2026年02月04日

権威主義

◆James Loxton, Authoritarianism: A Very Short Introduction, OUP, 2024.

このシリーズはいつもコンパクトでかゆいところに手が届いていいのだけど、本書は特に「何も知らない人」にいきなり地図を授けてくれる本だった。この前に読んだアリストテレスの『政治学』のアップデートであり、いきなり始まった選挙中に読んでいたこともあり、さっさかページが進みました。
民主主義は「選挙で落とせるシステム」、権威主義は「民主主義以外」。かつ全面統制と動員を志向する「全体主義」とは区別される。――この図式を当座手に持って、類型と動態を整理する本文へと出かけるとよさそう。

中国に対する明快な否定的筆致といい、明らかにトランプ政権を権威主義とみている雰囲気といい、ものすごくアメリカの先生って感じの文章で、しかし著者はシドニー大学の人で、アレ?と思ったら学部プリンストン→大学院ハーバードだった。ラテンアメリカの専門家だそうです。

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【1】権威主義とは

▽「権威主義authoritarianism」とは
 ・古代ギリシャからあった「圧政tyranny」と違って、近代の言葉
  OEDによると1856年に初登場。権威主義者を「個人の自由より権威への服従を好む人」とした
 ・1950年代、アドルノの「権威主義パーソナリティ」

▽フアン・リンスの定義=全体主義(ナチ、ソビエト)との対比
 ・アーレントは全体主義と権威主義を「極端な暴力」の二通りの表れとした
  が、全体主義の本質は「公と私の区別をなくすこと」(cf.思想警察)
 ・権威主義の3要素
  (1)制限付きの多元主義。一定の批判も許容する。フランコ期のカトリック教会など
    *全体主義は政党からスポーツ団体、合唱団まで全面統制する
    *民主主義はほぼ全面的な結社の自由
  (2)動員しないdemobilization。市民には黙って私生活に傾注してほしい
    *全体主義は市民の参加、投票を強く要請する
  (3)イデオロギーの欠如
    *全体主義はユートピア主義。価値観の共有と社会改良を志向する
     (『わが闘争』の配布など。対してフランコの演説は誰も読んだことがない)
 ・非民主主義政体regimeの類型
  ・伝統traditional
  ・独裁sultanistic
  ・ポスト全体主義(既に公式イデオロギーが信じられていない状態)

▽今日の権威主義
 ・「民主主義以外」を広く名指す用語
 ・ミラン・スヴォリクによる定義:指導者が自由公正な選挙で選ばれていないこと
 ・今日の権威主義理解を形成した3要素
  (1)全体主義国家の減少(現存は北朝鮮のみ)
  (2)民主主義国家の増加(「第三の波」、1990年代後半にようやく過半数)
  (3)共産主義イデオロギーの衰退

▽民主主義国家・権威主義国家をどうやって識別するか
 ・自分の国や党の名前に「民主主義」を付ける国は権威主義
 ・民主主義は、普通選挙権/自由公正な選挙/市民権の擁護―が特徴
  いずれかが欠けると権威主義(民主主義の手続き的最低条件)
  =政府を自分たちで選び、説明責任を果たさせることができるかどうか
 ・ロバート・ダールによる民主主義の2側面
  (1)公に議論ができるpublic contestation=無能な統治者をクビにできる
  (2)包摂性inclusion=すべての成人が(1)の権利を持つ
  *中国は両方バツ
   アパルトヘイトの南アは(2)が欠如
   選挙の際に対立候補を投獄したニカラグアは(1)がない
   シンガポールは(1)を制限

【2】権威主義のバリエーション

▽軍政の特徴
 ・クーデターにより権力を掌握する
  近年減少したが2014年タイでは発生。このときは無血。13年エジプトは流血
 ・個人ではなく軍という集団による統治(軍事政権・評議会juntaの形成)
  →体制内クーデターによりトップをすげ替えることもある
  例:陸海空軍が均衡によって統治したアルゼンチン

▽一党独裁
 ←→アダム・プシェヴォルスキ「民主主義とは政党が選挙で負けるシステムである」
 ・一党独裁では選挙に負けない
 ・厳格なバージョンでは政党が1個しかない(共産主義。中国、ベトナム、キューバ)
 ・緩いバージョンでは覇権政党のほかに勝てない野党がある(メキシコのPRI)
 *軍政や個人独裁にも政党はあるが形式的。一党独裁は実際に党が権力を持つ

▽個人独裁
 ・ルイ14世「朕は国家」、ドミニカ
 ・軍事クーデターから生まれるパターン(DRCのモブツ)
 ・選挙で選ばれたリーダーがなるパターン(マルコス)
 ・家族独裁(家族間での継承)になることも(ハイチ、ニカラグア)

*その他
 ・宗教指導者が最高権力を握るイラン

▽新しい権威主義
 スティーブン・レヴィツキーとルカン・ウェイの「競争的権威主義」
 ・完全に公正ではないが、与党が負ける可能性もある複数政党選挙が実施される
  違法な3期目を勤めちゃったフジモリのペルーなど
  1990-2019年、15%ほどの国がこの類型。サブサハラ、旧共産圏
 ・競争的権威主義ができる道筋は変わってきている
  1990年代、一党独裁の国家が西側からの民主化圧力を受けて変貌するパターンが多かった
  ★しかし今日は逆に、民主主義国家が闇落ちしてくるパターンがみられている
  ←「エリートの腐敗」に対抗する「大衆の味方」ポピュリストが権力を握るとこうなる
  裁判所に味方を送り込み、メディアを黙らせ、反対者狩りをする
  フジモリはこの先駆け。チャベス、エルドアン、オルバンが最近の例。モディも
 ・競争的権威主義は民主主義を自称する
 ・民主主義と権威主義の境界がぼやけたのか、権威主義の枠内なのかははっきりしていない

【3】権威主義の誕生

・権威主義が権威主義を生むパターン eg.ロシア帝国→共産主義体制
・民主主義が崩壊して権威主義が生まれるパターン
 (1)軍事クーデターcoup eg.チリ1970・アジェンデ→ピノチェト
 (2)選挙で選ばれたリーダーによる自主クーデターself-coup eg.ナチ
   反対派やメディアの抑圧など徐々に進む場合もある

