されたのではなく、既に殺されたものだから食べてよい?→私が今日食べる=その需要によって明日のスーパーの仕入れ、将来の屠殺が招かれる(pp.102-103)
・私が食べる程度なら世界に大した影響を与えない?→集団として引き起こしていることには一人一人が責任を分有している(pp.103-105)
・魚
・牛乳は?→雌の毎年妊娠、仔牛は肉に

(2)気候変動
・畜産によって生産される肉の数倍の穀物が浪費されている(非可食部の成長や呼吸など家畜の生命活動)
・放牧用農地のためにブラジルの熱帯雨林が切り拓かれている
・げっぷでメタンガス
・培養肉は肯定される

(3)自分の健康
・ヴィーガンはB12サプリをとればいける

(4)新興感染症(ウエットマーケット)
・動物福祉+病原体の出現リスク

2024年05月01日

歯!

2月くらいだったか、シャワー浴びて顔洗ってる時に上の歯茎が痛いなと思って、そのあと鏡で確認したら2021年の秋に歯が折れてクラウン治療したところの付け根のあたりがぷくっと膨れてたことがありました。そのあと刺激を加えないようにしているうちに痛みはなくなり、小鼻の横を押すと違和感があるような状態になっていました。

先日、半年ごとの歯科検診に行ったら「膿がたまってるような感じ」とのことで、根管治療をやっているクリニックに紹介されました。Endodonticsっていう単語を知った……。
で、今日行ってきた。初回は状態確認だけかと思ったら、3次元CTを撮ったあと
・歯の付け根にかなり大きな感染がある
・歯を抜けばまず治せるが、当然歯を失う
・根管治療すれば成功率は70%、この大きさだと60%というところだが頑張ってみる。失敗なら抜歯に至る。でも自分が同じ立場ならこれを試してみると思う
という結構な選択肢を示され、根管治療してもらうことにしました。

もともとこの歯はアメリカに来てすぐ折れ、根本に柱を挿してクラウンをかぶせてもらった歯です。その柱を抜いて歯の中から病変部にアプローチし、そこを掃除してふたをするという方法。麻酔のおかげで全く痛くはありませんでしたが、何かこう掘って掘って軟部組織に触ってる感じがした。うえ~
先生はDr. Sonというすごい丁寧なアジア人で、「ミシガンで勉強したときに日本語もやったんですよ~」と言いながらところどころ日本語を話して和ませてくれたんだけど、治療しながらOh it's difficult case...とかいうのがこわかった。

しかし一通りやったあともう一回レントゲンとって、OK!きれいに取れました、とのことだったのでいったんほっとした。
あとは8月にもう一度フォローして、大丈夫そうなら柱を挿し直して終わり。それまで歯が弱い状態になっているので硬いもの噛んじゃダメ、とのことでした。

あと、2日くらいは痛み止め(Tylenol=アセトアミノフェン)を飲んで、1週間は1日3回、抗生物質。ここへきて初めて処方薬を買うという体験をした。抗生物質は3ドルちょっと。痛み止めは市販薬で7ドルちょい。ちなみに治療費は2000ドルだった。ひええ。まあ会社に請求すると2万円とかで済むはず。

なんか運転が長かったこともあり、どっと疲れました。

* * *

さらにその2日前の月曜には定期検診で見つかった前歯の詰め物の下の虫歯の治療もしたので、今週は2回も麻酔をかけられた。歯が続いたな。しかし2021年のようにいちいち凹んではいられない。そのときそのときの最善策をとってくしかないのだ。

* * *

先週土曜はシフトだったんですが、夜の仕事が入った同僚の奥さん(東京在住で別居だが大型連休のためDCにきていた)と、職場のお兄で飲みに行くことになりました。シフト中に。「二人だときついから」とか言われて。

普段使いの店ですごい食った。
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で、さらにホテルのバーに行ってマティーニを飲んだら酒に強いはずの奥さんがくっちゃくちゃに潰れた。
お兄は帰ってしまい、ウーバー呼んだら「酔っ払いはごめんだ」と乗車拒否。
奥さんには「帰れなくなるぞ、ちゃんとしろ」とかなり強く迫って(ちなみにこの日が初対面である)、次に来た車になんとか乗り込んだらスヤァと寝た。

旦那が同じアパートなので「入口で待ってて」とメッセージ。奥さんは着いても起きず、甘ったれんなと起こして車から起こしたら植え込みに倒れた。旦那は違うほうの入口で待ってた。
やっとの思いで旦那に引き渡して帰って最後の仕事をして寝た。酔っ払い嫌い。

ちなみにこの奥さんとは火曜日に偶然、仕事先と会食してる時に会ったが、あの泥酔時の醜態は覚えてなさそうだった。

* * *

ブッキングコムでとったニューヨークの宿を無料キャンセル期間中にキャンセルしたのに、ホテルに電話してもメールしても戻ってこないという事態が発生してました。

業を煮やしてブッキングコムに電話して対応を頼んだところ、宿側に督促して宿側からも「返す」と返事があったが、なお返さない。リマインドしてもだめ。これは根比べだなと思って3回目に電話したら「まず当方からあたなに返金して、ホテルへの取り立てをエスカレーションさせます」というこわめだが頼もしい答えがきました。で、そのとおり返ってきて一件落着。2カ月かかった。

ちゃんとしたブランドのホテルだが杜撰だな。制裁されるがいい。でも電話して交渉、とか意外と弊管理人できるようになっていて自信はついた。

そういうわけでいろいろ初めてなことを経験してました、この数日。

* * *

◆吉川浩満『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である 増補新版』筑摩書房、2022年

2024年04月22日

春としか

春としか言いようのない1週間および週末。
土曜はこんなだった。午後、仕事を片付けたあとスーパーに行く途中のうちの裏。23度。
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生活に困っているわけでもないのに、足の速そうな(婉曲)徳用挽き肉に手が伸びてしまい、半分使って麻婆豆腐を作った。そして次の日、残りでミートソースを作った。調理すると時間が止まるように錯覚するが、それは危ない。早めに食べます。

生活に困っているわけでもないのに(2回目)、玉ねぎの1.4kgネット$1.99に手が伸びてしまい、ミートソースに1個使った。いや、ばら売りより小さい玉が7-8個入ってて使いやすそうだというのもあったんですけど、これも発芽する前に使わないと。

独身なので今の給料で食うには困らない以上の生活ができるのに、学生時代から暮らし方のコンセプトが変わっていない。身の丈を超えた消費に根本的な抵抗感があるようで、車や家を買う時もいろいろ検討した上に最後は目を瞑って跳躍する感じがありました。でも旅行はするのも変わってない。

お金は可能性なので、可能性の中から一つを選んで実現しないと意味がない。
頭の良い子と一緒で、成長して何かの専門家にならないと「やればできるけどしてない人」のまま。
話が大きくなりましたが、いくら挽き肉好きだといってもミートソース3日はきついな。凍らせるか。

* * *

日曜はプエルトリカンとタイフェスを目指してマナサスまでドライブしました。
しかしこの人であります。
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「焼き鳥1本に1時間かかったな」というすれ違った人の言葉を聞いて早々に退散し、小さなダウンタウンを歩いてみました。しかし、これといって惹かれるものなし。
ロードサイドの怪しいプエルトリコ物産店Botanica Boricuaはなんとなく楽しかった。Boricuaはプエルトリコ人が自分を呼ぶ時の呼び方だそうです。日本人が「ジャパン人です」と言わないようなもんかと。
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現金50ドルで占いをするとのことでしたが、いや結構です。突然・しかし意外ではない感じで顔を出すインフォーマル経済。

結局、フェアファックスまで戻ってMama Changという中華料理屋に入りました。
きれいで明るい中華。まあ金持ち郡だからな。
で、これ正解。
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だいぶ食っちゃってあるが、にら饅頭、えび焼売、花椒が痺れない程度にうまく効かせてある唐揚げが出色でした。14時過ぎに入ったのにお客さんわさわさ。
案の定食べきれずに豆と麺を持ち帰りました。

* * *

先週はアウトプットは多くなかったですが、今後に向けてのアレンジが多少進んだのと、金曜に普段は聴けない軍事×医学みたいなお話に触れられてとても勉強になったのでよし。
歯医者は定期健診からちょっと面倒な展開となりましたが、それほど悲観するあれではないものの、うーむどうなるか。簡単に終わってほしい。

* * *

ツイート。

・Chappell RoanのCasual、「助手席でマ×コなめられる歌だよ」って教えてもらったんだけど、アメリカ人の人生は車とともにあるんだな。フィンランド人がサウナで生まれ、サウナで遺体と別れるように

・私のみるところ「基本好きにやるけど不快なら声かけてね」という事後規制・低コスト型の文化がアメリカなので、黙って配慮を期待して期待が外れ、全て終わってから「分かってほしかった……」みたいな恨み言をいう人だとそりゃ辛かろうとは思う

・友達の顔にハナクソついてたんだけど、ハナクソが英語で分からなくて言えなかった。ごめん

・メンタルが強いと言われている人には
(1)全情報から重要でないことを選り分けて捨てられる人
(2)単に鈍い人
がいるように思われる

・エッセーに「随想」と「試論」という二つの訳語があることで起きる混乱というのがありそう。
フリーに「自由」と「無料」があるほどではないが。free refillsの正しい訳語は「おかわり無料」にすべきだとかねて思っている。

2024年04月15日

うららか賞

先週は週明けのクリーブランドから週半ばまで忙しかったのもあり多少のダメージが残りつつ、でも土日よく寝て、久しぶりにアパートのジムに行ったので調子が戻ってきた感じがする月曜です。

土曜は買い物デー。99 Ranchでいちごみるくやら缶コーヒーやらを買ってきました。来年のこの時期はもういないと思うとそんなに残金を気にしなくていいので、多少高くても食べたいものは買って食う。

日曜は友人提案でDC東側の国立樹木園に行ってみました。本当はバージニアの山のほうに連れていこうと思っていましたが、出発してから目的地変更。まあいいよ。弊管理人も初めてだしな。

からっと晴れて気温は25度くらい、少し強めの風があったおかげで暑くなく、多分これ2024うららかアワードの日です。
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それにしてもいつもながら、西洋古代のないこの国でなんでこういうもの作るのか。
DC市内まで戻ってきて、14stのイタリア料理屋の外席で軽く昼飯。サラダとイカリング、洋梨とゴルゴンゾーラのピザ。
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友人宅でShogunの第1話みました。大半が日本語で楽だった。いつものように感想求められて困った。10話中の1話見ただけなので「感想もなにもまだ話が始まってないやん」と口走った。あと根本的なこととして、弊管理人はドラマ見るの向いてない。「だから何」と思ってしまう。

友人の犬を車に乗っけたらヨダレをつけられたので、帰って拭いて、着衣も洗濯。

犬連れてると、犬好きの人とか犬飼いの人とか子どもとかとのコミュニケーションが発生するのが観察されますが、個人的には生命体を所有するという行為はキショいと思います。このところSNSの短い動画が動物だらけで(つまり寝床で見てしまっている)、見比べてると欧米系の人たちは玩具のように扱いすぎ、日本人は動物の「わがままぶり」とか「好きにしてるところ」を見せる動画が多く、人間側の対応を見ていても日本人は躾や命令が苦手なのかなという印象です。

* * *

咳。多少出るものの去年よりは全然楽なところをみるとアレルギーだけとは考えにくく、疫病の後遺症的なものなのかもしれない。

* * *

そういえばクレジットカードをなくしてまして、再発行したやつが届きました。
カフェテリアでカード決済して、そのあときちんと財布にしまわずズボンのポケットにいそいそ入れたら、その後どこかで落としたと思われます。
この件に限らず、このところ我ながら何それ?というヒヤリ・ハットがいくつかあった。気をつけたい。

* * *

最近SNSに書いたこと。

・アメリカ人がすごくメールを返さないのにつられて、私もどんどん返さなくなってる。内訳はわりとアメリカ人に近いのではないかと思うが、
40%は「分からない/まだ決まってない」
30%は「いいえ/嫌です」
20%が「自分で調べろ」
10%が失念

・延々とカーチェイスできるのは、交通量が少なくて車線が多い国だからではないか

2024年04月09日

黒い太陽

皆既日食を見に、オハイオ州のクリーブランドまで行ってきました。片道600km弱、新宿~姫路間くらい。今回は出張ですが自分の車で。天気がどうなるか分からないので飛行機はとらず、行ける範囲で行けるなら行こうくらいの感じ。
5日前くらいから国立気象局のツイートをチェックしまくりました。2日前になると途端に確度が上がります。その後は予報はほとんど変わらず。

クリーブランドの天気は予報段階ではすごく微妙で、見えるかもだが見えないかも、空の40%くらいを雲が覆うという予報でした。しかし見える可能性があるなら行っとこうか、くらいで日曜の昼前に出掛けました。

やはりオハイオ方面に行く人がそこそこいるのか、ハイウェイは若干込み気味。
そこまで急ぐ旅でもなし、どっか1カ所観光していきたいな。フランク・ロイド・ライトの作品がいくつか近くにあるんだけど、落水荘はもう見たし。
で、寄りました。「フライト93ナショナル・メモリアル」。9.11でワシントンに向かおうとして乗客の抵抗の末、ペンシルベニアに落ちた飛行機、その現場に作られた追悼施設です。

着いたのはもう3時過ぎだったか。巨大な風鈴がカランカラン鳴ってました。
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犠牲になった40人の乗客乗員と同じ数の筒が風にさらされてます。乗っていたのは44人。4人はテロリスト。この4人はやはり追悼はされないのだな。

墜落現場はもっと違う場所にあります。それを展望できるところに記念館。
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中は撮影禁止。うっかり1枚撮っちゃったけど。
亡くなった人たちの写真の中に日本人が1人いました。
ペンシルベニアののどかな田園風景なんですけどね。この柵に囲まれてるところが墜落現場だそうです。
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ちょっと日が傾いてきたので、あまりゆっくり見ることもなく立ち去りました。
なんてことない日曜のわりに結構人が来ては去り、来ては去り。そして記念撮影してるのがなんかちょっと感覚違うなって思いました。

カメラ取り出して気付いた。SDカードを家のパソコンに挿したまま来ちゃったんだこれが!2台持ってきててよかった。もう一方から抜いて撮りました。

もう来ることはなさそうな遠隔地です。でも印象的だった。
ビッツバーグのちょっと先まで行って投宿ですが、ベストバイという電器屋に寄ってSDカードを買いました。「こういうものが欲しい時は、どういう店に行けばいいのか」という知識があるってほんと楽。日本にいると気付かないけど。水が1本だけ欲しいときはスーパーよりもガソリンスタンド。もうなんでもいいから米と醤油味のものが食べたければ中華チェーンのパンダエクスプレス、等々。

North Limaという小さな街で泊まりました。これ以上ないほどシンプルなモーテル。安かったからね。そんで、仕事用PCのケーブルを忘れたことに気付いた。当日使うものをまとめたポーチもない(帰ってきてから後部座席の下に落ちてるのを発見)。どうしちゃったの弊管理人。

* * *

月曜は朝起きると雨。でも天気は回復基調だと分かっていたので淡々とクリーブランドに向かいました。
市内某所。みんなこんな感じでウォッチ。
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日食が進んでいくとだんだん光が冬っぽく弱くなっていきます。90%以上になると日向でも夕方が近い感じになってきますが、それでも最後の最後まで明るいことは明るいです。
ところが、最後の瞬間、昼が夜へと一瞬で反転し、太陽が黒く燃え上がる!
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歓声に包まれましたが、その場の全員が異世界に連れて行かれたかのような緊張感が漲っていたように思います。
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天頂が暗い。そして影から外れた周辺はちょっと明るいんです。
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3分間の異世界、そこからまた光が覗いて、世界はまた一気に通常モードに入りました。
99%と100%は全然違う。皆既日食はそのエリアに入って見ないとだめだなと思いました。
そして、テレビなんかで見ると太陽ばかり映すので、その場全体の様子を全然想像できていなかったことに気付かされました。

「すごいもの見ちゃった」という余韻に浸ってる人たち多数。そしてぞろぞろと帰っていきました。またちょっと太ってきてる太陽を日食グラスで確認して名残を惜しんだりしながら。

これちょっと、掛け値なく今まで見たものの中で一番すごい。
来るの大変だったけど、これは本当に思いきって来てよかった。

* * *

帰りはやっぱり渋滞し、ピッツバーグまでさえ到達できずによくわかんない小さい街のホテルをとって泊まりました。
火曜は7時20分に出発し、460キロ!を爆走して12:30帰着。疲れた~そしてたっぷり働いた。

2024年04月07日

回復と遺伝

風邪は結局1日で治りました。友連れで体の不調のいくつかが緩和した。まんまとリセットされた気がします。
咳はちょっと残った。風邪がアレルギーを呼び起こしたのだろうか……・

何か著しい成果があったわけではないが、何かと忙しかったです。
木曜夜はDC東のほうのMakettoっていうちょっとおしゃれ系アジア料理店にいきました。
うまーくジェントリフィケーションされた感じの街区の一角にあります。
こういうの流行りっぽいよね。
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久しぶりにおいしいチャーハン食べた。
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* * *

ツイート抜粋。

・鳥インフルエンザ罹患者が出たというCDC(公衆衛生当局)の発表より抜粋。患者のプライバシーに配慮して性別さえ明かせないのでheやsheの代わりにtheyを使ってるんだな~
The patient reported eye redness (consistent with conjunctivitis), as their only symptom, and is recovering.

・いま住んでる郡、年収中央値13万ドルちょいだそう。1600万円。

・人を悲しませるのは趣味ではないので、自分がいなくなっても悲しむ人がそれほどいない生き方をしてる感はあるな

・responsibly は「責任を持って」と訳すとなんか違うな~と思ってたんだけど、あれだ。日本的ニュアンスまで込みで日本語にするなら「節度をもって」じゃないかな。
drink responsibly お酒はほどほどに

・実際は兄ではない男性を「あんちゃん」と呼ぶのと同じく英語でもbroっていうの面白い

・アメリカに同調圧力がない」については
みんな面倒臭がり+詰めても言い訳を延々述べるので、言葉でやり合わず、単に無視したりクビにしたりしている
実際はホームパーティ参加など同調圧力のあるウエットな社会だが、観察する側の日本人が溶け込んでないため見えてない
の両方ではないか

・友達の飼い犬、息が臭かった
また犬の苦手度が上がった

・私わりと移動や行動の量が多いように見えるかもですが、「初めてなので一応」を基本原理として世界をスキャンしているだけで、「いずれ気が向いたら再訪しよう」と言いつつ結局しないで死ぬんだと思う

* * *

◆キャスリン・ペイジ・ハーデン(青木薫訳)『遺伝と平等』新潮社、2023年

・教育ポリジェニックスコアと社会的不平等が主題
・生まれる環境+遺伝的バリアント=誕生時に引くくじ
・ゴルトンの優生学(1883)、家畜改良の科学。人種に優劣がある+種の改良のためヒトの生殖に介入すべきである、という考えと不可分に結びついていた(弟子はピアソン。社会改革は無益と論じた)
・「ヒトは遺伝的に異なる」≠優生学
・アンチ優生学≠ゲノムブラインド
・アンチ優生学の企て(1)遺伝的な運の役割を理解する(2)教育・労働・金融システムが特定の人たちに報いる仕組みを理解する(3)これらをすべてのヒトに報いるよう変えるやり方を構想する
・フィッシャー:ポリジェニック→アウトカムは正規分布になる(1918)
・ポリジェニックスコアは人種間の富のギャップを説明しない(統計学的誤謬)
 個人が金持ちにするとはいえる(p.71)

・GWAS:十分な数のサンプルを調べれば、学歴のような複雑なアウトカムにも関連性のあるSNPsを見出すことができる(p.102)
・Σアレルの数0/1/2×関係の強さ=ポリジェニックスコア。白人の教育歴、標準学力テストや知能テストの分散の10-15%を説明する(R^2=10-15%)。cf.標高の高いところは気温が低いR^2=12%/裕福な家に生まれると大学を卒業するR^2=11%
・学校成績のような複雑なもののR^2が小さいわけ(1)人は一人一人違う(2)絡む要因がたくさんある(3)しかし社会の至る所で起こると大きな効果になりうる

【4】
・系図上の祖先と遺伝上の祖先は全く異なる(pp.119-121)
・アフリカ系、アジア系、ヨーロッパ系というグループと遺伝的特徴はよく対応する。ただし、人種と遺伝的祖先は同義語ではない(p.126)
・集団の違い
(1)ある集団である表現型にとって重要なバリアントが、別の集団にとってもそうだとは限らない。CFTR遺伝子のバリアントはヨーロッパ系の集団で嚢胞性線維症の70%以上を引き起こすが、アフリカ系では30%
(2)ゲノムの連鎖不均衡(LD)。バリアント同士の相関パターンが集団ごとに違う(p.130)
=★GWASの結果を他の集団にそのまま当てはめられない。白人のポリジェニックスコアだけを使うことで、白人の健康ばかりが改善される恐れがある。非ヨーロッパ系の研究に資金を入れるの必要
・生態学的相関≠個人レベルの相関(p.137)

【5、6】
・原因とは:Xと非Xの比較が行われたということ
・ただし★
(1)メカニズムが分かったことを意味しない
(2)百発百中で起きることを意味しない:多数の交絡変数の中にある「薄い因果関係」~単一遺伝子疾患など「厚い因果関係」
(3)決定論的でない以上、個人に関してその原因について確信を持って何か言うことはできない
(4)時間や場所が違ったら言えることは限定的かもしれない(移植可能性)
・遺伝率:遺伝子が生み出す違いの大きさ(ヒャクゼロではない)。遺伝率は集団によって違うことがある。では無益かというとそういうことではない。例)ジニ係数の時代・場所依存性
・GWASを使ってポリジェニックスコアを構築→環境が同じ家族内で検証(p.192)きょうだい比較など

【7】
・遺伝的差異は社会的不平等を引き起こす。ではどうして?
・ジェンクスの赤毛の子ども思考実験(1972)赤毛の子どもの通学を禁止す政策→赤毛の子どもの識字能力低下、が「赤毛遺伝子」→「識字能力低い」の見せかけの遺伝率を算出させる
(1)因果の鎖。遺伝的背景―文化・社会的介入―アウトカム
(2)解析の階層。分子―細胞―個体―社会、どこを解析すべきか?←→ハンチントン遺伝子は全てが生物学的な階層で起きる。ADHDは生物/社会両方関わる
(3)オルタナティブな可能世界。そのメカニズムを修正することができるか
・鎖は短く/階層は生物学的で/修正はできない→優生主義に近付く
・教育関連遺伝子は脳で発現する/遺伝の影響は発生初期に始まる/遺伝の影響は基本的認知能力に及ぶ/そして遺伝の影響は知能だけではない。忍耐力など非認知的スキル。ただし非認知的スキル遺伝子は統合失調症や双極性障害などのリスク増とも関連/遺伝の影響には親など周囲の人たちとの相互作用が関係。子どもの時の能力の違いによって親が与える認知的刺激も変わる、やりがいのある課題が与えられる、高校で高度な数学をとる

【II部】
・「遺伝的性質は社会の階層化の原因になりうる」と「社会の組織的力に対抗することで変革を起こせる」は両立可能
・厳しい環境だと遺伝が格差に与える影響は小さくなる(ポテンシャルが発揮できない)
・底辺の向上→公平(≠平等)
・IQ≠道徳(p.315)。しかしIQは差別的施策の効果を知るための道具になるとの評価もある(p.318)eg.ミシガン州フリント市の鉛中毒=環境レイシズム、IQやSATとアウトカムの予測性の高さ
・ろうの文化(ろう遺伝子を持った胚をあえて選択するIVF)、ニューロダイバーシティ
・★GINA=ゲノムブラインド(p.353)

2024年03月30日

春一回休み

今週半ばからなんか下半身が重いな~とか背中が痛いな~と思うことがあり、何日か前に地下鉄からバスへの乗り継ぎのためにすっごい長いエスカレーターを急いで歩いて上がったからかな、と思っていました。そういえば去年の今頃のように喉がやられた感もありましたが、これもアレルギーかなとのど飴でやり過ごしてました。しかし風邪に伴う筋肉痛や気管支炎だったようです。

木曜、帰国する同僚の送別会もバスで向かいましたが、途中で「なんか変」と思って引き返して欠席しました。金曜は出社はしたものの、夕方すごい帰りたくなった。帰ると37.6度だった。
コロナ抗体陰性。ベンザブロック飲んで就寝。

土曜、やっぱり体痛い。38.8度。それでもお腹は空いたので朝飯食って、ベンザブロック飲んだら効いたようで、2時間ほどで36.6度に下落。シャワー浴びて買い物いってきました。

風邪薬によく反応し、熱もそこまで急にすごいところまで上がったわけでもないこの感じだと、コロナでもインフルでもなく普通の風邪な気がする。野口晴哉ではないが、つらいけれども体をリセットする機会ではある。集中的に休んで、嗅覚がいつもより少し鋭敏になった。視界も若干鮮明。

それにしても必要があって具合悪いと報告した先から、伏せってる最中に「大丈夫?」「よくなった?」とかのメッセージが何回もあったり、そればかりか送信者自身の体調の話が始まったりするのは有り難いが迷惑だな。反応するのもだるいことが分かった。やる側にもやられる側にもならないよう気をつけよう。
早く全快しますように。

* * *

冷凍えびの袋を開けたら1/3くらいぶちまけたので、急遽スナップえんどうを買ってきて炒めものにしました。
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なかなかうまかった。

* * *

滞在2年半が過ぎました。30カ月。
いろんな人の「辞めます」「転職します」「廃業します」を見て日本の年度末を知るなど。

2024年03月24日

ヒューストン再び

やっと今年最初の出張を作りました。水曜~金曜でヒューストンです。去年の4月以来で、たぶんヒューストンはこれで最後になると思う。
空港は、街の北のブッシュと南のホビーという二つがあって、去年は便が多いブッシュを使いましたが、南東にある仕事場まで結構遠かったので、今回はホビーを使ってみました。サウスウエスト航空というLCCしかないので不安でしたが、混雑する時期でもなく天気にも恵まれて行き帰りとも予定よりちょっと早いくらいの到着でした。快適。

レンタカーはいつもの通り、店長お任せの一番安いプラン。割り当てられたのはこれ。
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フォードのマスタングEV、2023年車。5000マイルくらいしか走ってない、すごい新しいやつでした。EVは人気ないのかね。
それも分かる気がします。ガソリン車といろいろ勝手が違って、ドアを開ける段階からして「レバーを引く」のではなく「ボタンを押す」だし、操作はタッチパネルだし、充電プラグを挿すところが車体左側の「前」だったりとか(いや前に電池積んでるからだろうけど)、そこいちいち変える必要ある?みたいな面倒くささを感じました。

なにより充電。今回は大都市の中を動き回っていただけですが、無料のチャージャーはいろんなところにあるものの、充電70%をちょっと切ったくらいの段階から「満充電に3時間半かかります」みたいな遅い設備が多い。お金払うから速いのがいい、といって探して行ってみると「アプリで登録しろ」、したらしたで「この機械は現在使えません」。離れたところにあるホテルの駐車場にある設備はカードが使えると思ったら「失敗しました」

ガソリンスタンドだったらそこら中にあって、到着してカード入れて給油してレシート受け取るまで5分でしょう。EVは所有して家で充電して会社との往復、くらいであれば静かだし便利で安いのかもしれないが、レンタカーは絶対嫌ですね。ましてや郊外に行くの怖すぎる。

車そのものは静かで、大きくて重いので安定してるし、パワーがあって加速にも無理がないので乗っていて快適ではありました。

仕事そのものはかなり楽しく内容も豊富でした。
ちょうど一緒になった他社の人と夕食2回。シーフード多めでした。
これは2日目の夜、エルサルバドル料理のお店。ものすごく中南米系なショッピングセンターの中にあって、スペイン語しか聞こえてこない感じのところ。
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こちら、エビのクレオール風。よくわかんないけどトマト味のエビ、ピラフともにおいしかったです。
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ヒューストン市内で見たい美術館とかチャペルがあったんだけど、ちょっと時間なく叶いませんでした。
最後はホビー空港で仕事をやっつけて、ひとり地元ビールで晩酌。
ポーボーイPo'Boyというルイジアナのサンドイッチです。揚げたエビが入ってる。またエビ。
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前来たときも思ったけど、ルイジアナ近いせいかそっちのお料理多いですね。
真夜中に帰って、東京とやりとりして2時に寝て3時に一度起こされてまた寝ました。

* * *

日曜はプエルトリカンを連れて、Loudoun郡のLocal Provisionsっていうレストランにお昼を食べに行きました。
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街中じゃないのですごく店内が広々していて、店員さんも愛想よし。この時点でかなりよい。
料理はいろいろとって2人で分けました。
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左上はラザニアスープ。あとはエッグサンドイッチ、チキンサンドイッチ。どれもうまかったけど、前菜に頼んだタコのグリルがスマッシュヒットでした。あとシナモンロールを最後に味見、とかいって追加注文したらめっちゃでかいのが出てきて2人でも食い切れず、テイクアウト。

プエルトリカンを送って自宅に戻るまでになんかすごく眠くなってしまい、頭痛もしてきたので、バファリン飲んで17時~20時に昼寝。で、今。あまり回復した感じがしない。早寝に戻しましょう。

* * *

◆山田参助『あれよ星屑(1~7巻)』KADOKAWA、2014~2018年

Kindleで1冊99円になっててまとめ買い。山田参助の漫画買うのは15年ぶりくらいか。
むちゃくちゃよかった。

2024年03月18日

花見24

最後の花見は原点回帰でタイダルベースンかな、と思っていましたが、どっかのサイトで紹介されていたダンバートン・オークスのお庭、ちょうどこの週末に今年の公開が始まった。
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おお、いいじゃん。
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どれが桜でどれがそうじゃないかがわからん。
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温室もある。
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起伏が大きいですがベンチいっぱい。
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時間制のチケットなので混みすぎてなくていいです。
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満足して帰りました。
夜まで仕事。

日曜は運動したり買い物したりして過ごしました。

* * *

月曜はちょっとイベント見に行って、夕方は19時過ぎに退勤。
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結構明るいな、と思ったけど夏時間で下駄履いてるから実質18時か。

金曜夜に地下鉄駅のエレベーターでひっくりこけた時にしこたま打った左の手のひら、今頃すごい青たんになった。尻はいま見たが何事もなかった。

2024年03月15日

さんがつ前半

あ、3月初めてか。

・今月はバス通勤試行。「NOT IN SERVICE」の表示のまま始発停留所から走り去る運行中のバス、停車リクエスト(窓の上に這わせてあるひもを引っ張る)を無視するバス、明らかに平均所得の低い客層、日本語の本を読んでたら日本人の奥さんがいる海軍の人に話しかけられるなど、まあいろいろありましたが楽しく通勤してます。地下鉄よりだいぶ時間がかかるので読書にはいいです

・夏時間移行。突然19時まで明るい世界になった

・職場ではわりと大きなイベントが5日と7日に立て続けにあったが早々に退散。それが本務の人たちはだいぶ疲れていた

・仕事先とランチ、前から一度行きたかったIron Gateというお店。
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中はうるさくて雰囲気もよし。暖かくなったら外もよさそう。

・朝4時起きと、朝7時起きでそのまま仕事になる日が2日あった。しかも寝付きが悪かったせいで疲れた。4時起きは翌日まで引きずってバファリン飲んだ

・木蓮。14日は26度までいった。
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・ウィラードホテルのCafe du Parcで帰任者のさよならランチ。
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意外とみんな帰ってしまう今年であるらしい

・金曜は1日遅れのホワイトデーということでBlue Duck Tavern。キッチンの見える席
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鴨うまかった。メインと数皿のサイドを頼んだらおなかいっぱい。結構高かった。
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けど、これは1人では来ないし、連れに払わせるのもあれなので、こういうプレゼントの形がよいのだ。
ちなみにホワイトデーがアメリカ人に通じてなくて話がかみ合わず、初めてホワイトデーが日本発祥・東アジア限定なことを知りました。「バレンタインは当日にチョコを交換するもの」とのこと。「でもホワイトデーっていいね」

雨。帰りに駅のエスカレーターでコケて週末になだれ込むのだ。

* * *

◆朱喜哲『NHK 100分de名著 2024年2月』NHK出版、2024年。
こういう奥付になってんだけど、ローティの『偶然性・アイロニー・連帯』を読むシリーズです。ローティは卒論の中核だった。

2024年02月29日

貴金属と踊り

2月後半、にわかにアウトプットが増えて結構忙しかったです。
週末は友達とフロリダから来た友達の友達に頼まれて、ベセスダのMejuriというジュエリー店まで運転。
2015年設立の比較的新しいメーカーのようです。弊管理人は全然こういうところに縁がないのですごい面白い。客は大半が白人、金持ってそうなアジア人がちょっと。20-30代かなあ。すっきり軽い感じのデザイン。買い物を横で見たところでは、指輪2個とピアスで500ドルくらい?そんなに高くないのかな。客層によく合ってると推察しました。
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ネックレスとかピアスは全然興味ないけど、店内に置いてあった冊子にコンセプトがいっぱい書いてあり、サステナブルだのサプライチェーンを通じたガバナンスだの書いてあって興味深かった。なんか知らない人からみると汚そうな業界だし、こういうことがアピールポイントになるのだな。

そんで夜はノースイーストというわりと犯罪の多い地域にある、同じ人間関係の中の人の家にちょっとお邪魔して喋ったり飲んだりしてから、イースタンマーケットで催されたダンスのイベントに行きました。参加費はなく、運営のNPOに10ドル寄付。
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「ラインダンスの会」だそう。何それ?たぶんこれ。
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軽くですが踊り方も教えてもらえて楽しかったです。
夜のイースタンマーケットは初めて。
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バーに流れる人たちを車で送って帰りました。未明2時くらいにお礼のメッセージがきてた。相当飲んだな。

* * *

過日、かなりヒップな夜の街・アダムズモーガンのHimalayan Heritage Restaurantで3月末をもって帰国する人の送別会。うちのボスと3人ですが。
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水牛のモモ(餃子)とかカリフラワーのフライとか、いちいちおいしかった。マッコリみたいな味のする米のビールが結構効きました。また東京で。

翌日は中学の同級生が北米視察の最終目的地としてDCに漂着。牡蠣を食ってワイン飲んだのですが、上記ヒマラヤ料理の何かが前夜ものすごい覚醒効果を発揮して3時半まで眠れず、寝不足のまま仕事して飲んだためよく寝られました。
中学の人たちのその後をいろいろ情報交換。別のクラスでは病死してしまった人も出たそう。あの時は実はこうだったとか、誰が誰を好きだったとか。みんなその後は家業を継いだり中学の同級生と結婚したりで、ほんと延長線上で生きている。確かに小学校や高校、大学に比べてあの中学のことは極端に記憶が鮮明。エクストリームな環境だったのかもしれない。

* * *

ちょっとした山場みたいな行事に合わせてノースカロライナの現場に出張しようとしたら、当日は繁忙でいろいろ頼みたいからDCにいて、と言われてなしになりました。

この行事は職場の主流の人たちのもので、彼らがどういうアレンジをしているのか部外者の弊管理人からはよくわかりません。いつの間にか企画が乱立してるし、いつ何をやろうとしてるのか全然見えない。今回のことでちょっともういいやという感じになり、この行事への関与は最小限にして今年は自分の予定をいろいろ入れていこうと思いました。

2024年02月19日

プレジデンツデー

19日月曜は「大統領の日President's Day」で連邦の祝日です。ワシントンの誕生日に引っかけているらしいが誕生日は22日。某ジョーに「俺?俺?」と言わせたくないのか、「ワシントン誕生日」と呼んでる人が結構います。

3連休中日の日曜は夕方から連れ立って出掛ける日だと思っていたら、相手から朝に電話がかかってきて「夜がパーティーになって、ちょっとこぢんまりやる会らしい。(つまり君はパーティーには招かれないのでその代わりに)早めのランチにしない?」とのこと。ほんといつもプランBの必要な人だな。しかし、さすがにあちらも少しバツが悪そうだったのと、活動開始は早いほうがいいのでDCに行くことにしました。

夜の街・アダムス・モーガン地区の朝。
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予定変更に関してThanks for your flexibility.と言われました。これは使えそうなフレーズなので覚えておこう。あちらのお気に入りのダイナー、その名もThe Diner。そのまんま。
外は静かですが、中は混み混みでした。これは通された一番奥の席から。
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自分で作らないものが食べたい。つうことでエッグベネディクトを頼みます。
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夕方まで腹が減らなかった。本読んでたら夜になり、作り置きのキーマカレー食って仕事一つやってダラダラして寝ました。

* * *

祝日の月曜は一人遊びということが分かっていたので、起きてコーヒー飲んでから昼飯を求めて出掛けました。
わりと近所にある「チャーガ」。アラブ系、南アジア系のお店が並ぶ長屋の一角です。
笑顔ではないが明らかにできる感じのスキンヘッドのおにいさん(画像の奥、左のほう)に注文。
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パキスタンのタンドリーチキン?ことチャーガとビリヤニ、副菜としてサグ、飲み物がついて$12。安~
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そしてうま~。これは名店かもしれない。

天気がよくてそこそこ暖かいので、そのままラジオ聞きつつドライブ。
レストンという街のレイク・アン・プラザを見に行きました。
1960年代初頭にロバート・サイモンRobert E. Simonが手がけた人造湖のほとりの商店・住宅のコンプレックス。Mid-Century Modern Architecture Travel Guideという本の東海岸版に載っています。そもそもレストンRestonという地区名自体がサイモンの名前から取られている(たぶん頭文字のR.E.S.に、集落を表すtonがついた)というくらい人工的な街のようです。
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1階がレストランや小売、2階が住宅のよう。
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古めかしい感じ。こういう上から下まで窓っていう部屋は憧れる。
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先日、ハーマンミラーのオットマンつきの椅子を買って帰ろうかと画策しましたが、こういう家じゃないと似合わないわな。というか東京では多分スペースがない。
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水辺を散策しつつ少し歩くと、ヒッコリー・クラスターという集合住宅があります。
こちらも四角い長屋。Charles M. Goodman、1966年。
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別荘とか週末の家ではなくて、(人工的なものも含めて)自然の中に四角い常在空間を確保する暮らし方はいいな。
満足して帰りました。

* * *

このところ読んだ本。

◆岡本亮輔『創造論者vs.無神論者』講談社、2023年。
アメリカにいるとアメリカに関係した本をつい手に取ってしまいます。年末に新宿のブックファーストで出会って買いました。
この100年の科学と宗教の相克をストーリーとして見せてくれます。ドーキンスやフランシス・コリンズなど知ってる人の知らなかった側面も、もともと知らなかった人もいっぱい出てくる。とても読みやすく、かつ本から目を上げて周囲を見渡すと世の中を見るフィルターが1枚追加されているという、とてもいい本だったと思います。進化論はそうだろうなと分かるが、マルチバースも気に入らないというのは目から鱗だった。筆者は(多分)日本で生まれ育って日本で教えてる人なので、やはり創造論者を「変な人」とみている印象を受けた。でもこちらにいると、大事な部分に触れない限りはわりと良い人だったりする。それはどっち側も同じで。

◆多田将『核兵器入門』星海社、2023年。
ずっと前に見に行った渋谷のトークイベントでは枝葉の話に足を取られて時間配分に完全失敗しており、この人はライブはよしたほうがいいなと思ったものだった。しかし本になると変わらず鮮やかです。核兵器を支える物理>機構>戦略はつながっているので、一番基礎のところから説明してもらうと分かった感じになる。手頃な(ここ大事)類書がなかったがこれで向こう10年は大丈夫ではないか(何が

* * *

今月、定期を買わずに車通勤を増やしてみてますが、あかん。全然歩かなくなった。
来月からはちょっと工夫する。

2024年02月17日

ミュージアム

先週末は日記を書きませんでしたが、ちょっと出掛けてました。

銃規制に強力に反対でおなじみの全米ライフル協会がやってる「銃器博物館NRA National Firearms Museum」。わりに近所のフェアファックス郡にあるのは来た当初から知ってましたが、最初のうちは疫病対応で開いてなかったのと、そのうちなんとなく行く機会がなく2年余りたちました。
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NRAの本部の建物にあるのね。
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展示はとにかく拳銃やライフルがいっぱい、という感じなんだけど、それ以外だと

・銃器の歴史。火薬がいつからあったかは分からないとしつつ、846年のMarcus Graecusが書いたLiber Igniumに最初の記録を求める。火薬の爆発力で砲弾を飛ばす機構が持ち運びできるようになるのが1350年ごろのハンドキャノン。マッチロック(火縄銃)、ホイールロックときてスナップハンス、ドッグロック、ミケレット

・旧世界から新世界への持ち込み。最初の移住者が持ってきた荷物にも当然、銃があった。人や獣からの護身、狩猟(15世紀には既に散弾銃あり)。先住民への売却は禁止、しかし闇流通が増えたので法規制で限定的にされるようになった

・ボストンでの植民者と英国統治者の対立。マサチューセッツの民兵が「ミニットマン」。独立戦争の口火。憲法修正第2条「十分に統制された民兵は、自由な国家の安全にとって必要であり、人民が武器を保有し、携帯する権利を侵してはならない」ができる過程でどんな文言が提案されてきたか

・ゴールドラッシュでみんな拳銃を持って西へ。18-19世紀にはみんなライフル所有。ケンタッキーライフル、ミシシッピライフルなどご当地の名前がついたライフルも。新世界ではライフルがどんどん長くなっていったそうです。テキサス独立戦争1835-36年、そのあと米墨戦争はmanifest destinyとテキサス併合反対の抗争。45年にリオグランデの国境線が確定してテキサスは米国編入。まあそりゃテキサスは銃持つはずだ。南北戦争は銃器のイノベーションをもたらしたとか
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・そのあと映画、ハンティング、世界大戦(やっぱり日章旗はハーケンクロイツと並んじゃうよね→下の写真)、冷戦、ベトナム、子ども部屋に馴染むおもちゃの銃(結構リアル!)、警察、自警団Watch&Ward(ボストンやフィラデルフィア)
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とにかくアメリカ人の歴史と生活のすみずみまで銃が支えているんですよという展示。多分に傾斜はかかっているが、なるほどそういう説得の仕方をするんだなととても勉強になった。

一方、「モノとしての銃」を見せる側面も。
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「あ、刀狩りがなかった国の刀なのか」と妙に納得した。街に一つはガンショップがあって、装飾を施したずっしり重い銃をビロード敷きのケースから取り出すのって確かに男の子はうっとりしがちかもしれない。これ見た上だと、銃規制の話の中で「いやこれ文化なんですけど」と言われたら「そうね~」ってなる。

せっかくフェアファックスまで来たので、前に教えてもらったHangry Joe's Hot Chickenでサンドイッチを買いました。
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辛さが選べて、真ん中の「ノーマル」を選びましたが十分辛かったです。写真では分かりづらいですがすごいでかい(上に乗ってるのが普通の大きさのハンバーガーのバンズ)。そしてとてもおいしかった。で、翌朝腹痛になりました。

* * *

今週はというと、そこそこのアウトプットあり、そこそこのインプットありといったところ。あまり急がなくていい案件はあまり進みませんでした。つまり少しは進んだ。
インプットの一つで、DCのダウンタウンのちょっと北側にある「歴史的黒人大学(HBCU)」の一つ、ハワード大学に行きました。南北戦争が終わって奴隷解放になったあと、1867年に黒人の医師、教師、聖職者養成のために作られた大学です。今の副大統領の出身校でもある。
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仕事なのでここではこれだけ。そのうち形にしたい。

上記チキンサンドイッチの破壊力が月曜いっぱい続き、火曜日もなんとなくお腹が空かなかったり、ちょっとウォッチする案件があって寝るのが遅くなったり目が疲れたりして水曜に一瞬「風邪か?」という頭痛と怠さがきました。しかしよく寝たら治ったので疲れだったみたいです。

ベトナムの会社から来てる同業者に「ベトナム人にも受け入れられるDCのベトナム料理店ってどこ?」と聞いたら、ちょっと北のほうのViet Chopsticksというお店を教えてくれたので同僚と偵察に行きました。
バインセオとかバインミーとかいろいろそれっぽいものはあるが、お勧めを店員さんに聞いたら堅焼きそばだった。
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十分おいしかったです。

* * *

週前半は春のよう。郷里の伯母にLINEで「もう氷点下にはならなそうかな~」とメッセージを送ったら「そうはいっても三寒四温よ」と返ってきて、その言葉どおり金曜の夜から土曜の朝のどこかで雪が降ったようです。

DCのクリーガー美術館に行きました。日・月が休みなので、寝坊しがちな土曜日に行きそびれまくっていたところ。やっと普通の時間に起きる土曜日が訪れた。
絵を見たいというよりは建物なんですよね。フィリップ・ジョンソン設計、1963年築。
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金持ちのコレクター(デビッド・クリーガー)の私邸で絵のコレクションを見せびらかしてたところがそのまま美術館になったとのこと。うへえ。モネ、ゴッホ、ピカソ、カンディンスキーなど近現代の作品と、アフリカのお面など。
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DCの中でも高台にあるせいか、雪が残っていて散策するにもかなり寒かったです。
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しかし光線は確実に春。
買い物して家でキーマカレー作って昼飯にしました。

いろいろ行事だの自然現象だのあるたびに「来年はもういないしな」と思います。
とにかく東京を出た2020年1月からこっち、大阪、DCと環境が変わった上に全体的にせわしなかったせいか4年が嘘でしょ?っていうくらいあっという間、さらに自分の歳を忘れるくらい圧縮度が高いです。この分だと来年1月も瞬きしてるうちに来る気がする。

2024年02月04日

冬晴れドライブ

仕事したような、しないような、でもしたような、1週間。
2月は地下鉄の定期を買わないでみています。シフトの日は車通勤、そうじゃない日はなるべく在宅、に、してみようかと思いましたが、運動不足で死ぬ気がする。

金曜夜に日本人の集まりがありました。弊管理人より少し遅れて赴任した他社の人もいて、めちゃくちゃノリノリで喋っていたので、弊管理人はだいたい黙ってました。この人は来たころいろいろ日本と勝手が違うとか家のこととか?いろいろあって鬱っぽくなっていたのですが、経験を重ねて今や絶好調です。食ってるもののカス飛ばしながら喋るし、なんかすごく「俺できる感」を出すしでアレですが、元気なことはいいことです。10年前だったらdisったかもしれないけど、今は「うわ」くらいで済みます。

土曜、起きたら11:45。1回トイレに起きたのを差し引いても9時間くらい寝た。
よく晴れたのでドライブ。いつものようにバージニア北西部へ。今回はワーレントンWarrentonという街です。役所や裁判所があるところだというので結構でかい都市かな、と思ったら違った。
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いや、周辺の集落に比べたら大きいのかもしれないし、これ旧市街なので外側にもっとでかい街が広がっているのかもしれない。でもまあここはメインストリート(という名前の通り)に観光客向けっぽいカフェとか雑貨屋、ベーカリーなんかが並んでいるくらい。あと妙に教会が多い。雰囲気よさげなデリ屋さんでキッシュと蟹のスープを食べて、レモネードをテイクアウトして散歩して後にしました。

Mediterraneanという、ギリシアの旗が掲げてあるワイナリーに寄り道。
おねーさんが説明しながら7種類くらい次々とついでくれる飲み比べ$15ってのを頼んでみました。
白、赤、ポート。確かにボトルごとに全然表情が違って面白いしおいしい。「これ家に連れ帰って夜な夜な飲みたい~」というまでのものはなかった。
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バージニアはワイナリーがいっぱいあるわりに、ボトル買って持ち帰りたいというのは今までで1、2カ所ですかね。いや基本ピクニックに行くところっぽいので劇的にうまくなくていいのかもしれない。

韓国スーパーとドイツスーパーに寄って帰宅。
日曜はなんと一歩も家から出なかった。金曜に上着に油もの落としてシミになったので洗濯してみたが、取れなかった。残念。着るけど。

* * *

2月になり、本当に残り滞在が1年を切りました(といってまた自分で勝手に言ってるだけなんですけど、さすがに来年1月には帰るでしょ)。
去年9月くらいの「思い出作りモード」がいったん中止になって「4カ月延長なげーなー」と思っていたところ、4カ月はすぐだった。思い出作りモードが再起動したこの数日です。

2024年01月29日

おっきいくるま

1月中盤の寒さはどこへいったのか、というくらい暖かくて25度になってました。1月の最高記録だとか。人々は早速タンクトップ、短パンになっていたが1月ですよ。やはり夜はそこそこ冷えた。弊管理人はあまりいけてない週でした。

金曜、ナショナル響でチョ・ソンジンがソロのベト4と、ショスタコ5番をやるプログラムがあり、後者を聴きたいという同僚に応じてケネディセンターへ。
ソロイストのせいか売り切れ、ちょっと待ったら恐らく関係者席が開放されてボックス席が出た。しかしいつもの半額放出ではなく$120。同僚の押し切りで購入。たっか!でもまあ一度見ておきたかったのでいいか。アメリカ来て一番高いチケットだったかもしれん。

ベト4はだめでした。会場全体がダレており、全く印象にも残らず。ショパンコンクール勝った人、このところ全然面白くないと思うのだけどなんなのだろうか。
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しかし写真はいい角度で撮れたので上げておきます。ケネディセンターでは「演奏中の撮影はやめてね」というアナウンスがありますが、演奏してない時の注意は特にないので節度があればよいようです。かぶりつきの席に一眼女子がいた。ショスタコはよかったです。

いつものように土曜のワシントンポストに演奏会評が載りましたが、起きたこととトリビアしか書いてありませんでした。評価を避けるという評価だろうか。

* * *

土日はすごい寝た。弊管理人は乗ってる時は睡眠時間が6時間くらいまで短縮し、暗い気分のときは8-9時間寝るので、この週末は何か体が回復を図っていたのかも。

日曜、Monster Jamというおっきい車が跳んだり回ったりするやつを見に行きました。
もうすぐ本帰国する同僚カップルが「アメリカっぽいものを見ておきたい」と企画し、弊管理人もそれは見ておきたいと参加。一番高いところ(つまり安い席だと思う)で$45。そんな高いとは思わない。でも実はチケットは20何ドルで、手数料という謎のJunk Feeが相当割合を占めているのがちょっとな。
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MAGAみたいなオッサンが見に行くのかと思っていましたが、子連れ家族でした。考えてみればそりゃそうだ。ラティーノやや多め?

何をするのかと思ったら、8台でタイムアタックとか、2輪で立ったり、ぐるぐる回ったりするいくつかの種目をやって、観客に点をつけてもらって勝ちを決めるというゲーム。若いドライバーは元気がよくてスピード感のある走りやバック転で高得点をもらい、キャリアの長いおじさんは伸び悩んでいました。中継でも「オールドスクール」などと言われていた。昔はブンブン噴かしてぐるぐる回っていればよかったのかもしれないが、今はもっと派手なことをしないと受けないという悲哀を感じさせます。

このイベントで勝ったらなんなんだという気はしつつも、この国で脱炭素は無理だろうと思わせるでっかい車が逆立ちしたり転んだりし、MCがドライバーや観客「個人」にスポットを当て、得点競争で盛り上がり、ラティーノのドライバーが優勝して英語とスペイン語で喜びを語り、ポップコーンだのビールだのチキンウイングだのを持ち込んでのべつ飲み食いしながらワイワイやるというのは確かにアメリカっぽかったかもしれない。2回は行かないが。

国歌で始まり、MCが煽って、ミニ四駆みたいなののCMが入り、競技やって、マウンド均して、競技やって、中休みして、バイクが曲芸やって、オーロラビジョン?みたいのに観客映して、競技やって……と車が跳んでる時間は結構少ないながらに場をつなぐ工夫がされていました。しかし全体的に大音量で耳がおかしくなった。子どもはイヤーマフしてました。

* * *

耳がキンキンしたままバスに乗ってDCの友人宅へ。ターキーの挽き肉と玉ねぎ・インゲンの炒め物、あと12月に行った中華屋で買った冷凍小籠包を蒸して夕飯。「decent(あり合わせ)だけど」と謙遜してましたが、普段は多分こういうもの食べてるんだよね。十分だしおいしかったです。

あと、こういう調味料使うんだ~と見ていて興味深かった。料理酒はシェリーで、チリペーストはイタリア、醤油、オイスターソース、魚醤など。ニンニクはあらかじめ刻んだものの瓶詰め、生姜はパウダーで楽する。小籠包はどうやって蒸すのだろうと思ったら、揚げ物をとる網に冷凍のやつを乗っけて、お湯を沸かしたエアフライヤーの中に置いていた。完璧。

* * *

友人からあまり文脈もなく、「会ってすぐ『どんな仕事してるの?』と聞くのってDC Questionだよね」と言われました。出身のフロリダではそんなことなかった、ワシントンというコネがものをいう社会特有の仕草なのではないかとのことでした。あ、そうなんだ。確かによく聞かれるけどアメリカ自体がそういうもんなんだと思ってた。

* * *

帰ったらちょっと仕事が発生しており、寝るのが遅くなった。まあよし。今週は2月?少し巻き直そう……

2024年01月23日

雪雪雪

1年ほど前の日記を見たら帰省の直前くらいにマイナス12度になったという記述があり、しかし雪はどうも降らなかったようで、「2年ぶりの雪だ~」とみんなが言ってるのは正しいようです。そうそうおととしの暮れはモントリオールに行ってたから雪の印象があったんだな。

というわけでDCは1週間ほどの間に2回降雪があり、道路は塩まきまくりでした。
1回目の後、レストランウィークという「均一料金お試しメニューで普段行かないレストランに行ってみよう企画」があり、それをとらえてSushi Taroというお店で弊管理人+アメリカ人3人で夕飯を食べました。前に他社の人たちがテイクアウトで60ドル(9000円とあえて円換算)したとか言っていて、どないやねんと思っていたところです。同僚によると疫病前まではそこまで高級店という位置付けではなかったようなんですが。
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Sakeはアメリカ人にも知られているが、米焼酎のお湯割りを頼んだらしげしげ見られました。Hotだから気をつけてといって一口お裾分けしようとしたら「それはspicy hotかtemperature hotか」と聞かれました。そこはネイティブでもそういう明確化をしないと分からないのな。
寿司の味はよく分からないが、ちゃんとおいしかったと思います。「ただし日本には西友という素晴らしいスーパーマーケットがあり、そこで一番高い2000円のやつくらいおいしい」と言いかけましたがやめました。

帰り、むっちゃ寒かった。帰ってる途中から喉が痛くなってきたので「やばい、風邪か」と思いましたが、結局喉が痛いだけで熱は出ず。しかし喉は1週間以上たっても痛いです。何これ。

* * *

木曜、DCのケネディセンターでギル・シャハムがドボルザークのバイオリン協奏曲をやるというのでクラシック大好き同僚と見に行ってきました。19時開演なので、3メートル背後にいるのに17時に「今日行けますか」「OK」みたいな秘密のメッセージをやりとりして職場脱出。

ギル・シャハムはナマで聞くの初めて。結論からいうとすっごいよかった。最初の音で弊管理人と前の席のじいさんが同時にぶわーっとのけぞった。ちょっと形容しがたいが、すごい腰の強い音というか。

カップリングのシューベルト「ザ・グレート」は選曲ミスと思われる。シューベルトの交響曲は長すぎるよ。この人はとめどないおしゃべりみたいな曲が味なので、歌かピアノがいい。

そんで2人で中華街まで戻ってビール飲んで夕飯食って上機嫌で帰りましたとさ。くっそ寒かった。

* * *

2回目の雪のほうがこんこん降りました。
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しかしシフトなので地下鉄出勤。すいててよかったです。大半の同僚は天気が悪いからという理由で来ませんでした。
金曜夜はDCから北に行ったベセスダというところで日本人の寄り合いがあり、雪の中出掛けていきました。とても勉強になった。行ってよかったです。

土曜は1月末恒例の確定申告をやって、日曜は久しぶりにマナサスのヨークシャーレストランに朝飯を食いに行きました。前回は1人でしたが、今回はプエルトリカンと。
DCの街中とはだいぶ違ってちょっと田舎のあまりスタイリッシュじゃないが、汚いわけでもない人たちをヲチ。プエルトリカンは「知らない街に行くと、この人たちは何して暮らしてるのかなってよく考える」と言った。わっかる。
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前回に引き続きハムうまかった。強そうなおばちゃんがちょいちょい目配りしてはコーヒーをどぼどぼついでくれるので3杯飲んでしまいました。こういうサービスすき。
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プエルトリカンはソーセージグレービーとビスケットがお好みでなかったようです。弊管理人はそもそもそのほぼ全部が小麦粉でできた食べ物が好みでないので良し悪しは分かりません。
そのあとリースバーグでアウトレット冷やかして帰りました。

* * *

部屋の暖房を入れるという技を手に入れて(なぜ3シーズン目で……)室内では寒さをものともせず快適に過ごしていたのですが、湿度がえらい下がる。20%も切ろうというくらいの乾き方で、水まきしてるくらいの勢いで加湿器回してもだめだった。

今週はこれから暖かくなるようです。でも雨らしい。

2024年01月15日

レザーの週末

月曜がキング牧師記念日の祝日で3連休の週末Long Weekendです。なにやら実は毎年恒例らしいMid Atlantic Leather Weekendという行事があり、誘っていただきました。
DCのホテルを拠点にコスチューム系の展示やコンテストなどいろんなイベントが開催されるようですが、土曜は声かけはあったもののシフトだったため出られず。日曜にクラブにいってきました。

すっごい寒波がきていて、気候がマイルドと言われるDCでも昼前に雪が降りました。寒波が直撃している中西部に出張してる同僚にメッセージしたら「寒すぎて外は5分が限界」と返ってきました。

友人の友人宅に10数人集まって、そのうち2人の誕生会を兼ねたプレパーティー。
みんな30代だと思いますけど、大人になっても誕生会やるのな。そして誕生日の人たちが準備するのな。
中心部の少し北側、若干サブカル&ヒップな感じの地域です。たぶん100年ものみたいな建物のアパートにお邪魔しました。
台所から居間。
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振り返ると窓。いー感じの眺め。
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レザー、kinky、その他黒いものがドレスコードだというので、kinkyはどこまでやればいいのだろうかなど悩みつつ、いろいろ買って着込んでいきましたが、行ってみればそこそこ緩くてほっとするなど。

場所を移動して同じくDCのクラブです。週末の夜に通りかかると人がわさわさいるあたりだった。
IDチェックとボディチェックを受けて入ります。入場15ドルは日本より安いかも。
ガラス屋根の上階が会場。夏は天井が全開になると思われた。16時なので明るいうちから始まって、だんだん日が暮れてきます。
乗り方は一緒、というか日本へは輸入+拡散か。物色したりちちくりあったりとかも。あと日本にないところでは某草のタバコとかポッパー(popper、和名ラッシュ)が回ってきていたりした。
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DJブース、お立ち台。弊管理人の背後も少し段があって、頭一つ二つ上から見渡せるようになっています。会場はアジア人少なめで、弊管理人を除くと見かけたのは1-2人。DCの構成比(4%)からしても少ない。
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めちゃくちゃでかくて暗くてもくもくしてレーザー光が飛び交ってるような場所はまた別でしょうが、街中にあるこのクラブは適度な広さで淫猥な感じもなく、普通の人が回して普通の人が来ている感じ。まあDCだしな。

あと、大勢が全力で喋ってるとか、音楽がドンツクいってる場所で英語で話すのはまだまだきつい。特に聞き取るのがつらい。静かなところでサシで話していると9割くらいはスムーズにやりとりできるのが、周りが騒々しいと5-6割りに落ちます。なんとなく会話の輪に入っていても、いざ聞くぞと思って聞いてないと全然頭に入ってこない。

といってるうちに、誕生会の準備で朝から駆け回っていた誕生者(?)が「疲れた。帰りたい」とギブアップしたので、18時と極めてよい子ちゃんな時間に退散しました。ピザ食って帰路に。ふくらはぎなど普段使わない筋肉が疲れた弊管理人も22:30就寝!

