10月下旬に引っ越しの見積もりから始めた帰国準備は、11月のアゼルバイジャン出張に伴う休止を経て、12月に本格化し、いや結構いいスケジュールで進んでいるんじゃないかと思いつつ、しかし主要部分の家探しが完了しない中、荷出しまで2週間を切ってきました。いや家探しもここまで順調なんだけど、先に帰った人たちから担当業者についてあまりに悪い話ばかり聞くので手続きが完全に終わるまで疑いが晴れない。
このところ起きたときの気温が氷点下5度とか9度とかで雪もちらつき、ここへきて「荷出しの日に大雪だったら次の日にアパートの契約が切れるんだがどうする?」という杞憂と思いたい疑問が出てくるなどしていますが、とりあえず準備の一環として「やってなかった観光」もこなしています。
ワシントンモニュメント。DCのイメージ画像や絵に必ず登場するこれ。約550ft=約169m
反旗なのは年末に死去したカーターの服喪期間だからです。あと寒々しい天気だが実際寒かった。
タダで上れるんだけど予約が必要なためか、上らないまま帰った同僚もいたんですよね。
中には「一番再現度の高いワシントン像」とやらがあります。確かによく見る下ぶくれおじさんとはちょっとイメージが違うかもな。
中空の内部にエレベーターが通っていて、500ft(ええと何mだ)のところまで上るとこんな景色です。
これは桜を見に行ったタイダルベースン、奥がめっちゃよく使ったレーガン空港。
縦位置の写真が多くなるな。
議事堂とナショナルモール、右下にスミソニアン協会が見切れてます。
さぶさぶ、って言いながら職場に戻って仕事して帰りました。
20日の就任式を控えてDCの街中ではフェンスやコンクリートの車止めが設置され、大変通りにくくなっています。うっかり車で行くと警察が前触れもなく道を封鎖していてうろうろすることも多々。迷惑なことです。
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地下鉄の乗車カードで就任記念バージョンが発売され、同僚から1枚もらいました。
しかしこれ、一部の駅の自販機で扱ってるはずなのに全く宣伝されておらず、同僚が駅で聞いても「そんなのないよ」みたいな反応だったらしい。アンチばかりなのか、もともとダメな運営会社WMATAが相変わらずダメなのか。
インスタに投稿したら友人連中から「オエ~」みたいな反応がきておもしろかった。
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1月は毎日サラダを食べる月間をやっている人たちに、サラダを食べる会に呼んでいただきました。
弊管理人はキンパとエビマヨを買ってあったんだけど、テーブルのラインナップはそれを受け入れる感じではなかったので急遽ビールを供出して誤魔化した。
トートに入れたままその辺に置いていたら、犬が「なんかうまいもの持ってんだろお前」と探りを入れてきた。いいセンスだ。その通りだがお前にはやらん。
夕飯がサラダだけでお腹が空いたので、帰ってちょっとつまんで寝ました。
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去年の6月、仕事でチケットを無駄にしてしまったフィラデルフィア管弦楽団、今度は慎重にタイミングを見極めながらギリギリまで引きつけて席を取りました。やっと来れた。
折角だし地元でちょっといい夕飯でも、と思ってレストランをいくつか覗きましたが、どこも賑わっていたり振られたりして、結局Five Guysのハンバーガーに落ち着いた。チーズバーガーとポテトで$18(アメックスが$10持ってくれるんだが)。高けーな、ファストフードなのに。
フィリー管のホーム、マリアン・アンダーソン・ホール。2階のC-124というほぼ真ん中の席を取りました。これちゃんと音が飛んできていいとこじゃない?
プログラムのメインはユジャ・ワンがソロのチャイコン1番。
写真いいアングルだし、すっごい遠くからコンデジの5倍ズームで撮ったのにきれいに撮れてる。Canonはこの1インチコンデジをまた作ってくれないものだろうか。ちなみに場内アナウンスは「演奏中の撮影、録音はお控えください。でも前後は撮影OKなのでどんどんソーシャルメディアに投稿してね!」とのこと。ダメな理由のあるところにはダメといって禁止するが、それ以外は自由だしプロモーションに熱心なのはいいと思う。日本はホールも美術館もケチだからな。
ユジャ、初めて生で見ました。衣装がおとなしくてまずそれが意外だった。まあ寒い季節だしねえ。
演奏は録音・録画と一緒で上手かった。曲が要求する技術水準を大きく超えたものを持っているので遊ぶ余裕がありすぎ、のっけから分散和音で始まった時点で「高校三年生」を歌いすぎてアレンジ過剰になった舟木一夫かと思った。しかしこれは録音厨の生理的反応であって、むしろ19世紀ヴィルトゥオーゾのスタイルを楽しむべきなのだ。しらんけど。
本領は爆音ではなく、弱音でコロコロ弾む高速パッセージや両手のオクターブ進行で、すっぽ抜けずに端整な金属音を鳴らし続けられるのはすごい。2楽章の後半からラストまで延々ドライブをかけられる腕力にも引き込まれた。スタインウェイとの相性もこの人は抜群にいいのではないか。あと、アメリカとの相性も。アメリカにいるとユジャ、ティボーデ、アックス、ブロンフマンと少数の限られたソロイストが毎年いろんな主要オケを巡回していることが分かるのですが、当地との親和性によって淘汰されているんですかね。
オケは最初のホルンが盛大に外し、他も金管殺しの曲に金管がしっかり殺されてました(フルートだけ生きてた)。ユジャのスピードにチューンナップされていたことだけで弊管理人は満足だったけど、この曲のオケはただの伴奏よりはもうちょっと大事なはず。フィリーって名門じゃなかったっけ?
カップリング曲は公民権運動のころ書かれたまま長い間埋もれ、最近再発見されたという女性作曲家ボンズMargaret BondsのThe Montgomery Variations。時代劇のテーマソングみたいな曲で運びも特にどうということはなく、これはまあまた埋もれさせといていいのではないかな。
あと、黒人作曲家スティルWilliam Grant Stillの交響曲第2番「新しい人種の歌」……を区切りまで。これもあまり耳に引っ掛かる感じではなかった。
22:38発の終列車に乗るため、途中で出ました。DCのユニオン駅から終電近い地下鉄に飛び乗り、会社の駐車場から車に乗って、交通規制をだいぶ迂回して何とか1時過ぎに帰宅しました。DCの道をかなり通り慣れてた弊管理人なので代替ルートが思いついたけど、そうじゃなかったら途方に暮れたかもしれん。アップルの地図アプリは執拗に規制されてる道に突っ込ませようとして全然だめ、Google Mapsが迂回しようとしている意図を汲んでくれて頼りになった。
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そういえば、11月のアゼルバイジャン出張後から続けてきた早起きチャレンジは今週をもって終了しました。就寝が午前3時とか午前1時半になる仕事が続いたことにより、完全に元通りで8~9時に目が覚めるようになりました。
22時に寝て4時に起きる生活がよかったかというとそういうことはなく、午後眠くなるし、他の人の生活と合わず夜の予定をいくつか飛ばすことになるというデメリットが判明しました。
弊管理人が1日元気に過ごすことができ、かつ社会生活に無理がかからない最適サイクルは24時就寝、7時起床だということが分かりました。