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よしなしごと アーカイブ

2020年04月05日

桜など

1時に寝て7時前にいったん目が覚め、3度寝までして10時半。
大阪城公園に桜を見に行きました。
1年前も大阪に旅行に来て、中津あたりのなんてことない公園で桜の写真を撮ったんだけど、まさか住むとは思わなかったよね。
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道すがら仕事のメールが入り、大阪城公園に着いたとたんに「今日、呼び出すかも」という電話が来たので、お堀を半周して引き返しました。休みなのに落ち着かないな。
桜はきれいでした。
2011年の今頃は何してたっけ。

【16:40追記】
呼び出しはなさそうな情勢になりました。

【19:40追記】
風呂で久しぶりに湯船に浸かっていたら仕事電話が何本か来て、体を洗わずに上がってPCいじってたら体が冷えました。さむ……

【23:20追記】
それで悔しい気持ちで行きつけの料理屋さんに行っておいしいものたくさん食べたら気分が持ち直しました。うぇい

まあこんな日曜です。

* * *

北浜、コロンビア8。
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* * *

先週は宿直明けの日の仕事が結局宵の口までかかり、へっとへとでした。
やることが多すぎてちょっと爆発してしまった。
やな仕事。シフトワークならシフト通りに終わってほしい。
11時間寝て元気になったけど。

* * *

・前回から今回までの間に、ウイルスや病気そのものについてはっとするような新しい知識はあまり得ていない。が、感染がかなり増えてきた段階ではsocial distancingを強力にやるほうに注力して伝播を強力に抑え、成功したらまた3密クラスター対策をに軸を戻す、という2モード作戦でもたせていくという考え方が示されていて、これはなるほどと思った。しかしまさに最もホットな大都市圏は、人の気質や暮らし方からして強制によらないsocial distancingで接触80%減はできない気がする。あと家族同居の場合は……

・人工呼吸器が足りない場合の優先順位付けに関する議論が国内から出てきて、ああとうとうelephant in the roomに言及したかと弊管理人も思ったし、それなりに多くの人も思ったはず。この手の問題は緊急時にはじっくり議論する時間がないし、平時にはインテンシブに議論する機運にならない。結局いざという時にはなし崩しに「うーん……早い者勝ち」になると予想する

・というか、「軽症者は病院外療養」の決定が既に、急変対応の一部を諦める(ある時点で軽症だった人の一部は急速に重症化するが、病院外療養による受診遅れで手遅れになるのはやむを得ないと割り切る)施策に見えるが、そうじゃないのだろうか

・自分もあれだが、実家や親戚筋でなんかあった時にどうするか考えておかないとな

・若者最強説が相変わらず本当か、それとも嘘だったのか、もうちょっと見極めが必要なのだけど、何につけても今回必要なのは「分かってきたことに従って躊躇なく進路変更する」という態度なのかなと思っている。これは多分、「科学的な態度」とされるものの一部で、「おま、前は違うこと言ってたやんけ」といって従前のレールに縛り付けようとする声をまず自分に向けない(そして他人にも向けない)ことをこそ不変の原理にしたほうがいいんだろうな

・それにしても(1)次第に悪化していく状況に合わせて慣れる(2)それはそれとしてやらざるを得ないことは続行する、という両面から、日常というものは強力に進行するんだなと思う。この「日常への固執」は恐らく人の本質的なドライブの一つではあるんだけど、しかしその「日常」を支えているのは「人と人のつながり」で、まさにこの「人と人のつながり」こそがウイルス伝播の媒体だというのが難しい

・なんだかんだ言って国際会議はやはり「人が集まって」開かれ、海外旅行をして「肌感覚として」他の国を経験し、非公式なコミュニケーションが公式的な商売の世界を形作ってきた流れがいきなり断ち切られ、鎖国どころか「鎖人」し、そのかわりオンラインでなんとかするよう求められる。しばらくの間、従来の蓄積を食いつぶしながら「緊急避難的にオンライン」を続けた果てには、どういう商売と娯楽とintimacyの形式が生まれるのだろうか

・ところでパルスオキシメーター導入して「おお99%」「97%か……」など一喜一憂しております←ばか

2020年03月29日

レストレといつもの

西天満、レストレ。
宿直明けで昼飯を求めながら歩いていたら通りがかり、「悪魔の白いカレー」をいただきました。
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やや酸味のある白いカレー。春巻きみたいのはすり身かな。そこそこお値段しそうなフレンチのお店で1000円のランチなのですが、サラダもついててボリュームもあって(うっかりご飯の大盛りを頼んでしまい、最後はかなり頑張って食べた)満足度かなり高かったです。深夜までやっているようなので、次は是非遅くなった日に。

* * *

・コロナは「どうやら長くなる」ということがようやく膾炙してきた感がある。コロナの存在が「前提」になるとすれば、そろそろ「塾に行かないと勉強できなかった人はテレワークに向かない」「パーティー界隈の業種は廃業」「飲みニケーションで情報収集が難しくなる(少人数なら大丈夫だろうがそもそもリラクタントな雰囲気になるだろうな)」「足で稼ぐ営業が成立しない」「バスケやレスリングは競技消滅」などの構造的な問題に向き合わないといけなくなってくる。しかし人はそんなに生き方をほいほい変えられないのがつらい

・巣ごもり生活もいろんな蓄積を取り崩していったらそのうちどうなるんだろう。NHK-FMの「ベストオブクラシック」とかってコンサート録音のストック使い果たしたら選集ばっかになるのだろうか(いや卑近すぎた、これは)。他にはフィールド系の学者が今持ってるデータをアウトプットしたら次が書けなくなったりしないんだろうか。プロ野球や大相撲このままできる?あと学会もいつまでもオンライン会議でもつ?ていうか今までみんなほんとたくさん生産し、蓄積し、浪費してきたのだな

・近々「COVID鬱」「COVIDフレイル」来るんでわ

・2009年の新型インフルエンザが季節性として定着したように、有効なワクチンもできずにSARS-CoV-2が定着し、しかも免疫が1シーズンしかもたないような最悪の場合、人口の高齢化や地球温暖化が緩和し、人は広い世界があることを知りながらも交通が激減し、知識や資本が偏在する世界の中で短く貧しい(慎ましいというと綺麗だが)一生を送るようになるのかね

・買い占めや外出規制、休業補償もそうなんだけど、全般的に「ざくっとイメージした大衆」に対する信頼感がないので「法で規制せよ」という話に容易になったり、「不正受給の恐れがある/線引きが難しいからしない」という判断になっているような気がする

・先週から若干体に「?」と思うところがあり、朝の検温と記録を開始。今週は興味本位でパルスオキシメーター(5000円くらい)を買ったので、酸素飽和濃度もモニタしてみます

・それにしても「こうしたらいい」と言うばかりでやってくれない人の多いことよ

* * *

ときどき回ってくる「むっちゃ忙しい3日間」が終わりました。3月の過勤は久しぶりに(前回はそれこそ2011~12年じゃないか)100時間超えそう。でも2月と違って決然と休んだ日もあったのでまあまあ、まあまあ。で、給料は東京にいる時より1割ちょっと上がった。お金より休みが欲しいです。

3日間の3日目、仕事で上の人に軽くキレて、持っていたペンと紙束を机上に投げてぷんすかしまい、後で反省。「大人げなくてすみませんでした」「いやいやw」というやりとりで片付きました。客はあほだが、客を忖度せざるを得ない上の人もまた悲しい立場のいい人なのだ。そこまで含めて嗚呼という話。

2020年03月21日

引き続きコロナ思いつき

・15日の日記では「健康への負荷は風邪~インフル程度でしょ、という割り切り方はあ」るとしたが、ヨーロッパの状況や臨床やった人たちの話がぽろぽろ出てきているのを見ると、もっとひどいようだ。なんか、医療態勢に余力がある時期にさっさとかかって治ったほうがお得な感じがするな

・あと同じ日の日記で、「いまの対策は感染拡大のペースを落とすもので、医療が逼迫して人が余計に死ぬのを避けるため(つまり早かれ遅かれ一定死ぬことは織り込んでいる)。そして終着点は、大半の人が一度かかって免疫を獲得することなのではないか」とも書いたが、若干違う。「毎日の新規感染0を目指しつつ十分低いレベルに抑える」のが目標で、その帰結は「ワクチンができてみんなで打って終了」「治療薬ができてみんなかかって治って比較的早く終了」「相当長い時間をかけてだいたいみんなかかる」のどれかになるということだと理解した

・今週にわかに流行ったキーワード「オーバーシュート(感染爆発)」。その火種となる「見えないクラスター」があると思われているようだが、これをどう見つけたらいいのかということを1日ほど考えていた。で、「無理して見つけなくていい」に傾いている。定点観測的な検査をやるとか、地域まるごと検査をやるとかすると見えるだろうが、感染者の半分を捕まえ損なっているとしても全国に2、3千人といったところで、これだけスパースに散らばってる人たちを見つけようとすると検査リソースを無駄遣いするだけかもしれない

・ということで、結局淡々と「密閉、密集、会話高唱、不特定多数、大規模」を避けた上で接触感染対策の手洗いをしてクラスター発生を防いでいくのが近道な気がしてきた。その上でどこかで偶発的な感染が起きたとしても、先の条件が揃っていなければ基本的にはうつしてせいぜい1、2人なので、見つかった患者の周囲を調べてそれ以上広がらないよう壁を立てる、でよいのではないか

・ちなみに、避けるべき条件にはもう一つ「呼吸が荒くなる」があるような気がする。高唱しかり、フィットネスもそうだし、卓球、飲み会も。それは、ジムにいる人たちはそんなに喋らないのにクラスターができたのはなんでだろう?と考えていて思ったことなのだけど(あれは接触感染なのかしら)。それでいうと屋内スポーツは大体だめになっちゃってつらいところ

・「どういう場でクラスターができやすいか」という環境条件がある程度分かったら、次は「どういう人がクラスターを作りやすいか」あるいは「どういう人が他人にうつしやすいか」という条件を明らかにしてほしい。それは行動かもしれないが、何かの生物学的な特徴かもしれない

・子どもがサイレントなまま感染を広げているってほんとかな。クラスター発生の場に子どもがいたことってあった?一斉休校前に子どもの感染者は何人か見つかっているが、校内感染てそんなにあったっけ?ACE2受容体の数が違うなどで、ごく軽症だったり無症状だったりするから見えないのではなく「ほんとにあまりかかってない」可能性があるんではないか

・話題変わって、「人前に出るときはマスクをする」がニューノーマルになって、マスクをしてない人にざわっとしたり、マスクを忘れて集まりの場に行ったら主催者から渡されたりということが出てきている。先日の寄り合いでは広い会議室が割り当てられ、おのおの1m以上離れてやった

・テクノロジー(電話とかネットが駆動して、みたいな)ではなく規範による遮断と隔離が長期化すると、人間のマインドや文化はどう変わっていくのかな

・例えば他人の息がかかること自体を忌避するようになると、排外的な気持ちになったりしないだろうか(思想的立場と病気嫌いが関連することを示した研究もあったはず)。「このあとちょっとご飯どうですか」から親しくなったり、非公式情報が手に入ったりということがウェブ会議では起こりにくくなりそう。横のつながりが分断されて権力や権威と1対1で向き合うようになると、ピアに軌道修正してもらえる契機が失われて(ますます)単純になるような気がする

・あと、モニタ上で話してる人の話ってほとんど真面目に聞かないので、コミュニケーションの効率が落ちたりしそう。口元で感情表現していたアメリカとかの人たちは、マスクが着用が恒常化すると日本人のように目で話すようになるのだろうか。いやマスクしてないか

・医療現場や役所で1月から働きづめの人たち、相当体力があるグループでも相当疲れる頃じゃね

* * *

でもっておなかがすいたので「くりやん」のポパイ丼を食べてしまった。げふ
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先日食べたelicafeのリンゴパンケーキ。
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やれやれ。

2020年03月15日

引き続きコロナ

弊日記には珍しく時事的なメモを引き続き。合ってるかは知らない。
非専門家なので、ああだこうだと考えること自体を楽しんでいるだけです。

・いまの対策は感染拡大のペースを落とすもので、医療が逼迫して人が余計に死ぬのを避けるため(つまり早かれ遅かれ一定死ぬことは織り込んでいる)。そして終着点は、大半の人が一度かかって免疫を獲得することなのではないか(全員でなくていい。かかってない人がかかったことのある人に囲まれると、かかったことのある人が壁になってウイルスは入ってこない)。時間稼ぎをしている途中でワクチンができれば、それで大半の人が免疫を獲得できるので最高

・感染拡大のペースを落とすと必然的に対策は長期化する。1年を超えてひょっとして2、3年とか。そのうちたぶん、経済停滞と病気のどちらがたくさん人を殺すかという議論になる。で問題の軸は、どの年代が死にやすいかという病気の特性から、どの階層が死にやすいかという社会的格差に移るし、そうなるべき。健康への負荷は風邪~インフル程度でしょ、という割り切り方はあり、それを考慮して社会的・経済的な負荷と比較考量してもいい

・その場合、1人が次の人にうつし→その人がまた次の人にうつし→…、というタイプ(仮に「連鎖型」、和歌山の病院)は拡大ペースが遅いので、ある程度許容していいかもしれない。まずいのは密閉&密集の空間に1人が飛び込んで一気に多数にうつすタイプ(仮に「爆発型」、ライブハウスや屋形船)で、こちらを重点的に回避するというのが基本になるのではないか。密閉&密集という環境にならないジャンルを再開していくと、クラブでウェイは年単位で無理かもしれない。陸上競技はいいけどバスケはダメ、4人の飲み会はいいけど50人の歓送迎会はダメ、とかの線引き問題も出てくる

・中国が強烈な対策でピークアウトしたらしいから、数ヶ月頑張れば封じ込めは可能じゃないのという見方もあると思う。けど、無症状の感染者が一定うつしているというのと、うつすペースが速い(serial intervalが短い)らしいと聞くと、罹患ゼロに持ち込むのは極めて難しい気がする。今の国内対策がこれを目指していて、科学的には可能だとしても、社会的・経済的な負荷に耐えられなくて諦めないといけない時がわりとすぐ来るのではないか

・仮にゼロにできたとして、それで制限解除したら流行再燃しないかな。たぶん無症状の感染者が世界中を動き回ってるし、清浄国(地域)とそうでない国(地域)を分けて交通というのはどこまで効果的か。世界中で終息しないと正常には戻らなそう

・なんか「政府に縛ってもらうの好き」かつ「強制的に縛られない部分は緩い」よねという印象。「うちは諸事情とデータ勘案してこうやることにします」と考えて個別にルール設定をしていったほうが、医学と社会の両方に折り合いをつけた落としどころに行けそうだし、今のところ制度的にはそれができる状態なんだけど。例えば、学校に関してはまだ感染者の出てない県教委が授業続行していて、ああいうのをもっと小さい単位でもできたらという気はする

・もっともこれは自由な社会を前提にした話で、最も効率的に押さえ込めるのは全体主義の社会なのかもしれない。と一瞬思ったが、そう単純ではないな。たぶん全体主義の社会にもアングラレイヤーがあって、そっちのが危ないか。いやどうかな

2020年03月09日

回復を試みる

帯状疱疹は7日間、抗ウイルス薬と痛み止めを飲むことになり、1日飲んだところでまず痛みがなくなり、7日目で触って分かる水疱がなくなりました。このかん髪が切れなかったのでそろそろ。

先週は始業時間を問わず終業が24時を回り、土曜も普通にシフトでかなり疲弊したので、日曜は思い切って仕事をシフトの人にお願いして、よほど困った場合でなければ完全休養させていただくことにしました。

日曜は8時間くらい寝て起きて、ジムに行って帰って、ひらすの粕漬けを焼いて昼食にし、バスクリン風呂に浸かり、風呂場で使うbluetoothスピーカーと美術手帖を買いに梅田に出たもののなぜかユニクロでパンツと特売の半パンを買ってもともとの目的のものはアマゾンで済ますことにし、おばんざいのお店でようやくまともな食事をし、ちょっと飲んで帰ってきました。
堂山町の「にしやま」。山椒と牡蠣が好きな弊管理人をメロメロにする両者の組み合わせ。
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つまり、全力で回復を図ったわけです。

あすからまた忙しい見込み。

* * *

父(68)が4月から市役所の臨時職員として働くことになったそう。
しばらく炬燵の番をしていたとのこと。やることができたのはいいことです。

* * *

人がコロナコロナで引きこもっていられるのは1週間から10日とみた。そもそもアフリカのどこかで誕生してミクロネシアまで行っちゃった現生人類がそんなにじっとしていられるわけがありません。強制力を持った引きこもり政策を無理に進めると、疫病を超える弊害が出る気がします。

2020年03月05日

コロナ

弊管理人が契約しているジムはローカルな小規模チェーンのせいか、コロナ禍の中でも「対策強化してます」「ビジター利用は当面やめます」とした上で――特に後者の対策は意味がよくわからないが――営業継続しており、弊管理人も引き続き行っているのだけど、それは
(1)スタジオもなくそれほど混み合ってない施設の状況、自分の年齢や健康状態などから推定できる感染と重症化のリスク、自分の周囲にハイリスク者が見当たらないこと、行かない健康リスク(いま大半が座り仕事なので)を一応勘案した
というのとともに、
(2)「規則バカうっせ」という気持ち
もあったりする。

(2)については公衆衛生全体主義みたいなものに対するスケールの大きな・正面からのアンチ、つまり「そういう社会、そういう施策はいけない」といういまどき筋の悪い思想ではなく、「著しい他害が見込まれないならそんなに我慢はしません」というミクロな自分勝手である(つまり主観的には抵抗ではない)。

「みんながそのように振る舞い始めたらどうする」という批判はありうるが、マクロレベルで困ったらマクロな手を追加で打てばよいだけ。「おまーの行動によりその地域のリスクが上がったように見えて私が迷惑を被る」に至っては、そんな間接的な効果を気にしていたら何も行動できないぞという話。いずれも強迫的なマインドの人が言いそうなことで、そもそもそういう人とは距離を取るのが吉だと思う。

ちなみに上記とは特に矛盾せず、仮に弊管理人が厚生労働省の担当部局に勤めていたら、やはり「密閉空間に集まらないで」という施策を推進する。

公式ルールは知りつつ自分の生活世界とは違う層のものだと知ること、なんでおまーはいつのまにか為政者視点に立っとんねん、なによりわしの暮らしもよく知らんくせに何を偉そうにと自他にツッコむことは、なんとなしに圧迫され沈んだ気分にならないために案外大切です。もうほんと行こうと思ってたところが軒並みお休みに入っててねえ。

2020年02月28日

あと補遺的な記録

11日以来休みがなく、26時までの仕事→翌日高松日帰り、さらに弊管理人の仕事をよく調べずにストップかけられたことがありストレス爆発→宿直→明けも夜まで→ホテル泊まりで3日連続全く動けない仕事、とかやってたら後頭部の右半分だけ水ぶくれみたいのができ、首元のリンパ節が腫れて痛い……と思いながらシフト詰め詰めで受診できず、寝るときに枕が当たると痛いので左を向いたりうつぶせになったりしていました。

で、やっと皮膚科を受診したら帯状疱疹でした。わかる、わかるよ。疲れてたよ。
ドクターによると「髪の中なのでわかりにくいですがポツポツと赤いのが出る典型的な帯状疱疹です。顔に出なかったのはラッキーパターンですよ」とのこと。んもう不幸中の幸い。「体の神経は左右で担当が違うので、左右のどっちかだけに出るんです」へー。っていうかそんな生物学的な説明してくれるんやね。今週やたら帯状疱疹の診断が多かったようです。

隣の薬局でステロイドの塗り薬と飲む抗ウイルス薬、痛み止め+胃薬を買いました。薬剤師のおねいさんから「薬は飲みきって!お酒は1週間禁止!意外と怖い病気ですからね!!」と指導いただきました。いい、こういう親身なの。

弊管理人がいなくても仕事は回ることが分かってきたので、3月は指弾されない程度に手を抜きます。

* * *

東京へ行ったらみんなマスクしながら満員電車に乗ってた。
なんかね……

家を売った

昨年11月の中旬に異動の打診を受けて、持っていた部屋を売りました。
結論からいうと、仲介手数料を引いても若干の利益が出るくらいの値段で売れました。5年間タダで住めて、おまけまでもらった形になってしまった。

以下その記録。主に胡散臭い不動産屋の説明と、それに対する感想です。

* * *

【11/22】不動産業者大手2社に連絡、実地を見ての査定予定を2件入れる

【11/23】M社の売却担当と賃貸担当が訪問

・マンションの査定は、その物件の特徴を点数化したものと、近隣の成約状況を一定の計算式に当てはめて行う
・直近この建物だと5階の向かい側がリフォームした上でxxxx万(値段伏せます)で売られている
・少し離れたところで6月に売れた部屋もxxxx万、そこよりここは立地がいいのでこれより高くは売れるはず
・この部屋は向きがいいのでxxxx万くらい。言い値で売り出すがxxxx万くらいかと
・居住用のマンションを売却する場合、利益(売却費用から購入費用などを引いたもの)3000万の特別控除があるので税金はかからないはず。手数料などが引かれた金額が手元に残る
・転勤後は空室になるので鍵を預けてもらえば内見には業者で対応する
・手続き上、本人がいる必要があるのは残金決済の時と売買契約の時のみ
・業者との契約は3種類の形態があるが、1社との契約を勧める
・契約すると広告を出して浸透まで2週間くらい。媒介は3ヶ月が1クール。それで売れないと価格を見直そうかという検討に入る
・物件が動くのは例年年明け~3月。それ以降は厳しい
・端数を負けることがほとんど慣習になっていて(xx80万ならxx00万で売る)、それを織り込んだ価格設定をする。つまり「実際はこれくらいが妥当」と思った価格に80万か180万乗せて売り出すことが多い
・セールストークになるが、先日フラット35で「居住用として買ったものを賃貸に出している」という問題が発覚してローン審査が厳しくなっている。これからさらに厳しくなる可能性があるので売却は早いほうがいいと思う
・マンションの値段は3.11後から上がり続けて、ここ2-3年は高止まりが続いている。2020年の五輪後に下がるかというと下がらないと思う。ただし物件は時間がたつほど古くなっていくことは考慮が必要

・賃貸はどうかというと、査定したところ月xx-xx万。ここから5%+振り込み手数料を引いた額が月々の振込額になる
・売却と違って築年数はほとんど関係ない。駅に近いというのが大きい
・いかに空室の期間を短くするかが焦点。通常2-3週間で契約に至る
・初期投資もかかる。例えばガス給湯器が古ければ使用中の故障は問題になるので先に替えるなど。エアコンは10年がめど
・壁紙は6年で価値が0になる

【11/27】D社の担当氏来訪

・長期譲渡 税率は利益の20.315%。次にローンを組む予定がなければ3000万の特別控除が受けられる。現に住んでいる状態から3年以内だと受けられる。3年以内にまた買うと住宅ローン控除(築25年以内、50平米以上の場合)が受けられない
・1~3月、特に1月中旬から3月初旬は物件が動く時期。探す人が多い。探す人は既に11月中旬~12月下旬にかけて物件を探している。この時期動く人は計画的なので実際に買う人が多い
・昨年12月に同じ建物でxx00万が出ている。年内はxx80万くらいで出したらどうか。xxxx万を超えると探す層が変わる(算定の根拠は示さなかった)
・視点:今近隣で売り出している物件で極端に安いものはあるか?→競合しそうな価格帯はない(1件あるが定期借地権)。タワーは別に考える。タワーというだけで上がるし、売れなくてもいいからゆっくり売るという発想で出している物件が多い
→適切な価格で出せば売れる
・売る形態は3種類(専属専任、専任、一般)。割合は専属専任が多い。一般は手数料が確実に取れないので広告に載りづらい、ネットで複数社から広告が出ていると見る側に「高いから?売れてないから?」と警戒心を抱かせる
・2000年代初頭くらいのマンションは今の新築より設備がいい。1000万で室内を作れたところが、今は1300万くらいになっている。バルコニーの壁にタイルを貼っていないなど経費削減で対応している。不動産屋自身も新築を買う人はほとんどいない

【12/7】専任媒介契約と写真撮影

・一通りの手続きが終わったあとで最後に「xxxx万はチャレンジ価格。下げるならがくっと下げたほうがいい」と言い出して疑問を持った。D社が「(高い値段を示した業者には)売る気あるのかと思う」と言っていたのに対して電話では「売る気しかありません」と威勢が良かったのでM社に傾いたのだが
・電話では「少し前に新宿御苑でここより狭い物件がxxxx万で売れたので現実的な価格だ」とも。こうなるとその見立ても妥当かどうか
・ということで再度電話した。「チャレンジ価格と言ったのはそこから値引き交渉があるという意味。伝え方が悪かった。xxxx万で売れたのは新宿御苑のxxx(伏せる)、31.58平米、2014年築。さきほど示しかけた見積もりは前の契約案件で違う話」と弁解あり。しかし「チャレンジ価格」ってそういう意味じゃないだろうよ
・あと、3000万の特別控除を受けるのに手続きは必要ないんですね?と確認すると「税理士に確認したら必要だった。来年引き渡しした場合は再来年の確定申告で、それは大阪でやればいいとのこと」との回答。これも話が違った。この担当氏、かなりテキトー。要警戒
・しかし契約はしたので、D社に断りの電話を入れる

【12/20】M社から買い手について連絡

・これまでに個人から1件問い合わせがあったが、資料送付後に連絡がつかなくなったとのこと
・それとは別に法人から1件の申し込みがあり、xxxx万を提示された。瑕疵担保責任を問わない、つまり売ったらそれでおしまいで、後から「風呂が」とか「水道が」とか言われないという良い条件つき。
・選択肢は「蹴る」「受ける」「交渉する」で、50万上げられるかどうかと聞いたら「10-20万では」との答えだったので、20万で交渉してもらう。ただし相手が「xxxx万以上なら断る」とならないようにという条件を付けた
・というのも、実は何件か「この値段なら」という打診があり、ほとんどがxxxx万台後半からということでこちらには知らせないでいたとのこと。xxxx万はD社の上限を超えていることもあり、実際のところこれくらいならという気がしたのでここで決めたいという気はした

【12/21】

・買主となる会社から担当の方が内見に来訪。エアコンと洗濯機は置いていっていいとのこと。中はきれいで問題ないとの評価
・不動産を仕入れて売ったりしている会社で、今年の仕入れが若干足りていないため今年中に契約したいとのこと。過去に取引実績があるかと聞いたら「ある」。信頼性のある会社ではあるそう
・契約は「社印が持ち出せないので会社に来てほしい」だそうでM社の最終営業日の23日に行くことになった
・ちなみに、12月末契約、引き渡しは2月末を希望された。いいんだけど、この日程の場合確定申告はいつやればいいのかという問いに「2021年でよい」との答えだったが、また訂正が入った。税理士に確認し、2020年と2021年が選べるとのこと。つまり、契約時をとるなら2020年だが、全額を手にして引き渡した時をとるなら2021年で、どちらと解釈してもよいということ。どうも知らないことをぱっと答えてしまう危うさのある担当者だと思った

【12/23】

・買い手の会社に行って売買契約。出がけに通帳記入したら手付けが入っていた
・2時間と案内されていたが30分で終了。M社の担当氏が契約書類の説明をばんばん飛ばすので「読まなくて大丈夫?」と聞いたら書類を2つ忘れてきていることが判明。「あとでレターパックで送るので、サインと捺印して直接買主さんに送って下さい」ほら出たよ……
・大丈夫かなと思いつつ第一段階は終了。引き渡しの2/28に東京に来ることになった

【2/28】

・2月後半はむちゃくちゃ仕事したが、決然と大阪から東京へ。M社の担当氏から当日朝になって「行けなくなったので別の人間が立ち会う」と連絡。もう驚かないけどな

・代わりの担当氏と待ち時間に立ち話
・M社は物件やネットワークがいろいろあるので、取引のあった法人にも「こういう物件が出た」という通知をする。今回はそれで、わりと高く買ってくれる傾向のある会社が手を挙げたという次第(もちろん満足して契約しているが、しかし、それでもあの調子のいい担当者が出した見積もりより若干低かった。つまり相当盛っていたのだ。媒介契約を取るためだろう)
・例年物件がかなり動く時期だが、新型コロナでかなり鈍い。外国人が行き来できなくなっている影響がある。このところの物件値上がりは外国人によるところが多かったので
・正直、これで五輪を迎えるとどうなるかは分からない。どーんと下がることはないと思うがじりじり下がっていくのかもしれない
・偶然ではあるが、いい時期に売却されたと思う、とのこと。弊管理人もそう思います

・で、手続きは司法書士に登記の委任をし、引き渡しの書類にハンコをついて、鍵を渡して、買主さんからの振り込みをその場で携帯で確認して40分ほどでおしまい。
・で、新幹線に乗って帰ってたらM社の担当氏から電話が来て「レターボックスの開け方を聞くの忘れたので教えて」と。「新幹線なのでメールする」と伝えて回線断。で、メールしたら返信で「宅配ボックスの開け方は……」ほんと最後まですんなり行かないな、この人
・新宿の部屋は2014年11月に買って5年ちょっと。とても便利な立地なのと、廊下がほとんどない合理的な間取りが好きな部屋でした。もっと住みたかったんだけどね。さようなら

2020年02月20日

2月中旬あれこれ

・むちゃ忙しい。忙しいというか、慌ただしい
・なのでこういう断片みたいな日記になる
・「お作法」や「文化」の習得にまだまだかかりそうで、ぽろぽろ反省点が出ている
・ちなみに今はこれでも恐らく平常時で、突発事案があったら一体どうなるのと思っている

・とはいえ、大阪の職場は本社に比べて空気がいいというのは同時に異動してきた方と概ね意見が一致した
・野菜があまり食えてないのが課題

・家はやっと「自分の部屋」になってきた感覚がある
・近所にいい焼き鳥屋さん発見

・昔、実家の車がコロナだった(1991-2006)ので、新型コロナと言われると車が一瞬よぎる
・いろんなイベントが中止になってるんだけど、街が空くのは悪くないと思う
・あと、東京のイベントでウェブ中継に変更されたため見られるようになったものがあり、むしろお得感
・あとなんだっけ

2020年02月09日

オーサカ所感

2週間の感想。

【食】
・カレーの皿が楕円
・「粉もんばっかだよ」と言われるが、実際たこ焼きはスナックなので口にしないし、お好み焼きは一人であまり食べないのでそうでもなく、むしろ注意しないとカレーや揚げ物ばかり食べてしまう
・食べ物は安くてそれなりだが、おいしいものはやはり探さないとなかなかない

【衣】
・ピチピチのスウェットはいてる人が多い
・半袖の下に長袖を着る人が目に付く

【風土】
・大阪駅周辺以外はわりと空いてる
・周辺の都市、地図上近く見えるけど結構遠くない?
・京都、奈良が近いって贅沢
・平野が広くない(わりとどこでも山がチラチラ見える)
・意外と空がきれいかも

【人】
・動線が交錯した際など、目線は合わせないまでも会釈する人が多い
・知らない人同士でも挨拶ついでに一言交わす、ということが結構ある。Howzitにあまり考えて回答しなくてよいように、こういう挨拶の場面でも頭を使わなくていいのではないかと推測している
・仕事先に軽い気持ちでコンタクトすると「アテンドしましょか」「スライドいりますか」とオファーが返ってくる
・乱暴な人は乱暴な人とやりあっていて、あまりこちらにスピルオーバーしてこない印象

【職場】
・無駄口メールが飛び交ってなくてよい

【職場の若者職位】
・若者職位の人たちが軒並み若く、みんなから「さん」付けで呼ばれている若手の頭級の人でも自分より10期も下だったりしてびびる(若干の例外あり。ちなみに旧職場は若者職位の最若手が30歳、おじさん職位は弊管理人が最年少であとは40代後半~50過ぎであった)
・若者職位に明らかに女性が多いなと思った(弊管理人の同期は女性2割。最近は4割を超えているらしい。そういえば某総務シニアおじさんが「成績順に採ると女性ばっかになっちゃう」と言っていたが、本当ならコトですぞ)
・若者職位にやる気を感じる人がそこそこいてびびる
・おじさん職位に投げてくる成果物は85%くらい「これ要らなくない?」と言いたくなるものだが、そうは言えない(1回言ってしまったが「前からやってるんですけど」と反論されたのであまり言わないことにする)

【職場のおじさん職位】
・現職場は旧職場のようにおじさん職位がブチギレたり若者職位をいびったりしてなくてびびる
・うだうだとご託を並べて降ってくる仕事を蹴ったり、論評するが手は動かさないみたいな旧職場の文化と違って、わりと何でもぱきぱき処理するので、旧職場の感覚でものを言ってると「あの人……」と言われそうで危ないので気をつけることにした
・現職場のおじさん職位の中では、弊管理人は出身母体的にめっちゃマイノリティなので輪から外れていられるのだが、マジョリティの人たちの男子っぽい感じにびびる
・おじさん職位におばさんが1人たりともおらず、ものすごいジェンダー不均衡。もっと上には1人だけいる。これは旧職場と同じ
・10年ぶりにやったけど宿直って眠い。4時間寝られたらよさげだが、こんなんだと翌日のパフォーマンスがすごい落ちるし、脳に老廃物がたまるし、寿命が縮む

といったところがベースラインです。
飲み屋文化に徐々に入り込み、プライベートの知り合いもできてきました。

あと、この数日すっごい寒いです。今日は雪がちらついてました。

2020年01月30日

離任と引っ越し

ようやく大阪での営巣が落ち着きました。

それにしても、周りがみんな大阪弁を喋っていて、「ノンネイティブスピーカーとして生活する」という体験を留学以来20年ぶりにしている、という実感が意外とでかいです。
イントネーションによって「よその人やな?」という顔をされることが時々あるのが気になるのと、「えっ今なんて?」と自分の喋りが聞き取ってもらえないことが結構ある。まあ後者はもともと弊管理人の喋りが聞き取りづらい上に、あまり日常会話に出てこない語彙を話し言葉で使う癖があるためかもしれん。

さようならから引っ越しまでは以下。

■21日は旧職場の人3人と最後の夕飯。神谷町にあるベラルーシ料理「ミンスクの台所」。
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このとき、部内の仕事が風雲急を告げていて、このお店を予約してくれた人がもろにその担当で、来れるかな、来れないかな、みたいな状況でした。結局遅れて来ることはできたのですが、その後がえらいことになっており、今(30日)もますますえらいことになっています。

■22日は弊管理人の最終出勤日で、夜勤に当たったため送り出される事態は避けられました。
机の上をきれいにして、午前2時前に一人で職場を後に。

■23日は転勤休を利用して最後の片付けと、区役所で転出届。
夕飯は呑み友と中野坂上で魚。

■24日は引っ越しです。
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アート引越センターから来たのはおねえさん1人とドライバーさんで、すっごい手際で大物を梱包して運び出して終了。そのまま新幹線で大阪に行きました。

■25日は朝から荷受け、ガス開栓、洗濯機搬入(東京の家はビルトインのドラム式だったのでハイアールのやっすいやつを購入した)、ネット開通、で、なんとか大物家具を配置し寝床だけ作って寝た。

■26日は大阪の前任者と会って引き継ぎ。そのあとニトリに行ったり片付けしたり。
27-29日を使ってだいたいの段ボールを開いた。

・結局、1LDKのリビングにベッドも机もテレビも入れて1部屋で暮らせるようにしてしまい、洋間は電子ピアノを置いただけ。あと、本やCDも段ボール箱も洋間に置いたままにして、必要が生じるまで箱から出さないことにした

・クローゼットが小さいため、「たぶん大阪在任中は着ない」と思った背広とバイク用のジャケットは箱詰め。普段着るもののバリエーションがものすごくないわりに、ほんとに服が多い。なぜなのだ

・東京で聞いていたラジオ番組のいくつかが大阪で放送されておらず、残念ながら聴取断念。あと、建物のせいなのか立地のせいなのか、感度がかなり悪いのが極めて不満

・ブルーレイ・HDDレコーダが電源を切っていても高周波の小さな音を発していることに気付き、寝るときうるさいのでコンセントを外すことにした。これでさらに東京では録画していたいくつかの番組を見なくなる

・一方、ベランダが広くて(たぶん面積にして東京の2倍以上)布団が干しやすいのと、風呂場に窓があるのはよい(←これはこの部屋に決めた要因の一つ)。カーテンは無精なので使い回してしまった

■29日はちょっと出掛けたくなって、仁徳天皇陵古墳と堺市博物館に行ってきました。
俯瞰して見られる高い建物がないんだけど、前方後円墳って形が分かんないと面白くないでしょう。観光地としてはガッカリだと思う。
ただ博物館は古墳群から行基から秀吉から、堺市の歴史的資源の豊富さが圧倒的でよかった。

■30日、ちょっと仕事めいた用事で阪大へ。
そのあと岡山に遊びに行こうとしたら、新大阪に地下鉄の御堂筋線で出るはずが、間違えて堺筋線に乗ってしまい、やる気が失せて、カレー食べて一杯飲んで帰ってきた

2020年01月19日

近美と、呑み友送別会

引っ越しが今週に迫りました。冷蔵庫の食品の処理をしつつ段ボールに囲まれて生活していると気分がどうも上向かないものです。

で、竹橋の東京国立近代美術館に行ってきました。目当ては「窓展」だったのですが、常設展の解説がなかなか面白くて、むしろそちらを楽しみました。ちょうど先日読んだ『現代美術史』にあったあった!こういうのだったのか!というワードや資料がちらほら。

ちょうどギャラリートークをやっていたので参加しました。講師は東京学芸大の名誉教授、増田金吾さん(美術教育史)。テーマは「児童画」。
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【児童画の歴史】

・明治~大正半ばまでは、図画の授業は「臨画」が中心。臨画とは手本を真似ること。漢字の「書き方」のように、線1本1本の順番と描く方向が指示された手本に従って絵画の技術を習得する、実用的で拘束性の強い授業だった。文化アイデンティティの確立を目指していた時期と軌を一にしていた

・これに対して、山本鼎はお手本を廃し、特に風景を見たまま写生させる「自由画教育」を推進。1919(大正8)年には長野の上田で最初の自由画展覧会。大正デモクラシーと新教育運動が背景。ただし、一人一人の個性を重視するため、教授の方法論は難しかった

・岸田劉生は1925年「図画教育論」で(1)自由画法(2)見学法=鑑賞教育(3)手法教授=技術指導(4)装飾法(バランスやリズム)―の方法論を示した。美的な面を重視し、臨画も一定認めた

・第二次大戦後、社会や教育界が抑圧から解放される。前衛が復活。1950年代には美術教育団体ができた。
(1)美術評論家の久保貞次郎、画家の北川民次ら幅広い立場の人たちが集まり、クリエイティブであることを重視する創造主義の「創造美育協会」
(2)戦前の「想画」(生活画)が源流とされ、風景の写生よりも実生活の細密な描写を重んずる生活主義の「新しい絵の会」
(3)造形を重視する造形主義の「造形教育センター」など

・児童画はGHQの中にあった民間情報教育局によるアメリカの児童画紹介、毎日・朝日が始めた児童画コンクールなどで隆盛。「アトリエ」など大人向け美術雑誌も児童画の発展を後押し

・「日本アンデパンダン展」では大人と子どもの作品が区別なく展示された。1950年代にはクロード岡本という天才少年が現れ、絵画教室に子どもを通わせる親が続出。児童画教育がテーマの開高健『裸の王様』が芥川賞、創美の映画「絵を描く子どもたち」が一般映画館で上映され、児童画ブームも。近美でも1954年に「世界の児童画」展。当時は「作品」扱いだった。現在は「資料」扱いになっているとのこと

・1960年代の教育法について質問したところ、創造主義は現在も生きている思想だとのお答えでした。元をたどると、絵についての直接の言及はないものの、ルソーやペスタロッチ、フレーベルなどまで戻る。ただし指導する立場を考えると、先生も創造的でないとできない立場ではある。教員養成ではこういう考え方があるとは紹介した上で、どれがいい/悪いという教え方はしていない、らしい

・終了後、立ち話で「子どもポスターコンクールとかってどういう視点で優劣つけるんですか」と聞いてみました。芸大の先生は(目を引く表現があるかといった)芸術的視点、学芸大の先生は(メッセージ性があるか、バランスはどうかといった)媒体としての成立性、教育的視点で見てしまうことが多いが、それぞれ、とのことでした。ちなみに講師の先生は美術館に収蔵されるときの扱いは「作品」ではなく「資料」でよいとの立場だそうです。スポーツにおける甲子園みたいね

・いろいろ聞きすぎて「あの、失礼ですがどういうバックグラウンドの方で?」と聞かれてしまいました。通りすがりのおじさんです。すみませんでした

【児童画と発達段階】

・ローウェンフェルドの分類を紹介された

(1)なぐりがき期(2-4歳。年齢は大体。以下同じ):手の運動の延長。ぶわーっと線が描かれているが何が描かれているか分からないような絵を描く時期

(2)前図式期(4-7歳):「図式」を獲得する前段階。何らかのイメージに基づいて形を描いていることは分かる。例えば「人」であることは分かる程度の形は描くが、色は白だったりと現実を反映していない。丸い頭からいきなり2本の足が生えている「頭足人」を描いたりする(←これは国を問わず子どもが描くらしい)。大切なものを大きく描く

(3)図式期(7-9歳):自分が知っているものを図式的に描く。人はみんな同じような形、顔はどの人物も同じような顔で描かれる。「空は上のほうにあり、青いもの」という概念に従って、画面上部に青い帯を描いたりする。「太陽は赤いもの」という概念を獲得すると太陽を赤い丸にする。手は「5本の指を持つ」という概念を表現するが、親指だけ方向が違うなどの現実を反映しない。見えないはずの木の根を描いたりする(レントゲン描法)

ここまでが「知っているものを描く」という段階。この後、「見えたものを描く」という転換が起きる。

(4)写実の芽生え期(9-11歳):「立体と平面が混ざったキュビズムのような構成」など図式期の名残がある時期だが、「俯瞰視点で描ける」「人や動物などのオブジェクトが奥行きを持って重なって描ける」といった写実性がみられる(図式期だと、例えば運動会の絵では多数の人間が並んで仰向けに倒れているような絵を描く)

(5)擬写実期(11-13歳):自然主義的態度。劇画の愛好。三次元表現の強化、遠近法の使用

(6)決定期(13-17歳)

・恐らく作文や音楽創作においても似たような発達段階分類の仕方があるのだろうと思いますが、先生は「多分あるけど知らない」とのことでした

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初めて触る分野だったので面白かったです。
窓展や、ちょっと離れたところにある工芸館も充実してました。

* * *

呑み友であり、この数年、休日に東京と近県のいろんな温泉に行きまくった30-40代の友達5人が新宿三丁目のトリキで送別会をやってくれました。といっても、いつも通りに喋りながらメシを食うだけなんですけど。

5人のうち誰が参加するかはそのたび変わりましたが、日曜の昼過ぎにLINEで「風呂行く?」「茶する?」「なんか食う?」から始まって深夜まで風呂とラーメンや焼肉に行くのが通例。まあよく喋った。何を喋ったか覚えてないくらいどーでもいいことばかりだったと思いますが、確か世界の出来事から老い、エロ、噂話などいろいろ。

これまでの「たぶん行ったきり、さようなら」な異動と違って、今回は元いた東京に戻ってくる可能性もあるのだけど、それでも今この時間、定例の呑みや風呂の記憶はどんどん遠くなっていくのかもしれない。40代というのも、「次会うときに今とあまり変わらずにいられるかどうか」という疑問を突きつけてくる年頃です。

ラストオーダー後にカメラを取り出そうとしたらあっさり散会してしまったので、できるだけ思い出せるよう、記して栞だけ挟んでおこう。きょう来てくれたのは、しんちゃん、ルパン、トンガちゃん、ひろちゃん、たかしくん。

* * *

新居でのガス、電気、水道開通、郵便物の転送はあっさりネットで手続きができました。いつからそうなん?
懸案だったネットは先週木曜の申込み時「2-3週間かかります」と言われて暫くネットなし生活か?と思っていたところ、きょう開通工事の調整をしたときに、荷受けの日に開通できることが分かりました。やった。

2020年01月12日

正月上旬

うっかりしてるうちに正月上旬も終わってしまいました。

元日が仕事だったので、2日から帰省。
新名所らしい「天竜峡大橋」に行ってきました。三遠南信道の下を歩けるんだって。
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天竜峡と飯田線が真上から見られるのはいいかも。
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母方の家にも行きました。あいかわらず伯母の料理は豪華。
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伯母77歳、祖母99歳。家はきれいにしてあってまだ大丈夫だなと思いました。
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父方の祖母のところに行ったら留守でした。2020年、田舎の施錠はこれくらい。
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父によると、祖父が亡くなってから山は荒れ気味だそうです。自然の力すごい。
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実家。久しぶりに食べ過ぎた帰省だったかも。晴れて暖かい年末年始でした。
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* * *

厄が明けた(節分まで説は認めない)ので友人らと高尾山にお札を返しに行きました。
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来年来られるか分からないので、今年は新しいお札は買いませんでした。
おみくじを初めて引いてみたら「吉」。大吉の次。まずまず。「始めは苦心するが後はよい。工夫して先手を打ってね」とのこと。うん、まずまず。

* * *

世の中が仕事始めになったのをとらえて、大阪の家を決めてきました。
大阪の支社にも顔を出しました。ここの評価について現役、経験者多数に聴取した結果はだいたい同じで、
(1)仕事は忙しい
(2)しかし若者とキャッキャやるのは楽しいといえば楽しい(本社は擦れたロートルばかりだから)
とのことです。(1)が嫌。渡された手引き書を見ると「これ20世紀?」みたいな旧態依然とした職場の香りが立ち上ってきてオエってなりました。
いうて弊管理人はアニキ体質ではないので(2)も別に救いではない。

* * *

見送りラッシュ?が続いておりまして、上司、旧知のおねえさま、旧知のおじさまと一緒に虎ノ門「つくね」。
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サラダ、焼き鳥、鍋のコース。うまぁ。最後のおじやとお新香に至るまでうまい。
旧知のおじさまは弊管理人が千葉で新人だった時に初めてついたおじさん職位(=つまり今の弊管理人の立場)で、あと1年半で定年だそうです。千葉に来たときのおじさまは今の弊管理人より2コくらい下だったんですけど。びびる。まじで。
初めて気付いたけど、弊管理人が大阪から帰ってくると(帰ってくるかは知らないが)おじさまは退役してるはず。というわけで、なんかおじさまの送別会っぽくなりました。

* * *

あと、元上司で今は総務にいるえらいひとにもおしゅしをご馳走になりました。いろいろお世話になったひとです。
「おじさん職位になるときの研修カリキュラムがめっちゃひどいので直して」と頼んでおきました。

* * *

一緒に仕事をしたことはないのだけど、社内でよく顔を合わせる多分えらくなるおにいさまからも「送別呑みを」とオファーをいただきましたが、さすがに体がきついので「お気持ちだけありがたく」。

* * *

インド帰りの同期からは「夕方1時間限定で立ち飲み」とのお話をいただいて、これは本当に1時間で終わらせられそうなのでOK。

* * *

家の地震・火災保険の解約手続きをしたら、返戻金が結構発生。
最初いくら払ったのか全然覚えてない。
あとは水道、ガス、電気、郵便の手続き、ネット申し込み(久しぶりながらたけーな)、洗濯機購入(今はビルトインなのです)など淡々とやってました。

2020年01月01日

新年

年が明けて厄を抜けました。
大晦日は何年か(それこそ10年とかでは?)ぶりで東京にいたので、馴染みの飲み屋さんに行って年越しをしました。さっと行ってぱっと帰ろうと思っていたら、一見のインバウンドさんが振る舞い酒を始めて弊管理人も被弾し、結構酔って久しぶりにペラペラ喋るモードに入ってしまい、就寝が3時過ぎに。楽しかったので後悔はしてません。

一年の刑は元旦にありってことで元日から仕事。開いてるお店が少なかろうと、弁当を作って出勤しました。そして裂けるチーズ(スモーク)を肴にほろ酔いを飲んでしまいました。

* * *

■藤井啓祐『驚異の量子コンピュータ』岩波書店、2019年。

知識の乏しい人が「最近話題のアレってなんなん」というくらいの動機で読んでいい本ではなかった。いわばキーワード集だが、そうだとしても説明が足りないし、初出の部分でどう説明されていたかな、と戻って確認したくても索引がなくて不便。「当時」が多用されるものの、何年のことなのか分からない部分が多い。ただし情報は新しくてよい。

・最初のアイディア:ファインマン(量子系のシミュレーションには量子力学で動くコンピュータが必要)、ドイッチュ(量子版チューリングマシンの定式化)(p.39)
・確率振幅:重ね合わせの度合いを示す。確率より根本的な量(?)で、測定すると確率としての意味を持つようになる(p.46)
・エンタングルメント(EPR状態):局所性(ある所で起きたことが遠く離れた所の現象に影響を及ぼさない)と実在性(結果があらかじめ確定している)が成立しない
→これはアインシュタインが受け入れなかった。EPRのパラドクス(p.58)
→ベルの不等式:一見ランダムな測定結果があらかじめ未知の変数によって与えられていると仮定すると満たされる不等式。量子力学はこの不等式を満たさない
→これを実験的に検証したのがアスペ(1982)。ベルの不等式から派生したCHSH不等式が破れていることを実証した。ただし隠れた変数を完全に排除できてはいなかった
→最近(いつだよ)より精密な測定でベルの不等式・CHSH不等式の破れが検証されている
・量子テレポーテーション:もつれた双子粒子を分有して、片方に転送したい粒子をぶつける→もう片方に測定結果を伝える→量子状態が遠くに転送できる。測定するまで神様にも結果が分からない=盗聴不能な量子暗号
・量子ビット(pp.63-72)
 ・核スピン:IBMがやった最初の原理実証試験
 ・超電導:中村+蔡(1999)。磁束量子、トランズモン。グーグル、IBM、リゲッティなど
 ・イオントラップ:IonQ(米、モンローら)
 ・半導体:量子ドット
 ・光:カナダのXanadu
・可能性を打ち消したり、強めたりする操作で正答の可能性を高める
・アダマール、CNOT、位相回転演算を組み合わせることでどんな計算もできる
→ゲート型、あるいは回路型QC(p.85)
・ショアのアルゴリズム:素因数分解がQCで簡単に解けることを示す+チューリングマシンを超えるコンピュータが可能であることを示す(拡張チャーチ=チューリングのテーゼに対する反証)(p.90)
・デジタルコンピュータのエラー訂正
 ・ノイマンによる古典コンピュータの誤り耐性理論(1954)
  →現在のNAND多重化
 ・デジタルコンピュータでは閾値以下のノイズを0/1の離散的な値にまとめてしまえる
 ・デジタルだと1を111のように3ビットのコピーを使って表現し、ロバストにできる
 ・しかし量子ビットはコピーできない
・アナログビットの解決案
 ・ショア(1995):環境(ノイズの原因)より強いもつれをqbit同士で作ってしまう
 →エラーが起きるともつれが解消する
 →これを検出して元の情報を復元する(pp.101-102)
 ・閾値定理:ノイズが一定以下なら計算結果の精度はいくらでも上がる
 ・ラウッセンドルフ:誤り耐性一方向QC(pp.108-111)
・IBM Q(2016):5qbit
・NP問題:検算が簡単、P問題:正答を効率的に発見。P≠NPかは未解決問題(p.136)
・NISQ:数十~数百qbit。誤り訂正はない→計算ステップ数が限られる
 ・エネルギー計算やパラメータ更新などは古典が受け持つハイブリッドアルゴリズムで
 ・AI。藤井らの量子機械学習アルゴリズム(2018)
 *p.146の図28にまとめ
・汎用QCの用途
 ・原子レベルで設計した物質の物性を調べる。高温~常温超電導物質の探索など
 ・太陽電池、LED、人工光合成など量子効果が重要な材料
 ・触媒、創薬=原子、電子が集まった物質の性質や化学反応を知る。高精度シミュ
 ・仮想通貨、セキュリティ、量子重力理論の実験

2019年12月31日

スキャン

引っ越し準備でクローゼットの荷物を整理しておりまして、中学~大学時代の荷物が段ボール2箱あったのを1箱に圧縮しました。どうやったかというと、ドキュメントスキャナで高校時代の絵日記(ノート10冊)、中高のころに入っていた/主宰していたアニメサークルの会誌などを一気に電子化しました。積むと1m近く。結構時間がかかりました。

それで気付いたのですが、中3のどこかで少し、また高2の初めくらいにもう一段、文章と絵が上手くなってます。
なんとなく文章は借り物感が少なくなるとともに、やたら難しい漢字を頑張って使わなくなります。絵は線の流れが制御され、「一枚絵」としての収まり=デザイン性みたいなものを意識するようになった様子。特に高2以降は線が極めて細かくなった。
字は高2段階で今の筆跡にかなり近くなっていました。ついでに成績もその頃から上がってた。どうもこの辺で大人に近づいたみたいです。

いずれにせよ、他人に見られてはいけないものばかりでした。
卒業文集がアレなのと合わせ、暴露を恐れて悪を為せない人生です。

* * *

そして本とCDを3箱分、ドナドナすることにしました。
前の引っ越しでも結構処分したんだけどな。
「本を捨ててはならん」というのが父の教えですが、「この本は時間の経過に耐えられない」というやつもあるんです。

* * *

レーザープリンタも捨てました。プリントはコンビニできれいにできるご時世。というか、そもそも仕事以外でプリントすることがほぼなくなった。カーシェアなんか典型的にそうですが「サービスを利用すればよく、所有するほどではない」ものになった。

* * *

持ち物のスリム化とは関係ありませんが、60Hz圏に引っ越すため、50Hz仕様だった1999年製の電子レンジをとうとう捨てまして、フラットテーブルかつヘルツフリーの新しい単機能レンジを仕入れました。快調。単機能なのはトースターを買ってオーブン機能が完全に必要なくなったため。

* * *

室内作業が多かったので、お若い友人と「赤坂うまや」でランチ。そのあとオーバーオールが買いたいという奇特な友人の付き添いでルミネエストに行きました。

2019年12月28日

カキとまとめ

「かつれつ四谷たけだ」
10-4月のカキバター定食。11:30に並んで一歩遅れたか、と思ったものの1時間で入れました。
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んも~~~めっちゃうまい。うまみが~~~
カニコロ追加、ご飯を大盛りにしてちょいがけカレー。こちらもああああああ
年末をカキで締めると幸せ度高いです。

* * *

いやまあこれから仕事なんですけど、とりあえず。

1月 友達3人での伊豆旅行よかった。しかしカメラにそばつゆぶっかけたの痛恨
2月 会津ほんとによかった。ご飯もお酒もおいしかった
3月 職場で怪メールが回ってわろた
4月 今年も京都・原谷苑のお花見に参加できた
5月 宮古島、大変休まった
6月 ちょっといい仲になった人と南房旅行(その後ブロックされた)
7月 喉いためた。なんか今年よく喉やった気がする
8月 函館行ったり日光の川で遊んだりした
9月 暗黒
10月 暗黒
11月 暗黒と転勤決定
12月 暗黒から抜けて宮崎旅行で喉が回復して肌の調子が良くなった

暗黒が長かったですが、それでも職場のサポートは厚く(手間が増えるだけの容喙もあったが)、アウトプットには特に文句もつかなかったようで、最後はふわりと着地できた感。
初夏にシベリアに行きたかったのにタイミングを失して行けなかったのが残念でした。
「これ読んでよかった」と印象に残る本があまりなかったのもちょっと。

SNSはほぼ見るだけにし、ミュートを駆使していらいらしてる人がなるべく視界に入らないようにしたのはよかった。
依然いらいらしてる人たちに関しては「ようやるね」と思いますが、それ以上踏み込んでも損した気分になるだけなので踏み込まない。そうしてるうちに気にもならなくなります。
リアルでも「この人やばい」という人とはなるべく距離を取り、味方してくれる人と仲良くするに限ります。やばい人は滑稽でもあるので思わず何か言ってしまいそうになるけれど、まあ結果いいことはないわな。万一冒険に出る時は、出るつもりで出ること。
まとめると基本、努めてご機嫌でいるのが健康の秘訣だと思いました。

あの人が定年、あの人は管理職になれるかどうかの瀬戸際の年齢、などと聞いては驚いていましたが、全然ヤングだと思っていた自分が40代も3年目になってるくらいなので、上はそりゃあもっと先がないわけだ。しかしおじさんだということは理解しつつ、ヤング気分が抜けないままもうしばらく行きそうな気配です。

* * *

弊管理人が2月に転勤になるという偉い人会議の報告を意外と多くの人が見たらしく(当人が見てないのに、というか人事ってそんな気になる?)、「壮行会を」的なお誘いをたくさんいただきました。
これまでは「別に会社かわるわけでもなし」くらいの感覚でいたのですが、「行く前に一杯」が重なるにつれて「えっこれってお別れなの?そうなの?」と思われてきました。できるだけお断りしていこうと思います。

* * *

■ジョージ・オーウェル(山形浩生訳)『動物農場』早川書房、2017年。

■石田英敬、東浩紀『新記号論』ゲンロン、2019年。

2019年12月11日

おわた

【6日】
喉、回復の兆し。咳によって疲労と恐らく荒れが進むので咳止めを飲むのがよいらしい。
【7日】
限局された違和感があるものの、かなり回復。痰を出すのにあまり力まないようにしている。

【8~9日】
声戻る。

【10日】
咳は残っている。

* * *

で、8月から弊管理人の心身および社会関係を蝕んできた仕事が、大きくこけることなく大体終わりました。
まあいろいろ勉強にはなったがよかったかというとよくはない。
緩やかだが明確にライフステージが変わっていくことを感じる後厄後半です。

* * *

■宮口幸治『ケーキの切れない非行少年たち』新潮社、2019年。

久しぶりに会社の図書室的なところからかっさらってきた本。
見逃されがちな境界的な知的障害と非行との関連&どうすればいいかという話。著者は医療少年院での勤務経験のある精神科医で立命館大教授。

「少年院の非行少年の中にもいました。少年院で教官の先生から注意や指導を受けると、『僕は褒められて伸びるタイプなのに』と泣きながら言い訳をしたりする少年が。きっと親からそう言われてきたのでしょうが、その結果が少年院です。」(p.123)

「もしその受刑者の中の一人でも健全な納税者に変えられたなら、大きな経済効果があります。…いかに犯罪者を減らすことが日本の国力を上げるために重要か、お分かり頂けるかと思います。」(p。179)

など、ざわっとする表現が随所に。

2019年12月02日

また喉

今年3回目、また喉をやりました。
今回は熱はなく、声が潰れ、倦怠感あり。
倦怠感は9月からずっとなので混ざっただけっぽい。

今回は自宅近くのクリニックで
・カロナール(解熱鎮痛)
・トラネキサム酸(消炎)
・アズノールといううがい薬
・トローチ
を出してもらいました。つまり、特異的な治療はないよっちゅうことか。
うがい薬、正直どうなのかねえという気はしていましたが、初めて出されたアズノールは意外にも良い感じです。声は戻ってこないけど痛みは一晩でだいぶ引きました。

あと、11月初めくらいにちんこの雁下のあたりに痼りみたいのができ、ギャアと言って泌尿器科に行ったら「前立腺炎でリンパが鬱滞しているのであろう」との見立てでセルニルトンという薬を出されました。「ずっと座りっぱなしだったり、自転車に長い時間乗ったりしてない?」はい前者です。たぶん総合的な体調悪化と相俟って現れた症状でありましょう。

薬、飲んでますがすこーしずつ良くなってます。2回目受診したら「1ヶ月分の薬を出しておくので、その間に良くなったらもう来なくていい」とのことでした。そして性病は検査で否定されました。まあそうだろう。

ということで薬漬けです。後厄も押し詰まって総決算でいろいろ来てると思うと納得も行くというもの(発想の転倒)。

2019年11月25日

ナショナルと生活

■アントニー・スミス(庄司信訳)『ナショナリズムとは何か』筑摩書房、2018年。

原書は2010年刊の入門書。去年1回読んだんですけど、本棚の「これから読む段」にまた入れてあった。去年の日記にはタイトルしか書いてなかったので、何かがあってメモを付けてなかったのでしょう。
だいたい次を頭に入れると3回目はびゅんびゅん読める気がする。

▽ナショナリズム
・「自分たちは現実の、あるいは潜在的な「ネイション」を構成していると思っている成員が存在する集団において、その自治と統一とアイデンティティを確立し維持することをめざすイデオロギー的運動」(p.28)
・その中核的教義:世界はさまざまなネイションに分割され、それぞれが独自の性格、歴史、運命を持っている/ネイションは政治権力の唯一の源泉である/ネイションへの忠誠はそれ以外への忠誠に優越する/自由であるためには誰もがネイションに属さなければならない/あらゆるネイションは十全な自己表現と自治を必要とする/平和と正義のためには自治権を持つネイションからなる世界が必要(p.57)
※世俗的文化なだけでなく、政治的宗教(宗教についてはデュルケムの定義:「神聖なもの、つまり別格扱いされ馴れ馴れしく扱ってはならないものに関する諸々の信念と実践の統一された体系であり、そうした信念と実践は、それらを信奉する者たち全員を、教団と呼ばれる単一の精神的共同体に結束させる」)に近い(pp.82-83) cf.戦没者追悼
・近代主義/永続主義/原始主義/エスノ象徴主義(←スミスはこれ。「近代のネイションの起源を、近代以前の集団の文化的アイデンティティという背景のなかに位置づけることが必要」(p.182))/ポストモダン(各主義はp.130の表にまとめあり)

▽ネイション
・「わが郷土と認知されたところに住み、誰もが知っている神話と共有された歴史、独自の公共文化、すべての成員に妥当する慣習法と風習を持つ、特定の名前で呼ばれる人々の共同体」(p.36)
※「国家(=制度化された活動)」でも「エスニック共同体(=政治的合意、公共文化、領土が不可欠ではない)」でもない。エスニック共同体とは結構かぶるけど(pp.33-34)
※「郷土」はルーツであり、政治的に請求されるものであり、祖先から受け継いだ土地であり、歴史を負った土地である。「風景」が重要な要素で、成員の自己理解に絶大な影響を与えている(pp.75-77)

▽エトニー(=エスニック共同体)
・「郷土とつながっていて、祖先についての誰もが知っている神話、共有された記憶、若干の共有文化、そして少なくともエリートたちの間では一定の連帯感を有する、特定の名前で呼ばれる人々の共同体」(p.36)
※「エトニーはより一般的、ネイションはより特殊な概念」(p.38)

▽ネイション国家/ナショナル国家
・「ナショナリズムの諸原則によって正統化される国家であり、その成員は一定のナショナルな統一と統合を保持している(が、文化的均質性まで保持しているわけではない)」(p.43)

▽ナショナル・アイデンティティ
・「ナショナルな共同体の成員による、ネイション独自の伝統を構成する象徴、価値観、神話、記憶、しきたりなどに表された模範の継続的な再生産と再解釈であり、そのような伝統とその文化的諸要素による個々の成員の可変的な自己確認である」(pp.48-49)

* * *

ちょっと聞きたい講演があって、20年ぶりくらいに出身大学の学園祭に行きました。
というか、在学中からほとんどまともに見たことなかったんですが、結構ちゃんとしていました。少なくとも先週見たサイエンスアゴラよりいけてた。
人の気質は随分変わったのではないかと推測しますが、それでも学園祭という体裁は継続するんだなというのが感想の一つ。あと、生真面目に展示を作っているのも恐らく当世気質なのではないかというのがもう一つ。