* * *

でMLKデーの月曜は6:30に起きました。牛乳が切れていたので着込んで近所のスーパーへ。当地はどこも営業時間が長くて、6-23時とか普通にやってるんですよね。まだ暗い道にうっすら雪が積もってました。ホームレスのおじさんが寒そう。
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時差ぼけは治ったようです。

2024年01月09日

時計依然乱調

体内時計がいまだに崩壊しています。ずれているというより崩壊。

12月半ばにドバイから帰ってきてから、3時に目が覚めて17時に強烈に眠くなる、というサイクルが続いていたのはとりあえず終わったようです。

そのかわり日曜→月曜は(仕事があったため仕方なく)3時に寝て6時半くらいに一度トイレに起きて、また寝て11時半に目覚め。

月曜→火曜はシフトが終わって1時半くらいに寝て3時半に目が覚め、そのまま眠れず寝床にいたら朝5時過ぎに父からLINE電話。7時過ぎの電話会議は途中退席してから気を失って、目覚ましで起きたら13時でした。
睡眠時間としてはまあそこそこ行っているし、落ちるほど眠くなることはない。けどなんなんだこれ。

早朝に父から電話がきたとき、「とうとう何かあったか」とめっちゃ身構えて出たら特に何もないようだった。LINEでタダで電話ができるということを妹から聞いて最近知ったらしいがそのせいか。電話は歓迎だけどびっくりさせないで~

13時に目覚ましをかけてあったのは13時半から仕事があったからで、それを処理していたら出社のタイミングを逸しました。夕方に出るタイミングはあったけど、冬の嵐Nor'easterがきていたのでやめました。今月は定期買わないほうがよかったかな。元とれないかも。

* * *

このところ食べていたもの。

過日、Bistro du Coinの鹿クリーム煮。
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肉ほろっほろで、付け合わせのバターライスと最高に合った。

これも過日、友人とMeokja Meokja(「モチャモチャ」みたいな発音。「いただきます」を2回言っているらしい。スペルがめちゃめちゃ覚えにくい)で韓国焼き肉。
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薄切りの焼き肉ってこういうところじゃないと食べられないです。うま。そして2人で行って1人30ドルちょい。やす。

これは今日。
先週買った挽き肉、そろそろ消費しないとやばそうなのでハンバーグにしました。あと同様にやばくなってきたマッシュルームを刻んで入れた。日本でびくドン食えなかったので食べたかったんだと思う。
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自分で作るの3年ぶりくらいじゃないかな。チーズも入れたった。成功。

* * *

◆次田瞬『意味がわかるAI入門』筑摩書房、2023年。

タイトルね、
・読んでいるうちに「意味(理解)とは何か」が分かるAI入門の本
・「意味が分かる(=意味理解できる)AI」に入門する本
・「AIというものの意味」が分かる入門の本
どれだ。全部か。

年末に新宿のBook1stでパラ見して買った本。東京―長野往復のバスと、東京―DCの飛行機でほぼ読み終わりました。文系の(ちゃんとした)人らしいしつこいサーベイ、定義、思考実験。「記号主義」と「コネクショニズム」の2軸で歴史を整理されると見通しがきいてすごくいい。AIが分かってるとか分かってないとかいう「言葉の意味」についても「真理条件意味論」と「意味の使用説(その一種である分布意味論)」という二つの見方を導入することで議論が大いに追いかけやすい。
チューリングテストってまだ通用するの?という疑問についても取り上げてあるのが嬉しい。
ついでに、新興技術にびっくりしてあーだこーだと未来予想をする人たちが大抵外すということも肝に銘じたい。
ちょっと類書のなさそうな面白い本。筆者も面白い/意地の悪い人なのではないか。なんで弊管理人の視界に入らなかったのだろう。やっぱ時々でも本屋に行かないとあかん。

2024年01月06日

里帰り2324(2)

◆12/29-31

久しぶりに父、妹と伊東へ。
長野県南部から諏訪を経由して、直行しようとすると大月から下っていくのが早いのですが、身延を通って静岡へ下っていく道ができていたのでそちらを通って日本平に寄りました。
途中で父と運転を代わり、久しぶりの右ハンドルでウィンカーを出そうとしてワイパーを動かすというお約束をやらかすなど。

某どうする征夷大将軍のあれ、久能山東照宮。
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コントラストのきつい写真はiPhoneが圧倒的だな。コンデジだと屋根の下が真っ黒になります。
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日本平にできた隈研吾の「夢テラス」はお休み中。わざわざ一等地を占領して展望施設を作って閉鎖。
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でもまあ富士山は見えました。これは由比のあたり。
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30日は箱根。大涌谷は今日も元気。
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ケーブルカーからも、杓子峠からも富士山がきれいに見えました。「雪が少ないねえ」と言っていたら翌日には天気が崩れてかなり雪を被ってました。
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熱海まで降りてきてMOA美術館。
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めちゃくちゃマッシブな美術館でよかった。建築も展示(撮影可!!)も。
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31日は沼津港の丸天で海鮮丼。
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「にし与」のアジフライを狙ってたんだけど、年内の営業を終了していて残念。
でも海鮮丼もおいしかったです。父も目標を達成したもよう。
そのあと御坂みちを通って帰ってきました。

◆1/1は母方の祖母宅へ

いつもながら伯母(81)の料理。
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今年はおでん!
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耳が遠くなったので補聴器を買ったそうです。正しい。
しかし旭川で仕事をする孫を訪ねて9月に娘と北海道に行ったらしい。まだ元気なようでよかった。祖母は103歳、もう弊管理人への反応はなくなり、車いすに乗ったままになっていましたが、しかし長寿すごいな。
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実家に戻ったとたんに緊急地震速報。

夜はすき焼き。ちょっとヘビーな食事が続きすぎて疲れた。

◆1/2は夜に東京

バスは夜発。そろそろ出るか~と思ったタイミングで羽田で飛行機が燃えていた。
この2日間思ったが、みんなSNSで論評しなくてもいいことを論評しすぎではなかろうか。

父のおにぎりを車内で食べた。
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◆1/3はまた東京体育館で運動して、新宿で買い物して、また飲みに行って久しぶりの人に会えた。よかった。
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観光スポットも食べ物も大抵は逃げていかないが、人は会えるときに会っておかないとなというのが今回思ったこと。

あと、富士そばでも食うかと思ったら軒並み営業してなかった。そういう時代か~

◆1/4は全日空で帰る

羽田で朝ラーメン。鶏塩うま。
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機内食はユナイテッドがひどかったのでだいぶおいしく感じました。

そんで帰ってきました。
・残り1年だっていろんなところで意識した
・弊管理人の皮膚には日本の湿度が必要
・日本は人の元気、街並み、サービスなどいろんな面でしょぼく感じたが、人のつながりを考えるとやっぱりこっちで生きるべきと思った次第
・1カ月くらい体内時計がおかしいの、いい加減なんとかならんか

* * *

1/5は出社しましたが、夕方寝落ちしました。

2024年01月05日

里帰り2324(1)

年末年始の帰省は1年前より1日早く期間は一緒の12/25-1/4でした。

◆12/25

前日夜に「うおお」って感じの仕事をさっさかやって、貧民の乗り物・DCメトロでダレス空港へ。通常6ドルくらいかかるところ(それでも安いが)土曜なので2ドル。
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行きはユナイテッド航空で13時発。機内食が信じられないくらいまずい。14時間長い。
アメリカではサプリとして普通に売ってるメラトニンを飲んで眠ろうとしましたが、起きたときにぼんやりしたのであまり合わなかったかもしれない。

ほぼ1年ぶりの東京。夕方のせいか道が混んでて羽田から新宿までバスで1時間以上かかりました。
お届け物のために会社に寄って出身部の人たちとちょっと喋り、会社の資材庫からボールペンなどをくすねて退散。

DCの同じ職場に8月までいた同僚にもお使い事案があり、赤坂で焼き鳥を食べました。
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娘さんがちょうど帰国子女枠での中学受験をしていて、親のわれわれ世代と全然違う事情に「すごい面白い」と言っていました。

渋谷学園は激むず(「英検は準1級が最低ライン」!!)につきパス、その次で広尾学園と三田国際を受けたとのこと。三田国際は新興でこれから偏差値が上がっていくかなという位置付け。授業は英語。学校見学に行ったら楽しそうでよかった。留学できるが年700万笑。いずれも弊管理人は聞いたことない学校です。海外大学への進学も今は普通に選択肢になるそうです。へー。

戦術はいろいろあれど、あまり思い詰めずにやってるようでよかったよかった。お父さんはおっとり、お母さんも田舎の出身なのでそうなるんですかね。娘ちゃんもガツガツしない頭いい子との印象なので、無理せずうまくいきそうな気がします。

新宿のヴィアイン(JR西日本系)投宿。ここに限らず前年と比べても新宿のホテル料金は5割増し。そして室内清掃は希望があればやりますということでサービスは簡素化。加湿機能付きの空気清浄機が入ってたのは疫病の恩恵か?

弊管理人の大阪転勤と疫病挟んで4年ぶりの馴染みのお店に行きました。
札幌からちょうど来ていたおねえさまに邂逅。こちらは4年ぶりどころではない気がするがいつ以来でしょう。
この1年、同年代から少し上の人たちで物故者が相次ぎ、交友関係の広い人たちについてはSNSで知ってましたが、マスターからは弊管理人が把握していなかった、同い年で昔よく遊んだ友達が疫病で亡くなったことを聞かされ、地味に衝撃でした。

◆12/26、やはり早朝覚醒。
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朝飯にと入った近くの松屋は、番号ついて配膳口に取りに行く形式になっていた。キャッシュレスと人減らし(および一定の作業合理化)が進んでいる印象。メシはぐっちゃりしていてまずかった。

千駄ヶ谷の東京体育館に行ってちょっと運動しました。これは国立競技場。
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あと1年すると本帰国だと思うと特に今回頑張って行きたいところも食べたいものもなく、飛行機で座りっぱなしだったので運動して、ユニクロで下着買って、ニトリで台所用品買って、東急ハンズでちょっといい折りたたみ傘買って、宿のバスタブで入浴剤入れてお湯に浸かり、割れかけた銀行のカードの再発行手続き。

新宿行ったらびっくりドンキーでハンバーグ食うぞと息巻いていたのですが、お店がなくなってました。街の変化は2020年から2022年の暮れまでよりも、2023年のほうが大きくないですか?ポスト疫病に入って、それまで補助金をもらうために形ばかり続けてきたお店をたたみ始めたとか、建設がまたできるようになったとか、そんなのかもしれない。

新宿だからかもしれないが、なんか街も人も小汚いと思った。
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街に関しては建物の外側に装飾が少なくてプレハブみたいなせい。人に関してはたぶん、髪や髭を整えてない/肌をケアしてない/服が安っぽい、あたりが要因。まあ人のこと言えないんですが。

それから、こんなに人少なかったっけとも思った。歩きやすい道をあまり意識せずに選んでいたせいか、リモート化のせいか、なんだろう。子どもの頃に住んでいた家のあたりを後年歩いたときのように、記憶の中の新宿よりこぢんまりしていた。

接客全般、すごくローキーな印象を受けました。特に若い世代の店員さん。やることはやりますが、過剰に頑張るつもりはありません。イレギュラーなこと言わないでください。込み入った質問は攻撃開始と受け取ります。そんな感じで、それでもまあいいとは思うが、質が高いかというとそうは思わないな。

そんでまた夜は馴染みの飲み屋さんに行きました。また4年ぶりに会う人たちがちらほら。
と同時に、新しいお客さんも何人か。マスターと固定客が一緒に歳を取っていくのではなく、ある程度の新陳代謝があるのはいいな。

老けた人、変わらない人、太った人、いろいろ。4年前、「このまま恋人ができないまま終わるのかも」と悲観していた友達は、ずっと付き合いたかった年下とつがいになっていた。そして尽くすタイプとみた。

◆12/27

飲み屋で会う確率の低い友達に声かけて餃子でランチ。のちコーヒー飲みながらおしゃべり。
長いこと不倫状態だった人だが、同じ相手をそのままゲットしたとのこと。

この人は翻訳家で、同業の共通の友達はフリーから会社員になって事業展開の関係でベトナムと日本を往復する生活に入ったと教えてくれました。なんか2023年はいろんな人にいろんなことがあったのだな。

今回の新宿滞在では「来年(2025年)には帰ってくるからまた遊んでね」という話を随分しましたが、あまり言い過ぎると死亡フラグみたいでいかん。。。

バスタから夕方発で郷里へ向かいます。
車内で広げた夕飯はこれ。これはアメリカにはない。
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4時間の行程ですが、大半寝ていたらあっという間に着きました。体内時計が12月初めのドバイから迷子になりっぱなし。

◆12/28

田舎でダラダラ。父と駒ヶ根市の「しもん」で鶏南蛮定食。21年開店で人気があるようで、11:30過ぎにいったん満席になった。
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スーパーでフリーズドライの味噌汁などアメリカに持っていきたい食材を仕入れて帰りました。といってもアメリカでどうしても見つけられないもの、自分で作ってでも食べたいものというのはもはやあまりなく、意外と意識が「まあどうせあと1年の我慢だしな」というモードに入っていることを感じさせられました。ふりかけとか、小口の味の素とか、そんなこまごましたものばかり。

夕刻に妹が合流。父も妹もまあまだ大丈夫そうではあった。
妹は統合失調症で障害者手帳を取ったと言ってましたが、何か寄りかかるカテゴリーが欲しくて病名をゲットしただけで、本当は違うんじゃないかなという印象です。

つづく。

* * *

◆真木悠介『うつくしい道をしずかに歩く』河出書房新社、2023年。
機内で読了。

2023年12月22日

仕事納め

誰が決めるわけでもないので、自主的に仕事納めしました。
今週は来るメール来るメール、今年の振り返りなんですよね。もう世の中はまとめモード。

ホワイトハウスの某ジョーからクリスマスカードが届いた。
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去年は来てなかったのになぜ?と思いながら裏返したら、民主党の助成で出してますと書かれている。そうか、来年選挙イヤーだからだな。

ドバイから帰ってきてこっち、一向に体内時計が合わず、午前3時に起きては午後7時に強烈な眠気が来る、という状態のままでした。DC時間に合わせて生活しようとすると夕方以降が使い物にならないので、もう午前4時始動にして体が動かなくなってくる前にできるだけのことをするようにしていました。

といっているうちに24日から帰省するので、またタイムゾーンを飛び越えます。
当地では不眠用サプリとして売っているメラトニンを試してみることにしました。起きて16時間すると出てくる「寝ろよ」っていうホルモンです。機内で眠れるかな?

写真は20日、在宅仕事で全く歩かないのもよくないので、Clarendonという2駅先の街まで30分くらい歩いていってホールフーズ(右側の建物)でおかずと甘い物を買ったときの写真です。夕焼けがきれいでした。午後4時50分。冬至も過ぎてこれから春に向かうであろう。
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今日は会食の相手が発熱して予定がなくなったため、行こう行こうと思って行けていなかった洗車にとうとう行って、そのあと車体の傷の修繕や洗濯をしていました。あと、アパートの更新手続きもホリデー前に滑り込みで完遂。2025年1月までです。たぶんこの満了とともに日本に帰ることになると思う。

* * *

少し早いが今年のまとめ。

1月 スロースタートだったらしい。特段の記憶なし
2月 同僚とご飯屋開拓したり、ワイナリーでホットワイン飲んだりしていた
3月 咳がつらかった。あれはコロナの後遺症だったのかもしれない
4月 テキサスとコロラドにかなり強行軍の出張。実りには乏しいが気分は変わった
5月 健康診断でNY行ったり、KY出身Z世代ちゃんととっくり話し込んで面白かった
6月 ボストンで勉強、うっかりすごい日焼け、あとプエルトリコ君と友達に
7月 急にアメリカ人に遊んでもらうようになった。川遊びとキャンプ超楽しかった
8月 フロリダで久しぶりに宇宙の仕事、シカゴで建築巡りの夏休み
9月 ユタの砂漠で仕事。プール遊びにお呼ばれ。NYでの仕事は結構充実した
10月 フィラデルフィアに車で出張。新居お呼ばれで地元民の素敵生活を垣間見る
11月 なんかうまいものいっぱい食ってた。中華街でアメリカ人おしゃべりの会
12月 ドバイ!とその準備以外は何もしなかった。生活リズム乱れまくり

感想。

・今年は5月くらいから急に楽しくなりましたね
・アメリカ人サークルの中に入ったことにより、日本語のような感覚で英語を話すようになった(上手くはなってない。気持ち的な障壁の問題)
・運動するようになって体重が結構戻った気がする
・仕事は結構な負荷がかかるやつもストレスを感じずにやるようになって、何をやったかはよく覚えてないがアウトプットは結構豊かだった印象。自分の裁量でやれるものが多かったせいかもしれない
・しかし任期延長は複雑な気持ち。まあばたばた暮らしてるうちに時間は経ってしまうのだろうとは思うが、今の予定だと東京を離れて戻るまで、大阪とDCを合わせて5年いなくなる計算。5年て結構だよね。アメリカの生活が嫌ということはもう(ほぼ)なくなったけど、家族親族も老いるしな。数日後に東京で食べたいものをピックアップしていたけど、自分の持ってる情報がすっかり古くなり、なんだか懐かしい飲食店リストができてしまった
・来年は一つの巨大テーマに現職場を挙げてフルコミットする年。弊管理人は周縁にいるのでそんなに貢献するつもりもないが、仕事というのは中途半端に関わるのが最も難しいのだ

2023年12月16日

わたしはドバイにいる

仕事でアラブ首長国連邦はドバイにいってきました。
DCからエミレーツ航空の直行便があるのはいいのだけど、行き12時間(スペイン~よくわかんないごちゃごちゃしたあたりを通っていく)、帰り14時間(ロシア~スカンジナビア~グリーンランド経由)でむちゃくちゃ長かった。
エミレーツは「航空機内で集まらないこと」という注意があったが、謀議を気にしているのだろうか。ううむ。

どこだっけ。場所もふんわりとしか分からないけどイランの向かいでした。時差はDCから9時間先、そこから日本はさらに5時間先。飛行機は朝8時に着きますが、体内時計は17時。投宿したら疲れもあって覿面に眠くなりました。先に現地に入っていた若手ちゃん(そんな若くない)と合流、ちょっとだけ夕飯を食べて気絶。

今回は結構いいホテルで朝食付きなので、このロングラン会議の常で朝に一日の栄養の80%を摂取する戦略。6時半の朝食会場オープンとともに入って7時半発の会場行きシャトルバスに乗って、セキュリティチェックが混んでないうちにするっと入る、という生活でした。

幹線道路はこんな。
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それっぽいビル街。
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と、それを支える人たち。
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人口1000万人弱。南アジアからきてる外国人が7割近く、国籍持ってるのは1割。どこの国とも付かず離れずな外交。大統領(国家元首、アブダビ首長)は互選。選挙はないそうです。おおそういう国もあるのか。
メトロ(ゆりかもめみたいな自動運転のモノレール)が基幹部分を走っていて、空港、ホテル、会場を行き来できてすごい便利でした。公用語はアラビア語ですが、ホテルのお掃除の人を除いて大抵は英語が通じました。メトロで聞き耳を立てていると、アラブやアフリカっぽい顔立ちの人でもよく聞くと英語で話したりしています。

駅とかで写真撮ると怒られるっぽいのでやめておきましたが、入国審査から駅の警察までオイコラ的な感じはなく、注意するときも小声で「ちょっと君……」という感じ。乗ってる人たちも穏やか。電車で席が空くとさささと座るのが面白いくらいで、おにいさんたちは女の子に席を譲り、騒ぐ客はおらず、区間と時間によっては日本のマイルドなラッシュくらい混みますが整然と乗り降りしていて感心する。

会場は2020年万博(疫病で1年延期されたやつな)の会場で、面白い建物が多かったので普段の禁欲を破って少しだけ写真。
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オバQさんたちがそこかしこに。ちなみにこれは誰でも着てよく、しかも着ないのも自由だそうです。和服趣味みたいなもんだろうか。
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この会議と関連会合に行く仕事は2016年から5回目ですが、過去イチ施設がよかった。仮設の建物があまり多くなく、造りがしっかりしていて、なによりトイレがきれい。
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メシはいつも通りひどくて高かったが、これまでと違ってビリヤニやカレーがあったので泣かずに済んだ。あとは努めて普通の時間に帰るようにして、宿の近くで中華食べたりしてました。
これはチャイ、4.5ディルハム(たぶん200円くらい)。物価はアメリカよりちょっと安く、日本ととんとんかちょっと高めくらい。こういう国の常で、地元の人が買うものは極めて安い。
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そうそう、もう何でもカードで買える世界で、現金は割り勘でもらった分以外は使う機会がありませんでした。なぜかAMEXはどこでも使えなかった。手数料が高くて嫌われているんだろうか。

結局、会期はお約束で1日延長し、最終日はメインの仕事をやる東京からの若手ちゃん(そんなに若くもない)とナイロビから応援に来てくれている同僚には体力温存のため宿に帰ってもらい、弊管理人が会場に泊まりました。ほぼ徹夜で翌朝以降の準備をし、東京でもおにいさんがその整形などちょいちょい作業をしているうちに朝。そこからはトントン拍子で事が進み、16時過ぎに体力が限界に達したので帰りました。

若手ちゃん(そんな若くない)はこの手の仕事をあまりやったことがないとかで、もうちょい芸の幅を広げないと的に悩んでましたが、まあそうではあっても慣れの問題なので、時間はかかるの当然だし時間がたてばできるようになると思う。

一方のおじ(弊管理人)は今回わりとほいほい仕事をしたものの、4回目になると流れがだいたい分かってしまうせいでアウトプットが若干定型的に(≒つまらなく)なった気配はある。まあしかし世の中にインパクトを与える仕事でもなく、労力を浪費するかわりに他人のカネで海外旅行してるだけだと思えば、これはこれでいいか。

結局、体内時計はUAE時間に合うことはなく、午前3時に目が覚めて夕方強烈に眠くなるという、太平洋のどこかを迷子になってる感じのまま会議は終了。

2日間までは延長しても大丈夫な日程で帰りの飛行機をとってあったので、1日空きました。
ドバイの歴史保存地区みたいなところに行ってみましょう。
ここは完全に観光客に見せる用の地区だと思う。
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さすがに客引きがいるんだけど、「おにーさん見てかない?」「ニイハオ~」くらいで、マラケシュのベルベル人とかシャルムエルシェイクのぼったくりエジプト人みたいなガッツガツした感じはなし。出稼ぎ労働者は過酷なんだろうけど、地元人は優遇されるのでおっとり生きていけるのかもしれない。強権国家は安全というセオリーはここでも健在。
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開発の原点、ドバイクリーク。感覚としては浅草。
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服は基本、白か黒。あと水色の人がちょっといるくらいで色が地味です。女性はおしゃれできるのが足くらいなので靴屋が多いとかなんとか。
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3階の高さだとこう。近代的なビルも含め、全体的に耐震性が心配な建築が多い。
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保存地区じゃない街にも迷い込んでみます。
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たぶん完全に日常の中に入っているわけではないですが、上野くらいのとこ?
イギリスが旧宗主国なのもあるのか、普通の食堂の人くらいまで含めて英語は話せる人多いし、英語の看板も多いので、ほとんどコミュニケーションに困ることはありません。
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会議場のビリヤニ35ディルハム(1400円くらい?)、それでもホテルで食べるより安くてまあいいか、と思ってのですが、この地区のインド料理屋が「本日のスペシャル」としていた卵キーマカレーは7ディルハムって書いてあった。300円弱か。見間違いかな?でも地元民が食べるメシってそんなもんかもしれない。
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はい、なんか一応街を見た気がするので帰ります。

15時発で、首都アブダビのシェイク・ザイード・グランド・モスクに行ってくるだけのツアーを申し込んであったので、若手ちゃん(それほど若くない)と一緒にホテルでピックアップしてもらって出発。アブダビまでは車すっ飛ばして1時間半くらいです。
入口からしてでっかー。2007年築。
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新しくて白亜なせいだと思うんだけど、そこはかとなく漂うカルト感。
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花の細工はイタリア製さ!だそうです。
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青がきれい。ベドウィンの時代にできなかった贅沢をやり尽くしたいのかしら。戦後まだ貧しかった時代に育ったため、すき焼きに情熱を傾ける弊父っぽくもある。
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青色LEDをふんだんに使用しております。
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だんだん日が暮れてくる。
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遠近法なあ。
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シャンデリアその1。
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その2。「スワロフスキーで重さ8トンです」と。ムハンマドが重んじた質素はどこへ。
ちなみに天から幸福が降りてきているところを表現しているとか。量子コンピュータっぽい。
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世界一大きいという絨毯もすげー高そう……
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スワロフスキー8トンが三つ並んでた……
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お祈りはこぢんまりした部屋でやってました。
えっスワロフスキーのホールは何のためなのだ。
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金あんなー。ちなみに経済のドバイ、政治のアブダビではありますが、アブダビは石油マネーで潤っていて(ドバイはもう石油は生産してない)連邦予算の大半をアブダビが出し、国土の大半もアブダビだそうです。
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日もとっぷり暮れました。
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仲見世みたいなデパ地下みたいな商店街も併設です。ナツメを売ってるおにいさん方。
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堪能した。

宿に戻ってシャワー浴びて、23時前にチェックアウトして2:25発の飛行機で帰りました。
DC着は8時過ぎです。めっちゃくちゃ眠くて、同僚に誘っていただいた昼飯に行って帰ってきて、15時半から1時間のつもりで結局20時まで寝てしまいました。まだ寝られそう。体内時計ガチャガチャですがもう1週間すると帰省なんだよね。大丈夫だろうか。

* * *

今年の大物の仕事はこれで一区切り、のはず。
ドバイいってる間にわりと近くで不祥事が起きていたり、札幌時代に弊管理人をless than humanからギリ人間くらいまで引き上げてくれた方が50そこそこで急死したりしてざわざわしましたが、しかし忙しかったのであまり咀嚼している時間がありませんでした。

帰りは読みさしの本を2冊読み終わりました。

◆玉手慎太郎『公衆衛生の倫理学』筑摩書房、2022年。

◆三牧聖子『Z世代のアメリカ』NHK出版、2023年。

2023年12月01日

感謝祭しわす協奏曲

11月のうちにもう1本日記を、と思っていたらなぜだかびゅびゅん日がたって12月に入ってしまいました。

11月23日、サンクスギビング。ですが、都市部に住んでる若い人たちは友達同士で集まって「フレンズギビング」をするそうです。2000年代終盤にできて、2010年代に普及した言葉らしい。
去年は駐在日本人のお宅に招いていただいて七面鳥をいただきましたが、今年はアメリカ人の友人の友人のおうちにお呼ばれしました。ありがたい。
居間は弊管理人が新宿に持っていた部屋と同じくらいの大きさだけど、植物いっぱいでカウチとテレビ、食卓。なんかオサレね。
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失礼して、こちら寝室および書斎。
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このあいだのハウスウォーミングもそうなんだけど、誰かの家を初めて訪ねるとおうちツアーしてくれるのな。ここで仕事してるよとか、こっち見てみる?とか。弊管理人は見せるものがないし見られて困るものも満載なので見せないし、まずカウチがないのでアメリカ人が来ないという。
メキシコ移民だそうですが、アジアンテイストのお料理を振る舞ってくれました。見たことないアレンジもありつつ、トンポーローは八角が効いてて本格派だった。「来世は台湾人だね」と言ったら「それ最高に褒めてくれてるでしょ」と意外に喜ばれた。
集まった5人でゲームして、テレビみて、22時前くらいにバイバイしました。

* * *

11月26日の日曜は同僚の家にお呼ばれ。ビール!肉!サーモン!
同僚はママで、結構年上の旦那さんも同じ会社の人ですが、旦那さんは休職しようと思ったら定年退職扱いになるなど若干の誤算がありつつお子さん3人とフル家族で渡米。英国SOAS留学経験のあるママは通常2年コースの部署から来ているものの、粘って3年いたいらしい。でも旦那さんは海外派遣される部の人ではないのでホームシックになったとかならないとか。
お子さんは中1と小1の双子。みんな賢そうだった。

* * *

11月30日、ケネディセンターにブロンフマンがきました。ブラームスのピアノ協奏曲2番。
弊管理人はジム行って運動して切り干し大根を煮てシャワーを浴びて洗濯しているうちに出社のタイミングを逃し、家から出動。同僚も用事をやりくりして観覧にこぎ着けた。
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当日券をボックスで買うと半額になり、ほぼかぶりつきみたいな席が46ドル。お得よね。
手は見えないがピアノの蓋の前の席で、蓋に反射したハンマーが見え、ホールの反射を経由せずにタッチで奏でた音がそのまま聞こえてくる感じ。ブロンフマン65歳、体悪いのかな、と思うくらいおじいちゃんになっていて、2004年にサントリーホールでラフ3をやったときの驀進するような演奏ではなかったけれども、ドーンと重い低音はまだ生きていた。しかし「生きていた」という形容になってしまうのは少し悲しい。まあブラームスの2番は演奏効果と比べると不当に難しいと思っているのでこれで十分。同僚は感激していました。

カップリングのチャイコフスキー4番はいつもながらナショナル響お上手。合奏もソロもよく、破綻させようと作ってあるかのような曲を危なげなく乗り切った。アメリカ人じゃないみたい(失礼)。

* * *

アウトプットがそんなにあるわけではないのにすっごい忙しい感じがする。

* * *

◆東浩紀『訂正可能性の哲学』ゲンロン、2023年。

2023年11月19日

再始動かも

先週はそこそこ多産な週だったとは思うけど、そこここに小さな不調が多発して気分としては沈滞していた。

・右頬の筋肉?右の小鼻の隣あたり?歯茎の上?あたり、頬を引っ張ると突っ張る感じがある。「痛い」というほどではない。普通にしていると何ということもないが気にはなる

・口唇ヘルペスが出た。木曜夜だったか、家に帰ったらそれこそ分の単位で右の下唇の端あたりに小さな水泡が2,3個できて、すかさず備蓄のアクチビアで制圧を図った。2020年2月に帯状疱疹をやってるんだけど、どっちだっけと思って日記を手繰ったらやっぱり右だった。寒くなったのと、寝不足がいけなかった。上記の微妙な違和感も右なので、関連ではないかと思うが分からない

・仕事先の人と近場のハミルトンで昼飯。ハンバーガー。
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去年いろいろ教えてもらって、今年それが結構役に立ったので、来年に向けてまたいろいろ教えてくださいとお願いして来てもらいました。ためになりました。

・土曜は7時半起きで仕事。昼前に一応終了

・クリフトンという車で30分くらいのそれほど遠くない小さな集落に行って、そのあと近くのワイナリーでワインでも買って帰ろうかと思ったら駐車場で車をこすった。
こちらの車には大した傷はつかなかったが、先方は停めてある車で乗ってる人は呑んでいるのか暫く待っても姿は見えず、どうしようと思って検索、そして保険会社に電話してみた。

「そういう時は自分の名前と電話番号を書いてフロントガラスにでも残しておけばよい。連絡があったら自分の保険の情報を伝えるべし」とのことで、ネットの情報とも符合うるので、そうして帰った。

このところちょっとヒヤリハットが続いており、右ハンドルをおっかなびっくり運転していた初期と違って慢心してきたのではと気になっていたところ。人身とかやらないうちに一回物損で嫌な思いをしたことで、また気を引き締めるきっかけになればとは思う。「無理をしない」が基本。
ついでに、先週の定期点検から返ってきた車が妙に汚れており、しかもタイヤの空気圧が抜けてないのに空気圧ランプが点灯する現象が起きた。なんこれ?

いつもながらストレスが覿面に眠気に来る体質で、帰りは運転しながらすごい睡魔に襲われてやばかった。帰ったらもう日が傾いている時間だったが1時間昼寝、そのあとまた30分くらい足して、運動して、夕飯を食べて、シャワーを浴びて、ごそごそしていたらまた就寝は2時を回ってしまった。沈んだ気分でおしまい

・日曜は起きる理由も起きたい動機も全くなく、11時起床。ちょっと仕事の資料を読んでから、昨日こすった車の修理をどうDIYしてやろうかyoutubeを見て予習、必要そうな物品をアマゾンで探してから、地下の駐車場で実況見分。印象ほど大怪我ではなく、1階のスーパーで買えそうなもの、そうでないものを調べて注文することにした

おやつは土曜にクリフトンで買ったカヌレ。
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思い出はあまりよくなかったけど、カヌレはおいしかったです。
結構しっかりしたバターの味だった。

晩秋の晴れた土日をこんなふうに暗い気持ちで浪費するのもどうかという気はするが、なんとなくこの辺が底な感じもする。来年中盤に帰るつもりでいたのが、2025年1月までいることになりそうで、親族が亡くなるお年頃でもあり、友達と会えない時間も延び、自分も古くなっていくことを考えると、半年ほどであっても当地でよくしてくれる人たちができても延長は本当に嫌。そういう気分でここ半月?くらい暮らしてました。今も相変わらず嫌だが、諦めないといけないのかもなという気持ちが5%くらい出てきました。それもあってそろそろ再始動。今日の日記はそういうわけでそういうタイトルになっています。

くよくよした日記だったので、最後はおいしい思い出で締めたい。
DCにあるビストロ・ドゥ・コワンのパテ。横の黒い鍋はムール貝です。
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気取らない赤ワインとすごくよく合いました。
今週は楽しい気分でいられますように。

2023年11月12日

運動不足の週

11月は10月に比べてたくさんのシフトが入っており、夜勤だと帰る時間に地下鉄がもうないか、あまり乗りたくない時間帯になるため車で通勤することが多くなります。外仕事もあまりなく、1日は在宅してしまったので今週は本当に歩きませんでした。アパートの中にあるジムには行き、座りっぱなしの悪影響を少し帳消ししてみたものの、覿面に体が悪くなった感じがします。

食う量が少なくなり、そのわりには料理をしました。買ってあった野菜や肉がどんどん古くなるので追われるようにやってました。
ある日のお昼に古いほうれん草と古くなりかけの挽き肉でポパイ丼。あと古いナスと凍らせてあった豚肉で味噌炒めを作り、かっこんで出勤。
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どっちも若干しょっぱくできてしまった。うまいけど。

金曜は退役軍人記念日(土曜)の振替休日で連邦休日、のはず。ですが子持ちの人たちは「でも学校はあるの、なんでだろう」と言ってました。起きたら11時。でも眠い。雨。仕事でメモを作りながら読まないといけないものがあって読んでいたら夕方になってしまいました。
夕方、先日昇進した友人のお祝いでオッコクアンという街にあるレルミタージュというビストロに行ってみました。前から評判を聞いていたお店なのと、ずっと自炊で変化が欲しかったのでこちらを選ばせてもらいました。
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今週、動かなすぎて食が細くなっており、そこまで空腹でもなかったのですが、それでもわりとおいしかったので空腹だったらさらにうまかったことでしょう(ひどい感想)。

土曜はほぼ1日、家で資料読みと1本別の仕事をやってしまいました。このままではまずいとジムで運動をしました。

日曜は目覚めて布団の中で「なんか寒い?」と思ったら、最低気温が-1度だったようです。
アパートは中央管理で室温がほぼ20~22度で一定なのですが、寒いと頑張って室温を上げるせいか湿度が下がり、結果同じ温度でも寒く感じるようです。

職場でしかできない事務作業のため出社して2時間ほど作業、そのあと昼から中華街のフードコートっぽいところに集まって買い食いとおしゃべりの会。
白人1人、ヒスパニック1人、アジア系は弊管理人含め3人。
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アメリカ人は何を話すのだろうと聞いていたら、ときどき話を振られて焦った。
9月にプールに誘ってくれたおねーさんがレイオフに遭ったとのこと。でも今って経済絶好調だし失業率も歴史的な低さだから次も見つかるんでは?と言ったら「誰が言ってんだ~それ。今就職先見つけるのすっごい大変だよ」と。まじ?「ブルーカラーの職はいっぱいあるけどホワイトカラーは大変」だそうです。
一緒に食べてたアジア系のおねえさんの彼氏もレイオフにあったとか。なんか景気後退の前線がそろそろ頭上に差し掛かっているのかも。

あとはおいしいお店の情報交換、恋愛事情。それから、年末何する?という話と、来年の仕事の展望。弊管理人が「そういや大統領選あるね」と言ったら政治談義が始まった。「今回ばかりは棄権するかもしれない」との声あり。そんなにバイデン嫌ですかね。80にもなってあれだけプログレの言葉を理解するのってえらいと思うけど。まあ確かに3億3千万人いてなんで77歳と80歳の対決なんだというお気持ちは察します。選挙権がないお気楽な身につき「どっちがより嫌か、で投票すればいいんじゃない?」と言っておきました。

フードコートそのものはフライドチキン、中華、バブルティー(タピオカミルクティー)と選択肢は今ひとつだったものの、小籠包は思いのほかおいしかったです。だらだらできたのもよし。

2時間半くらい喋って、じゃあね~っつって解散しました。
来る週は出張者がたくさんいて、弊管理人はお留守番。遠出してカバーすべき案件が発生しそうだがちょっとこれは無理だろう。遠隔かな。
その次は感謝祭でホリデーシーズンに突入です。

2023年11月05日

冬時間

冬時間きました。忘れていて、朝起きて携帯と家中の時計が食い違っていたので気付きました。
時計を直すと同時に、加湿器始動。部屋の湿度が30%を切ってきました。来たなあこの季節が。

昼は友達筋と中華。そのあとワシントン大聖堂に行きました。DCの観光地の一つなんだけど、初めて。
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直近だとコリン・パウエルの葬式やってるのをテレビで見たかなあ。でかい聖堂ですが、すごい変な建物だねって言い合いながら見ました。いつの時代なのかよくわからない新ゴシック様式、現代英語で書かれたメッセージ。With God Nothing Shall Be Impossibleってナイキか。それ友達に言ったら「ご覧のスポンサーの提供で」って書いてなかった?って言われました。うまいな。
デュポンサークルの近くの友人宅までバスで戻ってバイバイしました。
昨日きょう、寒さが和らいで晴れてきれい。
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夕飯は、昼の中華で残ってテイクアウトしたご飯と豚バラと野菜でチャーハンにしました。
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いつになくおいしかった。豚バラが効いたな。

2023年11月03日

タイムゾーン迷子

先週土曜は出番の日。8時~24時のシフトって普通に人権侵害ではないか。ゆったりする時間もなく働いた。
お昼は持参。うずらの味付け卵。うずらはうまい。
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日曜も結局1日仕事した。たぶん2時寝くらい。

家の仕事机、こんな感じです。スクリーンが多い。右2枚は自分のデスクトップPCのモニタです。食卓を兼ねているのでタバスコやふりかけが置いてあります。
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1階のスーパーで最近、5ドルで買った掛け時計が予想外にいいです(壁に掛けるところがないので、メモを貼る用のコルクボードにピンを刺して掛けている)。時間が見やすい。日本から持ってきた電波時計は当地の電波を拾わず、夏時間→標準時に切り替わる時はSETボタンを押したまま長針が11周回るのを待つなどただただ面倒くさい。

100ドルくらいで買った10.1インチのタブレットは遅くて使い物にならず銭失いになりかけましたが、会社のノートPCのサブモニタ化することで活用の道が開けました。ホルダーは太いワイヤーで保持するタイプを仕入れました。

子ども病院に処方箋を取りに行くという友人を送っていきました。
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楽しげに見えますが、実際はなんか陰気なところです。まあ病院だしな。
そのあと、タイ料理屋で夕飯にしました。ガパオ。渡米後初だと思う。こんなに出会うのが難しい料理だっけ?
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「だめ連」の説明をアメリカ人にする事態になりました。counter-productive activists' association with no aggressive activismと言ってみた。わりとうまく言えつつ何か違う気がする。

夜更かしがどんどん込んできて、月曜だったか火曜か、夜9時台に寝てみたら朝4時前に起きてしまい、早出シフトで出社している最中に居眠りし、それでばっちり眠りが足りてまた3時半就寝などしていました。タイムゾーンが迷子になっています。

昼に仕事先と会食、DCの街中からちょっとだけ外れたあたりにあるグルジア料理Supra。「ジョージア」っていうと南部みたいなので「ユーロピアン・ジョージア」と言ってみた。通じた。
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シカゴのディープディッシュピザみたいな勢いでチーズが入っているパンが名物だそうです。昼からジョージアワイン。出身のスターリンが好きだったんだっけか?

免許更新、今年は1カ月ですんなりいきました。役所の窓口も空いていて過去2回が嘘のようです。でも相変わらず窓口係はクズみたいな労働力で、後で利用者満足度調査がきたので「タッチパネルのほうがまし」と回答しておきました。

辿り着いた週末。平日としては久しぶりに食料品の買い出しをして出社、ほどなく退社。ジョバンニは今日も優しかった。
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海鮮煮込み(右)は毎度食べているのに毎度深く感激する。音楽の話をさんざんして、やっと1週間が締まった感じがします。

今週は最低気温1度で「あっ寒い!!」と思う日がやっと到来しました。葉っぱも結構散ってきました。年末感が一気に高まるサンクスギビングの話がちらほら聞かれるようになってきています。

* * *

◆共生エネルギー社会実装研究所(編著)『最新図説 脱炭素の論点2023-2024』旬報社、2023年。

これすごい。気候科学から再エネ、電力システムまでトピックが一望できます。教科書くらいの字の大きさで1項目は長くても4ページ、リファレンスが厳選されていて超使える。安田陽氏のフェイスブックで知りましたが、安田氏が書いた部分だけ分かりにくかったです。

2023年10月23日

ハウスウォーミング

新しく家を買った人が友達を招いてお披露目するのをハウスウォーミングというそうでして、友人の友人宅に伺いました。土曜夜。
17時開始ですが、だいたい人が集まってきたのが18時。
1920年代か30年代築の長屋(タウンハウス?)の1区画をリフォームしたとのこと。なんというかむちゃくちゃセンスいいよね。深緑の壁とか、調度とか。
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赤白スパークリングのワインが振る舞われ、イチジクのジャムとクラッカー、ドライトマトがまぶされたチョウチョみたいな冷製パスタ、チーズ、オリーブとカッテージチーズの入ったサラダ、カップケーキ、クッキー。ちなみにベジタリアンのカップルなのでこういうラインナップです。あとピザがいっぱい来た(ベランダで喋ってて食べ逃した)。
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日本の米軍基地の建築デザインをやってるとかで結構日本に行くし、なんなら高校時代に交換留学で徳島(気の毒な)に行ってたというお兄さんがいてずっと喋ってました。日本もアメリカも女子高生は早口だが、日本の女子高生は口元を隠すのでさらに聞き取りづらいとのこと。ほほう。そうだっけか。

あと、ホストはDCの有名な学校の先生と確か弁護士?の30代前半カップル。ほかは科学団体のマネジメントでよく海外に行く人は「日本は清潔で最高。台湾も大好き。人はめちゃくちゃいいし食べ物は最高。チャイナに併合させちゃなんねえ。なんで見た目は同じなのにこんなに違うんだ」とか。返す刀で「広東料理は油べたべたでもたれる」とdis。建築デザイン氏は「ロシアいくと必ず1回は美女が近寄ってくる」。「東京はニューヨークとDCを合わせた感じ。大阪はシカゴに似てる」。こういうお仕事とか体験とかしてる人たちが多いのはDCならではだな。口の悪いオーストラリア人は弊管理人がネイティブじゃないと分かると優しくなりました。

で結局ひとしきり話して握手してハグしてバイバイ。不動産上がりまくりのDCで家買えるってすごいな。来てたお客さん(こちらも30代カップル)の中にも最近ハウスウォーミングした人がいた。

* * *

話は前後しますが金曜の夜、モロッコで盛大におなかを壊しながらも楽しく仕事して帰ってきた同僚とTAKOHACHIにGOしてSUSHI。
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いやまあ西友の何倍かって考えるとあれだがそれでもここは安いんです。
唐揚げとか揚げ出し豆腐とか食って大満足して帰りました。

2023年10月20日

ひろみ麻婆

上原ひろみさん。1994年にNHK教育の「ピアノで名曲を」で見たのが最初。
そのときの子だっていうのは2003年にAnother Mind買った時は気付いてたんだっけ?というかこのデビューも何をきっかけに知ったんだったか。
当時はよく通勤の車で聴いてた。ミニマルっぽいところがあったので助手席に乗った子が「頭がおかしくなりそう」と言っててうけた。
実はDCの職場の同僚が高校の軽音学部の先輩だったんだって!6月だったか、本人が来たときにメシ食ってるから一緒にどうって突然呼んでもらったんだけど、目を三角にして仕事してたところで行けなかった。そのとき同僚が弊管理人あてのサインをノートの切れ端にもらってくれて、それは額に入れて置いてあります。
で、初ライブ、ストラスモア!
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2時間あっという間でした。ヤマハっぽい破綻のないスタイルは20年維持したまま、迫力と複雑さが増していた。そしてプログラム作りうまいね。一人ひとりが見せ場を作って、最後は高テンションのドラムソロを呼吸が苦しくなるほど引っ張ったところでアンサンブルに戻って大団円に持っていった。ところで体格のいい殿方お好きなのかし。

* * *

アジアンスーパーで買った中国の麻婆豆腐の素で自炊。
こちらの豆腐は4段階くらい堅さがあって、一番上のHardを選んだら木綿よりなおしっかりしてました。でもこれくらいでも形が崩れなくていいかもしんない。
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あ、いける。四川。これは定番になりそう。油の多さを見ると一気食いはできない。

ついでに過日堪能したホールフーズのティラミス。
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* * *

先週後半からアウトプットが全然なく、じりじりと準備とかリサーチばかりしていたら気持ちが塞いできたので、ここ2日ほど意識的にアウトプットを取り戻すようにしていました。根本問題は解決していないが、仕事を形にすると精神衛生上よいのは確か。

2023年10月16日

ドイツから産炭地へ

先週は何かといけてなかった。というか、何かしてるようなしてないような感じで過ぎてしまった。それなのに妙に疲れていて、木曜は夕方に30分だけ寝ようと思って寝床に入ったら2時間寝る失態。それでも夜は夜で寝られた。

土曜は雨。やはり目が覚めても疲れていて、12時前にやっと起床。だらだらと仕事の残骸めいたものをやって、夕方また寝床でうとうとした気がする。頭痛がしてバファリン。
そのあと地下鉄で二駅ほどのところのホールフーズにティラミスを買いに行って、半分食べて、まただらだらして、残り物で夕飯にして寝ました。なんだったんだろう。

日曜には回復してました。DCの友人を拾って、メリーランド州の北の方のヘイガーズタウンまでひとっ走り。Schmankerl Stubeという読み方も意味も分からないドイツ料理店に行ってみました。ババリアンスタイル。ババリアンて何?バイエルン州らしい。

「予約してない」というと、ホールは予約でいっぱいだからとバーカウンターの横の狭いテーブルに通されました。トイレ行きすがら見たら、ホール以外にも遊んでるテーブルはあったし、後からきた白人の家族連れは(まあぽつんと1家族だけだったが)そこに通されていました。有色人種差別であろうな。こういうことはわりとある。負けじと「ホールのテーブルが空いたらそっちに移動させて」と頼んだら移動させてくれました(しかも食っちゃってたパンは補充してくれた)。なので許す。

2人前の盛り合わせ。結構な量です。
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友人はバックパッカーだった時にミュンヘンに行ったことがあるそうで、ここの盛り合わせは「ザワークラウトは歴代1位、とんかつ2位、ステーキ3位」とのこと。弊管理人にとっては全部おいしかったですが、確かにザワークラウトと、紫キャベツのあったかいの(名前不明)が出色と思いました。あと、ソーセージにつける蜂蜜&粒マスタードのソースがなんかすごく懐かしかった。なんでだ?
56ドル。うん全然いいんじゃない?ビールを1杯ずつ飲んで、はからずもオクトーバーフェストしてしまいました。

ヘイガーズタウンは人口4万3千人だそうで、このあたりでは決して小さい街ではないですが、ひとけは少なかったです。寒いしちょっと移動してお茶でも飲みますかということで、30分ほど走ってシェパーズタウンという街に行きました。ここはウエストバージニア州です。といっても産炭州どまんなかではなく、ミジンコの手の先みたいなところ。つまり突端でメリーランド州との境目です。
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それほど長くないメインの通り1本にちっちゃいお店が集中してる、よくある「キュートな田舎町」ですが、なんか妙にスピってる店が多かった。レメディだの、タロットだの、あとは極左みたいなアートの店だのと変な雰囲気です。後からウィキペディアを見たら幽霊が出るとかで有名なところらしい。なんだそれ。
で極めつけはフリーメイソンです。友人が教えてくれました。
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メイソニック・テンプル。集会所みたいなもんでしょう。初めて見た。

で、日も傾いてきたのでDCに戻ります。ヘイガーズタウンは曇り空だったのですが、南下してくるときれいに晴れでした。なだらかな丘陵地帯のドライブは景色がきれいで楽しい。途中で友人がトイレ休憩したいというので止まったのは、前に独りできたブルワリー。
コーヒーおごってもらいました。
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とうもろこし畑の迷路(とうもろこしはmaizeなので、同じ発音のmazeとかけているんだと思う、たぶん)が敷地内にあって、がきんちょが店番していたので「いくら?」と聞いたら10ドルでした。そんな値段でやるわけない。

あとはDCまで一気走り。なんとなくクサクサした1週間でしたが最後は晴れてよかったです。

* * *

先日の面談で「来年夏には帰りたい」みたいな意思を伝えたこともあり、来年のこの時期はもういないだろう。これから起きること全てにさようならだな~、旅の恥はかき捨てだな~、と思い出づくりモードに入り、やる気も下降中でした。

数日前にアパートの更新の案内がきて、さて何か月の契約にしよう?来年7月の終わりまででいいですかね?みたいなメールを東京の出身部のボスに投げたところ、電話がきた。そんで予想外の提示をされました。いや待って待って。いろんな心づもりが狂う。結構ショックなんですけど。えっ待って。

2023年10月09日

フィリーそしてワイン

月曜の早朝にいきなり仕事になってもいいように、と日曜のうちに荷物をまとめて寝たらやっぱし仕事でした。フィラデルフィアいくで!6:30に車で出発。

2年前のやはり早朝、ゲボ吐きそうになりながら、まだ家なき子だったのでホテルから出動したのを懐かしく思い出します(もう絶対御免だが)。その時、右も左も分からない弊管理人をプリンストンまではるばる車に乗っけてくれた他社の駐在の人に、今回は弊管理人から「乗ってきます?」と声を掛けて2人で出発。