▽民主主義の崩壊
 ・リンス(1978)の理論
   cf.体制内反対派loyal opposition 民主主義支持の上での政府批判
 (1)反体制反対派disloyal opposition 政府も民主主義も否定
   テロ、ゲリラ eg.ナチSA、西ドイツのドイツ赤軍派RAF
   急進政党 eg.ナチ(人気)、英ファシスト党(不人気)
 (2)半体制反対派semi-loyal opposition 消極的、日和見
   eg.ナチと協働しつつ制御しようとした政治勢力
 ・識別する視点 Levitsky & Ziblatt
  ・disloyal opposition
   民主的なルールの否定(勝てない選挙や相手の正当性を認めないなど)
   民主的価値観(言論の自由など)の否定
  ・semi-loyal opposition
   党利を民主主義の上に置く
 ・これらの出現を許す条件:経済危機、民族的分断、偏見…
  「感情的分極化」による反対者の「敵」化。信条、アイデンティティ
   その中核には「恐怖」がある。ロシア革命→共産化の恐怖→ナチ
  
▽教訓
 ・disloyal oppositionを真剣に捉えること。具体的には:
  (1)禁止。しかし反民主主義の禁止自体が反民主的という難点あり
  (2)反民主勢力と協働しない。ただ「被害者面」で伸張するリスクあり
 ・semi-loyal oppositionが抱いている問題意識を無視しないこと
  ・彼らは民主主義を「平和や秩序をもたらすもの」として道具的に支持
   →この信憑が揺らぐと権威主義を支持し始める
   →政府にできる対策は、民主主義が現に機能するよう尽力すること

【4】権威主義体制の課題

・権威主義体制の研究は難しい
  情報がない・当てにならない、インフォーマルな制度が多い

▽統治の正統性。民主主義ならシンプルに「選挙で選ばれた」だが…
 ・権威主義は抑圧で統治する。秘密警察に依存しすぎると敵に転化しうる
  大規模抑圧による統治はコストがかかり、ロジも大変
 ・反君主制/反共産主義/反神権政治、という否定的正統性(ハンチントン)
  →成功するほど正統性の強度が下がるという逆説
 ・人民の関心に資するという「パフォーマンス」正統性
  →台湾、韓国の経済成長(権威主義体制が経済をうまく管理したまれな例)
   うまくやっても経済危機で崩壊する。eg.インドネシアvsアジア経済危機
  →ナショナリズム(great again!)に訴えるのもリスキー
   フォークランド紛争を起こして譲歩した途端に崩壊したアルゼンチン

▽情報。世論をどう的確に把握するか。民主主義は世調やればいいが…
 ・権威主義では「体制に睨まれないよう嘘をつくインセンティブ」が生じる
  →権威主義は実態より安定しているように見えてしまう
  →予想外イベントにより統治の脆弱さが露見すると危機に陥る
  eg.ロシアのウクライナ侵攻。官の嘘インセンティブによる情勢読み違い
 ・対策①競争的選挙をやること。ただし負けのリスクもつきまとう
    ②目安箱で危機の種を発見すること。冷戦期ブルガリアなど

▽フレネミーの問題。体制の一体性をどう維持するか
 ・分裂原因は
  イデオロギー(市場経済か計画経済か)
  野心(グループ間の競合)
  統治姿勢(暴力か、検閲の緩和などある程度の妥協か)
 ・民主主義にもある問題。サッチャー失脚、ヒラリーvsサンダースなど
 ・失脚の恐怖から政府内部へのテロに走ることも。eg.『1984年』
 ・対策:政党。権力を得るには政権政党のメンバーシップが必須
  →各人が長期的利益を追求し、権力基盤としての党は安定する
 ・軍政や個人独裁より、一党独裁のほうが長持ちする(Barbara Geddes)
  1946-1998で、軍政は平均9年、個人独裁15年、一党独裁23年
  ただし中共やPRI、ソビエトのように長持ちするのは少数

▽権力継承の問題。民主主義は手続きがあらかじめ決まっているが…
 ・権威主義では権力者の死が体制転換のトリガーになりうる eg.フランコ
 ・体制転換しなくても粛正のトリガーに eg.スターリン、毛沢東
 ・対策①問題の先送り(による独裁者の長期政権化)。eg.カストロ
    ②家族間継承で権力闘争の発生防止。eg.蒋介石、リー・クアンユー
    ③事実上の制度化(例外的)。eg.PRI。一党独裁下の選挙→後継指名

【5】権威主義体制の死

・近代化論。経済発展→民主主義(リプセット1959)
 経済発展が①教育水準の向上②中間層の成長③市民社会(労働組合など)の形成―を引き起こす
 ←→産油国という例外。インドなど貧しい民主主義国もある
・戦争での敗北
・経済危機 eg.1980年代のラテンアメリカ債務危機

▽国際環境の変化
 ・WWII後のシフト~「第三の波」
 ・1962-1965 バチカンIIによるカトリック教会の転換
   →ブラジル、チリ、フィリピンで反権威主義の主役に
    特にポーランド民主化におけるヨハネ・パウロ2世と「連帯」
 ・米国、反共・国益から人権の主流化へ、反アジェンデから反ピノチェトへ
 ・ソ連のブレジネフ・ドクトリン(ハンガリー、チェコスロバキア干渉)廃棄
  →ペレストロイカ
  →アパルトヘイト崩壊の遠因にも

▽リーダーシップの変化
 ・民主化に伴うリーダーの追放、殺害リスク(ダール「寛容のコスト」)低減
  eg.マンデラの融和姿勢
 ・多くのステークホルダーが参加してつくる民主化合意

・権威主義の死は「多面的」で「確率的」
・市民の力、アクティビズム eg.フィリピン

【6】権威主義はなぜ耐久性があるのか

・文化や価値観による説明は弱い。アジア的価値観で中国を説明しようとすると、民主化した韓国や台湾(しかも台湾の大半は中国系)との齟齬が生じる。イスラムと民主主義の食い合わせの悪さも同様で、MENAには当てはまるかもしれないが人口最大のインドネシアに当てはまるかという話。さらに「アラブの春」もある
・そこで以下3要素

▽天然資源の呪いresource curse
・産油国petrostatesは生活水準が高い。カタールなど
・近代化説では民主的になるはず
・だがRoss(2001)は「石油は権威主義を促進する」と提唱
 ・産油国は税負担が軽く高福祉。国民の支持を得やすい
 ・財源が豊かなので軍事・警察にカネを使って反対者を抑圧しやすい
 ・社会構造変化を伴う工業化を経ずに裕福になると教育や市民社会が発達しない
 eg.1932年から絶対王制のサウジ

