【8月17日(木)】
もともと行こうかなリストには入っていたものの、ちょっとそろそろライト建築もお腹いっぱいかもと思い始めて迷っていたロビー邸。ファーンズワース邸で会った本職の方に「ロビー邸いいって聞きましたよ」と教えてもらい、やっぱり行くことにしました。
電車に乗ってダウンタウンから南の郊外へ。どんどんと黒い地域になります。バスあるかな~とスマホで調べていたら、おじさんに「電話貸してくれよ」と言われたけど速攻でNoって言いました。「盗らねえよ!」と言われましたが無視しました。非常識だろ、あほか。
歩いてるうちにシカゴ大学に着いた。まず医学部に行き当たり、さらに外縁を歩いていると社会科学研究部の建物が見えました。社会学でシカゴ学派ってあったよな!ゴフマンとか!あと知らないけど!と思ってとりあえず写真。
しかし都市社会学は馴染みがないので、ウィキペディア見たら他の名前はほとんど分からず。ハマータウンてアメリカだっけ?と思ったらイギリスだった(この本は学生時代の読み残し)。あまり歩き回ることもなく次へ。
なんか立派な宗教施設あった。ロックフェラー・チャペルというようです。
中に入ってもいいのかな?と寄り道のつもりで覗いたら、ちょうど11時半で鐘楼(上の写真の右側の塔)を見せてもらえるツアーが出るところだったので、参加してしまいました。他には家族連れが1組だけ。
中でっか~。1920年代の建築なのに中世風。歴史がないとモノマネになってしまう。
鐘楼に上ります。らせん階段ぐるぐる。
これはでっかい鐘を覗いてるところ。右側は学生ボランティアのジュリアン君。建築科?って聞いたら数学科の2年生なんだって。頭良さそうやな。
上のほうには演奏部屋があって、鐘を鳴らす鍵盤がありました。実際に鳴らさせてもらいました。空気圧で動かしてるよう。
上からの眺めはこんなです。シカゴ学派の泰斗・ミルトン・フリードマンが奉職した経済学部の塔(入ったらノーベル賞授賞式の写真パネルが掲げてあった)の向こうに、ダウンタウンの高層ビル群。
チャペルの壁には、戦争で亡くなった学生(スタッフも含むか?)を記念するプレートが貼ってありました。1941年が起点なのな。5年でこの人数というのは意外に少ない印象ですが、どうでしょうか。
ということでロビー邸に行きましょう。
ロビー邸はすぐ隣。水平を強調するライトの「プレーリースタイル」の代表作。画面奥側から撮った写真が多いんですけど、弊管理人はこっちのほうが好きでした。真ん中のおばさんは見学ツアーのガイドさん。この人もシカゴ大の卒業生らしい。
入口のドアを開けるともうすごく和風。
なかなかどうしてステキ。
ライト節が炸裂してます。
出窓好きですね。
しかしミースもライトもそうだけど、発注した人のストーリーを聞いてると、末永く使ってなくて、どんどん持ち主が変わっていくんですよね。建築家と訴訟になったとか、金がなくなったとか。バージニアにあるライトのポープ=レイヒー邸も持ち主は子どもが近くの池で溺れ死んだりしてるし。
そういえばここでも、ファーンズワース邸で会った日本人の本職の方と出くわして同じツアーに参加しました。行くところは一緒だね!