講演は23年前の1年生のときに受けた初めてのゼミ形式の授業の担当だった政治思想史の森政稔さん。当時は助教授になってちょっと経ったくらいの37歳だったのに、今60歳の老教授(いや当時比でほとんど老けてないんだけど)。「ここで28年教えていますが、学園祭で呼ばれたのは初めて」と。っていうかこの23年前だの60歳だのという数字にいちいちびびる。
民主主義に関する1時間の講演と1時間の討論だったんですけど、昔こんなに時事問題に言及するスタイルだったっけ?というくらい印象が違いました。

・ポピュリズム(感情を媒介にした動員、反エリート主義、代表されなかった層の代表)の評価は、実は政治学者の間では否定的なばかりではなく、水島治郎もポジティブな側面を取り上げているが、それだと1930年代のナチを否定できなくなりかねない。ミュラーの『ポピュリズムとは何か』では定義の中に「排除的性格」を含めた上で危険視していて、自分はそちらの立場に近い

・師匠の佐々木毅は2大政党制推しだったが、現実は必須要件である「強い内閣」と「政権交代可能性」のうち後者がすっぽ抜けてこの通り。政治学者の中には2009年の民主党政権を応援した人が多かったが、今はそこに触れたくないのか総括はあまりされていない

・(若者の政治参加意識が低いのは「現状変革の可能性が信じられない」「シルバー民主主義への絶望感がある」のが理由ではという質問に対して)若年層のほうが自民党支持率が高いので、若年層が選挙に行ったほうが自民党は盤石になるのでは。あとシルバー民主主義という言葉はよくないと思っていて、年寄りの中にも若年層の中にも格差があり、むしろ格差の問題が見えなくなる危険がある

・選挙制度面での手当てとしては比例代表分を増やすのがいいのではと思っている。あと院生で「くじ引きで決める議席を入れる」という古代ギリシアみたいな制度の提案をしている人がいて、最初は何を言ってるんだと思ったが、聞いてみるとよく理論的に検討されていた。選挙民の意思やその地域の利害から切り離されることにはメリットもデメリットもあると思うが

・天皇制は民主主義と相容れないかというとイギリスなど見ればそうでもなく、日本もむしろ廃止のほうのデメリットが大きいのではないか(何かあったときに廃止派が敵認定され「こいつらのせいで」といった攻撃が起きるようなことを想定したらしい)

・アメリカでは「表現の自由」に経済的自由など他の自由と比べて極めて強い立場を与えていたが、近年ヘイトの問題などで本当にそれでいいのかと問う議論もある

・日本国憲法には主権在民を掲げつつ、一方で三権分立の中の「司法」は司法試験を通ったけど国民から選ばれたわけではない法曹が違憲立法審査権を行使する。民主主義を制限するメカニズムが織り込んである

というあたりが印象に残りました。ペンを忘れていってしまったので系統的にメモがとれず、しかも上記思い出しメモには結構解釈が入ってるはずなのでそれなりのものということで。
それにしても討論では玉石交ざったいろんな質問がフロアから飛んだのですが、全部に「面白い回答」をしていて、ううむすごい、こういうところで一度オーバーホールしたいなあと感心したのでした。

* * *

2010年代前半にわりとよく遊び、そのころお父さんの介護のために郷里に帰った友人(男、独身、40代後半)から突然連絡があり、用務で東京に来ているのでご飯を食べようという。

つい先だっての10月にお父さんが亡くなったそう。認知症で大変だという話をさんざん聞いていたので「肩の荷が下りたでしょう」くらいのテンションで話してしまったが、それでもやはり親が死ぬというのは結構ダメージが来るものだそうです。まあそうだな。

経鼻栄養補給か胃瘻造設か、それとも点滴だけで3ヶ月以内の死を待つかという選択肢を示された時、「でもやはり経鼻栄養……」と言うと、医療者から「あなたにとってそこまで大切な人ですか?」と問いかけられた。それは、経鼻栄養補給でも続けるとここからまた長期にわたって生き続けることになるが、その覚悟はあるか?という意思確認だったと受け止めたらしい。お父さんの死後に「財産をよこせ」という伯母が登場したこともあって、まだいろいろ整理がついていないようです。

しかしそれも落ち着いた後は、一人っ子かつお母さんはもう亡くなっているので、いよいよ天涯孤独の余生。どうするのかな。

* * *

まだ本決まりではないんだけどほぼ本決まりな感じで、久しぶりにまた身辺ばたばたしそうです。
今年後半はフェーズがいろいろ変わり始めた気がした。前厄、本厄と大したことがなかっただけに、「おおお最後になってなんか来たな」と身構えています。

2019年10月30日

月末

特に巨大な何があってというわけではないのですが、一山越えた後に一度よくなった調子がまたこの数日悪くなって困っています。
日中ぼーっとしていて意欲がわかず、時々いらいらし、帰ると少し頭が冴えて、しかしわりと速やかに寝付き、早朝に仕事の夢を見て胸がどきどきしながら目を覚まして「休まったのだろうか」と思いながら30分くらいのうたた寝を繰り返しつつ2、3時間布団の中にいて、出勤する日が続いています。通勤は足が勝手に体を運び(そういえば電車の中で本が読めなくなった)、仕事も取りかかると終えることはできるのでそれほど支障は出ていないと思うのですが、職場にいる間じゅう頭と体が重い。視覚的・聴覚的な刺激がきつく感じる、視界に見えているものを見ていない、何かしようとして何をしようとしていたか忘れる。体が目的を持って感覚と思考を鈍磨させている気もします。なんでしょうか。疲れているのかというと日中の眠気はないのでちょっと違う気もするけど。とりあえず記録ということでここに。まあ文章が書けてるんだから何ということもないのでしょうというのと、書くことで進行方向が変わる可能性もあるなという一歩引いた感想とともに。

2019年10月22日

交雑する

■デイヴィッド・ライク(日向やよい訳)『交雑する人類』NHK出版、2018年。

国立遺伝学研究所の講演会を覗きに行ったらこれが紹介されていまして。
David ReichのWho We Are and How We Got Hereの訳書で、英米で原書が出版されたその年のうちに出すという偉業。

数十万年前にまで及ぶ古い人骨からDNAを抽出して塩基配列を決定することが2010年ごろからできるようになっていて、それが形態や遺物などに頼っていた従来の人類進化、移動、交雑の歴史に関する研究を変えているのだそうです。著者は、現役のハーバード大遺伝学教授。「古代DNA革命」は、放射性元素を使った年代測定法の開発以来の、第2の革命だという。

本書にはもちろん含まれていませんが、今年は別のチームから、メチル化が起きているシトシンと起きてないシトシンを見分ける方法を見つけてエピゲノム解析にまで踏み込み、まだシベリアとチベットで骨の断片しか発見されていないデニソワ人の骨格の特徴を推定したとの研究まで発表されています。いやもうまじで?という世界。

古代DNAの解析(と、考古学、言語学などとの協働)で分かってきたことはタイトルの通りで、人類の諸集団は一つの太い幹から枝分かれした結果なのではなく、いろんな集団があちこちで出会っては交雑しまくってできてきたということ。今ある地域にいる集団はずっと昔にそこにいた人たちと同じ遺伝的特徴を持った子孫ではないということ。消えてしまった祖先たち「ゴースト集団」がいたこと。人間集団の移動はいろんな方向に(時にはUターンも)起き、時には同じコースで何度も起きて先発の集団を塗り替えたりしていること。

今後の課題は、ヨーロッパに比べて解析が進んでいないアジアや、出アフリカ以降の時代のアフリカなどの解析を進めることが一つ。また、これまで対象にしてきた時代よりも新しい「ここ数千年」の移動・交雑史を、これまでと違った手法で明らかにすることがもう一つ。

にしても、日本であまりそういう研究がガンガンやられているという話は聞かないなと思ったら、やはり遅れている地域の一つなのだと書かれている。

あとは、アメリカ先住民の歴史的な被害感情と、米大陸に残された骨を使った研究のやりにくさの関係についての記述が印象に残りました。「先住民とつながりのある骨を収集、貯蔵、研究する」ということへの反発があるのは彼の地だけではないですよね。

そして、こうした研究はイデオロギーと無縁でいられないという指摘も重かったです。
20世紀ドイツでみられた民族の起源とその優越性に関する議論は、実はDNA解析が明らかにした移動史で打ち砕いてしまうことができる。一方、インドへの民族集団流入に関する研究は、いまだにインド人の研究者にとっては非常にセンシティブらしい。

また、従前「集団内の多様性は集団間の多様性より大きいので人種概念は無意味」という主張が”正しい”とされてきたところ、実は複数の遺伝的特徴を組み合わせてみると、ある程度どの集団か予測できてしまうという。そのことに目をつぶっていることは早晩できなくなるし、といってそれを優劣の議論に利用するのも誤りである、その隘路をどうやって進むか。

著者の立場上仕方ないのですが、特に先住民が古人骨をコントロールすることについては「科学の進歩を感情で止めちゃだめだよね」という結論に傾きがちな印象を受けました。そしてまあこれも仕方ないのですが、ゲノミクスとにかくすげえから、という雰囲気。しかし倫理的にも技術的にも落とし穴はやはりいっぱいあるような気がする。

* * *

日常が実にゆっくりと戻ってきています。

まずコーヒーが飲めるようになり、眠りが10時間から7時間弱へと短くなり、体を動かす気力が戻ってきて、ラジオで聞こえてくる話が頭に入ってき始め、着る服を選び、髪の毛を刈り、家でご飯を炊きました。日差しがまぶしくなくなりました。金木犀が香っています。多分もう少しすると、仕事とは関係ない友人と「おしゃべり」ができるようになるでしょう。まだピアノに触ってないが、これは椅子の上に布団が置いてあるから。

仕事に関して全くストレスがない人だと思っていた、と何人かに言われたのですが、全然そんなことはありません。特に、忙しさよりも、裁量を感じられない時にストレスを感じるタイプのようです。

回復途上、たまたま北海道から東京を訪れていて数年ぶりに会った友人に「老けた」を連発されました。まあそれも分かる。実は本人にあまり自覚はないけど。

* * *

・この1週間でようやくエアコンを使わなくなりました
・秋冬用の布団を掛け始めました
・即位の礼はテレビを横目で見たくらい。「マイク使うんだ」と思った

2019年10月14日

区切れつつ続く

結局仕事は先週で区切れたものの終わらず(終了か継続かは弊管理人の力が及ばないところで決まる)、12月半ばまで続くことになりました。

9日は職場の人たちの多大な協力をいただきながら26:30に仕事を終えて会社に泊まり、翌朝は6:20に起きて、また不甲斐なくも各方面から多大な協力をいただきながら夜まで。

10日はシフトで7:00出社。前の晩に食事がてら一杯飲んだのですけど、弊管理人が「明日早いから」といって早めに切り上げようとしている横で、同じく10日に早く出ることになっていた人がホッピーをかぱかぱ飲み(結果、弊管理人の睡眠時間も短縮し)、そして10日朝はシフトに遅刻してきた。そんなことってある?

11日は頭がぼーっとしたままラジオで話をしたらぐだぐだに。

12日は台風が近づく中、16:00からのシフトのため、風雨が少し弱まったタイミングで家を出ました。普段使っている駅ではなく、家から最も近い地下道の入り口を目指したら、そちらのほうが地下を歩く距離は長いけれど全然楽で、カッパを買ってありましたが傘で大丈夫でした。
JR、私鉄各社が計画運休していましたが、弊管理人は便利なところに住んでいるので地下鉄で普通に通勤できました。普段の土曜なら人いっぱいのはずの車内は始発より空いてるくらい。
赤坂見附もこう。
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20-21時くらいが暴風雨で、25:45に車で帰った時はすっかり「ちょっと風の強い日」くらいになってました。

13日は台風一過で快晴。職場では前日の台風のあおりで仕事が発生しており、「来られる人は来て」という号令がかかったので連絡しましたが「昨日遅かったから来なくていい」。お言葉に甘えて出社は控えました。
2週間ぶりくらいにジムに行ったら、廃用症候群かっていうくらい体が弱っていました。なまってるとかじゃなくて。弱ってました。
夕方、図書館に本を返しにいく道すがら友人2人と出くわしたので、返却ポストに投げ込んでそのまま居酒屋へ。ハイボールとレモンハイ。そのあと3人で久しぶりの飲み屋さんに転戦しましたが、1杯飲みきらないうちに限界が見えてきたので21時過ぎに辞去。

23時に寝て14日は8時覚醒、9時起床で今に至ります。肌寒い小雨の朝で、季節が一気に回転した感じがします。

ぼんやりしていた視界がはっきりした(目のピント調節機能が回復した)ところをみると、体は徐々に元に戻りつつあるようです。普段なら難なくできる会話が頭が回らなくてできないという、このところの現象はどうなっただろうか。

これから2ヶ月、また長い案件が始まります。できるだけオンとオフを切り替えて乗り切りたいです。

今回、心身の健康とか人間関係の一部とか、時間とか、いろんなものを仕事に蝕まれて、「もうこんなの嫌」と久しぶりにかなり本気で思いました。しかし代わりの人もいないのでまた12月まで仕事をし、乗り切れば「うーんしかしまあ学ぶものもあったかな」といって片付けてしまうのでしょう。

2019年10月05日

ふわふわ

(比喩的な意味で)視野が狭くなって考えるのが遅くなる状態がふわふわと続いたまま土曜に入りました。

午前中から在宅で仕事をしました。会社のPCを家の大きなモニタに繋ぐことで会社の作業環境をほぼ再現できています。

15時前、一区切りつけて外に出ました。昼飯……と思いながら新宿を西へ歩いていると、青梅街道に入ってこのまま青梅まででも歩けてしまいそうなくらい体が勝手に歩いてしまいます。歩きながら中野の友人にLINEをしてお茶の約束を取り付け、青梅街道から左に折れ、住宅街を抜けて中野富士見町のモスバーガーで落ち合い、遅い昼飯にありつきました。

彼はそろそろ50歳が見えてきた勤め人で、わりとストレスとそのマネジメントに関しては経験豊富とお見受けしたので、最近のあれこれを話しました。

「必要なのはオン/オフの切り替えだ」というお言葉。そこは弊管理人のかなり本質的なところで、それだけにどう切り替えてよいかと考え込んでしまうところでもあります。

水彩画は薄い色を何度も塗りながら描いていく子供でした。頭の中にあるものを少し出しては眺め、また少し出しては眺め、を繰り返していくと全体に均整の取れた色合いにはなっていくのですが、作業がいつまでも終わらない。どかん、どかんと絵の具を置いていき、画面がすべて絵の具で埋まった瞬間が完成、とはいかないのです。

ずーっと一つのものを抱えながら、期限が来るまでちょこちょこと直す。帰りの地下鉄で、半分起きた布団の中で、「あそこをああしたら」という考えが訪れる。弊管理人の作る文書はバージョンがものすごく増えます。で、ずば抜けたものができるかというと、そうでもない。それだと、オフを作ってしまえば水準に達しないまま期限を迎えるのではないか。どこかでそう思っているのかもしれません。しかし、オフを作らない性質をこのままにして続くのだろうかとも。

モスの友人は洗濯の途中で出てきたというので45分間で話を切り上げ、また歩いて家に帰りました。やはり体は勝手に歩き、知覚には「いま微妙に上り坂」「風が吹いている」と平素ないような入力があります。いまだに部屋ではエアコンを冷房で入れ、外では汗でシャツが濡れるくらい暑いのに、いつの間にか日が短くなっていたことに驚きます。つまり、朝と深夜以外に外を歩かなくなっていたのでした。17時に家に帰ると疲れと眠気が来て、また45分間横になりました。しかし眠ってはいません。

それでまた仕事をし、20時前に再度出掛けて、十二社の「ふくろう」で冷たい鶏そばを食べました。3回目ですが、これまで2回は風邪っぴきだったので今日はやっと味が分かりました。
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ここを知るきっかけの人が勧めてくれた「あおさのり」のトッピングも、今回初めて失念せずに頼めました。確かに一瞬目が覚めるくらい風味がよい。

シューマンのピアノ協奏曲の第3楽章は無窮動めいた、ロ長調なのに弊管理人からみると明るいどころか非常に強迫的というか、精神的に参ってる曲なのですが、躁が高まったあたりで一度ふと正気を取り戻すような10数小節があります。外界と交流できるチャンネルが少しの間だけ開き、そしてまたすぐに狂っていくような。
何の話かというと、あおさのりの効果がその10数小節みたいだった、という例え。

覚えている限りでは2007年10月、2012年10月、2016年11月と大変嫌な仕事があった(なぜいつも秋なのだろう)はずですが、そのとき自分が何を体験し、何を考えていたか、弊日記にちゃんと書いてないのですね。思い出す手がかりになるような日記は書いてあるのですが。仕事のことはあまり書かないという自分ルールに従うと生活における不快の大半を書かないことになってしまうのか、書く元気がなかったのか。

2019年10月03日

じうがつはじめ記

喉痛がぶり返しそうな気配があり、37度に届くか、またぐかどうかくらいの微熱がありましたが、これはもう来週の山を越えないと回復することはない(山を越えたら一度派手に体調を崩しそうな気がするが)と割り切りました。

24~25時に床に就くとスムーズに入眠し、8時台に一度目覚め、また目をつぶると9時半、思い切って起きて椅子に座るとやっと数十分後に動く気力が上がってくるという、発熱前のサイクルが戻ってきました。これも来週まで続くと思われます。

そんな状態でインフルエンザの予防接種を受けるかどうか。町医者によると今年は例年より2ヶ月くらい流行が早い感じ、とのことなのでとりあえず打ってしまいました。打つリスクと打たないリスクではギリ後者が勝つかなと考えもしましたが、これはまあ、えいやで。

あとは、10月中旬以降の予定をぽつぽつと入れ始めています。行けたら行く、くらいのやつばかりですが。また「今この状態で判断しないほうがいいこと」について判断をするよう、10月中旬のカレンダーに書いて未来の自分に申し送りました。

* * *

■佐藤健太郎『すごい分子 世界は六角形でできている』講談社、2019年。
これは満足度高かった。研究から出てきたライターはほんと貴重。

2019年09月28日

体調崩すなど

三連休真ん中の日曜の仕事を午前2時前に終えて帰って、普段ならぱたっと寝るところなかなか寝付けず、あれ?と思って寝て起きた休日月曜に発熱。喉痛い。

熱は38度前後をうろうろ、しかしこの体温にしては動くのが辛く、食欲もほぼ0で、24時間のうち21時間くらい寝ているかうとうとしていました。残薬の葛根湯は効かず、頑張って近くのドラッグストアで買ってきた「熱、喉痛」集中攻撃用の薬が結構効いた。

連休明け火曜の昼くらいまで外に出る気力が沸かず、しかしえいやで出社し、会社の地下の内科で薬をいっぱい出してもらう。扁桃炎。しかしまあ依然辛い。熱もやっぱりあり。職場の人によると「明らかに元気がなかった」

水曜、ようやく上向いてフルに仕事。ご飯も食べられるようになってきた。しかし今度は夜寝られない。前2日の寝過ぎのせいか。

木曜、平熱に戻り、フルに仕事。依然、寝られない。

金曜、寝不足ふらふらでお客様対応的な仕事をし、「ようやく寝られそう」な疲労度合いになって午前1時就寝。

土曜、変な夢で午前6時台に一度起きからの午前10時半起床、喉の違和感は消失、今ここ。これから午前2時前までの仕事。

所感:
・マラソン的案件の追い込みの時期にこれはつらかった
・発熱以前はむしろ寝過ぎくらいなのに疲れ取れず、という状況だったのに、発熱後はショートスリープかつハイテンション、朝に落ちる、というパターンに「体のフェーズ」のようなものが変わった気がする
・『風邪の効用』にも似た記述があった気がするが、体調を1回派手に崩すというのは、溜まった澱を清算する機会なのかもしれん
・平素忘れがちなんだけど、弊管理人は継続案件があると寝ても覚めてもどこかでそのことを考えてしまう性質で、マラソン的案件があると生活がほんとそれだけになる
(……ということを部内の30年選手にぽろっと漏らしたところ、「私もそう。自分がゴールキーパー、みたいな意識のある人はそうなる」(大意)と言われ、なんとなく気分が和らいだ)
・ただただ再来週末に「ともあれ一息つく」ことのみを頼りに過ごしている
・housekeeping issues(家事に限らず広い意味なので英語で)を分け持ってくれる人がいない、という独身かつ単身の脆弱性をわりと感じたかもしれない。これは歳のファクターが大きいか
・そういや例年9月はどうしていたのだろうと弊日記を遡ってみると、ここ3年くらいずっと疲弊していて(2015年までいくと楽しそうだった)、人生これでいいのだろうかと思わなくもない

* * *

そういうわけでもういつのことだったか、というくらい前に感じる発熱直前の先週土曜。
歌舞伎町のちょっと北の方にある「サーティーンカフェ」でカラスガレイの干物定食。
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うまかった。周囲は高坏に載ったプリンだのバスクチーズケーキだのでキャッキャしてましたけど。公共施設みたいな味気ないビルの4階にひっそりあるわりには人が入っていたので、何かで知られているところなのかも。

* * *

■戸谷友則『宇宙の「果て」になにがあるのか』講談社、2018年。
どっこい結構難しかった。

2019年09月18日

9月いろいろ

元上司が弊管理人のデスクにゆらりと現れて「今日、飯どう?」とのたまったので、これはただならぬことでは、と仕事を切り上げて行きました。本郷・赤門向かいのちょっと奥まったところ、「浅瀬川」のちゃんこ。
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ネットで有象無象に叩かれたとかでダメージを受けたようで、有名人は大変だなあと思いました。わざわざ見に行かなくてもね……。
ところで、弊管理人は馴れ合い用のツイッターアカウントはミュートの駆使とフォロー調整で世の中の揉め事がほぼTLに入ってこないようにチューニングし、フェイスブックはイラついてる人を中心に大半のフォローを解除して、ときどき能動的にまとめて見に行く(過去のイライラは見ても悪影響がないことを発見した)ことにしてからストレスがなくなりました。

いずれにせよ、ちゃんこと、あと具がぎっしりのさつま揚げ、どちらもとてもおいしかったです。ご馳走になってしまいました。

* * *

立川、「ぎょうざ天国」。
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めちゃでかい。一皿700~950円と結構なお値段ですが、中身はぎっしりです。ほたて、にんにく、チーズ、ポテトを頼みました。大食いの友人に大半食ってもらいました。でもおいしいです。にんにくは何片入ってるんだろうくらい入っていて、翌朝まで臭かったです。

* * *

3連休は中日に三崎へ。「まるいち食堂」。
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めちゃくちゃ待たせますが、それは客の集中というより店の収容力の低さ(1人席1つとテーブル3つくらいしかない)、あと手際の悪さのせいではないかと思いました。

城ヶ島って学生時代以来20年以上ぶりかもしれない。しかも前回は夜だったような。
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なんか三崎、城ヶ島とも、客あしらいが拙くて粗かった。

帰りは車を借りた京急久里浜までがすごく混雑していましたが、国道からずっと海が見えていて、少し日常から離れられた気がしてよかったです。
京急に乗ったまま東銀座に行ってナイルレストランで夕飯食べて帰りました。

* * *

いつかの中秋。
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* * *

そういえばiPod Touchを買い換えました。
5年前に買った16GBの第5世代(2012)は、wifiを切ったままにしておけば、音楽を聴くぶんには問題なくバッテリーがもつことが分かったため、結構長く使うことになりました。
とはいえ、そろそろ動作の速い新機種にしてもいいかなと思ったのと、記憶容量の余裕がもう少し欲しかったので、勢いで第7世代(2019)を買ってしまいました。会社携帯が極めて不安定で頼りにならないので、ネットや地図といった少し負荷の大きいことをしたい時はテザリングでiPodに頑張ってもらおうと思います。

2019年09月09日

上旬あれこれ

一日中机、という日が続いていて心身に悪いです。

それでも週に1日は休む、というのを鉄則にして、日曜は友人と稲城の温泉「季乃彩」(ときのいろどり、と読む)に行きました。

道すがら「そういや尻から血が出て内視鏡検査受けたんだけど、尻は痔で、そのほかに大腸にポリープがあり、さらに胃がピロリ菌感染してて崩れた山みたいのがあった」と聞かされ、うーむ(1)便潜血は本当に痔だろうか(2)崩れた山は大丈夫なやつだろうか、と心配になりました。すごいデブ、ニコチン中毒、野菜食べない、ラーメン大好き、遅寝のショートスリーパー、というリスク要因の展覧会みたいな人なので、特に。
ポリープと崩れた山の病理検査の結果はそのうち出るそうです。

* * *

で、風呂から上がって稲城でやっぱりラーメン食って帰ってばっちり22:30に寝たら、月曜の午前4時ごろ(眠りが足りたのと)風の音で目が覚めました。台風。びゅごーーーって。
7時出社の日で、地下鉄が動いていることは分かったので、いつもよりちょっと早めの6時前、葉っぱとか枝とか飛んでる中、走って駅まで行って普通に動いてるつおい地下鉄に乗って出社しました。
午前中に台風はさっさと通り過ぎ、36度くらいまで上がったらしい(缶詰だったので外の暑さが分からなかった)。会社からきれいに富士山が見えました。そんでまだ若干暑い夜になって帰ってきました。

* * *

酒場で別の友人が「日本って立憲君主制?」みたいな話をしていて、たまたま同席していた法学部の先生から「ほんとにそうかな?考えてごらん?」と言われたそう。

いや実はすごい面白い問題だというのは分かる(天皇は君主か元首かそれ以外か/共和制な気もするが法制局答弁で立憲君主制を肯定したことがあるらしい)。けどもうちょっと教えてあげようよ。酒場でも先生づらかよ、とはまあ思った。

* * *

■共同通信ロンドン支局取材班『ノーベル賞の舞台裏』筑摩書房、2017年。

■福田京平『電池のすべてが一番分かる』技術評論社、2013年。

■森弘之『2つの粒子で世界がわかる』講談社、2019年。

2019年08月20日

夏の帰省19

台風がのろのろと近づいてきていてどうなるかな、と思っていましたが、それほど荒れることなく、いつもの伊豆に家族で行ってきました。
今回はあまり誘導しないでみようと父妹に任せてみたら、伊東―(北へ)→熱海、しかしほとんど観光せず―(南へ)→熱川でバナナワニ園―(北へ)→昼食とりそびれ伊東、と非効率な移動になりました。いいけど。

バナナワニ園。オールドファッションな動植物園って感じです。
レッサーパンダにまるでやる気がない。
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ワニも動かない。
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ま、楽しく動き回る理由もないか。とはいえ、熱帯植物園の物量はかなり豊富なので、ちゃんと見れば結構楽しめると思います。

行きに御殿場で「さわやか」のげんこつハンバーグを食べようと思ったら「4時間待ち」といわれて諦めたので、帰りはもう少し空いていそうな富士鷹岡に寄りました。
順番待ちのチケットをとって、90分の空きを活かして富士山世界遺産センターへ。
坂茂の建築が見たかっただけなんですけど。
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約200mのスロープを展示を見ながら上っていくと登頂できる。外は池になっていて、そこにこの不安定な構造物が映ると富士山の形になるのですね。逆さの逆さ富士。
ハンバーグは意外と早く順番が来ちゃって焦ったものの、ちゃんと食べられました。やっぱうまい。

身延山を回って南信州の実家に帰りました。
「夕飯はカツ丼にすっか」と父が言うので「ハンバーグでお腹いっぱいなので無理」と主張したところ、そうめんになりました。
家に植えてるシソと、玉ねぎなどでかきあげ天つき。なんか上達してた。うまかった。
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休みの直前、長野のラジオで少し話す機会があって、「夏に帰ったら食べるものはありますか?」と想定外の質問が来たので咄嗟に「おまんじゅうの天ぷらですかねえ」と真っ赤なウソをついた(確かに県内スーパーで売られる季節商品だが弊管理人は特に好んで食べない)、という話を父にしたら、まんじゅうも天ぷらにされていて予言が成就しました。

これはまあ些細な例かもしれませんが、咄嗟にウソをついてしまう癖が弊管理人にはあるのかもしれない、と思うと極めて怖い。気をつけよう。

* * *

いつも通り父実家、母実家をまわって東京に戻ります。
父実家は祖母が引き続き元気。
母実家は伯母による恒例のご馳走。
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祖母はもうすぐ99。かなり弱ってきている感じがしました。
お店をやっているいとこが配達途中に寄ってくれて、顔を見ることができました。
いろいろ話しました。

叔父がレビー小体病になって介護が大変な叔母一家の中が案外もめたりしている話、意外と甲状腺の病気をやっている女性陣、母実家の懐事情、古くなっていくまま更新されない家族とモノ、手入れの追いつかない墓、お弔いは近いかもしれないにもかかわらず断絶したままの父―伯母、といった何かと構えの必要な地平線上のあれこれに、弊管理人自身が抱えた秋以降の仕事の気の重さが重なって、近年ないくらい落ちた帰省でした。そういう素振りは見せないけど。

* * *

で、さらに悪くしたことに、東京に戻った日にうっかり痛飲し、その次の日から深夜までの勤務が2日続くという生活マネジメントの失敗もあり、休み明け早々かなり疲れています。

* * *

■柴田元幸『柴田元幸ベスト・エッセイ』筑摩書房、2018年。

東大の先生だった人が書いた90~00年代の文章を集めた本に、90年代の東大の匂いがする文章だったという感想を書く意味があるかというと、たぶんある。

2019年07月28日

短い週末記

土日は職場の人たち7人で富士山に登るはずだったのですが、台風6号が直撃しそうだということで2日前にキャンセルし、土曜夜に水道橋の居酒屋「富士山」で残念会をしてきました。

そのあと一人で久しぶりにいっぱい酒を飲み、3時半就寝。

日曜はなんだか何に関してもやる気が起きず、洗濯した以外は特に何もせず過ごしてしまいました。残り物とベーコンエッグで昼飯にし、夕飯は吉牛という手抜き。
年に1度のマンションの配管清掃が部屋に入るのが今日で、富士山に行っていたらパスになってしまっていたところ、中止になったおかげでできたのだけが、この週末の収穫だったかも。

8月あたまにとってある短い夏休み、うかうかしたまま、まだ何をするか決めていないのと、その後に秋まで続く面倒な仕事のことなどあり、気分が上向かないのだと思います。

* * *

少し前に友人と話していて、自分のことをまだ「若い」と捉えていることに気付いていなかったことに気付かされたことがありました。
それで、おととしの春、20年近くぶりに会う大学1,2年時の同級生たちとお花見をしたとき、子持ちも含めて驚くほどみんなおっさん/おばさんになってないことに強い印象を受けたことを思い出しました。あの界隈の人たちはひょっとしたら歳を取るのが遅いのかもしれません。

なぜなのかは想像ですが、みんないまだに「別の生き方なんて今からだってできる」とどこかで思っているんじゃないか。もうちょっというと、現状を当座生きながら、しかしそのほとんどを「そういうもんだ」と心底受け入れてはいないというか。で実際、わりと本気になればいつでも現状を脱ぎ捨ててしまえる知識と知恵がある人たちなので、そういう態度を持ち続けられている気がする。

2019年07月18日

週末いろいろ

土曜、中近傍より友人来たりて、高田馬場のラミティエ。
夜は初めてです。2800円のコース一択。前菜とメインを1品ずつ選ぶのはランチと同じ。
前菜はキッシュいきます。
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そんでメインに鴨のコンフィ。
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追加でデザート。ミルクとフランボワーズのアイス。
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友人は前菜がハム、サラミ、パテとリエットの盛り合わせ、メインは牛ほほ肉の煮込みで、シェアしながらいただきました。どれもうまかった。おなかいっぱい。

* * *

しかるのち、「天気の子」を見ました。

* * *

明けて日曜は天気予報を見て、なんとかもちそうということで横須賀・猿島へ。
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夏は初めて。むちゃくちゃ湿度が高くて、むちゃくちゃ暑かったです。
海が汚くて対岸が霞んだ感じ、写真にするとマレー半島近くのどっかの島って感じ。

おいしかったのは、よこすかポートマーケットのジェラート屋。
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2フレーバー(400円)を選ぶ際、スイカと海軍コーヒーという取り合わせにしてしまうセンスのなさ。
でもそれぞれはおいしかったです。
加えて、フードコートが涼しいというのが素晴らしい。

* * *

思い出せないくらい前(少なくとも15年)から使っていたデスクチェア、しばらく前からずいぶん背もたれのリクライニングが大きくなったなと思っていたら、とうとうバキバキっと180度開いてお亡くなりになりました。

後継者はアマゾンで12000円。ロッキングの可否がレバーで決められるのがなかなかよい。
しかし、6000円ほどのでもそんなに変わらない気はします。
一方、コクヨとかのメーカー品だと数万円。いまひとつ機能と値段の関係がよくわからないカテゴリーです。
とにかく早く着くことを重視して買ったので、若干高いものになってしまいました。注文してからヨドバシのほうが安いやつが速く来ることに気付いたものの、既にキャンセル不能になっていてアウト。まあいいけど。

* * *

■イ・サンヒ、ユン・シンヨン(松井信彦訳)『人類との遭遇』早川書房、2018年。

借り物。とても読みやすかったです。
・人類史の描写はどんどん変わってる
・ゲノム革命の影響甚大。にしても、やっぱりいろんなことが推測で議論されてる印象
・人種や性役割など「その時代時代の研究者が見たいものを投影してしまう」という危険といつも隣り合わせだな
・それでいうと、女性、アジア人の視点から見たこの本て実は貴重かも

2019年07月16日

ケナー

ケヴィン・ケナーが1990年のショパンコンクールで1位なしの2位になって、次の年だったか、英語の自由作文の授業で彼のことを書いたんですよね。ああいうピアノ弾けたらいいなって。
その後しばらく聞く機会がなかったところ、去年の秋、NHK-FMの「ベストオブクラシック」でケナーのピアノ、チョン・キョンファのバイオリンでフォーレとやフランクのソナタをやっていたのを聞いて、ケナーがナマで聞きたいと検索してたどり着いたのが日曜のコンサートでした。

IMCミュージックという興行主が同じ6月のナモラーゼに続いて、また東京文化会館の小ホール。ナモラーゼのときは空席が目立っていたが、今回はさすがにパンパンでした。
曲目は:

・ショパン(ケナー&ドンベク編曲)の室内楽版・ピアノ協奏曲第1番
・ノヴァコフスキのピアノ五重奏曲

ショパンはルイサダの室内楽版の録音を含め、ほんと何回聞きましたかねっていうくらいよく聞いた曲です。でも今回の編曲を聞いてみて、この曲の本来の姿は室内楽だなと確信しました。オーケストラの分厚い音であの伴奏をやるべき?と思ったことがあったのですが、その疑いは正しかった。弦とピアノが落ち着いて掛け合いできるのはこの規模だよ。それはパンフにも書いてあった通り。

それにしても、ケナーはよく指の回るピアニストではありますが、華やかさもちゃんと出ていて、とてもいいんですね。ワルシャワのホールで演奏されるような若々しさとスケールを感じました。一方、緩徐楽章ではこぶしを効かせるようなディレイをかけた場面もあって面白かった。で、華やかな部分は初めて聞いたノヴァコフスキでもさらに発揮されていて、長い曲ですが全く飽きませんでした。楽章ごとに表情が違うのも楽しかった。

特筆すべきは弦のワルシャワ・ソロイスツです。バイオリンは一部不安定なところがあってヒヤヒヤしたけど、チェロと、コントラバスの山崎裕幸さん(ブレーメンフィルの首席なんだそう)が低音からがっつり下支えして合奏を豊かにしていました。特にバスがとても表情に富んでいるのに突出しないの、すごくない?そう、ネーミングからしてソロイストの集まりなんだと気付くべきでした。溶け合うのではなく、個性的なままに調和しているのだ。

なんかもう近年ないくらい楽しみました。(近年ないくらい考えさせられた、のは去年のポゴレリチ)

* * *

そんで上野から戻った夕方、仕事を終えた2人+自営の1人+弊管理人の「連休なのに働く友の会」(弊管理人もなかびに14時間シフトをやった)で埼玉の「雅楽の湯」に行きました。
1580円でビュッフェつくの、納得感高い。
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むっちゃ食ったあと、1時間半くらいお湯につかって喋って、東京に帰り着いたのは24:30でした。
2人は飲みに行き、弊管理人も行こうかと思ったものの、雨だったのですたこら帰りました。

今年はずっと曇ってて、まぶしいのがだめな弊管理人はとても助かってます。あと7月にしては寒い日ばかりなのでよく寝れて疲れも少ないのでした。

2019年07月06日

安定の咳

エアコンのコントロールが悪かったか喉をいためてしまい、夜間に咳で起きるくらいになったので、会社のビルの地下にあるクリニックで薬をもらってきました。

毎食後:ロキソプロフェン(消炎)、デキストロメトルファン(咳止め)
夕食後:アンブロキソール(たん排出促進)、アジスロマイシン(抗生物質)
寝る前:エンペラシン(アレルギー改善)
頓服:リン酸コデイン(強い咳止め)、トローチ

「あそこは薬漬け」「頼めばシャブも出てくるのでは」と評判のクリニック。医師は循環器内科で、上司は降圧薬によって最高血圧100と強力に管理されているそうです(余談)。いやもうほんと。しかしこれって何を疑われたんだろう。気管支炎?
一晩寝たらだいたい軽快しました。寝る前の薬が結構強く効いたのか、朝ちょっとぼーっとしてました。

日記を見返すと、2015年、16年にもこの時期に喉をやられていた様子。ただしそのときは鼻も一緒だったっぽいですが、今回は鼻はちゃんときいてますのでご飯はおいしいです。

* * *

■北條芳隆編『考古学講義』筑摩書房、2019年。

14人14講。可読性の低い文章が多いと思ったのは、こちらが筆者の想定する読者ではなかったからだろうか。でも古墳=ポトラッチという見方とか、使いやすさでは日本海>瀬戸内海だとか、うーん面白いと思うくだりはいくつかありました。

* * *

先週かっとなって書いた日記の件は結局、若者職位の当人とお話する機会があり、まあこれで雨降って地固まる感じになったらいいなという収束の仕方をしました。梅雨だけに。とかいうてますが、まあ一度雨が降る必要はあったものの、弊管理人もいいだけ大人げなかったと思うので、あちらから話す機会をもちかけてくれたことはありがたかったです。

2019年05月05日

帰省

世間の連休後半、ようやく連休になったので帰省しました。

父と中津川インター近く「ちこり村」で野菜ビュッフェ。
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昼は11時から。9時にはEPARKで順番待ちをしないと入れないくらい混んでました。
もやしのメーカーがやってる施設のせいか、色合いは全体的に緑と茶色。チコリ推しですが他の野菜もいろいろ。味もちゃんと変化がつけてあってよい。写真のような列が5列くらいある。1580円。いいんじゃない、いいんじゃない?

でもって多治見に行ってモザイクタイルミュージアムに寄りました。
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一つの目的はこの建物だったんですけど。「屋上になんか生えてる使いづらそうな建物はだいたい藤森照信」と言い放った父、正解。どこで覚えた。

おじさん2人でモザイク制作体験。ちっちゃいタイルのパーツを好きなだけもらってきて、フォトフレームだのハンガーだのにボンドで貼り付けていくものです。
意外と難しい。意外とかわいい色使いをする父(上)と、はみ出しまくる弊管理人のひどいセンス(下)。ちなみに弊管理人は、たべほの盛り付けもこんな感じになります。
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最上階も大穴があいていて変な造り。
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風呂桶とか流し台とか。そういえば本家(1960年代初頭築)の流し台や風呂場ってタイル張りだったぞ。トイレはどうだったかなあ。
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多治見は美濃焼からの流れでモザイクタイル生産で日本一だそうです。
タイルっぽいものの普及の最初は鎌倉時代に入ってきた床材「敷瓦」ですが、木造家屋の水回りや壁を覆う今のタイルの始まりは幕末に西洋文化とともに輸入されたもの。「衛生思想」にそぐう白を基調としたものだったようです。また洋館建築に使われ、装飾的になったものも。
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太平洋戦争中は「非国策品」とされて物品税(奢侈税)が課され、戦後はGHQ施設の需要、アジア輸出で栄えたものの相変わらず物品税は最高50%、廃止運動が実ったのは1959年とのこと。60年代には貿易摩擦により北米向け輸出を自主規制し廃業も相次いだそうです。
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広い2階を家具屋のショールームみたいにしちゃっているなど、展示で見るべきものは思ったほど多くなく、もう一つかな。でも建築込みで面白かったです。父も「意外とよかった」との評でした。

ついでに磯崎新の「セラミックパークMINO」も。
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でっかい施設で、これは茶室周辺です。ダムみたい。

あとは永保寺と
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道の駅どんぶり会館。
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どんぶり推し推しで、中の食堂ではどんぶりソフト400円(+フルーツソース80円)。器がもらえます。
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味はなんてことない。働いてる人もダラダラしていますが、田舎の職業意識ってこれくらいかなと思うのでまあいいです。

家に戻って、松川町の「EAT」でソースカツ丼食べました。
帰省のたびに行きますが、いつも実家でいっぱい食べて行くのでお腹があまり空いてない状態で食べることが多いところです。しかし今回は昼がほぼ野菜だったので腹が減っていて、こんなにおいしかったっけと思いながらいただきました。罰当たり。

* * *

あとは定点観測案件で、父実家。
独居の祖母は畑で草刈りをしていました。弊管理人らが行くと家に戻ってお茶を入れてくれました。写真中央ちょっと右下に写っているのが家に降りていく後ろ姿。
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桜は食用に出荷するはずのものですが、祖母はもう自分では摘めないので満開にさせてしまったとのこと。
ちょうど叔父(父の実弟)も来て、庭先でタケノコを茹でるところ。
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父方は男3人兄弟で、長男は独身、次男(父)は婿養子に出ており、写真の叔父が継いでます。父は「もう口は出さないし実家に行く回数も減らす」と言いつつ結構祖母の面倒を見ている様子。耳の遠い祖母と喋ってるうちに怒鳴り声になっていって実際に怒り出すのがどうしちゃったのという感じ。

* * *

父の寄りつかなくなった母方実家。
98歳の祖母には大きな変化はなし。面倒をみている伯母によると、時々失敗するがトイレはできており、外面がいいので外泊も「手がかからない」と歓迎されているそう。
伯母の手料理は健在です。
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「もうすぐ喜寿よ」という伯母に、特急に乗るため40キロ弱離れた岡谷駅まで車で送ってもらってしまいました。もともと運転が好きな伯母ではありますが、口ぶりを聞いていると運転してちょっと遠くへ行くのが気分転換になる様子。祖母をデイケアに預けて松本まで行って買い物とランチして帰ってきたとか、永平寺まで友達と車で写真を撮りに行ってきたとか。

和菓子屋のいとこが「配達途中に寄った」と言って会いに来てくれました。
何年ぶり?いとこが中学に上がる時から覚えているので、50歳とか信じられない。

レビー小体型認知症を長く患っている叔父(母の妹の旦那)は胃瘻造設し生きながらえているとのこと。2つ下のいとこが結婚していたことを今頃知った。ここの家はいろいろ大変らしい。

妹は今回すれ違いで会いませんでしたが、去年の夏くらいに正社員として就職した会社がわりとホワイトだとかいって続いている様子。よいよい。年俸制で給料が少ないということでしたが、手取りを父から聞いたら暮らせないような額ではなかったのでこちらは心配なし。

* * *

そういえば前回の出勤時、札幌時代の同僚(歳は1こ上だが社歴は下)が肝臓がんになって手術で取れたというのを、同じく札幌時代の同僚から聞いて聞いてひゃーーってなった。

2019年04月28日

美術館とか食べたもの

府中市美術館でやっている「へそまがり日本美術」展を見てきました。
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描き方がへそまがり、描く対象がへそまがり、へたうま。
徳川家光の木菟(みみずく)図がかわえかった。
あとは、長沢蘆雪のイッヌがかわえかった。

* * *

上司に連れて行っていただくおでん第2弾、新橋「お多幸」。
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新宿にもあるんですが、行こう行こうと思っているうちに新橋に先に。
真蛸が秀逸です。他ももちろん優秀。
こちらもおいしかった。豆腐と半熟卵が載ってる「とうめしと半熟めしのハーフ&ハーフ」。
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今シーズンのおでんはこれで終わりかな。ごちそうさまでした。

* * *

結局、面倒な仕事は、現業若者が厄介な人よりは弊管理人とやりたいと言ったためにやる羽目になりました。何日かかけて一応の形にはなったが、「これで大丈夫」という実感がわかないところはやはり、面倒な仕事。

* * *

連休初日は群馬から来た友人と上野の「梅酒まつり」へ。
その後、「みはし」であんみつを食べてから吉祥寺の「いせや」で焼き鳥、UPLINKで映画を見て、新宿で酒を飲んで帰りました。

2日目は新宿ルミネ1の「THE PIE HOLE」でミートパイのブランチ。ロサンゼルスから来たお店だそうです。マッシュポテトとミンチの二段構成でかなりうまかった。お昼の時間まっただ中に入ったけどそんなに混んでないのがいいですね。多分高い(パイ420円とか)から。あと写真撮り忘れ。

連休は前半に2日、仕事が挟まることもあって、あまり大型感がありません。

* * *

無印の脚付きマットレスを買い、これを機に寝床がシングル→セミダブルになりました。
横幅が100cm→120cmになっただけですが意外と広い。しかしでかくて45kgと重い。1人で運べない家具は持たない、という方針の範囲内ではほぼ限界かも。これを独力で建物の入り口まで運んで粗大ゴミとして捨てるのは相当骨だな。

2019年04月17日

おじさん職位記・春

久しぶりにおじさん職位の振り返り。
発令から8ヶ月経ちましたが、まだまだ初めてのことばかりです。

・4月に入り、準備が必要な仕事を10日間くらいやっていました。最終盤でいろんなツッコミが入りました。有用な意見、混乱させるだけのもの、いろいろありました
・そこで難しかったのは、最終盤(つまり、あまり時間のない中)で入ったツッコミの取捨選択をどうすべきかということ
・弊管理人は基本、何か言われるといったんすべて「一理あるはずだ」と思って受け止めてしまう性格なので、いろんなツッコミが入ると全部吟味し、時間を使います。今回もちょっと時間的にはショートしました

・今回の経験から導いた当座の方針は
(1)具体的かつ部分的なツッコミを優先して吟味する。漠然としていて全般的なツッコミは一度ざっと見して、ピンと来なければ無視する
(2)岡目八目的な立場からの意見はできるだけ容れる。逆に、自分と近い立場の人からの「こだわり」的な意見は一度受け止めてピンと来なければ無視する
(3)追加の仕事への要望は、反射的に突っぱねる前に一度「考えてみます」と引き取る
ということ

・理由は、
(1)何日か考えてあまり迷いのないところまで辿り着いた仕事に関しては、概ね正しい方向だと考えられるだけに、最終盤で方向性そのものを変えようとすると構築物が崩れてあちこち直さないといけなくなるリスクがある
(2)ピアと一緒にディテールにはまるより、ユーザーに近い人からの意見を気にするほうが向上しうる幅が大きい
(3)頭を冷やしてちょっと考えたり手をかければできることが結構多い

・あほが茶々入れてくるなら斥ければいいので簡単なのですが、どの人も一考が必要なことを言ってくるところに困難があるのだなあ、という贅沢な悩みでした

* * *

・もう一つ、今月の仕事に限らないことで。現業の若者に対しては、おじさん職位であることだけで十分に権力的であるとの自覚が必要。これ、すごい大事

・現業若者の仕事に手を入れて「これでいい?」と聞くのですけれど、それは弊管理人的にはほとんど常に「うーんちょっと、というところがあったら言って下さい」という意味なのに、言われたほうは「これでいいでしょ?納得して?」という意味にとってるだろうな、という場面を何度か経験しました
・例えば「この(弊管理人が)加えた部分、自信がなければ削除するのも可能ですけど?」と現業若者に水を向けてやっと「では削除を……」と切り出されるようなことがあると、危ない橋を渡る製品ができてしまっていたかもしれないと思い、どきっとします

・弊管理人は現業若者時代、わりと仮借なくおじさん職位が入れた修正に再修正を加えていたのですが、そういう弊管理人だからこそ、現業若者の「じゃあもういいです」的な妥協に敏感にならないといけない
・ということで、中々着地しなくても、いらいらしたり、「めんどくさ」という素振りを見せてはだめだなと思いました。これは心がけてはいても、まだ改善の余地あり

・仕事を頼む時も、「これお願いできます?」は「必ずやれ」という意味に取られがちなので、温度感というか、テンションがどれくらいかを合わせて伝えないといけないようです。「必ずアウトプットしてほしい、というほどではない」「是非やってほしい」「他にやりたいことがあるなら、この件は劣後させてもいい」など、言葉をたくさん使うのが吉、たぶん

* * *

人事考課の季節で、弊管理人も上司の面接を受けました。
猫の手くらいには思っていただいているようで、有り難いことです。

・「自分でやったほうが速いと思ってるでしょ」―いや、最近そうでもないつもりなんですけど……
・「君に仕事が集中してない?」―ノックの本数は少なくはないかなと思いますが、継続案件がそれほどないのと、お手伝い/下働きはそんなに責任感もなくできるので、あまり負担感はありません
・現業若者の仕事を解体しすぎる人だと思われていないか聞いてみましたが、そういう苦情は出てないようです
・さて、あとどれくらい東京にいるのでしょう……

* * *

・よく、自分の思いつきを他人に実現させようとする人から思いつきを振られ、内容を聞く前にほとんど脊髄反射で「自分でやったらどうですか」的なことを言ってしまいました

・まあ内容が弊管理人の受け持ち分野なので多少(5%くらい)の反省はありますが、とはいえ引き受けたら絶対厄介なので、結果もし回避が成立していれば(←まだ分からない)そのほうが絶対幸せ度は高いとなお思っています

・それにしても本当にこの人に関わりたくないんだなと自分でも驚きました。前に「もうこの人は懲り懲り」と思った人から手を伸ばされた時に、思わずさっと身を躱してしまったことを思い出します。心から嫌いなものと社交ができない体なのでしょう

* * *

・いろいろありつつ、モラルの高い職場らしいという信頼感は維持されております

・書くセラピー終わり

2019年03月31日

熊谷など

友人と熊谷の川堤で桜を見ました。
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七分咲きかなっていうところですが、きれいでした。

こども食堂をやってる喫茶店??でお茶を飲んだら、フライというご当地グルメのお裾分けをいただきました。
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お好み焼き+チヂミ÷2って感じかな。いいスナック。

「花湯の森」で風呂に入って熊谷駅でさよならしました。
新幹線で通る熊谷駅ですが、よく考えたら使ったの初めてかも。

* * *

友人と深夜に夕飯を食べることになり、新宿、プレゴプレゴ。
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白ワインをデカンタで頼み、前菜5種、羊とごぼうのリングイネ、リゾット、白身魚のポワレ、スペアリブと流したのは正解でした。結構ボリューミーだったので、スペアリブはなくてもよかったくらい。

* * *

■キース・デブリン(冨永星訳)『数学的に考える』筑摩書房、2018年。

数学史をひゅるりっとさらいながら高校と大学の数学の違いを説明した第1章が面白かった。あとは記号論理学と整数論みたいな話がそよそよっと。

2019年03月09日

おしごとばなし

今週は

月 普通出勤
火 夜勤(16-26時、ただし実際はもうちょい早く出勤)
水 普通出勤(のあと夕食兼ねた深夜までの打ち合わせ)
木 夜勤
金 夜勤
土 休み(しかし朝から仕事メール)
日 日勤(12-26時)

と結構きつめ。他部の人から「部内で賎民なの?」と聞かれました。なんという形容。みんな忙しいんですよ。

* * *

先日、職場にばらまかれた怪文書というか匿名メール、相当数の人が弊管理人のことを出元だと思っていたことが判明し、ちゃんと違うことは違うと言わないといかんなと思いました。

内容がいかにも弊管理人が言いそうなことだというのもあるのですが、何より弊管理人が不定期に限られた人に向けて送っていた情報メールのタイトル形式と匿名メールのそれが似ており、「確信していた」という声が。いやちょっとまってほんと。

過去数日、誰が出元かについていろんな人の見立てを聞きました。特に若手世代はほぼ間違いなく弊管理人だと思っていたようです。一方、おじさん世代は「実は結構上の世代なのでは?」と感じた人もいたそう。部内の問題を幅広く何点も指摘するメールを見て、それなりに視点の高い人が書いたものだという印象を受けたらしい。

背景知識の違い(必ずしも多寡だけではない、視点の違いも含め)でも見え方が随分違います。あの人が普段からこういうことを言っていた、こういう態度を見せていた、そもそもこういう人、といった知識でそれぞれがストーリーを組み立てていて面白かったです。弊管理人は当初、若者世代の一番上くらいかなと予想しましたが、違ったみたいで、今はもっと上の人という説に乗り換えました。ただ、「弊管理人が普段一部に送っている情報メールの形式と似ているものの、弊管理人は自分より上の職位の人にはその情報メールを送っていない」という、でっかくて若干気持ち悪い謎が一つ残ってはいるのですが。

それにしても、若者からおじさんへ、という(通過儀礼はそんなにないが)立場=職位の移動を経てみると、おじさんの世界には若者に入手しがたい情報がばんばん飛び交っていることに気付きます。特におじさん各位が程度の差はあれど相互・あるいは若者をシビア&身勝手に評価し、しかもその評価が会社内のセクションを超えた「おじさん世界」内で交換されている。もちろん若者世界に情報がこぼれてきて若者世界内を巡回するということもありますが、あくまで一部だと思います。こういう情報の差が集団の違いを生産しているといってもいいかもしれない。今回の匿名メールの出元プロファイリングに関してはですが、おじさんたちのほうが「それっぽい」ストーリーを組み立ているように見受けました。

かくのごとく楽しく見守れる程度にはいい職場、という唐突な小括。

2019年03月04日

瀬音の湯

雨の日曜日。
友人と高田馬場「カオタイ」においてタイ料理のたべほで昼飯。980円。値段なり。
夕方からもう1人と合流して、あきる野市の「瀬音の湯」に行ってきました。
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23区西側から1時間ちょっとですが、高速を降りてから少し距離があるので、マイフェイバリットであるところの埼玉の百観音温泉より若干遠い感覚があります。
行きはナビに従っていったら八王子ICを通り過ぎて圏央道に入り、八王子西ICで降りることになりました。遠回りしたなーとも思う反面、夕方の時間帯は八王子からあきる野の奥地まで下道で行くとかなり時間を取られたかもしれないとも。
自然豊かなところだけあって、ちょっとコンビニでトイレしてお茶を買おうと車を止めて降りると森の香りがして気持ちよいです。

お湯はつるつるのアルカリ。肌すべすべになります。かなり好き。着いたら真っ暗になっていましたが、夕方なら周りの森を見ながら入浴できてもっと気持ちよかったでしょう。
同行の2人も満足してくれたようでした。

そんで、あきる野市内の五ノ神精肉店へ。
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豚骨。メンマ、チャーシュー、キャベツなど具の一つ一つが丁寧に味付けされていてすごいと思いました。おいしかったです。

帰りはなかなか帰りたくない2人に遠回りを頼まれ、運転時間が2時間を超えて結構疲れました。前の日が夜勤だったのもあったかもしれない。

今週はシフトが多くてちょっときつそうです。
土曜の休みを楽しみにしてやり過ごしたいところです。

2019年03月02日

徳島など

徳島の客先を訪れる1泊の研修に行ってきました。
とりあえず徳島ラーメンですかね、と「いのたに」。
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地元の人が「俺は『銀座一福』が好き」と言っていたので帰る直前にワンタンメンを食べました。そちらもうまかったです。「1月1杯の原則を破ってしまった」と思ったのですが、月が変わっていたのでOKでした。と思ったら2月はもう1杯食べてた

研修がはねてから、カーシェアを使って、鳴門にある米津なにがしさんが紅白で使った「大塚国際美術館」にも行きました。lemonには「粗悪品」という意味があるようですが、ばかでかい建物を贋作で満たしたこの美術館もまさにlemonで、NHKにすごく性格の悪い人がいるのではないかと思いました。

鳴門の渦潮をフルに楽しむには半月くらいずれていたようで、疲れたのもあってさっさと徳島市内に戻りました。ちらっと見えた海はきれいでした。「水の都だな~」と思った以外は、眉山ロープウェーも運休中で特に何ということもない徳島市。でもなんかゆったりしてていいところっぽい雰囲気はあった。阿波おどりも含めて諸々次回に。

* * *

あと近場で最近おいしかったものとして、新宿三丁目、彗富運(スプーン)。
「もう何を食べたらいいか分からない」となぜか嘆く友人と、まずワインを1本頼んで、前菜盛り。
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このあと、グラタンとラムチョップと、トマト炊き込みご飯&ビーフシチュー(あと何かもう一品頼んだけど何だっけ)。
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全部うまかった。そしておなかいっぱいになった。1人5000円くらい。

* * *

土曜朝に職場のメーリングリストで匿名の提言文が飛び、目が覚めました。

内容はほぼ全面同意。提言文のポイントはいくつかあり、中でも「忙しい人に積極的に手をさしのべるべき」というのは弊管理人も最近少し思い当たることがあり、反省です。自分の興味・受け持ち範囲以外に関して手を出さない人たちが目に付く職場だなと10年前に来た時から思っていましたが、弊管理人自身もだんだんそうなってきていたかもしれません。「何かあったら言って下さい」は言い訳、「これやりますよ」と奪っていくくらいで丁度いいというつもりで、もう少し頑張りましょう。

あと、メーリングリストのトラフィックが多すぎ、という指摘もあり、これも至極ごもっとも。特に休日に「こんなもん数十人に送る必要ある??!!?!?」みたいなメール見たくねえよな。弊管理人は口に出すほど嫌なわけではなかったが、腹に据えかねる人もいたということですね。

* * *

アドバイスにもとりあえず一言もの申す系の人に当たると損した気分になる。

* * *

■古澤明『光の量子コンピューター』集英社インターナショナル、2019年。

量子論を言葉で分かるように説明するのは無理だという断念があり、しかしそこから出発して行けるところまで行くという思い切りのよい本。

2019年02月01日

ある研究者さんに仕事でご縁があったのをいいことに、特に頼んで脳の解剖(ブレイン・カッティング)を見せていただいてきました。この日は脳梗塞で亡くなった高齢の方の脳です。写真もメモも残しておらず、仕事でアウトプットしない見学なので、今回は「仕事の時間に見聞きしたものは極力ここに書かない」という自分ルールを破って、記憶を記録。

・白衣を借りて、研究者さんと病院の地下へ。解剖室の前室でゴムの手袋をしたあと、白い長靴に履き替えて入ります
・広さは12畳とか広めのリビングくらい?人1人横たわれるくらいのステンレスの解剖台が置いてあります。あとは肉屋にあるような吊してある計り、流し台、パソコン、標本撮影用のカメラ台、などなど。器具はきれいにしてあって鱗汚れなどほとんどなく、匂いはほとんど気になりません
・見学に来ていた医療系の学生さん(3人)と付き添いの先生、解剖をする医学部さん(2人)に挨拶。この日は9人で解剖台を囲みました
・ホルマリン固定した脳を解剖台の上の湿らせたキッチンペーパーみたいののに置いて黙祷
・パソコン画面でMRIの画像を見ながら、脳の持ち主の病気の説明を受けます。抗血小板薬を飲んでいたら腸で出血したので薬を止めたところ、血栓が脳に飛んで梗塞を起こしてしまったとのこと(薬は難しいんだなあ)

・まず、取り出してあった脳の血管を見ます。硬さや、断面がどれくらいふさがっているかを調べます
・脳を覆っている硬膜が取り外されて横に置いてあります。見た目は水泳のシリコンキャップみたいですが、伸縮性はありません。強度の高い湯葉、って感じの見た目
・続いて、脳を触らせてもらいます。クリーム色の実質に黒~紫の血管が入っている塊。梗塞が起きたところはぶよぶよです。水分が多くなるかららしい。でも新鮮な状態の脳の硬さはまさにこのぶよぶよくらいだそう
・持ってみます。「何グラムあるでしょう?」と聞かれて、人間の脳はだいたい1500ccというのは知っていたのですが、1kgの砂糖の袋を思い出しながら「800g」と言ってみました。正解は1300gでしたw
・頭頂方向から見たり、ひっくり返して脳幹のほうから見たりして、左右の脳の大きさの違いなど、気付いたことを医学部さんたちがクリップボードに挟んだ紙に書いていきます。研究者さんが「脳の腫脹によってここの骨が圧迫されたのでは?」など助言

・中を見るために、脳をカットします
・最初に、30センチくらいの長いナイフで頭頂から前後に2分します。キャベツをざくっと切る感じ
・半分を脇に置いて、もう半分を透明アクリル板の上に断面を下にして置いて、厚さ7ミリのアクリルの四角柱の棒で手前と奥をはさみ、その棒に沿ってナイフをすべらせると7ミリの厚さに脳を切ることができます(あの居酒屋で出てくるアンキモのでっかいやつみたい。切りくずが出たりして、手作業感)
・これで1枚切るごとに黒いフェルトっぽい布に乗せてデジカメで撮影し、大きなバットに並べていきます
・もう半球も同じ要領。あと小脳と脳幹も別に同じように切っていきます

・観察の時間。切片を見ると、脳溝の深いところに赤い点々が多数あります。出血性の脳梗塞。反対側にも昔の脳梗塞のあとがあります。出血性のものだと色が沈着して残っているはずですが、ないので出血のない梗塞だった様子。古いとそこの組織が脱落して空白になります
・亡くなる前の最も新しい脳梗塞は全球に影響したはずなのに、なぜ片方にだけ出血が集中的かつ広汎に起きているのでしょうか?というクエスチョン。「その考察と写真と画像を披露するだけで学会でケースレポートが1回できるので、是非してください」と研究者さんが医学部さんに
・小脳はブロッコリーの小さい塊を切った感じ、木みたい。幹の部分が硬い。脳幹はよく煮たゴボウくらいの硬さかな
・気付いたことを書いていきます。色は?硬さは?空間の大きさは?などを目視と触覚で確かめながら見ます。研究者さんは「所見と考察は分けて」と強調していました。つまり、どう見えるかということが所見であって、そこで何があったと考えられるかはまた別の話
・これでだいたい2時間。「見学者がいるとちょっと長いですね」と研究者さん。このあと、特によく見たいところを決めて、顕微鏡で調べるためのプレパラートを作成するそうです

・研究者さんとお部屋に戻って話し込みました。
・特にALSなど厳しい難病の患者さんからは「自分を死後に解剖して研究に使って」というオファーがあること
・画像診断やマーカーが発展しているといっても、精神・神経疾患はまだまだ臨床でつけた診断の間違いが相当ある、特に認知症はアルツハイマー型やレビー小体型などさまざまな類型が「混ざって」いることが多く、最終的には死後脳で「答え合わせ」をしないと正解不正解は分からないこと
・それだけ間違いが多いのに、薬の臨床試験などをやってもそりゃまあいい結果は出ないだろうということ
・責任遺伝子探しが2000年代からずっとされているが、単一遺伝子疾患ならこういう手法は有効でも、関連する遺伝子がいっぱいあって相互作用している場合は関連解析してもいい結果は出ないだろう、ましてある遺伝子を変異を持たせたモデル動物で試してうまくいったからといって人に持ち込んでもだめだろうなということ
・じゃあどうすりゃいいんでしょうね、で二人で考え込みました。「生活習慣見直しましょう」が終着点では?と言ってみましたが、「それはそれでいいでしょうけど……」

・いやそれにしても、図録などでいっぱい脳の写真は見ましたが、実際見ると「あっ海馬!下垂体!あーーー思ってたより大きい!」などと感心します。柔らかさというのも写真じゃわからないしね
・どこから刃を入れて、どう切るか、観察記録は何からつけていくか(正常な部位から異常に進むとか、皮質から中へ進むとか)などは、教科書に書いていないノウハウのように見受けられました。「こうやったほうがうまくいく」という現場の知識がいっぱいあるのでしょう
・画像や診療記録を見て「この人は結局何によって死んだのか」を何人かが議論していましたが、それもクリアに見えないことがあるんだなと思いました。当然だけど。腸も脳も出血してて、あそこもここもおかしくて、という
・以前、尿路結石でCTをとったとき、自分の中にも臓器が詰まってる!と当たり前のことで驚いた記憶がありますが、今回も「このキャベツくらいの塊に80年以上の経験が詰まっていたのか~」と妙に感心しました
・そして淡々と切り、観察し、ちょっと脳に白衣が触れそうになりながら乗り出して作業し、「どうかな~?」「おーこれ珍しい」などと普通なトーンで議論する人たちの前において、脳はかなり純粋にモノであった

2019年01月24日

伊豆など

伊東にある会社の保養所を飲み友人2人が見たいというので、連れて泊まってきました。
熱海で早咲きの桜見て~、あそこで飯食って大室山登って、なんなら西伊豆まですっ飛んで~、といろいろ計画していたのですが、それぞれ思いつきであれがしたいこれが食いたいと言い出したためほとんど実現せず。まあやりたいことがあるならいいです、それで。

家族と行ったときには全く寄りつかなかったシャボテン公園。
割引でも2000円でハァ??と思いつつ友人の希望で入ったのですが、なかなかどうして動物との距離が異常に近くて楽しかったです。
ストーブにまとわりつくカピバラ。
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伊東駅の駅そばが3月で閉店するというので「きざみそば」を食べようと思ったら、手が滑って丼を落とし、カメラにそばつゆをかなり大量にぶっかけてしまいました。
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電源入れたときにレンズカバーが開くのがすごくゆっくりになってしまい、悲しい。

* * *

元上司が本を出し、アマゾンのレビューでサクラをやったお礼に?ふぐをご馳走していただきました。6刷まで行ってるそうなので呵責なく、しかしありがたく。

* * *

札幌友人が沖縄から札幌に帰ろうとしたら新千歳の悪天候で羽田に着いてしまったとのことで、図らずも1年ぶりくらいの面会かない、昼飯を食べました。
新宿「あるでん亭」でアリタリア。クリームベースだがミートソースがかかってます。
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おいしかった!!

