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よしなしごと アーカイブ

2018年11月12日

にちよう徒然

土曜は未明までの仕事を終えて、そのまま飲みに行っちゃって朝方帰宅。
日曜は昼前に起きて、同じくらいの時間に起きた友人と東中野の「ピッツェリア チーロ」で昼飯。グラタンコロッケ、レタスのシーザーサラダ、4種のピザが1枚にのっかったやつ。全部すごくうまかった。
そのあとミスドで暗くなってくるまでだべって1回解散。
夜は約束があったのだけど、相手が風邪ということで流れました。
で、さっき別れた友人が音楽の練習を終えるのを待って再集合し、別の友人も連れてカーシェアで「おふろの王様 志木」へ。
そのあと、和光の「くるまやラーメン」で味噌バターコーンラーメンを食しました。
バイパス沿いとかにあるイメージのお店で、今回一緒に食べた福島、宮城、長野出身のメンバーが「なつい」で一致した。そして全員が深く満足した。
この時点で23時、背徳の味が沁みるわけです。
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東京中心部で見かけないのでいつ以来だろうと思ったら、たぶん15年前。田舎で母親が亡くなった夜、妹と二人で自宅の近くのくるまやで夕飯食べたんでした。父は確か病院で夜を明かしたはず。

* * *

■三橋順子『新宿 「性なる街」の歴史地理』朝日新聞出版、2018年。

甲州街道に新設された宿場から遊郭へ、戦後の赤線へ、そして1960年代ごろから性的マイノリティの街へと変貌してきた新宿「あの辺」の歴史。新宿で寝起きし、食べ、遊んでいる弊管理人は脳内ストリートビューを再生し「そこがあれだったかーーーー!!」と興奮しながら読みました。

土日休みの強気なパスタ屋のちょい先にあった遊郭の境界、ゴールデン街の煮干ラーメン屋の建物の由来、二丁目ほぼど真ん中の半地下の中華料理屋と境を接する赤線、そしてタリーズの裏の不思議な路地。内藤新宿の「内藤」は母方の田舎とつながっていたのも初めて知った。

そのほか、東京の性産業の歴史にも話が及んでいて勉強になります。1月に友人に誘っていただき街歩きした吉原、前に住んでいた新小岩、ラーメンや「すた丼」食べに行っていた亀戸(食べる話ばっかりだな)、何かご縁がありますね。今の地理を知ってると4倍楽しい。

* * *

おじさん職掌見習い日記もまだまだ続きます。

若者が作った文章を商品に仕立てる役のおじさんですが、まあ相変わらず結構な大工事を繰り返しています。あまりに完成度の低いものが若者から送られてくることに腹を立てる同僚おじさんはちらほら見受けられ、弊管理人も血圧が10くらい上がることがなくもないのですが、最近ひとつの理解に達しました。若者の仕事は「できそこないの完成品」ではなく「そもそもからして素材」だと考えるべきだということ。

初心者かベテランかを問わず、一人で書いた文章には――程度の差はあっても――穴があるものです。だから、おじさんが一から書いたら完成品ができるかというとそういうものでもありません。まずは若者が書きたいものを形にし、それを客観的に見ることのできるおじさんが素材として受け止めて加除をし、それを投げ返してチェックを重ねる、というようなキャッチボールは不可欠なプロセスなのです。おじさんは検品係ではなく、ライン下流にいる組み立て担当者なのです。

若者時代、弊管理人は自分の投げた仕事がおじさん(おばさんもいるんですけど、ほとんど不満に思ったことがないので、おじさん)の恣意によって作り変えられると「おじさんの頭の中に正解があって、それに合わせて作り変えるだけなら最初から自分で作ればいいのに」と思っていたものです。でもそれはそうではなく、大枠はやはり現場を知っている若者が作るべきで、それがあって初めておじさんも改良の方向性を見いだすことができる。そう考えることで、おじさんの立ち位置がやっと正当化できました。

* * *

ぶつくさ言う用のツイッターアカウントを閉じてみて、ちょっとぶつくさ言いたい時に吐き出す先がないなあとは感じるのですが、それは持続しないので、今のところ特にぶつくさ用のアカウントをあらためて作ろうという気になってません。

ぶつくさ言うことはかえってその対象への執着を増すようでもあり、周囲も「うわ……」と思うだけであれば、誰得なのかという。今となっては。

2018年10月22日

ミーちゃんなど

金曜夜勤、そのまま会社に泊まって土曜は朝から仕事。
夜は音楽イベントに行ってかなり夜更かししました。お久しぶりな人たちがたくさん。

日曜は明治大学の米沢図書館でやってる魔夜峰央展を見に行ったら本人が来てました。
その流れで友人2人とトークイベントへ。
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インタビュアーもフロアからの質問も関心がディテールかつ断片的で、そうそうファンってそうだねと思った。

そのあと新宿でギョウザで一杯やって満足して週末を終えました。

* * *

月曜は朝7時出勤、夜7時に食欲が暴発。
東中野、大盛軒。
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そのあと、大久保の茶咖匠で黒糖ごまタピオカミルクティー。
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満たされた。

* * *

■小泉宏之『宇宙はどこまで行けるか』中央公論新社、2018年。

理学ではなく工学の視点から宇宙探査を扱った一般向けの本って珍しいかも。

* * *

おじさんの立場で若者に何か仕事を頼んだとき、「やりまーす」じゃなくて「確約はできませんね」とか言われることがあります。
このフレーズは若者の立場からすると「100%の確率ではできないかもしれない」というくらいの意味で使っているのかもしれませんが、発注側のおじさんからすると「成否について多分に不確定性がある」と思わず受け取ってしまいます。

弊管理人は仕事で「確約できないじゃねーんだよ、やるんだよ」といって不確定性の圧縮を相手に委ねるのではなく、「いつまで待てばいいか分からないし、できないリスクもあるなら自分で準備してしまおう」と思ってさっさと不確定性を0にすることを選びます。

で、若者が「結局できました~」といって仕事を送ってくるころにはすっかり醒めていて、「もう一応のものがあるからいらねーや」といくばくかを自分の準備に補っておしまいにします。嫌がられてもやらせて対処法を習得してもらう、というほどの優しさがないんでしょうな。でしょうな、っていうかないんだわ。

* * *

人事考課の季節、面談で現業に戻って海外赴任する意向はないかと聞かれて「見てて全然楽しくなさそうなんです」「現業離れてみて、やっぱりあの仕事はそんなに好きじゃなかったなと振り返ってます」と答えたら上司が若干表情を曇らせたように見えました。

海外って花形の職場なんだろうと思うんですけど。自分は終わったもの、手に入らないものへの手切れが結構いいほうで、わりと早く関心がなくなっちゃう。「まあそうはいっても3年後の話だから気が変わるかもしれないしな」と言われ、そんな気もすることはするし、周りに流されないと本当に何もしない人なので、流されたほうがいいのかもしれない。

でもほかに「行きたい」と言ってる人がいますし、その邪魔をするのも……
と言ったら「そういうこと言う奴だということは知ってる」と言われました。
いやあいつも上司に恵まれてます。ひょっとしたら本当に、この休日だけ当てにして一週間を過ごす生活に意外と早く倦むかもしれない気もしてきた。

2018年10月09日

上旬までのあれこれ

会社のインターンシップなるもので講師をやれと言われてやってきました。
弊管理人の来歴を45分喋り、60分質疑応答して、その結果を文章にまとめさせるという誰も得をしn(略

5年ほど前に会社説明会で「辞めたくなった話」をして暫くそういうところには呼ばれなかったのですが、人事も人が変わって申し送りもなかったのでしょう。また辞めたくなった話をしたら、人事の人があとで「焦った」と言っていました。弊管理人としてはここがどういう場なのかも告げられず「会社人生を語れ」と言われただけなので……禁止事項があるなら先に言えばいいのにね。

先般、これとは別の機会に入社試験の作文を採点させられまして、「部活で頑張りました」みたいな社会との接続がうかがわれない日記とか「スポーツに体罰はやむを得ない」的な根拠を示さない逆張りに「なんじゃこれ」と思いながら最低点をつけていった経験からして、インターンの文章もおっそろしいのが来るだろうと思っていました。

しかし、質問は60分途切れず来るし、書いてもらった文章も上位層はすごく上手かった。ちゃんとアイキャッチ→内容総覧→オチ、と流れが作れていて、印象的な言葉は「」内に収め・話したことをそのまま書くと冗長になる部分は自分の表現で要約してあります。1文が無駄に長くなく、テンポもよい。弊管理人が喋るというのでニヤニヤしながら会場に現れた上司も舌を巻くくらいでした。聞けば既に一定のセレクションを経た学生さんたちで、弊社内でバイトしている人も何人か入っているそうで、情報量の多寡って大事なんだね大変だねと思いました。

一方、後から聞いたところでは昨今、人材獲得する側も(のほうが?)競争は熾烈で、同業各社では優秀な学生に「あそこの社では深みのある仕事はできない」とか吹き込んで断念させるなどの工作も行われているとのこと。そういう中で、会社からすれば絶対欲しい人たちに希望を失わせるような話を聞かせて申し訳ない。

ただ学生さんたちには、この仕事に就いた自身が凡庸なサラリーマンであったという最もありそうな場合、どういう時間を過ごしうるかということをできるだけ一覧性をもって伝えたつもりです。今は人事にいる元上司からは「すごく誠実に喋ってたけど、文章にまとめる素材としては高難度ですごく意地悪だった」との評をいただきました。褒められた?褒められてないよね?悪いけどもっとスターみたいな職員を呼ぶべきだったのではないでしょうか。ていうかもう弊管理人は呼ばないで。

* * *

9月後半から暦の上での3連休が3回ありましたが、いずれも仕事が入って3連休になりませんでした。
うち2回は、最終日の夕方からカーシェアをとって、失われた連休を取り戻すため友達3人で埼玉の温泉に行ってきました。
「雅楽の湯」は風呂とたべほ(結構おいしい)が両方楽しめてよい。
「百観音温泉」はお湯がよくてぬるいので、1時間以上湯船でおしゃべりしました。
尻たぶがすべっすべになったので、帰ってからずっと触ってました。

ほんとは10月初めの3連休は札幌に行くはずだったのに、3日前に全日空から「台風が近づいていてスケジュール変更の可能性があるよ」というお知らせが届いたため、びびってやめてしまいました。結果、全然行けた。非常に残念。
んで行った場合のホテル代くらい飲んでしまいました。それはそれですごく実り多かったのでいいけど。

* * *

10月に入っても、主に湿気取りのためではありますがエアコン使ってます。
寝るのもまだ毛布1枚。

* * *

職場で若者筆頭だったときには、目にする同僚の仕事は大抵既に多くの人の手が入って整形されたものだったのですが、整形仕事を担うおじさん末席になってみると、まだだいぶドロドロしてる原液みたいな仕事をいっぱい見て、個人間の力量の差というのが相当あることに気付かされます。小規模な手直しで形になるもの、直しをどう指示していいか分からないくらい形をなしていないもの。

そして現場を見渡すおじさんの世界では「あの世代は不作」「あの人はごちゃごちゃ言ってばかり」など、それぞれの人についてかなりあけすけな比較と評価をしていることが分かりました。現業各部署ばかりか総務までまたいだ情報の流れが見え、一応役名がついたためか(弊管理人はまだ管理職ではないが)管理職の側もその世界をチラ見させてくるようになり、組織の姿が少しイメージされ始め、これはこれで面白いかもと思っています。ま、物珍しい最初だけでしょうが。

* * *

3代前の上司が9月に57歳で亡くなりました。
お別れ会があるようですが、死者と向き合うのは個人でやりたいのと、集まった人たちほど濃ゆい思い出も提供できなさそうなので、行かないつもりです。

2018年09月09日

9月上旬のあれこれ

・なんとなく疲れつつ1週間
・生ゴミのマネジメント(といっても袋の口を縛るというだけ)をしっかり行ったおかげで、今年の夏は「小バエの発生で心が折れて自炊を中断する」ということが起きなかった。とてもえらい

・若者が上げてくる作品に不満があると、いったん解体し、本来は若者がやるべき不足材料の調達も自分でやった上で一から組み上げて商品にするというような仕事をしていたら、大先輩から「それはやっちゃダメ。いつまでたっても若者が上手くならない」と言われて反省

・それにしても
(1)「自分の仕事の範囲を勝手に決めてる若者」
(2)「納得したのか分からない返事をする若者」
(3)「上げてくるものの構成はめちゃくちゃだが必要な材料は一通り持ってる若者」
(4)「いろいろ不満はあろうがとりあえずトライはする若者」
などいろいろいることが分かって、年を食うということは見渡す立場になるということだなと思う昨今です。
(2)はこちらが「ほんとにいいの?」と念押しすれば本音を言ってくれるので問題なし。
(3)は一見「どひゃー」と思うが、構造を抽出する腕力がもう一歩なだけで手間は惜しんでいないため、少しの手助けできちんと商品になる。
(4)は(3)の逆で、時々必要な材料がすっぽり抜けていることがあるものの、「買ってきて」と言えばそれで完成品ができるので手がかからない。
(1)が弊管理人と合わないタイプです。もっと押しの強い上司と組めば、無理矢理走らせることができるのでしょう。
弊管理人の若者時代は、仕事の出来不出来を自分で判断することはできないのでしませんが、「嫌なことはあからさまに嫌がる」タイプだったので、さぞかし扱いづらかったでしょう。すいません

以上、今週所感。

【月曜】
・旅行明けの1日は7時から始まる早出シフトでしたが、目が覚めて時計を見たら7時でした。会社に「7時半には出勤します!!!!!」と電話してタクシー出勤したら本当に7時半に着きました

【木曜】
・起きたら北海道がえらいことになっており、わたわた仕事。午前2時前に終業

【金曜】
・ニュージーランド留学時代に同じ寮で仲の良かった友人が香港から観光来日。19年ぶりに会った感想は「やっぱちょい太るよね」ですが、それはお互い様なので「変わらないね~」と言い合って旧交を温めつつ台場へ
・チームラボなんたらの展示を見ました。メディアアート界のスーパー玉出だなと思いました
・1日おつきあいするつもりが、前日から仕事の状況がわさわさしていたため夕方にバイバイして出勤。ところが職場はそんなにわさわさしていませんでした。アー

【土曜】
・辛いもの好きの友人と激辛料理のフェスに行きました。いっぱい食べなくてもお腹が閉店します。そのあとジョナサンで口直しのぶどうパフェ。1口目で「パナップ……?」となるものの、おいしくフィニッシュ
・夜は2時過ぎまでお酒を飲んでしまいました。でも酒量は大したことなく、楽しくおしゃべりして飲みました

【日曜】
・前夜、酒を飲んだ上で限界まで起きていたせいか、普段ならありえない7時間連続睡眠を完遂して体調が全回復
・香港友人と夕飯食べて、接待を完遂した気分になりました。めでたし

2018年08月20日

三鷹とmitaka

よく行く飲み屋で知り合った若者が三鷹在住で、「インスタレーションとかやってます」などというので「三鷹といえば天命反転住宅ではないか」と水を向けたが行ったことがないと。
ちょうど見学会に空きがあったので友人と3人で行ってきました。
荒川修作+マドリン・ギンズの正式名称「三鷹天命反転住宅 イン メモリー オブ ヘレン・ケラー」。見学会の最後にもらえるパンフレットによると

この住宅は、ヘレン・ケラーが身体を使い、自然と環境・人間の関係を知ったように、あなたの身体のもつ大いなる希望を見つけ、生命の無限の力を体験できる、まったく新しい住宅であり、命の器なのです。

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ウェブサイトから申し込んだときに、代金2700円を「お釣りのないように」払うようにとの注意書きがきて、カードも使えず丁度払いを要求するとはと憤り、嫌がらせのため全部100円玉で持っていったのですが、受付で聞いたところでは一応のお願い程度だったとのこと。係の人が硬貨を取り落としたりしながら数えているうちに後ろには列ができてしまいました。ゴメンネ(てへ)

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・2005年築。現在、一般にアクセスできる荒川+ギンズの建築は岐阜の養老天命反転地(2012年に行った)と岡山の奈義町現代美術館内の作品ですが、ここの特徴は「住む」ことができる点
・9世帯あって、5部屋が住まい用。ショートステイ用の部屋もあり
・床は凹凸のあるざらざらしたコンクリート造り。「最も安全なのは裸足です」とのこと。人は自然と凸部が土踏まずに当たるように歩くようになる。床が人間に使い方を教えている
・床と天井には傾斜がついていて、どこに立つかによって空間の感じ方が変わる。高いところに立って話していると、なんとなく「上から目線」な感じがする。中央の台所は一段低くなっておりアンフィシアターのよう。説明の方はそこに立って話すのが好きだと言っていた
・収納らしい収納は畳の間の下にある抽斗だけ。あとは天井に取り付けられたリングにS字フックをつり下げるなどして荷物をかける。こうしているうちに「空間の使用感」が発生する
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・色について。14色使っており、色の専門家の見学も多いが、補色を隣り合わせに使うなど、彼らのセオリーのようには配色されていないのだという
・荒川に色使いのコンセプトを尋ねたところ「どこから見ても6色以上見えるように」という明快な答えが返ってきた。多色がいっぺんに目に入ると、人は色数を数えずに「カラフル」ととらえるようになる
・その意味は2つで、色ひとつひとつに(「ビタミンカラー」など)意味を持たせないこと。また、自然がまさに多色でできているカラフルなもので、それに近いということ
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でもそういう身体性みたいな話って、いま現在から考えるとちょっと時代を感じるというか、2005年時点でもそれ最先端だったのでしょうか……などと考えてしまいました。素人としては部屋のいろんな仕掛けはとても面白いですし、説明の方もお上手だったので十分ですけどね。

説明の方が「建物の前にuglyなアパートができて、外から全景が見られなくなった」とお嘆きでした。確かにつまんない建物と電柱に遮られてます。

見学者の中には、養老に行ったことのある人がちらほら。奈義町の経験者もいて、今度はそこに行かなきゃなと思いました。あと、荒川に触れたきっかけは『意味のメカニズム』だというマニアがいて、それ読んでみようとアマゾンを検索しましたが、中古15000円で断念。

* * *

上記が昼ちょっと過ぎくらいまでの見学会で、近くのマックで飯を食ってから、今度は国立天文台に足を伸ばしました。徒歩10分くらい。
14時くらいまで太陽観測やってる日だと思って行ったら、7~8月は正午までなんだって。うへえ
ということで若干残念な気分で構内を彷徨っていると、ちょうど4D2Uシアターの空きが3人分あったので、どんなもんかなと思いながら入ることにしました。

3D眼鏡をかけて、観測的事実と科学的推定に基づいて再現された宇宙の中をぐるんぐるん動き回る「旅するプラネタリウム」みたいな感じです。無料なのにすごいクオリティ。説明のおじさんは継続雇用の方でしょうか、ちゃんと最新の情報まで話していて勉強になりました。同行者は「ちょっと速くて難しかった」ということで、すこーしアドバンスかな。

* * *

ちなみに出掛けた土曜の気温は確か29度で、最高に過ごしやすい夏の日でした。これ37度とかだったら見学は辛かったろうし、天文台まで歩こうという気にもならなかったかもしれない。
いろいろと偶然に助けられて満足度の高い週末の1日になりました。

2018年08月11日

金魚、鰻、そしてピアノ

平塚市美術館でやっている深堀隆介展を見に行ってきました。
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ラウンドアバウト、あるいは連休の新座料金所感。
樹脂の上にアクリルで絵を描き、その上にまた樹脂を重ねて立体感を出した作品が多いです。
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きれいなんですけど、3Dプリンタで作った金魚が埋まってるような勝手なイメージを持っていったもので、実際は樹脂上の平面にリアルな金魚を書いているのを見て「意外と平面的……」と思ってしまいました。これ、最もきれいに見えるのは写真に撮ったときではないだろうか。
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あと、作品は桶とか枡とか抽斗とか、いろんなところに水たまりを作って金魚を泳がせるというものから、普通のドローイングなどいろいろ。とてもデザインぽかった。
非常に狭い枠の中で、桶なら円形の動きをし、金魚すくいのように四角い場所なら角に寄るなど、枠に合わせた生き方をしているように描かれている。それが愛玩のしやすさでもあり、窮屈でもあり。

* * *

平塚まで来たので「川万」で鰻重を食べました。
ほんと、食うとうまいけど、ちょっと食えばいいな、鰻って。
絶滅危惧種、おいちかったです。

* * *

午前2時までの夜勤明け、9時に起きて昼過ぎには平塚の用事が終了したので、その足でルーテル市ヶ谷へアマチュアのピアノ愛好家たちによる演奏会を見に行きました。
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20年ほど前に入っていた大学のピアノサークルの人たちが何人か、今も演奏会に参加しています。技量がだいぶ衰えている人が少しと、相変わらずあまり知られていない作曲家を発掘してくるマニアックな人が少し。弊管理人を覚えている人はいないと踏んで、さっと入ってさっと出てきました。

* * *

最近おいしかったもの、新宿御苑前「will」のハンバーグ。
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値段が手頃だと思う。プリフィクスのコースにするといろいろ考えなくていい。

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お呼びがかかって、若者と東中野の「大盛亭」という、まあそのまんまな食堂でがっつりご飯食べてきました。これもおいしかった。
予定外に充実した盆休み1日目でした。

2018年07月16日

そして、縄文

↑前川清っぽくなった。

* * *

「遺伝人類学」の続きで、東京国立博物館で始まった「縄文―1万年の美の鼓動」を見に行ってきました。(特別展は↓これともう1点のみ撮影可だった)
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縄文時代って歴史の授業であまり興味を持ったことがありません。新学期にしゃらっと通り過ぎてしまうだけ。だいぶ後になって、岡本太郎が縄文式土器にぞっこんだったと聞いて「へえ」くらいは思った程度。

・この特別展では、縄文時代(草創期)の始まりをBC11000、終わりをBC400としていました。
・その前は旧石器時代。土器が出てきて新石器時代=(土器の特徴から名付けられた)縄文時代。稲作や金属器が出てきて弥生時代に移行するということですね。
・縄文時代の気候は温暖で、海面が上昇し、四季ができて、だいたい今の日本の風景になった。
・もう一つの特徴が定住。縄文時代は高台で日当たりがいいという、今と似たような土地が好まれたそうですが、弥生時代になると農業をやるため低い土地に移ってきた。適地を巡る争いも起きたとのことです。音声ガイドの説明では、縄文をのほほんとした時代かのように語っていたように思います。

・縄文式土器は、さまざまな方向に縄を押しつけて作った「文様」の前期→うどんを貼り付けたような「立体的な造形」の中期→文様のあるところとないところを分けて意匠をはっきりさせたような「構図」の後期と変遷している。
・前期の展示で、漆がこの時期から既に使われていたことを発見しました。
・中期の有名な土器が「火焰式土器」という、炎のような把手がついた大型化した土器で、岡本太郎が「すげえ」と言ったのもこの時代のものだったらしい。渦巻き模様も激しさを感じさせる。確かに順に見ていくと、中期は前期とも後期とも違う、何か一度とても異常なほとばしり方をした時期だなと思いました。
・中期は、自然環境が安定して遺跡も大規模になった時期だったようです。そうね、芸術というか「遊び」が生まれちゃうのってそういう余裕のある時なのでしょう。
・後期は前期を洗練させた「工芸品」ぽくなっていった印象です。
・ちなみに土器の用途は煮炊き、貯蔵など。つまり「お料理」が発展した時期だったといってよいのでは。あとは死んだ子を入れたりとかもしたよう。

・作り手は女性たちだったと聞こえた気がします(うっかり聞き流した)。メソポタミアの同時期(2000-3000年前)で土器が専門家の工房で作られていたのと対照的です。
・そう、展示は同じ時期の世界の土器にもスコープを広げていました。エジプトでは所有者を示すマークが彫り込まれているのが面白いと思った。レヴァントでは文様を「描いて」いたのですね。縄文のように凹凸をつけるのではなくて。

・土偶も縄文時代でした、そういえば。
・「合掌土偶」というのがありました。体育座りして胸の前で手を合わせているような姿勢です。祈りかもしれないが、お産のシーンではないかとの説も。「座産」という言葉があるのを初めて知りました。前近代の一般的なお産の姿勢だという。
・前期の土偶はとてもちっちゃい。中期になると大きくなってポーズをとりだす。晩期は有名な遮光器土偶。遮光器土偶は不思議なフォルムですが、目をデフォルメしたものではないかとの説明でした。それにしても変なの。宇宙人ぽい。
・土偶はだいたい女性で、じゃあ男性は何かというと「石棒」だったそう。石棒はもうほぼ見たまんまチンコです。巨根の。
・弥生時代になると土偶は下火になって、顔のついた骨壺などになっていったとのこと。
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・このほか、土面(顔に装着できるようにはなっていないが、何かを「演じる」ときに使ったのではないか)、カエルやイノシシ、キノコや巻き貝をかたどった土製品、弓矢や熊?の土製品も展示されていました。
・獲物が小さく、狩りの道具が大きく作られているのは、両者の力関係を大きさで表していたからではないかと。

・この特別展、すっごい満足しました。

* * *

国立博物館に来ようと思ったのは、法隆寺宝物館の建築も見たかったためでもあります。
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それこそ10年単位で久しぶりだったような気がするけど、前に来たときのことをほとんど覚えてない。知識と目的意識がなかったからでしょうか。いや1999年竣工だというから、ひょっとしたら見てもいないかもしれない。
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ほかに本館と東洋館。とにかくちゃんと見ると1日かかります。
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仏教関係の彫刻はところによってその土地の人の顔になりますね。
こちらはギリシア文明の影響を受けたガンダーラ。
they say it was in India? いえパキスタンだそうです。
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そんで中国になるとこう。
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なんでこんなものが日本にあるのだろう、というひょっとして怖い疑問。

お腹がすいたので日暮里駅前まで出て「馬賊」(これもアジアっぽい)で担々麺食べて帰りました。
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この三連休、死人が出るほど暑かったので、大半は家でぐだぐだしていました。

2018年07月14日

ジュニアおじさん手習い

会社では研修が終わり、「若者の筆頭」から変わって「ジュニアおじさんの末席」としての仕事が始まりました。といっても「シニアおじさん」の世界の綾で発令は8月ということになり、肩書きはもう半月ほど若者なんですけど。半月分のお手当、損してるんですけど。

とまれ、若者が上げてきた仕事を検査・成形して商品にする仕事です。
少しメタなところに立つので、自分が受け持った仕事の作者以外の若者、本社他部署や地方、海外拠点もチラ見しながら仕事を進め、お客からきた問い合わせにも答えます。

早速、今週受け持った若者の仕事について、お客から「京都から出ている別の若者の仕事と、どちらが重要性において上か」という問い合わせを受けました。

・弊管理人が受け持った若者の仕事は、巨大プロジェクトだしやってることのレベルも高く新規性もあるが、生活に密着した即物的なテーマではない
・京都の仕事は、今まで少しずつ改良されてきた既知のものがワンステップ進んだだけだが、まあまあ大きなワンステップだしテーマ的には社会性がある

ので、まあ全然違う分野でもあり甲乙付けがたいが、強いて商業的にどっちが上かと問われれば京都じゃないですか、と答えました。
それを聞いて、弊管理人が受け持った若者がちょっと残念そうな顔をしました。
それを見て、弊管理人は「まずかったかな」と思いました。咄嗟に身内を贔屓できない。

別件ですが、すでに「若者が作って提出してきた密度の低いものを全解体し、自分で分量半分・密度2倍に組み直して送り出す」「若者が作って提出してきたものを180度ひっくり返して送り出す」といったことをやらかしています。いずれも作者了解の上ですが、面倒な仕事だなと思っています。
あと、1日が過ぎるのが速くなったわりに自分が何かした感じがあんまりしない。
中年なお老いやすく……

2018年06月09日

ひつじをめぐる研修

東京は今週梅雨入り、したもののドカンと暑い土曜の朝。
友人から「腹減った!」と連絡がきたので高円寺のカレーを提案したらあっさり却下され、新宿駅で待ち合わせて「うどん 慎」に向かったものの行列でどん引き、で、きました、「ビストロひつじや」。
ランチのシシカバブ2+スペアリブ2、サラダ、スープ、パン、ごはんついて670円。
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そこにチコリのコーヒーと温バナナ・ココナッツアイスのせで140円。
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安すぎませんか。満腹。そしてこれ夜にまた来るべきだと思う。

* * *

7月くらいから現場を離れてジュニアおじさん職位になるため、3週間の研修が始まりました。

本社のジュニア&シニアおじさんセクション数カ所をラウンドしつつ見習いをしているのですが、現職場の管理職とか昔から知ってる他部署のおじさんとかが入れ替わり立ち替わり弊管理人を見にきて、ニヤニヤしながら「君ももうこっちか~人生短いな~」などといじって去っていきます。

受け入れ側の偉いおじさんから「なんかお父さんがいっぱいいるな、好かれてるねえ~」と言われました。ありがたいことです??

「にしても君、もうジュニアおじさん職位になるの?え、41!じゃあ不思議はないか。見た目、若くね?」
と言われました。まだ実年齢に見た目が追いついていなかったか……

* * *

研修の一環で若者の仕事を見る、というのがあって、少し前に関係したことのある若者とやりとりをしていたら「あれ[弊管理人]さん、現場離れるんですか。うわー時代が変わりますね」みたいなお声をいただきました。

うむ、不精で失敗の多い弊管理人が外れて新しい人たちがその後を埋めてくれれば、ようやくこの分野も上向くのではないか。

「向かんわ」と思っていた現職位から離れることには正直、ほぼ寂しさがありません。今後も時間を作れば細々と真似事はできるようなので、またやる気がたまってきたら手を出せばいいかと思ってます。

* * *

で、弊管理人の知らないうちに、職位変更に合わせて大阪異動の話が出て消えたことを事後に聞かされました。うーんまあ大阪でもよかったかも。東京に長くいすぎた感じはする。

転校、進学、就職、転勤で3年ごとに環境が変わる人生だったせいか、3年を超えて同じことをしてるとなんかどよーんとしちゃうんですよね。逆にずっと東京にいたい/これ一筋、という人にあまり共感できない。結婚しても多分3年で「一生これじゃ嫌だな」と思い始めるはずなのでしない。

2018年05月25日

昔のいけないあれ

むかし同じ職場にいて、いまは他部署にいる女性の後輩が弊管理人の席に来ておしゃべりをしているうちに、セクハラについて仕事で扱っているという話が出たので、ついでで申し訳ないが15年以上前のいけない発言について謝りました。
服装に関する冗談だったのですが、それを言ったあと彼女は着替えてきた。当時「しまった」と思ったものの、「ごめんね」を切り出す機会がなくてずっと腹の底に澱みたいにたまってたのでした。
本人は全く覚えておらず、当時あげつらった服について解説したら「そんなの着てたのが恥ずかしい。全然いいからむしろ思い出さないで」と念押しして去って行きました。

* * *

■共同通信社原発事故取材班、高橋秀樹(編著)『全電源喪失の記憶』新潮社, 2018年.

いただきもの。いや、すばらしい。

2018年05月21日

読めてない

■新井紀子『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』東洋経済新報社, 2018年.

会社の図書室の新着棚からかっさらってきたもの。
前半は今のAIでできることとできないことの整理をしていて、それはそれで参考になる。
バズワードで火照った頭を冷やすパート。

で、後半は、AIでできない仕事を担うための基盤となる読解力が本当に人間にあるのか?というお話。筋はほぼここに書いてあります。
それを試すテストの例題がいくつか紹介されているのですけど、弊管理人もしっかり間違えてショックを受けました。
上記記事では、「文章を読んでいるようで、実はちゃんと読んでいない。キーワードをポンポンポンと拾っている」という読み方を「AI読み」と呼んでいますが、思い当たる。大量の文章を急いでざーっと読んで大体何が書いてあるかを把握する、という仕事でよくやる読み方が習い性になっていて、それ以外の場面でも理解しながら読んでないのかもしれん。
むしろ、そうはいってもアウトプットをするときにはしっかり読み直すことが必要な仕事より、ざっと流しても怒られない個人的な読書のほうでこそ、AI読みをやっている恐れもある。

また、結構頭が痛くなったのは次の問題。

 「エベレストは世界で最も高い山である」

が正しいとき、次の文は正しいか

 「エルブルス山はエベレストより低い」

(1)正しい(2)間違っている(3)これだけからは判断できない

正解は(1)なんだそうですが、エルブルス山(5642m、ロシア連邦最高峰なんだって)を知らなかった弊管理人は(3)を選んでしまいました。

ぱっと問題文を見たとき、頭には「エルブルス山が架空の山である可能性(ある意味、世界の中にないので比較ができない)」、「エルブルス山が実在するとしても、エベレストと同じ高さである可能性(エベレストは最も高いが、エルブルス山が1位タイだとエベレスト「より低い」とはいえない)」が浮かび、少なくとも両方の山の高さが示されないと判断ができないと考えてしまったのです。思考の領域をうまく限定できないAI脳(?)なのか。いやまあ作問が甘いのかもしれないけど。

寝床で寝る前に読んでいたのに、目がさえて寝られなくなりました。

* * *

前回の日記以降に誕生日を迎えました。
当日のディナーはひとり松屋だったりしてほぼ忘れつつ過ごしました。

・なんかすごく酒に弱くなった(飲んで疲れやすくなった)
・早寝すると体調がよい
・覿面に頭が回らなくなってる気がする
・仕事が遅くなった

一部(特に頭)は疲れのせいな気がします。
このところ酒を控えるようにしています。

* * *

20日の日曜はからっと晴れて涼しく、今年1番爽やかな日になるはずだと思いました。

2018年05月09日

連休後半

連休明けの予定がわりと詰まっているので、5月1,2日はそれ関連の仕事を頑張って終わらせて休みに入ろう、と思ったら終わりませんでした。
3日に「終わったかなー」と思ってチェックしたら同僚の仕事とだだかぶりしていたことが判明し、飲んでふて寝。
4日にひとり機嫌悪く、しかし別方向から攻めて一応の形にしたところでお仕事終わりということにしました。
仕事してると食べたり風呂に入ったりがおろそかになっていけないですね。生活のリズムは崩れてないのにQoL(生活/人生の質)が落ちました。やりたい気持ちのあまりない仕事だけに、それで休みが2日食われたことも残念。

5日はおともだち2人と、半年前に申し込んでいた羽田のJAL整備工場見学に。
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空港で働いてたことあるしなあ、とあまり期待しないで行ったのですけど、意外と気分が上がりました。おっきいものを鑑賞するのはいいですね。
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17時には蒲田に出て「歓迎」で餃子食べまくり。
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餃子にはニンニクが入ってないのに、炒め物はニンニクづくし。
満腹まで飲んで食って3500円。やっと休んだ気になりました。

6日は出張で島根県・出雲。
空港から出雲大社へのバスに乗ったら、運転手さんが「築地松(ついじまつ)」を紹介してくれました。
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出雲平野は西風が強いので、西側に防風林を作っているということらしい。

出雲大社をちょっと見ました。山がすぐ後ろまで迫ってるんですね。
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賽銭箱やたらあるな、というのが感想。
おみくじ引いたら悪いことばっか書いてあったので、腹が立ってもう一度引いたらいいことばっか書いてありました。一貫性ないな。いや1万回引いたら「真の運」に近づいていくのかもしれないが。

隣の島根県立古代出雲歴史博物館は、ちらっと見て……くらいのつもりが、物量が多くてかなり堪能しました。昔の大社はこうだったっぽい、というやつ。こないだ森美術館でやってる「建築の日本展」で見ました見ました。
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笑ってない恵比寿さんがなんかおもろかった。
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銅鐸、みたみた教科書でこんなの。
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福岡市の博物館見たときも思ったけど、西日本て歴史的な資産が豊かですね。

雨降りだったのでさっさと出雲市駅前に投宿してメシ。
「割子そば」が名物らしいので、駅前の「一福」で奥出雲そば。
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薬味とつゆをかけて食べるそう。舞茸の天ぷらもおいしかったです。
実はもちっと有名なお店とか探して歩いたんですが、連休最終日の日曜なせいか生体反応がありませんでした。

その他名物であるかに飯、あご野焼き、漬け物(名前失念)、のどぐろ、しじみ汁はドーミーインの朝食で食えてしまった。
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ので、空港ではエビピラフ食って帰りました。

あんまり巡ってないけどいいところだと思った。弊管理人の田舎とちょっと風景が似てるかもしんない。田舎に海はないけど。
仕事はもう本当に皆さんに助けられて大変に充実して勉強になって疲れました。一方で答えのない重要な反省点もあり、どっぷりと一人反省会をしているうちに帰りの便が離陸し、気圧が下がったので意識がシャットダウンしました。

2018年04月29日

建築とカレー

若者につきあってもらい、森美術館で始まった「建築の日本展」行ってきました。
連休のわりには混んでなかったです。
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行きたいところがいっぱい増えました。特に会津さざえ堂/江之浦測候所/牧野富太郎記念館/旧閑谷学校/弥山展望台あたり。
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日が暮れてお腹が空いたので、西新宿のコチンニヴァースにお邪魔します。
われわれが入った後のお客さんは満席で断られていました。運が良かった~
ランチ以来、何年かぶり。今回はいろいろ頼んでみました。
おつまみとして頼んだタマネギのかき揚げからしてスパイス効いてていろんな味がする。
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チキンのビリヤニもうまあああ
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ほうれん草のチャーハン、ラムとなすのカレー、フィッシュカレー(ココナッツ入ってる)、全部悶絶。
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おなかいっぱいで帰りました。

* * *

連休開始の28,29日はよく晴れて暖かい2日間でした。
フィンランドから帰ってきたら花粉が収まっていたので久しぶりに布団を干しました。
洗濯物も乾く乾く。
気温も初夏っぽかった(ただし夜間は涼しい)ので、半パンを履きました。

2018年04月19日

魚真など

昨年秋に1ヶ月ほど一緒に仕事をした3人で飲みました。銀座の「魚真」。
そこそこリーズナブルで魚介類がおいしかったです。
出色、あら煮100円。
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かに!
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えびって頭とったり皮剥いたりしないで食べるものなんだって。まじ?
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* * *

会社に入って17年ちょい、夏ごろには仕事の一線から退くことになりそうです。
正直、ずっと「向かない」と思っていたし、3年同じことをやってるとダレるような性格なので、寂しさとか全くないのですけど。
私生活を充実させる方法でも考えよっと。
ただ当面は、余計な出張を入れたり、他人が考えた余計な仕事が降ってきたりしているため、忙しいです。

2018年03月28日

日比谷公園の桜

極寒の冬が夢だったかのようにぶっつり終わり、取り急ぎな風情で桜が咲きました。
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経済産業省のはす向かい、日比谷公園の入り口のところがもっさり咲いてきれいなんですよね。シートを敷いてお花見をするような場所ではなく、信号待ちのときに見とれるくらいの。
用務でこのあたりに来たら、スーツの人たちがまんまと桜に写真を撮らされていました。

2018年01月31日

皆既月食

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みえました。2007年8月にもそんな日記書いてますやね。

このところ忙しい~
会社にいるとろくでもない案件が次々降ってきて、やろうと思ってた仕事ができないっす。

2018年01月15日

15年

母が亡くなって15年です(ということをあと1時間を残して思い出した)。

夢に見ることもめっきり減り、絶筆となった手紙を見せられても「あー……」くらいで受け止められるようになりました。10年くらいが区切りだったかなあと思って2013年の日記を手繰ると、確かにそんな感じ

2015年の13回忌もまあ、思い出を一つ書いて終わってる。

生きていればもうすぐ74歳というのも想像しがたいですね。
実家では、死後の世界なんてちゃんちゃら信じてないようなことを言う(そして多分、頭では本当に信じていない)父が、いまだに仏壇にご飯を供えています。

2018年01月09日

迎賓館など

この3連休はあまり予定を入れていなかったのに、いろんな人と遊びました。

・金曜、疲れて帰って20:30にちょっとのつもりで横になったら寝入ってしまい、22:15にいったん目を覚まして歯を磨き、0:54に震度4で起こされてもいっかい眠り、5:00起き。

・土曜、友人と新宿駅で待ち合わせて、最近の年中行事となった高尾山でお昼に厄払い。そば食って帰ろうかなと思ったら「夜、焼肉食べませんか」とのお誘いをいただいたので、帰ってちょっと運動してから、歌舞伎町の「清江苑」で食べ放題。90分の制限時間よりだいぶ前から急かされます、随分。でも去年から焼肉食べたいと思っていたので大変満足。そして意外と深夜までお酒を飲んでしまいました。

・日曜、二日酔い気味でした。が、昼過ぎに起きたご近所の友人とお茶しながら3時間喋りました。そのあとまた別の友人からLINEがきて、近所のタイ料理屋で夕飯。21時から予約していた音楽練習室で久しぶりにピアノを触って、そのあとまたちょっと飲酒……

・月曜、昼前に通販で買った小さな家電が届いたので、置き場を求めて部屋の整理を始めたら、完遂しないまま出掛ける時間になりました。友人と4人で四谷の迎賓館赤坂離宮の見学。そのあと16時から居酒屋で飲み、さらに2軒はしごして終了。だいぶ疲れて帰りましたが、部屋の整理はやり終えました。えらい。

2018年01月03日

年末年始17-18

結局今回も年末は伊豆に。

29日、大月で父親と合流して吉田のうどん。なんで「の」が入ってるのだろう。「吉田うどん」は商標だったりするんだろうか。
「くれちうどん」で肉つけ。
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コシと薬味「すりだね」が特徴だそうです。切り方が荒々しい。
父曰く「俺が作るとなるやつ」

そんでいつもと同じように箱根から伊豆スカイラインを通って行きました。
滝知山展望台では初めて止まったけど、熱海の街も富士山もよく見えていいですね。
今回はあんまり頑張らない。16時前には宿に入ってだらだらする。

翌30日は久しぶりに大室山に登りました。
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あと稲取でミカン狩り。
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1人600円は手頃だけど、ミカンを600円分食うのは容易ではないな……
ポンカンが甘くておいしかったです。今季のミカンは不作だそうで。

河津から天城街道に入って、「かどや」でわさび丼を食べました。
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わさび1本と鮫肌を渡されて一生懸命すった後、それを鰹節ごはんに載せて醤油をかけ、少しずつ崩しながら食べます。言うほど辛くないし風味もいい。父「ベースがねこまんまなんだからうまくないわけがないだろう」そういうこと言わないでー
ループ橋、天城トンネルなど通って帰ってきました。

31日は伊東で干物を買って、長野に帰ります。B級グルメとして名高い富士宮やきそばを途中で食べましたが、父の心には響かなかったようです。

父、妹は実家へ。弊管理人はいつものように年越しは本家で。
北海道が好きな伯母にJR北海道のカレンダーを届けるのもいつものミッションです。札幌在任中に職場に届いたカレンダーを持って行ったのが始まりなのですけど、東京に転勤してからは東京駅や神保町の書店で買ったものを持参しています。もう10年になります。

伯母の料理は2017年もすごかった。
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いとこのところの3人兄弟は最後の子が推薦で某国立大に受かったそうです。
いま推薦なんてあるのな。それにしてもこれで3人とも国立。親孝行ではないか。
物理をとってないのに気象学をやりたいというのはどうかと思うけど。

祖母(97)は2本杖をやめて歩行器を使ってトイレに行ったりしていました。ときどき失敗することもあるそうですが、排泄の世話がないというのは老老介護では重要なのではないか。
亡母が生前に書いた手紙が出てきたといって見せられました。なんかこれ見たことあるかもと思いつつ写メ→PDFで保存。もうすぐ15年。早いなー

1日は初日の出を見ず8時起床。
朝に雑煮、昼にかきあげそばをいただいて、電車で実家に戻り、父方の祖母に会いに行きました。
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こちらの祖母は頭がはっきりしていて、腰が曲がりつつも一人で動き回っているようです。月曜はデイサービスに行き、タクシーとって帰ってきたり。しかしもう畑は作ってないとのこと。それにしてもタクシーとかバスとかの運送業界はこれからも仕事に困らなそうです。

家の裏の柿の木(写真)が150年くらいのもので、半分は腐って倒れてしまったが、相変わらず残った部分で実をつけている。亡祖父が子供の頃に近所の子と登り比べをしていたという話を聞きながら、「そういえばここっていつから住んでるの」と聞いてみました。
祖父が18代目で、いまの家自体が祖父が子供のころからあったので最低でも築100年とのことです。そうなん?

妹は相変わらず住まいも職も落ち着かず不平ばかり言っていますし、むすっとしていて自分から動かないのですが、以前に友人に意見を求めたところ「もともと鬱々とした人」という見立てで、確かにそうだなと思うところが多いので、あまり気にしないことにしました。家を買う選択肢とか転職活動のタイミングなどについてちょいちょい聞かれるのですが、「自分の現状を説明せずに質問だけするので答えようがない」と言ったところ「答えが欲しいわけではない」とのたまったのも確信を増す要素となりました。要は注意を惹きたいのでしょう。10月にいろいろ考えて提案したことも、一つも行動に移していなさそうです。弊管理人に部屋を買ってもらって住みたい的な空気を出しつつ年収や貯金額を聞いてきたので、「秘密~」といって躱しました。

父は無線LANのルーターを買い換えたり、いい布団を買ったり、iPadで遊んだりと身の回りを順調に改善しており、食事制限めいたこともないようですし、とりあえず心配なさそうです。

1日夜の高速バスで帰ってきました。
2日は伊東の道の駅で買った桜エビの炊き込みご飯の素でご飯を炊いてみました。思いの外うまかったんだけど、家中が香ばしい匂いに。
冬の東京は空がきれいだなー

2017年12月31日

2017年まとめ

今年まとめ。

1月 初夢で叫ぶ。カーシェアリングで温泉など何回か
2月 尿路結石で救急搬送。痛かった
3月 猿島だの岡本太郎だの小さなおでかけを繰り返していた様子
4月 京都・原谷苑での花見と大阪の民博が楽しかった
5月 ドイツ出張で前担当一区切り。QOLが向上
6月 帰省、佐原・香取、モスクといろいろ出かけた
7月 札幌、福岡といろいろ出かけた。1年前から読んでた本を読了
8月 王が頭ホテル、横須賀美術館、種子島といろいろ出かけた
9月 迷走の結果、夏休みは潜伏キリシタン巡り。次回は早めに計画しよう
10月 駆り出された仕事で終わった
11月 金沢に行ったほかはなんとなくペースを取り戻せず終わった気がする
12月 台北、清里でフィニッシュ。最後に体調崩したけど1日で回復

仕事は5月まで高ストレスだったので、後半は流してしまいました。来年はもちっと。
前厄でしたが、体調はそこまで悪くなかったですかね。尿路結石はたぶんストレス。
友人とのお出かけで楽しい週末が多かったです。
飲食店の探究欲は薄くなったかな。

来年は結構楽しかった今年よりもっと楽しく過ごしたいと思います。
あと何か1個2個、新しいことをしたい。

2017年12月26日

パソコン買い換え

2012年に買ったVAIOの調子にむらが出てきたので、PCを買い換えました。
10年ぶりくらいにデスクトップ。Lenovoのideacentre510S(90GB0046JP)ってやつです。第7世代Core-i5、8GBで52888円。それとLGのモニタ22MP48HQ-Pを11980円で、前のノートと同じくらいの値段になりました。

デスクトップにした理由は主に2つ。

(1)机上のスペースを広くするため。PCを置いてある勉強机で飯を食ったり会社ノートを置いて仕事をしたりしていると、ノート置きっ放しは狭い。フットプリントはモニタの台のほうがはるかに小さいし、デスクトップのキーボードは邪魔なときは寄せておけます

(2)大きいモニタが欲しかった。大きいといっても21.5インチですけど。ちっちゃい画面はだんだん目がつらくなってきたのと、複数の画面を並べて作業するのって楽だなと会社の23インチを見ながら思っていたため

で、やっとWindows7→10になりました。そんなに難しいことはしないので特に困りません。
あと、無線LANを使い続けようと思ってUSB接続の子機アダプタ(ELECOM, WDC-867SU3S)を1490円で買いましたが、速度は40Mbpsくらいだし、高頻度で切れる。5mのケーブル(MCOのカテゴリ6A、ビックカメラで510円)でつなぐと90Mbpsくらい出で、当然切断もありません。本体の動作も相当軽くなりました。USBポートを通信に使うのはかなりの負担になっていたのかな?

モニタは画面が時々若干暗くなるんだけど、これは付属のHDMIケーブルの問題か、馴染み(?)の問題か……と思っていたら、エネルギーセーブ機能のせいでした。気になるので解除。

音は引き続きFMトランスミッターで飛ばしてコンポから聞いてます。
まあこれは当面このままでいいか。

* * *

25日の昼飯後、急に体調が悪くなり、帰宅してから深夜まで3回吐き、熱も出ました。
27日から鹿児島に出張することになっていたところ、この体調だとマジヤバイと思っていましたが、その出張案件が1月以降に延期になりました。奇跡が起きた。
先方から「ホントすみません」とお電話をいただいたのですが、「いえ万全を期してのことですから」と答えた声が弾みすぎていたのは否めない。

疲れがたまっていたところに、質の悪い鶏肉を食べたせいではないかと疑っています。2008年の12月末にも、やはり食べ過ぎで急性胃腸炎になってる。腹も身のうち。

* * *

■岡田匡『糖尿病とウジ虫治療―マゴットセラピーとは何か』岩波書店、2013年。

2017年12月10日

高原の忘年会

恐らく今年最初で最後の忘年会に土日で行ってきました。
場所は、山梨の清里。
メンバーは、今年いろんなところに出かけた気の置けない人たち、計7人。
(あ、いや、1人は今までよく知らなかったこともあってちょっと敬遠気味だったのだけど、2日間一緒にいてみたらとてもいい人でした)
前日、東京は雨、当地は雪が降ったようですが、土日とも快晴で山がはっきり見え、最高でした。

清泉寮というところで、暖炉のついたコテージを借りて自炊。
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行き当たりばったりで道すがらスーパーに寄ったのですが、結局シチューとか焼き肉とかに落ち着きました。
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シチューと暖炉ってすごく合うね!
深夜まで飲酒しました。
お風呂も広くて、星空がきれいで、遠くに街の灯りも見えてきれいでした。

朝は富士山と日の出を見ました。日の出は6時半頃ですが、山の上に出るのは7時前。
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平沢峠の駐車場から見た八ヶ岳は壮観そのもの。
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国立天文台の野辺山電波観測所の見学もさせていただきました。
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45mの電波望遠鏡は圧巻です。
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正面からは大きすぎてフレームに収まりません。
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そのあとシャトレーゼの工場を見て、これまた景色のいいサントリー登美の丘ワイナリーを見て、
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昇仙峡、ほったらかし温泉を堪能して帰ってきました。
宿以外はほぼノープランで出かけたのですが、終わってみると遊び倒した2日間でした。
冬の八ヶ岳ってどうなのかなー、冬季閉鎖の道も多いしスキー場はまだだし、と思っていましたが、天気にさえ恵まれればどちらを向いても絶景です。

途中で仕事関係でなんかやな感じのメールが入ったのを見てしまいましたが、休日に仕事のことを考えたくないので、以後メールを見るのはやめました。

楽しかった。

2017年11月30日

下旬まとめ

駒込で昼過ぎの仕事があったついでに寄った「きなり」。
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盛り付けがアレであまりおいしそうに見えないのですが、実際は芯の強い白醤油がとてもおいしく、一緒に頼んだ生姜の香りが効いてる炊き込みご飯に寄り道してから戻ってくるとスープが際立って、さらに満足しました。

* * *

金沢に1泊で出張してきました。
長野以遠の北陸新幹線も、金沢も初めて。

21世紀美術館は特に面白くなかった。

「ノーサイド」っていうところで食べたハントンライス。
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オムライスと白身魚のフライが何のシナジーも起こしてない。
むしろ「針の上で天使が何人踊れるか」的な空想を喚起する。(しない。)

「GOEN」ってところのおでんとお寿司。
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まず寿司だけ出てきて飲み物が来ないし、おねーさんはレジ操作も接客の仕方も把握できてないし、お通し400円とかで会計の2割を占めてるしで、素材はいいけど人と仕組みが全然だめだった。

新幹線で食べながら帰った中田屋のきんつばは謙抑的な甘さで好きでした。

仕事はあまり気が進まない感じで行きましたが、行ったら行ったで勉強になりました。

* * *

■ダニエル・ソロブ(大島義則他訳)『プライバシーなんていらない!?―情報社会における自由と安全』勁草書房、2017年

■都甲潔、中本高道『においと味を可視化する―化学感覚を扱う科学技術の最前線』フレグランスジャーナル社、2017年

2017年10月31日

10月補遺

1999年に利用させていただいた大学の短期留学プログラムが発展的に解消する?とのことで、記念の同窓会的シンポがありました。同じプログラムを利用した人たちがわーわーいうやつ。
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普段、ふつーの会社員生活をしてると忘れてしまいますが、なんかハイスペックな人たちの経歴ってすげえね。大学教員、国際機関の職員、キャリア官僚、商社、EU勤務、うんたら、かんたら。実は当初、弊管理人にパネリストの依頼があり、いったん引き受けたのですが、仕事の都合でお断りしてしまっていたのでした。いや、壇上で一人、おちゃらけたこと言う事態にならなくてよかった。

ということでシンポは途中で失礼して仕事に向かいました。
そのあとの懇親会ではマグカップやアラムナイの名簿など記念品が配られたんだって。チクショ

* * *

そんで別の嵐の夜には、中学時代の同級生のうち在京メンバー+上京おひさしぶり氏でミニ同級会が開かれたのでした。最も長く会ってなかったおひさしぶり氏は中学卒業以来なので25年ぶり。それぞれ記憶を持ち寄り、穴を埋めました。

弊管理人に関しては「髪型以外は変わってない」とのご評価でした。それは結構結構。
その他、しばらく会ってない人たちに関して噂話・近況など聞きましたが、
・横領でクビ
・ぎらぎらして気持ち悪くなった
・1ミリも変わってない
・激太り
・アニメに生きている
・19歳できちゃった婚
・芸人3年
・フリースクール主宰
・評判のいい医師になったが嫁がクソ
などバラエティ豊かでした。
25年たつと人なんて別人になりますし、それでいいと思うのですけど、変わらない人は変わらない。なぜ変わらないのか。環境に恵まれ変わらなくてよかったからだろう、たぶん。

* * *

10月はお酒飲みすぎでした。
あと、深夜に2回、からあげクンを食べてしまいました。

懺悔おしまい。

2017年09月23日

3連休のあれこれ

ちょっと足を伸ばして厚木のZUND-BARに行ってきました。
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あら炊きの塩。スープだけ、スープ+麺、スープ+麺+葱、でそれぞれ風味が変わります。頬張らずにじわっと楽しむべき出汁の味。「チーズダッカルビ好きっす」みたいな人には物足りないかもしれないが、老境の弊管理人は好きでした。

そんで温泉入ってさっさと帰ってきました。

* * *

放送大学のFMラジオ放送が2018年9月で終わり、受講してない人が聴けるのはBS放送だけになってしまいます。今はラジオをタイマー録音して持ち歩き、外回りや通勤時に聴いているのですが、さてどうしたらいいのでしょうか。

暫く考えていましたが、これだけのことだった。
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やってみたらできました。
・集合住宅の場合、BSはアンテナ端子とテレビのBSアンテナ端子を結べば普通に見られること
・録画機能のない普通のテレビにも、設定した時間に音声(と映像)を送り出す機能があること
これに気付いてなかったんですね、今まで。

* * *

暑さがましになってきたので、自炊再開しました。
昼はハンバーグ。6月から使ってない古い米と油と醤油をさっさと処理しなければ。

* * *

■Williams, H., Death, C., Global Justice: The Basics, Routledge, 2017.

グローバルジャスティスってなんやねんという疑問がここ暫くあって、丁度良く入門書が出たので手を付けてみました。
出発点はロールズで、それを踏み台にしたベイツやポッゲを経由し、セン、フレイザー、ヤングとかからポストモダニズムやラディカル・エコロジー、緑の国家まで多士済々駆け抜ける、大学初年度の学生さん向けの「リーダーとともに」読む概説って感じ。つまり本書だけだと、主要人物たちの布置は分かるが言ってることの内容はあまり分かった気にならない(語彙もノンネイティブには若干難しい)。でも弊管理人はおじさんなので、名前の羅列を見るとなんとなく何がしたい分野なのかが想像できました。

前半は思想小史。後半はアクティビズムの展開を紹介していて、去年たまたま仕事で絡んだ気候変動に重点を置いてあったので、後半のほうがサクサク読めました。そして、出会った国際NGOの人たちとか外交官とかがなんでああいう発言や行動をしていたか、やっと分かってきた。これは予想外の収穫。

この分野は理論と実践が両方大事というか、切り離せないよねというのは著者の言うとおり。ということはあまり「誰が何を言った」に偏らず、これ以降は具体的な国際問題を扱った文章に目を向けていったほうが楽しそうではあるね。

* * *

■仲正昌樹『NHK 100分 de 名著 2017年9月』NHK出版,2017年.

NHK教育でやってる「100分de名著」の9月はアーレントの『全体主義の起原』。初めてテキストを買って読みました。みすず書房から出てる本は高い上に3巻構成なので二の足を踏んでいましたが、この紹介を読むと面白そうかもと思えます。

2017年09月08日

天草

【9/7】

熊本駅近くのレンタカー屋で車を借りて、8時過ぎに出発。目的地は天草の崎津地区です。

たっぷり2時間半かかりました。
教会は珍しい畳敷き。祭壇は、ちょうど旧庄屋宅で踏み絵をさせていた場所にあるそうです。
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崎津は「潜伏キリシタン」関連遺産の登録が目指されている場所の一つです。禁教下でも集落の人口の7割がキリシタンだったとされています。神社もお寺もあり、残り3割の非キリシタンと共存していたというのが不思議なところです。(もっとも、集落内、時には家族内でキリシタンと非キリシタンが混ざっているのは他でもある普通のことだそう)
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「みなと屋」という古い旅館を改装した資料館で、丸山さんという方にいろいろお話を聞きました。史料が豊富にあるわけではないので分からないが、村の一体性を重視した結果ではないかとのこと。また、地理的な遠さから、島原天草一揆に参加しなかったことも強い弾圧を免れた一因かもしれないとおっしゃっていました。
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一方、宣教師がいないところで250年もなぜ信仰が続いたのかは不思議です。旅行に持っていった大橋幸泰『潜伏キリシタン―江戸時代の禁教政策と民衆』(講談社, 2014年)では、信仰共同体としての「コンフラリア」と、村の共同体の一員としてのアイデンティティがうまくバランスしていたことに原因を求めています。つまり、キリシタンであることはその人の唯一のアイデンティティではなくて、村の社会の中に埋没し、時にはお寺や神社の行事に参加したり踏絵をしたりしていたのだという。
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明治になって崎津の「潜伏キリシタン」は「キリスト教」に改宗したのですが、隣の今富という地区ではキリスト教が黙認されるようになっても改宗をせず、仏教徒のままキリシタンであり続ける「隠れキリシタン」の道を選んだそうです。水方(洗礼を授ける役)の一人を修験者がこなすなど、250年の間に仏教や修験道の要素が加わってオリジナルからはずいぶん形が変わっており、「本来はこういう感じ」という正解を見せられても納得ができなかったことが原因ではとのこと。
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なんでそもそもキリスト教がウケたのでしょうか。それも丸山さんに聞いてみましたが、ここに入ってきた宣教師が医者で、いろいろ困りごとを助けたことに恩義を感じたところから入ったのではないか、との説明でした。きっかけとしてはそうでしょうが、禁じられつつ250年も保持できるほどの動機は別のところにあったと思います。いろんなパンフレットを見ても、意外とここが触れられてないなあと。
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長崎の教会群に比べて、天草は圧倒的に展示や説明がしっかりしてました。
世界遺産になるのがいいかは分かりませんが、なりたいならなれるといいなと思います。

あとは、苓北町で「おっぱい岩」見て、
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カレー食って熊本に戻り、最終の飛行機で熊本空港から東京に戻りました。

2017年07月30日

観蓮会

先週のことですが、田無にある東大の農場で開かれた観蓮会に行ってきました。
休日限定の早朝覚醒により、朝7時のオープンに合わせて楽々現着。
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曇りで少し風がありました。でもかんかん照りだと体が辛いのでこれくらいがよい。
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蓮は、光があまり強くないほうがきれいに写る気がします。
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それぞれのピンクが夢のような発色でした。種はぞっとするんだけど。
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行く前はなんとなく池にいっぱい蓮が植わってるイメージを持っていましたが、実際は鉢や生け簀みたいのにさまざまな品種が入って並んでおり、「だよねえ」と思い直した次第。
ひまわりの迷路もありました。
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昔はそんなことを思ったことなかったのに、何か一斉にこっちを見ているようで気味が悪かったです。
駅前の松屋で朝飯食って帰りました。

* * *

この土日は寝たり起きたりしており、合間にいろんな人と会って、あっという間に過ぎていってしまいました。実家から桃が箱で届いたので朝に夕に食べてます。食物繊維が豊富で(皆まで言わない)

* * *

■加藤秀一『はじめてのジェンダー論』有斐閣, 2017年.

