2021年12月06日

お呼ばれ

土曜はメリーランド州ベセスダに住んでいる同僚のお家に呼んでいただき、弊管理人と同じ郡に住んでいる同僚夫妻の車に乗せてもらって行ってきました。

ご夫婦と小4の娘さん。ベセスダはホワイトハウスが皇居だとすると赤羽の方角ですが、国際機関や大使館の人たちが住んでるいいとこのネイバーフッドです。地元の公立学校は80カ国から子どもが集まっているそうです。

同僚である旦那さんは家族の仕事の都合で滞在していたアメリカで生まれて米国籍を持っており、中学のころにイギリスに住んでいたという人。ですが奥さんと娘さんはもともと英語ができたわけではないようです。でも7月に引っ越してきてからそれぞれに学校や地域で友達を見つけ、買い物に行き、英語頑張って来年は一家で英検とるぞ(ニューヨークで受けられるそうです)と楽しそうでした。

家には本物のもみの木のクリスマスツリーが飾ってありました。売ってる農場があるんだって。「これ」と選んで切らせてもらい、機械で振動させて虫を落とし、コンパクトに縛ってもらって持って帰るそう。一戸建ての広いリビングにソファとおっきなテレビとツリー、ゆったりしたキッチンと台所。「休日は家のメンテナンスで終わっちゃう」といいつつこれは3年住むの楽しいでしょう。

すごい久しぶりにビールをいただいて、生ハムと、ブロッコリーのチーズ和えと、ほろほろのスペアリブ、あとお寿司。6人で深夜まで喋りました。ああ、これはいい。確かに家族がいれば何年か暮らしたい土地かもしれない。

そういえば先週、仕事先を交えて同僚とランチをしたのですが、同僚は「2期6年を狙ってます!!」と言ってました。そうかー。そういう境地になれるかな。

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とうとう車を買いまして、日曜は練習を兼ねてちょっと出掛けてきました。
バージニア州フェアファックスのバーク湖Burke Lake。いや貯水池で特に名勝というわけではないのかもですが、地図を見て近すぎず遠すぎず、な目的地を探して目についたのがここでした。
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片道30分強だったのですが、ハイウェイに入ったりして結構走った気がする。左ハンドルだと右側の車体感覚が今ひとつ掴みにくい。右側に余裕が欲しくてちょっとセンターライン寄りに走ってしまいがち。あと車の右側通行はやっぱりまだ慣れない。
iPhoneに入ってるグーグルマップをナビにしたのだけど、なぜか喋ってくれなくてすこーし難儀しました。

まだ免許の手続きが進んでないため、国際免許を持って運転してます。早く欲しいんだけどな。

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順調にいけば今週で今年の大物仕事がだいたい片付くと思われます。
がんばれー弊管理人。

2021年11月29日

ハヌカー

遮光カーテンは安かった(2枚で20ドル)わりに意外と遮光してくれたため、いつもより目覚めが遅くなりました。

で、なんとなくずるずると仕事にかかずらっている間に日が傾いてきたので、これはいかんと出掛けました。ホワイトハウスのちょっと下にある楕円広場で、メノラーMenorahの点灯イベント。
紀元前2世紀、シリアのギリシア人の支配下で抑圧されていたユダヤ人が反乱を起こし、エルサレム神殿を奪還した記念のお祭り「ハヌカーChanukah」。メノラーはその際に使う燭台。ハヌカーに使うものは特に「ハヌキラ」というのだそうです
でかい。
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無料のチケットをとって、荷物検査を受けて会場に入りました。
ステージに空軍の軍楽隊が並んで演奏し、セカンド・ジェントルマン(ハリス副大統領の旦那)が「初のセカンド・ジェントルマンであり、初の『ユダヤ人の』セカンド・ジェントルマンです」と挨拶して喝采を浴び、過去には副大統領時代のバイデンも「ユダヤの歴史、文化は私たちの一部」と述べ、そして燭台の向こうにはクリスマス飾りのついたホワイトハウスが見えるという、なんかいろいろ象徴した感じのイベント。自由を求めて米国に来て、こういうところと結びつきながら根を下ろしてきたということ、かな。