2年前「運転してると寝そうだから話し相手がいてくれて助かる」と言っていた他社の人は、今回は弊管理人の車の助手席で二度寝でした。いいよいいよ。2年前の弊管理人は助手席でいろいろ重い気分になっていましたが、今回は移動も言葉も状況も何も心配はなく、他社の人がちっちゃいベーグルとカルピス(当地では「カルピコ」)の差し入れをくれて、空腹も感じず普通にドライブ気分。時の経過を感じます。交通集中のため一部速度が落ちたものの、ほぼ順調にいってDCから2時間半てとこでした。近くはないが、辛いほど遠くもない。

ついた。ペンシルベニア大学、の一部。
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仕事は実質20分!!えっまじで!?と思ったけど、1時間やられてもまとめるのが大変なので、まあこれはこれで。
とりあえず昼飯。
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そしてめちゃめちゃでかい生協(当地ではBookshopというとこういう施設に訪ね当たるということを学ぶ)でグッズとか物色。2階のスタバではほぼ全員がPC広げてなんかやっていたので、そこに混ざって作業してDCに帰りますよ。
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帰りしな、他社の人に教えてもらって、サービスエリアというものをおよそ見かけないアメリカのハイウェイで珍しいサービスエリアに止まりました。さすが基幹路線のI-95です。デラウェア州にあり、その名も「バイデン・ウエルカム・センター」。大統領の地元だもんね。
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中は清々しいほどチェーン店ばかりです。「1日運転してもらったから」といってドーナツおごってもらいました。いいのに。でもごちそうさまです。
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再び出発して、そろそろボルチモアかなみたいなくらいのところで運転中に東京のおにいさまから電話がかかってきて、フィラデルフィアから投げていた仕事のやりとりをしました。ハンズフリーなので車内ではやりとりが丸聞こえなんだけど、切ったあとで他社の人から「ああいう穏やかなやりとり、いいですね。同じ問い合わせをするにしても言い方ってありますよね」と言われました。ほんとそう思う。上の世代がどっかいって、前よりキチガイが減ってきたかもしれない、という話になりました。あちらの会社もそうらしい。ものの言い方は大事。

で夜に他社の人をDCの自宅前で下ろして、弊管理人も21時前くらいに帰着。ちょっと仕事の修正を東京にお願いして、シャワー浴びて寝ました。毎年この時期にある当該仕事には10年以上関わってきましたが(最初の孤発的な接触から数えると22年)、現場仕事は今回が最後だと思います。疲れたし、行かなければ行かないでオンラインでもできた仕事だったけど、行ってよかったと思う。

* * *

土曜日は出番。イスラエル界隈が大変なことになっており、こちらもばたばたと作業をしているうちに日が暮れました。

思ったこと。
・ミサイル防衛で命は助からない
・キチガイにロックオンされるとその時点で大損が確定するので、多層的に予防しないといけない
・正当化可能ではないが説明可能ということは十分あるので、そこを分けつつ両方しっかり踏まえたい
・世界のどこかがえらいことになってても、当事国以外は「それはそれ」で日常を続行するし、「応援はできる範囲でならやるよ」としかならない(たぶん同盟関係があったとしてもその閾を大きく超えて助けてくれるとは期待しないほうがいい)

* * *

日曜はワイナリー探訪。ミドルバーグという山のほうの街の手前にあるQuattro Goomba(イタリア語で「4人の仲間たち」みたいな意味らしい)というところを訪ねてみました。
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そういえば朝起きたときに7度という気温を見た。1桁って久しぶりかも。風もあって寒かったですが、前日が雨だったせいか空気はきれいです。
おっちゃんバンドが演奏していた。上記「それはそれ」の象徴。この国には「他国に国土を取られる恐れがない」という圧倒的なアドバンテージがあって、しかも空気や水のように、誰もそれを意識したことがないくらい当然のものになってる。
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試飲セット、4種類選んで14ドルは結構値打ち。弊管理人はワインはよくわかりませんが、このあたりでは珍しく「あ、おいしいかも」と思うものに当たりました。来週末だったか、友人筋の新居祝いに行くことになっているので、お土産の1本を購入。

もう1カ所、Canaという近隣のワイナリーも行ってみましたが、こちらはまあ普通。
そんで、ミドルバーグという小さな街に寄りました。
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100mくらいの目抜き通りに沿って(そこそこ観光を意識した)店舗が並んでいて、裏のほうも多少お店が点在していましたが、それだけ。人口700人。
素敵なお庭のあるタコススタンドで買い食い。
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「今日のおすすめ」という魚のタコスが8ドルくらいしたので3つ入りかな?と思ったら1つでした。高くない?
ということで帰りました。友人が夕飯食べたいというので焼き鳥食って、わりと疲れて就寝。

月曜は「コロンブスの日&先住民の日(←ポリコレ)」で祝日です。日本もスポーツの日の3連休だったようで。

* * *

Bowers & WilikinsというメーカーのPX7 S2というヘッドホンを衝動買いしてしまいました。いつもは$399で売られているのがアマゾンでウォッチしてると$329になることが時々あり、揺らいでいたところ、メーカー直販で$249での投げ売りが始まったためゲット。S2eというほとんど変わらないモデルが出たので在庫処分でしょう。

カナル型のイヤホンが手軽さからいって日常使いの第1選択だというのは変わりませんが、ノイズキャンセリングに関しては限界も感じるところ。飛行機で14時間、とかいう移動のときは耳全体を覆うのがあってもいいと思っていました。
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フライト中「隣のおばさんが寒さで倒れても分からないくらい周囲の音が聞こえなくなる」という同僚の謎コピーも決め手の一つであったので、12月の出張と一時帰国で試してみたいと思います。

* * *

半年に一度の仕事面談(海外につき音声のみ)があり、今まで一度も話したことのない管理職に査定されました。なんだこの制度。

弊管理人は部内部外者みたいな立場なので先方もどう遇していいのか分からないらしく、「今までは3年で交代だったんでしたっけ?」と聞かれたので「そうです。来年で3年です。しかし私の場合は9月下旬に来ていて、次の人がその時期に来るといきなり全力疾走でかわいそうなので、もうちょっと早く来させてあげたほうがと思ってます」と答えました。

それは出身部の部長が考えることだと思っていたんですが、違うのかな?
ともあれ考えは伝えたので、来年夏に帰ることになるでしょう。そう考えるとあと9カ月ちょっとですかね。まあ丁度良いと思う。
ちなみによくご飯を食べるおとうさん同僚(この人もまた違う部から来ていて部外者色がさらに濃い)は延長を勝ち取り、2025年の前半くらいまでいられそうだといって喜んでいました。よかったね。

2023年10月01日

9月から10月へ

今週何してたっけ?と思い返すと、前の日曜に結局一日みっちり働いたことで週明けのやる気がなくなり、月曜は歯医者で検診したらまたちっちゃい虫歯が見つかり、火曜は雨のなか国際会議的なものを見に行ったもののつまらなくて帰り、水曜は何してたっけくらいな感じで終わり、木曜はもう一回国際会議に行ってわりと面白く・そしてタダメシをテイクアウトして職場で食べました。

といいつつ、実は週初めに「今週やるべきこと」をリストアップして見えるようにしたら結構快調にリストが縮んでいき、今すぐには世に出ないが後々の負担が軽くなるようにできたので、実はイケてた1週間だったのかもしれません。

金曜日、周囲は新年度予算(のつなぎ予算)が連邦議会を通らずはらはらしていたところ、弊管理人は全然別のこまい案件で不愉快な気分になったこともあり、ぷいっと職場を出て、かねて約束していたアメリカ版青年海外協力隊のグループのバーベキューに行ってしまいました。
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DCの北西にあるロック・クリーク・パークというかなりでっかい公園で18時開始。半分くらいは7月に川遊びした人たち、半分は初めまして。おいしく肉を食べようとかではなく、たぶん仕事終わりに久しぶりに集まること自体が目的。ソーセージ焼いてホットドッグ、あとは持ち寄り(持っていくものはcontribution=貢献と呼んでた。なるほどな)のビールだバクラヴァだと何かとつまみつつ、20時くらいで「じゃあね~」といって中座しました。DCの中だというのに公園が巨大すぎて電波が弱く、電話がつながらなかったらしく、東京からチャットで呼びかけられました。

同行の友人が「夕飯食べ直そう」ということで、「だいぶ前に行ったことがあるレイオーシャンどう?」と提案してきました。レイオーシャン?Lay Ocean?何それ?ってよくよく聞いたらLaotianだった。ラオス料理な。アメリカっぽく発音しすぎだろうそれは。しかもLaosなのに形容詞になるとtになるのか。ううむ勉強になります。そんで日本では全然違う発音だよ(※)みたいな話から「日本では日本のことはニッポンまたはニホンと呼び、ジャパンではない」といったら「そうなの!?!?」って驚かれました。

※あとで調べたらLaosは「ラオス」という発音でいいらしい

ともあれお店の名前はThip Khaoです。コロンビア・ハイツというあまり行かない地域。ヒスパニックの人の多いところですが、大使館などもあるんだって。歴史的建造物や、小規模だけどヒップなレストランが並んでいて、歩くと楽しそうではある。
料理はやっぱりタイっぽい。
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のだけど、ちょっと違って、写真奥の麺はスープにとろみがあり、にんにくのチップとかパクチーとかが入っててとてもおいしい。このあと甘めにマリネして焼いた豚肉がきましたが、それもかなりよかった。酒飲みにくるところではないか?ひょっとして。

不愉快な一件について「こんな気分で週末に入れるか!」と思ってましたが、食べ終える頃には問題なく収束しており、そしてどうでもよくなり、ご飯もおいしかったので金曜夜から早々に週末に入れました。よかったっちゃ。

* * *

土曜はカレーを煮て食って、ちょっとアジアンスーパーに買い物に出て、午後はリストアップしてあった中の最後の仕事をごそごそやってました。途中、今季初めてブレーカーが落ちました。しかしUPSを噛ませてあったのでPCは落ちず!!すごいな!!(そのためのUPSだが)

そんでジムで運動して、夕飯食べて、仕事をまとめて、シャワー浴びて寝ました。
仕事はまだびしっとまとまった感じではないが、「その時」が来ても慌てない程度の準備はできたと思うのでよし。

* * *

日曜は友人と、今年中国に帰ってしまうワシントン動物園のパンダを見にいきました。
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paloozaって何だ?すっごい派手にやるパーティーのことだそうです。
実際は別にそういう感じでもなかった。ヤツはやっぱり食ってはもそもそ動いてました。
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パンダ初めて、なんならこの動物園も初めてという友人に「でも前回来たときよりは動いてた」と言ったところ、「パンダに厳しいヤツ(=弊管理人)が来たから頑張ったんちゃう」と言われました。いや、そんなことで頑張るようなタマではないと思う。

友人は動物園に入るとパンダのところに直行し、ちょっと見たらもう満足したようなので、地下鉄駅近くのレバノンレストランで昼飯にします。
いろいろちょっとずつ試せるレバノンのおばんざいプレートみたいなやつ。
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餃子(右下)とか柿の葉寿司(右)とか玉ねぎの天ぷら(下)みたいなやつとかがあり、全体的にはソースがやや酸っぱかったものの、どれもおいしく、そして意外に腹一杯になりました。満足。動物園の近くというだめそうなロケーションなのにいいな、ここは。

帰ってメシ食って、朝できなかったウンコしました。
今週は月火水と早起き週なので早寝したいところ。ちょうど今週はずっと眠く、早めに寝られる気がします。
そして大過なく終わりますように。

2023年09月25日

2年たった

アメリカにきて今日で2年です。最初の数ヶ月はむっちゃ帰りたく、1年過ぎてようやく調子が出てきたけれども人間関係はやっぱり日本に置いてきたので帰りたい、と思っていたところ、最近は人間関係までできてしまい、帰る先がなければまあいてもいいかなという境地になってきました。しかし現実的には来年の夏には帰る可能性が高いことは分かっており、それならそれで、というくらいの気持ち。そして帰ると、ここ20年ちょっとやってきたキャリアも終わります。本当は2018年に終わってたんだけど、DCで延長ミッションをやることになった。なので、それももはや勝手に終われば?くらい。

* * *

先週前半はニューヨークに出張してました。
初日だけ雨の予報が出ていることは知っていて、傘持って出ないと傘、と心の中で呟きながら傘を持たずに出掛けた。そしてしっかり降られた。
地下に潜ります。もわっと暖かく、小便と大麻の匂い。田舎から東京に出てきたときと似ている。新宿は小便より生ゴミの匂いだったですけどね。めちゃくちゃ混むことがあるし、金持ち以外は住環境よくないでしょ。

夕方、クイーンズの地下鉄駅を出てすぐのアイリッシュパブで雨宿りがてら夕飯を食べていたら、いっとき雨が止んだので、それっと外に出てホテルに向かった橋の上の空。
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仕事は国連とその周辺で、ほんとしょうもない会議と、危機感があるんだかないんだかみたいなイベントを見てました。なんかこう、市民運動もお国柄というのがあり、気候変動を気にしてるわりにはお菓子とコーヒー取り放題、立食パーティーでは酒飲んで。先進国の方は快適性優先ですねみたいな嫌味のひとつも言いたくなったところ、やはり「安楽椅子で気勢上げてんじゃねえよ」みたいなことを言って会場をひりつかせるイベント登壇者もおり、そこも含めて西側世界だなと思いました。
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国連本部のカフェテリアは魚とか肉とかのメインと野菜とご飯などを紙皿にとって、量り売りで1食だいたい10ドルでいけるというお手頃価格なのが気に入りました。3日間のニューヨーク滞在のうち、昼朝昼と3回食べちゃった。カトラリーも使い捨てだし、とにかく紙や木のごみを出すね、ここの人たち。食器を洗うより環境負荷が低いという計算だろうか。
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そこそこ楽しく働きました。弊社のニューヨークオフィスにも初めて立ち寄り、イランだのイギリスだのから来ていた久しぶりの同僚とも顔を合わせました。
何よりよかったのは去年お世話になった仕事先と夕飯が食えたことです。タイ料理に連れて行ってもらいました。
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なんとなく波長の合う人とは、数回しか会ってなくても1年ぶりでもキャッキャ言いながらメシが食えていいです。
最終日は夜9時の列車に乗って、DCに戻ったのはてっぺん過ぎ。結構疲れてた。でもDCに帰ってくるとほっとします。街に余裕があるんですよね。

ニューヨークもこれで最後かな。「仕事よりも思い出作り」というつもりで行ったら、ほんとにそのまんまそういう滞在でした。言い訳できる程度の仕事をして、あとは大半遊んでた。

* * *

雨の土曜日。ロックビルのBob's Shanghaiで友達とうひょうひょ言いながらメシを食っていたら、外で待っていたおばさん?が倒れて心停止、みたいな事態が起きました。
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・横のテーブルのおばさんと娘さんが飛び出していって心臓マッサージ。あとで聞いたらおばさんは学校の先生で、CPRの資格を持っていたらしい
・それを見た弊管理人の同行の友達は店の人に、横のテーブルの二人が食べてたメシ代は自分が出す。なぜなら二人の行動は素晴らしいから!と大興奮で決済した
・その様子に感激したらしい店主(中国系のおじさん)が、心臓マッサージに走ったおばさんと、弊管理人の同行者に100ドルのクーポンをくれた。サンキュー!素晴らしいことだ!と

これらのことが数分のうちに起き、そうこうしてるうちに救急隊がきて、心臓マッサージしてたおばさんたちは帰ってきて食事を再開し、友達は二人をめっちゃ讃え、弊管理人と友達は食べ終わって店を出ました。
友達はそのあとも興奮しまくっており、フロリダのお母さんにテレビ電話してすっごい勢いで今あったことをスペイン語と英語のちゃんぽんで報告。弊管理人も運転中なのになぜかお母さんに「ハーイ」とかいって挨拶した。

やっぱすごいなと思ったのは上記3点の登場人物たち(弊管理人除く)の瞬発力で、ぱっと人命救助に走る人、それを見て「このテーブルは俺が払うから!」という友達、意気に感じてクーポンくれる店主。いずれも弊管理人の行動リストにない(誰もいなければ心臓マッサージはしたとは思うが)。そりゃアメリカは強いわ。こんな人たちがざらにいたら。カッとなる人々のパワーが悪いほうに行かないことを願いたい。全然行きそうだが。

そのまま友達をIKEAに連れていき、ひとしきり買い物をしたりお茶飲んだりして帰りました。
いろんなことがありすぎて疲れました。

日曜はうっかり1日中仕事。なんか同じようなことを何度もやる仕事であった。冷蔵庫にあるもので3食。出費ゼロの日曜。

* * *

滞在開始から2年たった話の続き。来年夏に帰ると言いつつ、なんとなく25%くらいの確率で来年末までいる可能性もあるなとは思い始めてます。知らんけど。インシャラー。

2023年09月17日

マナサス

土曜は結局どこへも出掛けず、3度寝(朝2+夕1)しました。夏の疲れが出てる気がする。でもそんなにだるくありません。元気は元気。

週明けの出張と、その後の仕事をちょっと楽にするための準備をしてたらまた夜遅くなってしまった。

* * *

日曜は久しぶりに朝飯を手抜きして外食にしようということで、マナサスのヨークシャー・レストラン。なんか評判よさげだったので来てみました。滞在中ほぼずっと満席、次から次へ客が来て帰っていくみたいな繁盛店でした。
「カウンターでいい?」といって座ったのが厨房の出口付近で、ウーバーイーツか何かのあんちゃんは入れ替わり立ち替わり来るわ、下げた皿は横を通るわで落ち着かなかったので、別の席が空いたところで「あそこに移っていい?」と切り出して移りました。我慢はする必要なし、が段々板に付いてきた。

でもやっぱりおばはんたちがてきぱき配膳してますけどね。そもそもカウンター席がそういうところにある店なのでまあよろしい。頼んだのはコーヒーと、これ。
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ハム!卵!そしてホットケーキ2枚!!炭水化物と糖とタンパク質。
でもおいしかったです。ハムが厚くて幸せ。
こちらの人はワッフルでフライドチキンを挟んで食ったりしていて何事!?!?と思うこともあるのですが、確かにしょっぱいものを食べていると甘いものがあってもいいし、逆も真。ということでまんまとアメリカナイズされました。
家族経営のレストラン、オヤジはレジに陣取って客をサクサクさばき、おばはんたちはニコニコしてないがちゃんと客の様子を把握している(そういう店員を評価する言葉はattentive=よく気がつく、という)。
コーヒーは飲み放題が基本で、カップあいてるなーと思うとぱっとついでくれます。結局3杯飲んじゃった。チップは当てずっぽうで書いて、後から計算したら14%だった。ちょっと少なかったか?まあいいか。

そのあと、さらに30分くらいドライブして田舎の農家がやってるマーケットを冷やかし、アイスを食べました。
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本当は近所の予約制ワイナリーが作ったワインを1本買おうかなと思って寄ったものの、高かったのでやめました。よく考えたら弊管理人は別にワインが好きではない。
農場をちょっとだけ散歩。
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このあたり、南北戦争の激戦地だったはずです。こんなだだっ広くて平らなところを行軍してたら「何やってんのわし……」ってならなかっただろうか。

今日は夏以降の休日で初めて長袖を着ました。気温20度ちょっと。10日くらい前は35度くらいあったところから、急激に秋が来ました。

* * *

郷里の母方の伯母によると、父方の祖母が施設に入ったらしい。
父方の伯父が前に「ちょっとボケたみたい」と言っていました。そうなったか。
まあじいちゃん亡くなって結構たつもんね。7年?8年?
気がつくとばあちゃんも98のはず(ちょいちょいサバを読むのであやふや)なので、まあいつまでも独りで暮らせるわけでもないしな。

* * *

家に帰ってから、久しぶりに寝室の掃除をして、シーツやカバー類を全部洗濯して、マットレストッパーを新しくしました。完璧。
去年もこの時期にシーツ類を洗濯したんだよね。その直後、コロナに罹患しドロドロになったので、治ってからまた洗濯する羽目になった思い出。

2023年09月15日

2しゅうかんまとめ

特に何をしていたわけでもないのですが、うかうかと既に9月も半ばです。

なんだか誘われたり誘われなかったりして外食の多い半月でした。

まずDCのStellina Pizzeriaはダイナーみたいなたたずまいのピザ屋。
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イタリア人かな?というおねえさん店員が「ワッフルもあるのよ~私のせいじゃないけど」みたいな恥じらいとともにメニューを持ってきて笑いました。
ピザうまい。シーフードのイカスミパスタもこれまたうまい。ややアメリカナイズされたメニューと味(つまり濃い)ですが、料理はとても満足でした。
ただし、もともと結構割高なところに自動的に20%のチャージが上乗せされるのが気分よくない。あと黒人のおねーちゃん店員が食べ終えた皿を指さして「それとって」みたいな仕草をしやがった。友達かよ。
ちょっと前にメリーランドで食事をしたときも、店員がワインボトルの開け方を知らないということがありました。雇ったときに教育してないのか?
ネット上の評価やチップの額の多寡が質を上げるというのは一定以上の競争がある場合であって、人手不足の昨今「働いてやってるんだし、うるさいこと言うなら他いくよ」となってしまうため効果がない。自動チャージもサービスのインセンティブを奪うので本当に悪い仕組みだと思います。
親密な関係の中では持ち寄りとかプレゼントとかの互酬的で気前のよさが効くのですが、その外に出ると途端にやり逃げの砂漠みたいな世界になる。で、客もそういう社会に適応しているので基本自由だし、自分がサービス提供側になるとやっぱり少ない労力で多くを得ようとしているはず。ただしケチでノイローゼな日本もどうかという話。

同じくDCのラブ・マコト。なんだそれ。ビルの1フロア全部がレストランで、寿司屋、焼き肉屋、居酒屋、あとなんかフードコートみたいになっています。居酒屋にしました。
唐揚げと手羽。
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焼き鳥が意外とちゃんとおいしかったです。

ペンタゴンシティという、国防総省の近くにあるショッピングモールに入っているMarshall'sっていうイトーヨーカドーのさらにしょぼくれた感じの雑貨屋。ベルトが安かったので買いました。9.99ドル。いや実は日本から持ってきていたのがだいぶベロベロになっていて、普通のところで買うと20ドル30ドルするんだけどちょっと馬鹿馬鹿しいなと思って踏みとどまっていたところ、この値段なら全然OKだなということで。結果、QoLが爆上がりしました。
その帰り、夕飯でMattie and Eddie’sというアイリッシュパブに入りました。
フィッシュ&チップスが食べたかったんですよね。
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たぶん鱈。結構おいしかったです。いろんなディップが付いてきたのもよかった。
おなかいっぱい。

プエルトリカンと待ち合わせしてオサレ中華のChang Changで夕飯食べよう、ということになったのが木曜。最寄りの駅で待ってたら「ちょっとCVS(≒マツキヨ)に寄らないといけなくなった」と。落ち合ってみたら腕にヘタクソな包帯巻いてました。電動キックボードでこけたんだって!!先日も酔っ払って電動キックボードでこけてたが、今回はしらふ。
「夕飯キャンセルしようかとまで思ってたけど、こんなことで会食やめたら後悔すると考え直した」そうです。
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段々麺、鶏肉の甘酢炒め、にらとエビの餃子など。あと一杯ずつ酒飲んだら「気分よくなった」とのこと。よかったね。デュポンサークル(DCにいくつかあるでっかいラウンドアバウトのうちの一つです)の中にある公園のベンチで喋ってそれぞれ帰りました。

週の終わりは仕事で普段あまり行かないところへ。
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朝昼晩とご飯が提供される終日の寄り合いでしたが、見たいプログラムは昼だけだったのでお昼ご飯をいただいて中座しました。唐揚げ、焼き鮭、ひじき煮、たくあん、卵焼きという完璧に日本のスーパーの味がするお弁当。逆にどうやって出したのだ、この味。びびる。
本当はお抱えのシェフが腕を振るう夕飯の立食パーティーが魅力的だったんですけど、打ち合わせやら、来週月曜からの出張の準備やらで職場に出向くことにしました。まあ結果それでよかった。

* * *

また楽しそうなイベントに誘われていたのですが、出張日程の伸縮が読めず参加断念していました。結局行けば行けたことが判明したのは今週後半。残念。誘ってくれた人は「またの機会があるよ」と言っていましたがどうかな。とりあえず出張から帰ってきて遊ぶ予定が月末に一つ確保できました。それを楽しみに。

* * *

夏が完全に終わり、木曜の夜は肌寒いくらいになりました。最後の冬に向かいます。といっても本当に最後なのか?という疑問がよぎる今日この頃です。

来年はアメリカがビッグイベントの年で、早くも走り出す時期にさしかかっているようです。周囲の人たちはそのイベントが峠を越える2024年末ごろ、あるいは2025年までの任期延長が決まったか決まりそうな状態。

弊管理人とほぼ同時期にDCに来た人たちはかなり延長するのではないか。弊管理人はイベントにあまり関心がないし、後任が2024年後半になって来るといきなり全力疾走が求められて大変そうなので7月末には帰るつもりでいますが、いや7月末に来ても生活の立ち上げに2カ月かかったらどっちみち辛いのかも。しらんけど。
まあしかし、弊管理人の処遇を今から考えている人は誰もいないというのが最も有力。

* * *

何冊か本を読み終わって、メモを残しておこうと思っていたのにずるずると時間がたってしまいました。どれもすごくいい本でした。

◆エリカ・チェノウェス(小林綾子訳)『市民的抵抗』白水社、2023年。
抵抗運動(本書ではアウトカムの見やすさのため、体制変革という高い目標を掲げる運動に絞っている)が成功する条件に関するエビデンス集。よく組織され、持続性があり、広く支持される非暴力運動の成功率は結構高い。暴力的抵抗よりずっと高い。ただし権力側が利用できる監視技術の発展によって、近年は少々難しくなっているようでもある。なんでSEALDsがだめだったかとか、ハッシュタグ運動になんで見込みがないかが分かる気がする。

◆今井むつみ、秋田喜美『言語の本質』中央公論新社、2023年。
出発点としてのオノマトペ=記号接地、ブートストラッピングによる言語習得、そして創造・アブダクション。

◆坂牛卓『教養としての建築入門』中央公論新社、2023年。
建築の鑑賞/受注から完成まで(弊管理人は実務を全然知らないので、ここが新鮮だった)/社会と建築の相互作用。手軽でするする読める本だが、筆者の構成と図式化のうまさは飛び抜けていると思う。アメリカで教育を受けたからですかね。

2023年09月04日

夏の終わりの3連休

9月4日(月)のレイバーデー(勤労感謝の日)をもってアメリカの夏は終わるそうです。
なんか7月半ばくらい、南西部が地獄の業火に焼かれてたような気がしますが、あれがもう2カ月近く前だと思うと夏はまじであっちゅう間だったと思わざるを得ません。

【9/2】

土曜はアメリカ人の友達に連れられて、DCに家を買ったカップルを訪ねることになりました。
広大な裏庭と深緑に壁を塗ったリビング、主寝室と書斎と客用寝室、地下室もあってワインセラー作るんだ~みたいな素敵なおうちは1916年築とか言ってたかな。ベジタリアンの人たちが野菜の寿司を食ってる下を二匹の犬がちょこちょこ歩いては弊管理人が差し出した手をベロベロ舐めるという、何この豊かな生活、というお宅でした。

【9/3】

日曜はこのグループでワイナリーに行きましょうかね、という話がいつの間にかプールにしようということになっており、午後からカップル宅で会った姉妹の住んでるアパートの屋上のプールへ。
36度。9月なのにプール日和です。
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大きくはないけど、水に浸かったり、持ち込んだお酒を飲んだり、他のグループと喋ったり。持ち寄りのお酒の十数ドルしかかかってない。社会関係資本が豊かな人たちはこうやって互いに訪問しあい、ストックしてるお酒やらもらった飲み物やらを飲んで、噂話とか新顔いじったりとかしながら喋って喋って、安上がりに楽しく週末を過ごしてるんだな。

それとは対照的に、孤独な人は自分で頑張ってイベントを作り出し、割高な一人料金を支払い、アリバイみたいな写真を撮って何かした感じの休日を演出しなければならない。すごい格差、というか何の地獄なんだ、それは。

そんなこんなで14時過ぎからばらばらと集まって、18時過ぎにおいとましました。

友達が「腹減った」というのですぐ近くのユニオン・マーケットへ。友達は耐えきれず、半額セールをやっていたパック寿司をがっついた。
それで精神が少し落ち着いたというので、先日同僚と行ったSt.Anselmに入り、予約がなかったのでちょっと待って席に案内されました。人気店だな。

NYストリップとサラダと焼いたマッシュポテトを頼みました。
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ステーキは1人分は食べきれないのでシェアする、と言ったら最初から別々のお皿に分けて持ってきてくれた。サービスいいね。そしてステーキとソース、セロリやフルーツがかつてない清涼感を出してるサラダ、外こんがり・中もっちりのマッシュポテトとすべてがうまかった。この店すごいわ。そして注文の組み合わせも完璧だった。つまりわれわれの勝利でもある。

満ち足りて友達送って帰って寝た。

【9/4】

車を持ってない友達が買い出ししたいというのでDCのスーパーLIDLへ。同じビルに入ってるMarshallsというデパートにふらっと入った友達は化粧品が安いことを発見し、100ドル使ったらしい。

そしてLIDLでもおっそろしい量の食料を買い、安売りスーパーなのに100ドル使ってました。

「セロリがなかった」といってTrader Joe'sという別のちょっといいスーパーに転戦してセロリどころではない量の買い物で80ドル。「家に食べ物がなくてピザをとってしまった」と話していたかわいそうな状態の人をスーパーに連れていくとこうなります。しかし向こう2週間は食うに困らなかろう。知らんけど。
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自宅まで送ったら「寄ってく?」と言われましたが、明らかにお疲れの様子だったので、お邪魔してはならんパターンだと思い辞退しました。本人もちょっと安堵した感じ。大正解だったよう。つうかアメリカ人は社交辞令言わなくていいのよ笑

で、弊管理人はしめじとえのきを買い足しにアジアンスーパーへはしごして帰りました。

* * *

これで夏と夏休みはおしまいかな。というか自分がなぜアメリカにいるのかを忘れるくらい遊びほうけた夏でした。

9月はわりと今からいろんな仕事の予定が入っており、休み明けからどばっと勉強しないといけない感じ。10月初旬にちょっと面倒な仕事をこなしたら、いったん一息ついたのち全然気乗りのしない元同じ部署のパワハラ野郎からの頼まれ仕事に目鼻をつけて(今はもう立場上の繋がりはないので、面倒なことを言いだしたら断る気は満々です)、12月は長めの海外出張と一時帰国、というところまで走り抜けるのであります。たぶん。

2023年08月13日

ジャフィとオッピー

いつまであったか覚えてないのですけど、たぶん小学生の頃(1980年代)まであったロッテのジャフィっていうビスケットが大好きでした。ビスケットにマーマレードを載せてチョコをかけたようなやつ。大好きだったのに販売されなくなってしまって、ときどき「また食べたいなー」と思っていました。
何の気なしに土曜にLidl(発音はたぶんリドル)というスーパーに行ってお菓子のコーナーを見ていたら、似たようなのがある!!
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買って食べたらほぼそのままでした。Lidlのマークが箱にあるので、オリジナルかな。車輪の再発明!(意味がちがう)おいしいものは一旦滅びてもいつか誰かがまた発明するのだ。
というか30数年ぶりじゃないだろうか。今度こそ途絶えさせないでほしい。危なそうだが。

* * *

映画「オッペンハイマー」を見てきました。アメリカで映画館行ったの初めて。
第一には聴覚障害の人のためなのだろうけど、おそらく英語ネイティブじゃない人にも向けて、字幕(Closed Caption)を見せてくれる機器が無料で貸し出されていました。ありがてえ。
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いくつかタイプがあるようで、これはカップホルダーに根本を挿して、視界の下の方にディスプレイを持ってくるもの。眼鏡型もあります。どこかから受信しているようで、タイミングまで含めて普通に字幕でした。すごく助かった。難しい話だし、これがなかったらほとんど理解できなかったと思う。
ちなみにアメリカの映画でも字幕がつく曜日・時間帯も設定されているようです。

当時の有名な物理学者や、前に公文書を漁ったときに出てきた軍人も出てきて、核兵器の最初の一歩がどうやって記されたか、そのときの雰囲気がどうだったかというのが感じ取れて大変面白かったです。そしてこれはかなり強烈な反核映画で、しかし核廃絶は無理というシニシズムも同時に漂わせている。アメリカで描けるギリギリを探っているようでいて、かなり手前に踏みとどまったのだと思う。

バーベンハイマーのしょうもない騒ぎで日本導入がどうなるかみたいな話も耳にしましたが、これは絶対に日本でやるべき。強烈な感情、あるいは議論を喚起することができれば映画は成功といっていいし、その意味でこの映画は成功するはず。3時間は長くなかった。

ところでアメリカの映画館は椅子が一人がけのソファみたいで座り心地がいいです。上映開始時間から30分くらいは宣伝をやっており、上映開始時間を過ぎてやっと人が座り始めるあたりがさすが、時間通りに始まらない国。そして一抱えほどのポップコーンを買ってきて食う。それを席に残したまま帰る。エンドロールを最後まで見る人が誰もいない。終わって明るくなると掃除の人が入る。

* * *

分割夏休みの一発目が火曜から、で、何するか決めてなかったんですが、さんざん迷った挙げ句にシカゴに行くことにしました。

* * *

年末年始の帰省の特典航空券をとりました。燃油サーチャージ、去年は11万円かかったのが今年は6万円(400ドルちょい)でした。うーん、まだましか。

* * *

先週の仕事は、何かと手間暇かけて作ったものがそれなりに受けたようでよかった。

2023年08月06日

郷里と宴と酒

重要なお客様的存在であるところの郷里の新聞社の子ども記者ご一行がDCに来て、夕飯に同席せよとの下命があったもので、シフト勤務を抜けてボスと一緒にジョージタウンに出向きました。

あまり予算がないか、おいしい店の情報がないかかなという感じの、いかにも観光地の海鮮レストランで、ご一行が「アメリカのご飯はまずいと聞いた」「イギリスのメシもまずいと聞いた」「アメリカ人は折り紙が折れないから鶴を折って持ってきた」などとおっしゃるので「うまい店は住んでる弊管理人が知っている。観光客には探せないだけ」「折り紙は教えれば折れるだろ、しらんけど」などと腰を折り、「ワシントンに来た動機を教えてください!」と聞かれたため「ないよ!」と答え、「STEMについて知りたいんです」と言われたので「教育については興味ない」と言い放つなど散々。

最後の挨拶はボス、もう一人の来賓、弊管理人の順番となり、前2人が長かったので弊管理人は「日本はもうだめだと思うので、英語と中国語を習得し、理系の博士号を取って脱出してください。頑張ってね!!」とエールを送りました。ずしっと重いお土産をもらいました。東京―DCっていま航空券が往復40万とかするんですけど、これでよかったのでしょうか。。

帰る途中に見かけたホームレス氏。
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CASH APP HOMELESSとIDらしきものが書いてある。ホームレスもキャッシュレス時代。さすがアメリカ。

職場に戻ってお土産を開けたら、軽井沢のホテルのドレッシングやらジャムやらの詰め合わせでした。そりゃ瓶は重いわ。マーマレードを置き引きしました。ごちそうさまです(夕飯ともども)。

* * *

DC滞在が4年を超えた同期と、2年の任期を終えた1期下の同僚が日本に帰るというので、職場で送別会が催されました。今回の幹事はよく遊ぶおとうさん。いいとこの子(たぶん)で口がきれいだが揚げ物大好きというアンビバレンツな彼はTakohachiといううちの近くの日本料理屋が好きで、そこの寿司をオーダーしたいというので偵察かねて前日にちょっとメシを食いに行きました。
おしゅし~
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日本人がやってるんですよ。本番用には100ドルのパーティーセットがあったのでそれにしたら、でっかい桶二つに握り50巻と巻物30切れ。映えて好評でした。よかったよかった。

* * *

土曜は一日仕事。昼過ぎに抜け出して、DCの東のほうのHarris Teeterに食料品を買い出しに行きました。
日曜はワイナリー探訪。Walsh Family Wineryというところに行ってみました。
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グラス1杯だけ、と思って頼んだらオヤジがどっぼどぼついでくれて結構酩酊。というか捕まったら飲酒運転で強制送還の気配だったので、近くのマクドナルドでおやつにチーズバーガーとナゲット食って酔いを覚ましました。そのあと初めてのウォルマートで買い物してる間に回復、帰りました。

* * *

夏休みは8/21-30のつもりが、その日程の中に出張が2つ入ってズッタズタなので休みを2分割してずらして取ることにしました。まあ何も用意してなかったからいいか。

2023年07月30日

川を流れる遊び

浮き輪に載って川を流れる遊び(Tubing=チュービングと読む)に行きました。土日で一泊二日。
アパラチア山脈の懐、DCからはまっすぐ西といったところ。最寄りの街はリュレーLuray。
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画像はGoogle Mapsからいただいて加工しています(以前はリンクしていたのですが、古くなるとリンクが切れたりして使いにくいので)。
シェナンドー川は拡大するとこう。くねくね。
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朝7時半くらいに、今回誘ってくれたDCの友達をピックアップして、去年行ったスカイライン・ドライブの入口の街フロント・ローヤルまで1時間ちょっと。スーパーで買い物してガソリン入れて集合場所までもう1時間というところです。わりと近い印象。東京から清里いくくらいかな。
キャンプ場併設のチュービング屋(?)に車を停めて、払い下げのスクールバスでスタート地点に向かいます。てかアメリカ生まれじゃなければスクールバスに乗る機会ないよな。すごい珍しい機会かも。ガソリン食いそうな音して走ってました。これを電化するっつって今の政権が言ってたけど、まじ大事だと思う。
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バス降りて浮き輪借りて出発です。クーラーボックスを持ってる人が結構いて、どうするのかなと思っていたら、輪の中心部にちゃんと底がついてる浮き輪もあるのでした。
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前の日に夕立的な雨が降ったようですが水量は思ったほどでもなく、水温高めだし流れは歩くより全然遅いしでゆったりです。
ロープでグループの浮き輪をゆるく連結して流れていくので、「ビールとって」とか「空き缶をゴミ袋に入れてちょうだい~」とか声を掛けてはモノがリレーされていきます。一度昼ご飯のために川べりに上陸して、また流れる。
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弊一団は20人!そういや何の人たちだっけ?と思ったらPeace Corps(アメリカ版の青年海外協力隊)の同窓会的なやつらしい。しかもメンバーの知り合いで、特にPeace Corpsとは関係ないテキサスの同郷友達グループみたいのが連結され、さらに弊管理人のように友達の友達ですみたいな人も混じっており、おおかたは「だいたいの人は知ってるけど初めての人もちらほら」というちょうどいい会でした。
で、やることはやはり、ソファみたいに座り、飲み、喋る、に尽きる。
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途中いくつか上陸ポイントがあって、そこで待ってるとスクールバスが拾って出発地点まで戻してくれるシステムです。17時が最終だからねと再三念押しされていましたが、この一団は全然時間を気にする気配がない。

弊管理人を含め、一部「やばいのでは?」と思って頑張って川底に足をつけて引っ張ろうとした人がいたが、他は飲んでて全く手伝う気配がない。さらに他のグループと浅瀬で飲み始めちゃう人もでた。このあたり奴隷制(働く人/遊ぶ人の截然とした区分)を経験した国だなっていう気がする。頑張った人は頑張るのをやめてただ浮き輪で流れ始める。弊管理人も「しーらない」というモードに入って、ただ浮いてるだけの人になりました。
最終地点に着いたのは18:30とか。

しかしバスは待っており、普通に帰れました。
そうなんだよ。この人たち置いて営業終了しちゃっても帰れないし、それ分かって置いてくのはダメだと思うし、浮き輪も回収できないし、流れが緩やかすぎて少し前にも2グループくらいかなり遅れたところが出たしで、待ってないはずがないんですよね。「だってしょうがないじゃん」が前提の商品設計。世の中みんながルーズなので、スタンダードはルーズになる。これはこれで一つのあり方。2,3人だったらどうなってたか分からないけど、20人だしね。

かんかん照りの中、6時間くらい水の上でわーきゃーやった後なのに、帰りのスクールバスではメンバーむっちゃテンション高くて全力で喋っており、あースクールバスに乗る子どももこんな感じなのかなと思うようなネイティブ同士のはしゃぎ方が見られてよかったです。閉鎖空間でこれやったらそりゃ疫病は広まるわ。
本場の「ファックユー・メーン!」が聞けてすごい高揚した、と友達に言ったら笑われました。

グループには日系人も1人いました。サカモトさん。日本語の単語も「チョット」くらいしか知らなくて、話すところ聞いてたら完全にアメリカ人。とっくり話してみたかったけど浮き輪が遠くてなかなか機会がありませんでした。しかしルーツではあるが祖国とは思ってなさそうな国からきた人(=弊管理人)と会うってどういう感じなのかね。この人は土曜の夜にDCに帰るというので、みんなとハグしたりして挨拶してましたが、弊管理人には「あっどうしたらいいんだ、お辞儀?」みたいに立ちすくんでしまい、弊管理人もなぜか立ちすくんでしまい、「じゃ……」みたいな感じで別れてしまいました。

シャワー浴びて弊管理人はだいぶぐったりしていたところ、一部の人はぱきぱき準備をして(しかしやはり準備係以外は働かない)夕飯です。
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キャンプのならいでゲームが始まりました。Never Have I Everやったことある?って聞かれましたがないよ!何それ。飲みゲーらしい。手を開いて差し出して/順番がきた人は自分がやったことがないことを言い/他の人はそれをやったことがあれば指を折りたたんで一杯/誰かが0になったら終わり。よく分からないので飛ばしてもらいました。
次に鳥の声まねを回り番でやるというのが始まり、これはなんか鳩のまねをしてしのぐなど。
そして怪談。青年海外協力隊なのでアフリカで手に入れた仮面にまつわる怖い話などがいかにもで、それやってるうちに眠くなってきたので寝ました。

朝。わりと寝られた。アマゾンで買ったキャンプ用マットは優秀。あと念のためにと持ってきた長ズボンも重宝。さすがに山なので夜半は寒かった。
帰りはDCに住んでる二人を乗せて計4人になったのですが、「これどうすん……?」というくらいの量の荷物を、弊管理人のちっちゃいレクサスの後部だけじゃなくて4人全員の足元やら後部座席の真ん中やらに置いて奇跡的に詰め込みおおせました。

わりとサクサク片付けて、「フロント・ローヤルのダイナーにいこう」というので20人で押しかけました。Our Hometown Dinerというところ。結構小さいお店なので若干並びました。
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テーブルは弊管理人の車の4人。シナモンロール4つに切ってもらって分けて、コーヒーがぶ飲みして、ビスケットのグレービーがけのモーニングを食べました。
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同じテーブルの4人は駆け出し弁護士、国際機関勤務、コンサルにて政府系の仕事、ということでキャッキャ遊んでたわりには堅いな!そしてキャッキャしてたと思ったら「少子化の日本が外国人に門戸を広く開く可能性についてどう思う?」と突然ぶっこまれた。油断ならない。

そんで1時間ちょっと走ってDCのいいとこのマンソンで2人を降ろし、最後に友達を降ろし、洗車して帰宅。大お洗濯大会、疲れのせいか頭痛がしたので薬を飲んだら軽快、残り物で夕飯にして今に至ります。

それにしても、酒を用意する人、メシを用意する人、アレンジする人、など分担していたようで、弊管理人は酒代の40ドルくらいと川流れの20数ドルくらいを負担しただけ。あとは友達とのテント折半と寝るためのマットとかで数十ドルの世界で、現地人はこういうことして楽しんでるんだなというのが分かった。げに重要なのはつながり。
アメリカ人ばっかの中に英語のおぼつかない日本人が混じってどうかと思ったけど、まあ海外経験ある人たちばかりなのもあってか抵抗はないようであった。友人からは「知らない人ばっかのところに行ってどうなるかなと思ってたけど、sweetって言われてたよ!」教えてくれましたが、sweetって「良い人」という意味もあるが辞書みると(especially of something or someone small) pleasant and attractiveとあるぞ?Kawaii……?
ともあれ、今回だけでも初めてのことがいろいろあって貴重な機会でした。

春先までの状況だったら、昨日今日もなんとなく出掛けて一人でぼそぼそメシ食って、今週食べるものの買い溜めをして終わっていたことでしょう。後半にさしかかって急にこんな事態になるとは予想していなかったが、ありがたいことです。

世界は所によりえらいことになっているが、浮き輪に載ってダラダラと酒を飲む人たちもいるという話でもあるが、まあね。

* * *

そういえばベライゾンは今回のキャンプサイトとか川流れの最中ずっと圏外で、結局丸一日、音信不通になってしまっていた。Tモバイルの携帯持ってた人は電波が入っていた。ベライゾンあかん……

* * *

で仕事はというと、(出身部じゃないところが)うっざ、というかもうなんかフェードアウトしたいのに(だめだが)追いかけてくるのやめて?みたいな状態。いくら評判落としても諦めてくれるならそのほうが全然いいやと思っていたら、「なので仕事させてみよう」みたいになりかねないの危険。

あと、先週は眼精疲労する仕事が多かった。目をいたわっていきたいです。

* * *

◆清水亮『教養としての生成AI』幻冬舎、2023年
役立ちそう度でいうと60点くらい。。

2023年07月22日

先週は蒸し暑かったですが、今週は暑さが一服しました。
ジョージアのほうでは何やら荒天で被害が出ているようですが、それくらいの粗い印象でいろんなものが過ぎていった2週間。

このごろなかよしのプエルトリカン氏とメリーランドのワイナリーへ。
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あと、今週は高台のブルワリーへ。飲んでばっかだな。
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この人のいいところは、いいと思ったら褒めてくれるところで、やりがい爆上がりです。
こちらも褒めてまいりたいと思います。
日本語を使わない対人関係ができるのも貴重。

* * *

上記プエルトリカンがポケモンGOをやっているので「ポケットモンスターって英語だと卑猥なニュアンスがあるから名前変えたって聞いたことあるけど、そう?」と尋ねたら、ちょっと考えて「あーそうだね!」と。「でかいチ○コ」という意味になるそうです。

* * *

【今日の英語】
booはスラングで彼氏のこと。発音は「ブー」。彼氏も彼女も包含したジェンダーニュートラルな言葉はbaeだそうです。発音は「ベ」。全く知らなかった。これはジーニアス英和になかった。

* * *

PanasonicのBluetoothイヤホン、2年余り使って若干誤動作がみられるようになってきたのを機に、Jabra Elite 4というのに買い換えました。Panasonicのは2万円くらいしましたが、今度のはアマゾンで値引きになったタイミングで79ドルなので半額くらい。
・筐体がコンパクトなので、耳につけた時に飛び出さなくて見栄えがよい
・ノイズキャンセリングの性能が上がった感じがする
まだ使えるイヤホンの買い換えってどうなんと思いながら使い始めてみましたが、結構いい買い物だったと満足しています。

* * *

東京の出身部ではない某部署からなんか不快なメールがきたので抹消した。
必要性ではなく「やっといたほうがいいから」みたいな動機で物を言うノイローゼは近付くと損するので、残り任期はできるだけこちらの姿を見えないようにし、あちら部署との接触も最小限にする所存。

2023年07月09日

外で音楽

木曜、久しぶりに中規模の仕事が(予想通り)発生しましたが、準備してあったものを放出して弊管理人のパートは早々に収拾したので、そのまま「シーフード食べたい!!」という同僚と夕飯に出ました。今回は同僚の提案でデュポン・サークルから歩いて数分のHank's Oyster Bar。
あっ幸せ度の高い色合い。
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大粒の牡蠣ってこっち来て初めてかもしれない。幸せ。

同僚は東京にいたときは競争の激しい職場にいて、毎日仕事先と飲んで遅くに帰る生活だったそうなのだけど、こちらに来てからすっかり日本人と付き合わなくなり、代休もしっかり取って犬ちゃんや息子ちゃんとハイキングに出掛けたりしているそうです。

一方で仕事にはもはや希望はなく、それはアメリカ暮らしを「勝ち取る」という目標を達成したからとの自己分析だそうで(ついでに今の会社も小さい頃から入りたかたったんだそう。奇特だな!)、なんかちょっと方向性を失ってるのかもしれません。そのわりに同じ担当の同僚がこのところガツガツ仕事をしていることに焦りもあるようで、なんか難しいねえ。

弊管理人の見るところ、それは人生の目標喪失という深刻な事態ではなく、5月末から一時的に訪れた超繁忙状態が過ぎ去って、反動で結構力を抜いた状態がそろそろ長くなってきて、そわそわしてるというのが大きい気がします。まあ目標を達成しちゃって次がよくわからないというのもちょっとあると思いますけど。

上記とあまり関係ありませんが、40代中盤、会社的には自分の裁量とか我が儘の余地がでてくるところ、なんかこのステージでちょっとダメになっちゃう人、いるな。自分では手を動かさない代わりに頭でっかちになって、他人に自分の思い付きを実現させようとしたり、インプットを欠いた「ゴ指導」とか「大きな絵を描くこと」が仕事だと思ったり、他人を貶して自分のプライドを保とうとするロートルが有害だと思う。そしてそれは方向性が「変わった」のではなくて「強化された」状態であり、その原因は気力・体力が落ちてきたことなのだ。たぶん。

* * *

それはそうと、金曜は前からチケットを買ってあったコンサートに行ってきました。
会場はいつものケネディセンターではなく、バージニアの街外れにある国立公園・ウルフトラップ。確か唯一のパフォーミングアーツ用の国立公園じゃなかったかな。半野外のコンサートホールがあります。
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クーラーボックスを持ってきてなんか飲み食いしながら芝生で寛ぐ感じ。
ホールの横では酒とめしを売ってます。
屋根の下の座席から振り返ったところ。木造なん?結構マッシブです。
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どこまでやっていいのか分かりませんが、キャップかぶったままの客もいるし、演奏中も写真とったりしてるんですよね。ということで弊管理人も1枚失礼した。すごいいい席を確保したのが分かると思う。
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今回は明確な目的があって、モスクワ生まれの若手ピアニスト、マロフェーエフがソロを弾くラフマニノフの2番。3番の動画がyoutubeにあるのを教えてもらって、おおこれは一度ナマで見ておこうと思ったのでした。
テクニックはすごい安定していて、自分勝手な演奏をするのかと思ったら、打ち合わせの上でオケを思い切り走らせておいて飛び乗るという方式。実は指揮者をよく見ており、緩急や歌い方はとてもしっくり来た。超僭越だが「うまい弊管理人」。
会場の特性だろうけどピアノの音量はオケに負けており、脳内補完を相当しないと聞こえなかった。観客は立って拍手したけど、一度マロフェーエフが引っ込んだら拍手が止みかけ、若干つんのめり気味に出てきてアンコールを弾くという背筋の冷える場面も。

メインディッシュはホルストの惑星を、めっちゃでかいスクリーンで観測画像などを見ながら鑑賞するという企画。映像を弊管理人がもともと持っていた知識を使って見るという気散じをしてようやく聴ききった。このいかにもイギリス人が書いたヤマもオチもない退屈な組曲は、視覚情報がないとつらい。ナショナル響の演奏はよかったです。
帰りは予想通りクッソ渋滞。でもまあ急ぐ予定ではないのでゆっくり帰りました。

* * *

土曜は友人のZ世代とまたHan Palaceに点心食べに行っておしゃべり。

5月にケンタッキーのカレッジを卒業して、学位を取るための最後のステップとしてDCの都市農園やってるNPOでインターン中。地元で仲良しだった女の子とルームシェアしているが、8月にはいったんケンタッキーに帰ってお母さんの誕生日祝いがてら10月からのスペイン行きを準備する。スペイン南部の田舎町で英語の先生をやるけど、モロッコとかイタリアに旅行するのも楽しみなんだって。

お母さんはもと軍隊にいたことがあって(軍人かどうかは聞き忘れた)国外各地に住んだことがあるけど、それは彼が生まれた頃には退役してたので自身は中南米以外は国外旅行したことないと言っていた。「帰ってきたら故郷のケンタッキーじゃなくてDCに住むと思う」。親戚や友達もいるしねって。いろいろ自分で決められる年代だし、そういう社会だよね。

それにしても話は一貫してるし、世の中のいろんな仕組みについて一通りの理解と意見を持ってるし、23歳を感じさせないな。アメリカで中高過ごした友人(日本人)に言わせると「アメリカの大学出たくらいの子はほんとしっかりしてる」ということなので例外的ではないみたい。といって弊管理人自身の20代前半はどうだったかというと、いろんな滋養を純化した形で摂取してから日が経ってないせいか、それなりにいろいろ分かった感じの喋り方をしてたような気もするので、そんなに違いはないのかもしれないが、記憶を捏造している可能性もある。

彼の家に送ってから、おとといの夜に切れたフロアライトの電球を買いにBest Buy(ヤマダ電機みたいなチェーン店)に行ったがなかった。普通のより口金が一回り小さいE17、そんな珍しいっけ?Target(イトーヨーカドーみたいなチェーン店)にもなかった。結局、帰ってきてアマゾンで注文しました。

この際、うっかり傘を持たずに出たらスコール。今年の夏は去年より蒸し暑い気がする。エル・ニーニョ来てるしね。部屋の湿度も高め。冬の間は、前夜に洗ってカゴに入れておいた皿やグラスが朝には乾いていたのが、このところ乾いてない。

* * *

とか言ってるうちに7月上旬が終わるのびびる。

2023年07月04日

夏夏言う日記

最近とみに早起き。体が夏や。
ということで7月4日の独立記念日です。某所からお勧めがあったのでワシントンのお家であるマウント・ヴァーノンでイベントを見てきました。朝6時に目覚め。車で30分。9時開園。余裕。

ワシントンが独立宣言の読み上げを聞いていた。
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なんというかコスプレ会みたいでした。all men are created equalというフレーズが空々しいですね。
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しかしまあ豪華な立地と建物。
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名前の分からない奴隷の墓がいっぱい見つかったあたりにある碑。近くにあるワシントンのお墓には行列ができてましたがこっちは楽々アクセス。あと近くには「ここができた頃には先住民はほとんどいませんでした」(!)という説明書き。まあ奴隷制と虐殺でできた国だということを思ってしまうよね。
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アメリカに帰化する人たちの式典もやってました。その脇には「選挙人登録をしよう」というブースあり。
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植物園。
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この花が蜜蜂に異常に人気だった。
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帰りに売店見たら蜂蜜売ってました。アントレプレナーシップ……

暑かった。

夕方から、同業他社の人とご飯食べて、DCの花火を見に行くことになりました。
提案があった、デュポンサークル近くのBistro du Coinは前から行きたかったところ。やった!
中いい感じやん~
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029~
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でもって歩いて下っていくと、ナショナルモールには荷物検査だけですんなり入れてしまいました。すっごい人。
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去年はかなり離れたアーリントン墓地から見た花火ですが、今年は近くで見られました。予想外に迫力があって、夏・始まった!!っていう気分になりました。
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すごい人数が一斉に帰るのですが、雑踏警備ほとんどなし。でも押し合いにもならないし、地下鉄駅も混んでるけどするっと乗れて帰宅できました。60万都市の人口密度ね。とてもいいと思う。
疲れた。楽しい夏になってほしいです。

* * *

そういえば咳と鼻水は6月半ばにあらかた消えました。
部屋の湿度が冬の間は20%台まで落ちるところ、60%くらいをキープするようになったのが大きいのではないかと推測しますが、単純に時間による回復かもしれないし、気温が上がってきたせいかもしれません(暖かくなるタイミングからは遅れたが)。

5月に受けた健康診断の結果がきて、血液検査では好酸球が高かったことが分かりました。つまりアレルギーだ。コロナの持続感染とか臓器損傷による後遺症ではなさそうでちょっと安心。今年アメリカ人たちがやたらひどかったという花粉症だったか、何かのダストか。先日、カナダの山火事で空気が悪かった時にも咳がぶり返したので、なんかそういうものに反応しているような気もする。

2023年07月03日

しちがつ

7月一発目は写真もなく箇条書き。
→【追記】部屋の写真足しました。

・カナダの山火事の煙が流れてきてDC界隈の空気質が最悪だったので在宅多めだった
・仕事はわりとしていた

・アメリカ人の友達の家に行って映画見てカウチでピザ食べた。すごいアメリカっぽい
・一緒に映画見ながら食べたり飲んだりしようと思ってスナックとワインを持っていったが結局消費せずに置いて帰ってきてしまった。翌日「スナックありがとう!」といって食べてる写真が送られてきた。ま、これはこれでいいか

・ハーマンミラーのAeronていう椅子がきた。
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新品を買うと$1200超するが、ebayでニューヨークの業者から新古品(Open box)を$500ちょいで買ってみたもの。評判のいい椅子ではあるが、そこまでかな?という気はする。しかし初日はさらに違和感があり、それから日が経つほどしっくりきつつあるので、ひょっとしたら馴染む必要のある製品なのかもしれない
・なにより何度も書くが、足元のフットレストが秀逸です。ほんと姿勢が楽になった
・ソファがないのに椅子が3つになってしまった。でもデスクチェアをわざわざ電ピのところへ持っていって弾くのは面倒といえば面倒だったので、これはこれでよし

・焦がしネギのそばつけ汁を研究しており、わりといい線いっているのではないかということでラーメンへの応用を図っている。ラーメンが好きなわけではないが、そばが続くとさすがにちょっと変化が欲しくなってくるため

・先週末に外仕事でめたくそに焼けた頭が脱皮期に入り、ゴミが落ちてくる

・日曜は珍しく夕方に昼寝。30分後に目覚ましをかけたが案の定2時間寝た。でも寝られそう

・Kindle Unlimitedおためしで2ヶ月間、99円/月。ラインナップはいまひとついけてないものの、正規の990円/月でも雑誌を2冊読めば元が取れるのはまあいいといえばいい。更新するかどうかは微妙だが

・なんとなく仕事の予定の混み方が緩和した感じがするんだけど、ひょっとして世の中、夏休みモードに入りつつある??