傷つけたり傷つけられたりしないために知識を仕入れ、関心を維持し、こういうじめじめ怒ってる人たちの世界になるべく踏み込まないで生きていきたいなと思わせてくれる筆致でした。説明が食い足りなく「なんで?」と思うところも少しありますが、見取り図として有用で、読みやすさもピカイチでした。

2017年05月28日

5月後半あれこれ

ドイツから戻ってこっち、1日休みがあったものの時差ぼけ調整できたようなできないような感じで、そのあとは離着任の挨拶回りと新旧職場の通常業務が同時並行で入ってきてばたばた過ぎていきました。どっかで1日休みたいなと思ったものの、休めず。遺憾。

* * *

おいしかったものは、大久保駅近く「瀧元」の鱈豆腐。
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おだしに豆腐と鱈が浸ってます。おいしい。
立地と店構えは大衆的ですが、値段は大衆的じゃないです。

それから、新橋「駿」のランチに汁なし担々麺があったので賞味。
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屹立した何かはないけど、食べてよかったランチでした。
しかしやはりこのお店は水炊きを食べるべき。

* * *

土曜、仕事上がりに飲んでたお店で弊管理人が帰ったあとに暴力事件があったようで、疲弊したスタッフ&居合わせたお客さんと計4人で日曜夕方から慰労を兼ねて温泉にいってきました。
埼玉県杉戸町にある「雅楽の湯」。虫取り網を持った少年が田んぼわきを歩いているような、絵に描いて逆さに吊したような郊外だけあって、造りはゆったりしていて、人が多かったはずなのにゆっくりできました。

新宿に帰ってきてサイゼリヤで飲み。ワイン飲んでお腹いっぱい食べて1人2100円(震)。
「なんか、やっとお休みの日としてまとまった気がしたね」と言い合って別れましたとさ。

* * *

今年のクーラー初日は5月22日だった。
ちなみにGWから掛け布団なしの毛布のみで寝ている。

* * *

■岡本太郎『日本再発見 芸術風土記』KADOKAWA, 2015年.

岡本太郎の生き方は当然ながら弊管理人とは全然違うが、いいと思うものはかなり近いのではないかと思っています。そしてこの文章は本当に好き。『沖縄文化論』、これときて、次は『神秘日本』にいこうじゃないか。

■大澤真幸『〈わたし〉と〈みんな〉の社会学』左右社, 2017年.

『まなざしの地獄』に解説を書いた2008年ごろから、大澤真幸は見田宗介がもうすぐいなくなると考え、その仕事を組み直して同時代の人たちへのアクセス性をよくしようとしているのではないかと勘ぐっています。対談ですがほとんどゼミで先生に喋らされてる学生みたい。

■プルースト, マルセル『失われた時を求めて』イースト・プレス, 2009年.

大学生のころ、フランス語の授業でさわりだけ読んだ作品を「まんがで読破」シリーズで。『宇宙皇子』と本作は読み通しても達成感以外何もなかろうと思ったので漫画で済まさせていただいた。必要十分であった。ドイツに行く途中の飛行機で読了。

2017年05月06日

連休【追記】

■1日

ぱたぱたと仕事。

■2日

いそいそと仕事。
終わっていったん帰宅し、友人と連れ立ってクラブ的なところへ。
これはこれで面白かった。結局夜更かしして3時半就寝。

■3日

友人と夕方に新宿三丁目で合流、4月30日に予告したとおりモモタイで小皿料理とシンハービールをいただいて、日本橋へ。
玉川太福(浪曲)、神田松之丞(講談)の二人会です。
浪曲、初めて聴きましたがすごい音圧、そして楽しい。声を出して笑いました。
・労務者2人がお弁当のおかずを交換しそうでしない
・19:43発新栃木行きの電車に乗りそうで乗らない
という2席でしたが、これはひょっとして極北だったのか……
あと貫禄のある太福さんが年下だったことをさきほどウィキペディアで知ってショック。

そのまま友人と酒場へ、しかし頑張って帰って1時半就寝。
いつも新しい体験にお導きをいただけてありがたい。

■4日

また別の友人2人を誘って、カーシェア使って秩父へ。

高 速 激 混 み。

もうちょっとで群馬、みたいなところにある「白寿の湯」で風呂に入って帰ってきました。
そこではゆっくりできたものの、結局友人らを長時間、車中で過ごさせてしまい、若干遺憾。

東中野で1人拾って、4人で居酒屋に行きました。
いや弊管理人としてはとても楽しい1日だったんだけど。

■5日

終日、在宅で仕事してました。
休日潰してもどうせ報われないんだろうなと思うとやる気が少しも起きない。

久しぶりにノンアルコールな1日でした。

* * *

振り返ると日替わりでいろんな人と遊んでるな。

-----ここから7日追記-----

■6日

夕方から友人と2人で深大寺の湯守の里へ。
しかるのち「カウボーイ家族」でハンバーグとサラダバーを喰らい、帰宅。
ちょっとだけ、と思って酒場に行き、ちょっとだけ飲んで帰宅、寝る。

■7日

今度は別の友人がカーシェアの車を出してくれて、また夕方から4人で戸田の七福の湯へ。
新宿に戻ってサイゼ飲みしようとしたら行列していたので、待ち時間のないトリキに転戦。
くっちゃべりながら30分かかる釜飯まで平らげて帰宅。
結局、ほぼ毎日酒を飲んだ。
出費は例年並みか例年より少なかったような気がする。なんとなく。

* * *

(1) 大型連休って、「楽しい思い出」をゲットするための技術・技量を集中的に試されてる気がしてしんどい
(2) (1)のように感じる人と感じない(=自然に遊びの予定が入る)人の格差も露わになってしんどい
(3) 弊管理人は(1)も(2)も半分分かるけど、基本的に休みは嬉しいのでそんなにしんどくない

* * *

人と遊ぶと、その人が写った写真をアップするわけにいかないため、日記が文字ばっかになることを発見しました。
これまで如何に独り遊びが多かったことか。

2017年04月30日

連休もどき前半

新宿三丁目、モモタイ。
朝7時から夕方6時までやっていて、夜はガールズバーだそうです。
むかしこの店舗、港屋をパクったような蕎麦を出してましたっけね。
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よくあるタイ料理とひと味違った香り。
これは小皿料理も食べにまた来なければなるまい。

* * *

嫌すぎる出張が控えていて準備を少ししなければならないのもあり、また遊ぶ気分にならないのもあり、この連休は帰省するのはやめて6月に先送りし、東京で過ごすことにしました。
土曜は在宅で仕事と読書、日曜は昼ごろ中野のホームセンターに行って材木を買い、ベッドサイドの棚を作りました。そんで上記タイラーメンを食べて帰宅。

* * *

日曜早朝、何の夢だか忘れたけれども叫んで目が覚めました。
正月以来です。
そのあとは平和に二度寝。

* * *

昨年6月に就いた担当から、来月下旬をもって外れることになりました。
本来は2年はやることになっていたところ、「どうにも合わない」と1月下旬くらいから管理職にかけあっていたのが実ったようです。
良くも悪くもさまざま勉強になったのは事実ですが、無理する理由もないかなと。

* * *

そんな余裕あるんかいと自分にツッコみつつ、何年かぶりにリバーシブームを到来させてしまった。

* * *

■一ノ瀬正樹『英米哲学史講義』筑摩書房, 2016年.

放送大学の教科書が下敷きになっているだけあって、力一杯わかりやすく書かれていると感じました。英米哲学の基本文献の邦訳につける訳者解説をまとめたような本なので、まだ読んでいないものを読んだらまたここに戻ってきたいと思います。
・留学中に授業で原書をつまみ食いした『アナーキー・国家・ユートピア』はやはり通読しないといけない気がひしひしした。しかし5500円……
・「生物学の哲学」は字面から想像してたのとちょっと違った。そのうち一冊読もう
・古本で買ったままになってる『人間知性研究』もいい加減手を付けないと
・あと『哲学探究』もなあ
・ベイズ主義に至ってはどう入っていけばよいやら……

2017年04月25日

うどん、肉

土曜の昼は、高田馬場で「大地のうどん」。
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透き通ったうどん。出汁は昆布、鰹、そして鯖なんだって。
いや、別にうどん好きじゃないんですけど、なんとなく。
いや、かなりうまかったですけど。

* * *

午後、炊飯器のタイマーを入れたものの、なんか味気ないと思って。
友人を誘い、カーシェア予約して、雨の中、調布の温泉に行ってしまいました。
そんで「カウボーイ家族」で150gのハンバーグと150gのステーキで夕飯。
そういえば、独りで肉充ってしないかも。
と思うくらい、久しぶりな感じのする肉での満腹感でした。

そのあと車を返して、そのまま友人と中野で飲んで、歩いて帰ってきました。

* * *

日曜は、住んでるところの管理組合の総会がありました。
引っ越してきてから初めての出席です。理事になってしまいました。
終了後はちょっと仕事(いけてなかった)。

そしてやっぱり飲みに行く。
行こうと思っていたイベントの招待券をいただきました。

* * *

連日3時寝とかでしたが、そういうわけで、この週末は勝利感がありました。
それにしても、なぜこんなに週末に何かしなければいけない強迫に苛まれているのだろう。

* * *

タイマー入れたままのご飯は、翌朝まで14時間保温されてました。
半分食べて、あと半分はまだ残ってます。
チャーハンにでもしようか……

2017年04月01日

とうとう春が

寒い雨の土曜。朝起きたら、窓際に置いた睡蓮木の花が咲いていました。
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何かしかし蕾にも咲きっぷりにも馴染みのない感じがあるなあ、と思って調べたら、南アフリカ原産でした。
日系ペルー人の知人が、見た目は全く日本人なのに表情が何か違う、みたいな感じか。違うか。

* * *

昼間、八王子の京王片倉近くにある「竜泉寺の湯」ってところに行きましたが、塩素くさくてあまり心地よくなかったです。

で、夜。
ローテンション同志であるところの友人と夕飯を食べることになり、この友人が交際している中国の子に教えてもらったという、池袋の「四川麻辣湯」に連れて行ってもらいました。
ロサ会館の近くにこんなのあったっけ、と思うくらい知らないと入らない雰囲気。路面店なのに。そして入ったとたんに外国の中華街の匂い!!
スープと麺の基本料金480円。そこに入れたい具(1個100円)を棚から好きなだけとってカゴに入れ、レジで会計します。麺はラーメンみたいのや、細い春雨、平べったい春雨(弊管理人はこれを選択)が選べます。スープの辛さもちょい辛から大辛まで。弊管理人は初心者なのでちょい辛にしました。
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ちょっと待つと、こういうのが来る。
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うめえあああ!
中辛を選んだ友人のスープもちょっと飲ませてもらいましたが、ちょっと痺れが足されるくらいですね。こっちでも大丈夫かも。
いいところを教えてもらいました。

* * *

明けて日曜は晴れてそこそこ暖かくなりました。
大学時代の同級生とお花見。
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母校のキャンパスの野球場にも春が降ってきていました。
ここの桜の枝ぶり、好きです。
満開まではもうちょっと。

そういえば大学の入学式は4月12日でしたが、会場近くの千鳥ヶ淵の桜が満開かちょっと盛りを過ぎたくらいの勢いで当時の写真にうつっています。
きょう、同級生とその話をしたら「その年は特に寒くて、だいぶ遅くまで雪が残ってたはず」と言っていました。そうだったか。

[4月3日追記:これまでの開花日と満開日をみると、確かに1996年の4月7日満開は前年と並んでこの四半世紀で最も遅いですが、顕著に遅いわけでもありませんでした。ちなみに定義は「さくらの開花とは、標本木のつぼみのうち、5~6輪の花が咲いた状態をいいます。満開は、全体の花芽の80%以上の花が咲いた状態をいいます」(金沢地方気象台)]

さすがに20年たつとみんな古くはなっているが、基本線は変わらない。
人文系の人たちのせいか、妙にすれた感じにもなってないところに安心感があります。
「ニュージーランドへの交換留学派遣を決めるための面接で、西洋古典学の先生から『ニュージーランドは西洋だと思うか』と聞かれて『西洋だ』と答えたが、今思うにそれは蛮勇だった」「俺はロックとバーリンで書いた卒論の口頭試問で『君が日本に生まれたことと自由の関係をどう思うか』と聞かれたので『覚悟を決めて生きたいと思います』と答えたら褒められた」といった艶っぽい昔話をしたり、「メルロ=ポンティって今時の学生も読んでるの?」とかきゃあきゃあおしゃべりできるというのは貴重なことです。

* * *

お花見中に職場から電話がかかってきて、やっぱり5月はドイツに行けという話になりました。
くう……(でも実は半分以上諦めていた)

* * *

■加藤周一『二〇世紀の自画像』筑摩書房, 2005年.

古い友人に「目指すところは全然違うが歩き方が(弊管理人と)似ている」と加藤周一を薦められたため、適当な古本を買って読んでみました。
が、半分ちょっとくらいまで頑張ったものの「もうええわ」となってしまいました。それ一つ一つが本1冊になるようなテーマをばさばさ整理しながら20世紀をまとめる対談のようなものを、今更食べる気にはなりませんでした。

2017年03月26日

3月は去りそう

3連休明けて火曜から1週間が始まると、せわしないけど息切れせずに走れていいですね。

土曜日は南青山の岡本太郎記念館に行ってきました。
新宿西口の渋谷餃子で餃子ランチを食べて餃子欲求を満たしてから、JRで原宿まで行って、てくてく歩きます。ものすげえ人人人。

ちょっと落ち着いたところで、表参道のベン&ジェリーズにて買い食い。
ケースの前で迷っていると、おねいさんが「試食できますよ」と声をかけてくださいました。
ちっちゃいスプーンで一口分、渡してくれます。いいサービスですね。3種類食べて↓これにしました(なんだっけ、ベリーっぽいやつ)。
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スプーンの上にはさらに「新発売の桃です」と別の味のアイスをのっけてくれてます。
結構甘いけど、中にホワイトチョコなんかも入ってて楽しい。

記念館は太郎氏のアトリエです。
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あっどうも。
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全館撮影可なのがよい。
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去年『沖縄文化論』で久高島に行くきっかけになったし、もう1冊、紀行文を読もうかな。
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詳しい解説もないし、物量は多くないので、岡本太郎をよく知らない人は先に川崎市岡本太郎美術館(リンク先は去年の日記)に行ったほうがいいと思います。
100円のコミュニティバスに乗って赤坂見附まで出て、定期で帰ってきました。

* * *

日曜は朝から寒い雨の日だったので、昼から深大寺の「湯守の里」に風呂に入りに行ってきました。調布駅前から送迎バスに乗車。アクセスは悪めでしたが、わりと空いてるし、露天風呂のあるお庭は鬱蒼として幽玄といえば幽玄だしで気に入りました。あまりかんかん照りでない昼間に来た方がいいな、ここは。

帰りは時間の関係で武蔵境駅行きの送迎バスに乗り、東中野で降りて昼飯食って帰りました。
なんか最近、電車やバスに乗ったり、長い距離歩くのが好きらしいです。

* * *

懸案が懸案を生んでるのだけど、もうあの、困り果てたなあ、という気持ち。

* * *

■ジョナサン・ウルフ『「正しい政策」がないならどうすべきか』(大澤津, 原田健二朗訳) 勁草書房, 2016年.
Wolff, Jonathan, Ethics and Public Policy: A Philosophical Inquiry, Routledge, 2011. の全訳。(書誌情報、どう書くのがいいのか……)

このところ、イギリスの大学の修士課程の導入科目で参考書になっている本の中から面白そうなのがないか探しています。で、この本は確かLSEのコース案内で見つけて、アマゾンで原書を買いかけたのですが、邦訳が最近出ていて、かつあまり原書より高くないことを知って、楽をしてしまいました。

でも、結果として邦訳のほうを買ってよかったと思います。哲学の研究者が政策立案に関与するというのはどういうことなのか、特にそういう実践がずいぶん進んでいる英国ではどうやっているのかといった、まとめと背景説明を訳者解説が引き受けてくれていて、とても助かりました。英国の研究者が英国の読者に向けて書いている本文だけではちょっと見えにくいので。

日本では各省庁の審議会に哲学の人が出てくることはまれだし、先端研究を扱う生命倫理専門調査会でもなんか今ひとつな議論ばかり。そのあたりと引き比べながら読みました。もちろん動物実験の是非や刑罰、保険制度など個別の議論も面白かったです。

2017年03月22日

3連休とその前後

金曜は不安定になったとみえる友人から夕食の誘いがあり、久しぶりに夏目坂の「高七」で天ぷらを食べました。夜は初めてですが、リーズナブルですね。
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天ぷら定食、かき揚げ丼つきというヘビーなメニューを頼んでしまいました。
「天ぷらは蒸し料理」というコンセプトは大いに共感するところです。
おいしかった。そして弊管理人的おすすめの一番はやはり上天丼であったことを確認。

とても控えめに飲んで帰りました。

* * *

土曜日はずっと不義理をしていた仕事先の集まりが東大本郷であったのでちょっと顔を出して、でもあまり面白くなかったので中座して、上野を散歩して帰りました。

ちょっと運動してから、とても控えめに飲んで帰りました。

* * *

日曜日は散歩がてら新中野のうどん屋「花は咲く」へ。
とり天ぶっかけ冷。
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弊管理人はうどんリテラシーがないと思うけど、つゆ、麺、とり天、全部おいしかった。
ピーク時間帯は結構並ぶんでしょうね。13:30くらいに行ったらほとんど待たなかったけど。
中野の島忠で睡蓮木の盆栽を買って帰宅、昼寝をしました。

ちょっとおつきあいで夜遊びして、3時半就寝。
すごい久しぶりにこんな時間まで遊びました。
懐かしい感じ。でももういいかな。

* * *

月曜日は久しぶりの友人が遊びに来ました。
6時間にわたっておしゃべりしましたが、弊管理人を駆動しているのは「怨念」の力だ、と喝破されて深く納得してしまいました。
あとは、「加藤周一とゴールは全く違うが考え方が似ているから、著作を読むと面白いと思う」と勧められたので、アマゾンで1円の古本を注文しました。
友人は弊管理人お勧めの文庫やら新書やらを棚から何冊か持って帰っていきました。もちろん自分で持っていたいけれども、じゃあもう一度読み通すかというと多分それはない。弊日記にメモは保存してありますしね。それなら面白く読んでくれる人にもらわれていくのも悪くないか、と思いました。

で、運動して、いつもにも増して控えめに飲んで、就寝。
飲んでばっかり、でも意外と普段話さない人たちといっぱい話した連休でした。

* * *

憂鬱な連休明けの火曜は、やはり体が重く、朝一番の用事を忘れてすっぽかし、しかもなんとパソコンを忘れて出勤するというあり得ないミスをし、滞在20分くらいで帰宅して、そのまま1日在宅で働きました。電話とパソコンがあれば大抵の用事は足りるもので、しこしこ仕事をしているうちに体調は普通くらいまで回復しました。

寒い雨の日でしたが、東京の桜はきょう21日に開花宣言が出ました。
とうとう春が来てしまった。来なくていいんだけど。
この冬は「すっごい寒い」と震える日がなかった気がします。
無印の裏ボアのブルゾンと、アマゾンで買った裏ボアのスウェットのおかげで、来客のあった1日以外は全くエアコンを使うことなく、暖かく過ごせてしまいました。

* * *

■足達英一郎他『投資家と企業のためのESG読本』日経BP社, 2016年.

必要があって、この4日で読みました。

2017年03月11日

石その後

救急搬送当日のCT画像を持って泌尿器科を受診。
いたよ。
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矢印の先の白い点が石だって。確かにこれは、見る人が見れば一発な感じは漂ってる。
2~3mmとかなり小さいですが、右の腎臓(写真では左側)が若干腫れているようにも見えるそうです。腎臓の出口すぐくらいのところで詰まった可能性があるそう。こんなんであんなに痛いのなら、センチメートルの世界の人たちの痛みはいかばかりか!!

あらためて尿検査をしましたが、pH6.5で正常、血尿もありませんでした。
若干酸性(つまり望ましくない方向)ですが、病気の人はpH5くらいが続いていて、それを6にするのが目標になるので、全然問題ないということです。
「最初の病院では尿についてどう言ってました?」と聞かれましたが、当該病院では「尿路結石です」って言われただけだよ。

石が落ちてくるとおしっこが溜まっていなくても尿意が生じて頻尿になるというのですが、そういうことはありません。弊管理人くらいの大きさでも出れば分かるというのでまだ出てないのでしょうが、でももしかしたら最初のほうで出たかもしれないと。

薬は中止して、1カ月後にまた超音波と尿検査で様子を見ることになりました。
食事も特に制限はなし。水は引き続き飲みますけど。
尿路結石以外の可能性も一応排除されたようです。

ちなみにもうちょっと下の方にはでっかい白丸があって「わ!!」となりましたが、
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これは「全然病的なものではない、静脈などにできた石灰質のもの。非常によくあることです」と説明を受けました。そうなん?

2017年03月04日

痛い話(2)

右下腹部の痛みで搬送されてみたら尿路結石と言われた話の続き。

結局、痛みは1日で大体収まり、「でも、なんかいる感じ」とともに1週間過ごしました。
石の排出を促すという薬を毎食後に飲んでいますが排出はされず、「なんかいる感じ」の場所も特に動いていません。いろいろ知りたいこともありますが、救急で当たった消化器内科医は心許ないので、泌尿器科学会の専門医がいる医療機関を近場で探し、家と職場の間にあるクリニックに出向きました。

問診でこの間の経過を説明すると、超音波で背中から中の様子を見てもらうことになりました。
尿管が詰まったために尿が出ていかず、腎臓に負荷がかかる「水腎症」になっていないかをチェックしてもらいましたが、それは大丈夫のよう。その周りにも特に石らしきものは見えませんでした。
次に尿検査をしましたが、血は出ておらず、PHは7.5と弱いアルカリ性で「いいおしっこ」だとのことでした。これも結石の存在、あるいは少なくとも存在して悪さをしていることを支持するものではなかったようです。

Q ではまあ結石が存在するとして、なぜ痛かったのか?
聞いてみると、弊管理人のように腎臓そのものに目立った異常がない場合でも、石が尿管に引っかかった際に痙攣のようなことが起きて痛みが出るということのようです。

Q 今後の見通しは?
自然に排出される場合はいったん膀胱に石が落ちる。その時には膀胱が刺激されて、尿が出ないのに出したい感じになったり、残尿感があったりするかもしれないとのこと。出るまでの期間は人によりまちまちで、早い人はすっと出るが、遅いと数カ月かかることもあるそうです。

Q とりあえず最初に出た1週間分の薬はもうすぐ飲みきるが、その後はどうすべきか?
泌尿器科医の反応は「うーん」という感じで、実際そんなに効くのかね、と疑っているようでしたが、次に相談する1週間後までの薬は結局、処方されました。もともと植物由来の民間薬として使われていた薬で、飲んでいたってそう悪いこともないだろうという判断だったのでしょう。来週の診療では中止になるかもしれません。

Q 食事にいろいろ気をつけることがあるようだが……
「今の時点で特に気にしなくていい」とのことでした。シュウ酸が悪いとか、カルシウムがいいとかは言われているが、まあ水をこれまでの倍くらい飲むように気をつければいいんでない?という感じ。泌尿器科学会が公開している(太っ腹)2013年版のガイドラインにも同様の記述がありました(pp.93-94)。
なお、上記ガイドラインの再発予防に関するあたりを読んでみましたが、紅茶や緑茶は必要がなければやめといたほうがいいしやめられるものの、葉物や魚(プリン体)はそれなりに食べないわけにはいかない、脂質や塩分、糖分、アルコールは過剰にとらない、といったところ。まとめりゃあ「生活習慣病予防を意識した食生活をしようね+水飲もうね」つうことだと解釈しています。

Q でも画像所見が何もないとすると、別の病気の可能性もありまよね
「ありますね」ぞっ……
でもまあ、さまざまな状況証拠(腹痛に至るまでの生活や、痛くなり方など)を考えれば結石の軽いやつだろうという気はします。CTの画像をもらってきて、次の診療のときに検討しましょうということでしたので、早速もらってきました。CD-ROMで1080円、自費。

弊管理人の腹部です。ふええ初めて見た。なんか尻たぶのラインとか恥ずかしいね。
腰のところが変にくびれているのはスウェットのゴムのせいか。
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ついでに面白かったので輪切り画像に現れたチンコと玉。
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こんなん見て病変部が発見できるってのはすごいと思うけど、超音波で調べた泌尿器科医は「やっぱりCTが確実」と言ってました。

* * *

ほっとくと何もしない性質の弊管理人は、そういう自分を分かっているだけに「無理してでも出力を上げて滋養にする」というのを心がけて、仕事上、嫌なことにもいろいろ手をつけてきたのですが、これからはそこに持続可能性への考慮を入れていかないとなと思ったものです。

また、11月のいやーな出張から解放されてからこっち、痛飲して帰ってつまみ食いしてそのまま寝る×週2~3など生活が乱れまくっていたところ、「待て待て待て」と体が警告を発したと思うことにします。実は酒が好きかというと好きではないし、酒場に通いたいかというと最早そこまででもないような気がしてくる。おつきあいの飲み会とか、惰性でやっていたことを少し整理していきたいものです(早速1個断った)。

* * *

それじゃあまあってんで、大久保の護摩龍で担々麺を食べてしまいました。
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シュウ酸たっぷりほうれん草が載っててちょっと引いた。
太めの麺も濃厚なゴマのスープも好みでしたけど。今月のラーメンはこれでおしまい。

2017年02月28日

痛い話

月曜の朝、目が覚めて「起き上がろうかな」と思ったら、右下腹部が痛くなりました。
足が攣ったときのようにぎゅーーーっと内臓が締め付けられる感じ。なんか変な体勢で寝て筋でも傷めたかと思いましたが、姿勢を変えても痛いし、待っても痛さが変化しない。
ちょっと一人では病院に行けないかも、というかいろいろ考える余裕がない、ということで#7119に電話して問答していたら、そのまま救急車派遣となりました。

腰の曲がったおばあちゃんみたいな姿勢で家の鍵をあけ、保険証と財布と携帯を手に持って床にうずくまっていると、救急隊到着。つかの間、痛みが和らいだので「これだったらタクシーで病院いけたかも」とちょっと大ごとになって恥ずかしいという思いとともに歩いて1階まで行って、ストレッチャーに乗って車内に運び込まれると、また痛みが襲ってきました。

車内では血圧と脈拍と体温を測られ、「激しいスポーツしてました?スポーツ心臓と言われたことは?」と聞かれました。なんか徐脈らしい(48bpmと聞こえたような。確かに脈拍は遅い)ですが、目下の問題はそっちではありません。電話番号と名前の字解、(弊管理人の名字を知っている人にしか分からないが)「く」か「ぐ」か、みたいな細かいことを確認され、(いいから出発してくれ~)と思いながら答えていました。結局、入院用のベッドはあいてないので、入院という判断になったら転院してもらう、という条件に承諾した上で、救急をやっている近くの病院に入りました。

病院に着くと、現れた消化器内科医が痛いあたりを圧したりしてから「尿路結石じゃないかなあ」と言いながらいったん姿を消しました。弊管理人はすぐに地下のCT室に運び込まれました。
バンザイの姿勢で息を止めているうちに撮影終了。また地上に戻ってストレッチャーから降り、トイレで採尿して診察室に入ってベッドに横たわっていると、さきほどの消化器内科医が戻ってきました。
「尿路結石です。座薬で鎮痛して、あとは水をいっぱい飲んで自然に石が出るのを待ちましょう。痛み止めを出しておきます。ほうれん草とかキャベツとか、シュウ酸が多い食べ物はネットに出てますので調べて、あまり多く食べないようにして下さい」
と言って出ていきました。

こちらも痛くて聞く余裕がなかったけど、何ミリくらいの石がどこに詰まっているのか、なんで痛いのかなどは教えてくれなかった。CTの映像も見られなかった。たぶん自然に出るのを待つと言われたところをみると小さいのだろうけど。尿検査もPHとか血とかを見たと思われますが、何をどうやって診断に至ったかが全く分かりませんでした。

弊管理人の症状はまだ軽いほうらしく、「ほかの方だとホント、のたうち回る方多いんですよー」と看護師さんから言われながら座薬を入れてもらい、20分ほど休んで、あまり効いてない段階で会計。痛みがそのままだったので、右側だけ伸びをしたような変な姿勢で椅子に座っていましたが、だんだん頭がぼーっとしてきて、痛みも少し和らいできました。そのまま会計をして、近くの薬局で頓服の痛み止めと座薬と、石の排出を促す薬(ウロカルン)を買って帰りました。近所なので歩いてしまいましたが、上着を着てこなかったので寒かったです。

家に着くとエレベーターが点検中だったので外階段から自室の階まで上がり、帰宅。トイレに座ると座薬が出てしまったので、痛み止めを飲んでベッドに横たわりました。悶えていて疲れたのか、このところ睡眠があまりとれていなかったせいか、3時間くらい寝ました。

午後。鈍痛は続いていたものの、外すと後が面倒そうな仕事に出かけ、また痛みが増してきたところを変な格好で耐え、帰宅。でも、「なぜ痛いのか」が分かっただけで相当、気分的にはマシです。(友人から「あそこはヤブ」と聞いていた病院だったので、ほんとに尿路結石でいいのかね、という疑いは頭の隅にあるのですが)
寒い中を歩いたせいか熱も出てきたので、上司と同僚に「明日は完全休養にします」と一方的に宣言して寝ました。

そのあたりの連絡を兼ねて結石の話をしたら、何人かの同僚や友人から「私も20代のときに」「父が」など激痛話と同情が返ってきたので、結構経験者がいるようです。

* * *

「ネットで調べて下さい」といわれて「尿路結石」と調べてみても、出てくるのは本当かどうか怪しいサイトばかり。ac.jpとかgo.jpという検索語をつけて調べてみました。
だいたい共通するのは
・30-60代の男性に多い(男性の場合は一生のうち10人前後に1人が経験)
・再発しやすい(数年~10年以内に半数とか6割とかいう情報が多かった)
・予防として水はたくさんとれ
・運動しろ
・特に汗をかいたあと、飲酒のあと、寝る前には水をとれ
・夕飯食ったら4時間は寝るな
・清涼飲料、炭酸飲料、ほうれん草、竹の子、コーヒー、紅茶はダメ。塩分、脂肪も控える
・野菜や果物(カルシウムとクエン酸)は適量摂取
・ほかに、ビタミンCの過剰摂取を控えるとか、水分は煎茶でなく番茶や水でとれと書いてあるところもありました。「ストレス」を原因に挙げるところも多少
つまり、「水を飲む」ほかは生活習慣病予防になるようなバランスのとれた食生活をしましょうね、ということらしい。

確かに弊管理人の水分摂取は足りてなかったと思います。食事をしてるときに「よく水を飲むね」と思う相手が多かったということは、自分はあまり飲まないほうだったのでしょう。
それを除くと、生活習慣、ストレス含め、問題の大半が仕事由来だと感じます。これまでの健康診断の結果からすると、ストレスが強いときは尿酸値が上がる体質っぽいので、腎臓の保護から考えても今の環境は健康によくない。早く職場を移りたい。

2017年02月26日

2月は逃げる

東高円寺、川中屋。
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このところ焼き鳥が大変お好みで、先週、先々週と鳥貴族に行ったのですが、こちらの焼き鳥はトリキよりもお安いうえ量も多く、そしてポテトサラダ、たたき、鳥スープごはん(九州出身の同行者によると「鶏飯(けいはん)」というのに近いそう)など他のメニューもとてもおいしくて満足でした。日曜日でもやってるのがえらい。でも混み混みでした。予約が安全。

* * *

2月をほぼ空費してしまった気の進まない仕事に、ようやく出口が見えてきたような感じ。
しかし「この方向性は間違っていると思う」と今でも思っている方へまとまるという……
問題にならないといいけど。

* * *

花粉が目にきはじめた!
・アレルゲンを粘膜に触れさせない
・体調を整える
で乗り切りたいと思います。しばらく寝具を外に干せないのが痛い。

2017年02月19日

フレンチと桜

友人と高田馬場のビストロ、ラミティエでお昼を食べました。
2品選びます。テリーヌ。
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アッシパルマンティエ。チーズの下はマッシュポテトと挽肉です。
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友人の選んだ鴨のコンフィもかなりのボリュームでした。
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洋梨のタルトまでうまかった。
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どれもうまかったので無闇に写真が増えました。
周囲を見てみたところでは、鉄板は「キッシュ」と「鴨のコンフィ」かなと思いました。

そんで、3.11の直後以来かと思うけど、新宿御苑。
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寒桜が咲いていました。
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河津桜も盛りです。
染井吉野はまだ小さな蕾がついたくらい。
温室は初めて見ましたが、よくできていました。200円で十分楽しい。
それにしても梅も咲いているというのに、なんとなしに影が薄いな。

お茶飲んで、ゴーゴーカレー食って、ばいばいしました。

* * *

■フット, P. 『人間にとって善とは何か』(高橋久一郎監訳)筑摩書房, 2014年.

20世紀の終わり、英語圏で倫理学の授業をとったとき、いかにも「普通に基本ですからねこれね」といった風情で「Virtue Ethics」というのが出てきて「何何何これ」と思ったのが思い出されます。

* * *

父が65歳の誕生日を迎えました。
「おめっと」と携帯でメッセージを送ったら「めでたくもないが、バスの無料券もらった」と返ってきました。

* * *

先日、6-7年ぶりくらいに会う人とひょんなことからお酒を飲むことになりまして、その酒席で、実は昔、弊管理人に好意を寄せていた人に対して周囲が「あの人(=弊管理人)は難しいからやめておけ」と止めた、ということを聞かされました。

「まあもう昔のことですから気にしませんけどねえ。ちなみに誰が言ったの、それ」とか柔らかい感じで追及してみると、意外と仲が良い気がしていた人、弊管理人に好意を寄せていた人に好意を寄せていた人(物故)など名前が挙がり、若干のバイアスは窺われるものの、一見平穏な人間関係の裏でそう思われていたか、と結構衝撃を受けました。

そして内容は「タバコがものすごく嫌い」(今でも嫌い)、「遅刻に怒った」(怒るわ)、「見下されていそう」(表情に乏しいせいか。あるいは面白いものをクスクス笑う癖は確かにある)など、うーんまあそれは失礼しました、でも我慢しておつきあいしても長持ちはしなさそうやねというものが主だったよう。

当時、それ以前に比べれば改善されてはいたものの、なお今よりも怒りっぽかった&怒るポイントがおかしい部分があった&いろいろ周囲と話が合わない部分があったことは認めます。今般の酒席では「顔つきが優しくなった」と言われました。今ならもう少しましな対処ができるのかなとは思います。遅刻→リスケジュールをさっくり決然としたりとか、微笑みを絶やさないとか。しかし滋養にはなるが面倒だな、人付き合い。

2017年01月29日

一月は暮れる

仕事で八重洲に出たついでに、「京橋屋カレー」。
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右側が鶏・キャベツ・えびの「ときえカレー」。辛くないです。香りが面白いし、full of taste。
左は辛口の鶏カレーですが、いやこれがまた、辛いもの結構好きな弊管理人でもいったん引くくらいスパイシーでした。しばらく置いて冷めてきてやっと食べられた。でもスパイスにはトゲだけではない深さがある。
1600円てちょっと高いですけど、「今日は特別」って日にまた食べに来たい。味わって食べてたら次の予定に遅刻しちゃった。
価格のせいか知りませんが、昼時なのに小ぶりな店内の席が満席になることはありませんでした。

* * *

ところで1月24~25日にかけて、突然アクセス数がいつもの倍以上になったんですけど、なんですかね。
有斐閣の『現代政治理論』のメモのエントリーから入ってる人が多かったようなので、どっかの学生さんの期末テスト対策に使われたりしたのでしょうか。

書いたのはもう2年前で、まだ結構断片的な書き方をしていた頃なので、あまり参考にならなかったでしょう。どうもすみません(誰に言っている)。でもいい本ですよね(誰に言っている)。

* * *

土曜夜、久しぶりに「アカシヤ」でロールキャベツを、と思ったらえらい行列ができていました。何があったのだ。
ということで若干彷徨ったところで新宿の老舗「ラ・ベルデ」。
カルボナーラを頼んでみました。
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ベーコンがバルキーなのが最大の特徴といった感じだけど、盛りがいい(ちなみにピザもでかい)ので、誰かと一緒にいて、困ったときに頼りになるはず。
日曜は償いの少食&野菜多めにいたしました。

* * *

月曜日が来るのやだなって思って一杯飲みに出たら、余計嫌になっちゃった。誤算。

2017年01月22日

1月後半のつれづれ

ちょっと年上の商社の方と新宿3丁目「鼎」で晩飯→ワインバー。

なんといいますか、体育会系会社員の人って新鮮です。
ああクラッチバッグ持つんですねとか(弊管理人はリュックか手ぶら)
手練手管で60億円のものを売りつけてる話とか(弊管理人は特にそういう派手な仕事ではない)
スーツは仕立ててもらうんですねとか(弊管理人はそもそもスーツを着ない)
海外駐在の時はお手伝いさん雇うんですねとか(弊管理人は努めてドメスティックです)
サプリメント飲んでるんですねとか(弊管理人は痛飲したときにビタミンC飲むくらい)
皇室に近いお知り合いがいるとか(弊管理人は自分と誰が知り合いなのかよく把握してない)
いろいろ勉強になります。

普段周りにいるのは寝癖ついてる公務員とか、無精髭・童顔の学者とか、
大体が頭がよくて500円の飯を食ってる人たちなので、だいぶ感じが違った。

* * *

帰ってきてから、残り物の挽肉と、残り物の人参と、ストックしてた玉葱と、近所で買ったジャガイモで、肉じゃがを作りました。煮詰めるのが吉でんな。うまい。

* * *

もう先週のことですが、カーシェア修行2回目。
寒い日曜の夜、友人と笹塚駅前、ロビンへ。
ハンバーグ&ピラフ、すなわち「ハンピラ」。
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うまかった。もっと食えた。街の洋食屋さん。

そのあと武蔵小山の「清水湯」へ。
混みすぎ。ロッカー足りてねえ。
お湯を楽しむとかの前に、この設備と管理はだめだわ。×

* * *

新橋の肉そば「ごん」。
味濃すぎで割高。
ちょっとなあ。ということで画像なし。

* * *

暖かいスウェットを探す際のキーワードは「裏起毛」ではなく「裏ボア」だった。
今頃何をって話ですが、それに気付いたことで、今シーズンは足元のオイルヒーター以外使わずに快適に過ごせています。

* * *

汚い話なので最後に置きますけど、

食物アレルギーはないのですが、「食い合わせ」で弱いものがあるらしく、
  ・油っこいもの+メロン
  ・油っこいもの+ライチ
という危険な組み合わせがこれまでの急激な嘔吐経験で判明しています。

これに加えてこの週末に疑いを持ったのが、
  ・牛乳+辛いもの
こちらは下痢です。あまりに急激だったので、食中毒ではなくアナフィラキシーショックみたいなものだろうなと思いました。実際、出し切ってしまうとけろりと大丈夫になり、そのあと何かを食べても特に腹痛や下痢が起こらないことで確信を強めました。

2017年01月13日

1月上旬つれづれ

週明けから口腔内が荒れている感じがしていました。
リステリンでうがいすると痛い。
肩こりみたいのが併発。
熱は36.0度前後。
今は緩和。
何だ。

* * *

「年末は好きなんですけど、年始って大嫌いですよ。折角いろいろ納めたのにまた始まっちゃって。終わりはまた見えないくらい遠くになっちゃって」と言ったら多くの賛同が得られました。そんなに人生が楽しめてない人が周りに多い環境はよくないな。本気で言ってないかもだけど。

* * *

何年か前、脊髄損傷で首から下が動かせない患者さんにお話を聞く機会がありました。
時々側についてる方が患者さんの体をゆするので「どうされたんですか」と尋ねると、患者さんが「あなた気付かないかもしれないけど、人は常にちょっと伸びをしたり体をゆすったりしてるんだよ。じっとしてると何か気持ち悪くならない?」とおっしゃって、あっそうかと思ったことがありました。

冬は厚着なので、地下鉄のシートに座っていると、両側から圧されて身動きがとりづらくなります。
そうすると脇腹とか背中のあたりを動かしたくなってきてもぞもぞしてしまう。今日は体が疲れているのか、動けないと結構ストレスなくらい怠さがたまってきて辛かったです。そのときに上記エピソードを思い出しました。

* * *

・千葉都市モノレールでひとり『辺見えみり』と繰り返し呟いている子(←音が面白いのであろう)のマネ
・「日本軍が南京を蹂躙したってね」「まさかー(massacre)!」

など、持ちネタとしていた不謹慎モノマネや不謹慎トークを順次封印しています。
時代は流れているなあ。あるいはライフステージが遷移したせいだろうか。たぶん両方。
倫理に普遍はなく、ただ「場所柄」「時節柄」があるだけだと近頃は思っているのですが、なればこそ危機管理としてのインプットが怠れないのは疲れる。

* * *

■岸政彦『断片的なものの社会学』朝日出版社,2015年.

古本購入。

 ずっと前に、ネットで見かけた短い文章に感嘆したことがある。こう問いかける書き込みがあった。カネより大事なものはない。あれば教えてほしい。これに対し、こう答えたものがいた。カネより大事なものがないんだったら、それで何も買えないだろ。
 おお、これが「論破」というものか、と思った。(p.195)

この部分の意味が何度読んでも全く分からなくて、その間に何駅も過ぎてしまった。
帰宅してその短い文章とされるものをググってみたら、その原典と思われる2ちゃんねるの記述が出てきた。
「カネが一番大事だとすると、カネを使うことができない(最も大事なものを手放す意味がない)」ということだったらしい。ああそうか。一つでも反証があればいいのか。

そういえば、既に別人になってしまった母方の祖母がしっかりしていた時分、父(=婿養子)が何回かに分けて祖母のライフヒストリーを聞き取っていました。あれ、何のためにやっていたのだろう。そしてその成果はどこに。

2016年12月25日

年の瀬2016

メリクリ的なあれに際して、西荻窪の「もぐもぐ」で2年ぶりにソーセージとベーコンを買ってきて家で食べました。うまかった。
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* * *

11月に受けた健康診断の結果がきました。

何年も高止まりしていたコレステロールが正常値内に改善。体重、腹囲とも減らした去年は改善しなかったが、今年は「酒かな?」と思って飲みを控えていたところ。どうも原因は本当に酒だったよう。

かわりに尿酸値悪化。ストレスだろう、これは。大変だったアフリカ出張の直後だったので。

* * *

このあとどうなるか分からないので、ちょっと早いが今年まとめ。

1月 ドイツ出張+観光楽しかった
2月 牡蠣鍋うまかった。祖父大往生
3月 祖父葬式。なんかもうすごい前のような気がする
4月 あんまり印象ないけどぱたぱた働いていたような
5月 伊豆旅行よかった
6月 スウェーデン出張ちょい消化不良だった。沖縄旅行。とうとうエアコン買い換え
7月 あんまり遊ばなかった気がする
8月 鹿児島旅行よかった。夏休み明けから仕事が段々辛くなってきた
9月 石垣島出張疲れた。仕事はますます忙しくなった
10月 オーストラリア出張めちゃ疲れた。仕事は輪を掛けて忙しくなった
11月 モロッコ出張大変辛かった。月末の忘年会はしみじみ楽しかった
12月 何してたっけ

なんか今年は国内外ずいぶん飛び回りましたが、これをやった!という仕事はそんなになかった気がします。わりあい等閑に付していた部分のトレーニングを遅ればせながらする、みたいな年だったのかも。
身になる本をあまり読めなかったのが遺憾です。
ちゃんと数えてないが、日記も例年より書けてないはず。

久しぶりに東京に戻ってきた職場のおにいさまに「最近ストレスフルで」と言ったところ、「君は最近に限らずずっとストレスフルに見えるよwww」と言われたので、今後も何らかの理由で常にストレスフルなのでしょう。

今年は、亡くなった同僚の名を小惑星に付ける案件と、とある法案の成立にかかわる裏方ボランティアでunsung hero役ができました。エンドロールのどこにも名前は出てこないが、1人2人の方から結構感謝されたので満足です。

今年は掃除機、冷蔵庫、エアコン、温水洗浄便座をはじめ、いろんな買い物をしました。
腕時計はSEIKOの自動巻の狂いが大きすぎて、MONDAINEに戻ってしまいました。
やり残したのは給湯器ですが、さしあたり困ってはいないので、そのうち。

* * *

来年、前厄です。
というか既に今年、いろいろ嫌なことがあったので、少し割引してほしいくらいなんですけど。
なんにせよ人の都合も考えずに3年間も厄とか、ホントやめてほしい。
(ちなみに中国は自分の生まれ干支、英国は4のつく年(男性)とのこと)

* * *

いや、1年早かった。

2016年11月03日

その日暮らし

■小川さやか『「その日暮らし」の人類学』光文社,2016年.

「本書は、Living for Today――その日その日を生きる――人びととそこに在る社会のしくみを論じることを通じて、わたしたちの生き方と、わたしたちが在る社会を再考することを目的としている」(p.7)

未来の予測可能性を追求し、明日や1カ月先や10年先を構想して、その目的に奉仕する現在を生きる――そんなわたしたちの単線的な時間感覚と、生活様式と、その周囲をがっちり固める制度を外から眺めてみる。

眺める。どこから?

コピー商品の行商と国をまたいだ仕入れの旅、日雇い、携帯電話を使った小銭の貸し借りまで駆使しながら生きつなぐタンザニアの「インフォーマル経済」の中からである。インフォーマル経済とは、政府の雇用統計に載らない、零細な自営業や日雇労働のことだそうだ。
騙されることも失敗することもある、失業もある、困難ではある、しかし人びとは知人や親族と、複雑に助けられ―助ける関係の中に浸されていて、日々をなんとか無事に生きている。「この雇用が切られたらおしまい」「この金を使ったら後がない」という不安はそこにない。

弊管理人はときどき、こういう「自分をロックイン状態から引きはがす」力を持った文章を求めてしまいます。日常を解毒する力といってもいいかもしれない。フィールド体験記かなと思って手に取ったら、かなり分析的な内容でしたが、解毒作用はちゃんとありました。
もちろん、地下鉄で読み終わったあと駅に降り立てば、「しかしこうしたタフで落ち着かないインフォーマル経済の世界に、自分は移住したいだろうか」と少しずつ醒めていくのですが。

* * *

そうして駅から帰宅して寝て起きると、予定と準備への執着に満ちた仕事界隈ではマラソンの日々はまだ続いていて、しかもところどころで「この100mくらいなぜ全力疾走できないのか」と叱咤されることもあり、毒は溜まり続けています(しかし溜まっていることから目を背けられるようになってはきた)。

フェイスブックもいよいよ居心地が悪くなってきたので、アカウントは残しつつ、用事や他の方の意見が聞きたい案件がない限り、見に行かないことにしました。

2016年10月16日

休日というだけの休日

オーストラリアから帰ってきて、次の日からまた余裕なくばたばた働いて、土曜も朝から晩まで働いて、ようやく休みが取れました。

* * *

ずっと毛布1枚で寝ていて、そろそろ寒くなってきたので掛け布団を出しました。(+4点)

* * *

8月終わりくらい?から髪を切っていなかったら頭の横と後ろの髪の毛がうるさくなってきたので、床屋に行きました。2004年2月から坊主で、札幌在任時代には床屋に行ったことはあるがバリカンしてもらうだけのためで、いったいいつぶりにハサミで髪を切ってもらったか分かりません。

床屋で何が起きるかを結構忘れているという自覚はあったため、「横と後ろを刈り上げずに切って下さい」というセリフは口の中で復唱しながら準備していき、うまく言えましたが、

  「もみあげ、どうしますか」

と準備してないことを聞かれて

  「えっ、どうしましょう……」

と慌ててしまいました。
床屋に行かなかったこの10年余り、どれだけこういうことを考えずに楽をしていられたことでしょう。

ともあれ、横と後ろがすっきりしました。 (+3点)

* * *

確か夏の初めくらいに買ったオリーブの鉢植え、葉っぱが全部枯れてしまったので、枝をおおかた切って葉っぱが全然ない状態でベランダのエアコン室外機の上に放置していました。そのうち処分かなと思いながら。
そうしたら、いつの間にかまた葉っぱが出てきていました。
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これから冬なんですけどね、地中海の植物は耐えられるのか。 (+3点)

* * *

オーストラリアに一緒に行った若い同僚が熱烈に押していた「君の名は」を見てきました。
こそこそ仕事のメールを返しながらでしたが、現実を2時間ほど忘れられました。
半分弱はうちの近所で物語が展開してました。 (+2点)

* * *

明日は月曜日です。 (-50点)

2016年09月25日

9月後半まとめ

たぶん9月の日記はこれでおしまい。
月に2回しか書かなかったのは2011年6月以来。
ぼーっとしながら過ごしてしまった感じ。
シルバーウィークの使い方は失敗しました。飲酒→夜更かし→翌日辛い。

あと、仕事面では方向感を喪失しました。
内容および人に馴染むのに結構時間がかかりそうなのに、追い立てられている感覚。気が重い。
そこへ「休日に呻吟しながら働いたのに報われない」事案があり、アホクサ、という気になってます。
受け持ちの分野そのものが嫌いになってきた。
少なくとも11月下旬まではこの状況はあまり好転しないと思う。

* * *

六本木、会期終了間際の「土木展」に行ってきました。
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civil engineering=土木、と知ったのはわりと最近のことだったと思います。
ダム、道路、港湾、地下鉄……という現場を思い浮かべると、「インフラ/公共事業」と、そのための工学、というイメージが固まってきます。
そしてその受け持ちは、その上=建築とは違うし、もっと下=地盤とは微妙に別らしい、という認識ができたのも、多分最近。
原発事故からこっち、「養生」「工程表(「行程表」や「ロードマップ」ではない)」「ピット」「開度」「立坑」「物揚場」など、土木っぽい用語をいっぱい聞くようになってはいたのですけど。
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そこは、これまでちょいちょい仕事でおつきあいすることのあった生命科学の業界とは違って、物理学が支配する「ものづくり世界観」があるように思えました。
さらに、コミュニティをつくる、みたいな社会科学系に向かう触手と、審美性に向かう触手がのびている。
んで、設計、財務、人事、渉外などと現業の文化が全然違いそう。
あと、工学だけあって「知る」が「使う」に奉仕するという関係性がより強そうですね。
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メカニクス萌えって、弊管理人はそこそこ分かる気がします。

* * *

土木展からの帰り、「MALINS」で一緒に行った友人とフィッシュ&チップスを食べてみました。
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オーストラリアやNZで食べたのと随分違う気がします。
英国帰りの友人も「違う」と言っていたので違うのでしょう。
弊管理人の知ってるやつは、もちっとがっつりした感じ。
こちらは天丼に載っかってるキス天みたいだった。

* * *

冷房を使うシーズンの終わりに、暖房&送風運転でエアコンの中を乾かしました。
その間に、中野まで出て「シャリデス」のカレー。
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あっこれ、おいしいやつ。スパイス食ってる感じがする。

* * *

仕事上の必要があって、ダイビングが趣味でもないのにマスク、シュノーケル、フィンとラッシュガードを買うことになり、手近な新宿の用品店に行ったのですけど、店員が高いもの高いものに誘導しようとしてきて大変嫌でした。道具をちょっと買ったところで、店では用具選びの視点だけ聞くようにして、安い通販で買う方法に切り替えました。

マスクの関連で、後頭部のバンドを覆うパッドを勧められたとき、「これ必須なんですかね」と聞いたら「嫌ならいいんですよ、バンドに締め付けられて頭が痛いだけだから」と言われて「うわ、もう話したくねえ」と思いました。これまで潜った中でそのパッド使ったことないですけど、頭が痛くなったことはないです。

* * *

とネガティブ優勢になるので、夏からあまり日記書かなくてよかったのかもしれない。

2016年08月28日

8月まとめ

もはや記憶が薄れてきている帰省は12-14日。

長野県大鹿村の中央構造線博物館に行きました。
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あと、いつものように母方の本家に行って伯母さん作のごちそう。
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祖母(95)は弊管理人が名乗ると認識するという状態は相変わらずで、健康状態もよさそうでした。
世話をしている伯母(74)は「100まで行かれたら私もきついけど行っちゃうかも」と。
写真が趣味の伯母はとうとう時代の流れに抗しきれなくなってデジカメに乗り換えましたが、まだPCを持っていません。せめて大画面で見られるようにと、テレビにつなげるHDMIケーブルをあげてきました。

父方の本家では3月に亡くなった祖父の新盆。
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坊主が忙しいとかで来ないというのに驚きました。しかし、ままあることらしい。

父(64)は3月で再就職した仕事も終了し、よこすメールでは「起きてずっとぼーっとしてる生活」などと言っていて弊管理人は若干心配していたのですが、ちゃんと職安に行って仕事を見つけてきたとのことでした。こういうところ、さすがというか。

* * *

15日から出勤しました。でも世の中はまだだらっとお盆が続いている感じの1週間。
やらなくてもいい仕事を、勉強を兼ねて1本こなしてこの週はおしまい。

* * *

その次の週は行事関係を忙しく回りつつ、1日は伊豆の海に潜ってきました。仕事というか、仕事の準備的なダイビングでした。
大学生のときにオーストラリアでオープンウォーターの免許をとって、そこから間に1、2回潜っただけで、ほとんど素人の状態です。2本潜ったうちの1本目は水中でうまく静止するのに難儀しましたが、2本目でわりと勘を取り戻しました。

すっごい疲れて寝たら翌日は5:30に目が覚めてしまい、疲れを2日引きずることになりました。

* * *

心頭滅却しているうちに8月が終わりそう。
9月以降ことし一杯は生活がちゃんと成り立たなさそうだなーと予測していますが、まあ仕方ない。ここ2年アイドリングさせてもらったので。
むかしはものをおもひけり。

* * *

本はちょこちょこ読んでました。

■小西雅子『地球温暖化は解決できるのか』岩波書店,2016年.

昨年12月に新しい地球温暖化対策の枠組みであるパリ協定が採択されてから、恐らく初の本じゃないでしょうか。ジュニア新書ということで、著者は表現を噛み砕くのに多大な苦労をされたようです。それでも「です・ます」調を「である」調に直せばそのまま大人用の新書になるくらいのレベルと感じました。
中身はほんと参考になります。

ちょっと仕事上の必要があって環境問題について知りたいなーと思って、ワンストップでいろいろ教えてくれる本を探していると、結局「環境法」と「環境科学」と「環境政治」などが共通のベースを持ちつつも、入口がかなり違っていることに気付かされました。特に国際交渉の情報は毎年更新されるので、ついていくのが大変。

■西岡秀三, 宮崎忠國, 村野健太郎『改訂新版 地球環境がわかる』技術評論社, 2015年.

それでこちらは「環境省入門」という感じ。あからさまにそういう本ではないんですけど、地球環境、国内の環境対策、廃棄物・リサイクル、水・大気・土壌の汚染、生物多様性など、環境省にある部局がそれぞれどの分野を受け持っているかに緩やかに対応したような章立てに見えました。
一般向けで俯瞰する本なので解説は最低限ですが、キーワードがきちんと盛り込まれていて、要約としてもなかなかいいと感じました。

■良永知義『食卓からマグロが消える日』飛鳥新社,2009年.

いただきもの。著者(魚病学)はこのタイトルがものすごく気に入らないようです。
養殖のことってほとんど知りません。勉強になりました。

2016年07月31日

グッバイ7月

三連休だったか、西新宿の「肉そば家 笑梟(ふくろう)」に行きました。
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肉は鶏肉です。結構おいしかったはず。
はず、というのは、鼻が通常時の3割くらいしか効かなくなってきて、味がよくわからなかったためです。
思えば三連休はなんかものすごく疲れがたまった感じで過ぎていったのですが、あれは風邪だったのかもしれません。去年も同じころに体調を崩していました。痛めたのも同じく喉と鼻。クーラーを本格的に使い始める時期のせいかな。
そして、三連休明けの1週間はかなりつらかった。

* * *

体調はそのあと順調に回復して、おいしいものをおいしいと思えるようになりました。
ので、新宿ニューマンに入った「ベーカリー&レストラン沢村」のモーニングを試しに。
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パンはもちろんおいしいです。あとベーコンとコーヒーもなかなか。1080円はまあ、そうかなという。
いやあの、コスパを求めるなら松屋のソーセージエッグ朝定一択ですから、これはしょうがない。
でもコーヒーがぬるい。これ、わざと?
弊管理人は猫舌なのでこれでもいいんですが、隣のおっさんはクレーム入れて熱いのを出し直させてました。

* * *

7月最後の日曜日は、飲み友の皆さんとさいたま市の沼影市民プールに行ってきました。
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430円の公共施設なのに、流れるプールがあるのはすごい。
あとウォータースライダーをキャッキャ言いながら楽しみました。

土曜は錦糸町のヴェヌスにカレーを食べに行ったところ、路地裏(業平一丁目付近)で隅田川の花火大会も目撃することができました。
この週末は、夏っぽいことができて大変満足でしたとさ。

2016年07月18日

明日館

目白駅から7分ほど歩いたところにある、自由学園明日館の見学に行ってきました。
ガイドツアーに参加させてもらい、いろいろ聞いてきたので、メモを。
(※細部間違っているかもしれません。ご容赦かご指摘下さい)

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新聞記者出身で「家庭之友」(のち「婦人之友」)を創刊した羽仁吉一・もと子夫妻(もと子さんは初の女性新聞記者らしい)が女学校として1921年に設立したのが自由学園です。生徒には活動的な女性になるよう、着物ではなく動きやすい洋服の着用を求めたそう。その後、学園は小学校も始めるなどして手狭になったため、13年後の1934年に東久留米市へ移転しています。

校舎の設計は夫妻の友人の建築家・後藤新と、その師匠で帝国ホテルの設計のため来日していたフランク・ロイド・ライトです。夫妻から、詰め込み教育ではなく、学校生活がそのまま教育になるような私立学校を作りたいとの構想を聞かされて共鳴し、多忙のなか校舎の設計を引き受けました。

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現在、日本に残っているライトの四つの建築のうち一つがこの校舎。移転後は卒業生のさまざまな活動に使われてきたそうです。ドイツ・バウハウスの講師だったヨハネス・イッテンによる美術・デザイン学校「イッテン・シューレ」などに学んだ女性たちによる「工芸研究所」もここに置かれました。

建物は関東大震災も戦争もくぐり抜けましたが、老朽化が激しくなりました。一時は学園の経営のために売り払おうかという話も出かけましたが、卒業生や建築家らが保存運動を展開。1997年に残すことが決定され、重要文化財の指定を受けました。オリジナルをどう生かすか、調査などを経て2001年に国や都などのお金計8億円をかけた修復事業が完了しました。

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こちらは食堂。ライトの設計の特徴の一つが幾何学的な装飾だとされています。シカゴでルイス・サリヴァンらの事務所にいたとき、フリーハンドの天才とされたサリヴァンにはいつまでたっても追いつけないと悟り、「自分は定規とコンパスでデザインをする」と決めたとのこと。

もう一つは、軒高を低く抑えて水平に広く展開した「プレーリーハウス(草原様式)」で、実際に敷地に立ってみると、そのコンパクトさと、意外な軽やかさに気付きます。入口の扉を隔てた中と外で床の高さも材質も同じです。しかし、乾燥した米国中部と違って湿気とシロアリの出る日本にこの様式を適用したため、建物の傷みを促す一因となってしまったとのことです。今は下にアスファルトを敷いたり、防虫剤を床材に塗ったりして対策しているそうです。

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教室にはもともと照明はなかったそうです。現代とは明るさの感覚が違ったのでしょうか。
造りは骨組みではなく壁で屋根を支える「バルーンフレーム」という、現在のツーバイフォーの先祖に当たるような方式。中は木と漆喰の質素な印象です。

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毎朝の礼拝が行われていたホールは、入ると頭上にロフトの床が大きくせり出していて、圧迫感があります。大きな窓も全体を見ることができません。しかし、

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窓のほうへ歩み出ると、それまでの圧迫感の反動のように、俄然その空間が大きく感じられます。これはライトが他の建物にも使う方法なのだそうです。

振り返ると暖炉があります。これは団欒を重んじたライトのこだわりでもあったようですが、木造の重要文化財で火をたくのは容易ではないようです。
火をたいてもいい場合がいくつかあります。(1)寺の中で使うような宗教の火である(2)人が住んでいる建物で日常使わなければならない火である(3)申請しチェックを受けた上での使用である―の三つがあり、ここでは(3)として、冬期の夜間見学や、ここで結婚式を挙げた人たちを招いて開くクリスマスディナーの際に使っているそうです。

ここは建物を会議や会食、式典などに使いながら文化的価値を保とうとする「動態保存」を行っています。今日もある部屋で、なんと卒業生である107歳の女性の誕生会をやっていました。

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そういえば、銅板の軽い屋根ですが、何やら瓦ぶきみたいな模様というか形をしているのに気付きました。説明をして下さった館長さんに聞いてみましたが、「よく聞かれるが、なぜなのか、ここだけの特徴か分からない」とおっしゃっていました。

もう一つ、部屋のドアノブが結構高いところにあります。アメリカ人の体のサイズに合わせたのかと思いましたが、ライトが担当した部分よりも、遠藤が作ったところのほうがなお高いそうで、これも理由はよくわからないとのことでした。

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バルコニーからホールを見下ろしたところです。見学は500円ですが、100円足すとコーヒーまたは紅茶と、クッキーかケーキがつきます。おいしくいただいて辞しました。

なお、道をはさんだところにある講堂は耐震補強中で見られませんでした。建てたときは5カ月という速さで普請したものの、壁の補強をするところが壁面がほとんど窓になっており、ほぼ解体しつつ補強することになったため、2年半の工期を見込んでいるとのことです。秋に補強中の講堂を公開するそうなので、もし覚えていたら見に行ってみようと思います。

遠藤はライトに「息子」と呼ばれるほど大切にされた弟子で、一生ライト風の建築からは離れなかったそうです。一方、土浦やレーモンドのようにコルビュジエに接近していった弟子もいたのだとか。折しもコルビュジエが設計した国立西洋美術館などが世界文化遺産になることが決まり、あえてのライト(笑)を見に行く形になってしまいました。

* * *

そのまま池袋まで歩いて、ロサ会館に入ってる「チェック」でオムライスを食べました。
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大学2、3年の時にこの辺に住んでいて、その時以来なので18年ぶりくらいだと思う。
紙ナプキンにおじさんの顔が描いてあるのも当時からだった気がする。
おじさんも大分古くなってるけどたぶんこの人だったはず。
完成された味でおいしいです。今900円だけど当時いくらだったかなあ。
悶々としていた学生時代が蘇ってきて、くらくらしました。
ずっと来ることのなかった池袋西口の駅前は、抱いていた印象の70%くらいの大きさでした。

* * *

で、さらに歩いて当時住んでいた家を見に行ってしまいました。
毎月家賃を渡していたおばさんがちょうど外にいたので話しかけてしまい、話し声を聞いて出てきた娘さんともどもに怪しまれました(そりゃそうだ)が、大学名と時期を言うと、なんとなくそんな学生がいたということを思い出されたようでした。

何百回と通った路地を歩きながら、いやもう、当時はまったく想像しなかったような10数年を過ごしてしまったと思った次第です。しかし次の瞬間、それは当時から将来のことを考えていなかったからだろうと思い直しました。

2016年05月29日

5月終盤あれこれ

わりと考えさせられたお台場での仕事を終えて、新宿駅の「ベルク」で16時に遅い昼食。
ホットドッグブランチ、ホットコーヒーをアイスに換えて+50で550円。
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特に期待していたことはないのだけど、じわっとおいしかった。

* * *

大学時代の同級生2人と「悲情城市」を見てきました。

* * *

眠れる時間が延びてきた。
なんでだろう。

* * *

■江守正多『異常気象と人類の選択』角川マガジンズ,2013年.

