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2010年09月 アーカイブ

2010年09月28日

小川軒

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雨の御茶ノ水で昼の仕事、次はそこから徒歩10分ちょいで東大本郷キャンパスに。という道すがら、東京医科歯科大の裏手にある小川軒で昼ご飯。シーフードカレーをいただきました。

有名なレーズンウィッチをはじめとしてお菓子もいろいろ売っているお店ですが、買いに来る人たちがなんかハイソな感じですね。軽食出すスペースも菓子売るスペースも同じ室内にあるので、出入りする人たちの顔見ながらメシ食ってました。
弊管理人の地元駅はでっかい商店街があって、日本語を母語としない人たちとか労務系の人たちなんかが入り乱れ、とんでもなく安い菓子屋やチェーンのファストフード店が並び、路地に入ると焼き魚の匂いがするような場所なので、違う街に行くと顔や匂いの違いがぐっと迫ってくる感じがします。以前、国立成育医療研究センターで用事を足すために成城学園前の駅を出たとき、焼きたてのパンの匂いが漂っていて面食らったことがあったな。

世界リスク社会論

■ウルリッヒ・ベック『世界リスク社会論―テロ、戦争、自然破壊』ちくま学芸文庫、2010年。

読んだ。

珍珍

JR総武線小岩駅から徒歩10分弱、四川家庭料理「珍珍」(ぜんぜん、と読むらしい)。
誰から教えてもらったか忘れましたが、行こう行こうと思って1年くらい経ちましたが、ようやく日曜に行ってきました。

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蒸し鶏のソースがけはピリ辛。
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エビを殻ごと+唐辛子の素揚げ。
エビはぷりぷりしてるとかじゃないのに、うまみがとても出ていてすごくおいしい。
そして、唐辛子を1本食べて、ギ ャ ア ア ア ア ア
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ヒリヒリしながら麻婆豆腐へ。山椒で食わせる。ヒリヒリ。でも肉とソースはうまい。
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最後はジャジャ麺。高菜の刻んだのとそぼろがかかってます。麺は温かい。うめえなー、これ。

四川料理ってほんとはこんななの?と思うくらい、最大の味覚は「辛い」あるいは「痛い」。唐辛子と辣油で食材を食べる感じ。子どもを寄せ付けないストレートな辛さがあります。味噌や醤などの味ももちろんあるんだけど、あまり感じさせませんね。とても面白い。今朝は肛門が少し危機でした。でも数ヶ月したらまた行ってしまいそうな気がしてきた。

2010年09月24日

サブカルチャー神話解体

■宮台真司、石原英樹、大塚明子『増補サブカルチャー神話解体―少女・音楽・マンガ・性の変容と現在』2007年、ちくま文庫。

1993年に出版されたものの再刊となる本書を、2007年の刊行と(たしか)ほぼ同時に買って、ちびっと読んでは本棚に置き、また電車でしばらく読んでは本棚に置き、を繰り返してようやく読み終わりました。なにしろ550ページあるんですよ。
少女マンガ・音楽・性、の、70-80年代、を中心として、ものすごい物量と駆動力で読み解いていく本でして、その密度(1冊にいろんなことが書いてある度)からしてこんなところに要約を書けるものではございやせん。そのかわり何かほとばしってる若い俊英の風圧をびしびしと感じたということだけは書いておきます。

この増補版には初刊から14年を経て宮台さんが寄せた新しいあとがきと、たぶんそのあとがきまで含めて本書を読んでから書いたと思われる上野千鶴子さんの解説がついています。特に「この本には分析方法の開示が欠けている」と指弾しながらも、才気走る文章の全体と時代を見抜く目の鋭さを評価するあたり、そして「さてオッサンになって時代から遅れ始めた宮台はこれから何を見せてくれるのかね」と挑発混じりに期待してみせるあたり、気持ち悪い(いい意味で)愛を見た気がします。なにしろ弊管理人はこの解説に触発されて、15年くらい前――当時ブルセラやらオウムやらについて発言していた宮台さんについて「いいけど、あと10年同じことをやっていたらバカ」とやはり上野さんがどこかで評していたことがうっすら思い出され、その気持ち悪い(いい意味で)愛の持続ぶりにまたほっこりしながら本を閉じたわけです。

ところで、同じあとがきで「この本の続きを書くことは宮台さんの仕事ではなく、いま時代と一緒に走る体力のある若いフィールドワーカーのやるべきことだ」と上野さんは指摘しました。しかし今年の3月に東工大であった「クール・ジャパノロジー」シンポをみると、93年以降のことも考える気満々な感じがします。やはり続きは書かれるのでしょうか、そうだとすればどんな形で?