▽革命を起源としていること
・ロシア、中国、キューバ(共産主義)イラン(イスラム)メキシコ(民族主義)と類型多様
・なぜ革命起源の権威主義は強いのか:Levitsky&Way(2022)の説明
 ・革命の段階で反対勢力(地主、教会、王族)を殲滅している
 ・革命政府の一体性が強い(フレネミーによる分裂リスクが低い)
  ←権力者が革命のヒーローで正統性がある/寝返ろうにも敵との距離が遠い
 ・もともと暴力に基づいた統治機構。秘密警察や軍が強い
  →クーデターが起きにくい/市民の反乱を武力鎮圧するハードルが低い
 eg.毛沢東

▽権威主義国同士の国際協調authoritarian international
・黒騎士:相対的に強い権威主義国によるサポート。中国―北朝鮮、露―ベラルーシ
・相互扶助:中―露
・他山の石:ソ連崩壊から学ぶ中共、カラー革命を教訓とするプーチン

▽ただし、権威主義の維持は大変でもある
・産油国:エネルギーのクリーン化、資源の枯渇
・革命:記憶の風化
・経済の好調さ:失われうる
→これらの不調が権威主義国間の国際協調を揺るがす可能性も

【7】権威主義のレガシー

・アルゼンチン、スペインなど民主化した国に刻まれる権威主義の後遺症

▽憲法
・民主主義の「先天異常」Terry Lynn Karl
 権威主義時代に書かれたものが残っているケース
 追放される政府が交渉で権威主義的要素を残すケース
 権威主義政府の影響力が残っているケース
・Albertus&Menaldo(2018)による1800-2006年の民主化ケース調査
 3分の2が旧体制の憲法を引き継いでいるholdover constitutiouns。韓国など
 こうした憲法は有権者の力を抑制する内容が多い eg.チリ
 →チリはその後、国民投票(1988)で緩和に成功

▽政党
・権威主義体制からの「残党」が再び勢力を伸ばすケース
 eg.ポーランド。「連帯」の勝利→1993年に共産党返り咲き
  同様の先祖返りはガーナ、メキシコ、台湾でも
・権威主義時代の人たちが作った「後継政党」が伸びるケース
 eg.スペイン。フランコ体制のインサイダーが政党を2つ設立
  →ハードライナーの国民党(PP)が選挙で勝ったりしている
 ★こうしたケースは世界的に多数みられる。eg.東欧、アラブの春…

▽選挙操作ではなく、実際に支持を得て勝っている
・Grzymala-Busseによる「過去の遺産usable past」説
 ・民主化への移行に伴う不安
 ・実際に経済成長した実績 eg.中国国民党(KMT)、朴正煕→朴槿恵
 ・ノスタルジー eg.メキシコPRI、ボンボン・マルコス、ボリビア
  ←民主化で社会がよくなってないという感覚(経済、薬物等)

▽レガシーのジレンマ
・民主化は一方通行ではない。後戻りすることがある
 特に旧体制が冷遇されていると感じたとき eg.ピノチェト
・憲法レガシー:ポピュリストが民衆の代表を僭称して書かせるケース
 eg.チャベス
・権威主義を引きずった政党を禁止するのは悪手。協調しないこと

2026年01月26日

さむい

さむい。特にさむくて強風というすごい日に中野坂上の平田屋で若者と飲んだ。
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安いんだけど、当然ながらたくさん飲み食いするとそれなりにいく。
うまいのでいいんだが。

30代になったことに若干の気負いがあるとお見受けした。
いろいろ目標を立てているとのこと。眩しい。
しかしなんか影があるんだよね。悲観というより達観の影。
まあ瞬きしてる間に40代になると思うよ。
近々フォローアップだな。

* * *

そして他日、虎ノ門の「つくね」に連れて行っていただいた。つくね鍋…beauty…
旧知の(というかほぼ弊管理人の社歴を通じて旧知の)姉御とおとうさん。
快調に猥談をしていたら隣のテーブルの見知らぬ一団が引いてたらしい。

「もうすぐ管理職になるだろうけどこれからどうすんの」みたいな話になりました。
どうするんでしょうね。いや正直、人の面倒とか見たくない。現業ももういい。要は何もやりたくない。完全シフト制/定常的な仕事をこなして、あとは家でゴロゴロしていたい。

* * *

帰国から1年もたずに、満タンだった「ごきげんゲージ」が0になった。
特に決定的な何があったわけではなく、日々こまかくしょうもないので残がなくなったというだけ。

* * *

いま研修的に行ってる部署。明らかにテンプレートやマニュアルを作りやすい仕事をしてると思うのだが、それらがほとんど存在しない。「ちょっとすいませんけど」と言って誰かに聞かないと何も分からない。そして違う人が違うことを言う。ここで得た知識を原所属に持ち帰ってくれ、という趣旨で研修しているはずなのに、こんな「誰かの頭の中にしかない知識」のままにしておいていいのだろうか。

弊管理人はマニュアル作成厨で、これまで歩いてきたところには悉く、わりとしっかりめのマニュアルを残してきているような人なのでそう感じるのかもしれないと2%くらいは思う。が、98%は「この部署は設計思想が根本的に間違ってる」と思っている。人間はせっかく言語を持ってるんだから、マニュアル化できるものはマニュアル化しないと集団が進歩しないんだよ。

実は今般「ちょっとすいませんけど」で聞いた仕事の知識はさっそくマニュアルを形成しつつあるのだが、これを次に来る研修の人のために残していくかどうかは微妙。

* * *

年明けからこっち、ジムに行ったらクラウドのカレンダーに書き込むようにしたら、かなり頑張って行くようになった。レコーディング大事。

* * *

◆森田邦久『理系人のための科学哲学』化学同人、2025年

頭のメンテナンスに。最近なぜか読書がはかどっている。

2026年01月17日

札幌定点観測

昨年末に急な仕事で延期になった札幌行き、成人の日の3連休で行ってきました。
土曜は早出シフトを終えてそのまま羽田へ。離席から1時間で搭乗口に行けるな。
嵐がきそうだというのでホテルはそれこそ搭乗機が見えた段階で取りましたが、余裕でした。さすがにこの時期、観光客が少ないのかもしれない。嵐の予報が出たあおりで、普段は厳しいマイルでとった飛行機の変更条件が緩和されて、帰りの便を便利な時間帯に変更できました。

ほぼ定刻で到着。快速で札幌に出てHofeというビストロに滑り込む。
キャロットラペから入ってタチのムニエル。悶絶。
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そんでエゾシカとマッシュポテトのグラタンでもっかい悶絶。
そのまま旧知のお店に飲みに行って終了。

