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ある研究者さんに仕事でご縁があったのをいいことに、特に頼んで脳の解剖(ブレイン・カッティング)を見せていただいてきました。この日は脳梗塞で亡くなった高齢の方の脳です。写真もメモも残しておらず、仕事でアウトプットしない見学なので、今回は「仕事の時間に見聞きしたものは極力ここに書かない」という自分ルールを破って、記憶を記録。

・白衣を借りて、研究者さんと病院の地下へ。解剖室の前室でゴムの手袋をしたあと、白い長靴に履き替えて入ります
・広さは12畳とか広めのリビングくらい?人1人横たわれるくらいのステンレスの解剖台が置いてあります。あとは肉屋にあるような吊してある計り、流し台、パソコン、標本撮影用のカメラ台、などなど。器具はきれいにしてあって鱗汚れなどほとんどなく、匂いはほとんど気になりません
・見学に来ていた医療系の学生さん(3人)と付き添いの先生、解剖をする医学部さん(2人)に挨拶。この日は9人で解剖台を囲みました
・ホルマリン固定した脳を解剖台の上の湿らせたキッチンペーパーみたいののに置いて黙祷
・パソコン画面でMRIの画像を見ながら、脳の持ち主の病気の説明を受けます。抗血小板薬を飲んでいたら腸で出血したので薬を止めたところ、血栓が脳に飛んで梗塞を起こしてしまったとのこと(薬は難しいんだなあ)

・まず、取り出してあった脳の血管を見ます。硬さや、断面がどれくらいふさがっているかを調べます
・脳を覆っている硬膜が取り外されて横に置いてあります。見た目は水泳のシリコンキャップみたいですが、伸縮性はありません。強度の高い湯葉、って感じの見た目
・続いて、脳を触らせてもらいます。クリーム色の実質に黒~紫の血管が入っている塊。梗塞が起きたところはぶよぶよです。水分が多くなるかららしい。でも新鮮な状態の脳の硬さはまさにこのぶよぶよくらいだそう
・持ってみます。「何グラムあるでしょう?」と聞かれて、人間の脳はだいたい1500ccというのは知っていたのですが、1kgの砂糖の袋を思い出しながら「800g」と言ってみました。正解は1300gでしたw
・頭頂方向から見たり、ひっくり返して脳幹のほうから見たりして、左右の脳の大きさの違いなど、気付いたことを医学部さんたちがクリップボードに挟んだ紙に書いていきます。研究者さんが「脳の腫脹によってここの骨が圧迫されたのでは?」など助言

・中を見るために、脳をカットします
・最初に、30センチくらいの長いナイフで頭頂から前後に2分します。キャベツをざくっと切る感じ
・半分を脇に置いて、もう半分を透明アクリル板の上に断面を下にして置いて、厚さ7ミリのアクリルの四角柱の棒で手前と奥をはさみ、その棒に沿ってナイフをすべらせると7ミリの厚さに脳を切ることができます(あの居酒屋で出てくるアンキモのでっかいやつみたい。切りくずが出たりして、手作業感)
・これで1枚切るごとに黒いフェルトっぽい布に乗せてデジカメで撮影し、大きなバットに並べていきます
・もう半球も同じ要領。あと小脳と脳幹も別に同じように切っていきます

・観察の時間。切片を見ると、脳溝の深いところに赤い点々が多数あります。出血性の脳梗塞。反対側にも昔の脳梗塞のあとがあります。出血性のものだと色が沈着して残っているはずですが、ないので出血のない梗塞だった様子。古いとそこの組織が脱落して空白になります
・亡くなる前の最も新しい脳梗塞は全球に影響したはずなのに、なぜ片方にだけ出血が集中的かつ広汎に起きているのでしょうか?というクエスチョン。「その考察と写真と画像を披露するだけで学会でケースレポートが1回できるので、是非してください」と研究者さんが医学部さんに
・小脳はブロッコリーの小さい塊を切った感じ、木みたい。幹の部分が硬い。脳幹はよく煮たゴボウくらいの硬さかな
・気付いたことを書いていきます。色は?硬さは?空間の大きさは?などを目視と触覚で確かめながら見ます。研究者さんは「所見と考察は分けて」と強調していました。つまり、どう見えるかということが所見であって、そこで何があったと考えられるかはまた別の話
・これでだいたい2時間。「見学者がいるとちょっと長いですね」と研究者さん。このあと、特によく見たいところを決めて、顕微鏡で調べるためのプレパラートを作成するそうです

・研究者さんとお部屋に戻って話し込みました。
・特にALSなど厳しい難病の患者さんからは「自分を死後に解剖して研究に使って」というオファーがあること
・画像診断やマーカーが発展しているといっても、精神・神経疾患はまだまだ臨床でつけた診断の間違いが相当ある、特に認知症はアルツハイマー型やレビー小体型などさまざまな類型が「混ざって」いることが多く、最終的には死後脳で「答え合わせ」をしないと正解不正解は分からないこと
・それだけ間違いが多いのに、薬の臨床試験などをやってもそりゃまあいい結果は出ないだろうということ
・責任遺伝子探しが2000年代からずっとされているが、単一遺伝子疾患ならこういう手法は有効でも、関連する遺伝子がいっぱいあって相互作用している場合は関連解析してもいい結果は出ないだろう、ましてある遺伝子を変異を持たせたモデル動物で試してうまくいったからといって人に持ち込んでもだめだろうなということ
・じゃあどうすりゃいいんでしょうね、で二人で考え込みました。「生活習慣見直しましょう」が終着点では?と言ってみましたが、「それはそれでいいでしょうけど……」

・いやそれにしても、図録などでいっぱい脳の写真は見ましたが、実際見ると「あっ海馬!下垂体!あーーー思ってたより大きい!」などと感心します。柔らかさというのも写真じゃわからないしね
・どこから刃を入れて、どう切るか、観察記録は何からつけていくか(正常な部位から異常に進むとか、皮質から中へ進むとか)などは、教科書に書いていないノウハウのように見受けられました。「こうやったほうがうまくいく」という現場の知識がいっぱいあるのでしょう
・画像や診療記録を見て「この人は結局何によって死んだのか」を何人かが議論していましたが、それもクリアに見えないことがあるんだなと思いました。当然だけど。腸も脳も出血してて、あそこもここもおかしくて、という
・以前、尿路結石でCTをとったとき、自分の中にも臓器が詰まってる!と当たり前のことで驚いた記憶がありますが、今回も「このキャベツくらいの塊に80年以上の経験が詰まっていたのか~」と妙に感心しました
・そして淡々と切り、観察し、ちょっと脳に白衣が触れそうになりながら乗り出して作業し、「どうかな~?」「おーこれ珍しい」などと普通なトーンで議論する人たちの前において、脳はかなり純粋にモノであった

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2019年02月01日 09:21に投稿されたエントリーのページです。

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