* * *

いつ以来か、亡母が夢に出てきて、しかも家族+αくらいで延々バンみたいな車で旅行する結構な長さの夢でした。既にかなり体力が落ちた頃のようで、弊管理人は「いずれ薄れてしまう記憶、流れ去ってしまう今をどこかにとどめることはできないだろうか」と思い、しかし次の瞬間には「今のシェイクスピアみたいなフレーズ、いいね」とメタに行ってしまう。これはいまだに近親者の死とまともに向き合うことさえできていないということなのでしょう。

それを3度寝くらいしながら見ていたら9時間近い睡眠時間になっており、そのあとジムに行ってから出勤したのに、深夜に至るまで全く疲れを感じず、体調最高でした。

* * *

■伊達聖伸『ライシテから読む現代フランス』岩波書店、2018年。

2019年01月14日

連休補遺

厳寒期という言葉が似合う、この数日。
寒いの好きですが、体は壊れるという。

* * *

前々からマークしつつ行ってなかった、代々木の「曽さんの店」。
上司から「餃子まじうまい。餃子以外はどうでもいい」と聞いていたのに、台湾ラーメンと餃子のセットを頼んでみました。
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上司正解。皮もっちもち。ご飯とのセットもあるけど、これはご飯と食べるのは違う気がする。ビールセットがありますね。大人はそれでいいかもしれない。弊管理人としては何だろう。もう一品おかずを付けてやっぱりご飯か……

* * *

■黒田亘編『ウィトゲンシュタイン・セレクション』平凡社、2000年。

いちがつにしゅう

【水】数日なぜか朝早く目が覚め、しかも喉が痛くて、火曜深夜(というか水曜未明)の仕事を終えて車で家まで送ってもらう途中には初めて寝落ち。「疲れてるのかな」と思っていたら水曜仕事中に体調がだんだん悪くなってきました。

会社のビルに入っているクリニックで検温、37.5度。インフル検査を受けると陰性。抗生物質と解熱剤などもらって帰りました。
薬を飲んで寝ていると体温どんどん上昇、かなり頑張って着込み、タクシーでターミナル駅まで行き、駅ビルに入っている夜中までやっているクリニックで体温を測ると39.5度。でもインフルまた陰性。薬は特に出ず帰ってきました。

翌朝までに緩やかに解熱、この様子について弊管理人を直接診てない友達の医者は「インフルじゃないの。検査の感度は高くないし」とのこと。検査で2回陰性だけどねえ。確かに熱がどばーっと出てすーっと引くのはインフルっぽい(頭がぼーっとしていて解熱剤があるのに気付かず飲んでなかったが、結局1日で熱は引いた)。でも薬飲んでから喉の痛みも徐々に引いたので、扁桃炎になってたところにインフルが加わったってことはありそう。

普段ぱたっと寝られる日々だったのですが、週内はなぜか寝てもずっと半分起きているような感じで休まりませんでした。日曜にようやく寝られた。

【金】病み上がりつつ、若者の接待で歌舞伎町「米新」でしっぽりとすき焼き。特上でも2250円。
写真とる欲が一時的に減退しておりますが、十分おいしくておすすめです。
でもそのあとお腹が負けた。

【土】友人と毎年の高尾山参り、今年は周囲に厄の人たち(つまり1学年下の男の子たち)が多いので、ちょっと声をかけたら総勢8人で行くことになりました。

護摩ライブを見て、団子食って、今年は初めて高尾山口駅横の温泉に入りました。スーパー銭湯としてはこぢんまりした施設です。でもなかなかどうして気持ちよい。20日間続いた晴天のあと、いきなり雪の予報が出た日だったせいか、山も温泉も空いていて動きやすかったです。

夕方にまた熱が上がってきそうだったので残っていた解熱剤で蓋をして就寝。

【日】久しぶりに運動。そのあと初台のInterCommunicationCenterにイン・ア・ゲームスケープ展を見に行ってきました。中の人の友人に招待券をいただいてしまい恐縮。テレビゲームの中の世界を、コチラの世界と微妙な影響を与え合い、コチラの世界観を少し変化させる自律した「世界」と見るとどうでしょうかね、という問いかけだったと思います。初台まで家から全然歩けることが判明。

前の日に高尾山に行った友人の一人と合流して、復活した笹塚「ロビン」で夕食。17:30過ぎに入ったのに、まもなく待ちの列ができていました。相変わらず人気のようで。

ようやく体力が回復してきたので、外で一杯飲んで寝ました。

* * *

・4年以上使っているiPad miniのホームボタンが陥没して戻ってこなくなって焦りましたが、Assistive Touchという、画面上に仮想のホームボタンを表示させる機能を使うことで解決しました。修理すると「万円」の桁に届くらしい。納得いかなすぎ
・メモ代わりにスリープボタン+ホームボタン同時押しでスクリーンショットをよく撮っていたのはどうしようと思ったら、Assistive Touchの2回タップに機能を割り当てられることが分かり、これも解決。すごい

2019年01月03日

帰省

最近は毎年、家族で伊豆に行ってから郷里に戻っていましたが、今回は久しぶりに田舎の年末年始。ふらっとケーキを食べに出たついでに、父の提案で陣馬形山に行きました。一番上まで車で行くことができ、キャンプ場もあるとても見晴らしのいい山です。
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いやきれい。川の両側が切り立った「田切地形」もよくわかります。
写真の山脈は中央アルプス。撮影者の背後に南アルプスがあります。つまり東から西を見ています。羽田から九州に行くときなど、ここからもうちょっと南を通っていくので、進行方向右側の窓側に座るとこのあたりがきれいに見えます。

お年取りは例年通り、父(と、ついでに妹)が全く寄りつかなくなった本家にて。
昨年、弊管理人と同じ業界に就職したいとこの子とすっごい久しぶりに行き会いました。というか前回会ったときは幼児だったような気がしますけど。いやそんな前じゃなかったか。あれ?
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安定、伯母の豪華おせち。大晦日の夜に食べます。
んで、元日朝はお雑煮、昼はそば。
実家に戻って、今度は父方の祖母のところに行って、なんとなくミッションコンプリート。

あとは細かいこと。
・仕事をころころ変える妹は今度は出版社の正社員になっていた。しかしすごいね。もう40も近いのにさくっと正社員になれるのか
・それにしてもしじゅうムスッとしていて、父方の祖母の家に行っても車から降りもせず
・さらに父からもらった誕生日のプレゼントを「荷物になるからいらない」と却けよった(弊管理人がもらってきた)。ほんとだめだな君は、と思ったけどもう言わない、というかほとんど話さなかった

・母方の伯母も76で、だいぶ歳とった印象。これだけお料理できるのでまだまだ大丈夫だと思うけど、「外で灯油をストーブのタンクに入れながら別のことをしていたら溢れて、買い置いていた80リットルほぼ全部流してしまった」などの危ない失敗談を聞くと若干心配
・父はなにやら高齢者施設?の送迎など手伝っているらしい。まあやることがあるのはよいこと。地元は知り合いが多いおかげで遊ぶ人も多いよう。家の中もきれいでこちらもまだまだ大丈夫であろう
・父は「もう働く気が起きない」と。ほおそういう境地になるのか。あと、40年にわたって一つの職場に勤めた人が、定年後は2年くらいごとに仕事を(かわらなくていいのに)かわってるのを見ると、「辞め癖」ってのがつくものかもしれないと思った
・レビー小体型認知症と診断されて長い母方の叔父は胃瘻造設したとのこと。たぶん10年とか会ってない
・いずれにせよ、弊管理人としては深くコミットする気概はないために、認識しつつも認識するまでで止めていることどもでした

2018年12月30日

年末まとめ

1月 長岡出張そこそこ面白く、山谷・吉原街歩きとても面白く
2月 大阪出張楽しく(食うのが)、内之浦出張もなかなか味わい深く
3月 日高旅行。つい北海道に行っちゃうのはよくないな
4月 京都お花見楽しかった。フィンランド出張、年内に成果出ず痛恨
5月 出張ついでに出雲大社。ていうかよく出張してるね振り返ると
6月 おじさん職位研修。ほとんど記憶喪失
7月 また北海道(道東)行った。どこか行きたかったんだよね、わかる
8月 ウズベクしみじみよかった。海もなんだかんだで遊んだ感
9月 右上の歯の問題で混迷。最終的には久しぶりに噛めるようになった
10月 意外と休めなかった秋。大阪出張は羽伸ばせたが成果はやっつけ……
11月 お友達に会いに大阪と静岡。一方で平素の人間関係の一部に倦み始めた
12月 なんかあっちゅう間に年末きた。福島出張。方向感喪失

・こうやって見ると意外と出かけたな。でも行ったことのあるところが多く反省
・うまいもの欲がほぼ消えた。出かける先が同じ問題と合わせ、やや好ましくない
・12月に階段で足を軽くひねった他はわりと健康な本厄だった
・でもなんか心臓やばい感じの時ない?とりあえず様子見
・ちゃらけたことを言ったらマジレスされて損した気分になることが多かった
・週末に人と遊ぶこと多し
・午前7時と午後4時始まりのシフトがごちゃまぜで来る生活だったけど、体のリズムをそこまで乱さないやり方は見いだしつつある。座りっぱなしにならない工夫は必要
・とかやってるうちにびゅんびゅん時間が過ぎたので、来年は少し楽しいことを見つけたい(と最近毎年思ってるような)

* * *

本は昨日今日読んだこれで今年はたぶんおしまい。年明けにちょっと書き足すかも。

■前川啓治他『ワードマップ 21世紀の文化人類学』新曜社、2018年。

■多田将『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』イースト・プレス、2015年。

2018年12月26日

つごもり反省

LDLコレステロール高値で、酒を控めにしつつ食べ物も若干いつもより気を遣う生活をしていたのですけど、12/24のやっとまともに寒い夜、「ニンニク入りのラーメン食べたい」と思い立って今月のラーメンを挙行しました。品川の「元祖ニュータンタンメン本舗」。
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上司と先輩のお勧め。すっごいジャンキー&これはもうタンタン麺ではない。

* * *

録音していたラジオをプレイヤーでぼーっと聴きながら地下鉄駅の階段を降りていたら、最後の段を踏み損なって(つまり、その前の段で降りきったつもりになってしまった)左足をぐりっと外側に捻りました。
痛って!痛って!!
と思いながらとりあえず地下鉄に乗って帰りました。そんなに大事ではないような感じですが、2晩しても痛いです。
ほんと怪我って突然なので気をつけようがないので怖い。
一方で、左足を完璧に捻っているのに転倒はせず、咄嗟に左足の膝をつきつつ右足を踏ん張って堪えたのが我ながらすごいと思いました。これ運動音痴や高齢の人だと、体ごとごろんと左に転がっちゃっていたところだろうと。加齢と瞬発力の拮抗。これからこのバランスが崩れていくのか。嫌だなー

* * *

おじさん稼業は相変わらず手探りです。

今般は時間制限がわりと厳しい中で、若者がいったん据えた見立てを完無視して材料から組み立てたが、格好がつかないまま終わった。

反省(1)若者の見立てを早々に棄却して別方向に走ったが、もともとの見立ての方向で走る余地がないか、もう少し若者に聞くべきだった。「その見立てをもう少し精緻化・具体化する材料はないか」をまず追求すべきだった。

反省(2)若者が集めてきた材料のインプリケーションがうまくつかめていなかった。「この材料は結局、何を言うために集めたのか?」を最初に問うべきだった

つまり「この道は悪路だ」という判断をあまり性急にしないこと、というのが今回の教訓。原案を作った人の中には一応一貫した何らかのコンセプトがあるはずだからね。

* * *

持ってるクレジットカードのうち1枚に不正使用があったということでカード会社から連絡があり、番号を変えた上で再発行となりました。不正使用は11月半ばに起きていて、海外のアマゾンのマーケットプレイスで、5000円ほどの買い物をしたよう。

カード会社に聞くと、情報流出ではなく、カード番号+有効期限の総当たりがたまたま当たってしまったケースのようだとのこと。ショップによっては名義を求めないようなところもあるそう。いや確かにメインで使っているカードではなく、もっぱらある1店舗の決済に使っていただけのもので「なんでこのカードが?」と思ったんですよね。若干気持ち悪かった話。

2018年12月08日

ポゴレリチ、久しぶりに

2010年の連休にえらいこっちゃな演奏を聴いてからもう8年余り経過したという、このね、なんというか。ポゴレリチです。その後、長い心の患いから回復したらしい。正直、チケットを買ったときは「あれをもう1回聴く必要があるのかな」とちらっと思った。でも点が二つあれば方向は分かる。何が患いのせいで、何が個性をなすものかも判別できるだろう、そんなつもりで。
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8年前と同じサントリーホールでした。前回は春、今回は冬。演奏者背後の2階席から見ると、空席が目立ちました。開場後に練習する人だったんだっけ。ちっちゃい音でリストをさらっていました。

曲目はモーツァルトのアダージョK.540、リストのソナタ。ここで休憩が入って、シューマンの交響的練習曲(遺作変奏付き)。アンコールはなし。

リストのソナタは弊管理人の好きな曲で、黒い海に沈潜していくような音階や論争めいた高速のパッセージ、中年のロマンスみたいなw旋律と次々と面相を変えながら前半生を総括する重厚さを楽しんでいます。(すごいまとめ感なんだけど、リストは作曲時にまだ40歳前後なんですよね)

ポゴレリチの演奏は、伴奏とメロディに分かれた2本の線が進んでいく一般的なやり方ではなくて、もやもやしたガスの中に凝結核を投げ込みながら主題を出現させるような独特のものでした。音の強弱よりも、ペダリングと、ハンマーが弦を叩く音を出すかどうかで色の違いを出していたように感じます。

(もちろん「キーを押してぎりぎり音が出るか出ないか」というレベルの弱音から体重を乗せた爆音まで、ピアノというメカの可能性を余さず使って見せる凄みもあるのですけど)

このやり方は、ピアノを起点に音楽を射出するのではなく、環境中に音が満ちている感覚、演奏者が頭の中で歌う音楽の中を浮遊している感覚を与えるものでした。また、脇に置いたメトロノームや速度記号のように外部から強いられた「1,2,3,4……と刻む客観的な時間」に支配されずに、時間の経過を忘却して「見ていたい風景の見ていたい部分を見ていたいだけ見る」曲の味わい方が、あの解体的に聞こえてしまう解釈の正体だったのではないかと思います。

そう考えながら聴くと、重度に解体していた8年前に比べて、今回はずいぶん統一感を回復したなあという印象を持ってしまいます。音、音、音、という要素たちの凝視から一歩引いた(「フツーに戻った」)パターン認識のレベルへ。そういっていいなら、「音の束として聞かせたほうがいいものは、そのように聞かせる」という割り切り。ポゴレリチの世界に聴衆が浸るというスタイルは変わらないけれども、ポゴレリチの知覚の中には前より多くのもの(多分聴衆も)が映っているように思いました。

19時に始まって、終わると21時半でした。
「浸るスタイル」と書いておいてそれと反するようですが、「なんだこれ」とずっと考えさせられていて、なんかとても疲れました。

* * *

昼飯は西新宿のFISHで限定の牡蠣カレーとキーマをあいがけで。
今季そういえば牡蠣を食べていなかったところ、思いがけず賞味できてすごい満足だった。

演奏会後はおつきあいのお酒などあり、土曜はやけにいろんな人と会う日になってしまいました。

* * *

ここ3,4年、大学の試験期間前くらいになると弊日記へどっかの大学からのアクセスが増えるんですが、今年も迷い込んでこられたようです。有斐閣アルマ、教科書として人気なんですかね。あと、今年は初めて、オックスフォード大学のドメインから文化人類学の英語教科書のメモに飛んでこられた方がいました。わからんでしょうに。

忘れっぽい弊管理人は安心して忘れ・そして後から見て思い出しやすいように、箇条書きでも比較的文章っぽく書いているのでまだましかもしれないけど、他人のレジメって基本読む気がしないし、レジメを作るプロセスそのものが勉強になるんじゃないのかな。

高校のころ、友人と二人で「小室総研」という非公然組織を作って(小室哲哉全盛期だったためだが命名は弊管理人ではない)英語のリーダーの全訳を作ったり、解説をすっとばしがちだった数研出版の問題集の詳しい解法を載っけた解説書を作ったりして配布していました。1学年400人のうちそれなりの数の手に渡り、しかし結局それを使った誰よりも点取ってたのは弊管理人でした。当然ですわな。

大学ではもっとシステマティックに、クラスで試験対策のプリントを手分けして用意し共有していたようですが、もらっても質はいろいろでね……

どうでもいいけど、そんなことを思い出しました。

2018年12月03日

北から南から

12月朔日の土曜は、腹に据えかねることがあった友人に朝から呼び出されて落合某所のドトールで2時間半の大相談会、その足で午後は埼玉やや奥地の仕事へ。

昼飯食べ損ねたので、17時過ぎに富士見市・鶴瀬駅近くの「とかち村・白樺」で豚丼。
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ごく普通ですが、普通にうまかったとも言える。

別に誰に求められた仕事でもないのですが、たまに現業っぽいことをやってないと精神的な根腐れみたいになるかなあと思って。そして結構面白かったです。

帰ってきてジムに行って帰宅後に浴槽に浸かってちょっとお酒。
運動して初めてその日の体調が分かるのですが、この日はほとんど絶好調といっていい体調だったことが分かりました。ただただ面倒くさかった正月用の仕事を週半ばに一つぶん投げたのも一因かな。

* * *

日曜の昼は渋谷に「核兵器の物理学」というトークショーを聞きに行ってきました。
これもまあ仕事といえば仕事。自腹だけど。

夜は結局、寝酒のためにちょっとだけ出掛けました。
沖縄の多良間村というところから研修で東京に来ている人と隣席になって、ウォッカを飲んでいたグラスに泡盛をついでいただきながら(笑)話していたのですが、本島(糸満)出身のマスターでも分からない多良間の言葉というのがあるそうで、とても興味深かったです。

「イ゜」という発音があるそう(村サイト動画)。「L」みたいに舌を上の歯の裏に付けているように見える。でもなんか違うらしい。「R」と言われたけどよくわかりませんでした。
しかもこの「イ゜」が「飯」という重要語なので、できないと基本的な会話が成立しない。

多良間島は宮古島と石垣島の間にあって、むしろ石垣のほうに近いのですが、ご本人は「宮古島の奥の方から来ました」と言ったところをみると宮古のほうにくっついているらしい。宮古島から飛行機で20分!「船で行ってもいいですねえ」というと「船~?すごい揺れるよ」と言われました。飛行機が足なのね。へー。旧暦の8月にお祭りがあるらしいので、来年行ってみようかな。宮古島もずっと行きたいところの一つなんですよね。

ヤギ、小学生のころに父親から言われて潰したそうです。頸動脈を切ったと。素早く血を出さないと臭くなってしまうから。
「あの感覚は忘れないね~、R指定にしたほうがいいと思うよ!ヤギはくせぇから嫌い、山羊汁は食べないし、外出ないから色白だし(※そこまで白くない)で島では非国民、非島民だよ!ガハハ!」

2018年11月25日

連休なかび

文京区にある印刷博物館の「天文学と印刷」展を見に行ってきました。(ほんとどうでもいいけど樺山紘一さんが館長なんですね)
活版印刷がマインツから始まったのが1454年、そのあとコペルニクスの『天球の回転について』がニュルンベルクで出版され、(画家としてしか知らなかったが)デューラーが初の天球図を印刷。その後は研究において出版は前提になり、神に由来する宇宙の調和を信じたケプラー、ティコ・ブラーエ、ガリレオ、天と地の法則を統一したニュートン。あとは渋川春海と日本の暦……
まあつまりは近代天文学史なんですが、レギオモンタヌス、アピアヌスなど15~16世紀の天文学者は「印刷者」も兼ねていたというのは初めて知りました。
常設展も浮世絵からミクロ印刷技術まで、社会的な背景も絡めた解説も結構あって楽しめました。

直接関係ないですが、アリストテレス「天界について」

かくして宇宙は今現在、一つより多くはないし、過去にも多くはなかったし、多くの宇宙が生じることもできない
思弁的宇宙論は一転マルチバースに……

* * *

夕飯、十条にあるクルド料理「メソポタミア」に行ってきました。
3人だったので色々食べられました。なす、いんげん、おくらのプレート。
あとは単品でジャガイモのスープと、羊のピザ、肉団子のアメリカンドッグみたいなやつ。これは「ブルグル包み揚げ」と書いてあったので「ブルグルって何ですか」と聞いたが、おかーさんは答えられなかった(知らないはずはなく、日本語表現力の問題)。ウィキによると、小麦を挽いて湯通しして乾かしたものだそうです。
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ウズベキスタンで食べたごはんと結構似てます。サラダが必ずつくのと、野菜のスープが特に。
あと面白かったのはデザートのオスマンコーヒー。カルダモン、カカオ、シナモンなどのスパイスが入ってました。同行友人は「土っぽい」と(笑)。それとレワニというゴマとクルミのケーキ。これはサバランみたいにしっとりしたもの。でも含んでいるのは洋酒ではない。
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ごちそうさまでした。

* * *

そのあと新宿で日頃お世話になっている人たちのパーティに行きました。
お客さんも一緒になってつくるイベントですが、多士済々。3時半就寝。

2018年11月12日

にちよう徒然

土曜は未明までの仕事を終えて、そのまま飲みに行っちゃって朝方帰宅。
日曜は昼前に起きて、同じくらいの時間に起きた友人と東中野の「ピッツェリア チーロ」で昼飯。グラタンコロッケ、レタスのシーザーサラダ、4種のピザが1枚にのっかったやつ。全部すごくうまかった。
そのあとミスドで暗くなってくるまでだべって1回解散。
夜は約束があったのだけど、相手が風邪ということで流れました。
で、さっき別れた友人が音楽の練習を終えるのを待って再集合し、別の友人も連れてカーシェアで「おふろの王様 志木」へ。
そのあと、和光の「くるまやラーメン」で味噌バターコーンラーメンを食しました。
バイパス沿いとかにあるイメージのお店で、今回一緒に食べた福島、宮城、長野出身のメンバーが「なつい」で一致した。そして全員が深く満足した。
この時点で23時、背徳の味が沁みるわけです。
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東京中心部で見かけないのでいつ以来だろうと思ったら、たぶん15年前。田舎で母親が亡くなった夜、妹と二人で自宅の近くのくるまやで夕飯食べたんでした。父は確か病院で夜を明かしたはず。

* * *

■三橋順子『新宿 「性なる街」の歴史地理』朝日新聞出版、2018年。

甲州街道に新設された宿場から遊郭へ、戦後の赤線へ、そして1960年代ごろから性的マイノリティの街へと変貌してきた新宿「あの辺」の歴史。新宿で寝起きし、食べ、遊んでいる弊管理人は脳内ストリートビューを再生し「そこがあれだったかーーーー!!」と興奮しながら読みました。

土日休みの強気なパスタ屋のちょい先にあった遊郭の境界、ゴールデン街の煮干ラーメン屋の建物の由来、二丁目ほぼど真ん中の半地下の中華料理屋のあたりは赤線じゃなくて青線だったらしい、そしてタリーズの裏の不思議な路地。内藤新宿の「内藤」は母方の田舎とつながっていたのも初めて知った。

そのほか、東京の性産業の歴史にも話が及んでいて勉強になります。1月に友人に誘っていただき街歩きした吉原、前に住んでいた新小岩、ラーメンや「すた丼」食べに行っていた亀戸(食べる話ばっかりだな)、何かご縁がありますね。今の地理を知ってると4倍楽しい。

* * *

おじさん職掌見習い日記もまだまだ続きます。

若者が作った文章を商品に仕立てる役のおじさんですが、まあ相変わらず結構な大工事を繰り返しています。あまりに完成度の低いものが若者から送られてくることに腹を立てる同僚おじさんはちらほら見受けられ、弊管理人も血圧が10くらい上がることがなくもないのですが、最近ひとつの理解に達しました。若者の仕事は「できそこないの完成品」ではなく「そもそもからして素材」だと考えるべきだということ。

初心者かベテランかを問わず、一人で書いた文章には――程度の差はあっても――穴があるものです。だから、おじさんが一から書いたら完成品ができるかというとそういうものでもありません。まずは若者が書きたいものを形にし、それを客観的に見ることのできるおじさんが素材として受け止めて加除をし、それを投げ返してチェックを重ねる、というようなキャッチボールは不可欠なプロセスなのです。おじさんは検品係ではなく、ライン下流にいる組み立て担当者なのです。

若者時代、弊管理人は自分の投げた仕事がおじさん(おばさんもいるんですけど、ほとんど不満に思ったことがないので、おじさん)の恣意によって作り変えられると「おじさんの頭の中に正解があって、それに合わせて作り変えるだけなら最初から自分で作ればいいのに」と思っていたものです。でもそれはそうではなく、大枠はやはり現場を知っている若者が作るべきで、それがあって初めておじさんも改良の方向性を見いだすことができる。そう考えることで、おじさんの立ち位置がやっと正当化できました。

* * *

ぶつくさ言う用のツイッターアカウントを閉じてみて、ちょっとぶつくさ言いたい時に吐き出す先がないなあとは感じるのですが、それは持続しないので、今のところ特にぶつくさ用のアカウントをあらためて作ろうという気になってません。

ぶつくさ言うことはかえってその対象への執着を増すようでもあり、周囲も「うわ……」と思うだけであれば、誰得なのかという。今となっては。

2018年10月22日

ミーちゃんなど

金曜夜勤、そのまま会社に泊まって土曜は朝から仕事。
夜は音楽イベントに行ってかなり夜更かししました。お久しぶりな人たちがたくさん。

日曜は明治大学の米沢図書館でやってる魔夜峰央展を見に行ったら本人が来てました。
その流れで友人2人とトークイベントへ。
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インタビュアーもフロアからの質問も関心がディテールかつ断片的で、そうそうファンってそうだねと思った。

そのあと新宿でギョウザで一杯やって満足して週末を終えました。

* * *

月曜は朝7時出勤、夜7時に食欲が暴発。
東中野、大盛軒。
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そのあと、大久保の茶咖匠で黒糖ごまタピオカミルクティー。
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満たされた。

* * *

■小泉宏之『宇宙はどこまで行けるか』中央公論新社、2018年。

理学ではなく工学の視点から宇宙探査を扱った一般向けの本って珍しいかも。

* * *

おじさんの立場で若者に何か仕事を頼んだとき、「やりまーす」じゃなくて「確約はできませんね」とか言われることがあります。
このフレーズは若者の立場からすると「100%の確率ではできないかもしれない」というくらいの意味で使っているのかもしれませんが、発注側のおじさんからすると「成否について多分に不確定性がある」と思わず受け取ってしまいます。

弊管理人は仕事で「確約できないじゃねーんだよ、やるんだよ」といって不確定性の圧縮を相手に委ねるのではなく、「いつまで待てばいいか分からないし、できないリスクもあるなら自分で準備してしまおう」と思ってさっさと不確定性を0にすることを選びます。

で、若者が「結局できました~」といって仕事を送ってくるころにはすっかり醒めていて、「もう一応のものがあるからいらねーや」といくばくかを自分の準備に補っておしまいにします。嫌がられてもやらせて対処法を習得してもらう、というほどの優しさがないんでしょうな。でしょうな、っていうかないんだわ。

* * *

人事考課の季節、面談で現業に戻って海外赴任する意向はないかと聞かれて「見てて全然楽しくなさそうなんです」「現業離れてみて、やっぱりあの仕事はそんなに好きじゃなかったなと振り返ってます」と答えたら上司が若干表情を曇らせたように見えました。

海外って花形の職場なんだろうと思うんですけど。自分は終わったもの、手に入らないものへの手切れが結構いいほうで、わりと早く関心がなくなっちゃう。「まあそうはいっても3年後の話だから気が変わるかもしれないしな」と言われ、そんな気もすることはするし、周りに流されないと本当に何もしない人なので、流されたほうがいいのかもしれない。

でもほかに「行きたい」と言ってる人がいますし、その邪魔をするのも……
と言ったら「そういうこと言う奴だということは知ってる」と言われました。
いやあいつも上司に恵まれてます。ひょっとしたら本当に、この休日だけ当てにして一週間を過ごす生活に意外と早く倦むかもしれない気もしてきた。

2018年10月09日

上旬までのあれこれ

会社のインターンシップなるもので講師をやれと言われてやってきました。
弊管理人の来歴を45分喋り、60分質疑応答して、その結果を文章にまとめさせるという誰も得をしn(略

5年ほど前に会社説明会で「辞めたくなった話」をして暫くそういうところには呼ばれなかったのですが、人事も人が変わって申し送りもなかったのでしょう。また辞めたくなった話をしたら、人事の人があとで「焦った」と言っていました。弊管理人としてはここがどういう場なのかも告げられず「会社人生を語れ」と言われただけなので……禁止事項があるなら先に言えばいいのにね。

先般、これとは別の機会に入社試験の作文を採点させられまして、「部活で頑張りました」みたいな社会との接続がうかがわれない日記とか「スポーツに体罰はやむを得ない」的な根拠を示さない逆張りに「なんじゃこれ」と思いながら最低点をつけていった経験からして、インターンの文章もおっそろしいのが来るだろうと思っていました。

しかし、質問は60分途切れず来るし、書いてもらった文章も上位層はすごく上手かった。ちゃんとアイキャッチ→内容総覧→オチ、と流れが作れていて、印象的な言葉は「」内に収め・話したことをそのまま書くと冗長になる部分は自分の表現で要約してあります。1文が無駄に長くなく、テンポもよい。弊管理人が喋るというのでニヤニヤしながら会場に現れた上司も舌を巻くくらいでした。聞けば既に一定のセレクションを経た学生さんたちで、弊社内でバイトしている人も何人か入っているそうで、情報量の多寡って大事なんだね大変だねと思いました。

一方、後から聞いたところでは昨今、人材獲得する側も(のほうが?)競争は熾烈で、同業各社では優秀な学生に「あそこの社では深みのある仕事はできない」とか吹き込んで断念させるなどの工作も行われているとのこと。そういう中で、会社からすれば絶対欲しい人たちに希望を失わせるような話を聞かせて申し訳ない。

ただ学生さんたちには、この仕事に就いた自身が凡庸なサラリーマンであったという最もありそうな場合、どういう時間を過ごしうるかということをできるだけ一覧性をもって伝えたつもりです。今は人事にいる元上司からは「すごく誠実に喋ってたけど、文章にまとめる素材としては高難度ですごく意地悪だった」との評をいただきました。褒められた?褒められてないよね?悪いけどもっとスターみたいな職員を呼ぶべきだったのではないでしょうか。ていうかもう弊管理人は呼ばないで。

* * *

9月後半から暦の上での3連休が3回ありましたが、いずれも仕事が入って3連休になりませんでした。
うち2回は、最終日の夕方からカーシェアをとって、失われた連休を取り戻すため友達3人で埼玉の温泉に行ってきました。
「雅楽の湯」は風呂とたべほ(結構おいしい)が両方楽しめてよい。
「百観音温泉」はお湯がよくてぬるいので、1時間以上湯船でおしゃべりしました。
尻たぶがすべっすべになったので、帰ってからずっと触ってました。

ほんとは10月初めの3連休は札幌に行くはずだったのに、3日前に全日空から「台風が近づいていてスケジュール変更の可能性があるよ」というお知らせが届いたため、びびってやめてしまいました。結果、全然行けた。非常に残念。
んで行った場合のホテル代くらい飲んでしまいました。それはそれですごく実り多かったのでいいけど。

* * *

10月に入っても、主に湿気取りのためではありますがエアコン使ってます。
寝るのもまだ毛布1枚。

* * *

職場で若者筆頭だったときには、目にする同僚の仕事は大抵既に多くの人の手が入って整形されたものだったのですが、整形仕事を担うおじさん末席になってみると、まだだいぶドロドロしてる原液みたいな仕事をいっぱい見て、個人間の力量の差というのが相当あることに気付かされます。小規模な手直しで形になるもの、直しをどう指示していいか分からないくらい形をなしていないもの。

そして現場を見渡すおじさんの世界では「あの世代は不作」「あの人はごちゃごちゃ言ってばかり」など、それぞれの人についてかなりあけすけな比較と評価をしていることが分かりました。現業各部署ばかりか総務までまたいだ情報の流れが見え、一応役名がついたためか(弊管理人はまだ管理職ではないが)管理職の側もその世界をチラ見させてくるようになり、組織の姿が少しイメージされ始め、これはこれで面白いかもと思っています。ま、物珍しい最初だけでしょうが。

* * *

3代前の上司が9月に57歳で亡くなりました。
お別れ会があるようですが、死者と向き合うのは個人でやりたいのと、集まった人たちほど濃ゆい思い出も提供できなさそうなので、行かないつもりです。

2018年09月09日

9月上旬のあれこれ

・なんとなく疲れつつ1週間
・生ゴミのマネジメント(といっても袋の口を縛るというだけ)をしっかり行ったおかげで、今年の夏は「小バエの発生で心が折れて自炊を中断する」ということが起きなかった。とてもえらい

・若者が上げてくる作品に不満があると、いったん解体し、本来は若者がやるべき不足材料の調達も自分でやった上で一から組み上げて商品にするというような仕事をしていたら、大先輩から「それはやっちゃダメ。いつまでたっても若者が上手くならない」と言われて反省

・それにしても
(1)「自分の仕事の範囲を勝手に決めてる若者」
(2)「納得したのか分からない返事をする若者」
(3)「上げてくるものの構成はめちゃくちゃだが必要な材料は一通り持ってる若者」
(4)「いろいろ不満はあろうがとりあえずトライはする若者」
などいろいろいることが分かって、年を食うということは見渡す立場になるということだなと思う昨今です。
(2)はこちらが「ほんとにいいの?」と念押しすれば本音を言ってくれるので問題なし。
(3)は一見「どひゃー」と思うが、構造を抽出する腕力がもう一歩なだけで手間は惜しんでいないため、少しの手助けできちんと商品になる。
(4)は(3)の逆で、時々必要な材料がすっぽり抜けていることがあるものの、「買ってきて」と言えばそれで完成品ができるので手がかからない。
(1)が弊管理人と合わないタイプです。もっと押しの強い上司と組めば、無理矢理走らせることができるのでしょう。
弊管理人の若者時代は、仕事の出来不出来を自分で判断することはできないのでしませんが、「嫌なことはあからさまに嫌がる」タイプだったので、さぞかし扱いづらかったでしょう。すいません

以上、今週所感。

【月曜】
・旅行明けの1日は7時から始まる早出シフトでしたが、目が覚めて時計を見たら7時でした。会社に「7時半には出勤します!!!!!」と電話してタクシー出勤したら本当に7時半に着きました

【木曜】
・起きたら北海道がえらいことになっており、わたわた仕事。午前2時前に終業

【金曜】
・ニュージーランド留学時代に同じ寮で仲の良かった友人が香港から観光来日。19年ぶりに会った感想は「やっぱちょい太るよね」ですが、それはお互い様なので「変わらないね~」と言い合って旧交を温めつつ台場へ
・チームラボなんたらの展示を見ました。メディアアート界のスーパー玉出だなと思いました
・1日おつきあいするつもりが、前日から仕事の状況がわさわさしていたため夕方にバイバイして出勤。ところが職場はそんなにわさわさしていませんでした。アー

【土曜】
・辛いもの好きの友人と激辛料理のフェスに行きました。いっぱい食べなくてもお腹が閉店します。そのあとジョナサンで口直しのぶどうパフェ。1口目で「パナップ……?」となるものの、おいしくフィニッシュ
・夜は2時過ぎまでお酒を飲んでしまいました。でも酒量は大したことなく、楽しくおしゃべりして飲みました

【日曜】
・前夜、酒を飲んだ上で限界まで起きていたせいか、普段ならありえない7時間連続睡眠を完遂して体調が全回復
・香港友人と夕飯食べて、接待を完遂した気分になりました。めでたし

2018年08月20日

三鷹とmitaka

よく行く飲み屋で知り合った若者が三鷹在住で、「インスタレーションとかやってます」などというので「三鷹といえば天命反転住宅ではないか」と水を向けたが行ったことがないと。
ちょうど見学会に空きがあったので友人と3人で行ってきました。
荒川修作+マドリン・ギンズの正式名称「三鷹天命反転住宅 イン メモリー オブ ヘレン・ケラー」。見学会の最後にもらえるパンフレットによると

この住宅は、ヘレン・ケラーが身体を使い、自然と環境・人間の関係を知ったように、あなたの身体のもつ大いなる希望を見つけ、生命の無限の力を体験できる、まったく新しい住宅であり、命の器なのです。

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ウェブサイトから申し込んだときに、代金2700円を「お釣りのないように」払うようにとの注意書きがきて、カードも使えず丁度払いを要求するとはと憤り、嫌がらせのため全部100円玉で持っていったのですが、受付で聞いたところでは一応のお願い程度だったとのこと。係の人が硬貨を取り落としたりしながら数えているうちに後ろには列ができてしまいました。ゴメンネ(てへ)

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・2005年築。現在、一般にアクセスできる荒川+ギンズの建築は岐阜の養老天命反転地(2012年に行った)と岡山の奈義町現代美術館内の作品ですが、ここの特徴は「住む」ことができる点
・9世帯あって、5部屋が住まい用。ショートステイ用の部屋もあり
・床は凹凸のあるざらざらしたコンクリート造り。「最も安全なのは裸足です」とのこと。人は自然と凸部が土踏まずに当たるように歩くようになる。床が人間に使い方を教えている
・床と天井には傾斜がついていて、どこに立つかによって空間の感じ方が変わる。高いところに立って話していると、なんとなく「上から目線」な感じがする。中央の台所は一段低くなっておりアンフィシアターのよう。説明の方はそこに立って話すのが好きだと言っていた
・収納らしい収納は畳の間の下にある抽斗だけ。あとは天井に取り付けられたリングにS字フックをつり下げるなどして荷物をかける。こうしているうちに「空間の使用感」が発生する
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・色について。14色使っており、色の専門家の見学も多いが、補色を隣り合わせに使うなど、彼らのセオリーのようには配色されていないのだという
・荒川に色使いのコンセプトを尋ねたところ「どこから見ても6色以上見えるように」という明快な答えが返ってきた。多色がいっぺんに目に入ると、人は色数を数えずに「カラフル」ととらえるようになる
・その意味は2つで、色ひとつひとつに(「ビタミンカラー」など)意味を持たせないこと。また、自然がまさに多色でできているカラフルなもので、それに近いということ
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でもそういう身体性みたいな話って、いま現在から考えるとちょっと時代を感じるというか、2005年時点でもそれ最先端だったのでしょうか……などと考えてしまいました。素人としては部屋のいろんな仕掛けはとても面白いですし、説明の方もお上手だったので十分ですけどね。

説明の方が「建物の前にuglyなアパートができて、外から全景が見られなくなった」とお嘆きでした。確かにつまんない建物と電柱に遮られてます。

見学者の中には、養老に行ったことのある人がちらほら。奈義町の経験者もいて、今度はそこに行かなきゃなと思いました。あと、荒川に触れたきっかけは『意味のメカニズム』だというマニアがいて、それ読んでみようとアマゾンを検索しましたが、中古15000円で断念。

* * *

上記が昼ちょっと過ぎくらいまでの見学会で、近くのマックで飯を食ってから、今度は国立天文台に足を伸ばしました。徒歩10分くらい。
14時くらいまで太陽観測やってる日だと思って行ったら、7~8月は正午までなんだって。うへえ
ということで若干残念な気分で構内を彷徨っていると、ちょうど4D2Uシアターの空きが3人分あったので、どんなもんかなと思いながら入ることにしました。

3D眼鏡をかけて、観測的事実と科学的推定に基づいて再現された宇宙の中をぐるんぐるん動き回る「旅するプラネタリウム」みたいな感じです。無料なのにすごいクオリティ。説明のおじさんは継続雇用の方でしょうか、ちゃんと最新の情報まで話していて勉強になりました。同行者は「ちょっと速くて難しかった」ということで、すこーしアドバンスかな。

* * *

ちなみに出掛けた土曜の気温は確か29度で、最高に過ごしやすい夏の日でした。これ37度とかだったら見学は辛かったろうし、天文台まで歩こうという気にもならなかったかもしれない。
いろいろと偶然に助けられて満足度の高い週末の1日になりました。

2018年08月11日

金魚、鰻、そしてピアノ

平塚市美術館でやっている深堀隆介展を見に行ってきました。
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ラウンドアバウト、あるいは連休の新座料金所感。
樹脂の上にアクリルで絵を描き、その上にまた樹脂を重ねて立体感を出した作品が多いです。
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きれいなんですけど、3Dプリンタで作った金魚が埋まってるような勝手なイメージを持っていったもので、実際は樹脂上の平面にリアルな金魚を書いているのを見て「意外と平面的……」と思ってしまいました。これ、最もきれいに見えるのは写真に撮ったときではないだろうか。
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あと、作品は桶とか枡とか抽斗とか、いろんなところに水たまりを作って金魚を泳がせるというものから、普通のドローイングなどいろいろ。とてもデザインぽかった。
非常に狭い枠の中で、桶なら円形の動きをし、金魚すくいのように四角い場所なら角に寄るなど、枠に合わせた生き方をしているように描かれている。それが愛玩のしやすさでもあり、窮屈でもあり。

* * *

平塚まで来たので「川万」で鰻重を食べました。
ほんと、食うとうまいけど、ちょっと食えばいいな、鰻って。
絶滅危惧種、おいちかったです。

* * *

午前2時までの夜勤明け、9時に起きて昼過ぎには平塚の用事が終了したので、その足でルーテル市ヶ谷へアマチュアのピアノ愛好家たちによる演奏会を見に行きました。
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20年ほど前に入っていた大学のピアノサークルの人たちが何人か、今も演奏会に参加しています。技量がだいぶ衰えている人が少しと、相変わらずあまり知られていない作曲家を発掘してくるマニアックな人が少し。弊管理人を覚えている人はいないと踏んで、さっと入ってさっと出てきました。

* * *

最近おいしかったもの、新宿御苑前「will」のハンバーグ。
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値段が手頃だと思う。プリフィクスのコースにするといろいろ考えなくていい。

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お呼びがかかって、若者と東中野の「大盛亭」という、まあそのまんまな食堂でがっつりご飯食べてきました。これもおいしかった。
予定外に充実した盆休み1日目でした。

2018年07月16日

そして、縄文

↑前川清っぽくなった。

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「遺伝人類学」の続きで、東京国立博物館で始まった「縄文―1万年の美の鼓動」を見に行ってきました。(特別展は↓これともう1点のみ撮影可だった)
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縄文時代って歴史の授業であまり興味を持ったことがありません。新学期にしゃらっと通り過ぎてしまうだけ。だいぶ後になって、岡本太郎が縄文式土器にぞっこんだったと聞いて「へえ」くらいは思った程度。

・この特別展では、縄文時代(草創期)の始まりをBC11000、終わりをBC400としていました。
・その前は旧石器時代。土器が出てきて新石器時代=(土器の特徴から名付けられた)縄文時代。稲作や金属器が出てきて弥生時代に移行するということですね。
・縄文時代の気候は温暖で、海面が上昇し、四季ができて、だいたい今の日本の風景になった。
・もう一つの特徴が定住。縄文時代は高台で日当たりがいいという、今と似たような土地が好まれたそうですが、弥生時代になると農業をやるため低い土地に移ってきた。適地を巡る争いも起きたとのことです。音声ガイドの説明では、縄文をのほほんとした時代かのように語っていたように思います。

・縄文式土器は、さまざまな方向に縄を押しつけて作った「文様」の前期→うどんを貼り付けたような「立体的な造形」の中期→文様のあるところとないところを分けて意匠をはっきりさせたような「構図」の後期と変遷している。
・前期の展示で、漆がこの時期から既に使われていたことを発見しました。
・中期の有名な土器が「火焰式土器」という、炎のような把手がついた大型化した土器で、岡本太郎が「すげえ」と言ったのもこの時代のものだったらしい。渦巻き模様も激しさを感じさせる。確かに順に見ていくと、中期は前期とも後期とも違う、何か一度とても異常なほとばしり方をした時期だなと思いました。
・中期は、自然環境が安定して遺跡も大規模になった時期だったようです。そうね、芸術というか「遊び」が生まれちゃうのってそういう余裕のある時なのでしょう。
・後期は前期を洗練させた「工芸品」ぽくなっていった印象です。
・ちなみに土器の用途は煮炊き、貯蔵など。つまり「お料理」が発展した時期だったといってよいのでは。あとは死んだ子を入れたりとかもしたよう。

・作り手は女性たちだったと聞こえた気がします(うっかり聞き流した)。メソポタミアの同時期(2000-3000年前)で土器が専門家の工房で作られていたのと対照的です。
・そう、展示は同じ時期の世界の土器にもスコープを広げていました。エジプトでは所有者を示すマークが彫り込まれているのが面白いと思った。レヴァントでは文様を「描いて」いたのですね。縄文のように凹凸をつけるのではなくて。

・土偶も縄文時代でした、そういえば。
・「合掌土偶」というのがありました。体育座りして胸の前で手を合わせているような姿勢です。祈りかもしれないが、お産のシーンではないかとの説も。「座産」という言葉があるのを初めて知りました。前近代の一般的なお産の姿勢だという。
・前期の土偶はとてもちっちゃい。中期になると大きくなってポーズをとりだす。晩期は有名な遮光器土偶。遮光器土偶は不思議なフォルムですが、目をデフォルメしたものではないかとの説明でした。それにしても変なの。宇宙人ぽい。
・土偶はだいたい女性で、じゃあ男性は何かというと「石棒」だったそう。石棒はもうほぼ見たまんまチンコです。巨根の。
・弥生時代になると土偶は下火になって、顔のついた骨壺などになっていったとのこと。
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・このほか、土面(顔に装着できるようにはなっていないが、何かを「演じる」ときに使ったのではないか)、カエルやイノシシ、キノコや巻き貝をかたどった土製品、弓矢や熊?の土製品も展示されていました。
・獲物が小さく、狩りの道具が大きく作られているのは、両者の力関係を大きさで表していたからではないかと。

・この特別展、すっごい満足しました。

* * *

国立博物館に来ようと思ったのは、法隆寺宝物館の建築も見たかったためでもあります。
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それこそ10年単位で久しぶりだったような気がするけど、前に来たときのことをほとんど覚えてない。知識と目的意識がなかったからでしょうか。いや1999年竣工だというから、ひょっとしたら見てもいないかもしれない。
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ほかに本館と東洋館。とにかくちゃんと見ると1日かかります。
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仏教関係の彫刻はところによってその土地の人の顔になりますね。
こちらはギリシア文明の影響を受けたガンダーラ。
they say it was in India? いえパキスタンだそうです。
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そんで中国になるとこう。
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なんでこんなものが日本にあるのだろう、というひょっとして怖い疑問。

お腹がすいたので日暮里駅前まで出て「馬賊」(これもアジアっぽい)で担々麺食べて帰りました。
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この三連休、死人が出るほど暑かったので、大半は家でぐだぐだしていました。

2018年07月14日

ジュニアおじさん手習い

会社では研修が終わり、「若者の筆頭」から変わって「ジュニアおじさんの末席」としての仕事が始まりました。といっても「シニアおじさん」の世界の綾で発令は8月ということになり、肩書きはもう半月ほど若者なんですけど。半月分のお手当、損してるんですけど。

とまれ、若者が上げてきた仕事を検査・成形して商品にする仕事です。
少しメタなところに立つので、自分が受け持った仕事の作者以外の若者、本社他部署や地方、海外拠点もチラ見しながら仕事を進め、お客からきた問い合わせにも答えます。

早速、今週受け持った若者の仕事について、お客から「京都から出ている別の若者の仕事と、どちらが重要性において上か」という問い合わせを受けました。

・弊管理人が受け持った若者の仕事は、巨大プロジェクトだしやってることのレベルも高く新規性もあるが、生活に密着した即物的なテーマではない
・京都の仕事は、今まで少しずつ改良されてきた既知のものがワンステップ進んだだけだが、まあまあ大きなワンステップだしテーマ的には社会性がある

ので、まあ全然違う分野でもあり甲乙付けがたいが、強いて商業的にどっちが上かと問われれば京都じゃないですか、と答えました。
それを聞いて、弊管理人が受け持った若者がちょっと残念そうな顔をしました。
それを見て、弊管理人は「まずかったかな」と思いました。咄嗟に身内を贔屓できない。

別件ですが、すでに「若者が作って提出してきた密度の低いものを全解体し、自分で分量半分・密度2倍に組み直して送り出す」「若者が作って提出してきたものを180度ひっくり返して送り出す」といったことをやらかしています。いずれも作者了解の上ですが、面倒な仕事だなと思っています。
あと、1日が過ぎるのが速くなったわりに自分が何かした感じがあんまりしない。
中年なお老いやすく……

2018年06月09日

ひつじをめぐる研修

東京は今週梅雨入り、したもののドカンと暑い土曜の朝。
友人から「腹減った!」と連絡がきたので高円寺のカレーを提案したらあっさり却下され、新宿駅で待ち合わせて「うどん 慎」に向かったものの行列でどん引き、で、きました、「ビストロひつじや」。
ランチのシシカバブ2+スペアリブ2、サラダ、スープ、パン、ごはんついて670円。
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そこにチコリのコーヒーと温バナナ・ココナッツアイスのせで140円。
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安すぎませんか。満腹。そしてこれ夜にまた来るべきだと思う。

* * *

7月くらいから現場を離れてジュニアおじさん職位になるため、3週間の研修が始まりました。

本社のジュニア&シニアおじさんセクション数カ所をラウンドしつつ見習いをしているのですが、現職場の管理職とか昔から知ってる他部署のおじさんとかが入れ替わり立ち替わり弊管理人を見にきて、ニヤニヤしながら「君ももうこっちか~人生短いな~」などといじって去っていきます。

受け入れ側の偉いおじさんから「なんかお父さんがいっぱいいるな、好かれてるねえ~」と言われました。ありがたいことです??

「にしても君、もうジュニアおじさん職位になるの?え、41!じゃあ不思議はないか。見た目、若くね?」
と言われました。まだ実年齢に見た目が追いついていなかったか……

* * *

研修の一環で若者の仕事を見る、というのがあって、少し前に関係したことのある若者とやりとりをしていたら「あれ[弊管理人]さん、現場離れるんですか。うわー時代が変わりますね」みたいなお声をいただきました。

うむ、不精で失敗の多い弊管理人が外れて新しい人たちがその後を埋めてくれれば、ようやくこの分野も上向くのではないか。

「向かんわ」と思っていた現職位から離れることには正直、ほぼ寂しさがありません。今後も時間を作れば細々と真似事はできるようなので、またやる気がたまってきたら手を出せばいいかと思ってます。

* * *

で、弊管理人の知らないうちに、職位変更に合わせて大阪異動の話が出て消えたことを事後に聞かされました。うーんまあ大阪でもよかったかも。東京に長くいすぎた感じはする。

転校、進学、就職、転勤で3年ごとに環境が変わる人生だったせいか、3年を超えて同じことをしてるとなんかどよーんとしちゃうんですよね。逆にずっと東京にいたい/これ一筋、という人にあまり共感できない。結婚しても多分3年で「一生これじゃ嫌だな」と思い始めるはずなのでしない。

2018年05月25日

昔のいけないあれ

むかし同じ職場にいて、いまは他部署にいる女性の後輩が弊管理人の席に来ておしゃべりをしているうちに、セクハラについて仕事で扱っているという話が出たので、ついでで申し訳ないが15年以上前のいけない発言について謝りました。
服装に関する冗談だったのですが、それを言ったあと彼女は着替えてきた。当時「しまった」と思ったものの、「ごめんね」を切り出す機会がなくてずっと腹の底に澱みたいにたまってたのでした。
本人は全く覚えておらず、当時あげつらった服について解説したら「そんなの着てたのが恥ずかしい。全然いいからむしろ思い出さないで」と念押しして去って行きました。

* * *

■共同通信社原発事故取材班、高橋秀樹(編著)『全電源喪失の記憶』新潮社, 2018年.

いただきもの。いや、すばらしい。

2018年05月21日

読めてない

■新井紀子『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』東洋経済新報社, 2018年.

会社の図書室の新着棚からかっさらってきたもの。
前半は今のAIでできることとできないことの整理をしていて、それはそれで参考になる。
バズワードで火照った頭を冷やすパート。

で、後半は、AIでできない仕事を担うための基盤となる読解力が本当に人間にあるのか?というお話。筋はほぼここに書いてあります。
それを試すテストの例題がいくつか紹介されているのですけど、弊管理人もしっかり間違えてショックを受けました。
上記記事では、「文章を読んでいるようで、実はちゃんと読んでいない。キーワードをポンポンポンと拾っている」という読み方を「AI読み」と呼んでいますが、思い当たる。大量の文章を急いでざーっと読んで大体何が書いてあるかを把握する、という仕事でよくやる読み方が習い性になっていて、それ以外の場面でも理解しながら読んでないのかもしれん。
むしろ、そうはいってもアウトプットをするときにはしっかり読み直すことが必要な仕事より、ざっと流しても怒られない個人的な読書のほうでこそ、AI読みをやっている恐れもある。

また、結構頭が痛くなったのは次の問題。

 「エベレストは世界で最も高い山である」

が正しいとき、次の文は正しいか

 「エルブルス山はエベレストより低い」

(1)正しい(2)間違っている(3)これだけからは判断できない

正解は(1)なんだそうですが、エルブルス山(5642m、ロシア連邦最高峰なんだって)を知らなかった弊管理人は(3)を選んでしまいました。

ぱっと問題文を見たとき、頭には「エルブルス山が架空の山である可能性(ある意味、世界の中にないので比較ができない)」、「エルブルス山が実在するとしても、エベレストと同じ高さである可能性(エベレストは最も高いが、エルブルス山が1位タイだとエベレスト「より低い」とはいえない)」が浮かび、少なくとも両方の山の高さが示されないと判断ができないと考えてしまったのです。思考の領域をうまく限定できないAI脳(?)なのか。いやまあ作問が甘いのかもしれないけど。

寝床で寝る前に読んでいたのに、目がさえて寝られなくなりました。

* * *

前回の日記以降に誕生日を迎えました。
当日のディナーはひとり松屋だったりしてほぼ忘れつつ過ごしました。

・なんかすごく酒に弱くなった(飲んで疲れやすくなった)
・早寝すると体調がよい
・覿面に頭が回らなくなってる気がする
・仕事が遅くなった

一部(特に頭)は疲れのせいな気がします。
このところ酒を控えるようにしています。

* * *

20日の日曜はからっと晴れて涼しく、今年1番爽やかな日になるはずだと思いました。

2018年05月09日

連休後半

連休明けの予定がわりと詰まっているので、5月1,2日はそれ関連の仕事を頑張って終わらせて休みに入ろう、と思ったら終わりませんでした。
3日に「終わったかなー」と思ってチェックしたら同僚の仕事とだだかぶりしていたことが判明し、飲んでふて寝。
4日にひとり機嫌悪く、しかし別方向から攻めて一応の形にしたところでお仕事終わりということにしました。
仕事してると食べたり風呂に入ったりがおろそかになっていけないですね。生活のリズムは崩れてないのにQoL(生活/人生の質)が落ちました。やりたい気持ちのあまりない仕事だけに、それで休みが2日食われたことも残念。

5日はおともだち2人と、半年前に申し込んでいた羽田のJAL整備工場見学に。
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空港で働いてたことあるしなあ、とあまり期待しないで行ったのですけど、意外と気分が上がりました。おっきいものを鑑賞するのはいいですね。
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17時には蒲田に出て「歓迎」で餃子食べまくり。
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餃子にはニンニクが入ってないのに、炒め物はニンニクづくし。
満腹まで飲んで食って3500円。やっと休んだ気になりました。

6日は出張で島根県・出雲。
空港から出雲大社へのバスに乗ったら、運転手さんが「築地松(ついじまつ)」を紹介してくれました。
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出雲平野は西風が強いので、西側に防風林を作っているということらしい。

出雲大社をちょっと見ました。山がすぐ後ろまで迫ってるんですね。
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賽銭箱やたらあるな、というのが感想。
おみくじ引いたら悪いことばっか書いてあったので、腹が立ってもう一度引いたらいいことばっか書いてありました。一貫性ないな。いや1万回引いたら「真の運」に近づいていくのかもしれないが。

隣の島根県立古代出雲歴史博物館は、ちらっと見て……くらいのつもりが、物量が多くてかなり堪能しました。昔の大社はこうだったっぽい、というやつ。こないだ森美術館でやってる「建築の日本展」で見ました見ました。
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笑ってない恵比寿さんがなんかおもろかった。
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銅鐸、みたみた教科書でこんなの。
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福岡市の博物館見たときも思ったけど、西日本て歴史的な資産が豊かですね。

雨降りだったのでさっさと出雲市駅前に投宿してメシ。
「割子そば」が名物らしいので、駅前の「一福」で奥出雲そば。
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薬味とつゆをかけて食べるそう。舞茸の天ぷらもおいしかったです。
実はもちっと有名なお店とか探して歩いたんですが、連休最終日の日曜なせいか生体反応がありませんでした。

その他名物であるかに飯、あご野焼き、漬け物(名前失念)、のどぐろ、しじみ汁はドーミーインの朝食で食えてしまった。
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ので、空港ではエビピラフ食って帰りました。

あんまり巡ってないけどいいところだと思った。弊管理人の田舎とちょっと風景が似てるかもしんない。田舎に海はないけど。
仕事はもう本当に皆さんに助けられて大変に充実して勉強になって疲れました。一方で答えのない重要な反省点もあり、どっぷりと一人反省会をしているうちに帰りの便が離陸し、気圧が下がったので意識がシャットダウンしました。

2018年04月29日

建築とカレー

若者につきあってもらい、森美術館で始まった「建築の日本展」行ってきました。
連休のわりには混んでなかったです。
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行きたいところがいっぱい増えました。特に会津さざえ堂/江之浦測候所/牧野富太郎記念館/旧閑谷学校/弥山展望台あたり。
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日が暮れてお腹が空いたので、西新宿のコチンニヴァースにお邪魔します。
われわれが入った後のお客さんは満席で断られていました。運が良かった~
ランチ以来、何年かぶり。今回はいろいろ頼んでみました。
おつまみとして頼んだタマネギのかき揚げからしてスパイス効いてていろんな味がする。
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チキンのビリヤニもうまあああ
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ほうれん草のチャーハン、ラムとなすのカレー、フィッシュカレー(ココナッツ入ってる)、全部悶絶。
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おなかいっぱいで帰りました。

* * *

連休開始の28,29日はよく晴れて暖かい2日間でした。
フィンランドから帰ってきたら花粉が収まっていたので久しぶりに布団を干しました。
洗濯物も乾く乾く。
気温も初夏っぽかった(ただし夜間は涼しい)ので、半パンを履きました。

2018年04月19日

魚真など

昨年秋に1ヶ月ほど一緒に仕事をした3人で飲みました。銀座の「魚真」。
そこそこリーズナブルで魚介類がおいしかったです。
出色、あら煮100円。
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かに!
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えびって頭とったり皮剥いたりしないで食べるものなんだって。まじ?
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* * *

会社に入って17年ちょい、夏ごろには仕事の一線から退くことになりそうです。
正直、ずっと「向かない」と思っていたし、3年同じことをやってるとダレるような性格なので、寂しさとか全くないのですけど。
私生活を充実させる方法でも考えよっと。
ただ当面は、余計な出張を入れたり、他人が考えた余計な仕事が降ってきたりしているため、忙しいです。

2018年03月28日

日比谷公園の桜

極寒の冬が夢だったかのようにぶっつり終わり、取り急ぎな風情で桜が咲きました。
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経済産業省のはす向かい、日比谷公園の入り口のところがもっさり咲いてきれいなんですよね。シートを敷いてお花見をするような場所ではなく、信号待ちのときに見とれるくらいの。
用務でこのあたりに来たら、スーツの人たちがまんまと桜に写真を撮らされていました。

2018年01月31日

皆既月食

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みえました。2007年8月にもそんな日記書いてますやね。

このところ忙しい~
会社にいるとろくでもない案件が次々降ってきて、やろうと思ってた仕事ができないっす。

2018年01月15日

15年

母が亡くなって15年です(ということをあと1時間を残して思い出した)。

夢に見ることもめっきり減り、絶筆となった手紙を見せられても「あー……」くらいで受け止められるようになりました。10年くらいが区切りだったかなあと思って2013年の日記を手繰ると、確かにそんな感じ

2015年の13回忌もまあ、思い出を一つ書いて終わってる。

生きていればもうすぐ74歳というのも想像しがたいですね。
実家では、死後の世界なんてちゃんちゃら信じてないようなことを言う(そして多分、頭では本当に信じていない)父が、いまだに仏壇にご飯を供えています。

2018年01月09日

迎賓館など

この3連休はあまり予定を入れていなかったのに、いろんな人と遊びました。

・金曜、疲れて帰って20:30にちょっとのつもりで横になったら寝入ってしまい、22:15にいったん目を覚まして歯を磨き、0:54に震度4で起こされてもいっかい眠り、5:00起き。

・土曜、友人と新宿駅で待ち合わせて、最近の年中行事となった高尾山でお昼に厄払い。そば食って帰ろうかなと思ったら「夜、焼肉食べませんか」とのお誘いをいただいたので、帰ってちょっと運動してから、歌舞伎町の「清江苑」で食べ放題。90分の制限時間よりだいぶ前から急かされます、随分。でも去年から焼肉食べたいと思っていたので大変満足。そして意外と深夜までお酒を飲んでしまいました。

・日曜、二日酔い気味でした。が、昼過ぎに起きたご近所の友人とお茶しながら3時間喋りました。そのあとまた別の友人からLINEがきて、近所のタイ料理屋で夕飯。21時から予約していた音楽練習室で久しぶりにピアノを触って、そのあとまたちょっと飲酒……

・月曜、昼前に通販で買った小さな家電が届いたので、置き場を求めて部屋の整理を始めたら、完遂しないまま出掛ける時間になりました。友人と4人で四谷の迎賓館赤坂離宮の見学。そのあと16時から居酒屋で飲み、さらに2軒はしごして終了。だいぶ疲れて帰りましたが、部屋の整理はやり終えました。えらい。

2018年01月03日

年末年始17-18

結局今回も年末は伊豆に。

29日、大月で父親と合流して吉田のうどん。なんで「の」が入ってるのだろう。「吉田うどん」は商標だったりするんだろうか。
「くれちうどん」で肉つけ。
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コシと薬味「すりだね」が特徴だそうです。切り方が荒々しい。
父曰く「俺が作るとなるやつ」

そんでいつもと同じように箱根から伊豆スカイラインを通って行きました。
滝知山展望台では初めて止まったけど、熱海の街も富士山もよく見えていいですね。
今回はあんまり頑張らない。16時前には宿に入ってだらだらする。

翌30日は久しぶりに大室山に登りました。
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あと稲取でミカン狩り。
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1人600円は手頃だけど、ミカンを600円分食うのは容易ではないな……
ポンカンが甘くておいしかったです。今季のミカンは不作だそうで。

河津から天城街道に入って、「かどや」でわさび丼を食べました。
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わさび1本と鮫肌を渡されて一生懸命すった後、それを鰹節ごはんに載せて醤油をかけ、少しずつ崩しながら食べます。言うほど辛くないし風味もいい。父「ベースがねこまんまなんだからうまくないわけがないだろう」そういうこと言わないでー
ループ橋、天城トンネルなど通って帰ってきました。

31日は伊東で干物を買って、長野に帰ります。B級グルメとして名高い富士宮やきそばを途中で食べましたが、父の心には響かなかったようです。

父、妹は実家へ。弊管理人はいつものように年越しは本家で。
北海道が好きな伯母にJR北海道のカレンダーを届けるのもいつものミッションです。札幌在任中に職場に届いたカレンダーを持って行ったのが始まりなのですけど、東京に転勤してからは東京駅や神保町の書店で買ったものを持参しています。もう10年になります。

伯母の料理は2017年もすごかった。
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いとこのところの3人兄弟は最後の子が推薦で某国立大に受かったそうです。
いま推薦なんてあるのな。それにしてもこれで3人とも国立。親孝行ではないか。
物理をとってないのに気象学をやりたいというのはどうかと思うけど。

祖母(97)は2本杖をやめて歩行器を使ってトイレに行ったりしていました。ときどき失敗することもあるそうですが、排泄の世話がないというのは老老介護では重要なのではないか。
亡母が生前に書いた手紙が出てきたといって見せられました。なんかこれ見たことあるかもと思いつつ写メ→PDFで保存。もうすぐ15年。早いなー

1日は初日の出を見ず8時起床。
朝に雑煮、昼にかきあげそばをいただいて、電車で実家に戻り、父方の祖母に会いに行きました。
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こちらの祖母は頭がはっきりしていて、腰が曲がりつつも一人で動き回っているようです。月曜はデイサービスに行き、タクシーとって帰ってきたり。しかしもう畑は作ってないとのこと。それにしてもタクシーとかバスとかの運送業界はこれからも仕事に困らなそうです。

家の裏の柿の木(写真)が150年くらいのもので、半分は腐って倒れてしまったが、相変わらず残った部分で実をつけている。亡祖父が子供の頃に近所の子と登り比べをしていたという話を聞きながら、「そういえばここっていつから住んでるの」と聞いてみました。
祖父が18代目で、いまの家自体が祖父が子供のころからあったので最低でも築100年とのことです。そうなん?