もはやどこか特に見たいところというのもないので、日曜は520円の地下鉄乗り放題切符を買って、麻生のジムでひと運動。
そのあと、菊水の「カリフォルニア」でラーメン。
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時ならぬ暖かさで、道がぐちゃぐちゃでした。
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さらに円山のBuono Buonoでチーズケーキ。これもうまいな。
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昼間は晴れていましたが、夕方からこんこんと雪になりました。
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弊管理人が札幌に勤務していたのは2006~09年。札幌への引っ越しが20年前というのもびびるが、滞在期間がまるごと弊日記にあるのもびびる。この気温のわりに寒くない寒さと、変にイキった若い人たち、横柄なおっさん、下品なおばさんの群れを見ていると、鬱々と過ごしていた札幌時代を思い出します。
おやつに「活一鮮」とかいう回転寿司に行きましたが、ツーリストスポットになっててだめでした。うまくないのに高かった。

夕飯は鉄板焼きの「みつい」で、当時から知ってる若者の就職祝い。といってももう30代も終わり。
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エゾシカがすごいうまかった。ツブのバターソテーも秀逸。ついでに言うと、かなりリーズナブルな値段だったと思う。
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祝日の月曜は昼に、回転寿司じゃない「花まる」。札幌駅北口の、人目に付きにくいビル地下のお店です。
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ホタテの稚貝汁も寿司も普通においしかったです。炉端焼きもあって、隣の人の鯖?がうまそうでした。

そのまま歩いて石田珈琲店へ。機内誌に載るようなところで、確かに洒落たところだが、待ってまではねえという感想。

新札幌で旧知の友人と合流。パティスリー・ブールのシュークリームはテイクアウト専用なので買って車で食う。
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チキン・ペッカーという、札幌在任中にクリスマスに一緒に食べたチキンの店に行って喋ってたら時間がきたので空港いって帰りました。札幌は人が死んだり老いたりと、徐々に変わりながら大部分は一緒だった。また来るかな、どうかな。

帰ったあとは疲れがどばっと出たのか、1週間通じて体調が悪かったです。

* * *

◆ヘンリー・ジー(竹内薫訳)『超圧縮 地球生物全史』ダイヤモンド社、2022年。

紀伊國屋に行ったら強く推されてたんだけど、これは多分図書館で借りればいいやつだなと思って借りた。46億年の地球+生物史と人類絶滅までを超高速で駆け抜ける本だが、一続きのストーリーにまとめる力量がすごかった。ショート動画時代に降臨した、比類ないポピュラーサイエンスの本。通勤電車でがっつんがっつん読めた。

たぶん人類はこのあと数万年、下手したら数千年もたない。これからの知性は人類の絶滅をどう防ぐかではなく、どう絶滅するかを見通すことに使うべきではないのかななどと思いながらフィニッシュ。

* * *

年明けから別の部署に修行に出ています。

ここで学んだことを本務の部署に還元してほしいと言われているので、冗談めかして「絶望通信」と銘打った日報的なメールを本務部署にまき始めたのですが、日々学んだことを素直に書くと本当に絶望的な内容になってしまい、どうしようかなと思っているところです。

ひとりひとりはいい人なのに、構造の悪さと自己効力感の低さから多くの人がアイヒマン化してしまい、結局はなんか無理のかかった仕事を淡々とこなしている状況。
「これあかんでしょ」「まあしかしやらないと死ぬからやるしかないよね」という会話を何度かしましたが、いや病気の人に間違った治療をしてると死期が早まるだろうって思いませんか。もっとも弊管理人の自己効力感は13年くらい前から絶無ですが。

2026年01月03日

帰省

大晦日から2日まで帰省してました。
実家はいつも通り。
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妹、そういえば入籍して名字が変わったことにいま気付いた。うける。
弊管理人の家は変わった名字(字面は普通だが読み方が変わってる)ですが、お相手はそれ以上に珍しい名字で「負けた」と言ってました。そして今までと全然違うところに引っ越していたことも知った。うける。

ブラックフライデーに送ったiPadで、父は動画鑑賞と数独に勤しんでいた。
後期高齢者の一歩手前。まだ用務員さんとして働いているうようで、全体的に大丈夫そうではある。鍋を火にかけっぱなしにしていたのが若干不安。何かで大損したようですが、多くを語らなかったので、これは触れないほうがよい雰囲気。

ルーターを買い換えたらデスクトップPCのネット不調が起きたといっていて、弊管理人がChatGPTに聞きながら散々試したあげく、USBポートに挿しているWifiアダプタの相性が悪いだけ、ということが判明した。AIはPC、ルーターともソフトウェア的にいろんな解決法を提示したものの「ひょっとしてUSBポートに古いアダプタ挿してませんか?」とは聞いてくれず、父が「デスクトップPCにはwifiがついてなかった」と言ったので弊管理人が「内蔵じゃないのかよ!」とピンときて解決に至った。

この元日も良い天気。
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本家へ。祖母が昨年8月に亡くなって伯母独りになりましたが、おせちは頑張っていました。もうおせちはいいかなと思っていたが、祖母が夢枕に立って「やらないとボケるよ」と警告したとかなんとか。
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葬式の最後に伯母は魂が抜けたようになっていて大丈夫かと思ったのですが、そのときのことは覚えていないそうです。やっぱねえ。

親戚筋は2人物故。一方、いとこの子は今月子どもが生まれるそうで、伯母もとうとう曾祖母になるとのこと。いとこの家は順調のよう。

山の中の父方は知らないうちに墓じまいが敢行され、1970年代に土葬になった曾祖父より後はどっかにまとめて弔われたもよう。父実家は住む人がいなくなって、もはや朽ちるのみとのことです。

ということで、確実にいろんなものが古くなりつつ、まだもうちょっともつかなという総括。
もたなくなった際にどう介入をするのかはまだ考えていない。
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2日の午後に高速バスで帰途に就きました。雪のせいもあってか?中央道がものすごい渋滞で2時間余計にかかった。交通集中の時は諏訪まで出て特急を捕まえたほうがいいな。
しかし、その時間を使って下記の本を読み終わりました。

◆エリカ・トンプソン(塩原通緒訳)『数理モデルはなぜ現実世界を語れないのか』白揚社、2025年。

タイトル買いしたが、なぜ響かなかったのだろう。特段の驚きがないわりに長かったのかもしれないし、あまり親切に書かれていなかったような気もする。訳は抵抗なく読めた。疫病時代によく見たナントカおじさんの顔が浮かんだ。

