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2016年07月 アーカイブ

2016年07月31日

グッバイ7月

三連休だったか、西新宿の「肉そば家 笑梟(ふくろう)」に行きました。
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肉は鶏肉です。結構おいしかったはず。
はず、というのは、鼻が通常時の3割くらいしか効かなくなってきて、味がよくわからなかったためです。
思えば三連休はなんかものすごく疲れがたまった感じで過ぎていったのですが、あれは風邪だったのかもしれません。去年も同じころに体調を崩していました。痛めたのも同じく喉と鼻。クーラーを本格的に使い始める時期のせいかな。
そして、三連休明けの1週間はかなりつらかった。

* * *

体調はそのあと順調に回復して、おいしいものをおいしいと思えるようになりました。
ので、新宿ニューマンに入った「ベーカリー&レストラン沢村」のモーニングを試しに。
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パンはもちろんおいしいです。あとベーコンとコーヒーもなかなか。1080円はまあ、そうかなという。
いやあの、コスパを求めるなら松屋のソーセージエッグ朝定一択ですから、これはしょうがない。
でもコーヒーがぬるい。これ、わざと?
弊管理人は猫舌なのでこれでもいいんですが、隣のおっさんはクレーム入れて熱いのを出し直させてました。

* * *

7月最後の日曜日は、飲み友の皆さんとさいたま市の沼影市民プールに行ってきました。
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430円の公共施設なのに、流れるプールがあるのはすごい。
あとウォータースライダーをキャッキャ言いながら楽しみました。

土曜は錦糸町のヴェヌスにカレーを食べに行ったところ、路地裏(業平一丁目付近)で隅田川の花火大会も目撃することができました。
この週末は、夏っぽいことができて大変満足でしたとさ。

2016年07月18日

じんるいがく(3)

4 The Social Person

・あらゆる行為は社会的に作られる(着る、意思疎通する、身振り…)
・生物学的に規定された欲求(栄養を取る、寝る…)もあるが、それを満たすやり方は社会的産物

・人間存在を(文化的に/生物学的に)×(共通/多様)の4象限に分けて考えてみる
  「生物学的に×多様」=遺伝的多様性。ただし人種ごとの違いは全体の0.012%に過ぎない
    →「人種」は文化的な構築物。権力やイデオロギーの視点のほうがなじむはず
  「文化的に×共通」と「文化的に×多様」が文化人類学の関心事。生物学では説明しきれない部分

・言語は人間のみが持つわけではなく、サルも固有名詞だけでなく一般名詞を理解するらしい
・ただし、多様な音を意味に結びつけたり、喋ったりするのは人間の業。それは文化を超えて共通
  だが、個別の言語はとても多様

・「技術の単純さ」をもって、ある人間集団の「自然との近さ」は測れない
  例)複雑な技術を持っているが、社会の在り方が自然に大きく影響されている狩猟採集のバンブチ
  自然は「敵」?「対象」?「主体」?
  最近は人間/自然の二分法を疑う動きも

・二つの自然
  (1)外的自然=生態系
  (2)内的自然=人間本性
  →どちらも「文化」の対立物とされている
・同時に、文化は本質的に自然と結びついている。文化の物質的基礎を自然から得ている
・自然は脅威、制御しにくいものとして把握されることが多いが、必要なものでもある
・自然と文化の関係を考える二つの視点
  (1)さまざまな文化でこの関係をどうとらえているか(この場合、自然は外部にあって表象される)
  (2)自然がどう社会や文化に影響を与えているか
  例題)大規模な自然破壊、気候変動。伝統的な知識が、持続可能性に(どう)貢献できるか

・行為actionと行動behaviour
  action=行為者が反省的にとらえうるものだという含意がある。人間のみ
  behaviour=人間や動物が引き起こす観察可能なイベント
 →マルクスの『資本論』における「大工」と「蜂の巣作り」の対比
 →actionは「そうしないこと」もできる。だから完璧な予測が難しい(というかできない)
・人類学、社会学ではactorは個人だけでなく、集団(国など)でもありうる
・相互行為interaction、関係性relationshipに注目する。つまり社会の最小単位は2人の関係である
・これらは分析用の言葉であって、emicな言葉には出てこないジャーゴンである