* * *

今週いろいろと勉強になった英語。アメリカ人の遊び友達ができたのがでかい。

・JK =Just Kidding。テキストでjk, jkと言われた。「冗談冗談」ということね。

・sleep in 「いつもより遅くまで寝る」の意。
I'll sleep in tomorrow.で「明日は寝坊するんだ~」

・play it by ear 「臨機応変に」。これは全く知らなかったし意味も推測できなかった。ググってやっと分かった。
Hmm, I think I might be a little busy during the day Saturday but closer to the evening should work. We can play it by ear :) うーん、土曜の日中はちょい忙しいんだけど夕方近くならいけると思う。ま、空気で。

* * *

◆町田健『チョムスキー入門』光文社、2006年。

仕事上の都合でちょっと。アンリミテッドで読めるので加入した次第(フルで本代払いたいわけでもない読書だということ)。大学生のころ言語学どうかなと思って覗いて、結局あまり興味が沸かなかったのを思い出した。

2023年06月26日

酒・女・歌

2週間ぶりの日記。

前の土曜は、同僚および仕事先の人をDirt Farm Breweryに連れて行きました。
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二人とも喜んでくれたようでよかったよかった。

日曜は友人とタイソンズのHan Palaceで点心。
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あっここはよい!
車でここにくる途中に音楽かけてたらコルンゴルトのバイオリン協奏曲が流れてきて、友人が「これ何?」っていってスマホを近づけました。Shazamというアプリに聞かせると曲名を調べてくれるのだね。インストールしました。

この土曜は仕事でした。
ロー対ウェード転覆から1年。ユニオン駅の前の広場で中絶擁護の人たちと反対の人たちが集会と、最高裁までのデモ行進をやっていました。当然というか女性多いね。で、ご多分に漏れず集会の開始予定は30分以上遅れ、そのあと30分くらいで終わるかなと思っていた入れ替わり立ち替わりの3分スピーチは当たり前のように伸びて、一向にデモが始まらないことに一部の参加者はridiculous!!と激怒していました。弊管理人は途中から嫌になって日陰でうとうとしてました。朝が早かったので。
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古いフェミみたいな人たちが多かったですが、若い人もそこそこいました。DC周辺は中絶制限にあからさまに動いた州はそれほどないせいか「自分や周辺はまだ恵まれてるけど」といいつつ「全ての人の問題だから」とプラカードを掲げて最高裁を目指す人が多く、偉いなあと思いました。最高裁ではこれまた女性の中絶反対派がどんちゃんやっており、ドラム対メガホンで双方が応酬していて大変賑やかでした。

反対派は「中絶は殺人」「私の体は私のもの、ではない」。中絶の権利擁護派は「最高裁は身体に介入するな」「(女性のパンツはいた陰部のイラスト入りで)ここは私の土地」「統制すべきはペニスのほう」などとメッセージは激しめ。
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プラカードは両面にメッセージが書かれており、メガホンで叫ぶ女性たちを正面から撮影しても映り込むし、最高裁に向かって拳を振り上げている人たちを背後から撮影しても読めるようになっている。グループにより緑のスカーフやピンクのプラカードと色を統一しており、運動はとにかく静止画にせよ動画にせよ「撮影されて映えること」を必要としているのだと思いました。

雨は大丈夫かなくらいのつもりで帽子もサングラスも日焼け止めもなく丸腰で行ったらかんかん照りになってしまい、すごい焼けました。まずい。会社に帰ってからずっと氷をハンカチで巻いて冷やしてましたがどうなるかな。

そういえば原告のロー(仮名)はその後、中絶反対派になったのだと同僚に教えてもらいました。へー
そのあと24:40まで仕事して、結構疲れて寝ました。

明けて日曜は、両足首を痛めた友人を車で拾ってシャーリントンというちょっと南の街にあるCopperwood Tavernというレストランでブランチ。
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朝「めしくう?」という話をしたときには「出掛けてもいいけど家で出前でもいいよ」と言っていたのですが、絶対あなた先週部屋から出てないでしょと思って、車で連れ出すことにしました。
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スモークサーモンのエッグベネディクト。ブランチっぽ~い。
「犬と二人きりでちょっとおかしくなりそうだった」とのこと。ほらあ。外出てよかったでしょ。プエルトリコ出身、ラグビー経験者の巨漢なんですけど、もともと怪我しやすい片方の足首を庇ってたらもう片方もやってしまったとのこと。痩せたら……と言いかけたものの、見てるとご飯もちょっと残すくらい小食なので痩せる余地はないなと思い直したのだった。「それでどうやってその体を維持してるの」という問いかけに答えはなかった。

ほんで夕方からは同僚宅にお呼ばれ。もうすぐ帰国です。
「自分で飲むものとスナック2種類お願いします」と言われてその通りに持っていったら、他2組はすごいいろいろ持参していた。ぐぐぐ。
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バーベキューはメリーランド州ジャーマンタウンといういかにもな名前の街にあるアミッシュのお店から買ってきたお肉。伝統的な飼い方で育てた牛だとかで、ホスト同僚の奥さんは臭みがなくて好きだとおっしゃっていた。
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確かに激うまであった。

それにしてもベセスダという国際色豊かな地域の一戸建ては広かった。正面には4台くらい停められる車止めとガレージ、バルコニーに椅子を置いて夕涼み。裏庭もあり、家主が「ドールハウス」と呼ぶ子ども用の小さな離れが建っています。
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何度も書いたと思うが、アメリカはカネがあるなら楽しいところだろう。
弊管理人抜いて3世帯はお子さんも来ていたが、すぐに仲良くなってスイカ割りしたりゲームしたりしていた。これもアメリカの環境が影響してる部分がちょっとありそうだが、やはりケンタッキーから来た黒人のZ世代が言ってたように、概して崩壊してる教育制度の中でお金のある地域が特殊に輝いているだけなのかもしれない。

おなかいっぱいご飯をいただいて帰ってきました。
この週末はぎっしり詰まってた。月曜は暴風雨という不穏な予報が出ているので、そもそも会社に行くかどうかが怪しい。

* * *

しかしボストンから帰ってからの2週間が光の速さで過ぎた。何をやってたかというと大したことはしてないが、ぱたぱたしているうちに1日が終わっていく感じ。

* * *

自宅にフットレストを導入。椅子を高めにして前傾になるのを避け、前腕を机に置いて少しリラックスした姿勢になれるようにした。とてもよい。これはイノベーション。いや大袈裟ではなく。
その勢いでちょっといい椅子を注文してしまいました。届くのは来週。

* * *

給与改定。海外用の給料に通貨レートとインフレを加味した指数を乗じて算出するのですが、この指数が昨年より2割くらい上がっており、この円安の中でドル転しても2022年より受け取りが上がるくらい額面が増えました。しかも弊管理人は来年の帰国に向けて計画的に銀行のドル残高を減らしていくため、ドルでの受け取りをこの4月から減らしてるので、円で日本の口座に入る分が異常に多い。ちょっと引いた。

* * *

咳、回復度95%くらいまできました。たまに咳、ときどき痰(しかし体力を使わない咳払いを習得したので負担感はない)、生活が侵されている感じはほとんど消えました。
単に時間がたったからかもしれないし、冬の間、水まきをしてるのかくらい加湿器を回しても28-29%だった室内の湿度が50-60%になり、外も暖かいという季節要因という気もする。いずれにせよいったん回復したらその状態を体が覚えてくれるとありがたい。

* * *

トイレットペーパー、6個入りより18個入りのほうがだいぶ単価が安いのでそっちにしようかなと思って手に取ったのですが、1カ月に1個として帰国までに使い切らないかもなと6個のほうにしました。そういう時期。しかしまだ1年以上ある。また25日が過ぎていき、滞在21カ月目に入っています。

2023年06月11日

ボストンなど

先週は月曜だけDCにいて、あとは金曜までボストンでした。日本語は月曜の数時間と、あとは電話で数分くらいしか喋りませんでした。珍しいけど本来の駐在の姿ではある。

えっと駆け足で。
出掛ける前なのにとうもろこしご飯を炊いてしまった。
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月曜の昼に食べたほかは、おにぎり2個作って、火曜の朝飯と飛行機内での間食にしました。

で、ボストンです。火曜、アメリカン航空の9時DC発の便に乗ろうとしたら、ばたばたし始めて「無期限遅延」が言い渡されました。もうほんとに私前世で何かしました?っていうくらい毎度普通に飛行機が飛ばない。
しかし段々旅慣れてきているので「やれやれ」とか言いながらカスタマーサービスのカウンターに並びつつチャットで解決を求めたりしておりました。カウンターで「まだ飛ぶかもしれないから、次の便のスタンバイに名前入れつつちょっと待ってみたら」と言われて「飛ばねーだろうなー」と思いながら待っていたら飛びました。珍しい。

空港に着いたのが昼前でしたが、日光がオレンジ。そういや上空からもほとんど街が見えないくらいもやがかかっていた。後で知りますがカナダの山火事で東海岸の大気汚染がえらいことになっていたらしい。
これは夕方ですけど、ほんとにこんな色の太陽でした。
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今回は4日間の出張で、メインは後半2日。そこにちょうど行ってみたかった展示会2日間をくっつけてみたのでした。展示会場を歩いて歩いて、講演聴いて聴いて、で終わっていきました。街はこんなですが、あまり見てる時間はありませんでした。
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ボストンは宿が普通に1泊300ドルとか500ドルしていて死にそうでしたが、3泊のうち2泊は招聘元が取ってくれるという有り難いことになり、自分で確保する1泊は民泊みたいなところにしました。100ドル。やっす。空港の近くにあるヒスパニックとか貧しめの白人が多い地域の長屋の一室でしたが、特に危ないことはなく、近くの中華屋で焼きそばをテイクアウトして宿の共有の台所で食って快適に就寝。

後半2日はハーバード大学医学部で研修みたいな感じの仕事。
これがなんか一番象徴的なホールらしい。仕事は右側の建物です。
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缶詰で入れ替わり立ち替わり先生たちが来てくれて講義が続く2日間。結構なじみのある分野だったので質問もいっぱいした、つもり。同席したのは同業他社の人たち10人くらい。何を間違ったか外国人は弊管理人だけだった。学校自体はアジア人が多かったです。
この2日間はむちゃくちゃ勉強になったし充実感がありました。頑張って書類作って募集に応じてみてよかった。これを無料でやってくれる心意気に報いたいところです。

ところでキャンパス近くのブルックラインという街は低層の古い建物が多い、ええとこな感じの地域でした。日本スーパーもあった。そんなに日本人いるの?

夕飯食べたのはプレーリー・ファイアという原野火災みたいな名前のバー。
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ドン・フライ的ラウンド髭で強そうだがくりくり目がかわいいおっちゃんバーテンダーに「魚のグリル食べたいんだけど一人だと多いかな?」と聞いたら「夕飯に一皿だったらちょうどいいと思うよ~」と言われたのでプロセッコと一緒にいただきました。
大西洋オヒョウ!
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ほくほくの白身でむっちゃうまかったです。何回か書いた気がするけど、やっぱりアメリカ人てグリル料理が焼きも味付けも上手だと思う。

2日目が終了したときは帰りの飛行機の時間が結構厳しめだったので、ウーバー呼んで空港までまっしぐら。しかしよく渋滞する街です。そこそこ余裕で着いてよかったです。
嵐がくるという予報で、DCから来る飛行機が若干遅れましたが、そのころには天気が回復しており、なんと弊管理人が乗る便は定刻出発!!珍しい!!!
ちょっと会社寄って帰って寝ました。

* * *

土曜はメリーランド州ベセスダの「ワシントン日本語学校」でちょっとだけ午前中の仕事。
同僚のお子さんがいたり、奥さんがスタッフやってたり、仕事先の知ってる人が来客対応してたりでめちゃくちゃ狭い世界でしたが、子どものいない弊管理人はこんなことでもないと来る機会がないので楽しかったです。
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わりと盛り上がって昼前に現場がはけたので、知り合いと昼飯に行くことにしました。
15分くらい北に行って、ロックビルという街のBob's Shanghai 66という点心のお店。
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あ、小籠包も水餃子もちゃんとしてる。台湾留学経験のある同行者も満足してました。

* * *

日曜はDCのデュポンサークルでやってるファーマーズマーケットへ。
写真忘れた。桃を買いました。
プエルトリコ→フロリダ(このコースは典型的らしい)→DCときた友人とひとしきり物色し、近くのカフェでコーヒーとサンドイッチ買って食べて、家に寄せてもらって駄弁ってました。

うっかり「そういやアメリカの市民権持ってるの?」と聞いてしまった。大失敗。海外領土やっちゅうねん。しまった。でも「よくあるよくある」と笑われました。
親はフロリダにいて、コロナがひどかった期間は何か月か戻っていたそうです。フロリダといえばミニ・トランプの異名を取るデサンティスが知事。「いろいろ悪いことがあるだけに戻ろうかなという気にもなる。問題があればそっちに向かっていかないと解決しない」と言っていて、この友人は33歳ですが、先日のZ世代も含めちゃんと戦う気概があるの偉いなって思いました。

プエルトリコはスペイン語で、子どもの頃にフロリダに移ったので英語とスペイン語のバイリンガル。お母さんとはスペイン語と英語のちゃんぽん、お父さんとはスペイン語で喋るそうです。しかしスペイン語は自然に習得しすぎて、学校でとったスペイン語の授業は文法で躓いたんだって。ほほう。あとフランス語もできるそうです。

コンサル会社で仕様書なんかを書くテクニカルライティングをやっていて、出社は今でも月イチ。部屋は半地下ですが、外を歩く人たちの足が窓から見えて、これはこれで見ていて飽きないですね。たぶん結構お金もらっているはずで、海外旅行も結構行っているのだけど、住居費はそんなにかけない主義かな?今年はタイ、ロンドンとガツガツ歩きすぎたので次はメキシコに行ってゆっくりしたいんだって。スペイン語ができると西半球の行動範囲が広がっていいな。

午後早めに辞去してアパートのジムで運動してシャワーあびて豚キムチ作りました。成功!
しかし写真忘れた。今週は忙しく動きすぎて写真少なめ。

* * *

ということでアウトプットすべきものが結構たまってしまいました。コツコツいきましょう。

2023年06月04日

インタブーZ

Z世代をナンパして、フォーとベトナムコーヒーおごって話を聞くという土曜日。

・ケンタッキー州出身、23歳、黒人、183センチ125キロ
・先月カレッジを卒業したばかり。専攻は農業とスペイン語。ダブル学士を目指したがコロナで時間が足りなくなってどちらかだけを選ぶ事態に。結局、農学士を取った
・現在、DCの都市農園関連NPOでインターン中。作物は地域の低所得の人たちにあげたりする
・秋からスペインに渡り、英語の先生をやる。特別な資格はいらず、大学を出てればいい。そういうプログラムがあって(日本のJETみたいなやつでしょうな)、これからビザのこととか住むところのこととか調整するので忙しくなると思う
・車はKYの自宅に置いてきた。KYは車がないと生活できない。DCに親族がいるが、バージニアでアパートを借りて地下鉄通勤。駅までちょっとあるので自宅の近くでレンタサイクルを探すところから1日が始まる。バージニアはケンタッキーと景色が似てる(Q アパラチア山脈のあっちとこっちだもんね)あーそうね
・農学の勉強は経済、バイオなど最初のほうはいろいろ科目があって、学年が上がると理系っぽくなる
・農学を選んだのは、いつか農業で自活したいから。国際貢献みたいなのはあまり考えたことない
・テレビは時代劇を見る(番組名聞いたが失念)。ニュースはテレビで見ない。いまCNNとかMSNBCなんか見るのは50代以上じゃないか。自分たちはだいたいネット。Voxなど
・大資本のメディア、民主党、共和党もみんな同じような人たちが動かしてるので、どの党を選んでもあまり、って感じ。(Q そういえばアメリカの人ってコミュニティっていう言葉をよく使うよね)究極的には政府は信じられないと思っているから
・(Q アメリカの人って結構自分の先祖がどこから来たとか調べたりするじゃないですか。自分の家族の系譜とか調べたことある?)ancestry.comとかあるが、母親やばあちゃんについこの間聞いた(KYの地図を描いて説明)。父親はアラバマの方から来たとか。1865年より前のことはよくわからない
・(Q アメリカに来てチップが残ってるの不思議だった)奴隷制に根ざしてる(→New York Times 2021.2.5の記事「チップはもともとヨーロッパのノブレス・オブリージュに起源があり、貴族が目下の者に与えるボーナスであった。しかしアメリカに渡ったレストラン企業は、黒人に賃金を払いたくないために、チップを賃金の代わりにしたのである」)アメリカの経営者が正当な賃金を支払ってないだけ
・もともとが(先住民の)ジェノサイドと奴隷制でできてる国。企業は富を独占して政治も動かしていて、今も貧乏な人をしいたげて国が回っている。都会に住んでる白人で裕福だったらいい国だろうけど
・(Q でも同僚はアメリカの教育はいいと言ってた)本当にそう思う?(ここはかなり強い否定が入った)公的なカネが教育に入ってない。先生は十分に給料もらえないから集まらないし、子どもはストリートに出てる。ブッシュの時からずっと警察にカネ付けてきたけど治安はよくなっただろうか?自分は幸運にもハイスクールいって、コミュニティカレッジまで出られた(privilegetと言った!)けど

インスタを見せてもらったら、学費無料のコミュニティカレッジを5年かけて出たようです。Z的言説を再生してる部分はあるかもしれないけど、それにしても端々に的確な単語を使い、よく咀嚼していて知識も豊富だと思った。社会に対してかなり批判的ではあるが恨みがましいわけでもないところをみると、裕福な背景ではなく一流校に行ったわけでもないもののちゃんとした家庭で育った相当頭のいい子なんだろうと推測します。こちらの英語力をみてか、分かりやすい言葉で説明してくれていました。

てか2000年生まれ!サステナビリティもカレッジで勉強したという話から気候変動の話題に移って「君は22世紀を見るかもしれないしね」と言ったら、それは初めて気付いたようで「政治家は22世紀まで生きないからマジ考えてないよね」と言った。

ここの民主主義はニセモノ。
(Q でもどこに本物の民主主義があるんだろう)いいこと聞くね
(Q ユートピアはないよ)ない。でもだんだんよくしていくことはできるんじゃないかな

もうね、なんというか、いろいろ嫌なことはあると思うけど、彼はこれから何にでもなれるし、何かになれると思う。日の沈む国から来たキャリア終了間近のおじさんは見ていて眩しかった。
夕飯は家で冷蔵庫の残り物を食った。

* * *

日曜。西の方(アパラチア山脈方面)にブルワリーのロケハンに行きました。
最初はBear Chase Brewing Companyです。
眺めよい~
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子ども連れ歓迎ですって感じで檻に入れられた動物もおりました。
なんかくれるのれすか~
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ただ写真を撮られるだけと悟ると一瞬にして興味を喪失されました。
ちょうど昼時だったのでハンバーガー食うなど。
なんか複数家族が一緒に遊びにきている感じのグループが目に付きました。まあどこを見ても白人の遊びなんだなとは思うが。
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先週後半は日中30度くらいまで行き、スモッグみたいになってあちーなーという陽気だったのですが、日曜になるとやや気温が下がり、ブルワリーは山だったのもあってひんやり気持ちよかったです。

近くにもういっこあるブルワリーに転戦します。こちらはDirt Farm Brewingです。
さっきのBear Chaseよりもこぢんまりして静かな感じ。食べ物はフードトラックで調達しますが、さっきハンバーガーを食べたのでグラスビールのみ。
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どっちが好きかと言われたら意外とDirt Farmかもしれない。壁際に並んでる席の下にも斜面にテーブルが並んでいます。DC圏から50分くらい、これくらい離れるといいとこでも混み混みというわけでもなくていいです。

* * *

先月末に書き忘れていたが、まる20カ月が終わって21カ月目に入りました。あと14カ月。うーむ、半分過ぎたのでもう後は下り坂という気分になっていたが、14カ月と思うとまだ結構あるな(※来年7月に帰っていいとは誰も言ってない)。もうちょっと家具とか買うか……?

8月は2人が異動するようです。

2023年05月27日

地下罪人と屋上博士

地下鉄降りて上りのエスカレーターに乗ったら、前の人の足首になんかついてるのが見えました。
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Heyクールじゃん何のアイテム?って聞きそうになりましたがGPSだなこれは。
軽犯罪か模範囚だと在宅での服役になるそうです。動き回っていいのかというと、地域社会での更正という意味合いもあるので、礼拝とか仕事とかは裁判所が認めれば行っていいらしい。ただし外すと即刻、管理者にアラートが行く。
で、これ付けたお兄は予想通り改札をジャンプし、無賃乗車して去っていきました。牢屋に戻りたまえ。

* * *

ちょっとした仕事のつもりでDC中心部のオサレなビルの屋上に誘われてみると、そこはただの立食レセプションであった。
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日本人と固まろうにも日本人が全くおらず、白ワインもらって目立たないように飲んでたら次々と話しかけられ、結局普通にパーティー参加者となってしまいました。

こういう流れが普通のようであった:
・お盆持ったスタッフから飲み物をもらったら適当なテーブルにたたずむ
・同じく飲み物受け取ってふらっと来た人と握手してファーストネームを名乗る
・自分が何をしてる人かとか一応ちょっと言って、あとは会話
・あまり一人を独占せずに、「じゃ」とかいって次のテーブルに「今きたんですけど僕」的な風情で寄ってを無限ループするのがいいっぽい

学術系の人が多かったのでまだ話しやすかった。パキスタンがフィールドの社会学者(統計屋)、細胞生物学から(静岡の遺伝研にもいたとか)足を洗って研究支援で世界を飛び回るおにいさん、世銀とかとつるんで途上国開発支援するコンサル、なーどなーど。
6~7割くらいしか聞けてないかもだけど、おしゃべりはできた。専門的な話のほうが分かりやすいし質問しやすいというのは相変わらずそう。
で、アウトプットには至りませんでした。

* * *

Capital Grilleというステーキのお店でお昼の仕事会食。
熟成肉の14oz(≒400g)骨付きニューヨークストリップ。柔らかめだがわりと噛み応えのある肉(ニューヨークストリップは肉の種類)で、ガーリックバターソースがよく使われるもよう。
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高級店のわりにはBBQっぽかったです。つまりガワがかなり焼けてた。ミディアムレアを指定したらちゃんと中は赤かった。また行くかと言われるとうーんだが、Yelpの評判はすごいいいんだよね。うーん

* * *

地下と屋上と高級店を巡って着地するのは自炊メシ。
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配置から盛り付けから雑すぎるが、ざるそばと鶏の塩だれ丼セット。なんか塩だれ食べたかったんですよ。初めてでにんにくを効かせすぎたきらいはあるが満足しました。

* * *

戦死者を追悼するメモリアルデーという祝日が月曜なので、この週末は3連休です。空の便が大混雑だとか、プール開きだとか、ビーチに向かう橋が混み始めましたとかニュースで言ってました。また1年の中で最初のセールの時期でもあるっぽい。

2023年05月21日

晴れ、涼しい

なんか過ごしやすい1週間でした。確か。もう覚えてないんだけど。

金曜は朝から家で仕事をしていて、夕方からメリーランド州ベセスダの国立衛生研究所の寄り合いに参加させていただきました。
せっかくの機会なのになんだか疲れており、懇親会に出ずに帰りました。午後7時。構内の木がやっと傾いてきた日に照らされていてきれいだったので1枚。
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そういえば週半ばはまた咳がひどくなって難儀しました。木曜の夜に酒を飲んで喋りまくったのがよくなかったような気がする。金曜の疲れはそれだな。

日付が変わる前に寝て、土曜は元気でした。起き抜けの咳も出ず。これ結局、体調を整えていれば平穏という話のよう。
土曜はお誘いいただいて4人でワイナリーに行きました。昼前にDC某所に集合。
寒い頃に一人で行ったWindridge。すごい賑わっていた。
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今回はボトル1本(30ドルくらい)買って、食べものは持ち寄り&持ち込みでピクニックです。
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ホストのおねいさんが車を出してくれた上にサンドイッチとかチーズ、サラミなど用意してくださり、お腹いっぱいになりました。弊管理人はブドウとポテチ持参。
「だいたい1日に2,3カ所はしごするんだよ」とのこと。他のグループもそうなのかは分かりませんが、結構出入りが激しかったです。以前も「日本人は1カ所でダラダラしすぎなのでは」と思ったことがありましたが、その予想が強まりました。
2カ所目が終わったところで17時。「雨降りそうですね」とそれとなく帰宅を促しましたが全くひっかからず3カ所目に移動。もともと目指していたところは18時終了で間に合わなそうだったので、わざわざ検索して20時までやっているところを見つけて、バージニアのちょっと北の方のEagletreeというこぢんまりしたところに入りました。
やっぱり雨が降り、上着を車に置いてきたので寒かったです。
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メンバーのうち1人がネットで見たあやふやな話などを延々と披露していてとても時間が長く感じた。寒いし酒が回って疲れてきたのもあり、最後のほうはちょっと辛かったです。
でも連れ回してもらったのはありがたく、昼間は燃えるような緑の中で日陰は風が涼しくて心地よかったのでいい土曜日でした。
人に車乗せてもらって遠出って久しぶりかも。20時、雨が上がりかけて、振り返ると夕焼けが見えました。
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* * *

日曜はDCの東南地区にあるアナコスティアというところの博物館へ。スミソニアンなんだ。へえ。
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黒い人多いな、と思ってwikiを見たら9割がアフリカ系。しかし1960年代までは白い人が多く、周辺の開発に伴って流出した結果こうなったらしい。意外と最近のことなのですね。博物館もそういう「困難と闘争」系がテーマのようです。
「女性と環境正義」に関する展示が始まったというので見に行きました。ネイルサロンでの健康被害、養殖業での低賃金労働など、おおそれも環境正義か、という驚きがあった。宗教の役割、経済、女性の権利、投票権は「全てつながっている」というまとめ。
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ほかに「Z世代がジェントリフィケーションについて考えてみた」というパネル展示(上の写真)がさすが。先日ユニオンマーケットに同僚と肉を食べに行ったとき、古い街と開発がせめぎ合ってますねみたいな話をしましたが、まさにあそこが最前線だった。

駐車場にはFeed the Fridgeの冷蔵庫があった。寄付金を元手にして近隣のレストランに料金を渡して料理をここに入れてもらい、必要な人に持っていってもらう試み。コロナ禍に始まったそうです。外食産業の危機と、子どもや高齢者の飢餓を緩和する一挙両得というわけね。
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* * *

【覚えた英語】
Godspeed! いってらっしゃい

* * *

今週はローキーだったのでこれくらい。

2023年05月17日

外仕事なにかと

いやしかし、そのまあ、なんだ、外仕事がわりと立て込むようになってきて、歩く機会が増えたのはいいことです。今週は全米科学アカデミー。天気いいですね。火曜は若干蒸し暑かったけど、水曜(今日)は涼しくて麗らかでした。
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1924年竣工。中の「グレートホール」はこれだったりする。アールデコなのか。ドームの高さは17メートル。講堂ができるまではここがイベントホールだったとのこと。
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やっぱりデニッシュとコーヒーが置いてあって、みんなもぐもぐしながらおしゃべりしていた。
ちょっと初めましてのセンセに挨拶しようと近寄っていったら「あっなんか頭いい博士2年みたいな顔してんね。いくつ?」と聞かれましたが、年齢を言ったら光速で流されました。結局1時間半話し込み、昼飯を食べないうちに昼休みが終わった次第。

お腹がすいたのでマクドに行ったらスパイシーナゲットがありました。
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からあげクン・レッドの勝ち。

* * *

Nokishitaのベーコン卵ほうれん草パスタが食べたいなと思って再現を試みました。
溶き卵に塩と粉チーズ入れておいて、ベーコンとほうれん草、あと余ってたマッシュルームを醤油やみりんで炒めてパスタ絡めたところでざっと入れてかき回した。卵の生食が勧められない国なので、若干だまだまになるくらい火を入れます。
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1回目はちょっと味が弱かったので2回目は醤油を増やしたらちょっと強かった。たぶん次は成功。朝ご飯ぽい味のNokishitaよりカルボナーラ寄りになったが、おいしかったです。

* * *

[sentences were deleted for security reasons]なんかさあ、弊管理人は違うけどみんな家に帰ればお父さんお母さんだったりするわけで、それが職場でいじめられて病んでるとか悲しすぎるでしょ。いい大人が何してんのと。ガキみたいなおっさんの多い会社にはいいところもあるが弊害もいろいろある。しかしまあユートピアはない。何の話だっけ。

* * *

7月、ちょっと会合でオランダに行きたい気がしたが、航空券代と宿代を見て萎えかけています。オンラインという選択肢もあるんですが、時差がきつい(大抵のことがDCの早朝に起きる)のと、オンラインなら見送っちゃえとか集中しないとかという問題。
一方、他の人たちはもっとすごいカネをかけて、弊管理人からするとそんなに行く必要ある?(※必要ないとは言ってない)みたいな出張をしており、あまり遠慮する必要もないかという気もし、せめぎ合っています。まあ行かないか。うーん。

2023年04月30日

寒い、肉、本

30度を超えたのはいつだったか週後半は肌寒く、日曜は最高17度、最低8度と出た。で雨。朝、目が覚めて雨の音がしてると安らぐほうです。

木曜、金曜と朝8時出勤、土曜は8時~24時40分勤務で早起きになり、日曜も当然のように8時前に目が覚め、cafe kindredという車で10数分のところに朝飯食べに行ってきました。
フレンチトーストとコーヒー。
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チップ込みで21ドル。別に高くない設定だと思うけど、日本円に直してはいけない。あと自炊だとだいたい週40ドルで収まるので、いかに人件費が高いかをあらためて痛感します。

してその効用は、手抜きしてがっつり食えるということが全て(味はだいたいどこも一緒)というのが現実。朝飯の探求もそろそろ終わりかもしれません。

* * *

瞬きしている間に週末、ではあるものの、週の前半を振り返ると遠い。
DC東側、黒い地域に食い込む開発の最前線。まだあまり入居してない真新しいアパートと、古い長屋の通りが隣り合うユニオンマーケット近くの、St.Anselmというお店です。
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同行者によると、農業団体が「結局DCの肉はここで決まり」と推していたとのことでわくわく。牛と羊を一皿ずつ頼み、あとはサイドで芽キャベツとポテト。
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正統派ド直球の牛ステーキもすごいが、ネギ塩?みたいな羊の「食べたことないけどすごくおいしい何か」感にやられた。アメリカのメシはまずいというのは旅人にとってはそうかもしれないが、住みながらディープダイブすれば、べらぼうな金額を出さなくてもうまいものは見つかるということ。

* * *

このところいい本に当たっていたし、それぞれ再訪する可能性はあるからポイントをまとめておきたいと思っていたけれども、時間がなく、あるいは無精のため付箋を付けたままここまで来てしまったので記して供養。

◆坪野吉孝『疫学―新型コロナ論文で学ぶ基礎と応用』勁草書房、2021年。
年始に新宿の紀伊國屋で仕入れた。臨床試験の論文は読んでると一定読めるようにはなるものの、プロがどこに感銘を受けるかというのは分からない。某疫病に臨んで業界が編み出した超スピード開発の手法がどんなものかも垣間見せてくれるいい本。もう1年早く出会っていてもよかったと思うが電子書籍になってないので仕方なし。そのうち再びざっと読みすべき。

◆杉山昌広『気候を操作する―温暖化対策の危険な「最終手段」』KADOKAWA、2021年。
温室効果ガス削減の2030年目標は達成不能なので、そろそろみんなCO2除去やら放射改変やらに(心理的な)逃げ道を本格的に求め始める時期だろうなと思って勉強。これはのちのち参照することが多そうなので、検索できる電子書籍で買ってよかった。

◆平野千果子『人種主義の歴史』岩波書店、2022年。
新書とはいえ人種主義で1冊もつのかしらと思って手に取った(これも新宿紀伊國屋で入手)ら、中身はほぼ「差別の近現代史」であった。世界が一つになっていく時代の包摂と排除の見取り図を、さまざまな地域・時代に飛びながら編み上げていく極めて濃厚な本。そこまで気にしてはいなかったが、なぜ白人を「コーカソイド」というのかとか、なぜナチが「アーリア人」にこだわったのかとかを遠い昔不思議に思った覚えがある。その辺の疑問が次々と解決されていった。これも頭に定着させるにはもう一回ざっと読みが必要。

* * *

SNSでときどき盛り上がる性格診断、そんなに乗るほうではないのだけど、ふと見かけた16Personalitiesというのをやってみました。

「性格特性の多くが相互に否定している」つまり内向的なのに社交的で、計画的だが変更を受け入れ、道理を重んじるわりに分析的、細部にこだわるが予定通りに作業が終わるとか、まあそういう感じ。

「そういう性格の類型がすでに同定されている」ということがポイント。非一貫性とか矛盾として問題化してもいいが、「どこをとってもアンビバレントという点で一貫している」というまとめ方もできるわけです。前者は若い理想、後者は老いの諦念――あるいは解決しない問題を解決しないまま消化/昇華する技法――ともいえる。

メタに立ってみれば「内向的なのに社交的に見えるのは、内面を他人に侵されないために一定の距離を取ったところで社交をこなす技術に長けているためである」という具合に共通の地面を見つけることはできるのだけど、階層を上がると実用性は落ちるものでもあり、必要な時にだけやればよろしい。たぶん。

* * *

日本は大型連休か。なんかみんな楽しそうね。
当地へは単身赴任で、今月頭に子どもの卒業式のため一時帰国した他社の人が「もう家庭に自分の居場所がないことが分かった」と言ってました。離婚はしないかもだが、もう離任まで帰ることはないだろうとかなんとか。

滞在20カ月目に入りました。
あと15カ月(※2024年7月に帰っていいとは誰も言っていない)。

2023年04月22日

テキサスからコロラド

ばたばたと出張でまたテキサスです。
今回は土曜夕方にDCからサンアントニオという空港に飛んで、そこで車を借りて一泊して……と思ったらユナイテッド航空が3時間半遅れ、サンアントニオのHertz(レンタカー屋)が24時までだったのに25時着。まあ一応もう閉まってることを確認しよう……と同行の人と一緒に行ってみたら店員さんがまだいて借りられました。アメリカにしては奇跡。車の予約時に搭乗便を登録していたので、到着遅れを知っていて延長してくれていたのだろうか。

空港近くのホテルに一泊して、翌朝から4時間半ほど車で南下。
法律事務所の広告もさすがワイルド。
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ほぼメキシコ、くらいのところにあるブラウンズビルという街に到着します。これがあるところです。
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これらの写真は誰でも入れるところから撮っています。と断っておく(誰に)。
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夜は地元でタコスを食べました。メニューがスペイン語のみ。店員さんも英語不自由。
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おいしかったです。メキシコ国境が近すぎて、携帯が勝手に国際ローミングを始めました。
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翌朝は3時半に起きて仕事。そして空振り。こちら側でタイミングが決められない再チャレンジは48時間後以降とのアナウンスがあり、しかし48時間で収まらない可能性もあると聞いて、同行の人と「河岸を変えるか」と急遽判断しました。

また4時間半かけてサンアントニオまで戻って、今度はコロラド州デンバー。
ここは移動距離がテキサスほどは長くないので、テスラを借りてみました。電気自動車、初めてです。
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・操作はタブレットで最初全然分からない。同行の人に教えてもらってやっとできた
・加速がすごい力強い
・アクセルペダルを離すとブレーキっぽく減速し、最初ちょっと驚く
・ブレーキペダルを踏むときは急停車くらい
・操作はタブレットで初めてだと分かりにくい
・やはり静か
・車体がでかくて、この横幅で京都は走れなくないかと思った
・充電スタンドを2回使ったが、給油なら数分のところが車内でぼーっと20分くらい待つのは不便ではある
・消費者からすればガソリンでも電気でも車は同じように走るわけで、高いだけのEVを買うインセンティブってあんましないなと思いました。電池がすごい安くならないと補助金漬けのままなのでは
なんかしかしロケットといいテスラといい、某金持ちの影がちらつく旅路だな。日本では分からない影響力の大きさを感じる。

コロラドスプリングスという1時間半くらいのところに投宿。Airbnbを初めて利用しました。
疲れすぎてて写真撮り忘れましたが、アメリカ人のお宅拝見で面白かったです。
仕事はリゾート。
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1日半ほど仕事をしてデンバーに戻ります。
高速に乗る前に、おしゃれ系コーヒー屋(スタバが2nd、ブルーボトルが3rdウェーブで、いま4thらしい)に寄りました。
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同行者がその場で淹れてもらうコーヒーを頼んでる横でレモネードにしました。

そんでデンバーに戻ってDC帰りますか……と思ったらデンバー空港のまわりだけ突然砂嵐がきて雪が降り(!)18時前発のユナイテッドの機体到着がまた遅れ、しかも21時ごろ飛行機は着いたから遅くなっても帰れるな、と思ったら「乗務員の労働時間が規定を超えたので明日の朝まで遅延です」と。ホテルを手配してもらうためのカスタマーセンターがパンクしており、結局空港の床で寝るという初体験。なぜ床に寝たかというと、ベンチはホームレス避けみたいな手すりがついていて横になれなかったからです。ホームレスの身にもなってみろ!
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ユナイテッドにクレームしたら15ドルの食事券を2枚で済まされました。だめな会社。

テキサスのほうの仕事は、われわれが飛行機に乗ってる間に展開して終わっており、DCに帰るのではなく無理してテキサスに戻れば戻って臨場できたのかなあという気もします。しかし今回の最低成功基準はそもそも仕事先に存在を認知されることであり、それは達成されたといえます。体力が限界に近かった中で、熟考した上でテキサスに戻らないことにしたのだし、テキサスに戻ろうとしたとしてもデンバー出発が遅延して辿り着けなかったかもなとも思います。

詰め込みすぎで二兎を追いつつ1.25兎くらいで終わりましたが、もともと日本ではあまり注目されてない仕事ではあり、まあいいかと整理をつけました。どうしても外せない仕事だったら、そもそもコロラドに転戦してなかったと思う。

コロラドの仕事は、テキサスのついでではなくそれ単独だったら行かなかっただろうなというものだったので、行く機会になってよかったです。それに、まだ知識がほとんどなかった去年でもなく、見たものを熟成させる時間のない来年でもなく、今年が最も適切なタイミングだった。

帰ってきた日は昼にダレス空港に着いて即刻帰宅し、シャワー浴びてメシ食って夜まで仕事をし、9時間ぐっすり寝ました。

今回の総括。
・やはり夜の航空便は遅れるリスクが高い(午後は天候が不安定になりやすい)
・アメリカはでかいので、移動が伴う仕事を詰め込みすぎない
・電話を含め、英語に抵抗がなくなってる。全部聞き取れてるわけでも流暢に話せるわけでもないが、英語話者に話しかける時のストレスがほぼない。諦めなのかもしれない

* * *

帰ってきた次の日はDCのLe Desalesでランチ会食。Steak Bentoだ。定食だなこれは。
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久しぶりに野菜もりもり食べた気がする。結構な量の経費精算を処理して、自宅のアパートの駐車場に不在中、清掃が入るため職場に避難させてあった車で帰宅。

* * *

年末に日本で散髪してから一度、襟足を刈ったくらいでだいぶ長髪になっていたため整えようとバリカンやったら失敗したので、また坊主になりました。

2023年04月13日

ヒューストン

実は今年最初の出張です。対面仕事は結構あったけど全部DCで、出掛けるのは久しぶり。
今回はテキサス州ヒューストンに1泊2日でした。

空港が北と南に2箇所あって、仕事は南のほうなんですけど、南の空港へは、DCからは年末に大混乱を起こしてがっつり株を落としたサウスウエスト航空しか飛んでいないので、ユナイテッド航空が飛んでる北のほうのジョージ・ブッシュ空港にしました。どっちなの?パパ?息子?

レンタカーはこちら。「店長の気まぐれ」的な安いプランにしたら、クライスラーのパシフィカというミニバンが来てしまった。気に入らなければ替えてもらえるんだけど、面白いのでこれに乗りました。
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ちょっと踏み込むと120km/hくらい出てしまうすごいパワーの車。ハイウェイには農業用一輪車が落ちており、みんな車間距離詰めてるくせにびゅんびゅん避けながら走ってました。ワイルドだな。

昼の飛行機だったので昼飯を食べるタイミングを外してしまい、ホテルまでもうすぐ、みたいなところでチャーチズ・チキンに入りました。
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職場の人が「好き」と言っていて、DCの外れにもあるんですが普段行かない地域なので、いつか……と思ってたんですよね。
2ピースと飲み物、マッシュポテトが付くセットで9ドルちょい。安いと思う。
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あー確かにうまい。衣を全部食ったら死ぬと思うけど、適宜剥がれ落ちるのでいいバランスになりました。あと甘いパン(コーンパンか?)が気に入った。

17時過ぎに投宿。他社の人も3キロくらい離れたホテルに着いたところで、「夕飯食べましょう」といって合流しました。弊管理人が車出しますよ、といって迎えに行ったら、車の大きさにちょー受けてました。わかるよ。
今回は弊管理人のチョイスでThe Famous Crabというところ。
西アフリカ+フランス+スペイン=ケイジャン料理です。本場はルイジアナだけどすぐ隣だからお店多いですね。
ザリガニも名物のようですが、二人とも「それはいいや」といってパス。
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何味と言われるとすごい困る。トマトとスパイスかなあ。濃い味でお酒に合います。弊管理人は酒を飲むと咳が悪くなるので(それ以前におまえ運転だろう)ノンアル。オレンジソーダでも十分気分が出ました。他社の人は地元のIPA。
そんで牡蠣と焼きめし。
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チキン食った後でもわりとがっつり食べられました。食が太くなり、アメリカ人サイズでも食えるようになってきた気がする。でもまだ大阪にいた時よりは大分細いけど。
満腹で帰りました。

翌日は朝仕事。
アメリカ人と、唯一の外国人である弊管理人の計7人のグループに現地の研究者が対応してくれるはずが、アメリカ人がどういうわけか全員時間を間違え、弊管理人ひとりで1時間もたせることになってしまいました。
でも専門的な話なので全然もちました。雑談より全然いける。

昼前にはけたら、午後の部に同じところで仕事を控えた他社の人から「お昼食べませんか」とLINEがきて合流。今度はフォーでした。
アウトプットがさっくり終わり、2時間ちょっと空いたのでジョンソン宇宙センターのビジターセンター(スペースセンター・ヒューストン)を見に行きました。
シャトルを運ぶ飛行機。
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ケネディ宇宙センターに比べると全然こぢんまりしてますが、まあ時間的には丁度良かった。
トラムに乗って回るツアーがあり、これを予約していくと大分もっといろんなものが見られるようですが、今回は仕事のついでなので仕方ない。
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ジョンソンは飛行士の訓練施設があるんですよね。センターの人が「ワカタさん話したことあるけどめっちゃラブリーやった」と言ってました。いい人なのね。
月の石に触れるコーナーがあった。
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こういうアセットがあるのってすごいよな。
なんかあの触ると御利益がある地蔵みたいにつるつるになってました。
アメリカ最初の宇宙ステーション、スカイラブにも入れます。
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堪能した。
帰りはまたぶんぶん運転して北のほうの空港まで戻りました。
メキシコと国境を接している州なのでヒスパニックの人やTexMexというタコス!ステーキ!ファヒータ!ワカモレ!みたいなお店が多い印象。
1年半いて思うのは、茶色い人のほうが接しやすい。白人の店員は働かず気が利かない(黒人は個人差が激しくダメなやつはほんとにダメ)が、ヒスパニックの人は表情があるし頼みごとをしても聞いてくれる。ついでにいうとアジア人(主に中国人)は愛想がないがやることはやる。つまり差別する側かされる側か、ではなく英語ネイティブかノンネイティブかというところで線が引けるような気がする。

閑話休題、
飛行機がひゅー・すとんとなったらやだなとかいう余計なことを考えましたが大きな問題もなく終えられてよかったです。
最後は空港の何かがおかしい日本グッズ店。
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* * *

選考が通れば6月にボストン、という案件があって、通ったという連絡がきょう来ました。
この案件単独だと2泊ですが、ちょうど別の行事が重なるので、これと繋げて4泊の出張にしようと画策しています。

2023年04月09日

クイック4月上旬

3月末に、日本から来た元DCの研究者が「ケンウッドの桜みてきた」と言っていたので、まだ見られるのかなと思って満開から1週間遅れた2日の日曜にタイダルベースンに桜を見に行ったら、ほぼ終了の状態でした。
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そのほか先週今週はあまり記憶なし。やっていたことは主に来週以降についてのアレンジと今のうちにできるだけのアウトプット準備。3月上旬にかけてどうしても申し込めなかった案件で、第2便の募集が急に始まって、当たるかどうかは分からないが申し込んだりしていました。
あとは、とてもいいお話が聞けたのだけど社内でもわりといろんな人が関心を持っているのでどう料理しようかなという案件を一つ抱えた。まあこれは勉強になるので負担とは思わないです。

食べてたものはだいたいこんな。
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昔からそうなんだけどキャベツって腸が元気になります。
しかし結構でかい玉を買ってしまったため、まだ結構余している。
大阪の「くりやん」のポパイ丼のレシピないかな、と思ったらあり、でも「覇王」か「中華あじ」がこちらにないので代用品ないかな、とググったら李錦記の鶏スープの素でいいらしいことを発見し、ちょうど余っていた挽き肉と冷凍していた茹でほうれん草でやってみたら結構再現できておいしかったというのが下の皿です。
あとシフトが多かったので弁当持参。
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韓国スーパーに辛子明太子があったので買ってみましたが普通にいけました。

* * *

咳の問題が解決せず、病院に行くのも億劫なので傾向と対策を探しています。

・朝が特にひどいが、早朝に咳で目覚めるのではなく、目が覚めてしばらくし、体が伸びを欲したり体温が上がってくるなど起動モードに入ってから出始める。起床すると収まるので、目が覚めたらさっさと寝床から出るのが吉
・朝、鼻が詰まっていることがよくない感じがする。鼻汁が刺激になるか、口呼吸になるせいで咳を誘発しているかもしれない(夜は鼻呼吸に努めて以降、軽減した)。目が覚めたらまず鼻をかむこと
・酒や夜更かしで増悪する。つまり全体的な体調を整えることが肝要と思われる
・CVSの錠剤はほとんど効かない。同じ成分(咳止めの デキストロメトルファンと去痰薬のグアイフェネシン)が同量入っているのに、バイエルの水に溶かして飲む薬がよく効く
・のど飴はあまり意味がなさそうなので、やはり下気道の問題っぽい
・大きな咳をすると体力が奪われるので、小さく刻んで痰を出すと楽
・熱なくSpO2も至って正常で、変動もない。感染症ではなくアレルギーか
2019年の日記を見ると、咳止めと去痰薬のほかに抗アレルギー薬を出されてますね。やはり何年かにいっぺん咳に悩まされる様子

* * *

夜勤上がりに、深夜まで働いたお兄と「カルイチ」(軽く一杯だけ、の意らしい初見の言葉)でOld Ebbitt Grillのバーカウンターに行きました。
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ポテトつまみながら弊管理人は1杯。お兄は2杯。すごい話す人なので永遠に話す勢いで、1時からだいぶ深い時間になってきたので「帰りましょう~~!!」と言って帰りました。二人で40ドルくらい。センベロとはいかないが全然許容だと思う。

話題は「この国は小金持ちでも生活水準がぱない」と「弊社の迷子っぷり」。このところどの同僚と話してもだいたい同じです。

お兄がこのあいだ求人見てたら(なんで見てたのか聞いたが失念)みんながよく使う中古車屋のスタッフの職が年8万ドルで出てたそうです。1ドル130円としても年収1040万円、で、たぶんこれ別にすごい高収入というわけでもない。

社内を何とかアップデートしようと頑張っていた中堅君が病気休職に入ったとの話が偏西風に乗って届いたところ、10年くらい前に「もうあかん」と何とかしたい系のことについて考えるのをやめた弊管理人は「弊社やばいよね」という話題で盛り上がることさえもう億劫になっちゃってます。なぜならそれをやってもどこにも逢着しないから。それより淡々と本を読み達人の話を聞き、何かそんなに高くなくておいしいものを食べながらお互いの知見で「へぇ~」とか言い合いながらしのげばいいじゃない。

* * *

今週気付いたことだが、バーもレストランも、こっちの人ってわりとぱっと食っていなくなりますね。料理もどんどん出てきてすぐ腹一杯になるし。隣のテーブルに後から来た人たちが自分たちより長く滞在してるのがまれ。夕飯は基本家族とだし、カップルは早々に家に帰って寛ぐし、仕事のディナー(それっぽいのをほぼ見かけないが)はそんなに長くやりたくないから、というのが仮説。

仕事上がりの日本人サラリーマンはだらだら長居しすぎなのかもしれない。

* * *

なぜ今更というのは置いといて、AAA(JAFみたいなやつ)に入りました。「自動車保険付帯のロードサービスは一生来ない」というもうほんとなんでなん?みたいな話を聞き、腐った屋根の上であれば屋上屋も必要よなと思って。「車」じゃなくて「人」につく独特の会員制度で、つまりレンタカーを運転していて何かあっても会員であれば来てくれるらしい。

年数十ドル。安心料としては手頃だと思う。夏休みはロードトリップ(アメリカ人の主要娯楽、車による長距離旅行)もありだなあと思い始めました。

* * *

今週はお出かけが確定1回、そのあとにもう1回あるかないか。

2023年03月27日

花、ぶた、コンサート

これは先週末のことですが、地元民には有名らしい桜の名所、メリーランド州ケンウッドを歩いてきました。公園とかではなく住宅街。
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たぶん1週間早かった。人が少なくてよかったですけど。
かなり立派な枝垂れ桜も。個人宅に。
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最寄りのベセスダ駅に戻る途中。電線の地中化してないのな。
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このあと去年行ったタイダルベースンにも足を伸ばしたが、やっぱり早かった。
この週末は、土曜はしとしと雨、夜にすごい霧、のあと日曜はピーカンだったので、満開の状態をあらためて見に行く手はあったが、「もういいかな」って気分になり、ドライブに行ってしまいました。

ドライブの先はバージニア北西部のウィンチェスターという街。うちからだと110km、1時間20分ってところです。
何があるわけでもないですが、ちょっと食べてみたかったBonnie Blueの南部料理プレート。
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プルドポーク(くたくたに煮た豚肉にバーベキューソース)、選べるサイド2種はマカロニ&チーズとサザンカラード。コーンブレッドは甘くておいしい。
もとESSOのガソリンスタンドだったそうで、店内は余裕がある。
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外はこんな感じ。
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旧市街を歩いてみました。
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なんつうこともなかった。ワシントンが4年ほど住んでたそうです。
こちらは手前が郵便局、奥は図書館らしい。
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とはいえ2万数千人の街では住んで面白いこともなかろう、などと。
まっすぐ帰るのもあれなので、ちょっとブルワリー&ワイナリーを覗きます。Bluemont Station Brewery & Winery。
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もちろん州法で飲酒運転にならない量にとどめてます。
天気がよかったこともあってお客はみんな外の席でだらだらしてました。

* * *

今週はコンサートに2回行ってしまいました。しかも平日夜と、翌日午前。
最初のは若手シリーズの一回らしい、バイオリンの外村理沙さん。いつものコンサートホールではなく、テラスシアターという小ホール。音響よかったです。
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しょっぱなのイザイのソナタ3番がよかった。プロコフィエフのソナタ1番、細川俊夫の悲歌、ショーソンの詩曲、サン=サーンスのイントロ&ロンド・カプリチオーソ。それぞれ弾く前に一言喋っていらした。英語上手。でもおのおのの曲に対する個人的な思い出ではなく、聞き所とか曲/作曲家のこと、プログラム編成の意図を解説したほうがよかった。イザイと関係が深かったからショーソンを持ってきたのではないか。細川俊夫は弊管理人も初めてだが多くの聴衆にとって初めてだったはずで、尺八っぽい表現(違うかもだが)をなんでバイオリンでやってるのかとか知りたかった。

翌日はなんと11:30から、ナショナル響とスティーブン・ハフでラフマニノフのピアノ協奏曲3番。前後の日は夜だったんですが、ほぼ完売だったため。
すごい高さの自称2階席はステージから結構遠く、オケの音はきれいに届いたもののピアノはちょっと負けていた。さらっと弾く人なので爆音は期待していなかったけど。さすがの余裕でただ楽譜をなぞる以上の工夫をいろいろしているとは思った。高校三年生を歌いすぎた舟木一夫まであとちょっと(ひどい)。