2010年09月23日

平櫛田中彫刻美術館

友人に連れられ、東京・小平市の「平櫛田中彫刻美術館」に行ってまいりました。

平櫛田中(ひらくし・でんちゅう)は1872年生まれの彫刻家で、高村光雲などに師事、東京藝大の教授を経て、1979年に107歳(!)で没する直前まで創作を続けた人だそうです。
一橋大学のキャンパス脇、なんとかいう建築家(失念)が建てた平櫛宅の敷地にある平櫛美術館では、ちょうど日本彫刻会関連の企画展をやっていて、なんとそのせいで肝心の平櫛の作品の多くが見られないという大惨事!でしたが、それでも展示されていたいくつかの平櫛作品と、平櫛宅の建築を堪能しました。

初めて見た平櫛の作品。故事や仏教説話に着想を得た作品が多いのですが、とにかく豊かな肉感(デブだという意味ではない)が印象的でした。なんといえばいいのか、素材の塊から服ごと人物を彫り出すのではなくて、木なりブロンズなりでできた裸体に同じ素材でできた服を着せたような実在感を放っている。ところが不思議なのは、そのリアリティが写実ではなく「人間をよくとらえたディフォルメ」から滲出している感じもするんですね。「そうそう、これってそんな感じ」と思わせる似顔絵のように、あるいは男や女の体を色っぽく描いたイラストのように、しわや、凹凸や、照りが、象徴的、効果的に配置されている。ブロンズではありましたが「法堂二笑」という作品で特にそんなことを感じました。100歳近くなった平櫛氏が半裸で制作している写真も展示されていましたが、それが目を見張る若々しさで、よくあることですが、やはり作者が自身を分与しながら作品を生んでいったのではないか、そう思わされました。
ま、文章にしてもわかんないやね。行ってみて下さい。

昨日・一昨日と東京都心は30度を超えて、一夏の真夏日の日数が過去最多を更新したそうです。うってかわって今日は冷たい雨が叩き付けるさんざんなお天気。Tシャツに七分丈のネルシャツを重ね着していったのですが、寒かったです。ジーンズもびっしょびしょ。

2010年09月20日

Nokishita+TOM

連休に食べた「地味においしい」もの2つ。

新宿三丁目「Nokishita」のすぱげっち。
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卵、ベーコン、ほうれん草。大盛りで1200円。
初めて来たけどいいねー、うまいねー。
ちなみにこの取り合わせだと朝ご飯の味がしますw
横の人たちが食べていた「カレー+えび」「たらこ」を今度はぜひ食べてみたいと思います。

あと、このあいだババロアを食べに行った代々木駅近くの珈琲店「TOM」の「コーヒーぜんざい」650円。
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コーヒーゼリーにミルクがかかっていて、その上にあんことバニラアイス。
このゼリー、わりと酸味が強いコーヒー味なんですけど、お手製?
お店のおとーさんが「あんこと一緒に食べて下さい」とわざわざおっしゃっていたのでそうしましたが、ほんとだ、合う!
ちょっとペース配分間違えて最後はあんこが足りなくなりましたw
ゼリー一口に小豆一粒がちょうどいいペースかと思いますww

生きることを哲学する

大澤真幸さんの個人誌THINKING Oの6号。対談のお相手は鷲田清一さん、特集は「生きることを哲学する」です。

今回は、直前に読んだ立岩本と問題意識がつながっています。
いま現実的な問題がいろいろ・こまごまと論じられているけれども、大抵がスタートもゴールも弥縫とか(悪いほうの意味での)諦念になっていしまっていて、「今とは別のありようの社会を・構成原理の水準から」考える(つまり社会構想する)ことが少ないといえるんじゃないか。そんなことが話題になってます。