・地位statusと役割role(これもジャーゴン)
 社会のすべてのメンバーは、他人との関係において何らかの固有の権利・義務を持っている
 個々人は、異なった人に対して異なった権利・義務を持っている
 →status=社会的に定義された権利義務関係。それに対する周囲の「期待」も込み
   一人の人が「伯父」「歯医者」「隣人」「顧客」など、複数のstatusを持っている
   それぞれの個人は、この総計によって定義される
・statusには「付与されたものascribed」と「獲得したものachieved」がある
・同じ「職業」でも、伝統社会ではascribedだが、近代社会ではachievedだったりする
・近代社会は、多くのstatusがachievedである点で、伝統社会と質的に異なる
  ※ちょっとシンプルすぎるが、分析の出発点としては便利
・roleは、statusが定義する行動の範囲。王女というstatusは深夜にパブで酒を飲むことを許さない
  →この期待を裏切るとサンクションを食らう。この仕組みによって社会が安定する
・ただし、これらは行為者による「解釈」の余地があるので、外れることもよくある
  →だから社会科学の予測性は低い
  サルトル、ゴフマンのimpression managementも参考に

・権力power
・役割理論は権力を扱えないとの批判もある
  ある人は別の人に比べて、自分の人生に対するコントロールをしにくいなど
・ラッセル「社会科学における権力は、物理学におけるエネルギーと同じ」
  →中核的な概念だが、正確に定義するのが難しい
・社会の見方には「行為者」と「システム」に注目する二つのやり方がある
・権力を「行為者」目線で定義すると、誰かの意志に反して何かをやらせる力だといえる
・「システム」目線で定義すると、社会における権力関係の布置に注目することになる
・現代人類学者はこの二つを行き来しながら分析を行うことになる

・自己self
・役割理論への別の批判は、自己は一つの全体であり、複数の役割に分割はできないというもの
・地位も役割も、eticな言葉だということに注意
・比較研究から、ほぼすべての社会に「自己」「個人」という概念があることが分かっている
  ただし、その中身はかなり多様
・西洋では自己は分割不可能だが、非西洋では社会関係の集積だととらえられている
  メラネシアでは、負債を払い終えて相続が終わるまで、ある人が「死んだ」とは考えられない
  →すべての社会関係が清算されないと「個人」は死なない
  ズーニーインディアンでは、氏族の中に限られた名前しかなく、各々に特定の役割がある
  →人は自律的な個人ではない。与えられた役割を演じるもの
・公私の区別もさまざま

・身体body
・1970年代になって、身体が社会文化的なものだと考えられ始めた(メアリー・ダグラスを除く)
・身体は行為主体でもあり、社会のコードを書き込む場でもあるという考え方(医療人類学など)

5 Local Organisation

・今日の人類学は多様なフィールドで行われている
・それでも比較的小規模な集団を研究する重要性はある。なぜか?
  (1)方法論的に扱いやすい。全員と顔見知りになって関係性の全貌を掴むこともできる
  (2)小集団の中で関係性が簡潔しているかのように扱える※ただし本当はそうでもない

▽規範と統制
・全ての社会システムは、何が許される/許されないかに関するルール「規範norms」を必要とする
・それぞれの重要性には幅がある(絶対のルール~そうでもないルールまで)
・カバーする範囲も全人類(世界人権宣言)から小集団(仕事中はネクタイしなさい)までいろいろ
・必ず守られるものから、そうでないもの(virilocality=結婚した夫婦が夫の両親の近くに住む)まで
・全ての規範には賞/罰が伴う。正統な賞罰を与えられることが権力の原点
・システマティックに罰を与える仕組みを「社会統制social control」と呼ぶことができる

