◆マイケル・サンデル(鬼澤忍訳)『実力も運のうち 能力主義は正義か?』早川書房、2023年。
文庫化される前から知ってたけど、ちょっと前に日本でポピュラーになった哲学者が書いた時事的なエッセイかなと思ってほってあった本書。読んだら面白かった。アメリカの2024年大統領選を現地で見たからこそ「わかる」って思えたというのも多分ある。2024年は2016年とほとんど変わることはなかったんだろうなという思いは強くした。
能力主義が生むのは「勝者の驕り」と「敗者の屈辱と怒り」であり、失われたのは連帯である。敗者が侮辱を感じるのは、彼らもまた能力主義イデオロギーは共有しているからこそだ。問題の核心は失われた尊厳なので、「敗者には教育を与えればいい」という出世主義・エリート主義を温存したままの解決や、再分配という「金目」の解決を図って成功するわけがない。科学信奉もまた道を誤るもとで、問題を理解不足やアーキテクチャの問題に読み替え、価値に関する議論をスキップしてしまう。
いかにもコミュニタリアンな診断だが相当程度正しいと思う。トランプはオバマが生んだし、負け組を語った点でトランプとサンダースは近いという図式も納得感がある。アメリカン・ドリームの国だと信じられているのに、意外と階層移動がしにくい社会であることがデータとともに紹介されていて興味深かった。
「機会の平等」という、誰もが同意しそうなイデオロギーをどう批判するか。弊管理人の印象では、批判には成功した。解決にあたっては「運」と「敬意」を導入するという理念までは示した。だが実行を考えるにはもう手遅れなのかもしれない。いや別の本を探してみるか。
大統領選前の2024年夏、カリフォルニアで修士終わったばかりだという若い環境活動家と話したとき、「反対側との対話が足りてないんじゃないの」と弊管理人が水を向けたら「彼らも勉強すれば分かると思うよ」と返されたのを思い出した。またアメリカという国ってみんながI deserveって叫んでるような国だなと思いながら3年半過ごしたことを反芻しつつ本書を味わった次第です。
以下メモ。
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ポピュリスト的反発を招いたグローバリゼーションのプロジェクトの2側面(pp.40-51)
(1)テクノクラート的な公益の構想
市場メカニズムは公益を実現する主要な手段という信念
「右/左」ではなく「開放的/閉鎖的」
道徳の問題を経済効率・専門性(技術的問題)へ解消する
←80sのレーガン、サッチャー、その後のブレア、シュレーダー、クリントン
→不平等の拡大と、勝者から敗者への軽蔑のまなざし
↓敗者に対する「教育の提供」という解決法
(2)能力主義的な勝者/敗者の定義。レーガン、ブッシュ、ルビオ、クリントン、オバマ
←→実はアメリカの社会的流動性は低い。アイビーリーグの階層固定化
→「機会の平等」が解決か?
→能力主義が生む「勝者の驕り」と「敗者の屈辱と怒り」
=メリトクラシー(マイケル・ヤング、1958)の帰結
恩寵、幸運という感覚の排除により、連帯の可能性が損なわれる
*不平等、勝ち組/負け組を語る点でトランプとサンダースは似ている
・学位の有無と投票行動の関連
勝者の票を集めたヒラリー、敗者の票を集めたトランプ
・有能者による統治
ジェファーソンの美徳と才能を基盤とする「自然な貴族制」(p.56)
・テクノクラートは市民的プロジェクトの幅も狭めることになった
連帯よりGDP。グローバリゼーションの問題は分配の問題にすぎない
どこかで誰かが決めている政治
知的職業階級の威信を強化し、大半の労働者の地位と評価を損なう(pp.58-59)
メリトクラシーの歴史(pp.66-)
・聖書
(1)人間の主体性の強調:報償や罰は人の成果によって神が与える
悪の存在は人間の選択の結果だと理解する(ペラギウス)
←→神の全能性の否定だとの批判(アウグスティヌス)
≒ルターの反能力主義、カルヴァンの予定説、労働=禁欲
→現世の活動で恩寵を受けた、という理解のスリップ
→プロ倫が能力主義につながる(p.77)。
人は自分に値するものを手に入れる、という摂理主義(p.80)
→世俗的成功と道徳的資格の一致(p.82)
(2)不運な人への厳しさ:不運な人は罪を犯したはずだ。傲慢と懲罰
カトリーナ「天罰」論、9.11、3.11と石原慎太郎(pp.84-85)
オバマケア反対論
・リベラルの摂理的側面(歴史的事実と道徳の癒合)
・「偉大=善」アイゼンハワー~ヒラリー
・「歴史の正しい側」=リベラル民主主義、自由市場。クリントン、オバマ
←★冷戦後の独りよがりの勝利主義(p.103)、機会の不平等の改善