最初に真ん中とはしっこに点火し、そのあと1日1個ずつ火を付けていくそう。
「光の祭り」という異名があり、それとのつながりで油を使ったものを食べるそうです。
会場ではスフガニアというイチゴジャム入りのドーナツが配られており、えらい勢いで皆さんが群がっていました。
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クリスマスとは無関係だとのことですが、でも冬に行われる「光の祭り」であれば、古層では弱まる太陽・春待ちとどこかつながってるのではないか。
多神教の国から来た不可知論者で恐縮ですが、ゲットさせていただきました。
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すっごいカロリー高そうなので、朝飯にします。

ラビのおじさんが、若いユダヤ人の4割が自分をユダヤ教徒とは考えていない、とかいう近年の調査を引きながら「anti-semitismと戦うのはsemitismです!」と訴えていました。21世紀になってもそういうのと戦っているのですか……

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オミクロンさんに絡んだ渡航制限のニュースでbuy timeというフレーズが結構出てきました。時間「稼ぎ」。これも英語から輸入された言葉?

* * *

世間は感謝祭の4連休で、こちらはのんべんだらりと働いたり休んだりしつつ、自炊でご飯がおいしく食べられました。先月あたり、休みは持て余して困ると思ってたのですが、そうでもなくなってきたかも。
そして、こっから2週間がわりときつきつな感じでやだなあ。

2021年11月28日

買い物

米国は1日9万数千人の感染者が出ていて、しかし死者は1日千人ほどで安定しており(いやこれもすごい話なのだが)「このままちょっとひどい風邪くらいになって受け入れられていくのかな~」という雰囲気もあったところ、オミクロンさんが出てきて俄然仕事が盛り上がってしまい、それでも今のところアフリカとヨーロッパの話だしな、と思っていたら、夜に東京から「あなた夜勤だよね!?!?」的な切羽詰まった電話がかかってきて(なんでワシントンのシフトを知ってるんだ)脊髄反射みたいな仕事をしているうちに寝るのが2時、頭がさえてしまい寝付いたのはたぶん3時。

起きて11時。みんなが騒ぎ出すと気持ちがさーっと引いてしまう性格にて、今日はオフとする。
ちょうど前日にアマゾンから届いたFodor's Bucket List USAというガイドブックをぱらぱらめくっていたら、DC東側のイースタン・マーケットが紹介されていたので行ってみました。
地下鉄駅を降りてすぐのところに市が立っています。背後の建物の中には肉屋やちょっとした食べ物屋が入っています。
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アップルサイダーは要は濃いリンゴジュースらしく、秋の味覚なので飲んでみたかったんだけど、ボトルで買うほどではないんですよね(と思ったら写真中央の銀色の容器は1杯売りのやつですね。飲んでおけばよかった)。アップルバターもおいしそうだったがパス。
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「やばい地域」と前前任者から教えられてきた南東地域なのですが、ここは観光地でもあり、そんなでもありませんでした。しかしこのあたり、地下鉄の車内に大麻みたいな匂いがしてるんですけど何。

日が傾いて5度くらいか、寒いので退散して、ついでにDC北部に回り、ベッド・バス&ビヨンドというニトリみたいな生活雑貨店にいきました。いろいろ見るのは楽しいんだけど、結局買ったのは家の近くのターゲットで欠品していた突っ張り棒だけ。

日本なら100均で買えるだろうみたいな台所用品が1000円とかするのは米国に来てびっくりしたことの一つです。ふきん2枚で500円だよ?もっと台所まわりのものをたくさん持ってくるんだったというのが反省。コップのたぐいに至っては大阪の職場で使っていた肉厚でお気に入りの砥部焼の焼酎グラス1個しか持ってきてないので不便でした。やっと2ドルのマグを見つけて買いました。

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ブラックフライデーというのも何だろうと調べたら米国発祥の言葉だそうだ。
感謝祭が11月の第4木曜日固定で、金曜も休みになることが多いため、買い物をしてもらう日なのですね。Wikipediaを見ると、フィラデルフィアの警察が街頭に人が増えて仕事も増えるためブラックと呼んだのが始まりだとされていますが、起源が特定できてるってすごいね。

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ちなみに突っ張り棒は寝室に遮光カーテンを付けるためのものでした。朝、明るくなると、寝不足でも目が覚めてしまうのです。
帰ってきて設置した時はもう外が暗かったので、あすの朝どれくらい暗いか確かめたいと思います。
ちなみに突っ張り棒は英語でtension rodです。どっちかがどっちかの直訳なの?

