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2013年10月 アーカイブ

2013年10月27日

一週間つれづれ

金、土と大阪出張してました。
天満にある「梨花食堂」というカレー屋を教えてもらって、仕事が終わったら行こうと思っていました。
しかし、頭痛と腹痛が辛かったため、さっさと帰京。
ちなみに体調は新幹線に乗ったとたんにけろっと戻りました。
ということで、ご当地らしいものといえばこれくらい。
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そのあと職場で荷物を下ろしてから帰宅し、酒場へ。
用事含みだったのでさっと済ませ、お酒はちょっとにして帰って寝よう、と思ったらうっかり痛飲してしまいました。早い時間に崩壊したので終電前の電車に滑り込み、しかし乗り換えで席を確保する自信がなかったので途中駅からタクシーで1時ごろ帰宅、歯も磨かずにベッドで死亡。
朝方いったん目を覚まして歯を磨いたのを挟んで11時間寝て起きると、アルコール代謝がほぼ完了していたもよう。室内を点検しましたが、財布もちゃんとあるし、飲む前に買って裸で持ってた本もなくさずに持ち帰っていました。玄関の床の上に靴が載っていた以外に異常はありませんでした。
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タクシー使うほど酔ったのは昨年5月5日以来か。
きょう1日がかりで酩酊してる間の記憶を少しずつ掘り出していく作業をしました。普段、自分が何を抑えつけて生きているかが分かってしまって嫌なものです。が、過去いくつかの失敗を経て、その噴出の仕方は制御できるようになりつつあるらしいことも確認。
酒による死と再生は痛みを伴う経験であって、そんなにしたいものでもないけれど、再生の日の夕暮れごろには不思議な浄化/やりきった感があるのも事実……

* * *

霞ヶ関で16時に昼食、というパターンが最近ちょくちょくある。
解決は霞ヶ関コモンゲートにある「のぶや」がそこそこ。
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歯ごたえのある田舎そばにのり、ごま、天かす、卵は新橋の「港屋」ほぼそのまんまですが、ひとけのない店内と座って食べられるのがよい。

■ゲーテ(池内紀訳)『ファウスト 第一部』集英社、2004年。

「読みたい」よりも「読んどいたほうがいいだろう」で手を付けた作品です。
お話はメンドクサイおやじとメンドクサイおねーちゃんの絡み。
でも最後についてた訳者解説が、短いけれどとても面白かった。
いろいろ思うところがありました。第二部を読んでからまとめて。

2013年10月20日

最強の=便利な

■西内啓『統計学が最強の学問である』ダイヤモンド社、2013年。

年初に出てこれまでにすっごい売れたらしい本。会社で蔵書の放出があって、そこに出ていたのでかっさらってきて読んでみました。
統計とのおつきあいの仕方に関しては、ざくっと難しいほうから
 (1)ツールを作る
 (2)誰かが作ったツールを使って新しい発見をする
 (3)誰かの発見を何かに使う
 (4)誰かの発見の意味が分かる
という4つ(+統計について考え込んでしまう、という番外)があると想像していて、普通に暮らす分には(4)の「読める(あわよくば騙されない)」ができれば御の字なんではないかと思います。また、できたからといって(4)→(3)→(2)→(1)とステップを上がっていく必要があるわけではなく、(3)を究めることで良い政策を立案するとか(4)に習熟して信頼されるコミュニケーターになる、というのも立派な生き方のはず。
で、この本は「(4)でいいけど(3)にもちょっと興味あり」くらいの人の入り口になるのではないでしょうかね。
煽ってるタイトルのおかげで、乗っかる人、ちょっかい出すが協力して、多くの人のコンプレックスを刺激する幾度か目のムーブメントになったようでよかったよかった。

* * *

ニコニコ動画に上がってる岡田斗司夫さんの風立ちぬ読解がとても面白かった。

2013年10月13日

御岳山

「御嶽山」でググっても長野の山ばかり出てくるの、なぜだろう、と思っていたら「御岳山(みたけさん)」だった。
3連休すべて弩ピーカンのようなので、出掛けないで家にいると気分が沈むと思いまして、東京の涯まで行くことにしました。

といっても、9時くらいに起きてご飯を食べてから出立を決めたので、家を出たのは10時半。中央線を立川駅で乗り換え、さらに青梅線に入って青梅駅で4両編成の短い電車に乗り換えて、御岳駅へ。
初めて来たよ、こんなとこ。
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バスに乗り換え、さらにケーブルカーに乗ります。
バス終点のあたり、マイカーは駐車場がどこも満車で大渋滞。車で来ちゃだめのようです。
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路線は結構急でした。登ったところに展望ポイントがあります。
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拡大しておもくそレタッチするとこう。スカイツリーや都心部の高層ビルも見えました。
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100円のリフトでもうちょっと上まで行けます。
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参道の商店街~武蔵御嶽神社を過ぎると、あとは明るい山道。
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こんなとこを歩いていきます。
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セキヤノアキチョウジ。
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鎖を手繰りながら登る「天狗岩」。上に天狗さんの像あり。
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滝。天狗岩から「5分」と案内がありますが、高低差がかなりあってハードです。
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結構疲れてケーブルカー駅の近くまで戻ってきて15時。遅い昼飯でも、と思ったら、まともなご飯が食べられそうなところでは「昼食は終了」という。ぷりぷり。