▽社会化
・社会の一人前のメンバーになるためのプロセス。世代間での文化の継続性も担っている
・分化の進んだ社会では、家族以外も担う。例えば学校、クラブ、スポーツ団体、テレビなど
・言葉をどう使うか、誰を尊敬するか、崇拝するか、などを学ぶことになる
・代表的な研究はマーガレット・ミードの『サモアの思春期』(ただし質への批判あり→p.79)

▽ライフステージと通過儀礼
・子供と大人の間には文化により何段階もあり、それぞれ違った権利、義務が設定されている
・ステージ移行の際に存在するのが通過儀礼。苦悩や剥奪などにより揺さぶられる公的行事
・「定年」もそう!賃労働者がほとんどの地位とネットワークを剥奪される
・何週間も隔離される社会も
・通過儀礼は必要だが、曖昧な立場の人間を抱えることは社会秩序にとっては脅威でもある

▽さまざまな社会制度
・個人とは無関係に存在する。ある核家族が分解しても核家族という制度は存続。王の死も同じ
・制度が変わると社会が変わる。フランス革命、アボリジニーが賃労働社会に巻き込まれるなど
→社会の継続や変化に注目するなら、制度を見よ

▽家族
・フィールドで最初に手が付けやすい社会制度は家族だといえる。どの社会にもある
・多くの場合は親族で構成され、多くの場合は同じ屋根の下に住んでいる
・西アフリカのフラニ族の例→pp.83-86

▽村
・家族だけで完結できないもの:政治、宗教、経済→もう一段上のレベルの制度としての「村」
・ドゴン族→pp.88-89
・ヤノマミ族→pp.90-92
・上記どれも社会制度において親族関係が重要な役割を果たしている

明日館

目白駅から7分ほど歩いたところにある、自由学園明日館の見学に行ってきました。
ガイドツアーに参加させてもらい、いろいろ聞いてきたので、メモを。
(※細部間違っているかもしれません。ご容赦かご指摘下さい)

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新聞記者出身で「家庭之友」(のち「婦人之友」)を創刊した羽仁吉一・もと子夫妻(もと子さんは初の女性新聞記者らしい)が女学校として1921年に設立したのが自由学園です。生徒には活動的な女性になるよう、着物ではなく動きやすい洋服の着用を求めたそう。その後、学園は小学校も始めるなどして手狭になったため、13年後の1934年に東久留米市へ移転しています。

校舎の設計は夫妻の友人の建築家・後藤新と、その師匠で帝国ホテルの設計のため来日していたフランク・ロイド・ライトです。夫妻から、詰め込み教育ではなく、学校生活がそのまま教育になるような私立学校を作りたいとの構想を聞かされて共鳴し、多忙のなか校舎の設計を引き受けました。

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現在、日本に残っているライトの四つの建築のうち一つがこの校舎。移転後は卒業生のさまざまな活動に使われてきたそうです。ドイツ・バウハウスの講師だったヨハネス・イッテンによる美術・デザイン学校「イッテン・シューレ」などに学んだ女性たちによる「工芸研究所」もここに置かれました。

建物は関東大震災も戦争もくぐり抜けましたが、老朽化が激しくなりました。一時は学園の経営のために売り払おうかという話も出かけましたが、卒業生や建築家らが保存運動を展開。1997年に残すことが決定され、重要文化財の指定を受けました。オリジナルをどう生かすか、調査などを経て2001年に国や都などのお金計8億円をかけた修復事業が完了しました。

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こちらは食堂。ライトの設計の特徴の一つが幾何学的な装飾だとされています。シカゴでルイス・サリヴァンらの事務所にいたとき、フリーハンドの天才とされたサリヴァンにはいつまでたっても追いつけないと悟り、「自分は定規とコンパスでデザインをする」と決めたとのこと。

もう一つは、軒高を低く抑えて水平に広く展開した「プレーリーハウス(草原様式)」で、実際に敷地に立ってみると、そのコンパクトさと、意外な軽やかさに気付きます。入口の扉を隔てた中と外で床の高さも材質も同じです。しかし、乾燥した米国中部と違って湿気とシロアリの出る日本にこの様式を適用したため、建物の傷みを促す一因となってしまったとのことです。今は下にアスファルトを敷いたり、防虫剤を床材に塗ったりして対策しているそうです。