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家でご飯が炊けるようになるとますます外で食べる意欲が失せます。今日は鮭のムニエルにしてみました。
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アジアンスーパーでもないと切り身がパックで売られているということもなく、魚はさすがに暫くお預けかなと思っていたら、鮭のフィレが4枚入った冷凍のバッグが普通にターゲットにあったので買いました。しかも個包装なのがありがたい。11ドル(つまり1切300円)とちょっとしますが毎日食べるわけでなし、外で食べると平気で5倍しそうなのでありがたく利用させてもらいました。

ちなみに小麦粉は安いんだけど2キロとかの袋しかなく、そんなにあっても使えないので、Hマートという韓国系のスーパーに行ったときに手頃な袋(外袋を捨てちゃったが多分200gくらい?)で99セントというタイの唐揚げ粉みたいのを買って使っています。

にんにく焼き肉のためにチューブにんにくを探したがなかったので、李錦記のにんにく細切れ瓶を買いました。多分これガーリックシュリンプ作ったらおいしいと思う。そのうち。

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母が胃がんの手術をする前の2000年秋だったか、実家近くの公園で撮った家族写真があって、そこには一家4人が並んでいます。父の家の玄関に飾ってあり、実は弊管理人もカードケース→今は書類入れに入れて持ち歩いています。

米国出発前に車山に行ったとき、久しぶりに父、妹と3人並んで写真を撮りました。そのとき父が誰にともなく「4人が3人になって、今度は2人になっちゃうなー」と言ったので(ちょっとちょっと、死ぬわけでなし)と思ったのですが、まあ3年いなくなるというのはそういう感じなのかもしれない。

実は人事の打診を受けたときに父にも意見を聞いたのですが、「面白そうだし行ってみれば?」と軽い感じで返ってきたので、まあそういう感じならと受ける方向に動いたのでした。実際はもう2,3人の後押しもあったのですが、それでも熱望していたわけではなかったあのとき「やめときな」と言われたらやめてたかもしれません。

といいつつ現在のところ「どのみち3年いるわけだし」と淡々と目の前のタスクをこなしています。
1年の留学だったらが休日はがつがつ遊んでると思いますが、開拓行動はすごいゆっくりですね、今。寒いし。

2021年11月26日

感謝祭

米国東海岸は11/25の昼前です。サンクスギビングの祝日で外がいつもよりずっと静かなように思います。
キリスト教圏共通の何か?というくらいの理解でしたが、調べたら米国の行事でした。

1620年にメイフラワー号で渡ってきた100人余りが、途中で航路がずれたために北東部のマサチューセッツ州に到着したのが12月21日(それは寒かろう……)。最初の1年で半数が病死するほど厳しい環境の中で、ワンパノアグ族から漁撈や農業、狩りの知識を借りるなどしながら、次の年の秋には豊かな収穫を得ることができた。そこで先住民を招いて祝宴を開催したのがルーツだそうです。そして今時っぽい追記:

最近まで、多くの学校の教科書には、ピルグリムの物語として、すべての感謝祭の料理をピルグリムが作り、「より恵まれない」インディアンに与えたというように書かれていた。実際には祝宴は、今では私たちも知っているように、荒野で生き抜く方法や、食料の採集法や料理方法を教えてくれたインディアンに対する感謝の意味もあって計画されたものであった。インディアンたちがいなければ、最初の入植者たちは生存できなかったと思われる。

1864年にリンカーンが11月の最終木曜日を感謝祭とした後、1941年に連邦法定休日になったそうです。七面鳥、カボチャ、クランベリーソースなどを家族で食べる習わし。