今回はほとんどの行き先でツアーを予約していませんでしたが、平日だったせいか飛び入りで全然大丈夫でした。
シカゴ大学のキャンパスを通ってダウンタウン方面に行きましょう。
きれいなキャンパスです。実は東大ほどの歴史もないんだけど。
大学を抜けるとそこはやはり黒い地域で、やはり何か一人で怒ってるおじさんとかを横目にてくてく歩いて、お客はほぼ黒人だけ(ただひとり弊管理人がアジア人、もう一人白人のおじさん)のマクドナルドで小腹を抑えてイリノイ工科大に行くことにしました。ミースが建築学部長やってたところですね。
電車を降りると黒人のおっさんがホームで立ちションをしていて、うわっと思ってよけたが靴にちょっと飛沫がついた。まあこの狂ってる感じも含めてアメリカだな。だめ社会。
ミースが設計したクラウンホール。
こそっと入ったら何かのイベントの準備中だったらしく、警備のおねえさんに呼び止められたんだけど、「5分だけならいいよ」と言われてぐるっと回りました。優しいな。っていうかそういうミーハーな来訪客がいっぱいいるんでしょう。
しかし本当にハコであります。柱がなくて、中を自由に区切って使う「ユニバーサルスペース」。プレハブのでかいやつというか、これのどこがすごいのかなと思ってしまいました。
これは地下の図書室。学生の卒業制作もいっぱい置いてありました。
学生会館みたいなところに行くと、意外と学生がいっぱいいました。そういえば、いま新学期準備の真っ最中ですね。
留学生の登録やってる部屋あり、売店では教科書を棚に揃える作業中でした。この辺は日本と一緒ですね。
シカゴピザ(Deep dishという高さがあってソースやらチーズやらがなみなみ入ったやつ)食べようと、お店を探して入ったのですが、スライス単位では売ってないと言われてビールとつまみ一品で出てきました。考えてみれば確かにその通りで、作り置きしたやつではおいしくないジャンルだよな。ちなみに出張したときに食べたという同僚はホールで食ったそうです。かなり大食いの人ですが「最後は肩で息をしていた」。そこまでする元気はありません。
帰りは地下鉄。なんか妙に空いてる車両があったので乗ってみたら、うんこを体に塗りつけた頭のおかしい黒人が座席に寝そべっていてむちゃくちゃ臭かったので、緊急時以外は開けてはいけないと書いてある車両のつなぎ目のドアを開けて、他の乗客たちと隣の車両に避難しました。まあこれもアメリカだなといって最早あまり驚かない弊管理人。
ホテルに戻って、お腹がすいてないので近所のスーパーで買ったデリで夕飯。
深夜に日本の会合にリモート参加したら寝落ちしてしまいました。
【8月18日(金)】
帰る日。
もうあまり頑張る気はないので、11時ギリギリにチェックアウトしてクルーズに参加しました。42ドル。1時間半で、川と湖からシカゴの街を眺めるというもの。
おおそれっぽい絵ね。
1871年の大火事というのがあって、そこからが建築の街の歴史になるようです。
船上こんな感じです。後ろの席で白人のおっさんとおばさん4人連れがゲハゲハ笑ったりしながらむっちゃ騒いでいたら、前の席のZ世代みたいな女の子に「説明が聞こえない」とかいって怒られてました。下品な大人はどこにでもいる。
とうもろこしタワーはすごい間近で見えた。
シカゴ・トリビューン(新聞社)もすっごい豪華。
ちなみに橋の上から見るとクルーズの人たちはこんな感じ。たのしそうね。
川沿いの遊歩道を歩いているとやはりある、ベトナム戦争の記念碑。68年くらいから泥沼になってる感じがする。
昼飯がてら、また電車に乗ってダウンタウンの南にある中華街に行きました。これは高架の駅から撮ったところ。DCの中華街はてんでダメなので、久しぶりにちゃんとした中華街を見た気がする。
適当に入った料理屋はわりと当たりでした。麺推しの店なんだけど、白身魚を揚げたやつと野菜の炒め物ごはん。8ドルしないんだよ。すごい安いと思う。
満足。外は唾吐いてるおじさんとかがいて普通に中国っぽかった。
ダウンタウンに戻りまして、ミレニアムパーク。もうどうでもいいかなっていう気持ちになっており、事実ふーんくらいだったので、軽く見て空港に向かうことにしました。
シカゴは電車を使うと2.50ドルで空港まで行けます。便利だなー。高架で生活の中を走り抜けるので、あまりお金持ちでない人たちが住むビルも裏から見られたりして楽しい。
さっくり空港に着いてメシ食って帰りました。うん、なかなかよかった。夏休み第1弾おわり。