2025年12月31日

2025まとめ

1月 帰国準備で忙しかった。フィラデルフィアでユジャワン見られてよかった
2月 帰国。ご飯うまかったらしい。部屋がむっちゃ寒かった思い出
3月 帰省、部屋づくり、DCの生活を閉じる手続き、いろんな人と会ってた
4月 花見、札幌とウポポイ旅行、若者と飲み。結構なペースで人と会ってた
5月 連休は知多半島。船便到着。アメリカとの縁がやっと切れた感じ
6月 酒蔵見学。鼻が突然きかなくなって焦った
7月 万博、ひたすら暑かった。新しいPCお迎え。逗子の海久しぶり!
8月 また逗子。祖母104歳で大往生
9月 夏休み取り直しで松山。あと対馬・福岡・佐賀
10月 弊日記20周年。くらいかな
11月 水俣ガツガツ巡検。妹電撃入籍。右目不調。胃カメラ。名古屋。盛りだくさん
12月 シュラスコうまかった。仕事が込んだまま年末になだれ込んで納まった

・もはやアメリカなんか行ってたっけ?というくらい遠い感じ
・びゅんびゅん時間が過ぎた
・今年は鼻と目の不調があって、感覚器ってほんと大事だなと思った
・体調は総じてよかった気がするが、どうか。ジムめっちゃ行った。近いって大事
・仕事はよく働いた印象だけがあり、記憶に残る仕事はない。わがままを通せる歳や立場になったせいか、ストレスもそこまでではなかった。やれることしかやらなかったということではあるかもしれないが、もう別にこの仕事に社会的意義なんてない気がしてモチベーションは無
・人と会ってよかったなと思うことが本当に多かった。帰国して久しぶり!といってアポイントを入れていく口実が来年はもうなくなるので、付き合いを引き続き活発に保つ方策は考えていきたい。旅行も人に会うためという動機が大きくなり、誰とも会わない観光への食指がほとんど動かなかった
・不思議なほどピアノに触らなかった。クラシック聴くことにも興味がない1年だった

今年は100点満点で120点。今までで一番いい年だったんじゃないかと思う。
来年もいい年でありますように。

2025年12月30日

政治学

◆アリストテレス(三浦洋訳)『政治学(上・下)』光文社、2023年

本文だけで上下合わせて900ページ、そこに親切な解説がついて読み通すのに結構時間がかかりましたが、せっかくなので上巻4時間半、下巻3時間半くらいかけてページをめくり直し、メモを作りました。弊管理人の目にとまったところだけ抜き出し、しかも異常なスピードで駆け抜けたため、正確性・妥当性には全く自信がありません。遙か下のほうに、後から「あれどこに書いてあったっけな」というのが分かる原メモみたいなものを付けて、とりあえず現時点でのざっくり理解と、思ったことを書き付けておきます。

著者はとにかく何でも分析ニキで、自然・人間・社会への関心の広さと観察眼は卓越しています。そして今の西側思想世界は、ニキが考えたことの深化や、それへの批判でできてるんだなと改めて思いました。

【第1巻】
国家は人が生きるために発生し、「善く生きる」ために存在している。家(男女、奴隷関係)→家が集まって村→村が集まって国家が発生する、という「自然過程」が説明される。とにかく社会関係も自然なものだと考えられ「自然は人間のためにある」とか「身体を使うことが最善であるような人は自然本性的に奴隷」「妻子は夫に支配されるべきもの」など現在の感覚からするとおいおいと思うことも多く、また極めて現状肯定的・運命論的だ。ニキの体系をどこまでつまみ食いしていいものかと悩むところではある。

一方で、分析対象を構成要素にまで分解して成り立ちを考える手つきは、デカルト以降の科学にも通じるところかなと思った。交換から貨幣が生まれ、そして自然でない利殖術・財テクの発生まで行ってしまうところからはマルクスと、ついでにカイヨワを思い起こしてしまった。

エピソードとしては「自然哲学者も本気になれば科学を使って金儲けができるが、そんなもん真剣にやるようなことではないのでやってないだけだ」ということを示すタレスの事例が面白かった。まあ国には金儲けの才覚を持った人も必要なんだけどな。

【第2巻】
先行研究のレビュー。主にはソクラテス、プラトン批判が続く。国家における「妻子の共有」や国家が一つになること、私有財産の否定といったものに対する反論。ここは個人的にあまり引っかからなかったが、多様性を認めたり(ただし女性を自由にするような国制を「有害」と言っており、現在の意味の「多様性」ではない。単にいろんな人がいる、くらいの意味)、善く生きるには先立つものが必要だ、という現実主義なところは面白いなと思った。カネがなければ「気前のよさ」という自由人の徳を発揮することができないんだよね。

そのあとには、別の人たちの国制論や、クレタ、ラケダイモン(=スパルタ)、カルタゴ、ソロンの国政運営の検討が続く。このあたりはさらっと。

【第3巻】
ここから有名な国制の分類に入る。

準備運動として、まず国を構成する「市民とは何か」を規定する。それは国の運営に関わる人たち、ということである(しかしそこには手を使って働く職人も子どもも含まれない)。国は生きるための相互扶助の場であるとともに、人のために善く生きること、「公共善」の追求の場であるとされる。サンデルがよく使う「公共善」がここで出てきた。

そして、最高権限を占めているのが1人か、少数か、多数か。また支配者のための悪い統治か、みんなのための正しい統治か、で6種類の国制が紹介される。

<正しい国制>
・支配者が1人:王制(世襲制/選出制)。支配の劣化が起きやすいのが難点
・支配者が少数者:貴族制(最善の人々アリストイ/最善の目的アリストンに由来)。これが最善の国制
・支配者が多数者:共和制(ポリーテイアー。戦士が最高権限を持つ。戦争の徳であれば多数者が極められるから)

<逸脱した国制>市民に共通の利益を目指していない国制
・支配者が1人:独裁制(単独者のための国制)
・支配者が少数者:寡頭制(富裕者のための国制)
・支配者が多数者:民主制(貧困者のための国制)。少数者のものを取り上げ、多数者に分配しようとする。多数者主権+個人の自由を特徴とする

なぜ支配者のための統治が悪のか。それは、市民と市民の間の関係が「主人と奴隷」のようになってしまい「自由な市民の共同体」という本来のあり方から逸脱するからだ。この、奴隷も女性も子どももいない「戦う男」だけの上澄みワールドだけ見ればの話しではあるが、今の「民主主義」の理念に近くなる。