妹は相変わらず住まいも職も落ち着かず不平ばかり言っていますし、むすっとしていて自分から動かないのですが、以前に友人に意見を求めたところ「もともと鬱々とした人」という見立てで、確かにそうだなと思うところが多いので、あまり気にしないことにしました。家を買う選択肢とか転職活動のタイミングなどについてちょいちょい聞かれるのですが、「自分の現状を説明せずに質問だけするので答えようがない」と言ったところ「答えが欲しいわけではない」とのたまったのも確信を増す要素となりました。要は注意を惹きたいのでしょう。10月にいろいろ考えて提案したことも、一つも行動に移していなさそうです。弊管理人に部屋を買ってもらって住みたい的な空気を出しつつ年収や貯金額を聞いてきたので、「秘密~」といって躱しました。

父は無線LANのルーターを買い換えたり、いい布団を買ったり、iPadで遊んだりと身の回りを順調に改善しており、食事制限めいたこともないようですし、とりあえず心配なさそうです。

1日夜の高速バスで帰ってきました。
2日は伊東の道の駅で買った桜エビの炊き込みご飯の素でご飯を炊いてみました。思いの外うまかったんだけど、家中が香ばしい匂いに。
冬の東京は空がきれいだなー

2017年12月31日

2017年まとめ

今年まとめ。

1月 初夢で叫ぶ。カーシェアリングで温泉など何回か
2月 尿路結石で救急搬送。痛かった
3月 猿島だの岡本太郎だの小さなおでかけを繰り返していた様子
4月 京都・原谷苑での花見と大阪の民博が楽しかった
5月 ドイツ出張で前担当一区切り。QOLが向上
6月 帰省、佐原・香取、モスクといろいろ出かけた
7月 札幌、福岡といろいろ出かけた。1年前から読んでた本を読了
8月 王が頭ホテル、横須賀美術館、種子島といろいろ出かけた
9月 迷走の結果、夏休みは潜伏キリシタン巡り。次回は早めに計画しよう
10月 駆り出された仕事で終わった
11月 金沢に行ったほかはなんとなくペースを取り戻せず終わった気がする
12月 台北、清里でフィニッシュ。最後に体調崩したけど1日で回復

仕事は5月まで高ストレスだったので、後半は流してしまいました。来年はもちっと。
前厄でしたが、体調はそこまで悪くなかったですかね。尿路結石はたぶんストレス。
友人とのお出かけで楽しい週末が多かったです。
飲食店の探究欲は薄くなったかな。

来年は結構楽しかった今年よりもっと楽しく過ごしたいと思います。
あと何か1個2個、新しいことをしたい。

2017年12月26日

パソコン買い換え

2012年に買ったVAIOの調子にむらが出てきたので、PCを買い換えました。
10年ぶりくらいにデスクトップ。Lenovoのideacentre510S(90GB0046JP)ってやつです。第7世代Core-i5、8GBで52888円。それとLGのモニタ22MP48HQ-Pを11980円で、前のノートと同じくらいの値段になりました。

デスクトップにした理由は主に2つ。

(1)机上のスペースを広くするため。PCを置いてある勉強机で飯を食ったり会社ノートを置いて仕事をしたりしていると、ノート置きっ放しは狭い。フットプリントはモニタの台のほうがはるかに小さいし、デスクトップのキーボードは邪魔なときは寄せておけます

(2)大きいモニタが欲しかった。大きいといっても21.5インチですけど。ちっちゃい画面はだんだん目がつらくなってきたのと、複数の画面を並べて作業するのって楽だなと会社の23インチを見ながら思っていたため

で、やっとWindows7→10になりました。そんなに難しいことはしないので特に困りません。
あと、無線LANを使い続けようと思ってUSB接続の子機アダプタ(ELECOM, WDC-867SU3S)を1490円で買いましたが、速度は40Mbpsくらいだし、高頻度で切れる。5mのケーブル(MCOのカテゴリ6A、ビックカメラで510円)でつなぐと90Mbpsくらい出で、当然切断もありません。本体の動作も相当軽くなりました。USBポートを通信に使うのはかなりの負担になっていたのかな?

モニタは画面が時々若干暗くなるんだけど、これは付属のHDMIケーブルの問題か、馴染み(?)の問題か……と思っていたら、エネルギーセーブ機能のせいでした。気になるので解除。

音は引き続きFMトランスミッターで飛ばしてコンポから聞いてます。
まあこれは当面このままでいいか。

* * *

25日の昼飯後、急に体調が悪くなり、帰宅してから深夜まで3回吐き、熱も出ました。
27日から鹿児島に出張することになっていたところ、この体調だとマジヤバイと思っていましたが、その出張案件が1月以降に延期になりました。奇跡が起きた。
先方から「ホントすみません」とお電話をいただいたのですが、「いえ万全を期してのことですから」と答えた声が弾みすぎていたのは否めない。

疲れがたまっていたところに、質の悪い鶏肉を食べたせいではないかと疑っています。2008年の12月末にも、やはり食べ過ぎで急性胃腸炎になってる。腹も身のうち。

* * *

■岡田匡『糖尿病とウジ虫治療―マゴットセラピーとは何か』岩波書店、2013年。

2017年12月10日

高原の忘年会

恐らく今年最初で最後の忘年会に土日で行ってきました。
場所は、山梨の清里。
メンバーは、今年いろんなところに出かけた気の置けない人たち、計7人。
(あ、いや、1人は今までよく知らなかったこともあってちょっと敬遠気味だったのだけど、2日間一緒にいてみたらとてもいい人でした)
前日、東京は雨、当地は雪が降ったようですが、土日とも快晴で山がはっきり見え、最高でした。

清泉寮というところで、暖炉のついたコテージを借りて自炊。
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行き当たりばったりで道すがらスーパーに寄ったのですが、結局シチューとか焼き肉とかに落ち着きました。
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シチューと暖炉ってすごく合うね!
深夜まで飲酒しました。
お風呂も広くて、星空がきれいで、遠くに街の灯りも見えてきれいでした。

朝は富士山と日の出を見ました。日の出は6時半頃ですが、山の上に出るのは7時前。
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平沢峠の駐車場から見た八ヶ岳は壮観そのもの。
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国立天文台の野辺山電波観測所の見学もさせていただきました。
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45mの電波望遠鏡は圧巻です。
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正面からは大きすぎてフレームに収まりません。
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そのあとシャトレーゼの工場を見て、これまた景色のいいサントリー登美の丘ワイナリーを見て、
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昇仙峡、ほったらかし温泉を堪能して帰ってきました。
宿以外はほぼノープランで出かけたのですが、終わってみると遊び倒した2日間でした。
冬の八ヶ岳ってどうなのかなー、冬季閉鎖の道も多いしスキー場はまだだし、と思っていましたが、天気にさえ恵まれればどちらを向いても絶景です。

途中で仕事関係でなんかやな感じのメールが入ったのを見てしまいましたが、休日に仕事のことを考えたくないので、以後メールを見るのはやめました。

楽しかった。

2017年11月30日

下旬まとめ

駒込で昼過ぎの仕事があったついでに寄った「きなり」。
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盛り付けがアレであまりおいしそうに見えないのですが、実際は芯の強い白醤油がとてもおいしく、一緒に頼んだ生姜の香りが効いてる炊き込みご飯に寄り道してから戻ってくるとスープが際立って、さらに満足しました。

* * *

金沢に1泊で出張してきました。
長野以遠の北陸新幹線も、金沢も初めて。

21世紀美術館は特に面白くなかった。

「ノーサイド」っていうところで食べたハントンライス。
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オムライスと白身魚のフライが何のシナジーも起こしてない。
むしろ「針の上で天使が何人踊れるか」的な空想を喚起する。(しない。)

「GOEN」ってところのおでんとお寿司。
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まず寿司だけ出てきて飲み物が来ないし、おねーさんはレジ操作も接客の仕方も把握できてないし、お通し400円とかで会計の2割を占めてるしで、素材はいいけど人と仕組みが全然だめだった。

新幹線で食べながら帰った中田屋のきんつばは謙抑的な甘さで好きでした。

仕事はあまり気が進まない感じで行きましたが、行ったら行ったで勉強になりました。

* * *

■ダニエル・ソロブ(大島義則他訳)『プライバシーなんていらない!?―情報社会における自由と安全』勁草書房、2017年

■都甲潔、中本高道『においと味を可視化する―化学感覚を扱う科学技術の最前線』フレグランスジャーナル社、2017年

2017年10月31日

10月補遺

1999年に利用させていただいた大学の短期留学プログラムが発展的に解消する?とのことで、記念の同窓会的シンポがありました。同じプログラムを利用した人たちがわーわーいうやつ。
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普段、ふつーの会社員生活をしてると忘れてしまいますが、なんかハイスペックな人たちの経歴ってすげえね。大学教員、国際機関の職員、キャリア官僚、商社、EU勤務、うんたら、かんたら。実は当初、弊管理人にパネリストの依頼があり、いったん引き受けたのですが、仕事の都合でお断りしてしまっていたのでした。いや、壇上で一人、おちゃらけたこと言う事態にならなくてよかった。

ということでシンポは途中で失礼して仕事に向かいました。
そのあとの懇親会ではマグカップやアラムナイの名簿など記念品が配られたんだって。チクショ

* * *

そんで別の嵐の夜には、中学時代の同級生のうち在京メンバー+上京おひさしぶり氏でミニ同級会が開かれたのでした。最も長く会ってなかったおひさしぶり氏は中学卒業以来なので25年ぶり。それぞれ記憶を持ち寄り、穴を埋めました。

弊管理人に関しては「髪型以外は変わってない」とのご評価でした。それは結構結構。
その他、しばらく会ってない人たちに関して噂話・近況など聞きましたが、
・横領でクビ
・ぎらぎらして気持ち悪くなった
・1ミリも変わってない
・激太り
・アニメに生きている
・19歳できちゃった婚
・芸人3年
・フリースクール主宰
・評判のいい医師になったが嫁がクソ
などバラエティ豊かでした。
25年たつと人なんて別人になりますし、それでいいと思うのですけど、変わらない人は変わらない。なぜ変わらないのか。環境に恵まれ変わらなくてよかったからだろう、たぶん。

* * *

10月はお酒飲みすぎでした。
あと、深夜に2回、からあげクンを食べてしまいました。

懺悔おしまい。

2017年09月23日

3連休のあれこれ

ちょっと足を伸ばして厚木のZUND-BARに行ってきました。
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あら炊きの塩。スープだけ、スープ+麺、スープ+麺+葱、でそれぞれ風味が変わります。頬張らずにじわっと楽しむべき出汁の味。「チーズダッカルビ好きっす」みたいな人には物足りないかもしれないが、老境の弊管理人は好きでした。

そんで温泉入ってさっさと帰ってきました。

* * *

放送大学のFMラジオ放送が2018年9月で終わり、受講してない人が聴けるのはBS放送だけになってしまいます。今はラジオをタイマー録音して持ち歩き、外回りや通勤時に聴いているのですが、さてどうしたらいいのでしょうか。

暫く考えていましたが、これだけのことだった。
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やってみたらできました。
・集合住宅の場合、BSはアンテナ端子とテレビのBSアンテナ端子を結べば普通に見られること
・録画機能のない普通のテレビにも、設定した時間に音声(と映像)を送り出す機能があること
これに気付いてなかったんですね、今まで。

* * *

暑さがましになってきたので、自炊再開しました。
昼はハンバーグ。6月から使ってない古い米と油と醤油をさっさと処理しなければ。

* * *

■Williams, H., Death, C., Global Justice: The Basics, Routledge, 2017.

グローバルジャスティスってなんやねんという疑問がここ暫くあって、丁度良く入門書が出たので手を付けてみました。
出発点はロールズで、それを踏み台にしたベイツやポッゲを経由し、セン、フレイザー、ヤングとかからポストモダニズムやラディカル・エコロジー、緑の国家まで多士済々駆け抜ける、大学初年度の学生さん向けの「リーダーとともに」読む概説って感じ。つまり本書だけだと、主要人物たちの布置は分かるが言ってることの内容はあまり分かった気にならない(語彙もノンネイティブには若干難しい)。でも弊管理人はおじさんなので、名前の羅列を見るとなんとなく何がしたい分野なのかが想像できました。

前半は思想小史。後半はアクティビズムの展開を紹介していて、去年たまたま仕事で絡んだ気候変動に重点を置いてあったので、後半のほうがサクサク読めました。そして、出会った国際NGOの人たちとか外交官とかがなんでああいう発言や行動をしていたか、やっと分かってきた。これは予想外の収穫。

この分野は理論と実践が両方大事というか、切り離せないよねというのは著者の言うとおり。ということはあまり「誰が何を言った」に偏らず、これ以降は具体的な国際問題を扱った文章に目を向けていったほうが楽しそうではあるね。

* * *

■仲正昌樹『NHK 100分 de 名著 2017年9月』NHK出版,2017年.

NHK教育でやってる「100分de名著」の9月はアーレントの『全体主義の起原』。初めてテキストを買って読みました。みすず書房から出てる本は高い上に3巻構成なので二の足を踏んでいましたが、この紹介を読むと面白そうかもと思えます。

2017年09月08日

天草

【9/7】

熊本駅近くのレンタカー屋で車を借りて、8時過ぎに出発。目的地は天草の崎津地区です。

たっぷり2時間半かかりました。
教会は珍しい畳敷き。祭壇は、ちょうど旧庄屋宅で踏み絵をさせていた場所にあるそうです。
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崎津は「潜伏キリシタン」関連遺産の登録が目指されている場所の一つです。禁教下でも集落の人口の7割がキリシタンだったとされています。神社もお寺もあり、残り3割の非キリシタンと共存していたというのが不思議なところです。(もっとも、集落内、時には家族内でキリシタンと非キリシタンが混ざっているのは他でもある普通のことだそう)
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「みなと屋」という古い旅館を改装した資料館で、丸山さんという方にいろいろお話を聞きました。史料が豊富にあるわけではないので分からないが、村の一体性を重視した結果ではないかとのこと。また、地理的な遠さから、島原天草一揆に参加しなかったことも強い弾圧を免れた一因かもしれないとおっしゃっていました。
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一方、宣教師がいないところで250年もなぜ信仰が続いたのかは不思議です。旅行に持っていった大橋幸泰『潜伏キリシタン―江戸時代の禁教政策と民衆』(講談社, 2014年)では、信仰共同体としての「コンフラリア」と、村の共同体の一員としてのアイデンティティがうまくバランスしていたことに原因を求めています。つまり、キリシタンであることはその人の唯一のアイデンティティではなくて、村の社会の中に埋没し、時にはお寺や神社の行事に参加したり踏絵をしたりしていたのだという。
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明治になって崎津の「潜伏キリシタン」は「キリスト教」に改宗したのですが、隣の今富という地区ではキリスト教が黙認されるようになっても改宗をせず、仏教徒のままキリシタンであり続ける「隠れキリシタン」の道を選んだそうです。水方(洗礼を授ける役)の一人を修験者がこなすなど、250年の間に仏教や修験道の要素が加わってオリジナルからはずいぶん形が変わっており、「本来はこういう感じ」という正解を見せられても納得ができなかったことが原因ではとのこと。
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なんでそもそもキリスト教がウケたのでしょうか。それも丸山さんに聞いてみましたが、ここに入ってきた宣教師が医者で、いろいろ困りごとを助けたことに恩義を感じたところから入ったのではないか、との説明でした。きっかけとしてはそうでしょうが、禁じられつつ250年も保持できるほどの動機は別のところにあったと思います。いろんなパンフレットを見ても、意外とここが触れられてないなあと。
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長崎の教会群に比べて、天草は圧倒的に展示や説明がしっかりしてました。
世界遺産になるのがいいかは分かりませんが、なりたいならなれるといいなと思います。

あとは、苓北町で「おっぱい岩」見て、
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カレー食って熊本に戻り、最終の飛行機で熊本空港から東京に戻りました。

2017年07月30日

観蓮会

先週のことですが、田無にある東大の農場で開かれた観蓮会に行ってきました。
休日限定の早朝覚醒により、朝7時のオープンに合わせて楽々現着。
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曇りで少し風がありました。でもかんかん照りだと体が辛いのでこれくらいがよい。
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蓮は、光があまり強くないほうがきれいに写る気がします。
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それぞれのピンクが夢のような発色でした。種はぞっとするんだけど。
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行く前はなんとなく池にいっぱい蓮が植わってるイメージを持っていましたが、実際は鉢や生け簀みたいのにさまざまな品種が入って並んでおり、「だよねえ」と思い直した次第。
ひまわりの迷路もありました。
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昔はそんなことを思ったことなかったのに、何か一斉にこっちを見ているようで気味が悪かったです。
駅前の松屋で朝飯食って帰りました。

* * *

この土日は寝たり起きたりしており、合間にいろんな人と会って、あっという間に過ぎていってしまいました。実家から桃が箱で届いたので朝に夕に食べてます。食物繊維が豊富で(皆まで言わない)

* * *

■加藤秀一『はじめてのジェンダー論』有斐閣, 2017年.

傷つけたり傷つけられたりしないために知識を仕入れ、関心を維持し、こういうじめじめ怒ってる人たちの世界になるべく踏み込まないで生きていきたいなと思わせてくれる筆致でした。説明が食い足りなく「なんで?」と思うところも少しありますが、見取り図として有用で、読みやすさもピカイチでした。

2017年05月28日

5月後半あれこれ

ドイツから戻ってこっち、1日休みがあったものの時差ぼけ調整できたようなできないような感じで、そのあとは離着任の挨拶回りと新旧職場の通常業務が同時並行で入ってきてばたばた過ぎていきました。どっかで1日休みたいなと思ったものの、休めず。遺憾。

* * *

おいしかったものは、大久保駅近く「瀧元」の鱈豆腐。
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おだしに豆腐と鱈が浸ってます。おいしい。
立地と店構えは大衆的ですが、値段は大衆的じゃないです。

それから、新橋「駿」のランチに汁なし担々麺があったので賞味。
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屹立した何かはないけど、食べてよかったランチでした。
しかしやはりこのお店は水炊きを食べるべき。

* * *

土曜、仕事上がりに飲んでたお店で弊管理人が帰ったあとに暴力事件があったようで、疲弊したスタッフ&居合わせたお客さんと計4人で日曜夕方から慰労を兼ねて温泉にいってきました。
埼玉県杉戸町にある「雅楽の湯」。虫取り網を持った少年が田んぼわきを歩いているような、絵に描いて逆さに吊したような郊外だけあって、造りはゆったりしていて、人が多かったはずなのにゆっくりできました。

新宿に帰ってきてサイゼリヤで飲み。ワイン飲んでお腹いっぱい食べて1人2100円(震)。
「なんか、やっとお休みの日としてまとまった気がしたね」と言い合って別れましたとさ。

* * *

今年のクーラー初日は5月22日だった。
ちなみにGWから掛け布団なしの毛布のみで寝ている。

* * *

■岡本太郎『日本再発見 芸術風土記』KADOKAWA, 2015年.

岡本太郎の生き方は当然ながら弊管理人とは全然違うが、いいと思うものはかなり近いのではないかと思っています。そしてこの文章は本当に好き。『沖縄文化論』、これときて、次は『神秘日本』にいこうじゃないか。

■大澤真幸『〈わたし〉と〈みんな〉の社会学』左右社, 2017年.

『まなざしの地獄』に解説を書いた2008年ごろから、大澤真幸は見田宗介がもうすぐいなくなると考え、その仕事を組み直して同時代の人たちへのアクセス性をよくしようとしているのではないかと勘ぐっています。対談ですがほとんどゼミで先生に喋らされてる学生みたい。

■プルースト, マルセル『失われた時を求めて』イースト・プレス, 2009年.

大学生のころ、フランス語の授業でさわりだけ読んだ作品を「まんがで読破」シリーズで。『宇宙皇子』と本作は読み通しても達成感以外何もなかろうと思ったので漫画で済まさせていただいた。必要十分であった。ドイツに行く途中の飛行機で読了。

2017年05月06日

連休【追記】

■1日

ぱたぱたと仕事。

■2日

いそいそと仕事。
終わっていったん帰宅し、友人と連れ立ってクラブ的なところへ。
これはこれで面白かった。結局夜更かしして3時半就寝。

■3日

友人と夕方に新宿三丁目で合流、4月30日に予告したとおりモモタイで小皿料理とシンハービールをいただいて、日本橋へ。
玉川太福(浪曲)、神田松之丞(講談)の二人会です。
浪曲、初めて聴きましたがすごい音圧、そして楽しい。声を出して笑いました。
・労務者2人がお弁当のおかずを交換しそうでしない
・19:43発新栃木行きの電車に乗りそうで乗らない
という2席でしたが、これはひょっとして極北だったのか……
あと貫禄のある太福さんが年下だったことをさきほどウィキペディアで知ってショック。

そのまま友人と酒場へ、しかし頑張って帰って1時半就寝。
いつも新しい体験にお導きをいただけてありがたい。

■4日

また別の友人2人を誘って、カーシェア使って秩父へ。

高 速 激 混 み。

もうちょっとで群馬、みたいなところにある「白寿の湯」で風呂に入って帰ってきました。
そこではゆっくりできたものの、結局友人らを長時間、車中で過ごさせてしまい、若干遺憾。

東中野で1人拾って、4人で居酒屋に行きました。
いや弊管理人としてはとても楽しい1日だったんだけど。

■5日

終日、在宅で仕事してました。
休日潰してもどうせ報われないんだろうなと思うとやる気が少しも起きない。

久しぶりにノンアルコールな1日でした。

* * *

振り返ると日替わりでいろんな人と遊んでるな。

-----ここから7日追記-----

■6日

夕方から友人と2人で深大寺の湯守の里へ。
しかるのち「カウボーイ家族」でハンバーグとサラダバーを喰らい、帰宅。
ちょっとだけ、と思って酒場に行き、ちょっとだけ飲んで帰宅、寝る。

■7日

今度は別の友人がカーシェアの車を出してくれて、また夕方から4人で戸田の七福の湯へ。
新宿に戻ってサイゼ飲みしようとしたら行列していたので、待ち時間のないトリキに転戦。
くっちゃべりながら30分かかる釜飯まで平らげて帰宅。
結局、ほぼ毎日酒を飲んだ。
出費は例年並みか例年より少なかったような気がする。なんとなく。

* * *

(1) 大型連休って、「楽しい思い出」をゲットするための技術・技量を集中的に試されてる気がしてしんどい
(2) (1)のように感じる人と感じない(=自然に遊びの予定が入る)人の格差も露わになってしんどい
(3) 弊管理人は(1)も(2)も半分分かるけど、基本的に休みは嬉しいのでそんなにしんどくない

* * *

人と遊ぶと、その人が写った写真をアップするわけにいかないため、日記が文字ばっかになることを発見しました。
これまで如何に独り遊びが多かったことか。

2017年04月30日

連休もどき前半

新宿三丁目、モモタイ。
朝7時から夕方6時までやっていて、夜はガールズバーだそうです。
むかしこの店舗、港屋をパクったような蕎麦を出してましたっけね。
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よくあるタイ料理とひと味違った香り。
これは小皿料理も食べにまた来なければなるまい。

* * *

嫌すぎる出張が控えていて準備を少ししなければならないのもあり、また遊ぶ気分にならないのもあり、この連休は帰省するのはやめて6月に先送りし、東京で過ごすことにしました。
土曜は在宅で仕事と読書、日曜は昼ごろ中野のホームセンターに行って材木を買い、ベッドサイドの棚を作りました。そんで上記タイラーメンを食べて帰宅。

* * *

日曜早朝、何の夢だか忘れたけれども叫んで目が覚めました。
正月以来です。
そのあとは平和に二度寝。

* * *

昨年6月に就いた担当から、来月下旬をもって外れることになりました。
本来は2年はやることになっていたところ、「どうにも合わない」と1月下旬くらいから管理職にかけあっていたのが実ったようです。
良くも悪くもさまざま勉強になったのは事実ですが、無理する理由もないかなと。

* * *

そんな余裕あるんかいと自分にツッコみつつ、何年かぶりにリバーシブームを到来させてしまった。

* * *

■一ノ瀬正樹『英米哲学史講義』筑摩書房, 2016年.

放送大学の教科書が下敷きになっているだけあって、力一杯わかりやすく書かれていると感じました。英米哲学の基本文献の邦訳につける訳者解説をまとめたような本なので、まだ読んでいないものを読んだらまたここに戻ってきたいと思います。
・留学中に授業で原書をつまみ食いした『アナーキー・国家・ユートピア』はやはり通読しないといけない気がひしひしした。しかし5500円……
・「生物学の哲学」は字面から想像してたのとちょっと違った。そのうち一冊読もう
・古本で買ったままになってる『人間知性研究』もいい加減手を付けないと
・あと『哲学探究』もなあ
・ベイズ主義に至ってはどう入っていけばよいやら……

2017年04月25日

うどん、肉

土曜の昼は、高田馬場で「大地のうどん」。
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透き通ったうどん。出汁は昆布、鰹、そして鯖なんだって。
いや、別にうどん好きじゃないんですけど、なんとなく。
いや、かなりうまかったですけど。

* * *

午後、炊飯器のタイマーを入れたものの、なんか味気ないと思って。
友人を誘い、カーシェア予約して、雨の中、調布の温泉に行ってしまいました。
そんで「カウボーイ家族」で150gのハンバーグと150gのステーキで夕飯。
そういえば、独りで肉充ってしないかも。
と思うくらい、久しぶりな感じのする肉での満腹感でした。

そのあと車を返して、そのまま友人と中野で飲んで、歩いて帰ってきました。

* * *

日曜は、住んでるところの管理組合の総会がありました。
引っ越してきてから初めての出席です。理事になってしまいました。
終了後はちょっと仕事(いけてなかった)。

そしてやっぱり飲みに行く。
行こうと思っていたイベントの招待券をいただきました。

* * *

連日3時寝とかでしたが、そういうわけで、この週末は勝利感がありました。
それにしても、なぜこんなに週末に何かしなければいけない強迫に苛まれているのだろう。

* * *

タイマー入れたままのご飯は、翌朝まで14時間保温されてました。
半分食べて、あと半分はまだ残ってます。
チャーハンにでもしようか……

2017年04月01日

とうとう春が

寒い雨の土曜。朝起きたら、窓際に置いた睡蓮木の花が咲いていました。
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何かしかし蕾にも咲きっぷりにも馴染みのない感じがあるなあ、と思って調べたら、南アフリカ原産でした。
日系ペルー人の知人が、見た目は全く日本人なのに表情が何か違う、みたいな感じか。違うか。

* * *

昼間、八王子の京王片倉近くにある「竜泉寺の湯」ってところに行きましたが、塩素くさくてあまり心地よくなかったです。

で、夜。
ローテンション同志であるところの友人と夕飯を食べることになり、この友人が交際している中国の子に教えてもらったという、池袋の「四川麻辣湯」に連れて行ってもらいました。
ロサ会館の近くにこんなのあったっけ、と思うくらい知らないと入らない雰囲気。路面店なのに。そして入ったとたんに外国の中華街の匂い!!
スープと麺の基本料金480円。そこに入れたい具(1個100円)を棚から好きなだけとってカゴに入れ、レジで会計します。麺はラーメンみたいのや、細い春雨、平べったい春雨(弊管理人はこれを選択)が選べます。スープの辛さもちょい辛から大辛まで。弊管理人は初心者なのでちょい辛にしました。
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ちょっと待つと、こういうのが来る。
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うめえあああ!
中辛を選んだ友人のスープもちょっと飲ませてもらいましたが、ちょっと痺れが足されるくらいですね。こっちでも大丈夫かも。
いいところを教えてもらいました。

* * *

明けて日曜は晴れてそこそこ暖かくなりました。
大学時代の同級生とお花見。
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母校のキャンパスの野球場にも春が降ってきていました。
ここの桜の枝ぶり、好きです。
満開まではもうちょっと。

そういえば大学の入学式は4月12日でしたが、会場近くの千鳥ヶ淵の桜が満開かちょっと盛りを過ぎたくらいの勢いで当時の写真にうつっています。
きょう、同級生とその話をしたら「その年は特に寒くて、だいぶ遅くまで雪が残ってたはず」と言っていました。そうだったか。

[4月3日追記:これまでの開花日と満開日をみると、確かに1996年の4月7日満開は前年と並んでこの四半世紀で最も遅いですが、顕著に遅いわけでもありませんでした。ちなみに定義は「さくらの開花とは、標本木のつぼみのうち、5~6輪の花が咲いた状態をいいます。満開は、全体の花芽の80%以上の花が咲いた状態をいいます」(金沢地方気象台)]

さすがに20年たつとみんな古くはなっているが、基本線は変わらない。
人文系の人たちのせいか、妙にすれた感じにもなってないところに安心感があります。
「ニュージーランドへの交換留学派遣を決めるための面接で、西洋古典学の先生から『ニュージーランドは西洋だと思うか』と聞かれて『西洋だ』と答えたが、今思うにそれは蛮勇だった」「俺はロックとバーリンで書いた卒論の口頭試問で『君が日本に生まれたことと自由の関係をどう思うか』と聞かれたので『覚悟を決めて生きたいと思います』と答えたら褒められた」といった艶っぽい昔話をしたり、「メルロ=ポンティって今時の学生も読んでるの?」とかきゃあきゃあおしゃべりできるというのは貴重なことです。

* * *

お花見中に職場から電話がかかってきて、やっぱり5月はドイツに行けという話になりました。
くう……(でも実は半分以上諦めていた)

* * *

■加藤周一『二〇世紀の自画像』筑摩書房, 2005年.

古い友人に「目指すところは全然違うが歩き方が(弊管理人と)似ている」と加藤周一を薦められたため、適当な古本を買って読んでみました。
が、半分ちょっとくらいまで頑張ったものの「もうええわ」となってしまいました。それ一つ一つが本1冊になるようなテーマをばさばさ整理しながら20世紀をまとめる対談のようなものを、今更食べる気にはなりませんでした。

2017年03月26日

3月は去りそう

3連休明けて火曜から1週間が始まると、せわしないけど息切れせずに走れていいですね。

土曜日は南青山の岡本太郎記念館に行ってきました。
新宿西口の渋谷餃子で餃子ランチを食べて餃子欲求を満たしてから、JRで原宿まで行って、てくてく歩きます。ものすげえ人人人。

ちょっと落ち着いたところで、表参道のベン&ジェリーズにて買い食い。
ケースの前で迷っていると、おねいさんが「試食できますよ」と声をかけてくださいました。
ちっちゃいスプーンで一口分、渡してくれます。いいサービスですね。3種類食べて↓これにしました(なんだっけ、ベリーっぽいやつ)。
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スプーンの上にはさらに「新発売の桃です」と別の味のアイスをのっけてくれてます。
結構甘いけど、中にホワイトチョコなんかも入ってて楽しい。

記念館は太郎氏のアトリエです。
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あっどうも。
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全館撮影可なのがよい。
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去年『沖縄文化論』で久高島に行くきっかけになったし、もう1冊、紀行文を読もうかな。
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詳しい解説もないし、物量は多くないので、岡本太郎をよく知らない人は先に川崎市岡本太郎美術館(リンク先は去年の日記)に行ったほうがいいと思います。
100円のコミュニティバスに乗って赤坂見附まで出て、定期で帰ってきました。

* * *

日曜は朝から寒い雨の日だったので、昼から深大寺の「湯守の里」に風呂に入りに行ってきました。調布駅前から送迎バスに乗車。アクセスは悪めでしたが、わりと空いてるし、露天風呂のあるお庭は鬱蒼として幽玄といえば幽玄だしで気に入りました。あまりかんかん照りでない昼間に来た方がいいな、ここは。

帰りは時間の関係で武蔵境駅行きの送迎バスに乗り、東中野で降りて昼飯食って帰りました。
なんか最近、電車やバスに乗ったり、長い距離歩くのが好きらしいです。

* * *

懸案が懸案を生んでるのだけど、もうあの、困り果てたなあ、という気持ち。

* * *

■ジョナサン・ウルフ『「正しい政策」がないならどうすべきか』(大澤津, 原田健二朗訳) 勁草書房, 2016年.
Wolff, Jonathan, Ethics and Public Policy: A Philosophical Inquiry, Routledge, 2011. の全訳。(書誌情報、どう書くのがいいのか……)

このところ、イギリスの大学の修士課程の導入科目で参考書になっている本の中から面白そうなのがないか探しています。で、この本は確かLSEのコース案内で見つけて、アマゾンで原書を買いかけたのですが、邦訳が最近出ていて、かつあまり原書より高くないことを知って、楽をしてしまいました。

でも、結果として邦訳のほうを買ってよかったと思います。哲学の研究者が政策立案に関与するというのはどういうことなのか、特にそういう実践がずいぶん進んでいる英国ではどうやっているのかといった、まとめと背景説明を訳者解説が引き受けてくれていて、とても助かりました。英国の研究者が英国の読者に向けて書いている本文だけではちょっと見えにくいので。

日本では各省庁の審議会に哲学の人が出てくることはまれだし、先端研究を扱う生命倫理専門調査会でもなんか今ひとつな議論ばかり。そのあたりと引き比べながら読みました。もちろん動物実験の是非や刑罰、保険制度など個別の議論も面白かったです。

2017年03月22日

3連休とその前後

金曜は不安定になったとみえる友人から夕食の誘いがあり、久しぶりに夏目坂の「高七」で天ぷらを食べました。夜は初めてですが、リーズナブルですね。
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天ぷら定食、かき揚げ丼つきというヘビーなメニューを頼んでしまいました。
「天ぷらは蒸し料理」というコンセプトは大いに共感するところです。
おいしかった。そして弊管理人的おすすめの一番はやはり上天丼であったことを確認。

とても控えめに飲んで帰りました。

* * *

土曜日はずっと不義理をしていた仕事先の集まりが東大本郷であったのでちょっと顔を出して、でもあまり面白くなかったので中座して、上野を散歩して帰りました。

ちょっと運動してから、とても控えめに飲んで帰りました。

* * *

日曜日は散歩がてら新中野のうどん屋「花は咲く」へ。
とり天ぶっかけ冷。
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弊管理人はうどんリテラシーがないと思うけど、つゆ、麺、とり天、全部おいしかった。
ピーク時間帯は結構並ぶんでしょうね。13:30くらいに行ったらほとんど待たなかったけど。
中野の島忠で睡蓮木の盆栽を買って帰宅、昼寝をしました。

ちょっとおつきあいで夜遊びして、3時半就寝。
すごい久しぶりにこんな時間まで遊びました。
懐かしい感じ。でももういいかな。

* * *

月曜日は久しぶりの友人が遊びに来ました。
6時間にわたっておしゃべりしましたが、弊管理人を駆動しているのは「怨念」の力だ、と喝破されて深く納得してしまいました。
あとは、「加藤周一とゴールは全く違うが考え方が似ているから、著作を読むと面白いと思う」と勧められたので、アマゾンで1円の古本を注文しました。
友人は弊管理人お勧めの文庫やら新書やらを棚から何冊か持って帰っていきました。もちろん自分で持っていたいけれども、じゃあもう一度読み通すかというと多分それはない。弊日記にメモは保存してありますしね。それなら面白く読んでくれる人にもらわれていくのも悪くないか、と思いました。

で、運動して、いつもにも増して控えめに飲んで、就寝。
飲んでばっかり、でも意外と普段話さない人たちといっぱい話した連休でした。

* * *

憂鬱な連休明けの火曜は、やはり体が重く、朝一番の用事を忘れてすっぽかし、しかもなんとパソコンを忘れて出勤するというあり得ないミスをし、滞在20分くらいで帰宅して、そのまま1日在宅で働きました。電話とパソコンがあれば大抵の用事は足りるもので、しこしこ仕事をしているうちに体調は普通くらいまで回復しました。

寒い雨の日でしたが、東京の桜はきょう21日に開花宣言が出ました。
とうとう春が来てしまった。来なくていいんだけど。
この冬は「すっごい寒い」と震える日がなかった気がします。
無印の裏ボアのブルゾンと、アマゾンで買った裏ボアのスウェットのおかげで、来客のあった1日以外は全くエアコンを使うことなく、暖かく過ごせてしまいました。

* * *

■足達英一郎他『投資家と企業のためのESG読本』日経BP社, 2016年.

必要があって、この4日で読みました。

2017年03月11日

石その後

救急搬送当日のCT画像を持って泌尿器科を受診。
いたよ。
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矢印の先の白い点が石だって。確かにこれは、見る人が見れば一発な感じは漂ってる。
2~3mmとかなり小さいですが、右の腎臓(写真では左側)が若干腫れているようにも見えるそうです。腎臓の出口すぐくらいのところで詰まった可能性があるそう。こんなんであんなに痛いのなら、センチメートルの世界の人たちの痛みはいかばかりか!!

あらためて尿検査をしましたが、pH6.5で正常、血尿もありませんでした。
若干酸性(つまり望ましくない方向)ですが、病気の人はpH5くらいが続いていて、それを6にするのが目標になるので、全然問題ないということです。
「最初の病院では尿についてどう言ってました?」と聞かれましたが、当該病院では「尿路結石です」って言われただけだよ。

石が落ちてくるとおしっこが溜まっていなくても尿意が生じて頻尿になるというのですが、そういうことはありません。弊管理人くらいの大きさでも出れば分かるというのでまだ出てないのでしょうが、でももしかしたら最初のほうで出たかもしれないと。

薬は中止して、1カ月後にまた超音波と尿検査で様子を見ることになりました。
食事も特に制限はなし。水は引き続き飲みますけど。
尿路結石以外の可能性も一応排除されたようです。

ちなみにもうちょっと下の方にはでっかい白丸があって「わ!!」となりましたが、
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これは「全然病的なものではない、静脈などにできた石灰質のもの。非常によくあることです」と説明を受けました。そうなん?

2017年03月04日

痛い話(2)

右下腹部の痛みで搬送されてみたら尿路結石と言われた話の続き。

結局、痛みは1日で大体収まり、「でも、なんかいる感じ」とともに1週間過ごしました。
石の排出を促すという薬を毎食後に飲んでいますが排出はされず、「なんかいる感じ」の場所も特に動いていません。いろいろ知りたいこともありますが、救急で当たった消化器内科医は心許ないので、泌尿器科学会の専門医がいる医療機関を近場で探し、家と職場の間にあるクリニックに出向きました。

問診でこの間の経過を説明すると、超音波で背中から中の様子を見てもらうことになりました。
尿管が詰まったために尿が出ていかず、腎臓に負荷がかかる「水腎症」になっていないかをチェックしてもらいましたが、それは大丈夫のよう。その周りにも特に石らしきものは見えませんでした。
次に尿検査をしましたが、血は出ておらず、PHは7.5と弱いアルカリ性で「いいおしっこ」だとのことでした。これも結石の存在、あるいは少なくとも存在して悪さをしていることを支持するものではなかったようです。

Q ではまあ結石が存在するとして、なぜ痛かったのか?
聞いてみると、弊管理人のように腎臓そのものに目立った異常がない場合でも、石が尿管に引っかかった際に痙攣のようなことが起きて痛みが出るということのようです。

Q 今後の見通しは?
自然に排出される場合はいったん膀胱に石が落ちる。その時には膀胱が刺激されて、尿が出ないのに出したい感じになったり、残尿感があったりするかもしれないとのこと。出るまでの期間は人によりまちまちで、早い人はすっと出るが、遅いと数カ月かかることもあるそうです。

Q とりあえず最初に出た1週間分の薬はもうすぐ飲みきるが、その後はどうすべきか?
泌尿器科医の反応は「うーん」という感じで、実際そんなに効くのかね、と疑っているようでしたが、次に相談する1週間後までの薬は結局、処方されました。もともと植物由来の民間薬として使われていた薬で、飲んでいたってそう悪いこともないだろうという判断だったのでしょう。来週の診療では中止になるかもしれません。

Q 食事にいろいろ気をつけることがあるようだが……
「今の時点で特に気にしなくていい」とのことでした。シュウ酸が悪いとか、カルシウムがいいとかは言われているが、まあ水をこれまでの倍くらい飲むように気をつければいいんでない?という感じ。泌尿器科学会が公開している(太っ腹)2013年版のガイドラインにも同様の記述がありました(pp.93-94)。
なお、上記ガイドラインの再発予防に関するあたりを読んでみましたが、紅茶や緑茶は必要がなければやめといたほうがいいしやめられるものの、葉物や魚(プリン体)はそれなりに食べないわけにはいかない、脂質や塩分、糖分、アルコールは過剰にとらない、といったところ。まとめりゃあ「生活習慣病予防を意識した食生活をしようね+水飲もうね」つうことだと解釈しています。

Q でも画像所見が何もないとすると、別の病気の可能性もありまよね
「ありますね」ぞっ……
でもまあ、さまざまな状況証拠(腹痛に至るまでの生活や、痛くなり方など)を考えれば結石の軽いやつだろうという気はします。CTの画像をもらってきて、次の診療のときに検討しましょうということでしたので、早速もらってきました。CD-ROMで1080円、自費。

弊管理人の腹部です。ふええ初めて見た。なんか尻たぶのラインとか恥ずかしいね。
腰のところが変にくびれているのはスウェットのゴムのせいか。
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ついでに面白かったので輪切り画像に現れたチンコと玉。
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こんなん見て病変部が発見できるってのはすごいと思うけど、超音波で調べた泌尿器科医は「やっぱりCTが確実」と言ってました。

* * *

ほっとくと何もしない性質の弊管理人は、そういう自分を分かっているだけに「無理してでも出力を上げて滋養にする」というのを心がけて、仕事上、嫌なことにもいろいろ手をつけてきたのですが、これからはそこに持続可能性への考慮を入れていかないとなと思ったものです。

また、11月のいやーな出張から解放されてからこっち、痛飲して帰ってつまみ食いしてそのまま寝る×週2~3など生活が乱れまくっていたところ、「待て待て待て」と体が警告を発したと思うことにします。実は酒が好きかというと好きではないし、酒場に通いたいかというと最早そこまででもないような気がしてくる。おつきあいの飲み会とか、惰性でやっていたことを少し整理していきたいものです(早速1個断った)。

* * *

それじゃあまあってんで、大久保の護摩龍で担々麺を食べてしまいました。
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シュウ酸たっぷりほうれん草が載っててちょっと引いた。
太めの麺も濃厚なゴマのスープも好みでしたけど。今月のラーメンはこれでおしまい。

2017年02月28日

痛い話

月曜の朝、目が覚めて「起き上がろうかな」と思ったら、右下腹部が痛くなりました。
足が攣ったときのようにぎゅーーーっと内臓が締め付けられる感じ。なんか変な体勢で寝て筋でも傷めたかと思いましたが、姿勢を変えても痛いし、待っても痛さが変化しない。
ちょっと一人では病院に行けないかも、というかいろいろ考える余裕がない、ということで#7119に電話して問答していたら、そのまま救急車派遣となりました。

腰の曲がったおばあちゃんみたいな姿勢で家の鍵をあけ、保険証と財布と携帯を手に持って床にうずくまっていると、救急隊到着。つかの間、痛みが和らいだので「これだったらタクシーで病院いけたかも」とちょっと大ごとになって恥ずかしいという思いとともに歩いて1階まで行って、ストレッチャーに乗って車内に運び込まれると、また痛みが襲ってきました。

車内では血圧と脈拍と体温を測られ、「激しいスポーツしてました?スポーツ心臓と言われたことは?」と聞かれました。なんか徐脈らしい(48bpmと聞こえたような。確かに脈拍は遅い)ですが、目下の問題はそっちではありません。電話番号と名前の字解、(弊管理人の名字を知っている人にしか分からないが)「く」か「ぐ」か、みたいな細かいことを確認され、(いいから出発してくれ~)と思いながら答えていました。結局、入院用のベッドはあいてないので、入院という判断になったら転院してもらう、という条件に承諾した上で、救急をやっている近くの病院に入りました。

病院に着くと、現れた消化器内科医が痛いあたりを圧したりしてから「尿路結石じゃないかなあ」と言いながらいったん姿を消しました。弊管理人はすぐに地下のCT室に運び込まれました。
バンザイの姿勢で息を止めているうちに撮影終了。また地上に戻ってストレッチャーから降り、トイレで採尿して診察室に入ってベッドに横たわっていると、さきほどの消化器内科医が戻ってきました。
「尿路結石です。座薬で鎮痛して、あとは水をいっぱい飲んで自然に石が出るのを待ちましょう。痛み止めを出しておきます。ほうれん草とかキャベツとか、シュウ酸が多い食べ物はネットに出てますので調べて、あまり多く食べないようにして下さい」
と言って出ていきました。

こちらも痛くて聞く余裕がなかったけど、何ミリくらいの石がどこに詰まっているのか、なんで痛いのかなどは教えてくれなかった。CTの映像も見られなかった。たぶん自然に出るのを待つと言われたところをみると小さいのだろうけど。尿検査もPHとか血とかを見たと思われますが、何をどうやって診断に至ったかが全く分かりませんでした。

弊管理人の症状はまだ軽いほうらしく、「ほかの方だとホント、のたうち回る方多いんですよー」と看護師さんから言われながら座薬を入れてもらい、20分ほど休んで、あまり効いてない段階で会計。痛みがそのままだったので、右側だけ伸びをしたような変な姿勢で椅子に座っていましたが、だんだん頭がぼーっとしてきて、痛みも少し和らいできました。そのまま会計をして、近くの薬局で頓服の痛み止めと座薬と、石の排出を促す薬(ウロカルン)を買って帰りました。近所なので歩いてしまいましたが、上着を着てこなかったので寒かったです。

家に着くとエレベーターが点検中だったので外階段から自室の階まで上がり、帰宅。トイレに座ると座薬が出てしまったので、痛み止めを飲んでベッドに横たわりました。悶えていて疲れたのか、このところ睡眠があまりとれていなかったせいか、3時間くらい寝ました。

午後。鈍痛は続いていたものの、外すと後が面倒そうな仕事に出かけ、また痛みが増してきたところを変な格好で耐え、帰宅。でも、「なぜ痛いのか」が分かっただけで相当、気分的にはマシです。(友人から「あそこはヤブ」と聞いていた病院だったので、ほんとに尿路結石でいいのかね、という疑いは頭の隅にあるのですが)
寒い中を歩いたせいか熱も出てきたので、上司と同僚に「明日は完全休養にします」と一方的に宣言して寝ました。

そのあたりの連絡を兼ねて結石の話をしたら、何人かの同僚や友人から「私も20代のときに」「父が」など激痛話と同情が返ってきたので、結構経験者がいるようです。

* * *

「ネットで調べて下さい」といわれて「尿路結石」と調べてみても、出てくるのは本当かどうか怪しいサイトばかり。ac.jpとかgo.jpという検索語をつけて調べてみました。
だいたい共通するのは
・30-60代の男性に多い(男性の場合は一生のうち10人前後に1人が経験)
・再発しやすい(数年~10年以内に半数とか6割とかいう情報が多かった)
・予防として水はたくさんとれ
・運動しろ
・特に汗をかいたあと、飲酒のあと、寝る前には水をとれ
・夕飯食ったら4時間は寝るな
・清涼飲料、炭酸飲料、ほうれん草、竹の子、コーヒー、紅茶はダメ。塩分、脂肪も控える
・野菜や果物(カルシウムとクエン酸)は適量摂取
・ほかに、ビタミンCの過剰摂取を控えるとか、水分は煎茶でなく番茶や水でとれと書いてあるところもありました。「ストレス」を原因に挙げるところも多少
つまり、「水を飲む」ほかは生活習慣病予防になるようなバランスのとれた食生活をしましょうね、ということらしい。

確かに弊管理人の水分摂取は足りてなかったと思います。食事をしてるときに「よく水を飲むね」と思う相手が多かったということは、自分はあまり飲まないほうだったのでしょう。
それを除くと、生活習慣、ストレス含め、問題の大半が仕事由来だと感じます。これまでの健康診断の結果からすると、ストレスが強いときは尿酸値が上がる体質っぽいので、腎臓の保護から考えても今の環境は健康によくない。早く職場を移りたい。

2017年02月26日

2月は逃げる

東高円寺、川中屋。
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このところ焼き鳥が大変お好みで、先週、先々週と鳥貴族に行ったのですが、こちらの焼き鳥はトリキよりもお安いうえ量も多く、そしてポテトサラダ、たたき、鳥スープごはん(九州出身の同行者によると「鶏飯(けいはん)」というのに近いそう)など他のメニューもとてもおいしくて満足でした。日曜日でもやってるのがえらい。でも混み混みでした。予約が安全。

* * *

2月をほぼ空費してしまった気の進まない仕事に、ようやく出口が見えてきたような感じ。
しかし「この方向性は間違っていると思う」と今でも思っている方へまとまるという……
問題にならないといいけど。

* * *

花粉が目にきはじめた!
・アレルゲンを粘膜に触れさせない
・体調を整える
で乗り切りたいと思います。しばらく寝具を外に干せないのが痛い。

2017年02月19日

フレンチと桜

友人と高田馬場のビストロ、ラミティエでお昼を食べました。
2品選びます。テリーヌ。
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アッシパルマンティエ。チーズの下はマッシュポテトと挽肉です。
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友人の選んだ鴨のコンフィもかなりのボリュームでした。
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洋梨のタルトまでうまかった。
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どれもうまかったので無闇に写真が増えました。
周囲を見てみたところでは、鉄板は「キッシュ」と「鴨のコンフィ」かなと思いました。

そんで、3.11の直後以来かと思うけど、新宿御苑。
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寒桜が咲いていました。
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河津桜も盛りです。
染井吉野はまだ小さな蕾がついたくらい。
温室は初めて見ましたが、よくできていました。200円で十分楽しい。
それにしても梅も咲いているというのに、なんとなしに影が薄いな。

お茶飲んで、ゴーゴーカレー食って、ばいばいしました。

* * *

■フット, P. 『人間にとって善とは何か』(高橋久一郎監訳)筑摩書房, 2014年.

20世紀の終わり、英語圏で倫理学の授業をとったとき、いかにも「普通に基本ですからねこれね」といった風情で「Virtue Ethics」というのが出てきて「何何何これ」と思ったのが思い出されます。

* * *

父が65歳の誕生日を迎えました。
「おめっと」と携帯でメッセージを送ったら「めでたくもないが、バスの無料券もらった」と返ってきました。

* * *

先日、6-7年ぶりくらいに会う人とひょんなことからお酒を飲むことになりまして、その酒席で、実は昔、弊管理人に好意を寄せていた人に対して周囲が「あの人(=弊管理人)は難しいからやめておけ」と止めた、ということを聞かされました。

「まあもう昔のことですから気にしませんけどねえ。ちなみに誰が言ったの、それ」とか柔らかい感じで追及してみると、意外と仲が良い気がしていた人、弊管理人に好意を寄せていた人に好意を寄せていた人(物故)など名前が挙がり、若干のバイアスは窺われるものの、一見平穏な人間関係の裏でそう思われていたか、と結構衝撃を受けました。

そして内容は「タバコがものすごく嫌い」(今でも嫌い)、「遅刻に怒った」(怒るわ)、「見下されていそう」(表情に乏しいせいか。あるいは面白いものをクスクス笑う癖は確かにある)など、うーんまあそれは失礼しました、でも我慢しておつきあいしても長持ちはしなさそうやねというものが主だったよう。

当時、それ以前に比べれば改善されてはいたものの、なお今よりも怒りっぽかった&怒るポイントがおかしい部分があった&いろいろ周囲と話が合わない部分があったことは認めます。今般の酒席では「顔つきが優しくなった」と言われました。今ならもう少しましな対処ができるのかなとは思います。遅刻→リスケジュールをさっくり決然としたりとか、微笑みを絶やさないとか。しかし滋養にはなるが面倒だな、人付き合い。

2017年01月29日

一月は暮れる

仕事で八重洲に出たついでに、「京橋屋カレー」。
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右側が鶏・キャベツ・えびの「ときえカレー」。辛くないです。香りが面白いし、full of taste。
左は辛口の鶏カレーですが、いやこれがまた、辛いもの結構好きな弊管理人でもいったん引くくらいスパイシーでした。しばらく置いて冷めてきてやっと食べられた。でもスパイスにはトゲだけではない深さがある。
1600円てちょっと高いですけど、「今日は特別」って日にまた食べに来たい。味わって食べてたら次の予定に遅刻しちゃった。
価格のせいか知りませんが、昼時なのに小ぶりな店内の席が満席になることはありませんでした。

* * *

ところで1月24~25日にかけて、突然アクセス数がいつもの倍以上になったんですけど、なんですかね。
有斐閣の『現代政治理論』のメモのエントリーから入ってる人が多かったようなので、どっかの学生さんの期末テスト対策に使われたりしたのでしょうか。

書いたのはもう2年前で、まだ結構断片的な書き方をしていた頃なので、あまり参考にならなかったでしょう。どうもすみません(誰に言っている)。でもいい本ですよね(誰に言っている)。

* * *

土曜夜、久しぶりに「アカシヤ」でロールキャベツを、と思ったらえらい行列ができていました。何があったのだ。
ということで若干彷徨ったところで新宿の老舗「ラ・ベルデ」。
カルボナーラを頼んでみました。
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ベーコンがバルキーなのが最大の特徴といった感じだけど、盛りがいい(ちなみにピザもでかい)ので、誰かと一緒にいて、困ったときに頼りになるはず。
日曜は償いの少食&野菜多めにいたしました。

* * *

月曜日が来るのやだなって思って一杯飲みに出たら、余計嫌になっちゃった。誤算。

2017年01月22日

1月後半のつれづれ

ちょっと年上の商社の方と新宿3丁目「鼎」で晩飯→ワインバー。

なんといいますか、体育会系会社員の人って新鮮です。
ああクラッチバッグ持つんですねとか(弊管理人はリュックか手ぶら)
手練手管で60億円のものを売りつけてる話とか(弊管理人は特にそういう派手な仕事ではない)
スーツは仕立ててもらうんですねとか(弊管理人はそもそもスーツを着ない)
海外駐在の時はお手伝いさん雇うんですねとか(弊管理人は努めてドメスティックです)
サプリメント飲んでるんですねとか(弊管理人は痛飲したときにビタミンC飲むくらい)
皇室に近いお知り合いがいるとか(弊管理人は自分と誰が知り合いなのかよく把握してない)
いろいろ勉強になります。

普段周りにいるのは寝癖ついてる公務員とか、無精髭・童顔の学者とか、
大体が頭がよくて500円の飯を食ってる人たちなので、だいぶ感じが違った。

* * *

帰ってきてから、残り物の挽肉と、残り物の人参と、ストックしてた玉葱と、近所で買ったジャガイモで、肉じゃがを作りました。煮詰めるのが吉でんな。うまい。

* * *

もう先週のことですが、カーシェア修行2回目。
寒い日曜の夜、友人と笹塚駅前、ロビンへ。
ハンバーグ&ピラフ、すなわち「ハンピラ」。
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うまかった。もっと食えた。街の洋食屋さん。

そのあと武蔵小山の「清水湯」へ。
混みすぎ。ロッカー足りてねえ。
お湯を楽しむとかの前に、この設備と管理はだめだわ。×

* * *

新橋の肉そば「ごん」。
味濃すぎで割高。
ちょっとなあ。ということで画像なし。

* * *

暖かいスウェットを探す際のキーワードは「裏起毛」ではなく「裏ボア」だった。
今頃何をって話ですが、それに気付いたことで、今シーズンは足元のオイルヒーター以外使わずに快適に過ごせています。

* * *

汚い話なので最後に置きますけど、

食物アレルギーはないのですが、「食い合わせ」で弱いものがあるらしく、
  ・油っこいもの+メロン
  ・油っこいもの+ライチ
という危険な組み合わせがこれまでの急激な嘔吐経験で判明しています。

これに加えてこの週末に疑いを持ったのが、
  ・牛乳+辛いもの
こちらは下痢です。あまりに急激だったので、食中毒ではなくアナフィラキシーショックみたいなものだろうなと思いました。実際、出し切ってしまうとけろりと大丈夫になり、そのあと何かを食べても特に腹痛や下痢が起こらないことで確信を強めました。

2017年01月13日

1月上旬つれづれ

週明けから口腔内が荒れている感じがしていました。
リステリンでうがいすると痛い。
肩こりみたいのが併発。
熱は36.0度前後。
今は緩和。
何だ。

* * *

「年末は好きなんですけど、年始って大嫌いですよ。折角いろいろ納めたのにまた始まっちゃって。終わりはまた見えないくらい遠くになっちゃって」と言ったら多くの賛同が得られました。そんなに人生が楽しめてない人が周りに多い環境はよくないな。本気で言ってないかもだけど。

* * *

何年か前、脊髄損傷で首から下が動かせない患者さんにお話を聞く機会がありました。
時々側についてる方が患者さんの体をゆするので「どうされたんですか」と尋ねると、患者さんが「あなた気付かないかもしれないけど、人は常にちょっと伸びをしたり体をゆすったりしてるんだよ。じっとしてると何か気持ち悪くならない?」とおっしゃって、あっそうかと思ったことがありました。

冬は厚着なので、地下鉄のシートに座っていると、両側から圧されて身動きがとりづらくなります。
そうすると脇腹とか背中のあたりを動かしたくなってきてもぞもぞしてしまう。今日は体が疲れているのか、動けないと結構ストレスなくらい怠さがたまってきて辛かったです。そのときに上記エピソードを思い出しました。

* * *

・千葉都市モノレールでひとり『辺見えみり』と繰り返し呟いている子(←音が面白いのであろう)のマネ
・「日本軍が南京を蹂躙したってね」「まさかー(massacre)!」

など、持ちネタとしていた不謹慎モノマネや不謹慎トークを順次封印しています。
時代は流れているなあ。あるいはライフステージが遷移したせいだろうか。たぶん両方。
倫理に普遍はなく、ただ「場所柄」「時節柄」があるだけだと近頃は思っているのですが、なればこそ危機管理としてのインプットが怠れないのは疲れる。

* * *

■岸政彦『断片的なものの社会学』朝日出版社,2015年.

古本購入。

 ずっと前に、ネットで見かけた短い文章に感嘆したことがある。こう問いかける書き込みがあった。カネより大事なものはない。あれば教えてほしい。これに対し、こう答えたものがいた。カネより大事なものがないんだったら、それで何も買えないだろ。
 おお、これが「論破」というものか、と思った。(p.195)

この部分の意味が何度読んでも全く分からなくて、その間に何駅も過ぎてしまった。
帰宅してその短い文章とされるものをググってみたら、その原典と思われる2ちゃんねるの記述が出てきた。
「カネが一番大事だとすると、カネを使うことができない(最も大事なものを手放す意味がない)」ということだったらしい。ああそうか。一つでも反証があればいいのか。

そういえば、既に別人になってしまった母方の祖母がしっかりしていた時分、父(=婿養子)が何回かに分けて祖母のライフヒストリーを聞き取っていました。あれ、何のためにやっていたのだろう。そしてその成果はどこに。

2016年12月25日

年の瀬2016

メリクリ的なあれに際して、西荻窪の「もぐもぐ」で2年ぶりにソーセージとベーコンを買ってきて家で食べました。うまかった。
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* * *

11月に受けた健康診断の結果がきました。

何年も高止まりしていたコレステロールが正常値内に改善。体重、腹囲とも減らした去年は改善しなかったが、今年は「酒かな?」と思って飲みを控えていたところ。どうも原因は本当に酒だったよう。

かわりに尿酸値悪化。ストレスだろう、これは。大変だったアフリカ出張の直後だったので。

* * *

このあとどうなるか分からないので、ちょっと早いが今年まとめ。

1月 ドイツ出張+観光楽しかった
2月 牡蠣鍋うまかった。祖父大往生
3月 祖父葬式。なんかもうすごい前のような気がする
4月 あんまり印象ないけどぱたぱた働いていたような
5月 伊豆旅行よかった
6月 スウェーデン出張ちょい消化不良だった。沖縄旅行。とうとうエアコン買い換え
7月 あんまり遊ばなかった気がする
8月 鹿児島旅行よかった。夏休み明けから仕事が段々辛くなってきた
9月 石垣島出張疲れた。仕事はますます忙しくなった
10月 オーストラリア出張めちゃ疲れた。仕事は輪を掛けて忙しくなった
11月 モロッコ出張大変辛かった。月末の忘年会はしみじみ楽しかった
12月 何してたっけ

なんか今年は国内外ずいぶん飛び回りましたが、これをやった!という仕事はそんなになかった気がします。わりあい等閑に付していた部分のトレーニングを遅ればせながらする、みたいな年だったのかも。
身になる本をあまり読めなかったのが遺憾です。
ちゃんと数えてないが、日記も例年より書けてないはず。

久しぶりに東京に戻ってきた職場のおにいさまに「最近ストレスフルで」と言ったところ、「君は最近に限らずずっとストレスフルに見えるよwww」と言われたので、今後も何らかの理由で常にストレスフルなのでしょう。

今年は、亡くなった同僚の名を小惑星に付ける案件と、とある法案の成立にかかわる裏方ボランティアでunsung hero役ができました。エンドロールのどこにも名前は出てこないが、1人2人の方から結構感謝されたので満足です。

今年は掃除機、冷蔵庫、エアコン、温水洗浄便座をはじめ、いろんな買い物をしました。
腕時計はSEIKOの自動巻の狂いが大きすぎて、MONDAINEに戻ってしまいました。
やり残したのは給湯器ですが、さしあたり困ってはいないので、そのうち。

* * *

来年、前厄です。
というか既に今年、いろいろ嫌なことがあったので、少し割引してほしいくらいなんですけど。
なんにせよ人の都合も考えずに3年間も厄とか、ホントやめてほしい。
(ちなみに中国は自分の生まれ干支、英国は4のつく年(男性)とのこと)

* * *

いや、1年早かった。

2016年11月03日

その日暮らし

■小川さやか『「その日暮らし」の人類学』光文社,2016年.

