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2012年02月 アーカイブ

2012年02月27日

ゲノムサイエンス

■榊佳之『ゲノムサイエンス』講談社ブルーバックス、2007年。

ヒトゲノムの全配列決定をめぐる競争の緊張感が伝わってくる。
その後、この成果が何に使われているかの解説もうれしい。
中にいた人だからこそ描けるゲノム研究史。
情報量はすごく多いですが、注意深く読めば分かります。
「○○疾患の遺伝子を特定 △△大チーム」とかいう記事の背景は知っていて損はないです。

2012年02月25日

院試的なもの記

■昨年~:留学を計画する

日々手探りだの、サバティカル欲しいだのといろいろ文句を言いながらここ数年働いてましたが、ならばちょっと自分で機会を作ろうじゃないかということで、留学先の検討を本格的にし始めたのが一昨年の初めくらいだったと思います。会社に入ってから8年余り地方を回って、東京に転勤になった2009年には一応の専門分野が決まり、そこから1年余り仕事をして、そろそろ将来も見据えたオーバーホールが必要ではないかと思ったのがこの時期だったからです。人を育てるという姿勢が全くない会社ですしね、開発は自分でやらないと、しかしやるならちょっと楽しくやりたいと、そういうことで。
会社の規定には、留学目的で休職を認める「ことがある」という条項がありまして、それを当て込んでの始動でした。

以前、米国の大学院修士課程で2年勉強したい、と申し出た社内の若者が人事に留学を認められず、会社を辞めて留学した例があったと聞いていたので、じゃあ、彼の例を見たあとになお籍を置いたまま休職して留学にトライするなら2年は無理だわな、と安直に1年でコースが終わる英国とオーストラリアで大学を探し始めました(かろうじてできるのが英語なので英語圏)。

少し仕事と関係しながら、もともとの自分の興味にも沿いそうな分野を探しました。なぜなら、仕事と関係していれば志望書personal statementが書きやすい(仕事に役立つから、と書けばよい)し、自分の興味に沿うものなら勉強が楽しいと思ったからです。

さらに、もう10年以上も学校という場所から離れているので、やっぱりただ研究だけをやるのではなく、授業courseworkと論文dissertationを組み合わせた形態の課程だとよいと思いました。

以上の条件を満たし、かつ書き物のサンプルを出せとか推薦状を3通出せとか面倒なことを言わない学校は意外に少なく、英国に2校、オーストラリアに1校に絞られました。そのうち、2012年に開講予定があるのは英国の1校のみであることが今年の夏ごろ分かりました。わりと難しげな当該校への一発勝負……ま、社会勉強と思うことにしよう、と諦めて用意を始めました。

■夏:推薦状をお願いする

英国の場合、多くの場合は2通の推薦状が必要(北米は3通)で、社会人の場合は1通は会社関係でいいが、もう1通はアカデミア在住の人である必要があります。
そこで、1通は会社の直属の上司に「社内的には(上司に)頼んだって言いませんから」といって書いてもらうことにし、もう1通は大学時代の学科長だった先生にお願いすることにしました。

8月9日 永らく連絡を取っていなかった学科の事務室に電話をし、それこそ10年ぶりに事務の女性とお話しをし(驚くべきことに弊管理人のことを覚えていて下さった)、先生の連絡先を聞く。が、「メールアドレスは教えないことになっている」との決まりだそうで、研究室の電話番号はとりあえず聞いた上で、手紙を書くことにしました。

葉書に(!)用件および、一度お目にかかってお願いをしたい旨を書いて送りました。
ややあってメールをいただき、面談は9月初めに決定。
A4用紙1枚に出願先と理由を書いたメモ、大学時代の成績などを用意。

9月7日 面談。案の定、先生は弊管理人のことを覚えていませんでした(よかった。質の悪い学生だったので)。でももっと遠い関係の元学生からも頼まれて推薦状は書いたことがあるということで、快諾をいただきました。

■9月~11月:志望書用意

何を書いていいのか分からないので、アマゾンで1冊安めの指南書(Donald Asher, Graduate Admissions Essays (3rd ed.), Ten Speed Press, 2008.)を買いました。

まずはこれをざっと読む。

9月13日 ドラフトを作る。
書き直す。
2稿を作る。
書き直す。
これを11月までだらだらとやりました。

11月25日 ネイティブチェック。一応自分では間違いないだろうというくらいまで文法やら言葉遣いやらをチェックしたのですが、やっぱり志望書くらいはきれいな英語で出すべきだろうということで、ネイティブチェックの会社に校正を頼みました。ネットで適当に見つけた会社で、500語で4000円(留学斡旋で有名らしい某社に電話で問い合わせたら「指導込みで2万」みたいな金額だったのでパスした)。まあリーズナブルではないかと。
ウェブから申し込み、メールで送った原稿は一晩で返ってきました。
愕然。赤だらけ(爆笑)