弊管理人が今後、仕事でこの分野にかかわることになったことを知った同僚が貸してくれた本。
エッセイ(随想+試論)だった。でも、いくつかの言葉を新しく知ることができた。

2016年05月15日

5月前半あれこれ

連休最後の日、午前中に新しい冷蔵庫が届いてご機嫌です。
広い。静か。

午後からは、久しぶりの友人と川崎の「ラクスパ」に行って岩盤浴。
ものすごく汗をかいたあと数日間、鼻の頭が乾いたのだけど、なんだろう。

「芝浦食堂」に連れていっていただき、ホルモン食って帰ってきました。
案の定、翌日は体調がすこぶる良好でした。

* * *

某誕生日は断続的に雨が降る福島に出張でした。
すぐには形にならないけど、とても興味深い話がいっぱい聞けた1泊2日でした。
いわき湯本温泉のお湯がよかったです。

* * *

5時間~5時間半寝るとぱっちり目が覚めてしまう現象は続いており、
しかし午前1時までに寝れば日中特に眠くなることもなく、
じゃあもうこれでいいかと思った次第です。
今年特に気付いた変化は
・夢を見る頻度が激減した
・二度寝できなくなった

連休最終日から掛け布団をやめて、毛布一枚で寝ています。
去年も同時期にそうしましたが、一度、寒くて掛け布団を再び出した記憶があります。

* * *

代々木公園のタイフェスティバルに今年も行きました。
ゲウチャイのガパオ、
ジャスミンタイのパッタイ、
どちらも美味でした。
っていうか知ってるお店でしか食べなかった。

ついでに今年も「白一」でソフトクリーム。
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今回は甘い珈琲に浸かってるやつにしました。
合う合う。シャリシャリ。あっさり。好き。

帰路、同行の友人から、そのまた友人(この人は直接知らない)の早世と、共通の知人の不治の病について教えられ、どすんと落ちて帰りました。なんかそういうのがぽつぽつ出る年代に入ったということなのかね。予測不可能なところに人生の面白さがあるというのは分かるが、思うに任せない無念というのもあるものです。

そういえば福島出張では5年ぶりの人に会いましたが、白髪がすごく増えていました。
本当に人の一生は短い。それが感じられるようになってくるのは、だいたい30年という年月の長さがどれくらいかを実体験したころだったかと思います。これまで生きてきた期間をもう1回繰り返すくらいで働く生活が終わる。40になると、生まれてここまでをもう一回で大体さようなら。ひょっとすると残りはそれより全然短いかもしれない。
といって、これを若い人に話してもその人は実感しないだろうし、老いた人に話しても何に活かせるわけでもない。思いの外バラエティに富んだ人の生は、それぞれ中から見れば反復のないサンプル数1のトライアル(つまり統計的にものが言えない)であって、特に子供や弟子のいない弊管理人のような人は伝えるべき相手もない。そう考えると、かえって深刻な気持ちから脱して軽やかになれる気がしてくるような気がしてきます。

* * *

土日とも、風が涼しくてからっと晴れて、最高に気持ちよい日でした。

* * *

実は今日のやつが弊日記の1000個目のエントリーです。
なんてことなく過ぎてしまいますけど。

2016年05月05日

連休中盤

中盤です。6日(金)は出勤しますが、ちょっと職場の様子を見に行く、くらいのつもりです。
といっても、休みの間にもやることを思いつくたびカレンダーに書き込んでいたら結構な数になったので、それなりに忙しくしそうな気がします。来客も1件あります。

* * *

学生時代から使っていた冷蔵庫をとうとう買い換えることにしました。
今は亡きSANYOの86リットル。いや、まだ動くんですが、さすがに自炊してると小さいのと、動作音が結構気になってきたためです。
新しいのは、AQUAというブランドの157リットルのやつです。中国の企業に買われたSANYOの人たちが作っているそう。国内メーカー(といっても作ってるのは東南アジアだけど)も含め、同じくらいのクラスでいろいろ検討しましたが、設置スペースと容量と値段でいずれも秀でていたため、これにしました。スペースに関しては奥行きをあまり取りたくなかったので。

ところで、4人家族とかで使う400リットル級のやつって、ちっちゃい冷蔵庫の半分くらいの電気代で済むようです。へえ。

7日の搬入を控えて、慌てて冷蔵庫の中のものを処分してます。
古い冷凍エビ
古い冷凍ほうれん草
古い玉葱
古いチーズ
古いバター
古いソーセージ
古い小麦粉
古いパン粉
と、かろうじて賞味期限内の牛乳
を使ってグラタンを作りました。
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なんとか腹痛を起こさずに消費できたもようです。勝った。
あと、グラタンは作り慣れてきて、味が落ち着いた。

* * *

伊東で父が大量に買い込んで持たせてくれた干物も、食べ続けてます。
アジ、カマス、サバみりん。ほくほくしててうまい。

* * *

だらだら練習していた幻想ポロネーズが次第に指についてきてうれしい。

* * *

あまりに天気がよかったので、小田急線向ヶ丘遊園駅からちょっと歩いたところの生田緑地に行ってきました。目当ては「岡本太郎美術館」です。
というか、ミュージアムカフェで出してる「太陽のパルフェ」。
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ふざけてます?
味は普通だった。つってもあまり革新性は期待できないか……

展示は、意外と面白かったです。これは唯一撮影可能だったエリア。
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ピアノをむちゃくちゃに弾いて「芸術は、爆発だ!」と叫ぶマクセルのテープのコマーシャルを確かリアルタイムで見たのと、渋谷駅にあるでっかい「明日の神話」と、あとは断片的なエピソードくらいしか知りませんでした。まとまった数の作品を見たのは初めて。絵は筆運びがよく分かるもので、書道みたいだった。

生前受けたインタビューの映像を延々流しているコーナーがあって、見入ってしまいました。
自然そのままも、抽象も、だめだと思う。その間を行く、「何だこれは!」(キーワードな)と見る人に抱かせ、格闘させる、イベントを喚起する、そういう作品が芸術だと思う。そういう一節が印象的でした。今も生きていたら、たぶん、商売上手なあの有名画家とか、変人や変人に憧れただけの学生みたいなあれとかこれとかは否定しただろう。
「個性的なものが普遍性を持つのだ」とか、キャッチーで的確だよ、いちいち。なんだろうと思ったら、フランスで民族学を勉強した人なのだという。本をいっぱい読んでいたようだし、音楽にも親しんでいたらしい。モーツァルトがいいというのだけは分かり合えないけど、他はすとんと落ちた。

今やってる企画展は、岡本太郎と沖縄がテーマでした。
木や、御嶽の特に何もない空間が持つ聖性にインスピレーションを得たこと、久高島で「イザイホー」という今は途絶えてしまった12年に1度の儀礼をレポートしたこと、一方で風葬にされた遺体の写真を撮影し、東京で週刊誌にそれを発表したことで大いに批判されたことも紹介されていました。

今後の旅行先の選定のため、イザベラ・バードを読もうかなと思っていたところでしたが、もうちょっと最近のところで、岡本の紀行文に当たったほうが面白いかもしれないと考え直しました。うまくしたら6月に2泊で沖縄に行くつもりでいるので、その予習も兼ねて。

都心は27度になったようですが、生田緑地、なんか涼しくて素敵な森でした。
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バラ苑が12日からだったのが残念。企画展が入れ替わったころ、また来てもいいかなー

2016年05月03日

連休前半

■4/29

父・妹と、昨年末も行った、伊豆にある会社の保養所に行くことにしました。
関東組の弊管理人と妹は中央線特急で、父は中央高速で大月集合です。
で、山中湖方面に向かう途中に見えたこのお姿が、今回のベスト富士でした(早い)。
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この写真で、富士山の左側は雲がかかっていますが、まさにその辺に当たる須走~伊豆・箱根あたりは眺望がよくなかったので、なぜか「黒たまご」というキーワードに食い付いた父の発案で仙石原方面に逸れて黒たまごを食べに行きました。
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立ち入り規制がかかっている大涌谷で作ったやつを持ってきて売る形式で、ちょうど前日から販売再開したとのこと。執念だな。
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熱海に降りて、海沿いの道を伊東まで走って到着。
風呂に入ってメシ食って寝ました。

■4/30

伊豆半島一周してみようということで、9時ごろ出発しました。
弊管理人が強く提案した「大室山」(580m)。
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伊豆に入ったころから、こんもりした緑プリンが目に入ってきます。「何これ」って思って行ってみたくなるでしょう。
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往復500円のリフトに乗って6分。粘度の低いマグマでできた「スコリア丘」だそうで、外輪に立つと周りに高いものがないので見晴らしがすごくいいです。
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火口ではなぜかアーチェリーができるとのこと。噴火は約4000年前って、結構最近のように思えます。
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このあたりの地形がそれでできたというので、意外に重要な山なのでは。
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いや実際すごく満足度高かったです。
仕事上、独特の地形をもった地域を認定する「ジオパーク」というのがあるというのは前々から知っていて、しかし悪いけどあまり気にも留めていなかったのですが、ジオパークをテーマに旅行に行くのもありかなって思い直しました。
逆に街歩きがそーでもなかった今回、古本で買った「ことりっぷ」はあまり役立ちませんでした。
道の駅で配っていた東西南北版に分かれたドライブマップは、展望地や気安い食堂、お土産などが絞り込んだ形で載っていて、結構参考になりました。

海もきれい。
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下田のあたりにある「ごん太」で「いけんだ煮味噌」定食、1000円。
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漁師料理だそうです。結構お腹にたまりました。
父は金目鯛定食1200円の金目鯛が「小さな切り身だった」と不満げでしたが、一匹の煮付けって数千円しますしねえ。
下田は楽しみどころがよく分からず、さっさと退散。
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ペリーもこんな辺鄙なところじゃなくて、もうちょっと都会がいいと思ったであろう。
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最南端の石廊崎は船に乗って海から眺めました。

西側はわりと駆け抜ける感じで、西伊豆スカイラインも割愛してしまいました。
残念でしたが、次のお楽しみということで。

■5/1

どこを通って帰るかは悩ましいところでしたが、富士山見えるかも、ということで年末にも通った伊豆スカイラインと芦ノ湖スカイラインに再チャレンジしました。
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見えた!けど薄い!(笑)肉眼ではもうちょっと見えた気がします。
でもまあ、もう十分というくらい見たので満足しました。

忍野八海も見ましたが、しょぼめ。
しょぼいということが分かったのが収穫と素直に思います。

大月に戻って帰ろうとすると、父なぜか信玄餅の桔梗屋本社工場の見学を提案。
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信玄餅の味の本質を「黒蜜」と「きなこ」と捉え、プリンやソフトクリームなどさまざまな商品に応用していますが、いずれも意外といけました。というか「餅」じゃなくていいのだな。
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女工さんが6秒に1個のペースで包んでいるというのは意外であった。日産10万個だって。ひー

実家に帰って近所でソースカツ丼食って寝ました。

■5/2

母方、父方の実家を訪ねる日。

母方は父がもう行かないことにしているらしいので、弊管理人独りで電車に乗って行きました。
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伯母(73)がご馳走を用意してくれていた。
祖母(95)はちょっと寝ている時間が長くなったかな。
食欲は相変わらずよくあるよう。
昨年秋に転んだか何かで左手を骨折したそうですが、わりときれいにくっついたそうです。

父方は祖父の他界後、祖母はどうしているかなあと思っていましたが、見たところまだ大丈夫そう。
跡取りの叔父(うちの父は養子に出ているので跡取りではない。伯父は跡取りしない宣言済)が時々訪ねてくるようですが、腰の曲がった祖母が山間の一軒家に住んでいるのは何かと不便そうでした。

* * *

いろいろ少しずつ古びて、老病死のさまざまなケースを考えないといけない時期に入ったようです。
弊管理人が直接関わるべき課題は父、ですが、まだもう少し頑張っていただきたいと。
あと、母方の祖母がいなくなったあとの家の処分は部分的に被さってくるかもしれない。
他は基本、それぞれによろしくという感じかなあ。

連休後半はあまり予定を詰めてません。
意外と疲れを感じながら目覚めたので、今日3日はちょっとゆっくりしよう……

2016年04月20日

最近のいろいろ

熊本の地震はいろいろ意外な展開があって、弊管理人の仕事も影響を受けています。

東日本大震災のときに、知り合いの災害とは無関係な農林系公務員が「同僚が被災地対応に持って行かれた。年度末の忙しい時なのに迷惑」みたいなことをぐちゃぐちゃ言っていて、「この人無理」と思ったことを思い出しました。例外的な状況で、ある程度の諦めができないのはだめだよ。
って言ってると「一億総火の玉」を肯定してしまいそうだが、そこは事の内容により個別判断で。

* * *

忙中ちょっと仕事を抜けて、昨年9月に不慮の事故で亡くなった同僚の名前が火星と木星の間にある小惑星についた(弊管理人は少しお手伝いをした)ということで、記念にデータなどを額装したものを奥さんのところに届けにいってきました。

いろいろお話を伺っている中で、

・知人の税理士に「人が亡くなったあとの整理をしていると、いろいろ嫌なものを見ることになりますよ」と言われた
・実際まあいろいろ出てきた
・死亡を友人知人にお知らせするため、携帯を販売店に持ち込んで、死亡診断書などの書類を揃えて何とかロックを解除できた
・でもマックは、アップルストアに持っていってもガチガチにプロテクトがかかっていてデータが取り出せなかった(普通より相当ガチガチにしてあったらしい。スタッフにも「この人すごいですね」と言われたそう)

というのを聞いて、およそ10年更新していない遺書をそろそろ新しくしなきゃ、と思いました。

* * *

アマゾンのタイムセールを利用した断続的な買い物、今般はwifiのルーターを更新しました(3980円)。
従来のは確か2009年くらいに導入したものです。
「ひょっとして……」くらいの期待で買いましたが、ぶつぶつ切れていたiPadの通信が正常化し、さらにすんごく体感速度が向上しました。PCは変わらなかったけど。でもよかった。

* * *

忙中のほうが、のんべんだらりとしている期間よりいろんなことができることに気付きました。
1年半ぶり(!)の風呂掃除、wifiのルーター更新、ポロシャツ購入、掃除機導入、大物のゴミ捨て、書類整理。

* * *

■飯田高『法と社会科学をつなぐ』有斐閣,2016年.

法学って社会科学じゃなかったっけと思いながら、面白そうなので本来買おうと思っていた本を買わずに買った本。

・よい意思決定のためには、それまでにつぎ込んで戻ってこない資源・労力・時間は「サンクコスト(埋没費用)」として考慮すべきでない

・パレート効率性の改良型?としての「カルドア=ヒックス効率性」。状態AからBへの移行で得をする人が損をする人に補償をしても、なお利益が出るなら移行するのがよい

・公共財ゲームは、多くの人が「条件付き協力者」であることと、合理的な計算ではなく感情が人々の行動を支えていることを示す。他人が協力するなら自分もするが、自分だけ損をするのは嫌。と思う人が
多いなら、多くの人が協力している環境の下で協力行動が持続的になる

・いろいろなゲーム(モデルとしての)は、実はいくつかの社会状況が似ていても違ったものだったり、違ったように見えても実は似たものだったりするという鑑別を助けてくれる

・ある方向への収斂(カスケード)によって大損害がもたらされるのを防ぐ機構:正確な情報提供、秘密
投票、株価の値幅制限、メンバーの多様性、発言順に関するルール、など

・義憤→処罰行動→線条体の活性化(=満足感の期待)

・ハンドの定式。事故回避のための費用<事故の発生確率×重大性、なら事故を防げる立場にあった人に過失が認定できる

・いろんなバイアスはウィキペディアののlist of cognitive biasesに

あたりが「へー」と思ったこと。雑誌連載をまとめたもののため、本そのものはカタログ的だけど、企てはとても面白いと思う。
どうでもいいけど、この著者は「しうる」とか「なりうる」とか、よく言いますね。

2016年04月10日

そして回復

金曜の昼間は帝国ホテルで(あまり面白くない)仕事があったので、そのまま銀座に出て「デリー」でランチしました。
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1000円でタンドリーチキンとカレーともろもろが食べられて十分にお腹にたまった。満足です。

夜、ちょっと無理してお酒飲んで、しかし快調に喋って、家に帰ってばったり倒れて寝て起きたら、咳とだるさは95%なくなっていました。

この週末は自炊主体で体の修復に努めました。
あと、ようやく花粉の季節が去ったようなので、久しぶりに布団を干しました。

* * *

日が長くなってきたせいか、いよいよ体力がなくなってきたのか、ショートスリーパー度がさらに増してきて、5時間半くらい寝ると起きてしまうようになりました。

で、起きるたびに「あーもう起きてしまった」と残念がっていたのですが、それも気分が悪いので、もう起きてしまったら諦めてさっさと床を出て、昼寝の時間をできるだけ作って補うことにしました。

* * *

今週、新しくうちに導入されたもの。

(1)サイクロン式掃除機 FREED2

13年使った紙パック式の掃除機、壊れたわけではないのですが、寝室から持ってきてコンセントつないで……というのがちょっと面倒だったのです。
少し前からコードレスの掃除機を物色していたところ、たまたま「いいかも」と思った機種がアマゾンのタイムセールに出ていたので買ってしまいました。
ひょいっと持って使えるのが楽です。そして吸い取ったホコリの量を見てぞぞぞ。
これは買ってよかったかも。

(2)浄水器

どうも水道水がまずいのでミネラルウォーターを買っていました。
毎日料理をするわけでもないし、ストックしていれば非常用の備蓄にもなるし、このままでいいか、と思っていました。が、昨秋泊まりにきた友人に「浄水器にしたら?」と言われたのは頭の片隅にあり、とうとう「お試し」のつもりで4000円くらいのを買って取り付けてみました。

その過程で、うちの蛇口の出口の部分が取り外せることを知りました。それ外してみると、ちょっとヤバイ色の錆のようなものがたまっており……
それを外すと特に水がまずいわけでもなく、うーむ浄水器を買うほどでもなかったか、という気も。
でも買わなければこの原因に気付くこともなかったし、まあいいか。
暫く使ってみようと思います。

2016年04月03日

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桜の開花宣言が3月21日に出て、その週末にあまり咲いてない靖国の桜の下で花見をしました。
開花のあと、しばらく寒い日が続いたせいか、その後のろのろと桜が咲いた感じがします。
で、今日は満開の下でもう一度同じグループで夜桜を見ました。
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先週はPCの画面を見ている時間が長くて桜をゆっくり見る時間もなかった。
土曜は仕事を一個片付けていたら夜に。
本日、日曜のこの花見でやっと世間に追いついた感。

生き物が冬を越すのは大変です。
周囲でも何人かが花を見ることなくいなくなってしまった。

2016年03月16日

歓迎

京橋にて午後いちの仕事だったので、早番を早めに抜けて「歓迎(ホアンヨン)」でランチしました。
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蒲田に本店がある餃子のお店。皮モチモチ系。ニンニクを使ってないそうです。
使ってあるほうが弊管理人好みですが、それでも結構おいしかったです。
それより、セットになってたそぼろご飯がとても中国っぽくて良い。
(写真はピントがずれていたので割愛)

* * *

長めのスパンでやる仕事もまあぼちぼちやりつつ、誰かがやらねばならない細かい仕事を結構な数こなしてきたと思うのですが、先週末に「細かい仕事はいいから、心に残ることをしなよ」と言われ、俄然やる気がなくなりました。じゃあやりませんよ。でも誰かがやらなならんのと違いますか。

* * *

職場に咳テロリストが増えて、ますます環境が悪いです。

* * *

といった諸々と疲れもあり、今日はうっかり16時に仕事を切り上げて家に帰って寝てしまいました。

2016年03月04日

名古屋とお弔い

日帰り名古屋出張でお相手をしていただいたのは、弊管理人よりいっこ下の研究者さん。
あちらの専門の話だからなのかもしれないけど、的確にこちらの聞きたいことに答えてくれるなあと感心しながらお話してました。先日の高齢大御所氏はあまり深まらなかったのとはだいぶ違って、短時間だけど来てよかった感のあるお仕事になりました。

で、名古屋駅の「味仙」で台湾ラーメン。
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うまい!
けどかっら!!

* * *

祖父のお弔いに行ってきました。
納棺師に来てもらったらしく、顔はずいぶんきれいにしてありました。
1月に見た姿とも変わっておらず、お疲れ様でしたという感じ。
父は祖父が亡くなる2日前に病院に顔を見に行ったそうですが、普通に会話してたそうです。
去年の5月に入院したのは肺炎だと思っていたら、心臓だったらしい。死因も心不全とのことですが、それは単に心臓が止まったというだけで、要は何かの病気というよりは体力が尽きましたということなのでしょう。
あと、93歳だと思っていたら94歳でした。

軽トラで散々走ったであろう天竜川への道を、黒い車で下っていく。
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焼き場で1時間。ばあちゃんが「こんな粉になっちまった」と呟いたのが辛かった。
ちなみに1981年に曾祖母が亡くなったときは土葬でした。幼稚園を休んで葬式に行った4歳の弊管理人は、大人たちが畑の一角にある墓地まで棺桶を担いでいくのを見たのを覚えています。

祖父は旧陸軍の少年飛行兵だったそうです。
「大酒飲み」「優秀」までは知ってたけど、「ユニーク」という評はお葬式で初めて聞いた。おもろいところは見たことがなかったが、ちょっと独特という意味なのかもしれん。
あと、従軍慰安婦について思うところを書いた文書が残っていると聞かされました。内容は「要は当時は何でもありだった」というようなものらしいのだけど、ばあちゃんが「そんなもん公表するもんじゃねえ」と言って丸めて離れに放り込んであるそうなので、そのうち漁らねばなるまい。何かとものを書く性格は祖父、父、そして弊管理人に伝わっている気がする。

ところで、お葬式で弟さんに初めて会ったけど、こちらは海軍で特攻隊だったんだって。
8月11日に出撃して死ぬ予定だったが、上官の田英夫が「様子がおかしいからちょっと待て」といって止めたまま終戦を迎えて生き残ったとのこと。ある程度のレベルまで終戦が近いことを知ってたんでしょうか。
その他、名前だけは知っている人たちをたくさん見ました。
周囲は高齢者ばかり。弊管理人は最後に「お店をたたむ役」を果たすことになりそうです。
健康に気をつけないと。

2016年02月28日

祖父

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今日、父方の祖父が亡くなりました。
いくつだっけ。多分93歳とかそれくらい。

戦争中は飛行機乗りで、中国に出掛けていたということは聞きました。
終戦のあとは南信州の山間に戻ってずっと畑を作っていました。
若い頃はお酒で荒れることが結構あり、伯父はそれが嫌いだったそう。
軽トラか軽バンで2度ほど谷に落ちたものの、戦時中の訓練のおかげで助かったという伝説も父から聞いた。
弊管理人がリアルで知っているのは60代で幅跳び3m以上跳んでるすごいところとか、
テレビを見ながら高校野球にダメ出ししてるところとか、
梅を摘んでるところとか、
弊管理人に結婚相手を紹介しようと電話に手を伸ばしては弊管理人に止められるとか、
そんな姿くらいです。
盆正月に毎年会っていたので結構話もしたはずなんだけど。
あ、指で宙に字を書きながら喋る癖もありました。

ここに書いたとおり、昨年の5月、肺炎で入院したときに体が弱って動けなくなってしまい、そのまま療養病棟に入って、ときどき家に帰ったりしていたのでした。
この間の1月に会いに行ったとき、かすれた声で「頑張れよ」と言われたのが最後。
いやとても最後の言葉っぽいよね。お互い最後かなあと思っていたのかもしれない。

写真は2011年の正月、「遺影を撮ってくれ」と言われたときのもの。
目をつぶってしまった1枚目のNGショットです。
わりと家族に似ていない弊管理人が一番似ていると言われたのがこの祖父でした。

ということで、葬式のために今週ちょっと帰省します。

2016年02月13日

福岡とインフル

今週水曜、北九州に出張しました。
北九州空港よりも、福岡空港+特急のほうが安くて便利そうなので、そうしました。

ものすごく余裕を持って行きの飛行機をとっておいたら、前日になって「機材繰りのため1時間25分遅れます」との案内がきました。それでやっと丁度いいくらいの時間で、しかも早起きしなくてよくなったので、かえって有り難かったです。「迷惑料」とかで飛行機に乗るときに1000円いただきました。いいのに。

ただ、福岡空港から天神に直行して昼飯、という時間はなくなり、かわりに仕事先の最寄りの折尾駅近くで「かしわうどん」をいただきました。
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かしわなの?でも甘く煮た肉も、だしもとてもおいしかったです。360円!
横のはかしわおにぎり、100円。うどんに至極あう。

仕事を終えて博多に戻り、友人に教えてもらった住吉の「釣りバカ 小福」を訪ねました。
18時に入った時は弊管理人一人でしたが、すぐに地元民と思われる人たちで満員に。
真鯛、500円!
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めんたい茶漬けでおなかいっぱい。
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どうも写真が左に傾く癖があるね。

カウンターで隣になったおとーさんと話し込みました。
「出張?友達に聞いてここ来たの?その人、通だわー」とのこと。ですよねえ。食べ物は人に聞くのが一番です。

* * *

12月から公私ともにとにかくいろんなところに行く用事が目白押しで、この北九州出張で一落ち着きでした。「絶対体調崩せない」という気でいたためか、クソ寒いベルリンも札幌も元気にこなしていて、どこかで「これ終わったら疲れが出そうだなー」と思っていました。

案の定、福岡から帰ってくる飛行機の中で「あれ……喉おかしい?」となり、木曜深夜の仕事はトランス状態でやり、金曜午後になるとどんどん体調が悪くなって「やばい、これ」と会社の建物に入ってるクリニックに行ったら、インフルA型陽性。わあ初めてかもしれない、インフルエンザ。
イナビルという吸入薬を薬局で使って治療終了です。タミフルみたいに何日か飲む必要はないんですね。これ便利だな。

職場に戻って頼まれ仕事を仕上げるや否や、上司に「帰ります!」といって風のように立ち去り、帰って布団に直行です。医者が「今夜はもっと熱が出て、明日の夜までには収まりますんで」と言っていたとおり、夜半に血がぐらぐら煮える音が聞こえるくらい熱が出て、朝には微熱くらいまで下がりました。

解熱から2日はウイルスの排出があるので、月曜まで会社を休みます。こうやって体をリセットする機会もたまには必要なのでしょうな。

2016年01月03日

年末年始15-16

2015年から恒例化しつつある家族でお出かけ第3弾は、30-31日に伊豆。
長野から来る父と、東京を出る弊管理人および妹は甲府で合流し、富士山の横を通って富士市に出ました。
晴れていましたが、富士山は雲がかかっていて惜しい感じ。
これが一番見えた瞬間。
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「さわやか」でハンバーグ食って伊東に向かい、会社の健保の保養所に泊まりました。
15年勤めていて初めての利用でしたが、こ、こんないい施設があるなんて……という所でした。

翌大晦日は伊豆スカイラインを通って芦ノ湖、そこから河口湖の脇を通って「不動」でほうとう食って、中央道から長野に帰省しました。
父と、本家で祖母の世話をしている母方の伯母がもめたので、今年の年越しは弊管理人だけがPKFとして駐在することにしました。
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毎年のことだけど、ご馳走だなー。

明けて元日は、昼にそばを食べてからJR飯田線で父の家に戻ります。
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車窓はこんな風景です。
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そこまで寒くもなく、中央アルプスもよく見えて、穏やかな新年でした。
父方の祖父母にも会ってきました。
祖父はもう体が動かなくなって療養病棟にいます。
祖母は一人で山の中の家にいます。

気付いたこと。

・母方(=本家)の祖母は95歳、特にヒントがなくても弊管理人を認識しました。自分と周囲の状況をある程度分かっているが、記憶がうまくいかないという状態に見えます。「パーになっちゃった」と言っていましたが、体はそれなりに元気そうです。伯母がボケ老人のように扱うのを、耳が遠いようで実は聞いていて、イライラしているようです。

・伯母もちょっと認知が弱くなってきていないか?と心配になりました。よくものをぶつけたり、ちょっとその判断はどうなのかなと思うような様子が見えたり。もうすぐ後期高齢者だとこんなもんなのかな。しかし、趣味の写真は続けていて、とうとうフィルムカメラに加えてデジタル一眼を買っていました。ウォーキングとかして、向こう20年くらいは頑張ってほしいです。

・叔母の夫はレビー小体型認知症を発症して何年か経ちます。ずっと譫妄が出たり暴れたりして家族を悩ませていましたが、とうとう鉄格子付きの病棟に入院となったそう。本人はかわいそうな気もするが、周囲の大変さを思うとそれが最善だったように思います。

・父方の祖父(93か94歳)は、体のほうは長くはないかもしれませんが、頭ははっきりしています(これは周囲の意見が一致するところ)。さすが戦中世代は違う。親族の中で、弊管理人と一番顔が似ているのが祖父なので、祖父が寝たきりになっている様子を見ると、自分の最期もこんな感じなのかなあと思いました。

・祖母も90代(92?)ですが、おかしくなってないところを見ると、父方の血は精神・神経系に関しては大丈夫なのかも。

・父はまあ暫く大丈夫か。運転は、何年も前に違反で痛い目にあってからスピードは控えめになっていたのが、また昔のスピード癖が戻っているように見えたので、釘を刺しておきました。

・妹は風邪っぴきだったけど、わりとメンタルのほうは落ち着いているように見えました。

・ということで、段々いろいろ押し詰まってきた感があり、まず弊管理人は自分のコンディションを整えてさまざまな事態に備えておくべきだなと思いました。

* * *

元日の最終の高速バスは、渋滞もなくすいすいと中央道を走り抜けて、定刻より40分ほど早く新宿に到着しました。

2日は洗濯機を2度回して、運動して、買い物して、ちょっとお酒を飲んで、寝ました。

* * *

3日は友人が高尾山に「護摩をいただきにいく」と言うので、意味もよく分からないまま同行しました。
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一番安い3000円コースは、お札と、お土産っぽいお茶のパックのほかに、この木片をもらいます。木片は何やら「悪いところを撫でるといいやつ」らしいので、空港の係員が持ってる金属探知機みたいに全身をスキャンして置いてきました。
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タダで参拝しようという人たちはすごい列をなしていますが、境内に入る有料コースのわれわれは横からすいっと入ります。
真言宗の護摩祈祷は初めて見ました。坊さんがいっぱい出てきてホラ貝吹いたり太鼓叩いたりしてご唱和。なんか屋内でぼーぼー火を燃やしてるし、リズミカルだし、いいライブです。
「信心がないから行かない」のではない、それは対象を避けようとしながら囚われてしまっている。従って「信心がないからこそ行って観察する」。これが正しい。

しかし、お札を貰ってしまいました。来年また返しに来なければなりません。
こんなコミットメントを作るとは、うまいな。

ついでに20分くらい歩いて山頂に行きました。
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富士山みえたああああ160103takao4.jpg
入ってるのが稗、粟、黍、アマランサスなど10穀=10具=テング=天狗という苦しい名前のお団子(クルミみそ付き。団子自体がちょっと甘くしてあって意外とおいしい)食って、ラーメン食って帰ってきました。

* * *

今年は、今後5年、できれば10年くらい楽しめることを探したいと思っています。
ここ3年ほどふてくされていましたが、そろそろ再起動かなという気分になってきました。
人には「やること」が必要です。しみじみ思います。

2015年12月27日

年末

昼飯は新宿御苑駅の近くの「カロッツァ」。
前菜3品とサラダ、パン、コーヒーか紅茶が付くパスタのランチが1200円(前菜つかないやつは900円)。
おじやに見えますが、ホタテとほうれん草が入った、つぶつぶのパスタです。
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なんか手の込んだものが食べたい気分の時によいです。
内容的にもなかなか値打ちなのでは。
近くにあるwillという有名なハンバーグ屋は長蛇の列でした。一方こちらは食べログの評価が高くないのでゆったり飯が食えます。

* * *

昨日の夢は卒業した小学校が舞台で、核爆弾が破裂して火傷するというお話でした。なんだそれ。
今、原子力関係の本を急いで読んでいるので、そのせいでしょうな。

今日の夢は、久しぶりに亡母が登場。既に療養中の場面でした。でも結構元気でした。

* * *

クリスマスが過ぎると急に年末になるのを忘れてました。

2015年12月19日

お弔いなど

4月の日記に書いた友人が今週、亡くなりました。享年32。

がんの再発が分かってから入院して薬物治療を受け、しかし夏にはそれも終了し、退院して自宅療養になっていたようです。だいたい亡くなる3カ月前が投薬をやめる判断の時期だという腫瘍内科医の意見を聞いたことがあります。ひょっとしたらそのころ、余命がついていたのでしょう(余命は当たらないことも多いのですが)。

ちょうどその前後に病院にお見舞いに行き、退院後も、経営している飲食店に本人が短時間顔を出したところに鉢合わせたりもしました。ツイッターは亡くなる3日前まではやっていた形跡がありますし、LINEもわりと最近まで会話に混ざったりしていたので、ご無沙汰だったところに突然の訃報、というタイミングではありません。頭のどこかで「いつかは」と思い続けていたことがとうとう訪れたという感じ。
最後はお店の関係者や恋人が駆けつけて、彼はそれらの人々の顔を見てから息を引き取ったそうです。

本人については当然、極度に切ないです。しかし、仕事を抜けて行ったお通夜で、初めて見る彼のお母さんが棺桶をのぞき込んだシーンが、弊管理人には最もきつかったです。こぢんまりした斎場には友人たちが入りきれず、外に列が伸びていました。誰もショックがでかかったようです。それはそうだろう。健康とか気にせず食って飲んで、10年後、20年後のことを普通に案じることもできる年代でまさか、というね。

一方で、周囲からのケアと励ましに包まれて最後の数カ月を過ごせたことはいかにも幸せだった、といってはいけないでしょうか。弊管理人も棺桶を覗きましたが、うまく顔を作ってあったであろうことを差し引いても、安らかな表情に見えました。180センチ強、120キロ強の巨漢でしたが、闘病闘病でやつれた感じでもなく、「顔を近くで見るのは久しぶりだけど、相変わらずでかいね……」とちらりと思ってしまいました。

* * *

お弔いのあと、コミュ障仲間のお友達と、門前仲町の斎場の裏にある「ディデアン」に行きました。
結構前から行きたいリストに入っていたのですが、門仲に来る用事がなかなかなくて。
正調のマルゲリータ。
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うんめ!

なぜかカレーはインドカレーっぽい外見のタイカレー風味。
これも大変おいしかった。ケフィアがつきました。

* * *

別の日のランチは東京駅近くの東京ビルに入ってるタンメン「トナリ」で。
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太麺と濃いめのスープがグーーーー。
これまで、このビルはほぼインデアンカレー一択(つるとんたんは毎度行列していて入れない)でした。選択肢が増えた。よいことだ。

2015年12月06日

エリックサウス

大阪に住んでいる大学時代の友人から、仕事で東京に来ると連絡があったので、東京駅で待ち合わせして、八重洲地下街のカレー屋「エリックサウス」でランチをしました。
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うーん、おいしいし、おなかいっぱいになります。近くにあるダクシンは休日のランチがかなりの強気価格なのですが、こちらは1000円ちょいで収まるのでいいと思う。あと、地下街のかなり外れのほう(日本橋寄り)にあるせいか、あまり無意味に混んでないところも有り難いです。
このお店の名前はずっと知っていて、行きたいと思っていました。一体誰に教えてもらったんだっけな。

友人は仕事で画像認識関連のことをやっているので、今年随分盛り上がった人工知能について聞いてみると「言われてるほど新しくないんだよ」と。いわく、新しい分野は

 ・英語で本が出たらピークアウトの兆候
 ・日本語で本が出る頃には、おいしいところはもうやり尽くされてる
 ・ブルーバックスが出たら、まとめ

とのこと。ははあ、このメルクマールは分かりやすい。
それで思い出しましたが、一昨年だったか、物性物理をやっている大学時代の別の友人(私大准教授)に、日本人がノーベル賞とるかなって騒がれている分野のことを聞いたら、

 「あれはもう先がないことがはっきりしたよ」

とバッサリいかれたことがありました。
仲間以外を褒めない人種だと思っているので割り引いて聞いてはいます。でも、こういうことは雑談ベースでインサイダーに聞かないとわからんです。

食べながら話していると、友人は「最近、友達が減ってきてる気がする」とこぼしました。
大学のときの友人たちと疎遠になっているということのようでした。このランチも旧交を温める機会の一つだったのでしょう。
そういえば弊管理人もここ2~3年、ずっと会ってなかった学生時代の人たちと会ったり、留学中の仲良しと会ったり、よくしてました。なんかそういう「暫く会ってないし、折角なら」と思う時期なのかね。

* * *

11月下旬のことですが、おいしかったものいろいろ。
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実家から送られてきたリンゴ、今年は当たりでした。
甘みと酸味のバランス、歯触り、すべてハイレベル。

友人からのお裾分けで「治一郎」のバウムクーヘンも良。

片面が黒い焼き芋用アルミホイルを使って、トースターで安納芋を焼いて食べてます。
この冬はこれで焼き芋を楽しみます。

* * *

割れた顎は結局、膿んだりすることもなく1週間後に糸を抜きました。
患部が自分で見えないので何針縫ったのかは分からないのですが、パチン(糸切った)スー(抜いた)を数えていたら3回でした。多分3針。ということにしておく。

さらにその後の1週間でかさぶたが一部できて、指で触っても大丈夫になってきました。
肉がまだ硬くなっている?感じがします。

そうしたら昨夜、今度は酔っぱらって歩いていて、路上に倒れていた自転車に躓いて膝から流血しました。懲りない。
絆創膏を貼るくらいしか必要なさそうな怪我です。顎も骨や関節には特に影響なかったようで、いずれも不幸中の幸いといえるでしょう。
しかしこれはハインリッヒの法則でいうところの「軽微な事故」相当なので、この流れで大けがをしないように注意しようと思いました。


* * *

細かい仕事にちょこちょこと手を着けすぎて、わりと疲弊した1週間でした。
しかしやることを箇条書きにして大体さばき、懸案だった大きめの案件は「お断り」することでリストから抹消し、週後半には一息。土曜に入れてしまっていた朝からの仕事も、金曜の夜の仕事が未明に及ぶことが分かった時点で果敢にキャンセルして正解でした。午後には新しい仕事を入れちゃったけど。

2015年11月21日

顎割れる

大変くだらない事情により顎を家の床で打ち、1cmくらい割れました。
炒めていて破れたソーセージのように肉ごとぱくっといっていたので結構引きました。
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ぶつけた瞬間は歯を心配したのですが、そちらはどうも大丈夫らしく、しかし血がぼたぼた垂れてラグや椅子も汚れたので掃除して、とりあえずティッシュで押さえたまま開いてた近くの病院へ。
土曜日の午後、結構混んでるなあと思いながら1時間半くらい待っていました。
「縫います」ということで診察室のベッドで麻酔をして縫ってもらいました。
あと、怖いから一応ということで破傷風のワクチンも接種。家の中なんだけどな。
薬は抗菌薬の飲み薬と塗り薬、それから痛み止めを3日分。
診察と手術、予防接種で2千数百円、薬はすべてジェネリックにできて600円。皆保険て素晴らしいな。
シャワーは明日から浴びていいとのこと。あとは絆創膏を毎日換えるようにと。
他に異常がなければ1週間後に糸を抜いておしまいだそうです。
お酒飲めない。残念。
それにしても何があるかわからん。寝不足(忙しいのではなく、長く眠れない)が祟ったような気がする。
いてて。

* * *

それはそうと、今週は霞ヶ関での仕事のあと、同僚と虎ノ門のニルワナムのランチカレーバイキング(1200円)に行きました。
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盛りつけの才能がないので何となく汚いですが、かなりおいしかったです。
錦糸町にあったアキンボのマスターに、かなり前に教えていただいたまま行けないでいたお店です。
結構食べたので、夜までお腹が空きませんでした。

* * *

5月の健康診断でコレステロールが高かったことに発憤し、
・野菜>魚>鶏肉>赤肉
・走る
という2本柱でゆるーいダイエットをしていました。
秋の健診では、腹囲-4cm、体重-2kgとかなりいい感じ。
あとは血液検査値が少し改善しているといいのですが。

2015年10月25日

レトロとカメラ

新宿・戸山で勉強を兼ねた仕事があって、近くのLe Cafe RETROでお昼を食べました。
休日メニューのライスプレートとかで、今日は「スモークチキンとカボチャのリゾット」780円。
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カボチャは天ぷらにするようなスライスのがのっかっているのかと思ったら、ご飯に混ざってました。
先日も牡蠣と卵のカレーに感心したけど、これも「よく思いついたよね」と思う素敵な組み合わせでした。天晴れ、うまいよ。そして早稲田大学の向かいだけあって結構安い(自分が学生だったらちょっと躊躇する値段ではあるが)。
オムライスで名前を聞くお店だったので、次は是非そちらで。
その手があったかと思える食べ物にはまだまだ出会う余地があるのだな。

* * *

カメラを買ってしまいました。
2012年1月か2011年末に買ったPowershot S100は3年半以上お世話になった優秀な子でしたが、ここらで新しくしておいてもいいかなということで、Powershot G7Xに。
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もともとかなり安くなっていた値段から、機種を問わない下取りでさらに5000円引きになり、中古より安い値段で買うことができました。ちょっと重くなったけど、許容。センサーが1/1.7から1インチに大きくなったのと、エンジンが1世代新しくなったのがどう影響するか。

会社から持たされたSONYのXPERIAという携帯のカメラは、これまで弊管理人が持ったことのある携帯のカメラと比べものにならないくらい良い画像を吐き出してくれます。もうコンパクトカメラなんて持たなくてもいいんじゃないかと思えてきます。
しかし、それでも
・ズームができない
・シャッター音が(普通は)消せない
・そうはいってもぼかしたりはやりにくい
という不満はまだあります。

静かな飲食店内などでシャッター音させるやつは滅びろと思うたちですし、人を撮るときに携帯もねえ、ということで当面デジカメは持つことになりそうです。ただ、レンズ交換式ほどの大きさのものを持ち歩く気は全く起きません。

では、携帯には絶対無理な10倍以上のズームができるコンパクト機はどうか。これも検討しましたが、画質がね。逆にセンサーの大きさを取ろうとすると筐体が大きくなってしまいます。多分弊管理人はカメラを新しくしながら画質が落ちるのには納得できないので、ズームはS100より少し落ちるくらいで妥協しました。

Powershot Gシリーズは最近新しい機種が発表されましたが、今回買ったG7Xにファインダーをつけたため大きくなっちゃったやつと、小さいけどズーム倍率も落ちてしまったやつという惜しいラインナップだったので、もういいやということで少し古い型ですがこれにしました。次の弊日記から使うと思います。

2015年10月01日

弊日記10周年

2005年9月に始めた弊日記が、まる10年続きました。
別に何も大変なことではなく、その前にも大学1年から9年にわたってホームページをやっていたし、それ以前も中学のときに日記を書く癖をつけさせられてから紙の日記を結構書いていました。それらももし機会があったら弊日記に再録しようと思っています。そして、たぶん今後も淡々と書き続けるはずです。

・弊管理人は記憶の捏造をよくやるので(これ自体、日記を見返していて気付いた)、こういう備忘録は重要です
・最初のころ、日記を見た人に「『死にたい』という叫びに満ちている」と評されてハァ?と思ったことがあります。でもまあ確かに元気はないな。そして地に足が着いてない。自意識が気持ち悪い
・10年ほど前までは、自分は同年代よりちょっと早熟かなくらいに思っていたのですが、この10年で自覚したのは、実は同年代より1周以上遅れているらしいということです。いま現在は、だいたいまともな大学3年生の水準まで来たかなって思っています
・初めてやることはほぼできず、練習すると急激に上手になるけど、伸びなくなるのも早いというのは相変わらずのようです
・それでも毎年、前年の自分には負けてないと思えるのがまだ救いです
・それは、物事を丁寧にやることが段々できるようになってきたことに支えられているように思います
・スパムコメントが嫌で大分前にコメント欄を閉鎖しましたが、まあこれで当面いいかなと思っています。ツイッターとかフェイスブックで友人や仕事先といった顔の見える人とつながってしまうと、そこではいろいろ気を遣ってものを書かないといけなくなり、かえって匿名&全世界公開(=誰が見てるとか関係ない)&コメントいりません、という弊日記のほうが自由に書けているためです

* * *

10年でエントリーは950件を超えました。

* * *

読んだものは300くらい。とにかく俯瞰したい、という思いでいろんな新書に助けてもらったのだけど、ここでは特にじっくり読んで面白かったものを:

・2013年、ナショナリズムが自分の中でブームになって読んだアンダーソンの『想像の共同体』は、なんでもっと早く手を付けなかったのかと悔やまれた。実は弊管理人が普段関心を持っていることとはそこまで関係ないのだけど、読み物としての面白さはピカイチ

・ドーキンスの『利己的な遺伝子』は2010年、ダーウィンの『種の起源』はそれより後の2012年に読んだ。『利己的な遺伝子』のほうが数段、読み物として引き込まれるので、この順番でよかったと思う。そして当然、両方読むべき。『種の起源』は時間を忘れて読む本ではないが、先見性にびびる

・スピノザの『神学・政治論』&『エチカ』はまだ消化できてない。けど何か忘れられない

・結局弊管理人が興味があるのは社会思想みたいなものらしい。そこから1冊ならルソーの『社会契約論』。教科書に書いてあるエッセンスだけ知っててもほんとはだめなんだぜっていうのに、もう15年早く気付けていたらと

・ヤングの『後期近代の眩暈』は排除の社会学っておもしれえと思ったきっかけ。その後の読書が続いてないんだけど。過食症の喩えは今でも時々使わせてもらってます

・入不二基義の『相対主義の極北』は弊管理人が(恥ずかしい)卒論を書きながら考えていた2つのことのうち1つを考えた本。そうそうこういうことが考えたかった、と思いながら読んだ。しかし、これくらい言語化が難しいことを1年そこそこで書くものの柱にしようと企てるべきではなかった

2010年には「分け方」に興味を持って、それ関連で面白い本を探したことがある。センの『不平等の再検討』は2009年4月だから、それより少し早いが、すごく楽しく読んだ

・見田宗介/真木悠介は弊日記を始めるより前に、切実な思いで読んだ。それは家族にがんによる死が迫ってくるというきっついカウントダウンに直面するためのヒントを、『時間の比較社会学』に求めたことによる。その後は肩の力を抜いて玉手箱のような社会解読を楽しんだ。それで1冊を選ぶとすれば大澤真幸による解説つきの『まなざしの地獄』かなと

前にも書きましたが、信用のおけない1940~50年代生まれの日本人の書き手がだんだんメインから外れていって、60年代以降生まれの人たちが書く本を手に取るようになり、読んで(一応)分かるし面白いものに当たるようになったかなとの印象です。
なぜか本は食べ物と違って、紹介したりされたりしてもいいことがあった経験は少なく、結局自分で選んで自分で読むのが一番だなと思っています。
あと、そんなに冊数こなせないなら解説より古典を読んどけという、当たり前のことが漸く骨身にしみた10年でした。
中学・高校のころって全く本を読まない子どもだったのですが……不思議なもんです。

* * *

食ったもののエントリは250強。

・ごく最近のだが、銀座・LAZYのリゾットは近年ないヒット。もちろんパングラタンもおいしかったけど

・札幌のカラバトカリーは忘れられない味。車がないとアクセスできないので引っ越してから行けてないですが

・同じく札幌・RHAPSODYのチョコケーキも思い出だが、もうないお店なのが残念。なんかどこかで食べられるとの情報もありますけど

・錦糸町にあったカレーのアキンボももうない。佐賀に移転してしまった。3.11から暫く、ずっと仕事が忙しくて支給の弁当ばかり食べていて、カレーがどうしても食べたくなり、近所で探して当たったのが出会いでした

・新宿・夏目坂の「天七」の天丼(上)は目が覚めた

・ラーメンはおいしいのがいっぱいあって絞れませんが、あえて一つなら新宿の風雲児かな

・IVOのパスタもやっぱり好きです

グルメではないのでうるさいことは言いません。というか、友達と鳥貴族で駄弁ったりするのでも十分楽しいし、何より誰かから教わったり、たまたま入ってみたりして見つけたおいしいお店を、また誰かに教えて「うまいでしょ?」と言うのが一番の楽しみだったりします。つまり弊管理人にとっては食べ物はほとんど専らコミュニケーションのためのツールです。多分、自分一人なら、おおかた何食ってもそんなに喜びも悲しみもしないんだと思います。

2015年09月22日

ほおずき

秋の5連休には、やっぱり慣れません。次は2026年だそうです。
わりと周囲も持て余しているようで、少しは安心しますけれど。
昨日から今日にかけて山登りの筋肉痛が残りまくっていました。
しかし、そんなことで行動を制限されるのは癪に障るので、ジムに行きました。
走ったら少し緩和した気がします。

* * *

昨日今日は麦飯を炊いて野菜を結構食べたので、ちょっと不摂生してもよかろう。
と思って、担々麺を食べに中野の「ほおずき」に行ってきました。
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桜エビとザーサイが入ってるのが特徴か。
辛さが選べて、上から2番目の「大辛」を選びました。これでだいたい辛めの担々麺くらい。
うん、いいね。あと、汐留「潮夢来」のレベルが高いことを確認しました。

* * *

夕方、携帯にメールが入ったので、また仕事の関係だろうと思ってちょっと放っておいたのですが、成田時代に同じ職場にいて、最近も時々一緒に仕事をしていた他部署の先輩の訃報でした。52歳。びっくりしすぎてびっくりできなかった。昨日、ダイビング中に体調が急変して、今日になって搬送先で亡くなったそうです。
ちょうど昼間、40代、50代をどう過ごそうかという話をtwitter別アカウントでしていたところでした。しかし人生などいつ終わるか分かりません。すぐには終わらないかもしれないから人は先のことを考えるのですが、しかし5年、10年先のことを案じるのは能天気、あるいは驕慢でさえあるのかもしれません。

2015年09月13日

土日のわたし

土曜はまたちょっとネタ探しで働いてしまいました。
何も期待してなかったけど、意外とへえと思いました。

* * *

そのあと私用でいろいろあり、多大な反省点と教訓を抱えながら一杯飲んで寝ようと思ったら、そのまま深酒にはまりこんでしまいました。
旅行からこっち、コレステロール管理が疎かです。よくないよくない。

* * *

弱った感じは日曜朝まで引きずりましたが、錦糸町でタンメン食って回復しました。
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「しゃきしゃき」のタンメン+餃子セット、1000円。極太の麺が好もしい。
一方、費用対効果を考えると日高屋(700円くらいだっけ?)が相当健闘していることが分かります。もともと炒め野菜と塩味のスープと麺、というシンプルなお料理でびっくりさせるのは難しいかなとは思うけど。餃子は具がみっしり詰まっていておいしかったです。

* * *

錦糸町への道すがら、久しく顔を合わせていなかった友人にばったり会いました。
しかしカップルでおられたので、弊管理人は頭を下げてそのまま立ち去ってしまいました。
(1)水入らずのところ話しかけても悪かろう(2)雑談をどうしていいか分からない
と体が脊髄反射レベルのスピードで判断するというコミュ障ぶり。

* * *

錦糸町に出たのは、西友LIVINで枕カバーとシーツを買うためでした。
いま1セットしかないので、洗濯すると乾くまで寝られないのです。
ついでに無印良品で眼鏡拭き85円14枚入りを3袋。重宝しています。
あとは風呂で使うタオル。
休みの日やジムに行くときに履く踝までの靴下。今回は5本指にしてみました。
厚手の綿のシーツなど気に入って使っている製品が、いま住んでいる辺りでどこにあるか分からず、引っ越し前に買っていたお店に戻ってしまいました。

* * *

茨城あたりで堤防が壊れて水浸しになったニュースを見て、うちの本家も何かあったらやばいよなーと思いました。
前々から消防に「耐震性ないです、この家」と言われているらしく、しかしばあちゃんの後には住む人も多分いないので、お金かけて直すのもなあ、ということで騙し騙し住んでいる状態です。こんな家、いっぱいあるはず。

2015年08月16日

盆休み2015

12日から3泊で出掛けてました。

4月になんとなく始まった家族旅行シリーズで、弊管理人と妹が東京からバスに乗り(意外と混んでいて2時間遅れ)、松本で父と合流して白馬へ。
白馬八方スキー場の近くにある「しろうま荘」に投宿しました。
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早速温泉に入ります。強アルカリのお湯。
夕飯はこちら。
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地元の豚、米、山菜を使った、派手ではないけどとてもおいしい食事でした。
このほかに青豆と玉葱の天ぷらも出ました。
夜7時には父親が寝付き、弊管理人も11時には寝ました。
翌朝のごはん。
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お米がおいしい。もちろんおかずも。
そば粉のガレットが印象に残りました!
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あまり天気がよくなかったのですが、ざあざあ降りにはならないだろうと踏んで、栂池の自然園に行きました。
ゴンドラとロープウェイを乗り継ぐと、すぐ着きます。
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標高2000メートル前後の高層湿原周辺は、木道が整備されていてかなり歩きやすいです。
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トリカブト。
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ワタスゲ。
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チングルマ(の花が終わったあと)。
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最も晴れた瞬間でこれくらいでした。
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展望湿原(2010m)に着いたときも視界はよくありませんでしたが、ちょっと待っていると雪渓がチラ見できました。
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結局6kmくらい歩きました。
ヒュッテに戻って「サルナシ」のソフトクリーム300円。
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マタタビの仲間で、品種改良したのがキウイフルーツだとのこと。
下山して、小谷村の道の駅で一休み。
そのあと、13日の宿である「雨飾荘」に向かいました。チョイスは父。
小谷村にある雨飾山にある宿です。今はとてもしっかりした建物ですが、20年以上?前に父が泊まりにきたときには普通の山荘だったとのこと。
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脇には妙高に抜ける林道もありますが、昨年11月の地震で損傷したらしく、通行止めになっていました。
宿の脇には、森の中の露天風呂もあります。
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ロケーションはとてもいい。アブが多いけど。
宿のお部屋はとても広くて、窓の外は山!
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夕飯はすっごい気取ったコースですが、いちいちおいしいです。
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イワナの刺身、初めて食べました。
内風呂はこちらもアルカリ泉。
糸魚川はすぐそこ。明けて14日の朝飯にはノドグロの開きが出ました。
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近くの鎌沼は、紅葉の季節に訪れるといいようです。この日は霧で何も見えませんでした。
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というわけで、さっさと白馬~中条を通って長野市に出ました。
ななな長野駅が新しくなってる!
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1500円のそばもいいのですが、県庁勤めだった父が「安くてうまい」と勧める藤の家で700円のざるそば大盛り。父と妹は880円のそば定食でした。うまい~
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そのあと、なんとなく30年前に住んでいた家と、20年前に住んでいた家を見に行きました。
父は結構行き方を忘れていて、弊管理人がナビをすることになりました。
こんなに狭い道だったかなあ、と父。
まだ残ってた。一同しばし見入りました。今は人の家なんだけど。
そして弊管理人の原風景はやはりリンゴ畑だと再認識。
そのまま小布施に出て、もと魚屋のパティスリー「ロント」でおやつを食いました。
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わあなにこれすっごいおいしい。
というか父、なんでこんなとこ知ってるの。

というわけで小布施のスマートICから高速に乗って実家に帰りました。
天気は今ひとつだったけど、家族で旅行することに意味があるのです。ほんとにそう思う。

* * *

5月の連休は祖父母に会わなかったので、15日に父から車を借りて、独りでぐるっと回ってきました。

・父方の祖父母
祖父(93だっけ)が5月に肺炎になって1週間ほど入院して以来、体が弱ってしまってほぼ寝たきり状態で療養病棟に入っているとのこと。これ典型的な廃用症候群だろうな。
祖母が山の中の家に独りでいて、近くにいる父と叔父が交代で病院への送り迎えなどをしているそうです。
もう農業もやっていないのかなと思いきや、売り物にしているわけではないがトウモロコシやスイカを作っているそうで、少しご馳走になりました。
いらちな父の運転で来ると、せかせか訪れてせかせか帰っていくことになるのですが、久しぶりにゆっくり祖母と話すことができました。
祖父は入院初期、病院は嫌だから家に帰りたいと言っていたものの、祖母がよたよたしながら世話をしているのを見て「やっぱり病院でいい」と言って戻ったそうです。祖母によると、祖父は体はもうほとんど動かないけれど頭ははっきりしていて「それがかえってかわいそう」とも。
このあと父に病院に連れていってもらい、祖父にも会えました。うーん確かに結構弱ってる。
90過ぎて胃がんが見つかったとき、手術をするかどうか散々迷った挙げ句に手術をすることにし、しかしそれを契機に衰弱が始まってしまったのかなと思います。
90を過ぎると結構な割合の人が手術をしないという選択をします。しかし弊管理人は当時、意見を求められていろいろ考えた末に「する」ほうに一票投じてしまったため、後悔しています。

・母方の祖母
5月の法事をめぐって父と伯母が決裂したらしく、父は伯母がよく出入りしている母方の実家には「もう行かない」というので……。まあ合わない人達はいつかこうなるのでしょう。弊管理人は大人なので別にその辺はあまり気にせずご飯を食べに行くのです。
祖母は、弊管理人が名乗ると名前を認識しましたが、しばらくすると「誰?」となってしまいます。アルツハイマー型認知症の薬(アリセプト)を3年飲んでいるそうですが、こうなっちゃったらもういらないんじゃないかな。進行を遅らせるだけですし、怒りっぽくなるなどの副作用があるので。
伯母に薬を見せてもらうと、抗うつ薬と高血圧の薬を他に飲んでいました。
抗うつ薬ももういいだろう。ていうかこれが認知症を悪化させてるような気がする。
精神関係の薬は「止める」ということを目標に飲まなければならないと思います。
しかし、循環器だの消化器だのが専門の町医者が戦略的に処方してくれることは、ほぼ望めない。
あと、10年以上ぶりくらいにいとこの子と会いました。子供の10年って劇的に変わりますね。当たり前だけど。
恒例の、伯母の手料理(と、祖母)。
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・ついでに、妹のこと
結構長く不安障害のようなものがあるらしく、引っ越しを繰り返したり精神科に行ったりしているようです。ちょいちょい自分の”病状”とか”こんなに大変”的なことを口にします。
しかし「問題は環境ではなく、環境の受け取り方のほうにあるので、引っ越しは無駄」と言っておきました。本人もそれは思い当たるようです。認知行動療法を試してみてはどうかというのも伝えました。
これは多分、投薬では治らないと思います(むしろ有害かもしれない)。文脈とかあまり関係なしに自分のことを語ったり、周囲の人や環境をdisったりというのは、「大変ねー」と労ってほしいとか、自分のことを世話してほしいとか、そういう欲求のはけ口を求めての行動だと睨んでいます。そしてそのはけ口が現在、精神科医療になっているだけ。それへの対処は、バランスのよい食事をし、早めに寝て、笑顔を作るなど、フィジカルな面を無理矢理に立て直すことだと思うのですが、それは言い忘れました。また正月にでも。

とはいえ、いずれのケースについても弊管理人は専門知識がないので、実際に何かの決断をする際には医者の意見を大いに参考にするしかありません。問題はその医者が本当に専門家なのか、誠実に仕事をしてくれるかがしばしば怪しいということ。ということでこちらに続く↓

* * *

弊管理人の扁桃炎は、帰省する前に耳鼻咽喉科で抗生物質を出してもらって3日飲んだとたんに全快しました。10日ほど前、トローチで抑えましょと言った医者をヤブ認定。

貴重な夏の半分を体調不良で過ごしてしまったのは遺憾です。
それを押して結構遊んだような気もするが。

* * *

8月は6日の広島,9日の長崎,12日の御巣鷹山,15日の玉音と3日ごとに国民的暗い行事が続く異空間に入ったようになって、それが終わると夏ももう終わり、という気分になります。
戦後70年、個人的にはもうほとんど代わり映えのない「証言」系の情報に関心がなくなっていて、しかし戦後が終わった様子はなく(たぶん次の戦争までは終わらんだろう)、一方で今年は特に親族関係が結構弱っており、ふわっとした沈滞感の中でこの期間を過ごしました。

2015年08月08日

ジビエなど

今週はいろいろ食いました。

接待する同僚にのっかって行ったにもかかわらず「あ、ちょっと食べるの待って下さい」とかいいながら写真撮ってた新橋の「焼ジビエ 罠 炭打」。
鹿、猪、猪豚などいろいろ食べました。写真は結局、何がどれだか分からなくなったので1枚だけ。
こちらはウズラの下半身だったと思います。
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うまかった。とても。

* * *

上記同僚は奥様がややこを連れて避暑に出掛けており、家に帰ってもゲームしているだけだというので、別の日にも夕飯をご一緒しました。
天丼を食べようと日本橋の金子半之助に行ったのですが、営業終了まで1時間半を残して品切れ。ぎぎぎ……と悔しがりつつ、近隣にある「天ぷらめし 金子半之助」に転戦。
結果、大満足。写真はあまりフォトジェニックでもなかったので割愛。

* * *

土曜、友人より北海道旅行のミソを教えてほしいとの連絡があり、一緒にランチしました。
歌舞伎町の、なんだっけ、台湾美食。
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うん、ありあり。

* * *

摂生、引き続きしてます。
為念。

* * *

今週はちょっと体調が低空飛行でした。
喉がちくちく痛いので耳鼻咽喉科に行くと「扁桃炎」との診断でした。
それってなんかただの現象論ですよねえ。原因への洞察ゼロ。
2007年2月に扁桃炎になったときは高熱が何日も続きました。今回は平熱。なんだろう。
トローチもらっておしまい。
口の中が痛いのと、なんだか臭い気がして、元気出ませんでした。

新しい部屋で迎える初めての夏で、寝るときにエアコンの切/入タイマーの設定の仕方がうまくいっていなかったため、妙に喉が渇いたり体が冷えたりしていたのかもしれません。
タイマー設定のポイントは今週後半にだいたい掴んだのですけど。

* * *

都心の猛暑日が金曜まで8日続いたそうで、人も結構死にました。
東京の夏は札幌から戻って7回目、「夏は暑いのが当たり前」と思ってもいたのですが、さすがに百葉箱気温で37度になった金曜は、キンキンに冷えた建物内から仕事を終えて出てきたときに「やばいこれやばい」と体が警告を発しました。

2015年07月26日

週末充実

土曜は、まあここで書くほどのことではありませんが、今まで自分は向いてない、できないだろうなと思っていたことが、先達の丁寧なインストラクションのおかげでできるようになった日でありました。

日曜は、逗子の海に行ってきました。
とある集まりで、弊管理人は3年ぶりに参加です。(→前回
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海の家でタコライス食って、ちょっとだけ海に浸かって、一足先においとましました。

家に帰り着くころ某友人から連絡あり、北海道の黄色いメロンをいただきました。
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食いかけでやっと撮影に及んだところから、いかにがっついていたかが窺われます。
夕方になっても灼熱のお外に友人を見送ったあと、睡魔が襲ってきて40分ほど昼寝。
起きて、猛烈に食べたくなった餃子のために散歩に出ました。
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この週末は諸氏のおかげで完全勝利。

* * *

4年くらい前から仕事中の移動時間に聴いてる放送大学(単位は取らない)、1学期の放送が終わりました。
今期聴いていた科目の中では、「貧困と社会」(西澤晃彦)が頭一つ抜けて面白かった。貧困と排除の社会学です。テキスト棒読みではなく、ちゃんと語っていたので頭に入ってきます。
(余計なことですが、頭に入ってこない話し方をする講師は法学と理系に多い気がします)
事例が豊富ですが、どういう方法を使って迫っているかがかなりはっきり分かるように構成してると思います。近々もう一回聴いちゃうかもしれない。

ほかに聴いてたのは以下の各科目でした:
・環境と社会(植田和弘ほか)
・グローバル化と私たちの社会(原田順子ほか)
・公衆衛生(田城孝雄ほか)
・ロシアの政治と外交(横手慎二)

* * *

2個前の日記で「ぼけたかも」と書きましたが、先週はわりとくっきりしながら過ごしました。
弊日記はセラピーとして書いてる面があるので、書くことで収束に向かっていたのかもしれん。

* * *

夏の休日には極力仕事を入れない。
がポリシーにもかかわらず、来週末は仕事を入れてしまいました。不覚。

2015年07月20日

連休メモ

3連休だということに直前まで気付かないまま突入しました。

金曜は深夜まで仕事して、それからちょっと寝酒を、と思ったらうっかり午前3時。

土曜は人助け的な活動。
あと、生活リズムが狂ってつらかった。

日曜は梅雨明け。すっごい暑かった。
普通の時間に寝て普通の時間に起きたので、とても元気になりました。
15年ぶりくらいに和田堀公園のプールへ独りで行きました。
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正午くらいに行ったのに、既に水が相当汚かった。
あと、独りでプールに行っても、やることはがしがし泳ぐことくらいしかありません。
結果、がしがし泳いでしまい、余計暑くなりました。

月曜はちょっと面談がありまして、自宅近くでスパゲッチ食べながら話してました。
暫く喉が痛かったのがやっと治ってきたのですが、喋りすぎていがらっぽい。

ほんとは日曜か月曜に山へ行こうと思っていたのですが、前後に人に会う予定を優先させたため延期にしました。暑いしね。
梅雨明けから盆までを夏とすると、夏など1カ月くらいしかありません。計画的に遊ばないと。

* * *

■蓼沼宏一『幸せのための経済学』岩波書店, 2011年.