なんかネット記事も「いろんなものに感謝しよう」的な優しいものが多い気がします。ハロウィンとクリスマスに挟まれた中途半端なホリデー、という評価も目にしましたが、ここから年末感が出てくるらしく何となくゆったりした雰囲気。近場のスーパーも25日は休みです。世間的には木曜から日曜までの実質4連休となり、各地の空港がめっちゃ混んでるというニュースをやっていました。

何か出掛けていって見るべき行事はないのか?と検索したら、メイシーズMacy'sというデパートがパレードをやるというのが当たったのですが、ニューヨークでした。仕方がないのでアジアンスーパーにみりんでも買いに行ってくるか。

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アマゾンで買った米と炊飯器で、家で初めて白飯の夕食を。
米は80オンス(=2.3キロ)700円くらいで安いです。炊飯器は、2万円くらいするマイコンのではなく、とりあえず銭失いになってもいいやで5千円くらいのすごいコンパクトな象印3合炊きを選びました。大きさが分かるよう、少し引いた写真で。ガラスの蓋をかぶせてスイッチを押下してしばし待つだけです。3千円クラスで似たようなのもあるんですが、なんとなく象印なら丸い米をできるだけおいしく食べたい日本人の気持ちが分かってくれるような気がして。
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でも全然問題なく炊けました。粒が立って米がキラキラ光り、甘い匂いが立ちこめるわけではないが十分です。
スーパーで買った豚肉を細切りにして適当に炒めた。アジア系のスーパーではないがキムチもあったのでゲット。
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右下の黒い部分はエラーではなく味付け海苔です。これは昔お世話になった方が9月、弊管理人が送った転勤挨拶の葉書を見て送ってくれたものです。最初、既に荷出しをした大阪に送られ、それを東京に転送し、スーツケースに入れて日本~米国ホテル暮らしの間持ち歩くことになって「そんなんしてくれなくてもいいのに……」と思っていました。でも開けて食べたらしみじみおいしくて、すぐにお礼のSMSを送ってしまいました。

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・1日1初めてシリーズは「手紙を出す」で、郵便局の自販機でフォーエバースタンプを買って投函しました。フォーエバースタンプとは、よく郵便料金が変わるので、一回買ったらその後値上げがあっても追加料金を払わずにいつまでも使える切手だそうです。いま$0.58。簡単だった。ちなみに送ったのは銀行の書類です。日本行きの葉書もやってみるか

・会社のビルの守衛のおねえさん(黒人)がHave a good one!と聞こえる挨拶をしてくれるので、何と言っているのかと思っていたが、このままで北米でよくある表現のようです。Thanks, you too!と言えばよいみたい

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インフルの注射をしたとき、薬局のおねえさんが針を抜いたあと「どこ刺したっけ?」的な顔をしながらシールを貼ってくれたので、後で剥がしてみたらこうでした。ハズレではないがニーズが十分に満たされないところが米国っぽい。
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仕事で、ある行事に弊管理人がメールで参加登録をしたあと、加勢が必要だろうということで同期の同僚にも追加で登録してもらうことになったのですが、彼が「『(弊管理人)に加えて自分も』という書き方をすると勘違いされて追加じゃなく置換されてしまう恐れがあるので、単に『自分を登録してね』というメールを送っておく」と言っていて、そういうもんかと思いました。なるべくシンプルにしないとということ。「お世話になっております」「どうぞよろしくお願いいたします」的なメール、ないもんな。

2021年11月23日

お注射

インフルエンザの予防接種を受けてきました。
11月下旬ともなるとちょっと遅いのですが、2週間前にCVSというマツキヨ的なドラッグストアで予約していたら、予約の日時直前でキャンセルされ、怒ってサーベイに★☆☆☆☆と答えたあと、どうしたものかと考えていたのでした。
で、結局近所のハリス・ティーターというスーパーの2階に入っている薬局で打てることが分かり、予約して翌日に打つことができました。筋肉注射。ぶすっと刺してちゅっと入れるだけ。薬剤師さんかな?最初からこっちに辿り着いていればよかったのに。