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教室にはもともと照明はなかったそうです。現代とは明るさの感覚が違ったのでしょうか。
造りは骨組みではなく壁で屋根を支える「バルーンフレーム」という、現在のツーバイフォーの先祖に当たるような方式。中は木と漆喰の質素な印象です。

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毎朝の礼拝が行われていたホールは、入ると頭上にロフトの床が大きくせり出していて、圧迫感があります。大きな窓も全体を見ることができません。しかし、

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窓のほうへ歩み出ると、それまでの圧迫感の反動のように、俄然その空間が大きく感じられます。これはライトが他の建物にも使う方法なのだそうです。

振り返ると暖炉があります。これは団欒を重んじたライトのこだわりでもあったようですが、木造の重要文化財で火をたくのは容易ではないようです。
火をたいてもいい場合がいくつかあります。(1)寺の中で使うような宗教の火である(2)人が住んでいる建物で日常使わなければならない火である(3)申請しチェックを受けた上での使用である―の三つがあり、ここでは(3)として、冬期の夜間見学や、ここで結婚式を挙げた人たちを招いて開くクリスマスディナーの際に使っているそうです。

ここは建物を会議や会食、式典などに使いながら文化的価値を保とうとする「動態保存」を行っています。今日もある部屋で、なんと卒業生である107歳の女性の誕生会をやっていました。

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そういえば、銅板の軽い屋根ですが、何やら瓦ぶきみたいな模様というか形をしているのに気付きました。説明をして下さった館長さんに聞いてみましたが、「よく聞かれるが、なぜなのか、ここだけの特徴か分からない」とおっしゃっていました。

もう一つ、部屋のドアノブが結構高いところにあります。アメリカ人の体のサイズに合わせたのかと思いましたが、ライトが担当した部分よりも、遠藤が作ったところのほうがなお高いそうで、これも理由はよくわからないとのことでした。

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バルコニーからホールを見下ろしたところです。見学は500円ですが、100円足すとコーヒーまたは紅茶と、クッキーかケーキがつきます。おいしくいただいて辞しました。

なお、道をはさんだところにある講堂は耐震補強中で見られませんでした。建てたときは5カ月という速さで普請したものの、壁の補強をするところが壁面がほとんど窓になっており、ほぼ解体しつつ補強することになったため、2年半の工期を見込んでいるとのことです。秋に補強中の講堂を公開するそうなので、もし覚えていたら見に行ってみようと思います。

遠藤はライトに「息子」と呼ばれるほど大切にされた弟子で、一生ライト風の建築からは離れなかったそうです。一方、土浦やレーモンドのようにコルビュジエに接近していった弟子もいたのだとか。折しもコルビュジエが設計した国立西洋美術館などが世界文化遺産になることが決まり、あえてのライト(笑)を見に行く形になってしまいました。

* * *

そのまま池袋まで歩いて、ロサ会館に入ってる「チェック」でオムライスを食べました。
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大学2、3年の時にこの辺に住んでいて、その時以来なので18年ぶりくらいだと思う。
紙ナプキンにおじさんの顔が描いてあるのも当時からだった気がする。
おじさんも大分古くなってるけどたぶんこの人だったはず。
完成された味でおいしいです。今900円だけど当時いくらだったかなあ。
悶々としていた学生時代が蘇ってきて、くらくらしました。
ずっと来ることのなかった池袋西口の駅前は、抱いていた印象の70%くらいの大きさでした。

* * *

で、さらに歩いて当時住んでいた家を見に行ってしまいました。
毎月家賃を渡していたおばさんがちょうど外にいたので話しかけてしまい、話し声を聞いて出てきた娘さんともどもに怪しまれました(そりゃそうだ)が、大学名と時期を言うと、なんとなくそんな学生がいたということを思い出されたようでした。

何百回と通った路地を歩きながら、いやもう、当時はまったく想像しなかったような10数年を過ごしてしまったと思った次第です。しかし次の瞬間、それは当時から将来のことを考えていなかったからだろうと思い直しました。