←→不平等の拡大
出世のレトリック
・自立と自己形成の理想
・市場が公正に運営されていれば、自分に値するものが得られる
→市場の結果は能力と一致する
・「値する」、上昇志向、リスクと責任の個人化
・「自らに落ち度がないにもかかわらず」→救うべき/でない貧困者
クリントンの1996福祉改革(p.122)
・「才能の許す限り」のアメリカン・ドリーム
オバマの大学教育称揚(p.126)
・「あなたは値する」(p.127)1970s~2008、レーガン、メイ
・運の平等論(1980-1990s)困窮者の中で、誰が不運の犠牲者に過ぎないか
←エリザベス・アンダーソン「救貧法的思考」(p.267)
←底辺を嘲笑する能力主義エリートに対する、ポピュリストからの嫌悪
★トランプ支持者も能力主義を受容したからこそ、侮辱を感受した
アメリカは努力とやる気による出世への信頼が高い
実は社会的流動性は多くの国より低い。世代を超えて貧困を脱しにくい(p。136-)
学歴偏重主義
★グローバル化と労働者の賃金・雇用問題の解決としての学歴向上
(不平等=制度の失敗、の否定)
→大学へ行かなかった人たちへの社会的敬意を毀損(p.163)
・ケネディ、オバマ政権の高学歴びいき←→実践知や共通善とは無関係
投資銀行の専門性に対する反射的敬意と、ウォール街救済という判断ミス
・「smart」の流行。モノにも使われる。スマートカーetc.
・人種差別や性差別が嫌われる時代に、学歴主義は容認されている最後の偏見(p.175)
・議会の高学歴化=代表性の低下(米、英、独)。能力の高さを意味しない
・学歴による分断の招来。トランプ/ヒラリー投票層(p.185)
・★公的言説のテクノクラート的転回(p.191)
意見衝突の問題を情報提供、インセンティブ、科学に解消する(オバマ)
→市民の力をそぎ、説得することを放棄するという欠点
政治(意見、信念)に先立って事実に合意すべきだというのはうぬぼれ(p.201)
→逆に、意見が認識を導く(モイニハン)
成功の倫理学
・マイケル・ヤング The Rise of Meritocracy (1958)
・完全な機会の平等=不平等の正当化。しかし正当化できるか?
成功=才能×努力
才能の限り―才能があることは運ではないか?
たまたま持っている才能を評価する社会にいることは運ではないか?
能力主義を代替する①自由市場リベラリズム
・ハイエク:市場の結果と、道徳的にそれに値するかは無関係。再分配は拒否
←→
・個人の市場価値に従った配分は道徳的に受けるに値する、という結論に滑っていく
・市場価値は社会的貢献と一致するとは限らない
能力主義を代替する②福祉国家(平等主義)リベラリズム
・ロールズ:才能の道徳的恣意性→格差原理。才能を共通資産として再分配を擁護
←→だからといって成功に対する能力主義的おごりは緩和・排除はされない
運の平等主義・公的支援を受けるべき/でない人の選別
・支援を受けるべき人を「無力な犠牲者」として名誉を毀損する
・努力と選択から生じる不平等を擁護する点で自由市場リベラリズムと一致
選別装置としての高等教育
ジェームズ・コナントのSAT導入=ハーバードの能力主義化
機会の平等と社会的流動性に基づく選抜
→出自ではなく能力に由来する不平等の肯定と、英才の称揚・凡人への侮辱
SATの得点と家庭の豊かさは比例する。世襲エリートが能力主義エリートになっただけ
名門大学が階層移動を駆動していない(一部公立大ではしている)
レガシー(卒業生の子ども)の優遇、寄付者の優遇
そもそも選別装置の役割を大学が引き受けるべきでない理由二つ
(1)選に漏れた人の苛立ち。社会的評価との結びつきが断てない
(2)選ばれる人も負うストレス。地元大から高難度大志向へ、合格率低下
入学後も学生団体への入会選抜、成績への執着
→いずれも自己責任に根ざす。連帯と相互義務を芽生えにくくする
対策:くじ引き、職業訓練への補助金増、市民教育の拡充
労働の承認
アメリカ人男性の収入停滞、絶望死(が高い地域でのトランプ善戦)、
「白人特権」の剥奪、アメリカン・ドリームへの「割り込み」
収入=社会への貢献度、という考え方の解体
グローバル化に伴う不平等、GDP主義で生産から消費重視に、
アウトソーシング、移民、金融化が労働の尊厳に与える悪影響
←リベラルの失敗:労働者・中流に対する分配的正義の提案
←→必要だったのは労働に対する社会的承認と評価(cf.ホネット、p.371)
社会統合・承認・共通善としての分業(デュルケム)
オーレン・キャスの賃金補助、税負担を労働から消費と投機に向ける
→社会の絆の回復