ところで、予約のフォームのこれ。
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当地でよくある質問なんですが、ヒスパニックの欄が人種とエスニシティの両方にあるんですよね。そして人種も赤・黄・黒・茶・白のほかに太平洋系。てかエスニシティの選択肢が実質的にヒスパニックか否かしかない。たぶん社会保障の何かの分け方なんですけど、不思議不思議。そしてヒスパニックって誰?と検索してみたら「自分がそうだと思う人がそう」と書いてあった。不思議。

一方、米国に長くいる同僚は、先週から全成人が対象になったので「コロナワクチンのブースター打つぞ」と意気込んでいました。弊管理人は8月にやっと2回目が終わったため、来年2月です。

* * *

・当地の人は電話かけても出ないし、機関だと高確率でまず自動音声を噛ませるくせに、人の携帯電話にはガンガン電話かけてきますね

・あとこれはいろんなインフラの契約とか初回の支払いとかが立て込んだ滑り出しの時期だからかもですが、やたらビルだペイだデポジットだってうるさいです。ほんとに金の話ばっか。オートペイ(自動引き落とし)に順次切り替えて黙らせたい所存

・前回の日記で書いた、運転免許の申請の時にimmigration statusの確認に手こずっているという話、同じ職場のほとんど全員が経験していることが判明しました。なんで?ちょっと珍しいビザだから?

・最高気温が10度に届かない日がほとんどになってきました。夜中に帰ってくるときなど、薄いセーターを着てコートを羽織っても結構寒いです。年末の休みにどこに行こうか考えていて、ボストンで美術館巡りというのがよぎったんですが、めっちゃ寒そうなので再考中

・ワシントンDCで殺人被害者が200人に到達し、2003年以来の高水準になったとのニュース。DCを十字に区切ると「南東がやばい」と聞きますが、その辺がやはり多いようです。しかし品がいいとされている北西で強盗に遭ったという学生さんの話を昨日聞きました。ううむ

* * *

■ジェニファー・ラトナー=ローゼンハーゲン(入江哲郎訳)『アメリカを作った思想』筑摩書房、2021年。

赴任前に買って、読み通すのに相当の時間を要しました。
とにかく大学入試の英文和訳の答案みたいな直訳の読みにくくて妙に硬い日本語に閉口しました。全編にわたって出てくるintellectual lifeを「思想的生」としていてすごい頻度で引っ掛かった。これ多分、文脈から単に「思想」、一部は「知的生活」でいいと思う。でもアカデミアの翻訳のしきたりがこんななら仕方ないです。知らないけど。で、このひどい読みにくさは後半、視線をとにかく走らせるという読み方にスイッチして克服し、フィニッシュできました。時間がかかりすぎて前半を忘れたが、内容は面白かった気がするのでもっかい目を通そう……

2021年11月19日

よもやの歯

この陰鬱で無機質な場所がワシントン首都圏を走る地下鉄の中心駅、メトロセンター駅です。
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装飾が豪華で、駅ごとに趣が違うウズベキスタンと違って、各駅この通り。そして駅によってはもっと暗かったりする。ちょっと乗ると$2.50とかになるのに、それでもだいたいお金のなさそうな人たちが乗っていて、スマホからガシャガシャ音漏れさせながら音楽を聴いていたり、汚いズボンはいてぶつぶつ喋ったりしてたりする人たちと目を合わせないように見るともなしに見ていると、ロールズが「無知のヴェール」をかけてみようと思った気持ちが窺えた気がした。自分があいつだったかもしれないならば、どういう社会がいいだろうかと。日本だとみんなが同じ顔をしすぎていて、あいつと私の差をあまり感じないんだよね。

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なんて考えながらレッドライン(日本の首都圏でいうと、足立区あたりから東京駅に入ってきてまた大宮のほうに抜けてく感じの線)に乗って歯医者に行ってきました。