2016年07月17日

じんるいがく(2)/果実園

3. Fieldwork and Ethnography

▽フィールドワーク
・フィールドで人類学者は多少なりとも以下のように見られる
  (1)道化。へったくそな言葉を使って、暗黙のルールを破って回るような
  (2)専門家。ものすごく尊敬され、丁寧に扱われる。しかし裏側をなかなか見せてもらえない
・逆に、近代的な社会をフィールドにすると、そこの人から何の関心も持たれないこともある
・前近代的なフィールドでも、20世紀末には「プロ」のインフォーマントができてしまっていた

・フィールドではさまざまな手法でデータ集めをする
・構造化面接や統計的サンプリングなどと、非構造化参与観察などを組み合わせることが多い
・エヴァンス=プリチャードは「二重にマージナル」な存在と形容した。元いた社会からも、観察している社会からも距離をとっている存在ということ
・研究対象になっている人にそれと知らせないのは倫理的か?という問題もある
・観察者の性別、年齢、人種、階級などもフィールドワークに影響する
・もちろん対象の性質も

・テクニックは一般化できないが、さまざまなtipsが伝えられている
  ・インフォーマントと20分以上話すな(飽きられるから)
  ・紳士的に振る舞え
  ・何を知りたいかを明確にしてから行け などなど
・フィールドを見る目もいろいろ。マリノフスキーは実はトロブリアンド諸島の人を見下していたとも
・相手が嫌いだったとしても、いいフィールドワークをすることはできる。いいデータが集められるかが重要であって、何人友達ができたかはどうでもいいのだ

・過去のフィールドワークでは、エリート層に注目しすぎていたとの指摘がある
・エリート層のほうが質の良い情報を提供してくれるから+観察者とレベルが近いからであろう
・だがインフォーマントが上位カースト所属だったりすると、そのせいで情報が歪む可能性がある
・内側からの視点でものが見えるようになるには、時間がかかる
・しかし、見たいものしか見えてない危険性も
・観察者の「人間力」も出来を左右する点も特徴
・ただ、現地の人と「仕事として」仲良くすることにまつわる倫理問題もある

・研究には帰納的な面と、演繹的な面がある。事実の観測→一般的な事実の発見

▽慣れ親しんだ社会でのフィールドワーク
・社会学と違って、人類学には文化の多様性を明らかにし、消え去りそうなものの記録を残すという仕事がある
・ただ、観察者自身が属している社会を研究することも増えつつある。その理由:
  (1)ネットや人の移動の活発化などの環境変化によって、近代的/原始的の区別が曖昧になった
  (2)未開社会の分析に使ったツールが近代的社会間の比較にも使える
  (3)大きな研究資金を当てて、遠い世界でフィールドワークできる人が限られる
・一方、そういうフィールドワークへの反対論もある
  ・比較をやるなら文化的に遠い人たちを研究すべきではないか
  ・自文化は、他文化を見る際のベースラインとして使うべきではないか
・でも、そもそも自文化もそんなに均一ではない

・自文化の中でフィールドワークをやる利点としては知らない言語や慣習をわざわざ学習しなくてよい
・しかし、周囲に当たり前なものが多すぎるという欠点もある。homeblindness
  (トレーニングにより相当程度乗り越えられるが)

▽解釈と分析
・ボアズやマリノフスキーの時代と違って、現在は現地の言語や先行研究を事前に勉強してから行ける
・一つの村に留まって宗教、政治、経済を描き出すようなスタイルは古いものになった
 その理由は、現在はもっと大きなスケールで調査が行われる/対象に関して専門化が進んだから
・書いた作品が調査対象の人たちに読まれることも多くなっている

▽エスノグラフィー的現在と過去
・人類学のテクストは現在形で書かれる
・書かれたのが政治的に安定していた植民地時代か、その後かで記述は随分変わる
・「どうなっているか」を記述するもので、「どうやってできたか」を書いているのではない
 (ただ、1980年代以降は歴史的な記述も目立つようになった)
・一方、書かれた歴史があればそれを扱うのも有益とされる(クレーバー、エヴァンス=プリチャードら)
・異なる社会の間の関係を調べる時にも歴史的視点は重要

