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2024年05月 アーカイブ

2024年05月12日

フロリダと血

フロリダ、去年の夏の出張で最後だろうなと思っていたら最後ではありませんでした。
いろいろな行事があったものの、日程切り詰めて2泊3日に。
DCを出た日は雨で13度とかだったんですが、ココアビーチに到着したら夕方なのに27度、快晴。
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他社の人と合流して、海の見える食堂で夕飯食って準備して寝ました。

代金と場所と融通と朝飯を考え、やはり去年泊まった宿になってしまった。
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部屋で仕事してたら「ボボボボボボ」っていう音が聞こえ、もしやと思って外に出たらスターリンクの打ち上げでした。既にファルコン9の姿はなく、煙だけ。しかしさすがフロリダ。

今回の車はマツダのCX-90。またでかいな……
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空港のAvisから乗り出そうとしたら燃料が2/8しかなくて、しかし契約では満タン出発のように書かれていたのでクレームして是正させました。ちょっと時間とりました。
あと、Carplay接続でまた少し手間取り、かつ充電ケーブルの口がUSB-Cだったので持ってきたケーブルが合わないやん~と思いましたが、よく見たら携帯を置くと充電される方式でした。さすが2024年車。しかしレンタカーはインターフェースに慣れるまでにどうも手こずりますね。

結局、仕事は土壇場で延期となり、また来ることになりました。来るかどうかちょっと迷うけど。まあ来るだろう。最悪、中2日でまた来る日程になりそうだったのが、もっと延びることになったので一息つけてよかったです。
帰りは昼過ぎの飛行機。ゆっくり宿を出て、どこかオーランドの空港近くでご飯食べようと思って探したのがここ。名前忘れましたが、プエルトリコのごはん屋。
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メニューはスペイン語だけで、カウンターのおねえさんも英語がおぼつかないお店でしたが、英語ができるお客さんが助けてくれて頼めました。鶏肉のトマト煮込みと、イエローライス(と言われたがたぶんターメリック)。おいしかったです。盛りがよすぎてちょっと残した。ごめん。

* * *

で金曜、起きて普通にウンコしたら、そのあとまたしたくなり、今度はちょっと細切れの形。「?」と思った程度でしたが、そのあとさらに便意がきて、下痢が来たかな、やれやれ、くらいでしてみたら血便でした。わー!初めて。

以降、3-5時間に1度の便意がきて下血。熱なし、激しい腹痛はなし(鈍痛あり)。大阪で感染性腸炎やった時は熱が結構出たので、感染ではない感じがします。これ多分、抗生物質が誘発したものだろうと。思い返せばこの週、なんとなくベルトがいつもよりきつい感じがして、木曜の晩に抗生物質を飲みきった後、ちょっとお腹に違和感を抱えながら寝たんですよね。

土曜は朝から16時間のシフトだったので在宅にさせてもらって、いつもより大幅にサボりながらこなしました。運良く月1回の「業界全部お休み日」みたいのに当たったのでそれでいけた。
夕方、家から忍び出して近くのクリニックに行きました。アメリカで歯科ではない一般医療にかかるのはこれが初めて。少し頭がくらくらしていましたが、後から思うとあれは脱水と空腹でしょう。金曜、土曜とほぼ何も食べておらず、水分ばかり出していたので。

結局、診断も抗生物質のせいだろうということで薬も何もなし、保険のネットワーク内だったので問診のみで35ドル、患者には触れさえしない。この国はインフルになっても下痢しても大抵の薬は普通のドラッグストアにあるし、複雑な処置になると紹介状もらって大きな病院行きだし、プライマリケアの医療機関というのは一体何をするところなんだろうな。

土曜の夜に初めて固形物(缶のスープ、パスタとかチキンとか入ったやつ)を食べて寝ました。日曜の朝に久しぶりにおならが出た。腸が少し動き出している感じがする。

金曜、特に土曜と横になっていても夜はトイレで起きつつも結構眠ることができ、日曜は朝に仕事をこなした後また2時間くらい眠りました。体力は奪われていた様子。しかし最近しつこかった右肩のこりがかなり軽減した。あとは早めに腸が治ってほしい。

[5/13午前追記]ほぼ24時間ぶりに排便。固形の便排出。血液混じりの液体はみられなかった。

* * *

実はこのかん誕生日を迎えていましたが、下血していたので親戚からのメッセージにも返信できてない状態でした。低緯度オーロラが世界中で見られたというレアなイベントも完全に無視。

