キャンディーズが解散した年に生まれたのでスーちゃんに対する40-50代の思い入れは共有できない(というか3人の誰が誰だかわからない)のですが、葬儀で流された1カ月前のボイスメッセージはこたえた。以下全文を。
こんにちは。田中好子です。今日は3月29日。東日本大震災から2週間たちました。被災された皆さまのことを思うと、心が破裂するように痛み、ただただ亡くなられた方々のご冥福をお祈りするばかりです。/私も一生懸命、病気と闘ってきましたが、もしかすると負けてしまうかもしれません。でもその時は必ず天国で、被災された方のお役に立ちたいと思います。それが私の務めと思っています。/今日お集まりいただいている皆さまにお礼を伝えたくて、このテープを託します。キャンディーズでデビューして以来、本当に長い間お世話になりました。幸せな、幸せな人生でした。心の底から感謝しています。/特にランさん、ミキさん、ありがとう。2人が大好きでした。/映画にもっと出たかった。テレビでもっと演じたかった。もっともっと女優を続けたかった。/お礼の言葉をいつまでもいつまでも皆さまに伝えたいのですが、息苦しくなってきました。/いつの日か、妹の夏目雅子のように、支えてくださった皆さまに、社会に、少しでも恩返しができるように復活したいと思っています。かずさん、よろしくね。その日までさようなら。
こたえたというのは、もう8年も前になる近親者の死の前後の記憶に重なり、最近はおかげさまで思い出すことも少なくなった、あの一瞬にして腰から下の力が全部抜けるような感覚が蘇ったからです。
ポイントの第1は、この文面からはわからないが、死の床にある人の声色です。
わりと死に際まで人にあったりビデオメッセージを残したりする有名人は多いのですが、本当の最期にさしかかると発声がこの世のものとは異質になって、音が出るぎりぎりの風量で吹いた笛のようなかなしい音になります。それを聞くことはそう多くないです(あ、でも医療関係の仕事の人だとよく聞くかもしれない)。
第2は、「もしかすると負けてしまうかも」というくだりです。まさに死の4週間前に電話をかけて話したとき、それまでなら「どうよ?」と聞いて「まあぼちぼち」的に返すやりとりだった相手が「だめかも……」と答えたときのざわめき。それまでもときどき顔を出していたフレーズが主旋律となって現れる、終楽章の始まり。
第3は、「映画にもっと出たかった」。未練を残さずにさっぱりと逝くことのできない死にゆく人の現実。それが葬式で再生されることを知っていてなお、未練を伝えずにおれない、虚勢を張る隙さえない、その切迫した現実感。
もしも死ぬなら、という想定は生きているうちのいつだって可能で、用意をしておくこともいつだって可能なのですが、備えるのと臨むのはえらい違いです。人間の死亡率は100%だのメメント・モリだの言っている人も、余命宣告を受けたときに突然、人が変わるかもしれない。それくらいの強いインパクトをときどき垣間見て、しかし朝方の夢のようにすぐにさっぱりと忘れて仕事に出掛け、軽口を叩く。でも何かがこびりつくよね、こびりつく。今朝は。