▽エスノグラフィーを書く/読む
・人類学者の仕事は書くことだとされてきた。が、その書き物は筆者の属性や調査の性格に規定される
・ということは、書く人が違えば書かれ方も変わってくる
・人類学やメタ人類学者は批評理論を持ち込んだりしてきた

▽翻訳問題
・自分の言語で他文化を言い表すとき、その文化の内的視点はいかにして保持できるか
・そもそも他文化を理解すること自体、できるのか
・トロブリアンド諸島とヤノマミの「親族関係」を比較することは可能か
・一つの解決法は「記述」(経験に近い)と「分析」(経験から遠い)を分けて考えることかもしれない
・ただし「記述」でさえ、必然的に人類学者による取捨選択を経たものであることに注意

▽エミックemicとエティックetic
・マーヴィン・ハリスが人類学に導入した二分法
  emic=その社会の構成員が経験したり表現したりするレベル
  etic=研究者が行う分析的な記述や説明
※オリジナルはケネス・パイク
  phonetics(音声学)=音同士の客観的な関係
  phonemics(音韻論)=音の意味
  からとっている
・ただし、人類学者がインフォーマントが見た世界を再現しようとしてもemicにならない。その理由:
  (1)「翻訳」が避けられない
  (2)発音されたものを書き留める作業において、発音の「現場」が捨象される
  (3)人類学者が書く対象の人になることはできない
 →本当のemicはその文化の人が自分で表現しないと成立しない
・emicが間違いで、eticが合っているという思い込みは妥当ではない
・emicが具体的で、eticが抽象的だということでも(必ずしも)ない
・ただし、人類学者が、現地の人が気付かない構造を見ることができるという点は重要
  ・強いバージョンは、自然科学者のように一般法則を見ようとする企て
  ・弱いバージョンは、ある社会をより多層的に説明しようとする企て

▽政治としての人類学
・人類学を勉強して、大学で教える人は少数。他は開発協力や出版、企業、病院などで勤務
・人類学者そのものも人類学的に研究できる
・カウンターカルチャーからの攻撃を受けることもあった
  ・人類学は植民地主義の延長ではないか?
  ・フェミニズムの視点がないのでは
・現在、専門化が進んで人類学業界の全体が見渡せなくなっているが、共通のコアを勉強することは大事

* * *

連休初日は果実園リーベルでモーニングしてみました。
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果物はおいしい。
甘いがこれはケーキではない。
フルーツサンドって中途半端な食べ物だなというのが、このたびの人生の結論です。
つまり、もう自分でお金を払って食べることはないであろう。
880円だと思ったら税抜き価格で、950円になったのもなんかなという感じでした。

2016年07月09日

じんるいがく(1)

超失礼だが、横目で見ながら文化人類学って最近大丈夫なのかなと思っていました。
でも、日常を解毒する手段としては期待してます。
つうか、ちゃんとざっと見したこともないんだ、ごめん。

なんだそれ。
というわけで、いくつかの修士課程の導入科目をネットで調べて、そこでわりと共通して参考文献になっている本のうち、一番新しい(そして結構重いが持ちやすい大きさではある)こちらをアマゾンで手に入れ、通勤電車で読み始めてます。
450ページくらいあるので、ちょっとずつ。

■Eriksen, T. H., Small Places, Large Issues: An Introduction to Social and Cultural Anthropology (4th ed.), Pluto Press, 2015.

