ちょっと前に読み終わっていたんですが、ノートを作るためもっかい読むのに時間がかかってました。いや読むのはすぐできるんですが、取りかかるのに怠惰で。
疑似科学ってなんなのかというのはびしっと定義したり、対象を明示したりするのが大変なものではありますが、通読するとなんとなく正体が見えてきます。豊富な事例がいちいち面白く、仕事上のネタとして使えそう~と思いつつメモしました。100ページちょっとと、これだけコンパクトにまとまった類書は日本語ではちょっと思い浮かびません(あるのかもだが)。
◆Gordin, Michael, Pseudoscience: A Very Short Introduction, New York: Oxford University Press, 2023.
【1】線引き問題demarcation problem
・ヒポクラテス(と言われているが複数の著者による、長い期間をかけて編まれた著書とみられる)『神聖病についてOn the Sacred Disease』―いかさま医療批判
・かなり科学に見えるが、ある理由で科学になっていないもの―疑似科学
・線引き問題:ポパーの造語
・ポパー:アドラーの手伝い。アドラーはフロイトと決別、ポパーは結局両方から離反→科学哲学へ
・ウィーン学派、論理実証主義。センスデータが世界に関して信頼できる唯一の情報源→形而上学の拒絶。ヒューム、マッハからの影響に、センスデータを組み上げる論理的連関(これ自体は経験的なものではない)の重視が加わる
・ポパーは最初、論理実証主義に寄ったが、後に離れる
・1919年、英エディントンとダイソンによる日食の機会を利用した相対論(重力で光が曲がる)の検証→反証可能性へのインスピレーション、『推測と反駁Conjectures and Refutations』(1963)。「科学も時に間違う」問題の克服
←→論理実証主義のverificationism(経験的データで検証されれば科学的といえる)は不十分。あるデータがAも非Aも検証できてしまう
→「こういう場合に反証される」という可能性が示せないものは科学的といえない→精神分析やマルクス主義を反証する条件が示せなければ、これらは科学から除外される。アインシュタインの重力理論は日食の観測で理論に合う結果が得られなければ反証される
・反証可能性はどれくらい使えるか?―それほどでもない。理由は2つ
(1)「反証された」ことを示すのは難しい。実験データが理論と異なったとして、ただちに理論を棄却できない。実験のやり方がまずかった可能性がある
(2)自然淘汰、プレートテクトニクスなどは因果関係の連鎖の中で説得性を形成しているが、それでも科学的といいたくなる。経験的データでyes/noを決めるというやり方になじまない
・Larry Laudan(1983)による批判はさらに厳しい。創造説もユリ・ゲラーもビッグフットも、あれもこれも考えを改める契機が存在するという意味ですべて「科学的」になってしまう。線引き問題自体、疑似問題である
・反証可能性を求めると、あらゆる科学理論が「真」ではなく「まだ偽になっていないもの」としかいえなくなる。ポパー自身としては一貫しているが、一般的な直感に反する
・反証可能性が訴訟に登場した例
1925.7、テネシー州のスコープス裁判(1955年舞台化、1960年Inherit the Windとして映画化)→他の州でも「進化論を教えるのは妨げないが推奨もしない」状態
→1957年スプートニクショック。中等教育の生物学カリキュラムこれでいいのか!という機運
←1960年代、宗教団体は「ダーウィニズムを教えるなら創造科学も」と主張。創造論(宗教)からの看板変更
→1980年代、McLean v. Arkansas Board of Education裁判で「ダーウィニズムは科学か」「創造科学は科学の条件を満たしているのか」論争→1982年Overton判事の判決でポパー援用(2005年Kitzmiller v. Dover Area School Boardで少し修正された)
・ポパー後の線引き問題
・ポパーのように明確な基準は示せなくても、もうちょっと成功するアプローチはある
・Massimo Pigliucciは反証可能性のように1次元の基準ではなく、2次元にした:(1)経験的知識の増大の軸と(2)理論的理解の増進の2軸をとり、原点に近いほど科学とは考えられにくいとする。それに加えて、自身が科学だと強調しているものは「疑似科学」と呼ばれる