* * *

ほんとにしょうもないしなんで今までほったらかしてたんだと思うが、寝室に取り付けた遮光カーテンのポールと、その上にたくし上げてあるブラインドの間に細い隙間があって、朝になるとそこから光が射して若干まぶしかったんですよね。
で、ポールをもうちょっと上にずらして隙間をなくしたら朝の明るさが激的に軽減し、それによって眠りが足りる前に目が覚めることがなくなり、QoLが爆上がりした。なんでもっと早くやらなかった、弊管理人。

* * *

咳、またいっときひどくなったのでネットでいろいろ調べたところ、喘息の疑いは残るものの、仰向けに寝ていると鼻水が喉のほうに流れ、その刺激で咳が出ることがあると書かれていたので、うつぶせ寝に変えたらかなり軽減した。この一点が全てではないかもしれないが少し助かってます。

* * *

あっという間にまた25日を通り過ぎて、19カ月目に入った。

* * *

そういえば今週、ある店で同僚とご飯を食べてたとき、1時間半くらいだらだら食べながら喋ってたら最初は愛想がよかったウエイターがどんどん機嫌が悪くなってきて、追加注文しようとしたら「それは自由だけどな」みたいに不承不承だったのでデザートはやめて出てきたことがありました。人数が少し多かったので自動的に20%のチップ込みの値段を請求され、しかもそこにチップ追加additional tipという欄があったのでゼロにして出したら、われわれが帰る前にそれをチェックしてさらに不機嫌になった様子を同僚が見たそうです。

ていうかそういうところじゃん。ぶすっとした態度でサーブされてチップ追加するわけないだろう。
こっちが会話してるところに「なんか注文ある?」とちょいちょい割り込み、まだ食ってるのに「下げていい?」と小うるさく手を伸ばしてくるとか、食事の邪魔ばかりされて嫌なんですよね。フードコートでテイクアウトしてちゃちいテーブルで駄弁ってるほうが数倍楽しい。何につけポイント制の社会のわりに、ポイントとりにいく側がろくな教育されてないのってやばいと思うんですけど。逸失ポイントが大きそうで。そんなことないのかな。

2023年03月18日

歩く聞く書く

今週は珍しく月曜から木曜までDC市内のいろいろなところへ出掛け、仕事のアウトプットも結構しました。
月曜と木曜はセミナー的なものなんですけど、どちらも公的機関の関わるものなのに、お茶菓子refresherが出たり交流会的なものがあったりしました。
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ジュースやソーダ、コーヒー、紅茶が出されて、パウンドケーキやフルーツがつまめるようになっているのが基本。木曜のはちょっと豪勢で、ちっちゃいタルトやブラウニー、チーズも振る舞われました。
ほんとにのべつ幕無しに食い、そして喋るよね、ここの人たち。飛沫感染する疫病に弱い集団だとは思うけど、でもまあ疫病開けの喜びが一入なのは分かる。

* * *

そのわりに歯がきれいな社会であります。水曜は歯医者で半年ぶりのチェック。
隙を見ては治療を始めようとするのがこちらの歯医者であるところ、今回は「ちょっと染みはありますが、よく磨けてますね」との評価。レントゲンで見える詰め物の下の影が気になるらしいが、「様子見ますか?」と聞かれたので様子を見ることにしました。これ確か5000ドルとかかかるやつではなかったろうか。帰国してからにしたい。

それより、去年の秋くらいから左下の特定の歯間にやたらものが詰まるようになってて、そっちの相談をしました。
歯ではなく、歯の詰め物が欠けていたらしい。そこについては明らかに衛生が怪しいので、毎食後にフロスを通し、リステリンでの洗口も丹念にやっていましたが、虫歯にはなってないようでした。次回は4月に予約してそこをやることに。1回で済むそうです。よかった。その次は9月に歯科検診。
首都圏のちょっと北の方もだいぶ桜が開いてきた。
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急な予定が入り、もともと「行きますね」と言っていた行事に行けなかった。終了後に振る舞い酒があるので行きたかったんだけど、残念。

* * *

木曜は昼飯を食べ損ねたままセミナーに行ったので、帰りにちょうどあったホールフーズに寄ってデリのテイクアウトを初めてやってみました。箱に好きなおかずを好きなだけ入れて量り売りする形式。これもセルフレジを通れます。
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カレーとインゲンを持ち帰って職場のデスクで食べました。16時。ちょっとお腹を抑えたいときに至適ですね。7ドル弱、900円だと思うとううむ、しかしもはや円で考えるべきではない。

この日は結局、手を付けた作業を最後までやったことによって帰りが遅くなり、夕飯は遅い時間にエビチャーハンにしました。
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冷凍のエビ、古くなりかけたベーコン、残り物の玉ねぎ、冷蔵庫に入れ忘れて1日うっかり台所に置いてしまった冷や飯と最高にあり合わせ。

* * *

金曜は家で宿題をやって東京にぶん投げ、夕方出勤して夜勤。
弊管理人の席は壁に向かっているので全ての出来事は視界の外で起きるのですが、22時ごろから背後で酒盛りが始まりました。
そのうち、給湯室から「あっ!!!」と声。ボスが電子レンジで温めていたピザが燃えておりました。
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職場にもうもうと煙が充満。しかし警報器は鳴らず、大丈夫だろうかこのオフィスは。
最近わりと収まっていた咳がめっちゃひどくなったので、シフトの終了時間前でしたが「気管支が崩壊したので帰ります」と宣言して帰宅しました。

ボスからもらったバイエルのAlka-Seltzerという咳止め、なかなかよく効いたので箱で買ってきました。年齢確認が必要な製品だった。市販薬乱用の関係だろうか。
咳は長引いてます。適度に抑えていかないと喘息になりそうなので気をつけよう。

* * *

今週は2メートル背後の同僚はめっちゃ忙しく、でも水曜の夜だったか「1杯だけ飲んで後は仕事に打ち込みましょう」といって近くのパブに行ってしまいました。そのあと午前2時までやったらしい。お疲れ様です。というか今週は弊管理人もかなり働いた。どの案件も勉強になったので特に不満はないです。

2023年03月12日

夏時間がきた

金曜は冷たい雨。昼に仕事先の人たちと会食。夕方にはインターンの子が日本に帰るというので送別会的なものが職場であったのだけど、会食から直帰してぶっちしてしまいました。あまり思い入れのある相手でなかったのと、翌土曜日が朝から晩まで勤務なので早く寝たかったため。で22:30に就寝、土曜は6:45に起床。体調最高。早寝大事。

土曜の17時間シフトは、職場で平日は落ち着いてできないいろいろをこなしているうちに、ペアのお兄が夕方早々に引き揚げたので、本当は24時までなんだけど弊管理人もこっそり帰宅して在宅勤務に切り替えました。
夜に予定していた仕事はほいほい終えて就寝。起きたら夏時間が始まっていた。
日本との時差は13時間になった。家中の時計を1時間進めます。アナログ電波時計が多いんですが、進めるのはSETボタンを押し続けて針を進めるだけなので簡単に終わりました。逆に冬時間に入る時は11時間進めないといけないのでむちゃくちゃ面倒臭い。去年あたり時計買おうかなという思いもよぎったものの、この作業はもう4回目になり、残り2回なのでもういいやという気に。

日曜昼に買い物に出掛けると3度。雪が舞いました。
安い薄切り肉で頼りにしていたアジアンスーパーが牛のラインナップを改悪して価格もすごく上がってしまい悲しかったところ、かろうじて以前のまま残っている豚の薄切りを買ってきて丼用に煮てみようと思います。

* * *

水曜の昼、職場の人ら3人とSupreme Hot Potに火鍋を食べに行きました。
スープを選んで肉と野菜、豆腐ペーパー(湯葉だな)、うずらの卵を頼みます。手元の鉢には自分で付けダレを作ります。ごまだれは北京風らしい。
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すんごいうまかった。最後に麺を入れます。これはメニューにあるのを選ぶと乾麺になるが、連れてきてくれた中国語のできる助手さんが裏メニューの生麺を頼んでくれました。「牛肉麺に使う麺をくれ」と言うと出てくるのだそう。

* * *

木曜、帰ろうとすると、前夜からむちゃくちゃ忙しかったのが一段落ついた2m背後の同僚が「帰っちゃうんですか」とちっちゃい声。一杯いく?
ということで職場近くのパブへ。久しぶりだな。
揚げ物をつまみながらビール飲んで、同僚は軽く発生した作業のためPCを開き、最後に二人でパイを食べて帰りました。
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帰路もやっぱり寒かった気がする。今週はずっと寒かったのかも。

* * *

そういや火曜夜はボスと、共通の知り合いである仕事先の人とビールを飲みに行きました。
結構喋った。このところ「アメリカは中国恐怖症」と何人かの人に言ってみているのだけど、あまり賛同が得られてない。

2023年03月06日

無言歌

タイトルはこれを書きながらyoutubeで無言歌全曲を流し始めたというだけ。
しかしいい和訳ではないか。Lied ohne Worteを直訳してしまったSong without Wordsのように、「詞のない歌」としなかったのはいい。

このところ週末に書いていた日記が月曜の夜になりました。意外と時間が取れなかった。

ビール飲みに行ってしまいました。
ムール貝をさんざん食べつつ飲んでたら、試供品だとかでコーヒーマティーニが提供されました。
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うまー。というかコーヒーがうまい。

* * *

金曜からウォッチしていて深夜になっても終わらなかった会議は夜を徹して続き、しかし土曜はちょっと見たいイベントがあったので、日本の夜が更けた昼前、職場にインターンで来てる大学生を誘ってDC中心部のイベント会場に行きました。
インターンは13時になると「泊まってるところでお昼ご飯が出るので」といって帰っていた。うんまあつまんなかったかもしれんね。あまり好奇心がない人のように見えたがよくわかんない、というかあまり深入りしたいタイプではない。ボスからは期間中1度はどこかへ連れていってやってくれと職場全員に要請があったので、これでお役目は果たしたことにさせてもらう。

夕方前に帰ってアパートのジムに行って、風呂入ってメシ食ってくだんの会議をオンラインでチェックしたらまだやってる。2週間の会期の最終日が金曜だったんだけど、議長は金曜夜の段階で「犬が見えた……」と幻覚を報告しており相当疲れていた。
最終日(?)の会議が36時間に差し掛かった21時半、ようやく終了。東京に連絡して仕事を仕上げました。当該分野ではわりと画期的な決着のわりにウォッチしていたのは弊社だけだったようで、他社の動きにせかされることなく作業して寝ることができました。東京でも同僚が頑張って情報集めたり処理したりしてくださって有り難かったです。

* * *

日曜は夕方から、金曜にビールに行った同僚にお招きいただき、あわあわとケーキ買ってお宅へ。仲良しか。
弊日記によく出てくる、息子ちゃんラブすぎて永住を画策するお父さんです。
英国留学経験あり、クラシックファンでテニス上手。ハイソとしか思えない。
アパートは遠くアパラチア山脈まで見えるような高層階。まずキッチンのカウンターでヴーヴクリコ開けてチーズつまみつつシュニッツェル揚げて、牛肉の塊に焼き色を付けるわけです。お父さんが。
これですよ。うまー
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ワインはお父さんがこのあいだインドに出張したとき、帰りの経由地ドバイで仕入れたオーストラリアの赤。最初はイキったお兄さんみたいな味が、ちょっと置いておくと大人になるのね。
そしてあなたイタリア人?みたいなカルボナーラ。
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完全に自分を人間だと思っている犬ちゃんを指でなぶりつつ、地理の図鑑で難問のクイズを出してくる息子ちゃんとバトルしていたら夜が更けたので辞去しました。なんだろうこの絵に描いたような幸せな家族。
帰ってぐったりして寝て、月曜は一日中体調悪めでした。

* * *

地元駅のエスカレーター、ずっと工事していてやっと囲いが取れました。
首都圏地下鉄の運営主体がフェイスブックで「エスカレーターがぴっかぴかの新品になりました!!!」みたいな書き込みを公開した翌日くらいには信じられない状態で使用禁止になっていた。
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こんな国に半導体は作れない気がする。

* * *

咳は相変わらず朝の覚醒からしばらくするとひどくなり、起きると治り、しかし日中も時々ふと咳き込むことがある。後遺症かアレルギーか。それに加えてこのところ立て続けに白目が出血しており、なんか目まで不調。疲れ目だけではないのではと思っていたところ、きょうDC駐在経験のある東京の出身部のおねえさまから届いた封書の中にメッセージで「そちらはブタクサの花粉の最盛期でしょうか」と書いてあり、はたと気付いた。花粉症が体調全般に影響しているのでは?

* * *

日差しが強くなってきて、生き物は冬をしのぎきった喜びを横溢させているのですけど、動ける季節は動かなければいけない季節であり、動き出す周囲に動かされる季節でもあり、弊管理人はこの季節、春愁に囚われます。無言歌は長調の曲でも何かそういう憂いを抱えていると思う。

2023年02月26日

飛行船と空と宇宙

原則として仕事は1日1個のつもりでいたところ、週明けの火曜に5個やり、その後だらけた。

今週も2回ほど外食がありました。
1回は日本が祝日のためあーだこーだ言われるリスクの少ない水曜夜に、こちらの同業他社の人たちとタパス&ワイン。弊管理人がこの2カ月ほど停滞してる間にこの人たちは先に行っているのだろうかと動静を尋ねたら「すっごいゴルフしてた」「経費が厳しくて出張いってない」とのお答え。まあしかし他人と比べるマインドは自分の健康を損なってよくない。わかってます。

金曜は夜に同僚から夕飯に誘われて行ってみました、和食屋。
途中、おととし10月に今のアパートに入居する前、滞在していたホテルの前を通りました。
まだ移動の仕方も分からないのに、ここから緊急で夜明け前にえずきながら出張したな。フィラデルフィアに差し掛かったあたりで、弊管理人の赴任時期が遅れてこんな状態になった原因である当時の部長(物故)から「引きの強さを楽しんでください」とメールが来て、腹を立てて無視したものです。弊管理人は悪くないと思う……

で、久しぶりに見た。ししとう焼きとか焼き鳥とか。
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結局4人になり、24時を回って、この時間だとウーバーで3000円かなあと半分諦めつつ、でも途中から合流した同僚に最寄りの地下鉄駅に送ってもらったらまだ電車があったので定期で帰れました。

送ってくれた同僚は8月に帰国ですが、職場のお兄に苛まれて「生活だけならもっといてもいいけど、今の仕事の状況だったらもう帰ることに躊躇はない」と残り日数を指折り数えています。しかしお兄はたぶん同僚を明示的に嫌いなわけではなく、教育的配慮と性格と自分が詳しい分野だという事情のブレンドで歯車が狂っているのであり、同僚もお兄に関して仕事上的確なところが多いのは認めている。そのために単純に訣別できないだけ厄介という話ではあります。

ボスは職場を活性化させたいと思っているようなんだけど、弊管理人が傍流の立場から見たところ、残念ながら主流の人たちには疲労感が漂っていて、多分「それじゃない」みたいな施策が乗っかるだろうと予想しています。

会社の労働組合が「退職考えたことある?」アンケートをしてまとめを労組ニュースにしました。大半がイエスという予想通りな結果だった上に、自由記述欄もこれまた予想通り、40~50代への凄絶な嫌悪感に満ち、しかし多分それを書いてる20~30代には革命を起こすほどの気力はなく退路を探している感じ(弊管理人は老害側の40代だが図々しくも若い回答を書いた一人)。
現職場は最年少が40歳と老朽化しており、しかも全員男でもうバランス的にダメダメなので、給湯室で同僚に「30歳くらいのピチピチした若者を来させたほうが」と言ったところ「そんな元気な若者にこの仕事させたらかわいそうでしょ」ともっともな反駁をされました。

などというものの、一言「倦んでいる」で尽きそうです。

* * *

在宅で出番の土曜、起きてPC立ち上げてコーヒー飲んでたら窓の外がこうなった。
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週の半ばに26度とかまで行って、白人の人たちがほぼ半裸みたいになって歩いてたと思ったらこれ。マイナス1度だがハーパンの白人はいました。カリフォルニアあたりも吹雪になり、なんなら日本も寒かった様子。でも積もることもなく、時期的にも最後の雪と思われます。

土曜出番はわりとゆったりしていたので、先週くらいから成形しあぐねていた仕事をえいやでアウトプットしてしまいました。ま、すっきりはした。

* * *

日曜は先ごろ新装開店したDCの航空宇宙博物館へ。スミソニアンなのでタダ。ここは人気のせいか時間チケット制で、直前だと取れないので先週末に予約してあったのでした。そのことはすっかり忘れてたけど土曜に思い出した。

11年ぶりです。前回来たときはもちろん改装前。
ぶら下がってる大物の飛行機はたぶん一緒。
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天文のほうはアルテミス計画もあって結構アップデートされてるかな。
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プラネタリウム(9ドル)はよくできてました。宇宙背景放射は3Dで見ると意外な感慨が沸く。でも個人的には三鷹の国立天文台にある、退役プロがMITAKAという観測に基づいた星空ソフトを投影しながら解説してくれるプラネタリウムの勝ち。

外してはいけない原点。ライト兄弟が1903年に初飛行したときの飛行機はこの博物館にあるこれが本物なんだって。
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土産物屋がものすごく充実してました。3階に分かれてた。前回の日記でアメリカの土産Tシャツをクソミソに言いましたが、いいのがあったので買っちゃった。
外の芝生は緑になり始めました。
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腹が減ったのでマックでチキンサンド食って、地元駅のスーパーで買い物して帰りました。

* * *

なかなか反応のない相手に何度かメールしてみるというしょーもない作業を木金とやってましたが、これまだやんのかな。面倒なんですけど。

* * *

結局、自分でやった散髪はそのままにしてあります。
これまでは坊主→伸びる→坊主→伸びる、の繰り返しだったんですが、襟足と横を刈って頭頂部を伸ばしてみる方向にしたら、いろんな人から「髪切った?」と言われました。タモリか。失敗を指摘されているのかと思いましたがそうでもない様子。

* * *

アマゾンで、アジアンスーパーよりもかなり安く手に入って助かっていたお米が1月下旬から高騰してしまい不安になっていたところ、一時的に元の値段に戻ったので即ポチ。15kgで2500円くらい。って書くとすごい安いな。全然不満ないけど。何だろう。ちょっと欠品してただけとかならいいが。
3月半ばには届きそうで、ちょうど今あるのを食べきるくらいのタイミング。命がつながった(大袈裟)。

* * *

また25日がきて、滞在18カ月目に入りました。
2024年7月28日の離任(勝手に決めてる)へあと17カ月。折り返したのか。おお。
と一瞬目を上げたら、また足元に視線を落として心頭滅却する。

* * *

【2/27追記】
昨年秋から参加していたインフルエンザワクチンの効果に関する臨床試験が終了しました。
新薬ではなく、承認済みワクチンの効果を測定するためのもので、クリニック訪問も最初の1回なので気軽に参加でき、毎週体調に関するアンケートに答えていると、月の終わりごろにちょっとした小遣いをアマゾンギフトカードでもらえるのが楽しみでした。
インフルシーズンが終了したということですね。これも季節の移ろいを感じる出来事。

2023年02月20日

早春かもしれない

今週食べたものたち。

なぜか複数回そばを食った。
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それほど拾いものを期待しないで行った会食はベルギービールのお店。
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ところがとても面白かった。
で、激うまラムチョップで終わる。
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今週はどこかの日に、1.5m背後の同僚とハミルトンでビール飲んで終電で帰った気もする。

【追記】プレジデンツデーで祝日の月曜は、余してあった挽肉でミートソースを作りました。
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材料を炒めて、前に開けた赤ワインをぶちこんで一煮立ちさせ、ホールトマトを入れてから味をみながらいろいろ足していったら初めてにしては相当おいしくできました。Success!!
しかしマ・マーやセブンイレブンのミートソースが1缶200円くらいで買えることを思うとねえ。

* * *

土曜日、11時に起きてコーヒー飲んで、ツイッターのスペースで初めての方と喋って、昼飯食ったら頭が重くなり、15時半に横になったら20時半。バファリン飲んで軽減。
そのあと西海岸の友達とビデオチャットして、そば食って1時前に寝床に入り、たぶん2時ごろ入眠し、日曜は9時に起きました。
よくこんなに寝られたな。というか、この2週間くらい、ずっと遅寝遅起きで何かの負債がたまっていたんだと思う。眼精疲労もあったはず。

* * *

日曜はホワイトハウスの近くにあるRenwickという現代工芸美術館へ。
3.11の地震波?のインスタレーション。
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立体はたのしい。
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なんこれ。
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売店のグッズはダサめ。アメリカの土産物Tシャツはただ写真やロゴを全面にどんとプリントしただけで工夫がなく、かっこよくない。
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マクファーソン広場はホームレスのテントが撤去されていた。
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バスで黒い地域に。広告は「高卒資格とれるよ」という無料の大人用高等学校。
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ルドロワ・パークはゲートのところだけ桜が咲いていた。
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LeDroitなんですけどレドロイトって読むべき?わからん。
それはそうとこれ桜だよね?花びらに切れ込みがあるし。
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通りかかった近隣の家はガラスが割られて警察が来ていた。
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天気はよかった。

帰ってジム行って、昨年12月26日以来の散髪。今回は丸刈りではなく、ゴム紐を頭に巻いてエリア分けをしながらカットをしてみた。
うーん初めてにしてはわりとできたが絶対評価はギリギリ失敗。丸刈りにするかは明日考えよう。今日は久しぶりに睡眠が足りたせいか、とても体調がよかったです。あと、1月初めくらいから朝、寝床で咳が出て某疫病の後遺症かなと思っていたんですが、寝具を洗濯したら大幅に改善しました。後遺症はあるのかもしれないけど埃が増悪要因であった可能性は高いな。おわり。

2023年02月13日

雨、ワイン

土曜、洗いたてのシーツ!にいつ抱かれてもいいよう午後早めに風呂に入り、18時半くらいにちょっと眠くなったので歯を磨いて1時間後にタイマーをかけて布団にもぐったら2時間寝てしまい、結局寝付いたのは午前2時くらいだったと思われます。この週末は完全に体内時計の調整を失敗した。

日曜は朝から雨降り。気温もたぶん4度とか。
同僚カップルを誘って、先週行ったメリーランドのワイナリーにまたドライブしました。
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秋は外にたくさんあるベンチまで含めて席が埋まってしまうようなところらしいですが、さすがに寒い雨降りの日とあって、納屋の2階の暖房をきかせた席にするっと通してもらいました。
フードトラックで買ったタパス(ガーリックシュリンプとチーズなどおつまみ盛り合わせ)、弊管理人はまたホットワイン。同行の2人はテイスティングのセットを二つ買って飲み比べ。
いろいろ喋ってつまんでちびちび飲んで、わりとしっかり降る雨の中を帰ってきました。

DCで二人を降ろしたついでに二人のアパートの前のホールフーズでコーヒーと野菜とベーコンを買うことができ、この週末にやらなきゃと思っていた買い物はだいたい完了。
ちょっとだけ部屋にお邪魔してコーヒーとアイスクリームをご馳走になり、帰ってきました。

アパートのジムで運動して、作り置きしてあったトマトとツナのソースでパスタ食って、今週末はおしまい。夜に一瞬遭遇したゴミは下の欄に廃棄。1月からいろんなところに蒔いてきた石の回収はものすごく徐々に始まり、今週はちょいちょい外に出るかもな週です。3月4月にもうちょっと回収する感じ。

* * *

[Expletive]。

2023年02月11日

寝不足週

今週はちょっと巡り合わせで夜が遅くなる日が多く、寝るのが毎日、午前2時半とか3時とかになってつらかったです。

月曜日、某ヨーロッパの端というか中東の端の地震関係では午前2時までわちゃわちゃやって寝て、

火曜午前7時に起きたら自分の関係分が跡形もなく消えていたので、チェックする必要もなくなり二度寝。
そのあと、21時から始まる当地の一大イベントはいっちょ噛みくらいで済んだのでさっと職場を脱出。そしたら帰りの地下鉄に乗ってるところで電話がかかってきて、しょーもない案件に捕まって2時終業。

水曜は早出シフトにつき7時前に起きて、QPコーワゴールドをキメて出勤。テンション激低い状態でシフトを終え、参加費75ドルかかる会議に意を決して行ったら多分手違いでタダになったので有り難く聴講。戻って仕事に手を付けたら、前夜の仕事が長引いて徹夜した上に、昼からシフトに入って意識が朦朧としているお兄から「一杯だけ飲も」と誘いを受け、職場の近くのHamiltonというレストランへ。
チキンバーガーと、ほんとにビール1杯。
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レストランでハンバーガーどうやって食べるん?と疑問だったのですが、アメリカ暮らしのプロ・お兄によると別にどうやって食べてもいいそうです。ちなみにお兄はナイフで半分に切ってからかぶりつく派。弊管理人は最後までナイフとフォークで食べました。

ハンバーガーね。前から思ってたんですけど、なんでこんなに醜い顔しないと食べられないものが、しかも手で食うものが、こんなに普及しているのか。ハンバーグとパンと野菜の付け合わせをひと皿に並べておけば穏当に食べられるのに。
でも付け合わせのサラダも含め、うまかったです。

そんで職場に戻って一つ仕事を始めたところ、意外に悩ましい感じになり、23時過ぎに隙を見て帰宅してからもいろいろ迷いつつ一応の形となり、3時終業。

木曜はそんなわけで疲れており、しかも朝わりと頑張って行った会議の続きがあまり面白くなく、もとは「タダ飯もよくないしな」と辞退するつもりだったランチョンセミナーに「せめて飯食って帰ろう」と思い直して参加しました。
メニューは、アーモンドがいいアクセントになってたサラダ、鳥胸グリルとマッシュカボチャのメイン、あとティラミスにコーヒー、というちゃんとおいしいコースでした。
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テーブルは自由席だったので、直感でフレンドリーそうだと踏んだおばさんの横に腰掛けて挨拶して、家が近いそうなので近所のおいしいベーグル屋を教えてもらい、後から反対側の隣に座った研究者と日本の事情について話をしたりして何とかしのぎました。文法や言葉選びは怪しいが、なんかペラペラと会話はできた。特定業界の人ばかりが集まる会議で、自分にある程度知識があったためだと思われます。話すことがあれば話せるし、なければ話せない。日本語でもそう、という話。

それにしても疲れたので、17時台に職場を出て帰って、野菜と魚の健康的な夕飯を食べて22時に布団に入りましたが、結局2時まで眠れず体内時計の調整に失敗。でも翌日はなぜか元気になってました。

金曜は昼過ぎに出社してみるとまた職場内に案件が発生しているところで、その余の雑務を請け負いましょうかという意味で「猫の手いります?」とお兄に聞いたら、もろに本件に関わることになって結局午前1時まで。同じアパートに住んでる同僚に車に乗せてもらって帰りました。

今週の仕事はいずれも、来年の2月にこの日記を読んだら「何のことだっけ?」と思うくらいこまいやつがほとんどでしたが、まあ仕方ない。

本日土曜は一念発起してシーツと布団カバーを洗濯し(乾燥機のフィルターに引くくらいの埃が一度にたまった)、クイックルワイパーみたいなので床を掃除し(掃除機ぶちまけたかというくらいの埃が取れて引いた)、食料がカオスになっていた台所を整頓したら疲れ、さらにまた久しぶりにブレーカーが落ちたりしているうちに午後の深い時間になってきたのでお出かけを取りやめておやつに韓国の辛いラーメンを食べてしまいました。ちなみにUPSを導入していたため、デスクトップPCを安全にシャットダウンする時間がありました。ウェイ!

ふと外を見たら17時半でもまだ夕暮れ。本当に春はもうすぐなのかもしれない。

2023年02月04日

2月になだれ込む

半月くらい前のニュースで「春はもうすぐです」と言っていて、ああそういえば日も長くなってきたし上着の下はワイシャツ1枚でも全然いけるねえ、でも眩しいの嫌いなので目はちょっと辛いかもなあ、と思っていた、

ら、

金曜の夜はマイナス8度でした。布団に入った瞬間に電気毛布のスイッチ入れた。
当地では寒い季節に、気温と風速を考慮した体感温度(なんとなくではなくちゃんと算出する式がある)=wind chillというのを天気予報でよくやるのですが、ニューハンプシャー州のワシントン山で華氏マイナス109度(=摂氏マイナス78度)で全米新記録だと言ってました。しかし気象局でその統計が確認できなかったのが残念。

では振り返り。

日曜の夜、寝ようと思ったら職場の引き継ぎメールで月曜の早出が弊管理人であることに気付き、カレンダーへのシフトの転記をミスっていた自分が悪いのだが週明けから寝不足。

1月と2月が切り替わったあたりはあまり覚えてない。ただ夜中の仕事が多くて今週はずっと寝るのが2時過ぎだった。

木曜(2/2)は仕事がちょうど途切れたところでベアトリーチェ・ラナがソロを務めるシューマンのピアノ協奏曲を聴きにケネディ・センターに行きました。
平日の?当日券だと半額なんだって。1階中央やや後ろのめっちゃいい席が80ドルから40ドルになった。ありがてえ、ありがてえ。
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↑これはその後のドヴォルザーク交響曲6番が終わったあとのスタンディング・オベーション。
シューマンは超有名曲なわりにナマで聴いたことってあまりなかったかもしれない。
弊管理人はコンサートを楽しむために好きな曲は自分でピアノパートをさらっているのですが、この曲は全体的に指が喜ぶ系。特に3楽章は難しすぎない無窮動的なフレーズに満ちていて気持ちいいです。しかし8分音符の連続だと味付けは基本的にデュナーミクになると思うところ、ラナはそんなんお構いなしでコブシをきかせていました。練達かというとそんなことないけど自由なのは好き。何より前回のカヴァコスより7列くらい後ろの席に陣取ったら驚くほど響きがよかったので、次からはこのあたりで探そうと思います。

* * *

仕事関係会食。おととし当地に来てすぐに設けていただいた会食で使ったお店。久しぶり。前回は本当にまだ時差ぼけと疲れが抜けてなくて、食べてるそばから眠くなってきちゃったくらいなんですが、なんとなくおいしかった印象はあります。
中は立派な内装。安くはないが高っか!というほどでもない価格帯です。
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タパスから流していくのがよかろう。
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ジャガイモのオムレツ。うん、何か派手な工夫がしてあるわけでは決してないけどうまいわ。アヒージョも当然、エビとにんにくでまずいわけない。
オックステールのパエージャ。
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うめ。同行者は「すごいいいコンビーフみたい」と散々だが的確な表現で讃えてました。
このあと1品、ハムのコロッケを追加したんですが、これも秀逸で赤ワインと劇的に合った。そして満腹にて解散。次は種類豊富なタパス中心に攻めてみたい。

帰り道で1件、仕事が舞い込みましたが、家で25時過ぎまでかかって終えて東京に送って寝ました。発注元の部(出身部ではない)は目先のことばかりに忙しくて、しかもどんどんローテーションしていくシフト職場なので、今日どうしてもやらないといけない仕事以外の扱いが雑なんですよね。この仕事も送った先から一時よけとくような場所に転送されたきり誰かが触った形跡もなく、しばらくほっとかれるんじゃないかという気がします。まあ思い入れのある仕事は出身部に送ることにしてるからいいけどね。

* * *

ピーカンで激寒の土曜朝。でも晴れてるし出掛けないと勿体ない、
ということでメリーランドにワイナリーの偵察をしに行きました。

1カ所目、Windridge Vineyards。片側1車線のよく整備された道からすっと入ったところ。
おねえさんの愛想がよくて好感。
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ridge(尾根)だけに見晴らしいいですね。これは緑の季節になったら気持ちよかろう。
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水がぶ飲みして次へ。

こっちはRocklands Farm Wineryです。こちらはちょっと細い道を通っていく奥まった感じのところ。
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体が冷えてたのでホットワインをいただきました。
納屋の2階に独り陣取る。うま~
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裏庭にはにわとり。すごい体格よかった。
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いずれも誰か連れてくるのにいい感じでした。もうちょっと暖かくなったらかなー。

* * *

誰にもそんなことは言われてないが弊管理人は2024年7月28日に離任すると決めているので、1月が終わったところで滞在はあと1年半となりました(断言)。まだ結構長いな。

「後任は誰なんですか?」と昨年末から昨日までに3人から聞かれましたが、弊管理人は全く知りません。というかえらいひともまだ決めてないんちゃう?一応おじさん職位で来るポストなので、もうおじさん職位になって熱望してる人と、これからなってもおかしくなくて多分熱望してる人2、3人の顔は浮かびますが誰かねえ。そしてその次の人は4年半後か。着任時の年齢は弊管理人よりちょっと若いほうがいいと思うので、42くらいで来るとしていま37か38くらい?その歳の人いたっけ?ってかいま弊管理人は4年半後に50歳になってることに気付いてショックを受けたので風呂入って寝る。

2023年01月29日

1月下旬振り返り

月曜は某所で新年会的な集まり。日本人こんなにいたの?というくらい日本人がいっぱいいました。つまむものも出て、久しぶりに天むすや、鮭の西京焼きなどをいただきました。
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知り合い何人かに会いましたが、みな「知らない人ばかりだ……」と言いながら途方に暮れていましたとさ。

今週の平日は上記の月曜昼と、早出だった水曜の朝と昼以外、外食をしませんでした。
これはいつだっけ。いただきものの九州ラーメン。
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おいしかった。

金曜午後も日本関係の新年会があり、お寿司や日本酒が振る舞われていましたが、なんか人が多いわりに新しい知り合いができるようでもなかったので、早々に退散しました。やっぱり誰かに引き合わせてもらうのが一番いい気がする。そもそもそんなに日本人と幅広く知り合いになる必要もあるんだろうかとか。

土曜はいい天気でしたが、起きるのが11時を過ぎたので、買い物のみの外出でした。
韓国スーパー、Hマートの、いつも行くところよりちょっと遠いが大きなフェアファックス店。
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野菜、いろいろ種類があるんですけど、同じキャベツでも丸いグリーン(手前)と平べったいホワイト(奥)があって、アメリカ資本のスーパーにも置いてるグリーンはちょっと硬い。ホワイトが日本でおなじみのキャベツです。炒めるとしなっとなるやつ。ネギも韓国ネギと日本ネギがあったりします。しかしこういうアジアの野菜を作ってるところがちゃんとあるんですね。助かる。
帰ってきてジムで運動してから、かけそばとカレーで夕飯。ちょっと食べ過ぎたかも。
そのあとアメリカの確定申告の作業をしました。初めてだった去年はかなり面倒でしたが、今年は去年のデータが入力されたエクセルのシートを更新する作業だったのでかなり負担が軽減され、夜のうちにすっと終わりました。よいよい。

日曜はちょっとこのところ再訪したかったNorthside29へ行って朝飯。
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あいかわらずパンケーキがでかい。コンビーフハッシュもいいね。
コーヒーおかわりしながら食べました。地元や近隣の人たちが多いと思われ、とても賑わっていました。
雨の予報どおりに降ってました。
帰り道はターゲットというデパートに寄って机の上の整理用品と、なまくらで辟易していた台所のはさみの新しいやつ、あとはメモ用紙とほうれん草を買ってさっさと帰宅。あとはいろいろ作業しながら過ごしました。

この週末はゆったり過ごせてよかったです。

* * *

週が明けると2月です。
まだ「今年やること」を考えつつ、少しずつアレンジなどしています。

* * *

◆中屋敷均『遺伝子とは何か?』講談社、2022年。

2023年01月22日

ジョバンニ

平日4日の週。身が入らなかったけど、とりあえずやろうと思っていたことはやった(できた、とは言わない)。あとは流れのままに。

Giovanni's Trattu。
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どうも天国は魚介にあるらしい。とりあえずアサリの酒蒸し、くらいの感覚で頼んだムール貝でまず昇天。ガーリックトーストをお出汁に浸けて食べたら前菜なのに涅槃が見えた。写真にある魚介の煮込みは前回に続いて頼んでしまったが、既視感よりも鮮烈な味の印象が勝った。つまり痛いパンチは毎回痛い(例えが悪い)。
六道でいうと次に当たる人間界(例えに一貫性がない)がポルチーニ系で、前回はリゾット、今回は写真のラビオリ。おいしくないわけないだろうキノコが。ちなみにカルボナーラは意外なことに箸休めみたいな力の抜け方だった。めたくそに酔った。何を思ったか家の前でインスタライブをした記憶の痕跡がある。

翌朝は鼻水と喀痰でえらいことになりつつ、しかし平熱で血中の酸素濃度も普通だったので単なる二日酔いと判定。前週から引きずっていた仕事に区切りをつけて肩の荷を降ろし、水曜と同じ同僚と、こんどはケネディセンターにコンサート聞きに行きました。そして帰って早めに寝た。

金曜までに体調は全回復、というか今年一番体調がよかったかもしれない。
昼は残り物の材料消化で、大根とえのきとわかめの味噌汁、なめたけ、回鍋肉もどき。
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甜麺醤と豆板醤を2:1くらいで混ぜて炒めるとそれっぽい味になった、というくらい適当な料理ですがおいしかったです。

体調のよさに乗じて疫病の4回目接種(前3回のモデルナから変わって、今回はファイザー)をし、車で出勤して夜勤をやって同じ方向の同僚を送って帰宅。

土曜はものすごく怠惰に過ごした。1階のターゲット(イトーヨーカドーみたいな店)に行って食料品とゴミ袋を買ったのと、9階のジムで運動したくらいしか動かなかった。

日曜は断続的に雨。同僚と仕事先の人を車で拾って、フェアファックス郡にあるブルーオーシャンという日本料理屋まで行って昼飯。ここは弊管理人の前前任が通い詰めたお店だそうです。日本人がやってるだけあってすごく日本の味だった。
ついでに近くのTous les Joursというベーカリーを偵察。韓国資本らしい。
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あんパンとか、日本ぽい食パンやデニッシュ、ちゃんとしたケーキなどあり、やっぱり韓国わかってるやん、と思った。
同行の2人を送ったら、それぞれからお菓子をもらいました。帰ってちょっとうたた寝して運動してご飯食べて日曜終了。

* * *

・ちょっとだらけていますが、焦っても焦らなくてもまたしょうもない用事が入るでしょうから、今はとにかく手が空いているうちにずっと気にかかっていた雑用のたぐいをできるだけ処理しておこうと思います

・職場の主流の人たちに鬱憤がかなりたまっているらしいことを聞きました。しかし弊管理人は傍流なので、なるべくマグマからは距離をとって生きていきたいなと思うのみです(10年若かったら何か言ったと思うが、もうそういう世直し的な行動には関心がなくなった。聞かれたら言うけど)。別の傍流の人たちもそう言っていました

・4回目接種は結局、何の副反応もありませんでした。次は秋口だな

2023年01月16日

3連休

月曜がキング牧師記念日のため3連休でした。
どうしたかというと「3連休なにしようかな~」で終わりました。
日曜はダラダラしすぎて家から一歩も出なかったので、夕方から仕事を1本やって(←貧乏性)、アパートのジムに行って運動して寝ました。
日曜、月曜は11時を大きく回って起床。寝すぎ問題。しかし若干疲れてた気はする。

月曜、さすがにちょっと出掛けようと、以前もお茶を飲みにいった山のほうの街マーシャルへ。100km/hでぶっとばして45分くらいのドライブです。気分転換にちょうどいい時間ではある。
そこにもあるダイナー。15時くらいになってましたがちょいちょい地元民ぽい母子連れとかおじさんとか、若者グループ(固まって入ってくるのではなく1人が2人、3人とだんだん増える、いかにも地元っぽい人々)が来てなんか食ってました。しかしこの時間なのにおやつじゃなくて飯食ってるっぽい。ちなみに弊管理人以外全員白人。
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エッグベネディクトを頼んでみた。朝食メニューの定番ですが、こっち来て初めて。
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オランデーズソースを見慣れないのでどうしても脳がハインツのマスタードだと認識する。出来合いかなと思うけど一応オランデーズ。Yelp(食べログみたいなもの)のレビューを見たら「薄く広いメニューを提供する、小さな街にある典型的なダイナー」との評があった。他の街のダイナーは知らないがそうなんだろうなと思います。

いつものことだがむっちゃお腹にたまった。
マーシャルのメイン通りにあるパン屋Red Truckにお茶しにいきます。
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閉店が近いせいかほとんどパンが残ってなかった。
バーボンケーキとアイスコーヒー。
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すごいバーボン味。でもうまい。

ちょっと一回りして帰りました。
アマゾンで注文してたコーヒーミルが家に届いてました。日本で使ってたのとほぼ同じ形のが11ドルくらいで売られていたので即ポチした。
帰省したときに持って帰ってきたドリッパーとフィルター、それとこのあいだホールフーズで買った豆があるので、これでやっとインスタントじゃないコーヒーが家で飲めます。
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夜やると寝れなくなるのであすの朝ね。

* * *

母方の叔父がレビー小体型認知症でずっと介護が必要になっており、窮乏しているらしい叔母を援助するための匿名資金を伯母に渡したら、半分叔母に渡したものの、もう半分を弊管理人に返すというのでちゃんと渡すように頼みました。しかもいとこ(叔母の娘と息子)が叔母を助けないというので叔母に「育て方を間違えた」と指摘して泣かれたという。あの……うちの父と絶縁になったの、そういう気持ち先行で突っ走るところではなかったかしら。

しかし、いとこにしても叔母にしても伯母にしても父にしても(弊管理人自身も含め)、歳食うと何か言っても人は変わりません。とりあえず伯母には、叔母を責めるのはやめて高額療養費制度を適切に使っているかを検証するのを手伝ってあげてはどうかと言いました。そして、弊管理人からの援助だということを叔母に言いそうになっていたので「だめ」と念押し。甥っ子からお金出てるとか嫌でしょ。危うい。そしてこういうときに介入できない距離は不便。

2023年01月15日

20年

20年後の1月15日を、日本では15日ですらない場所で迎えるというのは予想してなかった。
結構具合の悪い母が今朝の夢に出てきました。文脈は覚えてません。前夜に伯母から20年だねというメールが来たためだと思われます。

軽く弊日記を辿ってみたところ、3年目はまだ記憶が新しそうでした。5年目、10年目、15年目はもう同じことで、意味を失った時間において無限のカウントアップをただ迎えては見送っているだけ。「急性期」は10年目ごろまでに越えたようです。弊管理人も環境もただ20年分古くなり、消耗しました。実家には10年前と同じ位置に写真があり、同じように仏壇に一口分のぼた餅などが供えてあります。そして、弊管理人とそのリーチが抱えている記憶は「外の世界」から完全に隔絶している。

起点となる日を持ったことの副産物として、成人後の20年という時間の感覚がだいたい掴めました。未婚男性の平均寿命まではこれをもう一回。やると思うとなかなか長いけど、やらないかもしれない。基本的にやることを想定しながらやらない可能性も意識する、くらいで行くんだと思います。年始の日記にも書いたけど、新たなスタートに倦むタイプ。

* * *

ところで14日の土曜は、よく会社の給湯室でOLトークをしている同僚のうち1人からお誘いをいただき、メリーランドのお家で夕飯をいただいてきました。
持っていったのはうちの近くにあるRandolfのケーキ。
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まともなケーキを探していて行き当たったお店で、今回初めて使ってみました。弊管理人が食べたのは右下の黒い塊。中はムース。若干重めとはいえ、砂糖がジャリジャリしてるようなやつと比べれば全然まともでした。1個6-7ドルなので高いこともない(円換算してもまあ今日び800円くらいのケーキはあるわな)。

奥様の手料理はタジンと、塩豚・白菜のスープ。うま……
1年ぶりに見た娘さん(小5)は、なんかおっきくなったなと思ったら背が12センチ伸びたそうです。英語の発音もすごいよくなってた。20数年にわたって5年生を担当しているベテランのいい先生に当たったとかで、勉強の環境も申し分ないそうです。おお素晴らしい、ライフステージに変化のある世界……

こちらの同僚は弊管理人より2カ月早く着任し、任期2年なので今年後半に帰国となりそう。娘さんは秋から中学に行きたかった(こちらは6年生=中学1年生)と残念そうですが、日本では帰国子女枠の中学受験が11月ごろだというので、それには間に合うもよう。お父さん(=同僚)がアメリカ国籍を持っているので、こちらに住んでいるうちに娘さんも取る手続きをするのだそうです。そんなことできるのね(というか本当は生まれたときにできるんだって)。そうするとこちらの大学に行く時にあほみたいに高い外国人の学費を払わなくて済むこともあり、また戻ってくるのでしょう。こうやって国際人は再生産されていく。

にしても2年だと短めだな。というか弊管理人が代わってあげたい。けど、同僚氏もわりともういいやっていう雰囲気なので、本人的にも娘さんの進路的にもちょうどいい時期なんだと思う。

* * *

14日は、同じ職場に弊管理人を含め3人いる同期のうち1人が帰国しました。

* * *

タイヤ修繕は先週後半に完了。フレームとタイヤの間のシール材が劣化して、微小な空気漏れが起きていたとのこと。たぶんこれで大丈夫だと思うと、また車で出掛けようという気が起きてきます。

* * *

時差ぼけは解消。

* * *

先週はやろうやろうと思っていたことが進まなかった。

2023年01月08日

旧年補遺とか

6日金曜にそろりと初出勤したらいきなり大きめの仕事に当たり、土曜朝になった東京とやりとりしているうちに「東京の担当者に家の用事があるので、東京で14時からのオンライン行事をそっちでカバーしてくれない?」と言われ「DC時間だと午前0時からなんですけど」と嫌オーラを出したら、当該案件に明るくない東京の出番の若者がやることになりました。いや弊管理人がやれば確実に話が早いんだけど、午前3時4時まで働きたくないじゃないですか。

実は東京側の相手は弊管理人のDC前任者で、在任時から「深夜に働かされるのは人権侵害」と主張していた人なので、それにありがたく乗っかった次第。そしてあっさり納得いただきました。

そんで土曜は出番だが出社拒否して在宅でやりました。
日本→アメリカの移動は時差ぼけがきついという印象ですが、今回は帰着日の帰宅が深夜になり、さらに片付けとかしていて疲労を上乗せした状態で未明に寝たせいか、夜寝て朝起きるサイクルにするっと入れています。ただ金曜、土曜とも20時ごろいったんすごい眠くなって、深夜にちょっと目が冴えかけつつもやっぱり寝る、いったん未明か早朝に目が覚めるけどまた寝る、ンコが朝飯後ではなく夕飯後に出る、という「体内時計が若干調整しきれていない感じ」が残ってます。

* * *

今年の身の振り方を考えながら、まずは自炊を再び軌道に乗せようと、日曜はアジアンスーパーを韓国→中国とはしご。
中国スーパーは旧暦の正月が近いとあって飾り(売り物?……と思ったが写真を見直したらやっぱり飾りか)がきらびやかでした。
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日本食の材料や調味料などはだいたい値段が3倍。アメリカは食品の持ち込みが厳しいと聞いていたので、今般日本から持ってくるのはお菓子メインで量も控えめにしたんですが、サンフランシスコの入管では「なんか申告するものある?」と聞かれただけだったので、もうちょっといろいろ買い込んできてもよかったかもしれない。まあお金出せば大抵のものはアメリカで買えるんですけどね。

あと、砥部焼のコーヒーカップを松本で見つけて、買おうかどうか迷っているうちに家族から「もう行くよー」と言われてやめたんですが、あれは買うべきだった。

* * *

そういえば、乗り継ぎにほぼ遅刻しつつダッシュして乗れたサンフランシスコで、CLEARというサービスが威力を発揮しました。
保安検査に並んでいる人たちの列をすっ飛ばして、いきなりX線検査の手前まで係員に連れていってもらえるものです。年200ドル近くして結構お高いのですが(ちなみにAMEXのプラチナカードだとこの費用が償還される)、去年、ものは試しで契約してみていました。

飛行機はそこそこ乗るのだけど、週末とか休暇シーズンにほとんど旅行をしないので、保安検査場にそこまで長大な列ができてるのに出くわすことはなく、まあちょっと時間短縮したかな、期限がきても継続するかどうかは微妙かも、くらいの印象でした。が、今回は帰省から戻るピークの時期に当たり、これがなかったら確実に乗り遅れてた。結局、預け入れ荷物が一つ後の便になったので乗り遅れても一緒だったんだけど、急ぐときには助かることもあることは分かりました。

それにしてもカネを払えばすいすい、払うのが嫌なら列に並べ、というのはいかにも当地なサービスです。大阪の某テーマパークもそうだとか聞いたけど。

* * *

まだちょっと日本の余韻を引きずってる。ファミマで買ったけど食べないままスーツケースに入れて持ってきたホワイトチョコがけの苺とか、セブンのレーズンサンドとかを消費しつくした頃には、だんだん記憶が薄れて元に戻っているかもしれない。

2023年01月06日

長野年越しと東京と所感

アメリカに戻ったので、大阪より後のことは圧縮して。

12/29-1/3は長野で年越し。
実家の朝飯。光り輝くお米。
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30-31日は松本。
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浅間温泉「菊之湯」に宿をとって父、妹と一泊しました。
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浅間温泉自体は特に見るところもないのだけど、他人が作った夕飯を食べて、風呂に入って寝るだけだっていいじゃない。古民家を生かした建物、民芸の宿、みたいなところで、食器もいい趣味だったと思います。
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22時に男女の風呂が入れ替えになるので、そうしたらもう一風呂と思っていたのに、21時前に寝てしまいました。朝飯も素敵。
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31日はチェックアウトしてからなぜか北に向かい、小布施と善光寺に行きました。
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南部にある両親の実家や今の父の家には住んだことがないので、3歳から高校を出るまで住んでいた長野市のほうが懐かしさはあるんですよね。
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日が傾いてから長野市を出発し、駒ケ根の回転寿司屋で夕飯食べて、実家に戻って紅白見て寝ました。

元日は母方の祖母宅へ。今回は右ハンドルの運転に父が懸念を示したため電車でGO。いや運動にもなるしそのほうがいいです。
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閑散とした駅前から生体反応のない飲み屋街という、普段通らない道を歩いてみました。
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昼ご飯は伯母のごちそう。今年も健在でよかった。
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耳が遠くなり補聴器を買ったとのこと。ずっとガラケーユーザーで「スマホの話などしないでおくれ」と拒んでいたのに、とうとうiPhoneに乗り換えて親戚や友達とLINEしてた。もう何十年も前に建てたきり、最近はほとんど住んでいなかった家を二束三文で売ったらしい。うーむ。でもまあ手元にお金は残ったようだし、本人がいいならいいか。
日本を発つときに最後かなあと思った祖母は、車いすから立てなくなっていましたが、102歳を迎えてもご飯をもりもり食べていました。

2日は父に車に乗せてもらって父方の祖母宅へ。
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こちらも96歳だって。祖父が作っていた梅や栗の木が「近在の人たちがボランティアで来た」とかでばっさり伐られていて、父が「まだ実がなってたのに。ボランティアというが炭焼きがしたかっただけだろう」と呆れたり怒ったりしていました。でもまあ祖母も手入れができるわけでなし、こちらも本人がいいならいいか。祖母は元気でした。跡取りの三男(父の弟。長男は独身、次男の父は婿養子なので三男が継いでいる)はちょっと離れた町に住んでいるが正月になっても来ないので、縁側でぼーっとしているのだそうです。ううむ。
夜はいつものソースカツ丼を食べにいきました。
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3日は高速バスで東京に移動。Uターンはピークのはずでしたが、小仏トンネルも含めて全く渋滞が起きておらず、予定通りに新宿に着きました。
大阪時代に知り合った看護師の若者が、保健師の資格を取りたくて関東某公立大の3年次編入試験を受けたら受かったというので、リクエストのあった焼肉でお祝い。ゴールデン街の近くにある「モンシリ」です。
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かなり久しぶりだけど、とてもおいしかった。若者は看護師ですが、ずっと現場は体力的にきつかな、というので保健師とって公務員を狙うそうです。そういうもんかあ。春から2年間の大学生活で、終わって資格を取ると34歳。そろそろ就職はぎりぎりの年代とのこと。「お勉強頑張ってね」といって別れました。

4日も早起きは続いており、朝8:30からバルト9で「すずめの戸締まり」を見てしまいました。何の予備知識もなく、そういや新作が公開になったとかどっかで見たなというだけで行きましたが、これは見てよかった。
それから紀伊国屋書店で本を物色。知らないうちに改装されてましたが、棚の配列に余裕ができた代わりに品揃えが悪くなったような。20冊くらい買って帰るぞと意気込んだものの、4フロア見て結局買ったのは5,6冊。あとはタイトルだけチェックしてキンドル。
夜は飲み友2人が来てくれて、ねぎしで夕飯。それから旧知の飲み屋さんに行きました。チェックしないで行ったら毒気の強い店主が店番の日で、若干もやもやとしながら辞去。街は三が日の営業が一服して閉じている店が多く、他に挨拶したかった人たちには会えないまま。3日と4日の予定を入れ替えたらよかったかな。でも開いてるお店を見つけてまたちょっと飲んで喋って帰ることができました。「アメリカナイズされてなくて見た目も振る舞いも全く変わってない」とのご指摘を複数いただきました。

5日は思い出横丁の岐阜屋でチャーハンを食べ、2020年の初めまで住んでいたあたりを散歩して帰路に就きました。

羽田→サンフランシスコが9時間、そこでの入国審査がめっちゃもたもたしており、通過して荷物を取ってもっかい預けて保安検査通ってダッシュ。11:00発の飛行機の搭乗橋に通じる通路が11:01ごろ着いたら当然閉まっていて、あー変更手続きかーと絶望していたら地上スタッフのおねーさんが仕事を終えて出てきたのに鉢合わせ、お互いキャーって言って乗ることができました。
しかし預けの荷物は間に合わず、2時間後の次の便に乗ったようなのでDCの空港に着いてからターンテーブルの前のいすで待機。使ったユナイテッド航空にぶつくさ言いがてら手続きの問い合わせをしたら15ドルの食事券をくれましたとさ。

いや、12日間で3地点回ったのも手伝って日本を満喫した。トーストやスパイスカレー、チャーハンとかネクターとか、完全に頭の外にあった食べ物を口にした瞬間に、味の記憶がじわーっとしみ出してくる経験を何度もしました。そして日本はやっぱりいい、と思った。

あと、これは前々からそうではあるんですが、「もうすぐゴール」感のある年末が終わって、また目の前に茫漠とした1年が現れる新年の「また頑張んなきゃいけないの……だる……」という感覚がいつもより強かったです。

では2021年5月に異動の打診を断って引き続き大阪支社の高齢者を心底軽蔑しながらしのぎ、22年前半に既定路線で東京の出身部に戻っていたらよかったかというと、それでもやっぱり茫漠とした生活を前にして「だる……」ってなっていたでしょう。今回のディスカバー日本がよかったのは1年3カ月分を10余日に圧縮した密度の高さによるものであり、さらに住所のない故国は「なつい」とは思ってもホームではなく、本質的に安定とホームを志向しているはずの弊管理人なのに、年々動けば動くほどそういうものから遠ざかっているのは一体どういうことなのだろうと思いました。