帰りは青梅線が人身事故で止まっちゃって、2時間ほどの行程がさらに1時間延びるという事態に。でも持って行った本(↓これ)が読み終わったから、いいか。

ケーブルカーに犬が乗れるせいか、犬連れが多かったです。
マイナスイオンとかパワースポットとかのオカルトな煽り文句も多め。

■ジル・ドゥルーズ、アンドレ・クレソン(合田正人訳)『ヒューム』筑摩書房、2000年。

先日、『人間本性論』『人間知性研究』は原書だとkindleストアで0円というのに衝撃を受けました。
でもまあ、そうだよなと。ヒュームの身も蓋もない哲学は、とにかくいろんなものの「始まり」です。訳だって全部文庫に入っていてもよさそうなもの。ところが今あるものはクソ高い本ばかりで大変残念です。
ドゥルーズと聞いて身構えたものの、案外とっつきやすくて助かった。『人間本性論』の抄訳、「奇蹟論」、本書ときて、次は『人間知性研究』だな……

2013年10月06日

えび、ひも

千駄ヶ谷、五ノ神製作所。
霧雨の昨晩。20時すぎに訪れると、10人弱の行列ができていました。
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待ったのは20分くらいか。海老つけ麺+味玉を注文。
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よく名古屋に行った同僚がお土産に買ってくるえびせん、あれを粉々にして魚介の濃厚なスープに入れたような風味です。麺が太いので4-5本ずつつけて食べる戦略が奏功した。
うまいですけどね、濃ゆい。最後の一口を食べ終わると同時に「おえっぷ」。

* * *

■大栗博司『大栗先生の超弦理論入門』講談社、2013年。

物質を構成する最小単位は「粒」のようなものではなく、びよんびよんと振動する「弦(ひも)」だという超弦理論を解説したブルーバックス。
前に川合本を読んでから4年くらい経ち、この間何かとこの分野の切れ端を見聞きしたこともあって少し分かるようになったけど、まだ9次元の話はきつい。でも、準備運動となる最初の3章くらいで「場」とか「くりこみ」のイメージが掴めたという収穫はありました。ということは、もう1冊何か別の本を読めば「弦」の像ももう少しはっきり結ばれるのかもしれない。

2013年10月04日

民族とネイション

■塩川伸明『民族とネイション』岩波書店、2008年。

学生のときの語学の授業で教材になったQu'est-ce qu'une nation?を読んでから、そういや一体何ですかねと思いながら放ってきた(つまり上記教材ではよく分からなかった)ネイションとその周辺について。I章を使って概念の整理を↓

・エスニシティ=血縁、言語、宗教、文化など(のうちのどれか)を共有していると信じている、それなりの人数を含んだ集団。本当に共有しているか、科学的に見てもそうかといったことは問わない。
とりあえず、民族性という性質としての意味と、「エスニックグループ」「エトノス」「エトニ」といった集団としての意味をまとめてこの言葉で表す。(中身や線引きは流動しうる。「民族」でも同じ)

・民族=エスニシティを基盤として、一国に匹敵するような政治単位になることを志向するようになった集団。「○○人」「○○族」。言語の共有が重要な指標とされることがある。

・国民=ある国家の正統な構成員の総体。内部がエスニックに同質とは限らない。

・ネイション=民族と国民、両方の意味合いがある。この言葉の中にエスニックなニュアンスがどれくらい含まれているかは時代や国によって結構変わる。国籍が出生地主義の英語や仏語だと「国民」に近い。独語や露語はエスニックな色づけが濃い。

・ナショナリズム=国家と民族を一致させようという考え方や運動(ゲルナーが典型)。
こう考えると、民族の分布と国家の領域の関係が4類型に分けられる。
(1)民族の分布>国家の領域。朝鮮半島、中国と台湾、アラブなど。
(2)民族の分布<国家の領域。例多数。この場合のナショナリズムは分離独立、自治獲得、連邦化を要求。
(3)民族の分布≒国家の領域。ナショナリズムは定義上起こらないはずだが、それでも「われわれには民族的自覚が足りない」と鼓舞する動きが起きてくる可能性。また国内少数民族、在外同胞問題も孕みうる。
(4)民族が散在。ディアスポラ。華僑、印僑、ユダヤ人など。本国や本拠地があるパターンとないパターン。

・パトリオティズム=次の二つの場合が考えられる。
(1)範囲の大小。
1-1:広く国家への忠誠がナショナリズム、より狭い郷土への愛着がパトリオティズム。
1-2:逆に、国家に対するのがパトリオティズムで、愛郷心がナショナリズム。例えばソヴェト・パトリオティズムとウクライナ・ナショナリズム。グレート・ブリテンへのパトリオティズムとスコットランド・ナショナリズムなど。

(2)コミットの仕方。
単純素朴な愛着心=パトリオティズム、自覚的なイデオロギー=ナショナリズム。
公共性や自由を基礎にしたもの=パトリオティズム。排他的、偏狭=ナショナリズム。
「よいナショナリズムをパトリオティズムと呼ぶ」というニュアンスが感じられるが、固定的・一方的なラベリングに陥る可能性があるので注意。よいものがいつまでもよいかは怪しいし、中の人が主張するのか、外から分析しているのかで見方が違うことも大いにあるでしょう。

・民族のとらえ方。ただし2極の間にいろいろな立場あり。
(1)歴史:近代主義(近代に出現した)/原初主義(もともとあった)
(2)生成の仕方:構築主義(文脈の中でつくられた)/本質主義(自然に基礎を持つ)
(3)運動の原動力:道具主義(設計された)/表出主義(わき上がった)

と、まずはこれくらいのツールを持っておくと、本書でこのあと展開する地域ごとの分析を読むときの見通しがよくなるし、人が「われわれ」と「かれら」を分ける有様を考えるときの拠り所にもなってくれる。コンパクトで有用、新書の役割を十分に果たす有り難い本と思いました。

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