■白井聡『永続敗戦論』太田出版,2013年.

* * *

連休は毎日洗濯した。
汗ばむ季節です。

* * *

物忘れというか、気付くべき事に気付けない、話が出てこない、そういう焦りが最近増しています。

先週は、出掛けようとして建物のエントランスまで行ったときに傘を持ってない!と思って傘を取りに戻ったのですが、「ゴミを捨てなきゃ」と思い出してゴミ袋を持ち、結局傘は持たずに外出し、傘を買うことになりました。本当にやばい。

ほんの4年前だったら数日思い悩んでいたことや、ずっと怒っていたことも、数十分から数時間しか持続しなくなりました。その点有り難いのですが、以前なら意識しなくてもできていたことが、「ぬん!」と頑張って意識するというか、自分にリマインドを出さないとできなくなりました。以前からちょっとそうでしたが、何かいつも頭がぼーっとしているんですよね。

これは病的な状態なんでしょうか。それとも40手前になるとこんなものなの?
カレンダーやメモや予習を活用しまくりながらではあっても仕事には支障が出ていないところをみると、ものすごく選択的に日常生活用の頭が悪くなっているのかもしれないです。それならまだいいんだけど。

2015年07月03日

摂生しています

コレステロール対策というか、もはや中年を独りで生き抜くための習い性づくりとして立てたルールはこんなところです。

・野菜>魚介>鶏肉>赤肉
・糖分をできるだけとらない
・間食を極限まで減らす
・酒はベロベロになるまで飲まない
・面倒がらず歩く、ジムで走る

ただし、当面はあまり「我慢」をしないことにしました。
3度のご飯はおいしくいただく。

今週は神田に行ったので揚子江菜館。
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魚介エキスのタレがうまああい。
遠方から来た友人を連れて行くかというとそんなことないけど、近くに寄る用があったら4回に1回くらい立ち寄る味です。
周囲は元祖冷やし中華を頼んでましたが、弊管理人は冷えたラーメンにそこまでの興味はありません。

あと、昨日は朝から八重洲でした。
東京駅の地下街にある千疋屋でモーニング、600円。
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このほかにドリンクがつきます。
いや、全然いいと思うけど。さすがというか、メロンがすげえうまかった。
安いメロンが食えない弊管理人ですが、これはうまかった。
ちなみにこのお店では、ミカン1個540円でした。どういう設定なの。

* * *

札幌勤務時代、ある担当の責任者をやらされることになって、その時入ってきた新人の女の子が今年から東京の職場に来ています。早くない?と思ったらもう入社9年目だって(弊管理人が東京に来たのも9年目)。そら歳取りますな、弊管理人も。

別の同僚を交えて昔話をしていたのですが、弊管理人はその子を完全に放任していてほとんど構わなかったつもりだったのに、あちらは「結構怒られた」と証言。怒るほどちゃんと自分がその子を見ていたことに驚愕しました。全然覚えてません。どこで恨みを買ってるかわからんものです(当該その子には恨まれてまではいないもよう)。

* * *

木曜は朝から夜まで働いて、すっごい疲れて床についたのに、今朝は4時半に起きてしまいました。なんだなんだ。

2015年06月28日

多数決、谷崎、脂質

■坂井豊貴『多数決を疑う』岩波書店,2015年.

一番いいと思う候補(者)に1票入れて、最も票を集めたら勝ち、というのが多数決。みんなで決めるから民主的だし、結果すなわち民意である――。多数決が当たり前に執行されている中では、こういうことを疑おうとも思わない。賛成/反対が社会を分断するのは致し方ないし、少数派にも開票結果は黙ってのんでもらおう。

それを疑う。多数決よりもっといい決め方があるのではないかということを、できるだけ「誰が考えてもそうなってしまう」仕方で考えてみたい。そういう本。

まず、多数決には「票割れ」という問題がある。2者が票を争っているときに、1番人気と近い第3の選択肢が出てくると、漁夫の利を得た2番人気が結果として勝ってしまう現象だ。2000年の米国大統領選挙で実際に起きた。もしブッシュではなくゴアが勝っていたら、その後の世界は大分ましだったかもしれない。ではもっと人々の意見を集約するのにいいルールはないものか。

まず紹介されるのは「ボルダルール」と呼ばれる集約ルールだ。18世紀フランスの科学者ボルダが提案したもので、選択肢が3個なら1位に3点、2位に2点、3位に1点と等差の点数を付ける。このルールは、それぞれの選択肢が1対1で対決したときに他の選択肢のいずれにも負けてしまう「ペア敗者」が1位になる事態を避けられるという利点がある。スロヴェニア共和国では、国会議員の選挙に一部採用されている。

日本の最高裁判事の国民審査のように、それぞれの候補にマルバツを付ける「是認投票」も、候補者が多い時には有権者一人ひとりができる意思表示の量が増えるのでなかなかいい。ただし、組織力の高い政党が定員ギリギリの数の候補(クローン候補)を立てて、彼らに全てマルをつけ、他にバツをつけて議席を独占するような「クローン問題」が起きる危険性はある。

別の選択肢は、ボルダの同時代人であるコンドルセが考案し、後年英国のペイトン・ヤングが修正した「コンドルセ・ヤングの最尤法」だ。コンドルセのアイディアでは、有権者は候補たちに順位をつけ、それぞれの候補たちを1対1で対決させてどちらが支持されているかを判断する。X>Y、Y>Z、Z>Xというジャンケンのような循環が発生することがあるが、最も僅差だった組み合わせを「有権者全体の意向が現れている可能性が最も低いもの」として棄却してしまうことで順位を確定させる。選択肢が4個以上になった時にはこの方法が使えない場合が出てくるが、データから統計的に「背後にある有権者全体の選好」を推定すればいいという考えでヤングが補正を加えた。この強みは、1対1対決でなら他の全ての候補に勝つ「ペア勝者」がきちんと選ばれるということにある。

このほか、自民党の党首選などで使われる「多数決+決選投票」、オリンピックの候補地を選ぶ際の「繰り返し最下位消去ルール」もある。コンドルセ、ボルダ、多数決も含め、同じデータを使っても、用いる集約ルールによって結果がばらばらということも起こりうる。「民意」というものが本当にあるのか、疑わしくなってくる。民意など存在せず、ある選び方を選んだ結果があるだけなのではないか。

では、どのルールがいいのだろう。筆者は、ボルダルールがペア敗者を1位にせず、ペア勝者が少なくともビリにはならないという「それなりの強み」に加えて「分かりやすさ」を持っているという点から、このルールを押す。特に議席1の小選挙区制や自治体の首長選挙に適しているという。

「民意」の存在が揺らいでしまった。今や「民主的」という言葉も再考を迫られている。

「陪審定理」というのがある。十分な情報を与えられ、個々人が独立して判断できる場合には、判断する人が多いほど、多数決の結果が正しい確率は1に近づいていくというもの。逆に少数派になったということは、間違っている可能性が高いということだ。ルソーの「一般意志」に引きつけていえば、少数派が多数派に従わされているのではなく、少数派も多数派も一般意志(というか、それが書き出された「法」)に従うことになる。
ただ、こうした判断は個別の利害関心から離れたトピックについてしか下せない。少数者の抑圧に直結するようなものは投票で決めてはいけないことにも注意が要る。多数決による権利侵害を回避する方策には(1)多数決より上位の審級を設ける=違憲立法審査権(2)複数機関で検討する=二院制(3)ハードルを50%より高くする――などが考えられる。

また、直接制と代表制の判断が食い違うことも「オルトロゴルスキーのパラドックス」として知られている。直接制のほうがみんなの意見が反映されるような気もするが、しかし膨大な人口を擁するコミュニティでは、直接制は時間的、コスト的にかなり無理筋な制度ではないだろうか。理想的な形ではないが、代表制には「議場で熟議が実現する」という可能性をメリットとして持っている。よく話し合うことで意見が収斂していくし、それでも意見の差が解消しないとき、その差が何によって生じているかも分かってくる。
満場一致は望ましいが、それができないとき、どれくらいの賛成を基準に物事を決めればいいのだろうか。過半数でいいのだろうか。3つの選択肢があるとして、X>Y、Y>Z、Z>Xという循環を排除し、多数意見が正当性を確保できるような基準は、計算により約63.2%だという。
ただし、これは直接制か代表制か、という二択の話ではない。筆者は最後に都道328号線問題という問題を紹介し、特殊利益を扱う場合に使える直接制的な考え方も紹介している。

とにかくいろいろなことが書いてあるが、筆者が一貫して試みているのは「現在通用している制度が、天から与えられたもののように動かせない」という考え方(あるいは「自明性の罠」)から読者を引きはがすことだと思う。しかも「多数決多数決というけど、少数者を尊重することだって大切だろう?」と観念的な説得を試みるのではなく、数理的な議論でかなりのところまで「別のやり方」の候補たちの利点と限界を示し、比較できることを示している。その方法は恐らく最も広く共有できる基盤の上に立っていて、それだけに強い。

そんなパキパキした議論を読んだあとに当たっちゃったのが

■谷崎潤一郎『陰翳礼賛』KADOKAWA, 2014年.

明るくて、一様で、かっちりして、のっぺりしてるのってなんかやーね、日本のぼやーんとした感じがいいやね、というおじさんの言いたい放題。
「しかしまあ事実関係のレベルで結構怪しいですけどね、西洋趣味に流れすぎる時代にあっての逆張りだと思えば仕方ないか。それにしては売れちゃったけど」という井上章一の解説がなんとも。

* * *

5月の健康診断でLDLコレステロールが限界を突破したので、摂生することにしました。
なんか身体に悪いかな、と思いながら漫然と続けていた生活習慣を改善するいい機会と捉えることにします。あまり無理をするつもりはないけれども、健康的な食事と運動が習い性になるように当面は気をつけつつ、様子を見る予定。
それにしても再検査と医者の問診を受けにいったけど、目も合わせずに「食事と運動、気をつけて下さいねーはーい」とまあ役にも立たないようなことしか言わない上にさっさと切り上げようとしたので、いろいろ質問してみたが、要領を得ませんでした。こんなのを1人1億もかけて養成してるというのはね。

2015年06月22日

6月前半のあれこれ

先日、日本橋で仕事を終えて出てきたら、目の前に「つじ田」があったので夕飯。
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うん。いいと思う。

そばとうどんは冷たいほうが好きなんですが、なぜかつけ麺ってあんまり……です。
おそらく、熱い汁がどんどん冷めていくと興も冷めるのでしょう。

* * *

この土日は自炊と昼寝で過ごしました。
あと、固定資産税を払いました。
寝床で読む用に高い本を買いましたが、校正の甘さに激おこです。

* * *

5月24日の日記に出てきた厄介な仕事は、先週なかばにひとまずの区切りを迎えました。
先の日記の時点でだいぶ嫌になっている様子でしたが、その面倒臭い状況は続いたまま、しかし大御所とは結局かなりのコミュニケーションを重ね、社内外の思いつく限りの人達に意見を求めた末、ハードランディングはとりあえず避けられた様子です。問題は残りましたが、問題が残ったことに後悔を感じない程度には頑張れたと思います。

ただ、ほぼラストミニッツくらいのタイミングで迫られた社内調整で、いろいろいちゃもんを付けてきた某管理職(直属の上司ではない)に「ばか」と言ってしまったのが残念です。
自分だってばかなのに、人のことをばかと言うのはよくありません。
結局その某管理職が修正を求め、弊管理人は「修正しなくても大丈夫」と思いつつどこかもやもやしていた当該箇所、それがもやもやしていた理由には、今朝(日曜朝)になって自力で辿り着きました。それを某管理職は言語化できていなかったのですが、弊管理人はもう少し早く気付けたかもしれなかった。

でもまあ、ぶつかる人とはいつかぶつかるのでしょう。
次、次。

* * *

Facebookで、お仕事関係で知り合った方々から立て続けに友達リクエストをいただきました。
これからは、あちらは少し内容・表現に気をつけて書き込みをするようにしようと思います。

もともとFacebookでは、主に中学、高校、大学時代の友人と繋がっていたのですが、安心して昔と同じように軽口を叩いていたら(「ともだちんこ」とかそんな内容)意外と大人になってた相手に下品だと怒られちゃったりして、なんかもう面倒だしやめようかなと思っていたところでした。
考えてみれば、実名・顔の見える範囲でやってるSNSこそが、見苦しいことを書くべきでない「公共の場」なのかもしれません。

* * *

なんだかんだ言いつつ、淡々と生活しています。

2015年06月07日

銀龍など

散歩がてら、新中野の銀龍まで。
も、ほんとに街の中華屋さん。チャーハン650円。
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いや、これでいいんですよ。
どうたらこうたら蘊蓄たれながら高いチャーハン売ってるところもありますが、弊管理人はこれで十分です。というか、好き。もうちょっと近かったら通う。

* * *

今週は平日に1日休みをいただき、上野へ大英博物館展を見に行ってきました。
同行友人に連れて行っていただいた肉の大山で、メンチカツバーガー。
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アハーン、うまい。あと、夕方までサワー半額の160円でした。立ち飲み。
そこから大統領に流れ、19時には沈没。

* * *

話は前後しますが、昨日土曜は趣味:仕事=7:3くらいの気分で東大先端研のキャンパス公開を見にいきました。工業デザイナーの山中俊治氏の研究室が3Dプリンティング技術を使ったスポーツ用義足の展示をやっていて、それを見るのが一番の目的。もちろんこちらもお仕事の下心込み。
ちょうど、ソニーエンジニアリングでJust earという個々人の耳の形に合わせたイヤホンのプロジェクトをやった松尾伴大氏と山中氏のトークイベントをやっていたので、聞いてきました。
以下、記憶頼りなので不正確かもしれないメモ。

3Dプリンティングを使ったスポーツ用義足は、足の形をデジタル計測してデータに落として作るので、個々人の足に合った義足を比較的簡単に作れるだろう。しかも美しさを伴わせたい。そういうプロジェクトで、現在はナイロン製の試作品ができた段階だが、これからアスリートの疾走に耐えられるくらいの強度を出すなど、改良をしていく予定のようです。
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Just earも発想が似ていて、耳の形がどうも既製品のイヤーピースに合わない人が結構いるらしい、そういう人達に向けた高い装着性のあるテイラーメイドのヘッドホンとして開発されたそうです。
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それで思い出したのですけど、うちの父も「カナル型のヘッドホンは耳にはめてもぽろっと取れちゃう」といって古ーいやつをずっと使っていたのでした。山中氏も合わないほうの人らしいです。

耳の形はほんとに色々、しかし製品はだいたい標準的なところを狙ってデザインされているために、合わない人がそれなりに出る。弊管理人はSONYのヘッドホンを使っていますが、製品に付いてくる大中小のイヤーピースのまさに「中」がぴったりはまる非常に標準的な耳(?)をしているため、全くこういう問題に気付かなかったのでした。しかも実際合ってない人が身内にいるっていうのにね。

Just earは型をとって職人が成型して、と結構な手間をかけるため30万円とかするらしいのですが、3Dプリンター方面のものづくりは今後、もっと安価になるのではないでしょうか。似通ってはいるけれども多様な形をした人間集団を前にして、しかし一応これが標準的だろうという層を狙って作り、あとの「不適合な人達」には製品の形のほうに体を合わせてもらう、というちょっと無理のある製品作りから、一人ひとりに合った製品作りへ、という流れが加速すればいいねと思いました。

そしてこういう取り組みは、マイノリティとマジョリティの関係を変えていくことになるんではないでしょうか。
マイノリティがそもそも不可視だった段階から、「合わない人がいるのは分かるんだけどなかなかね」との諦めを経て、現在は「合わない人にもできるだけ対応しようぜ」というくらいまで来ているような気がする。
でもこれではまだ、気を遣われるマイノリティ/気を遣うマジョリティ、という二分法から脱出できていない。
もし技術的な困難によって先に進めていないのだったら、今後カスタムメイドが容易になって、個人間の微細な差に対応できるようになれば、「みんなそれなりに違う」という考え方が浸透して二分法が解体し、やがて差異そのものが意識されなくなっていくんじゃないかと夢想します。

フロアとの質疑応答は時間がなくて1人だけだったのですが、それが非常にいい質問でした。
つまり、カスタムカスタムというが、人の体は日々変わっていく。子供は育つし、筋トレすれば膨れるし、使わなければ退化する。カスタムメイドはある一時点の人の体に合わせたもので、その一時点を過ぎれば次第に合わなくなるのではないか。むしろ、高さを変えられる机や椅子のように「アジャスタブル」な製品のほうに分があるのではないか。そんな質問。

松尾氏の回答は、カスタムを暫くやることで形の多様性に関するデータを積み上げる、それが将来的なアジャスタブル製品の開発に活かせるのではないかという回答。
山中氏はまさに義足でその課題を意識しているところで、しかし当面は「身体が変化したら変化した結果に合わせてガンガン製品を作る」という対応ができるんではないかというもの。

弊管理人は、スーツに吊し/イージーオーダー/フルオーダーがあるように、標準品/アジャスタブル/カスタムメイドは、お値段と使い勝手のバランスを考えて各人が選ぶべきカテゴリーとして併存していくんじゃないかな、と思いました。松尾回答はアジャスタブルをもっと使いやすくするためのアイディア、山中回答はカスタムをどうやって使っていくべきかというアイディアを語ったように思います。ただぱっと聞いた限り、なんとなくアジャスタブルが一番便利そうな印象を持ちました。もっとも、製品によってアジャスタブルに適したものとそうでないものがありそうですが。

* * *

仕事は忙しいわりにアウトプット低調。
かかってる手間のほとんどが「調整」という脇筋のことなのが悲しいところです。

2015年05月11日

レイジー

銀座の「レイジー」、前回はキャーキャー言いながら写真が撮れなかったので。
おいしかったものは次の通り。

パングラタン
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ゴルゴンゾーラを撒いて焼いた料理。これはシンプリシティの美だと思う。

フォアグラとポルチーニのリゾット
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一方、こちらは自分で再現できそうな気がしない凄味があります。
弊管理人および同行者はいずれも口に入れたまま「んー!!んー!!!」と叫んだ。

ほか、ニンニクと豚と野菜の炒め物、生ウニのオムレツやトマトの冷製パスタを頼みました。
それぞれおいしかったけど、「これ食ったことない!」という衝撃があったのは上の2品でした。

* * *

38歳になりました。

最近の実感としては:
・両こめかみのあたりにシミができておっさん度が増した
・連続して眠れる時間が6時間前後と短くなった
・遅く寝ても6~7時台にいったんは目が覚めるようになった
・忘れていたことを目の前に呈示されても「これを一度は知っていた」という確信を持てないことが時々ある
・半面、頭にかかった靄のおかげで来し方行く末のことを考える時間が減り、現在に傾注できるようになった
・手間を惜しまない、ということが段々できるようになってきた
・快便が続いている

* * *

4月の終わりに、ONKYOのCR-N765というCDレシーバーを買いました。

2001年発売のFR-X9という機種のCDトレーが暫く前から挙動不審で、それがとうとう開かなくなったためです。LANケーブルをつないでネットラジオを聴けるようになったので、クラシック専門のOTTAVAをかけっぱなしにしています。暫く離れていたクラシックにまた親しむようになりました。

週に1時間程度、予約録画してある番組を見るほかは、テレビを全く見ない生活が続いています。

買い換えた当初はなんとなく音がぼやっとしていて広がりがなく感じたため、スピーカーを買い換えようか迷っていましたが、数日すると輪郭がはっきりしてきました。慣れただけ?それとも使っていると何かが変わってくるのか?

2015年05月05日

夜と霧と法事

■フランクル, V.E.(池田香代子訳)『夜と霧 新版』みすず書房, 2002年.

ナチス強制収容所を体験した精神科医・心理学者の回想。著者はフロイトとアドラーの弟子なんだそうです。へーへー。

世紀転換期から20世紀中盤くらいまでの著作には「個人の心のダイナミズム」への関心が色濃く出ているものが特に多いのかなと思っています。外界と、インターフェイスとしての感覚器官と心に生じる像とかいったメカニカルな心の理論は昔からあったけれども、無意識の発見によって心はブラックボックスの度合いを深めたように見えます。その最大最悪のフィールドが収容所であり、その経験の読解に戦後のヨーロッパはほぼ全ての知力を費やしたのではないでしょうか。今なら経済合理性とか集団の行動パターンに力点を置いた分析がいっぱい出そうかなと思ったりして。

『夜と霧』は初版が1947年、この新版は1977年に出ています。初版を読んでいないので間違っているかも知れませんが、お仕事柄なのか、時間のせいなのか、ストレスマネジメントとしてそうなってしまったのか(多分これだと思うけど)、ルポルタージュというよりは、どこか体験を突き放した記述との印象を受けました。
しかしそれだけに、学校、職場、通勤電車を現代にも存在する「小さなアウシュヴィッツ」のように思い出しながら読むことが許されるように思えます。野蛮な消費行動だと非難されても、なお少し許されながら。

「ユーモアも自分を見失わないための魂の武器だ」(p.71)

東北を津波が襲ったあとに現地入りしたテレビ局のクルーがキャッキャ騒いでいたことがサイバースペースで批難されているのを見ましたが、たぶん弊管理人が行ったとしても、ものすごくテンション上げていっぱい意味のないことを周囲と喋りあったと思いますね。(→と書きながらそういえば、と日記を探ったら2011年3月14日にやっぱりそんなことを書いていた)

…凡庸なわたしたちには、ビスマルクのこんな警告があてはまった。 「人生は歯医者の椅子に座っているようなものだ。さあこれからが本番だ、と思っているうちに終わってしまう」 これは、こう言い換えられるだろう。 「強制収容所ではたいていの人が、今に見ていろ、わたしの真価を発揮できるときがくる、と信じていた」 けれども現実には、人間の真価は収容所生活でこそ発揮されたのだ。(p.122)
…生きる目的を見いだせず、生きる内実を失い、生きていてもなにもならないと考え、自分が存在することの意味をなくすとともに、がんばり抜く意味も見失った人は痛ましいかぎりだった。そのような人びとはよりどころを一切失って、あっというまに崩れていった。(p.129)
自分を待っている仕事や愛する人間にたいする責任を自覚した人間は、生きることから降りられない。まさに、自分が「なぜ」存在するかを知っているので、ほとんどあらゆる「どのように」にも耐えられるのだ。(p.134)

対照的に、のんべんだらりと過ぎていく日常という檻のない牢獄は、目的の喪失による離脱というフェイズを発生させない。

この世にはふたつの人間の種族がいる、いや、ふたつの種族しかいない、まともな人間とまともではない人間と、ということを。このふたつの「種族」はどこにでもいる。どんな集団にも入りこみ、紛れこんでいる。まともな人間だけの集団も、まともではない人間だけの集団もない。したがって、どんな集団も「純血」ではない。監視者のなかにも、まともな人間はいたのだから。(pp.144-145)

こうした区分に『イェルサレムのアイヒマン』(1963)が付けた大きな疑問符を、著者はどう受け取ったのでしょう。個性(フランクル)/環境(アレント)の区分もまたはっきりできなそうですが。

* * *

母と祖父の13回忌のため、ちょっと帰省していました。
無意味なお経、無意味な長時間の正座、無意味なばかりか事実関係がおかしい法話。
もうこういうの、いいんじゃないの。程度の差はあれ、たぶん一同そう思ったと思う。
「死んだらおしまい」と言っている父は毎日仏壇にご飯をあげている、そんな追想、追想じゃないな、同居の継続。そのほうが全然実質的なんだけど。

2015年03月26日

3月後半のつれづれ

3月後半も休みはなく、あまり内発的動機のない仕事に時間をとられていました。

ある日のランチは新宿・天府舫。
本郷にある栄児とご関係があるようです。
麻婆豆腐のランチは、味玉と餃子が食べ放題なんだそうです。
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栄児と同じ味。
しびれる!!!!!
多分ときどき行ってしまう!!!!

* * *

本は新書2冊でした。
いずれも楽しかったけど、いま体力がないので要約は見送り。

■廣野由美子『批評理論入門』中央公論新社, 2005年.

フランケンシュタインを読みながら、批評の手法をだーーーっと「やってみせる」本。
なんか見取り図としてとてもよくできてると思いました。先日読んだ某・法哲学の本とは逆で。
ポスコロとかフェミとかもまた「こんな切り口ありますよ」というご提案の一つだと思えば、うっかり当たっちゃってもそんなに損した気分にもならないわけで。

■小山慶太『入門 現代物理学』中央公論新社, 2014年.

ヒッグス粒子がとうとう発見された!と騒がれた時に、「真空はとても賑やか」という謎のフレーズが弊管理人の耳を通り過ぎていきました。でもエーテルなんてないんでしょ?と思いつつ気になっていた、その辺の歴史と現在がやっと分かった~

* * *

また京都に行ってきました。今日が本番。
お仕事先とお話しするのはとても楽しかったのだけど、そのあと社内的な処理でまたいつものようにどっぷり疲れた。おいしそう、と思うといろんな人が手をつっこんできて結局ごちゃごちゃする。
京都駅→タクシー→現地→タクシー→京都駅。
タクシーの窓から桜が咲いているように見えた、というくらいの花見度。

* * *

それはそうと今朝、新幹線に乗るために某線で東京駅に向かっていたら、乗った駅で扉にはさまれたかばんの肩掛けひもが東京駅まで取れず(そちら側の扉が結局一度も開かなかった)、しかも東京駅からの折り返しが意外とすぐだったため、ひもをかばんから外して脱出。

ホームの駅員に事情を話して
「出てきたら回収して連絡ほしいんですけど」
「出てきたら回収でいいんですね?」
「出てこなければ回収できないでしょう」
みたいなバカな話をして名前と連絡先を伝えたのだけど、それをメモ帳に書いてる様子を見て直感した。こいつ一応言われたことを書いてるだけで、絶対回収を試みる気ない。クレーマーをいなす感じの振る舞い、弊管理人もよくやるので。

* * *

今日は弊管理人が京都にいってる間に東京で仕事に穴があいたらしく、しかし職場ではそれが弊管理人の持ち場だと思い込んでいたらしく、問い合わせがこちらに来ました。
それ、いつも時間が合うからやってただけで、アサインされた覚えとか全くないんですよね。
ということで謝る必要がないので謝りませんでした。貧乏ってやーね。

* * *

先週末は土曜の仕事が終わった後、うっかり酒を混ぜ呑みしてしまい、夜中の早い時間に死亡。
翌日曜は10時に一ツ橋、13時に霞ヶ関で仕事だったのですが、一ツ橋はすっ飛ばしてしまいました。
ほんとは霞ヶ関もすっ飛ばしそうなくらい悪魔が囁いていたものの、気力で出勤、そして18時ごろ蘇生。
死と再生を経てちょっとリフレッシュしました。そうなんですよ。そういうリフレッシュもあるんですよ。

2015年03月14日

3月のつれづれ

3月に入ってわたわたしているうちに半ばになってしまいました。

このかん、特に重要な仕事をしていたわけではありませんが、内発的な動機に乏しい仕事の準備をとぼとぼとし、あとは都度の頼まれ仕事をびやっとこなし、しかし何人かの人と楽しいおしゃべりをし、今までちょっと偉そうで恐そうだなーと思っていた人と意外に打ち解けることができるなどしていました。
毎年同じな気がするけど、なんとなく3月は落ち着かない。

今日は日帰りで京都出張。
10時半に東京を出て17時半には京都を出るというとんぼ返り(現在は岐阜のあたりを通過中)。
食えたものといえばこの
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お茶味のぶよぶよした甘味。
別にお茶の味の菓子って好きじゃないんですよね。

* * *

月初めに、渋谷に行く用事があって「おまかせ亭」でオムライス食いました。
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なんか女子ばっかだった。
ランチ1200円ですが、サラダとコーヒーとデザート(この日はココアのロールケーキだった)がつくので、結構満足度高いです。オムライスも酸味が強いソースに香草やスパイスでアクセントをつけてあって、おいしくいただきました。

* * *

今年前半はブックガイドとして入門書をいくつか読みましょうねと思ってまして、
馴染みのなかったハート、ドゥオーキン、ウォルツァーとかをざざっと見渡せそうかなということで手に取ったこれ、

■森村進『法哲学講義』筑摩書房,2015年.

いや確かにタイトルは「講義」であって「入門」なんて書いてないんですけど、
 ・その「○○的××主義」「△△論」「□□説」ってつまり何ですか
 ・なんかイメージできないんで例え話してもらえませんか
 ・なんでそんなこと考える必要があるんですか
といった疑問をいろんなところで抱く本でした。

ある程度知識を持ってる人が、先生の話を聞きながら考えを整理する、的な使い方にはいいかも。と思ったのは、正義論やメタ倫理学を扱った後半の章にさしかかるとぐっと頭に入りやすくなったからです。
でも英語の教科書だったら、普通 xxxism is ...といってさくっと一言でこれから扱う主題をまとめてから説明に入るよな。

* * *

職場で「あ、そうだ」と思ってすたたたと小走りで階下に向かったが、階段の踊り場で完全に用事が頭から抜け、どこに向かっていたか、何を「あ、そうだ」と思ったか、そのまま全く思い出せなくなる、という出来事がありました。ちょっと人の名前が出てこないとかではない、やばい感じの抜け方。

* * *

現在の部屋に引っ越して3カ月。間取りは1LD・Kなのに11.7畳のリビングにベッドを入れてワンルーム生活をしていたのを一念発起して改め、洋室にベッドを運び込んで、ようやく普通の家具配置になりました。

5.5畳の洋室にベッドと衣類と電子ピアノを入れたので結構ぎゅうぎゅうです。しかし、洋室は最初から寝室想定で作られているのか、窓の防音がリビングよりいいので静かで、たまたま買った遮光カーテンも優秀なので、ゆっくり寝られます。早くこうすればよかったな。

かわりにリビングがPC机とこたつとコンポだけになったのでがらんとしています。
「生活感はあるんだけど、あまりに必要最低限のものがきっちり配置されすぎていて遊びがない」と友人の評。
そういわれても特に何かで満たす気もありません。

2015年01月25日

週末のことども

東大駒場の表象文化論の先生、小林康夫さんが退官するそうで、土曜日にシンポジウムを見に行ってきました(最終講義は別途3月23日にやるそうです)。
ちょっと用事があり最初のパートしか見られなかったのですが、やんややんやで面白かった。
船曳建夫、高田康成といった懐かしいおじさまたちも客席に来ていて、囲む会というか同窓会のよう。マイク来てないのに喋るし、「ちょっといいすか」といって時間が来てるのに喋るし。なんというか、近年、仕事絡みのシンポで見ている「確認質問でございますけれども」みたいなどうでもいい質疑じゃなくて、「それの何が面白いんだ」「実存はビッグバンから始まるんじゃないのか」「学会発表みたいな引用と解釈やり始めたら退場だかんな」「本性/実存じゃなくて、本性/運命/実存じゃないの」と、かき回しながら外へ外へと出て行く駆動力を感じさせるやりとりに触れて、なんかちゃんと勉強しなきゃなという気持ちが2年ぶりくらいに戻ってきました。

* * *

シャルリ-・エブド襲撃については、自分が最も興味のあることにかかわっているので、かえって考えがぐるぐるしながらまだ考えています。
日本人人質事件については、いま急いで本を読み中。
とりあえずちゃんと発信する専門家は事実の記述においても分析においても新聞より全然面白い。

知人が声をひそめて「本当は捕まってるという2人とイスラム国はグルでカネを取ろうとしてるんでしょ?」と聞いてきたので「そう思う根拠は?」と聞いたら黙りました。なんなの。

* * *

16日から暴れていた喉はようやく回復。
耳がおかしくなっていて(たぶんどこかが腫脹していたため)、耳抜きができなくなっていたので、職場のエレベーターの上下が結構きつかったです。あと、聞こえが3割くらい悪くなっていました。これも今夜、左耳だけ開通。途端に音がよく聞こえるようになってびっくりしました。
耳の聞こえが悪くなっていた間、話している相手に「え?」と聞き返すことは多くなりましたが、「え?」と聞き返されることも普段通りありました。弊管理人は耳が悪くなっても声は大きくならないっぽいです。

* * *

夜、空腹のあまり、吉牛の大盛りを食ってしまいました。550円。結構上がった感じがしますね、値段。
高校生のころ(1990年代半ば)は吉牛って結構頑張って買うもの(並盛り400円)で、「早いのうまいの安いのー」というキン肉マンの歌は今ひとつぴんと来ていなかったのですが、2001年に280円になった時には「ほんとにこれでいいんだろうか」と思ったものです。大学の学食でも時々牛丼メニューが出てましたが、これより高かったもんね。現在並盛り380円。まあ本来こんなもんか。

そのあと立ち寄ったお店でウイスキーソーダをすすっていると、マスターが「4月から結構な値上げになるらしいんだよね」とぼそり。そうかー。

* * *

札幌のおじさまからコーヒー豆1kg届く。おいしそう。ごちそうさまです。
ミルを買い、お裾分け先を探す。

2015年01月15日

ひとり13回忌

まにあった。今日は母の13回忌です。
滑り込みでお線香あげました。
でも生まれ変わりは49日でできちゃって、あとは「偲ぶ」機会みたい。本人というよりは生きている側のためにやるものなのかね。

日頃、食ったものばかり上げている弊日記ですので、食い物の話。
母が作った料理を最初に食べた記憶はありませんが、最後の料理は多分これ、というのを覚えています。まんまるのコロッケです。
2002年の11月に佐渡に少し長い出張をして、その帰りに実家に寄って、千葉にあった自宅に戻る時に持たせてくれた弁当、あるいは帰って食べる用のコロッケだったと思います。
どうも秋に入ってから調子がよくないようで、「ひょっとしてこれが最後かも」と思いながら食べたような気がします。本当にそれが最後になったので記憶に残っているのでしょう。

写真を撮ったはず、と思って古いフォルダを探りましたが、でてきたのは母が亡くなる直前に帰省した時、千葉に帰る自分に父が持たせた父手製の弁当の画像でした。
本当に弊管理人の記憶は当てにならないものです。今日、画像の勘違いでそう思いました。コロッケが最後だったかどうかも自信がなくなってきています。多分そうだと思うんだけど。

次に手作りのコロッケを食べたのは、札幌勤務中の2008年12月28日に、仕事先のおねえさま(だいぶおねえさま)にお呼ばれしてご馳走になったもの。こちらはちゃんと写真があります。
これ。
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多分、雑談の中で「母親の手料理で最後に食べたのがコロッケ」とかそんな話をしたから作ってくれたのだったと思います。実はかなり味が似ていました。でもいっぱい食べすぎて腹を下したような……

思い出を共有していた相手がいなくなってしまうと、それが正しかったかどうか確かめる術がありません。その相手の代わりをしてくれるのがカメラやICレコーダーといった記録用の機器、そしてこの日記であるようです。

2015年01月04日

年末年始と戦後70年

30日から2日まで帰省しました。

大晦日は毎年恒例の、本家で伯母さんのお料理。
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毎年ちょっとずつ献立を変えているそうです。確かに確かに。

夏、弊管理人を認識しなくなっていた母方(=本家)の祖母は、名乗ると弊管理人の愛称を呼びました。
そして、元日の朝にお雑煮を食べ、昼に山菜そばを食べて本家を辞する時には、握手を求めてきて、弊管理人は握手をして別れました。認知症状が出る前にはなかったことです。
祖母はよく食べ、声もしっかり出ていて、話しかけると笑い、しばらく大丈夫そうです。
元日は雪が強まって、山奥にいる父方の祖父母には会いに行けませんでした。

2006年の正月に携帯の機種変更という非常につまらない案件をめぐってもめて以来あまり喋らなくなっていた弊管理人と妹は、元日にかけて多少喋りました。
しかし、またつまらないことで喋らなくなりました。
暖房を入れている部屋の戸を弊管理人がちゃんと閉めないとかそういう正しい指摘を受け、「はいはい正しい正しい。その調子で友達百人作ってくれ」と弊管理人が言ったのが最後。
またちゃんと喋るのは数年後かもしれませんが、この兄妹はそういう距離感が合っているようです。

平素独居の父はベッドでiPadをいじり、音楽やyoutubeを鑑賞しながら「そのうち動けなくなって、ここでクソにまみれて死ぬ気がする」と言ったので、「その前に帰ってくるから」と言っておきました。これは結構本気です。が、もうちょっと頑張っておいてほしいとは思います。
「子供の世話にはならない」とずっと言っていた父ですが、そんな考えは老いの中で簡単に霧消するでしょう。

紙焼きの写真を貼り付けた大昔からのアルバムをスキャンするという次回のタスクができました。
はがしてドキュメントスキャナ、というのは可能だろうか?
貼ったままハンディスキャナ、が無難か?
春の連休までに考えようと思います。

* * *

この年越しに読んでいた本が、これ。

■佐藤卓己『増補 八月十五日の神話』筑摩書房、2014年。

連合国に対するポツダム宣言受諾の通達と終戦詔書の日付は1945年8月14日、
玉音放送で国民が知ったのは8月15日、
大本営からの陸海軍に対する停戦命令は8月16日、
降伏文書の調印は9月2日、
サンフランシスコ講和条約が発効して占領が終わったのが1952年4月28日。
8月15日が終戦記念日と定められたのが1963年(5月14日の全国戦没者追悼式実施要項、第2次池田勇人内閣)、
「戦没者を追悼し平和を祈念する日」は1982年(4月13日閣議決定、鈴木善幸内閣)。

8月15日=終戦記念日、のイコールは意外に意義が乏しく国際的にもほとんど通用していないし、この等式が制度化されたのも結構最近だった。実は戦後10年までは玉音放送の記憶は薄れてかけてさえいたらしい。

でも、読む前の弊管理人を含めて多くの人はいま、8月15日=終戦記念日ということを疑っていない。
「お盆」という畑に蒔かれた玉音の種、丸山真男(8月15日没!ちなみに石原莞爾もらしい)の「8・15革命」論や『世界』誌の8・15特集シリーズ、高校野球、メディアの戦後x年企画、教科書、そして国内政治、それに影響される国際政治。いろんなものを吸い込み、そして生み出した言説によってさらに強化されていく8月15日の神話、その成立の過程が描かれています。
情報量が多くてついていくのがちょっと大変ですが、疑っていなかったものの神話性が暴かれていく読書体験はとてもスリリングでした。

戦後60年の2005年に新書で出された本書を読みそびれていてアマゾンで探していました。しばらく前から絶版になってる……と残念がっていたら年末に増補、文庫化されました。わー超うれしいけどなんで?と思ったら戦後70年だった。
情緒=追悼の日・8月15日と、政治=平和の日・9月2日を分けるべきだ、という著者の提言つきであります。これも含めて、今年の春や夏に向けて考えを走らせるには十分な時期の出版だったと思う。
スクリャービン没後100年は記念であって喪ではないが、戦後70年はいまだ喪中っぽい。

2014年12月30日

今年のまとめ

1月 四国楽しかった
2月 台湾がちょー楽しかった、というか素晴らしく楽しかった
3月 結構本読んだ。わちゃわちゃした仕事が開始
4月 これくらいまで確か忙しかった気がする
5月 滋賀県が意外といいところだった。
6月 エチカが意外と面白かった。江ノ島むふふ旅行
7月 ええとなんだっけ
8月 東京サマーランドと茨城の海が死ぬほど楽しかった
  ばあちゃんが弊管理人を認識できなくなっていてちょっと悲しかった
9月 北海道2泊楽しかった。もうちょっと長く行けばよかった
10月 がしがし仕事したけど一気に疲れが出て体調不良
11月 いづもやの鰻がおいしかった
12月 新しいおうちに引っ越した。仕事は最終の金曜にピークが来た

* * *

とても辛かった2012年と13年が終わって、年度が替わって、職場に若い人が一人増えて、そちら方面に仕事が結構流れていくようになったため一息つけた、そんな年だったような気がします。逆に言うと、今年はそんなに「これやったー」という仕事がなかった気がする。手広く楽しく手がけた気はしますが、手を抜いてしまったものもありました。

10月に部屋を買うことを決めるまでは、結構な時間をネットでの物件チェックに取られていました。買うことを決めてからは、諸々の手続きと手配と後始末に忙殺された感があります。しかし、今日までに大体それも終わりました。
なんだか残された時間があまりないということをよく感じました。しかし、これは新しい何かを始めることで乗り越える必要がある感覚だと思います。習い事でもいいし、テーマを決めた勉強でもいいし、旅でもいいかもしれない。何か澱みを撹拌するもの。

8月に扱った案件は非線形物理の方面で、「モデル」というものの基本的な考え方に気付かせてもらえて、個人的にもとても役立った仕事となりました。
モデルはリアリティを多少犠牲にすることで、いろいろな事象を見渡せる、見通しをよくする、新しいデータをどう扱うかの方向付けを助けてくれるもの。逆に言うと、モデルを現実にそのまま適用できるとは限らない。成形して使わなければならないということ。
これを分かっておくと、現実がモデル通りでないということでイライラしなくて済みますし、抽象論も尊重できるようになります。そんなん当たり前やんけと思わなくもないけれど、意外とはっきり言ってくれる人が周囲にいなかったので……

読書では、learn and unlearn の有用さを(再)認識したことです。今年読んだうちの2冊に出てきたはず。本での意味とは多少違うんだけど。
ツイッターでもリアルでもそうですが、周囲からなんやこいつという人や考え方がちょっかい出してきます。それを受け止め、その上でうっちゃる。海綿のように、ずおーっと吸い込み、濾し取って、あとはどばーっと流し去る。
自分が可謬であるということはだいぶ前から大切にしている認識なのですが、それだけだとわりと自己嫌悪ばかりの辛いほうに傾くので、learn and unlearnをセットで持っておいたほうがいい。これも分かってる人には今更ですが、今年はっきり分かったことでした。
あと、頼まれてもいないのに自分の属性を代表しないというのも大切です。

あとはゆっくり噛んで食べる(舌噛んで流血して思い知った)、野菜を努めて食べる(秋に体調崩して思い知った)、といったことかしら。

このようにプラクティカルなことばかりに価値を見た今年でした。
つまり、自分という実在は意外と不確定なものを含んでいなくて、環境の調節によって操作できるということ。
この傾向が今後変わるかどうか分かりません。変わんない気がします。

2014年12月29日

シメの忘年会

夜に持ち寄りの忘年会があるということで、西荻窪に買い出しに行きました。
昼飯として、「シタル」でカレー。いいお味。でも写真撮ろうとしたらカメラにメモリーカードが入ってなかった。

で、「もぐもぐ」でハムだのソーセージだのを買い込む。
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このハム、成田在勤時代から大好きです。

忘年会は18時から。
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1枚1万円のステーキとか、北海道の友人漁師から送ってきたホタテとか、強者揃いでした。
でも弊管理人の持っていったハムとソーセージ、手前味噌だけど、健闘したと思う。
「ハーブのソーセージおいしい~」という声が背後から聞こえて安堵しました。

今年知り合った面々ですが、今年楽しかったことの相当部分をもたらしてくれた人達です。
一時期、弊日記の存在に気付いた一人にヲチされていましたが、携帯を落としたことでURLが分からなくなったそうです。ということで心置きなくひそかに感謝しておくのだ。

* * *

洋室に置いてあった段ボールは今日、ほぼ片付けました。
リビングで暮らしていますが、足元が寒いのでコタツを久しぶりに使うことにしました。
中敷きと布団を捨ててしまっていたようで、あったのはフリース地みたいな中掛けのみ。アラス。早く上掛けを買おう。
あと、ずっとテーブルとしてだけ使っていたコタツは、確認してみると1995年製でした。大学に入った時に買ってもらったやつだ。で、コタツとして使うのも10年ぶりくらい。熱を使う器具なので、ちょっと恐る恐る使ってます。場合によっては買い換えてもいいかなあ。使えてはいるし、暖かくていいんだけど。

2014年12月28日

戒め

23日、クリスマスイブイブディナーとして、シングル2人で天丼を食べてきました。
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日本橋の「金子半之助」は880円→950円に値上がりしてましたが、それでもすんごいボリューム。ごま油の香りも、ちょっと甘めのたれも好きだし、穴子、半熟卵、いかなどの種もおいしいんです。

いつも長い行列ができているお店です。19時20分から寒空の下、1時間強待ちました。
そして通された相席は、向かいがカップル。
食べ終わってるのにニチャニチャと生姜を噛みながら「1500円の価値はあるぜ、この天丼」などという微妙な感想をドヤ顔で語るおにーちゃん。
一杯飲んで帰るべよ、と地下鉄に乗ると、またしても向かいの席に見目よろしくないカップルがいて、しかし握りしめた相手の手をつんつんしたり、話しかけられてもちょっと無視したようなそぶりをしてじらしたり。

  「でも僕ら、あいつら以下なんですよね」

と血の涙を流すわれわれアラフォー男二人。
この経験は戒めである。雪ぐのは来年!と誓い合う遊びでした。

イブと当日はふつーに仕事。

* * *

発注していた棚が届いたので、ようやくテレビをアンテナにつなぎました。
つけてみたけど、特に面白いことはない。
引き続き、部屋ではラジオを聞いています。

* * *

部屋、だんだん住み慣れてきました。
すなわち、自分の手足のリーチを考慮して家具の配置を微調整し、一方で例えばベッドの脚に足の指をぶつけたり、高いところにある棚の扉を開けたままにして頭をぶつけたりないよう、体が慣れてきたということ。
それにしても、自分の持ち物だと思うと、こまめに汚したところを拭き、散らかったものを片付けるようになります。

持ち物が入った段ボールの開梱は、書類を除いてほぼ終わりました。
書類はできるだけスキャンして捨てようと思っています。この作業がまだ少しかかりそう。

2014年12月20日

ラグがきた

いろいろと思うところのある仕事を終えた昨晩は、ラーメンが食べたくなったので、西新宿のえびそば「一幻」に入ってみました。
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新千歳空港で「何食おうかなー」と思いながらうろついていると、毎度目に入るのです。
食べたことなかったけど、わりと香りと味のバランスがとれていて、おいしいと思う。えび要素を加減できて、ちょっと減らし目にすると弊管理人にはちょうどいい感じになりました。

ちなみに今朝5時台に腹痛で目が覚め、ンコして軽快しましたが、たぶんラーメンのせいではない。記憶の痕跡によればお腹出して寝てたような気がする。

* * *

冷たい雨の土曜はお洗濯大会。

午前中に注文してあった2畳ほどの大きさのラグが届いて、やっと部屋が落ち着きました。
フローリング生活も掃除がしやすくていいんですが、足元が冷たくて。

あと、台所とリビングの間に吊す暖簾も到着。
カーテンと布団の色が地味なので、強い色合い(紺の地に朱色の唐傘がいっぱい飛んでる柄)がメリハリになってよいのでは?と自賛しています。

* * *

本の整理もしていました。
結局、ここに住んでいても本はまた増えていくだろうから、今ある棚への収納は抑えめにして、クローゼットにある程度しまっておくことにしました。

段ボールから、OUPが出してる1998年版のA Dictionary of Sociologyが出てきました。
留学先で買ったやつ。ペーパーバックで軽くて持ちやすくていいんです。
Amazonで調べてみたら2014年版も2000円ちょいで買えるんだ!
(Kindleだと1000円とかだけど、電子書籍は所有できないから信用してない)
古いし捨てちゃってもいいかなーと思って一度はゴミ袋に(!)入れたのですが、気がとがめて取り出して久しぶりに読んでみたら、とてもいいので救済しました。
入門書とかリファレンスのたぐいは和書で当たりが少ないのと、それらのジャンルは英語が平易なので、もういっそ英語で勉強しちゃえばいいんだと思うのです。

* * *

昼飯は富士そば。
ミニひれかつ丼ともりそばのセット(550円)にほうれん草のおひたし(100円)をプラスすると、650円という超高級ランチになります。
しかし、ここで100円を払って野菜を食べるのが大人というものなのだ。
どうにかこうにかでも仕事をし、お給金をもらえるというのは貴重なことであります。

2014年12月16日

新居と暗黒物質

引っ越しから1週間経ちました。まだあまり住み慣れた感じがしません。
本とCDの段ボールがほぼそのまま残っているからか。
文庫を並べられる小さめの軽い本棚を買ってみました。しかし、期待したほど収納できないうちに一杯になってしまいました。これまで大半を押し入れにしまっていたけど、今そこまで収納に余裕があるわけでもないんだよな。

間取りは1LDKですが、結局リビングのキッチン寄りに勉強机、奥にパイプベッドを置いてワンルーム生活を始めてしまいました。部屋にいるときはほとんど机に就いていますし、メシも机で食うので、スペースそんなにいらないんですよね。

考えてみれば先週初めまで住んでいた部屋は14畳(収納別)+キッチンという広さがあったのに、実際生活していたのは6畳のじゅうたんの上でした。
学生時代から1~3年に一度は引っ越しをしていたので、ソファもダイニングテーブルも持ったことがないし、家具も軽いものばかりのモバイル生活です。ここ5年は1カ所にいたけど、引っ越す可能性は今後もあります。引き続き重い家具を持つことはないかも。

* * *

化粧水がそろそろ切れるので買わなきゃ、とドラッグストアで買ったのを忘れて、アマゾンでもう1本買ってしまいました。ドラッグストアで買ったのを通勤かばんの中から発見して「ええええ!」となった。同じものを二つ買ったのは初めて。40代の扉を開けてしまった感じ。いやもっと深刻か。

* * *

■鈴木洋一郎『暗黒物質とは何か』幻冬舎、2013年。

暗黒物質とは何か、を説明している部分はそう多くありません。まあまだ見つかってないしね。
Unidentified Flying Objectと一緒で、なんやようわからんものを仮にそう呼んでいる。
それを見つけるためのXMASSという実験を岐阜県の神岡鉱山跡でやっている人です。
UFOと並べると怪しくなっちゃうけど、こちらはちゃんとした科学実験(たぶん)。

・宇宙の組成
普通の物質=4.9%
暗黒物質=26.8%
暗黒エネルギー=68.3%

・候補物質
(1)MACHO。質量の小さな目に見えない天体。存在はするが、COBEやWMAPで観測された物質のゆらぎが説明できない。量も少なすぎる。
(2)ニュートリノ。確かに大量にあるが、質量が少なすぎる。光速に近い速さで移動しているので、現在あるような物質の濃淡を作れない(すぐに一様に広がってしまう)。
(3)WIMP。質量が大きいが、他の物質とほとんど相互作用しない。現在最も有力なのがこれ。未発見の超対称性粒子のうち、ゲージーノ(光子、Zボソン)、ヒグシーノが候補。

・XMASS
暗黒物質に蹴飛ばされたキセノンの原子核から出たエネルギーが周囲のキセノンが紫外線を出す。それを光電子増倍管でキャッチする。

2014年12月09日

部屋を買うの記

わりと便利めな場所に小さなお部屋を中古で買い、引っ越しを済ませました。

今年の7月に会社の家賃補助が切れることが分かっていたので、2年近く前からゆるーりと中古物件を探していました。ちょうど2012年に留学の企てが潰えたあとで、じゃあもう動き回る生活はいいかー、と思った(笑)のもあったかもしれません。家賃補助が切れた時にいろいろ面倒くさい手続きと理不尽を強いられた今年の夏以降は、もう不動産業者とこれ以上接したくない、という思いも加わりました。

さて探し方。まず、次のような基本的考え方を設定しました。

・基本は独り住まい、時々遊びに来た家族や友人をちょっと泊められるくらいの広さ

・自分の資力で無理なく買えるものがいい

・子供を育てるわけではないので、環境<利便

・1981年の新耐震基準以降の建物

上の考え方をもとに希望の価格帯、最寄り駅、築年数を絞り込み、SUUMOをはじめとしたいくつかの仲介業者のサイトをブックマークして定点観測していました。
この2年弱で内見したのは4-5件だったでしょうか。
実は今振り返ってみると、2013年1月に最初に内見し、決まりかけるところまでいった物件がかなりよかったと思います。この時期を底として、中古物件の価格はすごく上がったという実感があります。

今年4月には、再び「これは」という物件があって購入申し込みをしましたが、弊管理人より少し早く申し込みをした人に持って行かれてしまいました。

そんな中で思ったこと、学んだこと。

・ネットで自分がいいなと思った物件は他人もいいなと思っているので、とにかく日を置かず見学の申し込みをすること

・しかし、よほどピンと来たものでなければ「今(あるいは明朝)決めてほしい」という業者に乗ってはいけない。大抵ブラフである

・そんなこんなで数を見ればだんだん目が肥えてくる

・新築も視野には入れていたが、広告費とかいろいろ乗っかってる値段を考えると、結局は10~15年落ちの中古が出るのを待つのがいいのかな、と弊管理人は思った

・ちなみに、2000年代初頭の物件は売出時の価格がそもそも安かったものが多いようです

・それにしても仲介手数料というのは、それで得られるサービスを考えると見合わない。特にネットで探していると掘り出し物を見つけてくれるのは業者ではなく自分だろうという思いを強くする

・仲介手数料無料の業者もあり、大手でも時々自社物件を仲介手数料無料で売ったりするが、これでいいものに当たる確率は結構低い

・相続とか結婚とかといった売主側のライフイベントに伴って「早めに処分したい」という思いで売りに出された物件はわりと買い得なものが多そう

・気にしだすと気になる人は、ワンオーナーの中古か新築にこだわったほうがいいかもしれない。あまり過去のことになると、何があったかは調べても出てこない

・駅徒歩10分は結構遠い

・築25年はかなり古い

・リフォーム済みの物件はかなり割高。定点観測していると、ちょっと安め・古めの1LDK物件がいったんサイトから消えたと思うと、フルリフォームされて500万~1000万くらい高くなってまた売り出されるケースをいくつか見かける。多分これは自分で見積もり取って必要なことだけやったほうが安い

・内装や引っ越しは面倒でも合見積を取るべき。これらは個別性が高すぎて「相場」というのが非常に見えにくいと感じた

・譲っていいラインははっきりさせ、それ以上は妥協しない。検討すべき物件の数ばかり増えるが、そこに「これだ」というものは入ってこない

・とはいえ、賃貸には賃貸の良さがある(設備を自分で更新しなくてよい、長持ちさせようというマインドがなくてよい、必要な保険にさえ入れば天変地異が気にならない、転居するときに面倒でない)ので、比較考量が必要です

-----------------ここからはこのかんの日記です

【10月25日】内見→購入決定

ネットで見つけた物件の内見。

○40平米弱という数字の印象と比べて居室が広い(間取りが合理的な)のに好感
○売り主さんは10年ちょっと前に建った時に買って、それ以来住んでいる
○売り主さん話したが、丁寧に使っておられる印象を持った
○眺望は良いというほどではないが、室内は日が入って明るい
○かなり便利な立地。のわりに静か
○値段は自分にとって適正と思えた

△自転車、バイクが置けない
△収納がちょっと少ないかな

ということで、購入申し込みをした。
この段階では(業者には迷惑だが)キャンセルに伴う負担は全く発生しないので、とりあえず家に帰って、つらつらと悪い点がないか検討したが、結局大きなものは見つからなかったので購入の意思は変わらなかった。
結局、弊管理人を含めて3組が購入申し込みした。他は投資用とセカンドハウス目的だったということで、売り主さんは自分が住む用にと考えていた弊管理人を選んだとのこと。

【10月28日】契約

前の晩、突然どう転ぶか不安な仕事が飛び込んだものの、なんとか早朝に収束し、契約へ。
大手仲介業者の事務所で約2時間、諸々の説明を受け、契約書類を作成。
契約は物件価格の1割を現金で支払い。近隣の銀行で下ろして持っていくのドキドキした。
会社に行ってちょっと仕事して、そのまま1泊出張。疲れた。

【11月7日】引っ越し準備開始。押し入れ総ざらえ

引っ越して5年、中身を見ていなかった押し入れの段ボールを開いて、ものの多さに愕然。
シンプルな暮らしをしているつもりだったが、全くそんなことはなかった。
自己イメージが完全に転覆。
いらなくなったものを都度捨てないずぼらな性格がこういう事態を招く。

ある程度やってから出勤したら仕事が思いの外遅くなって、午前3時就寝。へっとへと。

【11月8日】押し入れ総ざらえの続き、と、引っ越しの手配

ちょうど古布回収の日だったので、両手にパンパンの大袋を二つ下げて古着をリサイクルに出した。

電気製品の空き箱がいっぱい。これはすべて廃棄。
それから、本が多い。とにかく多い。
ブックオフの回収サービスを利用して60冊くらい処分することにした。
本は捨ててはならない、というのが父の教えだが、これは読んだけど持っててもしょうがない、というものが結構あるので許していただきたい。昔買ったものほどそういうものが多い。時の流れに耐える作品ではないようなものばかり買っていたということ。

引っ越しの見積もり依頼をネットで2社に送ったら、1社はすぐに担当者が来訪し、内見をし、「今決めてくれたらこの値段でやる」というのを出してきた。なんとなくその値段でいいような気がしたし、面倒なので即決。数十分後には段ボール30枚が届いた。すごい、この生き馬の目を抜く感。

【11月9日】鍵交換の相談

仲介業者の系列のリフォーム会社と電話し、鍵交換の相談。
当初35000円くらいという見積もりだったが、結局25000円弱でできるとのこと。
ただし40日かかるという。住み始めてからの交換になりますね。
ちょっと迷って回答保留したものの、まあ交換しておくかという気分になりつつある。

【11月10日】服や本を引き続き整理しつつ、新居内装の日取りを決定

棚や引き出しの中にあるものを総点検。
「捨てられない思い出の品」だけは小さなプラスチックの箱にまとめ、あとはばさばさ捨てる袋へ。

リフォーム会社の見積もり2社目。1社目より安くできそうなのでこちらに決めた。
壁紙を替えてハウスクリーニングするだけだが、予備日を入れて計4日を要する。
12月9日想定の引っ越しに間に合う日取りを押さえられたので、あとはうまくやってもらえることを願うのみ。
週末、最初に日程を訪ねたときは「今契約しないと年内厳しいかも」というトーンだったのに、見積もりを取り、さて比べるかという段では「日程取れそう」という。これまで内見した際の不動産屋もそうだったが、人を急かすために適当なことを言う対応はホントに腹立つ。
部屋を買ったときの仲介業者さんが、工事にあたって建物の管理組合との仲立ちをしてくれるというので、それをお願いする。

引っ越し時に上下左右の部屋に挨拶が必要か訪ねたところ「やっておいたほうが」とのアドバイスもいただいたので、それもやることにする。

【11月11日】資源ゴミを出してから、水回りを片付けた

前夜に10年前の仕事の資料をうっかりゴミに出し、やっぱりこれは会社のシュレッダーで……と思い直して朝、外を見たら回収済み。第三者に掠め取られたらちょっと事かなあとへこむ。こういうところの気が利かない。

ジャムの瓶、変色したジップコンテナ、その他、今日も「よくまあこれを捨てずにいた」というものが続々。
一番強烈だったのは2007年が賞味期限のみかん缶。ぱんぱんに膨れており、缶切りで穴を開けるとシュールストレミングか五社英雄かというくらい汁が噴き出した。
ほかにも数年たってると思われる缶詰がいくつか。

あと、洗面台周辺は使わないのにとってあるホテルや航空機の歯ブラシがたくさんで、全て廃棄。
試供品をときどきもらうボディソープやらシャンプーのたぐいも多いが、これは使いでがあるので未開封のものはとっておくことにした。

【11月14~16日】鍵発注、洗濯機決定、本とCDと衣類と布団と水回りの整理

9日に保留にした鍵は、結局発注することにした。気分の問題ではあるが、まあ。

ビルトインの洗濯機は乾燥機能が壊れたということで、売り主さんが新しい洗濯機をつけておいてくれることになった。
その機種が「これ」ということでメールで送られてきたが、定価で30万もするもの。
今のスペースに置き場を作って3万くらいのやつを付けてくれればそれでいいんですけど、と伝えていたものの、負担としては変わらないのだとか。
そんないい家電いらないのだけど。でも有り難く使わせていただくことにしよう。
いま使っている洗濯機は1999年製(確か妹が大学に入ったときに買ったやつのお下がり)なので、どちらにせよ買い換えのタイミングだった。

本に加えて、CDを整理。
ブックオフ引き取り(第3便)を出すことにした。本20冊くらいと、CDを20枚くらい?
CDは容易に手に入らないもの以外は手放すことにした。信じられないが、このメディアがもう自分にとってほとんど必要でないことに気付く。
本も断腸の思いで相当整理したが、それでも結構残った。これはまだ電子書籍あるいは自炊に頼るには心許ない。

布団は客用を1組残すことにした。引っ越し先での置き場を工夫しないといけないが。
座布団は捨てる。座椅子は残す。こたつ布団はこたつとともに持っていく。

ベッドの下の衣類ケースを5年ぶりに引き出して整理。
5年見なかったということは必要ないのだ、と決心して結構捨てた。3ケースが1ケースにまとまった。

それにしても不要なものをたくさん持っている。
札幌を出る時にも相当捨てた気がするが、結局会社の負担でやる引っ越しだということで整理に甘さがあったのだろうか。
それから、食料品を中心に、買ったけれども賞味期限を迎えたものが結構多い。猛省。

【11月22~24日】リスト化したものをいろいろこなす

電気、ガス、水道の引っ越し手続き。
あと、懸案だった鉢植えの、大きな鉢への植え替え。
借りていたCD、職場に置いておく本を職場に持っていった。

【11月27日】売買手続き終了

あらかじめ夜勤を入れておいたので、午前10時から仲介業者の事務所で残金支払いと登記の手続き。
これまで買った最も高いものは車だったが、桁を更新した。
立ち会った司法書士から「権利書がそのうち送られてきますが、なくさないで下さいね」と注意。こ、これがよくドラマなんかで持って行かれるやつか……

午前中で手続きはすべて終了。売り主さんと一緒に部屋に行き、さまざまな機器の使い方、注意事項などを教わる。おととい荷出しをしたあと、かなりいろいろ掃除をしてくれたとのこと。きれいです。どうも。
それにしても家具が置かれていると部屋って実際より広く見えるのですね。

壁紙の張り替えとハウスクリーニングを頼む予定の業者さんが来て室内を点検。「クリーニング……しなくていいくらいきれいですね」と。それでも気分の問題もあるので、ということで一通りやってもらうことにしつつ、すこーし値引きをしてもらった。
あとはガスの開栓手続きをして今日の作業は終了。

【11月29日】新居にちょっと行く

壁紙を貼り替える業者が「灯りがいる」というので、照明器具をつけに行った。
ついでにリビングのカーテンレールの詳細調査を実施。
カーテンレールがカーブしていて長いというちょっと特殊な窓だが、前の居住者(=売り主さん。売買が終わったので改称)が2列のうち1例を外して処分した上、ブラインドを取り付けていたので、ちょっと細工が必要になった。DIYでやるつもり。巻き尺とカメラで念入りにサイズと位置関係を記録し、作戦を練る。

【11月30日】普段使いのものを片付け開始

週末自炊生活だが、引っ越し直前の土日はもう自炊しないことにして、その前の日曜に当たる今日は冷蔵庫の中を初め、食器、机上などにある普段使いの雑貨の箱詰めを始めた。

引っ越し先の近所にいる友人に連絡。
「遊びに行く~」と言われて実感がわいてくる。

【12月1~8日】最終の作業いろいろ

3~5日は壁紙の張り替え、6日はハウスクリーニングで新居の準備は整いました。
旧居では最後に日常使うものをパッキング。新居には据え付けの洗濯機があるので、15年ものの洗濯機を処分。それにしても最後のパッキングといいつつ、モノはまだまだ出てくる。

【12月9日】引っ越し

午後遅い時間になるかも(その分、安いというプラン)といっていた引っ越しが、空きが出たとかで朝からできることになり、午前中に引っ越し完了。前の日が夜勤で就寝が2時ごろ、起床は6時半。眠い。
某サカイを使ったが、手際よし。隣戸へ「音が出ますけど」という挨拶もやってくれるんですね。

ということで午後ちょっと仕事関係の集まりを覗き、途中で抜けて旧居へ退去の確認手続き(破損などがないかどうか)に行って、これですべておしまい。旧居に住んだ5年はかなり短く感じた。

夕飯を挟んでのろのろと荷解きをしていたが、頭痛がするほど疲れてきたので頭痛薬とビタミン剤を飲んで就寝。

2014年11月15日

本とかいろいろ

■Dodds, K., Geopolitics: A Very Short Introduction (2nd ed.), Oxford: Oxford University Press, 2014.