あとは雑感。
・日本は想像していたほど行き詰まった雰囲気ではなく、
・大阪や東京では若い人が働いていて感じがよく、
・テレビは同じ人たちが年だけ取って出続けており、
・俳優さんもアイドルの人たちも男はあらかた貧相で、
・おねーちゃんたちは引き続き他人恐怖症(雑踏の中にあって自分以外に人間がいるということを必死に否認しようとしている)かのような歩き方をしており、
・交通システムも行政手続きも相変わらず予測可能性が確保されており(つまりアメリカとは逆にサービスが没個人化しており)、
・弊管理人が唯一アメリカナイズされたのは道路を横切るときに左側を見てしまうことくらいであることに気づき、
・キャッシュレス化がずいぶん進んでおり、
・一部ハイブリッド化した軽自動車が移動手段としての優秀性を強めており、
・外でマスクをしていながら飲食店では外して会食をするという意味のないポリシーが高度に維持されており、
・朝の動き出しが遅く
・都会はよく歩くことが確認された

2022年12月31日

大阪でディスカバージャパン

【12/27】

DCから大阪に夜着いて寝たらやっぱり午前3時にぱっちりお目覚め。
午前7時に宿を出て、北浜駅近くのよく使ってたATMでほぼ2年ぶりに通帳記帳。
それから国際免許証をとるため、京阪に乗って門真の免許センターに行きました。
モーニング食べて、免許とって、そのあと郵便局で郵便物転送の継続手続き、あと髪切りました。
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所感。

<モーニング>
・日本のトーストはふかふかでうまい
・なんてことない喫茶店のコーヒーもうまい
・そして安い
<免許センター>
・客の流し方がシステマティックで手続きが明確。バージニアのうんこみたいな窓口係とは雲泥
<床屋>
・安い。丸刈りで1300円シャンプーつき
・営業ではあるんだけどフレンドリー。客が来ることを面倒だと思ってるかのようなアメリカの接客とは雲泥

あと、
・湿気のせいか、覿面に肌の調子がいい
・軽自動車素敵
・しばらく使ってなかったPASMO止まってなくてよかった。銀行カードも普通に使えてよかった

で、天満橋まで戻ってきてニトリと無印で雑貨を買い漁ったあと、会社の後輩ちゃんと昼飯。渡邊カリーでカツカレー。
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うま……
そのあとスタバで主に人の悪口ゆってバイバイしました。

少々午睡ののち、仕事外知人24歳と飛鳥で焼き鳥。
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弊管理人が大阪にいたときはコンビニでバイトしていたのですが、その後は工場に就職して、周囲がとても優しくていい職場とのことです。よかったねえ。

【12/28】

兵庫のおともだちとJR芦屋で待ち合わせ。
インデアンカリーでお昼。
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完成されてんな。

フランク・ロイド・ライト設計のヨドコウ迎賓館を見に行きました。
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もともと灘の酒造・山邑家の別邸として、帝国ホテル建設のため来日していたライトが依頼を受けて1918年に基本設計を完成、ライト帰国後に弟子の遠藤新と南信が実施設計と施工をしたというもの。1947年から淀川製鋼所の社長公邸となりました。
ばりっばりライトの客間。
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施主の希望で追加された日本間(ライトの設計にはなかったそう)。
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装飾的な食堂。
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撮られていた。
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食堂から外に出るとこの眺望。
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金持ちはこういうものを残すべきやね。こういう意匠は10月にタリアセン・ウエストで見た気がする。
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そんで元町へ行きました。
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南京町のお人形かわええ。
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最初に一緒に来て、老祥記の豚まん食べたのは2006年2月。
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うまかったです。
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お茶して三宮まで歩いて別れました。
阪急で大阪まで戻って、去年、営業自粛の中で挨拶できないままだったお店に顔を出しました。
しかしそれ以上は眠くて行動できず、ホテルに戻って就寝。

【12/29】

朝はやっぱり5時台に目が覚めたので、近くの松屋で納豆朝定をいただきました。
納豆も豚汁も渡米ぶり。
コンビニスイーツ買い食い。
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日本ではこれをやってたので太ったような気がする。会う人会う人に「痩せた」と言われました。アメリカで一度も体重を計ってなかったのですが、このあと行った温泉で計ったら出発時から6キロくらい落ちてました。うんまあ実感に合う。

チェックアウトしてから、新大阪―(新幹線)→名古屋―(バス)→実家と移動です。
名古屋では鈴波で定食を。
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結構並んだ。でもみりん粕漬けうまかった。こういう複雑な味はDCにはまずないんですよね。

大阪で「やっぱり日本いいな」と思ってしまいました。
しかしDCに行かなかったら幸せだったかというとそうではなく、行ったことの反動としてそう思っている。

山あいの郷里(といっても住んだことはない。父親の出身地)着。
ひところかなり不安定だった妹は仕事が順調なようで具合よさそう。
そのほか特にやばそうな点は当座見当たらずよかった。

22まとめ

1月 オミ禍で職場誰もおらず在宅仕事。3食のペースがまだ掴めてなかった様子
2月 オミ禍は和らいできたが悶々と生きていた様子。東欧の戦争の余波が多少
3月 車でよちよち近所お出かけ。フロリダ出張楽しかった。桜が咲いた
4月 電子ピアノ導入。ピッツバーグでブロンフマンよかった。ハーパーズフェリー遠足
5月 NYへ初の鉄道出張。ブルーリッジへハイキング。なんか春は随分頑張って出かけてた
6月 どんどん暑くなっていった。公文書館初体験。バージニア南部へ初の車出張
7月 ボルチモア出張。夏休みでアリゾナ・ネバダに行ったあたりから英語慣れしてきた(遅
8月 アポイントが入らなくてやきもきした末のベミジ出張は大団円。からのフロリダ
9月 またフロリダでだいぶ慣れた。豚の丸焼きは鮮烈だった。とうとう疫病罹患
10月 咳をやや引きずる。急に決めたアリゾナ出張は結構疲れたがまあ面白かった
11月 エジプト出張は結構充実。七面鳥お呼ばれ2連続、ありがたいことです
12月 カナダ出張以来、アウトプットが回復しないままクリパからの一時帰国

アメリカ2年目に入る手前から諦めがついたというか、もういろいろ交渉してだめならだめでしょうがない、という境地に入っていくらか見通しがきいてきたかも。あと何につけ「いちいちイライラしてもしょうがない」と鷹揚になってきた、たぶん。

しかし1年頑張ってみた後にやる気がなくなって回復しない。さらに日本に1年3カ月ぶりに来てみて「やっぱこっちやな」と思ってしまった。まあ年が明けて仕事が立ち上がってくればまた流されていくのでしょうが。月1で出張など何らかのイベントがあるくらいがちょうどよかったので、そういう塩梅で予定を入れていきたいです。

2022年12月26日

クリスなだれこむ末

モントリオール出張を1日短縮した影響でいろんな後始末をすることになり、エアカナダにイライラしたり、ユナイテッドと交渉してちょっとあちらがかわいそうになるくらいの処理をしてもらったり、ヒルトン(日本だと高級なイメージだがアメリカでは東急くらいなので出張によく使うのです)にはらはらさせられたりしつつ、最低限の落ち着きはしました。

てなことをやっている間にDCの気温はどんどん下がっていき、氷点下12度までいきました。ニューヨークは運転禁止、中西部はこんなもんじゃない低温になっていたようです。

で、24日は先日の感謝祭で七面鳥にお招きいただいた人たちにまた誘ってもらってクリパ。
プライムリブ。すげえ。
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次の日に一時帰国するので、早めの21時くらいにおいとましようと思っていたら、プレゼント交換のイベントが22時から始まり、ちょい遅くなりました。日本人と配偶者のアメリカ人で計14人。最後のほうは酔っ払いの理系おじさんらがけっこううざくなっており、ホストの家なのにコップひっくり返して氷を拾わなかったり、ゲームのパーツを汚したまま組み立てたりしていたので、騒ぎに紛れて「拭けや!」と注意しました。白髪頭にもなって大学1年みたいな飲み方すんなよ。
結局24時前に辞し、25時ごろ帰宅して洗濯、もろもろ準備して、4時間余りの睡眠で出発。

DCのメトロが11月、中心部から50kmくらい離れたダレス空港まで延伸したので、それ使ってみました。
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ウーバーだと6000円くらいかかるところ、土日の均一料金2ドルで済んでしまった。ちょっと時間はかかるので出張で使うかというと使わないけど、私用ならまあね。

ところでクリパで都市計画をやっている人から聞いたところだと、鉄道駅ができると土地の価値が上がって喜ばれる日本と違って、アメリカはバスや鉄道の路線が拡張されると低所得の人たちがコミュニティに運ばれてくるといって反対運動が起きることがあるそうです。もともと金持ちは車を持ってるから公共交通機関がなくてもどこにでも行けるわけだ。そうかあ。

全日空1便でワシントン→成田、14時間。読みさしの本を1冊終えて映画2本見て、うとうとしてたら着きました。後ろの席から搭乗させたり、客が適宜背後の客を通しながら頭上の荷物入れを取り扱ったりするおかげで、アメリカの飛行機よりもすいすい乗り降りしている気がする。後ろに目がある特殊民族、みんな忍者かと思わなくもない。しかしちょっと人のことを気にしすぎともいう。そのかわりクレームの反射神経は悪く、ひとしきり不利益を被った後で文句を言うよね。弊管理人も含めて。

成田からピーチで関空、そんでバスで梅田。車の左側通行に若干違和感を覚えたほかは、「ああニッポン~~!!」という感激はありませんでした。アメリカの1年3カ月の流れが速すぎて、長く空けていた感じがしないんではないか。

堂山の「にしやま」さん、月曜定休のはずが、「定休日ですよね?」とLINEしたら返ってこなかったので、もしやと思って行ってみたらやってました。26日で年内は終わろうかと思っていたそうです。

おばんざい万歳!!
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1年半前のようにレモンサワー飲んで、おでんと、じゃこめし食べました。
去年8月、デルタ禍で休業している間に弊管理人は引っ越してしまったのでさよならが言えてなかったんですよね。そしてその間に店主氏の相方さんが急に亡くなってしまっており、献杯も。

ホテルでお風呂入って23時過ぎに寝ました。そしてやっぱり3時前にぱっちりお目覚め。

* * *

◆都築響一『圏外編集者』筑摩書房、2022年。
よかった

2022年12月17日

しわす前半いろいろ

前回の3日からこっち何してたっけというと、ほとんど覚えていないくらいこまい仕事で時間がたってしまっていたような気がします。
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これは確か、DCの某シンクタンクへ行って職場に戻る途中になんとなく撮った写真。
公園を埋め尽くすほどのテントも見た。
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寒かろうと思うが、しかしみんなこのスタイルということはこれでも冬を越せるということなのだろうか。

* * *

結局、運転免許は10日の失効まであと5日というところでゲットしました。
免許センターで写真を撮るんだけど、シャッターが下りるタイミングを間違え、しょぼくれた感じになってしまいました。今よりずっと心身ともにきつくて体重も減ってたと思われる去年のこの時期の写真は、逆になぜか微笑かつ健康的に撮れていたのに、ぬぬぬ。でもまあ年内に片付いてよかった。

* * *

年末の一時帰国のアレンジをだいたい終えました。成田着でそのまま東京に行くか、国際免許をもっかい取りに大阪に行くか(必須ではないが、こう出張が多いと日米以外の国で運転する可能性もあるし、来年また更新ではらはらするの嫌だしという趣旨)迷ったものの、東京にそんなに長くいてもすることが多量にあるわけでない、ということで成田から乗り継ぎで大阪に行くことにしました。

そのあと長野に移動して年越し、東京に2泊して羽田から戻るという日程。わりと詰め詰めになってしまったかも。

しかしよく考えると、大阪近辺でやり残したこともそうなく、東京でやりたいこともそうない。そば食いたいなと思ってましたが、先日アジアンスーパーでセブンイレブンで売ってるような乾麺と「めんみ」を仕入れてモリ/カケをやってみたら満足したので、そば欲は満たされてしまいました。牛丼もできたし、あと自分でやる気がせず、店屋物もしょぼいのはとんかつと焼き魚(特に西京漬け、粕漬け。アメリカだとTERIYAKIになってしまう)くらいかなあ。

100均で買える雑貨が妙に高いので、そういう単価の安いものばかり仕入れることになるかもしれない。
それと、コーヒーのドリッパーおよびフィルター。カリタの300円くらいのプラスチックのでいいのに、これがどうも見つからない。アメリカ人はどうしてるのだろう?粉の入った小さいカップをセットして落とすコーヒーメーカーをよく見るけど、多くの人がそういうのを使ってるのだろうか。カップはスーパーで普通に売ってるしな。
前に職場の流しが詰まって、修理にきたでっかい黒人のおじさんに「なんで詰まったの?」と聞いたら「コーヒー流しすぎたんじゃね」と言ってたが、あれは液体のコーヒーではなくコーヒーの粉のことを言っていたのだろうか、そしてコーヒーの粉を流すような方法(ネルドリップとか?)で煎れているのだろうか。

閑話休題、買い物は本がメインで。20冊くらい買ってくと思う。

ほかは何より何人かの人に会うってことですね。

* * *

というか今、出張でカナダのモントリオールにいるのですが、来るときは直行便なら1時間40分のところ空港着からホテル着まで16時間という長旅になったこともあり、そして帰りにも若干の不安があることもあり、その話はDCに戻ってから。DCに戻ると2日出勤して冬休み・帰省です。

2022年12月03日

しわすでごわす

酒場でDABADAみたいだな。でももはや多くの人に通じない。

東京の非出身部から「(弊管理人)は力が有り余ってるから××をやらせてくれ」という余計で曖昧な指令が現職場の上の人に来たとのことですが、余計で曖昧だったのではいはいって言って無視しました。

Sfoglinaというイタリア料理店、仕事関係者と。
メニューからしてパスタ推しのお店。とりあえずラビオリとミートボールを頼みました。
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あ、うまい。ラビオリの中にヤギのチーズ。ミートボールも含めてハーブ使いが秀逸。
結構味が強かったので、軽い白ワインのボトルを頼んで正解でした。
追加でカーチョ・エ・ペペ。
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あみあみのパスタはスポンジみたいに使って、ソース全部こそげて食いたまえ、みたいな料理。カーチョはブルーチーズかな?「やりましたね」「ですね」と目配せしながらおいしくいただきました。
安くはないが「おいおい」みたいな値段ではないですね。仕事で使いたい。

* * *

すごい頑張るマンの同僚は、たぶん実態としては引き続き頑張ってるんだけど、いろいろ会社・仕事まわりのひとたちに幻滅し、気持ち的には生活を楽しむモードに移行したそうです。いいことだ。たぶん弊管理人と同時くらいに東京に戻りますが、そしたらどうにかして修士とって国際開発金融機関かどこかに就職して、愛しの息子ちゃんと一緒にアメリカ永住を狙うといってました。

* * *

エジプトから引きずった下痢が治ったあと、反動のように前より便が硬くなりました。野菜は食べてるけどな。腸内細菌が入れ替わったのだろうか。

* * *

金曜朝、早出シフトの前に職場近くのマクドナルドで朝飯を買おうとしたら、店員さんが他のオーダーの準備でレジを一顧もしないので暫く待っていました。すると後ろから黒人のおねえさんが「ちょっと!オーダーとってあげて!」と呼びかけてようやくレジ係登場。おねえさんも早く買い物を済ませたかったんだと思うけど、やっぱりアメリカは声出していかないとあかん。面倒臭い。

弊管理人含めて職場にいる3人のバージニア勢が、同時期に免許更新をしようとしています。アメリカ国籍の人は今時オンラインでできちゃうものの、外国人しかも変わったビザで入っているため、免許センター訪問後に連邦移民局でのバックグラウンドチェックに回されてしばらく待つことになります。

去年はそれが14営業日だったのに、今年は10月に更新手続きを始めた時点で35営業日、現在は50日近くに待機期間が伸びているようです。同僚1人はギリギリ更新完遂したものの、もう1人は今週とうとう待ってるうちに免許失効しました。弊管理人は来週35日目が来て、その直後くらいに失効します。35日で済むか?無理か?とやきもきしているところ。

州の免許センターは移民局のことはわからん、移民局は人手不足とかいってますが、どうせコーヒー飲みながらだらだら仕事して定時に帰り、普通に平日休みも取ってるはず。問い合わせしても回答が間違ってることもあり、詰めると不機嫌。窓口労働者はタッチパネルに置き換えて放逐したほうがいいと思う。

* * *

今週はこんなものを食べていました。
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ちょっと前に買ってあったすり胡麻をようやく開封してほうれん草の和え物。あとは、中国スーパーにエノキがあったのでなめたけを作ってみた。うまかった。1週間もつというのでちびちび食べています。ほんとに日本だったら買って済ますようなものを作るようになりました。
牛肉のしぐれ煮も常備菜としてよい。

あとはPalm Restaurantというところで仕事の会食1回。手頃なランチコースはエビのビスクと鮭焼いたやつとライムパイ。仕事なので写真は控えました。日中10度前後、12月ですがそんなに寒くなかったと思います。

10日ちょっとするとまた出張なので、いま諸々の仕事の準備ができる最後のチャンスかもしれないと勉強&書き物の書きため中です。アウトプットが減ってるように見えるが労働時間は減ってないので、ここで余計な茶々が入らないよう、なるべくうるさそうな人と接しないようにしています。心身の健康大事。

2022年11月27日

ターキーの夜

木曜は感謝祭で祝日。ここから世間は4連休の雰囲気、人によっては先立つ月~水も休みにして9連休にするそうです。
スーパーに行ったら七面鳥の死体いっぱい。
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夕方18時ごろ、時差ぼけがまだ抜けてなくて、ちょっと布団に入ろうかな~と思ったところで同僚からメッセージ。今から七面鳥食べるけど来ない?と。行きますうう!

家の近くのワイン屋が開いていたので飛び込む。
店員『お勧めしようか』
弊管理人「え……きょう何時閉店?」
『今』
「頼む」
で1本買って地下鉄に乗りました。

アーリントン郡のいいとこ、クラレンドンにあるアパートまで歩く途中、人影はほとんどありませんでした。日本だと正月1日の夜みたい。家族でディナーが正しい過ごし方。実家に帰った人が多いようで、弊管理人のアパート地下駐車場もガラガラでした。
女子3、そこへ弊管理人。「実は前日夜、ホストと同僚の頭にそれぞれ(弊管理人の)顔がよぎったが、都合どうかなーと思っているうちに今日になった」。でもありがたいことです。
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ホストは子どものころアメリカに住んでいた人で、「アメリカ人が典型的に食べるものを面倒臭がりのアメリカ人があまりかけない手間をかけて用意した」とのこと。すごい。
肉を柔らかくするためのブライン(塩とかワインとかの溶液だと思う)につけ込み、スタッフィング(詰め物。パンや栗、玉ねぎ、ハーブなど)を入れてオーブンへ。肉は鶏よりぱさつくのでクランベリーソースかグレービーソースで食べる。付け合わせはインゲン。
夜半までおしゃべりして、途中から合流したおにいさまに送ってもらって帰りました。

* * *

金曜はカレンダー上は平日で、早出シフトだったので出社しましたが、特段何もせず帰宅。
相変わらず体が時差調整しきれてなく、朝4時に起きたので夕方に強烈な睡魔が襲ってきました。あまりがっつり寝ないように、毛布をかぶってロッキングチェアに座ったまま目を閉じたら4時間が溶けていた。恐怖。

21:30に東京から電話がきて、「きょうは薄商いだから」という趣旨で微妙な案件の発注がきたので、ものすごく嫌オーラを出して引っ込めてもらった。埋め草がほしい、みたいなしょうもないことで夜中から仕事させようとかすんな。

* * *

土曜はエジプト出張前からお声がけをいただいていた七面鳥の会。こちらは日本人とアメリカ人、計10人くらいの集まりでした。メリーランド州のシルバースプリングというところ。家から車だと30分ちょっとですが、呑むので地下鉄で1時間かけて行きました。

付け合わせはインゲンのほか、クリームスピナッチ(ほうれん草)、トウモロコシ、マッシュポテト。ホストのおねえさまは米国人の旦那さんと結婚して在米20年とか。こちらもとてもおいしかったです。木曜も土曜もホストは「ま、七面鳥ってそこまでおいしくないんだけどね」と言った。淡泊な味で、上手に焼かないとパサつくそうです。
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スタッフィングを初めとして、各家庭に「うちのレシピとメニュー」があるっぽい。しかしケツから具を入れて首なし死体を丸焼きにするって、やはりちょっとぎょっとする。いや切り身だって死体だというのは分かってます。
そして、先住民に助けてもらっておいて(thanks-giving!)、ぶっ殺して土地を奪った黒歴史には申し訳程度の目配りをしつつ、それはそうとホリデーたのしいねが粛々と進行していく社会。

* * *

この1週間もいろんなインシデントで人は死んでおり、州内のウォルマートでは元従業員が銃を乱射して何人か死にました。その時のニュースでも聞いたし、大統領もよく使う表現がempty table/chair。必ずしも死んだ人だけでなく、在外の軍人みたいに出掛けてるだけの人にも使うよう。「親しい人の不在」は、特に家族が集まる時期の食卓で感じるのね。日本人にもすっと理解できる感覚ではあるけども、日本語表現だと食卓という物理的な場所ではなく「心」に「ぽっかり穴」があくわけだ。つまり欠如の感覚は状況に紐付いているのではなく、いつもそこにある。

* * *

ところで七面鳥って何、ってあまり意識したことはなかったけど、北米固有の鳥だった。短距離なら飛ぶが基本は歩く。「野生の七面鳥がその辺うろうろしてるわけですね」と参加者に聞いたら「たぶんそう」と。

なんでターキー(トルコ)なの?と思ったらこういうことだったらしい。

16世紀に最盛期を迎えたオスマントルコ帝国は、アジア、アフリカ、ヨーロッパにまたがる広大な領土を誇っていました。そのころ北アフリカの一部に生息していたホロホロ鳥が、トルコ経由でヨーロッパに輸入をされていました。

その当時ヨーロッパでは、トルコを含めイスラム圏から伝わったものには「ターキー」の名を付けることが多かったため、ヨーロッパの人々はホロホロ鳥をトルコ鶏(ターキーコック)と呼んでいました。
同じ時期に北中米に生息をしている七面鳥がスペイン人によってアメリカ大陸からヨーロッパに家畜としてもたらされていました。ホロホロ鳥と非常によく似ていた七面鳥もターキーと呼ばれるようになり、この名称が世界中に広がったのです。

ターキー(トルコ)=七面鳥という名称が世界中に広がったため、1990年ごろ、トルコ政府の高官によりトルコの正式な国名をトルコ語のTürkiyeに近いTurkiyeに変えようという要請が出たことがありますが、いまだに変更はされておりません。

* * *

エジプトからの下痢は結構長く引きずって、何か少しでも口にすると即座に腹が鳴って水便がシャーって出る状態が続きました。水曜夜がピークで、まだ腹になんか残ってたの?と思うくらい出てから、木曜に回復基調に入りました。七面鳥の時は実は恐る恐る食べてました。
結局、金曜は少しゆるいくらいのが朝に出てから土曜はお通じがなく、日曜朝に正常化。よかった。腹痛も発熱もないまま。疲れだったのだろうか。

2022年11月12日

1111

1が並んでいた。
そしてこれ1400個目のエントリーです。

特段の意味はないただの記録で、弊管理人の部屋。
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このほかに寝室一つ。アパートの広さはたぶん70数平米ある。
家賃はだいたい月40万円です。引くわ。

* * *

会食、Giovanni's Trattu。
コロナ禍の中でこの店がなくならないよう、常連がお金出して支えてたんだって。
そしたらその後なぜか長期休業し、気がついたら再開してた。イタリアン。
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ポルチーニ茸のリゾット、うまくないわけないでしょ。
そして謎の伏兵、「海鮮シチュー・ママの味」で悶絶した。パンもらってお出汁を全部すくって食べた。フランソワーズ・モレシャンがいいって言ってたもんね、とか言いながら。
そんでこちらはナスのチーズ焼き。
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家庭料理っぽくてとてもうまかった。といってもイタリアの家庭で何を食ってるかは知らない。ではなぜそう思うかというと、味が強くなくて完成されてるから、多分。
二人でワイン1本空けて128ドル。わりと手頃だと思う。

* * *

アメリカのお金は「スコア」
日本は「ポイント」
かなっていう感じがした。この違いをもうちょっと考えてみると面白いかもだが、そうでもないかもしれない。

* * *

ベテランズデーで休日でした。
でも朝から夕方までがっつり働いた。
あすからちょっと出掛けます。

2022年11月06日

冬に臨む

月イチの土曜出番は出社が面倒だったので在宅でやってしまいました。それにしても前回の土曜出番からもう1カ月たったの??というくらいの感覚です。

日曜未明に夏時間が終わりました。家じゅうの時計を1時間巻き戻しました。
朝方は雨が降ったらしいです。24度、暖かい。近くのイーデンセンターにちょっと買い物に出ました。中国本土の資本かな?と思っていたら職場の人によるとここは台湾系らしい。
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前に来たときは気に留めてなかったんですが、韓国系のHマートと比べるとちょい高いものが多い一方、野菜はかえって手頃。そして薄切りの冷凍肉が半パウンド(230gくらい)強から買えることに気付きました。牛肉を買ってみた。牛丼作ってみるか。

* * *

作った。ありだった。
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外食の動機は仕事と揚げ物と寿司飯くらいになってきたな。

* * *

月曜は仕事先の人と会食。ちょっとしたボーナス的な成果が出た。

火曜は遅めに出社して職場にいたら、背後(弊管理人の席は壁に向いているので、職場で起きていることは全て背後で起きています)で同僚とおじさん職位が険悪になってました。
帰ろうかなと思ったら、出口近くでたまたま顔を合わせたその同僚から「一杯いっちゃいますか」と冗談めかして言われたので、これは本当に行きたいんだろうと思って「行きましょ~」と承けて、深夜営業してる近所のレストランバーみたいなところに行きました。
仕事の密度、労働時間の無意味な長さ、そしてブルシットジョブの多さなどあり、いろいろ吐き出したかった様子。チキン食って、イカの揚げたの食って、ビールは一杯だけ飲んで、最後に「もし辞めたら建築を勉強したい」と言われ、「同じこと考えてた!」と応答して終了。ストレスがちょっとでも軽減したらよかったですよ。そして彼は辞めないと思う。

水曜は車で20分くらいのRestonという街のハイアットリージェンシーで会議を覗いてきました。
アメリカの会議って朝食から始まって午前のセッション、ネットワーキングを兼ねたコーヒー休憩が入って次のセッション、昼飯食いながら講演聴いて、午後のセッション、おやつ休憩、夕方の部、そんで夜の飲み会というのが定番みたいです。日本でも医学系の学会だとこんな感じではありますが、コーヒー休憩やおやつ休憩はこっちの特徴か。とにかくのべつ幕無しになんか食ってコーヒー飲んでますね。フロアからの質問が活発に出るのはいいと思う。

木曜は突然過密で、午前中に中古車屋さんに車検のため車を預け、近くの駅から地下鉄に乗ったら会社の手前で弁当を家に忘れてきたのを思い出して取りに戻り、そのまま家で一つオンライン会議を聞いて、出社して、オンライン面会して、電話会議聞いて、夕方から在米日本企業の人たちの寄り合いに行ってピザとビールで歓談して帰ってきました。

金曜は前日のオンライン面会の成果を形にしたあと夕方に車をとりに行き、そのまま出社して夜、次週に迫った中間選挙関連の仕事のリハーサルをやって遅くなり、近所に住んでる同僚(同期)を送ってから帰宅しました。

* * *

去年なぜか冬季に何回かブレーカーが落ち、この夏は全然だったのが、また落ちました。オイルヒーターが怪しい。あまりぶつぶつ電源が切れてるとデスクトップPC的にはよくないので、アマゾンでUPSを注文しました。

* * *

去年グラスゴーに見に行った会議が今年はエジプトのシナイ半島で始まりました。出張は次の日曜から。現地は去年と同じメンバーで、東京とナイロビから同僚がきます。リゾート地なんだけど過去にはテロも起きてるので、一帯は厳戒態勢らしい。ま、異邦人としてはそのほうが安全で有り難いです。6年前のモロッコも、もともと警察国家みたいなところなのでわりと安心して歩けましたし。

* * *

髪が伸びたので刈りました。

* * *

日本だと1日400kmくらいの運転はできるのに、なんでこっちは200kmも走ると疲れるんだろうと疑問でした。分かった。

(1)ハイウェイ走ってるとそこら中に穴ぼこがあいており、剥げたタイヤとか剪定ばさみとかのよくわかんないものも落ちているので、ずーっと注意して路面を見てないといけない。というか一人称視点のカーレースゲームをやってるようなもんだこれ

(2)田舎になると制限速度が時速75マイル(120キロ)や80マイル(129キロ)のところがあり、カーブがこわい。車には一定の速度でずっと走ってくれる機能がついてるのでアクセル踏みっぱなしでなくていいのは助かりますけどね

2022年10月30日

ウィーク食べるエンド

月曜ってまだアリゾナにいたんだっけ?というくらい時間感覚がおかしいですが、あさっては11月というのも引く。疫病罹患、とかいってたのがもう1カ月前。

前の週は遠出したので、この土日は家の近くで過ごします。
車で40分くらい、リースバーグLeesburgのアウトレットへ。
Vineyard Vinesというブランドのシャツを買いました。この夏、ちょっと小綺麗なお兄さんたちが着てるのをなぜか飛行機で何度か見て、生地が気持ちよさそうだなと気になってたんですよね。日本には来てないやつらしい。
半額セールってほんとかよと思いながら買ってみたら、確かに2枚で80ドルくらいのが40ドルになってました。しかし青いチェックのボタンダウンと空色のTシャツ。おっさんにはちょっと厳しいかもしれない。
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フードコートで中華頼んだらすごい量でびびった。でも食べた。

近くのMom's Apple Pieでパイ買って帰ってきてお茶。
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売ってる1スライスはこの倍あるんだけど、一度に食べるのはこれくらいが丁度よい。

夜はジュリアン・ラクリンがソロをやるチャイコフスキーのバイコンを聴きにケネディセンターに行ってきました。前回は疫病発症直前だったんでですよね……当時はマスク必須だったのに、この1カ月の間に任意になってた。ジジババばっかりなのに解除すんなよ……
席はかなり前のほう。
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ソロイストの楽器から直接音が聞こえる席でよかった。汗だくのノセダも見られたし。

日曜は事務作業してて暗くなりました。
夜はアパートのジムで運動してから、同じアパートに住んでる同僚と、近くに移転してきた日本料理店Takohachiへ。
寿司ネタのケースやカウンターがあってちゃんと日本の香りがするんだけど、お店にいるのが全員ヒスパニックか非日本アジア人さんたちで入店をためらった。でもちゃんと日本食が出てきた。
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天つゆをおもくそフィーチャーしてしまいましたが、料理はちゃんと食えました。そしてすごい量だった。居酒屋っぽく使える店な気がした。

* * *

◆イーフー・トゥアン(山本浩訳)『空間の経験』筑摩書房、1993年。

先日、著者が亡くなった時に本書のことをいろんな人が回顧してたんですよね。
人文地理学に心理学や文化人類学を吹き込んで面白くした人、ということでしょうか。
「空間」という均質な座標系の中に、「場所」という記憶に紐付いた特別な地点を次々と築いていくという人の営みについて。

生活というのは、生きられるものであって、パレードの行進のように道端から見学されるものではない。本当のものとは、呼吸のようにまったく目だつところのない、よく知っている日常のことであって、われわれの存在のすべて、われわれの感覚のすべてに関わっているのである。われわれは休暇で旅行に出かけているときには、いろいろな面倒事は背後に残しているのであるが、同時に自己の重要な部分も背後に残している。つまり、われわれは、何の苦労もなく、試しに生活している観光客という根なしの特別な存在になるのである。(p.259)
宗教は、民族を場所に縛りつける働きもすれば、場所から解放する働きもする。つまり、土着の神々を礼拝することは民族を場所に縛りつけることになり、逆に、普遍的な宗教は解放をもたらすのである。普遍的な宗教においては、全知全能の唯一の神がすべてを創造し、すべてを知っているのであるから、ある特定のところが他よりも神聖であるということはありえない。(p.270)
場所の感じは、人の筋肉と骨のなかに記録される。船員は、高波で揺れる甲板に順応する姿勢を身につけているので、一目でそれと分かる歩き方をする。[...]場所を知るというのは、右に述べたような意味で明らかに時間を要することであり、潜在意識で知ることなのである。時間が経過するうちに、われわれは、ある場所に馴染むようになる。(p.326)
歴史は奥行きをもっており、時間は価値をあたえる。おそらく、これは、長い時間をかけてつくったことが明らかな人工の物に囲まれて生活している人びとのあいだで発展しやすい考え方であろう。中世の巨大な司教座聖堂は、一世紀以上に渡って続行された建設の努力の結果である。大きな記念建造物が徐々に立ち上がっていくあいだに、いくつもの人間の世代が交代していくのであり、大きな記念建造物は時の推移を示す働きをするのである。そのような大きな記念建造物が存在する都市もまた、時代の奥行きをもっとり、それは、古木の年輪のように生長していく市壁に具体化されている。他方、中国では、大きな建物はもとより都市さえも建設には何年も要しない。中国人はすばやく建設し、形態の永遠性を除いては、永遠というものに眼を向けないのである。(pp.339-340)
都市計画家や都市デザイナーが行なう議論は、以下のような問いを論じるところまで拡大されるべきなのである。すなわち、空間の認識と、未来の時間という観念、目標という観念とのあいだにはどのような関係があるのか。身体の姿勢および個人の関係と、空間の諸価値および距離の関係とのあいだにはどのような関連があるのか。われわれは、人や場所に対して感じる「くつろぎの気持ち」である「親密性」をどのようにして描写するのか。どのような種類の親密な場所は設計することができ、どのようなものは設計することができないのか(少なくとも、非常に人間的な出会いが可能になるような設計はすることができる)。空間と場所は、某県と安全、開放性と限定性を求める人間の欲求が環境として現れたものなのだろうか。場所に対する永続的な愛着ができるにはどのくらいの時間がかかるのだろうか。場所の感覚は、場所に根ざしている状態(これは無意識でのことである)と、疎外されている状態(これは、いらだった意識をともなうものであり、ほとんど、もしくはもっぱら精神的なことであるので、いらだたしいのである)とのあいだに成立する認識なのだろうか。われわれは、際だった視覚的象徴をもたない、場所に根ざした共同体の可視性をどのようにして高めることができるのだろうか。どのようなことが、そのような可視性を高めることから生じる利得であり損失なのだろうか。(pp.359-360)

2022年10月26日

せいぶドライブ

西部・アリゾナ州に出張いってきました。
日曜は朝5時前に起床。ウーバーがつかまる気がしなかったのでレーガン空港の駐車場を予約してありました。家から15分くらいで到着。7時過ぎに離陸。4時間半くらい飛んで9時過ぎにフェニックスの空港に着きました。DCとの時差は3時間。

フェニックス(発音はフィーニックスだった)は砂漠の真ん中、24度とかだったと思う。
空港にあるハーツのレンタカーは、駐車場にいろんな車がずらっと並んでいて「好きなの乗ってって」という形式なので、何回か経験すると選ぶ楽しみというのができてきます。今回はジープを選んでみた。
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仕事は翌日なので、とりあえず朝マック食べて、30分くらい走ったところにあるタリアセン・ウエストTaliesin Westに向かいます。
フランク・ロイド・ライトとお弟子さんたちの冬の住居兼アトリエ。
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今までみたライト建築の中で一番でかいかも。
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中はやはりライト。いいねえ。
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光が降り注いでいた。
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鐘。この渦巻きのモチーフは入口にもあるんですよね。
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これは集会室。民主的運営も重視していたとのこと。
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サボテンだ~、と上がっていたが、フェニックスを出てしばらくはずっとこんな景色でした。
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ガイドつきツアーがいっぱいだったので、スマホにアプリを入れて聞きながら回る1時間くらいのコースを選びました。満足。天気もよかったし暑くも寒くもなかったです。
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普段は荷物になるからパンフ以外は買わないんだけど、今回は2泊でスーツケースにも余裕があったので、珍しく売店でグラスとコースターを買ってしまいました。

フェニックスから北へ230kmくらいのフラッグスタッフという街が今日の宿泊地です。
山道を縫って走るハイウェイでぐんぐん高度を上げていきます。途中、メキシカンのお店で買い食いしたり2度ほど道を間違えたりしつつ3時間くらいかかって到着。標高2000m。3度とかだった。さっむ!!!山の冠雪は急に気温が下がった前日だそうです。
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投宿して翌日の仕事の準備をし、近くに泊まっていた他社の人とインド料理店に夕飯を食べにいってきて寝ました。22時就寝、すごい早い感じがするけどDC時間では25時なので寝れるわけだ。

翌朝は-3度。さっむ!!!(2回目)
仕事はフラッグスタッフからさらに40分くらい走ったこんなとこ。
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内容は若干微妙でしたが、楽しくできたのでよし。
そんでまたフラッグスタッフに戻って、他社の人とカフェでちょっと作業してからフェニックスに戻りました。
すっかり夜。同僚に教えてもらった「フィッシュ&チップスのおいしい店」へ。
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市内何店舗かある中から閉店時間まで余裕のあるところを選んだら、工業団地みたいなところで店には鉄柵、まわりにはゾンビみたいにさまよう有色人種……となんかやばそげなところでした。
フィッシュ2枚とチップスで4.90ドル。安~~
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うん、やりきった気がする。帰りは同じ便になった他社の人と空港で合流し、二人とも疲れていたもののバーで1杯だけ飲み、23:49発の夜行の飛行機(特に西海岸を出るものを指すことが多いが、寝不足で目が充血するのでred-eye flightというそうじゃ)で帰ってきました。たぶん席に着いた瞬間に寝たはず。離陸した記憶がない。DC着は朝7時。家に帰ってシャワー浴びて歯を磨いて昼まで寝ました。そのあと夜勤。

今回はあまりプレッシャーのない、旅行みたいな出張でした。前回の日記に出てくる、DC独り暮らしの侘しさを語り合った在東京のパイセンに今回出張の楽しそうな成果物を発見されてしまい、「同情が霧散した」と言われました。

* * *

前回日記から10日あいて、この間いろいろあったので備忘録。

・10/18 朝からDCのシンクタンクでイベント。確か気温が10度を切っていたが短パン・サンダルという猛者がいてびびった

・10/19 11月のエジプト出張のためのビザができたので大使館に取りに行った。金属探知機があるが稼働していない大らかな大使館だった

・10/20 運転免許証の更新手続き。州の運輸局みたいなところでやるが、変なビザで入っているせいか弊管理人の周囲は全員が連邦政府のセキュリティ部門に身元照会され、余計な時間がかかる。去年は15営業日と言われたのが今年は35営業日に延びていた。先に手続きを始めた同僚からそれを聞いて、弊管理人は12/9まで期限はあるが慌てて行った次第。ほんとに役所がだめな国

・10/20 DC東部にあるジョージタウン大学の法学部に対談イベントみたいのを見に行った。人種を超えて大学生は若い(なんつう感想)。すぐに役には立たないが行ってよかった

・10/20 上記アリゾナ出張を急遽決めてばたばた準備

・10/20 同僚お気に入りのsoi38で4人でタイ料理
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・10/21 ものは試しで、今季はインフルエンザワクチン(承認済み)の効果に関する臨床研究に被験者として参加することになり、打ってきました。打ってから春にかけて毎週体調に関するアンケートに答え、症状が出たら鼻スワブ試料をフェデックスで送るというもの。接種、月ごとのアンケート回答、最後の調査のそれぞれでアマゾンのギフトがもらえて、全てやると200ドル近くになるはず。筋肉注射でぶっすり奥までいったためか次の日まで肩が痛かった

・10/25 1カ月前に車のタイヤの空気入れたんですけど、また警告が出た。うーむむむ。左後ろの空気圧が下がっていたようだ。ちょっとやだな

2022年10月16日

晴れている世界

月曜10日は祝日でした。
昼にDCのちょっとデカダンな14番通りで久しぶりの方とブランチ。生卵がNGなこちらに来てカルボナーラ初めて食べました。
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すごい太麺だったけど太麺好きなのでおいしくいただきました。

二つの記念日です。大統領コメントが出てます。

コロンブス・デー(10月第2月曜。今年は10月10日)

「1891年にニューオーリンズで起きた11人のイタリア系アメリカ人に対する反イタリア的な動機によるリンチ事件を受け、1892年にハリソン大統領によって創設されたものである。 第二次世界大戦中、イタリア系アメリカ人は敵性外国人として標的にされたこともあった。 しかし、あらゆる産業におけるイタリア系アメリカ人の勤勉さ、コミュニティへの献身、リーダーシップが、私たちの国をより強く、より繁栄させ、より活気のあるものにしているのです。」

「530年前のクリストファー・コロンブスの歴史的航海を記念して、議会は、1934年4月30日の共同決議と1968年の修正(36 U.S.C. 107)を経て、大統領に対し、毎年10月の第2月曜日を「コロンブスデー」と宣言するよう要請してきた。よって、私、アメリカ合衆国大統領JOSEPH R. BIDEN JR.は、2022年10月10日をコロンブス・デーとすることをここに宣言する」

イタリア系移民の日という意味合いがあるんですね。
そして同じ日にぶつけないといけないのが、

先住民の日
「何世紀もの間、先住民族は先祖代々の土地から強制的に追い出され、移住させられ、同化させられ、礼拝や多くの神聖な儀式を行うことを禁じられた。 しかし、今日、彼らは私たちの最も偉大な環境スチュワードの一人であり続けています。 彼らは今でも私たちの国の魂の糧となる強い宗教的信念を持ち続けています。 そして、他のどのグループよりも高い割合で、アメリカ軍への従軍を選択しています。 先住民は私たちに過去と向き合い、より良くするよう挑み、学術、法律、芸術、公共サービスなどにおける彼らの貢献は、私たちを前進させ続けているのです」

アメリカン・インディアン博物館の近くで集会があるというので見に行ってきましたが、期待してた感じではなかったので早々に退散。

* * *

今週は何してたかな、くらいで過ぎてしまった。
相変わらずちょっと痰が絡んでます。本調子から5%くらい悪い状態が続いてるの、これ後遺症なのかどうか微妙すぎて分かりません。

半年に一度の人事考課の面談、面談といっても電話がかかってくるだけで、しかも今期も相手は初任地の千葉で一緒だったパイセンなので雑談になってしまいました。特に顕著な仕事はなかったわりに手数はそこそこ多かったという評価の難しい半年かと思います。「今期の評価は『ふつう』でいいですよ」と言って切りました。

いろいろ言うことがあったかもしれないけど、なんか物を言う気がもうなくなっちゃったんですよね。10歳下の人たちは頑張って仕事環境をよくしようといろいろ画策してるけど、多分だめだと思う。いや、うまくいくといいなとは思うけど。おじさんも十数年前、いろんなことをいろんな人たちに働きかけたけど暖簾の手応えがなさすぎてもはや無関心というか、いろいろな問題は道路の穴ぼこみたいに「単に自然に避けるべき障害物」。心が動かない。

* * *

土曜。リースバーグLeesburgという街にパイを買いに行きました。
Mom's Apple Pieというお店。バージニアに3店舗あるようです。次々とお客が来ていた。アップルパイと、チェリーパイと、レモンケーキを買いました。
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家から40分くらいかかって来てるし、もう1カ所近場で買い物でも……と郊外を目指したところ、通りかかったダウンタウンは歴史的建造物みたいのが立ち並ぶいい感じの街で、しかも遠くないところに公共の駐車場があったので、予定を変更して散歩しました。
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コンパクトな市街地。だけど天気いいし、21度くらいでしょうか、ちょうどいい気温。
コーヒーショップに入ってバニラのジェラートをいただきました。
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山のほうは紅葉がピークにさしかかっているはず。来るときに結構アクセルを踏んだのでここも結構高いのかなと調べてみたら標高100mくらいでした。どの写真も光線が完全に秋やね。去年の10月はまだ車を持ってなかったし、いろいろ余裕がなかったので景色など見ていなかったか、見たけど覚えてない。

2022年10月09日

昼の朝飯

それはブランチだろうという気もしつつ、隣町・フォールズチャーチのLazy Mike's Delicatessenへ朝飯を食べに行きました。11:30くらい?お客さん続々、ゆったりオペレーション。
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前週は雨が続いたせいか、青空がきれいだった。
朝飯セットはどこでも「卵はどうしますか」と聞かれるので、これまではスクランブルを頼んでいました。今回はover, mediumと言ってみた。両面焼いてややトロトロ。今日は「肉はどうしますか」とも聞かれたが、「どんな選択肢があるん?」と聞いたら「ベーコン、ソーセージ、ステーキ、……とにかく肉なんでも」というよくわからない回答につきソーセージを選択。
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フレンチトーストはソースにリンゴが入ってたっぽくてうまかったです。

このあとアジアンスーパーに寄って結構買い込んで帰りました。道中、前の車が止まってなんだろうと思ったらシカが横断してました。

ホワイトハウスの庭園一般公開ツアーを土日でやっていましたが、土曜は仕事、日曜(本日)は飯を優先したので機会を逃しました。春と秋にやってるので、まただな。

* * *

土曜にやってみたら陰転していた。
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ま、もう画像がちょっと小さくなるくらいどうでもいいんだけど、ちゃんとウイルス排除できてるっぽいのが分かるのはいいな。そして冬を前にハイブリッド免疫ゲットだぜ。改良ワクチン接種は年明けに一時帰国から戻ってからか。
喉が完全に元に戻ってない感じがしますが、これはこのところの気温低下や乾燥のせいかもしれず、そうでもないかもしれず、よくわからない。

* * *

2年目のスタートの日が疫病スタートで、2週間ほぼその日暮らし感覚で過ごしているうちに何かがリセットされ、会社には律儀に行かなくても仕事はできるし、無理していろんな球を拾ってもしょうがないし、次の仕事のことをあれこれ考えてもその場しのぎでもそんなに変わらないな、みたいな気持ちになりました。肩の力を抜いて、面白くもない世の中で面白いことを一つ二つ見つけられたらいいなと思います。

日曜朝、日本の若くない若者から電話がきて喋ってたら、某おにいさまがメンタルで長期お休み中ということを聞かされました。ならなそうな人だったんだけど。

* * *

日本は3連休かあと思っていたら、こちらもそうだったことを土曜になって知るなど。

2022年10月01日

じうがつ

滞在2年目に入った当日から疫病にかかるという何かもうなんなんでしょうかという日記は9月の日付なので、ここでいったん区切って10月に突入したいと思います。

【10月1日15:00(day 6)】

・36.7度、98%、陽性継続
・朝から鼻の奥がジンとするような、ちょっと風邪の初期みたいな感じ。毎朝起きると違う経験をしていて、もはや罹患以前がどんな体調だったか思い出せない
・朝方の咳が少し気になった。水を飲むと収まる
・とはいえ体の重さ、頭の重さなどもろもろ勘案するともう普通に戻っていると思う。今日から自宅療養解除でよかろう(という気になった時点で大丈夫と確信する)。陽性だけど。運動不足ですごい衰えてる実感がある
・結局、3日の仕事は同僚にお願いしてしまった。ボスからは「【申し訳ないが】代打を頼みました、と(おじさん職位2人)にメール送っておいて」と言われ、申し訳ながらないといかんのだなと思いました。いや申し訳ないとは本当に思いますけど、それ人が決めること?何も悪意や悪感情がないことはわかるのだけど、本当に面白いくらい隅々まで感性が合わないのやばい
・仕事の代打をお願いした理由は潜在的な仕事相手が67歳なことで、日本・アメリカの両方の基準でも10日目まではハイリスク者と合わないようにとなっているのでこれは仕方ないと思う
・検査もそろそろやめるか
・それでいくと出社は6日解禁かしら

【10月2日14:00追記(day 7=日本基準で隔離最終日)】

・36.6度、98%、陽性継続
・鼻の奥の湿った感じ継続
・12時起床。ハリケーンの残骸が届いているのか昨日から雨降り。きょうの最低気温9度。急に秋が深まった。何かしよう/したいという気持ちが0で、気分が下がりすぎて飯の準備ができなくなりそうだった、が、した。そして寝具の洗濯と寝室の換気。今日やらないとやる時間がないかもなので
・げに不思議なのは、症状そのものの改善は早かったのにウイルス排除に意外と時間がかかっていること。弊管理人の免疫、大丈夫?しかし調べたことがないだけで風邪もこんなもんなのだろうか。インフルも解熱からの日数だけで出社再開していたし、確かに復帰時の検査を必須にする病気というのは多くない
・タブレットの動作が重くなったため一度クリーンアップしてアプリを入れ直した。ちょっと改善した

【10月3日17:30追記(day 8)】
・36.4度、98%、検査非実施
・2時間に1回くらい痰が絡むがまあそれくらい。鼻の奥の湿った感じは相変わらず。声は張って喋ると普通だが、小声で何か言おうとすると変になる
・早朝の仕事は結局何も起きず。ここから3日間これが続く
・事務作業のため午後に2時間ほど出社。マスク着用で行ったが、弊管理人を見た同僚がマスクを着用した。まあ無理もない
・家に戻って1本作業してから夕飯を買いに外に出たら、普通に寒い雨降りの冬の夜だった。9度。去年の今頃ってここまで寒くなかったと思うけど。という具合に「去年の今日」が存在するのが2周目というもの。去年の今日はまだこのアパートで暮らし始めていなかったが、今年は足元にオイルヒーター、寝床に電気敷布がある。暖かい

【10月4日23:00追記(day 9)】
・36.9度、97%、検査せず
・風呂上がりなのでこんなもんであろう
・朝起きたときに、前日までのように喉がいがらっぽくて「水、水」とならなかった。わずかながら改善したということだと思う
・また3時間ほど出社。コピー機を使いたかったからだが、なんか普段から出社する意味ってあんまないかもな。なんて考えていたら同僚氏が「(弊管理人)さん帰るなら僕もつまんないから帰っちゃおうかな~」と言いだし、出社する意味みっけた
・しかし午後3時過ぎには地元駅に戻ってスーパーで買い出しし、寿司買って帰ってフリーズドライの豚汁を戻して食べ(うまかた……)、家で1本仕事をして、夜はステーキを焼いて食べ、久しぶりにジムでちょっと運動した。走っても息切れしなかった。肺はやられてなさそう

【10月5日19:00追記(day 10)】
・36.4度、98%、検査せず
・3日連続の5時台起床終了。ねむ
・朝からエジプト大使館に行ってビザの申請。金属探知機はあるものの稼働せずスルー、書類出してさっくり終了。いい、この緩さ。そんで会社でちょっと仕事して帰った
・この3日くらいで思ったけど、会社はやっぱあまり行かなくていいな。在宅だと家事できるし、疲れ方が違う
・痰や咳出ず。喉も正常。ということで日米保健当局が揃って推奨する発症10日後までの注意・マスク着用期間を終えます

* * *

寝床で2冊読み終えた。

◆ジョージ・オーウェル(秋元孝文訳)『あなたと原爆』光文社、2020年。
オーウェルの評論集。とてもよい。
ナショナリズムに関する文章はもう一回立ち戻る気がする。

◆渡辺靖『アメリカとは何か』岩波書店、2022年。
毎日、断面を見ているだけでは分からない「構造」を教えてもらえる本。こういうのは買ったそばから読んだほうがいいだろうと取り寄せた甲斐あり。アマゾンの国際発送は包装が悪くて本が傷むことも分かってしまったが……

2022年09月25日

新しい年/罹患記

滞在2年目の初日ではありつつ、なにやらユダヤの新年(ロシュ・ハシャナRosh Hashanah)だそうで当地の大統領がおめでとうメッセージを出してました。春節でそんなん出してたか?と訝って調べたら出してた。えらい。

日の光がだいぶ秋らしくなりましたね。
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これはケネディセンターのテラスから。
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雑記。

・車で買い物に出てみたが空気圧の警告は出なかった。このままよろしくよ……
★左の鎖骨の首側が痛い。腱か?
★シーツと毛布カバーと掛け布団カバーと枕カバーを一気に洗濯した。えらい。乾燥機のフィルターに見たことない量の埃がついた
・またカレーを作った
・家の更新伺いが来た。家賃6%アップ。ちょい高い気がするが会社の家賃補助の範囲内なのでこのまま更新しよう

↑発症日=day 0

【26日朝追記(day 1)】

・鎖骨が痛くて眠りが浅かった
・朝、37.7度の熱があって喉もおかしかった
・バファリン+QPコーワのコンボで抑えた
・コロナ抗原検査は陰性
・鎖骨云々はリンパ節の腫れか何かだったのでは

風邪かな。ちょっと疲れてる感じ。しかしこのところ週末に体調崩すね。

【26日夜追記】

・38度台継続。これは2週間前のとは違う、ちゃんとした風邪っぽい
・視界が暗い。砂嵐みたいのが見える
・食欲が全くない

【27日12:00追記(day 2)】

アウチ。やっぱり抗原検査は複数回やることが重要だな
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・体温36.9度、SpO2は98%。喉がちょっといがらっぽい
・QPコーワゴールドを飲んだとたんに38度から下がったので、動ける機会にと検査、メシ、検温、飽和酸素濃度の計測をした
・鎖骨の痛みは改善。おとといの夜は寝返りや起き上がるのが辛いくらいだったが、そういう状態ではなくなった

【28日12:00追記(day 3)】

・体温36.7度(前の晩は37度くらいだった)、SpO2は98%で変化なし、嗅覚・味覚正常、痰が絡むせいで時々咳が出る。頭が痛くなるほどではない。鎖骨の痛みは触ると感じる程度まで軽減
・昨夜は熱が下がったせいか食欲が戻り、カレーとヨーグルトを食べた。若干仕事もした。寝たのは1時過ぎ。朝方いったん汗だくで目が覚めつつ、結局は都合で8時間くらいまどろんでいたはず。体はまだ回復途上なのはそうなんだろうが、疲労感は寝過ぎのせいかもしれないとも思えてきた
・CDCのガイドラインでは隔離は「最低5日間」、解除しても10日後まではマスクしてハイリスクの人には近寄らないという注意期間なのだけど、来週初めの出張仕事についてえらい人たちが「ま軽症そうだし大丈夫っしょ」的なメールを(弊管理人をccに入れつつだが)回していて、おいおいと思った。よく言えば天然。悪く言うと魂が汚れるような言葉が出てきちゃうので言わない。大丈夫かどうか判断するのは弊管理人です
・検査陽性をどこかに登録する必要はあるのかなと思って自治体のページを探したけどなかった。同じようにただ寝て治す人が相当数いるのではないか。感染者数の統計の怪しさがよくわかる
・しかしどこでもらったのだろうと考えても、これだというのが思いつかない。土曜のコンサートはみちみちに人が入ってたんだけど、クラシックなので観客は声を出さないしマスク着用も求められていた。金曜は昼に他社の人とお茶し、夜は同僚とご飯を食べたが、どちらも元気。木曜に外仕事があったが、人と対面で話したのは数分だと思う(なんとなくこの日かなという気もするが違う気もする)。ほかは職場でひたすら仕事してたんですよね。1日だけマスクを忘れて無防備で乗った通勤の地下鉄だとすると、特に大声で喋ってる人は近くにいなかっただけに結構こわい

【28日15:00追記】

熱下がったし、ひょっとしてウイルス排除した?と思ってやってみたら
わあくっきり~★
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【29日14:00追記(day 4)】