・Irving Langmuirの「ローカル線引き」アプローチはESPのような限られた主張を退けるためのもので、「検出限界ギリギリのところだが高精度で検出できたと本人たちがこだわって(希望的観測で)言っている」ようなものを「病的科学pathological science」とする
・境界科学fringe doctorineを類型化するアプローチ(オーバーラップはありうる)
―かつては正統とされたが今日では廃れている科学
―イデオロギーに取り込まれた超政治化されたhyperpoliticized科学
―主流に挑戦する反主流派counterestablishment科学
―超心理学
【2】廃れた科学vestigial sciences
・ある時期正しいとされていたのがどんどん廃れていくダイナミズムは科学としては普通のこと
→廃れた科学にこだわっていると「疑似科学」と呼ばれやすい
・占星術:西洋ではだいたい17世紀までは科学だった。天文観測×個人の誕生日→チャート
→地動説の普及とともに減退、ニュートン力学に基づく天文学に置換
1824年、英国議会で占い禁止法制。南アジアでは今も一定の人気
・錬金術:18世紀初頭には境界科学になったが、主な理由はレトリックであり、ラボで採用された手法ではない。この点で錬金術―化学の関係は占星術―天文学の関係とは異なる。18世紀になると化学者は錬金術を積極的に悪魔化することで、自らを現代科学に含めていった
・中世から近代初期のchymistry(錬金術と化学が未分化だった状態)の様子は1990年以降の研究で明らかになってきた。ニュートンやボイルも密かに錬金術の研究をしていた
・目的は鉄や鉛などから金を作ること(地球の内部で熱によってそういうプロセスが起きていると考えられ、それをスピードアップしようとしていた)や、ある物質から別の有用物質(薬など)を作ることだったが、実地の活動は物質の性状や組成の解明で、これは化学と変わらない営みだった
・なぜ錬金術が境界化されたか:(1)いかさまの横行(2)師弟関係の中での秘密主義―ただし科学的発見は公刊するものという考え方は19世紀から(3)襲名やシンボル/暗号化された実験手順―デコードできると再現可能になる
【3】超政治化されたhyperpolicized科学
・ナチの「アーリア物理学」Philipp Lenard+Johannes Stark。「ユダヤ物理学」(アインシュタインなど)―高度に数学化された物理学―は幻想である、疑似科学であると主張。自分のはニュートン、マックスウェル依拠
・Lenard, Starkともノーベル賞受賞者。量子論に関係する業績。完全に無視できる存在ではなかった
・ただし第3帝国の中で確立することはなかった。教育相に煙たがられたのと、敵対したハイゼンベルクの母親がヒムラーの知り合いだったこと
・ほか医学、生理学、人類学などはユダヤ人問題の最終解決に貢献、これらも体制崩壊とともに終了した超政治化科学といえる
・ルイセンコ主義Lysenkoism(ソ連、1950年代)。植物の遺伝形質を環境ストレスによって変化させられるという説。獲得形質の遺伝を主張する新ラマルク主義の系譜。ルイセンコ主義という名前は共産圏外での呼び名で、本人は先達の名前をとってミチューリン主義、あるいは農業生物学agrobiologyと呼んでいた。1927年、プラウダに発表した論文で冬エンドウを亜熱帯のアゼルバイジャンで育てられると主張、春化vernalizationと呼んだ。冬小麦を春にまく実験などを巧みに新聞で報告したが、データや統計解析は不十分だった。スターリンの賞賛を受けメンデリアンを凌駕、「党中央委は私(ルイセンコ)の報告を承認した」。古典遺伝学は疑似科学とされ、農業生物学が唯一の正統に。スターリン死後、アカデミーの調査によって1965年にルイセンコは失脚、1976年に死去した。だが遺伝学の汚名は今日まで残っている
・米国ではルイセンコ主義はソビエト共産主義の悪で、政治による科学介入の危険な実例として強調される。しかし(1)ソビエトは多大な科学振興策を実施しておりルイセンコはむしろ例外だった(2)政治の科学介入は学校教育での創造説の扱いや人クローン研究の禁止にみられるように他国でもあること―から、上記のような解釈は厳しい。スターリンが遺伝学を支持していればよかったのか?