地政学。領土と資源。ナチによる利用によって汚れたこの言葉は冷戦下のアメリカで復活する。
しかし、あえて歴史学や社会学、あるいは国際政治学とは違った一つの領域として存在する必要があるのだろうか、と読んで疑問は深まったのでした。

■池上英洋『西洋美術史入門〈実践編〉』筑摩書房, 2014年.

もらいものの本。

絵の読み方。
・いつ、どこで、誰が、どのように、何を描いたかを特定する(1次調査)
・1次調査に使った史料を使って、誰が、いくらで、どういう意図で注文したか、作者がどこに所属し、それ以前にどんな絵を描いていたか、当時の評価はどうだったかを調べる
・その当時、その地域では、政治、経済、宗教、疫病などがどんな状況だったか調べる
といった方法を、いくつかの題材を使ってやって見せてくれるのですが、これがもうすごい。面白い。
キリスト教を、西洋史を、絵画の技法を知っていると、その絵の中にいつも「見えて」いるのに「見て」いなかった情報が次から次へと顕現する。

* * *

社内に鰻の専門家がいるのですが、その方が勧めてくれた日本橋「いづもや」で鰻重を食べました。
鰻のうまいまずいはよく分かんないんだけどな、と思っていましたが、うまかった!(そして高かった)
自称「鰻中毒」のお仕事相手と、「鰻すっごい好き」という上司ともに「うまい」と言ってました。
このように仕事絡みだったので写真撮れず。
晴れの日にまた行こう。

* * *

10月から悪かった体調が回復。
甘いもの我慢して、自炊で野菜食べて、よく寝て暖かくしてようねって話でした。

* * *

睡眠についてのレクチャーを聞くことがありました。
・寝酒はダメ(晩酌はよい)
・昼寝は午後早めに10分
・眠くないのに無理して床につかなくてよい
・寝付きがよくなる条件は各人で見つけましょう
というあたりが「へえ」でした。
健康づくりのための睡眠指針2014」よくできてます。ちゃんと根拠となる文献を示しています。

2014年09月08日

北海道など

8月の終わりに遅めの夏休みをと思っていたら仕事が込んじゃって、結局できたのは2泊の北海道旅行。
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今回は前日に行くことを決めたので、お安いLCCバニラエアを使いました。

とりあえず札幌に出て、和食のお店に入ってうに豆腐。
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んで、新サンマ食いますよね。
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その後、現地友人と落ち合って超クラシカル喫茶「赤い館」で深夜のカツカレー(小)
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遠近法を加味しても奥のナポリタンと比較したサイズ感がおかしいと思いませんか。

翌日は白老町に向かいました。
札幌駅のバスターミナルから中央バスを利用し、室蘭本線に乗り継ぐはずが、平気で遅れて回復運転もしないので、乗り継ぐ駅を急遽変えて、JR竹浦駅までダッシュするはめに。くそが。
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で、白老駅まで行ってアイヌ民族博物館へ。
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古式舞踊。鶴の親御さんが子どもに羽ばたき方を教えてるんだって。
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ムックリ(竹製の民族楽器)
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オハウ定食をいただきました。オハウは野菜や魚を煮た汁。鮭うめーなー
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博物館はざっと見。この紋様好き。Tシャツほしい
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お宿は虎杖浜の民宿500マイル。
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この太平洋を望む露天風呂に入りたかったのだ。
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お茶菓子代わりに出てくる毛ガニw
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ご飯の豪華さでも知られたお宿です。
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たらこで有名な土地ですのでたらこ、いくら、お刺身にいかの陶板、たこのマリネ、えびとかにの入った玉子豆腐、ツブ貝、かに汁。まあ弊管理人はあまりナマモノを食べないのですが(笑)
夜は持ち込んだ仕事に勤しんでしまうという。

翌朝、チェックアウトしてぶらぶら。北海道っぽい町並みを楽しんで戻りました。
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北海道は2泊でもいいけど、ちょっと短いね。

* * *

この週末は土曜仕事→夜遊び→朝6時半までクラブ遊び的な何かと飲酒→日曜仕事→うっかり飲酒→月曜仕事をキューピーコーワゴールドアルファプラスのドーピングで乗り切りました。

最近悟ったことですが、休みの日というのはぐったりしていても回復しない。
徹底的に疲れて死と再生を経ると結構回復する。

刑場に引かれていく死刑囚には、道ばたの花がかつてなく美しく見えたという。
人生の有限さへの認識が「今・ここ」を輝かせるのだ。
夏から遊びすぎてるアラフォー(弊管理人)の心象風景w

2014年08月10日

最近のつれづれ

とりあえず食い物の話。
ほっともっとのガパオが健闘している!
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* * *

この20日ほどの間に、実はいろいろ読んでいた。

■藤田大雪『ソクラテスの弁明』叢書ムーセイオン刊行会,2013年.

道理で押して説得に失敗した最古の記録か。
死刑が出たあと、裁判員に向かって「おまえら後悔するぞ、ばーかばーか」と言うジジイが痛い。

それはいいとして、
死というものが死後の世界への移動だとすれば、そこはこんなクソ現世よりいいところだと思うし、
死すなわち無だとしても、それはクソ現世よりいい状態かもしれない。
そうソクラテスがとらえているのが面白いと思いました。

ちょうど先週、過去いっしょに仕事をしたことのある人が、(おそらく)ここ最近置かれていた辛い立場に耐えかねて自殺してしまったという報せに触れて、同じようなことを考えたからです。つまり、死ぬほど辛い思いをしたというのは大変な不幸ですが、自殺はそういうクソなシチュエーションから逃れる手段の一つとして正当化されると思う。
知らない人の自殺には「死なないで説明責任を果たすべきだった」とか「遺された人たちの悲しさを考えると死ぬべきではなかった」などと本人の社会的な立場に関連したつまんない論評を加えるのが人の常です。しかし知っている人だと、そういう論評も頭には浮かぶものの、そのほかに本人の主観について慮ってしまったりするもの。

本とは関係ありませんが、意識が混濁しているような状態だと、自殺のような重大事でも、しない、と、する、の間にある壁を越えてしまうことはありうるな、と思ったこの週末でした(半覚醒の状態で、普段なら送らないけど送りたい気もしていた内容のメールを送った、という程度のことがあった)。

■宇野重規『民主主義のつくり方』筑摩書房,2013年.

(前半)教科書を書いてほしい感じ(→と思って調べたら有斐閣アルマ書いておられた)
(後半)希望学方面の文章は読んでも頭に残らないのってなぜなのだろう

■東浩紀『弱いつながり』幻冬舎,2014年.

・凝り固まった日常を攪乱するのは物理的な移動。ネットを持って旅に出よう
・「現地の生活者目線でものを見るのが正しい」みたいな「ほんとうの旅」像に囚われるのはやめよう
と、軽やかに観光旅行に送り出してくれる本。夏休みの予定考えないとな。
ところで、上の宇野本にも「弱いつながり」が出てきてました。

* * *

実家の父から箱で送られてきた桃(16玉入り)を、すごい勢いで食べているところです。
うまいね、桃。うまいよ。大好き。

2014年08月05日

プール

金曜は会食→深酒を楽しくこなして就寝。
土曜は酒(の疲れ)が残ったままゾンビ状態で仕事。
日曜は友人ら10人と東京サマーランドに行ってきました。
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↑この写真は屋内のプールで、波が発生する1時間に1度だけこの剣幕で混みます。
あとは流れるプールで半日流れてました。
めちゃんこ楽しかったです。
浮き輪で浮いていると肩がある程度焼けるだろうと日焼け止めを塗っていたのですが、頭皮を忘れてた!
痛い。
それにしても、こういう集まりに誘っていただけるというのは果報者だな。
つとに「海やプールが似合わない」と言われていた弊管理人ですが。

2014年07月21日

溺れる/救われる

■レーヴィ, P. 『溺れるものと救われるもの』(竹山博英訳)朝日新聞出版,2014年.

アウシュヴィッツから生還し、その後40年余を生き続けて1987年に自殺したプリーモ・レーヴィが死の前年に出版した本です。日本では2000年に翻訳が出て、今般選書に入りました。
ラーゲル(強制収容所)の記憶と、時代を下るとともに現れる記憶の歪み、そして人々の認知の歪みに向き合い、その体験をいくつかの主題に結実させ、それをエピソードとともに差し出した。誰にも、いつの時代にも起こり得ることとして。

ユダヤ人を抹殺するとともに、その記録と記憶を抹殺しようとしていたさなかでも、完璧にそれを遂行することはできていなかった。とすれば、同時代のドイツにラーゲルの実態が広く共有されなかったのは、SSだけではなく、目と耳と口を塞いだ多くの一般人の責任でもある。戦後40年の間に、その事実は振り返ることが可能になる程度に蓄積したが、同時に直接の経験者は次々と世を去り、共有された記憶もまた砂のようにこぼれ落ちていく。(序文)

虐待者の記憶は時間が経つほどに構築される。命令された、仕方なかった。そして被虐待者の記憶も時間とともに薄れ、あいまいになる。それどころか、事が起きている最中にも認知は曲がる―「戦争はもうすぐ終わる」「ポーランドのパルチザンが収容所を解放し始めている」(1 虐待の記憶)

ラーゲルに存在したのは迫害者と犠牲者の単純な分割ではなかった。そこには「灰色の領域」があった。到着したばかりの「新入り」を殴るのは古参の仲間=生き残るために特権を求め、それを得た囚人=当局への協力者で、ラーゲルの中には複雑な構造があった。それは全体主義社会の縮図だった。その極北が「特別部隊(ゾンダーコマンドス)」として選抜されたユダヤ人を中心とする囚人たちで、十分な食事を与えるかわりに死体の髪を切り、金歯を抜き、荷物をより分け、死体を焼く任務を遂行した。しかしその秘密を外に持ち出さないよう、彼ら自身も数ヶ月のうちに殺された。任務を分有しながら犠牲者となる、灰色の領域の住人。彼らが置かれた状態こそが真正の「命令による強制の状態」であり、ナチが法廷で主張した「命令された」という言辞のぬるさをあぶり出すのだ。ポーランドはウーチのゲットーで議長として君臨し、ドイツに取り入り、やはりガス室に消えたハイム・ルムコフスキもまた灰色の領域の人だった。しかし「自らのもろい部分を権力に絡め取られることはない」と確信することなど、私たちのうちの誰にできるのだろうか?(2 灰色の領域)

戦争の終わり、隷属状態からの解放。しかし、それが苦痛からの解放となるとは限らない。生き残った中には「恥辱感」を抱いた人がいた。収容所の中では動物のように暮らしており、動物は自殺をしなかった。生きることに忙しかった。しかし解放後には耐え難い反省の時期が訪れた。命と引き替えにではあったが、できたはずの抵抗をせず、仲間との連帯を放棄し、自分の生存に集中した。誰かの犠牲と引き替えに今、生きているのかもしれない。不可逆的に消耗した「回教徒(ムーゼルマン)」という隠語で呼ばれた人たちも、抵抗の闘士も、生き残って語るべき人たちこそが帰ってこなかった。(3 恥辱)

収容所には、ドイツ語を知らないイタリアのユダヤ人がいた。ドイツ語で発せられるSSの命令が理解できない、生きる糧をどうやって得たらいいか分からない、殴られないように知っておくべき規則を理解できない。したがって、どこから危険が降ってくるかも予測できない。意思疎通ができないことは、生命維持にとってはマイナスに働いた。隠語、イディッシュ語、ゲーテのとは違った卑俗なドイツ語が飛び交い、収容所ごとに言葉の体系ができていた。収容所と別の収容所の間は隔てられ、群島のようだった。そして、その外にいる家族や祖国からは切り離されていた。既にそれらが存在しない人もいた。(4 意思疎通)

侵略や戦争といった目的達成のための暴力と違う、「無益な暴力」が収容所を支配していた。老人、病人を問わず詰め込み、水も便所も供給しないまま行われた鉄道移送。人間から尊厳を奪い、獣に変身させる排泄の強制や禁止、剃毛、スプーンを使わずスープを「なめさせる」こと、病人や死人までも整列させて行う点呼、入れ墨、科学的に意味のない人体実験。できるだけ大きな苦痛と卑しめを伴った死を強制する。その遺灰や遺髪は産業利用に供される。(5 無益な暴力)

「理解しようとするな」というラーゲルの教えと、理解しようとする教養の齟齬。信仰を持つ者の強靱さと、ラーゲルの邪悪さを目の当たりにして無信仰を強めた著者および哲学者のジャン・アメリー。(6 アウシュヴィッツの知識人)

アウシュヴィッツを生き延び、そのことを語る者に、いつも問いかけられること。
「なぜ脱走しなかったのですか」――しかし戦争捕虜と違って、寒さと飢えと病気と暴力によって体力を奪われ、灰色の領域の住人たちや一人の逃亡で引き起こされる混乱を恐れた同輩たちからの監視の中にあり、脱走して匿われる場所もないのに?
「なぜ反乱を起こさなかったのですか」――実際に反乱は起き、そしてほとんど成功しなかった。また、多くの人たちは究極的な抑圧の中で消耗しきっており、反乱を起こすことができなかった。
「なぜラーゲルに連れてこられるような事態になる前に逃げなかったのですか」――当時のヨーロッパは現在と違い、外国は遠いところであり、移住には費用やつてが必要だった。そしてヨーロッパのユダヤ主義は定住的で、家庭的な道徳律を持っていた。何より、不安な推測は現実になるまでできないものである。今だって核爆弾と第三次世界大戦の危機はないといえるだろうか。なぜ影響の及ばなそうな南太平洋の国々にあらかじめ私たちは逃げ出さないのだろうか?(7 ステレオタイプ)

1947年に出版した『アウシュヴィッツは終わらない』のドイツ語訳に対して、40通ほどの手紙が寄せられた。命令されたから仕方なく従った、一部の指導者が引き起こしたことだ。しかし、その政権は投票によって選ばれており、「鬼畜なやつら」と「騙されたわれわれ」の区別はできない。迫害を実行したのは「悪い教育」を受けただけの普通の人々だった。そして暴力はその後も常に世界のここかしこにある。何世代かを経て、マイナーチェンジを施したアドルフ・ヒトラーが現れる可能性はある。警戒は続けなければならない。(8 ドイツ人からの手紙、結論)

* * *

■町田康『パンク侍、斬られて候』角川書店,2006年.

職場の人に貸してもらった本。
風刺と見ることもできるけど、そんなことは気にせず酸鼻などんちゃん騒ぎを楽しめばいいんだと思う!

* * *

最近の買い物、二つ。

(1)ソニーのノイズキャンセリングイヤホン、MDR-NWBT20N。
2年ほど使った先代が断線したので買いました。通勤電車に地下部分があるので、ノイズキャンセリング機能は必須なのです。Bluetoothを搭載していて、しかも手許で再生/停止、早送り/巻き戻しができるので、iPodをカバンの中に入れたままにできるのが、使ってみて気付いた大変便利な点です。

(2)東京西川の敷き布団AIR 01。
いつからか覚えてないくらい昔から使っていた敷き布団を何となく取り替えたくなって、どうせならということで、ちょっと高いやつを買ってみました。
ウレタンでできてます。なんかぼこぼこ山がいっぱいついてるスポンジの上に寝てる感じ。ネットの口コミでは[腰痛が治った」「途中で起きなくなった」など絶賛が相次いでいますが、そういえば弊管理人はもともとそんなに運動器や睡眠に問題を抱えていたわけではないので、あまり実感はないかも。
それより今は体が慣れようとしている段階と感じます。ウレタンの臭いも気になるといえば気になる。評価はもうちょっと経ってからかなあ。

* * *

3連休は真ん中の日に働いてしまい、連休ではなくなりました。
その内容についてはいろいろ言いたいこともありますが、言ってもしょうがないので沈黙。
それより、そろそろ夏休みのことを考えるのだ。

2014年06月22日

本を読む

弊管理人と本とのおつきあいを、自分用メモを兼ねて書いておきたいと思います。

【なぜ読むか、何を読むか】

弊管理人はもともと本を読む習慣はありませんでした。中学の時にはあまりに本を読まなすぎて国語の成績を下げられたほどです。親は結構活字を読む人なのですが、どうしたことでしょう。

それでもするっと大学に入りました。ところが、周囲の、特に東京の私立・中高一貫校から来たような同級生たちが、入学直後の自己紹介で「好きな作家はジェイムス・ジョイスです」「ポスト構造主義に興味があります」などと意味の分からないことを言っていたのに衝撃を受けました。

文献を読んで発表をする練習となる必修の授業でも
  せんせ「では感想をどうぞ」
  弊管理人「えっと、難しかったです……」
  せんせ「あ、はい。次の方」
  次の方「この議論にはマイノリティという視点が欠けていると思います。云々」
という教養とお作法の差を経験し、とりあえずいろんな本を手に取るようになりました。

しかしそれで最終的に追いついたかといえばそんなこともなく、放任気味な大学生活の中で勉強やアウトプットの仕方を習得せず、必読書とされるものをきちんと読まないままテキトーな卒論を書いて卒業してしまいました。
結果、不足感とか、やるべきことをやらないで通過してしまった後悔が残った。それが今に至るまでなんとなくページをめくっている動機かなと思っています(追記:動機「の一部」です、たぶん、反芻してみると)。でもま、それでも本好きというほどの読み方ではないんですけど。

在学中や就職してしばらくは、次の理由から、新書や新進の著者の本をよく読んでいました。
・新しい本は、古い本を踏まえて書いてあるのだから、新しい本のほうによりよいことが書いてあると思った
・概説書は、必読書を要約して書いてあるのだから、概説書を読むほうが効率がいいと思った

これはこれで速効性の利益はあったのですが、しかしどうも自分のものになってない感じもしていたように思います。特に日本語の本には碌な要約がなかった。

で、わりと最近になってやっと、古典は古典でちゃんと読もうという「忘れ物回収プロジェクト」を始めました。就職してから、何か情報を得るのに又聞きは危ない、本人に直接聞いたほうがいいという経験が重なったせいもあるのかも。何年続くか分かりませんが、
・特に分野を限らないで、ある本を読みながら「次はあれかな」と思った本を渡り歩いていく
・いい解説、いい訳、値段がお手頃、あたりをゆるく優先する
・でも偶然勧められた本やその時々に話題になった本との浮気を恥じない
・ついでに、ちょっと人に見せたい本棚を作るつもりで本を選ぶ
・焦らない、早く読むことを偉いと思わない
・ただし、一語一語にあまり拘泥せず、それなりのスピードで進むことも理解のためには大切
・どーしようもない本に当たってしまった時も、半分くらいまでは頑張ってページをめくる
というのを基本線にして進めています。

【本を1日どれくらいの時間、読むか】

生来まったく本の虫ではないので、手持ち無沙汰の時にしか読みません。
平日は通勤電車に乗っている間(20分×往復)が標準で、面白く読んでいる本なら仕事中にちょっとできた待機の間にも読みます。
休日はどこかに出掛けようと電車に乗った時に読みます。ただし初めての土地の場合は車窓の風景に見入ってしまうので読みません。電車以外ではあまり読みませんが、ときどき喫茶店に入って読むこともあります。

通勤電車のペースに慣れたせいか、1回読み始めて注意が持続するのは20分くらいです。
それ以上読む時間がある場合でも、ちょっとツイッターを見たりとか、別のことをしてから再開します。

読むのも結構遅いほうではないでしょうか。文庫本の場合、電車の片道20分で10~15ページくらいです。

【どうやって読むか】

弊管理人が本を読む機会は大抵メモが取りにくい(電車の中とか、ふとできた時間とか)ので、妥協して次のような手順を取るようになりました。ほんとはメモがいいんですけどね。

1 助走として、解説、あとがきを先に読む
2 本文を読み始める
3 この際、付箋を鋏で縦に3等分し、裏表紙の前のページにまとめて貼り付けておく
4 大切だと思ったところ、変だと思ったところに付箋を貼りながら読む(3、4は下の写真参照)
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5 頭の中にポンチ絵を描きながら読む。読み進めながらポンチ絵に修正を施す
6 解説、あとがきをもう一度読む。解説が役に立たない場合、手頃な解説書を別途1冊読む
7 弊サイトの管理画面を立ち上げる
8 ポストイットを貼った箇所に注意しながらを最初からもう一度ざっと読み、エントリを書く
9 書く内容は:本をどう理解したか(ポンチ絵を字にする)、どこが面白かったか、どこにイライラしたか、これまでに読んだ本と何か関連することがあったかどうか
10 本棚にしまって次の本を通勤カバンに入れる

この方法には、話の筋とその時の心境をざくっと掴み、それを記憶として固定し、後でもうちょっとちゃんと参照したくなった時に辿る、という作業がしやすい利点があるかなと思っています。
弊管理人は、1冊に深く関わるより、浅い読書を重ねながらイメージをだんだん濃くしていくタイプの理解をする癖があるようなので、こういうスタイルになったのかもしれません。1冊1冊について弊サイトに書きつける作業はインデックス作りのようなものと考えています。

ただし仕事用に読む本や書類はこの限りではありません。大抵の場合は厳密さとスピードが求められるので、頭の中ではなく、デスクでお絵描きし、シソーラスのようなものを作りながら読みます。あと、分かってる人と話して確認するという作業も結構やります。

弊管理人は「小説もビジネス書もほとんど読まない」「目的を持って読んでいない」「いつもぼっちで読んでいる」と、本とは結構特殊なつきあい方をしているので、誰かの役に立つとも思えませんが、一応こんなところです。ここ改善するといいよ、というような助言がありましたら是非教えて下さい。

* * *

2010年の終わりから3年半にわたって弊管理人のさまざまな悪事の片棒を担いできたiPod Touch、先週アスファルトに落とした際に画面にいっぱいひびが走ったのを機に引退となりました。実のところOSのアップデートが重なったせいか動作はかなり遅くなっていましたし、バッテリーもへたっていたので、いいきっかけだったのかもしれません。

後継は現行の第5世代iPod Touch。第6世代がもうすぐ出るんちゃうかという思いはありながらも、アップルのウェブストアで整備済み品(外装とバッテリーを交換した中古)が安く出ていたので買ってしまいました。深センから3日かけて来るのな。へー。
これで引き続き外でのメールもネットもiPodでできるので、ガラケーユーザーは当面継続です。iPodが軽い動作、ちゃんと1日もつバッテリーに変わって新たな悪事に手を染めることになりそうです。

* * *

夏至の土曜と今日は静かに過ごしました。
雨の朝だと明るくならないので長めに寝られていいっすね。

2014年05月10日

37

37ちゃいになりました。
この数字、結構な後半ぽさがある。

* * *

新橋「駿」の水炊きラーメン。
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飲み屋さんですが、昼の部はラーメン、焼き鳥丼、そぼろ丼があるようで。
あっさりしていて非常にうまい。

2014年04月20日

特に何もない

特に書くほどのことはないのですが、最近のあれこれ。

■コメント欄閉めました

スパムコメントがすごい数来ていて、いただいたコメントとの区別ができなくなっているため。
Movable Typeをアップデートすると解決しそうな気もしますが、めんどくて。
右カラムの自己紹介のところに追記しましたが、@amebontanでツイッターをやっていますので、何か言いたいことがありましたらそちらへお願いいたします。

■食ったものとか

錦糸町「佐市」のえびつけ麺。
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このお店ではやはり、牡蠣ラーメンを頼んでいればいいというのが結論です。

家ですぱげっち食おうとしたら悲しいことが起きたりしていました。
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汚いシンクはこのあと、使い終えた歯ブラシを使って掃除されました。
すぱげっちは悔悟の上、廃棄されました。

■京都に出張しました

丸太町駅からちょっと歩いたところにあるCafe Bibliotic Hello!でケーキ食って帰りました。
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しかしbiblioticってなんなんだろう。
図書館だったらbibliothequeだし、筆跡鑑定学ならbiblioticsと複数形になるはず。
図書館というほど本もないが、長居はできそう。
あまり行かない地域なこともあり、フードメニューを試す機会はもうなかろうかなと。

* * *

ほんとにどうでもいいことをついでに。
学生時代に取り組んでいた問題集だと「基礎/応用」って「簡単/難しい」というイメージだったのですが、basic/appliedってそれとだいぶ違う意味ありますやんね。
基礎法学とか基礎生物学って難しいこといっぱいやってますし、応用倫理学や応用物理学がそれらより難しいってわけでもないようですし、むしろ志向の違いというか。
というのはここ1、2カ月、弊管理人の精気を吸い取っている仕事で「simple/easyは別物である」ということが論点の一つになっていたので、まあ、ちょっと、連想で。

2014年03月31日

花見

今年も靖国神社の夜桜を見てきました。
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2013年3月31日2010年3月28日と同じ場所ですが、この写真は反対側を向いて撮ったものです。
朝から気温は高いのに嵐のような天気だったものの、午後には雨が上がって風もほぼ止み、この集まりでは初めて「暖かい中で」「満開の」桜を楽しむことができました。お酒を飲みながらぼーっと上を見ていました。
来年は桜が見られるだろうか?と根拠のない疑問がわいた今年でした。

* * *

■黒岩麻里『消えゆくY染色体と男たちの運命:オトコの生物学』学研メディカル秀潤社、2014年。

遺伝子と性ホルモンの作用によって男、女がどう作られていくのか、イクメンやらイケメンやらはどの程度生物学的に説明できるのかといったことをチラ見させてくれる本です。「男」をつくるY染色体は退化を続けていて、いずれ消滅してしまうといわれていますが、既に消滅しながら男が生まれ続けている動物種もあり、そこにどんな裏技があるのかについても紹介されています。

このあいだ読んだバトラー本を思い出しつつ読むと、「精子を作るのがオス、卵子を作るのがメス」とばっさり定義づけてさっさと話を始めるのが妙に印象に残ります。これを踏み台にすると、性染色体をXXで持っているのに、性決定遺伝子が乗ったY染色体の一部がX染色体にくっついているために体がオスになっている状態を「性分化疾患」と名付けることができる。「疾患」もまたもっともらしい定義ができるはずで、いずれにしても言葉によって現実にまとまりが与えられていく。そう指摘したところで「はあ。そうですね。それで?」という感じがしてしまうこちら(生物学)の世界。隔たった二つの世界というよりは、ぴったりくっついた二つのレイヤーのよう。

2014年03月09日

久々に休んだ感じ

9時間寝て起きて、客用布団を干して、洗濯して、いろいろこなしてだらだらしてたら夕方。
半月ぶりにスポーツクラブに行って、錦糸町のアキンボで夕飯にしました。

夜のメニューは前菜3種とカレーのセットです。
奥からツブ貝(だっけ?)、豆、ピクルス。
ピクルスはキンカンとパプリカです。キンカンは最初「プチトマト?」と思って口に入れると、甘酸っぱいので驚きます。店主氏、してやったりのお顔。
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カレーは定番のチキンとラムキーマと週替わりから選びます。
今夜は、週替わりのサバカレー(大盛)にしました。直感が囁きました、絶対おいしいはずだと。
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あーーーーーーーー、大げさでなく、魂が浄化されるーーーーーーー。
さらさらのチキンカレーと違ってちょっとどろどろ感があって、しかも結構存在感のある甘みがあったんだけど、あれはなんだろう。玉葱だけで出る味じゃないよね。果物のチャツネのような……
幸せな気分で、なおかつ一口ひとくちを惜しみながらいただきました。
弊管理人が最も敬愛してやまないお店です。

* * *

いとこの子が大学に受かったそうです。
けっこういい国立の文学部。「センター試験で(多少)しくった」とのことで、当初狙っていた大学から少しレベルを落として2次で受けようと思っている何校かをピックアップしたところで伯母(当該受験生から見るとおばあちゃん)から弊管理人に相談があり、最も暮らしやすそうな都市を選んで「ここがいいんじゃない」と言っておきました。まあ足切りにさえ遭わなければ第1志望を諦める必要はないだろうとは思いましたけどね。

そのアドバイスのせいばかりではないでしょうが、その都市の大学を受けて桜が咲いたもよう。
いーなー、これから大学生か。専攻にかかわらず外国語、しっかりやってね。とおっちゃんは思います。

* * *

■Sen, Amartya, A Wish a Day for a Week, Penguin, 2014.

今年1月のジャイプール・フェスティバル(Jaipur Literature Festival)での基調講演です。

講演で何を喋ろう、と悩んでいたセン。だが、インドがGSAT-14通信衛星の打ち上げに成功し、「世界のエリート・クラブ入りした」とのニュースに触れ、想像力が飛翔する。そして上空にて女神the Goddess of Medium Things (略してGMT!!)に出会い、7つのお願いをするのだ。

インドにおいて人文学の教育を再興してほしい。右派にしっかりしてほしい。左派にもしっかりしてほしい。メディアには最も貧しい人たちのことをもっと取り上げてほしい(電力に対する補助金もいいが、電力が届いていない人たちへのケアの何と少ないことか)。根強い貧困の克服のため、子供への教育や予防接種を施し、女性を男性と平等に扱い、トイレのある家を与え、質の良い高等教育と持続可能な環境を与えてほしい。最近出てしまった同性愛禁止という、個人の自由に干渉するような司法判断をひっくり返してほしい。議論好きの国民性を活かして、さまざまな社会問題に注意が向くようにしてほしい―。

センのお願いを聞いたGMTは「それって全部、インドが自分でできることじゃん」と言う。「どうすりゃいいんでしょう」センは聞き返す。「ソーシャルメディアを使いなさい。それから、とにかく本を読むことです。つうことでそろそろ時間です。ジャイプール・フェスティバルにいってらっしゃい!」とGMTに送り出されたセンが演壇に降り立つ。「そんなわけで皆さんようこそ!」基調講演が結ばれる。
GMT=the Goddess of Medium Things=本という媒体medium、中庸、中範囲、中くらいなるものの化身との対話形式を借りた真摯な風刺と、颯爽とした言葉運びで駆け抜ける素敵なスクリプト!

2014年02月16日

クリトン

■プラトン『クリトン』(藤田大雪訳)叢書ムーセイオン刊行会、2013年。

学生時代に英語の授業で読んだ気がしますが、よく覚えてません。
死刑を言い渡されて明日にも執行、という状態で牢屋にいるソクラテスのもとへ来たお友達のクリトンが、脱獄を勧めるシーンから始まる対話篇です。「正義に反する仕打ちを受けたんだからこっちだって仕返ししてやればいいんだ。逃げる先は確保できるし、親に死なれたら小さい子供は辛いでしょうよ」

これに対してソクラテスはイタコ芸(違)によって国法を呼び出し、仮想の対話を始めます。
国法に従って婚姻した両親から生まれ、国法に従って養育され、アテナイが大好きであまり外国旅行にも行かず、仮にこの国が嫌いになれば出て行く自由だって保証されていて、裁判で「国外追放か死刑か」を選ばされたときにも死刑を選んだのに、明日死ぬかもとなったら脱獄って……何言っちゃってんのキミ?と国法は詰る。「自分は正しくないと思うから」とか言って気ままに契約を破るようなヤツは他の国に逃げたって軽蔑されるし、あの世にいったってあの世の法が許しやしませんよと。
「こう言われたら何と言い返そう」とソクラテスから投げかけられたクリトンは言葉を失ってしまう。

「悪法も法」だという主張だ、としばしばまとめられますが、ソクラテスはそう言ってません。独裁や圧政の下に暮らしているなら自由も責任も生じる余地があまりないけれど、アテナイでは留まる自由も去る自由も、おかしな法を説得=ロゴスの力によって改善する機会も与えられている。自由な国の政治に参加する市民は、自らの行動の結果に対する責任が最も厳格に問われるというわけだ。おかしな法がまかり通るようなら、それを許した市民がその責めを負う。大衆が悪いだの制度が悪いだのというのは自由な国の成員が言っていいセリフではないという。

プラトンはどんな思いでこれを記していたんでしょうね。市井の変わったおっさんとして排斥されたソクラテスを見て、「こりゃあ、やっぱり哲学者も統治者側に行っとかないとだめだわな」と思ったのでは、なんて想像してます。

* * *

上記の本の訳者の名前を承けたわけではありませんが、金曜もまたえらい雪でした。
早々に帰宅するように、と会社の総務からお達しが来ていたのですが、大学時代の同級生2人と夜、渋谷で予定していた飲み会を敢行してしまいました。22時前に切り上げれば帰れるだろうと踏んだところ、運よくつつがなく帰宅して寝ることができました。

翌土曜日は築地で昼過ぎから仕事があったため、少し遅めに起きたらなんだか寝てる間に世の中が大混乱だったようです。築地で会った方は「昨日は中央線の電車内で1泊した」と疲れた様子だったので、タイミングと利用する線によっては弊管理人も大変な目に遭っていたかもしれなかった。

まあ大雪が降る時に不要不急の外出をしてはだめですね。特に人口密集地では一カ所がスタックすると、その周辺に人がいることによって、さらに被害が大きくなる方向に転がるように思います。

* * *

その同級生2人は部活の同輩で、某工学部准教授(既婚、昨年3人目の子が生まれた)と、某企業研究所ユニットリーダー(既婚、子持ち)になっていました。
2人は学生とか部下とかのメンタル対応が大変だという話で意気投合していました。わー、そんなこと気にしなきゃいけないの?大変だ。いやあ行き先分かれりゃ分かれるもんですね、と相変わらず独身ヒラ社員の弊管理人は思いました。あと准教授氏が「おれ最近右傾化してて、タモガミ支持なんだよね」と言ってたのがウケタ。

ちなみに10日の日記に書いた、16年前の大雪のときに部活終わってからキャッキャいいながら雪合戦とかやっていたのが彼ら。その話をしたら「あー、そんなことあったような、なかったような」くらいの反応でした。
運動部の慣習で、彼らとだけは呼び捨てしあいます。弊管理人は普段、人には必ず敬称をつけて呼ぶのですが、その例外です。

2014年02月10日

今週のつれづれ

先週のいつか忘れたけど、新橋にある、愛媛・香川のアンテナショップのレストラン「かおりひめ」で遅い昼食をとりました。
今治のB級グルメらしい焼豚玉子丼と、うどんのセット。
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うまくないわけないじゃないの、こんな組み合わせ。
なんかずっと悲しい気分だったのが、案の定これで霧散した。
寒い、ひもじい、眠いを解決すると、落ちてる状態はあらかた克服される。

* * *

土曜の東京は吹雪に。
昼間にちょっとスポーツクラブに行ってきましたが、夜にかけて風雪は強まり、ちょっと出掛けて一杯……というのは全く無理な天候になってしまいました。
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翌朝はこんな感じ。
最終的には何十年ぶりみたいな積雪になりました。ニュースでは16年前の東京の大雪への言及もあったようです。確かに大学2年の冬、雪がこんもり積もった体育館前の広場で部活の友人とキャッキャいいながら遊んだ記憶があります。成人式が大変だったと思い出す同級生の声もありましたが、弊管理人は成人式に出ていないのでそういう覚えはないです。それ以前はそもそも東京にいないのでわかんない。

* * *

■清水哲郎『生命と環境の倫理』放送大学教育振興会、2010年。

古本で買った放送大学の教科書。
生命、環境、死生学のミニ事典として使いそうな気がするので、会社のデスクに置いておこうと思ってます。
応用倫理はまだまだ知らないことばかりです。環境倫理のところにパーフィット、シンガー、ヨナスの簡単な紹介が載っていて、やっと「おお、こういうところにいた人たちなの?」と。

* * *

東京都知事選があった。
弊管理人は自分の想定していた投票先と情勢を勘案し、自分が投票をしたとしても結果に影響を与える可能性はないと判断して投票せず、他人事な感じを楽しみながらテレビ見たり(仕事先で)、「投票しよう!」みたいな友人の正義ツイートにイヤミツイートを返したりしながら過ごしました。

感想。
(1)やっぱり極端より普通がいいと思うわな。
(2)主要候補者の立ち位置にかぶりが少なかったため、右のほうの人とかネットの人とかがどれくらい都内に存在するかの悉皆調査っぽくなっててためになった。

* * *

KFCの復活したフライドフィッシュを食べてみた。
むかーし「フィッシュフライ」という名前で売ってなかったっけ。
記憶が美化されているだけかもしれないが、なんか味、ボリュームとも期待したほどではなかった。
ニュージーランドの田舎町で食べた豪快なフィッシェンチャーップス(なまった)また食いたい。

2014年01月26日

春か

土曜の夜、早めの時間からごはんも食べずにウォッカを流し込んでいたところ、当然酩酊してしまい、終電で帰宅し、それでもしっかり歯を磨いて布団で気絶しました。

日曜の10時ごろ起きて、コーヒーとバナナとリンゴの煮たやつ(ようやく実家から12月に送られてきたリンゴを処理しきった)で朝ご飯にして、昼過ぎに錦糸町の「アキンボ」にカレーを食べに行きました。
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ラムキーマと豆カレーの2種盛り。ちょっと前から出しているメニューだそうです。
混ぜて食べる。ほんとにうまい。ラムとパクチーと生姜に豆が加わることで、厚みのある味になってます。
マスターは弛まず研究を続けているようで、時間を置いて訪ねると少しメニューが変わっています。そしていつも、じわっと幸せになれる味を提供しています。以前の日記でも書きましたが、最も信頼しているカレー店です。

日中、晴れて14.5度。ぽかぽか陽気でした。
が、夕方に帰宅するころには北風が強まり、この2日の暖かい空気をどこかに持ち去ってしまいました。
土曜に布団を干し、シーツを新調し、洗濯と掃除をしたのでこの週末は勝利とします。

2014年01月06日

年末年始

年末年始は、30日夜~元日夜の帰省でした。

大晦日はいつものように、本家で年越し。
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あいかわらずおばさんの料理は豪華です。

ばあちゃん93歳、弊管理人でも分かるほど、認知症状が進んでいる感じです。
というか、ちょっと鬱っぽい。表情がないんですよね。
これが今回気付いた一番の変化でした。
しかし、父の持っているiPadを使ってYouTubeで鶴田浩二を見せていたら、「鶴田浩二好きだったのー」ととたんに嬉しそうに話し始めました(ちなみに弊管理人は、ばあちゃんが鶴田浩二を好きなことは故母から聞いて知っていました)。要はインプットに乏しい生活が悪いのではないか。しかし自分がずっとついていて刺激を与え続けることもできない。困ったものです。

大晦日の夜は、父はさっさと寝て、妹は2階に上がって民放を見て、弊管理人とおばさんは居間で紅白を見る、という例年通りの過ごし方でした。

* * *

父は妹にと、名入りのiPad miniを用意していたのですが、妹は「使わないのに……」と喜ばない。「要らないならもらっちゃおうかな~」と言ってけしかけたものの、ちょっと揺らいだくらいで動かず、本当にもらって帰ってくることになってしまいました。
自分なりの考えがあるのかもしれないが、弊管理人に言わせればプレゼントを流産させるなんてダメダメもいいところだ。よしんば特に欲しいと思っていなかったものだったとしても、プレゼントを用意していた人の気持ちを汲んで笑顔で受け取るくらいするべきだし、第一、使ってみたら何か新しい世界が開けるかもしれない。予定外のチャンスに乗っかってみるのって必要なことだよ。
と言ったとしてもお小言にしかならないし、言っても響かないだろう。もっとも、たまに顔を合わせるだけの間柄だから、お小言のフォローもできませんけど。自分の名前入りの品をかっさらわれるというまさかの事態を少しは惜しく思ってくれるとよいのですが。
それはともかく、こちらは有り難くいただいてきて、保護シートを画面に貼って、セットアップしたところです。Retinaディスプレイはきれいだな。ここしばらく検討していたkindle paperwhiteの購入は見合わせることにしました。

* * *

年賀状は、もう会わない人と、いつも会う人を除いた十数人に出しました。
近況報告をぎっしり詰め込む文字だけの年賀状です。
去年は仕事のことばかり書きましたが、今年は全く仕事のことを書きませんでした。
ま、そういう気分だったということ。
宮古島と四国と台湾に行ったことがないので行きたい、と書きました。
つづく。

2013年12月31日

2013年まとめ

わあまとめてる時間がない。
簡単に。

【よかった】
いい本にたくさん当たった。
初めてのことを体験するように努め、いくつかできた。
ハイキングに行った。

【悪かった】
思い出す力が落ちた。
休みにゴロゴロしすぎた。
春~夏、厄介な仕事にやられた。
夏が暑かった。

【来年の抱負】
いっぱい出かける。

2013年12月09日

つれづれ

神保町の岩波ホールで「ハンナ・アーレント」を観てきた。
正午ごろ、のそのそとチケットを買いに現地に行ったら、14:30からの回があと4人で売り切れるところだった。「開場は13:45ごろです」と告げられたので、その辺の本屋をぶらぶらする(1冊買ってしまった)。

13:45ごろホールに行くと、10階の階段踊り場から6階まで入場待ちの列ができていた。
なんか年齢層が高い。あと本読んでいそう。

内容は『イェルサレムのアイヒマン』のメイキングです、みたいな感じ。
ナチの役人に悪の凡庸さを発見することが当時どれくらい反発を招いたかという温度感は分かった。
悪の一翼を業務として担った(おそらく時代状況からして担わざるを得なかった)一つの歯車がなぜ責任を問われるのかについては、「思考停止したから」で終わってしまった。ちょっと食い足りない。
思考停止してるとかいって他人を詰りたい人たちの引用を待っている作品(と言った瞬間にその背後を取られるのだ)。

では、あの時代のあの社会に参入したとして、そして少なくとも良心は起動したとして、縛り首を回避するためにどんな手段が取れたろう。
多分抵抗は実を結ばない。
無能な人として隅っこに追いやられるのが一つの解ではないかな。
これは程度は違っても、無理筋なミッションを果たそうとするどの組織にも通用する気がする。

* * *

早くも目の血はだいたい引きました。
まだ引いてない部分はまぶたの下に隠れてます。

2013年12月04日

目血

3日、起きて鏡を見たら、左目が出血してた。
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ぎゃーって言って眼科へ。
結膜下出血というらしい。
「朝、鏡を見て、ぎゃーって言って眼科へ来る方、多いんです」と眼科医。
殴られたとか何かがぶつかったといった、明らかな原因があると眼球の異常が心配されるが、そうでなくて強くこすっちゃったとか、原因がよくわからないとかの場合は心配ないらしい。
消えるまで2週間くらい、しかも、別に薬があるわけでもないという。
テンション下がる。

* * *

4日は京都へ日帰り出張。
京都勤務の同僚に「なんかうまいもの」と意見を求めたら
「このあいだ食った親子丼」とここを紹介されました。
京大病院の近く、「京のつくね家」で親子丼1365円(!)。
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親子丼に山椒ってのは手だね。850円ならまた来たであろう(反実仮想)。
今度なか卯からテイクアウトしてやってみるか。

人づてに聞いてちょっと気になっていたフルーツサンドも攻めようっていうことで。
四条大宮、ヤオイソでフルーツサンドのセット、735円。
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完成された古き良きスイーツです。というか、見たままの味。
それよりミックスジュースがおいしかったよ!

けさ7時45分起きなのに、昨晩は2時半まで電話してしまい、さらに新幹線で来週末に就活始めたばかりの皆さんに対して嘘八百並べる(嘘)のに使うスライドを作っていたら頭がぼんやりした。

2013年11月10日

週末記

なんだか週記くらいのペース。

* * *

通っていた大学から、今度立ち上げる国際化室(←まだ設立前なので違う名称を使っています)の記念シンポジウムに登壇してくれないかと依頼が来ました。
学部時代、大学が持っていたプログラムによって非常に廉価に交換留学させてもらったことには感謝していて、できる協力はしたいと思っているのですが、「グローバルに活躍している人」をスピーカーとして想定していると聞かされ、ちょっと考え込んでしまいました。
仕事はそんなにグローバルでもないし活躍してもいないし、第一、夢のある話が一つもできない性分なので(何年か前に会社説明会の講師になって嘘八百を並べてみたが、やはり合わなかった)、30分ほど悩んで、お断りしました。仕事上のお願いを断られると結構寂しい、というのは弊管理人も時たま経験するので心苦しくはあったのですが、どう考えてもスピーカーとしては不適当なので仕方ない。
他の登壇者が夢いっぱいの人だったら自分は暗くて貧乏くさい話をしてもいいかなと思わなくはなかったものの、そこは他に誰が来るのか分からないわけですし。

* * *

土曜、サイエンスアゴラを覗いてきました。展示あり、講演あり、科学と科学コミュニケーションの文化祭です。なかば趣味、なかば実益のため一度見てみようと思っていたイベントでした。
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ビッグサイトとかパシフィコとかで大学や企業がやる巨大展示会が規模・内容ともに砕けた感じ。
出展側の人たちはやりたくてやってるのかな、これ。
巨人の肩から見える風景を一見さんに分かってもらうって難しい、というのが印象。

* * *

うちの近くの吉野家で、店舗限定の「牛すき鍋膳」(590円)というのを出していたので先日試してみましたが、くず肉とくず野菜が割り下の中で煮えているというしろもの。
牛丼屋では牛丼を食えというのが結論です。

それはそうと、この汚辱を雪ぐべく、土曜の夜は自宅でやってみました。
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雪がれましたw
葉物や茸は煮ると小さくなっちゃう。もっと多くてもよかったというのが反省点。

2013年10月27日

一週間つれづれ

金、土と大阪出張してました。
天満にある「梨花食堂」というカレー屋を教えてもらって、仕事が終わったら行こうと思っていました。
しかし、頭痛と腹痛が辛かったため、さっさと帰京。
ちなみに体調は新幹線に乗ったとたんにけろっと戻りました。
ということで、ご当地らしいものといえばこれくらい。
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そのあと職場で荷物を下ろしてから帰宅し、酒場へ。
用事含みだったのでさっと済ませ、お酒はちょっとにして帰って寝よう、と思ったらうっかり痛飲してしまいました。早い時間に崩壊したので終電前の電車に滑り込み、しかし乗り換えで席を確保する自信がなかったので途中駅からタクシーで1時ごろ帰宅、歯も磨かずにベッドで死亡。
朝方いったん目を覚まして歯を磨いたのを挟んで11時間寝て起きると、アルコール代謝がほぼ完了していたもよう。室内を点検しましたが、財布もちゃんとあるし、飲む前に買って裸で持ってた本もなくさずに持ち帰っていました。玄関の床の上に靴が載っていた以外に異常はありませんでした。
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タクシー使うほど酔ったのは昨年5月5日以来か。
きょう1日がかりで酩酊してる間の記憶を少しずつ掘り出していく作業をしました。普段、自分が何を抑えつけて生きているかが分かってしまって嫌なものです。が、過去いくつかの失敗を経て、その噴出の仕方は制御できるようになりつつあるらしいことも確認。
酒による死と再生は痛みを伴う経験であって、そんなにしたいものでもないけれど、再生の日の夕暮れごろには不思議な浄化/やりきった感があるのも事実……

* * *

霞ヶ関で16時に昼食、というパターンが最近ちょくちょくある。
解決は霞ヶ関コモンゲートにある「のぶや」がそこそこ。
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歯ごたえのある田舎そばにのり、ごま、天かす、卵は新橋の「港屋」ほぼそのまんまですが、ひとけのない店内と座って食べられるのがよい。

■ゲーテ(池内紀訳)『ファウスト 第一部』集英社、2004年。

「読みたい」よりも「読んどいたほうがいいだろう」で手を付けた作品です。
お話はメンドクサイおやじとメンドクサイおねーちゃんの絡み。
でも最後についてた訳者解説が、短いけれどとても面白かった。
いろいろ思うところがありました。第二部を読んでからまとめて。

2013年09月29日

PASA

先週、雨の日に仕事前のランチを、根津、PASA(パサ)で。
ネパール料理のお店のようです。
ダルバート(定食)の評判がネットにけっこう上がっていましたが、キーマカレーを頼みました。キーマカレー大好きです。
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辛さは5段階の4(現地並み)でお願いしました。でも、そんなに辛くないです。しゃばしゃばではない、ペースト状のカレー。コクがあってとてもおいしい。ごはんをお代わりしてしまいました。お腹いっぱい。

食後にフェンネル(消化を助けるらしい)と氷砂糖、チョコレートを出していただきました。
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時間があまりなかったので最後はぱたぱたと出てきてしまいました。
この辺に来ることは多くないのですが、次の機会があれば定食だな。

* * *

4月の中頃と並んで、一年のうちで最も過ごしやすい時期です。
先週は仕事用の半袖シャツをクリーニングに出し、この週末は掛け布団を押し入れから出してカバーを洗濯、本体を干して寒い季節の準備をしました。

先々週くらいから喉の調子が悪いです。
薬用ドロップで対応。これはあまり心配してません。例年この時期はこうなので。

今日、蚤の市でシャツを安く買いました。
こういう場での買い物はめったにしないのですが、小柄・太めのシャレオツ知人が出店していたので覗きに行った次第。
結構派手な和柄、サイズはぴったりでお互い驚きました(弊管理人は自分がチビデブのカテゴリーだということに気付いてしまった)。
弊管理人は普段、ほぼ黒紺白の単色かせいぜいチェック、くらいの彩りのない服ばかり着ているので、別の世界をもたらしてくれるこういうお手軽なスワップは大歓迎です。市場における取引は双方にとってうれしい、ということをこんなところで実感するとは。とか言ってないで来週末に着よっと。

2013年09月20日

脳とセミコン

■池谷裕二『単純な脳、複雑な「私」』講談社、2013年。
職場に転がっていたブルーバックスです。
脳科学の研究者が出身高校でやった講義を書き起こしたもの。

脳(というか意識)は体の隅々まで統括するリーダーではなく、頭蓋骨の中の暗い部屋で感覚器から上がってくる情報をモニタで確認しながら、外で起こっていることをうだうだ想像してはストーリーにまとめる孤独なアームチェア文筆家のようなものらしい。経験の蓄積に基づいて素早く反応を返すような直感的な作業は隣室の秘書「無意識さん」がこちらに相談もせずぱきぱきと片付けてくれる。自分は暗闇で悶々と考えている。世界というのはそうやって作り上げたストーリーのことであって、それ以上ではない。でもそんな仕事ぶりだから、結構間違えたり騙されたりする、そんな愛らしいうかつさも持っている。

脳から見た世界ってどんなものなのか?脳を外から見るとどんななのか?それを実験を通じて明らかにしていくと、これまで数千年にわたって優秀な脳たちが考えてきたいろんなアイディアを考え直すきっかけになる。
自分が正しいと過信しないで、すべては誤っている可能性があるという前提を受け入れよと求める可謬主義も、まあなんか道路の速度規制みたいなもんかと思っていた。けれども、記憶や信念というものがかなり捏造されやすかったり、外部からの入力に引きずられたりしがちなことが実験的にも示されてしまうと、もっと大事にせないかんなと思ったりする。
ヒュームも、脳に与える刺激を工夫すれば感覚から情動から幽体離脱まで作れてしまうことを知ったらドヤ顔して見せるかもしれん。
行動しようとする意志より先に、実は脳が行動の準備を始めてしまっているとなると、自由意志を再定義しなくちゃいけなくなる(実際、本の中ではそれを試みている)。
入力された信号が一定の強さを超えると出力する、そんな単純なデバイスであるニューロンと、それらのネットワークと、たまに生じる入力信号のノイズ。それだけの集積がかくも複雑な「心」を形づくっているとしたら、逆にベンサムが夢見たような「幸福」の測定だってできるような気がしてはこないか。

いや、著者は全然そんなこと言ってませんけど、読みながらいろいろ空想してました。
ひさびさに通勤時間が飛ぶように過ぎる、おもろい本でした。

たまたま今日、某所で理研脳センターの宮脇敦史さんの講演を聴きました。光るタンパク質を使った生体のイメージングをやっている方で、生物の発生の過程や脳の深部の探検など、動画をガンガン使い、アングルをぐるんぐるん変えて見せながら聴衆を引き込んでいく、魅力的な講演でした。
わりと高齢の理系出身者が多い会場でしたが、最後のQ&Aセッションで質問に立ったじいちゃんが「この講演を学生のときに聴けていたら……」と切り出していたのが印象的でした。社交辞令じゃなくて、たぶん本当にそう思ったんだろう、そういう口ぶりだった。
研究に没頭して新しい知識を作り出すのも大切だけど、学生でもじいちゃんでも、誰かの心にイベントを起こすことも意義深い仕事。できる人はやろうぜ、アウトリーチ。そんなことを思いました。

■西久保靖彦『最新 半導体のしくみ』ナツメ社、2010年。
ちょっと必要がありまして一気読み。
半導体って言葉がいっぱい出てきて難しいなあと思っていたのがうまく整理されました。
恥ずかしながら発光ダイオードがどうして光るか、やっと分かった。
本当は「more Moore/ more than Moore/ beyond CMOSって何?」というのが知りたくて手に取ったんですが、そこは特に言及なし。でもま、いいか。

* * *

北海道の3泊4日で食生活が荒れてンコの量が減り、色が黒くなり、水に沈むようになってしまっていたため、帰ってきてすぐに普段より野菜をいっぱい食べて2日半ほどで元に戻しました。緑黄色野菜も大切だけど、キャベツの威力がすごいな。

2013年09月08日

久しぶりの友人と

1999年に交換留学でニュージーランドの大学に行かせてもらったとき、行き先の大学から派遣されていた友人が台湾からいらしていて、つながりのある同級生+後輩とともに計4人で昼ご飯を食べてきました。

弟さんが建築の仕事をしている関係で代官山の蔦屋書店を訪れたかったそうで、そこが集合場所。
なんかオサレ建物で有名らしいですが、弊管理人は知りませんでした。
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こんなの。
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中は丸の内の丸善にあった「松丸本舗」くらい。
渋谷駅から徒歩10分ちょっとです。いかにもお金持ちの住区みたいなところをいかにもお金持ちみたいな人たちが歩いてました。

で、近くのハワイアンな感じのお店で昼食。
ガーリックシュリンプを。
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ハワイで食べたのはもっとギットギトでどぎついニンニク臭で危険なおいしさでしたが、こちらはお上品。

