■太田博樹『遺伝人類学入門―チンギス・ハンのDNAは何を語るか』筑摩書房、2018年。
古い人類の骨が見つかった、という論文を時たま目にするのですけど、人類進化の歴史の中で今回の研究成果がどう位置づけられるかを分かりやすく教えてくれるものは少ないので、どうしても何か「分かってない感じ」が残ります。あと、ホミニンて何だ~~!みたいに用語の独特さに辟易することも多々。そういうわけで、この本でざっと見させてもらったのは嬉しいところでした。
ただしハイライトは、婚姻システムや産業構造といった文化的な要因が、実は人類の遺伝子頻度の変化(進化)に影響を及ぼしていたかもしれないという、下のメモではさらっと流してしまった後半1/3くらいの部分です。千年単位という短期間に劇的な変化を起こす、文化というもののパワフルさ。
* * *
【ヒトの起源】
▽分類
・古典的な分類
哺乳綱(哺乳類)
霊長目(霊長類)
ヒト上科Hominoidea=類人猿apes。尻尾がない猿
ヒト科
ヒト属
ショウジョウ科Pongidae=大型類人猿great apes
オランウータン(ポンゴ)属/ゴリラ属/チンパンジー(パン)属
テナガザル科Hylobatidae
テナガザル属
・ゲノム解読の進展で改定されつつある最近の分類
・ヒト上科が3→2科に
・ヒト科の中に遺伝的違いがわずかなことが分かってきた4属を入れた
ヒト上科
ヒト科
オランウータン属/ゴリラ属/チンパンジー属/ヒト属
テナガザル科
テナガザル属
・ヒト、チンパンジー、ボノボを「ヒト族Hominini」とする考え方も出ている
・分類する学者には「細分派splitter」と「併合派lumper」という考え方の違いあり
▽ヒトと人類
・「ヒト」=現代人modern humans=ホモ・サピエンスHomo sapiens=現生人類
(Homoは属名、sapiensは種名)。Homoは「ヒト属」、国際的には「ホモ属」
「人類hominin」=ヒト属+アウストラロピテクス属などの属種を含む化石人類
・「人類の起源」は、チンパンジーとの共通祖先と分かれた700万~600万年前
・「ヒトの起源」は、解剖学的現代人が現れた20万~10万年前
・ホモ・サピエンスが、昔の日本の言い方だと「新人」
ネアンテルタール人、ホモ・ハイデルベルゲンシスは「旧人」
ホモ属の古いタイプが「原人」。ホモ・エレクトス、ホモ、ハビリスあたりまで
それより古いアウストラロピテクス属、パラントロプス属などは「猿人」
※ただし現在は猿人、原人、旧人、新人という言い方は避けられている
(1970年代以降、サル→ヒト進化が1系統という考え方が否定されてきたため。
同じ時代に複数の種がいたことが分かってきている)
・猿人
1974、アファレンシス猿人Australopithecus afarensis発見(個体名ルーシー)
脳の容積は今のチンパンジー並みで歯は大きいが、直立二足歩行
1994、ラミダス猿人(個体名アルディー)
2001、チャド猿人Sahelanthropus tchadensis
700万~600万年前、現時点で最古の人類の祖先と考えられている
頭蓋骨底部の大後頭孔と脊柱の関節角度から、大脳を背骨で支えていた可能性
・原人
1960s、ハビリス原人(昔はアウストラロピテクス属だったが、今はホモ属)
道具、火の使用があったと推定。脳容積700ml(パンの倍だが現生人類の半分)
ホモ・エレクトスHomo erectus
ジャワ原人Pithecanthropus erectusと北京原人Sinanthropus pekinensisが
現在は1種に統合されている
100万~50万年前。ただし120万年前くらいの化石がタンザニアでも発見
→アフリカで誕生し、その後アフリカから出たことを示す
★これより前はアフリカの外に出た証拠が見つかっていない
・旧人
ネアンデルタール人Homo neanderthalensis
30万年前までにヨーロッパ進出。鼻が高くて広く、眼窩上隆起あり
脳容量は現生人類並みか、ちょっと大きいくらい
ヨーロッパ~西アジアで骨格標本発見
★現生人類にネアンデルタール人から受け継いだとみられる多型が1-4%あり
ネアンデルタール人とホモ・サピエンスは分岐したあと、どこかで混血した可能性
→交配できたということは、両者を別種と考えるべきではないのではとの議論も
・デニソワ人(DNAしかなく学名がついてない)
・新人
クロマニヨン人。解剖学的現代人。ラスコー壁画
・多地域進化説
ホモ・エレクトスが170万~70万年前に出アフリカ
→各地でホモ・サピエンスに進化
*脳の2倍化という大変化が各地で起きたことを説明するため、頻繁な混血を想定
・アフリカ単一起源説
ホモ・エレクトスが170万~70万年前に一度出アフリカ→いったん絶滅
→アフリカでホモ・サピエンス(新種)が10万年前以降に出現
→7万~6万年前に出アフリカ、拡散
*つまり出アフリカは2回起きている