あっと思ったのは、「悪い国制」の中で、少数者が支配する「寡頭制」と多数者が支配する「民主制」の違いに関する指摘だ。両者の違いは本質的には支配者の多寡ではなく「金持ちによる支配か、貧乏人による支配か」だという。バーニー・サンダースが「Oligarchyと闘う」と言っていたのは「金持ち支配じゃあかんやろ」という、古典を正しく踏まえたキャッチフレーズだったんだなあと。

そして、「対等な人を対等に扱う」という、単純な平等論とも格差肯定とも違う正義のあり方は、ロールズやノージックで再燃した「分配的正義」の源流だった。

あと、「傑出した個人」をどう扱うかがちょっとした難問として取り上げられているのも面白かった。自由で対等な市民同士の支配関係にとって、突出した人の存在はそぐわないので、陶片追放などで放逐されてしまうのが常だ。しかし、そういう人は最高指導者(王)になってしまうという手もあるのではないか。

【第4巻】
ここでは、とりあえず理想の国制は置いておいて、「現実的な最善の国制」という実用的な課題を考える。現実に多い国制は民主制と寡頭制なので、そのあたりが中心になる。やっていることの大半はおのおのの国制の細かな分析で、そこはまああまり深入りしない。

それぞれの国制をどう捉えるかは、解説(上巻p.596)のまとめが分かりやすい。
・貧困者が自由を尊重するのが「民主制」
・富裕者が富を尊重するのが「寡頭制」
・上記二つを混合したのが「共和制」(ラケダイモン人の国制が例。貧困者、富裕者の子どもがそれぞれ教育を受けられる点で民主制的、公職者がくじ引きではなく選出制な点で寡頭制的)
・そこに徳の尊重が加わると「貴族制」(いろんな人が「この国は自分にとって恩恵がある」と思えることで善い国制になる)

最善の国制はと言われれば貴族制である。が、現実はいろんな国にいろんな事情があるので、各国が置かれた状況の中で一番安定するものを選べばいいよ、というのも現実主義の考え方。

「中間層が厚いことが民主制の安定の要だ」という指摘には「へえ」と思った。中庸を好む立場からは当然といえば当然だが、中間層は陰謀の対象にも嫉妬の対象にもなりにくいという指摘は鋭い。また中間層は、寡頭制に傾きそうになったら貧困層に加勢して揺り戻し、極端な民主制=貧困者支配に向かいそうになったら富裕層に加勢して引き戻す「バランサー」となり、最悪の国制である独裁制の出現を防止するという役割を見いだしているのは面白い。

14章では、ものごとを決めるときに市民全員で決める(民主制的な決め方)か、あるいは一部の人に判断を委ねるか(寡頭制的な決め方)、この二つのブレンドによって生まれてくるいろんな「決め方のバリエーション」が扱われていた。今の民主主義と自由主義―多数者の決定と、専門知による決定―のバランス問題の胚胎だろうか。

【第5巻】
「現実的な最善国家」の話の続きで、「国家はどういうときに揺らぐのか、安定させるにはどうしたらいいか」というトピックが展開される。

ざくっと言うと、社会が不安定化する根本要因は、「対等な人を対等に扱う」という分配の鉄則を守らない、つまり利益や名誉を適切に分配しない時だ。
国制を安定させる方策は簡単で、上に述べた不安定化要因と逆のことをすればよい。

民主制の場合に必要なのは、「金持ちから取って貧乏人に配れ」という民衆指導者が出現し、貧困層と富裕層の対立が深まって国を不安定化するのを避けること。ある一人の突出した存在をつくらないこと。「富裕者から取って貧困者に配る」という対立的な方法ではなく、報酬つき公職を適切に分配することを通じて財産を平準化させること。汚職をしないこと。
なお、民主制をなぜ「悪い国制」のほうに分類するかについて、「民主制は多数者支配+個人の自由。だが自由奔放であることは欲望への隷属となるので低劣な生き方である」と説明しているのが面白かった。そうね、自由は節制という徳と衝突するね。

いろんな国制について上記のような分析と提言をしているが、独裁制についても「なぜ独裁制が揺らぐのか」「揺らがないためにどうすればいいか」という「独裁者に役立つ悪のマニュアル」を提示してしまっているのも興味深かった。
独裁制を安定化させる方策として(1)独裁を強める方向と(2)正しい国制である王制に近づける方向、の二つが提示されている。
(1:独裁を強める方向)では市民が集まる機会を減らし、監視状態に置き、密告を奨励する。階層を分断する。被支配者を貧困状態に置くことが具体策だ。つまり「被支配者が小さなことばかり意識するように仕向ける」「被支配者が互いに信頼しないようにする」「被支配者の行動力を殺ぐ」ということ。こわい。
(2:王制に近づける方向)は、公金について潔白でいること、畏敬の念を抱かせるよう威厳を持つこと、享楽を慎むこと、優れた人に名誉を与えることが具体策になる。

【第6巻】
民主制と寡頭制の特徴と、国を息長く存続させるための政策を深掘りする。

民主制の要は「自由」であり、自由は(1)分配が個々人の価値ではなく人の数に基づく(2)個人が望むように生きること、という二つの側面を持つ。

一般的には貧乏人が多数なので(1)の帰結として民主制は貧乏人による支配となり、卑しさ、貧困、低俗が特徴となる。これは寡頭制の逆となる。
また(2)からは「できるだけ他人に支配されたくない」ことに基づいた制度が帰結する。公職(≒行政)は全員参加のくじ引きで任期は短期間、再任は限定される形になる。裁判(司法)では全員が裁判員になる。民会(≒立法)が最高の権限を持ち、多数者の意見が正義とみなされる。まあ力づくで決めるよりはマシである(暴力で勝てる人は真理を顧みないから)。

上記のような分析を読んでううむと思いながら次の第7巻に進んでみたら「人々の同質性が高い社会では交代制で支配することが適切になる」という記述があった(下巻p.237)。国民に極端な所得格差がなく、身分や男女の差別が制度的に廃止され、一定水準の教育が行き渡ったような社会であれば、民主制は「正しい国制」となるのかもしれないな。

寡頭制は、公職に就く人の財産要件をうまく調整することでいい制度になる。重要な公職(上位職)には高いハードル、必要不可欠な公職(現場職)に低いハードルを課し、かつ公職参入者が非参入者よりちょっと多くなるくらいにすると安定するということだろう。なお門閥制は独裁に近い最悪の寡頭制とされている。