・優生学。民主主義、自由主義の国でも疑似科学にはまることがあるという事例。ゴルトン(ダーウィンの甥)。優生学は遺伝学より先にあったし、20世紀転換期には互いの専門家の間に明確な区別はできなかった。遺伝(メンデル)と淘汰(ダーウィン)を流用し、子孫の選別によって人類のストックを向上できるという主張。20世紀初頭には既に廃れ、疑似科学になっていた。選別方法はpositive(「適者」に子どもを作ることを奨励する)とnegative(断種によって劣った家族の再生産を防止する)の2方向
・すぐに技術的困難に直面。遺伝的だと思われていた形質が違ったり(結核など)、実は存在していなかったり(タラソフィリア=海が好きすぎる病気)。単一遺伝子疾患も存在するが、そうした形質の消滅には非現実的・非倫理的な方法が必要になるとの指摘もあった。それにもかかわらず、米国最高裁のバック対ベルBuck v. Bell判決(1927)のように優生学的な不妊手術法を正当化する動きもあった。第1次大戦後の米国ではまだ人種科学が生き残っていた。カリフォルニア州では1909年から法律が廃止される1963年まで、優生学的な理由による強制不妊が2万件実施されていた。米国優生学会は1926年創立、その後の不人気により1972年には社会生物学会に改名、優生学と手を切った。2014年にはさらに改名しthe Society for Biodemography and Social Biologyに。ただし大衆文化にはいまだに考え方が残っている
【4】反主流科学counterestablishment science
・いろんな誤った研究結果が日々生まれているが、あるものはそのまま忘れられ、あるものは生き延びて主流派から「疑似科学」と呼ばれるようになる。呼ばれる側からすると主流のほうが間違っている。エスタブリッシュメントが誠実な科学者を抑圧していると認識する。ガリレオの例
・アンチantiではなく反counter主流なので、対抗手段は主流派のコピーとなる。研究所やジャーナル、学会を作り、時には学位も出したりする。極めて目に付きやすいのが特徴。こういう動きは科学がアマチュアによって担われていたガリレオの時代には成立せず、「職業」になる啓蒙時代末期以降になって初めて形成される。scientistという言葉は1831年の造語
・骨相学phrenology。スイスで誕生、スコットランドで発展。18世紀末、ガルGallの原理:脳は器官の集積で、サイズと機能に関連がある。頭蓋骨から性格が読める。すぐに批判にさらされたが、非エリートの支持者を多く獲得。19世紀を通じて人気。主流科学と併存し、支持者と資金源がある限り消滅しない
・創造説creationism。廃れた科学としてスタート。問題は神が自然界を作ったかどうかではなく、「どのように」に作ったか。単一起源説monogenismは創造後の分化によってさまざまな人種ができたと考える。多起源説polygenismはそれぞれの人種が別々に創造されたと考える。『種の起源』によってさらにごちゃつく。神が原始人類を創造してそこから分化したとすると創世記の最初の部分の解釈をかなり修正しないといけなくなる
・20世紀になるころハクスリーHaxleyの科学的自然主義が力を持つ。「科学的説明からは超自然的な力を排除すべき」で、創造説は科学的議論の埒外に追われた。20世紀初頭の英語圏は百花繚乱。純粋物質主義(超自然的な力は全くない)/神学的進化論theistic evolution(神の計画に従って進化が起きている)/古い地球創造説Old-Earth creationism(アダムとイブはいたが地球ができたのはそのずっと前)/若い地球創造説Young-Earth creationism(6千年前に6日でできた)=これが一番聖書に近いが、地質学的証拠とぶつかる
・セブンスデー・アドベンチストのプライスGeorge McCready Price。The New Geology(1923)で「現在の地表は洪水の結果作られた」。スコープス裁判にも関係。20世紀中葉には学校教育からモダニズムを排除するのではなく、独自の研究所や学校を作る方向に転換。その後は創造説研究協会(1963)に引き継がれる。紀要や教科書作成。「創造説を進化論と同じ時間教えろ」は1980年代には最高裁が「州による宗教教育になる」として認めず失敗。その後は宗教色を薄めて「インテリジェント・デザイン」へ。1990年にディスカバリー研究所をシアトルに設立。2006年の控訴裁判断でやはり挫折も今まで生き残る
・未確認動物学cryptozoology。ビッグフット、ネッシーなど主流科学がまだ認識していない生き物がいるという主張で、科学的に不可能なことを言っているわけではない。巨大イカ(2004)のように実際に見つかったものもある
・ベリコフスキー『衝突する宇宙』。大彗星が紀元前1500年の地球を大きく攪乱し、金星になった。マクミランから出版、ベストセラーに。ハーバードの天文学者シャプリーが疑似科学と非難し、出版社に圧力をかけたため出版権が他の会社に移動したが、そのためにまた売れた。ベリコフスキーはガリレオの例を出して憤激。反主流科学者として活発に講演。しかし本人のキャラクターによって維持されていた説で、1979年に死去すると忘れられた