1 Anthropology: Comparison and Context

・文化人類学(←アメリカの)/社会人類学(←イギリスの)は、人類の文化や社会が「いかに多様か」、と同時に、「いかに似ているか」を明らかにする。多様性と普遍性を行き来する学問である(p.2)

・関心は社会の内部に存在するさまざまな関係性とともに、社会と社会の間の関係性にも及ぶ

・限られたフィールドでの研究によって、人類大の問題を考える学問だともいえる(p.3)

・かつては産業化されていない、小さな集団が研究対象というイメージがあったが、今はそうではなくなっている

・文化とは何か?:タイラーとギアツに従って、ざくっと「社会の構成員として人々が獲得する能力、もののとらえ方、そして行動様式である」と言っておく。ギアツは境界を持ったひとまとまりの全体、構成員の多くに共有された意味のシステムとして描いた。……しかし、内部の多様性をどう考えるか?メディアやグローバリゼーションによる均一化をどう織り込むか?依然として論争の的である(p.4)

・文化と社会って?:文化=獲得された認知とシンボル。社会=組織、相互行為、権力関係(p.5)

・文化人類学の特徴=経験に基づくことと、比較を重視すること
・他との違い:社会学と違って、近代的な社会だけに注目するわけではない。哲学と違って、調査を重視する。歴史学と違って、進行中の事柄を扱う。言語学と違って、言語の社会的・文化的なコンテクストに注目する。でも共通点もいっぱいある(p.6)

・自文化中心主義を避け、(方法的な)文化相対主義をとること(pp.8-10)

2 A Brief History of Anthropology

・他の社会科学と同じく、19世紀末~20世紀初頭にかけて成立した分野。だがその歴史の描き方はいろいろある(p.12)

前史
・文化人類学を「文化の多様性に関する研究」と定義すれば、それは古代ギリシアからあった。ヘロドトスの異民族描写もそうだし、ソフィストの相対主義もそう。だがヘロドトスには理論がなかったし、ソフィストにはフィールドワークがなかった
・もうちょっとましなご先祖としてはイブン・ハルドゥーンが挙げられる
・ヨーロッパでは、大航海時代に自分たちとはかけ離れた人々と出会ったころが画期か。モンテーニュ、ホッブズ、ヴィーコなどが文化の多様性について考えた第1世代といえそう

ヴィクトリア時代
・社会進化論によって特徴づけられる。進化の最先端としてのヨーロッパ。メイン(英)、モーガン(米)
・テンニースの「ゲマインシャフト/ゲゼルシャフト」の二元論
・マルクス、エンゲルスの歴史観にも影響したか
・ダーウィンの進化論との関係も複雑。人類の共通性を裏付けるとともに、文化的<生物的という図式に落ちる危険性も

米国:ボアズ(独→米、1858-1942)
・今日まで続く米国の人類学の方法論の源流。'Four-Field Approach'、つまり(1)文化と社会(2)生物学的(3)考古学(4)言語人類学
・文化相対主義を中心に位置付けたことも重要な業績。それぞれの文化は独自の文脈において理解されるべきで、「発展度合い」などでランキングを作るべきではない。歴史についても単線的な発展を想定しない
・さらに、消滅の脅威にさらされている先住民族の文化も擁護するべきだと主張
・弟子にはマーガレット・ミード、ルース・ベネディクトら
・言語ではサピア、ウォーフと協働。多様な言語のそれぞれが世界認知のありかたを規定するという
・ボアズ以降、モーガンやダーウィンは米国で退潮。氏<育ち、に

英国:マリノフスキーとラドクリフ=ブラウン
・英国の社会人類学は、米国と違って、植民地経営に関連。例えばインドなら文化よりも諸民族間の政治関係など
・創始者の一人はマリノフスキー(ポーランド→英、1884-1942)。トロブリアンド諸島でのフィールドワークにより、民族誌的なデータ集めのスタンダードを構築。現地語を学び、日常的な人間関係を内側から記録する
・特に個人の行動に着目した。社会構造が行動を決定するのではなく、行動の在り方を枠づけるものととらえる
・すべての社会制度は相互に関連しあっており、あらゆる文脈から事象を理解すべき。biopsychological functionalism
・もう一人はラドクリフ=ブラウン(1881-1955)。デュルケームの影響。個人よりも制度に注目し、社会統合の法則を見出そうとする「自然科学(化学や物理学のような)としての社会科学」を目指した。すべての制度は、社会の維持を助ける何らかの機能を持っていると考える。第2次大戦後に退潮
・二人は視点は違うがどちらも機能主義。次に続く世代で統合が図られる。親族関係、政治や経済に注目したエヴァンズ=プリチャードなど