10月に折れた歯は、セメントで応急的にくっつけてもらって英国出張も無事乗り切り、工夫してなるべく負担をかけないように食事できるようになっていたところ。今回はそれをまた外してクラウン(人工の歯を残ってる歯にかぶせる)治療をしました。何か芯のようなものを入れたそうで、仮歯をかぶせるところまで。次回に完成品をかぶせて終了だそうです。

もともと歯並びがあまりよくなく、その上いつだか顎を強打したときにダメージが行ってたんじゃないかなあ。さらにガツガツ食べるほうなので硬いサンドイッチをほおばった時に最後の一押しをしてしまったんだと思う。かなり根本からぼっきりいったので、クラウンはかぶせたとしても強度を考えればそういう食べ方はもうできなくなった。歳を取ると他の歯もだめになっていって、クラウンをかぶせた歯もそのうちまただめになって、体じゅうだめだめになって不健康な老人になるのでしょう。

歯医者の椅子で型を取るための固まるゼリーみたいのを噛みしめ、ピーカンの空を見ながらそんなことを考えてました。歯茎周辺をいじられて結構痛いのと、鼻くらいまで麻酔が効いていて変な感じ。ただ日本の歯医者と比べて対応が繊細だと感じた。なぜこの治療をするか、リスクは何か、術後の注意点は何か、といった説明文書と金額を先に紙で渡されてサインすると治療が始まるというのがいかにも当地っぽい。

夜には雨になりました。天気予報当たった。折りたたみ傘は常時携帯につき、鉄壁の守りで退勤しました。

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前回の日記だったか、社会人になるための手続きだいたい終わりと書きましたが、免許の手続きは「immigration statusが即座に確認できなかった」とかで少し待つことになりました。これも「え~」と思ったけど、翌日にはいったん忘れつつ待つ諦めがつきました。

仕事先で会った他社のおじさんと話をしていて、その人は2回目のワシントン赴任だったのだけど、会社の周りに飯を食えるところがない、朝起きて食べるものがないとがっくりする、中古車でなかなかいいのがない、と大変そうで、みんなそうなんだな~、2回目でもそうなんだな~と思います。「この国に歓迎されてないことがよく分かる」とおっしゃっていて、それは本当にそうだなと。

* * *

2日連続、会社で夕方にうっかり瞼が閉まった。疲れてると思う。ちょっと早寝しよう。

2021年11月14日

部屋

とにかく早くホテル暮らしを終えて落ち着きたいからと急いで部屋を決めたのが9月末。
10月6日に前任者からいただいたベッドと子どもの勉強机、ライト、カラーボックスとスチール棚が届いて寝泊まりができるようになりました。
それから、変に広い部屋の隅っこでぽつんと暮らしていました。英国出張から帰ってきたら秋が深まっていて、足下がちょっと寒いのでアマゾンで小型のオイルヒーターを買ったのが11月7日。
そして、やはりアマゾンで買ったラグと安楽椅子、あと大きな机が昨日届いて、ようやく自分の部屋ができた感じ。
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あとは増えてもせいぜい電子ピアノを買うかどうかくらいです。
ロッキングチェアが意外とでかい。あと結構いい値段した。でももらったデスクチェアは背もたれが倒れないので、息抜きできる椅子が欲しかったんです。「一人で持てない家具は持たない」ポリシーは引き続き維持しているのでソファは回避。

机は自分のデスクトップPCのモニタの横に会社のノートPCを置いて仕事をすることがあるので、120×60cmの大きめのを新たに買いました。これくらい広いと片付けなくてもご飯が食べられてよい。日本で使っていた机は大阪の後任にあげたので、今回買ったものを持ち帰るつもりです。いつのことやらですが。

* * *

金曜は上記家具のほか、待っていた二つの書類が届きました。

(1)ソーシャルセキュリティカード。納税者番号みたいなものだと思いますが、銀行とか給料受け取りとかで必要なので。あと何よりクレジットヒストリーの構築に必須だということ。米国での信用ゼロの状態でもカードを作ってくれるANA CARD USAを1枚持ったあと、この番号を登録して使うことで初めて信用度が蓄積していき、別のカードを持つことができるようになるそうです。
10/15にDCの役所に面接に行ってきて「4週間待って」と言われ、期待しないで待っていましたが本当に4週間ぎりぎりで届きました(隣のメリーランド州に住んでいる同僚はなかなか届かず当局と激しくバトルしたそうです)。