2024年05月04日

びゅんびゅん週間

今週はなぜかびゅんびゅん過ぎた感がある。
土曜は、プエルトリカンのご両親がフロリダからきたので、点心食べにいきました。
ロックビルのBob's Shanghai 66。鉄板ですな。ちょっとリニューアルされて、ラティーノのみなさんが小籠包作ってるところが見やすくなってた。鼎泰豊に触発されたのだろうか。
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4人なので多種類!プエルトリカンは普段あまりコメを食わないので、パパが「チャーハン食べたい」と言ってくれたのナイスだった。小籠包は確かにここ相当うまいし、野菜の炒め物とかもあっさりしっかりの味で上手。
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ママは「これさらっちゃいなさい!」「ご飯は残ったら包んで持って帰って!」「最後の1個はあんたが食べるの!」とめっちゃラティーノママだった。
パパは寡黙かなと思ったが、ご飯を食べたら饒舌になったので疲れていただけかもしれない。
ご馳走になってしまった。

プエルトリコからニューヨークに出てきて、そこからフロリダ移住というコースらしい。
フロリダに家を持ってて、今年初めにはアジアを回るクルーズに行っていたというので、そこそこお金はあるご家族なのかもしれない。お姉ちゃんが地元市長選に出るんだって。アクティブだなおい。

* * *

と食うだけ食っておいてヴィーガンの本であります。

◆ピーター・シンガー(児玉聡、林和雄訳)『なぜヴィーガンか?―倫理的に食べる』晶文社、2023年

シンガーが動物解放論者だというのは知っていたが、それにまつわる文章は読んだことなかったんですよね。苦痛の有無を認めると脳のある動物と人間の区別(種差別)はできなくなるはずだというのはそうだなと思った。

以前行った成田の鰻屋は店頭で鰻をさばいており、生きたまま頭に釘を打たれて体を刃物で切り裂かれる様子を見て引いたし、去年はブタの丸焼きを見て引いた。この本を読んでしまうと自分の行為は正当化できないと観念できてしまい、それでも肉を食うという認知と行動の不協和にこの先どこまで耐えられるかなという、何かの引き金が引かれた感じの読書体験でした。

訳者解説はさすがの児玉先生で、簡潔で当を得たまとめでした。しかし専門家の訳者として50年前の議論と現在の橋渡しやレフリー役はしてほしかった。どんな反論があったのか、それは有効なのか、畜産や動物実験の状況はどう変わったのか。種明かしを見たくなかったので解説は最後にとっておきながら期待して読んだが、ちょっと拍子抜けだった。

以下メモ。

(1)動物への配慮
・中枢神経系=苦痛の存在 ←→貝や卵
・種差別(動物は人間にはしないような扱い方をしても構わない)→人種差別(黒人奴隷化など)との類比。平等の要求は知能指数に左右されない(違いがないと主張するのではなく)
・ベンサム「各人を一人として数え、誰も一人以上として数えない」→利害を有する全存在者への適応。「理性を働かすことができるかでも、話すことができるかでもない。苦しみを被ることができるかどうかである。」(pp.36-37)
・特定の集団に対して私たちがとる態度のうちに潜む偏見は、説得力のある仕方で誰かに指摘されるまで、非常に気づかれにくい(p.24)
・解放分銅は、私たちに道徳的地平の拡大を要求する。以前は自然で不可避なものと見なされていた実践が、正当化しえない偏見の産物として理解されるようになる(同)
・工場畜産。人道的であれば食用に動物を育ててよいか?(pp.60-63)
・動物実験が与える苦痛。動物実験は動物と人間に類似性があることが前提で(それを期待して)行われているので「人間と同じように感じない」は成立しない。「多数の人間が助かるため」→多数の人間が助かるために生後6カ月未満の乳児に実験をしてよいか?(p.52)
・私のために殺されたのではなく、既に殺されたものだから食べてよい?→私が今日食べる=その需要によって明日のスーパーの仕入れ、将来の屠殺が招かれる(pp.102-103)
・私が食べる程度なら世界に大した影響を与えない?→集団として引き起こしていることには一人一人が責任を分有している(pp.103-105)
・魚
・牛乳は?→雌の毎年妊娠、仔牛は肉に

(2)気候変動
・畜産によって生産される肉の数倍の穀物が浪費されている(非可食部の成長や呼吸など家畜の生命活動)
・放牧用農地のためにブラジルの熱帯雨林が切り拓かれている
・げっぷでメタンガス
・培養肉は肯定される

(3)自分の健康
・ヴィーガンはB12サプリをとればいける

(4)新興感染症(ウエットマーケット)
・動物福祉+病原体の出現リスク

2024年05月01日

歯!