「本書は、Living for Today――その日その日を生きる――人びととそこに在る社会のしくみを論じることを通じて、わたしたちの生き方と、わたしたちが在る社会を再考することを目的としている」(p.7)

未来の予測可能性を追求し、明日や1カ月先や10年先を構想して、その目的に奉仕する現在を生きる――そんなわたしたちの単線的な時間感覚と、生活様式と、その周囲をがっちり固める制度を外から眺めてみる。

眺める。どこから?

コピー商品の行商と国をまたいだ仕入れの旅、日雇い、携帯電話を使った小銭の貸し借りまで駆使しながら生きつなぐタンザニアの「インフォーマル経済」の中からである。インフォーマル経済とは、政府の雇用統計に載らない、零細な自営業や日雇労働のことだそうだ。
騙されることも失敗することもある、失業もある、困難ではある、しかし人びとは知人や親族と、複雑に助けられ―助ける関係の中に浸されていて、日々をなんとか無事に生きている。「この雇用が切られたらおしまい」「この金を使ったら後がない」という不安はそこにない。

弊管理人はときどき、こういう「自分をロックイン状態から引きはがす」力を持った文章を求めてしまいます。日常を解毒する力といってもいいかもしれない。フィールド体験記かなと思って手に取ったら、かなり分析的な内容でしたが、解毒作用はちゃんとありました。
もちろん、地下鉄で読み終わったあと駅に降り立てば、「しかしこうしたタフで落ち着かないインフォーマル経済の世界に、自分は移住したいだろうか」と少しずつ醒めていくのですが。

* * *

そうして駅から帰宅して寝て起きると、予定と準備への執着に満ちた仕事界隈ではマラソンの日々はまだ続いていて、しかもところどころで「この100mくらいなぜ全力疾走できないのか」と叱咤されることもあり、毒は溜まり続けています(しかし溜まっていることから目を背けられるようになってはきた)。

フェイスブックもいよいよ居心地が悪くなってきたので、アカウントは残しつつ、用事や他の方の意見が聞きたい案件がない限り、見に行かないことにしました。

2016年10月16日

休日というだけの休日

オーストラリアから帰ってきて、次の日からまた余裕なくばたばた働いて、土曜も朝から晩まで働いて、ようやく休みが取れました。

* * *

ずっと毛布1枚で寝ていて、そろそろ寒くなってきたので掛け布団を出しました。(+4点)

* * *

8月終わりくらい?から髪を切っていなかったら頭の横と後ろの髪の毛がうるさくなってきたので、床屋に行きました。2004年2月から坊主で、札幌在任時代には床屋に行ったことはあるがバリカンしてもらうだけのためで、いったいいつぶりにハサミで髪を切ってもらったか分かりません。

床屋で何が起きるかを結構忘れているという自覚はあったため、「横と後ろを刈り上げずに切って下さい」というセリフは口の中で復唱しながら準備していき、うまく言えましたが、

  「もみあげ、どうしますか」

と準備してないことを聞かれて

  「えっ、どうしましょう……」

と慌ててしまいました。
床屋に行かなかったこの10年余り、どれだけこういうことを考えずに楽をしていられたことでしょう。

ともあれ、横と後ろがすっきりしました。 (+3点)

* * *

確か夏の初めくらいに買ったオリーブの鉢植え、葉っぱが全部枯れてしまったので、枝をおおかた切って葉っぱが全然ない状態でベランダのエアコン室外機の上に放置していました。そのうち処分かなと思いながら。
そうしたら、いつの間にかまた葉っぱが出てきていました。
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これから冬なんですけどね、地中海の植物は耐えられるのか。 (+3点)

* * *

オーストラリアに一緒に行った若い同僚が熱烈に押していた「君の名は」を見てきました。
こそこそ仕事のメールを返しながらでしたが、現実を2時間ほど忘れられました。
半分弱はうちの近所で物語が展開してました。 (+2点)

* * *

明日は月曜日です。 (-50点)

2016年09月25日

9月後半まとめ

たぶん9月の日記はこれでおしまい。
月に2回しか書かなかったのは2011年6月以来。
ぼーっとしながら過ごしてしまった感じ。
シルバーウィークの使い方は失敗しました。飲酒→夜更かし→翌日辛い。

あと、仕事面では方向感を喪失しました。
内容および人に馴染むのに結構時間がかかりそうなのに、追い立てられている感覚。気が重い。
そこへ「休日に呻吟しながら働いたのに報われない」事案があり、アホクサ、という気になってます。
受け持ちの分野そのものが嫌いになってきた。
少なくとも11月下旬まではこの状況はあまり好転しないと思う。

* * *

六本木、会期終了間際の「土木展」に行ってきました。
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civil engineering=土木、と知ったのはわりと最近のことだったと思います。
ダム、道路、港湾、地下鉄……という現場を思い浮かべると、「インフラ/公共事業」と、そのための工学、というイメージが固まってきます。
そしてその受け持ちは、その上=建築とは違うし、もっと下=地盤とは微妙に別らしい、という認識ができたのも、多分最近。
原発事故からこっち、「養生」「工程表(「行程表」や「ロードマップ」ではない)」「ピット」「開度」「立坑」「物揚場」など、土木っぽい用語をいっぱい聞くようになってはいたのですけど。
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そこは、これまでちょいちょい仕事でおつきあいすることのあった生命科学の業界とは違って、物理学が支配する「ものづくり世界観」があるように思えました。
さらに、コミュニティをつくる、みたいな社会科学系に向かう触手と、審美性に向かう触手がのびている。
んで、設計、財務、人事、渉外などと現業の文化が全然違いそう。
あと、工学だけあって「知る」が「使う」に奉仕するという関係性がより強そうですね。
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メカニクス萌えって、弊管理人はそこそこ分かる気がします。

* * *

土木展からの帰り、「MALINS」で一緒に行った友人とフィッシュ&チップスを食べてみました。
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オーストラリアやNZで食べたのと随分違う気がします。
英国帰りの友人も「違う」と言っていたので違うのでしょう。
弊管理人の知ってるやつは、もちっとがっつりした感じ。
こちらは天丼に載っかってるキス天みたいだった。

* * *

冷房を使うシーズンの終わりに、暖房&送風運転でエアコンの中を乾かしました。
その間に、中野まで出て「シャリデス」のカレー。
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あっこれ、おいしいやつ。スパイス食ってる感じがする。

* * *

仕事上の必要があって、ダイビングが趣味でもないのにマスク、シュノーケル、フィンとラッシュガードを買うことになり、手近な新宿の用品店に行ったのですけど、店員が高いもの高いものに誘導しようとしてきて大変嫌でした。道具をちょっと買ったところで、店では用具選びの視点だけ聞くようにして、安い通販で買う方法に切り替えました。

マスクの関連で、後頭部のバンドを覆うパッドを勧められたとき、「これ必須なんですかね」と聞いたら「嫌ならいいんですよ、バンドに締め付けられて頭が痛いだけだから」と言われて「うわ、もう話したくねえ」と思いました。これまで潜った中でそのパッド使ったことないですけど、頭が痛くなったことはないです。

* * *

とネガティブ優勢になるので、夏からあまり日記書かなくてよかったのかもしれない。

2016年08月28日

8月まとめ

もはや記憶が薄れてきている帰省は12-14日。

長野県大鹿村の中央構造線博物館に行きました。
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あと、いつものように母方の本家に行って伯母さん作のごちそう。
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祖母(95)は弊管理人が名乗ると認識するという状態は相変わらずで、健康状態もよさそうでした。
世話をしている伯母(74)は「100まで行かれたら私もきついけど行っちゃうかも」と。
写真が趣味の伯母はとうとう時代の流れに抗しきれなくなってデジカメに乗り換えましたが、まだPCを持っていません。せめて大画面で見られるようにと、テレビにつなげるHDMIケーブルをあげてきました。

父方の本家では3月に亡くなった祖父の新盆。
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坊主が忙しいとかで来ないというのに驚きました。しかし、ままあることらしい。

父(64)は3月で再就職した仕事も終了し、よこすメールでは「起きてずっとぼーっとしてる生活」などと言っていて弊管理人は若干心配していたのですが、ちゃんと職安に行って仕事を見つけてきたとのことでした。こういうところ、さすがというか。

* * *

15日から出勤しました。でも世の中はまだだらっとお盆が続いている感じの1週間。
やらなくてもいい仕事を、勉強を兼ねて1本こなしてこの週はおしまい。

* * *

その次の週は行事関係を忙しく回りつつ、1日は伊豆の海に潜ってきました。仕事というか、仕事の準備的なダイビングでした。
大学生のときにオーストラリアでオープンウォーターの免許をとって、そこから間に1、2回潜っただけで、ほとんど素人の状態です。2本潜ったうちの1本目は水中でうまく静止するのに難儀しましたが、2本目でわりと勘を取り戻しました。

すっごい疲れて寝たら翌日は5:30に目が覚めてしまい、疲れを2日引きずることになりました。

* * *

心頭滅却しているうちに8月が終わりそう。
9月以降ことし一杯は生活がちゃんと成り立たなさそうだなーと予測していますが、まあ仕方ない。ここ2年アイドリングさせてもらったので。
むかしはものをおもひけり。

* * *

本はちょこちょこ読んでました。

■小西雅子『地球温暖化は解決できるのか』岩波書店,2016年.

昨年12月に新しい地球温暖化対策の枠組みであるパリ協定が採択されてから、恐らく初の本じゃないでしょうか。ジュニア新書ということで、著者は表現を噛み砕くのに多大な苦労をされたようです。それでも「です・ます」調を「である」調に直せばそのまま大人用の新書になるくらいのレベルと感じました。
中身はほんと参考になります。

ちょっと仕事上の必要があって環境問題について知りたいなーと思って、ワンストップでいろいろ教えてくれる本を探していると、結局「環境法」と「環境科学」と「環境政治」などが共通のベースを持ちつつも、入口がかなり違っていることに気付かされました。特に国際交渉の情報は毎年更新されるので、ついていくのが大変。

■西岡秀三, 宮崎忠國, 村野健太郎『改訂新版 地球環境がわかる』技術評論社, 2015年.

それでこちらは「環境省入門」という感じ。あからさまにそういう本ではないんですけど、地球環境、国内の環境対策、廃棄物・リサイクル、水・大気・土壌の汚染、生物多様性など、環境省にある部局がそれぞれどの分野を受け持っているかに緩やかに対応したような章立てに見えました。
一般向けで俯瞰する本なので解説は最低限ですが、キーワードがきちんと盛り込まれていて、要約としてもなかなかいいと感じました。

■良永知義『食卓からマグロが消える日』飛鳥新社,2009年.

いただきもの。著者(魚病学)はこのタイトルがものすごく気に入らないようです。
養殖のことってほとんど知りません。勉強になりました。

2016年07月31日

グッバイ7月

三連休だったか、西新宿の「肉そば家 笑梟(ふくろう)」に行きました。
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肉は鶏肉です。結構おいしかったはず。
はず、というのは、鼻が通常時の3割くらいしか効かなくなってきて、味がよくわからなかったためです。
思えば三連休はなんかものすごく疲れがたまった感じで過ぎていったのですが、あれは風邪だったのかもしれません。去年も同じころに体調を崩していました。痛めたのも同じく喉と鼻。クーラーを本格的に使い始める時期のせいかな。
そして、三連休明けの1週間はかなりつらかった。

* * *

体調はそのあと順調に回復して、おいしいものをおいしいと思えるようになりました。
ので、新宿ニューマンに入った「ベーカリー&レストラン沢村」のモーニングを試しに。
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パンはもちろんおいしいです。あとベーコンとコーヒーもなかなか。1080円はまあ、そうかなという。
いやあの、コスパを求めるなら松屋のソーセージエッグ朝定一択ですから、これはしょうがない。
でもコーヒーがぬるい。これ、わざと?
弊管理人は猫舌なのでこれでもいいんですが、隣のおっさんはクレーム入れて熱いのを出し直させてました。

* * *

7月最後の日曜日は、飲み友の皆さんとさいたま市の沼影市民プールに行ってきました。
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430円の公共施設なのに、流れるプールがあるのはすごい。
あとウォータースライダーをキャッキャ言いながら楽しみました。

土曜は錦糸町のヴェヌスにカレーを食べに行ったところ、路地裏(業平一丁目付近)で隅田川の花火大会も目撃することができました。
この週末は、夏っぽいことができて大変満足でしたとさ。

2016年07月18日

明日館

目白駅から7分ほど歩いたところにある、自由学園明日館の見学に行ってきました。
ガイドツアーに参加させてもらい、いろいろ聞いてきたので、メモを。
(※細部間違っているかもしれません。ご容赦かご指摘下さい)

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新聞記者出身で「家庭之友」(のち「婦人之友」)を創刊した羽仁吉一・もと子夫妻(もと子さんは初の女性新聞記者らしい)が女学校として1921年に設立したのが自由学園です。生徒には活動的な女性になるよう、着物ではなく動きやすい洋服の着用を求めたそう。その後、学園は小学校も始めるなどして手狭になったため、13年後の1934年に東久留米市へ移転しています。

校舎の設計は夫妻の友人の建築家・後藤新と、その師匠で帝国ホテルの設計のため来日していたフランク・ロイド・ライトです。夫妻から、詰め込み教育ではなく、学校生活がそのまま教育になるような私立学校を作りたいとの構想を聞かされて共鳴し、多忙のなか校舎の設計を引き受けました。

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現在、日本に残っているライトの四つの建築のうち一つがこの校舎。移転後は卒業生のさまざまな活動に使われてきたそうです。ドイツ・バウハウスの講師だったヨハネス・イッテンによる美術・デザイン学校「イッテン・シューレ」などに学んだ女性たちによる「工芸研究所」もここに置かれました。

建物は関東大震災も戦争もくぐり抜けましたが、老朽化が激しくなりました。一時は学園の経営のために売り払おうかという話も出かけましたが、卒業生や建築家らが保存運動を展開。1997年に残すことが決定され、重要文化財の指定を受けました。オリジナルをどう生かすか、調査などを経て2001年に国や都などのお金計8億円をかけた修復事業が完了しました。

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こちらは食堂。ライトの設計の特徴の一つが幾何学的な装飾だとされています。シカゴでルイス・サリヴァンらの事務所にいたとき、フリーハンドの天才とされたサリヴァンにはいつまでたっても追いつけないと悟り、「自分は定規とコンパスでデザインをする」と決めたとのこと。

もう一つは、軒高を低く抑えて水平に広く展開した「プレーリーハウス(草原様式)」で、実際に敷地に立ってみると、そのコンパクトさと、意外な軽やかさに気付きます。入口の扉を隔てた中と外で床の高さも材質も同じです。しかし、乾燥した米国中部と違って湿気とシロアリの出る日本にこの様式を適用したため、建物の傷みを促す一因となってしまったとのことです。今は下にアスファルトを敷いたり、防虫剤を床材に塗ったりして対策しているそうです。

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教室にはもともと照明はなかったそうです。現代とは明るさの感覚が違ったのでしょうか。
造りは骨組みではなく壁で屋根を支える「バルーンフレーム」という、現在のツーバイフォーの先祖に当たるような方式。中は木と漆喰の質素な印象です。

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毎朝の礼拝が行われていたホールは、入ると頭上にロフトの床が大きくせり出していて、圧迫感があります。大きな窓も全体を見ることができません。しかし、

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窓のほうへ歩み出ると、それまでの圧迫感の反動のように、俄然その空間が大きく感じられます。これはライトが他の建物にも使う方法なのだそうです。

振り返ると暖炉があります。これは団欒を重んじたライトのこだわりでもあったようですが、木造の重要文化財で火をたくのは容易ではないようです。
火をたいてもいい場合がいくつかあります。(1)寺の中で使うような宗教の火である(2)人が住んでいる建物で日常使わなければならない火である(3)申請しチェックを受けた上での使用である―の三つがあり、ここでは(3)として、冬期の夜間見学や、ここで結婚式を挙げた人たちを招いて開くクリスマスディナーの際に使っているそうです。

ここは建物を会議や会食、式典などに使いながら文化的価値を保とうとする「動態保存」を行っています。今日もある部屋で、なんと卒業生である107歳の女性の誕生会をやっていました。

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そういえば、銅板の軽い屋根ですが、何やら瓦ぶきみたいな模様というか形をしているのに気付きました。説明をして下さった館長さんに聞いてみましたが、「よく聞かれるが、なぜなのか、ここだけの特徴か分からない」とおっしゃっていました。

もう一つ、部屋のドアノブが結構高いところにあります。アメリカ人の体のサイズに合わせたのかと思いましたが、ライトが担当した部分よりも、遠藤が作ったところのほうがなお高いそうで、これも理由はよくわからないとのことでした。

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バルコニーからホールを見下ろしたところです。見学は500円ですが、100円足すとコーヒーまたは紅茶と、クッキーかケーキがつきます。おいしくいただいて辞しました。

なお、道をはさんだところにある講堂は耐震補強中で見られませんでした。建てたときは5カ月という速さで普請したものの、壁の補強をするところが壁面がほとんど窓になっており、ほぼ解体しつつ補強することになったため、2年半の工期を見込んでいるとのことです。秋に補強中の講堂を公開するそうなので、もし覚えていたら見に行ってみようと思います。

遠藤はライトに「息子」と呼ばれるほど大切にされた弟子で、一生ライト風の建築からは離れなかったそうです。一方、土浦やレーモンドのようにコルビュジエに接近していった弟子もいたのだとか。折しもコルビュジエが設計した国立西洋美術館などが世界文化遺産になることが決まり、あえてのライト(笑)を見に行く形になってしまいました。

* * *

そのまま池袋まで歩いて、ロサ会館に入ってる「チェック」でオムライスを食べました。
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大学2、3年の時にこの辺に住んでいて、その時以来なので18年ぶりくらいだと思う。
紙ナプキンにおじさんの顔が描いてあるのも当時からだった気がする。
おじさんも大分古くなってるけどたぶんこの人だったはず。
完成された味でおいしいです。今900円だけど当時いくらだったかなあ。
悶々としていた学生時代が蘇ってきて、くらくらしました。
ずっと来ることのなかった池袋西口の駅前は、抱いていた印象の70%くらいの大きさでした。

* * *

で、さらに歩いて当時住んでいた家を見に行ってしまいました。
毎月家賃を渡していたおばさんがちょうど外にいたので話しかけてしまい、話し声を聞いて出てきた娘さんともどもに怪しまれました(そりゃそうだ)が、大学名と時期を言うと、なんとなくそんな学生がいたということを思い出されたようでした。

何百回と通った路地を歩きながら、いやもう、当時はまったく想像しなかったような10数年を過ごしてしまったと思った次第です。しかし次の瞬間、それは当時から将来のことを考えていなかったからだろうと思い直しました。

2016年05月29日

5月終盤あれこれ

わりと考えさせられたお台場での仕事を終えて、新宿駅の「ベルク」で16時に遅い昼食。
ホットドッグブランチ、ホットコーヒーをアイスに換えて+50で550円。
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特に期待していたことはないのだけど、じわっとおいしかった。

* * *

大学時代の同級生2人と「悲情城市」を見てきました。

* * *

眠れる時間が延びてきた。
なんでだろう。

* * *

■江守正多『異常気象と人類の選択』角川マガジンズ,2013年.

弊管理人が今後、仕事でこの分野にかかわることになったことを知った同僚が貸してくれた本。
エッセイ(随想+試論)だった。でも、いくつかの言葉を新しく知ることができた。

2016年05月15日

5月前半あれこれ

連休最後の日、午前中に新しい冷蔵庫が届いてご機嫌です。
広い。静か。

午後からは、久しぶりの友人と川崎の「ラクスパ」に行って岩盤浴。
ものすごく汗をかいたあと数日間、鼻の頭が乾いたのだけど、なんだろう。

「芝浦食堂」に連れていっていただき、ホルモン食って帰ってきました。
案の定、翌日は体調がすこぶる良好でした。

* * *

某誕生日は断続的に雨が降る福島に出張でした。
すぐには形にならないけど、とても興味深い話がいっぱい聞けた1泊2日でした。
いわき湯本温泉のお湯がよかったです。

* * *

5時間~5時間半寝るとぱっちり目が覚めてしまう現象は続いており、
しかし午前1時までに寝れば日中特に眠くなることもなく、
じゃあもうこれでいいかと思った次第です。
今年特に気付いた変化は
・夢を見る頻度が激減した
・二度寝できなくなった

連休最終日から掛け布団をやめて、毛布一枚で寝ています。
去年も同時期にそうしましたが、一度、寒くて掛け布団を再び出した記憶があります。

* * *

代々木公園のタイフェスティバルに今年も行きました。
ゲウチャイのガパオ、
ジャスミンタイのパッタイ、
どちらも美味でした。
っていうか知ってるお店でしか食べなかった。

ついでに今年も「白一」でソフトクリーム。
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今回は甘い珈琲に浸かってるやつにしました。
合う合う。シャリシャリ。あっさり。好き。

帰路、同行の友人から、そのまた友人(この人は直接知らない)の早世と、共通の知人の不治の病について教えられ、どすんと落ちて帰りました。なんかそういうのがぽつぽつ出る年代に入ったということなのかね。予測不可能なところに人生の面白さがあるというのは分かるが、思うに任せない無念というのもあるものです。

そういえば福島出張では5年ぶりの人に会いましたが、白髪がすごく増えていました。
本当に人の一生は短い。それが感じられるようになってくるのは、だいたい30年という年月の長さがどれくらいかを実体験したころだったかと思います。これまで生きてきた期間をもう1回繰り返すくらいで働く生活が終わる。40になると、生まれてここまでをもう一回で大体さようなら。ひょっとすると残りはそれより全然短いかもしれない。
といって、これを若い人に話してもその人は実感しないだろうし、老いた人に話しても何に活かせるわけでもない。思いの外バラエティに富んだ人の生は、それぞれ中から見れば反復のないサンプル数1のトライアル(つまり統計的にものが言えない)であって、特に子供や弟子のいない弊管理人のような人は伝えるべき相手もない。そう考えると、かえって深刻な気持ちから脱して軽やかになれる気がしてくるような気がしてきます。

* * *

土日とも、風が涼しくてからっと晴れて、最高に気持ちよい日でした。

* * *

実は今日のやつが弊日記の1000個目のエントリーです。
なんてことなく過ぎてしまいますけど。

2016年05月05日

連休中盤

中盤です。6日(金)は出勤しますが、ちょっと職場の様子を見に行く、くらいのつもりです。
といっても、休みの間にもやることを思いつくたびカレンダーに書き込んでいたら結構な数になったので、それなりに忙しくしそうな気がします。来客も1件あります。

* * *

学生時代から使っていた冷蔵庫をとうとう買い換えることにしました。
今は亡きSANYOの86リットル。いや、まだ動くんですが、さすがに自炊してると小さいのと、動作音が結構気になってきたためです。
新しいのは、AQUAというブランドの157リットルのやつです。中国の企業に買われたSANYOの人たちが作っているそう。国内メーカー(といっても作ってるのは東南アジアだけど)も含め、同じくらいのクラスでいろいろ検討しましたが、設置スペースと容量と値段でいずれも秀でていたため、これにしました。スペースに関しては奥行きをあまり取りたくなかったので。

ところで、4人家族とかで使う400リットル級のやつって、ちっちゃい冷蔵庫の半分くらいの電気代で済むようです。へえ。

7日の搬入を控えて、慌てて冷蔵庫の中のものを処分してます。
古い冷凍エビ
古い冷凍ほうれん草
古い玉葱
古いチーズ
古いバター
古いソーセージ
古い小麦粉
古いパン粉
と、かろうじて賞味期限内の牛乳
を使ってグラタンを作りました。
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なんとか腹痛を起こさずに消費できたもようです。勝った。
あと、グラタンは作り慣れてきて、味が落ち着いた。

* * *

伊東で父が大量に買い込んで持たせてくれた干物も、食べ続けてます。
アジ、カマス、サバみりん。ほくほくしててうまい。

* * *

だらだら練習していた幻想ポロネーズが次第に指についてきてうれしい。

* * *

あまりに天気がよかったので、小田急線向ヶ丘遊園駅からちょっと歩いたところの生田緑地に行ってきました。目当ては「岡本太郎美術館」です。
というか、ミュージアムカフェで出してる「太陽のパルフェ」。
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ふざけてます?
味は普通だった。つってもあまり革新性は期待できないか……

展示は、意外と面白かったです。これは唯一撮影可能だったエリア。
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ピアノをむちゃくちゃに弾いて「芸術は、爆発だ!」と叫ぶマクセルのテープのコマーシャルを確かリアルタイムで見たのと、渋谷駅にあるでっかい「明日の神話」と、あとは断片的なエピソードくらいしか知りませんでした。まとまった数の作品を見たのは初めて。絵は筆運びがよく分かるもので、書道みたいだった。

生前受けたインタビューの映像を延々流しているコーナーがあって、見入ってしまいました。
自然そのままも、抽象も、だめだと思う。その間を行く、「何だこれは!」(キーワードな)と見る人に抱かせ、格闘させる、イベントを喚起する、そういう作品が芸術だと思う。そういう一節が印象的でした。今も生きていたら、たぶん、商売上手なあの有名画家とか、変人や変人に憧れただけの学生みたいなあれとかこれとかは否定しただろう。
「個性的なものが普遍性を持つのだ」とか、キャッチーで的確だよ、いちいち。なんだろうと思ったら、フランスで民族学を勉強した人なのだという。本をいっぱい読んでいたようだし、音楽にも親しんでいたらしい。モーツァルトがいいというのだけは分かり合えないけど、他はすとんと落ちた。

今やってる企画展は、岡本太郎と沖縄がテーマでした。
木や、御嶽の特に何もない空間が持つ聖性にインスピレーションを得たこと、久高島で「イザイホー」という今は途絶えてしまった12年に1度の儀礼をレポートしたこと、一方で風葬にされた遺体の写真を撮影し、東京で週刊誌にそれを発表したことで大いに批判されたことも紹介されていました。

今後の旅行先の選定のため、イザベラ・バードを読もうかなと思っていたところでしたが、もうちょっと最近のところで、岡本の紀行文に当たったほうが面白いかもしれないと考え直しました。うまくしたら6月に2泊で沖縄に行くつもりでいるので、その予習も兼ねて。

都心は27度になったようですが、生田緑地、なんか涼しくて素敵な森でした。
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バラ苑が12日からだったのが残念。企画展が入れ替わったころ、また来てもいいかなー

2016年05月03日

連休前半

■4/29

父・妹と、昨年末も行った、伊豆にある会社の保養所に行くことにしました。
関東組の弊管理人と妹は中央線特急で、父は中央高速で大月集合です。
で、山中湖方面に向かう途中に見えたこのお姿が、今回のベスト富士でした(早い)。
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この写真で、富士山の左側は雲がかかっていますが、まさにその辺に当たる須走~伊豆・箱根あたりは眺望がよくなかったので、なぜか「黒たまご」というキーワードに食い付いた父の発案で仙石原方面に逸れて黒たまごを食べに行きました。
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立ち入り規制がかかっている大涌谷で作ったやつを持ってきて売る形式で、ちょうど前日から販売再開したとのこと。執念だな。
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熱海に降りて、海沿いの道を伊東まで走って到着。
風呂に入ってメシ食って寝ました。

■4/30

伊豆半島一周してみようということで、9時ごろ出発しました。
弊管理人が強く提案した「大室山」(580m)。
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伊豆に入ったころから、こんもりした緑プリンが目に入ってきます。「何これ」って思って行ってみたくなるでしょう。
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往復500円のリフトに乗って6分。粘度の低いマグマでできた「スコリア丘」だそうで、外輪に立つと周りに高いものがないので見晴らしがすごくいいです。
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火口ではなぜかアーチェリーができるとのこと。噴火は約4000年前って、結構最近のように思えます。
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このあたりの地形がそれでできたというので、意外に重要な山なのでは。
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いや実際すごく満足度高かったです。
仕事上、独特の地形をもった地域を認定する「ジオパーク」というのがあるというのは前々から知っていて、しかし悪いけどあまり気にも留めていなかったのですが、ジオパークをテーマに旅行に行くのもありかなって思い直しました。
逆に街歩きがそーでもなかった今回、古本で買った「ことりっぷ」はあまり役立ちませんでした。
道の駅で配っていた東西南北版に分かれたドライブマップは、展望地や気安い食堂、お土産などが絞り込んだ形で載っていて、結構参考になりました。

海もきれい。
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下田のあたりにある「ごん太」で「いけんだ煮味噌」定食、1000円。
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漁師料理だそうです。結構お腹にたまりました。
父は金目鯛定食1200円の金目鯛が「小さな切り身だった」と不満げでしたが、一匹の煮付けって数千円しますしねえ。
下田は楽しみどころがよく分からず、さっさと退散。
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ペリーもこんな辺鄙なところじゃなくて、もうちょっと都会がいいと思ったであろう。
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最南端の石廊崎は船に乗って海から眺めました。

西側はわりと駆け抜ける感じで、西伊豆スカイラインも割愛してしまいました。
残念でしたが、次のお楽しみということで。

■5/1

どこを通って帰るかは悩ましいところでしたが、富士山見えるかも、ということで年末にも通った伊豆スカイラインと芦ノ湖スカイラインに再チャレンジしました。
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見えた!けど薄い!(笑)肉眼ではもうちょっと見えた気がします。
でもまあ、もう十分というくらい見たので満足しました。

忍野八海も見ましたが、しょぼめ。
しょぼいということが分かったのが収穫と素直に思います。

大月に戻って帰ろうとすると、父なぜか信玄餅の桔梗屋本社工場の見学を提案。
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信玄餅の味の本質を「黒蜜」と「きなこ」と捉え、プリンやソフトクリームなどさまざまな商品に応用していますが、いずれも意外といけました。というか「餅」じゃなくていいのだな。
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女工さんが6秒に1個のペースで包んでいるというのは意外であった。日産10万個だって。ひー

実家に帰って近所でソースカツ丼食って寝ました。

■5/2

母方、父方の実家を訪ねる日。

母方は父がもう行かないことにしているらしいので、弊管理人独りで電車に乗って行きました。
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伯母(73)がご馳走を用意してくれていた。
祖母(95)はちょっと寝ている時間が長くなったかな。
食欲は相変わらずよくあるよう。
昨年秋に転んだか何かで左手を骨折したそうですが、わりときれいにくっついたそうです。

父方は祖父の他界後、祖母はどうしているかなあと思っていましたが、見たところまだ大丈夫そう。
跡取りの叔父(うちの父は養子に出ているので跡取りではない。伯父は跡取りしない宣言済)が時々訪ねてくるようですが、腰の曲がった祖母が山間の一軒家に住んでいるのは何かと不便そうでした。

* * *

いろいろ少しずつ古びて、老病死のさまざまなケースを考えないといけない時期に入ったようです。
弊管理人が直接関わるべき課題は父、ですが、まだもう少し頑張っていただきたいと。
あと、母方の祖母がいなくなったあとの家の処分は部分的に被さってくるかもしれない。
他は基本、それぞれによろしくという感じかなあ。

連休後半はあまり予定を詰めてません。
意外と疲れを感じながら目覚めたので、今日3日はちょっとゆっくりしよう……

2016年04月20日

最近のいろいろ

熊本の地震はいろいろ意外な展開があって、弊管理人の仕事も影響を受けています。

東日本大震災のときに、知り合いの災害とは無関係な農林系公務員が「同僚が被災地対応に持って行かれた。年度末の忙しい時なのに迷惑」みたいなことをぐちゃぐちゃ言っていて、「この人無理」と思ったことを思い出しました。例外的な状況で、ある程度の諦めができないのはだめだよ。
って言ってると「一億総火の玉」を肯定してしまいそうだが、そこは事の内容により個別判断で。

* * *

忙中ちょっと仕事を抜けて、昨年9月に不慮の事故で亡くなった同僚の名前が火星と木星の間にある小惑星についた(弊管理人は少しお手伝いをした)ということで、記念にデータなどを額装したものを奥さんのところに届けにいってきました。

いろいろお話を伺っている中で、

・知人の税理士に「人が亡くなったあとの整理をしていると、いろいろ嫌なものを見ることになりますよ」と言われた
・実際まあいろいろ出てきた
・死亡を友人知人にお知らせするため、携帯を販売店に持ち込んで、死亡診断書などの書類を揃えて何とかロックを解除できた
・でもマックは、アップルストアに持っていってもガチガチにプロテクトがかかっていてデータが取り出せなかった(普通より相当ガチガチにしてあったらしい。スタッフにも「この人すごいですね」と言われたそう)

というのを聞いて、およそ10年更新していない遺書をそろそろ新しくしなきゃ、と思いました。

* * *

アマゾンのタイムセールを利用した断続的な買い物、今般はwifiのルーターを更新しました(3980円)。
従来のは確か2009年くらいに導入したものです。
「ひょっとして……」くらいの期待で買いましたが、ぶつぶつ切れていたiPadの通信が正常化し、さらにすんごく体感速度が向上しました。PCは変わらなかったけど。でもよかった。

* * *

忙中のほうが、のんべんだらりとしている期間よりいろんなことができることに気付きました。
1年半ぶり(!)の風呂掃除、wifiのルーター更新、ポロシャツ購入、掃除機導入、大物のゴミ捨て、書類整理。

* * *

■飯田高『法と社会科学をつなぐ』有斐閣,2016年.

法学って社会科学じゃなかったっけと思いながら、面白そうなので本来買おうと思っていた本を買わずに買った本。

・よい意思決定のためには、それまでにつぎ込んで戻ってこない資源・労力・時間は「サンクコスト(埋没費用)」として考慮すべきでない

・パレート効率性の改良型?としての「カルドア=ヒックス効率性」。状態AからBへの移行で得をする人が損をする人に補償をしても、なお利益が出るなら移行するのがよい

・公共財ゲームは、多くの人が「条件付き協力者」であることと、合理的な計算ではなく感情が人々の行動を支えていることを示す。他人が協力するなら自分もするが、自分だけ損をするのは嫌。と思う人が
多いなら、多くの人が協力している環境の下で協力行動が持続的になる

・いろいろなゲーム(モデルとしての)は、実はいくつかの社会状況が似ていても違ったものだったり、違ったように見えても実は似たものだったりするという鑑別を助けてくれる

・ある方向への収斂(カスケード)によって大損害がもたらされるのを防ぐ機構:正確な情報提供、秘密
投票、株価の値幅制限、メンバーの多様性、発言順に関するルール、など

・義憤→処罰行動→線条体の活性化(=満足感の期待)

・ハンドの定式。事故回避のための費用<事故の発生確率×重大性、なら事故を防げる立場にあった人に過失が認定できる

・いろんなバイアスはウィキペディアののlist of cognitive biasesに

あたりが「へー」と思ったこと。雑誌連載をまとめたもののため、本そのものはカタログ的だけど、企てはとても面白いと思う。
どうでもいいけど、この著者は「しうる」とか「なりうる」とか、よく言いますね。

2016年04月10日

そして回復

金曜の昼間は帝国ホテルで(あまり面白くない)仕事があったので、そのまま銀座に出て「デリー」でランチしました。
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1000円でタンドリーチキンとカレーともろもろが食べられて十分にお腹にたまった。満足です。

夜、ちょっと無理してお酒飲んで、しかし快調に喋って、家に帰ってばったり倒れて寝て起きたら、咳とだるさは95%なくなっていました。

この週末は自炊主体で体の修復に努めました。
あと、ようやく花粉の季節が去ったようなので、久しぶりに布団を干しました。

* * *

日が長くなってきたせいか、いよいよ体力がなくなってきたのか、ショートスリーパー度がさらに増してきて、5時間半くらい寝ると起きてしまうようになりました。

で、起きるたびに「あーもう起きてしまった」と残念がっていたのですが、それも気分が悪いので、もう起きてしまったら諦めてさっさと床を出て、昼寝の時間をできるだけ作って補うことにしました。

* * *

今週、新しくうちに導入されたもの。

(1)サイクロン式掃除機 FREED2

13年使った紙パック式の掃除機、壊れたわけではないのですが、寝室から持ってきてコンセントつないで……というのがちょっと面倒だったのです。
少し前からコードレスの掃除機を物色していたところ、たまたま「いいかも」と思った機種がアマゾンのタイムセールに出ていたので買ってしまいました。
ひょいっと持って使えるのが楽です。そして吸い取ったホコリの量を見てぞぞぞ。
これは買ってよかったかも。

(2)浄水器

どうも水道水がまずいのでミネラルウォーターを買っていました。
毎日料理をするわけでもないし、ストックしていれば非常用の備蓄にもなるし、このままでいいか、と思っていました。が、昨秋泊まりにきた友人に「浄水器にしたら?」と言われたのは頭の片隅にあり、とうとう「お試し」のつもりで4000円くらいのを買って取り付けてみました。

その過程で、うちの蛇口の出口の部分が取り外せることを知りました。それ外してみると、ちょっとヤバイ色の錆のようなものがたまっており……
それを外すと特に水がまずいわけでもなく、うーむ浄水器を買うほどでもなかったか、という気も。
でも買わなければこの原因に気付くこともなかったし、まあいいか。
暫く使ってみようと思います。

2016年04月03日

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桜の開花宣言が3月21日に出て、その週末にあまり咲いてない靖国の桜の下で花見をしました。
開花のあと、しばらく寒い日が続いたせいか、その後のろのろと桜が咲いた感じがします。
で、今日は満開の下でもう一度同じグループで夜桜を見ました。
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先週はPCの画面を見ている時間が長くて桜をゆっくり見る時間もなかった。
土曜は仕事を一個片付けていたら夜に。
本日、日曜のこの花見でやっと世間に追いついた感。

生き物が冬を越すのは大変です。
周囲でも何人かが花を見ることなくいなくなってしまった。

2016年03月16日

歓迎

京橋にて午後いちの仕事だったので、早番を早めに抜けて「歓迎(ホアンヨン)」でランチしました。
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蒲田に本店がある餃子のお店。皮モチモチ系。ニンニクを使ってないそうです。
使ってあるほうが弊管理人好みですが、それでも結構おいしかったです。
それより、セットになってたそぼろご飯がとても中国っぽくて良い。
(写真はピントがずれていたので割愛)

* * *

長めのスパンでやる仕事もまあぼちぼちやりつつ、誰かがやらねばならない細かい仕事を結構な数こなしてきたと思うのですが、先週末に「細かい仕事はいいから、心に残ることをしなよ」と言われ、俄然やる気がなくなりました。じゃあやりませんよ。でも誰かがやらなならんのと違いますか。

* * *

職場に咳テロリストが増えて、ますます環境が悪いです。

* * *

といった諸々と疲れもあり、今日はうっかり16時に仕事を切り上げて家に帰って寝てしまいました。

2016年03月04日

名古屋とお弔い

日帰り名古屋出張でお相手をしていただいたのは、弊管理人よりいっこ下の研究者さん。
あちらの専門の話だからなのかもしれないけど、的確にこちらの聞きたいことに答えてくれるなあと感心しながらお話してました。先日の高齢大御所氏はあまり深まらなかったのとはだいぶ違って、短時間だけど来てよかった感のあるお仕事になりました。

で、名古屋駅の「味仙」で台湾ラーメン。
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うまい!
けどかっら!!

* * *

祖父のお弔いに行ってきました。
納棺師に来てもらったらしく、顔はずいぶんきれいにしてありました。
1月に見た姿とも変わっておらず、お疲れ様でしたという感じ。
父は祖父が亡くなる2日前に病院に顔を見に行ったそうですが、普通に会話してたそうです。
去年の5月に入院したのは肺炎だと思っていたら、心臓だったらしい。死因も心不全とのことですが、それは単に心臓が止まったというだけで、要は何かの病気というよりは体力が尽きましたということなのでしょう。
あと、93歳だと思っていたら94歳でした。

軽トラで散々走ったであろう天竜川への道を、黒い車で下っていく。
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焼き場で1時間。ばあちゃんが「こんな粉になっちまった」と呟いたのが辛かった。
ちなみに1981年に曾祖母が亡くなったときは土葬でした。幼稚園を休んで葬式に行った4歳の弊管理人は、大人たちが畑の一角にある墓地まで棺桶を担いでいくのを見たのを覚えています。

祖父は旧陸軍の少年飛行兵だったそうです。
「大酒飲み」「優秀」までは知ってたけど、「ユニーク」という評はお葬式で初めて聞いた。おもろいところは見たことがなかったが、ちょっと独特という意味なのかもしれん。
あと、従軍慰安婦について思うところを書いた文書が残っていると聞かされました。内容は「要は当時は何でもありだった」というようなものらしいのだけど、ばあちゃんが「そんなもん公表するもんじゃねえ」と言って丸めて離れに放り込んであるそうなので、そのうち漁らねばなるまい。何かとものを書く性格は祖父、父、そして弊管理人に伝わっている気がする。

ところで、お葬式で弟さんに初めて会ったけど、こちらは海軍で特攻隊だったんだって。
8月11日に出撃して死ぬ予定だったが、上官の田英夫が「様子がおかしいからちょっと待て」といって止めたまま終戦を迎えて生き残ったとのこと。ある程度のレベルまで終戦が近いことを知ってたんでしょうか。
その他、名前だけは知っている人たちをたくさん見ました。
周囲は高齢者ばかり。弊管理人は最後に「お店をたたむ役」を果たすことになりそうです。
健康に気をつけないと。

2016年02月28日

祖父

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今日、父方の祖父が亡くなりました。
いくつだっけ。多分93歳とかそれくらい。

戦争中は飛行機乗りで、中国に出掛けていたということは聞きました。
終戦のあとは南信州の山間に戻ってずっと畑を作っていました。
若い頃はお酒で荒れることが結構あり、伯父はそれが嫌いだったそう。
軽トラか軽バンで2度ほど谷に落ちたものの、戦時中の訓練のおかげで助かったという伝説も父から聞いた。
弊管理人がリアルで知っているのは60代で幅跳び3m以上跳んでるすごいところとか、
テレビを見ながら高校野球にダメ出ししてるところとか、
梅を摘んでるところとか、
弊管理人に結婚相手を紹介しようと電話に手を伸ばしては弊管理人に止められるとか、
そんな姿くらいです。
盆正月に毎年会っていたので結構話もしたはずなんだけど。
あ、指で宙に字を書きながら喋る癖もありました。

ここに書いたとおり、昨年の5月、肺炎で入院したときに体が弱って動けなくなってしまい、そのまま療養病棟に入って、ときどき家に帰ったりしていたのでした。
この間の1月に会いに行ったとき、かすれた声で「頑張れよ」と言われたのが最後。
いやとても最後の言葉っぽいよね。お互い最後かなあと思っていたのかもしれない。

写真は2011年の正月、「遺影を撮ってくれ」と言われたときのもの。
目をつぶってしまった1枚目のNGショットです。
わりと家族に似ていない弊管理人が一番似ていると言われたのがこの祖父でした。

ということで、葬式のために今週ちょっと帰省します。

2016年02月13日

福岡とインフル

今週水曜、北九州に出張しました。
北九州空港よりも、福岡空港+特急のほうが安くて便利そうなので、そうしました。

ものすごく余裕を持って行きの飛行機をとっておいたら、前日になって「機材繰りのため1時間25分遅れます」との案内がきました。それでやっと丁度いいくらいの時間で、しかも早起きしなくてよくなったので、かえって有り難かったです。「迷惑料」とかで飛行機に乗るときに1000円いただきました。いいのに。

ただ、福岡空港から天神に直行して昼飯、という時間はなくなり、かわりに仕事先の最寄りの折尾駅近くで「かしわうどん」をいただきました。
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かしわなの?でも甘く煮た肉も、だしもとてもおいしかったです。360円!
横のはかしわおにぎり、100円。うどんに至極あう。

仕事を終えて博多に戻り、友人に教えてもらった住吉の「釣りバカ 小福」を訪ねました。
18時に入った時は弊管理人一人でしたが、すぐに地元民と思われる人たちで満員に。
真鯛、500円!
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めんたい茶漬けでおなかいっぱい。
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どうも写真が左に傾く癖があるね。

カウンターで隣になったおとーさんと話し込みました。
「出張?友達に聞いてここ来たの?その人、通だわー」とのこと。ですよねえ。食べ物は人に聞くのが一番です。

* * *

12月から公私ともにとにかくいろんなところに行く用事が目白押しで、この北九州出張で一落ち着きでした。「絶対体調崩せない」という気でいたためか、クソ寒いベルリンも札幌も元気にこなしていて、どこかで「これ終わったら疲れが出そうだなー」と思っていました。

案の定、福岡から帰ってくる飛行機の中で「あれ……喉おかしい?」となり、木曜深夜の仕事はトランス状態でやり、金曜午後になるとどんどん体調が悪くなって「やばい、これ」と会社の建物に入ってるクリニックに行ったら、インフルA型陽性。わあ初めてかもしれない、インフルエンザ。
イナビルという吸入薬を薬局で使って治療終了です。タミフルみたいに何日か飲む必要はないんですね。これ便利だな。

職場に戻って頼まれ仕事を仕上げるや否や、上司に「帰ります!」といって風のように立ち去り、帰って布団に直行です。医者が「今夜はもっと熱が出て、明日の夜までには収まりますんで」と言っていたとおり、夜半に血がぐらぐら煮える音が聞こえるくらい熱が出て、朝には微熱くらいまで下がりました。

解熱から2日はウイルスの排出があるので、月曜まで会社を休みます。こうやって体をリセットする機会もたまには必要なのでしょうな。

2016年01月03日

年末年始15-16

2015年から恒例化しつつある家族でお出かけ第3弾は、30-31日に伊豆。
長野から来る父と、東京を出る弊管理人および妹は甲府で合流し、富士山の横を通って富士市に出ました。
晴れていましたが、富士山は雲がかかっていて惜しい感じ。
これが一番見えた瞬間。
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「さわやか」でハンバーグ食って伊東に向かい、会社の健保の保養所に泊まりました。
15年勤めていて初めての利用でしたが、こ、こんないい施設があるなんて……という所でした。

翌大晦日は伊豆スカイラインを通って芦ノ湖、そこから河口湖の脇を通って「不動」でほうとう食って、中央道から長野に帰省しました。
父と、本家で祖母の世話をしている母方の伯母がもめたので、今年の年越しは弊管理人だけがPKFとして駐在することにしました。
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毎年のことだけど、ご馳走だなー。

明けて元日は、昼にそばを食べてからJR飯田線で父の家に戻ります。
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車窓はこんな風景です。
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そこまで寒くもなく、中央アルプスもよく見えて、穏やかな新年でした。
父方の祖父母にも会ってきました。
祖父はもう体が動かなくなって療養病棟にいます。
祖母は一人で山の中の家にいます。

気付いたこと。

・母方(=本家)の祖母は95歳、特にヒントがなくても弊管理人を認識しました。自分と周囲の状況をある程度分かっているが、記憶がうまくいかないという状態に見えます。「パーになっちゃった」と言っていましたが、体はそれなりに元気そうです。伯母がボケ老人のように扱うのを、耳が遠いようで実は聞いていて、イライラしているようです。

・伯母もちょっと認知が弱くなってきていないか?と心配になりました。よくものをぶつけたり、ちょっとその判断はどうなのかなと思うような様子が見えたり。もうすぐ後期高齢者だとこんなもんなのかな。しかし、趣味の写真は続けていて、とうとうフィルムカメラに加えてデジタル一眼を買っていました。ウォーキングとかして、向こう20年くらいは頑張ってほしいです。

・叔母の夫はレビー小体型認知症を発症して何年か経ちます。ずっと譫妄が出たり暴れたりして家族を悩ませていましたが、とうとう鉄格子付きの病棟に入院となったそう。本人はかわいそうな気もするが、周囲の大変さを思うとそれが最善だったように思います。

・父方の祖父(93か94歳)は、体のほうは長くはないかもしれませんが、頭ははっきりしています(これは周囲の意見が一致するところ)。さすが戦中世代は違う。親族の中で、弊管理人と一番顔が似ているのが祖父なので、祖父が寝たきりになっている様子を見ると、自分の最期もこんな感じなのかなあと思いました。

・祖母も90代(92?)ですが、おかしくなってないところを見ると、父方の血は精神・神経系に関しては大丈夫なのかも。

・父はまあ暫く大丈夫か。運転は、何年も前に違反で痛い目にあってからスピードは控えめになっていたのが、また昔のスピード癖が戻っているように見えたので、釘を刺しておきました。

・妹は風邪っぴきだったけど、わりとメンタルのほうは落ち着いているように見えました。

・ということで、段々いろいろ押し詰まってきた感があり、まず弊管理人は自分のコンディションを整えてさまざまな事態に備えておくべきだなと思いました。

* * *

元日の最終の高速バスは、渋滞もなくすいすいと中央道を走り抜けて、定刻より40分ほど早く新宿に到着しました。

2日は洗濯機を2度回して、運動して、買い物して、ちょっとお酒を飲んで、寝ました。

* * *

3日は友人が高尾山に「護摩をいただきにいく」と言うので、意味もよく分からないまま同行しました。
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一番安い3000円コースは、お札と、お土産っぽいお茶のパックのほかに、この木片をもらいます。木片は何やら「悪いところを撫でるといいやつ」らしいので、空港の係員が持ってる金属探知機みたいに全身をスキャンして置いてきました。
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タダで参拝しようという人たちはすごい列をなしていますが、境内に入る有料コースのわれわれは横からすいっと入ります。
真言宗の護摩祈祷は初めて見ました。坊さんがいっぱい出てきてホラ貝吹いたり太鼓叩いたりしてご唱和。なんか屋内でぼーぼー火を燃やしてるし、リズミカルだし、いいライブです。
「信心がないから行かない」のではない、それは対象を避けようとしながら囚われてしまっている。従って「信心がないからこそ行って観察する」。これが正しい。

しかし、お札を貰ってしまいました。来年また返しに来なければなりません。
こんなコミットメントを作るとは、うまいな。

ついでに20分くらい歩いて山頂に行きました。
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富士山みえたああああ160103takao4.jpg
入ってるのが稗、粟、黍、アマランサスなど10穀=10具=テング=天狗という苦しい名前のお団子(クルミみそ付き。団子自体がちょっと甘くしてあって意外とおいしい)食って、ラーメン食って帰ってきました。

* * *

今年は、今後5年、できれば10年くらい楽しめることを探したいと思っています。
ここ3年ほどふてくされていましたが、そろそろ再起動かなという気分になってきました。
人には「やること」が必要です。しみじみ思います。

2015年12月27日

年末

昼飯は新宿御苑駅の近くの「カロッツァ」。
前菜3品とサラダ、パン、コーヒーか紅茶が付くパスタのランチが1200円(前菜つかないやつは900円)。
おじやに見えますが、ホタテとほうれん草が入った、つぶつぶのパスタです。
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なんか手の込んだものが食べたい気分の時によいです。
内容的にもなかなか値打ちなのでは。
近くにあるwillという有名なハンバーグ屋は長蛇の列でした。一方こちらは食べログの評価が高くないのでゆったり飯が食えます。

* * *

昨日の夢は卒業した小学校が舞台で、核爆弾が破裂して火傷するというお話でした。なんだそれ。
今、原子力関係の本を急いで読んでいるので、そのせいでしょうな。

今日の夢は、久しぶりに亡母が登場。既に療養中の場面でした。でも結構元気でした。

* * *

クリスマスが過ぎると急に年末になるのを忘れてました。

2015年12月19日

お弔いなど

4月の日記に書いた友人が今週、亡くなりました。享年32。

がんの再発が分かってから入院して薬物治療を受け、しかし夏にはそれも終了し、退院して自宅療養になっていたようです。だいたい亡くなる3カ月前が投薬をやめる判断の時期だという腫瘍内科医の意見を聞いたことがあります。ひょっとしたらそのころ、余命がついていたのでしょう(余命は当たらないことも多いのですが)。

ちょうどその前後に病院にお見舞いに行き、退院後も、経営している飲食店に本人が短時間顔を出したところに鉢合わせたりもしました。ツイッターは亡くなる3日前まではやっていた形跡がありますし、LINEもわりと最近まで会話に混ざったりしていたので、ご無沙汰だったところに突然の訃報、というタイミングではありません。頭のどこかで「いつかは」と思い続けていたことがとうとう訪れたという感じ。
最後はお店の関係者や恋人が駆けつけて、彼はそれらの人々の顔を見てから息を引き取ったそうです。

本人については当然、極度に切ないです。しかし、仕事を抜けて行ったお通夜で、初めて見る彼のお母さんが棺桶をのぞき込んだシーンが、弊管理人には最もきつかったです。こぢんまりした斎場には友人たちが入りきれず、外に列が伸びていました。誰もショックがでかかったようです。それはそうだろう。健康とか気にせず食って飲んで、10年後、20年後のことを普通に案じることもできる年代でまさか、というね。

一方で、周囲からのケアと励ましに包まれて最後の数カ月を過ごせたことはいかにも幸せだった、といってはいけないでしょうか。弊管理人も棺桶を覗きましたが、うまく顔を作ってあったであろうことを差し引いても、安らかな表情に見えました。180センチ強、120キロ強の巨漢でしたが、闘病闘病でやつれた感じでもなく、「顔を近くで見るのは久しぶりだけど、相変わらずでかいね……」とちらりと思ってしまいました。

* * *

お弔いのあと、コミュ障仲間のお友達と、門前仲町の斎場の裏にある「ディデアン」に行きました。
結構前から行きたいリストに入っていたのですが、門仲に来る用事がなかなかなくて。
正調のマルゲリータ。
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うんめ!