(2)日本の免許証からの切り替え承認通知。バージニア州に住んでいると、日本の免許保持者は(やや面倒臭い手続きを踏めば)試験免除で免許が取れるのですが、その通知。DMVという当局にこれと必要書類を持っていき、写真を撮って手数料を払うと免許ゲットです。これも直近の手続きをした日本大使館から「2週間後」と言われて本当に2週間の手前で届きました。

免許の手続きが終わると、「米国で社会人になる」プロジェクトが一区切りです。渡航ひと月半、ほんと色々と面倒臭かった。まだ「車を持つ」というでかい買い物があるんですけど、それは別として役所手続き関係はたぶん落ち着いた。

2021年11月12日

ベテランズデー

祝日でした。退役軍人の日。第一次大戦終結の日に由来しているそうです。
朝、戦闘機が飛んでいくような轟音で起こされて、CNNをつけたら近所のアーリントン墓地に大統領がきてセレモニーをやっていました。

そういえば仕事上の必要もあって、職場と家でほとんどCNNを流しているのですけど、ものすごく内政偏重じゃないですか。世界で何が起きているかどころではなく、アメリカに関係ありそうな国外のニュースさえほとんどやってない。大統領がG20のためにイタリアに行ったときにやっとイタリアからの中継が入ったくらい。ひょっとしてCNNインターナショナル、みたいなチャンネルが他にあるのだろうか。

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一言一句聞こえるわけではないものの、なんとなくこんなことを言ったかな?という予測で答えるとだいたい当たってる、くらいの会話ができるようになってきた感じ。
聞き取る能力は多分、買い物や荷物の受け取り、電話会議の入り方など「仕組みに関する知識」と一体で、生活のさまざまな場面を一度経験することがスムーズな会話を可能にしてくれるように思います。

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「カリオストロの城」のミートボールスパゲッティをちょっと特別な食べ物のように思っていたのですが、こちらに来ると普通でした。
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乾麺の値段は日本くらい。瓶入り(5食くらい)のパスタソースは200円前後で日本よりかなり安い印象。ミートボールは50個入りが500円くらい?でスーパーにありました。パルメザンチーズは日本のやつ数本分の量で300円とかなり割安。冷凍野菜も袋で2ドルとか。別にうまくないサンドイッチが1000円とかすることを考えると、早期に基本自炊の生活に移行するとQoLが上がりそうです。

スーパーはハリス・ティーターHarris TeeterとターゲットTarget、あと今日はトレーダー・ジョーTrader Joe'sを体験しました。
バナナは1本20円くらいで安い。野菜や果物は必要な分だけ袋に入れて量り売りなのが便利。リンゴは「ふじ」があって意外とおいしいです。小ぶりですが1個80円くらい。肉は1パックの量が多くてちょっとどうしようと思う。パンも1袋15切れくらいと多いですが、凍らせて1枚ずつ食べています。

日本からもっと持ってくればよかったものは台所用品と食器で、安いのあるだろうと思ったら意外と高かったりし、しかもバラであまり売ってない。車が使えるようになったらイケアとか百円ショップに行ってみるか。

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10日は朝からいろいろ読まないといけないものができてしまい、結局出社のタイミングを逃しました。弊管理人が参加したほうがよさそうな案件で職場から電話がきたものの、咄嗟にちょっと分からない旨の返答をしたらそれきりになりました。なんか乗っかっておくべきものに乗らなかった憾みが残った。が、そういう日もあるさと思って淡々と自分の仕事をして寝ました。こちらに来てから「サンクコストは気にしない」と割りきるようになりました。そうでないともたないことが多いというだけ。歯科治療費とかね!!