本来は哲学がそういうことを引き受けるはず。だけれど、平易なヨーロッパの言葉で書かれたはずの書物が、日本に移植されるときには小難しい専門用語の着物を着せられてしまっていたりして、どうも広く共有されて多くの人が参加した議論の場を作り上げるようなものになっていない。「多くの人」の側は側で、複雑だったり難しかったりする問題に直面すると、それに立ち向かい・結果の責任をとるということを「専門家」というセクターを作って・丸投げすることで、問題と向き合うことを避けてしまう。
で、まあ、そんなことを考えている鷲田さんがやってる哲学カフェなんかが紹介されております。

(ちまちましたこと考えてる自称哲学者、つうのが誰なのか名指してもらいたいところだけれど、それやるとまたちまちました論争になりそうだしねえ)

専門性の海に深く潜行している人は「まだそんなことゆっとんの」と言うのかもしれませんが、個人的には、今回の対談は、普段「専門家」の仕事を(しばしば時間が無くてすっごく表層的に)参照しながら「現実問題」のインデックスを作っていくという自分の仕事の特性に結びついていて、ずずんときた。(そしてこの次に買っていまのろのろ読んでる本も同じ問題意識の本だったりする)

2010年09月17日

人間の条件 そんなものない

■立岩真也『人間の条件 そんなものない』理論社、2010年。

できる人とできない人がいて、できるとよいことがあったってよい。だからといってできないから悪いということもない。できる人が自分でたくさん作ったら、それは全部そのできる人のものにしてよい、というのは何かおかしい。機会が平等でみんながんばって競争すれば差がなくなっていくというのはなんか変。むしろ差は開くし、それはおかしいと思う。そこで、社会の中にあるものを均等割りしつつ、頑張ってできる人には頑張ってもらうためにちょっと色をつける、くらいの分配の仕方ってできないものだろうか。また、ものをつくる時の材料や、仕事そのものも分けてもいいのではないか。そんなことが書いてある。

のだと思うのですが、違うかもしれません。あー

働くことと、その成果を、できるだけ各々が自由や自尊心を侵されない生活ができるように分けられる、そういう今とは違う社会のありようをかなり根っこから愚直に構想する様子が見て取れる気がします。「よりみちパン!セ」という中高生以上向け(なのかね?)のシリーズの一冊です。立岩真也入門。

さておき、

筆者は、それはもうほんとうにいろんなところで、いかに自分の本が(本当はそんなつもりで書いていないのに)ぐねぐね回りくどくて難しいと評価されているかをしきりに気にしている様子で、読んでいるこちらも話の筋とは別に「なんでこの人の文章はわかりにくい(と思われる)のか」も考えながら読まされる羽目になります。
実は何年も前に、同じ筆者の『私的所有論』を図書館で借りて読み始めて挫折した(返却期限の2週間では読めない+かといって買うには高い)経験があり、しかしこの人の本にはとても重要なことが書いてある気がして、ずっと気になっていた身です。問題意識は筆者および筆者の読者と共有している気がします。

この本を1冊読んだ経験だけですが、結論から言うと、筆者の文章が読みにくいのは「慣れの問題」が8割。音読する速さで黙読しているとだんだん引き込まれて、1冊読み終わるころにはほかの本も読んでみるべと元気がわいてきます。
あと2割は、はやりの言葉とかをあんまり使わないせいで、キーワードを追いながらサクサク読んでいくと言っていることがわかる、みたいな作りになっていないためだと思います。
本当に悪い文章は構成がぐちゃぐちゃだったり、関係ない話が混ざっていたり、つなぎの言葉が少なかったりするので、最初は筆者の文章もそうなんじゃないかと疑いながら読んでいましたが、むしろ無駄なもののない、けれども時々振り返って「ちょっと、おさらいする?」みたいに配慮してくれる親切な文章だというのが読み終わっての印象です。快調に読み飛ばそうとすると途端に道に迷うけどね。