台湾友人、後輩と別れたあと、同級生と喫茶店で駄弁って帰りました。
お互い齢36。立場は違うが、年齢なりのいろいろあり方は通ずるものがあるようで。
仕事ではもはや若手じゃなくなったねとか、家族を持つかどうかとか、親はまだ大丈夫だろうかとか、まあそんなことですけれども。

* * *

まだ動くと汗がじわりと出るものの、9月も上旬が終わろうというここ数日は、さすがに暑さが少し和らぎました。日が落ちるのもめっきり早くなった。ハーパンの季節も終わりか。

* * *

周囲に虚言癖の人が絶えないんですが、こんなもんなんでしょうか。話がどうも変、という人に対して、実害が及ばない限り全くつっこまないという弊管理人の性分が招いているような気もしています。

* * *

■アーネスト・ゲルナー(加藤節監訳)『民族とナショナリズム』岩波書店、2000年。

・ナショナリズムとは「政治的な単位と民族的な単位とが一致しなければならないと主張する一つの政治的原理である」。一つの国家の中に複数民族がいる場合、それらの民族には一つずつ国家が与えられなければいけない、という。
・狩猟採集社会→農耕社会→産業社会のうち、ナショナリズムが起きるのは産業社会だけ。
・ナショナリズムは近代世界に特有の(つまりそれ以前には存在しなかった)条件下で支配的になる一種の愛国主義。
・その条件とは:読み書き能力を基礎にした文化。それを同世代に遍く供給し、かつ世代を超えて確実に受け継がせる教育システムの存在。その教育が生み出す人々の均質性。そして、その教育を修了した上でなら、高度に分化した専門のどれにでも就けるような、職業選択の流動性。こうした文化に対して、宗教やローカルな文化を介さないでばらばらの個人が抱く忠誠と、その見返りに文化が個人に与えるアイデンティティ。
・この文化が自然なものとして現象し、かつそれが維持されるために必要なもの、それが国家なのだ、という構成らしい。
(・ただし、あらゆる民族がすべてナショナリズムを宿すわけではないし、宿したとしてそれを達成するわけでもない。メインの国家に同化する場合もあれば、そこまで盛り上がる勢いを持たずにしぼんで終わる場合もある。)

『想像の共同体』が面白かったので、同じくナショナリズムが近代の所産だという本をもういっちょと。
くどい文章(というか訳文)ですが、言っていることは意外とシンプル。
こういう文章は、一言一言を味読するより、できるだけ勢いをつけて駆け抜けるほうが頭に入るという発見もございました。
原著は1983年刊。東欧とか、マルクス主義なんかへの目配りが時代を感じさせます。

2013年09月02日

新宿ゴールデン街、凪。
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店内は10席くらいか。食券を買った上で、建物と建物の間で並んで待たされます。場所により、頭上にエアコンの室外機があって暑い。やっと呼ばれて席に着くときに「あ、やっぱり大盛りに……」と言っても手遅れです、出来上がるころに呼ばれるから。これでもお客さん少ないタイミングに行ったらしい。

もちっとラーメンへのアクセスがいいといいんですけどね。

* * *

週末、暑かった。

2013年08月15日

盆休み備忘

■14日、周囲で何かと話題の『風立ちぬ』を見た

インテリ飛行機設計技師のあんちゃんと、結核もちのセレブおねーちゃんがドラマチックな出会いと別離から何年かして再会した避暑地で恋に落ちて、最後はおねーちゃんが死ぬメロドラマ。

一歩引いてしまうとそれだけです。「生きねば」というメッセージもうざベタい。だけどとにもかくにも、よく描き込まれた絵物語に2時間体を浸すのが、正しい享受の仕方。原作もたぶん知らなくていい。夢が現実に、現実が夢にすっと入り込みながら淡々と話が進んでいく、ふわふわした全体がそのように提案している気がします。
そう思って見るといい映画なんだと思う。鑑賞後、こんなふうに何か言いたくなりますしね。

大正~昭和初期ごろの結核がどんな病気だったかとか、先進工業国としてのドイツと「20年遅れた」日本の関係など、前提知識がけっこうないと難しい。席の両側は母娘(とみられる2人)2組で、いずれも40がらみのおかーさんはぐすぐす泣き、娘さんらは「わかんない」とむくれていました。ついでに前にいた20代くらいのカップルは「難しいね……」とぼそり、後ろのヲタと思われる男性は「庵野の声が……」。まあそうなるわな。

喫煙のシーンが多いことに文句が出ているそうですが、「あほか」以上の感想はありません。あほか以上に何か言おうとするとすっごい長くなりそうなので。

それにしても実に6年ぶりに映画館で映画を見ました。この、現実からちょっとの間切り離される体験もいいなあ。映画ももっと見よう。

■その他

帰省して見た田舎の状況は、春の連休よりはもう少し、次の問題が迫っていたように感じました。

上記、久しぶりの映画と、山と、ほかにちょっとここに書くほどでもないことなどによって、先週末までまことにギリギリと締まっていた心を弛める機会にすることができました。
(今日出勤して、一時停止していた時間の流れが再開しちゃったんですけど)

■理化学研究所脳科学総合研究センター『脳科学の教科書 こころ編』岩波書店、2013年。

前読んだこれの姉妹書で、出るのを結構待っていた本。
相変わらず優れた見取り図です。索引が欲しかったなー

2013年07月07日

夏入り

夕飯にナポリタン。
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乾麺140gは作りすぎだった。

* * *

昨日、梅雨が明けたようだとのこと。早い。
今日は猛暑日だった。
夕立もあったよう。その時間帯、地下を通って入った本屋にいたので気付かなかったけど。

* * *

何となくここの日記を読み直していて、「ですが、」で繋いでる文が多いことに気付きました。
減らそう。

* * *

夏以降の予定が立たない日々。
厄介な案件、なんとか軟着陸してほしいのだけれど。

* * *

結局、同僚氏の私費留学に伴う休職は会社に認められました。
壁を突破する気迫の差だな、弊管理人と進路を分けたのは。

* * *

沈黙は金。

2013年06月13日

人間不平等起源論

■ルソー(中山元訳)『人間不平等起源論』光文社古典新訳文庫、2008年。

2年前、震災対応の中で『社会契約論』を読みました。かの本が「今とこれから」についてだったとすれば、本書は「始めから今まで」といったところか。

ルソーの場合、自然状態の人間は、森の中で、互いに交流を持つこともなく、自然からの恵みによって自給自足し、自立できるだけの身体的な頑強さを持って生きている。
その自然状態から社会状態への移行が、「人間が環境に働きかけながら生活を改善していく力」を媒介にして、あるいは何か外部的な障害への直面を契機として、しかし長い長い時間をかけて、起きてくる。
まずはゆるやかな集団が形成され、そして家族が形成され、言語を操る社会ができ、鉄と小麦を利用した労働と所有の時代が到来し、国家ができ、国家同士の戦争状態が出現する。ルソーが主題にしている「不平等」の起源がここ(この不平等は、身体的な強さや弱さなどから生じる不平等ではなく、制度から生まれる不平等のこと)。
自由で平和だった自然状態から、隷属と戦争の社会状態へ。ここで財産を持っている人々は、自分の持っているものを守るために、同じく財産を持っている他人に働きかけ、「協同して財産を守る」ことを始める。これが社会と法の起源だという。
ということは、統治機構というのは、財産を持っている人たちが自分のために設立した管理組合であって、設立者たちの財布に恣意的に手を突っ込んでいいものでは全くないわけだ。設立者たちの手を離れて暴走を始めた管理組合は、その瞬間に正統性を失うことになる。
で、『社会契約論』では、そのへんを詳しく展開するわけですね。

とても丁寧な訳者解説がついていて、この論文がなぜ書かれなければならなかったのか、この論文は何と戦っていたのかを明らかにしてくれます。自らものを決める権利を人々から次第に剥奪し、服従を求める当時のジュネーブ政府の論拠の一つが、「惨めな自然状態から脱するために、自由を政府に委ねて庇護してもらう方式」の社会契約論だったこと。このあたりの背景を知らないで本文を読むと、見てきたような作り話を延々と語ってるように見えてしまってイライラするので注意が必要と思います。

よい社会の原理を見つけるために「後天的なもの」を次々と剥ぎ取って「最初の最初」に立ち返ってみようという思考実験。この手つきは200年余り後に登場する「無知のヴェール」の方法になめらかにつながっている気がします。

* * *

ひとつ前の日記に出てきた私費(←ここ大事)留学志望の同僚については職場で会議が開かれて、メンバーひとりひとりに意見が求められました。
出た意見はだいたい、「長期的には社業のためになりそうだしOK」「いやまて、人繰りの厳しい職場に穴があくってどうよ」といったところ。自分のカネで行くんだから楽しみに行ってくりゃいいじゃん(どうせ1年のTaught Masterは200万円ほど払って知識とモラトリアムを買うようなところだし)と思うんですが、現実には賛成も反対も同じ、組織の論理に基づいていて厳しい。

それから今週は、いまどき超高い組織率を誇る労働組合の大会があり、覗いてきました。
みんな仕事に対して真剣で、正しいと思うことに対して誠実で、くらくら。
自分がこの瞬間この場にいることに特段の疑問を感じないで済んでいるとお見受けした。羨ましい。

そんなことが立て続けにあったせいもあり、会社にいながらどこにいるのかよくわからない、ぼやーんとした靄の中で昼間から夜中まで過ごし、帰ってきて寝てまた出かけるこの頃です。

2013年06月09日

神座

歌舞伎町、どうとんぼり神座(かむくら)。
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なんだっけ、煮卵と葱の載ったラーメン、850円。
白菜が入っていて、いっぱいの葱とあわせてザクザクとした歯触りをずっと楽しめます。そういうの大好きなので、かなり満足度高いです。
スープは醤油ベースだと思いますが、ちょっと甘めの珍しい味。弊管理人はよく豚肉と玉葱を出汁、白ワイン、砂糖、塩、生姜、味醂、醤油で甘めに煮ておかずにするんですが、その汁みたい。最初は葱と白菜、次にテーブルに用意してある韮、最後に同じくテーブルにあるおろし大蒜を少し入れて、少しずつ違った味を楽しんでいる間に食べきれます。

とろとろ叉焼とか、どこどこの塩だとか、いわくつきの小麦から作った太麺とか、そんな猪口才なラーメンではありません。特別版の支那そば。好きかも。というか飲み帰りに寄ってしまいそう。もう一回行ってみる。

* * *

年下の同僚がイギリスの大学院のオファーを取ってきて、再来月、旅立ちたいと希望しているのだそうです。去年の自分を思い出します。
でも去年の自分と違うのは「会社からダメと言われたら辞めてでも行く」という勢いだということ。
わりとキツキツで回している職場だけに、反応はさまざまですが、弊管理人は応援したい気持ちでいます。去年は自分のことを――特に大事なことについて――自分で決めることができなかったので。

2013年05月06日

連休後半

3日は結局、クラブ的なところに行って終電を逃してしまい、朝帰り、やや後悔。
4日、やや寝不足のまま帰省いたしました。

実家は相変わらずで、父は定年後再雇用・最長3年の2年目に入ったところなので生活に大きな変化はない様子。夕飯は二人で鍋をつつきました。
朝は食べきれないほどご飯がでてくるのもいつも通り。
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山奥にある父方の祖父母の家へ。筍を掘って灰汁抜きをしているところ。
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3-4時間煮て、1日置く。
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八重桜。花を出荷するらしい。
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木曽山脈も相変わらず。
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帰りはUターンラッシュでバスが遅れそうだったので電車で帰ることにしましたが、指定席をとっていた特急に乗り遅れ、東京行き最終に乗ることになりました。
ホームの向かい側に、たまたま病院帰りの叔母がいて挨拶。叔父が何ヶ月か前にレビー小体型認知症という厄介な病気と診断されたのは聞いていたのですが、こんな夜遅くまで付き添っていたのでしょうか。

今年の連休は天気がよくて、少し涼しめでした。
どういうわけか、記憶を喚起させられるような匂いをよく嗅いだ気がします。何か特定のものではなくて、春の空気とか、人いきれとか、そんな環境に漂う匂い。

2013年05月03日

スカイデッキ

「ほらあ、バカとなんとかは高いところが好きって言うじゃないですか」と伏せどころを間違えて発言、しかし効力としては何ら変わらなかったようでよかったよかった。

よく晴れた大型連休後半の初日、なぜかむらむらと高いところに行きたくなりまして、六本木ヒルズのスカイデッキに行ってきました。
森タワー52階の屋内部分はこんな感じ。
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1000円くらいあれば余裕で寛げそうな、見晴らしのいい喫茶処などありました。

その上のスカイデッキに出ると、こんな感じ。
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新宿方面は青山墓地と新宿御苑の緑が映えていいですね。
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反対側。
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52階までで1500円、デッキに出るとプラス500円。なんかねえ。
ということで年間パス(5250円だが、ファミマで買うと4750円)買ってしまいました。
これで1年間、高いところに加え、森美術館にも何度でも入れるらしい。

夜遅くまでやっているようなので、夜景や、靄の日など、いろんな表情を見たい。
職場からわりと近いので、辛くなったらここに来ようと思います(わらい)

2013年03月31日

もういっちょ花見

昨日に引き続いてお花見です。
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今日は靖国神社で夜桜。
ほとんど葉桜でしたね。
3年前に同じ集まりで行ったときの日記がこちら。このときも寒かったですが、今日はごく弱い霧雨の一日だったこともあって、輪をかけて寒かったように思います。ただし万全の対策をして行ったので大丈夫でした。
一昨年は3.11のあとで各花見が中止になり、かつ仕事も忙しかったので、独り花見をしたのでした。
去年は4月に入っての花見だったみたい。

ということで2012年度もおしまいです。
いや、年度で仕事してないので特段の感想はないんですが。

2013年03月30日

花見と般゜若

大学に入って2年間の教養課程を同じクラスで過ごした友人たちとフェイスブックで再びつながり、今日はそのキャンパスで花見。10数人集まり、全員と16年ぶりの再会となりました。この大学の学部には2つキャンパスがあって、ほとんどの人は学部の後半は別のキャンパスに通うのですが、弊管理人は最初のキャンパスに4年間居残ったため会う機会がなく、さらに留学で1年卒業が遅れたため卒業式でも会ってなかったのですね。
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12時開始予定。でも12時ちょっと過ぎに着いた弊管理人が一番乗りという。想像通りでしたけど。

当時つきあっていたカップルがそのまま結婚してお子さんができていたり、イケメンの子がイケメンだったり、哲学を選んだ友人がいまだ落ち着いていなかったり、雰囲気が全く変わらないまま顔にシミができていたり、全体的に栄達を重ねている感じでもなかったり(いやそれぞれ優秀なんだけど、がつがつ出世を志向するタイプでもなかったように思いまして)と、意外性のなさに妙に納得しました。中間採点したらおおむね正答だった、みたいな?

今年の桜は開花が早く、花のピークは先週末だったものの、先週末まで仕事がたいへん込んでいたので、今日という日取りは参加しやすく助かりました。曇天で寒い中、持ち寄った梅酒やワインを飲んでいたらちょっとましに。あと、断熱材(あれだ、観光地なんかで冷凍の魚を買ったときに入れてもらう銀色のふかふかした袋みたいなやつ)を貸してもらって尻に敷くと効果絶大でした。

途中、警備員さんが回ってきて「キャンパス内はお酒は禁止です。学校なんですから」と注意し去っていきましたが、「彼はそう注意することが職務だから言っているだけなのである」と一同納得した上で粛々と宴を続けるあたり、大人になったなあとしみじみ思います(笑)

3時間ほど飲んで中座して野暮用、そして下北沢へ。普段はまず行かない場所です。花見の場所から近かったので今日なら寄れるかなと。

Cafe 般゜若 (←超打ちにくい)のカツカレー、1575円。
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たっぷりのタマネギとスパイスで作ったスープ状のカレー。ひりひりと辛いわけではないものの、スパイスの存在感が結構際立ってます。スープカレーがダメな弊管理人も、これはいけました。細切りのカツもうまい。スプーンの上にごはん、カレー、カツという小世界を作って口に運びやすいという作業上の配慮がある気がした。
近くにあったら月1くらいで行くんですけどね。

2013年01月28日

大阪・神戸出張

日曜に神戸で仕事があったので、土曜に前乗りして大阪へ。
午後から現地・非仕事関係の方たちと計6人で通天閣にのぼったあと、たこやきで軽く腹を抑え、徒歩で西成区の飛田新地(遊郭)に連れて行っていただきました(→こういうところ)。これはすごーい

裏日本では大雪だそうで、大阪も風がとても冷たかったです。
夕飯は、お友達のお友達くらいの距離の方のマンションに6人で押しかけて、そのまま鍋をごちそうになりました。2LDK+Sくらいの間取りで、とてもいい部屋です。そこで絶品のカレー・トマト鍋をいただいて、お茶も出してもらい、23時くらいまでとりとめもない話を楽しみました。

気付いたのですが、47階のホテルディナーよりも、数万円のふぐよりも贅沢な飯というのはホームパーティなのですね。親しい人たちを招くダイニングテーブルと椅子とくつろぐためのソファ、そのスペースに招く親しい人たち。1人1000円ほどの食材を煮込む食べきれないほどの鍋、それにちょっとしたつまみのセンスと、軽妙で気取らないおしゃべりと、帰りがけに交わす「ありがとうねー」という挨拶。こんな関係性が支えてくれる人生なら冒険を恐れることなどないだろう。

* * *

日曜は昼から仕事へ。
腹ごしらえのため阪急で三宮に出て、友人から教えていただいた「シャミアナ」でカレー。
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キーマカレーとサフランライス、サラダとチャイで960円。完成度高いです。
サモサやデザートがついてくるもうちょっと大きめのコースもありましたが、これは次に。

* * *

でもって今はバレンボイムのメンデルスゾーン「無言歌集」を一気聴きしてます。
日曜の夜に聞き流すのに好適(ほめてます)。

2013年01月15日

10年

母が亡くなって10年になりました。
2006年、08年、10年と、この日記で命日にエントリを作ったことがあって、それを読み返してみましたが、今日、特に新しく加えることはありません。

12日からの連休、浜松~名古屋近辺で新年会などいろいろ行事があった上、昨14日は東京に大雪が降ったおかげで東京駅に着いてから帰宅するまで4時間かかった。その疲れで、昨夜は21時半に寝て今朝は4時半過ぎには目が覚めていました。布団の中で、ここに何を書こうかなと考えていたのですが、何も新しいことが思い浮かびませんでした。ということ自体を書いておけばいいのかなと思いました。

それは喪う体験というものが乗り越えられたり忘却されたり折り合いをつけられたりしたということではなく、逆に血肉となって弊管理人の考え方を、あまりそれと意識されずに形づくるようになったということだと考えています。この日記の端々にそれが顔を覗かせている。急性期が7年ほど続き、それからは長いおつきあいをする局面に入っているような感じとも言えそうです。

2013年01月06日

いちかつ

両国、いちかつ。
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JR両国駅のガード下で、ファストフード店などとの並びにあるので「どんなもんかなー」と思いながら入ってみましたが。
ロースカツ定食690円はご覧の通り厚切りのとんかつと堆(うずたか)いキャベツ、ごはん、漬け物、しじみ汁。何このコスパ。次はミックスかカキフライ定食(ともに790円)かな。
あと特筆すべきこととして、接客がとてもフレンドリーです。これも食後感に大いに関係するのですよ。

* * *

このところのできごと。

・MONDAINEの腕時計を床に落としたら壊れたので修理に出しました。購入したヨドバシに持ち込んだところ、2カ月くらいかかるかもしれないとのこと。昨年初め、米国出張の最中に先代がイカレたのに続く故障。文字盤の見やすいデザインはとても気に入っているのですが、耐久性もサポートもあまりよくない。MONDAINEの入院中は、休眠していた光充電+電波のCASIOに戻し、快調に使用しております。次に買うとき、どうしようか。(3日)

・仕事始め。今年の目標は、なるべく会社にいないこと、なるべく会社(not 仕事)と関わらないこと。あと、愚痴は結局周囲にはウザイとしか思われないのであまり言わないこと。(4日)

・香川出身のマスターがやっている飲み屋さんで、釜玉うどん(汁なしのうどん+生卵+牡蠣しょうゆ)をいただく。うまい。というか構成上はほぼ卵かけごはん。
・6000円の会計を1000円札で払ったつもりが、5000円札が1枚混じっていたとマスターから指摘。忙しく立ち回っている中でもきちんと確認し、かつ曖昧にしないことに感じ入った。いや、当たり前なんですけど、でもねえ。(4日)

2013年01月03日

新年2013

31~2日は郷里で過ごしました。

伯母さんのお料理を食べながら紅白を見るという恒例の年越し。
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もう何年ぶりかというくらいの初日の出。特別な場所に行ったわけではなく、うちの玄関を出たところで見て、寒いのですぐに引っ込むというだけ。
長野市の日の出は6時59分だが、当地は赤石山脈の向こうから出てくる太陽を見るため、7時30分ごろに。
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今年の年初は天気がよく、景色がきれいでした。
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・ばったり倒れながら投げ出した手でようやくゴールラインに到達したような2012年でしたが、ここの日記だけ見てみるとなんか楽しそうな1年だったなと反省できる程度には突き放すことができているようです。今年はほんとにいい年にしたい(なってほしい)。ということで、元旦から早起きをして朝日を見るなどがつがつと動く年明けでした。

・事前情報からすると、郷里の諸々が古びてきて、そろそろまた一族の加齢や病による心配事と直面しなければならないかと思いながら帰省しましたが、そうでもありませんでした。というか、まだ大丈夫でほっとしたという感じ。

・伯母、母方祖母、父方祖父母にお年玉をあげてお土産に代える。

・珍しく旧年中に9枚の年賀状を出しましたが、郷里からうちに戻ってみると、出してない方からいただいた年賀状が6枚。近所のコンビニで追加購入。

・年男の年始は結婚せよ圧力が意外と高まっており、父方祖父が弊管理人の顔を見るなり電話を取って意中の見合い相手に連絡を取ろうとしたのを大声で阻止。ここから40くらいまでがピークか。「勝手なことをするなら今後帰省しない」と脅しておきました。

・すんごい喰っちゃ寝状態を続けてしまった(半ば確信犯)。

・高速バスで往復しましたが、いずれも乗務員や発券窓口の人の機転で最後列を独占しゴロゴロしながら4時間ほどの乗車時間を過ごせました。ここの窓口の人はなぜか、行きで降りるバス停と帰りに乗るバス停が違っても「乗り越し精算すればいいので、安くなる往復券で出しておきますね」などとやたら気が利く。ルーティンで客をさばく以外のことができる窓口の人って貴重でありがたいです。

2012年12月30日

燈郎と2012年まとめ

新小岩、燈籠のつけめん+味玉=880円。
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連休明けから自炊をして、雑穀米だ魚だ海藻だと食べていたら体が「なんか濃ゆいもの食べたい」と言ったので、濃ゆいラーメンに。
1年ちょい前に行ったときにはあまり良い印象がなかったのですが、「それは量の問題だったのではないか」と思い直して再訪。がっつり系のお店なので、麺は普通盛りに抑えてみると、ほぼちょうどよかったです。オエッてならないし、スープがいよいよ冷えてしまう前に食べきれる。ミニでもいいくらいですけど。

それで、それからちょっとお酒を飲みに行って、うっかり終電を見送って始発で帰宅。今ちょっと頭いため。

* * *

今年は1月のアメリカ(3週間)、7月の鹿児島、12月のスウェーデン(2週間)のほかに関西方面にちょこちょこ出張があったり、7月に休暇で沖縄に1週間行ったりと、結構いろんなところに出かけていて、振り返るとかなり派手で楽しそうな1年に見えます、我ながら。

しかし、2月に合格をもらった英国の大学院に社内的な事情などが絡んで結局行けないことが6月に確定し、10月には会社の嫌な面をこれでもかと見せられ、その他いろいろと仕事が込んでいて、調子の狂う1年だったような気がしています。自分の生活の質を落としている原因の大半が今いる会社だということを痛感しました。と同時に、楽しいかもしれないことを素直に楽しめない自分の性質がこういった環境要因と噛み合い、ぐるぐる落ちていく状況を作ってしまったようにも思います。11月に会社のエレベーターの中の鏡で、白髪が増えているのに気づいたときはショックだったなあ。

反省点をいくつか考えました。

・「とりあえず間に合わせるみたいにして両手いっぱいのタスクをぼんぼんこなす」というスタイルを少し見直して、じっくり考えることを基本に据えて、その上で例外的に単発の仕事を右から左へ流すような方向に持っていくこと(間に合わせでやった仕事には間違いが起きやすく、またフォローアップの必要が生じ、却って手間が増えることがあるから)。

・あまり押し黙ったり持って回った言い方をせずに、ストレートにものを言うようにすること(ストレスマネジメントとして。また弊管理人の物言いは分かりにくいようなので)。

・机に就いている時間を減らすこと(机上で考えられることには限度があるから。また、机に就いていると新しい仕事が降ってきやすいから)。

・力が及ばないことをあまり悔やまないこと(これは10代からの継続課題ですw)。

* * *

今年の春に父親が60歳になり、定年を迎えました。
父親が今の弊管理人と同じ35歳だった25年前、弊管理人は10歳だったので、その時分の父親の姿はばっちり記憶にあります。その当時から今までの25年という時間の長さの感覚もだいたい分かります。
10歳から20歳までの10年と、25歳から35歳までの10年では、後者のほうが圧倒的にさっさと過ぎた感じがあるので、そんなことを加味した上で、現在から未来方向へ25年という時間を投影してみると、人生の短さというのが(もちろん仮にですが)感覚できるような気がします。
どちらかというと何かが始まったときに「いつまで続くんだ、これ」とゲンナリするタイプなので、飛び去るほど早くはないが永遠というほどでもない時間制限のことを考えるのも悪くありません。
一方、健康でいないと面白いものも面白くないので、健康に気をつけようと思います。というか、運動不足が生活の質を落とすということも今年特に痛感したことの一つでした(産業医とおしゃべりしていて言われたことでもあります)。

* * *

今年はわりと目の前のことを知るために本や文章を読むことが多かったので、来年は少し、目の前のことの向こう側を読む機会を増やす方向に戻りたいと思います。今年なんとなく手に取っていた確率のことを書いた本の読書も、そういう方向に持って行きたい。

* * *

ネットやってる時間も減らしましょうね。なんて。

2012年11月08日

VAIO 14P

新しいパソコンを買いました。

これまで使っていのは2008年6月に買った東芝のdynabook TX/65Fで、当時の日記にそのときのことが書いてあります。
当時もそれまで使っていたhpのパソコンが4年あまりの使用期間だったことから、次の買い換えは4年くらい後であろうということ、そのとき自分は35歳になっているということが「遠い目」で書き残されていました。来るときは来るもんですね、4年後って。

さて、今回は機能面で使いづらくなったということはほとんどないのですが、Windows立ち上げの際にちょっと工夫をしないと止まってしまうという症状が見られるようになっており、いろんなところのクリーンナップでも回復しないため、大事をとっての買い換えとしました。もうちょっともってもよかったと思わなくもないんですが。会社で前に導入していた東芝機もよく壊れたし、たぶん今後はよほどの事情がないと買わないだろうな。

今回買ったのがこれ、VAIOの14Pというモデル(画像はSONYのサイトに直リン)。

CPUはCorei5、メモリ4GB。ブルーレイディスクドライブ。あと、画面を14インチ、1600×900ピクセルにしてみました。選択の理由はほぼ値段だけで、56800円。OSはWindows7。

ちょうどWindows8が出たばかりの時期で、その少し前からWin7機が投げ売り状態になっていたため、かなり安く買えたと思います(前2代は10~12万していた)。タブレットを愛用しているわけでもないし、まだまだ家で据え置きのまま使うのでキーボードがあれば十分、Twitterもこれまで通り専用ソフト入れて見るからいいです、ということで突然15000円くらい高くなるWin8機を選ぶほどのこともないと判断しました。スピード感は特にCore2Duo、2GBのこれまで使っていたPCと変わらず、Photoshop ElementsとかOfficeの立ち上がりが若干早くなったかな、くらい。これは会社のPCの使用感から予想していたことなので驚きません。

画面が広いといいだろうかと思って解像度のちょっと高いオプションを選んでみました。これが今回の一番の変化ですが、デフォルトでは字が思いのほか細かくて読みにくく、結局ブラウザは少し字を大きく表示させるようにして対応。写真なんかを見るときは画面が広くてけっこうよかったかも、ということで一長一短。ただし慣れの問題かもしれない。

あと内蔵スピーカーはHarman/Kandonを搭載した先代の東芝の圧勝。ただし、家に置いてあるONKYOのコンポにつないだときの音のクリアさはなぜかSONYの勝ち。これはソフトウェアの進歩なんだろうか。というわけで今はコンポにつないでラジオなんかを聞いています。

2012年09月23日

かぜひいて

木曜日からかなあ、喉が痛くて体がだるくなりました。熱は最高で37.5度と低め、そのかわりずーっと36.8~37.0度程度の微熱が続いてます。普段に増して何かをやる意欲が減退した上、30代のトラウマソング「かぜひいてねんね」をyoutubeで見てしまったりして、気分は下がりめ。

のど飴と、ビタミンCの錠剤と、がんばんなきゃいけないときの感冒薬が主食のなか、錦糸町のアキンボさんへ。
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ラムのキーマカレー。
食べ始めて分かったんですが、鼻が4割くらい効いてない。でもおいしいということは相当おいしいのだ、このカレーは。
マスターは今月、メニュー改変に向けて勉強中だそうです。同じものばかり作っていても飽きてしまうからと。ううむ素晴らしい。

よく遊び、あまり寝なかった今夏の決算と思って気長に療養しましょう(仕事は休めない)。今朝くらいから、鼻から白血球の死骸がいっぱい出つつあるので、そろそろ回復に向かってるとは思うのだけど。

2012年09月11日

よしなし

■五反田でふと入った本屋(店名見なかったがGoogle Mapsで見ると「あゆみbooks」というらしい)、書棚の一段に弊管理人の持ってる本が数冊ずつあるようなシンクロぶり。そしてその余の本もけっこう面白そうだったり、買おうと思って買ってないものだったり。近くにあったら絶対毎週通う。
■規模とあまり関係なく、本屋との相性ってありませんか。何か目的の本があって行くなら棚にあってくれさえすればいいんですが、面白そうな本ないかな、と思って行く場合は好みが合わないとなかなか出会いがありません。新宿の紀伊国屋でいうと、本店はどうも合わない。南口のほうが意外と合う。それにしてもジュンク堂がなくなってしまったのは残念。

■仕事が好きだということは全くないのですが、仕事が込んでいると元気になっちゃったりして困ります。

■だいたいの警告は手遅れ状態で発見されると思います。だいたいの悩みはその人しか解決できないように思います。

■本を読んだあと、ここに印象を書き付けることがある関係で、著者の方がエゴサーチで辿り着かれたらしいことを時々エゴサーチサーチで発見するのですが、いらっしゃる方って不思議とおじさま世代が多いです。ご訪問ありがとうございます。これからも頑張って下さい。

2012年08月26日

懲りないIELTS

ちょっと学生に戻る計画が6月にするりと手の中から逃げてしまってから、ちょっと元気を取り戻すのに約1カ月かかり、その時点で、8月になってもしもっと元気になっていたら必要になるだろうと思ってIELTSを申し込んでいました。去年の1回目2回目に続いて3回目。

結果、あまり元気ではありませんが、昨日今日とまた試験を受けてきました。

  聴く:ちょっと集中力が途切れた瞬間があった
  読む:まあそこそこか
  書く:例によってゴミみたいな文章をいっぱい書いた
  話す:これまで以上にバカなことをぺらぺら喋った

というわけで、あまりよくはなさそう。結果は9月7日。
点が取れていたら、今年も出願に向けて書類を作ろうと思います。
どこかの時点でくじけたら、それで終わりという踏ん切りが今回はつく気がします。

【9/7追記】
聞く=7.5
読む=8.5
書く=6.0
話す=6.5
全体=7.0
出願基準には達しました。でも去年から下がってていけてない。
ちょっとくじけそう。

* * *

ところで、「話す」の面接試験をしていて思いましたが、弊管理人は咄嗟に・その場のトピックに応じておしゃべりをするのが絶望的にヘタです。上がり症か頭の中のネットワークがちょっとおかしいかのどちらかだと思うのですが、アクロバティックで意味のない言葉遊びならいくらでもできるものの、何かを相手が分かるように説明したり、お話を起承転結のようにきちんと構成して話すことができないんです。
なので、予めネタを作成しておいて、そのワンセットを頭に放り込んでおいて、会話中に適切なタイミングが訪れると、それを引っ張り出してきて喋るわけです。
何かを食べたり、どこかへ行ったり、ある本を読んだり、ちょっとしたことを思いついたりして、そのことを誰かに喋る機会があるなと思うと、すぐにここで日記を書いているのはそのためです。実際、自分でも驚くほど、ここに書いてあることをそのまま人に喋っています。

以上のことも、今日思い至ったのでここに書き付けている次第。

* * *

試験が全部終わった昼過ぎに、ありがたくも友人からお誘いがあって、夕方から池上本門寺であったコンサートに行ってきました。
いろんな人が出てくるやつですが、一青窈さんはかろうじて分かりましたが、オリジナルラブさんはステージ上の誰がオリジナルラブさんか分からないくらい、今時の?音楽に疎い弊管理人です。周囲が総立ちで手拍子などをする中、ひとりぼうっと週末の終わりを惜しんでいました。
会場で帽子を無くしました。ううう悲しい。

2012年06月30日

6月補遺

手短に言いますと、

・結局腐りっぱなしで、職場でずっとイライラしてます。クソ忙しいというのもあり。
・私生活に関しては元気が回復してきました。
・小バエと格闘してました。途中から導入したホイホイの威力がはんぱないことを確認しました。
・群馬県日帰り出張とかしてました。
・大学のときの部活の友達と久しぶりに飲みました。5人中、弊管理人を除く4人は子持ちになっており、しかし全く老けておらず、ロン毛から坊主に・スリムから小デブになっていた弊管理人が一番変貌していましたとさ。
・ごっつぁんチケットでサントリーホールにてスロバキア響。ありがたや

■ドミニク・カルドン『インターネット・デモクラシー』トランスビュー、2012年。
ネットは平板なようでいて、明るいところと薄暗いところがあって、弊サイトのようなところは薄暗闇でぶつぶつ言っているというわけでございます。まあまあ面白い。

■中嶋彰『現代素粒子物語』講談社、2012年。
いや、よくここまで噛み砕きながら書き上げたと思う。そして情報が新しい。

2012年06月20日

渡英という目標が上旬に消滅してしまってから、本を読む気も、ものを考える気もなくなっています。ピアノには触ってないし、料理したくない。運動したくもなくなったし、服を見に行こうと思うこともありません。仕事をする気もありません(しないと迷惑を被る人が多いので最低限やっていますし、オファーがあれば請け負っていますが、本当は全てやりたくないです)。会社に向かう電車に乗るのも嫌ですが、今日、休みを取ってみても何もやることはありませんでした。常に具体的でない何かに対して怒っており、先の計画を立てるのがばかばかしくなり、これ以上日々を過ごすのが嫌になっています。かといって代わりに何をというのもありません。こういうの、困るんだけど。いつまで続くのかなあ。

(本エントリーに関してはレスポンス謝絶)

2012年05月18日

NDLカレー

国会図書館のカレー、500円。
新宿中村屋とコラボしたそう。
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意外とうまいw

加藤紘一先生発見。
プリンスがひとりめし。さびしい。

2012年05月05日

おつきみ

スーパームーンだって。
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コンパクトデジカメでもわりと撮れるねえ。
ちなみに、日の丸みたいにトリミングしようとしたら、うっかり国旗国歌法の特例(附則3)のほうのサイズにしてしまった。ちょっと丸がでかいんですよね。

きょうは2年ぶりに、東京国際フォーラムでやってるラ・フォル・ジュルネに行ってラフ3を聞いてきました。
もちろんこの曲は弾ききるだけで拍手ですが、無難で一本調子。語るほどの演奏でもなかった。この曲が持つカタルシスを引き出すなら最後に減速しちゃだめだよ。
あと、いっぱい人が来るイベントだからしょうがないけど、お金の匂いとかオーガナイズの悪さとかで元気なくなります。たぶん弊管理人はこのイベント嫌いなんだと思う。

【翌日追記】

このあと、吐くまで飲みました。
6日の予定をいっこキャンセルしました。

2012年05月01日

連休前半

休みは始まりが楽しい。

■初日の土曜日(28日)はちょっと仕事をし、そのまま酒場へ。

■日曜、月曜と田舎に帰ってきました。
↓筍を探しに行く父方のばあちゃん。
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じいちゃんに初期の胃がんが見つかり、5月中旬に手術の予定だそうです。90歳なので体力的にどうかという懸念はあるが、しかし切って治るなら切ってしまってもいい気もする。
父はおばあがちょっとおかしくなってきたかもと言っていましたが、弊管理人が見る限りはそうでもないなあという感じ。

↓母方の実家でおばさんの手料理と寿司。3月に父が定年を迎えたのでお疲れさん会とのこと。
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おばさんによると、91歳のばあちゃんが「いよいよダメになってきた」というのですが、弊管理人が見る限りはそんなに変わってないんじゃないかなあ、という感じ。
10数年前、ご飯を食べたこの部屋には3家族12人が集まって入り乱れながらわいわいと食事をしていたのですが、鬼籍に入る人、遠くに住む人などが出て半分以下に減りました。しかし、新たに参入する若い人というのがいなくて、平均年齢がそのまま+10数年になりました。
ほぼ最後に残るのは弊管理人だろうと思います。どうソフトランディングする(=あまりあわあわしないで死ぬ)かが課題です。

■そういえば以前、看取りビジネスというのを考えたことがあります。看取ってくれる人のいない人から、必要経費+遺産を報酬としていただくかわりに臨死期と死後の身辺整理をするというもの(医療や介護のサービスとは別)。病院なら死亡宣告に立ち会い、自宅で亡くなったら医者を呼んで死亡確認をしてもらい、役所の手続きをし、生前に作ったリストに従って通知したい相手に死亡を知らせ、遺体の骨を拾ってお寺に納める(跡形を残さないため散骨をデフォルトにする手もある)。あとは家財の処分。

このあたりは生前に、手取り足取り指導をしながら詳細に遺書を書いてもらうとか、お棺に入れてほしいものと処分していいものを分別するなどの準備をしてもらっておけばできるでしょう。

よくわかんない業者がやるとネコババや契約違反などが恐いという思いはあるでしょうから、実績のある大手葬祭業者がやるか、法律事務所が下請けを使ってやるかの形がいいと思う。まあこの人たちだって大丈夫というわけじゃないので、外部の目をどこかに組み込まないといけないんでしょうけれども。

ちょうど、男性の2割以上が生涯未婚、というニュースをけさ目にしました。

■twitterで、完全友達づきあい用アカウントを開いてみました。
これまでの、開くたびに人の攻撃性みたいなものが充ち満ちていて気の重くなる情報収集用アカウントとは全然風景が違って、楽しい。

2012年04月09日

だめ押しの桜

新宿中央公園

下から
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上から
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2012年02月07日

センとふくしま

1999年8月、滞在中のニュージーランドはオークランドにジャック・デリダが来てレクチャーをしました。イベント名は「Derrida Downunder」……当時オークランド大学で「20世紀フランスの思想」という授業をやっていたRobert Wicks先生「(Downunderはオーストラリアやニュージーランドを指す言葉なので)そのまんまやないけ、というお声もありましょうが、これは物事の深層down underに深く入っていくということでもありまして……」と変な弁解?をしておられたのが楽しく思い出されます。当然ミーハー学生だったので、なんと2000人近く集まったタウンホールに見に行きましたけど(確か切符は10ドル=550円くらいだったかなあ)。

でまあ、変わらずミーハーでして、今日はこちら、行ってきました。
録画はここ

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アマルティア・センの講演。

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2012年01月03日

正月休みの終わり

暮れの12月27日から早々と休みに入り、本日3日でこの正月休みもおしまいです。
いや、今週は5日にシフトが入っているだけで明日4日は強いて何時に職場にいるべきということもないのですが、まあ色々の片付け作業もありそうだし出たほうがいいよね、ということで出社します。

元日、2日は都内待機要員だったのですが、元日の夜に入った仕事を在宅で処理したほかはだらだらと過ごすことができ、結局8日間にもわたる(昨年の夏休みよりも)長いお休みになりました。

「飛び抜けておいしいものに出会った」ということはなかったけれども、昨日煮たキャベツとジャガイモの味噌汁は懐かしい味になったし、帰省中に父が用意してくれた朝食のニラ玉には時間を一気に15年巻き戻されました。

本を何冊か読みました。人生がひっくり返るほどではないが、いずれも面白かった。
元日のスポーツクラブはおおむね気持ちよかったのですが、前日の深酒のせいか意識が遠のく瞬間が2度ほどあり、ちょっと焦りました。

今日は、久しぶりに会って話したい人に約束を取り付けて、お茶を喫みながらゆったりと2時間以上話せました。
まえに酔った上でちょっとひどいことをしてしまい、あちらはそう怒っていなかったようではありますが、弊管理人は後日謝ったものの深く反省してしばらくお誘いを控えていた人でした。そういうわけなので、今日はあらためてそのときの話などはしませんでしたが、普通に他愛もない話ができたことで安堵しました。

東京は期間中だいたい晴れていて、昼間は日が当たればそう寒くないですが、夜は厳しく冷える日ばかりでした。
昨日はバイクで15分ちょっとのところのスーパー銭湯に行って体を温めてきました。
今日はちょっと耳が熱いので、大事を取って葛根湯でも飲んで寝ようかと思っています。ここ数年1、2月あたりに一度、大きな風邪を引きます。それくらいの頻度なら風邪は体をリセットするチャンスだからと歓迎しなくもないのですが、今年の場合は週末から少し長く家を空けるので、その用事が終わってからにしてほしいなあと願っています。

日差しはいつの間にか春を窺わせるものになっていました。これが唯一あまり好きではないものでした。折角走りきったあとに、また次の長いタスクが始まってしまったことに立ちすくんでしまいます。

2011年12月27日

答え合わせ2011

今年ああだこうだと書いたこと、結局どうだったか。

1月23日

で、きのう、とうとうバイクにETCをつけました。 夏に、支払い用にポケットに入れていた1000円札が高速走行中に飛んでいってしまい悔しい思いをした時から、取り付けを考え始めていました。年末には高速道路料金に関する国交省案が出ましたが、どうも一律無料とか一律料金とかに完全にはならないために、曜日や車種による複雑な判断を避けるとの名目で引き続きETCは割り引きを受けるために必要そうな雰囲気だったことに背中を押された気もする。 「とうとう」というのは、バイクの場合はETCの機械に耐振動とか耐水とかの機能が必要になるのと、おそらくマーケットが小さいために、取り付けにかかる費用が四輪の倍以上(3万-4万弱)になるため、それなりの決断がいるからですw

↑結局高速無料とかは絵に描いた餅になってしまい、ETC導入の経済的メリットはあまりなかった。しかしちょいちょい財布を出さなくていいのは楽なので、まあつけてよかったかなと。

2月24日

・日本でこんなことがあったら、個人情報保護がうんちゃらとか言って死者・行方不明者の情報が出てこず、安否確認が進まないんじゃないかとちょっと不安。

↑ニュージーランド・クライストチャーチの地震についてこんなことを言ってましたが、そのすぐ後にあった東日本大震災では個人情報保護どころではなかったですね。

4月18日

空気を読む力が自分にどれだけあるのかはかってみるため予測をここに書いておきますが、 今回の原発事故を経ても、日本はすぐに脱原発をすることはできない気がします。

↑さあて、今年一番の問題作。

・現時点では汚水をだらだら流しながらではあるが、水を原子炉に注入して徐々に炉を冷やすことができている。想定外の事故でポカが続いても、それでも一定の対処ができることは示されてしまった(電源喪失が長く続いても、指をくわえてメルトダウンを待つことにはならなかった)

↑メルトダウンの可能性は地震の翌日にはもう言われているので、たぶん上記日記は勘違いしてる。ただ手が付けられない状況→首都移転、みたいな状況の回避は確かにできたね。1基で格納容器爆発あるいは燃料プール瓦解で近づけなくなる→そのために他号機での作業もできなくなり、連鎖的に手が着けられなくなる→首都移転、みたいな「最悪の中でも最悪の状態」への分岐点はいろいろあったが、そこまでにはなってない。

・どうやら津波という一つの要因で複数の非常対応システムがイカレてしまったようなので、逆にいうと津波の対策をしっかりやればより安全だという論理が通ると思う。

↑推進の役所と事業者は結局、全くもってこの通りのことを言った。

・事故の検証は求められているしそのうち始まるだろうが、当然役所がその場を設定するので、「だからもうやめとこう」という結論ではなく「ここを改善すれば安全性が高まります」って話になるに決まっている。

↑確かに政府事故調はまさに「政府」が場を設定したものの、実務を担ったのは司法官僚だったので、出てきた中間報告書は刑事事件の冒頭陳述さながらの「そこまでいうか」的な後知恵による批判のオンパレードでした。弊管理人の見方が甘かったといえるが、しかし期待以上のものはでてきたともいえる。

・そのうち絶対誰かが「一人の命も奪われないまま得られたこの貴重な経験によって、原発の安全対策はさらに完璧に近づいたと、私はあえて非難を恐れず言おう」って言う。

↑おおっぴらにではないが、ある学者が言った。

・脱原発がいくつかの国で進むと、新エネルギーを利用できるほどの基盤整備ができてない国はとりあえず原油や石炭の争奪合戦に走るので、不安になって「やっぱり原子力」っていう合意は(一応役所と事業者をスケープゴートにしつつ)形成されやすくなる。

↑再生可能エネルギーのポテンシャルをやや侮ってた感はありますな。でも石油依存の度は、展望のないまま上がってるのが現状。経済界はもちろん、被災地から遠いところへ行くと「そうはいっても原子力」って言う立地自治体首長もいますね。

・福島第1はいま冷温停止の5、6号機まで含めてジ・エンド、だが福島第2はヘタすると再稼働(知事をどう説得するかが鍵)。5年以内の動きは、西日本はあまり危機感を共有していなさそうなのでいくつかの新規建設は話が進む。一方、東日本では新規建設はたぶん話題にもできない(作らない、のではなく予定地の心情的要因で無理)。でも動いてるのを止める話にはならない。

↑かなりハズレ(恥)。福島の知事が県内全原発の廃止を言った。「こんなことがあってまだ原発を容認する県」というイメージが復興の妨げになるという考え方はなるほどだ。新規建設はもう無理。動いてた中でも、浜岡が政治の力で止まった。ほかも順調に定検停止してますが、ストレステストを経た来年の再起動がどうなるか。

・ついでに、暮らしはちょっと地味になるかもしれないが、大きな社会変動が起きるかについても弊管理人は懐疑的です。あいかわらず各セクターのお金くれコールで今年度並みの規模の予算が来年できたら「ムリ」が確信になります。

↑悲観的だねー。この日の日記は全体的に悲観的すぎたけど、予算規模をみると現実のものになる気がする。東京の夜はすっかり明るくなってしまい、その周辺にまだ残る灯りのなさが見えなくなってきている。

9月25日

9月に入って、たいへん調子が悪い。 こういうときに大事な案件の意思決定をしたり、頭を使う仕事を引き受けたりするのはとても危険。でもあまり先延ばしにもできないことが多いので、早く脱することができればと思っています

↑11月くらいまであまり調子が出なかったけど、そのあと回復した。「できなけりゃできませんでいいわな、時には」と思えることが大事と。

■10月31日

昨夜9時半からけさ8時半まで11時間寝た。 天気よし。

  も の す ご く 体 調 が 良 い 。

↑全体的に元気に過ごした今年の中でも、飛び抜けて快調だった日wwwww

12月4日

■東浩紀『一般意志2.0―ルソー、フロイト、グーグル』講談社、2011年。

ついこのあいだ、ラジオで鈴木謙介さんが「この本は、政策立案などを担う少数の人たちが、内輪ウケではなく外部の他者の目に耐えうる議論をしているのかどうかを、”一般意志”に晒されることでテストしてみろや、と主張しているものと思って読んだ(大意)」と話しているのを聞いて、うまいと思った。そう、ローティに触れてる部分で明確にそう言ってましたよね。
この本を読んでから、ナイーブに「熟議」を称揚する本をするっと読めなくなった。なんか物知りな人からは「へっ」って鼻で笑われそうですが、それでもやっぱり重要な本だと言っておく。

■全体的に

「あれ食った」「ここ行った」ばっかですな。
意識的にそうしてたんですけど。
なぜかというと、弊管理人が独りであれこれ考えてることって大体当たってないので、そんなこといっぱい書いといてもしょうがないからですw

2011年12月24日

草枕と年末

新宿3丁目、カレーの「草枕」。
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タマネギ1個と、いろんなスパイスでできたカレー。インド風。スープカレーほどしゃばしゃばしてない。
今日は「海老とプチトマト」4辛(1~10まである。いわゆる辛口よりちょっと辛いくらいらしい)、ごはん大盛り(+0円)。930円。

    うまい、これ!!!!

トマトと、海老と、福神漬けと。どれと合わせて食べるかで味がけっこう変わります。飽きずに食べきれる。ごはん大盛りでちょうどルーと合うくらいの量。おなかいっぱい。しあわせ。

今年の冬休みは12月27~31日。休み前の26日は今年の総決算みたいなてんやわんやの一日になりそうな感じもしますが、この、なんというか、毎年のことですが、年末のどんどん差し迫ってくる感じは嫌いじゃないです。むしろ年が明けて急に間延びした感じには茫然としてしまう。

もう言うまでもなく3月をもって自分の環境も世の中も全然変わっちゃった年でした。1年の過ぎるのが猛烈に早かった気がする。
いっぱい嫌な思いもし、11月くらいにはかなり気分が落ちたりとかしていましたが、いろいろ勉強もした(させられた)し、いっぱい仕事もした(納得いくものは少ないけど評価されたものはそれなりにあった)ので、今日現在で振り返れば今年の総合評価は100点満点で74点。

何回か書いた気もしますが、自分でいろいろ課題を見つけて解いていくタイプではないが、課題をこなすのは嫌いではないほうなので、今のように、ある程度のお金を与えられながら勉強や苦労の機会がどんどん降ってくる人生はそう悪くないのかもしれません。しかし相変わらず、そのレールから脱線したときの生き方というものもあれこれ考えた1年だったように思います。来年、答えは出るかな?出ないか。迷うのが趣味みたいな人だしね。まあいいや。

たぶんまだ年内に何回か日記書きます。

2011年11月27日

バランス

既に記憶は薄れはじめているが、けさ起きるまで見ていた夢。

友人・家族何人かと車で外出して、神社のようなところへ行った。
友人の一人が弊管理人の顔を見て「お祓いしてもらったほうがいいよ」という。
場所が場所だけに手近に申し込めるところがあり、お祓いを申し込むが、始めるまでに20分ほど時間がかかるという。
その間、みるみるうちに体のだるさが襲ってきて「死にそうな感じ」に包まれる。
ふと事務所の奥の方から、郷里の母方のおばあちゃんが出てくる。
弊管理人の体を触って「死ぬよ」という。
うそー、やっぱり!?という恐怖と、あがく気持ちでいっぱいになる。
視界にテレビ放映終了後の砂嵐のようなものが重なり、気が遠くなっていく。

ここで目が覚めてみると、両手を頭の下に敷いて仰向けに寝ており、手から腕のほうまでびっしり痺れている。目覚める少し前から「これは夢で、起きれば助かるはずだ」と思っていたので、目覚めて一度ほっとしたものの、どっぷりと疲れた朝になった。

前夜に少し嫌なものを見、そのあと酒場でいつも以上に楽しく飲んで、まあ今日の収支はプラスだったかなと思うことにして帰る途中、また嫌なものを思い出してちょっと投げやりな気分になっていたのだった。
こういうとき、逃走体質の弊管理人はこの世を含めたすべてから降りたい気持ちになりがちなのだが、体はすかさず、こうして自らが持っている生への執着をまざまざと上映して見せ、バランスを回復させる。

20代の初めの学生時代に文科系の簡単な本を読み始めた弊管理人だが、学校を出て就職した会社では、理科系の人が仕事相手になるセクションを選んだ。このところは、出勤日の多くと休日の一部を理科系の言葉を投げ付けられながら過ごすなかで、理科系の環境を中和する=反理科の方向に振る力として、文科系の本を求める気持ちが維持されているような気がする(最近、だんだん買ったけど読んでない本がたまってきている)。

閑話
生きると死ぬは連続、理科と文科の区別は無意味という突っ込みはあり。
しかし、多くの人がある連続したものをいくつかに分けて語るときは、分けるに足る何かがあるはずだ。虹を3色に分けようが7色に分けようが構わないが、3にも7にも分けられるということは、分けることに意味がないということには結び付かない。そんなことで、暫定的にではあるが区別を引き続き使おうと思う。
休題

いくつかの極のうち一つに向かうと、それを引き戻す力が無意識か、意識ぎりぎりくらいのところで立ち上がって働く。そのため、ある極に近づいていくことと、その極に達することにはものすごいギャップがあるように感じている。自殺をしないのも、信仰に存在を差し出さないのも、ひとつのことを究めないのも、そのためだと考えている。

「極端から逃げる力」も、「極端に到達しないことができている」と「極端に到達することができない」の2通りの言い方ができる、と一度は思った。たとえば自由が、束縛からの解放/紐帯の喪失というプラス/マイナスの2面を持つというようなことが頭にあったせいか。しかしこれは違う話で、逃げる力は作動させようと思って作動させていないので、実情は「極端に到達できるけれどしない」のではなく「単に到達できない」に過ぎないようだ。極から逃げているのではなく、逃げさせられているだけだという不自由が明らかになる、そこで逃避から逃避したい気分さえ喚起される。面倒で貧乏くさい力だ。お世話にはなっているけれど。

2011年10月31日

10月晦日

昨夜9時半からけさ8時半まで11時間寝た。
天気よし。

  も の す ご く 体 調 が 良 い 。

頭は働くし、やることはサクサクこなせるし、時間は有効に使えてるし、2時間半の会議をまんじりともせず乗り切った。
やはり人間は(少なくとも弊管理人は)夜寝ないとだめだな。
といって絶不調で幕を開けた10月を締めるのだった。

2011年10月10日

秋の帰省

弊管理人は今年、5月の連休も夏休みも帰っていなかったので、この連休でえいやと長野に帰省しました。
目的は(1)本家に一人住まいのばあちゃんの寝室のテレビを地デジ化する(2)父が買った家を見る―の二つです。

去年のエントリーに終の棲家(?)を探す父の話を書きましたが、定年まであと半年余りとなった今年の夏、父はとうとう長年の借家暮らしを終えて自分の家を持ちました。弊管理人が生まれてから9カ所目(あ、10か?)でゴールインといった感じです。

親戚筋の持ち物だった中古物件を直接購入して多少のリフォームを施したとのこと。造りが変だとか庭がほとんどないとか階段が急だとかいろいろとこぼしてはいましたが、風呂もトイレも台所も分譲マンションのそれのようになっていて、あとは大きな冷蔵庫だのLEDテレビだのドラム式洗濯機だのを新調して、かなり暮らしやすい室内になっている印象です。

8畳の居間の隣の6畳は洋室に改造した上で書斎にし、壁一面に本棚を造ってありました。放送大学の学士課程もあと1年ちょっとのようで、だいぶいろんなジャンルの本が並んできてます。終わったら当然のようにスクーリング+通信の院とかに行きそうな気がしますが、どうなんだろう。追い越し歓迎、仕事やめた途端に萎まないでいただきたい。男未亡人はリスク大きそうなので特に心配です。弊管理人が郷に帰るのはまだ数十年先だよー

さて、父方の祖父母の家にも顔を出しました。
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同じ町内ですが、河岸段丘のあっちとこっちの関係。川を越えて海抜700mまで登坂。すっかり秋。
弊管理人が来るというのを聞いて、ばあちゃんがいろいろ用意してくれていました。
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そのへんに落ちていた栗、手製のこんにゃくとちくわの煮物、ささげのごまあえ、など。
手製のこんにゃくは、なぜか味の染みがよくて、とてもおいしい。
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それから今年は少し出るのが遅かったようですが、山で取れた松茸をもらってきました。
こんなに食べられないよー、というわけで母方の家に半分置いて3本ほど東京に持ち帰りました。明日は炊き込みごはんとお吸い物だな……

2011年10月02日

10月のつれづれ

きのう、ちょっと街に出て友人とお茶をして、そのあと帰りしなに行きつけの飲み屋さんに行った

まではよかったのですが

夕飯食べずにお酒を呑み始めてしまい、しかもその一発目が

   居合わせた人になぜかごちそうになったテキーラ一気
   そのお返しで自分も含めテキーラ一気
   からの
   ウォッカ責め

で、泥酔。
弊管理人は、自分で知っていますが、泥酔すると、普段はおおむね押し込めていられている汚い+キモチ悪い部分がいっぱい出ます。
だから、あまり仕事関係では呑まないのです。

そんな中でも、「マインドB」(超自我みたいなやつ)が頑張ってコントロールし、ちょっとうるさくてちょっと迷惑でだいぶ陽気な酔っぱらい、くらいで済んだのではないかと思います。

マンガかコントの酔った人みたいになって、コンビニでウコンを買って飲み(さっきかばんの中を見たら、濃いほうの製品の空き缶が入っていた)、終電で帰り(さっき携帯見たら、どう辿り着いたのかわからない終電検索の画面になっていた)、トイレでしばらくうずくまって(吐くかと思ったら吐かなかった)、歯も磨かずに寝ました(初めてかも)。

記憶がまだらに残っています。クレジットカードのキャッシングでまだお金を引き出して呑もうとしていた形跡があり、どうも失敗したため終電で帰ったようです。ほんとうに拒否ってくれたATM(複数)に感謝しています。

一日して、脳はかなりやられてる(耳の聞こえが悪いのと、視力の低下)感じはありますが、内臓はウコン服用と、相性の悪い焼酎を避けたおかげで無事でした。かぼちゃを煮て、生姜焼きを作って、納豆や漬け物と雑穀ご飯で昼飯。ハンパに壮健です。午後はちょっと調べもので品川に行ってきました。

最近、痛飲は自分なりの自傷行為なのではないかと思います。何を攻撃しているのか、何を罰しているのか。これはちょっと勉強してみてもいい、わりと面白い題材かもしれない、とマインドBが言っております。

休日は嬉しいが、危険でやっかいな自分に直面する。むしろ仕事をしている時間にこそ、睡眠と同じで、やっかいさと向き合わないで済んでいるのかもしれません。

2011年07月29日

浮上するかどうか

実は弊管理人の7月はアイドリングを決め込んでいました。

ひとつは環境的な要因で、震災発生以来続いていた日々に追われる情勢が少し落ち着いてきて、月あたまのちょっと大きな仕事を過ぎてからは少しメインの仕事からのフェイドアウトが可能な状況になっていたこと。

もうひとつは身体的な要因で、ほぼ同じことなのですが、震災発生以来続いていた日々に追われる情勢が少し落ち着いてくるのと同調してか、考え疲れた頭が考えるのを拒否するようになっていたこと。

で、ここへきて8月になったら少しまた浮上しようかなと思い始めました。
3日から9日まで夏休みをとってあるのですが、まだどこに行くかは決めてない。というか、どこかへ行かなければいけない気がずっとしている状態がなんか嫌。いっそ近辺で浮上に向けた情報収集でもしていようかしらと思っているくらい。さてどうしよう。なんとなく、今のご時世そこを訪れないとものを言うことが許されない的な空気のある東北へ向かうのもありかもという気も。

2011年07月01日

あわわわ7月だ

どうもここ5年の様子を見ていると、6月のエントリが少ない。
なんでしょうね。
今年の6月は、生まれて初めての福岡に出張で行けたり、新しいことを知れる仕事があったりと、それなりに楽しく過ごしていたのですが、日記を書こうという意欲があんまり湧きませんでした。

* * *

最近、お話をうかがっていた化学の方が「フラスコで反応を回しているときに……」という表現をされました。
以前、よく知ってる社会科学の方が「SPSS(統計解析のソフト)回して……」という表現をしていたのを思い出しました。
何かが動くって、回転するイメージになりやすいんでしょうかね。

* * *

ちかごろ、いくつかイヤなことがありましたが、記憶力を落とすことで対処。「意図的に頭の中にもやをかける」という技術を最近習得しつつあります。
一方、ちょっといいこともありまして、それを反芻しながら楽しんでます。
でもちょっとまだイヤなことを封じるやり方が完璧ではない。

2011年04月26日

絶唱

キャンディーズが解散した年に生まれたのでスーちゃんに対する40-50代の思い入れは共有できない(というか3人の誰が誰だかわからない)のですが、葬儀で流された1カ月前のボイスメッセージはこたえた。以下全文を。

 こんにちは。田中好子です。今日は3月29日。東日本大震災から2週間たちました。被災された皆さまのことを思うと、心が破裂するように痛み、ただただ亡くなられた方々のご冥福をお祈りするばかりです。/私も一生懸命、病気と闘ってきましたが、もしかすると負けてしまうかもしれません。でもその時は必ず天国で、被災された方のお役に立ちたいと思います。それが私の務めと思っています。/今日お集まりいただいている皆さまにお礼を伝えたくて、このテープを託します。キャンディーズでデビューして以来、本当に長い間お世話になりました。幸せな、幸せな人生でした。心の底から感謝しています。/特にランさん、ミキさん、ありがとう。2人が大好きでした。/映画にもっと出たかった。テレビでもっと演じたかった。もっともっと女優を続けたかった。/お礼の言葉をいつまでもいつまでも皆さまに伝えたいのですが、息苦しくなってきました。/いつの日か、妹の夏目雅子のように、支えてくださった皆さまに、社会に、少しでも恩返しができるように復活したいと思っています。かずさん、よろしくね。その日までさようなら。