フランス:マルセル・モース(1872-1950)
・ドイツは第2次大戦後にナチズムに協力していた人類学/民族学が壊滅しかけたが、フランスは20世紀を通じてセンターであり続けた。英国ほど方法論に傾かず、米国よりも哲学的に野心的
・モース(デュルケームの甥)自身はフィールドワークをしなかったが、贈与や身体、犠牲、人間という概念などについてエッセイを著した
・同じくデュルケームに影響を受けたラドクリフ=ブラウンと違って、完全な「法則」よりも、さまざまな社会に見られる構造的な「類似性」を見つけようとしていた

20世紀後半の文化人類学
・研究者人口の増加とテーマの多様化
・フィールドの流行は太平洋諸国→アフリカ→北アメリカときて、50年代以降はラテンアメリカ、インド、東南アジアへ
・植民地支配の終焉によって、第三世界諸国から調査研究の許可が得られにくくなった。研究対象とされてきた社会にも知識人が現れて、対象化への反発も

構造主義
・レヴィ=ストロース(1908-2009)。構造主義言語学、モースの交換理論、レヴィ=ブリュールの原始的心性(これには反対だが)から影響を受ける。婚姻関係の研究など。構造主義は人類学にとどまらない波及を見せた。検証不能な概念を持ち込んだなどの批判もある
・もう一人はインド研究のルイ・デュモン(1911-99)。カーストに規定された自由なき個人を描出

構造機能主義のその後
・ラドクリフ=ブラウン本人も50年代には「自然法則」の探究してもしゃあないと言い出した。人類学は自然科学というよりむしろ人文学だと思うべきだと。「構造から意味へ」。米国のクローバーも同様
・レイモンド・ファース(1901-2002)は社会構造(規則の集合)と社会組織(実際に起きている過程の集合)を分けて考えるべきだと主張。個人の行動が構造と取り結ぶ動的な関係に注目。後にゲーム理論との結びつきも(p.26)
・マックス・グルックマン(1911-1975)は全体論的な見方を捨てて、社会構造の規定力はもっとずっとゆるいものと見るように

その他いろいろ(pp.27-31)
・1940年代以降の米国では、ボアズ的な文化相対主義とは別の流れとして、ネオ進化論やマルクス主義の復興など
・ジュリアン・スチュワードの「文化核心cultural core」(=分業などの基礎的な制度)と「それ以外」の区別
・レスリー・ホワイトは象徴文化により規定力があるとの見方
・マーヴィン・ハリスの文化唯物論
・生物学+人類学→文化生態学。儀礼を生態学の言葉で表現するラパポートのニューギニア研究など
・第2次大戦後の象徴人類学、認知人類学
・1970年代からはフェミニズムの影響。男女の世界の見方の違いを強調
Writing Culture(1986)「統合された社会なんて文化人類学が作り上げたフィクション。現実はもっと複雑で曖昧なものだ」→80~90年代に迎える文化人類学の学問分野としての危機
・文化相対主義は、その底にある共通性を隠そうとしているのではないか?cf.)チョムスキー

21世紀の文化人類学
・ブラジル、日本、ロシアにも大きな研究コミュニティを抱えている
・英米仏の違いはいまだ存在するが、混交は進んでいる
・伝統医学、地域の消費生活、広告、オンラインカルチャーなどテーマも多様化
・進化学や認知科学の知見が、社会生活や心の共通性に関する示唆を与えることも

2016年07月03日

華味鳥

新宿、「博多鶏ソバ 華味鳥」。
土曜の夜に客が弊管理人一人というのはどうなのだろう。
でも、鶏白湯好きなこともあり、とてもおいしくいただきました。
160703hanamidori.jpg
ま、新宿の西側はいつもわりと静かで好きなのですけど。

* * *

最近疲れた疲れたと書きすぎましたが、ほんとに疲れていて、寝床に入るとすぐに気絶するような一週間でした。
なんか今ひとつな仕事以外してないだけに残念です。

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