■11月26日:CV(履歴書)用意

これはまあね、適当にネットに落ちてる様式を使って書くだけです。

■12月上旬:出願

本当は11月の初めに受け付けは始まっていたのですが、仕事が忙しかったこともあり志望書の用意がやや遅れました。出願は早い順で選考にかかり、次々と結果が出されるので、わりと早めに行ったほうがよいようです。でもまあ、最終締め切りは2012年の8月なので、たぶん1カ月くらいの遅れは大したことはないのでしょう。相場としては、だいたい年内に出せればOKのようです。

出したものは、英語試験の成績(今回は9月に受けたIELTSを使いました。これは学校が課している基準をクリアしていればいいらしいので心配なし)、志望書、履歴書、学士の学位証明書、大学時代の成績証明書。これらをスキャンしてPDF化したものを、応募用のサイトからアップロードするだけです。さらに、同サイトで名前や住所などを記入して、弊管理人サイドでできることは終了。

あとは、推薦状2通を、それぞれ推薦者にアップロードしてもらうわけです。
おおよそこんなことを書いていただけたら、ということは伝えましたが、それぞれの推薦者が最終的にどんな推薦状を書いて下さったかは分かりません。

弊管理人が大学の応募サイト上で2人のメールアドレスを指定すると、アップロードの手順が書かれたメールが2人に送られるようで、弊管理人の手を通らずに推薦書は大学に届けられることになります。
おかげさまで、この作業も弊管理人側の書類アップロード作業が終わってから数日で終えていただきました。お金にもならないのに、ホントありがとうございます。

■2月:結果

出願の手続き完了から8週間で結果を打ち返せるようにがんばりますわ、というのが大学側の説明だったので、1月の米国出張中もたびたび結果確認用のサイトを覗いていたのですが、8週間を過ぎても音沙汰なし。

英国って確かそういうところだしな、とあまり心配はしていませんでしたが、10週間を過ぎたところで催促のメールを出しました。といっても「何か問題が起きていないか、ちょっと気にかかりまして」みたいな下からの感じで(笑)
返事はすぐ来まして、「ちょうど入試係のほうに結果を投げたところよ!すぐにサイトに反映されると思うわ!」とそば屋の出前みたいなメッセージをいただきました。ほんとかいなと思いながらもう2日ほど待ちました。

2月24日 サイトに結果が出ました。条件付き合格conditional offer。なぬ?補欠的な何かか?と一瞬思いましたが、その条件というのは「成績表の原本を郵送せよ」「オファーを受けることにしたら授業料のデポジットを払え」ということで、結局手続きだけのことだったようです。入学を希望するか、オファーを辞退するかは3月中旬までに回答することになりました。

会社では、外部状況の厳しさは増し、内部では組織再編があります。結果を伝えた上司も「おめでとう」と言ってはくれたものの「会社が休職を許可するかについてはとても厳しい。推薦状を書くことを承諾した秋ごろよりもさらに状況は厳しい」というコメントでした。
社命留学といって、会社がお金を出してくれて留学する制度があるんですが、これは海外駐在する人の語学研修など目的が限られていることもあって、弊管理人の場合は最初からそんなものには期待せず「自分の金で仕事に役立つ勉強するんだから認めろよー」と言っています。それでも、人不足の中で穴を開ける判断は望めなそうだという。

■今

ということで、今いろいろと決めかねています。
先に書いたように、勉強内容はかなり今の仕事と関連することなので、辞めて行ったとしてもそれが活かせるところに再就職できるかは分からない(というか、辞めたら同じ業界にまた戻りたいとは思わない気がする)。
といいつつ、折角降ってきたチャンスですし、全く違った環境のもと、ここ10年で溜まった毒を洗い流しながら一度アタマをメンテナンスしたいという思いは大いにあります。

さて、どうなりますか。ま、ダメだったら仕事のために時間使うのはもう最小限にして、私生活を豊かにする方向にシフトするって手もあるかなー、と思ってますけど。

2012年02月22日

ハワイの歴史と文化

■矢口祐人『ハワイの歴史と文化』中公新書、2002年。

1月の訪米の最後にハワイに寄ったとき、日本人観光客や、それをあてこんだセールスあれこれ、リゾートホテル、夜中まであいてるブランドショップの狭間、そして仕事先の日本風の名字の人たち、郊外のお寺、「バターもち」という名の変な食べ物、その他ふと訪れた郊外の至る所に「何か気になるネイティヴ・ハワイアンとか昔の日本人の残り香」というのがあって、それこそ何か読んであれらが何だったのか分からないと気持ち悪い!という体験をしました。
帰国して真っ先に思い浮かんだのがこの著者です。初めてお話を聞いたのは、もう14年前になりますか。

日本人はまずサトウキビ農園の労働者として移住。そうした人たちは他にもさまざまな国から来ていて、白人の農場主は彼らが団結しないよう分断統治しながら安く使った。偏見に晒されながらハワイ人、米国人としてのアイデンティティを形成するなかで起きたパールハーバー急襲は、外からの偏見と米国人としてのアイデンティティをふたつながら強めるきっかけとなったようです。
戦後のハワイは観光立国。砂浜と青空とフラダンスの国、その裏で忘れられかける「古典のフラ」。土地を乗っ取られ、血は混ざり、文化は潜行し、そして恢復に向かうネイティヴ・ハワイアンの地位。