こたえたというのは、もう8年も前になる近親者の死の前後の記憶に重なり、最近はおかげさまで思い出すことも少なくなった、あの一瞬にして腰から下の力が全部抜けるような感覚が蘇ったからです。

ポイントの第1は、この文面からはわからないが、死の床にある人の声色です。
わりと死に際まで人にあったりビデオメッセージを残したりする有名人は多いのですが、本当の最期にさしかかると発声がこの世のものとは異質になって、音が出るぎりぎりの風量で吹いた笛のようなかなしい音になります。それを聞くことはそう多くないです(あ、でも医療関係の仕事の人だとよく聞くかもしれない)。

第2は、「もしかすると負けてしまうかも」というくだりです。まさに死の4週間前に電話をかけて話したとき、それまでなら「どうよ?」と聞いて「まあぼちぼち」的に返すやりとりだった相手が「だめかも……」と答えたときのざわめき。それまでもときどき顔を出していたフレーズが主旋律となって現れる、終楽章の始まり。

第3は、「映画にもっと出たかった」。未練を残さずにさっぱりと逝くことのできない死にゆく人の現実。それが葬式で再生されることを知っていてなお、未練を伝えずにおれない、虚勢を張る隙さえない、その切迫した現実感。

もしも死ぬなら、という想定は生きているうちのいつだって可能で、用意をしておくこともいつだって可能なのですが、備えるのと臨むのはえらい違いです。人間の死亡率は100%だのメメント・モリだの言っている人も、余命宣告を受けたときに突然、人が変わるかもしれない。それくらいの強いインパクトをときどき垣間見て、しかし朝方の夢のようにすぐにさっぱりと忘れて仕事に出掛け、軽口を叩く。でも何かがこびりつくよね、こびりつく。今朝は。

2011年04月18日

鳥与志ふたたび

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久しぶりの虎ノ門ランチで、鳥与志の焼き鳥丼。
鳥モツと正肉とつみれを焼いたの、それにそぼろが載っています。香ばしくてうまいです。色合いが悪いのはしょうがない。店内もちょっと暗めなのでレタッチでなんとか見えるようにしてます。前にもエントリー作りましたが、そのときは携帯カメラだったので今回はちゃんと。

地震以来、本や旅行や音楽の感想がほとんどなくて、なんかつぶやきみたいなものと食べ物の話ばかりになってしまいました。ひとえにここ一月の生活のせいだと思います。

突然、それまで全く触ったことのなかった分野の仕事を主にやることになってしまい、それ関係のものすごい量の資料を読む毎日だったので、それ以外の字を読む気が起きなかったのですね。
地震の前は通勤電車で本を読んでいることが多かったんだけれども、今はpodcastやプレーヤーに入ってる音楽を聴くばかり。旅行については当然できてません。

* * * * *

空気を読む力が自分にどれだけあるのかはかってみるため予測をここに書いておきますが、
今回の原発事故を経ても、日本はすぐに脱原発をすることはできない気がします。

・現時点では汚水をだらだら流しながらではあるが、水を原子炉に注入して徐々に炉を冷やすことができている。想定外の事故でポカが続いても、それでも一定の対処ができることは示されてしまった(電源喪失が長く続いても、指をくわえてメルトダウンを待つことにはならなかった)。

・どうやら津波という一つの要因で複数の非常対応システムがイカレてしまったようなので、逆にいうと津波の対策をしっかりやればより安全だという論理が通ると思う。

・事故の検証は求められているしそのうち始まるだろうが、当然役所がその場を設定するので、「だからもうやめとこう」という結論ではなく「ここを改善すれば安全性が高まります」って話になるに決まっている。

・そのうち絶対誰かが「一人の命も奪われないまま得られたこの貴重な経験によって、原発の安全対策はさらに完璧に近づいたと、私はあえて非難を恐れず言おう」って言う。

・脱原発がいくつかの国で進むと、新エネルギーを利用できるほどの基盤整備ができてない国はとりあえず原油や石炭の争奪合戦に走るので、不安になって「やっぱり原子力」っていう合意は(一応役所と事業者をスケープゴートにしつつ)形成されやすくなる。

・福島第1はいま冷温停止の5、6号機まで含めてジ・エンド、だが福島第2はヘタすると再稼働(知事をどう説得するかが鍵)。5年以内の動きは、西日本はあまり危機感を共有していなさそうなのでいくつかの新規建設は話が進む。一方、東日本では新規建設はたぶん話題にもできない(作らない、のではなく予定地の心情的要因で無理)。でも動いてるのを止める話にはならない。

・ついでに、暮らしはちょっと地味になるかもしれないが、大きな社会変動が起きるかについても弊管理人は懐疑的です。あいかわらず各セクターのお金くれコールで今年度並みの規模の予算が来年できたら「ムリ」が確信になります。

* * * * *

で、今日は昼にあれだけ鳥を食べたのに、夜、唐揚げと焼き鳥を買って帰ってしまいました。どうしたの、弊管理人。

2011年04月04日

勤続10年

3月末で今の会社での(といっても新卒で入ってそのまんま居座ってるんだけど)勤続がまる10年に達したということで、14日間の休日と、記念品代名目で数万円いただきました。

先日来書いているように地震があってからというもの、弊管理人が現在所属している普段はおじさんが多くて比較的のどかなセクションが鬼のように・しかもいまだ出口の見えない忙しさになっていて、全国から何人もの若手に応援に来てもらったりしているのですが、若さが現前するとなんか圧倒されますね。遠くまで来てしまった(笑)

振り返ると、
1-2年目は仕事を覚えるので過ぎていった。怖いもの知らず時代。
3-5年目は最も野心的に仕事をした。環境にも恵まれて楽しかった。
6-8年目は私生活は楽しんだ。仕事は方向性を喪失した。(ここから30代)
9-10年目は忙しくなったので走りながら考える毎日。楽しいこともそれなり、なにより勉強になることが多い。

ひとを使って仕事をするなんてもってのほか、チームの一員として仕事をするのも苦手だというのは当初から全く変わっていません。では完全にフリーな立場に置かれれば勝手に仕事をとってくるタイプの仕事ぶりかというとそうでもなく、一定の枠をはめられることで(その枠への反発も原動力の一部としながら)課題発見とリサーチと加工とアウトプットを行えるようになるタイプなのだなと感じています。
そんな性質なので、ちょっとゆるい・わりと大きな組織で、ルーティンワークと自由課題がブレンドされて迫ってくるという環境から抜け出せないまま、うかうかと10年過ごしてしまったのでしょう。この組織によってさらにそういう人に成形された面も否めないけど。

まあ現下の情勢では14日間の休みを使うあてはないですけど、会社側からは「この休みは勤続20年の前日まで有効なので、どっかで使えばいいじゃん」と言われました。ゆるいねー

* * * * *

今日は休みでした。
布団を干して掃除をしてシャツにアイロンをかけて、
布団を取り込んで寝床を作って2時間ほど寝て、
友達と夕飯を食べてちょっとお酒を飲んで帰ってきました。

2011年03月31日

tukareta(翌日追記)

なんでこのタイミングなのかよくわからないが、体がやばいやばいと言い出したので、今日は職場から早く帰ってきました(っつっても20時上がり)。たぶん疲れがたまったため。

症状は首こりと体の重だるさ。眠いかも。
葛根湯飲んで寝ます。
さよならいろいろ大変だった2010年度。

【翌日追記】
葛根湯のドリンク飲んで布団に入ると、1-2時間はがたがた震えていたのですが、しばらくすると体が温かくなってきて翌朝(11時間後)にはほとんど復活できました。
正月にもこんなことがあり、やはり電気毛布を最高にしても震えが来る39度の熱が一晩で微熱くらいまで抑えられました。ほんと葛根湯は自分に合ってる感じがする。
ちなみにこの薬は中程度以上の体力がある人向けで、治る力を助ける、そんな効能なのだそうです。

2011年03月28日

ひとり花見

24日に休みをもらったものの外せない予定で午後から出勤したら、今月まだ1日しか休んでいないことになっていたらしく、労務管理上の問題があるとして上司から「強制休養」が言い渡されたため、今日は休みになりました。

そういえばそろそろお花見の季節じゃない?と思っていたら、今日は東京で桜の開花宣言が出ました。
新宿御苑でひとり花見してきました。
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今日はよく晴れていて、早めに咲いた桜のほか、ボケも花をつけていました。
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缶コーヒーを買って歩いていたら、メールでちょっとした問題が入ってきたので、ベンチでしばらく電話。そうこうしているうちに、もう閉園の放送が鳴り始めたので退散。

そのあと、明るいうちから酒場で5時間くらいお酒を飲んで帰ってきました。
布団を干せばよかったな。
まあいいや。
1日休んでしまうと、仕事のモチベーションがうなぎ下がりします。

2011年03月13日

3.11の記録(随時追記)

【23日】
・会社での配給は今日でおしまいだったようです(他部署は昨日でおしまいだった様子)。

・ところで原発の危機に関して医学、工学系の研究者がわんさかメディアに登場している。この人達が表向きどう言っているかとともに、みんなが見てないところでどう言っているかも少し知っているのだが、このたび自分がその知識において何か言ってくれと頼まれているというのは「降ってきた(←→選び取った)機会」なのにもかかわらず、とても自分が発言することに対して使命感を持っており、限られた時間で調べてわかることは調べ、調べても今の時点では分からないことはせめて一般論からの類推でなんとか見通しを与えようという意志を感じた。「自分は正しい知識を持っています」という理系っぽい自負がいい形で現れるとこうなる。

・葉っぱものと牛乳と現地飲み水の問題に続いて、今日はトーキョー水パニックとか赤ちゃん内部被曝マップとかが出てきて明日からまた大変な世の中なんだろう(子持ちの同僚はエビアン箱買いして担いで帰って行った)。しかし100mSv/年でがんのリスクが+0.5%とか聞くと、いいから牛乳とかほうれん草とか被曝量の情報付きでとりあえず出荷して、買う方に判断させてくんないかな、と思う。リスクのわずかな上昇とモノ不足を天秤にかけるなら前者を選ぶよ、とりあえず。

・弊管理人は地震からこっち通しで働いてきたが、明日は1日休むのでこのエントリはここで一区切り。つまり終わる。

(24日1:10追記)

【22日】
・11時近くに起床、12時出勤のはずが社員証忘れて戻って30分遅刻。
・知らないことを勉強しつつ1日の終わりにはアウトプットしなければいけないのはいつもの通り。いつもテストの答案を提出したあとのような、「あれでよかったのかね」というもやっとした疑念がある。

・今回の一撃で、最初のころに熱にうかされたようになった(→被害を受けなかった)人たちが予期したマクロな変化というのは、ひょっとしたら訪れるのかもしれないが、しかし急には来ないと思う。
・前よりも使う電力を3割減らしなさいと言われたときに、それが受け入れられるかどうかがひとつの関門だと思うのだけれど、事業者が憎い政府が悪い自治体が力不足日本のマスコミはまったくといった怨嗟の声を聞くにつけ、相変わらず依存しながら批判しながら自分は変わらないという型は健在で堅固だという印象を持ちます。
・9.11のときにも世界が一変してしまう気がし、そして実際にある面では変わったのですが、やはり日常生活は早晩訪れたことを思い出します。環境が変わる→適応する、の永久機関。

・毎日職場で配給の食事。おなかを空かせている被災地の方々に申し訳ないほど有り難いことです。でもカレー食べたい。あとアジの塩焼き(開きじゃないやつ)。
・今年上半期の流行語はシーベルトではないかと。

・「東日本大震災」という名前が一部でついた(←ちなみにこれは地震による災害の名前。地震の名前は気象庁がつけてます)ものの、東北は北日本ではないかという気も。いいけど。

(22日23:30追記)

【21日】
・朝4時まで働いて、ホテルに泊まって、8時に起きて、一日働いて、帰る。
・帰りに新橋駅の地下のスーパーで久しぶりに牛乳目撃。
・で、じゃあ地元の24時間営業スーパーにもあるかな?と思って帰ったら閉まってるし。
・自宅には米もトイレットペーパーもある。まあ当面暮らすお金もある。意外とバッファの大きい自分の生活であった。
・そういえばずっと書き忘れてたけど、地震当初から「世界一高い建物を建てようとした国って、なんかよくないこと起こるよね」と思っていた。

(21日22時10分追記)

【19日】
・職場泊まり明けですたこら帰る。
・10日ぶりくらいにスポーツクラブ行ってしまいました。

・久しぶりに昼間の街を歩いた。パン屋に行列。コージーコーナーに全く生菓子がない(牛乳が手に入らないためのもよう)。でもなぜか個人営業のケーキ屋にはケーキがあった(ので買って帰って食べた)。スーパーには納豆までない。なぜだ。
・いつもカップラーメン79円とかで売ってる激安の店が139円につり上げていた(多分、賞味期限切れ間近、みたいな安く売れるものが尽きたのだろう)。

・原発は事態がだんだん良くなっていると言われているが、まだカタストロフの可能性はけっこうあると思っている。しかし、悪条件が重なればとんでもないカタストロフの起こる可能性なんて、地震の起こる前からこの社会に充ち満ちていたのではなかったか。

・いろいろと社会が動いてない今週が終わろうとしているけれど、足下ばかり見ていた視線をちょっと上げると、今回の災厄は後片付けが大変そうだ。収入がないばかりか支出を多大に強いられた企業がいっぱいある。税収は当然減りそう。一方で国の出費は増やせないとすると、誰かの命を助ければ別の誰かの命を犠牲にするという厳しいぶんどり合戦の予算作りが6月に待っている気がする。

(19日22:00追記)

【17日】
・職場に泊まらなくていい日が続いてますが、朝出て深夜帰宅する生活は却って疲れる。
・地震当初、なんか妙にヒロイックな感じで高揚して「今こそ助け合うとき」とか「何もできない自分が悔しいです」とか「デマはだめだ、正確な情報に基づいて冷静な行動を」とか言ってた人たちがそろそろ飽きてきた感がありますな。
・電車の本数は少ないし、夜の首都高の灯火は全部消えてるし、店の中は薄暗いし、24時間営業の某ジーンズ○イトはとうとう24時間営業じゃなくなったけど、別にそんなに困らない。これくらいでもよかったのだし、これくらいで停電が回避できるならずっとこれくらいでもいいのではという気がする。
・「コンクリートから人へ」が急旋回して、復興の、コンクリートの時代がまた来そうですね。76円=1$の超円高で、商社は海外で建材を大量に買い付けているのでは。
・それにしてもそろそろ牛乳飲みたい。
・で、ものはいいようで、危機を乗り切った暁には「それでもCO2対策を考えたら原子力」「日本は資源の少ない国で」「今回を教訓とすることで原発の安全対策はより強固になる」とか言い出しそう。脱原発したら幸せになれるのかと。
・職場で配給される弁当が残っているのが勿体なくて、今日は4食摂ってしまいました(うち2食は弁当の残り)

(18日1:50追記)

【15日】
・また11時間寝て昼前に出社。
・会社最寄りの駅についたら、街頭テレビで枝野会見中継。今度は4号機か。寝て目覚めるたびに事態が悪化してる。でも駅でかき揚げ天そばを食う。
・今日は出先ではなく本社で仕事。何も知らなかった分野。一回ミスった。付け焼き刃はほんとうにこわい。でもやらざるをえない。
・幕の内弁当っておかずの種類が多いけど変化がない。食べられるだけいいけど。
・それにしても店に牛乳が見あたらない。
・会社の下のコンビニには箱ティッシュも見あたらない。これまで貯めに貯めたポケットティッシュで鼻水を処理。
・今日は深夜に帰れた。明日は午前出社予定。ねよっと。

(16日 1:20追記)

【14日】
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・午前3時半、会議室の椅子を並べて横になり、2時間ほど寝てむっくり起き出す。
・職場が揺れてももはやあまり気にしなくなっている。非日常が日常になりつつある。
・しかし、同僚とハイになってマシンガンのように不謹慎な軽口を飛ばしあいながら働いていないと、真面目に深刻に現実を受け止めないで仕事をしないと、たぶん平衡を保てないのだ。

・だらだらと弄べるのりしろがなくなった生活の中で、さまざまなノイズが消えているように思える。党派争いのノイズ、放蕩のノイズ、無関心のノイズ、吝嗇のノイズ、些末へのこだわりのノイズ。永遠の日常で蓄えた脂肪が削がれて、生活がスリムになった。そして、それでも何とかやっていけるのではないかと思えてくる。たとえば真昼のようなコンビニの照明、自動販売機、食品廃棄物がなかったとしても。
・しかしこうした生活を「みんなが」試行してみることは、平常時にはできないことだった。足並みをそろえて歩いている百人の集団を止めることは、その中の数人程度が立ち止まってみてもできない。ものすごいデマゴギーか、ほぼ全員を足止めするような大きな一撃にしかできない。

・タクシーは特需、ジーンズ屋は閑古鳥。米は売り切れ、菓子は在庫。必需のものと、そうでもないものが、こういうときに過剰に明らかになる。
・夕方帰る。次にいつ食べるか分からないので、ちょっとずつだけ自炊をすることにする。弁当ばかりだと体がおかしくなってくるので。

(14日17:20追記)

【13日】
・緊急地震速報に途中起こされつつ、11時間寝た。何度か揺れたがもう無視するようになってしまった。
・ふくらはぎ筋肉痛。19階まで階段上ったせい。
・家を出る。地元商店街ではおまつり。普通の日曜に見えるが、耳に入ってくる会話は地震のことばかり。
・ここ2日、野菜をほとんど食べていなかったので、野菜たっぷりタンメン食って昼、出社。
・お使いを頼まれたらそのお使い先でそのまま仕事になった。
・行方不明者「万単位」になっている。予想はしていたが
・計画停電は月曜から数週間の可能性。長いね。

(13日22:45エントリー作成)

【12日】
・夜明け。三陸海岸の街街が残骸になっている映像。こういうとき、むしろモニタの前に集まった人たちは互いにテンションをあげてわーわー言うしかない、消化のために。
・買い込んだパンを朝餉に。
・朝刊の見出し、文字が大きい。テレビ欄がスカスカ。
・眠すぎて仕事をしながら何度か寝落ち。
・昼に同僚と神田方面に歩く。首都高が開いてなかったので街が静かすぎる。スタバでキャラメルマキアート。静かすぎる午後。
・午後4時から1時間、椅子を並べて横になる。すきっと目が覚める。
・午後6時に会社にもどり、11時に退社。
・ようやく動いたJR、ガラガラ。日曜深夜のよう。土曜夜なのに。
・帰宅。心配だったバイクとテレビは倒れていなかった!小物がいくつか落下、風呂場の物入れが転倒。調理用ワインの瓶が流し台に。
・足がクサイ。シャワー!と思ったらお湯出ない。初めての復帰手続き。
・ツイッターを見てみたが心のささくれるTLだったのでシャットダウン。ねる。

【11日】
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・14:46は顔を出す予定だった社外の会議の開始前。ビル9階の会場に入ろうとすると揺れが始まり、女性らの悲鳴。警備室からのアナウンス、要るものだけ持っていたそのときの荷物を持ったまま建物外へ。ぞろぞろと近場の公園に向かう人々。タクシーをつかまえて会社へ。いつもはすっとエレベーターで上がる職場までは階段。まだ揺れている階段室でふと9.11の脱出再現映像を思い出す。このまま上がっていいものかと一瞬迷う。職場の指示で災害対応のため別の建物へ。そのまま32時間勤務。

・眠気のせいもあるが、余震が多すぎて自分が揺れているのか世界が揺れているのかわからない。
・東京中心部、コンビニの商品棚が新規オープン前のようにからっぽ。帰宅難民の列。渋滞。しかし耐えている。
・友人らがtwitterやmixiでつぶやく。愚痴ったり励まし合ったりしている。つながっている。

・会社の階段室で擦れ違った同僚が車で東北に向かった。
・気象庁の記者会見は理路整然としている。歴史地震なんてものがあることを知る。5世紀から今までの巨大地震が地図にプロットされている。
・夜半。東京湾岸のコンビナートが燃えている。気仙沼の街が山火事のように燃えている。
・仙台で200-300人の遺体と報道。災害の被害程度は最初、とても控えめに明らかになる。そのとば口がやけに大きい。
・11日は26時に一度仕事に区切りをつけた。本震から少し時間が経って、余震が減って、世界が少し治っていないものかと思って、椅子に座って目を閉じた。2時間後、長野北部の震度6強。起きた。世界は治っていなかった。夜明け前の長野にメールをした。すぐに「だいじょぶ」と返ってきた。

2011年03月01日

よしなしごと

・母が亡くなった2003年以来、夢に見るときはいつも癌の手術をしたあとの痩せた姿で出てきていたのですが、今日を含め今年に入って2回のご登場はいずれもそれ以前と思われる元気な姿になっています。今日の夢は、小学校高学年から中学卒業まで住んでいた広い広い一戸建ての住宅で、引っ越しか何かで荷物の総ざらえをすることになっているという設定。大量のマンガを少し捨てたらどうかと言う弊管理人とマンガの所有者である妹が険悪になるという、とてもありがちなシチュエーションでした(ちなみにリアルでも妹とはつまらない諍いがあって以来ここ5年ほど絶縁状態が続いており、先方が何をしていてどこに住んでいるかなど一切知りませんw)。母は登場しつつも特段の役割はありませんでした。喪の期間が終わりつつあるのでしょうか、それとも喪のフェーズが変わりつつあるのでしょうか。

・などと平穏に二度寝している状態から、宅配便の配達の方が鳴らしたインターフォンの音で一気に覚醒したため、体が起ききることができず、まっすぐ立てないような状態で印鑑を引っ張り出し、荷物を何とか受け取って呆然としていました。布団もいつもと反対の側から抜け出た形跡が。そしてすでに10時……フレックスだからいいんですけど……

・仕事は超低空飛行だった先週から少し上昇して、低空飛行くらいになりました。嫌なことがあったとかではなく、ただ低空飛行なんです。いいえたぶん春だから。

・3月だ。はえーなー。貪欲に遊ばないと。

2011年02月27日

東京水辺ライン

札幌から友人がいらしたので、午後からちょっと東京観光。

自分も好きなのでよくチョイスする、両国―お台場間の東京水辺ライン。
といっても、両国から乗るのは初めてです。いつもはお台場からの帰りに利用するので。
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東京東側をざっとお手軽に見られるコースだと思います。
両国、清澄、越中島の下町を見て、築地市場、浜離宮恩賜公園という観光スポットの裏口を見ているうちに東京湾に出ます。レインボーブリッジをくぐって、台場が見えてきたところでフジテレビをぼーっと見ながら着岸。
で、そのあとはちょっと何かお腹に入れてからパレットタウンに向かい、観覧車に乗る。
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ちょうど夕暮れの時間帯でした。
今日は雨が降るかもとの予報で、どう歩こうか迷っていたのですが、結果としては十分に晴れて暖かい一日になりました。一昨日から出始めた花粉アレルギーが悩ましかったけど。

ゆりかもめで新橋に出て夕飯を食べて、そのあとお茶を飲みながら自分が去ったあとの札幌の話をしたり、アラフォー(←これ、もともとはこの年代の女性を指すんだって?)に向けたもろもろの設計について語ったりしてバイバイしました。

* * *

水辺ラインに乗りながら、友人と家を買うべきかどうかという話をしていたんですが、そういえば自分がそろそろ部屋を所有したいと思った理由をよくよく思い出してみると、少し広めのベッドと、ソファが欲しい(これらは転居のたびに持って歩くのがしんどそうで持ってない)というかなり些末なもので、しかも友人から「職場の人からは『どうしても必要じゃなければ買わなくていいんじゃない』と言われた」という話を聞いて、まあまだ急いで決めることはないかなー、と思いながら佃島の高層マンション群を眺めていたのでした。

2011年02月24日

CHCの地震

大学4年次の1999年2月から11月まで、交換留学でニュージーランドの大学に通ってました。
大学は北島だったのですが、7月の冬休みを利用して日本人と香港人の友達といっしょに南島を回りました。
クライストチャーチは、実はあんまりたっぷりと観光してません。今回の地震で崩れてしまった大聖堂の前で写真撮ったのは覚えてます。夏はお花がいっぱいできれいらしいんですが、冬は寒かった印象しかないです。
街の観光のかわりに、バスに乗ってクライストチャーチの街を含むカンタベリー平野を見下ろす素敵なスキー場に行って、スキーをしました。これはほんとうにきれいだった。山からまっすぐに平野に落ちていくようなゲレンデ。そのむこうには海が青々と見えたのを覚えています。まだリフトに混じってTバー(Tの字をした金具を掴んで、滑りながら上に引っ張っていってもらう)がありましたが、今でもそうなんだろうか。

さて、いつものことですが自然災害は時間が経つとともに被害の大きさが分かってきます。
いつでも明るくてパワフルなKiwiの皆さんのことだから、すごい勢いで立ち直ってくれるのではないかと期待しています。

あとは、いろいろと考えたこと。

・自分が訪れたり暮らしたりしたことがある、親しんだことがある土地の被災って、そうでないところの災害よりずっと心が動かされます。そのこと自体は批判されるべきなのかもしれませんが、一方で仕方ないことだとすると、やっぱりいろんなところに行けるだけ行っておいたほうがいいのかも、と思った。

・東京に直下型地震が来たらと思うと、ゾッとしますな。

・日本でこんなことがあったら、個人情報保護がうんちゃらとか言って死者・行方不明者の情報が出てこず、安否確認が進まないんじゃないかとちょっと不安。

・あ、向こうはそういや夏時間なのな(JST+4)。

・またオセアニアに行きたくなった。

2011年02月05日

おっさんを感じる土曜日

・最近、バッハを聴き続けられるようになったり、冷たいそばより温かいそばを食べるようになったり、近所に出掛けるとき自転車より歩きで行くようになったり、朝ご飯をちゃんと食べるようになったりしてきました。

・とうとうマンションギャラリーを見に行ってしまいました。なんか近くにモデルルームが開いていたので予約もせずにふらっと入ってみました。
・生まれてこのかた(つまり、実家暮らしも含めて)賃貸以外に住んだことがなかったのですが、設備って全然違うんだね。広いバルコニーとか広いキッチンとかミストサウナとかコンシェルジェとかカーシェアリングとか図書室とかはいらないので、もう少し安いといいんですけど。
・一方、固定資産税、35年ローンという仕組みとその月々負担、管理組合、30年間で3倍になる修繕積立金、マンション→資産形成という考え方、申込金は10万円・手付け金は1割です、物件のプロモーションビデオ、年収・貯金・現在の家賃を尋ねるアンケート、あなたが死んだらそれ以降の支払いが免除される制度(笑)、など、超面倒くさそうな初めての物事がいっぱい攻めてきてキャアってなりましたw(↑ちなみに今まで割賦で買った経験は携帯電話のみ)
・ほんとにおうちって買うべきものなのかね。との疑念を深くしつつそのうち買っちゃう気もしつつ立ち去る。

・お酒飲みに行ったら自分が店で一番年上。
・一回り下の巳年生まれが合法的にお酒飲んでる……

・バイクの点検に行ってきました。ハザードランプがつかない(ウインカーなら大丈夫)ことが判明。
・股引とズボンを一緒に脱いで、そのまま洗ってしまいました。なんかいまいちきれいになった気がしない……

・最近ひどかった肩こり、湿布して寝るを3日続けたらかなり緩和してウレシイ。
・肩こりは、短期記憶の崩壊と並んで、今の職場環境の弊害です。

・一つのことがだいたいできるようになったり分かってきたと思えてくると次のことに移ってみる性質が、自分の最も悪いところだ(つまり自分が自分について最も嫌いなところだ)ということは20年も前から分かっていたのですが、自分が人から褒めてもらえる数少ない機会もほぼこの性質に因るらしいことも最近分かってきて、これはいよいよ諦めておつきあいしないといけないのかなと思えてきました。

2011年01月25日

記憶の糸

札幌時代に仲良くしてもらった三つ上の友人が日曜に急死しました。
経緯は詳しく聞いていませんが、昼間に空港で倒れてそのまま逝ったとのこと。旅行業界の人だったので、仕事中だったのかな。昨日未明から朝にかけて、現地の友人らから何本も連絡の電話をもらいました。
今日がお通夜で、明日が葬儀の由。悩みましたが、出席する一人に香典を持っていってくれるよう頼み、自分は行かないことにしました。そこには既に彼はいないしね。

弊管理人が転勤で札幌を出てからは、SNSでときどき交流はあったものの直接会って話すことはとんとなかったため、彼とのチャンネルが永遠に閉ざされたことはまだ実感がありません。会おうと思えば会えるけれども、会っていない日々が引き続き流れている感じ。

5年も前にもらったメールを読み返すと、覚えていたつもりになっていた言い回しと微妙に違っていたことに気付く。友人夫婦も交えて仕事でもらった日高のサケを食ったよね。でも、あのでかいアイス食った小樽の店ってどうやって行くのだったかよく覚えてない。仕事先から土産にと買ってきてくれたキーホルダーって、あれどこの土産だったっけ。
われわれが二人でその端と端を握っていた記憶の糸の束は、いまはこちらの手からだらんと垂れ下がっている。「永遠の不在」が迫ってくる局面の一つは、記憶(≠記録)を共有をしてくれる人がもはやいないこと、もはや自分の記憶違いを正してくれる人がいないこと、記憶を支える基盤がひどく頼りないものになってしまったことに気付く瞬間であると思ってます。

2011年01月08日

お世話になりました

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永田町に行ったら、古い参院議員会館が取り壊される途中でした(後ろにあるのが新しいやつ)。
お別れはいつも寂しいものです。

2011年01月03日

お年始上がったり下がったり

あけました。

・元日、祖父母にお年玉あげた(一度やらなくてはいかんと思いながらこの歳までやってなかった)。泣かれた挙げ句に仏前に供えられた。供えてないで使って下さい(笑)

・元日朝から倦怠感。寝不足かと思ったら発熱(平熱35度台半ば→37.9度)、夕方には動けなくなる。父親の備蓄していた葛根湯のドリンク剤飲んで寝たら夜のうちに熱が下がった。(1)漢方すげえ。(2)父曰く「葛根湯、水、白がゆの備蓄でひきはじめの風邪はしのげる」。うえー具合悪いー薬買ってきてーメシ作ってー、ができない還暦前の男やもめ。独りで生きるとはこういうことなのだなあとしみじみ。

・2日、田舎から帰宅。詳しくは書かないが、ぎゃあああああ!ということがあって激しくうろたえる。

・3日、立ち直……れてない。

・それはそうと弊blogはますますどうでもいいことが書き込まれる予感。本年も元気にまいりたいものです。

2010年12月27日

年末っぽい

先週はずっとデスクに積んであった懸案をすごい勢いで処理。
クリスマスイブは家で弁当食って湯船に浸かって就寝。当日は飲み明かして終わったので、これは自分的にはやり切った感があります(久しぶりに朝帰り)。
今年はなんだか年末が年末っぽい。
曜日の配列のせいですかねえ。
というわけで珍しく総括のエントリー。

なんか仕事面ではいろいろと反省点も多いながらよく働いた一年ではあった。知ってることも浅く広く増えた。
ただ、おそらくあまり動き回らず頭ばかり悩ませるこの環境のせいで(1)記憶力が落ちた(2)血液検査の結果が悪くなった、という2つの大きな問題が生じた。
(1)はこの週末、自分の住んでる建物のエントランスのナンバーキーで間違いを連発してから危機感が一気に高まり、
(2)は野菜をよく食べ、しっかり走る生活の重要性と、缶コーヒーはやっぱり飲むのをやめるべきだとの認識をあらためて得るきっかけに。
健康面では、10-11月は3年ぶりの歯科、大工事で辛かった。3カ月にいっぺんのクリーニングは30代の義務だと痛感。

今年いろいろ考えさせられたのは、パイが大きくならない時代の「分け方」の問題。
社内で組合の役員をやっていた一昨年から感じていたことではありましたが、今年はより迫るものがあった。「私のところに、もっと金を」という声を一年通して聞いた年だったせいだと思いますが。
がんのように致死的な病の領域に国が使うお金は、病態の解明とか薬の開発みたいなことに向けるのはもうやめて、静かで苦しくない死に方をするためのケアにほとんどすべて注ぎこむべきじゃないのかとか、ベーシックインカム+出来高みたいな制度ってできないのかなあとか、しかしその原資って一体どうするんだとか、まあそんなことを考えながらいろいろな文章を読んだ年だったかなと思います。
あと、毎年の課題ですが、もうちょっと古典読まないとね(八重山諸島にもってったヒュームもまだ読み終わってない)。

それから、もっと旅をするべきだった。出掛けなさすぎた。
ていうか、そろそろサバティカルが欲しくなった(笑)。
後段についてはいろいろ準備しているところもあるのですが、期限のあることではないのでゆっくり考えてます。

今年練習したピアノの曲は技術的にはやさしめ、演奏時間短めの曲が多かったですね。
2-3月はメンデルスゾーンの無言歌Op.67-2。寒い冬+新しい持ち場で仕事が辛い時期だったこともあり、これ弾くと目の前が暗くなります。
5月は生涯最高金額(笑)払って行ったポゴレリチのコンサートで触発されたショパンの夜想曲Op.62-2。緑がきれいだった。
夏はなんだっけ。ドビュッシーの「レントより遅く」とかやってたような。
秋は前々から手を付けようと思っていたスクリャービンの練習曲Op8-12。これはけっこう弾けるようになってきてうれしい。
あと、出し物用にカプースチンを2、3復習してます。
札幌時代のように先生につこうと思ってつけなかったのが残念。

今年買って満足度が高かったもの。
リンゴの軍門に降って悔しかったが超便利、これってもう音楽プレーヤーというよりPDA「iPod Touch」、防水+コンパクトで結局Powershotにかわって普段持ち歩くデジカメになった「DSC-TX5」、通勤電車の中でポッドキャストを聞けるようにしてくれたノイズキャンセリングイヤホン「MDR-NC33」。

だんだんと形を取り始めたいろいろな不安もありますが、一方でそれはそれとやり過ごせる諦念も身に着いてきたようでオトナになってきたっぽい。だんだん周りに年下が増えてきたし。そんなことで今後は振り返るばかりではなく少し開き直って新規/更新に勤しめたらと思っております。

2010年12月05日

子連れ結婚式

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学生時代に同じ部活の同期だった友人の結婚式に行ってきました。
同期7人(全員男)のうち4人目。なんと今回は子連れ。
弊管理人の行き遅れ感が増してきました。

毎度思うけど、この華々しいセレモニー、親はうれしいわな。
うちの親には申し訳ないけど、これは自分には無理。背負えません。

それにしても普通の人が褒めちぎられるのって、生まれたときと披露宴と葬式くらいかもしれん。と思うと、生まれたときと葬式は本人は褒められてるのがわからないので、披露宴を経験しないということは何か重大な機会を失っているような気がするものである(そこか)。

2010年12月03日

近況数題

列島を嵐が通過。
気持ち悪いくらい暖かくて汗だく。
12月です。
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久しぶりにカレンダーを買いました。別用で立ち寄った丸善にカレンダー売り場が設けられていて、その品揃えがなかなかよかったもので。
画像手前は今年使ったカレンダーで、HTBという北海道のテレビ局の方にもらったもの。当月と前月、次の月、その次の月という4か月が一覧できるものでお気に入りです。
来年のは、当月と来月が大きく、2月先と3月先が小さく刷られている卓上型です。早くも来年4月のカレンダーが見えています。あっと思って5月を見てみると、来年は5月2日に仕事を休んでしまうと10連休になるという恐ろしいGWです。

なんて先のことを考えていると思い出すのですが、最近、1年とか先のことが構想できなくなっています。なんだろう。死ぬのかね。

あ、あと郷里で局地的に評判のいいJR北海道のカレンダーをお土産用に買いました。実は東京と大阪でも少数の書店で買えます。

- - - - -

・食べ物の好みが違う人と食事をする
・知人を飯に連れて行ったが「別にうまくも」的な反応
・知っている店に連れていって支払いまでしたのに「話し足りなかった」と不満顔でサヨナラ
・待ち合わせで30分待つ

といったことがここ2週間ほどの間に立て続けにあり、人疲れしました。
しばらく独り飯でいいです。ていうか、しばらく人と飯食いたくない。

- - - - -

予算がいろいろ動く時期の最後のほうでして、いろんな立場の人がいろんなところで「自分のところに金を」という話ばかりしてます。特に、「いのちを、守りたい」という平田オリザさん作の演説で政権が幕を開けたものだから、この解釈の幅の広い言葉の尻をとらえてみんなが「俺の命を守れ」と言い出した。
パイの大きくならない時代、取れるうちに取れるだけ取っておけ、というドライブがかかるのも当然で、そんななか声上げないといらないと思われちゃうのだろうからこうなるのも仕方ないんでしょう。でも聞いてるほうはゲンナリします。

- - - - -

と、胸いっぱいの毒を吐き出したので、明日から少し好きにやらせてもらいますわ。

2010年11月28日

科博

ツーポイントフレームのメガネって割れやすいので気をつけてくださいね、
って買うたびに言われるのですが、そのとおり割れやがった。
レンズじゃなくて、つるが。

というわけで、今日は円高還元セールで商品が10%引きになっている有楽町の無印良品でメガネを作り(ツーポイントなのに即日できた。えらい)、寒くなる季節の通勤に備えてキルトジャケットを買い、そのあと

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上野の国立科学博物館に行ってきました。
15時を過ぎての入館だったので、日本館ひとおとりと、地球館を3割くらい駆け足で見たところで時間切れ。残念、また行こう(日曜日なので、奏楽堂の無料コンサートもコースに含めたいところだった。これもまた残念)。

いろんな標本や図解を使って魅力的に展示が作ってあるので「わあきれい」といいながら見て回るのももちろん楽しいのですが、どうせなら地質学、地理学、遺伝学、機能形態学、古生物学の人が書いた新書なんかを読んで臨みたいものです。日本人が北から来たのか南から来たのかに関する説明書きひとつ、トリケラトプスの前足が向いている方向ひとつにも、それこそここ2、3年のうちに出てきた研究成果が反映されているので、大人は大人で「これかー!!」という感激とともに展示に触れることができるのがいいところです。

それにしても、特にイベントのあるわけでない普通の日曜日でしたが、閉館時間まですごい人でした。
あと、入館料600円ですが、年間パスって1000円なのな。
これは買いでしょう!
買わなかったけど。

2010年11月21日

名古屋出張

名古屋近郊に出張してきました。
仕事先は近郊ですが、投宿は名古屋の中心部で。
そういえば名古屋駅を出たのって生まれて初めてな気がします。
これまで通過ばかりでした。

食べたもの。

「コンパル」のモーニング。
ホットサンドは普通にうまかった。アイスコーヒーは熱いのをグラスの氷に自分でぶっかけて作ります。これもまあまあ。
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「蓬莱軒」が激込みだったので諦めて「しら河」で食べたひつまぶし。
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個人的にはお茶漬け(第3段階)よりドライ薬味(第2段階)のが好みでしたw
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朝に名古屋を出て隔離されたところで働いて、昼は現地でシャビーなごはん、夜に名古屋に戻ってなんとかご当地もの、というコース。
現地の人には「新幹線ホームのきしめんがリーズナブルなわりに意外とうまい」と教えてもらったのですが、弊管理人はおそばの国の人なので、きしめんにはさほど思い入れもなくパス。
ちなみに手羽先も独りで食べるものではないとの認識につきパス。ていうか今や「山ちゃん」はありがたみがないくらい各地にあります。
帰りの新幹線、改札を入る前に天むすと味噌カツ串を買って食いながら戻りました。
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天むすの味は、まあおにぎりと天ぷらを一緒に食べたような味。味噌カツは想像よりやや甘かった。
ジョージアの缶コーヒーまでしゃちほこ仕様なのですね。

それにしても名古屋のご当地ごはんって野菜が摂れなくない?

仕事は


つまんなかった。

2010年11月15日

おうちをさがす(長文)

この中途半端な時期の土日に、ちょっと実家に帰ってました。
夏の帰省の際のエントリにもちょっと書きましたが、田舎の公務員宿舎に独り暮らししている父が1年半後にひかえた退職後に住む家を探しています。で、父の高校の先輩かつ役所の先輩(既に退職)が住んでいる北アルプスのふもとの町にいくつか斡旋できる土地があるので息子と一緒に見に来ないかと誘われたそうで、お呼びがかかった次第。

父は亡母の側の籍に入っている婿養子です。もともとは将来、母方の実家に夫婦で入って暮らす心づもりはあったのではないかと思いますが、しかし予定外なことに母は故人になってしまい、そのうえ、母方の実家に独り暮らしのばあちゃんを見によく母の姉(弊管理人から見て伯母)が訪ねてくるのが嫌で寄りつきたくない気分になっている(ただ弊管理人が見るところ、まだ現役で働いている父の職場は母方の実家からは離れたところに住んでいるので、伯母はばあちゃんの様子を見てくれるのは有り難いこと。父はたぶん伯母と根本的にフィーリングが合わない)。

父は高校を出て大学に入ろうと東京に出てきたものの、新聞奨学生をやってる間に体をこわして郷里に戻り、19で就職して23で結婚、25で長男(弊管理人)を設けて50前に手が離れ、50過ぎてやもめになるという駆け足の人生イベントをこなしきり、ここ数年でまだある収入の使い先ががくんと減って貯金もできたらしく、退職金もあてこみつつ、退職で宿舎を追われたあとの住み処を探していました。やれあちらの物件はどうかこちらはどうかという話はここ何年かメールや電話で聞かされていましたが、弊管理人と同じ、意外と気のつくAB型の父がこちらの仕事中に電話をかけてきて「一緒に見に行こう」なんて話をするものだから、今度はかなり本気度高いぞ、とこちらも身構えました。

まず、弊管理人は結婚する予定もする気もないので今後家族が増える可能性は相当低いこと、仕事は在東京あるいは全国転勤なので郷里に定住するとしてもおそらく30年後であること(老老介護がひたひたと……)、知り合いがいないなどデメリットはあるもののその気があれば退職後に東京で同居の選択肢もあること、母方の実家ももう一度検討すべきであることなど、焦って決めないよう諭すことも含めて弊管理人が数年来思って断片的に口にしてきたことをまとめてメールしておきました。

そしてわりと温かい土曜、山脈の麓の町でいくつかの土地を見ながら父の先輩の話をいろいろ聞きました。
近年、東京から移住してくる人らが増えて中学校がひとつ新設された、頭はいいんだろうが口ばっかりで地域の仕事をやらない、幼稚園でも役場でも要求が過多で困っているという新住民評。でもまあ、一方の土着民のおつむのレベルも低いと返す刀でばっさり。あそこの3軒、右端と真ん中はいい人だが左は意地悪。標高が低いこの辺は災害もないし雪も降らないからいいが、もっと山のほうにある温泉地のほうの別荘街は雪は積もるし、農業やっても猿が全部持っていってしまう。熊も出る。でも温泉の権利とかの絡みで地元不動産はまず山のほうを勧める。住んでみたけど合わなくて、あるいはローンが払えなくて空き家がけっこうある。など、など。リトリートっていざやるとなると大変ですねと思いながら、まあ世話焼きで時々うるさいかもしれないけど、こういう知り合いがいる土地なら買ったっていいんじゃない、という気にもなってました。

その町を辞して父と宿舎に戻るともう夜。動けなくなっていくことを考えれば市街地がよかろう、畑がやりたいなら通えばよかろう、どうせ畑に通えなくなるくらい弱れば耕作もできなくなっているだろう。でもまあ、あの土地を買うのもアリっちゃアリ。そんなことをいろいろ話しているうちに「まあ年金がフルに出るまでの5年くらいは息子のところに転がり込んでもいいかなー」「諦めて今ある家(母方実家)もありかも」などと言い始めたのが意外でした。
誰にも頼らないと意地をはって高い金出して家を買って生活費を案ずるより、息子を頼ったり伯母対策をした上で母方実家に住んだり、買うとしても中古の安い家にするなりして、お金をソフト面の消費に回したほうがQOL高いんちゃうか、という話もしましたが、そのあたり少し沁みてきたのかもしれない。

そうこうしているうちに秋が深まり、冬が過ぎて早春にはタイムリミットは1年になります。来年末あたりには2LDKに引っ越しかなー。

2010年11月06日

障害の社会モデル

東京財団仮想制度研究所(VCASI)の研究会「障害の社会モデルから見た政策的インプリケーション~法学,障害学,社会福 祉学,経済学の対話」というのを覗かせていただいてきました。
以下、発表者(川越敏司さん―はこだて未来大、川島聡さん―東大、中根成寿さん―京都府立大)の話をちゃんぽんにしたメモ。障害研究って今までまったく触ったことがない弊管理人は完全素人です。よってまとめの正確さは保証できません。今日配布された報告書はまだネットに上がってないようですが、そのうちこのあたりで見られるのではないかなと思います。

2006年12月に国連総会で採択され、日本も07年9月に署名した「障害者権利条約」。批准すれば国内にある関連制度をある程度見直す必要性が出てくるかもしれない。そのときに、どういう視点で何について考えたらよいのでしょうね、ということを議論するプロジェクトだったようです。

・大前提として、「障害」の発生原因を、身体的・知的・精神的な機能不全=インペアメントに求める(だから”治してあげれば”障害はなくなるという)「医学モデル」ではなく、インペアメントのために参加が阻害されるような社会的要因に求める「社会モデル」を採用する。
・ということは、社会の側が合理的配慮をしていない、つまり過重な負担とならない範囲内の措置さえとっていない場合、それは差別ととらえていいんではないか。
・以上が、社会の側にある制度を見直す動機。法学、障害学、社会福祉学(社会学)、経済学の知恵を持ち寄って考えてみた。

・まずダイレクトペイメント。サービス提供側があれこれ計画をたててあげるのではなく、障害当事者に、使途を限定しつつ現金で給付する。当事者が自分の必要に応じたサービスの購入ができる。家族をヘルパーとして雇用することも可能で、”支払われない、でもケアから降りられない”家族による介助を市場の中に引き入れる(=家族がやるなら無償、市場から調達すれば有償、という非対称性を解消する)こともできる。障害当事者の自律。英国ではもう制度化され、札幌でも今年から試行されている。ケアマネジメントのコストがなくなるので事業者にとっては厳しいが、行政は出費を増やさずに受益者の満足を向上できる。経済的により望ましい。
・アファーマティブアクション。一定率の障害者の雇用を企業に義務づける政策。生産性の低い労働者を雇用することは社会的コストが増えるという批判がある←が、必ずしも効率性が犠牲になるわけではないという実験結果あり。
・障害者自立支援法では、障害当事者も利用料に応じた負担するべきとの「応益負担」導入。←これに対して、課税前所得と課税後所得の効用の差はどの所得階層でも一緒であるべきであるというミルの「平等な犠牲」を援用すれば、累進課税(応能負担)が正当化できるはず。
・ベーシックインカム。すべての個人に対する一定額・無条件の基本所得給付。←でも、働かなくても一応暮らしていける場合、労働量が減って結局給付の原資が確保できない可能性が実験から示唆。負の所得税のほうがいいのかも?

などなど。最初に書いたように、「障害」の話って、自分にとっては、かすったことはあるけど一度もまともに衝突したことがなかった(なんかこわそうな+なんか込み入ってそうな)ものだったのですが、今日の話はなんだかとても面白かったので、なんとか咀嚼して、これらの議論を参照点として、これからいろいろと考えていけるといいなと思います(、が、自信、は、ない)。

2010年11月03日

スカイツリーを見に行く

通勤電車から東京スカイツリーが見えます。今年は年初からどんどん伸びて、いっとき展望台工事でちょっと伸長が止まって、また伸びだして、そろそろもいっこ上の展望台工事に入るかな?というところへきています。
今日の高さは497m。
秋晴れ。
春に浅草から眺めたものの、まえまえから、一度は建設サイトの間近で見たいと思っていました。今日はきれいに見えるだろう。というわけで錦糸町駅で降りて、押上方面に向かいます。

低層の住宅街に巨大タワーがそびえている図はもう異様。
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上のほうはがんばってズームで撮ってみた。作業が続いてます。
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ふもとには人がいっぱい。みんな上向いてます。
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近くで見るとさすがにごちゃごちゃしている。
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これが真正面のパノラマ撮影。ずおおおお!
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実際下まで行ってみると、この巨大建造物の迫力を感じます。今しか見られないという意味では、建設中のシーンって貴重だと思います。バベルからドバイまで、どうも世界最高のタワーを建てようとした人たちってその後けっこうな没落ぶりを見せるので、なんかわれわれの行く末もふと案じられてしまうのですが……

ところで、帰ってくる途中、錦糸町駅近くにタイ料理「ゲウチャイ」を発見しました!
成田に住んでいたころ、よくお世話になっていた同名のお店の系列です。わりといろんなところでタイ料理を食べてますが、個人的には成田のゲウチャイを越えるお店に出会ってません。
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Aランチ、997円。満腹です。コストパフォーマンス高し。
店に入ったときに漂っている匂い、料理の香りで、2004年暮れから05年正月にかけて出張したプーケットの思い出が蘇ります。この江東橋店も同じくうまかった!駅から徒歩5分弱と近いしね、またお世話になります。

2010年11月01日

魔法の箱のはなし

閑話。

amazonて昔(成田に住んでいた4~6年前)、頼んだ次の日に着いたりしてて「すげえ」と思ったものだけれど、久しぶりに関東圏に戻ってきてみると、注文してから3日くらいかかったりするの、これなんで?本当はさっさと発送できるのにお急ぎ便と差別化を図っているのかしら。それとも気のせい?

閑話休題。

また審議会の話なんですが、学校教育って、そこにいろんな問題を投げ込むと解決する魔法の箱のように扱われることが多くて面白い。

臓器移植について学校で教えるべきだ(じつは保健体育で教えることはできるらしい)
予防接種について学校で教えるべきだ(教えた子が親になって自分の子どもに打つまで覚えてないだろうという気が……)
感染症について学校で教えるべきだ(よく知らない。でも性感染症は教えてるっぽくない?)
リスクコミュニケーションを学校で教えるべきだ(教えるほう、大丈夫かなー)
メディアリテラシーを学校で教えるべきだ(やってそうだけど、大学でよくねえか)
うんぬん、かんぬん。

だいたい何の話してても、人口に膾炙しないときの言い訳として「メディアの伝え方が悪い」と「学校で教えないのはけしからん」というのは出てきますね。大人になっちゃうと一堂に集めて教え込むというのはなかなかできないので、その中でもまだ大人が曝露することの多いマスメディアが思うようなトーンでニュースなどを作らないとイライラするというのはわかる。さらに大人になっちゃう前に教えときゃ効率がよかろうというお気持ちもよくわかる。

しかしま、新聞紙面もテレビの放送時間も読者や視聴者の時間も意外と限られてますし、日々の出来事も盛り込まないといけません。その点、雑誌ってこってり上手に一つの問題を扱うのに適しているんだけれど、「みんなが読む月刊誌とか週刊誌」って意外にないのが難点。あと、「メディアがメディアが」という批判の仕方は、応答責任を負う人がいないので、実は誰にも届いていない(「日本人てやつぁ」と言われてもムッとはしても国民を代表して応答する権限はないようなものです)。逆に、反論が来ないので手軽に溜飲が下がっていいかもしれませんが。

相対的にまだ言うこと聞いてくれそうな教育のほうを見ても、しかしメディアの場合と同じようなキャパシティ面での理由と、同じような代表者の不在の問題によって、教育という箱に向かっていろいろ投げてもなかなか入らないなー、というのが見ていて思うことです。文科省でやってる会議でないと、文科省の人が同席していることがそもそもほとんどないですしねえ。

ではどうしたらいいか、なんですが、よくわかんない。そもそもざくっといって過半数の国民が知ってることってそんなに多くないよな。
それはおいておいても、テレビコマーシャルはまだアリかなという気はします。予算のない中でやるならACジャパン(前の公共広告機構)の枠が取れると強いみたい。HIV/AIDSの分野は、これがなくなったせいで検査が伸びなくて悩んでいるという話もあります(ほんとかね)。特にHIVや結核など、状況が少しずつよくなってる(とともに、ハイリスクグループが特定されて社会全体の問題といえなくなってきている)案件で、大変だ、何とかしなきゃ、と思ってくれる人を開拓するのは本当に大変だと思う。
逆に、昨シーズンの新型インフルエンザのように、なんか(空騒ぎであってもいいから)大騒ぎする機会があると、意外にいろんなものが進んだりする(ワクチンの小児用量見直し、妊婦への予防接種推奨、国内ワクチン産業育成の必要性、感染症発生監視態勢の強化など)。
教育に取り入れられて何か進んだ例ってあるだろうか。思いつかないな。ええと、ええと、首痛い(まだ痛い)。

2010年10月29日

御用学者の肖像とその枠

中央省庁が専門家や利害関係者なんかを呼んでいろいろ討議してもらう審議会、検討会、懇談会のたぐいをよく見るようになって1年ほど経ちます。
仕事のことをそのまま私的な日記に書くのはまあちょっと気が引けるので、ぼやかしたりところどころ改変しながら行きます。寓話と思って読んで下さいませ。

* * *

今日の舞台は、自治体が責任主体となってやっているある事業のあり方を根本的に見直そうとしてある省の政務官の肝煎りで始まり、これまで頻回に開かれている審議会。会は今後どうしたらいいかを省側から諮問され、議論を経て提言をまとめる。その提言を参考にしながら省側は現行法の改正案を作り、国会に出す予定。

登場人物。
委員として参加しているのは、医学の研究者である「座長」、ほかにも医学や法学の研究者、法実務の人、現場の医者、自治体、職能団体、マスコミ出身の人。それから省側は、責任者である局長、実務をやる事務局次長、ほか課長、室長、担当官など。

この審議会はもう十数回開かれているが、最初期からわりと激しいやりとりが続いた。
弥縫策ではだめだ、根本的に制度を直すべきだ、原理原則をまず打ち立てるんだと大きな話をするジャーナリスト委員を座長は「はい、次の方」と受け流し事務局(役所)案を次々と承認していく。ジャーナリスト委員は「座長の進行は横暴だ」と反発。

もともと審議会は「これってどう考えたらいいでしょうか」という役所側からの諮問を受けて委員の間で自由に討論し、意見をまとめて打ち返すものなのだが、議事の中で座長は委員から意見が出るたびに「どうでしょうか、事務局」と役所側の見解を求めながら進行していく。

研究者委員はちょっと気付いたこと、先行研究、時にはかなり根っこにかかわる意見を思い思いに出しながら、しかしそれを具体的にどう政策に落とすべきかは言わない。
自治体、職能団体委員は自分らに負担がおっかぶさってこないよう、理念的な話や、それにもとづいて実現しようとすると莫大なお金のかかる意見を繰り返す。
外部から有識者を招いて何度もプレゼンをしてもらい、外国の例や、政策の経済性の計り方、制度の歴史などを勉強する機会も持たれたが、では、それを受けて今問題になっている制度をどう変えるかの詳細は委員の口からあまり出てこない。

そんなことを何度かやって、論点整理の日を迎えた。ということは次の会議はもう、今日の議論をもとに委員が合意した論点を文章に落とした「提言案」を役所側の事務局が示し、細かい詰めの作業をするという最終段階に達する。
ところが、内容が財源や関係者間の負担割合の話に及ぶと、やはりこれまで大きな話や理想論を言い続けてきた委員たちがまた自説を繰り返した。自治体が責任と出費を負っていたこれまでのやり方ではなく、全国統一実施、国が全額負担せよ、自治体間格差を作るなと。
おそらくこれまで事務局と打ち合わせを重ねてきた座長は思わず発言する。

  「全部国が持てと言うだけなら言える。しかし実現可能な提言を作りたい。現実離れした提言を出しても突き返されるようなものではなく」

これに職能団体委員がかみついた。

  「座長の言葉にがっかりした。根本的に変えるんじゃなかったのか」

これまで発言の少なかった法学委員が座長をフォローする。

  「2つの考え方がある。理想だけ追求したが実現可能性が低くてまるまる無視される答申を作るか、妥協を許容しながらも受け入れられる改革案を作るか。われわれに諮問してきた省だけでなく、カネのことをやる財務省、地方のことをやる総務省も含めて向こうに回すには準備がなさすぎる。私は後者の考え方をとる」

このあと、医療者委員が「カネのことをわれわれに考えさせるな。われわれは必要だと思うことを言う。あとは事務方が財務省からカネを取ってこれるよう頑張ればいい」と言ったころからもう場は散らかった感じになり、この問題は先送りになった。

* * *

だれも好きこのんで役所案を大概追認するだけの仕事を(1回2時間の審議会に遅刻したり早退したりしてもいいから出席するだけで2万円もらえたとしても)意義のあるものとは捉えないだろうと思うけれど、大抵そうなる。
たとえば新しい組織を作るべきだと主張した委員は、規模に言及するとしても「アメリカにある同様な組織には数万人いる」という参考にもならない参考例を挙げるだけ。日本に新設する場合、どういう部門に何人の管理者とスタッフが必要で、トップは誰がやり、その法的位置づけと責任の範囲をどうするべきか、年に何回、どんなトピックを検討するべきかといった「制度を動かす」のに必要なこと=ディテールの集積としてのシステムを提案することをしていない。
大きな話はできても、それを分解して政策の言葉に組み直すことができない委員はカッコイイ(けれど影響力のない)反対者として、現実路線の委員は妥協の後押しをしながら、ともに、座長を御用学者に仕立てていく。御用学者という人ははじめからはいない。審議会の力学の中で形成されながら、そうなっているように見える。

* * *

しかしまた、なりやすい人というのもいるんだと思う。
フレームにとらわれやすい(やわらかアタマじゃない)人というか、議論されていることの外に出てみることができにくい=議論されていることの前提が見えにくい傾向のある人は、どうしても「しょうがない」的な結論に行きやすい。フレームが狭いほど、つまり現状を規定している関係者が多かったり、時間や財政などの条件が多いほど、フレームの中で検討し直せる項目というのは少ないので、結局こまごまといじってみても「やっぱり難しいやね」と諦めてしまうわけだ(実は上記の審議会の場合は、12月中に目鼻をつけて来年の通常国会で法改正をやりたい、という時間的制約がかなり議論を拙速にしてしまっていると感じている。法改正はもうちょっと先になるが、半年延ばすことはひとつの突破策だと思う)。

対処として、考えるお作法を勉強するのもいいが、時間はかかる。もっと手っ取り早いのは違う分野の人(自分が医学の人なら法学の人、自治体の人など)の意見を聞くこと、さらに相手に曖昧な大掴みの意見で終わることを許さず、質問を重ねて具体的に詰めていくことだと思う。

* * *

というわけで、肖像と、そのまわりの枠のお話でした。
審議会行政は批判されているらしいけれど、その出口が弊管理人にはいまひとつ思い描けない。専門家とか当事者の話を聞いて政策を作ること自体はいいと思うので、審議会をなんとか改善できないものかなあ、と傍聴しながら考え、つつ、今日は湿布しても首が痛い首が痛いと苦しんでいたのでした。最近うなだれてばかりだからか。

2010年10月09日

さっぽろ

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6日深夜から急な仕事で札幌に行き、2泊してきました。
ちゃんと歩くのは約1年ぶり、しかしあれ食ってこれ食ってという時間は全くなく、朝:セイコーマートのソーセージパン、昼:ローソンの弁当、ときて夕飯にやっとナシゴレンぽい何かを食べて……という感じ。ご当地ものは東京に帰る直前に新千歳空港で食べた夕張メロンソフトくらいでした。

東京への転勤前、直近の勤務地が札幌だったということで自分が行くことになりました。いやあ確かに、現地の職場の人たちにいちいち道を尋ねたり随行をお願いしなくても最短距離で動き回れるというのは便利ですね、お互い。地点間の移動時間も全部分かっているので時間のロスもないし。

久しぶりの札幌を歩く。ちぎってまたくっつけた一塊の粘土のように、あるいはちょっとだけディテールが違った平行世界のように、馴染みではあるけれども一体ではない感覚。
あいかわらず空と空気はきれいでした。

2010年10月05日

ちっちゃい

テレビに映った自分の姿を見る機会があったのですが、
ちっちゃい。わたくし。

中2にして成長が止まるまではわりとおっきいほうだったので、そのときまでに自分の中に形成された「自分の大きさ観」が「三つ子の魂」的に影響しているのではないかというのが1案。
ふだんあまり写真を撮られない、のと、撮られても比較対照されるべき人たちとあまり写真に写らない(つまりほとんどが証明写真)せいで正確に自分の大きさを把握していないというのが2案。
顔がわりかし小さいので体が小さくても小さい人に見えにくいというのが3案。
自意識が大きいが4案。

全部だな、全部。

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2003年4月の『バカの壁』以降、タイトルに「バカ」のついた本がどれくらい出たのか、それ以後今年までの7年とそれ以前の7年を比べてみようとふと思いついたのですが、どのツールを使って調べたらいいのでしょうか。国会図書館のOPACやamazonでは、単に「バカ」で検索しただけでは余計なものまでいろいろ出るので。

いや、なんかタイトルが安易だと中身まで安易な本だと思われる(ばれる)からやめたほうがいいと思っただけなんですけど。

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twitterに限らず、でも特にそこではそうだと思うんですけど、こういうプラットフォームの中での書き込みって「好きなように言い散らす」とは逆の方向にそのうち収斂していくような気がします。