2010年09月15日

夏の思い出

日曜に夏が終わって、月曜から秋が始まっているようなので備忘録。

今年の夏は暑かった。確か7月初めから暑かった。35度とか36度になって、ひるま外に出るとちょっと体がやばい感じになった。休日もなるべく室内にいるようにした。通勤で朝のホームにいると、みんな視覚障害者用のブロックの前ではなくホームの屋根の影に最前列を合わせて並んでいた。東京の夏は臭い。セミが夜でも鳴いていた。一日に何度もシャワーを浴びることがあった。初めて沖縄に行った。プールには行かなかった。アイスコーヒーをたくさん飲んだ。甘いものを控えめにして麦茶を飲むようにした。仕事がすごく忙しかった(4、5月はそうでもなかった。8、9月は週末呼び出しが多かった)。一日中室内の仕事が多かった。タクシーで何度か深夜帰宅した。恥ずべき仕事はあんまりなかった。平日はあまりサボれなかった。でも週末はけっこうよく遊んだ。朝帰りはあまりしなかった。体調はよかった。去年は腰にあせもができたが今年はできなかった。睡眠は少なかった。でもクーラーのタイマーのセットの仕方をつかんだのであまり暑くて起きたりしなかった。大きな買い物はしなかった。でもけっこうお金は使った。仕事用の半袖シャツを2枚買った。今年は実家から送ってもらった桃を腐らせずに全部食べた。後半はあまり自炊しなかった。来年留学するかどうか7月の末からまだ迷っている(いま持ってる荷物の保管とかの手配など、いろいろめんどくさい)。

2010年09月12日

タカノ

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昨日のロールキャベツと、ロースのオイル焼きについていた刻みキャベツのせいか、今朝はいつもに増してお通じ快調。10時間寝て(仕事の夢みちゃったけど)体は回復基調。
両国の近くでハンバーグ食ってから、新宿線森下まで歩いて神保町、三省堂の裏くらいにあるティーハウス・タカノ。今日はなんとなく紅茶の気分だった。ティースカッシュが飲んでみたかったけれど、甘いものを欲してしまい、お店おすすめのミルクティー、それと思わずチーズケーキ。どちらもおいしくいただきました。

生活動線の関係で、立ち寄る本屋は東京駅近くの丸善か新宿駅近くのジュンク堂が多く、神保町はあまりご縁がないのですが、本屋もたまに知らないところに行ってみると目に入ってくるものが変わって新鮮さがありますね。
東京堂をぶらぶらして、穂村弘『絶叫委員会』をニヤニヤしながら立ち読みしてました。あるある系エッセイのたぐいは読めないものだと思っていましたが、意外にこれは大丈夫だったな。おもしろいもの見つけました、という報告だけにとどまってないものはわりと読めるのかも。

アカシア

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新宿東口、アルタの裏にある洋食「アカシア」。
ロールキャベツがウリのお店のようです。ロールキャベツはシチューに浸かってます。
今週は役所の地下食堂で学食のみたいな定食を昼夜昼夜と食べていたので、こういう複雑な味のものを食べると社会に戻ってきた感じがします。うまい。人を連れていっても大丈夫。価格も良心的です(ロールキャベツ2つ入ったシチューとごはんの基本定食が780円)。
奥のはロースのオイル焼きですが、これはまあ、はい、という感じの。
カレーもあるようなので、今度はロールキャベツとカレーだな。うん。

ほとんど職場から深夜のタクシー帰宅な一週間でした。うち一回は、午前1時ごろにタクシーで家に帰り着いたら呼び出しがかかって引き返し、さらに3時過ぎまで一仕事こなして帰宅し、次の日は8時に呼び出し食らったりして結構疲れました。
戦時下になると普段は理性的な上司もそのスイッチを切り、その上司(中間管理職)に何か言うことの無駄さを自覚すると自分もスイッチを切り、現場はアイヒマンの群れに。むしろ休日を迎えると、その間隙に蓄積していた毒が流れ込んで午前中はかなりぐったりしてましたが、王将でラーメンセット食ってスポーツクラブで走って回復。こういう悪い意味での強靱さと諦念を持ち合わせているのでいつまでたっても美しい生き方ができないのですが、それでもこういうことの積み重ねで心は職務上の使命から離れていきますね。という抽象的な愚痴はおしまい。

2010年09月10日

高校生のための科学キーワード100

【2010.9.11書き直し】

■久我羅内『高校生のための科学キーワード100』ちくま新書、2009年。

私ももと高校生なので、やっぱりこの本の対象読者かなと思うわけです。
だって15年前の高校生が教わったことと今の高校生が教わることって、それなりに違うでしょうし、高校生だって物理、化学、地学、生物全部の科目を取ったりしないしね。

夕焼けがきれい、ああこれがレイリー散乱。
”超能力者”がテレビを通じて視聴者の選んだトランプをあてたのは偶然の一致?
すべての女性の祖先、20万年前のアフリカにいたひとりの女性「ミトコンドリア・イブ」って、ちょっとネーミングがチャーミングではないな。
DNA鑑定って、ブルーレイって、こういうことだったのな。
共感覚が再現できたら、スクリャービンのソナタはどんな色に見えるのだろう。
免疫系って警察みたいだ。情報、捜査、学校なんかがあって。
CTとMRIの違いがやっとわかりました(涙)。
理論物理の人たちが紙とアタマで導いた予想を、実験物理の人たちがとんでもない装置を作り出して実証する。どっちもかっこいい。
右の鼻をほじっている自分と左の鼻をほじっている自分が、マルチバース(多宇宙)として併存しているって?