なぜかカレーはインドカレーっぽい外見のタイカレー風味。
これも大変おいしかった。ケフィアがつきました。

* * *

別の日のランチは東京駅近くの東京ビルに入ってるタンメン「トナリ」で。
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太麺と濃いめのスープがグーーーー。
これまで、このビルはほぼインデアンカレー一択(つるとんたんは毎度行列していて入れない)でした。選択肢が増えた。よいことだ。

2015年12月06日

エリックサウス

大阪に住んでいる大学時代の友人から、仕事で東京に来ると連絡があったので、東京駅で待ち合わせして、八重洲地下街のカレー屋「エリックサウス」でランチをしました。
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うーん、おいしいし、おなかいっぱいになります。近くにあるダクシンは休日のランチがかなりの強気価格なのですが、こちらは1000円ちょいで収まるのでいいと思う。あと、地下街のかなり外れのほう(日本橋寄り)にあるせいか、あまり無意味に混んでないところも有り難いです。
このお店の名前はずっと知っていて、行きたいと思っていました。一体誰に教えてもらったんだっけな。

友人は仕事で画像認識関連のことをやっているので、今年随分盛り上がった人工知能について聞いてみると「言われてるほど新しくないんだよ」と。いわく、新しい分野は

 ・英語で本が出たらピークアウトの兆候
 ・日本語で本が出る頃には、おいしいところはもうやり尽くされてる
 ・ブルーバックスが出たら、まとめ

とのこと。ははあ、このメルクマールは分かりやすい。
それで思い出しましたが、一昨年だったか、物性物理をやっている大学時代の別の友人(私大准教授)に、日本人がノーベル賞とるかなって騒がれている分野のことを聞いたら、

 「あれはもう先がないことがはっきりしたよ」

とバッサリいかれたことがありました。
仲間以外を褒めない人種だと思っているので割り引いて聞いてはいます。でも、こういうことは雑談ベースでインサイダーに聞かないとわからんです。

食べながら話していると、友人は「最近、友達が減ってきてる気がする」とこぼしました。
大学のときの友人たちと疎遠になっているということのようでした。このランチも旧交を温める機会の一つだったのでしょう。
そういえば弊管理人もここ2~3年、ずっと会ってなかった学生時代の人たちと会ったり、留学中の仲良しと会ったり、よくしてました。なんかそういう「暫く会ってないし、折角なら」と思う時期なのかね。

* * *

11月下旬のことですが、おいしかったものいろいろ。
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実家から送られてきたリンゴ、今年は当たりでした。
甘みと酸味のバランス、歯触り、すべてハイレベル。

友人からのお裾分けで「治一郎」のバウムクーヘンも良。

片面が黒い焼き芋用アルミホイルを使って、トースターで安納芋を焼いて食べてます。
この冬はこれで焼き芋を楽しみます。

* * *

割れた顎は結局、膿んだりすることもなく1週間後に糸を抜きました。
患部が自分で見えないので何針縫ったのかは分からないのですが、パチン(糸切った)スー(抜いた)を数えていたら3回でした。多分3針。ということにしておく。

さらにその後の1週間でかさぶたが一部できて、指で触っても大丈夫になってきました。
肉がまだ硬くなっている?感じがします。

そうしたら昨夜、今度は酔っぱらって歩いていて、路上に倒れていた自転車に躓いて膝から流血しました。懲りない。
絆創膏を貼るくらいしか必要なさそうな怪我です。顎も骨や関節には特に影響なかったようで、いずれも不幸中の幸いといえるでしょう。
しかしこれはハインリッヒの法則でいうところの「軽微な事故」相当なので、この流れで大けがをしないように注意しようと思いました。


* * *

細かい仕事にちょこちょこと手を着けすぎて、わりと疲弊した1週間でした。
しかしやることを箇条書きにして大体さばき、懸案だった大きめの案件は「お断り」することでリストから抹消し、週後半には一息。土曜に入れてしまっていた朝からの仕事も、金曜の夜の仕事が未明に及ぶことが分かった時点で果敢にキャンセルして正解でした。午後には新しい仕事を入れちゃったけど。

2015年11月21日

顎割れる

大変くだらない事情により顎を家の床で打ち、1cmくらい割れました。
炒めていて破れたソーセージのように肉ごとぱくっといっていたので結構引きました。
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ぶつけた瞬間は歯を心配したのですが、そちらはどうも大丈夫らしく、しかし血がぼたぼた垂れてラグや椅子も汚れたので掃除して、とりあえずティッシュで押さえたまま開いてた近くの病院へ。
土曜日の午後、結構混んでるなあと思いながら1時間半くらい待っていました。
「縫います」ということで診察室のベッドで麻酔をして縫ってもらいました。
あと、怖いから一応ということで破傷風のワクチンも接種。家の中なんだけどな。
薬は抗菌薬の飲み薬と塗り薬、それから痛み止めを3日分。
診察と手術、予防接種で2千数百円、薬はすべてジェネリックにできて600円。皆保険て素晴らしいな。
シャワーは明日から浴びていいとのこと。あとは絆創膏を毎日換えるようにと。
他に異常がなければ1週間後に糸を抜いておしまいだそうです。
お酒飲めない。残念。
それにしても何があるかわからん。寝不足(忙しいのではなく、長く眠れない)が祟ったような気がする。
いてて。

* * *

それはそうと、今週は霞ヶ関での仕事のあと、同僚と虎ノ門のニルワナムのランチカレーバイキング(1200円)に行きました。
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盛りつけの才能がないので何となく汚いですが、かなりおいしかったです。
錦糸町にあったアキンボのマスターに、かなり前に教えていただいたまま行けないでいたお店です。
結構食べたので、夜までお腹が空きませんでした。

* * *

5月の健康診断でコレステロールが高かったことに発憤し、
・野菜>魚>鶏肉>赤肉
・走る
という2本柱でゆるーいダイエットをしていました。
秋の健診では、腹囲-4cm、体重-2kgとかなりいい感じ。
あとは血液検査値が少し改善しているといいのですが。

2015年10月25日

レトロとカメラ

新宿・戸山で勉強を兼ねた仕事があって、近くのLe Cafe RETROでお昼を食べました。
休日メニューのライスプレートとかで、今日は「スモークチキンとカボチャのリゾット」780円。
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カボチャは天ぷらにするようなスライスのがのっかっているのかと思ったら、ご飯に混ざってました。
先日も牡蠣と卵のカレーに感心したけど、これも「よく思いついたよね」と思う素敵な組み合わせでした。天晴れ、うまいよ。そして早稲田大学の向かいだけあって結構安い(自分が学生だったらちょっと躊躇する値段ではあるが)。
オムライスで名前を聞くお店だったので、次は是非そちらで。
その手があったかと思える食べ物にはまだまだ出会う余地があるのだな。

* * *

カメラを買ってしまいました。
2012年1月か2011年末に買ったPowershot S100は3年半以上お世話になった優秀な子でしたが、ここらで新しくしておいてもいいかなということで、Powershot G7Xに。
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もともとかなり安くなっていた値段から、機種を問わない下取りでさらに5000円引きになり、中古より安い値段で買うことができました。ちょっと重くなったけど、許容。センサーが1/1.7から1インチに大きくなったのと、エンジンが1世代新しくなったのがどう影響するか。

会社から持たされたSONYのXPERIAという携帯のカメラは、これまで弊管理人が持ったことのある携帯のカメラと比べものにならないくらい良い画像を吐き出してくれます。もうコンパクトカメラなんて持たなくてもいいんじゃないかと思えてきます。
しかし、それでも
・ズームができない
・シャッター音が(普通は)消せない
・そうはいってもぼかしたりはやりにくい
という不満はまだあります。

静かな飲食店内などでシャッター音させるやつは滅びろと思うたちですし、人を撮るときに携帯もねえ、ということで当面デジカメは持つことになりそうです。ただ、レンズ交換式ほどの大きさのものを持ち歩く気は全く起きません。

では、携帯には絶対無理な10倍以上のズームができるコンパクト機はどうか。これも検討しましたが、画質がね。逆にセンサーの大きさを取ろうとすると筐体が大きくなってしまいます。多分弊管理人はカメラを新しくしながら画質が落ちるのには納得できないので、ズームはS100より少し落ちるくらいで妥協しました。

Powershot Gシリーズは最近新しい機種が発表されましたが、今回買ったG7Xにファインダーをつけたため大きくなっちゃったやつと、小さいけどズーム倍率も落ちてしまったやつという惜しいラインナップだったので、もういいやということで少し古い型ですがこれにしました。次の弊日記から使うと思います。

2015年10月01日

弊日記10周年

2005年9月に始めた弊日記が、まる10年続きました。
別に何も大変なことではなく、その前にも大学1年から9年にわたってホームページをやっていたし、それ以前も中学のときに日記を書く癖をつけさせられてから紙の日記を結構書いていました。それらももし機会があったら弊日記に再録しようと思っています。そして、たぶん今後も淡々と書き続けるはずです。

・弊管理人は記憶の捏造をよくやるので(これ自体、日記を見返していて気付いた)、こういう備忘録は重要です
・最初のころ、日記を見た人に「『死にたい』という叫びに満ちている」と評されてハァ?と思ったことがあります。でもまあ確かに元気はないな。そして地に足が着いてない。自意識が気持ち悪い
・10年ほど前までは、自分は同年代よりちょっと早熟かなくらいに思っていたのですが、この10年で自覚したのは、実は同年代より1周以上遅れているらしいということです。いま現在は、だいたいまともな大学3年生の水準まで来たかなって思っています
・初めてやることはほぼできず、練習すると急激に上手になるけど、伸びなくなるのも早いというのは相変わらずのようです
・それでも毎年、前年の自分には負けてないと思えるのがまだ救いです
・それは、物事を丁寧にやることが段々できるようになってきたことに支えられているように思います
・スパムコメントが嫌で大分前にコメント欄を閉鎖しましたが、まあこれで当面いいかなと思っています。ツイッターとかフェイスブックで友人や仕事先といった顔の見える人とつながってしまうと、そこではいろいろ気を遣ってものを書かないといけなくなり、かえって匿名&全世界公開(=誰が見てるとか関係ない)&コメントいりません、という弊日記のほうが自由に書けているためです

* * *

10年でエントリーは950件を超えました。

* * *

読んだものは300くらい。とにかく俯瞰したい、という思いでいろんな新書に助けてもらったのだけど、ここでは特にじっくり読んで面白かったものを:

・2013年、ナショナリズムが自分の中でブームになって読んだアンダーソンの『想像の共同体』は、なんでもっと早く手を付けなかったのかと悔やまれた。実は弊管理人が普段関心を持っていることとはそこまで関係ないのだけど、読み物としての面白さはピカイチ

・ドーキンスの『利己的な遺伝子』は2010年、ダーウィンの『種の起源』はそれより後の2012年に読んだ。『利己的な遺伝子』のほうが数段、読み物として引き込まれるので、この順番でよかったと思う。そして当然、両方読むべき。『種の起源』は時間を忘れて読む本ではないが、先見性にびびる

・スピノザの『神学・政治論』&『エチカ』はまだ消化できてない。けど何か忘れられない

・結局弊管理人が興味があるのは社会思想みたいなものらしい。そこから1冊ならルソーの『社会契約論』。教科書に書いてあるエッセンスだけ知っててもほんとはだめなんだぜっていうのに、もう15年早く気付けていたらと

・ヤングの『後期近代の眩暈』は排除の社会学っておもしれえと思ったきっかけ。その後の読書が続いてないんだけど。過食症の喩えは今でも時々使わせてもらってます

・入不二基義の『相対主義の極北』は弊管理人が(恥ずかしい)卒論を書きながら考えていた2つのことのうち1つを考えた本。そうそうこういうことが考えたかった、と思いながら読んだ。しかし、これくらい言語化が難しいことを1年そこそこで書くものの柱にしようと企てるべきではなかった

2010年には「分け方」に興味を持って、それ関連で面白い本を探したことがある。センの『不平等の再検討』は2009年4月だから、それより少し早いが、すごく楽しく読んだ

・見田宗介/真木悠介は弊日記を始めるより前に、切実な思いで読んだ。それは家族にがんによる死が迫ってくるというきっついカウントダウンに直面するためのヒントを、『時間の比較社会学』に求めたことによる。その後は肩の力を抜いて玉手箱のような社会解読を楽しんだ。それで1冊を選ぶとすれば大澤真幸による解説つきの『まなざしの地獄』かなと

前にも書きましたが、信用のおけない1940~50年代生まれの日本人の書き手がだんだんメインから外れていって、60年代以降生まれの人たちが書く本を手に取るようになり、読んで(一応)分かるし面白いものに当たるようになったかなとの印象です。
なぜか本は食べ物と違って、紹介したりされたりしてもいいことがあった経験は少なく、結局自分で選んで自分で読むのが一番だなと思っています。
あと、そんなに冊数こなせないなら解説より古典を読んどけという、当たり前のことが漸く骨身にしみた10年でした。
中学・高校のころって全く本を読まない子どもだったのですが……不思議なもんです。

* * *

食ったもののエントリは250強。

・ごく最近のだが、銀座・LAZYのリゾットは近年ないヒット。もちろんパングラタンもおいしかったけど

・札幌のカラバトカリーは忘れられない味。車がないとアクセスできないので引っ越してから行けてないですが

・同じく札幌・RHAPSODYのチョコケーキも思い出だが、もうないお店なのが残念。なんかどこかで食べられるとの情報もありますけど

・錦糸町にあったカレーのアキンボももうない。佐賀に移転してしまった。3.11から暫く、ずっと仕事が忙しくて支給の弁当ばかり食べていて、カレーがどうしても食べたくなり、近所で探して当たったのが出会いでした

・新宿・夏目坂の「天七」の天丼(上)は目が覚めた

・ラーメンはおいしいのがいっぱいあって絞れませんが、あえて一つなら新宿の風雲児かな

・IVOのパスタもやっぱり好きです

グルメではないのでうるさいことは言いません。というか、友達と鳥貴族で駄弁ったりするのでも十分楽しいし、何より誰かから教わったり、たまたま入ってみたりして見つけたおいしいお店を、また誰かに教えて「うまいでしょ?」と言うのが一番の楽しみだったりします。つまり弊管理人にとっては食べ物はほとんど専らコミュニケーションのためのツールです。多分、自分一人なら、おおかた何食ってもそんなに喜びも悲しみもしないんだと思います。

2015年09月22日

ほおずき

秋の5連休には、やっぱり慣れません。次は2026年だそうです。
わりと周囲も持て余しているようで、少しは安心しますけれど。
昨日から今日にかけて山登りの筋肉痛が残りまくっていました。
しかし、そんなことで行動を制限されるのは癪に障るので、ジムに行きました。
走ったら少し緩和した気がします。

* * *

昨日今日は麦飯を炊いて野菜を結構食べたので、ちょっと不摂生してもよかろう。
と思って、担々麺を食べに中野の「ほおずき」に行ってきました。
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桜エビとザーサイが入ってるのが特徴か。
辛さが選べて、上から2番目の「大辛」を選びました。これでだいたい辛めの担々麺くらい。
うん、いいね。あと、汐留「潮夢来」のレベルが高いことを確認しました。

* * *

夕方、携帯にメールが入ったので、また仕事の関係だろうと思ってちょっと放っておいたのですが、成田時代に同じ職場にいて、最近も時々一緒に仕事をしていた他部署の先輩の訃報でした。52歳。びっくりしすぎてびっくりできなかった。昨日、ダイビング中に体調が急変して、今日になって搬送先で亡くなったそうです。
ちょうど昼間、40代、50代をどう過ごそうかという話をtwitter別アカウントでしていたところでした。しかし人生などいつ終わるか分かりません。すぐには終わらないかもしれないから人は先のことを考えるのですが、しかし5年、10年先のことを案じるのは能天気、あるいは驕慢でさえあるのかもしれません。

2015年09月13日

土日のわたし

土曜はまたちょっとネタ探しで働いてしまいました。
何も期待してなかったけど、意外とへえと思いました。

* * *

そのあと私用でいろいろあり、多大な反省点と教訓を抱えながら一杯飲んで寝ようと思ったら、そのまま深酒にはまりこんでしまいました。
旅行からこっち、コレステロール管理が疎かです。よくないよくない。

* * *

弱った感じは日曜朝まで引きずりましたが、錦糸町でタンメン食って回復しました。
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「しゃきしゃき」のタンメン+餃子セット、1000円。極太の麺が好もしい。
一方、費用対効果を考えると日高屋(700円くらいだっけ?)が相当健闘していることが分かります。もともと炒め野菜と塩味のスープと麺、というシンプルなお料理でびっくりさせるのは難しいかなとは思うけど。餃子は具がみっしり詰まっていておいしかったです。

* * *

錦糸町への道すがら、久しく顔を合わせていなかった友人にばったり会いました。
しかしカップルでおられたので、弊管理人は頭を下げてそのまま立ち去ってしまいました。
(1)水入らずのところ話しかけても悪かろう(2)雑談をどうしていいか分からない
と体が脊髄反射レベルのスピードで判断するというコミュ障ぶり。

* * *

錦糸町に出たのは、西友LIVINで枕カバーとシーツを買うためでした。
いま1セットしかないので、洗濯すると乾くまで寝られないのです。
ついでに無印良品で眼鏡拭き85円14枚入りを3袋。重宝しています。
あとは風呂で使うタオル。
休みの日やジムに行くときに履く踝までの靴下。今回は5本指にしてみました。
厚手の綿のシーツなど気に入って使っている製品が、いま住んでいる辺りでどこにあるか分からず、引っ越し前に買っていたお店に戻ってしまいました。

* * *

茨城あたりで堤防が壊れて水浸しになったニュースを見て、うちの本家も何かあったらやばいよなーと思いました。
前々から消防に「耐震性ないです、この家」と言われているらしく、しかしばあちゃんの後には住む人も多分いないので、お金かけて直すのもなあ、ということで騙し騙し住んでいる状態です。こんな家、いっぱいあるはず。

2015年08月16日

盆休み2015

12日から3泊で出掛けてました。

4月になんとなく始まった家族旅行シリーズで、弊管理人と妹が東京からバスに乗り(意外と混んでいて2時間遅れ)、松本で父と合流して白馬へ。
白馬八方スキー場の近くにある「しろうま荘」に投宿しました。
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早速温泉に入ります。強アルカリのお湯。
夕飯はこちら。
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地元の豚、米、山菜を使った、派手ではないけどとてもおいしい食事でした。
このほかに青豆と玉葱の天ぷらも出ました。
夜7時には父親が寝付き、弊管理人も11時には寝ました。
翌朝のごはん。
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お米がおいしい。もちろんおかずも。
そば粉のガレットが印象に残りました!
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あまり天気がよくなかったのですが、ざあざあ降りにはならないだろうと踏んで、栂池の自然園に行きました。
ゴンドラとロープウェイを乗り継ぐと、すぐ着きます。
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標高2000メートル前後の高層湿原周辺は、木道が整備されていてかなり歩きやすいです。
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トリカブト。
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ワタスゲ。
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チングルマ(の花が終わったあと)。
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最も晴れた瞬間でこれくらいでした。
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展望湿原(2010m)に着いたときも視界はよくありませんでしたが、ちょっと待っていると雪渓がチラ見できました。
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結局6kmくらい歩きました。
ヒュッテに戻って「サルナシ」のソフトクリーム300円。
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マタタビの仲間で、品種改良したのがキウイフルーツだとのこと。
下山して、小谷村の道の駅で一休み。
そのあと、13日の宿である「雨飾荘」に向かいました。チョイスは父。
小谷村にある雨飾山にある宿です。今はとてもしっかりした建物ですが、20年以上?前に父が泊まりにきたときには普通の山荘だったとのこと。
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脇には妙高に抜ける林道もありますが、昨年11月の地震で損傷したらしく、通行止めになっていました。
宿の脇には、森の中の露天風呂もあります。
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ロケーションはとてもいい。アブが多いけど。
宿のお部屋はとても広くて、窓の外は山!
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夕飯はすっごい気取ったコースですが、いちいちおいしいです。
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イワナの刺身、初めて食べました。
内風呂はこちらもアルカリ泉。
糸魚川はすぐそこ。明けて14日の朝飯にはノドグロの開きが出ました。
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近くの鎌沼は、紅葉の季節に訪れるといいようです。この日は霧で何も見えませんでした。
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というわけで、さっさと白馬~中条を通って長野市に出ました。
ななな長野駅が新しくなってる!
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1500円のそばもいいのですが、県庁勤めだった父が「安くてうまい」と勧める藤の家で700円のざるそば大盛り。父と妹は880円のそば定食でした。うまい~
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そのあと、なんとなく30年前に住んでいた家と、20年前に住んでいた家を見に行きました。
父は結構行き方を忘れていて、弊管理人がナビをすることになりました。
こんなに狭い道だったかなあ、と父。
まだ残ってた。一同しばし見入りました。今は人の家なんだけど。
そして弊管理人の原風景はやはりリンゴ畑だと再認識。
そのまま小布施に出て、もと魚屋のパティスリー「ロント」でおやつを食いました。
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わあなにこれすっごいおいしい。
というか父、なんでこんなとこ知ってるの。

というわけで小布施のスマートICから高速に乗って実家に帰りました。
天気は今ひとつだったけど、家族で旅行することに意味があるのです。ほんとにそう思う。

* * *

5月の連休は祖父母に会わなかったので、15日に父から車を借りて、独りでぐるっと回ってきました。

・父方の祖父母
祖父(93だっけ)が5月に肺炎になって1週間ほど入院して以来、体が弱ってしまってほぼ寝たきり状態で療養病棟に入っているとのこと。これ典型的な廃用症候群だろうな。
祖母が山の中の家に独りでいて、近くにいる父と叔父が交代で病院への送り迎えなどをしているそうです。
もう農業もやっていないのかなと思いきや、売り物にしているわけではないがトウモロコシやスイカを作っているそうで、少しご馳走になりました。
いらちな父の運転で来ると、せかせか訪れてせかせか帰っていくことになるのですが、久しぶりにゆっくり祖母と話すことができました。
祖父は入院初期、病院は嫌だから家に帰りたいと言っていたものの、祖母がよたよたしながら世話をしているのを見て「やっぱり病院でいい」と言って戻ったそうです。祖母によると、祖父は体はもうほとんど動かないけれど頭ははっきりしていて「それがかえってかわいそう」とも。
このあと父に病院に連れていってもらい、祖父にも会えました。うーん確かに結構弱ってる。
90過ぎて胃がんが見つかったとき、手術をするかどうか散々迷った挙げ句に手術をすることにし、しかしそれを契機に衰弱が始まってしまったのかなと思います。
90を過ぎると結構な割合の人が手術をしないという選択をします。しかし弊管理人は当時、意見を求められていろいろ考えた末に「する」ほうに一票投じてしまったため、後悔しています。

・母方の祖母
5月の法事をめぐって父と伯母が決裂したらしく、父は伯母がよく出入りしている母方の実家には「もう行かない」というので……。まあ合わない人達はいつかこうなるのでしょう。弊管理人は大人なので別にその辺はあまり気にせずご飯を食べに行くのです。
祖母は、弊管理人が名乗ると名前を認識しましたが、しばらくすると「誰?」となってしまいます。アルツハイマー型認知症の薬(アリセプト)を3年飲んでいるそうですが、こうなっちゃったらもういらないんじゃないかな。進行を遅らせるだけですし、怒りっぽくなるなどの副作用があるので。
伯母に薬を見せてもらうと、抗うつ薬と高血圧の薬を他に飲んでいました。
抗うつ薬ももういいだろう。ていうかこれが認知症を悪化させてるような気がする。
精神関係の薬は「止める」ということを目標に飲まなければならないと思います。
しかし、循環器だの消化器だのが専門の町医者が戦略的に処方してくれることは、ほぼ望めない。
あと、10年以上ぶりくらいにいとこの子と会いました。子供の10年って劇的に変わりますね。当たり前だけど。
恒例の、伯母の手料理(と、祖母)。
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・ついでに、妹のこと
結構長く不安障害のようなものがあるらしく、引っ越しを繰り返したり精神科に行ったりしているようです。ちょいちょい自分の”病状”とか”こんなに大変”的なことを口にします。
しかし「問題は環境ではなく、環境の受け取り方のほうにあるので、引っ越しは無駄」と言っておきました。本人もそれは思い当たるようです。認知行動療法を試してみてはどうかというのも伝えました。
これは多分、投薬では治らないと思います(むしろ有害かもしれない)。文脈とかあまり関係なしに自分のことを語ったり、周囲の人や環境をdisったりというのは、「大変ねー」と労ってほしいとか、自分のことを世話してほしいとか、そういう欲求のはけ口を求めての行動だと睨んでいます。そしてそのはけ口が現在、精神科医療になっているだけ。それへの対処は、バランスのよい食事をし、早めに寝て、笑顔を作るなど、フィジカルな面を無理矢理に立て直すことだと思うのですが、それは言い忘れました。また正月にでも。

とはいえ、いずれのケースについても弊管理人は専門知識がないので、実際に何かの決断をする際には医者の意見を大いに参考にするしかありません。問題はその医者が本当に専門家なのか、誠実に仕事をしてくれるかがしばしば怪しいということ。ということでこちらに続く↓

* * *

弊管理人の扁桃炎は、帰省する前に耳鼻咽喉科で抗生物質を出してもらって3日飲んだとたんに全快しました。10日ほど前、トローチで抑えましょと言った医者をヤブ認定。

貴重な夏の半分を体調不良で過ごしてしまったのは遺憾です。
それを押して結構遊んだような気もするが。

* * *

8月は6日の広島,9日の長崎,12日の御巣鷹山,15日の玉音と3日ごとに国民的暗い行事が続く異空間に入ったようになって、それが終わると夏ももう終わり、という気分になります。
戦後70年、個人的にはもうほとんど代わり映えのない「証言」系の情報に関心がなくなっていて、しかし戦後が終わった様子はなく(たぶん次の戦争までは終わらんだろう)、一方で今年は特に親族関係が結構弱っており、ふわっとした沈滞感の中でこの期間を過ごしました。

2015年08月08日

ジビエなど

今週はいろいろ食いました。

接待する同僚にのっかって行ったにもかかわらず「あ、ちょっと食べるの待って下さい」とかいいながら写真撮ってた新橋の「焼ジビエ 罠 炭打」。
鹿、猪、猪豚などいろいろ食べました。写真は結局、何がどれだか分からなくなったので1枚だけ。
こちらはウズラの下半身だったと思います。
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うまかった。とても。

* * *

上記同僚は奥様がややこを連れて避暑に出掛けており、家に帰ってもゲームしているだけだというので、別の日にも夕飯をご一緒しました。
天丼を食べようと日本橋の金子半之助に行ったのですが、営業終了まで1時間半を残して品切れ。ぎぎぎ……と悔しがりつつ、近隣にある「天ぷらめし 金子半之助」に転戦。
結果、大満足。写真はあまりフォトジェニックでもなかったので割愛。

* * *

土曜、友人より北海道旅行のミソを教えてほしいとの連絡があり、一緒にランチしました。
歌舞伎町の、なんだっけ、台湾美食。
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うん、ありあり。

* * *

摂生、引き続きしてます。
為念。

* * *

今週はちょっと体調が低空飛行でした。
喉がちくちく痛いので耳鼻咽喉科に行くと「扁桃炎」との診断でした。
それってなんかただの現象論ですよねえ。原因への洞察ゼロ。
2007年2月に扁桃炎になったときは高熱が何日も続きました。今回は平熱。なんだろう。
トローチもらっておしまい。
口の中が痛いのと、なんだか臭い気がして、元気出ませんでした。

新しい部屋で迎える初めての夏で、寝るときにエアコンの切/入タイマーの設定の仕方がうまくいっていなかったため、妙に喉が渇いたり体が冷えたりしていたのかもしれません。
タイマー設定のポイントは今週後半にだいたい掴んだのですけど。

* * *

都心の猛暑日が金曜まで8日続いたそうで、人も結構死にました。
東京の夏は札幌から戻って7回目、「夏は暑いのが当たり前」と思ってもいたのですが、さすがに百葉箱気温で37度になった金曜は、キンキンに冷えた建物内から仕事を終えて出てきたときに「やばいこれやばい」と体が警告を発しました。

2015年07月26日

週末充実

土曜は、まあここで書くほどのことではありませんが、今まで自分は向いてない、できないだろうなと思っていたことが、先達の丁寧なインストラクションのおかげでできるようになった日でありました。

日曜は、逗子の海に行ってきました。
とある集まりで、弊管理人は3年ぶりに参加です。(→前回
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海の家でタコライス食って、ちょっとだけ海に浸かって、一足先においとましました。

家に帰り着くころ某友人から連絡あり、北海道の黄色いメロンをいただきました。
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食いかけでやっと撮影に及んだところから、いかにがっついていたかが窺われます。
夕方になっても灼熱のお外に友人を見送ったあと、睡魔が襲ってきて40分ほど昼寝。
起きて、猛烈に食べたくなった餃子のために散歩に出ました。
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この週末は諸氏のおかげで完全勝利。

* * *

4年くらい前から仕事中の移動時間に聴いてる放送大学(単位は取らない)、1学期の放送が終わりました。
今期聴いていた科目の中では、「貧困と社会」(西澤晃彦)が頭一つ抜けて面白かった。貧困と排除の社会学です。テキスト棒読みではなく、ちゃんと語っていたので頭に入ってきます。
(余計なことですが、頭に入ってこない話し方をする講師は法学と理系に多い気がします)
事例が豊富ですが、どういう方法を使って迫っているかがかなりはっきり分かるように構成してると思います。近々もう一回聴いちゃうかもしれない。

ほかに聴いてたのは以下の各科目でした:
・環境と社会(植田和弘ほか)
・グローバル化と私たちの社会(原田順子ほか)
・公衆衛生(田城孝雄ほか)
・ロシアの政治と外交(横手慎二)

* * *

2個前の日記で「ぼけたかも」と書きましたが、先週はわりとくっきりしながら過ごしました。
弊日記はセラピーとして書いてる面があるので、書くことで収束に向かっていたのかもしれん。

* * *

夏の休日には極力仕事を入れない。
がポリシーにもかかわらず、来週末は仕事を入れてしまいました。不覚。

2015年07月20日

連休メモ

3連休だということに直前まで気付かないまま突入しました。

金曜は深夜まで仕事して、それからちょっと寝酒を、と思ったらうっかり午前3時。

土曜は人助け的な活動。
あと、生活リズムが狂ってつらかった。

日曜は梅雨明け。すっごい暑かった。
普通の時間に寝て普通の時間に起きたので、とても元気になりました。
15年ぶりくらいに和田堀公園のプールへ独りで行きました。
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正午くらいに行ったのに、既に水が相当汚かった。
あと、独りでプールに行っても、やることはがしがし泳ぐことくらいしかありません。
結果、がしがし泳いでしまい、余計暑くなりました。

月曜はちょっと面談がありまして、自宅近くでスパゲッチ食べながら話してました。
暫く喉が痛かったのがやっと治ってきたのですが、喋りすぎていがらっぽい。

ほんとは日曜か月曜に山へ行こうと思っていたのですが、前後に人に会う予定を優先させたため延期にしました。暑いしね。
梅雨明けから盆までを夏とすると、夏など1カ月くらいしかありません。計画的に遊ばないと。

* * *

■蓼沼宏一『幸せのための経済学』岩波書店, 2011年.

■白井聡『永続敗戦論』太田出版,2013年.

* * *

連休は毎日洗濯した。
汗ばむ季節です。

* * *

物忘れというか、気付くべき事に気付けない、話が出てこない、そういう焦りが最近増しています。

先週は、出掛けようとして建物のエントランスまで行ったときに傘を持ってない!と思って傘を取りに戻ったのですが、「ゴミを捨てなきゃ」と思い出してゴミ袋を持ち、結局傘は持たずに外出し、傘を買うことになりました。本当にやばい。

ほんの4年前だったら数日思い悩んでいたことや、ずっと怒っていたことも、数十分から数時間しか持続しなくなりました。その点有り難いのですが、以前なら意識しなくてもできていたことが、「ぬん!」と頑張って意識するというか、自分にリマインドを出さないとできなくなりました。以前からちょっとそうでしたが、何かいつも頭がぼーっとしているんですよね。

これは病的な状態なんでしょうか。それとも40手前になるとこんなものなの?
カレンダーやメモや予習を活用しまくりながらではあっても仕事には支障が出ていないところをみると、ものすごく選択的に日常生活用の頭が悪くなっているのかもしれないです。それならまだいいんだけど。

2015年07月03日

摂生しています

コレステロール対策というか、もはや中年を独りで生き抜くための習い性づくりとして立てたルールはこんなところです。

・野菜>魚介>鶏肉>赤肉
・糖分をできるだけとらない
・間食を極限まで減らす
・酒はベロベロになるまで飲まない
・面倒がらず歩く、ジムで走る

ただし、当面はあまり「我慢」をしないことにしました。
3度のご飯はおいしくいただく。

今週は神田に行ったので揚子江菜館。
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魚介エキスのタレがうまああい。
遠方から来た友人を連れて行くかというとそんなことないけど、近くに寄る用があったら4回に1回くらい立ち寄る味です。
周囲は元祖冷やし中華を頼んでましたが、弊管理人は冷えたラーメンにそこまでの興味はありません。

あと、昨日は朝から八重洲でした。
東京駅の地下街にある千疋屋でモーニング、600円。
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このほかにドリンクがつきます。
いや、全然いいと思うけど。さすがというか、メロンがすげえうまかった。
安いメロンが食えない弊管理人ですが、これはうまかった。
ちなみにこのお店では、ミカン1個540円でした。どういう設定なの。

* * *

札幌勤務時代、ある担当の責任者をやらされることになって、その時入ってきた新人の女の子が今年から東京の職場に来ています。早くない?と思ったらもう入社9年目だって(弊管理人が東京に来たのも9年目)。そら歳取りますな、弊管理人も。

別の同僚を交えて昔話をしていたのですが、弊管理人はその子を完全に放任していてほとんど構わなかったつもりだったのに、あちらは「結構怒られた」と証言。怒るほどちゃんと自分がその子を見ていたことに驚愕しました。全然覚えてません。どこで恨みを買ってるかわからんものです(当該その子には恨まれてまではいないもよう)。

* * *

木曜は朝から夜まで働いて、すっごい疲れて床についたのに、今朝は4時半に起きてしまいました。なんだなんだ。

2015年06月28日

多数決、谷崎、脂質

■坂井豊貴『多数決を疑う』岩波書店,2015年.

一番いいと思う候補(者)に1票入れて、最も票を集めたら勝ち、というのが多数決。みんなで決めるから民主的だし、結果すなわち民意である――。多数決が当たり前に執行されている中では、こういうことを疑おうとも思わない。賛成/反対が社会を分断するのは致し方ないし、少数派にも開票結果は黙ってのんでもらおう。

それを疑う。多数決よりもっといい決め方があるのではないかということを、できるだけ「誰が考えてもそうなってしまう」仕方で考えてみたい。そういう本。

まず、多数決には「票割れ」という問題がある。2者が票を争っているときに、1番人気と近い第3の選択肢が出てくると、漁夫の利を得た2番人気が結果として勝ってしまう現象だ。2000年の米国大統領選挙で実際に起きた。もしブッシュではなくゴアが勝っていたら、その後の世界は大分ましだったかもしれない。ではもっと人々の意見を集約するのにいいルールはないものか。

まず紹介されるのは「ボルダルール」と呼ばれる集約ルールだ。18世紀フランスの科学者ボルダが提案したもので、選択肢が3個なら1位に3点、2位に2点、3位に1点と等差の点数を付ける。このルールは、それぞれの選択肢が1対1で対決したときに他の選択肢のいずれにも負けてしまう「ペア敗者」が1位になる事態を避けられるという利点がある。スロヴェニア共和国では、国会議員の選挙に一部採用されている。

日本の最高裁判事の国民審査のように、それぞれの候補にマルバツを付ける「是認投票」も、候補者が多い時には有権者一人ひとりができる意思表示の量が増えるのでなかなかいい。ただし、組織力の高い政党が定員ギリギリの数の候補(クローン候補)を立てて、彼らに全てマルをつけ、他にバツをつけて議席を独占するような「クローン問題」が起きる危険性はある。

別の選択肢は、ボルダの同時代人であるコンドルセが考案し、後年英国のペイトン・ヤングが修正した「コンドルセ・ヤングの最尤法」だ。コンドルセのアイディアでは、有権者は候補たちに順位をつけ、それぞれの候補たちを1対1で対決させてどちらが支持されているかを判断する。X>Y、Y>Z、Z>Xというジャンケンのような循環が発生することがあるが、最も僅差だった組み合わせを「有権者全体の意向が現れている可能性が最も低いもの」として棄却してしまうことで順位を確定させる。選択肢が4個以上になった時にはこの方法が使えない場合が出てくるが、データから統計的に「背後にある有権者全体の選好」を推定すればいいという考えでヤングが補正を加えた。この強みは、1対1対決でなら他の全ての候補に勝つ「ペア勝者」がきちんと選ばれるということにある。

このほか、自民党の党首選などで使われる「多数決+決選投票」、オリンピックの候補地を選ぶ際の「繰り返し最下位消去ルール」もある。コンドルセ、ボルダ、多数決も含め、同じデータを使っても、用いる集約ルールによって結果がばらばらということも起こりうる。「民意」というものが本当にあるのか、疑わしくなってくる。民意など存在せず、ある選び方を選んだ結果があるだけなのではないか。

では、どのルールがいいのだろう。筆者は、ボルダルールがペア敗者を1位にせず、ペア勝者が少なくともビリにはならないという「それなりの強み」に加えて「分かりやすさ」を持っているという点から、このルールを押す。特に議席1の小選挙区制や自治体の首長選挙に適しているという。

「民意」の存在が揺らいでしまった。今や「民主的」という言葉も再考を迫られている。

「陪審定理」というのがある。十分な情報を与えられ、個々人が独立して判断できる場合には、判断する人が多いほど、多数決の結果が正しい確率は1に近づいていくというもの。逆に少数派になったということは、間違っている可能性が高いということだ。ルソーの「一般意志」に引きつけていえば、少数派が多数派に従わされているのではなく、少数派も多数派も一般意志(というか、それが書き出された「法」)に従うことになる。
ただ、こうした判断は個別の利害関心から離れたトピックについてしか下せない。少数者の抑圧に直結するようなものは投票で決めてはいけないことにも注意が要る。多数決による権利侵害を回避する方策には(1)多数決より上位の審級を設ける=違憲立法審査権(2)複数機関で検討する=二院制(3)ハードルを50%より高くする――などが考えられる。

また、直接制と代表制の判断が食い違うことも「オルトロゴルスキーのパラドックス」として知られている。直接制のほうがみんなの意見が反映されるような気もするが、しかし膨大な人口を擁するコミュニティでは、直接制は時間的、コスト的にかなり無理筋な制度ではないだろうか。理想的な形ではないが、代表制には「議場で熟議が実現する」という可能性をメリットとして持っている。よく話し合うことで意見が収斂していくし、それでも意見の差が解消しないとき、その差が何によって生じているかも分かってくる。
満場一致は望ましいが、それができないとき、どれくらいの賛成を基準に物事を決めればいいのだろうか。過半数でいいのだろうか。3つの選択肢があるとして、X>Y、Y>Z、Z>Xという循環を排除し、多数意見が正当性を確保できるような基準は、計算により約63.2%だという。
ただし、これは直接制か代表制か、という二択の話ではない。筆者は最後に都道328号線問題という問題を紹介し、特殊利益を扱う場合に使える直接制的な考え方も紹介している。

とにかくいろいろなことが書いてあるが、筆者が一貫して試みているのは「現在通用している制度が、天から与えられたもののように動かせない」という考え方(あるいは「自明性の罠」)から読者を引きはがすことだと思う。しかも「多数決多数決というけど、少数者を尊重することだって大切だろう?」と観念的な説得を試みるのではなく、数理的な議論でかなりのところまで「別のやり方」の候補たちの利点と限界を示し、比較できることを示している。その方法は恐らく最も広く共有できる基盤の上に立っていて、それだけに強い。

そんなパキパキした議論を読んだあとに当たっちゃったのが

■谷崎潤一郎『陰翳礼賛』KADOKAWA, 2014年.

明るくて、一様で、かっちりして、のっぺりしてるのってなんかやーね、日本のぼやーんとした感じがいいやね、というおじさんの言いたい放題。
「しかしまあ事実関係のレベルで結構怪しいですけどね、西洋趣味に流れすぎる時代にあっての逆張りだと思えば仕方ないか。それにしては売れちゃったけど」という井上章一の解説がなんとも。

* * *

5月の健康診断でLDLコレステロールが限界を突破したので、摂生することにしました。
なんか身体に悪いかな、と思いながら漫然と続けていた生活習慣を改善するいい機会と捉えることにします。あまり無理をするつもりはないけれども、健康的な食事と運動が習い性になるように当面は気をつけつつ、様子を見る予定。
それにしても再検査と医者の問診を受けにいったけど、目も合わせずに「食事と運動、気をつけて下さいねーはーい」とまあ役にも立たないようなことしか言わない上にさっさと切り上げようとしたので、いろいろ質問してみたが、要領を得ませんでした。こんなのを1人1億もかけて養成してるというのはね。

2015年06月22日

6月前半のあれこれ

先日、日本橋で仕事を終えて出てきたら、目の前に「つじ田」があったので夕飯。
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うん。いいと思う。

そばとうどんは冷たいほうが好きなんですが、なぜかつけ麺ってあんまり……です。
おそらく、熱い汁がどんどん冷めていくと興も冷めるのでしょう。

* * *

この土日は自炊と昼寝で過ごしました。
あと、固定資産税を払いました。
寝床で読む用に高い本を買いましたが、校正の甘さに激おこです。

* * *

5月24日の日記に出てきた厄介な仕事は、先週なかばにひとまずの区切りを迎えました。
先の日記の時点でだいぶ嫌になっている様子でしたが、その面倒臭い状況は続いたまま、しかし大御所とは結局かなりのコミュニケーションを重ね、社内外の思いつく限りの人達に意見を求めた末、ハードランディングはとりあえず避けられた様子です。問題は残りましたが、問題が残ったことに後悔を感じない程度には頑張れたと思います。

ただ、ほぼラストミニッツくらいのタイミングで迫られた社内調整で、いろいろいちゃもんを付けてきた某管理職(直属の上司ではない)に「ばか」と言ってしまったのが残念です。
自分だってばかなのに、人のことをばかと言うのはよくありません。
結局その某管理職が修正を求め、弊管理人は「修正しなくても大丈夫」と思いつつどこかもやもやしていた当該箇所、それがもやもやしていた理由には、今朝(日曜朝)になって自力で辿り着きました。それを某管理職は言語化できていなかったのですが、弊管理人はもう少し早く気付けたかもしれなかった。

でもまあ、ぶつかる人とはいつかぶつかるのでしょう。
次、次。

* * *

Facebookで、お仕事関係で知り合った方々から立て続けに友達リクエストをいただきました。
これからは、あちらは少し内容・表現に気をつけて書き込みをするようにしようと思います。

もともとFacebookでは、主に中学、高校、大学時代の友人と繋がっていたのですが、安心して昔と同じように軽口を叩いていたら(「ともだちんこ」とかそんな内容)意外と大人になってた相手に下品だと怒られちゃったりして、なんかもう面倒だしやめようかなと思っていたところでした。
考えてみれば、実名・顔の見える範囲でやってるSNSこそが、見苦しいことを書くべきでない「公共の場」なのかもしれません。

* * *

なんだかんだ言いつつ、淡々と生活しています。

2015年06月07日

銀龍など

散歩がてら、新中野の銀龍まで。
も、ほんとに街の中華屋さん。チャーハン650円。
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いや、これでいいんですよ。
どうたらこうたら蘊蓄たれながら高いチャーハン売ってるところもありますが、弊管理人はこれで十分です。というか、好き。もうちょっと近かったら通う。

* * *

今週は平日に1日休みをいただき、上野へ大英博物館展を見に行ってきました。
同行友人に連れて行っていただいた肉の大山で、メンチカツバーガー。
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アハーン、うまい。あと、夕方までサワー半額の160円でした。立ち飲み。
そこから大統領に流れ、19時には沈没。

* * *

話は前後しますが、昨日土曜は趣味:仕事=7:3くらいの気分で東大先端研のキャンパス公開を見にいきました。工業デザイナーの山中俊治氏の研究室が3Dプリンティング技術を使ったスポーツ用義足の展示をやっていて、それを見るのが一番の目的。もちろんこちらもお仕事の下心込み。
ちょうど、ソニーエンジニアリングでJust earという個々人の耳の形に合わせたイヤホンのプロジェクトをやった松尾伴大氏と山中氏のトークイベントをやっていたので、聞いてきました。
以下、記憶頼りなので不正確かもしれないメモ。

3Dプリンティングを使ったスポーツ用義足は、足の形をデジタル計測してデータに落として作るので、個々人の足に合った義足を比較的簡単に作れるだろう。しかも美しさを伴わせたい。そういうプロジェクトで、現在はナイロン製の試作品ができた段階だが、これからアスリートの疾走に耐えられるくらいの強度を出すなど、改良をしていく予定のようです。
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Just earも発想が似ていて、耳の形がどうも既製品のイヤーピースに合わない人が結構いるらしい、そういう人達に向けた高い装着性のあるテイラーメイドのヘッドホンとして開発されたそうです。
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それで思い出したのですけど、うちの父も「カナル型のヘッドホンは耳にはめてもぽろっと取れちゃう」といって古ーいやつをずっと使っていたのでした。山中氏も合わないほうの人らしいです。

耳の形はほんとに色々、しかし製品はだいたい標準的なところを狙ってデザインされているために、合わない人がそれなりに出る。弊管理人はSONYのヘッドホンを使っていますが、製品に付いてくる大中小のイヤーピースのまさに「中」がぴったりはまる非常に標準的な耳(?)をしているため、全くこういう問題に気付かなかったのでした。しかも実際合ってない人が身内にいるっていうのにね。

Just earは型をとって職人が成型して、と結構な手間をかけるため30万円とかするらしいのですが、3Dプリンター方面のものづくりは今後、もっと安価になるのではないでしょうか。似通ってはいるけれども多様な形をした人間集団を前にして、しかし一応これが標準的だろうという層を狙って作り、あとの「不適合な人達」には製品の形のほうに体を合わせてもらう、というちょっと無理のある製品作りから、一人ひとりに合った製品作りへ、という流れが加速すればいいねと思いました。

そしてこういう取り組みは、マイノリティとマジョリティの関係を変えていくことになるんではないでしょうか。
マイノリティがそもそも不可視だった段階から、「合わない人がいるのは分かるんだけどなかなかね」との諦めを経て、現在は「合わない人にもできるだけ対応しようぜ」というくらいまで来ているような気がする。
でもこれではまだ、気を遣われるマイノリティ/気を遣うマジョリティ、という二分法から脱出できていない。
もし技術的な困難によって先に進めていないのだったら、今後カスタムメイドが容易になって、個人間の微細な差に対応できるようになれば、「みんなそれなりに違う」という考え方が浸透して二分法が解体し、やがて差異そのものが意識されなくなっていくんじゃないかと夢想します。

フロアとの質疑応答は時間がなくて1人だけだったのですが、それが非常にいい質問でした。
つまり、カスタムカスタムというが、人の体は日々変わっていく。子供は育つし、筋トレすれば膨れるし、使わなければ退化する。カスタムメイドはある一時点の人の体に合わせたもので、その一時点を過ぎれば次第に合わなくなるのではないか。むしろ、高さを変えられる机や椅子のように「アジャスタブル」な製品のほうに分があるのではないか。そんな質問。

松尾氏の回答は、カスタムを暫くやることで形の多様性に関するデータを積み上げる、それが将来的なアジャスタブル製品の開発に活かせるのではないかという回答。
山中氏はまさに義足でその課題を意識しているところで、しかし当面は「身体が変化したら変化した結果に合わせてガンガン製品を作る」という対応ができるんではないかというもの。

弊管理人は、スーツに吊し/イージーオーダー/フルオーダーがあるように、標準品/アジャスタブル/カスタムメイドは、お値段と使い勝手のバランスを考えて各人が選ぶべきカテゴリーとして併存していくんじゃないかな、と思いました。松尾回答はアジャスタブルをもっと使いやすくするためのアイディア、山中回答はカスタムをどうやって使っていくべきかというアイディアを語ったように思います。ただぱっと聞いた限り、なんとなくアジャスタブルが一番便利そうな印象を持ちました。もっとも、製品によってアジャスタブルに適したものとそうでないものがありそうですが。

* * *

仕事は忙しいわりにアウトプット低調。
かかってる手間のほとんどが「調整」という脇筋のことなのが悲しいところです。

2015年05月11日

レイジー

銀座の「レイジー」、前回はキャーキャー言いながら写真が撮れなかったので。
おいしかったものは次の通り。

パングラタン
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ゴルゴンゾーラを撒いて焼いた料理。これはシンプリシティの美だと思う。

フォアグラとポルチーニのリゾット
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一方、こちらは自分で再現できそうな気がしない凄味があります。
弊管理人および同行者はいずれも口に入れたまま「んー!!んー!!!」と叫んだ。

ほか、ニンニクと豚と野菜の炒め物、生ウニのオムレツやトマトの冷製パスタを頼みました。
それぞれおいしかったけど、「これ食ったことない!」という衝撃があったのは上の2品でした。

* * *

38歳になりました。

最近の実感としては:
・両こめかみのあたりにシミができておっさん度が増した
・連続して眠れる時間が6時間前後と短くなった
・遅く寝ても6~7時台にいったんは目が覚めるようになった
・忘れていたことを目の前に呈示されても「これを一度は知っていた」という確信を持てないことが時々ある
・半面、頭にかかった靄のおかげで来し方行く末のことを考える時間が減り、現在に傾注できるようになった
・手間を惜しまない、ということが段々できるようになってきた
・快便が続いている

* * *

4月の終わりに、ONKYOのCR-N765というCDレシーバーを買いました。

2001年発売のFR-X9という機種のCDトレーが暫く前から挙動不審で、それがとうとう開かなくなったためです。LANケーブルをつないでネットラジオを聴けるようになったので、クラシック専門のOTTAVAをかけっぱなしにしています。暫く離れていたクラシックにまた親しむようになりました。

週に1時間程度、予約録画してある番組を見るほかは、テレビを全く見ない生活が続いています。

買い換えた当初はなんとなく音がぼやっとしていて広がりがなく感じたため、スピーカーを買い換えようか迷っていましたが、数日すると輪郭がはっきりしてきました。慣れただけ?それとも使っていると何かが変わってくるのか?

2015年05月05日

夜と霧と法事

■フランクル, V.E.(池田香代子訳)『夜と霧 新版』みすず書房, 2002年.

ナチス強制収容所を体験した精神科医・心理学者の回想。著者はフロイトとアドラーの弟子なんだそうです。へーへー。

世紀転換期から20世紀中盤くらいまでの著作には「個人の心のダイナミズム」への関心が色濃く出ているものが特に多いのかなと思っています。外界と、インターフェイスとしての感覚器官と心に生じる像とかいったメカニカルな心の理論は昔からあったけれども、無意識の発見によって心はブラックボックスの度合いを深めたように見えます。その最大最悪のフィールドが収容所であり、その経験の読解に戦後のヨーロッパはほぼ全ての知力を費やしたのではないでしょうか。今なら経済合理性とか集団の行動パターンに力点を置いた分析がいっぱい出そうかなと思ったりして。

『夜と霧』は初版が1947年、この新版は1977年に出ています。初版を読んでいないので間違っているかも知れませんが、お仕事柄なのか、時間のせいなのか、ストレスマネジメントとしてそうなってしまったのか(多分これだと思うけど)、ルポルタージュというよりは、どこか体験を突き放した記述との印象を受けました。
しかしそれだけに、学校、職場、通勤電車を現代にも存在する「小さなアウシュヴィッツ」のように思い出しながら読むことが許されるように思えます。野蛮な消費行動だと非難されても、なお少し許されながら。

「ユーモアも自分を見失わないための魂の武器だ」(p.71)

東北を津波が襲ったあとに現地入りしたテレビ局のクルーがキャッキャ騒いでいたことがサイバースペースで批難されているのを見ましたが、たぶん弊管理人が行ったとしても、ものすごくテンション上げていっぱい意味のないことを周囲と喋りあったと思いますね。(→と書きながらそういえば、と日記を探ったら2011年3月14日にやっぱりそんなことを書いていた)

…凡庸なわたしたちには、ビスマルクのこんな警告があてはまった。 「人生は歯医者の椅子に座っているようなものだ。さあこれからが本番だ、と思っているうちに終わってしまう」 これは、こう言い換えられるだろう。 「強制収容所ではたいていの人が、今に見ていろ、わたしの真価を発揮できるときがくる、と信じていた」 けれども現実には、人間の真価は収容所生活でこそ発揮されたのだ。(p.122)
…生きる目的を見いだせず、生きる内実を失い、生きていてもなにもならないと考え、自分が存在することの意味をなくすとともに、がんばり抜く意味も見失った人は痛ましいかぎりだった。そのような人びとはよりどころを一切失って、あっというまに崩れていった。(p.129)
自分を待っている仕事や愛する人間にたいする責任を自覚した人間は、生きることから降りられない。まさに、自分が「なぜ」存在するかを知っているので、ほとんどあらゆる「どのように」にも耐えられるのだ。(p.134)

対照的に、のんべんだらりと過ぎていく日常という檻のない牢獄は、目的の喪失による離脱というフェイズを発生させない。

この世にはふたつの人間の種族がいる、いや、ふたつの種族しかいない、まともな人間とまともではない人間と、ということを。このふたつの「種族」はどこにでもいる。どんな集団にも入りこみ、紛れこんでいる。まともな人間だけの集団も、まともではない人間だけの集団もない。したがって、どんな集団も「純血」ではない。監視者のなかにも、まともな人間はいたのだから。(pp.144-145)

こうした区分に『イェルサレムのアイヒマン』(1963)が付けた大きな疑問符を、著者はどう受け取ったのでしょう。個性(フランクル)/環境(アレント)の区分もまたはっきりできなそうですが。

* * *

母と祖父の13回忌のため、ちょっと帰省していました。
無意味なお経、無意味な長時間の正座、無意味なばかりか事実関係がおかしい法話。
もうこういうの、いいんじゃないの。程度の差はあれ、たぶん一同そう思ったと思う。
「死んだらおしまい」と言っている父は毎日仏壇にご飯をあげている、そんな追想、追想じゃないな、同居の継続。そのほうが全然実質的なんだけど。

2015年03月26日

3月後半のつれづれ

3月後半も休みはなく、あまり内発的動機のない仕事に時間をとられていました。

ある日のランチは新宿・天府舫。
本郷にある栄児とご関係があるようです。
麻婆豆腐のランチは、味玉と餃子が食べ放題なんだそうです。
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栄児と同じ味。
しびれる!!!!!
多分ときどき行ってしまう!!!!

* * *

本は新書2冊でした。
いずれも楽しかったけど、いま体力がないので要約は見送り。

■廣野由美子『批評理論入門』中央公論新社, 2005年.

フランケンシュタインを読みながら、批評の手法をだーーーっと「やってみせる」本。
なんか見取り図としてとてもよくできてると思いました。先日読んだ某・法哲学の本とは逆で。
ポスコロとかフェミとかもまた「こんな切り口ありますよ」というご提案の一つだと思えば、うっかり当たっちゃってもそんなに損した気分にもならないわけで。

■小山慶太『入門 現代物理学』中央公論新社, 2014年.

ヒッグス粒子がとうとう発見された!と騒がれた時に、「真空はとても賑やか」という謎のフレーズが弊管理人の耳を通り過ぎていきました。でもエーテルなんてないんでしょ?と思いつつ気になっていた、その辺の歴史と現在がやっと分かった~

* * *

また京都に行ってきました。今日が本番。
お仕事先とお話しするのはとても楽しかったのだけど、そのあと社内的な処理でまたいつものようにどっぷり疲れた。おいしそう、と思うといろんな人が手をつっこんできて結局ごちゃごちゃする。
京都駅→タクシー→現地→タクシー→京都駅。
タクシーの窓から桜が咲いているように見えた、というくらいの花見度。

* * *

それはそうと今朝、新幹線に乗るために某線で東京駅に向かっていたら、乗った駅で扉にはさまれたかばんの肩掛けひもが東京駅まで取れず(そちら側の扉が結局一度も開かなかった)、しかも東京駅からの折り返しが意外とすぐだったため、ひもをかばんから外して脱出。

ホームの駅員に事情を話して
「出てきたら回収して連絡ほしいんですけど」
「出てきたら回収でいいんですね?」
「出てこなければ回収できないでしょう」
みたいなバカな話をして名前と連絡先を伝えたのだけど、それをメモ帳に書いてる様子を見て直感した。こいつ一応言われたことを書いてるだけで、絶対回収を試みる気ない。クレーマーをいなす感じの振る舞い、弊管理人もよくやるので。

* * *

今日は弊管理人が京都にいってる間に東京で仕事に穴があいたらしく、しかし職場ではそれが弊管理人の持ち場だと思い込んでいたらしく、問い合わせがこちらに来ました。
それ、いつも時間が合うからやってただけで、アサインされた覚えとか全くないんですよね。
ということで謝る必要がないので謝りませんでした。貧乏ってやーね。

* * *

先週末は土曜の仕事が終わった後、うっかり酒を混ぜ呑みしてしまい、夜中の早い時間に死亡。
翌日曜は10時に一ツ橋、13時に霞ヶ関で仕事だったのですが、一ツ橋はすっ飛ばしてしまいました。
ほんとは霞ヶ関もすっ飛ばしそうなくらい悪魔が囁いていたものの、気力で出勤、そして18時ごろ蘇生。
死と再生を経てちょっとリフレッシュしました。そうなんですよ。そういうリフレッシュもあるんですよ。

2015年03月14日

3月のつれづれ

3月に入ってわたわたしているうちに半ばになってしまいました。

このかん、特に重要な仕事をしていたわけではありませんが、内発的な動機に乏しい仕事の準備をとぼとぼとし、あとは都度の頼まれ仕事をびやっとこなし、しかし何人かの人と楽しいおしゃべりをし、今までちょっと偉そうで恐そうだなーと思っていた人と意外に打ち解けることができるなどしていました。
毎年同じな気がするけど、なんとなく3月は落ち着かない。

今日は日帰りで京都出張。
10時半に東京を出て17時半には京都を出るというとんぼ返り(現在は岐阜のあたりを通過中)。
食えたものといえばこの
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お茶味のぶよぶよした甘味。
別にお茶の味の菓子って好きじゃないんですよね。

* * *

月初めに、渋谷に行く用事があって「おまかせ亭」でオムライス食いました。
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なんか女子ばっかだった。
ランチ1200円ですが、サラダとコーヒーとデザート(この日はココアのロールケーキだった)がつくので、結構満足度高いです。オムライスも酸味が強いソースに香草やスパイスでアクセントをつけてあって、おいしくいただきました。

* * *

今年前半はブックガイドとして入門書をいくつか読みましょうねと思ってまして、
馴染みのなかったハート、ドゥオーキン、ウォルツァーとかをざざっと見渡せそうかなということで手に取ったこれ、

■森村進『法哲学講義』筑摩書房,2015年.

いや確かにタイトルは「講義」であって「入門」なんて書いてないんですけど、
 ・その「○○的××主義」「△△論」「□□説」ってつまり何ですか
 ・なんかイメージできないんで例え話してもらえませんか
 ・なんでそんなこと考える必要があるんですか
といった疑問をいろんなところで抱く本でした。

ある程度知識を持ってる人が、先生の話を聞きながら考えを整理する、的な使い方にはいいかも。と思ったのは、正義論やメタ倫理学を扱った後半の章にさしかかるとぐっと頭に入りやすくなったからです。
でも英語の教科書だったら、普通 xxxism is ...といってさくっと一言でこれから扱う主題をまとめてから説明に入るよな。

* * *

職場で「あ、そうだ」と思ってすたたたと小走りで階下に向かったが、階段の踊り場で完全に用事が頭から抜け、どこに向かっていたか、何を「あ、そうだ」と思ったか、そのまま全く思い出せなくなる、という出来事がありました。ちょっと人の名前が出てこないとかではない、やばい感じの抜け方。

* * *

現在の部屋に引っ越して3カ月。間取りは1LD・Kなのに11.7畳のリビングにベッドを入れてワンルーム生活をしていたのを一念発起して改め、洋室にベッドを運び込んで、ようやく普通の家具配置になりました。

5.5畳の洋室にベッドと衣類と電子ピアノを入れたので結構ぎゅうぎゅうです。しかし、洋室は最初から寝室想定で作られているのか、窓の防音がリビングよりいいので静かで、たまたま買った遮光カーテンも優秀なので、ゆっくり寝られます。早くこうすればよかったな。

かわりにリビングがPC机とこたつとコンポだけになったのでがらんとしています。
「生活感はあるんだけど、あまりに必要最低限のものがきっちり配置されすぎていて遊びがない」と友人の評。
そういわれても特に何かで満たす気もありません。

2015年01月25日

週末のことども

東大駒場の表象文化論の先生、小林康夫さんが退官するそうで、土曜日にシンポジウムを見に行ってきました(最終講義は別途3月23日にやるそうです)。
ちょっと用事があり最初のパートしか見られなかったのですが、やんややんやで面白かった。
船曳建夫、高田康成といった懐かしいおじさまたちも客席に来ていて、囲む会というか同窓会のよう。マイク来てないのに喋るし、「ちょっといいすか」といって時間が来てるのに喋るし。なんというか、近年、仕事絡みのシンポで見ている「確認質問でございますけれども」みたいなどうでもいい質疑じゃなくて、「それの何が面白いんだ」「実存はビッグバンから始まるんじゃないのか」「学会発表みたいな引用と解釈やり始めたら退場だかんな」「本性/実存じゃなくて、本性/運命/実存じゃないの」と、かき回しながら外へ外へと出て行く駆動力を感じさせるやりとりに触れて、なんかちゃんと勉強しなきゃなという気持ちが2年ぶりくらいに戻ってきました。

* * *

シャルリ-・エブド襲撃については、自分が最も興味のあることにかかわっているので、かえって考えがぐるぐるしながらまだ考えています。
日本人人質事件については、いま急いで本を読み中。
とりあえずちゃんと発信する専門家は事実の記述においても分析においても新聞より全然面白い。

知人が声をひそめて「本当は捕まってるという2人とイスラム国はグルでカネを取ろうとしてるんでしょ?」と聞いてきたので「そう思う根拠は?」と聞いたら黙りました。なんなの。

* * *

16日から暴れていた喉はようやく回復。
耳がおかしくなっていて(たぶんどこかが腫脹していたため)、耳抜きができなくなっていたので、職場のエレベーターの上下が結構きつかったです。あと、聞こえが3割くらい悪くなっていました。これも今夜、左耳だけ開通。途端に音がよく聞こえるようになってびっくりしました。
耳の聞こえが悪くなっていた間、話している相手に「え?」と聞き返すことは多くなりましたが、「え?」と聞き返されることも普段通りありました。弊管理人は耳が悪くなっても声は大きくならないっぽいです。

* * *

夜、空腹のあまり、吉牛の大盛りを食ってしまいました。550円。結構上がった感じがしますね、値段。
高校生のころ(1990年代半ば)は吉牛って結構頑張って買うもの(並盛り400円)で、「早いのうまいの安いのー」というキン肉マンの歌は今ひとつぴんと来ていなかったのですが、2001年に280円になった時には「ほんとにこれでいいんだろうか」と思ったものです。大学の学食でも時々牛丼メニューが出てましたが、これより高かったもんね。現在並盛り380円。まあ本来こんなもんか。

そのあと立ち寄ったお店でウイスキーソーダをすすっていると、マスターが「4月から結構な値上げになるらしいんだよね」とぼそり。そうかー。

* * *

札幌のおじさまからコーヒー豆1kg届く。おいしそう。ごちそうさまです。
ミルを買い、お裾分け先を探す。

2015年01月15日

ひとり13回忌

まにあった。今日は母の13回忌です。
滑り込みでお線香あげました。
でも生まれ変わりは49日でできちゃって、あとは「偲ぶ」機会みたい。本人というよりは生きている側のためにやるものなのかね。

日頃、食ったものばかり上げている弊日記ですので、食い物の話。
母が作った料理を最初に食べた記憶はありませんが、最後の料理は多分これ、というのを覚えています。まんまるのコロッケです。
2002年の11月に佐渡に少し長い出張をして、その帰りに実家に寄って、千葉にあった自宅に戻る時に持たせてくれた弁当、あるいは帰って食べる用のコロッケだったと思います。
どうも秋に入ってから調子がよくないようで、「ひょっとしてこれが最後かも」と思いながら食べたような気がします。本当にそれが最後になったので記憶に残っているのでしょう。

写真を撮ったはず、と思って古いフォルダを探りましたが、でてきたのは母が亡くなる直前に帰省した時、千葉に帰る自分に父が持たせた父手製の弁当の画像でした。
本当に弊管理人の記憶は当てにならないものです。今日、画像の勘違いでそう思いました。コロッケが最後だったかどうかも自信がなくなってきています。多分そうだと思うんだけど。

次に手作りのコロッケを食べたのは、札幌勤務中の2008年12月28日に、仕事先のおねえさま(だいぶおねえさま)にお呼ばれしてご馳走になったもの。こちらはちゃんと写真があります。
これ。
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多分、雑談の中で「母親の手料理で最後に食べたのがコロッケ」とかそんな話をしたから作ってくれたのだったと思います。実はかなり味が似ていました。でもいっぱい食べすぎて腹を下したような……

思い出を共有していた相手がいなくなってしまうと、それが正しかったかどうか確かめる術がありません。その相手の代わりをしてくれるのがカメラやICレコーダーといった記録用の機器、そしてこの日記であるようです。

2015年01月04日

年末年始と戦後70年

30日から2日まで帰省しました。

大晦日は毎年恒例の、本家で伯母さんのお料理。
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毎年ちょっとずつ献立を変えているそうです。確かに確かに。

夏、弊管理人を認識しなくなっていた母方(=本家)の祖母は、名乗ると弊管理人の愛称を呼びました。
そして、元日の朝にお雑煮を食べ、昼に山菜そばを食べて本家を辞する時には、握手を求めてきて、弊管理人は握手をして別れました。認知症状が出る前にはなかったことです。
祖母はよく食べ、声もしっかり出ていて、話しかけると笑い、しばらく大丈夫そうです。
元日は雪が強まって、山奥にいる父方の祖父母には会いに行けませんでした。

2006年の正月に携帯の機種変更という非常につまらない案件をめぐってもめて以来あまり喋らなくなっていた弊管理人と妹は、元日にかけて多少喋りました。
しかし、またつまらないことで喋らなくなりました。
暖房を入れている部屋の戸を弊管理人がちゃんと閉めないとかそういう正しい指摘を受け、「はいはい正しい正しい。その調子で友達百人作ってくれ」と弊管理人が言ったのが最後。
またちゃんと喋るのは数年後かもしれませんが、この兄妹はそういう距離感が合っているようです。

平素独居の父はベッドでiPadをいじり、音楽やyoutubeを鑑賞しながら「そのうち動けなくなって、ここでクソにまみれて死ぬ気がする」と言ったので、「その前に帰ってくるから」と言っておきました。これは結構本気です。が、もうちょっと頑張っておいてほしいとは思います。
「子供の世話にはならない」とずっと言っていた父ですが、そんな考えは老いの中で簡単に霧消するでしょう。

紙焼きの写真を貼り付けた大昔からのアルバムをスキャンするという次回のタスクができました。
はがしてドキュメントスキャナ、というのは可能だろうか?
貼ったままハンディスキャナ、が無難か?
春の連休までに考えようと思います。

* * *

この年越しに読んでいた本が、これ。

■佐藤卓己『増補 八月十五日の神話』筑摩書房、2014年。

連合国に対するポツダム宣言受諾の通達と終戦詔書の日付は1945年8月14日、
玉音放送で国民が知ったのは8月15日、
大本営からの陸海軍に対する停戦命令は8月16日、
降伏文書の調印は9月2日、
サンフランシスコ講和条約が発効して占領が終わったのが1952年4月28日。
8月15日が終戦記念日と定められたのが1963年(5月14日の全国戦没者追悼式実施要項、第2次池田勇人内閣)、
「戦没者を追悼し平和を祈念する日」は1982年(4月13日閣議決定、鈴木善幸内閣)。

8月15日=終戦記念日、のイコールは意外に意義が乏しく国際的にもほとんど通用していないし、この等式が制度化されたのも結構最近だった。実は戦後10年までは玉音放送の記憶は薄れてかけてさえいたらしい。

でも、読む前の弊管理人を含めて多くの人はいま、8月15日=終戦記念日ということを疑っていない。
「お盆」という畑に蒔かれた玉音の種、丸山真男(8月15日没!ちなみに石原莞爾もらしい)の「8・15革命」論や『世界』誌の8・15特集シリーズ、高校野球、メディアの戦後x年企画、教科書、そして国内政治、それに影響される国際政治。いろんなものを吸い込み、そして生み出した言説によってさらに強化されていく8月15日の神話、その成立の過程が描かれています。
情報量が多くてついていくのがちょっと大変ですが、疑っていなかったものの神話性が暴かれていく読書体験はとてもスリリングでした。

戦後60年の2005年に新書で出された本書を読みそびれていてアマゾンで探していました。しばらく前から絶版になってる……と残念がっていたら年末に増補、文庫化されました。わー超うれしいけどなんで?と思ったら戦後70年だった。
情緒=追悼の日・8月15日と、政治=平和の日・9月2日を分けるべきだ、という著者の提言つきであります。これも含めて、今年の春や夏に向けて考えを走らせるには十分な時期の出版だったと思う。
スクリャービン没後100年は記念であって喪ではないが、戦後70年はいまだ喪中っぽい。

2014年12月30日

今年のまとめ

1月 四国楽しかった
2月 台湾がちょー楽しかった、というか素晴らしく楽しかった
3月 結構本読んだ。わちゃわちゃした仕事が開始
4月 これくらいまで確か忙しかった気がする
5月 滋賀県が意外といいところだった。
6月 エチカが意外と面白かった。江ノ島むふふ旅行
7月 ええとなんだっけ
8月 東京サマーランドと茨城の海が死ぬほど楽しかった
  ばあちゃんが弊管理人を認識できなくなっていてちょっと悲しかった
9月 北海道2泊楽しかった。もうちょっと長く行けばよかった
10月 がしがし仕事したけど一気に疲れが出て体調不良
11月 いづもやの鰻がおいしかった
12月 新しいおうちに引っ越した。仕事は最終の金曜にピークが来た

* * *

とても辛かった2012年と13年が終わって、年度が替わって、職場に若い人が一人増えて、そちら方面に仕事が結構流れていくようになったため一息つけた、そんな年だったような気がします。逆に言うと、今年はそんなに「これやったー」という仕事がなかった気がする。手広く楽しく手がけた気はしますが、手を抜いてしまったものもありました。

10月に部屋を買うことを決めるまでは、結構な時間をネットでの物件チェックに取られていました。買うことを決めてからは、諸々の手続きと手配と後始末に忙殺された感があります。しかし、今日までに大体それも終わりました。
なんだか残された時間があまりないということをよく感じました。しかし、これは新しい何かを始めることで乗り越える必要がある感覚だと思います。習い事でもいいし、テーマを決めた勉強でもいいし、旅でもいいかもしれない。何か澱みを撹拌するもの。

8月に扱った案件は非線形物理の方面で、「モデル」というものの基本的な考え方に気付かせてもらえて、個人的にもとても役立った仕事となりました。
モデルはリアリティを多少犠牲にすることで、いろいろな事象を見渡せる、見通しをよくする、新しいデータをどう扱うかの方向付けを助けてくれるもの。逆に言うと、モデルを現実にそのまま適用できるとは限らない。成形して使わなければならないということ。
これを分かっておくと、現実がモデル通りでないということでイライラしなくて済みますし、抽象論も尊重できるようになります。そんなん当たり前やんけと思わなくもないけれど、意外とはっきり言ってくれる人が周囲にいなかったので……