*現生人類はアフリカで誕生した新種の子孫ということになる
*1987UCB、ミトコンドリア・イブ仮説
地球上のヒトの多様性がアフリカ出身者の範囲内に収まる
*現生人類間の遺伝的多様性が小さいため、今は単一起源説が正しいとされている
【DNAから描く系統樹】
・系統樹の作成法
最大節約法Maximum Parsimony Method
進化のステップが最もシンプルになるものを選ぶ。幾何学的手法
距離行列法Distance Matrix Method
代数学的手法
最尤法Maximum Likelihood Method
統計学的手法
近隣結合(NJ)法
斎藤成也。よく使われる
・分岐年代の推定:分子時計。分子の進化速度の一定性
【進化】
・遺伝的多型genetic polymorphism=集団中の頻度1%以上の分子的バリエーション
・1%未満のものはレアバリアントrare variantという
・分子レベルの多型は「遺伝的多型」→「DNA多型」→「タンパク多型(酵素多型)」→お酒に強い/弱いなどの「表現型phenotype」。ただしDNA多型はタンパク多型を必ず生じさせるわけではない
・DNA多型の例)VNTR variable number of tandem repeat=100塩基ほどの繰り返し配列。2~7塩基と短い場合はSTRPという=DNA型鑑定に使用
・DNA多型の例)SNP。お酒のALDH2(アルデヒド脱水素酵素)、乳がんのBRCA1など。ただし1塩基で表現型を予測できるものは多くない
・遺伝子頻度の変動(進化)の要因
突然変異mutation
多くは生存にとって不利
点突然変異/欠失/挿入、染色体レベルでは逆位/重複/転座
遺伝的多型(集団内の1%以上)、その場所が「多型サイト」
多型サイトにある個々のバリエーションが「アレル」(Gアレルとか)
同じ染色体上の多型サイトの組み合わせが「ハプロタイプ」
移住migration
遺伝的浮動random genetic drift
遺伝子頻度の偶然による変動。集団サイズが小さい時に効果が顕著
たまたまあるアレルがちょっと多かったのが、世代を経ると圧倒的になるなど
自然選択natural selection(←→人為選択=育種、品種改良)
・生物の時間的変化を説明する
用不用説(ラマルク)
よく使う器官が強化される。獲得形質の遺伝
現在はほぼ否定。ただしエピジェネティクスでそれっぽい雰囲気も
自然選択説(ダーウィン)
突然変異が有利なら残っていく(有利さが必然的に進化を招く)
*有利な変異が集団内で急速に増えるとき、その周辺の中立な変異も便乗し
一緒に増える「ヒッチハイキング」が起き、これらが領域としてまとめて
均質化・多様性の低下が起きることを「選択的一掃selective sweep」という
例)ラクトース分解酵素
中立説(木村資生)
進化に寄与する変異はほとんどが有利でも不利でもない。有利なのは一部
ある変異が増えるのは偶然。適者だからではない
cf.米大陸先住民がO型ばかりになった「ボトルネック効果」。中立変異の固定
*ボトルネック効果は出アフリカの時にも起きたとみられ、アフリカ内の
遺伝的多様性>>アフリカ外の遺伝的多様性。→多因子疾患のもと?
【社会構造と進化】
・ミトコンドリアDNAは13種類の遺伝子と、リボソームRNAやトランスファーRNAの情報がコードされている。女性の系統のみに伝わる(自分が持っているのは母、祖母……の情報)
・Y染色体は精巣形成の引き金となり、男性を決定する遺伝子SRYが載っている。男性の系統のみに伝わる
→さまざまな集団の間の「地理的な距離」と「遺伝的な距離」を比べる。地理的な距離が離れるにつれて、男性は遺伝的な距離も広がるのに、女性はそうでない場合がある。おそらく女性が交換されるせいで移動距離が大きくなるような婚姻システムのせい
・日本人のルーツ
置換説(モース)
アイヌが住んでいたところに渡来民が来て置き換わった
=日本人の直接の祖先は渡来民で、本土では縄文人の痕跡ほぼなし
小進化説(鈴木尚)
縄文時代以降、徐々に進化をして現代日本人になった
=日本人の直接の祖先は縄文人で、渡来民の影響はほぼなし
二重進化説(埴原和郎)
アイヌと琉球人は東南アジア起源の縄文人の直接の子孫
約2000年(以上)前に北東アジアから渡来民が九州周辺に入り、混血が進んだ
ただし、北海道と琉球諸島では渡来民の遺伝的影響は少ない
*混血は研究で確認。琉球人とアイヌではY染色体の共通タイプも発見
・古代日本人のDNA分析
・チンギス・ハンのY染色体
社会選択:社会的に有利になった系統の特定ゲノム領域が選択的一掃と
同じパターンを示す現象(社会・文化的な要因が集団のゲノム構造に
変化を与える)
・一夫多妻的システムの反映?
*ちなみに今村薫はサン族の多夫多妻制「大きなザーク」を報告
・農耕導入後、成功/不成功男性の系統が生まれた?(キヴィシルドら)
「ゲノム・アジア100K」進行中。第3のボトルネック見つかるか?