【第7巻】
ここからは、理想的な最善の国制に関する考察。

まず個人の「最善の生」あるいは「至福」って何だ、というところから話が始まる。「魂の善(徳)」である勇気、節制、正義、思慮が必要で、これによって「外的な善」である富、財貨、権力、名誉が獲得される。他に「身体の善」つまり健康も必要となる。

個人の善は国家の善につながるが、では個人としては政治に関与すべきか、それとも支配したりされたりする世界とは距離を取って哲学するべきか、という問いが次に出てくる。
著者の考えでは、「幸福」すなわち「善い実践」なので、政治をやるのが必ずしも低級なことだとは言えない。ただし観想とか思考はもっと直接的に幸福の実践となるので、哲学して生きることも大切だといえる。ちょっと分かりにくいが、解説(下巻p.422)によると、二つの生き方は相互排他的ではないということらしい。

次に、理想的な国はどんな構成か、に関する話が始まっていく。
キーワードは「自足」で、人口規模は国家がさまざまな機能を具えて自足できるために大きいほうがいいが、秩序が保てる程度が上限になる。言い換えると、だいたい国民がどんな人で構成されているかが把握できる程度。国土も同様に、国全体が想像できる程度の大きさがいい。

国の構成要素は食料/道具製作の技術/武器/財貨/祭祀/国家運営機構で、これらを市民で分担する。若い人は体力があるから戦士となり、老人は思慮があるから審議員や祭司をやるなど、年齢で役割を振られることになる。結局は全市民がライフステージに応じていろんな役割を担いながら国家運営に参画していく。全員参加なので、一人一人が優れていることが望ましい。国と個人がともに目指すところは「平和」と「閑暇」である。「知への愛、節制、正義」をもって、得られた平和と閑暇をうまく消費するのだ。

市民の条件は、まず自然本性として「知性と情」があることが必要(で、ギリシャ人はそれを具えていると自画自賛)。他に「習慣」と「理性」が必要とされ、これらは教育を通じて涵養される。【第8章】にかけて子作りの適齢期(女性18歳、男性37歳ごろだそう)、体力作り、子どもができたら何を食べさせるか、教育は何を教えるか、など、とにかくいろんなことを考えていく。スポーツと音楽は特に検討されるが、いずれも市民として必要ではあるが、やり過ぎてアスリートとかミュージシャンになることは推奨されない。いいところでやめて国家運営の教育に入ろうなということだろう。

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2025年12月26日

盛り上がる暮れる

月曜、ほんとは休んで札幌に遊びにいってるはずだったんですが、その前の金曜夕方に仕事が飛び込んでくるという意外な展開により1月に順延。そんで某ローンチが首尾良くいったな、これでホリデーまでだらっと流して……と考えていたら25分後に大炎上した。いや弊管理人ではなく、仕事先のほうが。
関係者の皆さん年の瀬に心中いかばかりかと拝察するが、こちらは淡々と処理。

それを引きずったまま翌23日は結構仕事の多い日となってしまい、しかし何日も前から入れてあった夕方のアフェアーズに向けて全力で処理しきった。そして約束の数分前に予定の場所に到着し、すごい楽しく過ごした。

24日は朝7時出勤の早出で、2時間睡眠くらいで行ったが結局体は大してつらくなく、普通に勤務してスーパーの値引きの寿司買って帰って食ってジム行って寝た。なんとかイブですけど。8時間くらい寝て全回復。

25日も仕事の多い日ではありつつ、やはり淡々とこなして、夕方にできた間隙を縫って帰宅。仕事を再開して麻婆豆腐つくって食って21時終了。これってもしや仕事、納まった?と思い、近所の居酒屋へ。
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おでん食いたかったんですよ。卵をかじったところでおばんざいが出てきたので撮影した。
1時間弱で辞去して長湯して寝ました。

26日の金曜は世間的には仕事納め。今年は日の並びがよくて年末年始休業が長く、ほんと助かる。在宅にしてジム行ってあとは適当に仕事ウォッチして店じまいです。
視界は開けてないが、わりと好きな窓の外。強風のおかげか寒いのに洗濯物がすぐ乾きました。日没が早いのも、年が終わっていく雰囲気も大好き。
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今週は特に今の自分の典型で、慌ただしい仕事が降ってきてもウェイウェイこなしていた。いつもストレスいっぱいだった2010年代とは随分違うなと思うことが多い。環境要因は大きく次の3点:
(1)多くの仕事が、現業若手ちゃんとは別に自分でもオンラインでウォッチできるようになった。つまり、アウトプットの不確実性を自分の力で押さえ込める余地が増えた。なんなら最後は自分でもできると思っておける
(2)年齢が上がって、ある程度自分の思うように仕事が進められるようになった。つまり自己効力感が上がった
(3)会社的にも業界的にもコンプラのハードルが上がると同時に、疲弊してもいる。つまり、弊管理人をいじめる側が振るえる力がなくなってきている

自分側の要因としては、体力の低下を感じてないというのが大きい。骨格その他の素質から体を大きくするのには向いてないが、志低く20代から運動をほそぼそ続けているせいかもしれない。

そんな状況を「しかし油断はならないぞよ」とメタに戒める自分もいる。ここだけは老成を感じるところ。安心は最後の最後までお預けだな。

* * *

土曜の早出勤務で今年はおしまい、のはず。
あとは忘年会とか人と会う機会がいくつか。一人旅に出るより地元で人と会うこと、出かけるとしても出先で誰かと会うことを優先するようになってきた。

2025年12月20日

おいしい熱傷兵器

手のかかる仕事をいろいろやった今週、22日の月曜は休みを取って3連休にして札幌に遊びに行こうとマイルで飛行機をとったところ、金曜夕方になって仕事が飛び込んできていらつく。

帰宅しようと赤坂見附で丸ノ内線を待っていたら方南町行きがきてむかつく。
それじゃあ乗換駅で降りてメシ食おうということで、
中野坂上「華吉」のしいたけそば、1000円。
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ファンの多いメニューで、見かけると混んでることも多いのですが、時間が遅いせいか座れた。
見た目どおり激熱で、1口目で口腔内熱傷。しかしうまかった。すなわち、おいしい熱傷兵器。
すべてが贖われた思いで帰りました。深夜にジム行って、帰ってきて風呂場でバリカンして就寝。