読書では、learn and unlearn の有用さを(再)認識したことです。今年読んだうちの2冊に出てきたはず。本での意味とは多少違うんだけど。
ツイッターでもリアルでもそうですが、周囲からなんやこいつという人や考え方がちょっかい出してきます。それを受け止め、その上でうっちゃる。海綿のように、ずおーっと吸い込み、濾し取って、あとはどばーっと流し去る。
自分が可謬であるということはだいぶ前から大切にしている認識なのですが、それだけだとわりと自己嫌悪ばかりの辛いほうに傾くので、learn and unlearnをセットで持っておいたほうがいい。これも分かってる人には今更ですが、今年はっきり分かったことでした。
あと、頼まれてもいないのに自分の属性を代表しないというのも大切です。

あとはゆっくり噛んで食べる(舌噛んで流血して思い知った)、野菜を努めて食べる(秋に体調崩して思い知った)、といったことかしら。

このようにプラクティカルなことばかりに価値を見た今年でした。
つまり、自分という実在は意外と不確定なものを含んでいなくて、環境の調節によって操作できるということ。
この傾向が今後変わるかどうか分かりません。変わんない気がします。

2014年12月29日

シメの忘年会

夜に持ち寄りの忘年会があるということで、西荻窪に買い出しに行きました。
昼飯として、「シタル」でカレー。いいお味。でも写真撮ろうとしたらカメラにメモリーカードが入ってなかった。

で、「もぐもぐ」でハムだのソーセージだのを買い込む。
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このハム、成田在勤時代から大好きです。

忘年会は18時から。
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1枚1万円のステーキとか、北海道の友人漁師から送ってきたホタテとか、強者揃いでした。
でも弊管理人の持っていったハムとソーセージ、手前味噌だけど、健闘したと思う。
「ハーブのソーセージおいしい~」という声が背後から聞こえて安堵しました。

今年知り合った面々ですが、今年楽しかったことの相当部分をもたらしてくれた人達です。
一時期、弊日記の存在に気付いた一人にヲチされていましたが、携帯を落としたことでURLが分からなくなったそうです。ということで心置きなくひそかに感謝しておくのだ。

* * *

洋室に置いてあった段ボールは今日、ほぼ片付けました。
リビングで暮らしていますが、足元が寒いのでコタツを久しぶりに使うことにしました。
中敷きと布団を捨ててしまっていたようで、あったのはフリース地みたいな中掛けのみ。アラス。早く上掛けを買おう。
あと、ずっとテーブルとしてだけ使っていたコタツは、確認してみると1995年製でした。大学に入った時に買ってもらったやつだ。で、コタツとして使うのも10年ぶりくらい。熱を使う器具なので、ちょっと恐る恐る使ってます。場合によっては買い換えてもいいかなあ。使えてはいるし、暖かくていいんだけど。

2014年12月28日

戒め

23日、クリスマスイブイブディナーとして、シングル2人で天丼を食べてきました。
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日本橋の「金子半之助」は880円→950円に値上がりしてましたが、それでもすんごいボリューム。ごま油の香りも、ちょっと甘めのたれも好きだし、穴子、半熟卵、いかなどの種もおいしいんです。

いつも長い行列ができているお店です。19時20分から寒空の下、1時間強待ちました。
そして通された相席は、向かいがカップル。
食べ終わってるのにニチャニチャと生姜を噛みながら「1500円の価値はあるぜ、この天丼」などという微妙な感想をドヤ顔で語るおにーちゃん。
一杯飲んで帰るべよ、と地下鉄に乗ると、またしても向かいの席に見目よろしくないカップルがいて、しかし握りしめた相手の手をつんつんしたり、話しかけられてもちょっと無視したようなそぶりをしてじらしたり。

  「でも僕ら、あいつら以下なんですよね」

と血の涙を流すわれわれアラフォー男二人。
この経験は戒めである。雪ぐのは来年!と誓い合う遊びでした。

イブと当日はふつーに仕事。

* * *

発注していた棚が届いたので、ようやくテレビをアンテナにつなぎました。
つけてみたけど、特に面白いことはない。
引き続き、部屋ではラジオを聞いています。

* * *

部屋、だんだん住み慣れてきました。
すなわち、自分の手足のリーチを考慮して家具の配置を微調整し、一方で例えばベッドの脚に足の指をぶつけたり、高いところにある棚の扉を開けたままにして頭をぶつけたりないよう、体が慣れてきたということ。
それにしても、自分の持ち物だと思うと、こまめに汚したところを拭き、散らかったものを片付けるようになります。

持ち物が入った段ボールの開梱は、書類を除いてほぼ終わりました。
書類はできるだけスキャンして捨てようと思っています。この作業がまだ少しかかりそう。

2014年12月20日

ラグがきた

いろいろと思うところのある仕事を終えた昨晩は、ラーメンが食べたくなったので、西新宿のえびそば「一幻」に入ってみました。
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新千歳空港で「何食おうかなー」と思いながらうろついていると、毎度目に入るのです。
食べたことなかったけど、わりと香りと味のバランスがとれていて、おいしいと思う。えび要素を加減できて、ちょっと減らし目にすると弊管理人にはちょうどいい感じになりました。

ちなみに今朝5時台に腹痛で目が覚め、ンコして軽快しましたが、たぶんラーメンのせいではない。記憶の痕跡によればお腹出して寝てたような気がする。

* * *

冷たい雨の土曜はお洗濯大会。

午前中に注文してあった2畳ほどの大きさのラグが届いて、やっと部屋が落ち着きました。
フローリング生活も掃除がしやすくていいんですが、足元が冷たくて。

あと、台所とリビングの間に吊す暖簾も到着。
カーテンと布団の色が地味なので、強い色合い(紺の地に朱色の唐傘がいっぱい飛んでる柄)がメリハリになってよいのでは?と自賛しています。

* * *

本の整理もしていました。
結局、ここに住んでいても本はまた増えていくだろうから、今ある棚への収納は抑えめにして、クローゼットにある程度しまっておくことにしました。

段ボールから、OUPが出してる1998年版のA Dictionary of Sociologyが出てきました。
留学先で買ったやつ。ペーパーバックで軽くて持ちやすくていいんです。
Amazonで調べてみたら2014年版も2000円ちょいで買えるんだ!
(Kindleだと1000円とかだけど、電子書籍は所有できないから信用してない)
古いし捨てちゃってもいいかなーと思って一度はゴミ袋に(!)入れたのですが、気がとがめて取り出して久しぶりに読んでみたら、とてもいいので救済しました。
入門書とかリファレンスのたぐいは和書で当たりが少ないのと、それらのジャンルは英語が平易なので、もういっそ英語で勉強しちゃえばいいんだと思うのです。

* * *

昼飯は富士そば。
ミニひれかつ丼ともりそばのセット(550円)にほうれん草のおひたし(100円)をプラスすると、650円という超高級ランチになります。
しかし、ここで100円を払って野菜を食べるのが大人というものなのだ。
どうにかこうにかでも仕事をし、お給金をもらえるというのは貴重なことであります。

2014年12月16日

新居と暗黒物質

引っ越しから1週間経ちました。まだあまり住み慣れた感じがしません。
本とCDの段ボールがほぼそのまま残っているからか。
文庫を並べられる小さめの軽い本棚を買ってみました。しかし、期待したほど収納できないうちに一杯になってしまいました。これまで大半を押し入れにしまっていたけど、今そこまで収納に余裕があるわけでもないんだよな。

間取りは1LDKですが、結局リビングのキッチン寄りに勉強机、奥にパイプベッドを置いてワンルーム生活を始めてしまいました。部屋にいるときはほとんど机に就いていますし、メシも机で食うので、スペースそんなにいらないんですよね。

考えてみれば先週初めまで住んでいた部屋は14畳(収納別)+キッチンという広さがあったのに、実際生活していたのは6畳のじゅうたんの上でした。
学生時代から1~3年に一度は引っ越しをしていたので、ソファもダイニングテーブルも持ったことがないし、家具も軽いものばかりのモバイル生活です。ここ5年は1カ所にいたけど、引っ越す可能性は今後もあります。引き続き重い家具を持つことはないかも。

* * *

化粧水がそろそろ切れるので買わなきゃ、とドラッグストアで買ったのを忘れて、アマゾンでもう1本買ってしまいました。ドラッグストアで買ったのを通勤かばんの中から発見して「ええええ!」となった。同じものを二つ買ったのは初めて。40代の扉を開けてしまった感じ。いやもっと深刻か。

* * *

■鈴木洋一郎『暗黒物質とは何か』幻冬舎、2013年。

暗黒物質とは何か、を説明している部分はそう多くありません。まあまだ見つかってないしね。
Unidentified Flying Objectと一緒で、なんやようわからんものを仮にそう呼んでいる。
それを見つけるためのXMASSという実験を岐阜県の神岡鉱山跡でやっている人です。
UFOと並べると怪しくなっちゃうけど、こちらはちゃんとした科学実験(たぶん)。

・宇宙の組成
普通の物質=4.9%
暗黒物質=26.8%
暗黒エネルギー=68.3%

・候補物質
(1)MACHO。質量の小さな目に見えない天体。存在はするが、COBEやWMAPで観測された物質のゆらぎが説明できない。量も少なすぎる。
(2)ニュートリノ。確かに大量にあるが、質量が少なすぎる。光速に近い速さで移動しているので、現在あるような物質の濃淡を作れない(すぐに一様に広がってしまう)。
(3)WIMP。質量が大きいが、他の物質とほとんど相互作用しない。現在最も有力なのがこれ。未発見の超対称性粒子のうち、ゲージーノ(光子、Zボソン)、ヒグシーノが候補。

・XMASS
暗黒物質に蹴飛ばされたキセノンの原子核から出たエネルギーが周囲のキセノンが紫外線を出す。それを光電子増倍管でキャッチする。

2014年12月09日

部屋を買うの記

わりと便利めな場所に小さなお部屋を中古で買い、引っ越しを済ませました。

今年の7月に会社の家賃補助が切れることが分かっていたので、2年近く前からゆるーりと中古物件を探していました。ちょうど2012年に留学の企てが潰えたあとで、じゃあもう動き回る生活はいいかー、と思った(笑)のもあったかもしれません。家賃補助が切れた時にいろいろ面倒くさい手続きと理不尽を強いられた今年の夏以降は、もう不動産業者とこれ以上接したくない、という思いも加わりました。

さて探し方。まず、次のような基本的考え方を設定しました。

・基本は独り住まい、時々遊びに来た家族や友人をちょっと泊められるくらいの広さ

・自分の資力で無理なく買えるものがいい

・子供を育てるわけではないので、環境<利便

・1981年の新耐震基準以降の建物

上の考え方をもとに希望の価格帯、最寄り駅、築年数を絞り込み、SUUMOをはじめとしたいくつかの仲介業者のサイトをブックマークして定点観測していました。
この2年弱で内見したのは4-5件だったでしょうか。
実は今振り返ってみると、2013年1月に最初に内見し、決まりかけるところまでいった物件がかなりよかったと思います。この時期を底として、中古物件の価格はすごく上がったという実感があります。

今年4月には、再び「これは」という物件があって購入申し込みをしましたが、弊管理人より少し早く申し込みをした人に持って行かれてしまいました。

そんな中で思ったこと、学んだこと。

・ネットで自分がいいなと思った物件は他人もいいなと思っているので、とにかく日を置かず見学の申し込みをすること

・しかし、よほどピンと来たものでなければ「今(あるいは明朝)決めてほしい」という業者に乗ってはいけない。大抵ブラフである

・そんなこんなで数を見ればだんだん目が肥えてくる

・新築も視野には入れていたが、広告費とかいろいろ乗っかってる値段を考えると、結局は10~15年落ちの中古が出るのを待つのがいいのかな、と弊管理人は思った

・ちなみに、2000年代初頭の物件は売出時の価格がそもそも安かったものが多いようです

・それにしても仲介手数料というのは、それで得られるサービスを考えると見合わない。特にネットで探していると掘り出し物を見つけてくれるのは業者ではなく自分だろうという思いを強くする

・仲介手数料無料の業者もあり、大手でも時々自社物件を仲介手数料無料で売ったりするが、これでいいものに当たる確率は結構低い

・相続とか結婚とかといった売主側のライフイベントに伴って「早めに処分したい」という思いで売りに出された物件はわりと買い得なものが多そう

・気にしだすと気になる人は、ワンオーナーの中古か新築にこだわったほうがいいかもしれない。あまり過去のことになると、何があったかは調べても出てこない

・駅徒歩10分は結構遠い

・築25年はかなり古い

・リフォーム済みの物件はかなり割高。定点観測していると、ちょっと安め・古めの1LDK物件がいったんサイトから消えたと思うと、フルリフォームされて500万~1000万くらい高くなってまた売り出されるケースをいくつか見かける。多分これは自分で見積もり取って必要なことだけやったほうが安い

・内装や引っ越しは面倒でも合見積を取るべき。これらは個別性が高すぎて「相場」というのが非常に見えにくいと感じた

・譲っていいラインははっきりさせ、それ以上は妥協しない。検討すべき物件の数ばかり増えるが、そこに「これだ」というものは入ってこない

・とはいえ、賃貸には賃貸の良さがある(設備を自分で更新しなくてよい、長持ちさせようというマインドがなくてよい、必要な保険にさえ入れば天変地異が気にならない、転居するときに面倒でない)ので、比較考量が必要です

-----------------ここからはこのかんの日記です

【10月25日】内見→購入決定

ネットで見つけた物件の内見。

○40平米弱という数字の印象と比べて居室が広い(間取りが合理的な)のに好感
○売り主さんは10年ちょっと前に建った時に買って、それ以来住んでいる
○売り主さん話したが、丁寧に使っておられる印象を持った
○眺望は良いというほどではないが、室内は日が入って明るい
○かなり便利な立地。のわりに静か
○値段は自分にとって適正と思えた

△自転車、バイクが置けない
△収納がちょっと少ないかな

ということで、購入申し込みをした。
この段階では(業者には迷惑だが)キャンセルに伴う負担は全く発生しないので、とりあえず家に帰って、つらつらと悪い点がないか検討したが、結局大きなものは見つからなかったので購入の意思は変わらなかった。
結局、弊管理人を含めて3組が購入申し込みした。他は投資用とセカンドハウス目的だったということで、売り主さんは自分が住む用にと考えていた弊管理人を選んだとのこと。

【10月28日】契約

前の晩、突然どう転ぶか不安な仕事が飛び込んだものの、なんとか早朝に収束し、契約へ。
大手仲介業者の事務所で約2時間、諸々の説明を受け、契約書類を作成。
契約は物件価格の1割を現金で支払い。近隣の銀行で下ろして持っていくのドキドキした。
会社に行ってちょっと仕事して、そのまま1泊出張。疲れた。

【11月7日】引っ越し準備開始。押し入れ総ざらえ

引っ越して5年、中身を見ていなかった押し入れの段ボールを開いて、ものの多さに愕然。
シンプルな暮らしをしているつもりだったが、全くそんなことはなかった。
自己イメージが完全に転覆。
いらなくなったものを都度捨てないずぼらな性格がこういう事態を招く。

ある程度やってから出勤したら仕事が思いの外遅くなって、午前3時就寝。へっとへと。

【11月8日】押し入れ総ざらえの続き、と、引っ越しの手配

ちょうど古布回収の日だったので、両手にパンパンの大袋を二つ下げて古着をリサイクルに出した。

電気製品の空き箱がいっぱい。これはすべて廃棄。
それから、本が多い。とにかく多い。
ブックオフの回収サービスを利用して60冊くらい処分することにした。
本は捨ててはならない、というのが父の教えだが、これは読んだけど持っててもしょうがない、というものが結構あるので許していただきたい。昔買ったものほどそういうものが多い。時の流れに耐える作品ではないようなものばかり買っていたということ。

引っ越しの見積もり依頼をネットで2社に送ったら、1社はすぐに担当者が来訪し、内見をし、「今決めてくれたらこの値段でやる」というのを出してきた。なんとなくその値段でいいような気がしたし、面倒なので即決。数十分後には段ボール30枚が届いた。すごい、この生き馬の目を抜く感。

【11月9日】鍵交換の相談

仲介業者の系列のリフォーム会社と電話し、鍵交換の相談。
当初35000円くらいという見積もりだったが、結局25000円弱でできるとのこと。
ただし40日かかるという。住み始めてからの交換になりますね。
ちょっと迷って回答保留したものの、まあ交換しておくかという気分になりつつある。

【11月10日】服や本を引き続き整理しつつ、新居内装の日取りを決定

棚や引き出しの中にあるものを総点検。
「捨てられない思い出の品」だけは小さなプラスチックの箱にまとめ、あとはばさばさ捨てる袋へ。

リフォーム会社の見積もり2社目。1社目より安くできそうなのでこちらに決めた。
壁紙を替えてハウスクリーニングするだけだが、予備日を入れて計4日を要する。
12月9日想定の引っ越しに間に合う日取りを押さえられたので、あとはうまくやってもらえることを願うのみ。
週末、最初に日程を訪ねたときは「今契約しないと年内厳しいかも」というトーンだったのに、見積もりを取り、さて比べるかという段では「日程取れそう」という。これまで内見した際の不動産屋もそうだったが、人を急かすために適当なことを言う対応はホントに腹立つ。
部屋を買ったときの仲介業者さんが、工事にあたって建物の管理組合との仲立ちをしてくれるというので、それをお願いする。

引っ越し時に上下左右の部屋に挨拶が必要か訪ねたところ「やっておいたほうが」とのアドバイスもいただいたので、それもやることにする。

【11月11日】資源ゴミを出してから、水回りを片付けた

前夜に10年前の仕事の資料をうっかりゴミに出し、やっぱりこれは会社のシュレッダーで……と思い直して朝、外を見たら回収済み。第三者に掠め取られたらちょっと事かなあとへこむ。こういうところの気が利かない。

ジャムの瓶、変色したジップコンテナ、その他、今日も「よくまあこれを捨てずにいた」というものが続々。
一番強烈だったのは2007年が賞味期限のみかん缶。ぱんぱんに膨れており、缶切りで穴を開けるとシュールストレミングか五社英雄かというくらい汁が噴き出した。
ほかにも数年たってると思われる缶詰がいくつか。

あと、洗面台周辺は使わないのにとってあるホテルや航空機の歯ブラシがたくさんで、全て廃棄。
試供品をときどきもらうボディソープやらシャンプーのたぐいも多いが、これは使いでがあるので未開封のものはとっておくことにした。

【11月14~16日】鍵発注、洗濯機決定、本とCDと衣類と布団と水回りの整理

9日に保留にした鍵は、結局発注することにした。気分の問題ではあるが、まあ。

ビルトインの洗濯機は乾燥機能が壊れたということで、売り主さんが新しい洗濯機をつけておいてくれることになった。
その機種が「これ」ということでメールで送られてきたが、定価で30万もするもの。
今のスペースに置き場を作って3万くらいのやつを付けてくれればそれでいいんですけど、と伝えていたものの、負担としては変わらないのだとか。
そんないい家電いらないのだけど。でも有り難く使わせていただくことにしよう。
いま使っている洗濯機は1999年製(確か妹が大学に入ったときに買ったやつのお下がり)なので、どちらにせよ買い換えのタイミングだった。

本に加えて、CDを整理。
ブックオフ引き取り(第3便)を出すことにした。本20冊くらいと、CDを20枚くらい?
CDは容易に手に入らないもの以外は手放すことにした。信じられないが、このメディアがもう自分にとってほとんど必要でないことに気付く。
本も断腸の思いで相当整理したが、それでも結構残った。これはまだ電子書籍あるいは自炊に頼るには心許ない。

布団は客用を1組残すことにした。引っ越し先での置き場を工夫しないといけないが。
座布団は捨てる。座椅子は残す。こたつ布団はこたつとともに持っていく。

ベッドの下の衣類ケースを5年ぶりに引き出して整理。
5年見なかったということは必要ないのだ、と決心して結構捨てた。3ケースが1ケースにまとまった。

それにしても不要なものをたくさん持っている。
札幌を出る時にも相当捨てた気がするが、結局会社の負担でやる引っ越しだということで整理に甘さがあったのだろうか。
それから、食料品を中心に、買ったけれども賞味期限を迎えたものが結構多い。猛省。

【11月22~24日】リスト化したものをいろいろこなす

電気、ガス、水道の引っ越し手続き。
あと、懸案だった鉢植えの、大きな鉢への植え替え。
借りていたCD、職場に置いておく本を職場に持っていった。

【11月27日】売買手続き終了

あらかじめ夜勤を入れておいたので、午前10時から仲介業者の事務所で残金支払いと登記の手続き。
これまで買った最も高いものは車だったが、桁を更新した。
立ち会った司法書士から「権利書がそのうち送られてきますが、なくさないで下さいね」と注意。こ、これがよくドラマなんかで持って行かれるやつか……

午前中で手続きはすべて終了。売り主さんと一緒に部屋に行き、さまざまな機器の使い方、注意事項などを教わる。おととい荷出しをしたあと、かなりいろいろ掃除をしてくれたとのこと。きれいです。どうも。
それにしても家具が置かれていると部屋って実際より広く見えるのですね。

壁紙の張り替えとハウスクリーニングを頼む予定の業者さんが来て室内を点検。「クリーニング……しなくていいくらいきれいですね」と。それでも気分の問題もあるので、ということで一通りやってもらうことにしつつ、すこーし値引きをしてもらった。
あとはガスの開栓手続きをして今日の作業は終了。

【11月29日】新居にちょっと行く

壁紙を貼り替える業者が「灯りがいる」というので、照明器具をつけに行った。
ついでにリビングのカーテンレールの詳細調査を実施。
カーテンレールがカーブしていて長いというちょっと特殊な窓だが、前の居住者(=売り主さん。売買が終わったので改称)が2列のうち1例を外して処分した上、ブラインドを取り付けていたので、ちょっと細工が必要になった。DIYでやるつもり。巻き尺とカメラで念入りにサイズと位置関係を記録し、作戦を練る。

【11月30日】普段使いのものを片付け開始

週末自炊生活だが、引っ越し直前の土日はもう自炊しないことにして、その前の日曜に当たる今日は冷蔵庫の中を初め、食器、机上などにある普段使いの雑貨の箱詰めを始めた。

引っ越し先の近所にいる友人に連絡。
「遊びに行く~」と言われて実感がわいてくる。

【12月1~8日】最終の作業いろいろ

3~5日は壁紙の張り替え、6日はハウスクリーニングで新居の準備は整いました。
旧居では最後に日常使うものをパッキング。新居には据え付けの洗濯機があるので、15年ものの洗濯機を処分。それにしても最後のパッキングといいつつ、モノはまだまだ出てくる。

【12月9日】引っ越し

午後遅い時間になるかも(その分、安いというプラン)といっていた引っ越しが、空きが出たとかで朝からできることになり、午前中に引っ越し完了。前の日が夜勤で就寝が2時ごろ、起床は6時半。眠い。
某サカイを使ったが、手際よし。隣戸へ「音が出ますけど」という挨拶もやってくれるんですね。

ということで午後ちょっと仕事関係の集まりを覗き、途中で抜けて旧居へ退去の確認手続き(破損などがないかどうか)に行って、これですべておしまい。旧居に住んだ5年はかなり短く感じた。

夕飯を挟んでのろのろと荷解きをしていたが、頭痛がするほど疲れてきたので頭痛薬とビタミン剤を飲んで就寝。

2014年11月15日

本とかいろいろ

■Dodds, K., Geopolitics: A Very Short Introduction (2nd ed.), Oxford: Oxford University Press, 2014.

地政学。領土と資源。ナチによる利用によって汚れたこの言葉は冷戦下のアメリカで復活する。
しかし、あえて歴史学や社会学、あるいは国際政治学とは違った一つの領域として存在する必要があるのだろうか、と読んで疑問は深まったのでした。

■池上英洋『西洋美術史入門〈実践編〉』筑摩書房, 2014年.

もらいものの本。

絵の読み方。
・いつ、どこで、誰が、どのように、何を描いたかを特定する(1次調査)
・1次調査に使った史料を使って、誰が、いくらで、どういう意図で注文したか、作者がどこに所属し、それ以前にどんな絵を描いていたか、当時の評価はどうだったかを調べる
・その当時、その地域では、政治、経済、宗教、疫病などがどんな状況だったか調べる
といった方法を、いくつかの題材を使ってやって見せてくれるのですが、これがもうすごい。面白い。
キリスト教を、西洋史を、絵画の技法を知っていると、その絵の中にいつも「見えて」いるのに「見て」いなかった情報が次から次へと顕現する。

* * *

社内に鰻の専門家がいるのですが、その方が勧めてくれた日本橋「いづもや」で鰻重を食べました。
鰻のうまいまずいはよく分かんないんだけどな、と思っていましたが、うまかった!(そして高かった)
自称「鰻中毒」のお仕事相手と、「鰻すっごい好き」という上司ともに「うまい」と言ってました。
このように仕事絡みだったので写真撮れず。
晴れの日にまた行こう。

* * *

10月から悪かった体調が回復。
甘いもの我慢して、自炊で野菜食べて、よく寝て暖かくしてようねって話でした。

* * *

睡眠についてのレクチャーを聞くことがありました。
・寝酒はダメ(晩酌はよい)
・昼寝は午後早めに10分
・眠くないのに無理して床につかなくてよい
・寝付きがよくなる条件は各人で見つけましょう
というあたりが「へえ」でした。
健康づくりのための睡眠指針2014」よくできてます。ちゃんと根拠となる文献を示しています。

2014年09月08日

北海道など

8月の終わりに遅めの夏休みをと思っていたら仕事が込んじゃって、結局できたのは2泊の北海道旅行。
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今回は前日に行くことを決めたので、お安いLCCバニラエアを使いました。

とりあえず札幌に出て、和食のお店に入ってうに豆腐。
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んで、新サンマ食いますよね。
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その後、現地友人と落ち合って超クラシカル喫茶「赤い館」で深夜のカツカレー(小)
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遠近法を加味しても奥のナポリタンと比較したサイズ感がおかしいと思いませんか。

翌日は白老町に向かいました。
札幌駅のバスターミナルから中央バスを利用し、室蘭本線に乗り継ぐはずが、平気で遅れて回復運転もしないので、乗り継ぐ駅を急遽変えて、JR竹浦駅までダッシュするはめに。くそが。
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で、白老駅まで行ってアイヌ民族博物館へ。
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古式舞踊。鶴の親御さんが子どもに羽ばたき方を教えてるんだって。
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ムックリ(竹製の民族楽器)
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オハウ定食をいただきました。オハウは野菜や魚を煮た汁。鮭うめーなー
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博物館はざっと見。この紋様好き。Tシャツほしい
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お宿は虎杖浜の民宿500マイル。
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この太平洋を望む露天風呂に入りたかったのだ。
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お茶菓子代わりに出てくる毛ガニw
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ご飯の豪華さでも知られたお宿です。
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たらこで有名な土地ですのでたらこ、いくら、お刺身にいかの陶板、たこのマリネ、えびとかにの入った玉子豆腐、ツブ貝、かに汁。まあ弊管理人はあまりナマモノを食べないのですが(笑)
夜は持ち込んだ仕事に勤しんでしまうという。

翌朝、チェックアウトしてぶらぶら。北海道っぽい町並みを楽しんで戻りました。
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北海道は2泊でもいいけど、ちょっと短いね。

* * *

この週末は土曜仕事→夜遊び→朝6時半までクラブ遊び的な何かと飲酒→日曜仕事→うっかり飲酒→月曜仕事をキューピーコーワゴールドアルファプラスのドーピングで乗り切りました。

最近悟ったことですが、休みの日というのはぐったりしていても回復しない。
徹底的に疲れて死と再生を経ると結構回復する。

刑場に引かれていく死刑囚には、道ばたの花がかつてなく美しく見えたという。
人生の有限さへの認識が「今・ここ」を輝かせるのだ。
夏から遊びすぎてるアラフォー(弊管理人)の心象風景w

2014年08月10日

最近のつれづれ

とりあえず食い物の話。
ほっともっとのガパオが健闘している!
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* * *

この20日ほどの間に、実はいろいろ読んでいた。

■藤田大雪『ソクラテスの弁明』叢書ムーセイオン刊行会,2013年.

道理で押して説得に失敗した最古の記録か。
死刑が出たあと、裁判員に向かって「おまえら後悔するぞ、ばーかばーか」と言うジジイが痛い。

それはいいとして、
死というものが死後の世界への移動だとすれば、そこはこんなクソ現世よりいいところだと思うし、
死すなわち無だとしても、それはクソ現世よりいい状態かもしれない。
そうソクラテスがとらえているのが面白いと思いました。

ちょうど先週、過去いっしょに仕事をしたことのある人が、(おそらく)ここ最近置かれていた辛い立場に耐えかねて自殺してしまったという報せに触れて、同じようなことを考えたからです。つまり、死ぬほど辛い思いをしたというのは大変な不幸ですが、自殺はそういうクソなシチュエーションから逃れる手段の一つとして正当化されると思う。
知らない人の自殺には「死なないで説明責任を果たすべきだった」とか「遺された人たちの悲しさを考えると死ぬべきではなかった」などと本人の社会的な立場に関連したつまんない論評を加えるのが人の常です。しかし知っている人だと、そういう論評も頭には浮かぶものの、そのほかに本人の主観について慮ってしまったりするもの。

本とは関係ありませんが、意識が混濁しているような状態だと、自殺のような重大事でも、しない、と、する、の間にある壁を越えてしまうことはありうるな、と思ったこの週末でした(半覚醒の状態で、普段なら送らないけど送りたい気もしていた内容のメールを送った、という程度のことがあった)。

■宇野重規『民主主義のつくり方』筑摩書房,2013年.

(前半)教科書を書いてほしい感じ(→と思って調べたら有斐閣アルマ書いておられた)
(後半)希望学方面の文章は読んでも頭に残らないのってなぜなのだろう

■東浩紀『弱いつながり』幻冬舎,2014年.

・凝り固まった日常を攪乱するのは物理的な移動。ネットを持って旅に出よう
・「現地の生活者目線でものを見るのが正しい」みたいな「ほんとうの旅」像に囚われるのはやめよう
と、軽やかに観光旅行に送り出してくれる本。夏休みの予定考えないとな。
ところで、上の宇野本にも「弱いつながり」が出てきてました。

* * *

実家の父から箱で送られてきた桃(16玉入り)を、すごい勢いで食べているところです。
うまいね、桃。うまいよ。大好き。

2014年08月05日

プール

金曜は会食→深酒を楽しくこなして就寝。
土曜は酒(の疲れ)が残ったままゾンビ状態で仕事。
日曜は友人ら10人と東京サマーランドに行ってきました。
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↑この写真は屋内のプールで、波が発生する1時間に1度だけこの剣幕で混みます。
あとは流れるプールで半日流れてました。
めちゃんこ楽しかったです。
浮き輪で浮いていると肩がある程度焼けるだろうと日焼け止めを塗っていたのですが、頭皮を忘れてた!
痛い。
それにしても、こういう集まりに誘っていただけるというのは果報者だな。
つとに「海やプールが似合わない」と言われていた弊管理人ですが。

2014年07月21日

溺れる/救われる

■レーヴィ, P. 『溺れるものと救われるもの』(竹山博英訳)朝日新聞出版,2014年.

アウシュヴィッツから生還し、その後40年余を生き続けて1987年に自殺したプリーモ・レーヴィが死の前年に出版した本です。日本では2000年に翻訳が出て、今般選書に入りました。
ラーゲル(強制収容所)の記憶と、時代を下るとともに現れる記憶の歪み、そして人々の認知の歪みに向き合い、その体験をいくつかの主題に結実させ、それをエピソードとともに差し出した。誰にも、いつの時代にも起こり得ることとして。

ユダヤ人を抹殺するとともに、その記録と記憶を抹殺しようとしていたさなかでも、完璧にそれを遂行することはできていなかった。とすれば、同時代のドイツにラーゲルの実態が広く共有されなかったのは、SSだけではなく、目と耳と口を塞いだ多くの一般人の責任でもある。戦後40年の間に、その事実は振り返ることが可能になる程度に蓄積したが、同時に直接の経験者は次々と世を去り、共有された記憶もまた砂のようにこぼれ落ちていく。(序文)

虐待者の記憶は時間が経つほどに構築される。命令された、仕方なかった。そして被虐待者の記憶も時間とともに薄れ、あいまいになる。それどころか、事が起きている最中にも認知は曲がる―「戦争はもうすぐ終わる」「ポーランドのパルチザンが収容所を解放し始めている」(1 虐待の記憶)

ラーゲルに存在したのは迫害者と犠牲者の単純な分割ではなかった。そこには「灰色の領域」があった。到着したばかりの「新入り」を殴るのは古参の仲間=生き残るために特権を求め、それを得た囚人=当局への協力者で、ラーゲルの中には複雑な構造があった。それは全体主義社会の縮図だった。その極北が「特別部隊(ゾンダーコマンドス)」として選抜されたユダヤ人を中心とする囚人たちで、十分な食事を与えるかわりに死体の髪を切り、金歯を抜き、荷物をより分け、死体を焼く任務を遂行した。しかしその秘密を外に持ち出さないよう、彼ら自身も数ヶ月のうちに殺された。任務を分有しながら犠牲者となる、灰色の領域の住人。彼らが置かれた状態こそが真正の「命令による強制の状態」であり、ナチが法廷で主張した「命令された」という言辞のぬるさをあぶり出すのだ。ポーランドはウーチのゲットーで議長として君臨し、ドイツに取り入り、やはりガス室に消えたハイム・ルムコフスキもまた灰色の領域の人だった。しかし「自らのもろい部分を権力に絡め取られることはない」と確信することなど、私たちのうちの誰にできるのだろうか?(2 灰色の領域)

戦争の終わり、隷属状態からの解放。しかし、それが苦痛からの解放となるとは限らない。生き残った中には「恥辱感」を抱いた人がいた。収容所の中では動物のように暮らしており、動物は自殺をしなかった。生きることに忙しかった。しかし解放後には耐え難い反省の時期が訪れた。命と引き替えにではあったが、できたはずの抵抗をせず、仲間との連帯を放棄し、自分の生存に集中した。誰かの犠牲と引き替えに今、生きているのかもしれない。不可逆的に消耗した「回教徒(ムーゼルマン)」という隠語で呼ばれた人たちも、抵抗の闘士も、生き残って語るべき人たちこそが帰ってこなかった。(3 恥辱)

収容所には、ドイツ語を知らないイタリアのユダヤ人がいた。ドイツ語で発せられるSSの命令が理解できない、生きる糧をどうやって得たらいいか分からない、殴られないように知っておくべき規則を理解できない。したがって、どこから危険が降ってくるかも予測できない。意思疎通ができないことは、生命維持にとってはマイナスに働いた。隠語、イディッシュ語、ゲーテのとは違った卑俗なドイツ語が飛び交い、収容所ごとに言葉の体系ができていた。収容所と別の収容所の間は隔てられ、群島のようだった。そして、その外にいる家族や祖国からは切り離されていた。既にそれらが存在しない人もいた。(4 意思疎通)

侵略や戦争といった目的達成のための暴力と違う、「無益な暴力」が収容所を支配していた。老人、病人を問わず詰め込み、水も便所も供給しないまま行われた鉄道移送。人間から尊厳を奪い、獣に変身させる排泄の強制や禁止、剃毛、スプーンを使わずスープを「なめさせる」こと、病人や死人までも整列させて行う点呼、入れ墨、科学的に意味のない人体実験。できるだけ大きな苦痛と卑しめを伴った死を強制する。その遺灰や遺髪は産業利用に供される。(5 無益な暴力)

「理解しようとするな」というラーゲルの教えと、理解しようとする教養の齟齬。信仰を持つ者の強靱さと、ラーゲルの邪悪さを目の当たりにして無信仰を強めた著者および哲学者のジャン・アメリー。(6 アウシュヴィッツの知識人)

アウシュヴィッツを生き延び、そのことを語る者に、いつも問いかけられること。
「なぜ脱走しなかったのですか」――しかし戦争捕虜と違って、寒さと飢えと病気と暴力によって体力を奪われ、灰色の領域の住人たちや一人の逃亡で引き起こされる混乱を恐れた同輩たちからの監視の中にあり、脱走して匿われる場所もないのに?
「なぜ反乱を起こさなかったのですか」――実際に反乱は起き、そしてほとんど成功しなかった。また、多くの人たちは究極的な抑圧の中で消耗しきっており、反乱を起こすことができなかった。
「なぜラーゲルに連れてこられるような事態になる前に逃げなかったのですか」――当時のヨーロッパは現在と違い、外国は遠いところであり、移住には費用やつてが必要だった。そしてヨーロッパのユダヤ主義は定住的で、家庭的な道徳律を持っていた。何より、不安な推測は現実になるまでできないものである。今だって核爆弾と第三次世界大戦の危機はないといえるだろうか。なぜ影響の及ばなそうな南太平洋の国々にあらかじめ私たちは逃げ出さないのだろうか?(7 ステレオタイプ)

1947年に出版した『アウシュヴィッツは終わらない』のドイツ語訳に対して、40通ほどの手紙が寄せられた。命令されたから仕方なく従った、一部の指導者が引き起こしたことだ。しかし、その政権は投票によって選ばれており、「鬼畜なやつら」と「騙されたわれわれ」の区別はできない。迫害を実行したのは「悪い教育」を受けただけの普通の人々だった。そして暴力はその後も常に世界のここかしこにある。何世代かを経て、マイナーチェンジを施したアドルフ・ヒトラーが現れる可能性はある。警戒は続けなければならない。(8 ドイツ人からの手紙、結論)

* * *

■町田康『パンク侍、斬られて候』角川書店,2006年.

職場の人に貸してもらった本。
風刺と見ることもできるけど、そんなことは気にせず酸鼻などんちゃん騒ぎを楽しめばいいんだと思う!

* * *

最近の買い物、二つ。

(1)ソニーのノイズキャンセリングイヤホン、MDR-NWBT20N。
2年ほど使った先代が断線したので買いました。通勤電車に地下部分があるので、ノイズキャンセリング機能は必須なのです。Bluetoothを搭載していて、しかも手許で再生/停止、早送り/巻き戻しができるので、iPodをカバンの中に入れたままにできるのが、使ってみて気付いた大変便利な点です。

(2)東京西川の敷き布団AIR 01。
いつからか覚えてないくらい昔から使っていた敷き布団を何となく取り替えたくなって、どうせならということで、ちょっと高いやつを買ってみました。
ウレタンでできてます。なんかぼこぼこ山がいっぱいついてるスポンジの上に寝てる感じ。ネットの口コミでは[腰痛が治った」「途中で起きなくなった」など絶賛が相次いでいますが、そういえば弊管理人はもともとそんなに運動器や睡眠に問題を抱えていたわけではないので、あまり実感はないかも。
それより今は体が慣れようとしている段階と感じます。ウレタンの臭いも気になるといえば気になる。評価はもうちょっと経ってからかなあ。

* * *

3連休は真ん中の日に働いてしまい、連休ではなくなりました。
その内容についてはいろいろ言いたいこともありますが、言ってもしょうがないので沈黙。
それより、そろそろ夏休みのことを考えるのだ。

2014年06月22日

本を読む

弊管理人と本とのおつきあいを、自分用メモを兼ねて書いておきたいと思います。

【なぜ読むか、何を読むか】

弊管理人はもともと本を読む習慣はありませんでした。中学の時にはあまりに本を読まなすぎて国語の成績を下げられたほどです。親は結構活字を読む人なのですが、どうしたことでしょう。

それでもするっと大学に入りました。ところが、周囲の、特に東京の私立・中高一貫校から来たような同級生たちが、入学直後の自己紹介で「好きな作家はジェイムス・ジョイスです」「ポスト構造主義に興味があります」などと意味の分からないことを言っていたのに衝撃を受けました。

文献を読んで発表をする練習となる必修の授業でも
  せんせ「では感想をどうぞ」
  弊管理人「えっと、難しかったです……」
  せんせ「あ、はい。次の方」
  次の方「この議論にはマイノリティという視点が欠けていると思います。云々」
という教養とお作法の差を経験し、とりあえずいろんな本を手に取るようになりました。

しかしそれで最終的に追いついたかといえばそんなこともなく、放任気味な大学生活の中で勉強やアウトプットの仕方を習得せず、必読書とされるものをきちんと読まないままテキトーな卒論を書いて卒業してしまいました。
結果、不足感とか、やるべきことをやらないで通過してしまった後悔が残った。それが今に至るまでなんとなくページをめくっている動機かなと思っています(追記:動機「の一部」です、たぶん、反芻してみると)。でもま、それでも本好きというほどの読み方ではないんですけど。

在学中や就職してしばらくは、次の理由から、新書や新進の著者の本をよく読んでいました。
・新しい本は、古い本を踏まえて書いてあるのだから、新しい本のほうによりよいことが書いてあると思った
・概説書は、必読書を要約して書いてあるのだから、概説書を読むほうが効率がいいと思った

これはこれで速効性の利益はあったのですが、しかしどうも自分のものになってない感じもしていたように思います。特に日本語の本には碌な要約がなかった。

で、わりと最近になってやっと、古典は古典でちゃんと読もうという「忘れ物回収プロジェクト」を始めました。就職してから、何か情報を得るのに又聞きは危ない、本人に直接聞いたほうがいいという経験が重なったせいもあるのかも。何年続くか分かりませんが、
・特に分野を限らないで、ある本を読みながら「次はあれかな」と思った本を渡り歩いていく
・いい解説、いい訳、値段がお手頃、あたりをゆるく優先する
・でも偶然勧められた本やその時々に話題になった本との浮気を恥じない
・ついでに、ちょっと人に見せたい本棚を作るつもりで本を選ぶ
・焦らない、早く読むことを偉いと思わない
・ただし、一語一語にあまり拘泥せず、それなりのスピードで進むことも理解のためには大切
・どーしようもない本に当たってしまった時も、半分くらいまでは頑張ってページをめくる
というのを基本線にして進めています。

【本を1日どれくらいの時間、読むか】

生来まったく本の虫ではないので、手持ち無沙汰の時にしか読みません。
平日は通勤電車に乗っている間(20分×往復)が標準で、面白く読んでいる本なら仕事中にちょっとできた待機の間にも読みます。
休日はどこかに出掛けようと電車に乗った時に読みます。ただし初めての土地の場合は車窓の風景に見入ってしまうので読みません。電車以外ではあまり読みませんが、ときどき喫茶店に入って読むこともあります。

通勤電車のペースに慣れたせいか、1回読み始めて注意が持続するのは20分くらいです。
それ以上読む時間がある場合でも、ちょっとツイッターを見たりとか、別のことをしてから再開します。

読むのも結構遅いほうではないでしょうか。文庫本の場合、電車の片道20分で10~15ページくらいです。

【どうやって読むか】

弊管理人が本を読む機会は大抵メモが取りにくい(電車の中とか、ふとできた時間とか)ので、妥協して次のような手順を取るようになりました。ほんとはメモがいいんですけどね。

1 助走として、解説、あとがきを先に読む
2 本文を読み始める
3 この際、付箋を鋏で縦に3等分し、裏表紙の前のページにまとめて貼り付けておく
4 大切だと思ったところ、変だと思ったところに付箋を貼りながら読む(3、4は下の写真参照)
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5 頭の中にポンチ絵を描きながら読む。読み進めながらポンチ絵に修正を施す
6 解説、あとがきをもう一度読む。解説が役に立たない場合、手頃な解説書を別途1冊読む
7 弊サイトの管理画面を立ち上げる
8 ポストイットを貼った箇所に注意しながらを最初からもう一度ざっと読み、エントリを書く
9 書く内容は:本をどう理解したか(ポンチ絵を字にする)、どこが面白かったか、どこにイライラしたか、これまでに読んだ本と何か関連することがあったかどうか
10 本棚にしまって次の本を通勤カバンに入れる

この方法には、話の筋とその時の心境をざくっと掴み、それを記憶として固定し、後でもうちょっとちゃんと参照したくなった時に辿る、という作業がしやすい利点があるかなと思っています。
弊管理人は、1冊に深く関わるより、浅い読書を重ねながらイメージをだんだん濃くしていくタイプの理解をする癖があるようなので、こういうスタイルになったのかもしれません。1冊1冊について弊サイトに書きつける作業はインデックス作りのようなものと考えています。

ただし仕事用に読む本や書類はこの限りではありません。大抵の場合は厳密さとスピードが求められるので、頭の中ではなく、デスクでお絵描きし、シソーラスのようなものを作りながら読みます。あと、分かってる人と話して確認するという作業も結構やります。

弊管理人は「小説もビジネス書もほとんど読まない」「目的を持って読んでいない」「いつもぼっちで読んでいる」と、本とは結構特殊なつきあい方をしているので、誰かの役に立つとも思えませんが、一応こんなところです。ここ改善するといいよ、というような助言がありましたら是非教えて下さい。

* * *

2010年の終わりから3年半にわたって弊管理人のさまざまな悪事の片棒を担いできたiPod Touch、先週アスファルトに落とした際に画面にいっぱいひびが走ったのを機に引退となりました。実のところOSのアップデートが重なったせいか動作はかなり遅くなっていましたし、バッテリーもへたっていたので、いいきっかけだったのかもしれません。

後継は現行の第5世代iPod Touch。第6世代がもうすぐ出るんちゃうかという思いはありながらも、アップルのウェブストアで整備済み品(外装とバッテリーを交換した中古)が安く出ていたので買ってしまいました。深センから3日かけて来るのな。へー。
これで引き続き外でのメールもネットもiPodでできるので、ガラケーユーザーは当面継続です。iPodが軽い動作、ちゃんと1日もつバッテリーに変わって新たな悪事に手を染めることになりそうです。

* * *

夏至の土曜と今日は静かに過ごしました。
雨の朝だと明るくならないので長めに寝られていいっすね。

2014年05月10日

37

37ちゃいになりました。
この数字、結構な後半ぽさがある。

* * *

新橋「駿」の水炊きラーメン。
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飲み屋さんですが、昼の部はラーメン、焼き鳥丼、そぼろ丼があるようで。
あっさりしていて非常にうまい。

2014年04月20日

特に何もない

特に書くほどのことはないのですが、最近のあれこれ。

■コメント欄閉めました

スパムコメントがすごい数来ていて、いただいたコメントとの区別ができなくなっているため。
Movable Typeをアップデートすると解決しそうな気もしますが、めんどくて。
右カラムの自己紹介のところに追記しましたが、@amebontanでツイッターをやっていますので、何か言いたいことがありましたらそちらへお願いいたします。

■食ったものとか

錦糸町「佐市」のえびつけ麺。
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このお店ではやはり、牡蠣ラーメンを頼んでいればいいというのが結論です。

家ですぱげっち食おうとしたら悲しいことが起きたりしていました。
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汚いシンクはこのあと、使い終えた歯ブラシを使って掃除されました。
すぱげっちは悔悟の上、廃棄されました。

■京都に出張しました

丸太町駅からちょっと歩いたところにあるCafe Bibliotic Hello!でケーキ食って帰りました。
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しかしbiblioticってなんなんだろう。
図書館だったらbibliothequeだし、筆跡鑑定学ならbiblioticsと複数形になるはず。
図書館というほど本もないが、長居はできそう。
あまり行かない地域なこともあり、フードメニューを試す機会はもうなかろうかなと。

* * *

ほんとにどうでもいいことをついでに。
学生時代に取り組んでいた問題集だと「基礎/応用」って「簡単/難しい」というイメージだったのですが、basic/appliedってそれとだいぶ違う意味ありますやんね。
基礎法学とか基礎生物学って難しいこといっぱいやってますし、応用倫理学や応用物理学がそれらより難しいってわけでもないようですし、むしろ志向の違いというか。
というのはここ1、2カ月、弊管理人の精気を吸い取っている仕事で「simple/easyは別物である」ということが論点の一つになっていたので、まあ、ちょっと、連想で。

2014年03月31日

花見

今年も靖国神社の夜桜を見てきました。
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2013年3月31日2010年3月28日と同じ場所ですが、この写真は反対側を向いて撮ったものです。
朝から気温は高いのに嵐のような天気だったものの、午後には雨が上がって風もほぼ止み、この集まりでは初めて「暖かい中で」「満開の」桜を楽しむことができました。お酒を飲みながらぼーっと上を見ていました。
来年は桜が見られるだろうか?と根拠のない疑問がわいた今年でした。

* * *

■黒岩麻里『消えゆくY染色体と男たちの運命:オトコの生物学』学研メディカル秀潤社、2014年。

遺伝子と性ホルモンの作用によって男、女がどう作られていくのか、イクメンやらイケメンやらはどの程度生物学的に説明できるのかといったことをチラ見させてくれる本です。「男」をつくるY染色体は退化を続けていて、いずれ消滅してしまうといわれていますが、既に消滅しながら男が生まれ続けている動物種もあり、そこにどんな裏技があるのかについても紹介されています。

このあいだ読んだバトラー本を思い出しつつ読むと、「精子を作るのがオス、卵子を作るのがメス」とばっさり定義づけてさっさと話を始めるのが妙に印象に残ります。これを踏み台にすると、性染色体をXXで持っているのに、性決定遺伝子が乗ったY染色体の一部がX染色体にくっついているために体がオスになっている状態を「性分化疾患」と名付けることができる。「疾患」もまたもっともらしい定義ができるはずで、いずれにしても言葉によって現実にまとまりが与えられていく。そう指摘したところで「はあ。そうですね。それで?」という感じがしてしまうこちら(生物学)の世界。隔たった二つの世界というよりは、ぴったりくっついた二つのレイヤーのよう。

2014年03月09日

久々に休んだ感じ

9時間寝て起きて、客用布団を干して、洗濯して、いろいろこなしてだらだらしてたら夕方。
半月ぶりにスポーツクラブに行って、錦糸町のアキンボで夕飯にしました。

夜のメニューは前菜3種とカレーのセットです。
奥からツブ貝(だっけ?)、豆、ピクルス。
ピクルスはキンカンとパプリカです。キンカンは最初「プチトマト?」と思って口に入れると、甘酸っぱいので驚きます。店主氏、してやったりのお顔。
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カレーは定番のチキンとラムキーマと週替わりから選びます。
今夜は、週替わりのサバカレー(大盛)にしました。直感が囁きました、絶対おいしいはずだと。
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あーーーーーーーー、大げさでなく、魂が浄化されるーーーーーーー。
さらさらのチキンカレーと違ってちょっとどろどろ感があって、しかも結構存在感のある甘みがあったんだけど、あれはなんだろう。玉葱だけで出る味じゃないよね。果物のチャツネのような……
幸せな気分で、なおかつ一口ひとくちを惜しみながらいただきました。
弊管理人が最も敬愛してやまないお店です。

* * *

いとこの子が大学に受かったそうです。
けっこういい国立の文学部。「センター試験で(多少)しくった」とのことで、当初狙っていた大学から少しレベルを落として2次で受けようと思っている何校かをピックアップしたところで伯母(当該受験生から見るとおばあちゃん)から弊管理人に相談があり、最も暮らしやすそうな都市を選んで「ここがいいんじゃない」と言っておきました。まあ足切りにさえ遭わなければ第1志望を諦める必要はないだろうとは思いましたけどね。

そのアドバイスのせいばかりではないでしょうが、その都市の大学を受けて桜が咲いたもよう。
いーなー、これから大学生か。専攻にかかわらず外国語、しっかりやってね。とおっちゃんは思います。

* * *

■Sen, Amartya, A Wish a Day for a Week, Penguin, 2014.

今年1月のジャイプール・フェスティバル(Jaipur Literature Festival)での基調講演です。

講演で何を喋ろう、と悩んでいたセン。だが、インドがGSAT-14通信衛星の打ち上げに成功し、「世界のエリート・クラブ入りした」とのニュースに触れ、想像力が飛翔する。そして上空にて女神the Goddess of Medium Things (略してGMT!!)に出会い、7つのお願いをするのだ。

インドにおいて人文学の教育を再興してほしい。右派にしっかりしてほしい。左派にもしっかりしてほしい。メディアには最も貧しい人たちのことをもっと取り上げてほしい(電力に対する補助金もいいが、電力が届いていない人たちへのケアの何と少ないことか)。根強い貧困の克服のため、子供への教育や予防接種を施し、女性を男性と平等に扱い、トイレのある家を与え、質の良い高等教育と持続可能な環境を与えてほしい。最近出てしまった同性愛禁止という、個人の自由に干渉するような司法判断をひっくり返してほしい。議論好きの国民性を活かして、さまざまな社会問題に注意が向くようにしてほしい―。

センのお願いを聞いたGMTは「それって全部、インドが自分でできることじゃん」と言う。「どうすりゃいいんでしょう」センは聞き返す。「ソーシャルメディアを使いなさい。それから、とにかく本を読むことです。つうことでそろそろ時間です。ジャイプール・フェスティバルにいってらっしゃい!」とGMTに送り出されたセンが演壇に降り立つ。「そんなわけで皆さんようこそ!」基調講演が結ばれる。
GMT=the Goddess of Medium Things=本という媒体medium、中庸、中範囲、中くらいなるものの化身との対話形式を借りた真摯な風刺と、颯爽とした言葉運びで駆け抜ける素敵なスクリプト!

2014年02月16日

クリトン

■プラトン『クリトン』(藤田大雪訳)叢書ムーセイオン刊行会、2013年。

学生時代に英語の授業で読んだ気がしますが、よく覚えてません。
死刑を言い渡されて明日にも執行、という状態で牢屋にいるソクラテスのもとへ来たお友達のクリトンが、脱獄を勧めるシーンから始まる対話篇です。「正義に反する仕打ちを受けたんだからこっちだって仕返ししてやればいいんだ。逃げる先は確保できるし、親に死なれたら小さい子供は辛いでしょうよ」

これに対してソクラテスはイタコ芸(違)によって国法を呼び出し、仮想の対話を始めます。
国法に従って婚姻した両親から生まれ、国法に従って養育され、アテナイが大好きであまり外国旅行にも行かず、仮にこの国が嫌いになれば出て行く自由だって保証されていて、裁判で「国外追放か死刑か」を選ばされたときにも死刑を選んだのに、明日死ぬかもとなったら脱獄って……何言っちゃってんのキミ?と国法は詰る。「自分は正しくないと思うから」とか言って気ままに契約を破るようなヤツは他の国に逃げたって軽蔑されるし、あの世にいったってあの世の法が許しやしませんよと。
「こう言われたら何と言い返そう」とソクラテスから投げかけられたクリトンは言葉を失ってしまう。

「悪法も法」だという主張だ、としばしばまとめられますが、ソクラテスはそう言ってません。独裁や圧政の下に暮らしているなら自由も責任も生じる余地があまりないけれど、アテナイでは留まる自由も去る自由も、おかしな法を説得=ロゴスの力によって改善する機会も与えられている。自由な国の政治に参加する市民は、自らの行動の結果に対する責任が最も厳格に問われるというわけだ。おかしな法がまかり通るようなら、それを許した市民がその責めを負う。大衆が悪いだの制度が悪いだのというのは自由な国の成員が言っていいセリフではないという。

プラトンはどんな思いでこれを記していたんでしょうね。市井の変わったおっさんとして排斥されたソクラテスを見て、「こりゃあ、やっぱり哲学者も統治者側に行っとかないとだめだわな」と思ったのでは、なんて想像してます。

* * *

上記の本の訳者の名前を承けたわけではありませんが、金曜もまたえらい雪でした。
早々に帰宅するように、と会社の総務からお達しが来ていたのですが、大学時代の同級生2人と夜、渋谷で予定していた飲み会を敢行してしまいました。22時前に切り上げれば帰れるだろうと踏んだところ、運よくつつがなく帰宅して寝ることができました。

翌土曜日は築地で昼過ぎから仕事があったため、少し遅めに起きたらなんだか寝てる間に世の中が大混乱だったようです。築地で会った方は「昨日は中央線の電車内で1泊した」と疲れた様子だったので、タイミングと利用する線によっては弊管理人も大変な目に遭っていたかもしれなかった。

まあ大雪が降る時に不要不急の外出をしてはだめですね。特に人口密集地では一カ所がスタックすると、その周辺に人がいることによって、さらに被害が大きくなる方向に転がるように思います。

* * *

その同級生2人は部活の同輩で、某工学部准教授(既婚、昨年3人目の子が生まれた)と、某企業研究所ユニットリーダー(既婚、子持ち)になっていました。
2人は学生とか部下とかのメンタル対応が大変だという話で意気投合していました。わー、そんなこと気にしなきゃいけないの?大変だ。いやあ行き先分かれりゃ分かれるもんですね、と相変わらず独身ヒラ社員の弊管理人は思いました。あと准教授氏が「おれ最近右傾化してて、タモガミ支持なんだよね」と言ってたのがウケタ。

ちなみに10日の日記に書いた、16年前の大雪のときに部活終わってからキャッキャいいながら雪合戦とかやっていたのが彼ら。その話をしたら「あー、そんなことあったような、なかったような」くらいの反応でした。
運動部の慣習で、彼らとだけは呼び捨てしあいます。弊管理人は普段、人には必ず敬称をつけて呼ぶのですが、その例外です。

2014年02月10日

今週のつれづれ

先週のいつか忘れたけど、新橋にある、愛媛・香川のアンテナショップのレストラン「かおりひめ」で遅い昼食をとりました。
今治のB級グルメらしい焼豚玉子丼と、うどんのセット。
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うまくないわけないじゃないの、こんな組み合わせ。
なんかずっと悲しい気分だったのが、案の定これで霧散した。
寒い、ひもじい、眠いを解決すると、落ちてる状態はあらかた克服される。

* * *

土曜の東京は吹雪に。
昼間にちょっとスポーツクラブに行ってきましたが、夜にかけて風雪は強まり、ちょっと出掛けて一杯……というのは全く無理な天候になってしまいました。
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翌朝はこんな感じ。
最終的には何十年ぶりみたいな積雪になりました。ニュースでは16年前の東京の大雪への言及もあったようです。確かに大学2年の冬、雪がこんもり積もった体育館前の広場で部活の友人とキャッキャいいながら遊んだ記憶があります。成人式が大変だったと思い出す同級生の声もありましたが、弊管理人は成人式に出ていないのでそういう覚えはないです。それ以前はそもそも東京にいないのでわかんない。

* * *

■清水哲郎『生命と環境の倫理』放送大学教育振興会、2010年。

古本で買った放送大学の教科書。
生命、環境、死生学のミニ事典として使いそうな気がするので、会社のデスクに置いておこうと思ってます。
応用倫理はまだまだ知らないことばかりです。環境倫理のところにパーフィット、シンガー、ヨナスの簡単な紹介が載っていて、やっと「おお、こういうところにいた人たちなの?」と。

* * *

東京都知事選があった。
弊管理人は自分の想定していた投票先と情勢を勘案し、自分が投票をしたとしても結果に影響を与える可能性はないと判断して投票せず、他人事な感じを楽しみながらテレビ見たり(仕事先で)、「投票しよう!」みたいな友人の正義ツイートにイヤミツイートを返したりしながら過ごしました。

感想。
(1)やっぱり極端より普通がいいと思うわな。
(2)主要候補者の立ち位置にかぶりが少なかったため、右のほうの人とかネットの人とかがどれくらい都内に存在するかの悉皆調査っぽくなっててためになった。

* * *

KFCの復活したフライドフィッシュを食べてみた。
むかーし「フィッシュフライ」という名前で売ってなかったっけ。
記憶が美化されているだけかもしれないが、なんか味、ボリュームとも期待したほどではなかった。
ニュージーランドの田舎町で食べた豪快なフィッシェンチャーップス(なまった)また食いたい。

2014年01月26日

春か

土曜の夜、早めの時間からごはんも食べずにウォッカを流し込んでいたところ、当然酩酊してしまい、終電で帰宅し、それでもしっかり歯を磨いて布団で気絶しました。

日曜の10時ごろ起きて、コーヒーとバナナとリンゴの煮たやつ(ようやく実家から12月に送られてきたリンゴを処理しきった)で朝ご飯にして、昼過ぎに錦糸町の「アキンボ」にカレーを食べに行きました。
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ラムキーマと豆カレーの2種盛り。ちょっと前から出しているメニューだそうです。
混ぜて食べる。ほんとにうまい。ラムとパクチーと生姜に豆が加わることで、厚みのある味になってます。
マスターは弛まず研究を続けているようで、時間を置いて訪ねると少しメニューが変わっています。そしていつも、じわっと幸せになれる味を提供しています。以前の日記でも書きましたが、最も信頼しているカレー店です。

日中、晴れて14.5度。ぽかぽか陽気でした。
が、夕方に帰宅するころには北風が強まり、この2日の暖かい空気をどこかに持ち去ってしまいました。
土曜に布団を干し、シーツを新調し、洗濯と掃除をしたのでこの週末は勝利とします。

2014年01月06日

年末年始

年末年始は、30日夜~元日夜の帰省でした。

大晦日はいつものように、本家で年越し。
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あいかわらずおばさんの料理は豪華です。

ばあちゃん93歳、弊管理人でも分かるほど、認知症状が進んでいる感じです。
というか、ちょっと鬱っぽい。表情がないんですよね。
これが今回気付いた一番の変化でした。
しかし、父の持っているiPadを使ってYouTubeで鶴田浩二を見せていたら、「鶴田浩二好きだったのー」ととたんに嬉しそうに話し始めました(ちなみに弊管理人は、ばあちゃんが鶴田浩二を好きなことは故母から聞いて知っていました)。要はインプットに乏しい生活が悪いのではないか。しかし自分がずっとついていて刺激を与え続けることもできない。困ったものです。

大晦日の夜は、父はさっさと寝て、妹は2階に上がって民放を見て、弊管理人とおばさんは居間で紅白を見る、という例年通りの過ごし方でした。

* * *

父は妹にと、名入りのiPad miniを用意していたのですが、妹は「使わないのに……」と喜ばない。「要らないならもらっちゃおうかな~」と言ってけしかけたものの、ちょっと揺らいだくらいで動かず、本当にもらって帰ってくることになってしまいました。
自分なりの考えがあるのかもしれないが、弊管理人に言わせればプレゼントを流産させるなんてダメダメもいいところだ。よしんば特に欲しいと思っていなかったものだったとしても、プレゼントを用意していた人の気持ちを汲んで笑顔で受け取るくらいするべきだし、第一、使ってみたら何か新しい世界が開けるかもしれない。予定外のチャンスに乗っかってみるのって必要なことだよ。
と言ったとしてもお小言にしかならないし、言っても響かないだろう。もっとも、たまに顔を合わせるだけの間柄だから、お小言のフォローもできませんけど。自分の名前入りの品をかっさらわれるというまさかの事態を少しは惜しく思ってくれるとよいのですが。
それはともかく、こちらは有り難くいただいてきて、保護シートを画面に貼って、セットアップしたところです。Retinaディスプレイはきれいだな。ここしばらく検討していたkindle paperwhiteの購入は見合わせることにしました。

* * *

年賀状は、もう会わない人と、いつも会う人を除いた十数人に出しました。
近況報告をぎっしり詰め込む文字だけの年賀状です。
去年は仕事のことばかり書きましたが、今年は全く仕事のことを書きませんでした。
ま、そういう気分だったということ。
宮古島と四国と台湾に行ったことがないので行きたい、と書きました。
つづく。

2013年12月31日

2013年まとめ

わあまとめてる時間がない。
簡単に。

【よかった】
いい本にたくさん当たった。
初めてのことを体験するように努め、いくつかできた。
ハイキングに行った。

【悪かった】
思い出す力が落ちた。
休みにゴロゴロしすぎた。
春~夏、厄介な仕事にやられた。
夏が暑かった。

【来年の抱負】
いっぱい出かける。

2013年12月09日

つれづれ

神保町の岩波ホールで「ハンナ・アーレント」を観てきた。
正午ごろ、のそのそとチケットを買いに現地に行ったら、14:30からの回があと4人で売り切れるところだった。「開場は13:45ごろです」と告げられたので、その辺の本屋をぶらぶらする(1冊買ってしまった)。

13:45ごろホールに行くと、10階の階段踊り場から6階まで入場待ちの列ができていた。
なんか年齢層が高い。あと本読んでいそう。

内容は『イェルサレムのアイヒマン』のメイキングです、みたいな感じ。
ナチの役人に悪の凡庸さを発見することが当時どれくらい反発を招いたかという温度感は分かった。
悪の一翼を業務として担った(おそらく時代状況からして担わざるを得なかった)一つの歯車がなぜ責任を問われるのかについては、「思考停止したから」で終わってしまった。ちょっと食い足りない。
思考停止してるとかいって他人を詰りたい人たちの引用を待っている作品(と言った瞬間にその背後を取られるのだ)。

では、あの時代のあの社会に参入したとして、そして少なくとも良心は起動したとして、縛り首を回避するためにどんな手段が取れたろう。
多分抵抗は実を結ばない。
無能な人として隅っこに追いやられるのが一つの解ではないかな。
これは程度は違っても、無理筋なミッションを果たそうとするどの組織にも通用する気がする。

* * *

早くも目の血はだいたい引きました。
まだ引いてない部分はまぶたの下に隠れてます。

2013年12月04日

目血

3日、起きて鏡を見たら、左目が出血してた。
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ぎゃーって言って眼科へ。
結膜下出血というらしい。
「朝、鏡を見て、ぎゃーって言って眼科へ来る方、多いんです」と眼科医。
殴られたとか何かがぶつかったといった、明らかな原因があると眼球の異常が心配されるが、そうでなくて強くこすっちゃったとか、原因がよくわからないとかの場合は心配ないらしい。
消えるまで2週間くらい、しかも、別に薬があるわけでもないという。
テンション下がる。

* * *

4日は京都へ日帰り出張。
京都勤務の同僚に「なんかうまいもの」と意見を求めたら
「このあいだ食った親子丼」とここを紹介されました。
京大病院の近く、「京のつくね家」で親子丼1365円(!)。
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親子丼に山椒ってのは手だね。850円ならまた来たであろう(反実仮想)。
今度なか卯からテイクアウトしてやってみるか。

人づてに聞いてちょっと気になっていたフルーツサンドも攻めようっていうことで。
四条大宮、ヤオイソでフルーツサンドのセット、735円。
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完成された古き良きスイーツです。というか、見たままの味。
それよりミックスジュースがおいしかったよ!