2021年11月09日

アフリカ系

日曜、昼間に家で軽く仕事をしたあと、ワシントンDCの「国立アフリカ系アメリカ人歴史文化博物館」に行ってきました。
食べる、踊る、装う、話す(スラング)など生活のさまざまな側面に「黒人特有」の何かを見いだす展示。
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400年前に遡る奴隷の歴史と、南北戦争後のReconstruction(この用語は今回初めて知った)、公民権運動、そしてオバマ。
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展示のコンセプトはこれまで読んできた本などを思い出して「こういうことかな」と分かることが多いですが、ファクトに関しては物量が多くて疲れました。前日の土曜に2カ月以上ぶりに運動したことによる筋肉痛もあって、最後は「続きはまた今度」と早足で通り過ぎてしまいました。

* * *

なぜそうなったのかよく分かりませんが、出張で英国に行ったときに元気が出たのがきっかけで、帰ってきてからもわりと元気が続いています。そうなると新しいことをしなくなるので、1日1回は新しいことをしようと思っています。そんなに大層なことではなく、冷凍のケーキを買ってきて食べるとか、それくらいです。しかし食後に甘い物を食べるのも久しぶりなので、食べたことで何か生活を取り戻した感じがします。20センチ角のケーキ、8等分して食べてくださいと箱に書いてありますが、甘いので18等分くらいのペースで食べています。

あとは、近所のレストランにオンラインでオーダーを出しておいて、取りに行って家で昼食や夕食にするというのをちょくちょくやっています。中華が多いです。歯のこともあって、硬いサンドイッチのように「噛みちぎる」ということをしなくてもいい米が有り難いんです。

2021年11月07日

グラスゴー出張

アメリカのことさえ書いてない段階でイギリス出張になりました。とある会議でグラスゴー。
この日記を始める前の2004年9月にイギリス旅行したとき、エジンバラから北アイルランドに向かう途中で乗り換えで立ち寄ったようです(降りたような気がしていたが、当時書いたものを見返したら違ったみたい。よく覚えてない)。
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建築の街だそうです。確かに旧市街の重厚感と少し外れたところのモダンの対比が面白かった。じっくり見たかったけど、朝から深夜まで会議場に詰めていてままならなかった。
夕飯はセインズベリーというスーパーに23時の閉店前に駆け込み、サンドイッチとヨーグルトを買って宿で食べるという生活でした。結局、一番おいしかったのはcooked breakfast。
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でも、ナイロビと東京から来た馴染みの同僚とわちゃわちゃ仕事して楽しかったのでよし。旅人として滞在したので単純に比べられないけど、「この仕組みはこうやって動かすのかな?」という予測が当たるとか、レストランが入りやすい雰囲気だとか、人が優しいとか、なんかアメリカより過ごしやすいなって思いました。

あとイギリスもすっかりキャッシュレス化されていて、そもそも空港は両替所があいてない。街中のATMで試しに60ポンド下ろしてみましたが、結局使ったのはチップの割り勘と出発前の空港で買った本の12ポンドだけ。ほかはバスもスーパーもクレジットカードをタッチで終わりでした(同僚に聞くとタクシーは現金だったらしい)。あと、1ポンド150円超えてた。わあ。

それにしても疫病対応で旅行の手間の大半がとられ、入国後の検査、会議場に入るための毎日の検査、帰国用の検査、イギリスからアメリカへの渡航制限からの除外を求めるための大使館へのレター、それらの手続きと直前まで動き続ける規制の研究など、めっちゃくちゃ面倒くさかったです。

* * *

今回久しぶりに一緒に仕事をしたナイロビ駐在の同僚は、2012年に弊管理人が留学の企てに挫折したあと、次の年、「行かせてくれなければ辞める」と会社を脅してLSEに旅立っていった人です。家族4人でナイロビ暮らしってどんな??と聞いたら「煩わしい人間関係がなくてすごくいい」とのこと。タフだねえ。

* * *

グラスゴーは結構寒かったですが、帰ってきたらワシントンDCも晩秋の風情で、コートが手放せない季節になっていました。

管理人

40代に入ってしまいました。未婚、子なし、男、文系学士、30万都市出身。何かありましたらツイッターの@kagakuno_koにご連絡下さい。

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