知らない人にけなされるくらい世上に影響力のある人の場合、意外と自分の名前や書き物のことなんかに触れた書き込み(つぶやき、レビュー、なんやかや)を検索して見つけて反応してきますよね。
思い込みや調べもの不足や見識の欠落などによって生半可な批判を公開した場合、かえってその道に通じた相手から辛辣な反論を受けて町内(むろんサイバースペースでの距離感でこれくらい、ということですが)で笑いものになるということがあるので、それに備えて(1)それなりの調べものをするようになったり(2)少なくとも相手と対面しているときのように礼儀をわきまえたりして書き込みをすることになるんじゃないかと思います。

もちろん何かしでかしたらアカウントを閉じてトンズラして再起すればいいんですが、それも骨ですし、信頼も結びつき(フォロワー、マイミク、なんやかや)も蓄積しないので、長期的にみたら少し口に気をつけてものを言うようになるほうが為になるでしょう。

というわけで、不特定多数に向けて穏やかに語りかけるコミュニケーションがそのうち大半を占める/現に占めつつある、というのは楽観的すぎますですかね。

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「思います」を「おもいます」とか、平仮名遣いにこだわりのある人って難しそうでヒク。

2010年09月23日

平櫛田中彫刻美術館

友人に連れられ、東京・小平市の「平櫛田中彫刻美術館」に行ってまいりました。

平櫛田中(ひらくし・でんちゅう)は1872年生まれの彫刻家で、高村光雲などに師事、東京藝大の教授を経て、1979年に107歳(!)で没する直前まで創作を続けた人だそうです。
一橋大学のキャンパス脇、なんとかいう建築家(失念)が建てた平櫛宅の敷地にある平櫛美術館では、ちょうど日本彫刻会関連の企画展をやっていて、なんとそのせいで肝心の平櫛の作品の多くが見られないという大惨事!でしたが、それでも展示されていたいくつかの平櫛作品と、平櫛宅の建築を堪能しました。

初めて見た平櫛の作品。故事や仏教説話に着想を得た作品が多いのですが、とにかく豊かな肉感(デブだという意味ではない)が印象的でした。なんといえばいいのか、素材の塊から服ごと人物を彫り出すのではなくて、木なりブロンズなりでできた裸体に同じ素材でできた服を着せたような実在感を放っている。ところが不思議なのは、そのリアリティが写実ではなく「人間をよくとらえたディフォルメ」から滲出している感じもするんですね。「そうそう、これってそんな感じ」と思わせる似顔絵のように、あるいは男や女の体を色っぽく描いたイラストのように、しわや、凹凸や、照りが、象徴的、効果的に配置されている。ブロンズではありましたが「法堂二笑」という作品で特にそんなことを感じました。100歳近くなった平櫛氏が半裸で制作している写真も展示されていましたが、それが目を見張る若々しさで、よくあることですが、やはり作者が自身を分与しながら作品を生んでいったのではないか、そう思わされました。
ま、文章にしてもわかんないやね。行ってみて下さい。

昨日・一昨日と東京都心は30度を超えて、一夏の真夏日の日数が過去最多を更新したそうです。うってかわって今日は冷たい雨が叩き付けるさんざんなお天気。Tシャツに七分丈のネルシャツを重ね着していったのですが、寒かったです。ジーンズもびっしょびしょ。

2010年09月15日

夏の思い出

日曜に夏が終わって、月曜から秋が始まっているようなので備忘録。

今年の夏は暑かった。確か7月初めから暑かった。35度とか36度になって、ひるま外に出るとちょっと体がやばい感じになった。休日もなるべく室内にいるようにした。通勤で朝のホームにいると、みんな視覚障害者用のブロックの前ではなくホームの屋根の影に最前列を合わせて並んでいた。東京の夏は臭い。セミが夜でも鳴いていた。一日に何度もシャワーを浴びることがあった。初めて沖縄に行った。プールには行かなかった。アイスコーヒーをたくさん飲んだ。甘いものを控えめにして麦茶を飲むようにした。仕事がすごく忙しかった(4、5月はそうでもなかった。8、9月は週末呼び出しが多かった)。一日中室内の仕事が多かった。タクシーで何度か深夜帰宅した。恥ずべき仕事はあんまりなかった。平日はあまりサボれなかった。でも週末はけっこうよく遊んだ。朝帰りはあまりしなかった。体調はよかった。去年は腰にあせもができたが今年はできなかった。睡眠は少なかった。でもクーラーのタイマーのセットの仕方をつかんだのであまり暑くて起きたりしなかった。大きな買い物はしなかった。でもけっこうお金は使った。仕事用の半袖シャツを2枚買った。今年は実家から送ってもらった桃を腐らせずに全部食べた。後半はあまり自炊しなかった。来年留学するかどうか7月の末からまだ迷っている(いま持ってる荷物の保管とかの手配など、いろいろめんどくさい)。

2010年09月02日

140字より少し長く

午後ずっと外で仕事をしていて、夜に職場(といっても本社から歩いて30分弱ほどのところにある駐在先のようなところ)に戻るや否や卓上の電話がプルルル。

上司「忙しい?」
わたくし「いいえー」
上司「会社の人間とメシを食う[註:=部内有志で夕飯に行く]のは嫌い?」
わたくし「……わりと」
上司「嫌い?」
わたくし「はい」
上司「わかりました」(回線断)

淡々としたやりとりなんだけども、これだけでどすんと気分が落ちますw
この上司、平素よりとてもお世話になっていて、この人の下にいてよかったと思うような人で、こういうことで腹を立てたりするタイプの人ではないんですけれども、それだけにこういう形でお断りするのは心苦しい。
でもねー、会社の人と夜にメシを食うのはほんとに年に1、2回でも十分すぎるくらいなんですよ。理由は簡単で、普通にメシを食う時間をかなり上回る時間がかかるから。そして帰りたくなっても状況的に帰れないから(そういう理由なので、自ずと時間制限のある昼飯は全然普通に連れ立って行きます)。実はそのことも既に社内で公言して、ここ4年ほどはほとんど全ての飲み会に欠席してますが、それでもお誘いをいただいて断るのは有り難くも申し訳ない。

さらに、今日は午前中にも「ちょっと言い過ぎた」案件がひとつあったせいもあり、ややダメージが深かった。

というわけで、スポーツクラブで走って、シャワーあびて、ごはん食べて帰宅、というこの都合2時間で復活です。
体を温め、腹を満たす。これ、もう方法論として確立したな。
あと、やっぱりおうちはいい!www

2010年08月24日

新潟出張

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忙しい。
結果、粗製濫造。
その現状にぐわああってなるが、
時間もないのでさっさと忘れて次の粗製濫造。

そんな仕事の延長で日帰り新潟出張。
8年ぶりです。しかも前回は新潟市は素通りで佐渡2週間とかでしたし。
今回はいろいろ食べようと思ったのですが、
自分に課していた「イタリアン」「笹だんご」「タレカツ丼」「おかき」のうち、
果たしたのは上記タレカツ丼だけでした。現地でも忙しくてねー。

わたくし、ソースカツ丼の国の人(高校まで卵とじカツ丼を食べたことがなかった)なので、甘辛タレにくぐらせたカツはなかなかおいしくいただきましたが、やっぱりソースカツ丼が一番です。ええ。

2010年08月15日

帰省

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さて今年も夏の帰省をしてきました。
写真は本家の夕飯。つい10年ほど前までは奥に写っている居間までテーブルを継ぎ足して、3-4家族が集まってわいわいとご飯を食べていたものです。

ポスト団塊ジュニアとしてはやや遅ればせながら、父が定年まであと1年半ほどとなっており、来年前半くらいまでに「その後」を決めておく必要がはっきり認識された点が、今回の特徴でありました。

子どもが東京で仕事をしているという現状を前提にすると、親は「東京・夫妻健在・親持ち家」ならスープの冷めない距離に住むというのがおそらくもっともいい解なのですが、うちの場合は「田舎・婿養子のうえ妻物故・借家」ときているので悩ましいところです。いや、もっとも母実家(上記本家)は持ち家なのでここに引っ込めばいいのですが、父本人はかなり気が進まない様子で、その気持ちも分かるので難しい(本家は、いま独りで住んでいる祖母が健康を損なうと、形だけ相続するか売り払うことになる)。

今年父は積年の転勤の果てに自分の出た高校のある地方都市に赴任になり、暮らしてみると知り合いが周囲に多くて意外と居心地がよいようで、立地的にも本家からもそこまで遠くはないため、この市に家をいっこ買うというのが父の意向のようです。それなら、こちらから金銭的な援助も十分しうるのでそれもありかなという気はしています(あとは「子どもに頼らない」というポリシーにどう風穴を開けるかだが)。まあ、本家に引っ込むのが一番シンプルなんですけどねー。そこは心情的なものがあろうからねー。

さらに、ここに今後、介護とかUターン要求などが絡んでくると問題は格段に深刻になります。
根のない生活は解放であり喪失であることだ、
なんて悠長な感慨を抱いている局面は過ぎ、実務の季節が近づきつつあります(笑)

2010年08月07日

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実はあまり知られていないがフルーツの郷にある実家から今年も桃が届きました。
例年、盆の帰省の直前くらいの時期に来るので、盆を挟んで食べきれずに1、2個腐らせてしまっていました(懺悔)。
今年はなんとしても計画的に全部食べるため、冷蔵庫に早めにいくつかしまって長持ちさせつつ、箱に残って熟れていくものから消費しております。

幹細胞医学が見る夢

近所の船堀で開かれている第49回日本SF大会と、慶応GCOE「幹細胞医学のための教育研究拠点」のジョイント企画・市民公開講座「幹細胞医学が見る夢」を見てきました。
(主に自分用備忘録)

慶大から八代嘉美さんが司会、講演は『パラサイト・イヴ』の瀬名秀明さん、慶大からiPS細胞研究のリーダーのひとり岡野栄之教授、ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)研究の牛場潤一講師。後半は東浩紀さんが加わってパネルディスカッションを行いました。

■牛場講演

足を動かそうとか手を動かそうとかするとき、脳の特定の部分で電気信号の流れに変化が起きます。それを頭の表面につけた電極で読み取り、その情報を使って、事故や病気などで動かなくなった体のかわりに仮想空間のアバターやモーター駆動の人工手足を動かす、というシステムを紹介されました。

思えば、動く。それがBMI。
ひとつの用途はよくあるように、重度の運動障害を持った人の機能を補完すること。たとえば仮想空間のアバターを使ってそこで人と交流したり、ネットショッピングをしたり。
もうひとつは、↑の発展形として、機能回復を助けるリハビリの機械としてのBMI。「手を動かそう」と思うと、自分の意志では動かなくなった手に取り付けたモーターの駆動によって手を動かす機械に慣れていくうちに、筋活動が自分の意志でできる=機能回復していくことがあるのだそうです。

■岡野講演

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幹細胞研究の歴史のおさらいと展望。
幹細胞は、筋肉や骨、脂肪、神経など機能をもった細胞に分化する「もと」の細胞。これを使った再生医療とは、心筋梗塞になった場合に心筋細胞を幹細胞から作って、悪くなったところに植えてあげれば治る!みたいなことをやろうとしているのですね。

分化しきった細胞を大人とすれば、胚性幹細胞(ES細胞)はまだ赤ちゃんに相当し、これから何にでもなれるような細胞。20世紀の最後に作られたこの幹細胞の研究は今でも進んでいますが、生殖補助医療で作ったけれどいらなくなった受精胚を壊して作るため、ふたつの大きな問題が存在します。
ひとつは技術的な問題で、細胞移植される側からみれば「他者」の細胞を植え込むため、拒絶反応をどうするかという問題。異物を排除しようとする免疫システムを薬で抑制することで対応しますが、感染症のリスクも大きくなる。自分の分身=クローン胚を作ればこの問題は解決しますが、まだできていない。
もうひとつは生命の萌芽を壊すことの倫理問題。

それに対して、2007年にヒトで樹立された人工多能性幹細胞(iPS細胞)は、本人の体細胞(皮膚などの細胞)を”リセット”してES細胞のようにさまざまな細胞になれる幹細胞にしてしまったというもの。これで上のような問題はおおむね回避されますが、確実に狙った細胞に分化させたり、植えた細胞が腫瘍にならない方法を確立したりといった技術的な課題がまだまだ残っています。

岡野さんの研究では、脊髄損傷したマウスの下肢に移植して機能回復させたものが有名。ほかの使いでとしては、薬の効果や副作用を見る研究に使ったり、生殖細胞(精子や卵子)を作る研究さえされているということです。

先端技術の研究では「問題の発掘」「仮説の設定」「検証」が重要ですが、SFの想像力は「問題の発掘」に貢献しうるのではないかとおっしゃってました。

■ディスカッション

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今回登壇したなかで唯一文系出身の東さんがだいぶ呻吟しながら、それでも架橋役としてはかなり拡がりのありそうな論点をひねり出していられたように思います。
SFと生命科学の関係について。いろいろと話し合われたのですが、「たとえ男性であっても、iPS細胞から精子も卵子も作れるので、男性同士の子どもが作れる」みたいな、これまでの人間観とか家族観、身体観からはみ出るような話は、SF(エンタメ)よりも純文学と認識されるのでは、という東さんの指摘。
実は管理人はSFをほとんど読まないのでSF/純文学の違いがストンと落ちないんですが、つまり、SFはわりと「社会のお約束」のようなものを土台にして技術に関する側面から展開していかないととても書きにくい(ストーリーを立てにくい)ので、むしろそうしたものの外部に出て、社会そのもの・人間そのものみたいなものを考え直すのを主眼にしようとすると純文学の領域に入るのだろうという。ほほう。

それを聞きながらぐだぐだ考えていたのですが、(文理を分離して考えることの是非はあると思うけれども、)先端的な生命科学は既に、男性×男性の子どもを作れたり、女性の生殖可能年齢の制限がなくなったり、霊長類進化の過程を人工的に再現できたり、新しい生物を創造したりといった可能性が視野(の、遠くのほう)に入ってくるという迫力と発想力でもって既にフィクションを追い越してしまっていて、それが人文学に影響を与えることはあったとしても、逆方向の影響関係(思想や小説のぶっとんだ発想が自然科学の研究テーマに接続していくこと)は難しいのかなあ。どうなんだろう。
その意味でか、正確な引用ではないですが、東さんが「20世紀後半は社会の変動が大きくて、思想はそれについていくのが精一杯だった」「身体を考えるにしても、メルロ=ポンティ以降になんかあったっけかな」というようなことを言っていたのが印象に残った。

ついでにいうと生命科学側(牛場、岡野)はそうした「このことが開く新しい意味合い」的発想には――目配りはしつつ根本においては――とても対照的な考え方を話していられて、情念とか、障害のイメージがどうのはなく、QOL向上や選択肢の拡大を目指しているという。とても実用志向で、おそらくそれによる「人間概念の拡張」とかの問題は副産物という位置づけなのでしょう。もちろんこれは良い悪いというものではなくて、習い性となっている着眼の仕方の違いだと思う。
文科省や厚労省の審議会で議論される幹細胞研究のルール作りの場に出てくるのは、研究現場の人と法学や実務家の人という組み合わせが典型的です。それは研究の自由をどの局面で制限する必要が出てきて、それは誰の権利を守ることか、という喫緊の課題を片付けるため(で、だいたいそれより根源的な問題はせいぜい提起で終わる)。生命科学側が求めたり、その視界に通常入ってくる「文系」というのは、そうした”課題対処のための”知恵なんではないか。

と、(SF・文学と生命科学の交差点を探る前提としての)両者の遠さが目についた議論でした。
当然そういう話ばっかりしてたわけではないので、他の人は全然違う感想を持つかもしれませんが。

えっと、あとは、牛場さんと岡野さんが提供したり補足していた話題で、脳の柔軟さみたいな話が面白かったです。いわく「脳は体という容れ物に合うように機能を作っているので、容れ物が変われば新しい機能を付与するのではないかと言われている」とのこと。つまり、BMIを応用して体のどこかに人工の「第3の腕」をこしらえてしまったりすると、それを「(異物だが)動かそうとする→動く」という経験を重ねて慣れていくにつれて「自分の体の一部が動く」と認識するようになっていく、みたいな。また、モニターの中の自分の分身も、それを意のままに操っているうちに、自分自身を動かすのと同じような信号を脳が発し始めるというようなお話。「わたしの身体と捉えられる範囲」が拡張する、というのが一体どこまで可能なのか。2次元まで?文字情報まで?とても興味あります。そしてこの問題ってわりと解明できそうな気がする。

2010年07月30日

ホーム迷子

ちょっと所用ありまして、むかし通ってた学校に。
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卒業以来かと一瞬思ったがそうでもなく、2003年ごろまでときどきイギリス哲学の先生と本を読むために行っていたため7年ぶりくらいかと思われます。
どうやらその後大きくキャンパスが変わったらしく、図書館だったところには管理部門の建物が建っており、サークルの部室があったプレハブはなくなって、そのまわりを囲んでいた森にもベンチが置かれたりしている。
どうみても学生じゃない人たちが住んでいた古い寮はカフェや購買部になっていて、クーラーもなく薄暗い語学教授たちの研究棟は「よくある新しい大学の建物」になっていた。
銀杏並樹を通ってむかしは時々立ち寄っていた建物の最上階から、こそっとテラスに通じる窓のロックを外して撮ったのが上の写真です。
印象では風景の4割くらいが置き換わった感じがする。
今となっては赤面するばかりの記憶がそこかしこで発火していました。

渋谷駅で
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おおお、ここにあったか!岡本太郎「明日の神話」。こんなオフィシャルサイトが見つかりましたが、糸井重里氏が噛んでるのね……うーむ

2010年07月09日

レトロスペクティヴ

一昨日、床に就いたあとにいろいろ考え事をしていたら思い当たるところがあって、押し入れの荷物をあさり、高校3年間につけていた日記(大学ノート10冊)をぱらぱら読んで夜更かししてしまいました。

考えてることとかが幼いというか材料が足りてない感じで、そこは微笑ましくもあり、まだ勝ってる感じがしたのはよかったのですが、一方、いろいろと先のことをぐだぐだ案じたり、そうかと思うと目先のことに節操なく一喜一憂したりする気質など、性格的なところは実は全然変わってないということがわかりました。そりゃま、そうなんだけど。ていうか、それから15年以上経ってちょっとスレたのと、ものを考える体力みたいなものが衰えてるぶんだけ、今のほうがみすぼらしいのが悲しい。

あと、全っっっっ然覚えていなかったのですが、高校2年の秋くらいに「進路相談の場で将来就きたいと思っている仕事を聞かれて、深い考えもなしにとりつくろって答えた」として記してあった職業が、なんと今の職業だったこともなんだかショックでした。こわーい。

ここ最近の日記にこのようなretrospective(後ろ向き)基調が続いているのはたぶん、いまの職場と生活がそれぞれ自分一人で計画、実行、評価を行うことが多い環境にあるからではないかと思います。自分の中の評価軸にいまひとつ信用がないので、リーチにあるいろんな資料(つまり記憶なり記録だ)を援用しながら都度の評価を下しており、しかしそれでは足りてない、というのが現状なのかと。
そしてこれ、ひょっとしたらのちのち展開する現状分析なのではないか。そう思わせぶり(の宛先さえ自分自信なんだが)に終わる。

2010年06月27日

冬を乗り切れば

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札幌に引っ越したときに買った観葉植物(名前忘れた)なので、もう4年になりますか。
当初15cmくらいだった草丈が60cmくらいになってます。こういう「育つ植物」ってわりと好きなのですが、去年の暑くなるころだったか、成長点が腐り、成長が止まってしまいました。
しばらく放っておいたものの、どうせそのままにしても葉っぱが落ちていって死んでしまうならと、友人のアドバイスに従って思い切って腐った茎の先端をハサミで切り落としました。
冬のあいだはその断面に樹液のようなものが溜まって白くなったままになっていました。それが暑くなってきたこのごろ、その脇から立て続けに3枚の葉がでてきて、日に日に伸びてきています。それも、そのうち2枚の葉の付け根のあたりを見ると茎にあるようなフシがついているので、うまくすればまた成長を始めてくれるのかもしれません。

(比喩的な意味ではなく)冬を乗り切ると、生きてさえいれば生物はふたたび生を営んでいけるのだなあという感を強くしています。裏返せば、冬というのはいかに危険な季節かという実感。
と同時に、茎の先端が腐ったとき、もう死ぬしかないと思われたこの植物の最期の日々を看取るべき自分自身というのを、思い出しています。
早晩、無に帰してしまうその存在を背にして毎朝出勤すると、なんとなく街の花屋で「次」を探している。「死にゆくもの」が「すでに死んだもの」へ向けて急激に接近していく。死にゆくものの一瞬一瞬を濃密に共有することから逃避する、目を背ける。こだわることのスイッチを切る。

さまざまなタイプの人たちを見かけるなかでも、事情が差し迫ればそれを打開するために他人に害をなし、仕方がなかったのだと自分を納得させ、夜には焼肉を食べて床に就ける人とはお近づきになりたくないと思い続けていた最近ですが、どうやら、おそらく、その嫌悪の一番典型的な対象は、実は自分だったのだろうと思っています。

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と、最近更新してなかったのでなんか書いとこうと思っただけの文章が、またメンドクサイものになりましたw

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まったくもって本読むペースが戻りません。
理由はかなり明白ですがそれはまた。

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生活そのものは結構順調に楽しくやってるんですけどねー。

2010年06月16日

雑記

いやあなんか余裕がない。

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クミンシードを熱するところから始める無印良品のインドカレーキット、脂っこくなくてとても好きだったのですが、今年前半かな、店頭から消えて、ああラインナップからなくなってしまったんだと悲しんでいました。
が、どうもリニューアルして再登場した様子。
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鶏とジャガイモとタマネギで作る。ハーブや野菜のたぐいはこんどは全部混ざってペースト状になってました。仕上げにフィッシュソースを混ぜて、うむ良い匂い。
別添のスパイスで辛さ調整ですが、どばっと全部入れたらお腹がしくしくするくらい辛かったので、今度は気をつけます。全然入れなくてもおいしい気がする。

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土曜日に東大の死生学GCOEが催した「生命の資源化の現在」というシンポジウムを見てきました。
生命の資源化といっても臓器移植や脳バンクなどは登場せず、生殖補助医療(代理母出産)のお話が大半だったように思います。勉強になりましたけど。面倒なので内容はここでは割愛。
しかし生命倫理系のイベント見てると、よく会う人って出てきますね。
あと、なんか学部時代以来10数年ぶりに見かけた人とか、いました。

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日、月は久しぶりに遠くで仕事でホテルとか泊まってウキウキでした。

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最近とみに、ちゃんと勉強しときゃよかったと思う。

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暑い・寒い・蒸し蒸しなど不快な気候だと、体が危険を感じて活性化するためか元気になる私。

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『パンセ』ってツイートっぽいが、パンセっぽいツイートはウザい。

2010年05月30日

丸善

今年の初めから通勤の際の乗換駅が東京駅になっているため、よく立ち寄るようになったのが丸の内のoazoというビルです。丸善や文具、メガネ売り場、レストランなどが入っています。
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このあいだは、いつものごとく仕事に行きたくなくて正午ごろまでうろうろしていたら(!)ここに入っている某団体に仕事に来ていた同僚に捕捉されてしまい、いっしょに1Fのカフェでランチして、そのまま(ノーネクタイだったのに)全然馴染みのないかれの仕事先に一緒に顔出すなど、ナメきったことをしてしまい、多少反省し、しかし多少反省したくらいでは仕事に人生を捧げる気合いは入らず、やはり相変わらずこのあたりをぶらぶらしている5月でした(おお、晦日を控えた日記っぽい)。

大人になってひととそんな話をしたこともなく、さらに本人も忘れていたのですが、そういえば小学校低学年のころも学校行きたくない病を何年か患って、朝は始業後の時間に通学路をぶらぶら歩いたり寄り道をしたりしながら学校に滞在する時間をなるだけ少なくしようとしていた記憶があります。
低学年のころ通っていた学校までは家から2kmくらいあって、途中はりんご畑、踏切、私鉄駅、路地、田んぼ、盲学校、農協と、わりと変化に富んだ通学路だったですね。

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で、あれだ。今日は日曜だったのですが、ちょっと本とメガネを見にまたoazoに行ってしまいました。
なぜかあまり探検したことのなかった4Fを攻めることに。

今使っているメガネの、明るい色のプラスチックでできたツルが黄ばんできてしまったので、そろそろ次のを探そうと思ってます。
前々から、フレームがレンズの下についているやつだとちょっと目先が変わって面白そうだと探していたのですが、「逆ナイロール」という名前を先週まで知らなかったのでとにかくいろんなメガネ屋に足を運ぶしかなかったわけです。
うーん、ちょっと高いね、なんて思いながら、とりあえずいいと思ったやつの型番を記憶して、ネットに安いのがないかどうかあとで調べようと、丸善のメガネ売り場から立ち去る私。

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同じ4F、洋書のコーナーをちらちら見たあと、松岡正剛氏プロデュースの『松丸本舗』へ。
迷路のように置かれた本棚。棚には、立てて並んだ本の上にも本が横たえられていて、やや雑然とした感じで本が並んでいます。たとえばエロ、フェチ、男と女、そんな独特のテーマ別に、マンガから学術書までが集められ置かれています。歩き回ってみれば、まるで本の虫の頭の中をさまよっているような印象。5万冊あるそうです。面白いわ、これ。

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話変わって、昨日は鶏そぼろを作りました。
酒半カップに醤油大2、砂糖大1を混ぜて一回煮立てて、鶏ひき肉200g弱を入れてほぐし、汁が絡んで肉の色が変わったら生姜のしぼり汁を投入。あとは水気がなくなるまで心を無にしながら(しなくてもいいけど)かき混ぜつつ炒り煮にするだけです。ご飯にかけてウマウマ。

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今月、GWが終わってからはなんだか気の抜けた日記ばかりだったなー
なるべく心静かに生きるために外部からの刺激を遮断(環境をチューニングして、入ってこないようにする+意識をチューニングして、入ってきたものを処理しないようにする)していると、必要なものまで入ってこなくなったせいな気がします。
拒絶反応を抑えようと免疫抑制剤を打ったら日和見感染してしまったり、
共同体の軛から解放されたら孤独になってしまったり、
まあ大抵の処置には副作用が伴いますでな。
しかし弊管理人の圧倒的な飽きっぽさはたぶん健在なので、1-2か月ほどを経て刺激の遮断に飽きれば、また元に戻るのではないかと思っています。

2010年05月26日

雑記

ええとショパンのノクターン(Op.62-2)に手を付けてます。
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これね。1846年の曲だというから、死ぬ3年前、晩年といっても36歳。
速度はレントの指定なので、とても遅い曲ということになります。録音を聞いていると眠くなるかもしれないけれども、ライブなら大丈夫な気がする。ましてや弾いているほうはかなり気持ちいいです。
リストが交響曲をピアノに落とした人だとすれば、ショパンは歌曲をピアノで再現した人だという対比を思い出します。旋律はほんとうに心の中でいっしょに歌いながら弾きたい、平易だが美しいもの。この繊細なラインをぼんやりとした光彩に沈めるのは左手の伴奏です。
ダイナミクスやテンポ、ペダリング次第でほんとうに弾く人の個性を引き出せる奥深さがあると思います。しかしそこには同時に、収斂していくイメージのようなものもある。到達点というか、ひとの最期を暗示するというか、そんなものが。

* * *

全然話は飛びますが、7月のTOEFL、申し込んでしまいました。あーあ。
何度か目の英語ブラッシュアップですが、これまでで最も点が取れる感じがしません。

12年前(!!!)、留学のために受けたときはPaper Based Testで、どっかの大きなホールでペーパーテストを受けたものです(580点)。次受けたのは4年前、このときはComputer Based Testになっていて、読む聞く書くをPCに向かってやりました。作文を手書きしなくていいのは有り難かったが、作文の評点は全然10年で伸びていないという悲しい結果に(270点)。
今回はInternet Based Testとまた形式が変わっていて、今度は「話す」が加わってます。さらに苦手な作文がひとつのセクションを構成していて比重がかなりでかい。

話せるわけねーだろ!日本語でも言いよどむのに!
とキレても仕方がない。とにもかくにも期日が決まらないと本腰入れて勉強しないので、申し込むだけ申し込んで、対策始めてます。
どうも書く・話すともに型があって(さらにその2つはかなり共通しており)、話の展開のしかたと表現のバリエーションをいくつか貯め込んでおくという方法が有効な気がする。

それにしても高いねー、いまTOEFLは$200です。円高じゃなかったら2万超えだ。なんなんだ。ネット導入って普通はコストは下がるもんじゃないのか。

* * *

ここのところ続いている「ものを読むのに身が入らない症候群」は、買ってみたもののあまりわくわくしない本が溜まっているのと、職場が暑くて頭がぼーっとしたまま一日過ごすことが多いのと、必要があってものを読んでいることが少ないことあたりが原因なのではないかと思っています。

語学なんて所詮道具だろうよ、もっと勉強することあんだろという意見もありましょうが、お高い試験に申し込んでしまったことで、自分の中の強制勉強モードを立ち上げて事態の打開を図れればよいと思います。いまや参考書以外読む気になりませんが、毎日このままではまずいまずいと思いながら勉強する時間を作ってこせこせと読んだり書いたりしているので、だんだん頭がちゃんとしてきた感じがする。

* * *

今夏の風邪は喉に来るらしいんですけど、今月初めからなんとなく調子悪かった喉が先週から悪化。来たな、これ。咳と痰。マスク出動。
でも体調は悪くないです。たぶん仕事が忙しいから。思えば去年の夏に転勤してきてから2、3度、風邪引いたという自覚はあるんですが、風邪引いてる場合じゃない忙しさが続いているので体が頑張ってくれて、高熱→休業には至ってません。

弊管理人の体は人目を気にするヤツで、休んでも代わりがいないとか、職場で下っ端のため人にピンチヒッターを頼めないといったシチュエーションでは風邪が悪化しなかったり、トイレに行く時間もないくらい忙しい日は便意が来なかったりと自動的に体面を保ってくれるのです。いや、ありがたいんですけど、なんか痛々しいね。

2010年05月08日

東工大+コメダ

横浜市にある東工大すずかけ台キャンパスの学園祭に行ってきました。まあ個人的興味半分、仕事に繋がるといいなという期待半分。

研究室をいくつか見て回りましたが、お祭り!という雰囲気というほどでもなく(一画では模擬店など出ていましたが)、発表会を淡々とやっている感じ。ポスターを見ている人がいると学生さんたちが寄ってきて説明してくれました。それこそ生命、材料、情報といろいろ集まっているので研究内容も多彩でした。当たり前だけど、こうした細かい発見を積み重ねて科学ってできているんだね……

こちらも遠慮なく質問できる機会なので幹細胞だの水素だの暗号だの細菌だのについていろいろ聞かせていただきました。研究内容そのもののほか、研究の背景とか、この分野の情勢ってどうなっているかとか、ここのオリジナルなところはどこかとかいったことを、坊主頭にメッシュキャップ・半袖シャツ・半ズボンの変なオッサンが質問していると先方も訝しく思うらしく、どこでもこんな会話に↓

学生「どこの大学の……」
私「いや大学の者じゃないです、サラリーマンで」
学「あ、じゃあ理系の企業ですか」
私「いえ全然そんなのでは」
学「???」

混乱させて申し訳ないw

今日はとても爽やかに晴れてそよ風も吹いておりました。キャンパスを歩き回ったら喉が渇いたので、帰りしな長津田で降りてちょっと歩いたところにある「コメダ珈琲店」に。
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初コメダでした。アイスコーヒーと名物シロノワール(デニッシュの上にソフトクリームが乗っていて、メイプルシロップをかけて食べる甘ーいデザート)のちっちゃいの。
コメダが普通にある東海地方の人から見ると、千葉県における「サイゼリヤ」、札幌市における「みよしの」くらいありがたみがないのかもしれませんが、いいんです。関東には少ないから。

2010年05月03日

連休3日目(水辺)

友人が「水が見たい」などと逆狂犬病みたいなことをのたまったので、今日は東京ウォーターフロントおとなの休日、グルメと史跡の旅(プw)。

昼に築地で待ち合わせてメシを、と思ったものの、祝日にあまりお店が開いているとも思えないので、汐留に変更して、シティセンターのてっぺんから和食を食いながら東京湾を見下ろしてまずは1水辺。

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それから浜離宮へ。ちょうど14時からのガイドツアーに間に合ったので参加して、いろいろとこの公園に関するうんちくを聞きながら歩き回ります。
初めて来たけど広いね。そして、江戸時代のお庭の外に高層ビル群が建ち並んでいる風景もたいへん面白い。
座って寛げそうなところが何カ所かあったので、今度はお弁当でも持って来たいところです。秋に紅葉がきれいだろうと思われるスポットもいくつかありました。2水辺。

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ゆりかもめでお台場に移動してちょっと一杯飲んでから、日の高いうちに水上バス(東京水辺ライン)で隅田川を上り、両国へ。スカイツリーは368m。下町の風景がかわりますなあ。3水辺。

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両国の「天亀八」で特上かき揚げ丼で夕飯。
どんぶりのフタからはみ出るかき揚げがテンション上がりますね。えび、いか、貝柱。ぷりぷりでおいしいです。しっとりめですがしつこくなくて、胃にどすーんと来ないのがいい。2400円出すかといわれると微妙。1500円なら通う。でも8ヶ月くらいしたらまた来るかもしれないな。

とまあ、外国人か熟年の東京見物みたいな一日でしたとさ。

2010年05月02日

連休2日目(熱狂の日)

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ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン(熱狂の日2010)という音楽祭が東京国際フォーラムで開かれています。
1回当たり45分という短さで、しかし1500円から3000円程度の安価な値段で見られるコンサートがたくさん、それからCDやグッズの販売、マスタークラスなどのイベントをやっています。
今年のテーマは生誕200年を迎えたショパン。

ボリス・ベレゾフスキーの夜の公演のチケットをとっていたので、夕方に友人と待ち合わせてぶらぶら。
まずはピアノのマスタークラスを見に行って、それから山野楽器がやっていた楽器体験コーナーでチェロを弾かせてもらい(気分だけロストロポーヴィチ)、隣のTOKIAビルで夕飯を食らったあと会場に戻ってコンサートへ。

リストのピアノソナタは、同行した友人には「なし!」と不評でしたが、私としては「あり」。ベレゾ氏の通し練習拝見、という感じで、あまり溜めのないいそいそとした演奏でしたが、ダイナミクスには華があった。とくに少ない音で歌う旋律や音の鳴っていない空白を、高圧の空気で満たすという芸当は、ライブならではのなかなかなものだったと思います。短いコンサートなのに2回もアンコールやってくれました。

もともと音楽をやるための施設ではないので、会議室みたいなところでスタインウェイを使ったマスタークラスを聞いたり、講演会場みたいなホールでコンサートを聞いたりで変な感じ。でも人出はすごいもので、お祭りの熱気は大いに体験することができました。それにしても今GWは天気がよくて暖かいね。

2010年05月01日

連休1日目(おにぎり)

曜日配列のせいか、今年は正月にがっつり正月気分を味わった感じがしなかったのですが(ほとんど仕事だったし)、ゴールデンウィークは世間的にものすごく連休の雰囲気が盛り上がっているように思えます。なんでだろう。

晴れましたしね。お昼に炊き込みご飯をつくって、おにぎりにして九十九里浜に行ってきました。
みんなGO WEST!(古い)なせいか、西の方の高速道路は激混みだったようですが、東に向かう京葉道路と千葉東金道路はスキスキスー(古い)でした。1時間ちょっとで到着。
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風が強い。
バイクで砂に踏み込むと滑る滑る。あぶない。
九十九里の空の色はいつも、水に溶いた「そらいろ」のように淡いのはなぜでしょうか。
そしてそこから下ると、南房のつややかな緑と競い合うように濃くなっていくのも。
4年以上前まで千葉に住んでいましたが、ここそこに思い出の場所があって、いろんなことを想起させられます。というより、バイクで走っていると、記憶をたどったりいろんなことを考えたりする以外にすることがないですからね。まとまることも、拡散することもあります。

そんなわけで「連休だしお出かけしなきゃ」的な焦りは払拭されたので、あとは淡々と遊ぶってものでしょうかね。うむうむ。

2010年04月18日

1週間もろもろ

前回の日記を書いてからしばらく、きちんとまとめて書くほどでもないことがあれこれ起きたり浮かんだりしていたので、まとめて。順不同に見えますがそうでもないです(笑)

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数年前、会社をやめた同期が法曹になったと聞きました。
新人研修以来会わないままだったものの、聞き及ぶ評判と9年前の印象を総合すると、まっすぐで正義感の強い彼だったので、新しい仕事のほうが適職だったのではないかと。
自分はしかし、法曹って向かなそうだなー。自営・手に職・定年なしというのは魅力ですが、性格的にはクライアントに是々非々で臨みたくて・しかしそういうわけにもいかなくて悶えそう。

数年前、会社をやめた先輩格が仕事先に再就職していて、仕事先でばったり→名刺交換。あれあれこんなところに。

札幌で一緒に仕事をした後輩が月末で会社をやめるそうです。医学部目指すのだとか。ううむそれはいい選択だ。けど時間かかるよね……あと君、奥さんと子供いるよね……

今走っているトラックから降りるという判断は、理路整然と詰めて行う種類の判断ではないのではと推測しています。えいやっと跳ぶ、そういう瞬間をもたらすものは、ほんとうにちょっとした後押しの力なのかもしれない。

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金曜、新宿三越アルコットに入っているジュンク堂をぶらぶら歩いていました。ここは本棚が高く、平積みの台が少ないため棚と棚の谷間の通路が狭く、一列に並んでいる棚の数が多い(通路の奥が深い)ところが多い。同じ新宿の紀伊国屋や東京駅前の丸善など他の多くの大規模書店と違って、本の森を歩いているような感覚を強くします。

森を歩いているとよく出会うのは幽霊ですよね(?)
そこに並んでいるのは読めたはずの本、勉強できたはずのテーマ、練習できたはずの技術、選べたはずの進路。何年、何十年と時間を過ごすなかで無数の選択をしてきているわけですけれども、そこで選択されなかった選択肢たちが幽霊となり、ちょっとしたこと―たとえば昔、一瞬気を引かれた本を書店の本棚に見かけること―をきっかけに顕現する。

時間を過ごすことをどうイメージするか、いま二つの仕方を思い浮かべています。時間を過ごすほどに世界が広がっていくというイメージ、もうひとつは時間を過ごすほどに自分の歩く道が狭まってくるというイメージ。後者のイメージで道ばたを埋め尽くしているのが幽霊なのですね。

幽霊を恐れる=後者のイメージで時間をとらえる人がえてして採ってしまうのが、できるだけ何者にもならないという方略なのかもしれません。おそらくそれで幽霊が見えなくなってくれることはないのですが―むしろ幽霊が見えなくなるのはさっさと何かに没入して前者のイメージに移行することではないか。

何かにお金を使って、得たものを愛好するのではなく、お金の可能性=「何でも買える性」を愛好する(裏返せば、何か買う物を選択することによって「ほかに買いえたもの」=幽霊が発生することを恐れる)人がどうも安心できない感じに見えることが多いのと似た印象を受けるのですが。

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アイロンかけなきゃいけないシャツがだいぶ溜まってきた。
というか今、部屋の中の至る所に衣服が散らばっておるぞ。

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あれはちょっとまずかったな、と思う仕事がひとつあって(ま、全然問題化したりしてはいないのですが)、週後半にまたずどーんと落ちていました。土曜出勤が終わった昨日夕方から全力で遊んで対処。最近のストレスマネージメントはputting asideがメインで、非常に距離のメタファがしっくりくるようなやり方で、ストレッサーを「遠くへ追いやる」感じになってます。

その一番手っ取り早い手段がなんと酒なのです。酒に頼って何かを解決しようという考え方は採らない人間だと自分のことを考えていたのですが、そうでもないね、どうやら。あるいは、そうでもないというよりは、自分の体質がゆっくり変わってきたのかもしれない。思い起こせば2007年ごろから、それまでの自分の傾向と対策がだんだん当てはまらなくなってきたような気もします。

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昼にナポリタンを作りましたがピーマンがまだ余っていたので、夜は挽肉を買ってきてピーマンの肉詰めにしました。うまかった。けど、ハンバーグに焼いたピーマンをのっけて食べるのと変わらないなこれは。

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私の中に「私A」と「私B」というものを持っていて、Aが喋ったり動いたりしているのをしばしばBが俯瞰視点からトレースしている、そんな自己認識を持っている人というのは少なからずいるのではないかと思います。

自分もそのくちであろうと長く思っていたのですが、最近ちょっとそのモデルから外れているのではないかと気づきはじめました。

A(実行役)をBが高いところから把握・監視している、というのを自意識の「縦置きモデル」とでも名付けるとすれば、自分の場合はA(実行役)を同じ地べたでBが後ろから追いかけ・しかし追いつかない・把握できていない「横置きモデル」とでもいえるようなもののような気がします。

Aの言動の傾向・癖・原則、そういうものをわりとBがよく分かっている縦置きモデルの場合は自分の一体感というか、自分というものの構成がよく信頼できる、ソリッドなものとして立ち上がるのではないかと思います。一方で横置きモデルの場合は、Aはかなりの頻度で予想外な言動をするのでBは常にAに関する理論の再編成をしなければならない。縦置きモデルにおけるBを透明性の比較的高い組織のマネージャーに喩えるなら、横置きモデルでのBは天変地異に対処する預言者のようなものでしょうか。

とても個人的な感覚なので他の人の理解が得られるかわかりませんが、本サイトに書かれているのはAの言動、その書き手はB、そんなイメージです。

しかし、AとBが分裂していることが分かるということはその二者を見渡すところにCが立っているわけですかな。と嫌な予感がしたところで、続く。

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土曜夜から酒におぼれて朝帰り、昼に起きて上記ナポリタンを食べてから、ふと思い立って国立西洋美術館に行ってきました。
かなりしばらくぶりです。下手したら仕事始めてから行ってないんじゃないか?

(1)今見ると絵画って歴史と宗教と哲学の織物であり、音楽や政治とも密接にくっついて時代という構造物を構成しているのですね。一枚の絵の中にものすごい情報が詰まっていてとても面白かったです。

(2)ちょうどボランティアの方が美術館ツアーをやっている時間帯で、それにくっついて説明を興味深く聞きながら館内を回っていました。さらにiPhoneやiPod touchのアプリで館内をガイドしてくれるシステムが始まっているようで、何人かが利用していました。欲しくなってきたぞ、iPod touch(32GBのやつ)。

(3)常設展420円て、安くね?

(4)えっ、常設展て写真撮っていいの?(と思ってカメラ取り出したらメモリーカード入れ忘れてますた)

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入浴剤、白元の「バスキング」と花王の「バブ」を試しましたが、バスキングは防虫剤メーカー謹製だけあってなんか殺傷力高い感じの香りがします(笑)。今夜はバブでハーブ風呂だな。るんるん

2010年04月03日

取り急ぎ春を探しに

ふつう、というほど多数ではないが看過できない程度の数の人が、人生というものを、関門を次々とクリアするゲームのように生きて〈しまう〉種類の人なのではないかと思っています。

やりたいことがあるから試験をパスするのではなく、そこに試験があるからパスする。特定の人と継続的に一緒にいたいから交際をするのではなく、交際という関門をクリアするために誰かを好きになってみる。内発的な動機のように見えるのは、「これをしたい」ではなく「これをしたほうがいい」というドライブであり、その基準は外から(あるいは、自分の中に形成された他人から)与えられているのにすぎない。

からからに渇いた根っこではとても支えきれないがらんどうの自尊心を、関門クリアゲームの支柱でどうにか倒れないようにしている。だから常に無軌道に自分のポテンシャルを確かめようといろいろなことに手を出してみる。ただしその営みは同時に、ふっと姿を見せては消える不安の淵源でもある。そんなことは分かっている、知っている、しかし、やめられない。檻のない牢獄。

解放されるためにはどうするべきか?檻のない牢獄を脱して、檻に入ればいいわけだ。目的も手段も外から与えられる、しっかりと評価方法が作り込まれた制度の中へ。その窮屈さにぶつぶつ文句を言うことだって、檻が可能にしてくれるささいな贅沢だろう――檻のない牢獄の不安に比べたら。

閑話休題(笑)、

ちょっくら桜を見に、激混みの隅田公園にいってきました。
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春のうららの隅田川、と、その向こうで着々と建設が進むスカイツリーを見る人たち。数日前に「日本一高い建造物」になりましたね。3月29日現在で338mだって。
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まだこの倍まで伸びるのかー
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新東京タワーと、ソメイヨシノ。
2関門いっぺんにクリアです(←だめなひと)

2010年03月28日

さくら(2)

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夜中の海中で光を差し向けると、プランクトンだのゴミだのが顕在化して、さくらの花びらのように見えるものです。

いや逆。靖國の夜桜はまるでマリンスノー。
今季一発目のお花見は体の芯から冷えるような寒さの中でした。

2010年03月23日

さくら

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東京ではきのう、さくらの開花宣言が出されました。
けさの外務省の桜です。先週から既にぽつぽつとつぼみがほころんでいたのですが、連休が明けて重い体(太ったのではない)をひきずりながら霞ケ関を歩いていたら満開状態になっていました。

どこぞのラジオで「もう咲いてるさくらもまだまだのもあるのに、お役所に花のことを決められたくない」とかおっしゃっていましたが、気象庁は気候の把握手段の一つとして生物観測を利用しているので毎年同じ標準木で観測を行っているのであって(いたずらされると困るので、どの木かは公表されていません)、てまえさまのお花見スケジュールを調節することを第一義としているのではないのですね。
いや、それにしてもradikoはすばらしい(余談)。

それにしても、さくらを撮るのは難しいです。

2010年03月21日

風の強い春分の日

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最近、毎週末は疲労困憊で迎えることが多いのですが、この金曜は特にへっとへとのどろっどろ。土曜はデトックス(早寝早起き、朝湯、自炊)でなんとか回復し、ごうごう鳴る風の音を聞きながら就寝しました。

明けて今日も特にどこに行くということもなくダラダラしていました。風も強いし、なんだか黄砂もきていたようで窓の外も靄がかかったようでしたが、午後になって晴れ空も気持ちよさげだったので、ちょっと海と飛行機を見に湾岸地域をバイクで走ってきました。

最高気温20度とかになった昨日今日ですが、日が落ちると寒いですね。
さて明日はどうしよう。

2010年03月13日

景色をチューニングする

一度かなり早い時期に登録したまま放置→アカウント削除したついったをふたたび始めてちょっと経ちます。

どこで聞いたか覚えていませんが、とりあえず100人フォローすると面白くなるというので、有名人とか、よく読む本の著者をフォローし、さらにその人たちがフォローしている人たちの中から面白そうな人たちをフォローして、50人くらいまでいったところでタイムラインがわりといつもゆっくり流れるくらいのスピードになったので、しばらく観察していました。

興味に近いところから芋づる式にフォローを拡げていったので、いきおい流れるつぶやきはその関係のイベントや外部ブログの書き込みへのリンクなどが多くなってきて、とても便利です。といってもお知らせばかりではなく、雑多な思いや衣食住の話、ネタ的ないろいろ、さらにちょっと興味関心外だった意外に面白い話なんかも入ってくるので、あまりがちっと情報の傾向が決まらないところもよい点だと思います。

反面、負の感情から書き込まれるつぶやきも多くて、他人事でもけっこう気分が沈むためフォローを外した人もいます。特に(もちろんフォローしている人たちの中でですが)わりと弊管理人の環境はtwitterで叩かれやすいところにあるので、自分の周辺にそれが及んでくるとさらに重い気分になります。
当初は見たくないものを全く見ないというのもなあ、というのと、叩いている人もときどき有益なことをつぶやいてくれるのでそのままにしていたのですが、毒の蓄積もあってかだんだん沈みっぱなしになってきたので、思い切って10人ほどフォローを外しました。

自分の場合は、つぶやきはここでやっていれば十分で、twitterではもっぱら他の人のつぶやきを見ているせいかもしれませんが、twitterは自分の好みの方向に穿たれた窓みたいなもののように感じています。外界の一部を切り取って、見たいものだけ見られるようにしてくれるという。
そして、これは自分の性格によるのかもしれませんが、だんだん窓から見えていない別方向の景色に考えが向かなくなって、窓の外に見える暴動やお祭りに異常な重みを感じてくる。ここでもよく書いているように、そういう視野狭窄は弊管理人の場合、精神衛生上とても悪い。(他の人のつぶやきのなかにも、自分のタイムラインの中で流行っていることが世の中で広く流行っていると思い込んでいる様子や、twitterをやってないとはけしからん的な考え方、ちょっとした言葉の行き違いに起因するうかつな激情の表出なんかも見られるので、弊管理人の感じ方はそう特殊でもないかなとも思うのですが)

そこでフォロー数とか相手の調整をしてみました。つまり、「見たいものが見られる度」を少し下げて、「見たくないものを見なくていい度」を少し上げる。また、「見たいとは思っていなかったが見ればおもしろいものが飛び込んでくる度」はできるだけ残しておく。そんな感じで、いくつかの変数をたてて景色をチューニングする。これでまたもう少し様子を見てみようと思います。

2010年03月06日

日本的未成熟をめぐって

(2010.3.7ちょこちょこ修正)

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冷たい雨の土曜日、大岡山の東工大で開かれた国際シンポジウム「クール・ジャパノロジーの可能性」の2日目、「日本的未成熟をめぐって」を見てきました。
なんか文系のシンポは久しぶり。観客は思想に興味のある学生さんが多い感じ。黒縁セルフレームのメガネかけてニヤニヤしながら喉を使ったけっこう通る声で早口で小難しい言葉を使ってダベってる人がけっこういました(笑)

あ、さて、企画の意図は、会場で配られたパンフレットから引用させていただきます。

美術作家の村上隆、映画監督の黒沢清両氏を招き、日米の研究者が対話するシンポジウムです。 マンガ、アニメ、ゲーム、アイドルなど、現代日本文化の中心には「未成熟」、あるいは成熟拒否(去勢不安)のモチーフがしばしば現れます。現実の描写から乖離したファンタジー、「かわいい」女性キャラクター、怪獣やロボットなどのだつ人間的な立体造形、幼児的な暴力表現……。それらはしばしば国内では「子どもっぽい」ものとして忌避されてきましたが、他方でその特徴こそがいま世界的に欲望されています。このシンポジウムでは、そのような「日本的未成熟」のもつ文化的、社会的な意味を、グローバルな受容状況を鏡として考えたいと思います。

司会は東浩紀さん、登壇者は上記2者のほか宮台真司さん、ボストン大助教授のキース・ヴィンセントさん。

ヴィンセントさんは、日本の未成熟の原点を原爆と占領(「精神年齢は12歳」!)に設定してみせました。大江健三郎、江藤淳などその未成熟を批判的にとらえた戦後の作家に対して、村上、黒沢はそうした「未成熟・対・成熟」という二項対立に窮屈さを見出し、風刺などの別戦略で乗り越えているのではないかと分析しました。

続く村上さんはあるロリコンのアーティストをアート業界に認めさせ、経済的成功を得させる過程を紹介。それは、西洋のアート業界にまず受け入れられやすい方法で侵入してから、本当に描きたいもの=ロリコンを飛散させる方法といえそう。「クール・ジャパン(村上さんはそんな言い方やめろと言ってましたが)の可能性」実践編ともいえるお話でした。芸術(霊感)と経済(戦術)を両にらみすることの意義。

黒沢さんは、自身の作品のアクションやホラーのシーンが、意図する効果が海外の批評家たちに対してもたらせなかったと振り返りました。アニメや文学のように一つ一つのシーンや言葉に全て意図を込めて相手にメッセージを送り届けようとするのではなく、ある程度のところで観る側にもメッセージ伝達の作業を共有してもらおうという姿勢が「未成熟」といえるのではないかと指摘。

宮台さんは、「かわいい」が60年代以降の日本で果たした機能の変遷を解説。ビートたけしも「かわいい」、街のおっさんも「かわいい」と、自分の周りのさまざまな毒性を解除していき、それによって不安な「わたし」が社会に漕ぎ出していくことを可能にする機能は、ひょっとしたら今まさに複雑化、不透明化する社会を迎えた国で「かわいい」が受け入れられるカギになるのではというお話。

4者4様に「未成熟」と向かい合っていたという印象で、これに横串を刺す力は私にはありませんが、各人の発表のあとにあった討論もかなりいろいろな論点を含んでいて考えさせられました。

司会の東さんのつぶやきによると、書籍化したい(ほど本人的にもよかった)そうなので、本になったら手にとってみられるといいと思います。このエントリーの拙い要約を読むよりやはり通しで見たほうがいいと思います。村上さんが「かわいいとは死である」というかなり緊迫したテーゼを次回作に盛り込むという話とか、黒沢さんのアバター一刀両断(笑)とか、要約に盛り込むとちょっと枝が広がりすぎるので外した興味深い話なんかもありましたので。
終了時の会場の拍手はかなり熱気のこもったものだったように思います。

以下もちっと詳しい備忘録。↓こっち読むともうちょっと伝わるかも。
長いので折りたたんでおきます。

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2010年02月28日

工人舎 PM

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原則、何かを買うときは「欲しいと思って10日待ってまだ欲しかったら真剣に検討する」ことにしているのですが、今回はもっと長いスパンで軽いパソコンを探していたので、安いものが見つかったところで買ってしまいました。

工人舎という会社の出しているPMというちっちゃいPCです。写真手前のやつです。奥にあるのは15.4インチのノートPC、左にあるのは携帯です。これでWindows XPが動いています。重さは340gほど(携帯電話3つ分弱)。

仕事で持ち歩いているのはLet'sNOTEの1kgくらいのものなのですが、書類とかカメラ、本などと一緒に持つとやっぱり鞄はけっこう重くなります。今回、「持ち歩く気になる」軽めのガジェットを求めながら、いくつかの選択肢を検討しました。

まずKING JIMの「ポメラ」DM20です。

純粋にメモをとることに特化した機械です。amazonで23000円ほど。
キーボードは申し分なく、話す早さでタイプすることが可能です。単4乾電池2本で20時間駆動、ボタンを押すとすぐに起動するところがかなり魅力的です。しかし、通信機能がまったくついていないので、出先から打ち込んだ文章をどこかに送る必要ができた時はほぼアウトです。(文章をQRコードに変換して携帯で読み込めるようにする機能がありますが、自分の場合、扱う文章がけっこう長いのでちょっと実用にはならなそう)

そこで、SONYのVAIO type Pはどうか。

ポメラ級の大きさの打ちやすいキーボードがついたちっちゃPC。オークションではそこそこと思われる程度の中古が45000円程度、新品で求めようとすると6-7万くらいからでしょうか。
これも打ち込みやすさではピカイチ。WindowsPCなので通信、ソフトウェア上の制限を考える必要がありません。ただし、バッテリーはおそらく満充電からの持ちが標準バッテリーで3時間くらいと少々短め(大容量バッテリーだと重くなって意味がない)、あと軽いには違いないですが、重さが600グラムを超えてくる点が気になります。

一応検討したのがSHARPのNetwalkerです。

電子辞書サイズのPDAです。amazonで34000円前後、軽いのと安価なのが魅力です。しかしながらここまで小さくなるとキーボードはかなり打ちにくい。また、OSがWindowsではないので、使える通信機材やソフトウェアが限られるというのもちょっと気になる。普段は有線・無線LAN、年に何回か周囲にネット環境がない辺鄙なところからFOMAの携帯をUSBケーブルで繋いでちょっとだけ通信する必要がある、というちょっと特殊な使い方をするのでそれには応えられなさそう。

といった具合にそれぞれ長所・短所があって悩んでいましたが、入力のしやすさと使い慣れたWindows機であることからVAIOにかなり傾いていたところで、たまたま見た工人舎のページにアウトレットで安いのが出ていたので、結局PMを買ってしまいました。
想像以上に筐体も画面も小さいです。さらにキーも豆粒サイズです。ただこれは慣れの問題のような気もする。画面はアイコンや文字を大きく設定し、キーは人差し指・中指・薬指を使った変則タッチタイプでなんとか乗り切りたいと思います。バッテリーは7時間持つというので、まあ8がけで5時間ちょっととみても持ち歩くには十分です。非力さは否めませんが、動画を見たりゲームをしたりといったヘビーな使い方はあまりするつもりはない(たぶんポメラにメーラーがついていたら100%買っていたくらい)ので問題ありません。

これで職場、家に加えて持ち歩き用、という3つのPCを使うことになりましたが、Google Docsやカレンダーを使ってデータはできるだけどこからでも取り出せるようにしながら活用と棲み分けをしていきたいと思います。

2010年02月14日

友愛シンポ

ひょんなことから、っていうか以前本の感想を書いたエントリに著者からコメントがついたのが縁で、著者ご出演のシンポジウムを見に行ってきました。

鳩山首相が「いのちを、守りたい」と裏声も使って絶叫した施政方針演説を支える「友愛」と「新しい公共」をめぐって、政府や学界などからスピーカーが集まってああだこうだいう集まりです。
動画配信するそうで、そのうちここにでもアップされるのではないかと思うので、とりあえず管理人の印象から構成できる範囲で超簡単にメモっときます。

・失業した人、在留外国人、福祉を受けている人、薬物中毒者など、社会的に孤立しがちな人たちを排除や隔離するのではなく、さまざまな仕方で社会の中に戻ってもらう/踏みとどまってもらうこと(鳩山演説では「居場所と出番のある、新しい共同体のあり方」)、つまりよく公共政策論などで出てくる「社会的包摂social inclusion」が「友愛」の顕現するところであり、
・政や官は仕事の一部を、教育・就労支援などさまざまな分野で社会的包摂に向けて主体的に活動する民間の結社(典型的にはNGO/NPOか)を援助する/邪魔しないことに振り向けていくことが「新しい公共」の一つのプロセスだといえる。
・そしてこうした考え方は国の外にも適用できるもので、それは貧困や迫害など困難な状況にある人たちへの援助や環境保護など、国境を越えた活動に取り組む非政府組織や国際機関に対して、国の仕事や資源の一部を割譲していくということなんじゃないかと受け取りました。

で、個人的には「友愛」じゃなくて正面きって「社会的包摂」と言ったほうが、
・語感的に少しは気持ち悪くない
・英国などでのsocial inclusionの試行例から、実施方法と顛末と注意点を学び取りやすい
・単に「誰にでも優しくしよう」みたいな情緒的・道徳的な話ではなくて、社会の安定化のための手段なんだという実利的な(より広く受け入れられそうな)訴えがしやすい
点でいいんじゃないかと思いました。

実際のところ、受け入れがたい他者(場合によっては包摂を拒絶する遠い遠い他者さえ)をも包摂しようとするのはかなりパワーがいることだと思います。また、民間に「官に頼らず自分たちでできることをやってもらう」ことを政策的にどう誘導していくのかも容易にイメージしにくい課題だと思います。

久しぶりに制度設計者視点の議論をたくさん聴いたので疲れました。
貧困、ジェノサイド、そして弱者の視点を、みたいな話を聞くだけ聞いて会場の東大医科研を抜け出すと、そこは白金台。スポカジ姿で犬の散歩をするおじさん、ランチ3600円の張り紙、山の手の住宅街の平穏な夕暮れに軽い眩暈を感じながら、とぼとぼと目黒駅に向かいましたとさ。

2010年02月07日

六本木彷徨

ドラゴンクエストとのおつきあいはMSXというパソコンでやった「1」から始まり、小4のとき(1987)に初めてうちに来た(同級生の中ではかなり遅いほうだったと記憶してます)ファミコンで「2」から「4」、スーパーファミコンで「5」「6」(1995.12発売だが、受験生だったのでたぶん大学に行ってからやったはず)くらいまでやって、あとは就職直前?くらいに実家に戻っていたとき妹のプレステで「7」をやったきりです。あれから10年経ちますが、このかん新しく出たのは「8」「9」だけなんですね。知らなかった。

「ルイーダの酒場」というのがあります。これは一緒に冒険をするメンバーを選べるシステムが導入された「3」に登場した施設で、ここに寄っていろんな職業の男女をハントしたりお払い箱にしたりするわけです。

で、メーカーのスクウェア・エニックスがカラオケ屋のパセラとコラボして、リアル「ルイーダの酒場」を六本木に作ったというので「9」をやっている友人に誘われていってきました。
寒い日曜午前10時に列に並んで(社会現象になった「3」のときでさえ列には並ばなかったような……)整理券ゲット、75分入れ替え制で、15:30からの入場を許されました。ううむ、ここまでして……

5時間も時間を潰すことになったので、六本木ヒルズを歩き回り、HARBSでBLTサンドのランチ(お茶とケーキついて1300円。ボリュームもなかなかありうまかった)。さらに国立新美術館に行って文化庁メディア芸術祭をざっと見てようやく時間に。

寒い風がぴーぷー吹く外に並んだ人たちが入っていきます。
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中はこんな。まあカラオケ屋さんで出てくるような質の飲み物と食べ物。名前は登場キャラクターとか呪文の名前とかにひっかけてつけてありますが。
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私が唯一ウケたスライム蒸し。
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ニンテンドーDSで出ている「9」は無線通信を使って近くにいるプレイヤーとやりとりができるそうで、皆さんいろいろ食べながらDSをずっと操作してます。ここでしか手に入らないアイテムとかもあるようでしたが、そもそもDSを持っていない私は手持ちぶさたそのものでした。当然だ。DS買うか?つうか面白いのか?

2010年01月24日

命の認識

東京大学総合研究博物館でやっている「命の認識」という展示を見に行ってきました。
12月から始まってはいたのですが、今日は監修している遠藤先生による「遺体解剖見学会」というイベントがあるので、それに合わせて。

博物館の奥まった部屋におびただしい数の動物の骨が並べて置いてあります。
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それだけです。説明書きは何もありません(というのは建前で、何の骨かを書いたシートがひっそり一角に置かれた机の上にあります)。