けさ7時45分起きなのに、昨晩は2時半まで電話してしまい、さらに新幹線で来週末に就活始めたばかりの皆さんに対して嘘八百並べる(嘘)のに使うスライドを作っていたら頭がぼんやりした。

2013年11月10日

週末記

なんだか週記くらいのペース。

* * *

通っていた大学から、今度立ち上げる国際化室(←まだ設立前なので違う名称を使っています)の記念シンポジウムに登壇してくれないかと依頼が来ました。
学部時代、大学が持っていたプログラムによって非常に廉価に交換留学させてもらったことには感謝していて、できる協力はしたいと思っているのですが、「グローバルに活躍している人」をスピーカーとして想定していると聞かされ、ちょっと考え込んでしまいました。
仕事はそんなにグローバルでもないし活躍してもいないし、第一、夢のある話が一つもできない性分なので(何年か前に会社説明会の講師になって嘘八百を並べてみたが、やはり合わなかった)、30分ほど悩んで、お断りしました。仕事上のお願いを断られると結構寂しい、というのは弊管理人も時たま経験するので心苦しくはあったのですが、どう考えてもスピーカーとしては不適当なので仕方ない。
他の登壇者が夢いっぱいの人だったら自分は暗くて貧乏くさい話をしてもいいかなと思わなくはなかったものの、そこは他に誰が来るのか分からないわけですし。

* * *

土曜、サイエンスアゴラを覗いてきました。展示あり、講演あり、科学と科学コミュニケーションの文化祭です。なかば趣味、なかば実益のため一度見てみようと思っていたイベントでした。
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ビッグサイトとかパシフィコとかで大学や企業がやる巨大展示会が規模・内容ともに砕けた感じ。
出展側の人たちはやりたくてやってるのかな、これ。
巨人の肩から見える風景を一見さんに分かってもらうって難しい、というのが印象。

* * *

うちの近くの吉野家で、店舗限定の「牛すき鍋膳」(590円)というのを出していたので先日試してみましたが、くず肉とくず野菜が割り下の中で煮えているというしろもの。
牛丼屋では牛丼を食えというのが結論です。

それはそうと、この汚辱を雪ぐべく、土曜の夜は自宅でやってみました。
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雪がれましたw
葉物や茸は煮ると小さくなっちゃう。もっと多くてもよかったというのが反省点。

2013年10月27日

一週間つれづれ

金、土と大阪出張してました。
天満にある「梨花食堂」というカレー屋を教えてもらって、仕事が終わったら行こうと思っていました。
しかし、頭痛と腹痛が辛かったため、さっさと帰京。
ちなみに体調は新幹線に乗ったとたんにけろっと戻りました。
ということで、ご当地らしいものといえばこれくらい。
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そのあと職場で荷物を下ろしてから帰宅し、酒場へ。
用事含みだったのでさっと済ませ、お酒はちょっとにして帰って寝よう、と思ったらうっかり痛飲してしまいました。早い時間に崩壊したので終電前の電車に滑り込み、しかし乗り換えで席を確保する自信がなかったので途中駅からタクシーで1時ごろ帰宅、歯も磨かずにベッドで死亡。
朝方いったん目を覚まして歯を磨いたのを挟んで11時間寝て起きると、アルコール代謝がほぼ完了していたもよう。室内を点検しましたが、財布もちゃんとあるし、飲む前に買って裸で持ってた本もなくさずに持ち帰っていました。玄関の床の上に靴が載っていた以外に異常はありませんでした。
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タクシー使うほど酔ったのは昨年5月5日以来か。
きょう1日がかりで酩酊してる間の記憶を少しずつ掘り出していく作業をしました。普段、自分が何を抑えつけて生きているかが分かってしまって嫌なものです。が、過去いくつかの失敗を経て、その噴出の仕方は制御できるようになりつつあるらしいことも確認。
酒による死と再生は痛みを伴う経験であって、そんなにしたいものでもないけれど、再生の日の夕暮れごろには不思議な浄化/やりきった感があるのも事実……

* * *

霞ヶ関で16時に昼食、というパターンが最近ちょくちょくある。
解決は霞ヶ関コモンゲートにある「のぶや」がそこそこ。
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歯ごたえのある田舎そばにのり、ごま、天かす、卵は新橋の「港屋」ほぼそのまんまですが、ひとけのない店内と座って食べられるのがよい。

■ゲーテ(池内紀訳)『ファウスト 第一部』集英社、2004年。

「読みたい」よりも「読んどいたほうがいいだろう」で手を付けた作品です。
お話はメンドクサイおやじとメンドクサイおねーちゃんの絡み。
でも最後についてた訳者解説が、短いけれどとても面白かった。
いろいろ思うところがありました。第二部を読んでからまとめて。

2013年09月29日

PASA

先週、雨の日に仕事前のランチを、根津、PASA(パサ)で。
ネパール料理のお店のようです。
ダルバート(定食)の評判がネットにけっこう上がっていましたが、キーマカレーを頼みました。キーマカレー大好きです。
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辛さは5段階の4(現地並み)でお願いしました。でも、そんなに辛くないです。しゃばしゃばではない、ペースト状のカレー。コクがあってとてもおいしい。ごはんをお代わりしてしまいました。お腹いっぱい。

食後にフェンネル(消化を助けるらしい)と氷砂糖、チョコレートを出していただきました。
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時間があまりなかったので最後はぱたぱたと出てきてしまいました。
この辺に来ることは多くないのですが、次の機会があれば定食だな。

* * *

4月の中頃と並んで、一年のうちで最も過ごしやすい時期です。
先週は仕事用の半袖シャツをクリーニングに出し、この週末は掛け布団を押し入れから出してカバーを洗濯、本体を干して寒い季節の準備をしました。

先々週くらいから喉の調子が悪いです。
薬用ドロップで対応。これはあまり心配してません。例年この時期はこうなので。

今日、蚤の市でシャツを安く買いました。
こういう場での買い物はめったにしないのですが、小柄・太めのシャレオツ知人が出店していたので覗きに行った次第。
結構派手な和柄、サイズはぴったりでお互い驚きました(弊管理人は自分がチビデブのカテゴリーだということに気付いてしまった)。
弊管理人は普段、ほぼ黒紺白の単色かせいぜいチェック、くらいの彩りのない服ばかり着ているので、別の世界をもたらしてくれるこういうお手軽なスワップは大歓迎です。市場における取引は双方にとってうれしい、ということをこんなところで実感するとは。とか言ってないで来週末に着よっと。

2013年09月20日

脳とセミコン

■池谷裕二『単純な脳、複雑な「私」』講談社、2013年。
職場に転がっていたブルーバックスです。
脳科学の研究者が出身高校でやった講義を書き起こしたもの。

脳(というか意識)は体の隅々まで統括するリーダーではなく、頭蓋骨の中の暗い部屋で感覚器から上がってくる情報をモニタで確認しながら、外で起こっていることをうだうだ想像してはストーリーにまとめる孤独なアームチェア文筆家のようなものらしい。経験の蓄積に基づいて素早く反応を返すような直感的な作業は隣室の秘書「無意識さん」がこちらに相談もせずぱきぱきと片付けてくれる。自分は暗闇で悶々と考えている。世界というのはそうやって作り上げたストーリーのことであって、それ以上ではない。でもそんな仕事ぶりだから、結構間違えたり騙されたりする、そんな愛らしいうかつさも持っている。

脳から見た世界ってどんなものなのか?脳を外から見るとどんななのか?それを実験を通じて明らかにしていくと、これまで数千年にわたって優秀な脳たちが考えてきたいろんなアイディアを考え直すきっかけになる。
自分が正しいと過信しないで、すべては誤っている可能性があるという前提を受け入れよと求める可謬主義も、まあなんか道路の速度規制みたいなもんかと思っていた。けれども、記憶や信念というものがかなり捏造されやすかったり、外部からの入力に引きずられたりしがちなことが実験的にも示されてしまうと、もっと大事にせないかんなと思ったりする。
ヒュームも、脳に与える刺激を工夫すれば感覚から情動から幽体離脱まで作れてしまうことを知ったらドヤ顔して見せるかもしれん。
行動しようとする意志より先に、実は脳が行動の準備を始めてしまっているとなると、自由意志を再定義しなくちゃいけなくなる(実際、本の中ではそれを試みている)。
入力された信号が一定の強さを超えると出力する、そんな単純なデバイスであるニューロンと、それらのネットワークと、たまに生じる入力信号のノイズ。それだけの集積がかくも複雑な「心」を形づくっているとしたら、逆にベンサムが夢見たような「幸福」の測定だってできるような気がしてはこないか。

いや、著者は全然そんなこと言ってませんけど、読みながらいろいろ空想してました。
ひさびさに通勤時間が飛ぶように過ぎる、おもろい本でした。

たまたま今日、某所で理研脳センターの宮脇敦史さんの講演を聴きました。光るタンパク質を使った生体のイメージングをやっている方で、生物の発生の過程や脳の深部の探検など、動画をガンガン使い、アングルをぐるんぐるん変えて見せながら聴衆を引き込んでいく、魅力的な講演でした。
わりと高齢の理系出身者が多い会場でしたが、最後のQ&Aセッションで質問に立ったじいちゃんが「この講演を学生のときに聴けていたら……」と切り出していたのが印象的でした。社交辞令じゃなくて、たぶん本当にそう思ったんだろう、そういう口ぶりだった。
研究に没頭して新しい知識を作り出すのも大切だけど、学生でもじいちゃんでも、誰かの心にイベントを起こすことも意義深い仕事。できる人はやろうぜ、アウトリーチ。そんなことを思いました。

■西久保靖彦『最新 半導体のしくみ』ナツメ社、2010年。
ちょっと必要がありまして一気読み。
半導体って言葉がいっぱい出てきて難しいなあと思っていたのがうまく整理されました。
恥ずかしながら発光ダイオードがどうして光るか、やっと分かった。
本当は「more Moore/ more than Moore/ beyond CMOSって何?」というのが知りたくて手に取ったんですが、そこは特に言及なし。でもま、いいか。

* * *

北海道の3泊4日で食生活が荒れてンコの量が減り、色が黒くなり、水に沈むようになってしまっていたため、帰ってきてすぐに普段より野菜をいっぱい食べて2日半ほどで元に戻しました。緑黄色野菜も大切だけど、キャベツの威力がすごいな。

2013年09月08日

久しぶりの友人と

1999年に交換留学でニュージーランドの大学に行かせてもらったとき、行き先の大学から派遣されていた友人が台湾からいらしていて、つながりのある同級生+後輩とともに計4人で昼ご飯を食べてきました。

弟さんが建築の仕事をしている関係で代官山の蔦屋書店を訪れたかったそうで、そこが集合場所。
なんかオサレ建物で有名らしいですが、弊管理人は知りませんでした。
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こんなの。
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中は丸の内の丸善にあった「松丸本舗」くらい。
渋谷駅から徒歩10分ちょっとです。いかにもお金持ちの住区みたいなところをいかにもお金持ちみたいな人たちが歩いてました。

で、近くのハワイアンな感じのお店で昼食。
ガーリックシュリンプを。
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ハワイで食べたのはもっとギットギトでどぎついニンニク臭で危険なおいしさでしたが、こちらはお上品。

台湾友人、後輩と別れたあと、同級生と喫茶店で駄弁って帰りました。
お互い齢36。立場は違うが、年齢なりのいろいろあり方は通ずるものがあるようで。
仕事ではもはや若手じゃなくなったねとか、家族を持つかどうかとか、親はまだ大丈夫だろうかとか、まあそんなことですけれども。

* * *

まだ動くと汗がじわりと出るものの、9月も上旬が終わろうというここ数日は、さすがに暑さが少し和らぎました。日が落ちるのもめっきり早くなった。ハーパンの季節も終わりか。

* * *

周囲に虚言癖の人が絶えないんですが、こんなもんなんでしょうか。話がどうも変、という人に対して、実害が及ばない限り全くつっこまないという弊管理人の性分が招いているような気もしています。

* * *

■アーネスト・ゲルナー(加藤節監訳)『民族とナショナリズム』岩波書店、2000年。

・ナショナリズムとは「政治的な単位と民族的な単位とが一致しなければならないと主張する一つの政治的原理である」。一つの国家の中に複数民族がいる場合、それらの民族には一つずつ国家が与えられなければいけない、という。
・狩猟採集社会→農耕社会→産業社会のうち、ナショナリズムが起きるのは産業社会だけ。
・ナショナリズムは近代世界に特有の(つまりそれ以前には存在しなかった)条件下で支配的になる一種の愛国主義。
・その条件とは:読み書き能力を基礎にした文化。それを同世代に遍く供給し、かつ世代を超えて確実に受け継がせる教育システムの存在。その教育が生み出す人々の均質性。そして、その教育を修了した上でなら、高度に分化した専門のどれにでも就けるような、職業選択の流動性。こうした文化に対して、宗教やローカルな文化を介さないでばらばらの個人が抱く忠誠と、その見返りに文化が個人に与えるアイデンティティ。
・この文化が自然なものとして現象し、かつそれが維持されるために必要なもの、それが国家なのだ、という構成らしい。
(・ただし、あらゆる民族がすべてナショナリズムを宿すわけではないし、宿したとしてそれを達成するわけでもない。メインの国家に同化する場合もあれば、そこまで盛り上がる勢いを持たずにしぼんで終わる場合もある。)

『想像の共同体』が面白かったので、同じくナショナリズムが近代の所産だという本をもういっちょと。
くどい文章(というか訳文)ですが、言っていることは意外とシンプル。
こういう文章は、一言一言を味読するより、できるだけ勢いをつけて駆け抜けるほうが頭に入るという発見もございました。
原著は1983年刊。東欧とか、マルクス主義なんかへの目配りが時代を感じさせます。

2013年09月02日

新宿ゴールデン街、凪。
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店内は10席くらいか。食券を買った上で、建物と建物の間で並んで待たされます。場所により、頭上にエアコンの室外機があって暑い。やっと呼ばれて席に着くときに「あ、やっぱり大盛りに……」と言っても手遅れです、出来上がるころに呼ばれるから。これでもお客さん少ないタイミングに行ったらしい。

もちっとラーメンへのアクセスがいいといいんですけどね。

* * *

週末、暑かった。

2013年08月15日

盆休み備忘

■14日、周囲で何かと話題の『風立ちぬ』を見た

インテリ飛行機設計技師のあんちゃんと、結核もちのセレブおねーちゃんがドラマチックな出会いと別離から何年かして再会した避暑地で恋に落ちて、最後はおねーちゃんが死ぬメロドラマ。

一歩引いてしまうとそれだけです。「生きねば」というメッセージもうざベタい。だけどとにもかくにも、よく描き込まれた絵物語に2時間体を浸すのが、正しい享受の仕方。原作もたぶん知らなくていい。夢が現実に、現実が夢にすっと入り込みながら淡々と話が進んでいく、ふわふわした全体がそのように提案している気がします。
そう思って見るといい映画なんだと思う。鑑賞後、こんなふうに何か言いたくなりますしね。

大正~昭和初期ごろの結核がどんな病気だったかとか、先進工業国としてのドイツと「20年遅れた」日本の関係など、前提知識がけっこうないと難しい。席の両側は母娘(とみられる2人)2組で、いずれも40がらみのおかーさんはぐすぐす泣き、娘さんらは「わかんない」とむくれていました。ついでに前にいた20代くらいのカップルは「難しいね……」とぼそり、後ろのヲタと思われる男性は「庵野の声が……」。まあそうなるわな。

喫煙のシーンが多いことに文句が出ているそうですが、「あほか」以上の感想はありません。あほか以上に何か言おうとするとすっごい長くなりそうなので。

それにしても実に6年ぶりに映画館で映画を見ました。この、現実からちょっとの間切り離される体験もいいなあ。映画ももっと見よう。

■その他

帰省して見た田舎の状況は、春の連休よりはもう少し、次の問題が迫っていたように感じました。

上記、久しぶりの映画と、山と、ほかにちょっとここに書くほどでもないことなどによって、先週末までまことにギリギリと締まっていた心を弛める機会にすることができました。
(今日出勤して、一時停止していた時間の流れが再開しちゃったんですけど)

■理化学研究所脳科学総合研究センター『脳科学の教科書 こころ編』岩波書店、2013年。

前読んだこれの姉妹書で、出るのを結構待っていた本。
相変わらず優れた見取り図です。索引が欲しかったなー

2013年07月07日

夏入り

夕飯にナポリタン。
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乾麺140gは作りすぎだった。

* * *

昨日、梅雨が明けたようだとのこと。早い。
今日は猛暑日だった。
夕立もあったよう。その時間帯、地下を通って入った本屋にいたので気付かなかったけど。

* * *

何となくここの日記を読み直していて、「ですが、」で繋いでる文が多いことに気付きました。
減らそう。

* * *

夏以降の予定が立たない日々。
厄介な案件、なんとか軟着陸してほしいのだけれど。

* * *

結局、同僚氏の私費留学に伴う休職は会社に認められました。
壁を突破する気迫の差だな、弊管理人と進路を分けたのは。

* * *

沈黙は金。

2013年06月13日

人間不平等起源論

■ルソー(中山元訳)『人間不平等起源論』光文社古典新訳文庫、2008年。

2年前、震災対応の中で『社会契約論』を読みました。かの本が「今とこれから」についてだったとすれば、本書は「始めから今まで」といったところか。

ルソーの場合、自然状態の人間は、森の中で、互いに交流を持つこともなく、自然からの恵みによって自給自足し、自立できるだけの身体的な頑強さを持って生きている。
その自然状態から社会状態への移行が、「人間が環境に働きかけながら生活を改善していく力」を媒介にして、あるいは何か外部的な障害への直面を契機として、しかし長い長い時間をかけて、起きてくる。
まずはゆるやかな集団が形成され、そして家族が形成され、言語を操る社会ができ、鉄と小麦を利用した労働と所有の時代が到来し、国家ができ、国家同士の戦争状態が出現する。ルソーが主題にしている「不平等」の起源がここ(この不平等は、身体的な強さや弱さなどから生じる不平等ではなく、制度から生まれる不平等のこと)。
自由で平和だった自然状態から、隷属と戦争の社会状態へ。ここで財産を持っている人々は、自分の持っているものを守るために、同じく財産を持っている他人に働きかけ、「協同して財産を守る」ことを始める。これが社会と法の起源だという。
ということは、統治機構というのは、財産を持っている人たちが自分のために設立した管理組合であって、設立者たちの財布に恣意的に手を突っ込んでいいものでは全くないわけだ。設立者たちの手を離れて暴走を始めた管理組合は、その瞬間に正統性を失うことになる。
で、『社会契約論』では、そのへんを詳しく展開するわけですね。

とても丁寧な訳者解説がついていて、この論文がなぜ書かれなければならなかったのか、この論文は何と戦っていたのかを明らかにしてくれます。自らものを決める権利を人々から次第に剥奪し、服従を求める当時のジュネーブ政府の論拠の一つが、「惨めな自然状態から脱するために、自由を政府に委ねて庇護してもらう方式」の社会契約論だったこと。このあたりの背景を知らないで本文を読むと、見てきたような作り話を延々と語ってるように見えてしまってイライラするので注意が必要と思います。

よい社会の原理を見つけるために「後天的なもの」を次々と剥ぎ取って「最初の最初」に立ち返ってみようという思考実験。この手つきは200年余り後に登場する「無知のヴェール」の方法になめらかにつながっている気がします。

* * *

ひとつ前の日記に出てきた私費(←ここ大事)留学志望の同僚については職場で会議が開かれて、メンバーひとりひとりに意見が求められました。
出た意見はだいたい、「長期的には社業のためになりそうだしOK」「いやまて、人繰りの厳しい職場に穴があくってどうよ」といったところ。自分のカネで行くんだから楽しみに行ってくりゃいいじゃん(どうせ1年のTaught Masterは200万円ほど払って知識とモラトリアムを買うようなところだし)と思うんですが、現実には賛成も反対も同じ、組織の論理に基づいていて厳しい。

それから今週は、いまどき超高い組織率を誇る労働組合の大会があり、覗いてきました。
みんな仕事に対して真剣で、正しいと思うことに対して誠実で、くらくら。
自分がこの瞬間この場にいることに特段の疑問を感じないで済んでいるとお見受けした。羨ましい。

そんなことが立て続けにあったせいもあり、会社にいながらどこにいるのかよくわからない、ぼやーんとした靄の中で昼間から夜中まで過ごし、帰ってきて寝てまた出かけるこの頃です。

2013年06月09日

神座

歌舞伎町、どうとんぼり神座(かむくら)。
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なんだっけ、煮卵と葱の載ったラーメン、850円。
白菜が入っていて、いっぱいの葱とあわせてザクザクとした歯触りをずっと楽しめます。そういうの大好きなので、かなり満足度高いです。
スープは醤油ベースだと思いますが、ちょっと甘めの珍しい味。弊管理人はよく豚肉と玉葱を出汁、白ワイン、砂糖、塩、生姜、味醂、醤油で甘めに煮ておかずにするんですが、その汁みたい。最初は葱と白菜、次にテーブルに用意してある韮、最後に同じくテーブルにあるおろし大蒜を少し入れて、少しずつ違った味を楽しんでいる間に食べきれます。

とろとろ叉焼とか、どこどこの塩だとか、いわくつきの小麦から作った太麺とか、そんな猪口才なラーメンではありません。特別版の支那そば。好きかも。というか飲み帰りに寄ってしまいそう。もう一回行ってみる。

* * *

年下の同僚がイギリスの大学院のオファーを取ってきて、再来月、旅立ちたいと希望しているのだそうです。去年の自分を思い出します。
でも去年の自分と違うのは「会社からダメと言われたら辞めてでも行く」という勢いだということ。
わりとキツキツで回している職場だけに、反応はさまざまですが、弊管理人は応援したい気持ちでいます。去年は自分のことを――特に大事なことについて――自分で決めることができなかったので。

2013年05月06日

連休後半

3日は結局、クラブ的なところに行って終電を逃してしまい、朝帰り、やや後悔。
4日、やや寝不足のまま帰省いたしました。

実家は相変わらずで、父は定年後再雇用・最長3年の2年目に入ったところなので生活に大きな変化はない様子。夕飯は二人で鍋をつつきました。
朝は食べきれないほどご飯がでてくるのもいつも通り。
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山奥にある父方の祖父母の家へ。筍を掘って灰汁抜きをしているところ。
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3-4時間煮て、1日置く。
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八重桜。花を出荷するらしい。
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木曽山脈も相変わらず。
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帰りはUターンラッシュでバスが遅れそうだったので電車で帰ることにしましたが、指定席をとっていた特急に乗り遅れ、東京行き最終に乗ることになりました。
ホームの向かい側に、たまたま病院帰りの叔母がいて挨拶。叔父が何ヶ月か前にレビー小体型認知症という厄介な病気と診断されたのは聞いていたのですが、こんな夜遅くまで付き添っていたのでしょうか。

今年の連休は天気がよくて、少し涼しめでした。
どういうわけか、記憶を喚起させられるような匂いをよく嗅いだ気がします。何か特定のものではなくて、春の空気とか、人いきれとか、そんな環境に漂う匂い。

2013年05月03日

スカイデッキ

「ほらあ、バカとなんとかは高いところが好きって言うじゃないですか」と伏せどころを間違えて発言、しかし効力としては何ら変わらなかったようでよかったよかった。

よく晴れた大型連休後半の初日、なぜかむらむらと高いところに行きたくなりまして、六本木ヒルズのスカイデッキに行ってきました。
森タワー52階の屋内部分はこんな感じ。
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1000円くらいあれば余裕で寛げそうな、見晴らしのいい喫茶処などありました。

その上のスカイデッキに出ると、こんな感じ。
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新宿方面は青山墓地と新宿御苑の緑が映えていいですね。
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反対側。
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52階までで1500円、デッキに出るとプラス500円。なんかねえ。
ということで年間パス(5250円だが、ファミマで買うと4750円)買ってしまいました。
これで1年間、高いところに加え、森美術館にも何度でも入れるらしい。

夜遅くまでやっているようなので、夜景や、靄の日など、いろんな表情を見たい。
職場からわりと近いので、辛くなったらここに来ようと思います(わらい)

2013年03月31日

もういっちょ花見

昨日に引き続いてお花見です。
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今日は靖国神社で夜桜。
ほとんど葉桜でしたね。
3年前に同じ集まりで行ったときの日記がこちら。このときも寒かったですが、今日はごく弱い霧雨の一日だったこともあって、輪をかけて寒かったように思います。ただし万全の対策をして行ったので大丈夫でした。
一昨年は3.11のあとで各花見が中止になり、かつ仕事も忙しかったので、独り花見をしたのでした。
去年は4月に入っての花見だったみたい。

ということで2012年度もおしまいです。
いや、年度で仕事してないので特段の感想はないんですが。

2013年03月30日

花見と般゜若

大学に入って2年間の教養課程を同じクラスで過ごした友人たちとフェイスブックで再びつながり、今日はそのキャンパスで花見。10数人集まり、全員と16年ぶりの再会となりました。この大学の学部には2つキャンパスがあって、ほとんどの人は学部の後半は別のキャンパスに通うのですが、弊管理人は最初のキャンパスに4年間居残ったため会う機会がなく、さらに留学で1年卒業が遅れたため卒業式でも会ってなかったのですね。
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12時開始予定。でも12時ちょっと過ぎに着いた弊管理人が一番乗りという。想像通りでしたけど。

当時つきあっていたカップルがそのまま結婚してお子さんができていたり、イケメンの子がイケメンだったり、哲学を選んだ友人がいまだ落ち着いていなかったり、雰囲気が全く変わらないまま顔にシミができていたり、全体的に栄達を重ねている感じでもなかったり(いやそれぞれ優秀なんだけど、がつがつ出世を志向するタイプでもなかったように思いまして)と、意外性のなさに妙に納得しました。中間採点したらおおむね正答だった、みたいな?

今年の桜は開花が早く、花のピークは先週末だったものの、先週末まで仕事がたいへん込んでいたので、今日という日取りは参加しやすく助かりました。曇天で寒い中、持ち寄った梅酒やワインを飲んでいたらちょっとましに。あと、断熱材(あれだ、観光地なんかで冷凍の魚を買ったときに入れてもらう銀色のふかふかした袋みたいなやつ)を貸してもらって尻に敷くと効果絶大でした。

途中、警備員さんが回ってきて「キャンパス内はお酒は禁止です。学校なんですから」と注意し去っていきましたが、「彼はそう注意することが職務だから言っているだけなのである」と一同納得した上で粛々と宴を続けるあたり、大人になったなあとしみじみ思います(笑)

3時間ほど飲んで中座して野暮用、そして下北沢へ。普段はまず行かない場所です。花見の場所から近かったので今日なら寄れるかなと。

Cafe 般゜若 (←超打ちにくい)のカツカレー、1575円。
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たっぷりのタマネギとスパイスで作ったスープ状のカレー。ひりひりと辛いわけではないものの、スパイスの存在感が結構際立ってます。スープカレーがダメな弊管理人も、これはいけました。細切りのカツもうまい。スプーンの上にごはん、カレー、カツという小世界を作って口に運びやすいという作業上の配慮がある気がした。
近くにあったら月1くらいで行くんですけどね。

2013年01月28日

大阪・神戸出張

日曜に神戸で仕事があったので、土曜に前乗りして大阪へ。
午後から現地・非仕事関係の方たちと計6人で通天閣にのぼったあと、たこやきで軽く腹を抑え、徒歩で西成区の飛田新地(遊郭)に連れて行っていただきました(→こういうところ)。これはすごーい

裏日本では大雪だそうで、大阪も風がとても冷たかったです。
夕飯は、お友達のお友達くらいの距離の方のマンションに6人で押しかけて、そのまま鍋をごちそうになりました。2LDK+Sくらいの間取りで、とてもいい部屋です。そこで絶品のカレー・トマト鍋をいただいて、お茶も出してもらい、23時くらいまでとりとめもない話を楽しみました。

気付いたのですが、47階のホテルディナーよりも、数万円のふぐよりも贅沢な飯というのはホームパーティなのですね。親しい人たちを招くダイニングテーブルと椅子とくつろぐためのソファ、そのスペースに招く親しい人たち。1人1000円ほどの食材を煮込む食べきれないほどの鍋、それにちょっとしたつまみのセンスと、軽妙で気取らないおしゃべりと、帰りがけに交わす「ありがとうねー」という挨拶。こんな関係性が支えてくれる人生なら冒険を恐れることなどないだろう。

* * *

日曜は昼から仕事へ。
腹ごしらえのため阪急で三宮に出て、友人から教えていただいた「シャミアナ」でカレー。
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キーマカレーとサフランライス、サラダとチャイで960円。完成度高いです。
サモサやデザートがついてくるもうちょっと大きめのコースもありましたが、これは次に。

* * *

でもって今はバレンボイムのメンデルスゾーン「無言歌集」を一気聴きしてます。
日曜の夜に聞き流すのに好適(ほめてます)。

2013年01月15日

10年

母が亡くなって10年になりました。
2006年、08年、10年と、この日記で命日にエントリを作ったことがあって、それを読み返してみましたが、今日、特に新しく加えることはありません。

12日からの連休、浜松~名古屋近辺で新年会などいろいろ行事があった上、昨14日は東京に大雪が降ったおかげで東京駅に着いてから帰宅するまで4時間かかった。その疲れで、昨夜は21時半に寝て今朝は4時半過ぎには目が覚めていました。布団の中で、ここに何を書こうかなと考えていたのですが、何も新しいことが思い浮かびませんでした。ということ自体を書いておけばいいのかなと思いました。

それは喪う体験というものが乗り越えられたり忘却されたり折り合いをつけられたりしたということではなく、逆に血肉となって弊管理人の考え方を、あまりそれと意識されずに形づくるようになったということだと考えています。この日記の端々にそれが顔を覗かせている。急性期が7年ほど続き、それからは長いおつきあいをする局面に入っているような感じとも言えそうです。

2013年01月06日

いちかつ

両国、いちかつ。
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JR両国駅のガード下で、ファストフード店などとの並びにあるので「どんなもんかなー」と思いながら入ってみましたが。
ロースカツ定食690円はご覧の通り厚切りのとんかつと堆(うずたか)いキャベツ、ごはん、漬け物、しじみ汁。何このコスパ。次はミックスかカキフライ定食(ともに790円)かな。
あと特筆すべきこととして、接客がとてもフレンドリーです。これも食後感に大いに関係するのですよ。

* * *

このところのできごと。

・MONDAINEの腕時計を床に落としたら壊れたので修理に出しました。購入したヨドバシに持ち込んだところ、2カ月くらいかかるかもしれないとのこと。昨年初め、米国出張の最中に先代がイカレたのに続く故障。文字盤の見やすいデザインはとても気に入っているのですが、耐久性もサポートもあまりよくない。MONDAINEの入院中は、休眠していた光充電+電波のCASIOに戻し、快調に使用しております。次に買うとき、どうしようか。(3日)

・仕事始め。今年の目標は、なるべく会社にいないこと、なるべく会社(not 仕事)と関わらないこと。あと、愚痴は結局周囲にはウザイとしか思われないのであまり言わないこと。(4日)

・香川出身のマスターがやっている飲み屋さんで、釜玉うどん(汁なしのうどん+生卵+牡蠣しょうゆ)をいただく。うまい。というか構成上はほぼ卵かけごはん。
・6000円の会計を1000円札で払ったつもりが、5000円札が1枚混じっていたとマスターから指摘。忙しく立ち回っている中でもきちんと確認し、かつ曖昧にしないことに感じ入った。いや、当たり前なんですけど、でもねえ。(4日)

2013年01月03日

新年2013

31~2日は郷里で過ごしました。

伯母さんのお料理を食べながら紅白を見るという恒例の年越し。
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もう何年ぶりかというくらいの初日の出。特別な場所に行ったわけではなく、うちの玄関を出たところで見て、寒いのですぐに引っ込むというだけ。
長野市の日の出は6時59分だが、当地は赤石山脈の向こうから出てくる太陽を見るため、7時30分ごろに。
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今年の年初は天気がよく、景色がきれいでした。
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・ばったり倒れながら投げ出した手でようやくゴールラインに到達したような2012年でしたが、ここの日記だけ見てみるとなんか楽しそうな1年だったなと反省できる程度には突き放すことができているようです。今年はほんとにいい年にしたい(なってほしい)。ということで、元旦から早起きをして朝日を見るなどがつがつと動く年明けでした。

・事前情報からすると、郷里の諸々が古びてきて、そろそろまた一族の加齢や病による心配事と直面しなければならないかと思いながら帰省しましたが、そうでもありませんでした。というか、まだ大丈夫でほっとしたという感じ。

・伯母、母方祖母、父方祖父母にお年玉をあげてお土産に代える。

・珍しく旧年中に9枚の年賀状を出しましたが、郷里からうちに戻ってみると、出してない方からいただいた年賀状が6枚。近所のコンビニで追加購入。

・年男の年始は結婚せよ圧力が意外と高まっており、父方祖父が弊管理人の顔を見るなり電話を取って意中の見合い相手に連絡を取ろうとしたのを大声で阻止。ここから40くらいまでがピークか。「勝手なことをするなら今後帰省しない」と脅しておきました。

・すんごい喰っちゃ寝状態を続けてしまった(半ば確信犯)。

・高速バスで往復しましたが、いずれも乗務員や発券窓口の人の機転で最後列を独占しゴロゴロしながら4時間ほどの乗車時間を過ごせました。ここの窓口の人はなぜか、行きで降りるバス停と帰りに乗るバス停が違っても「乗り越し精算すればいいので、安くなる往復券で出しておきますね」などとやたら気が利く。ルーティンで客をさばく以外のことができる窓口の人って貴重でありがたいです。

2012年12月30日

燈郎と2012年まとめ

新小岩、燈籠のつけめん+味玉=880円。
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連休明けから自炊をして、雑穀米だ魚だ海藻だと食べていたら体が「なんか濃ゆいもの食べたい」と言ったので、濃ゆいラーメンに。
1年ちょい前に行ったときにはあまり良い印象がなかったのですが、「それは量の問題だったのではないか」と思い直して再訪。がっつり系のお店なので、麺は普通盛りに抑えてみると、ほぼちょうどよかったです。オエッてならないし、スープがいよいよ冷えてしまう前に食べきれる。ミニでもいいくらいですけど。

それで、それからちょっとお酒を飲みに行って、うっかり終電を見送って始発で帰宅。今ちょっと頭いため。

* * *

今年は1月のアメリカ(3週間)、7月の鹿児島、12月のスウェーデン(2週間)のほかに関西方面にちょこちょこ出張があったり、7月に休暇で沖縄に1週間行ったりと、結構いろんなところに出かけていて、振り返るとかなり派手で楽しそうな1年に見えます、我ながら。

しかし、2月に合格をもらった英国の大学院に社内的な事情などが絡んで結局行けないことが6月に確定し、10月には会社の嫌な面をこれでもかと見せられ、その他いろいろと仕事が込んでいて、調子の狂う1年だったような気がしています。自分の生活の質を落としている原因の大半が今いる会社だということを痛感しました。と同時に、楽しいかもしれないことを素直に楽しめない自分の性質がこういった環境要因と噛み合い、ぐるぐる落ちていく状況を作ってしまったようにも思います。11月に会社のエレベーターの中の鏡で、白髪が増えているのに気づいたときはショックだったなあ。

反省点をいくつか考えました。

・「とりあえず間に合わせるみたいにして両手いっぱいのタスクをぼんぼんこなす」というスタイルを少し見直して、じっくり考えることを基本に据えて、その上で例外的に単発の仕事を右から左へ流すような方向に持っていくこと(間に合わせでやった仕事には間違いが起きやすく、またフォローアップの必要が生じ、却って手間が増えることがあるから)。

・あまり押し黙ったり持って回った言い方をせずに、ストレートにものを言うようにすること(ストレスマネジメントとして。また弊管理人の物言いは分かりにくいようなので)。

・机に就いている時間を減らすこと(机上で考えられることには限度があるから。また、机に就いていると新しい仕事が降ってきやすいから)。

・力が及ばないことをあまり悔やまないこと(これは10代からの継続課題ですw)。

* * *

今年の春に父親が60歳になり、定年を迎えました。
父親が今の弊管理人と同じ35歳だった25年前、弊管理人は10歳だったので、その時分の父親の姿はばっちり記憶にあります。その当時から今までの25年という時間の長さの感覚もだいたい分かります。
10歳から20歳までの10年と、25歳から35歳までの10年では、後者のほうが圧倒的にさっさと過ぎた感じがあるので、そんなことを加味した上で、現在から未来方向へ25年という時間を投影してみると、人生の短さというのが(もちろん仮にですが)感覚できるような気がします。
どちらかというと何かが始まったときに「いつまで続くんだ、これ」とゲンナリするタイプなので、飛び去るほど早くはないが永遠というほどでもない時間制限のことを考えるのも悪くありません。
一方、健康でいないと面白いものも面白くないので、健康に気をつけようと思います。というか、運動不足が生活の質を落とすということも今年特に痛感したことの一つでした(産業医とおしゃべりしていて言われたことでもあります)。

* * *

今年はわりと目の前のことを知るために本や文章を読むことが多かったので、来年は少し、目の前のことの向こう側を読む機会を増やす方向に戻りたいと思います。今年なんとなく手に取っていた確率のことを書いた本の読書も、そういう方向に持って行きたい。

* * *

ネットやってる時間も減らしましょうね。なんて。

2012年11月08日

VAIO 14P

新しいパソコンを買いました。

これまで使っていのは2008年6月に買った東芝のdynabook TX/65Fで、当時の日記にそのときのことが書いてあります。
当時もそれまで使っていたhpのパソコンが4年あまりの使用期間だったことから、次の買い換えは4年くらい後であろうということ、そのとき自分は35歳になっているということが「遠い目」で書き残されていました。来るときは来るもんですね、4年後って。

さて、今回は機能面で使いづらくなったということはほとんどないのですが、Windows立ち上げの際にちょっと工夫をしないと止まってしまうという症状が見られるようになっており、いろんなところのクリーンナップでも回復しないため、大事をとっての買い換えとしました。もうちょっともってもよかったと思わなくもないんですが。会社で前に導入していた東芝機もよく壊れたし、たぶん今後はよほどの事情がないと買わないだろうな。

今回買ったのがこれ、VAIOの14Pというモデル(画像はSONYのサイトに直リン)。

CPUはCorei5、メモリ4GB。ブルーレイディスクドライブ。あと、画面を14インチ、1600×900ピクセルにしてみました。選択の理由はほぼ値段だけで、56800円。OSはWindows7。

ちょうどWindows8が出たばかりの時期で、その少し前からWin7機が投げ売り状態になっていたため、かなり安く買えたと思います(前2代は10~12万していた)。タブレットを愛用しているわけでもないし、まだまだ家で据え置きのまま使うのでキーボードがあれば十分、Twitterもこれまで通り専用ソフト入れて見るからいいです、ということで突然15000円くらい高くなるWin8機を選ぶほどのこともないと判断しました。スピード感は特にCore2Duo、2GBのこれまで使っていたPCと変わらず、Photoshop ElementsとかOfficeの立ち上がりが若干早くなったかな、くらい。これは会社のPCの使用感から予想していたことなので驚きません。

画面が広いといいだろうかと思って解像度のちょっと高いオプションを選んでみました。これが今回の一番の変化ですが、デフォルトでは字が思いのほか細かくて読みにくく、結局ブラウザは少し字を大きく表示させるようにして対応。写真なんかを見るときは画面が広くてけっこうよかったかも、ということで一長一短。ただし慣れの問題かもしれない。

あと内蔵スピーカーはHarman/Kandonを搭載した先代の東芝の圧勝。ただし、家に置いてあるONKYOのコンポにつないだときの音のクリアさはなぜかSONYの勝ち。これはソフトウェアの進歩なんだろうか。というわけで今はコンポにつないでラジオなんかを聞いています。

2012年09月23日

かぜひいて

木曜日からかなあ、喉が痛くて体がだるくなりました。熱は最高で37.5度と低め、そのかわりずーっと36.8~37.0度程度の微熱が続いてます。普段に増して何かをやる意欲が減退した上、30代のトラウマソング「かぜひいてねんね」をyoutubeで見てしまったりして、気分は下がりめ。

のど飴と、ビタミンCの錠剤と、がんばんなきゃいけないときの感冒薬が主食のなか、錦糸町のアキンボさんへ。
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ラムのキーマカレー。
食べ始めて分かったんですが、鼻が4割くらい効いてない。でもおいしいということは相当おいしいのだ、このカレーは。
マスターは今月、メニュー改変に向けて勉強中だそうです。同じものばかり作っていても飽きてしまうからと。ううむ素晴らしい。

よく遊び、あまり寝なかった今夏の決算と思って気長に療養しましょう(仕事は休めない)。今朝くらいから、鼻から白血球の死骸がいっぱい出つつあるので、そろそろ回復に向かってるとは思うのだけど。

2012年09月11日

よしなし

■五反田でふと入った本屋(店名見なかったがGoogle Mapsで見ると「あゆみbooks」というらしい)、書棚の一段に弊管理人の持ってる本が数冊ずつあるようなシンクロぶり。そしてその余の本もけっこう面白そうだったり、買おうと思って買ってないものだったり。近くにあったら絶対毎週通う。
■規模とあまり関係なく、本屋との相性ってありませんか。何か目的の本があって行くなら棚にあってくれさえすればいいんですが、面白そうな本ないかな、と思って行く場合は好みが合わないとなかなか出会いがありません。新宿の紀伊国屋でいうと、本店はどうも合わない。南口のほうが意外と合う。それにしてもジュンク堂がなくなってしまったのは残念。

■仕事が好きだということは全くないのですが、仕事が込んでいると元気になっちゃったりして困ります。

■だいたいの警告は手遅れ状態で発見されると思います。だいたいの悩みはその人しか解決できないように思います。

■本を読んだあと、ここに印象を書き付けることがある関係で、著者の方がエゴサーチで辿り着かれたらしいことを時々エゴサーチサーチで発見するのですが、いらっしゃる方って不思議とおじさま世代が多いです。ご訪問ありがとうございます。これからも頑張って下さい。

2012年08月26日

懲りないIELTS

ちょっと学生に戻る計画が6月にするりと手の中から逃げてしまってから、ちょっと元気を取り戻すのに約1カ月かかり、その時点で、8月になってもしもっと元気になっていたら必要になるだろうと思ってIELTSを申し込んでいました。去年の1回目2回目に続いて3回目。

結果、あまり元気ではありませんが、昨日今日とまた試験を受けてきました。

  聴く:ちょっと集中力が途切れた瞬間があった
  読む:まあそこそこか
  書く:例によってゴミみたいな文章をいっぱい書いた
  話す:これまで以上にバカなことをぺらぺら喋った

というわけで、あまりよくはなさそう。結果は9月7日。
点が取れていたら、今年も出願に向けて書類を作ろうと思います。
どこかの時点でくじけたら、それで終わりという踏ん切りが今回はつく気がします。

【9/7追記】
聞く=7.5
読む=8.5
書く=6.0
話す=6.5
全体=7.0
出願基準には達しました。でも去年から下がってていけてない。
ちょっとくじけそう。

* * *

ところで、「話す」の面接試験をしていて思いましたが、弊管理人は咄嗟に・その場のトピックに応じておしゃべりをするのが絶望的にヘタです。上がり症か頭の中のネットワークがちょっとおかしいかのどちらかだと思うのですが、アクロバティックで意味のない言葉遊びならいくらでもできるものの、何かを相手が分かるように説明したり、お話を起承転結のようにきちんと構成して話すことができないんです。
なので、予めネタを作成しておいて、そのワンセットを頭に放り込んでおいて、会話中に適切なタイミングが訪れると、それを引っ張り出してきて喋るわけです。
何かを食べたり、どこかへ行ったり、ある本を読んだり、ちょっとしたことを思いついたりして、そのことを誰かに喋る機会があるなと思うと、すぐにここで日記を書いているのはそのためです。実際、自分でも驚くほど、ここに書いてあることをそのまま人に喋っています。

以上のことも、今日思い至ったのでここに書き付けている次第。

* * *

試験が全部終わった昼過ぎに、ありがたくも友人からお誘いがあって、夕方から池上本門寺であったコンサートに行ってきました。
いろんな人が出てくるやつですが、一青窈さんはかろうじて分かりましたが、オリジナルラブさんはステージ上の誰がオリジナルラブさんか分からないくらい、今時の?音楽に疎い弊管理人です。周囲が総立ちで手拍子などをする中、ひとりぼうっと週末の終わりを惜しんでいました。
会場で帽子を無くしました。ううう悲しい。

2012年06月30日

6月補遺

手短に言いますと、

・結局腐りっぱなしで、職場でずっとイライラしてます。クソ忙しいというのもあり。
・私生活に関しては元気が回復してきました。
・小バエと格闘してました。途中から導入したホイホイの威力がはんぱないことを確認しました。
・群馬県日帰り出張とかしてました。
・大学のときの部活の友達と久しぶりに飲みました。5人中、弊管理人を除く4人は子持ちになっており、しかし全く老けておらず、ロン毛から坊主に・スリムから小デブになっていた弊管理人が一番変貌していましたとさ。
・ごっつぁんチケットでサントリーホールにてスロバキア響。ありがたや

■ドミニク・カルドン『インターネット・デモクラシー』トランスビュー、2012年。
ネットは平板なようでいて、明るいところと薄暗いところがあって、弊サイトのようなところは薄暗闇でぶつぶつ言っているというわけでございます。まあまあ面白い。

■中嶋彰『現代素粒子物語』講談社、2012年。
いや、よくここまで噛み砕きながら書き上げたと思う。そして情報が新しい。

2012年06月20日

渡英という目標が上旬に消滅してしまってから、本を読む気も、ものを考える気もなくなっています。ピアノには触ってないし、料理したくない。運動したくもなくなったし、服を見に行こうと思うこともありません。仕事をする気もありません(しないと迷惑を被る人が多いので最低限やっていますし、オファーがあれば請け負っていますが、本当は全てやりたくないです)。会社に向かう電車に乗るのも嫌ですが、今日、休みを取ってみても何もやることはありませんでした。常に具体的でない何かに対して怒っており、先の計画を立てるのがばかばかしくなり、これ以上日々を過ごすのが嫌になっています。かといって代わりに何をというのもありません。こういうの、困るんだけど。いつまで続くのかなあ。

(本エントリーに関してはレスポンス謝絶)

2012年05月18日

NDLカレー

国会図書館のカレー、500円。
新宿中村屋とコラボしたそう。
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意外とうまいw

加藤紘一先生発見。
プリンスがひとりめし。さびしい。

2012年05月05日

おつきみ

スーパームーンだって。
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コンパクトデジカメでもわりと撮れるねえ。
ちなみに、日の丸みたいにトリミングしようとしたら、うっかり国旗国歌法の特例(附則3)のほうのサイズにしてしまった。ちょっと丸がでかいんですよね。

きょうは2年ぶりに、東京国際フォーラムでやってるラ・フォル・ジュルネに行ってラフ3を聞いてきました。
もちろんこの曲は弾ききるだけで拍手ですが、無難で一本調子。語るほどの演奏でもなかった。この曲が持つカタルシスを引き出すなら最後に減速しちゃだめだよ。
あと、いっぱい人が来るイベントだからしょうがないけど、お金の匂いとかオーガナイズの悪さとかで元気なくなります。たぶん弊管理人はこのイベント嫌いなんだと思う。

【翌日追記】

このあと、吐くまで飲みました。
6日の予定をいっこキャンセルしました。

2012年05月01日

連休前半

休みは始まりが楽しい。

■初日の土曜日(28日)はちょっと仕事をし、そのまま酒場へ。

■日曜、月曜と田舎に帰ってきました。
↓筍を探しに行く父方のばあちゃん。
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じいちゃんに初期の胃がんが見つかり、5月中旬に手術の予定だそうです。90歳なので体力的にどうかという懸念はあるが、しかし切って治るなら切ってしまってもいい気もする。
父はおばあがちょっとおかしくなってきたかもと言っていましたが、弊管理人が見る限りはそうでもないなあという感じ。

↓母方の実家でおばさんの手料理と寿司。3月に父が定年を迎えたのでお疲れさん会とのこと。
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おばさんによると、91歳のばあちゃんが「いよいよダメになってきた」というのですが、弊管理人が見る限りはそんなに変わってないんじゃないかなあ、という感じ。
10数年前、ご飯を食べたこの部屋には3家族12人が集まって入り乱れながらわいわいと食事をしていたのですが、鬼籍に入る人、遠くに住む人などが出て半分以下に減りました。しかし、新たに参入する若い人というのがいなくて、平均年齢がそのまま+10数年になりました。
ほぼ最後に残るのは弊管理人だろうと思います。どうソフトランディングする(=あまりあわあわしないで死ぬ)かが課題です。

■そういえば以前、看取りビジネスというのを考えたことがあります。看取ってくれる人のいない人から、必要経費+遺産を報酬としていただくかわりに臨死期と死後の身辺整理をするというもの(医療や介護のサービスとは別)。病院なら死亡宣告に立ち会い、自宅で亡くなったら医者を呼んで死亡確認をしてもらい、役所の手続きをし、生前に作ったリストに従って通知したい相手に死亡を知らせ、遺体の骨を拾ってお寺に納める(跡形を残さないため散骨をデフォルトにする手もある)。あとは家財の処分。

このあたりは生前に、手取り足取り指導をしながら詳細に遺書を書いてもらうとか、お棺に入れてほしいものと処分していいものを分別するなどの準備をしてもらっておけばできるでしょう。

よくわかんない業者がやるとネコババや契約違反などが恐いという思いはあるでしょうから、実績のある大手葬祭業者がやるか、法律事務所が下請けを使ってやるかの形がいいと思う。まあこの人たちだって大丈夫というわけじゃないので、外部の目をどこかに組み込まないといけないんでしょうけれども。

ちょうど、男性の2割以上が生涯未婚、というニュースをけさ目にしました。

■twitterで、完全友達づきあい用アカウントを開いてみました。
これまでの、開くたびに人の攻撃性みたいなものが充ち満ちていて気の重くなる情報収集用アカウントとは全然風景が違って、楽しい。

2012年04月09日

だめ押しの桜

新宿中央公園

下から
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上から
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2012年02月07日

センとふくしま

1999年8月、滞在中のニュージーランドはオークランドにジャック・デリダが来てレクチャーをしました。イベント名は「Derrida Downunder」……当時オークランド大学で「20世紀フランスの思想」という授業をやっていたRobert Wicks先生「(Downunderはオーストラリアやニュージーランドを指す言葉なので)そのまんまやないけ、というお声もありましょうが、これは物事の深層down underに深く入っていくということでもありまして……」と変な弁解?をしておられたのが楽しく思い出されます。当然ミーハー学生だったので、なんと2000人近く集まったタウンホールに見に行きましたけど(確か切符は10ドル=550円くらいだったかなあ)。

でまあ、変わらずミーハーでして、今日はこちら、行ってきました。
録画はここ

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アマルティア・センの講演。

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2012年01月03日

正月休みの終わり

暮れの12月27日から早々と休みに入り、本日3日でこの正月休みもおしまいです。
いや、今週は5日にシフトが入っているだけで明日4日は強いて何時に職場にいるべきということもないのですが、まあ色々の片付け作業もありそうだし出たほうがいいよね、ということで出社します。

元日、2日は都内待機要員だったのですが、元日の夜に入った仕事を在宅で処理したほかはだらだらと過ごすことができ、結局8日間にもわたる(昨年の夏休みよりも)長いお休みになりました。

「飛び抜けておいしいものに出会った」ということはなかったけれども、昨日煮たキャベツとジャガイモの味噌汁は懐かしい味になったし、帰省中に父が用意してくれた朝食のニラ玉には時間を一気に15年巻き戻されました。

本を何冊か読みました。人生がひっくり返るほどではないが、いずれも面白かった。
元日のスポーツクラブはおおむね気持ちよかったのですが、前日の深酒のせいか意識が遠のく瞬間が2度ほどあり、ちょっと焦りました。

今日は、久しぶりに会って話したい人に約束を取り付けて、お茶を喫みながらゆったりと2時間以上話せました。
まえに酔った上でちょっとひどいことをしてしまい、あちらはそう怒っていなかったようではありますが、弊管理人は後日謝ったものの深く反省してしばらくお誘いを控えていた人でした。そういうわけなので、今日はあらためてそのときの話などはしませんでしたが、普通に他愛もない話ができたことで安堵しました。

東京は期間中だいたい晴れていて、昼間は日が当たればそう寒くないですが、夜は厳しく冷える日ばかりでした。
昨日はバイクで15分ちょっとのところのスーパー銭湯に行って体を温めてきました。
今日はちょっと耳が熱いので、大事を取って葛根湯でも飲んで寝ようかと思っています。ここ数年1、2月あたりに一度、大きな風邪を引きます。それくらいの頻度なら風邪は体をリセットするチャンスだからと歓迎しなくもないのですが、今年の場合は週末から少し長く家を空けるので、その用事が終わってからにしてほしいなあと願っています。

日差しはいつの間にか春を窺わせるものになっていました。これが唯一あまり好きではないものでした。折角走りきったあとに、また次の長いタスクが始まってしまったことに立ちすくんでしまいます。

2011年12月27日

答え合わせ2011

今年ああだこうだと書いたこと、結局どうだったか。

1月23日

で、きのう、とうとうバイクにETCをつけました。 夏に、支払い用にポケットに入れていた1000円札が高速走行中に飛んでいってしまい悔しい思いをした時から、取り付けを考え始めていました。年末には高速道路料金に関する国交省案が出ましたが、どうも一律無料とか一律料金とかに完全にはならないために、曜日や車種による複雑な判断を避けるとの名目で引き続きETCは割り引きを受けるために必要そうな雰囲気だったことに背中を押された気もする。 「とうとう」というのは、バイクの場合はETCの機械に耐振動とか耐水とかの機能が必要になるのと、おそらくマーケットが小さいために、取り付けにかかる費用が四輪の倍以上(3万-4万弱)になるため、それなりの決断がいるからですw

↑結局高速無料とかは絵に描いた餅になってしまい、ETC導入の経済的メリットはあまりなかった。しかしちょいちょい財布を出さなくていいのは楽なので、まあつけてよかったかなと。

2月24日

・日本でこんなことがあったら、個人情報保護がうんちゃらとか言って死者・行方不明者の情報が出てこず、安否確認が進まないんじゃないかとちょっと不安。

↑ニュージーランド・クライストチャーチの地震についてこんなことを言ってましたが、そのすぐ後にあった東日本大震災では個人情報保護どころではなかったですね。

4月18日

空気を読む力が自分にどれだけあるのかはかってみるため予測をここに書いておきますが、 今回の原発事故を経ても、日本はすぐに脱原発をすることはできない気がします。

↑さあて、今年一番の問題作。

・現時点では汚水をだらだら流しながらではあるが、水を原子炉に注入して徐々に炉を冷やすことができている。想定外の事故でポカが続いても、それでも一定の対処ができることは示されてしまった(電源喪失が長く続いても、指をくわえてメルトダウンを待つことにはならなかった)

↑メルトダウンの可能性は地震の翌日にはもう言われているので、たぶん上記日記は勘違いしてる。ただ手が付けられない状況→首都移転、みたいな状況の回避は確かにできたね。1基で格納容器爆発あるいは燃料プール瓦解で近づけなくなる→そのために他号機での作業もできなくなり、連鎖的に手が着けられなくなる→首都移転、みたいな「最悪の中でも最悪の状態」への分岐点はいろいろあったが、そこまでにはなってない。

・どうやら津波という一つの要因で複数の非常対応システムがイカレてしまったようなので、逆にいうと津波の対策をしっかりやればより安全だという論理が通ると思う。

↑推進の役所と事業者は結局、全くもってこの通りのことを言った。

・事故の検証は求められているしそのうち始まるだろうが、当然役所がその場を設定するので、「だからもうやめとこう」という結論ではなく「ここを改善すれば安全性が高まります」って話になるに決まっている。

↑確かに政府事故調はまさに「政府」が場を設定したものの、実務を担ったのは司法官僚だったので、出てきた中間報告書は刑事事件の冒頭陳述さながらの「そこまでいうか」的な後知恵による批判のオンパレードでした。弊管理人の見方が甘かったといえるが、しかし期待以上のものはでてきたともいえる。

・そのうち絶対誰かが「一人の命も奪われないまま得られたこの貴重な経験によって、原発の安全対策はさらに完璧に近づいたと、私はあえて非難を恐れず言おう」って言う。

↑おおっぴらにではないが、ある学者が言った。

・脱原発がいくつかの国で進むと、新エネルギーを利用できるほどの基盤整備ができてない国はとりあえず原油や石炭の争奪合戦に走るので、不安になって「やっぱり原子力」っていう合意は(一応役所と事業者をスケープゴートにしつつ)形成されやすくなる。

↑再生可能エネルギーのポテンシャルをやや侮ってた感はありますな。でも石油依存の度は、展望のないまま上がってるのが現状。経済界はもちろん、被災地から遠いところへ行くと「そうはいっても原子力」って言う立地自治体首長もいますね。

・福島第1はいま冷温停止の5、6号機まで含めてジ・エンド、だが福島第2はヘタすると再稼働(知事をどう説得するかが鍵)。5年以内の動きは、西日本はあまり危機感を共有していなさそうなのでいくつかの新規建設は話が進む。一方、東日本では新規建設はたぶん話題にもできない(作らない、のではなく予定地の心情的要因で無理)。でも動いてるのを止める話にはならない。

↑かなりハズレ(恥)。福島の知事が県内全原発の廃止を言った。「こんなことがあってまだ原発を容認する県」というイメージが復興の妨げになるという考え方はなるほどだ。新規建設はもう無理。動いてた中でも、浜岡が政治の力で止まった。ほかも順調に定検停止してますが、ストレステストを経た来年の再起動がどうなるか。

・ついでに、暮らしはちょっと地味になるかもしれないが、大きな社会変動が起きるかについても弊管理人は懐疑的です。あいかわらず各セクターのお金くれコールで今年度並みの規模の予算が来年できたら「ムリ」が確信になります。

↑悲観的だねー。この日の日記は全体的に悲観的すぎたけど、予算規模をみると現実のものになる気がする。東京の夜はすっかり明るくなってしまい、その周辺にまだ残る灯りのなさが見えなくなってきている。

9月25日

9月に入って、たいへん調子が悪い。 こういうときに大事な案件の意思決定をしたり、頭を使う仕事を引き受けたりするのはとても危険。でもあまり先延ばしにもできないことが多いので、早く脱することができればと思っています

↑11月くらいまであまり調子が出なかったけど、そのあと回復した。「できなけりゃできませんでいいわな、時には」と思えることが大事と。

■10月31日

昨夜9時半からけさ8時半まで11時間寝た。 天気よし。

  も の す ご く 体 調 が 良 い 。

↑全体的に元気に過ごした今年の中でも、飛び抜けて快調だった日wwwww

12月4日

■東浩紀『一般意志2.0―ルソー、フロイト、グーグル』講談社、2011年。

ついこのあいだ、ラジオで鈴木謙介さんが「この本は、政策立案などを担う少数の人たちが、内輪ウケではなく外部の他者の目に耐えうる議論をしているのかどうかを、”一般意志”に晒されることでテストしてみろや、と主張しているものと思って読んだ(大意)」と話しているのを聞いて、うまいと思った。そう、ローティに触れてる部分で明確にそう言ってましたよね。
この本を読んでから、ナイーブに「熟議」を称揚する本をするっと読めなくなった。なんか物知りな人からは「へっ」って鼻で笑われそうですが、それでもやっぱり重要な本だと言っておく。

■全体的に

「あれ食った」「ここ行った」ばっかですな。
意識的にそうしてたんですけど。
なぜかというと、弊管理人が独りであれこれ考えてることって大体当たってないので、そんなこといっぱい書いといてもしょうがないからですw

2011年12月24日

草枕と年末

新宿3丁目、カレーの「草枕」。
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タマネギ1個と、いろんなスパイスでできたカレー。インド風。スープカレーほどしゃばしゃばしてない。
今日は「海老とプチトマト」4辛(1~10まである。いわゆる辛口よりちょっと辛いくらいらしい)、ごはん大盛り(+0円)。930円。

    うまい、これ!!!!

トマトと、海老と、福神漬けと。どれと合わせて食べるかで味がけっこう変わります。飽きずに食べきれる。ごはん大盛りでちょうどルーと合うくらいの量。おなかいっぱい。しあわせ。

今年の冬休みは12月27~31日。休み前の26日は今年の総決算みたいなてんやわんやの一日になりそうな感じもしますが、この、なんというか、毎年のことですが、年末のどんどん差し迫ってくる感じは嫌いじゃないです。むしろ年が明けて急に間延びした感じには茫然としてしまう。

もう言うまでもなく3月をもって自分の環境も世の中も全然変わっちゃった年でした。1年の過ぎるのが猛烈に早かった気がする。
いっぱい嫌な思いもし、11月くらいにはかなり気分が落ちたりとかしていましたが、いろいろ勉強もした(させられた)し、いっぱい仕事もした(納得いくものは少ないけど評価されたものはそれなりにあった)ので、今日現在で振り返れば今年の総合評価は100点満点で74点。

何回か書いた気もしますが、自分でいろいろ課題を見つけて解いていくタイプではないが、課題をこなすのは嫌いではないほうなので、今のように、ある程度のお金を与えられながら勉強や苦労の機会がどんどん降ってくる人生はそう悪くないのかもしれません。しかし相変わらず、そのレールから脱線したときの生き方というものもあれこれ考えた1年だったように思います。来年、答えは出るかな?出ないか。迷うのが趣味みたいな人だしね。まあいいや。

たぶんまだ年内に何回か日記書きます。