・エイリアン、UFOlogy。1940-1950年代。その後、ソ連との緊張関係やベトナム戦争における軍の秘密主義などと絡んで関心高まる。が、携帯カメラの普及で信頼度は落ちている
・過去に来たのでは?という主張はErich von DanikenのChariots of the Gods?(1968)。ピラミッド建造や、天からの神の降臨は宇宙人によるもの、という説。歴史資料の歪曲や、有色人種が巨大建造物を建てられたはずがないという差別的な発想が批判されている(が、引き続きポップカルチャーで人気)
・特徴(1)陰謀論の色彩が特に強い分野(2)地球に到来する電波から宇宙人からのものを見つけようとする、手法は科学的だが主流からは疎まれているSETIを非難する点でも反主流
・地球平面説Flat Earth。2018年、著者らの調査ではアメリカ人の6人に1人が地球が球体であることに疑いを持っている。今日そこそこの信奉者を持つ珍しい反主流。プラトン、アリストテレスの時代から地球平面説はほとんど信じられておらず(南方に人が住めるかという議論はあった)、中世キリスト教・イスラム教世界でも同様で、今日のものは中世復古ではなく近代(後=ポストモダン)の発明品といえる。地球空洞説(=球体でないと成り立たない)に対抗したWilbur Glen Voliva(1914)、これを基礎としたDaniel ClarkのBehind the Curve(2018)
・主流科学の鏡像としての反主流科学もまた男性に偏っている(eg.ビッグフットの徴候を見るのは森や山に入る人だけ、など)という特徴もある
【5】心と物質
・念力、他人の心を読む、虫の知らせ。パラサイコロジー(ウィリアム・ジェイムズ!~)。第六感(ESP, Extrasensory Perception)はときどき評価の確立した研究者が専門ジャーナルに論文を出したりする。主流側は忸怩たる気持ちはありつつ許容することで、この分野や他と違った地位を獲得している。論争の中で、反主流側の実験・解析手法が主流科学側に影響を与えたこともある
・動物磁気説、メスメリズムMesmerism。由来は18世紀ウィーン→パリの施術家Franz Anton Mesmer、医学と物理学のあいだ。宇宙の全物体に浸透している磁性流体を発見した、この流れの停滞が病気として現れると主張。アカデミーでのプレゼンに招かれたが、その後無視された。ベンジャミン・フランクリンやラボワジエによる検証委設置、これが今日まで続くパラサイコロジー対応の起点になった。ラボワジエの検証実験で「プラセボ効果」の発見。その後、フランス革命が起きてメスメリズムは忘れられ、1820年代に英国でリバイバル
・スピリチュアリズム。1848年にNYで誕生、英国でメスメリズムの残滓と合流して受容。精神世界と物質界を結ぶ媒体として下層階級の若い女性や未成年の男性が使われた。体を離れた霊魂が媒体を介してラップ音や空中浮揚、自動筆記、エクトプラズムなどを引き起こす。流行には伝統的な宗教信念の動揺があると分析されている。降霊術Seancesは写真のような新興技術と目撃証言によって実証され、科学と宗教のアマルガムと主張された。脳波と磁気エーテルの共振といった説明も。1882年に英国、1884年に米国でSociety for Psychical Research (SPR)設立、テレパシーや催眠術の研究にも広がった。東南アジア思想と融合して神智学theosophyにも
・やはりこれも検証委が立ち上がり、サンクトペテルブルクではメンデレーエフが検証実験をして反駁したが(1869)、オカルトの流れは止められなかった。Charles Richetによるテレパシーの検証実験ではランダム化比較試験が導入された
・大学での超能力psychic研究。1930年代、デューク大のJoseph Banks Rhineがゼナ-カードZener Cardを使ったテレパシーと透視実験。実験手法や統計解析手法を洗練、一部の被験者が有意に偶然以上の割合で当てた。1950年代までに再現実験は下火に。反駁できたからではなく心理学会の大御所が怒ったから。しかし絶滅したわけではなく、1969年にパラサイコロジー学会はAAASに加盟できている。プリンストンのPEARではRobert Jahnが乱数発生器を使った数字当て(上か下か)実験でやはり有意差を出したが、他の研究室では再現できず2007年にラボは学外移転。みんなほっとした
・疑似科学しばき隊Debunkers。主流の心理学者は丁重に無視していたが、1970年代ごろからESPやUFO再興に対して系統的に反駁するようになった。特にユリ・ゲラー。1972年にStanford Research Institute(SRI)の検証が組織され、1974年10月、TargとPuthoffがNatureに「本物だった」という論文を発表した。この研究はソ連が超能力者にスパイ活動(ESPionage)をさせているという懸念からCIAやNASAが一部資金支援した