なお土曜に至っても口の中がやけどで痛いです。

* * *

今週は他にシュラスコde打ち上げ会(ごち)に寄せていただきました。弊管理人は当該仕事に関してはお手伝いしかしてないので若干気が引けたが、ありがたく参加。銀座のGOCCHI BATTAというところ。そういやシュラスコって初めてだったかもしれない。基本が単独行動なので、複数人でないと行かないジャンルとは疎遠なんだな。予想外においしかったです。

「わたしの忘年会シーズン」始まった感。翌日まだ胃にいる感じがした。腹も身のうち、で持続可能な飲み食いを心がけたいです。

そういえば、絶対ろくな事ないだろうと思っていた健康診断の結果がきました。中性脂肪が正常値に戻り、他の懸念は「やや高値だが心配するほどではない」と、予想していたほどひどくはありませんでした。

運動してるし食事もほぼ自炊だし、どうしたものかとは思うが野菜多めにします。あと、我が身を振り返って気付いたが弊管理人、揚げ物好きすぎだわ。30くらいの頃、友達から「揚げ物への情熱が強い」と指摘されたことを思い出した。今期は揚げ物控えめにします。

* * *

ディテールに考えの及んでいないアウトプット、この辺で投げとけば後は何とかしてくれるだろうみたいなアウトプットを投げてこられるといらつくが、最近はそれも一瞬のことである。今そういうものを投げている側も、何年かすると投げ込まれる側になると思うと腹も収まろうもの。

それにしても今回の日記はフラストレーション関連語が多い。頻度は多いが深みと持続時間がそうでもないせいか、実感としてはストレスフルではないんですけどね。

2025年12月13日

風呂、うどん

土曜。しっかり寒いので、軽く昼飯食ったあと、ロケハン兼ねて高円寺の小杉湯へ。
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欧米からのお客はカタギでも普通に刺青が入っており連れていく先が限られるんですが、ここは電話で確認したらOK。まあ銭湯はだいたいOKだよね。スーパー銭湯はほぼ全滅。箱根の天山温泉か山梨のほったらかし温泉に連れていくしかない。

土曜14時、そこそこ混んでました。まあ季節的にもな。 ガイジンさんもいたことはいた。
施設としては広くないが、リノベされててきれい。

そんでガード下の「いぶきうどん」。香川出身者が「うまい」と言っていたところ。
ちくわ天ぶっかけ。たまご天つき。
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うめえ。680円。うちの近くに2000円級の肉うどんを出す意味不明なうどん屋があるが、こちらの圧勝です。

* * *

中野のジンギスカン「ゆきだるま」でワシントン同窓会忘年会をやりました。
2028年の大統領選は絶対面白いから、このメンバーが1格上がってまた現地でやりたいねっていう話をしてました。弊管理人もアメリカは最初苦労したが「もっかい行って」と言われたら行くかもしれない、終わってみればそんな総括です。他部からの借り物的な身分で行って「3年いたい」というのに慣例により2年で帰ってきてしまった人は、出身部に移籍希望を叩きつけてまた海外に出ることを狙っているようです。それぞれの年の瀬。

* * *

弊管理人が13年前に嫌な思いをした北欧案件で出張中の中堅若手ちゃんも今回、また別様に嫌な思いをしたらしく、未明に現地から電話がかかってきて滔々とそのあたりを聞かされたのだが、まあ先達としてはあれだ、嫌な思いをすることで人は中年になるのだよと、そう思うわけです。驕慢に走りがちな30代的エネルギーは、いったんどっかに頭ぶつけて鬱滞すると渋みが出る。わかるかなあ、わっかんねえだろうなあ。空にはきらきら金の星。
あとエスタブってるヨーロッパ人にはクソみたいなのが結構いるからね。気にしない気にしない。

そんな夜勤をやってたら、一時期同じ職場にいて今かなり(部長のもっと上)えらくなった人がふらっと訪ねてきて愚痴って帰っていきました。出身部がいろいろ問題を抱えていて、その処理ばかりやらされてるんだって。「そういうの部長が処理するんじゃないんですか」って言ったら、問題の一つを起こしてるのが部長なんだそうだ。

ここの部は最近社内で勢力を増していて、えらくなりたい/えらそうな人が多いのに不祥事で蟄居気味な別のメインストリーム部に不満が鬱積している折、バランスが微妙になっているらしい。すごいよね、中小企業に毛が生えたくらいの組織で何をやってんのかと。そして弊管理人の部は非主流なので、そういうのを「さもしいね(プ」って言いながら見ていられるのがいいです。こちらもそれぞれの年の瀬。

2025年12月09日

しわす25

気がついたら師走であった。

先週、ずっと持ってた仕事がようやく送り出されていったなと思った記憶くらいはあるが、ほかは何かどたばたしているうちに上旬も終わろうとしています。

カレーの「サンラサー」に蹴られたので、そのまま出勤する途中に新宿御苑の「シェフス」。
夜は結構なお値段する中華らしい。でも昼はリーズナブルです。海南丼。
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すごい端正だった。おいしかった、はず。はずというのは、なぜか鼻の調子が悪くて100%の味が分からなかったからです。また行くべしだな。

* * *

日曜は12時から26時まで働きました。
月曜は休みにして、いろんな用事を片付けました。荷物が届いたり、買い出しをしたり。

* * *

冬至が近くなってきて昼間が暗い。大変よろしい。冬が好きなのは、眩しくないからです。
眩しいといえば、右目のフォローアップで眼科に行ったら「すっかり角膜は修復されている」とのことでした。よかった。あと、瞳に脂がついているのの対策として「あずきのチカラ」という目を温めるマスクみたいのを勧められたので買いました。
小豆が入ったアイマスクをレンジで温めて目に置くというもの。確かに気持ちいい気がする。プラセボかもだが。

あと、朝が暗いおかげで睡眠時間が延びてます。これはいつも通り。
スポーツクラブでトレッドミルに乗ると、その日の体調が分かります。寝不足の日は体調がよくないのは当然ながら、すごい寝た日が必ずいいかというとそうでもないことがある。なんでだろう。

* * *

室温が20度を切って15度くらいになる日が増えてきました。
ここ3年あまり、いつも22度で一定の部屋に住んでいたせいか、15度って結構寒い。2月に引っ越してきたときに震えたのを思い出したが、やっぱこの部屋は今まで住んだ日本の部屋よりちょっと寒い気がする。
とはいえ、足下のオイルヒーターで結構しのげています。エアコンはこの冬、まだ1回しか使ってない。

管理人

40代、未婚、子なし、男、文系学士、30万都市出身。新卒で入った会社でずっと働いています。中学の教育方針のせいで日記を書く癖が抜けなくなりました。

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