・相変わらず抗原検査陽性
・36.9度、98%、味覚・嗅覚正常、鎖骨の痛み消失、咳は少し改善した感じがする
・目を動かすと痛い。あと背中も。そして体が重い。しかしこれは寝過ぎか……
・来週月曜の出張はなんにせよ行くことになると予想するが、しかし人使いが荒いよね

【30日14:00追記(day 5=CDC基準で隔離最終日)】

・相変わらず抗原検査陽性(コンタミを疑ってみたがやはり陽性だった)
・36.5度、98%、味覚・嗅覚正常。咳はまれに、くらいになった
・また朝方汗だくになっていた。なぜ?
・自宅で早出シフト。頭がぼーっとしていたが昨日のような鈍痛というか不快感ではない。あと働いてるうちにちょっとよくなった
・昨日は結局、オレンジジュース1杯とヨーグルト1個とパン1枚とミルクコーヒー1杯しか摂取せず、14時に起きて18時にうたた寝し、20時にもう一回寝床に入るくらい活動性が低かった。なんであんなに起きてられなかったんだろう
・今日は昼にご飯を炊き、日曜に買ったままだったブロッコリーを茹でて、カレーの残りと、実家から送ってもらったフリーズドライの味噌汁を食べた。味噌汁がすごくおいしかった。味覚と嗅覚が残っていてよかった。あと久しぶりにお腹が空いてものを食べられてよかった
・陽性が続いていて、感染性の有無とは別なんだけど、遺憾ながら月曜の出張を同僚に頼むしかないかなと諦めの境地に入ってきた。自分ならやだもん、ウイルス排出してるかもしれない人が家に来るのとか
・秋の夕方の光線を自宅で見ていたら、むかし風邪を引いて学校を休んだ時のような気分になった。親もいなくて、世の中から取り残されたような感覚か。具体的にいつのことが思い出されたのかは分からない。そしてとても日本にいるような気分になった。ここ1、2日。しかし不安とか悲しいとかではなく、ほのかに懐かしかったというだけ。地理的にも時間的にも帰れないことが体で分かっているからだと思う。むかしほどものをおもはざりけり
・フロリダを直撃したハリケーン「イアン」の残りが北上していて空が曇っており、現在外は15度。寒い季節の風景になってきた

2022年09月24日

1周まわる

いや、台風きてるしさすがにやらんでしょ、という案件が予想通り日延べになって、日曜から予定していたフロリダ出張が飛んだので、得した気分になりながら起きた土曜です。

隣のフェアファックスFairfax郡のショッピングセンターにユニクロが新しくできたので行ってみました。隣なんだけど30kmくらいある……
で、予想以上にユニクロだった。
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パンツ2枚と部屋着を購入。100ドルちょい。1万5千円……いや換算してはならん。

家に戻る途中で、久しぶりにタイヤの空気圧低下の警告が出ました。気分下がるわ。
まともに動く空気入れ機のあるガソリンスタンドを探すのに一苦労です。家の近くで3カ所回ってやっと見つけました。一応規定の空気圧まで入れたけど大丈夫だろうか。気温が下がってきて空気の体積が減る秋口は警告が出ることが多いらしい。月1回点検を、と書いてあるサイトがありましたが9カ月ほっといたからだと思いたいです。釘踏んだとかでないといいなあ。

* * *

夜はケネディセンター。ナショナル響のシーズン入りでガラコンサートでした。
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満員。いきなり始まる星条旗。みんな起立して右手を胸に当てたっ。そして歌ってる人も。日本人はわりと引きます。ちなみに子供のころ住んでたとか高校で留学してた同僚は歌えてた。

目当てはトリフォノフで、演目はラフマニノフのパガニーニ狂詩曲です。曲はあまり面白いと思わないんだけど、99ドルでトリフォノフが見られると思えばね。
ちょうど数日前に友人と「ショパンコンクールからは超絶面白い人が出ない」という話をしており、まあその傍証とは言える。コンクールから解放されたのと同時に勉強はやめちゃったのだろうか、と思わなくもない独りよがり陶酔系という感じ。18変奏は解脱というより痴呆みたいな入り方で大丈夫かなと思ったら、そののち正気が戻ってよかった。
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ガラはなにやら全体にうきうきした雰囲気。NSOは92期だそうです。22-23シーズンはわりと興味を引かれるプログラムが多いです。がんばって行きたい。

* * *

今週は家を出る昼前15度、深夜に帰ろうとすると12度とかになって一気に秋の風情でした。夏は60%くらいだった室内の湿度がまた30%台に落ちてきたぞ。加湿器ってなんか不潔そうで嫌なんだけど導入必至だろうか。
1日に7本という多分過去最多の仕事をしたのが水曜で、さすがにやり過ぎたと思って木金は流し、金曜夜は同僚とタイ料理食ってまとまりました。

昨年9月25日に当地に着いたので、今日で1周走り終えました。1年あっという間に磨(す)ってしまったというのが感想。去年の今頃はもうちょっと暖かかったと思うけど、空気は当時を思い出す匂いになってきた。

アメリカのことを知らなすぎて新生児みたいな感覚になりながら試行錯誤し、面倒なことやアホクサと思うことも「まあ何事も経験」と1度はやってみているうちに、自分が予測したように物事が動かなくて当然という鷹揚さが身についてきたとは思います。あと英語に関しては7月ごろに質的な転化があって、急に聴いたり喋ったりすることにストレスを感じなくなりました(喋れているかというといないが、あの手この手で意図は伝える)。電話もなんかOKになりましたね。

世界人口の大半にとってましな国なんだろうなとは思うものの、それでは好きになったかというとそういうわけではなく、日本と比べてどっちがいいかといえばやっぱり日本です。人は酷薄だしネット弁慶がどうでもいいことで争っていて醜い(SNSの非知人に限らない)が、そのあたりをばっさり切って引きこもってダラダラ生きていくことができるところが好き。あと当地の仕事の85%がしょうもない(やってて賢くならない)というのもある。日本にいたらいたらでブツクサ言う、そういう性格なのですけど。

帰国は2024年7月だとしてあと1周半とちょっと、と思っておこう。ちなみに「これだけ人が行き来してるのにまともなマニュアルの一つもない」と激怒した勢いを1年間保持し、後任のために長大なマニュアルを作っています。

* * *

アマゾンで買ったおろし金、トラッキングを見てたらすごい長旅をしていて、どこから来るのかと思ったらキルギスタンだった。うーんグローバル。

2022年09月18日

いもチーズ

早起き(といっても8時前だが)が続いているなら日曜朝飯は外で食べたいよねっていうことで、車で20分くらいのThe Swiss Bakeryに行ってみました。
Berner Rostiというそうです。刻んだジャガイモと玉ねぎのお好み焼きみたいのにベーコンと卵が載ってます。でかい。
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これ1人分なのだろうか?という疑いがよぎったものの、数年前にベルリンで食べた朝飯もこの規模を超えるような量だったので1人分なのであろう。げふ。
お店はすごい流行ってます。デニッシュおいしそう。おいしそうなパンを久しぶりに見た。
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そしてまともそうなケーキを初めて見た。
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外ではオクトーバーフェストが始まってました。
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ニューヨークに行かないことにしたとたんに現地でのいろんな予定が明らかになって一瞬びびりましたが、よく見たらそれでもまあ行かなかったかなと思いました。日曜休めてよかったです。ちょっと元気出ました。

2022年09月17日

秋の日の朝と夜

土曜昼。職場から、車を置いてある向かいのビルに歩いていく途中で横を見たところ。
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木金土と早出シフトで朝7時台に出勤。気温は14度とか16度とかで、4カ月ぶりくらいに一枚羽織って出ました。日中は25度くらいになりますが、昼食くらいでしか外に出なかったのでほとんど実感なし。なんとなく去年こちらに来たころの匂いになってきました。少し湿気はありつつもうららかです。

ポストパンデミックの当地に新しく来たボスが「早出は原則出社」と言ったもんだから、在宅の時に比べて朝、意味もなく1時間早く起きるはめになって弊管理人はわりと怒ってます。「仕事上やっぱりみんなが集まったほうが効率的だから」といって出社に戻す企業が増えてはいますが、それは顔を合わせるから効果を発揮するんであって、シフト以外の人が昼ごろから出てくる(そして深夜まで働く)当職場では朝8時にいたって意味ないんだわ。

初回のミーティングでいきなり方針が出たので「やることは在宅と出勤で変わらんでしょ」と言ったら「じゃあ君は出てこなくていいよ」とむくれられたので、弊管理人はボスとはなるべく関わらないようにしています。前からちょっと「段取りのない人」だと思っていた。ヒアリングとかすればいいのに。
ま、地下鉄出勤は運動と読書の機会になるので毎日出社してます。けど意味なく疲れさすのは愚かだと知ってほしい。
今日の土曜出番は、昼から交代する相方のせむぱいが「私も在宅でやるし、在宅でいいよ」と言ってくださったので昼で帰ってきました。夕方にまた交代して、そのまま夜24:40の終業を迎えます。おかげで大お洗濯大会と夕飯の支度が終わった。だいちゅき。

* * *

先週日曜、豚の丸焼き会から帰ってきて前回の日記を書いたあと、急に38度の熱が出ました。QPコーワゴールドとバファリンをキメて20時に寝たところ、翌朝は平熱以下になりました。疲れてたところに古い煮物と古い炒め物を食べ、体が負けた感じがした(時々やる)。

月曜は朝8時半にボルチモアという朝早い行事があったものの「大事を取って」という大義名分でぶっち。

そのあと、週を通じて来週のニューヨーク出張の可能性を探る作業を延々とやっていたのですけど、金曜に「やめ!!」と決断してすっきりしました。当職場がほとんど総出でNYに行ってやる行事なので弊管理人も、となりかけたものの、
・主要な行事は同僚の手に委ねられ、弊管理人が行ってまでやらないといけなそうな案件がほとんど残っていなかった
・それ以外のものはオンラインで用が足りそう
・ビジネスホテルが1泊500ドルとかの狂った値段に到達しており気が引けた
・駐米他社の同分野の人が誰も行かない
・土曜日も仕事で日曜から出張はつらい
・ひょっとして初めましてできるかなと思っていたNYの人がエジプトに行ってしまっていた
と全ての要素が気の進まない方向に振れたので、直前まで「行く」と公言していたのに「やっぱ行きません」と職場内にメールして終了させました。「え~」的反応とともに「英断ですね!」という反応もいただきました。

水木の昼は外部の人と会食。どちらもそこそこ実りがあってよかった。
木曜夜は職場の人たちとサク飲み。

といった諸々の疲れと早起きで、木金は夕方に職場のソファで寝落ちしました。
あと眼精疲労からか肩こりが来たので、昨年持ってきたサロンパス開封。
土曜が昼で帰れたのはマジで助かる。

* * *

2台目のPCモニタをアマゾンで注文しました。21.5インチのLG。モデルはちょっと新しいが、サイズとメーカーは2017年に買った今のやつと一緒です。ストリーミングでテレビを見る用。
前任者からいただいた32インチのテレビはフルハイビジョンではなかったので、この機会に。

2022年09月10日

豚からポークへ

DC界隈の日本人が集まる豚の丸焼きの会に呼んでいただき、同じアパートに住んでいる同僚と行ってきました。3カ月くらい前にも別の用事で行ったメリーランド州某所。

家の庭先で豚がポークになっていた。
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この家の隣人氏が州内のアーミッシュの農家から仕入れてきて焼くところまでやってくれるそうです。眉間から何か流れている気がしますが……。
お尻のあたりのお肉をいただきました。ビネガーソースをかけて。ふかふか。

同僚が隣人氏に聞いたところでは、元海兵隊で日本駐在経験があり、日本大好きで(たぶん奥さんは日本人)数年後には移住するのだそうです。1983年ベイルートの海兵隊兵舎爆破事件(241人死亡)の負傷者の一人だって。まじ?
焼き鳥めちゃくちゃ上手だった。なんでそんな器財持ってるの?っていうかDCでお店やってほしい。仕事終わりに一杯飲みに行きたい。
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16時ごろ行ったのですが、20時半くらいまでだらだら食べたり喋ったりしてました。
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名札の色が「テニス」「ランニング」「知財・法務」「その他」と分かれており、なんかそういうサークルが重なり合う場だったようです。大使館、研究、国際機関、報道の人などいろいろいた。弊管理人のように3年くらいで帰るというよりはもっと長くいるつもりか、既に定住してる人が多かった印象です。新しい知り合いができました。

このあたりはわりと最近開発されたところで、広い庭の一戸建てが並ぶ住宅街です。他の家も大音量で音楽を流してパーティーしたり、卓球台を囲んで騒いだりしていました。そうか、週末はこうなのか。初めて見た。

* * *

意味はよくわからないが「へー」と思った言葉。
「ニューヨークも民族的には多様だが、ニューヨーカーとしての振る舞いが求められる。DCは外国人が外国人のままでいることが許容されている」

* * *

先週ってフロリダにいたっけ?というくらい時間感覚がなくなる1週間でした。月曜が祝日だったせいで平日が4日と短く、アウトプットもいろいろしたが主に仕込みの作業をしていて慌ただしく過ぎました。

結構寝たはずなんだけど疲れが出てる。

* * *

◆堀内進之介『データ管理は私たちを幸福にするか?』光文社、2022年。

2022年08月30日

ミネソタからのフロリダ

この2週間くらいえらいことになっており、まだ続いていますが、まあ8月も終わるしいったん記録。

9月あたまに仕上げないといけない仕事のアポイント、カリフォルニア出張を念頭に7月下旬に動き始めたものの一向に固まらず、8月2週になって「これはあかん」と代替手段の確保を開始。そのまま3週に突入し、寝ても覚めてもこの件について考えていてすごい疲弊した。弊管理人はストレスがたまると睡眠時間が長くなりますが、8月中旬はずっと9時間くらい寝てました。

そして職場の助手さんの圧倒的助力により、ようやく代替手段のほうで出張確定。「こういう時はガンガン催促したほうがいいですよ」と言われました。日本人、遠慮してしまっていた。なるほどなあ。

それがミネソタ州(真ん中の一番上)のベミジBemidjiというところです。21日(日)発。
人口1万4千人。田舎すぎて地域空港にはデルタ航空しか飛んでない。
DC→ミネアポリス→ベミジ。
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ミネアポリス往復だと500ドルくらいですが、ベミジまでいくと900ドルを超えました。まあ自分で払うんじゃないけど、ひーー
空港に降りると日曜はUberもLyftも町に1台しかないらしく、タクシーも出払っており、空港から歩いて行けるめちゃくちゃ低クオリティなQuality Innに飛び込みで泊まりました。当然近くに街はない。夕飯はバーガーキングを出前。初めてやったよ。17ドル。怖くて円に換算できない。
で、翌月曜にやっとレンタカー借りて仕事にいきます。
ビジターセンターにポール・バニヤンがいた。
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巨体で怪力の木こりさんですよね。むかしディズニー系のビデオで見た気がする。
ベイブ(横にいる青い牛)が病気になって悲しくて泣いたらソルトレークができたとか、なんかそういう国産み神話的なエピソードがあるらしい。
湖があって静かです。
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仕事はすっごい集中してやりました。
ビジターセンターでシャッター押してあげたおじいちゃんが空軍で1960年代に日本にいたとかで話してるうちに、「近くにミシシッピ川の水源があって、歩いてミシシッピ川が渡れるんだよ~」と教えてくれた。帰りの飛行機の時間を考えると、わりと余裕で行けるなと思ったので行ってみました。
これだ!!イタスカ湖。奥が湖で、手前に向かって水が流れ出ています。
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これが3700kmも流れてメキシコ湾までいくのか~すげ~~と感慨に浸っていたら、携帯がチーンとかいってテキストが入ってきた。

  ベミジ発の飛行機が遅れます
  (→乗り継ぎに失敗するのでDCに帰れません)

おい……。
いろいろ考えましたがベミジ空港まで戻り、カウンターでミネアポリス→DCの朝の便を取り直しました。デルタからはホテルに泊まれるクーポンが送られてきた。遅れの原因はスタッフ不足だそうです。深刻だな。

そんでミネアポリス空港に夜中に着くわけですけど、まずホテル行きのシャトルバスには同じ境遇の人たちが殺到して乗れない人が出ており、しかし弊管理人はもうこれ以上待つのは嫌なのでバスの助手席にちょこんと座ってまんまとホテルへ。

翌朝は4時前に起きてまたシャトルバスに乗ると、また人があふれて通路に人が立ったまま110キロでハイウェイをぶっとばすという地獄絵図。結局DCには朝10時に着き、ちょっと休んで夜勤に行きました。でもまあこの2週間ずっと悩まされてきた案件が終わって、あとはアウトプットすればいい段階まで来たので体は軽かった。

* * *

で、中2日(当然出勤)で25日(木)からフロリダ出張です。
オーランドの空港で初めてのAVISでレンタカー借りました。
ゼネラルモーターズのビュイックBuickというブランドだそうです。初めて見た。
アンコールEncoreという小型SUV。燃費は悪いが視点が高くて気持ちよかったです。
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ホテルは3月にも泊まったタイタスビルTitusvilleのベストウエスタンですが、やっぱちょっとモーテルみたいで質が低かった。エアコンがうるさいのと部屋がちょっとかび臭い(エアコンは寝るとき切ったのでよく寝られた)。戻ってきてからアンケートに答えろっていうメールがきたので正直に点を付けたら、宿から「期待に添えずすみません」というメールが来た。それで(いやそこまでじゃないんだけど)っつってまたちょっと凹んだ。

他社の人はココアビーチという外房みたいなところにAir BnBで部屋を取ってました。
ちょっと寄せてもらって作業。合間に浜辺へ。
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いいねえ。
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このあとものっすごい嵐がきた。
なんだかんだで地元の名物らしいロックシュリンプというエビを食べました(上の皿)。
味はロブスターだそうです。ロブスターの味よく知らない。
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4泊して最終日は徹夜したが、結局朝方になって、今回の出張では仕事が完成しないことが確定しました。
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最後は空港まで若干寝落ちしつつ運転して戻り、いっこ早い便に乗るべくウエイティングリストに登録したら最後の瞬間に乗れて夕方にDCに帰り着きました。疲れたのでステーキ焼いて食べて、23時から9時まで寝ました。

* * *

で、また週末にフロリダに戻ることになりそうです。

2022年08月14日

ルーズベルト島

今日の散歩はバージニアとDCの間、ポトマック川の中州、セオドア・ルーズベルト島。
地下鉄がまた駄目な感じになっていたのでバスでロズリン駅→歩いて10分くらいで橋に着きます。
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テディの像あり。楕円形に近い島の中心と周囲を巡るトレイルを歩いてみましたが、特に対岸が見えるわけではありません。
向かいのジョージタウンがヨーロッパっぽいのは橋の上から。
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弊日記は「報告report」「備忘memo」「治療therapy」のどれかなんですが、この土日は治療(気散じを含む)でした。

・気力と体力が下がってる
・年末年始はマイルで帰ろうかなと思って調べたら既にキャンセル待ち
・暑さが和らいだ
・うっかり夜が遅い
このあたりの複合だと思う。

森の中で停止

今週はいろいろだめで、それは何か失敗があったということではなく、職場の椅子で腑抜けていたのです。腑抜けていたという印象以外にあまり記憶がない。出したメールに返事がないというのも重なった。あと職場の冷房が強すぎて指先がかじかんだ。

返事があったメールの人と会えたのと、たまたまのお誘いをいただいて会った別の人が日本から7月に赴任したばかりの独り暮らしで「土日の食事に困っている」とかつての弊管理人のようなことを言っていて「ですよね分かります!!!」となったことあたりがハイライト。

そんななので土曜は朝から落ちており、しかしこのまま部屋にいると落ちすぎて死んでしまう、と思って昼ごろ出掛けました。

ロートンLortonという町にあるテキサス・ドーナツでドーナツ3つとアイスコーヒーを買って車内で1個消費。店番は恐らく中国系の3人。紙袋に入れるとき、チョコがかかったドーナツはチョコが他のとくっつかないように一番外に向けて入れてくれていた。こういうことってできる人とできない人がいると思う。そういえばアメリカの料理ってソースどばー、チーズぐちゃー、ハンバーガーのレタスぼろぼろぼろー、ポテトわさー、みたいにとにかく「はみ出す」「こぼれる」状態で出てくることが多いんですけど、あれは「そのように盛り付けるとおいしそうだと考えている」のか「盛り付けという概念がない」のか、どうなのか。

そのあと、Prince William Forest Parkというところに行きました。同僚が土曜(つまり今日)の朝6時半集合で仕事先の人とハイキングに行って昼には帰ってくると言っていて、弊管理人は金曜が夜勤だったのでその時間には起きられないが、なんかいいところと聞いたので行ってみた次第。

着いてみるとれっきとした国立公園で例のごとく20ドル取られましたが、公園としてはなかなか素敵です。木漏れ日の中を走るドライブルートと、たくさんのトレイル。説明を読んでもピンと来ないが、good viewというコースに混ざってexcellentというのがあったので、4kmくらいのそのコースを歩いてみました。
結果、突出して景色が素晴らしいわけではなく、くよくよといろんなことを考えながら(蜘蛛の巣が多かったので木の枝を拾ってぶんぶん振り回しつつ)歩いているうちに気持ちがどんどん塞いできました。
ビジターセンターの近くが居やすい木立になっていて、もらったパンフレットでベンチの落ち葉を払って腰掛けました。
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7月下旬から日中35度、夕方には雷が鳴って土砂降り、みたいな日々が続いていましたが、土曜に一服した感があります。25度の午後4時、湿気なし。暑くも寒くも暗くも眩しくもない、中性浮力みたいに完全なバランスの空気の中で暫く動けなくなりました。疲れているのかも。

森の中で考えていたのは(1)うまく入らないアポイントメントに端を発した面倒事の多さと(2)そろそろ本格的に倦んでいて仕事辞めたいみたいなあれこれ。なんか随分前からそんなことを時々言ってる気がしており、どこに行っても不満を言う性格なんだと解釈していたんですけど、多分、本当に合ってなくて(局面により速度は違えど)水位が上がり続けているんだと最近思ってます。仮にいま会社が早期退職を募集したら即刻応募すると思う。ただ、そういうきっかけはなかなかない。

帰ってから近所のスーパーで食料品の買い出しをして、豚肉焼いて食べました。成田に住んでたときに空港近くの「米倉食堂」で出していたすごいうまい(が、昼に食べると満腹と臭いで午後働くことができなくなる)ニンニク焼き肉定食に迫る味が出せそうになってきました。
20時を過ぎると日が落ちそうになってる。日差しの角度に秋の気配を感じます。

* * *

ジーニアス英和・和英のアプリ。42ドルくらいだったので、買って携帯に入れました。
大辞典と迷ったんだけど、発音してくれるのと、弊管理人の場合、知らない単語は専門用語よりむしろ日常的に使われるもののほうに多いので、学習辞典のほうが分かりやすくていいかなと。
ちょっと使ってみたらなかなかよい。

* * *

あ、日本は盆休みなのか。

2022年08月07日

ダメリカン運輸

先週後半はヒューストンに出張するはずだったのですが、なんと移動に失敗して行けませんでした。
まず主催者側には先週末に「移動の予定立てたいから始まりと終わりの時間教えて」と連絡したら「明日詳しい日程送るよ!」と返事がきて、じゃあ待つかと思って待ったら来ない。
結局、ウルトラショートノーティスなことに2日前に主催者側から日程が送られてきて「外国人は前日に手続き、当日は朝6時半集合ね」。電話して「前日入り無理なんですけど当日手続きでも大丈夫?」と聞いたら「全然OK!」という意味不明なポジティブ回答があり、行くことに決めました。

しかし前日、予約していた夕方のサウスウエスト航空が(恐らくヒューストンの雷雨により)昼過ぎにキャンセルになり、ギャーとかいってユナイテッド航空を取り直したところ、それも3回の遅れ通知が来た上に最終的に午後7時ごろキャンセルになりました。当日は午後からの合流という選択肢もなくはなかったのですが、朝発の便は既に埋まっており、詰み。
(ちなみに、弊管理人のより2時間早い経由便を取った他社の人は、遅れつつも到着したもよう。でも普通どっちがローリスクかと考えたら直行便なので、同じ状況にもう一回立っても少し遅い直行便をとったと思う)

前日の早い時間の便を取っていれば辿り着けたと思うのですが、昼から午後にかけて「無視しても惨事にはならないが気は引ける」くらいの案件が入っていました。これを家でこなしてから出掛けようという判断がまずかった気がします。

ということで教訓は
(1)実際に行かないと成立しない仕事を優先する
(2)上記のような仕事を脅かす些事は切るか後からやる
(3)夕方以降の航空便は夕立に弱く、遅延や欠航になるとリカバリー困難なため避ける
当たり前といえば当たり前のことです。

* * *

それが木曜で、目を三角にしながら些事と旅程の再構成を同時並行で進めた末に出張が詰んだ午後8時過ぎにはぐったりし、風呂にも入らず就寝。翌金曜日も想像以上に虚脱状態が続いており、週末から夏休みでるんるんの(?)同僚と夕方から飲みに行ってしまいました。

Busboys and Poetsふたたび。
今日はナマズ揚げ。鯉のような臭みはあるが、スパイスと戦わせ甲斐のある白身魚です。多分ソウルフードすかね。左のソースはピリ辛。
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このほかにもフライドチキンとエビカニコロッケみたいのを頼んで、ビールとサングリア。
さらにデザートにチョコレートケーキを2人で1個頼んでコーヒーまで飲みました。
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「decaf」のコーヒーを頼もうとしたところ発音が通じず、同僚が代わって注文を通してくれたことで若干またへこみました。

でもまあ全部うまかったし、憂さも晴れかかったよね。ということで地下鉄で帰ろうとしたらどっかで線路が1本閉まってるとかで20分くらい来ない。バスか……と思ったもののバスも次がなかなか来ず、結局隣の駅近くまでバスを求めて歩いてるうちに次の地下鉄が来る時間になったので隣の駅から乗りました。いつもながら駄目メトロ。

* * *

そんで土曜も出掛けようと思ったら乗るはずのバスが予定時間より早く!!目の前を通過していった。全体的にこの週末は交通機関との巡り合わせがだめでした。
キーマカレー再挑戦したら前回よりおいしくできました。それが救い。

* * *

日曜はこれも半年ぶりにグレンストーン。前回は2月で寒々しかった屋外の作品も今回はフルパワーで見ることができました。ただしすごい蒸し暑かった。
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しかしiPhoneの広角はどうなってるんだ。
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結局、クサクサした感じは時間薬で癒えてきました。
木曜、金曜とも9時間くらい寝たおかげで体調はよかったです。クサクサしてたけど。

* * *

ショパンの練習曲10-1は比較的単純な鬼アルペッジョの連続なのに、どこか壮大で、手を付けてみたい気持ちにさせるのはなんだろうとぼんやり感じていたのですが、wikiみてすとんと落ちた。コラール風の進行なんだな。

2022年07月31日

行く、来る、留まる

夏休み明けの月曜は職場の送別会。4年近く頑張った番長(たぶん同い年だが3期下)と任期がほとんど疫病下でいろいろ苦労したボス(税法上の何かのため海外で定年を迎えられないので2年と短めの滞在で交代→東京の出身部で再雇用)。番長はきょう日曜、さよならメッセージを投げて日本に向け出立していきました。ボスは8月半ばのようです。いいな……と思うけど、彼らの出身部は東京にいるより外国駐在のほうが圧倒的に楽しいところだそうなので、実際いいのかどうかは不明。

送別会にはちょうどDCに到着した、番長の後任氏(5期下・当然というか優秀の呼び声高い)が来てました。翌日から家探しし、早々に弊管理人と同じアパートに決めたとのことです。新婚・即・遠距離別居かつ嫁さんは同業他社のため同居予定なし!だとかで、週末一緒に買い物とかメシとか行けるだろうか。週末まで同僚と顔合わせるのはイヤかしら、弊管理人はすごいウエルカムだが一応先輩なのでガツガツ誘うのは憚られるし、とあれこれ。

後任氏はさっそく諸手続の分量にうへえとなってましたが、彼の前回の外国駐在はイランなので「そうはいっても先進国」というハードルの低さはあろうか。そんでまだホテル住まいなのに早速ニューヨークに出張していきました。働きますな。

* * *

スーパーの肉屋でパックではなく重さ指定で「半パウンド(227g)」買う、ということを今頃!初めてやりました。パックだとこの倍からなので、少量買えるっていいな。S&Bの赤缶でドライカレーですかね。
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隠し味程度に中濃ソースを入れたらわりと味を支配され、オムレツの具みたいになりました。まあうまいけど。もうちょっと辛味があってもよかったが何で出せばいいのだろう。
目玉焼きで映えようと思ったが、ひっくり返して両面焼いたら目玉が角膜の病気みたいになってしまった。

* * *

火曜、一日頑張って文献読んでアウトプットしたために午前3時ごろまで頭が冴えてしまって眠れず、翌日は8時前から仕事をしたら極度に疲れ、体調を取り戻しきれないまま金曜にまた朝の仕事をして、24時前に就寝し10時間くらい寝ました。

土曜は雨上がりできれいに晴れましたが、ちょっと弊管理人がやったほうがいい仕事だろうな、というのがあって在宅で2件ほどこなしました。ついでに消化すべき雑務もいろいろ進めているうちに夜になり、アパート内のジムで運動してパスタ煮て食べて寝ました。

日曜朝。ちょっとうまいパン食べたいじゃん?ということでマーシャルMarshallというちっちゃい街にあるRed Truck Rural Bakeryに行ってみました。知らなかったけどオバマもパイ食べにきたらしいで。
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アパラチア山脈に向かって車で40分。といっても都市部を出ると制限速度が時速112kmになるので距離にすると70kmあります。新宿から焼き菓子食いにっつって観音崎くらいかね……。ともあれ、ここは人口1500人。メインの通りを外れると途端に農村ですが、古い建物を流用した雰囲気よさげなお店がぽつぽつありました。
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あればいいなと思っていたチョコの入ったデニッシュがなく、アップルパイとコーヒーを頼んで、カウンターの近くの商品棚でふにゃい紙カップに飲み口のついたプラスチックの蓋を取り付けようと苦戦してたらカップを倒して3分の1くらいぶちまけました。
近くの席でお茶してたおっちゃんとおばちゃんが即座に紙ナプキンで拡散を防いでくれて、コーヒーをかぶった売り物のパイの箱をカウンターに持って申し出てくれたので再三お礼をいうと、おばちゃんから「あたしなんか毎日こぼしてるから大丈夫よー!!」と慰められました。
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めげずに窓際でパイを食べていると、二人が外からバイバイしながら帰っていたので弊管理人も頭を下げながらバイバイしました。なんなの。優しいな~。日曜も早よからわたわたしましたが、結果ほっこりした。

ベーカリーを出て数十歩のところに赤いバスが見えます。ジョニー・モナーク?
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フードトラックのでかいやつみたいだな、と写真を撮ったら、ちょうどバスの前の飲食スペースから出てきたじいちゃんが「ここうまいぜ~」と話しかけてきました。
「どれがうまいんですか」「全部だよ!あそこの白いシャツの男がジョニーさ」
ちうわけでステーキサンドイッチを頼んでみました。副菜1種類ついて22ドル。おおう結構だな。しかし犬の散歩をしていた老夫婦?も立ち寄ってこれ1個買ってました。まあ2人で分けると思えばね。
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でもアメリカ人てこういう鉄板焼き系は上手だと思う。牛肉と玉ねぎ、ピーマン。焼き加減も聞かれました。新商品として推された副菜のブロッコリーサラダは冷たくて意外でしたがさっぱりしたマリネでした。食ってるところにジョニーがきて「どうだい」と話しかけられたので「うまいれふ!」と言ったら「あ~口が一杯なところすまんね笑」と言いながら去っていきました。

しかしこのお店を激推ししたじいちゃんといい、フレンドリーだな。特に何があるわけでもないですが、なんかいい田舎の街でした。

写真が鈍色の空であることから分かるように午後から雷雨の予報が出ており、ぽつぽつ雨が当たってきたので帰りました。サンドイッチは半分残して持ち帰り、夕飯に回しました。冷めたら何か恐ろしくべっとりした油脂のようなものが用器に残ってましたが見なかったことにします。

* * *

「フリーズドライの味噌汁送る」と久しぶりに知らせをくれた実家の父とメール。年後半はこんな予定だよ、というのを書いてみて、毎月大物の仕事がどっかんどっかん入ってくることを改めて認識しゲンナリしました。滞在11カ月目に入ってます。

2022年07月24日

そして夏休みを終わる

夏休み最終日の日曜。ちょっとだけ外出ね。
何かといい評判が聞こえてくるテキサス・ドーナツ。店内飲食がだめだったので車内で1個、家に帰ってから1個いただきました。
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あ、なんか確かにふかふかしててうまい。香りがいいのはなんだろう。そして何がテキサスなのかはよくわからない。

そしてワイナリー。きょうはブルー・フロッグBleu Frog Vineyardsというところ。
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ブルーチーズなめなめ、ハーフグラスで白。その3倍くらい水飲んでしばらくステイで州法は大丈夫な計算です。ここの白は変な癖がなくておいしかったです。

そこから10分くらいのアウトレットに寄って、何も買わずに帰ってきました。
外は予報通り37度。暑かったです。

* * *

10日休んで換気できました。でも仕事が始まるのはやだな。
今年後半に向けて必要だと思ったこと。
・「できることを増やす」には終わりがないため、引き続き少しずつ「初めて」をやる
・やったほうがいいかなと思ったらとりあえず手を付ける
・食う・寝る・家事はペースを崩しすぎない
・楽をするためにお金を使う
・体は動かすべき
・人と比べない

* * *

■サン=テグジュペリ(河野万里子訳)『星の王子さま』新潮社、2017年。
そういや読んだことがなかったなといって。

■斎藤成也他『図解 人類の進化』講談社、2021年。
初版からもうちょっとアップデートしてもよかったんじゃないかとは思いましたが、全体としてはとても包括的かつ分かりやすかった。編集・校閲がちゃんとしてるんだと思う。

■小林雅一『ゼロからわかる量子コンピュータ』講談社、2022年。
すっばらしかった。

2022年07月10日

疲弊とメンテ

この1週間はなぜか寝付きが悪く、布団の中でゴロゴロしているうちに3時、次の日は8時前起床、寝不足で頭痛、でもその夜もなぜか寝付けず、てな具合。土曜は午前中と夜からの在宅仕事でしたが、午前中が終わりきらないうちに気怠さに勝てずPCと携帯を持って布団に入ってしまいました。まどろんでは携帯が鳴り、まどろんでは携帯が鳴り。それでも午前中の仕事が終わったあと2時間ほど寝て回復しました。

残り物で遅い昼食。買い物に行くか……と一瞬思ったものの、もう回復の日と決めて家から出ないことにしました。朝から雨だったのもあってか頭が重くて集中できず、長い文章が読めませんでした。気分もこのところないくらい落ちていました。

だらだらと過ごし、20時になりました。あまりお腹がすいてないので朝飯みたいな夕飯にしました。
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雨は夕方までに止みました。

* * *

日曜は朝だけ雲が残っていたものの、ちょっとドライブに行こう、ということでバージニアの北端くらいにあるハーベスト・ギャップ・ブルワリーへ。
こんなとこ。
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ウェブサイトによると退役軍人がやってるそうで、退役軍人用の駐車スペースがありました。ほお。
ストロベリーシードルとホットドッグ。
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飲酒運転にならないよう4割くらい捨てた上、このほかにルートビアフロート(つまりノンアル。バニラアイスをカップに落としてからルートビア注いでた……結果浮いたけど)をいただき、ベンチでだらだらしてました。14時くらいから流しのギター弾きみたいのが来て音楽ショーが始まりました。

ワイナリーやブルワリーは遠出したいわけではない休日にふらっと行くのにいいですね。ただ白人がほんと多いです。その次がアジア人で時々見るかどうかくらい。そしてこの人たちは大概、飲酒運転しているのではないだろうか。

* * *

夕方に近所に住んでるボスから「ビール飲まない?」とお誘いがあり、メキシコ料理で一杯やってきました。なんだかんだあって着地した。今週も息災でひとつ。

2022年07月04日

7月4日に生まれて

という映画が中学生のころに公開されてましたが、当地に来てみると、7月4日には「ハッピー・バースデー・アメリカ!」というお祝いの言葉が聞かれました。あのタイトルはアメリカという国家そのものも暗示してたのだろうか。

朝9時から国立公文書館に独立宣言の朗読を見に行こうかなと思いましたが、惰眠を選んでしまいました。タブレットで鑑賞。これ。
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しかしパレードは見にいこうということで昼前に出掛けました。えらい。
なぜかいつもパレードの進行方向右側から撮影してしまう弊管理人。
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マーチングバンド(たぶん中学か高校)の女の子が熱中症で倒れた。バンドは何事もなかったように進んでいった。それを見る強そうなおじさんのアンダーアーマーにはフリーダムと書いてあった。
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警察の手際が悪いので、沿道の人たちが助けに入って体に縛り付けてた太鼓を外し、日傘をさしかけ、木陰に引き入れて水を飲ませていました。なんだかんだワシントニアンは親切。このあいだタイ料理を一緒に食べた駐在日本人のおにいさんは「ミシガン大学に留学したときもミシガンは優しいよと言われてましたが、DCはさらに優しい」と評していました。
女の子はちょっとすると回復していました。
近隣だけではなくいろんな地域の高校からバンドがきてました。この「ジョンズボロJonesboro高校」は黒人の子ばかり。赤黒はかっこいいね。ジョージアかな。
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アジア系はなぜか風船使ってるグループが多かった。
         /⌒ヽ
   ⊂二二二( ^ω^)二⊃
        |    /       ブーン
         ( ヽノ
         ノ>ノ
     三  レレ
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ちなみに上の集団は法輪功です。この後にバンドが続きます。すごいきびきびしてました。
いま親玉がNYにいるんですよね確か。そりゃアメリカになじまないとな。中国に戻ったら殺されるし。
台湾チームもいました。そりゃアメリカに(以下略
ウクライナチームは声援がすごかった。ウクライナのテレビが沿道の人にインタビューしてました。母国で「アメリカが応援してるよ」っていって流すんでしょう。
首都圏チャイニーズ・アメリカンのチームは結構な大所帯だったが声援は少なめ。コミュニスト・チャイナとの距離感はあるだろうけどアメリカの仮想敵国出身。複雑だよな。
これは旗を売ってるおじさん。
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赤/青の服を着てる人も多かった。心置きなく国旗を振れるのは戦争に負けたことがない国ならではでもあり、国旗を振らないと分解してしまうほど他に軸がないからでもあり。
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日差しはきついものの、湿気がないのでちょっと日陰に入ると暑い思いをせず過ごせる昼間でした。確か31度とかそれくらい。
いったん帰宅。ニュースつけたらシカゴの近くでパレードの群衆に向けた無差別銃撃事件が起きてえらい騒ぎになっていました。

夜は花火を見に行きます。
地下鉄のロズリン駅で降りて、さてどちらに向かおうかと思ったところ、人々が同じ方向に歩いて行くのでついていったらアーリントン墓地でした。
この像の前に陣取ります。
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玉屋。
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21:09開始で30分くらい。日が落ちると涼しかったです。
バージニアンとしては橋を越えてDCに入ってしまうと帰るのが大変だろうとアーリントン墓地どまりにして正解。ちょっと歩いたらバスが来たので乗って思ったより早く帰れました。

ベタな7月4日を満喫した。

* * *

いろいろ迷走した夏休みの行き先をようやく固めました。5日間くらいの中西部ロードトリップを考えていたんですが、1人だとどうしても割高なのと、運転中は写真とったりできないのでツアーにしてしまいました。飛行機とツアーという大枠は押さえたので、あとは今週中考えます。なんか肩の荷が半分以上下りた感じがする。

2022年07月03日

スラムと中華と朝食と

水曜日は仕事でちょっくらボルチモア。DCからアムトラック(鉄道)で8ドル、40分。
オーケストラ持っててスポーツ観戦でもよく聞く都市で、医学やらAIやらで世界屈指のレベルを誇るジョンズホプキンズ大学のメインキャンパスがあるといったら落ち着いた地方都市かなって思うじゃないですか。

鉄道駅からJHUのほうへ行くのに無料バスが出ていて、市のサイトに「地元の方や観光客の足に」と書いてあったので喜んで載ったところ、荒廃した感じの車内にはやばい感じの人たちが乗っており、ジャケットなど着ているのは弊管理人ひとり。乗ってこようとしたちょっとアレな人を運転手がドアで挟んで追い出し、その運転手も途中でバスを停めて買い物に行き、そこに何をするでもなく路上に立ち尽くしている人々が虚ろな目を向けるみたいな素敵シティでした。大学病院に向かう路線だからかしら。

大学の中だけきれい。
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仕事がはけた後、お腹がすいたので一緒になった他社の人とレキシントン・マーケットに入っているFaidleyを目指しました。さっきのことがあったのでウーバーを使って正解。路上でカジュアルに道路工事の人となんかよくわかんないおにーさんが殴り合ってました。
某所で勧められたクラブケーキ。あと地元のビール「ナショナル・ボヘミアン」を昼間から飲んでしまいました。
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うん、おいしかったけどクラブケーキはもういいかな。

DCから来ていた仕事先の人たちは当然のように車でした。
そうなんだよね、お金があるとか時間がないとか仕事の人たちは車で「点から点」に移動することで危険地帯をスキップするのだけど、下の階級の人たちはその間の面(地べた)を埋めるように低速で動き回っているのでしょう。
という話を、木曜夕方に職場の会議室であったちょっとした送別会の飲みでしたら、ボスから「節約しなくていいから、いい交通手段使って!」と言われました。
だって知らなかったんだもん。

マーケットを出てウーバー待ってたら、やはり平日昼間から人がたまってる地帯でした。地下鉄の出入り口もあったんだけど、この地域の公共交通機関カードをわざわざ買うのは面倒だし、なにしろ雰囲気が怪しかったのでやめました。あとから鉄道ファンの同僚に聞いたところでは「あれはあまり使わないほうがいい」とのこと。ですよね~

アムトラック乗ってDC帰着。地下鉄に乗り換えて職場に向かっていたらまた挙動不審な黒い人が混んでる車内で「ブラック・ライブズ・マターだぜ、メーン(men!)」とか大声上げてましたが、「こっちのライブズもマターだからマスクつけて」というのが感想です。

* * *

7月は夏休みをとるので地下鉄の定期を買うかどうか迷っていました。どっちかというと買わないほうに傾いていたのですが、なぜか値下げになっており(元を取れる乗車日数が18日→16日になった)買ってしまいました。

* * *

金曜夜は「軽く夕飯いきましょ」と同僚を誘って中華、Sichuan Pavilion。
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豆腐の水を切ってあるちゃんとした麻婆豆腐だーーー!!
塩漬け魚のチャーハンも出色でした。ここはいい。

* * *

土曜は思い立ってDCの動物園へ。
パンダは大股広げて寝ていた。
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午後から雷雨注意報が出ていたので早めに帰りましたが、実際に来たのは21時でした。
ちょっと仕事で東京とやりとりをして就寝。

* * *

日曜は外で朝飯食べたいじゃん?と思い、西へ向かうハイウェイI-66で50km近く走ってNorthside 29という地元食通が話題にしていたお店に行きました。
あ、いい。このなんかロードサイドのレストラン感。
(しかし国道29号の南側にあるのになぜノースサイドなのかは聞き忘れた)
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店内も期待通り。家族連れがゆったり休日のブランチを楽しんでました。
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リストから4品選ぶブレークファスト、12.5ドル。感覚としてはだいたい800円。(いま円換算すると凹むのでしない)
パンケーキは遠くに写っているので分かりにくいが20cmくらいあり、熱いシロップをぶっかける。卵2個のスクランブルエッグ、「カナディアンベーコン」は厚切りハムだった。あとコンビーフハッシュ(コンビーフとジャガイモを和えてカリカリに焼いたもの)がおいしかったです。野菜はないが。
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おなかいっぱい。それにしても自分では作れなさそうなものが何一つないな。
直帰もなんなので、近くのマナッサスにある南北戦争の古戦場公園に寄りました。
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ビジターセンターでずいぶん長い映画を上映していて見たら、この原っぱで鉄砲撃ち合ってばたばた死んでた。外を歩き回ると誰がここで死んだとか負傷したみたいな説明書きがあちこちに立っていて、ここ一帯が事故物件だなと。いや古戦場だからそうなんだが。
こちらは南軍の有名な将軍らしいトーマス・ジャクソン(”ストーンウォール”・ジャクソン)。39歳没。むっちゃ逞しく造形されてます。歴史を知らないとちんぷんかんぷん。
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断片的に見聞きするいろいろでは南北戦争ってほんとアメリカ史のトラウマのようです。しかし部外者にはなんでそこまでやってん?とさっぱり分からない。そのうち簡単な本でも読んでみないとな。

* * *

いつも使ってる腕時計、年末に一時帰国した時にはまだ動いていても電池交換しておくか……と朝食を食べながら考えていて、マナッサスで映画を見ながらふと時計を見たらけさ11時過ぎの時間を指して止まっていました。今週どこかで時計屋に行ってこよう。

あす4日は独立記念日です。いつも仕事関係でチェックしているブログによると「祝日は4日(月曜)でこの日は多くの政府機関や商店が休みになります。多くの人は週いっぱい休みにすると思いますが、今週の予定は……」みたいなことが書いてありました。そうなのか。

2022年06月26日

頑張らない週末

平日が4日の週は瞬きをしているうちに過ぎてまた週末。
次の月曜は朝6時からの仕事があるのに、寝るのが午前2時半とかの日が続いてしまいいかんいかんと思っていたら、その仕事は日曜午前に消えました。正確にいうと次がいつなのか分からない日延べになりました。

時たま夕立など来つつ30度くらいの日が続いており、しかしべっとりと汗をかく気候でもないのが東京あたりと違ってよいですね。
今週末は特別なイベントを入れるのが億劫な気分になり、涼しい自室で大半を過ごしました。だから日記も昼下がりに書き始めています。

土曜はDCのモール(議会からポトマック川まで伸びてる、脇に博物館が並ぶ細長い芝生)でスミソニアンがUAEのイベントをやっていたので見に行きました
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が、日差しが強かったのでわりと早めに退散。そういえば弊管理人は強い光が苦手だったのを忘れていました。この季節の外出はサングラスがいるな。なぜこの写真を撮ったかというと、このフレーム内の世界が明るく美しかったからです。フレームの外では中絶がどうだとか、アジア人ヘイトがどうだとかいう叫び声が遠雷のように聞こえていました。

遅い昼飯を求めて中華街へ。今回は「富記」に入ってみた。
牛肉と野菜炒め・オン・ライス。
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店内ちょっと臭うものの、味はとてもまとも。
で、思い出した、というか思った。2012年にDCに来たときにワンタンメンを食べたのはここじゃなかったか。多分そうだよ。いやお久しぶり。よく生き残っておられた。同僚とまた来よう。

頑張らない週末2日目、日曜は朝から東京の職場とちょっとやりとりをして、パスタ茹でて食べて、バスに乗って西のフォールズチャーチにあるRare Bird Coffee Roastersにおやつを食べに行きました。
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先日行ったこの近所のNorthside Socialはほとんどアジア人がいなかったのだけど、こちらは韓国人ぽい人たちが結構いた。明るくて洒落た感じの店だからでしょうか。

さっくり帰って今週はおしまい。

* * *

滞在10カ月目に入りました。
東京を2020年1月に離れて大阪~DCと2年半ほど流れているうちに、そんなに親しいわけではないが知っていたくらいの人たちの名前がぱっと出てこなくなり始めています。
父方、母方ともに祖父は戦争に行って数年失っているんですけど、孫もなかなかの時間的損失を被ってます。いや祖父のが全然大変だっていうのは分かってます。

家族で来てる同僚はいずれも、数十カ国から人が集まっていてお金もある「いい地区」の学校にお子さんを通わせていて、そこの行事に顔を出すことでノンネイティブの気軽さがありつつ知り合いも増えるなど、良い地域生活を過ごしているようです。弊管理人は独りメシも独り遊びも苦じゃないのですが、楽しいかというと楽しくはないな。まあ性格のせいではある。

* * *

2021年度下半期(10-3月)の成績が通知され、「ちょっとだけよかったで賞」でした。夏のボーナスが2万円くらい?多いほかは「ふつうで賞」と違わない(※評価は7段階くらいあるが、ほとんどの人はこの真ん中の2賞というフラット度というか悪平等度の高い運用)ので、ちょっとだけありがとうございますという感じ。

会社からの一言コメントを見ると、11月下旬にやった頼まれ仕事が印象に残ったということらしい。座ったままできるやっつけなやつだったのですが……それかー、うーむ。
在外の人たちを評価する東京の部は弊管理人の出身部とは違っていて、それぞれ全く別の専門性を持っているので、評価者からはちょっと変わったスキルがあるように見えるのかも。

22年度上半期は9月までです。「ちょっとだけよかったで賞」はいらないので頼むから大過なく過ごさせて下さい(誰に言っているのか)。

* * *

夏至の日のニュースの論調は「夏の始まりです!」。「この後は冬に向けて転がり落ちる一方」と捉えていた弊管理人の陰キャ度よ。

2022年06月20日

食べ過ぎる夏至

奴隷解放記念日Juneteenthおよび父の日の日曜日は、朝から車で近所のパンケーキ屋にいそいそと出掛けました。フェイスブックでご近所(といっても車で1時間圏内くらい)の食べ物屋共有コミュニティに入ってみると何かと地元民のおすすめが流れてくるようになり、その一つでThe Original Pancake House。40分くらい待った。アメリカ人も待つのだな。
そんでこれだ。ブルーベリーパンケーキ。
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甘ったるくなくておいしかったですが、多いよ……。これ半分くらい持ち帰ればよかったかも。
ブルーベリーをタネに混ぜて焼いてるので、切ると打ち身の内出血みたいな色でした。
あと、FBでは「でもパンケーキなら家で作ればいいんじゃね」というコメントが結構ついており、確かにすごいうまい/まずい、という差が生まれる食べ物ではないのかもしれないと思いました。マクドナルドがこれ3枚で500円のセットを出してるのはえらい。

昼は回鍋肉っぽいものを作って食べました。キャベツ1玉食べるのに10日くらいかかってます。

夜は駐在日本人2人と近所のUncle Julio'sというメキシカン。というか「テクス・メクスTex-Mex」=アメリカ化されたメキシカンだそう。肉やチーズを多用するのが特徴らしいけど、そもそも本家を知らない。
40代2人と50代という3人なのに頼みすぎの疑い。
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しかし食べた。タコス、ファヒータ(鉄板焼き)、あと写ってないけどワカモレ、すなわちアボカドのペーストみたいなやつ。全部おいしかった。しかし食べ過ぎた。

前にちょっと散歩した黒人の多いハワード大学に近いDCのUストリートでは、奴隷解放記念日のお祝い行事で銃撃事件が起きてたようです。いちいち抵抗したり反抵抗したり交渉したり連絡したり問い合わせたり挨拶したり声を張ったり修辞を駆使したりしないといけないこの社会は、その水面下に精神衛生の大規模な危機が沈んでおり、元気に満ちているようでいながら極めて消耗し余裕がないように弊管理人には見受けられるのだけど、違うのかな。

* * *

月曜は振替休日です。
振替休日あるんだ~、と思って調べたところ、土曜に祝日が重なると金曜も休みになるそうです。いいねえ。

結局土曜、日曜と家でちょいちょい仕事をし(今日もこれからちょっとする)、そうはいってもちょっと出掛けようかなということで先日辿り着けなかったオッコクアンOccoquanへ。
お祭りを外したら普通に歩けるちっちゃい集落でした。
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クレープ食うです。
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見た目はわりに端正ですが、この中におっそろしい量のチョコレートソース(たぶんバターとチョコが魔融合したもの)が入っており、掻き出して食べました。
ぷは。
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街の裏は水辺であった。
気温26度。日陰でクレープ食べるのにちょうどいい陽気でした。

夏至は21日早朝なので、あすから日が短くなっていくのですね。今日の日没は20:40ごろ。
2022年前半が終了した感じ。びゅんびゅん過ぎたといえばびゅんびゅん過ぎたが、まだ3合目だと思うと先は長い。

* * *

あと夏休みの計画を立てないと。
同僚、仕事先には「アリゾナまで車で行く」というすっごいこと言ってる人がいました。何日かかるの……。緑の東半分と違う、赤や白の西半分を見たい気はするが、弊管理人の場合は独りなので黙って延々と運転するのはつらそう。

* * *

そういうわけで今週はウイークデーが4日。どこまでできるかな。

2022年06月18日

近場出張と行事

日曜夜に書くことの多い弊日記ですが、今週は土曜昼に。
何かと初めてのことがあったのでメモしておきます。初めてを生活の中に適度に(←ここ大事)ブレンドしようとしているのでそうなるんですが。

・水曜、木曜でバージニア州南部のハンプトンというところに出張してきました。「自分の車を運転して行く出張」というのが初めて

・金曜は初めて行く某所で在米の日本人研究者が集まる機会に顔を出しました

ではまず出張から。

そんなにすごい気合い入れて行く先ではないのですが、先方は外国人が来ることを想定していなかったらしく、すごい頑張って弊管理人を施設内に入れるための外国人用の面倒な手続きをしてくれたので行かないわけにはいかなくなってしまったという経緯。

北部バージニア(つまり首都圏)の自宅から車で300km弱、だいたい3時間です。
去年の10月、来たばかりでまだ動き回る手段もない頃に同じくらいの距離を他社の人に乗せてもらったことがあり、その時に「寝ないように話し相手が欲しかった」と言われました(言い方に気を遣う人ではないので本当にそうだったんだと思う)。今回は別に眠気の来る時間帯ではなかったが、話し相手が欲しいという気持ちは分かります。高速を走ってるうちに海が見えて~山が見えて~SAで一休みして~と変化がある日本とは違って、ハイウェイの両側はずっと森。給油や軽食やトイレはいったん降りてガソリンスタンドと併設のコンビニで用を足すので面倒なんですよね……

で、こんなとこ。
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仕事は研究施設を見せてもらうというもので、これどうやって形にしようかなあと悩ましい内容ではありましたが、オンラインよりずっとよかったです。あと英語は喋ってないと喋れるようにならないが、必要に迫られて喋ってるとどうにかこうにか会話は成立する。

夕方から東京とつないで別の仕事があったので、近くのウィリアムスバーグという街に投宿しました。
ザ・セダースThe CedarsというB&B。部屋はこんな感じ。テレビがないのがよい。
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東京とやりとりしつつ目鼻を付けて、夕飯に出掛けることにしました。
外観は結構メルヘンやね……
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昼飯がマックのハンバーガー1個だったので結構食べられる感じ。
街外れのタイ料理屋に行きました。タイはいつだって優しいもの。
「ガパオありますか?」と聞いたらあった。わーいこっち来て初めてかも。
しかし取り分けサイズだった。いや待て、しかしご飯は1杯来てるし、1人前なんだろうか。
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おいしくいただきました。
宿で提供してくれるチョコとデカフのコーヒー(こっちはデカフが普通にあって嬉しい)を部屋に持ち帰って夜のお茶にして寝ました。