2月くらいだったか、シャワー浴びて顔洗ってる時に上の歯茎が痛いなと思って、そのあと鏡で確認したら2021年の秋に歯が折れてクラウン治療したところの付け根のあたりがぷくっと膨れてたことがありました。そのあと刺激を加えないようにしているうちに痛みはなくなり、小鼻の横を押すと違和感があるような状態になっていました。

先日、半年ごとの歯科検診に行ったら「膿がたまってるような感じ」とのことで、根管治療をやっているクリニックに紹介されました。Endodonticsっていう単語を知った……。
で、今日行ってきた。初回は状態確認だけかと思ったら、3次元CTを撮ったあと
・歯の付け根にかなり大きな感染がある
・歯を抜けばまず治せるが、当然歯を失う
・根管治療すれば成功率は70%、この大きさだと60%というところだが頑張ってみる。失敗なら抜歯に至る。でも自分が同じ立場ならこれを試してみると思う
という結構な選択肢を示され、根管治療してもらうことにしました。

もともとこの歯はアメリカに来てすぐ折れ、根本に柱を挿してクラウンをかぶせてもらった歯です。その柱を抜いて歯の中から病変部にアプローチし、そこを掃除してふたをするという方法。麻酔のおかげで全く痛くはありませんでしたが、何かこう掘って掘って軟部組織に触ってる感じがした。うえ~
先生はDr. Sonというすごい丁寧なアジア人で、「ミシガンで勉強したときに日本語もやったんですよ~」と言いながらところどころ日本語を話して和ませてくれたんだけど、治療しながらOh it's difficult case...とかいうのがこわかった。

しかし一通りやったあともう一回レントゲンとって、OK!きれいに取れました、とのことだったのでいったんほっとした。
あとは8月にもう一度フォローして、大丈夫そうなら柱を挿し直して終わり。それまで歯が弱い状態になっているので硬いもの噛んじゃダメ、とのことでした。

あと、2日くらいは痛み止め(Tylenol=アセトアミノフェン)を飲んで、1週間は1日3回、抗生物質。ここへきて初めて処方薬を買うという体験をした。抗生物質は3ドルちょっと。痛み止めは市販薬で7ドルちょい。ちなみに治療費は2000ドルだった。ひええ。まあ会社に請求すると2万円とかで済むはず。

なんか運転が長かったこともあり、どっと疲れました。

* * *

さらにその2日前の月曜には定期検診で見つかった前歯の詰め物の下の虫歯の治療もしたので、今週は2回も麻酔をかけられた。歯が続いたな。しかし2021年のようにいちいち凹んではいられない。そのときそのときの最善策をとってくしかないのだ。

* * *

先週土曜はシフトだったんですが、夜の仕事が入った同僚の奥さん(東京在住で別居だが大型連休のためDCにきていた)と、職場のお兄で飲みに行くことになりました。シフト中に。「二人だときついから」とか言われて。

普段使いの店ですごい食った。
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で、さらにホテルのバーに行ってマティーニを飲んだら酒に強いはずの奥さんがくっちゃくちゃに潰れた。
お兄は帰ってしまい、ウーバー呼んだら「酔っ払いはごめんだ」と乗車拒否。
奥さんには「帰れなくなるぞ、ちゃんとしろ」とかなり強く迫って(ちなみにこの日が初対面である)、次に来た車になんとか乗り込んだらスヤァと寝た。

旦那が同じアパートなので「入口で待ってて」とメッセージ。奥さんは着いても起きず、甘ったれんなと起こして車から起こしたら植え込みに倒れた。旦那は違うほうの入口で待ってた。
やっとの思いで旦那に引き渡して帰って最後の仕事をして寝た。酔っ払い嫌い。

ちなみにこの奥さんとは火曜日に偶然、仕事先と会食してる時に会ったが、あの泥酔時の醜態は覚えてなさそうだった。

* * *

ブッキングコムでとったニューヨークの宿を無料キャンセル期間中にキャンセルしたのに、ホテルに電話してもメールしても戻ってこないという事態が発生してました。

業を煮やしてブッキングコムに電話して対応を頼んだところ、宿側に督促して宿側からも「返す」と返事があったが、なお返さない。リマインドしてもだめ。これは根比べだなと思って3回目に電話したら「まず当方からあたなに返金して、ホテルへの取り立てをエスカレーションさせます」というこわめだが頼もしい答えがきました。で、そのとおり返ってきて一件落着。2カ月かかった。

ちゃんとしたブランドのホテルだが杜撰だな。制裁されるがいい。でも電話して交渉、とか意外と弊管理人できるようになっていて自信はついた。

そういうわけでいろいろ初めてなことを経験してました、この数日。

* * *

◆吉川浩満『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である 増補新版』筑摩書房、2022年

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