100のキーワードが、見開きで1つずつコンパクトに説明されています。
量子論や相対性理論、宇宙論のあたりは1つのキーワードを読んで次のページをめくるとゆるやかに話がつながっていて、へえ、へえと言いながら読み進められます。ゲノム科学のほうは自分もすこーし、ほんのすこーしだけ親しみがあるのですが、とてもキーワードのチョイスがいいなと思いました。
思えば、ある分野の本を読んでいると、別の分野に読書が飛び移ることって意外にないかもしれない。こうやって粗々でもいいから地図をときどき見るのは楽しいですね。

2010年09月02日

140字より少し長く

午後ずっと外で仕事をしていて、夜に職場(といっても本社から歩いて30分弱ほどのところにある駐在先のようなところ)に戻るや否や卓上の電話がプルルル。

上司「忙しい?」
わたくし「いいえー」
上司「会社の人間とメシを食う[註:=部内有志で夕飯に行く]のは嫌い?」
わたくし「……わりと」
上司「嫌い?」
わたくし「はい」
上司「わかりました」(回線断)

淡々としたやりとりなんだけども、これだけでどすんと気分が落ちますw
この上司、平素よりとてもお世話になっていて、この人の下にいてよかったと思うような人で、こういうことで腹を立てたりするタイプの人ではないんですけれども、それだけにこういう形でお断りするのは心苦しい。
でもねー、会社の人と夜にメシを食うのはほんとに年に1、2回でも十分すぎるくらいなんですよ。理由は簡単で、普通にメシを食う時間をかなり上回る時間がかかるから。そして帰りたくなっても状況的に帰れないから(そういう理由なので、自ずと時間制限のある昼飯は全然普通に連れ立って行きます)。実はそのことも既に社内で公言して、ここ4年ほどはほとんど全ての飲み会に欠席してますが、それでもお誘いをいただいて断るのは有り難くも申し訳ない。

さらに、今日は午前中にも「ちょっと言い過ぎた」案件がひとつあったせいもあり、ややダメージが深かった。

というわけで、スポーツクラブで走って、シャワーあびて、ごはん食べて帰宅、というこの都合2時間で復活です。
体を温め、腹を満たす。これ、もう方法論として確立したな。
あと、やっぱりおうちはいい!www

2010年09月01日

鳥与志

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9月に突入したというのに暑い。猛暑日の日数の記録を塗り替えたという。

そんなきょうのランチ、虎ノ門は「鳥与志」。
この界隈での暮らしが長いセレブ寄りマダム(なんだそれは)に教えていただいて同僚と行ってみました。
弊管理人は写真にある稲庭うどんと焼鳥丼(小)のセット、同僚は焼鳥丼をオーダー。ともに980円です。

同僚の焼鳥丼には、(小)に載っている鳥そぼろ、つくね、正とシシトウに加えて、レバーの焼いたのが載っかってます。香ばしく焼き上げた、ちょっと辛めの焼き鳥が大変おいしかったです。ランチだからと油断してデジカメを持って出なかった弊管理人に、思わず携帯のカメラで写真を撮らせ、それを使ってエントリを書かせてしまったことからも満足度の高さがうかがえるでしょう。
ただし、うどんは普通。まあ今日はつるっとしたものも食べたかったのでよかったのですが、がつっと鳥を味わいたければ焼鳥丼がよいと思う。味噌汁にも漬け物にも特に工夫はないですね。

ちょっと場所がわかりにくいかもしれません。外堀通りの西新橋1丁目交差点から霞ヶ関の官庁街に向かって歩き、大同生命霞ヶ関ビル(1Fにillyの入ってるでっかいビル)の手前の路地を左に。2つ目のビルの1Fです。

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