・占星術に対しても1975年に哲学者Kurtzが批判。Commission for the Scienctific Investigation of Claims of the Paranormal (CSICOP、サイコップ)組織、セーガンやアシモフも参加。不正を暴く姿勢。ゲラーから訴えられたりしているが現存(名前は変わった)。モグラ叩き状態になってあまり成功せず、そのうち著名な科学者の参加もなくなっている
・最たる例がジョセフソン効果でノーベル賞を受賞したBrian Josephson。パラサイコロジーの世界の有名人。超越的瞑想にはまり、CSICOPは全く抑止にならなかった。もう一つは2011年にJournal of Personality and Social Psychologyに予知precognitionの論文を出したDaryl Bem。主流派から猛攻撃が起き、「再現性の危機」と呼ばれる騒ぎの引き金の一つになった
・Bem, Josephson, Jahn, Rhineとも大学に所属する研究者。大学の周縁部で起きている
【6】論争は不可避なもの
・疑似科学のパターン
(1)科学として始まり、廃れていくもの。占星術、錬金術、優生学
(2)最初から疑似科学として始まり、主流から非難されるもの。ベリコフスキーの彗星説、ネッシー、イエティ
いずれにせよ科学者グループから指弾され、なお固執すると疑似科学と呼ばれることが多い
・現在の主流科学も将来、周縁化する可能性は常にある。科学は既存説を乗り越えていく競争であり、資金獲得を巡る抗争であることの帰結
・ポリウォーター(1962)。ソ連のNikolai Fediakinのラボから。Boris Deriaginが引き継いで1962-1966に相次ぎ成果発表。米国のEllis Lippincottも乗って活発に研究されたが、1973年までには水の不純物による現象だとして関心はしぼんだ
・水の記憶(1988)。ホメオパシーに通じる。Natureが論文を掲載すると同時にそれを批判する論文も掲載。ピアレビューの段階で調査チームを送り込み、手法の問題を告発。著者側の反論も載せて2カ月ほど論争になった。ホメオパシー派はまだ論文を引用している。周辺化/不正/誤り、の境界がぼやけた事例
・常温核融合Cold fusion(1989)。ユタ大ソルトレークシティー校Stanley PonsとMartin Fleischmann、プロボ大Steven Jonesがもめつつ論文投稿中に記者会見、再現できず(できたとしたものも後に撤回)、理論的不自然さも指摘された。結局学会で論破、ユタ大の2人は1992年にフランスへ渡り研究続行したが、成果はないまま1998年に閉鎖。しかし分野は生き残り、1994年と1995年に学術誌創刊、1989年からは学術集会も毎年開催、日本人研究者も参加。Jonesは9/11陰謀論のグループ創設者に
・論争に負けた研究者が自説にこだわり続け、その期間が十分長くなり主流派をイラつかせるだけの力を維持した場合「疑似科学」と称されるようになりうる
・これと区別すべきものは2つある。(1)研究不正(2)再現性のなさ(例えば2010年代の実験心理学、アムジェンによるがん研究検証)
【7】ロシア問題―誰が悪いのか、どうすればいいのか
・誰が悪いのか。疑似科学者は自称せず、主流派こそ疑似科学だという。インフレーション理論、超弦理論―実験的に確かめにくい理論。擁護者と反対者のどちらが疑似科学なのかは容易に判別つかない
・否定論者。何かを積極的に言うのではなく、疑問を提起する人。タバコの害(タバコ会社に雇われたHill and Knowlton, 1954) - Doubt is our product.規制導入への抵抗としての疑問提起。気候変動に対する化石燃料業界にも応用。「もっとデータが必要だ」「もっと研究が必要だ」
・反ワクチン(1)接種の危険性(2)接種義務は政府による個人の身体の侵害=リバタリアン、サバイバリスト、特定の医療を受け入れない宗教Christian Scientist, Dutch Reformed Church。起源はランセット(1998)、WakefieldがMMRワクチンと自閉症の関連を発表→2010年撤回。NASの報告書(2001)も反駁しているが、反ワクはいまだにWakefieldの論文を引用している。米国ではMMR接種率低下、罹患上昇。典型的な疑似科学とは反主流な点で共通するが、違いは女性が主体なこと
・どうすればいいのか
・非難や反駁ではだめ
・論文公刊のハードルを著しく上げる→量子論などレビューを通りにくくなるかも
・逆にハードルを下げて反論が出やすくする→怪しい論文がいっぱいになる(現状これに近い)
・ピアレビューを通ってしまうWakefieldの例もある
・論文公刊へのプレッシャーを緩和する?
・一般の科学リテラシーを上げる?→解決にならなそう。フラットアースはそれでも出てくる…
・疑似科学は通常科学の営みの中から出てくる。科学の影の部分。プロセスを知ることで危険を及ぼすものと戦うことはできるかもしれない。無害なものも多い。すべての影にモンスターが隠れているわけではない