冷房が寒くて体が冷えつつ起床。アメリカの宿はどこも寒いな。
B&Bの朝飯はこんな。
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イギリスと比べると控えめですが満足満足。
チェックアウトは特になく、朝食をサーブしてくれた黒人のおっちゃんに「鍵どうしたらいいの?」と聞いたら「そこのテーブルにおいといて~」で終わりました。
ウイリアムスバーグは歴史保存地区があるので、ちょっとだけ散歩しました。
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雷雲が断続的に通り過ぎる平日の朝、古風な格好をしたスタッフ?の人たちが手持ち無沙汰な感じで立ってました。説明要員なんだろうか。
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どうにも左右対称に造りますよね。
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馬。
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うん満足した。
帰路、ハイウエイで工事による渋滞などありつつ昼過ぎに帰宅。シャワー浴びて夜勤に行って疲れました。

* * *

その状態で翌朝8:30からすごいつまらない仕事。
目鼻がついたところで昼から出掛けました。某所でのシンポジウム聴講です。
33度。かんかん照り。帽子忘れた。
いきなり英語で自己紹介する機会が回ってきてしまった。しかもまわりはだいたい医者および理系博士。あちゃちゃ。でも知り合いが増えたので行ってよかった。
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こちらに来たばかりのポスドクさんから、もうすぐ帰る4年目、国立の研究機関に研究室を持ってる20年選手、最近大学にポストを得た助教、すんごいパワフル教授まで。

長くいる人は、当然かもしれないがアメリカ好きですね。つまんない同調圧力がない教育と、公立学校でも寄付を募って先生にスキルアップをさせるという「投資で環境を改善する」という発想。上級学校に行くほど勉強する(医)学生。「仕事くれ」じゃなくてとにかく姿を見せろ。権威ではなく評価で維持されるポジション。住民の9割はアホなので、アホにもできる製品や制度を作るという発想(そういえば説明書というものがほんとにない)。「出自が多様すぎて誰も出自を問わない」。あと、「医者ではないので、こちらに長くいると日本に帰ろうにもポストがない」との声も。

まあこの辺は東海岸、かつアカデミアの話なのかもしれない。でも、ニューカマーから手練れまで、この国の生活をどう抽象化しているのかを聞くのは結構面白いです。
立食でお寿司とか唐揚げとかをいただいて、職場に戻ってまた疲弊して帰宅しました。
今週は何かと眠かった。ときどきある、9時間寝るコース。

で、月曜は奴隷解放記念日につき世の中は3連休です。[←6/21注:日曜が記念日で月曜は振替休日でした]

2022年06月12日

プライドと送別

6月はプライド月間とのことで、由来となったストーンウォールのあるニューヨークに行くほどの思い入れはないものの、せっかくDCでパレードがあるというので見に行ってきました。たまたま午前と夕方以降の在宅シフトだったので、その間を縫って外出。
ワシントンポスト(WAPOと呼ばれているそうで)によりますと2020年、21年は疫病による縮小開催、今年は久しぶりのフルモードです。
14番通りの上のほうがスタート地点。人いっぱい。
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先頭はバイクの皆さん。
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何かと時間通りに始まらないアメリカにあって、予定通り15時ちょうどに始まった。
交通規制とかの関係でしょう。
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反セクマイデモも小さいのがあったようですが、特段のことはなかったようです。
アイダホでは白人ナショナリストが騒ごうとして31人逮捕される事案。DCは大使館だの企業だのいろいろあり、人口規模が大きくなくてごちゃ混ぜという珍しい構成なせいか「極端」が入り込む余地が少なく、ほのぼのした雰囲気のように思いました。
こちらラテン系の人たち。
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カナダ、EU、アジア・太平洋諸島、ウクライナの集団も。
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あとフェチ系の方々。意外と露出してる人は少なめでした。
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旗とかビーズのネックレスとか、お菓子、Tシャツなどがフロートから沿道の観衆にぶんぶん投げられてました。節分みたい。合い言葉は「ハッピープライド!」
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下のフロートは地元のフィットネスジムの提供。他にもエアバスとかヒルトンとか、なんとなく関係者に結構いそうな業種のフロートも出てました。商業化に懸念があるのは当地も日本も同じですが、上のリンクにあるWAPOの記事では「でも政府の支援がなかった頃から支えてくれてたのは企業だったんですよね」と。なるほどね。その点コーポレートイメージのために遅れて入ってきたのでは、と思われる日本とはちょっと違う感じはする。
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14~17番通り(DCは南北の通りが数字、東西がアルファベットの名前がついている)あたりはバーやクラブもあるらしく、なのでパレードはここを巡るんですね。
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あと、当地はDC市長や議員、今度選挙に出る候補者など政治家のフロートが複数出ていて、それなりに沿道から声がかかっているのが印象的でした。日本でやったら「うげえ」みたいな反応が結構ありそう。とはいえ大筋、日本のパレードは先行例を見てきた人たちがいろいろと取り入れてやってるんだろうなと感じました。
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沿道はアパートも結構あり、ベランダや屋上から応援する人たちもかなり。
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この日は銃規制を訴える集会が全国で起きていてDCも大きなのがあったんだけど、すいません、こっちのが楽しそうなのでこっちに来てしまいました。
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仕事のため18時には帰宅したく、16時過ぎにいそいそと最寄りの駅に向かったところ、道路の封鎖によって地下鉄駅に出るのに一工夫必要になっており、焦りました。結構疲れて地下鉄でちょっと寝そうになった。ちゃんと着いて仕事してシフトが終わったらすぐ布団に入りました。3度寝くらいして9時間後起床。この1週間、シフト詰め詰めでかなり疲れたんですよね。

日曜は春にさくら祭りをやってたペンシルベニア通りでプライドフェスがあったので、ちょっとだけ見てきました。
なんでこの通りでいろいろイベントをやるのかなと思ったのですが、これ多分、終点に議事堂があってどん詰まりなので交通規制しやすいのと、イベント側にとっても象徴的な建物の前でやるっていうのがDCっぽく、政治的な意味もあるということなんじゃないかと思いました。つまりこういう絵が撮れる。
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ざっと見て帰りの地下鉄に。1駅乗り過ごしてコーヒー飲みに行きました。ノースサイド・ソーシャルNorthside Socialでアイスコーヒーと、クランベリー&生姜のスコーン。
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うん、まとまった。金曜までは土日の天気予報は芳しくなかったけど、土曜の雨は昼で終わり、雷雨といわれていた日曜は日差しがきついくらいでした。

今週は若干の不確定性を孕んだまま始まります。平穏を希望。

* * *

前回の日記の追記で「は?」となったのは、東京の出身部の部長が急逝したとの報せでした。
55歳、脳出血とのこと。朝、ご家族に発見されたらしい。起きて布団を出ようとした形跡があったそうで「あ、やばい」と思うくらいはしたのでしょうか。会いに行った会社の人によると血色はよく、会社で居眠りしてた姿そのままだったそうです。

で1週間ですが、なんかもう遠すぎて実感がわきません。本人にとってはもはや意味がないしご家族はもちろん残念で大変だろうと思うのだけど、死に至る苦痛の量でいうといろんな亡くなり方の中で圧倒的に少なかったんじゃないかと想像します。

弊管理人が2009年に東京に転勤した頃におじさん職位になり、仙台に数年いってた他はほぼ同じ職場にいました。でもちょっと分野が離れていたことが多く、12年にストックホルムに行った時が一番密接に仕事したくらいかも。何よりボスになった途端に弊管理人をアメリカ送りにした張本人……。いやまあ別に打診を受け入れたのは弊管理人ですし、ご本人も弊管理人に(誤って)何かを期してのことだと思いますが。というくらいしか書くことないんだなあ。何も感じないということではなくて、繰り返しになりますが、いなくなった感じがしない。

* * *

しばらく前から洗面所のパイプが詰まり気味で、歯磨きした後に吐き出した水がなかなか流れないのがストレスでした。詰まり(clog)を溶かすクリーナーは効かず、アマゾンで長細くて返しのついたプラスチックの掃除用具を買ってパイプの中にごしごし通してみたところ開通。心に一つの平穏が訪れました。ここに特記したいくらいすっきりした。

* * *

最初に当地でクレジットカードを作ってから半年がたち、信用スコア(クレジットヒストリー。FICOスコアという)がたまったのでアメリカンエクスプレスのゴールドカードを作りました。なんかずしっと重いと思ったら金属カードなのな。
目的はポイントで、ANAのマイルに替えてタダで一時帰国したいということ。
他社の知り合いから招待してもらう形で作ったため、紹介特典で半年以内に4000ドル使うともらえるポイントが1.5倍に増えるようです。2回帰れるかな。どうだろう。

* * *

40年ぶり級のインフレで物価がえらいことになっており、家賃がすごい上がったとか、家主に「今売りたいから」と契約更新を断られたとか各所で阿鼻叫喚エピソードを聞きます。昨年は1ドル109円で換算してもらっていた給料が、今年は121円になってドルの上で目減りし(物価上昇調整で日本円でもらう給料は増額されたのにだ)、これはもたんとボスが本社財務部に掛け合った結果、家賃補助の上限が上がることになりました。えらい!!

弊管理人の住んでるところは1LDKで月額30万円くらいするんですが、恐らく赴任中に2回の契約更新を迎えることになり、従来の補助上限だとギリギリ足が出るかどうか、くらいだったので、今回の上限引き上げで多分大丈夫だろうと安心しました。経済成長してる当地と停滞しまくっている母国の差は広がる一方です。あと海外駐在出すって会社にとってすごい&ますます負担なんだな。人材育成の場になってる地方のネットワークを削るんじゃなくて、海外を減らすほうが最適解じゃない?(危険発言)

* * *

バッハのイタリア協奏曲に手を付けました。
指の動きが良くなってきました。
3月に電ピを買った時には「そんなに衰えてないかな」と思ったものですが、やっぱり衰えていたようです。

あと、20代前半のような「体力で弾く」感じの弾き方ができなくなりました。その代わりに、気長にゆっくりしたテンポで練習することで20代の時に弾けなかったり諦めたりした曲がそこそこ弾けるようになってます。
読書もそうで、30代半ばまでは「どれだけ速く多く読むか」が気になっていたのが、この数年は「わかる/流すを見極めるための最適な速さ」(難解な本はある程度の速さを保って2回読むといいとか)を探ることのほうが重要になってきて、月に何冊読むかはどうでもよくなりました。

残り時間が少なくなると将来の選択肢が狭まる分、焦ってザッピングするような生き方をしなくなり、今に集中することでかえって局地的な達成が可能になるということなのかもしれない。「未来『への』疎外」から脱するというか。

* * *

やっとアメリカが日常になったようだとの指摘を受け、確かにそうなのかもしれないんだけど、こういう時に穴に落ちそうなので気をつけようと思いました。
あと、秋冬になると免許更新とか家の契約更新、車検やら何やらでまた面倒が待ち受けており、仕事も込む時期に入ってくるので、夏まではなるべく楽しむほうに時間を振り向けたいです。

* * *

今回のよく聞く英語は
xx is all about... =「xxは...が全て」。
例)It's all about international cooperation. 「この案件は国際協力が全てです」

* * *

■若狭直道『最新量子技術の基本と仕組み』秀和システム、2020年。

量子技術を幅広く扱った本が少ないのであまり選択の余地なくこれを買いましたが、構成も文章もひどかった。

2022年06月05日

初夏の近場

暑い1週間でした。でも金曜に夕立が来て過剰な熱を取り去ってくれた感じ。
東京のちょっとアレなハンドリングのおかげで木曜深夜に仕事が始まってしまい、金曜はぼーっとしたまま完成に持っていくはめに。だから言ったでしょ。でもまあいっか、みんな忙しいし不完全な人間だしね、と思う程度には鈍感になりました。

土曜にちょっとはみ出した小さなタスクを昼にまとめてぶん投げて、議会図書館の見学へ。ジェファーソン・ビルディングです。イタリア・ルネサンス様式のホールはすごいキッチュ。大塚国際美術館を思い出します。
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10年前に一回来てるはずなんだけど全然既視感がありませんでした。前回は見学ではなく客として来たので通ったところが違ったのかもしれません。
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そんなんして撮らなくても天井は撮れると思うが。
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閲覧室です。文化史上の偉人の像が並んでたり、ステンドグラスが州章だったりと考えすぎな造りになっておりました。
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行き帰りの地下鉄がすごい混んでて、ポストコロナ&観光シーズン真っ盛りなんだなと思いました。マスクは3-4割といったところ。白人がジジババまで含めて特にしてない。
帰りしなスーパーに寄ったら牛肉が特売になっていたので予定外に買ってしまいまいした。
焼いて夕飯。先週買ったワインの当てにしました。
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ソースがようやくおいしくできた。バターと醤油だけじゃなくて酒を入れないといけなかったんだな。この3倍くらいの量で2.20ドルという値段がこわいので、残りも早く消費しようと思います。

* * *

日曜は車で40分くらい南の方に行ったオッコクアンOccoquanの歴史地区を散歩しに行こうと出掛けたのですが、何かのフェスタに当たってしまい交通規制。駐車場探しに難儀して、結局車から降りないまま諦めて帰ってきました。
しかしまだ日が高かったので、近くのギリシャ正教会でやってるギリシャフェスに転戦。車は停めるところがなかったら嫌なのでバス!
むちゃ天気よし。1969年にできた教会だそうです。意外と最近ね。
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メシのブースが結構バラエティ豊かでした。お腹空いてたんで嬉しい。
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外はかんかん照りだったので体育館みたいなとこに陣取りました。ドーリア式?の柱があって笑った。柱としての用はなしてない装飾のようだったけど。
タラのソテーにほうれん草、インゲンのトマト煮、バターの香りがするピラフみたいなの、あとサラダ。おいしかった。そしてよく地中海料理について言われるように、健康的。
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ただしすっごいお腹にたまった。帰りはバスまで時間があったので「腹ごなしに」と40分くらい歩いて帰ったのですが、空きっ腹のところにガツガツ食ったこともあり、途中でちょっと具合悪くなりかけました。部屋のロッキングチェアでスカルラッティ聴きながら1時間くらいぐったりしたら治りました。食休み大切。
お菓子買って帰ってきました。左がバクラヴァBaklava、右がカタイフィKataifi。食事したときに同じテーブルにいたおじいちゃんとお菓子売り場でも鉢合わせ、「うまいよ~」と言われて買ったものです。
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バクラヴァは見た目アップルパイっぽくもあるのですが、薄い皮を重ねてナッツ挟んでシロップをかけたものでした。
カタイフィは見てくれから味が全く想像できませんでしたが、細い麺?の下はやはり甘ーいナッツで、シナモンの香りがします。これもすごい甘い。wikiを見たらファーティマ朝(10-12世紀)が起源だそう。アラブ世界のお菓子なんだな。いずれも食後にコーヒーとともにいただくと満足して締めくくれそうですが、指先くらいで十分です。

にしてもほんと各所で大小のフェスが開かれています。この土日も行こうかと思って調べたが行かなかったワイナリーもそう。確かにあの、外出する気にならない寒くて暗い冬が終わったら、次の寒くて暗い冬までにおもくそ遊んでおきたくなるわな。
植物もですね。北海道にいたとき、夏に緑が爆発するのに圧倒されたのを思い出します。こちらは北緯38度とそこまで北じゃないけど、うぉぉぉー葉っぱ出すぜーという気迫はある。

* * *

そういえば今週は仕事でメリーランド州の国立公文書館に行ってきました。
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首都圏だとDC(国会図書館みたいな立地)とメリーランド(柏の葉みたいな立地)に公文書館があって、軍関係の資料はメリーランドです。なんだか日本人かな?と思う風体の利用者もちらほらいました。疫病でずっと閉まっていたのが、3月から開館し、今はかなり人数を絞った予約制になっているようです。コピーをとる人は全くおらず、貸し出しのスキャンスナップ(資料を傷めないよう非接触で置いた資料を上から撮るやつ)を使うか、携帯でがんがん撮影するのが普通のよう。確かに作業的には撮影が速い。後でPDFにしてOCRかけるというのもできそうですし。

行き帰り、地下鉄の最寄り駅との間はメリーランド大学の構内を通るバスに乗ります。広くてきれいなキャンパス。年度が終わったため閑散としていて、帰省するのか、寮からまくらとボストンバッグを抱えて乗ってくる学生さん?がいました。

* * *

職場は人替わりの時期が来て、今週おじさん職位1人が赴任し、交代で1人が日本に帰っていきました。7月にもう1人と管理職が交代、あと年末に2人で計5人かな。
それが終わると23年はそれほどメンバーが入れ替わらないはず。
24年に弊管理人含め4人がさようなら。しかし弊管理人の21年の着任は平素より遅い9月下旬だったので、次の人はもう少し早く来るとすると在任は実質2年半くらいになるかもしれないな。それか3年半。いやすぎるが。

* * *

[追記]という日記をアップして仕事のフォローしてたら「は?」という報せを見てしまった。ちょっと混乱してます。たぶんこのことは機会を改めて書くと思う。

2022年05月22日

アレクサンドリア

雨で10度と寒い中、シードルを飲みに行ったのが先々週。
この金曜土曜は35度になりました。なんだこれ。
地元民によると「もう季節は戻らない」そうです。夏か。夏がきたのか。

山のほうに行きたいなと思っていたところ、雷雨の予報が出ていたのでやめました。あと、金曜の夜に計画立てようとしたら想像以上に仕事の手離れが悪くて翌朝早朝の出発が現実的でもなかった。この1週間、前週と打って変わって予想外に忙しかったというので生活整えようかなと思ったのもあります。

土曜はアジアンスーパーで買い出しと2カ月ぶりの給油。
今年初めごろは1ガロン3ドルそこそこ(=当時のレートで1リットル95円くらい)だったのに、いま4.8(=円安も加味すると1リットル164円)とか。もう日本と変わんない。普段そんなに車を使わない弊管理人は結構びっくりしました。政権の支持率も落ちるわけだ。

そのあと夕方に勢いでがーっとやった仕事が東京―アメリカ間の連絡不行き届きで被ったことが分かり、でも先に「こういうのやりますよ」宣言したのは弊管理人だし、休みの日にやった仕事を撤回してゴミ箱に捨てるの癪だなっていう空気をすごい出したら譲っていただきました。んでもこちらがゴリ押しした的な理解になってるだろうな、ともやもやしながら就寝。

日曜は早起きするはずが10時半起床。
それでもどこかへ……と思ってバージニア側対岸にあるアレキサンドリアへ行きました。33度、半袖シャツと短パン姿で路線バス1時間の旅。
ポトマック川を挟んでDCの向かいにある港町です。
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すごく何かあるかというとないんだけど、水辺の木陰はそんなに暑くなくてよかった。
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Misha's Coffeeに入ってアイスコーヒーと、チーズ&ハムのキッシュを頼んで2階のテラス席へ。
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仏頂面のレジのおにいさんが運んでくれたのでThank you so much.って言ったらYou're very welcome.って言われました。veryがついてたので「単に仏頂面の良い人」認定した。味とか全然期待してなかったら、目玉焼きとかジャガイモとか、あと何かシーフードっぽいものまで入っていてどっこいおいしかった。おかげさまでチルい気持ちになりました。

駅に向かおうとすると、西の空に暗い色の雲が見えます。
そういや夕方から雷雨の予報だからっつって遠出やめたんじゃんね!
ちょっと早足+最後はランニングでグーグルが指示したのより1本早い地下鉄に間に合い、家に帰り着いて数分後、こうなりました。
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負けやむなし、と思いながら帰ったけど勝った。
斜めに雨の弾幕、ごく近い雷鳴。おねいさんたちの叫び声。
でも30分で止んだ。暑すぎるとちゃんと水が熱を取りにくる気象システムすごい。

* * *

書こう書こうと思って2回ほどすっ飛ばしましたが、誕生日のちょっと前に実家の父から段ボール1箱が届きました。
雑炊、にゅうめん、味噌かつ、味噌汁などフリーズドライの食料いっぱい。あと実家に転送された郵便物、パックご飯など重量のあるものが入っていたため送料13000円!!
パックご飯はこっちでもそんなに高くなく買えるし、休暇村のパンフレットなんか見ずに捨てるやつだよ。もー。と思ったけどプレゼントとはそういうものではない。ので、ありがたくいただいた旨、お礼メールを送っておきました。

その返信には「メールしたいけど時差で起こすといけないので」と書いてあり、それも「寝てる時間帯は通知こないようにしてるから」と返信しました。
お互い、言うべきことをあまり言わないスタイルなのでこういうことが起きる。でももうしょうがないので、気付いたら言うようにしよう、でやっていくことにしています。何かと食い違いがあっても「修正して次、次」という心持ちが大切だよね、というのはこちらに来てよく思うこと。

* * *

上にも書いた通り、先週は予想外に忙しかったです。アメリカにいなくてもできるような仕事が多いのは今に始まったことではないが、それでも若干のお褒めもいただいてよかった。
そのほか若手ちゃん(ちょっと薹が立っている)からよい話も聞けて報われる気持ちにもなりました。
しかしこういう時に浮かれると何かありそうで怖いので、慎ましく謙虚に生きていこうと思います。書くことによる戒め。

* * *

サラダボウルのわりにアジア人あまり見ないな、と調べてみたところ、2020年現在で
DCは白人40%、黒人43%、ヒスパニック10%、アジア4%
VAは白人62%、黒人19%、ヒスパニック10%、アジア7%(※たぶん韓国系が多い)
全体では白人60%、黒人12%、ヒスパニック19%、アジア6%。あと先住民1%

DCは黒人の比率が一番多いそうです。次はミシシッピ(38%)とかルイジアナ(32%)。
アジアはハワイ(38%)、まあこれはそうだわな。次いでカリフォルニア(15%)、ニュージャージー(12%)。NJはなんでだろう。
先住民はアラスカ(19%)、そりゃそうか。そしてオクラホマ(9%)、ノースダコタ(7%)。

* * *

夏休み、アイスランドは1人だとすごい割高なことが分かり急に気持ちが収縮。
寝台車で南部に行くのはどうかな。暑そうではあるけど。
涼を求めるなら車でナイアガラの滝とかは?意外と近い400マイル(640キロ)。
とかいっててまだ決まってません。ただ休まないと年後半もたないので休む。

* * *

同僚が土日は子どもと遊ぶのが楽しみみたいなことを言っており、海外赴任が許容できる条件は「家族が帯同するか、日本に友達がいない」なんじゃね、と思ってしまいました。
弊管理人は家族がおらず、日本に友達がいるのでいつまでたっても根っこが生えた感じがしないし、休みの楽しみ方もその都度考えるか、行きたいところを平素からブックマークして貯めておくという面倒がずっと続く。

一方、日本に出張する同僚から「なんか買ってきてほしいものありますか」と聞かれて特段思いつかなかったので、モノの面ではもう心配はほとんどなさそうではあります。
2017年に買ったPCの買い換え時期がこの赴任中にギリギリきそう、いや耐えきるか、くらい。まあどこで買ってもWindowsは多言語対応するだろうからいいとして(なんか日本で買うと安そうではあるが)、ATOKのパッケージ版がとうとうなくなってしまったのが痛い。うーむ。

* * *

また某疫病の接触通知がきた。先週の土日だそう。土日??土日ずっと一緒はおろか、誰かと一緒にいたことありませんけど。たぶんフィリップス・コレクションの客の中の誰かじゃないかな。誰とも喋ってないから大丈夫。

2022年05月15日

フィリップス・コレクション

土日に雨マークがついていたので遠出は無理だな~と思っていたのに、結局日曜は朝からどんどん晴れていき、午後には27度、ピーカン。
ということで近場に出掛けることにしました。
DCはデュポン・サークルの近くのフィリップス・コレクション。1921年に美術コレクターのダンカン・フィリップスが自宅で設立した私立美術館ですが、なんか聞いたことあるような、と思ったら日本でも展覧会やったことがあるんですよね。
昼頃ネットで時間指定チケットを取って地下鉄に乗って、フォギー・ボトム駅から歩いていくとすっかり初夏の陽気。
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大使館が並ぶマサチューセッツ通りを横切っていきます。要はいいとこの一角。
天気むっちゃよい。
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適度に混んでますがゆっくり見られます。「photography encouraged」って書いたステッカーが壁に貼ってあった。めちゃくちゃ太っ腹じゃないですか?
うわあルノワールの「舟遊びの昼食」だ。こんなでかい絵だったんですね。
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ちょうどピカソの〈青の時代〉の特集をやっていて、ピカソだらけでした。
このお兄さんはただ説明読んでるだけなんですけど、ポーズが芸術っぽかったので撮ってしまった。
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こちら、先日読んだ美術史の本に出てきたゴッホの「オーヴェールの家」。
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近付いて見るとなんだかよくわからないのに、遠くから眺めるとちゃんと脳が風景を構成する。混色を避けて明るさを保つ印象派の面白さ。
個人宅ってまじ?というくらい見応えがありました。
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満足した。
ぶらぶら地下鉄駅に向かいます。16時くらいになってお腹がすいたのでブリトー買って食べました。7ドルくらいで高くないのに巨大だった。中途半端な時間に満腹になってしまった。
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ということで日曜終了です。あとは勉強しよ。
とうとう日没が20時過ぎになり、「日があるうちは遊ぼう」と思っているとやるべきことに手を付けた頃には夜中になってしまうことが多く、これはこれでいかんなと思っています。

* * *

土曜はLidl(リードル)というスーパーに行ってみました。いつも行くアジアンスーパーと同じショッピングモールにあるんだけど入ってみたことがなかったんですよね。ユーチューブでコマーシャルがよく入ってました。調べてみるとドイツのディスカウントチェーンなんだそう。

自社ブランドのシリアルやコーヒー、缶詰なんかがすごい安い。肉も安い。野菜はまあまあ。魚はものによる。ベーカリーが手頃でおいしそう。その他のブランドは別に安いわけではないかな。店内は明るくて棚と棚の間も余裕があり、「商品の種類をちょっと絞ったイオン」て感じです。バスで行っちゃったので冷凍食品はやめ、何品か持てるだけ買って帰りました。

* * *

って書いてるうちに空がにわかにかき曇って雨が降ってきました。
アメリカの天気予報は2日後くらいまでは時間単位で結構当たるのがよく分かる。

部屋の湿度は50%くらいまでいってます。
気温は23度でちょうどいいくらい。これから湿気のほうを心配しないといけないのかな?

* * *

そういえば先週、45歳になりました。って書くと自分でびびるんですけど、そういう歳である自覚はないので、数字のたぐいからは目を背けて生きていきたいと思います。

* * *

夏休み、それなりの日数とろうと思いますが、どこへ行こうか。
南は暑そう。
西をドライブしてみたくはありますが、遠い。
で、唐突に「アイスランドどうかな」と思いつきました。飛行機だと6時間で、カリフォルニア行くのと同じくらいなんですよね。値段はむしろちょっと安いくらい。日本からだと乗り継ぎが必要で、16時間くらいかかって極めて遠いことを考えると、こういうとこに行っといてもいいのかも。まだ決めてませんが。

* * *

先週は同僚から「今夜一杯いきます?」というお誘いをいただいて(職場は慢性的に忙しいので、背後の席の人だが周囲を憚ってチャットでこういうのが来る)、エレファント&キャッスルというパブに行き、ビール1杯で酔っ払いつつフィッシュ&チップスやオニオンリングをつまんで上機嫌になりました。

だってさあ、こういうことしたいですよね。各人がそれぞれ独自の持ち場を守っている少人数職場なのと、弊管理人と職種の違うもう一人以外は家庭持ちなので、ちょっと誘いにくいというのはある。だけど飲みニケーションの古い会社なので多くの人は飲むのは好きなはず。そのあたりで揺れつつ、でもみんな弊管理人より忙しいしな、と思って結局は声をかけずに独りで地下鉄に乗って帰っちゃうので、たまにこういうことがあるといいのです。

同僚は「犬と息子(7)が幸せそうなので1日でも長くここにいたい。というか自分もいたい笑」と言いながらオニオンリングの2皿目を頼んでました。DC勤務は「掴み取った」と形容していた。うわあそうか、現状が既に一つの達成なのか、そして幸せなのか。すごいな。圧倒される。息子ちゃんは変な同調圧力みたいのがないことですごい伸び伸びしているんだそうです。それはあれだ、多分こっちの大学に行くんでしょうな。経済を受け持っている本人はアメリカ経済の頑丈さをこちらに来て心底実感したようです。

先月くらいまでむっちゃ働いていた同僚はいまアイドリング中だそう。
わかるよ、弊管理人もそうだよ。なんか余計な仕事いっぱいやりすぎたと思う時期と、まとまった仕事を出し終えた時期と、社会のモードが疫病から通常へと遷移する中で在宅が中心だった仕事のやり方を再構築しないといけない時期が重なって、方向感を失っていたのは事実。
しかし、ここ2週間くらい「仕事の必要性を吟味する」をやってたら瞬発力がちょっと落ちた気がした。アウトプットが次のアウトプットを作る面もあるので、高くはなくても一定のレベルで出力を保っていたほうがいいのかも。まあまた何かのプロジェクトを考えましょう。

* * *

同じ部にいる同期が離職とのこと。
本人と話しても、どの程度ポジティブな離職なのかは今ひとつ推し量りがたい部分はあります。けど、弊管理人の勝手な感想は「いや~よく決断したよね~いいことあると思うよ~」なんですよね。「サバティカルがあればね」という点で弊管理人と本人は一致した。同じところに20年もいたらそりゃ澱むし、本人に澱んでるという自覚がない場合は老害化する。換気は大事。

* * *

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二重の虹が見えた。皆既月食は雲でだめだった。

2022年05月08日

シードルとチャイコ

金曜の朝から雨。なのでもともとあまり出社するつもりはなかったけど、昼過ぎの仕事が予想外に東京の反応を呼んでしまい、結局出社どころか部屋から一歩も出ずに終わってしまいました。夜半には雷雨になり、土曜も風強めの雨でした。10度。寒い。

土曜朝は在宅仕事のアポイントがあったのだけど、相手から連絡なくすっぽかしを食らいました。まあアメリカってこんなもんだろうと大して気に病まず過ごしていましたが、日曜朝に「体調不良で」と謝罪がありました。

今月は地下鉄の1カ月定期(90ドル、18日使うと元が取れる)を買ったので、昼過ぎから地下鉄でちょっとDCの北の方に出掛けました。
コロンビアハイツという地区にあるキャピトル・サイダー・ハウス。
お試し4種類で12ドル。
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昼がカップラーメンだったので、エンパナーダという具入りのパンも頼みました。
「エンパナーダって何?」と聞いたら「餃子みたいなやつ」と言われましたがその通りでした。中身はマルガリータ、ポーク、ビーフの3種類。
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サイダー(シードル)は辛口なリンゴのワインです。もちっと甘い方が好きかな。

夜はちょっと運動してシャワーを浴びてから、ベン・アンド・ジェリーズのピスタチオアイスをなめなめ(アイス本体は杏仁の香りがしつつ、ピスタチオにちょっと塩気があって大変うまい)、冷凍のナゲットをレンチンしてつまみつつ、先週買ったワインを飲むなど自堕落に過ごして寝ました。

* * *

日曜は昼にポークチャップを作って食べてから、北ベセスダのストラスモア・ホールに行ってアナポリス響。オルガ・カーンがソロを務めるチャイコフスキーのピアノ協奏曲1番でした。
アナポリスはメリーランド州の州都ですが、海軍と役所と港周辺の観光地がある以外は静かな街で、こんなところでオーケストラもてるんだろうかと多少不安でしたが、どっこい頑張ってました。あと、オルガ・カーンはまさかのパワフル技巧派で大変よかった。

夕飯はにわかに焼きそばが食べたくなり、近所の中華屋でローメンLo Meinをテイクアウト。
ビニール袋ぶら下げて帰る途中、20時のうち周辺がこんな感じです。中心部だけにある高いビルが夕陽に照らされてました。
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ちょっと食べ過ぎくらい食べて満足しました。

* * *

■加藤隆『旧約聖書―「一神教」の根源を見る』」NHK出版、2016年。
■池上英洋『西洋美術史入門』筑摩書房、2015年。

* * *

物価が順調に上がっていて、確かついこの間まで3.65ドルとかだったアイスとハムがそれぞれ4.99になっててびびりました。あと年末には1ガロン3ドルそこそこだったガソリンは4.39に。まああんまり車乗らないからそこまで痛くないけど、結構ですね。野菜はそこまででもない印象。イチゴは安く(450gのパックが安売りで1.99になってた)、あと季節のせいか甘くておいしくなったので、毎日食べてます。

円安が進んで、給料の換算基準が去年は109円だったのが今年121円になって目減りした!と怒っていたのも過去のこと、実際は130円なのでまだ得をしているくらいになっちゃってます。職場では「80円時代に赴任した人はよかっただろうな」と言ってます。弊管理人は1人なのでまだましですが、子どものいる家は大変そう。

* * *

部屋の湿度が冬の間は26%とかだったのが、暖かい季節になって集中暖房が弱められたせいか、30%半ばから40%超まできました。料理に三温糖みたいな茶色い砂糖を使っていて、湿度が30%を切ると容器の中でがっちがちに固まってしまいますが、それがましになりました。

朝、目を覚ますと、部屋の湿度でその日の外の気温がだいたい推測できます。できたからどうということはありません。

* * *

多分、次の日記を書く頃には45歳になってます。
四捨五入すると50(するな)。
30代に入る時にちょっとおっさんになるのやだなーと思ったくらいで、その後はもう加齢に関しては諦めがついたのと、結婚しておらず子どももいなくてライフステージが変わっていかないため淡々と歳を取っており、44が45になってもどうということはないと思います。

2022年05月03日

ニューヨーク

1泊出張を企画してニューヨークにいってきました。今回はアムトラック初体験。
出発はDCのユニオン駅。
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ネットで切符を買いました。改札はなし、座席指定もなし。発車後に検札があります。
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きれいじゃないけど飛行機に比べると広くて座り心地のいいシートなので、これなら3時間半の旅も悪くないかもねえ。
と思っていたら、ニュージャージーで電線が切れたとかで1時間半くらい遅れました。仕事先と約束の時間ギリギリに到着。昼飯を食べそこねましたが、夜は立食の懇親会だったので結構たくさんいただきました。近くにホテルをとって寝て起きて翌朝は早起き。
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帰りはスムーズに帰着。マンハッタンの建物や人の密度から解放されてDCに着くとちょっとほっとしますね。
昼は東京から来ていたシャチョさん(ほんとの社長)とDCの同僚・上司と会食。
Oceanaireというシーフードのいいレストランで、なんかすごいまともなものを食べました。
ぐちゃぐちゃしてますが、手前からクラブケーキ、えび、ほたて。
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そんでタラ。
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この1皿で6000円くらいですが、まあラーメン2000円の国なので……
会社にご馳走になりました。おいしかった。

5時起きで疲れたので、早めに引き揚げさせていただきました。
列車の旅もいいな。

* * *

きょうの英語。
Meanwhile, ~とかゆってる間に

2022年04月17日

復活したり過越したり

弊管理人はバレンタインとか関係なくチョコレートを食べるのですが、どうも3月くらいから店頭に卵形のチョコが増えてきて、いやハーシーズの卵とかおいしいので有り難く食べてましたが、何だろうと思ったらイースター/復活祭でした。

そういやニュージーランドに留学してた時も、あちらは3月に学期が始まるので、一通り授業に出てちょっと疲れた頃にイースター・ブレイクといって1週間くらい休みが入って助かったことがありました。当地も世間はイースターまでの1週間(聖週間)はお休み期間のようで、お子さんのいる同僚は交代で休んで家族サービスをし、金曜(聖金曜日=受難と死の記念日らしい)は役所の動きがぱったり止まり、からっと晴れた土日は多くの人がお出かけしていました。

ようやく到来した春を祝う機会であれば他の宗教でもお祭りがあるわけで、ユダヤ教は金曜の夜が過越の祭(英語だとPassover)だったようです。出エジプトの前にモーセとファラオが交渉してたら、エジプトに「十の災い」が起きて、そのうちの一つ「人と家畜の初子が死ぬ」に関しては子羊の血を家の入口に縫っておくと〈主〉の襲撃が過ぎ越すというやつ。

当地大統領は金曜と日曜に声明を出していました。政教分離どうなってるの?と思いがちですが、合衆国憲法修正第1条が「連邦議会は国教を樹立し、あるいは信教上の自由な実践を禁止する法律を制定してはならない」としていて、復活祭おめでとうと言うのは信教上の自由な実践なので憲法的にはオッケ、ということだそうです。フランスのライシテ、すなわち公的空間からの宗教色排除とは全く違う「政教分離」のあり方(下記・西山本)。

閑話休題、そういうタイミングだとは知らなかったのですが、今月初めに時間指定チケットを取ってあった、DCにある「ホロコースト博物館」を見てきました。
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どぎつい写真は載せませんが、エレベーターで4階に上がって降りてきながら見る展示は、扉が開いた瞬間からショッキングなパネルで始まり、ナチスの政権獲得から焚書、水晶の夜、周辺国への侵攻とそこでのユダヤ人虐殺、「最終解決」、解放、戦争裁判、その後のポグロムとイスラエル建設、そして「アメリカには何ができたはずか?」まで、映像と写真、物的資料を駆使して問いかける大変濃いものになっていました。
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現在「ジェノサイド」と名指された東欧事変の最中。1940年代初頭には既にドイツでやばいことが起きているという情報はもたらされていたのに、アメリカはもう戦争に関与しません、と言い切ってしまったルーズベルトの映像がバイデンに重なりました。

アウシュヴィッツのでかい模型もあります。
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かねて行きたいなと思っていたところですが、世界は疫病と戦争でそれどころではなくなってる。

ユダヤ人を運んだ車両。
スティーヴ・ライヒの「ディファレント・トレインズ」が脳内再生されます。
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ガス室の扉もあった。
展示品蒐集への執念を感じます。
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その辺の経緯をまとめた本が売店にあったけど買いませんでした。
そのかわり、すっごい重いわりに20ドルの図録を買いました。たぶんホロコーストに関する手近なリファレンスとしては決定版だと思う。いや来てよかった。

外は青空。芝生もいつの間にか緑になってた。
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今日(日曜)は日中でも12度とかで肌寒いんですけど、先週半ばは25度で上着いらずでした。夜は20時くらいまで真っ暗にならないくらい日が長くなりました。
日光に照らされた街が春っぽく香り、街に人が戻ったせいか他人の体臭を感じることも多くなって、嗅覚で社会が動き始めたことを知る今日この頃です。

* * *

食い物いくつか。
アジアンスーパーのあるショッピングモールで、ちょうど昼時だったのでポパイズ・ルイジアナ・キッチンというチェーンの店に入りました。
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チキンサンドうま。引っ越してきた当初に不動産屋さんと昼飯したの、確かここだったと思う。「私ここ好きなんですよ~」と言われて「ええおいしいですね~」と言いながら食べたけど、味はあまり覚えてなかった。多分、考えることがいっぱいありすぎたせい。
チキンサンドとコールスローと飲み物で10ドル。日本円で1260円と思うとおいおいっていう値段ですが、もはや換算しなくなってきた。換算し始めると何も買えないやと諦めたのと、他のものとの比較で値段を見定めるようになってきたためでしょう。
ちなみにセットで1000キロカロリーほど。こわい。

あと土曜の夜に、アジアンスーパーで買った日本のルーでカレーを煮ました。
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大阪で荷出ししてからだから少なくとも8カ月ぶりか。いや、9月に実家で食べたっけな。いずれにしてもめちゃくちゃ久しぶりです。懐かしくて食べ過ぎた。うまいんだけど、鍋を洗うときにすごい量の脂を食ってることを痛感します。タイカレーとかカレー粉で作るやつだと全然すっと洗えるのとは大違い。

あと、博物館から帰ってきて夕方小腹が空いたので、おやつとしてカーチョ・エ・ペペの偽物みたいなのを作りました。イタリアでも「真夜中のパスタ」として小腹が減ったときに食ってしまうやつらしい。パルミジャーノをすりおろして使うのが理想だが、そんないいものは今ないので代用。背徳感はトマトで軽減します。
うま。やっぱり背徳感はあった。
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ところで、冬の間寂しかったスーパーの棚が彩りを取り戻しました。供給網、そんなに外的要因でだめになったり大丈夫になったりするのでいいのかなあ。あと、東欧の事変からこっち、パスタが高くなった気がします。ついでにガソリンは露骨に高くなって政治問題になってますが、気の触れた隣人から攻め込まれてる人たちが聞いたら「こっちは生きるか死ぬかじゃ」とかいって呆れられるわな。

* * *

仕事の予定がやや疎な1週間だったため、この隙にと今までためてきた仕事を一気にほぼ完成形まで持っていきました。木、金あたりでちょっと寝不足になった。金曜夜は最近では極めて珍しいことに、日付が変わる前にQPキメてから寝たら大分回復した気がする。土曜にシフトが入っていてまた朝起きしないといけなかったからなんですが、実はシフトを作った人のミスで、本当は休みだったことが土曜昼前に判明。なんなら得した気分でだらだらしました。

毎日憂鬱な時期が冬とともに過ぎて、朝は特に何も考えずに起き、仕事に入れるようになっています。しかし息抜きすると足元を掬われる気がして(←心の安寧が訪れないタイプ)、次の方向性を模索しています。

* * *

■西山隆行『アメリカ政治講義』筑摩書房、2018年。
■千葉雅也『現代思想入門』講談社、2022年。

どっちもよかった。

2022年04月10日

休む週末

なぜかシフトが入っていない週。しかし仕事は詰め詰めで疲れました。全体的に沈滞した気分でした。こういうときは飯を食うのが面倒、という症状が現れます。ただ、こっちに来た頃のように、朝起きて「また一日が始まってしまった」と落ちるほどではない。

ぱっと終わるべき机の上の仕事が、横槍によって妙に手間のかかるものに化けました。これだったら出張して現場で対処する手もあった。でも出先でやるには調べ物が多かったのでDCにいてよかったという面もあります。つつがなくやり終えて振り返るに、やはりぱっと終えてよい仕事だった(当初の値踏みは正しかった)との思いを強くしました。

えいやで出掛ければ行けた出張に「行かない選択」をしたことに若干後悔したのもあり、金曜に学術方面で開かれた対面のフォーラムには無理矢理行って5年ぶりの人に挨拶し、あと新しい人と名刺交換してちょっと取り戻した気分になりました。

金曜深夜まで仕事をして、土曜は早起きして仕事フィニッシュ。ねむい。
でもこのまま土曜を終えるのも勿体ないので、ペンシルベニア通りというところでやってる恒例行事「桜祭り」を見に行きました。有料イベントらしいのですが、仕事先から招待券をいただいていました。
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桜はとうに散ったものの、そんなことはどうでもいいくらい人わんさかで、食べ物のブースには長蛇の列ができており、アニメと着物と侍、あと若干の高速鉄道、みたいな煮崩れ寸前のジャポニズムを目撃。ブースにいた招待券くれた方に挨拶してぐるっと回って会場を出ました。

ケネディセンターにエレーヌ・グリモーが来てラヴェルのピアコンをやるというのでそこそこ心が動きましたが、疲れてる感じがしたのでやめて帰宅。早めにシャワーを浴びてご飯を食べて、西海岸に最近引っ越してきた大学時代の友人と長話して寝ました。

当該友人、4年前まで西海岸に住んでいたので問題なく新生活に入っていると思っていたら、車のバンパーをさっそく凹ませたとか、何かの手続きが進まないとか、離婚後の養育費支払いと新しい彼女の経費でお金がないなどで若干落ちていたそうで意外でした。電話してきたのも日本語でおしゃべりしたかったかららしい。みんな何かしら背負ってんだね。

明けて日曜朝は、東京とつないで人事考課の面談です。
査定は形ばかりではあるものの、上司ととっくり話す半年に一度の機会でもあり、なんとなくそれなりに話したいことを用意して臨みます。今回の考課担当は最近管理職になった、弊管理人が初任地の千葉で最初についた先輩で、お互い「この組み合わせで面談とかウケますね」とか言いながら喋ってました。

DC赴任経験もある人なので、仕事迷子状態の弊管理人は「何が求められてるんですかね」的なことを随分聞かせてもらい、さすがというか「あ、なるほど」となるような示唆がいろいろ得られてよかったです。ま、ゆっくりでもいいからいろいろ考えながらやることにします。

休日よくやるブランチ。いつもはほうれん草で巣ごもり卵をやるんだけど、葉物を切らしていたため緑色に欠ける。
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日曜に至ってもまだ疲れを引きずっていたので、弊管理人の覚醒剤ことQPコーワゴールドをキメてからアジアンスーパー(家から近いエデンじゃなくて20km近く離れたH Martのほう)に買い出しに行ってきました。あとは諸々のメンテナンスをして、この週末は終了。

土日は日中10度ちょっとしかなくて肌寒かったです。このあと暖かくなるもよう。
この後はうって変わってシフトぎちぎちの1週間になります。ただし予定はそんなに入ってない。

* * *

大阪時代から気に入ってコーヒー飲むのに使っていた砥部焼の厚手の焼酎グラスにひびが入ってしまい残念。洗ってるときにお椀の上に落とした時だろうな。しかし捨てるに忍びなく、未練がましく戸棚の上のほうに置いてあります。

あと、海外給与の改定があって、インフレを反映して日本円での支給総額が若干上がったものの、円安によってドルでの受け取りが昨年より月$150くらい目減りしました。ファー!

* * *

当地、優秀な人は多分優秀なのだけど、飲食店とか小売、役所、郵便も、とにかく「人」が関わる仕組みが片っ端からだめで、ネットでできる商行為や手続きがまず信頼できると感じています。

テレビを見ていると、車のディーラーを訪ねたおねえさんが店舗に入っても誰からも目を向けられず、呼びかけても塩対応なのに辟易してネットで車を買う、というCMをやっていて、たぶん人が関与するサービスに対する不満は弊管理人のようなよそ者に限らないんでしょう。

日本にいるとなんとなくネットで全部進めるのは不安、店舗なりコールセンターなりで人と話してあれこれ聞きながらやりたいという気がしていたけど、それとは真逆で、今なら郵便で届いた本物かどうか分からない紙の請求書に対し、期日までに届くかどうか分からない郵便で小切手を送るより、証拠の残るカード決済のほうを選びます。
実際このところUSPSという郵便サービスで遅配や配達されない(!)というインシデントで支払いをしようとした人が遅延金を請求されるような事案が相次いだらしく、今使っている駐車場の会社から「できればカード払いに移行してください」という手紙が郵送で(!!)届きました。弊管理人は元よりカード払いなんですが……

AIが仕事を奪う、みたいな話があってもほんとかな?と若干眉に唾していましたが、情報技術に仕事を奪われるのは当地の労働者みたいな人たちだと思えば納得する。
話は違うけど、ゲイリブとか動物福祉とかもこっちにいると「あ、こういう概念が強烈に必要だったんだろうな」と思うことがあります。

* * *

大きな声で抑揚をつけてはっきり発話すると英語が通じることが多いので、声が大きくなってきたという自覚があります。大阪で話の通じないおじさんたちにこちらの考えを伝える必要があまりに多くて、小学校か塾の先生のような話し方になってきたのとほぼ同じ現象。

* * *

きょうの英語。
こちらの大統領が何かの質問に答えて「1点目は、2点目は、」というときにNumber one, ... Number two, ... とめっちゃ言うんですけど、それと同じかそれ以上によく使うのがbottom line です。Look, bottom line is this: (大切なことはですね、)とか。

これは日常会話ではあまり聞かないので、たぶん偉い人の演説とか政治方面の若干特殊な世界で使う言葉なのかも。

今月、政府を去る人が記者会見で、最後にいろんな人へのメッセージを述べたあと

  So bottom line, thank you.

と締めくくりました。そんな使い方するんだ。へえ。話を生真面目に要約する時のフレーズ
なのかと思っていましたが、そうじゃなくて、若干とっちらかってても強引にまとめに持っていく、「というわけで」みたいな言葉なんでしょうかね。

2022年04月03日

ピアノ

電子ピアノ、持ってくればよかったかもと思いながらこちらのアマゾンで物色し、結局買いました。大物の持ち物をあまり増やしたくなかったんだけど、この後も長いし。
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ものはカシオのCDP-S150。コンパクト、安い(にしても随分安いなと思ったら一時的に値引きになってたようで$349.99)。一応ウェイトつきのハンマーということで、これは数百ドル足しても著しく向上するものではないと判断し、余計な機能のないモデルを選びました。

去年の8月に大阪で荷出しをしてから7カ月余り鍵盤に触ってなかった。大学に入って実家を離れたときはピアノサークルに入ったし、就職したときも(確か)わりと早く電子ピアノを買ったので、これだけ空いたのは初めてかも。

タッチも音ももちろん本物とは大分違うが、鍵盤はつるつるのプラスチックではなく木の雰囲気を出そうとしているし、それなりの重さがあって満足してます。昔の日記を見たら、20年以上前の就職後に買ったヤマハのは10万円くらいしていたようで、弾いてみた感じそれには決して劣らないので、値段は随分下がったんだなと思いました。ちなみに日本に置いてきたローランドは2009年に買ったもので確か14万くらい。それともそんなに変わりません。

小曲の楽譜をいくつか印刷して少しずつさらっています。初日は破壊的にダメという感じでもなく、しかし細かい動きと正確な打鍵は相当弱っていました。が、6日目に入って指はだんだん動くようになってきました。家にいると時々鍵盤に触るので、やっぱり買ってよかったことにします。

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これまで弊日記に登場していたアジアンスーパーはH Martという韓国系のところなんですが、近いといっても車で30分とかでそこそこの距離があります。
今週は、近所に住んでる上司に教えてもらったEden Center、エデンの中心は車で8分。
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  キャンユースピーク ベトナミーズ?

的な質問が飛び交うベトナム空間でした。フォーのお店とか、なんか甘そうなお茶のお店とかが並ぶショッピングモール。スーパーはH Martと違って入ると完全にアジアのにおい。
日本のものはそれほど多くない、インドのスパイスもそんなにないが、中国とか東南アジアの食材はすごいいっぱいある広いスーパーでした。ちょっと野菜が欲しい時とかはここかな。

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なぜかベトナムづいており、
木曜日の午前中にDC市内で同僚とちょっと仕事をして出てきたら、ちょうどお昼の時間帯。
「時間あったらフォー食べません?」と言われ二つ返事で行きました。
引っ越してきたころからよく名前を聞いたアーリントンの「Pho75」。大/小とトッピングを選んで待つなり。
きた。
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肉充肉充。食後のアイスベトナムコーヒーもよい。

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日曜は何度寝かした末にちょっとDCの博物館を見に行きましたが、やたら人が多かったのと、疲れている感じがしたので、あまり長居せずにマクドナルドで買い食いして帰ってきました。

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夏時間のせいもあって19時過ぎまでほんのり明るく、疫病がひと落ち着きして職場周辺のオフィス街にはあからさまに人が増えました。出掛けられるということは出掛けないといけない、しかし出掛ける先は自分で企画しないといけない、それを面倒と思うタイプなので、よかったり悪かったり。というか有り体にいうとちょい悪い。

あと、例年の夏のように睡眠時間が短くなってきました。寝室は遮光カーテンだし、室温もほぼ一定なのにどうしてだろう。睡眠時間が短くなるときというのは体調がわりといいときなので、そっちが理由だろうか。というか体調がいいのだろうか。にわかに信じられないけど。

2022年03月27日

火の鳥やカレーなど

寒さがぶり返した週末、土曜は仕事で日曜は「休もう」との決意だけは固めたものの何をするかは決めてなく、昼前に布団を抜けてボルティモア響のページを見ていたら午後3時からストラヴィンスキーの「火の鳥」をやるというので、ネットでチケットを確保し地下鉄で北ベセスダ(東京=DCからみると川口ぐらいのところ。ただしいいとこのネイバーフッド)に行きました。歯医者と同じ駅でそれだけが嫌だったんだけど。雪がちらついてた。
ボルティモア響の拠点ホールは二つあって、ボルティモア(東京=DCからみると高崎くらい。ただし港町)とここらしい。ちょっと変わったところで、ステージの裏から見下ろす席を取りました。
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NAXOSでおなじみの地方交響楽団、財政難で何度も存続の危機を迎えているらしい。アットホームな感じだけど空席が目立っていました。合奏は思いのほか安定していて、管楽器の個人プレーも上手。22-23シーズンのパンフレットが出ていたので見てみると、超絶スターではないもののよく名の知られたソロイストを招いて協奏曲もやっているようで、えっなんか地元にあったら素敵な楽団じゃない?と思いました。でも杖ついてる老人ばっかだった。クラシックは若い世代の娯楽じゃないのかなあ。

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アジアンスーパーで特にこれを作ろうというあてもなく買ってあったS&Bのカレー粉赤缶でドライカレーに挑戦。にんにく一かけとクミンシード(これはわざわざ買った)、冷蔵庫にあった巨大ピーマン半分、玉ねぎ半分、にんじん1本分くらい?と凍らせてあったトンカツ用くらいの豚肉1枚を適当に刻んで炒めて、カレー粉ぶっかけて塩で味をつけ、その辺にあったしょうがパウダーと醤油とケチャップと水をちょっと足してみた。
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ちょっとカレー粉が多かったみたいで苦みが出てしまった。「水を使わないカレー」信仰のせいで水が足りなかったかもしれない。もうちょっと水を入れて煮詰めるか、角切りトマトの缶を使ってみるか。あとは隠し味的にヨーグルトとか使いたいが、こちらのパッケージはでかいので迷う。
とはいえ初めてにしてはうまかった。3食分できました。これは仕事が立て込んで料理の時間が取りにくい平日の昼飯にいいかもしれない。次回はかなりいい線いくと思う。

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3回接種の上、初回から3回目まで半年かかるため日本で打ち終わらなかったB型肝炎ワクチンの最終回を近所のスーパーの薬局で受けてきました。SARS-CoV-2はもちろん、インフルもこれも保険でカバーされて自己負担なし。職場の先輩によると息子さんのHPVワクチンもタダだったそうです。予約はネットで前日まで取れる。予防接種だけは(?)アメリカの完勝。

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25日で渡米半年となりました。これをあと5回か……
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(これは前回行ったケネディセンターからバージニアのロズリン方向を撮ったもの)

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鳥つながりで今日の英語。
I get a little bit of goose bumps. (ちょっと鳥肌立ってます)

2022年03月20日

桜2022

日本を出る前に、ワシントン勤務経験のある大阪の同僚から「タイダルベースンの桜きれいですよ」と言われていたので、見に行ってきました。たぶん週半ばくらいに満開を迎えて、次の週末だと若干盛りを過ぎるくらいかなあと思って、この機会に。

おおなんかちゃんと桜じゃないですか。奥のはジェファーソン記念堂。
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8-9分咲きくらいですかね。十分きれいでした。というか蕾が多少残ってるくらいの時期のほうが勢いがあって好き。
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樹種もソメイヨシノだけでなくて、もちっとピンクの濃いのもありました。エドヒガン?
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169mのワシントン記念塔も近くで見たのは初めてかもしれない。
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それにしてもなんか最近屹立してるものを撮影することが多いな。

こちらはバージニア方面です。
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ちょっと風が強くて寒めだったけど意外と普通にお花見できてよかったです。

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話は前後しますが、土曜の夜にケネディセンター(宇宙じゃないやつ)にまたナショナル響を聞きに行って