いや、概観するにはとてもいい本です。ブックガイドも親切。
この新書を足がかりに、最近この著者がまた出された本や、もっと特定のトピックを扱ったものに進んでみようと思ってます。

2012年02月14日

ガヴィアル

昼飯を、神保町「ガヴィアル」で欧風カレー。
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昼はカレー2種類のセットが頼めます。今日は野菜+ビーフ、1000円。まあ安くはないけど、うまい。とくに肉。ソースは、今日は甘口、中辛、辛口のうち中辛を選びましたが、辛さ控えめと感じました。

今週、会社説明会に出てって喋ります。札幌のとき以来。でも明るい話をするあてが全くありません。

2012年02月12日

舘野ラフ3


舘野泉さんが1980年にデビュー20周年を記念して行ったコンサートの録音。ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番と、伊福部昭の「七夕」が入ってます。
え、そんな録音あったの?と意外に思いました。それもそのはず、LP時代に非売品として出たことがあるそうですが、その後、音源は行方不明に。2009年にCDで復活したのがこれだそうです。

渡邉暁雄さんが指揮する日フィルはひどい伴奏で、3楽章の最後のほうのハイライトでは、それまでもかなり危なっかしかった管がハインリッヒの法則に従ったかのように重大事故を起こしたりしてくれます。舘野さんは技術的にに追いついてなかったり、オケとの合奏の入りでへぐったりしてる箇所がちょいちょいありますが、でもなんというか、日本人ぽくない、安全運転を重視しない運び方で結構面白いです。持っている人が周りにいたら貸してもらって聴くといいと思います(わざわざ所蔵するほどではない)。

* * *

昨日、今日と自宅周辺での待機がかかり、せっかくの天気のいい週末を不自由に過ごしました。

昼は自分でステーキを焼いて食べましたが、焼くときに出た脂がしっかりこびりついたフライパンを洗うのに難儀。固まる温度が低い油脂って体によくなさそうだなあとやや反省。こういうのは自分で料理しないとなかなか痛感しないですね。

そこで、待機の解けるのを待って、夕飯は気分直しに錦糸町の「アキンボ」にカレーを食べにいきました。現在、東京で最も信頼しているカレーです。店主さんとお話していて、押上の「スパイスカフェ」と経堂の「ガラムマサラ」の名前を聞いたので、来月にも食べに行ってみようと思ったのでした(自分メモ)。

漢方

■渡辺賢治『日本人が知らない漢方の力』祥伝社新書、2012年。

2012年02月10日

暇倫

■國分功一郎『暇と退屈の倫理学』朝日出版社、2011年。

去年かなり話題になった本。会社の方にお借りしまして。

    終わらない日常を生きるにあたって、趣味を持とうぜ

ということだと思うのですが、どうか。
ていうか、ここに到達するまでの整理が熱くていろいろ重要なことを言っている(=道のりをたどることのほうが重要な)ので、↑に書いた弊管理人のはしたないまとめにめげずに手に取ってみるといいと思います。
内容に関連したことは弊サイトのあちこちに書いてありますので、あえてここはこれだけ。

2012年02月09日

北斗

仕事メシの下見で、銀座の「麺菜家 北斗」。
銀座7丁目の交差点付近という立地ですが、意外にも、そう気取らないこぢんまりとしたお店でした。

ランチの、煮豚レタスチャーハン+担々麺、1000円。
担々麺が手前にあってでかく見えますが、小です。
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優秀優秀。チャーハンはちゃんとぽろぽろで煮豚がいい味出してます。しかもけっこう盛りがいい。担々麺はいたずらに辛くなくて、コクがあって好きかも。
夜のメニューも見せてもらいましたが、ほとんどが一品1000円前後で手頃。豚肉とサツマイモの酢豚とか、台湾豆苗のにんにく炒めとか、食べてみたいものがちらほら。
肝心の仕事先を連れてくる件は別のお店にしましたが、友達と銀座付近にいたら一緒に入りたいところです。

2012年02月07日

センとふくしま

1999年8月、滞在中のニュージーランドはオークランドにジャック・デリダが来てレクチャーをしました。イベント名は「Derrida Downunder」……当時オークランド大学で「20世紀フランスの思想」という授業をやっていたRobert Wicks先生「(Downunderはオーストラリアやニュージーランドを指す言葉なので)そのまんまやないけ、というお声もありましょうが、これは物事の深層down underに深く入っていくということでもありまして……」と変な弁解?をしておられたのが楽しく思い出されます。当然ミーハー学生だったので、なんと2000人近く集まったタウンホールに見に行きましたけど(確か切符は10ドル=550円くらいだったかなあ)。

でまあ、変わらずミーハーでして、今日はこちら、行ってきました。
録画はここ

120207sen.jpg
アマルティア・センの講演。

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2012年02月02日

呪いの時代

■内田樹『呪いの時代』新潮社、2011年。

ある方からの「超絶面白い」との薦めで購入しましたが。

現代日本のナルシシズムを叱る。
卑しい者を斬る手つきが冷たい。
勘のよい人の文章。
でも雑誌連載のように時々読むくらいが弊管理人には合う。

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