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月はすごい

◆佐伯和人『月はすごい』中央公論新社、2019年

仕事上の必要からKindleに落として通勤バスでガツガツ読んだが、全ての事実に「仕組み」や「理由」が書いてあるのがとてもよかった。アメリカ人の説明はかっこよさげに物事を語ることに重点を置いていて、「それがなんなのか」はわりと分かりやすく言うものの、「なんでそうなるのか」をなかなか書いておいてくれない。その点、実績のある新書編集部はさすがで、月はすごいが著者もすごい。そして2019年の執筆当時から今まで本当にいろんな成功や失敗があり、そしていろんな計画が遅れてきたなという感慨を抱いた。


・フロンティアよりも「7番目の大陸」
・なぜいつも同じ側を地球に向けているか:少し重い月の表側が地球の引力に引きつけられているから=自転・公転周期が同じ=「自転が惑星にロックされている」
・月の裏側:
 1959 ルナ3号(ソ連)カメラ撮影。裏側はメンデレーエフなどソ連の人の名前の地形が多い
 1968 アポロ8号=有人月周回探査、初めて肉眼で裏側を見る

【高地と海】
・明るいところは「高地」、暗いところは「海」。面積は84:16
・高地:斜長岩(ほとんどが斜長石。花崗岩の白い部分も斜長石)
 固まった地殻。46年分の隕石衝突でボコボコ
 斜長石はAl, Si, Oが入っている
 斜長岩は地殻を形成(アポロ試料で確認)
 マグマの海仮説:月を覆っていたマグマからFe, Mgを含む鉱物が結晶化して沈む
  →Al, Si成分が多くなり、斜長石の結晶→マグマより軽いので浮いて地殻に
・海:玄武岩(斜長石と輝石が半々)
 マグマが地表に出てすぐ冷えたため斜長石は小さく、全体的に黒く見える
 輝石はFe, Mgを含む鉱物
・海は巨大隕石衝突でできた孔を溶岩が満たしたもの
 ※ただし孔ができて1億~10数億年後。その時期にU, Thの崩壊熱で岩が溶けてマグマ形成
 高地に巨大衝突→マグマ埋め立て。若い土地なので滑らか
・これまでの月着陸探査はほとんどが海
 嫦娥4号(2019)も高地の中のクレーターで、溶岩が埋め立てたところ

【月食】
・月は年約3cmずつ地球から離れている→数億年後には皆既日食が見られなくなる
・月食は世界同時に見える。日食は影の部分だけ
・月食になると太陽光発電ができなくなるので月探査の際には機材の過剰冷却と故障注意

【月のできかた】
(1)兄弟説=月が地球の隣で同時にできた
 △同じ材料でできたはずなのに月は密度が小さい
(2)親子説=地球の自転が不安定な時期にちぎれて飛び出たのが月
 ○地球の重い核ができてから地殻やマントルがちぎれたなら密度差は説明できる
 △自転の不安定が本当にあったのかも仕組みも不明
(3)他人説=月がどこかから飛んできて地球の重力に捕捉された
 ○別の場所でできたなら密度差は説明可能
 △月と地球は酸素の同位体構成が似ている。通過も落下もさせず捕捉するのも難しい
(4)巨大衝突説=初期地球に火星サイズの天体(テイア)が衝突した破片が月
 井田茂、小久保英一郎らがシミュレーションで可能性示す
 ○衝突時の熱で厚さ400kmものマグマの海仮説も再現できる
 △飛び散る破片はほとんどがテイアの破片。そんなに地球に似ていたのか?

・レゴリス=大小隕石に砕かれた月面岩石。細かな砂。小麦粉サイズ
 満月が半月の倍以上明るい「衝効果」の原因でもある
・宇宙風化=宇宙から降る放射線、微小隕石の高速衝突による岩石表面の変化
 表面が不透明な粒子によって赤黒く変化(アポロでFeの粒確認)
 実際の試料で確認できているのは月とイトカワだけ(※執筆時)
 →隕石衝突し地下の新鮮な岩石を飛ばすと明るい筋(レイ)ができる
  =レイは消えるのに約10億年かかる。見えるものはそれより新しい

【月面】
・寒暖の差が激しいのは大気がないため。地球は大気が熱を運んで平均化している
・日なたは120度、日陰は-80度、夜は-170度(夜は2週間)
・越夜技術:装置をレゴリスに埋める、断熱材で囲う、電力で暖める
・隕石が燃え尽きず、1mm未満の隕石も秒速10-20kmで落ちてくる。小さい隕石ほど頻度が高いので危険。落下地点から飛ばされてくる破片も空気抵抗で減速されない
・放射線
 (1)銀河放射線=超新星残骸からくる高エネルギー粒子
 (2)太陽風=太陽からくる電磁波や粒子
 地球は磁場が逸らし、大気が威力を減らすが、月は固有の磁場も大気もなく年100-500mSv
 →数mの壁が必要。外での活動も制約
 太陽フレア時の退避も
・月へ行く途中の放射線=バンアレン帯(地球磁場に捕捉された荷電粒子)
 1958 エクスプローラー1号が発見
 内帯 高度1000-5000km
 外帯 高度15000-25000km

【水資源】
・月では水1リットル1億円。これ以下で採掘できればペイ
・水
 1994 クレメンタイン(米)南極地域の電波反射波で水を思わせるデータ
 1998 ルナプロスペクター(米)中性子分光計、極に水素が大量にある場所あり
 2009 エルクロス(米)クレーターにロケット打ち込み噴出物観測、水蒸気の特徴
 いろいろあるが行ってみないと分からない。たくさんあると思う人も思わない人も
・太陽光発電で作った電気で分解→復路の燃料、火星や小惑星に(小重力で大気がない月からの出発が有利)
・飲み水、呼吸する酸素の減量、農業(のち呼気や排出物のリサイクルでまかなえるが)
・永久影。極では太陽はほぼ地平線を這う。クレーターの底は永遠に日が射さない
 「かぐや」の地形カメラが調査、シャックルトンクレーターの底は-190度と推定
 →数cm~数10cmもぐったレゴリスの隙間に微小氷が付着しているのでは(小さい隕石の衝突で表面がかき回されて一部は深いところに移動している)
・水がある原因
 (1)彗星や隕石の落下→蒸発→超低温レゴリスに触れて凍り付く
 (2)地下からの供給=マグマに含まれる水。10億年前くらいまで火山活動
 (3)太陽風=H,He原子。レゴリスに突き刺さり、閉じ込められて鉱物中のOと反応か
・なかったら?
 太陽風起源のH利用。レゴリス加熱して取り出し、レゴリス鉱物内のOと反応させて水製造。コストや手間はかかるが、Hが大量にあれば可能

【金属、Si】
・鉱物:天然に存在する無機物質で、化学組成や物理的性質が同一の部分
・岩石:鉱物の集合体
・かんらん石:Mg, Fe, Si, O。マグマが冷える最初のほうで出てくる。重い→マントル構成か。地球の上部マントルもかんらん岩と思われる
・チタン鉄鉱:FeTiO3。玄武岩に入っている
・建設資材:レゴリスの焼結ブロック。太陽電池による電気炉か太陽光集光した太陽炉で加熱しれんがのようなブロックを作る。建物のほか、重機の重しにも(ショベルカーが地面を掘るときに浮かせない)
・金属:Fe, Ti, Mg, Al, SiはOと結びついてるのを引きはがす。Hと混ぜて高温にするとO+Hで水になり、元素を単体で取り出せる。チタン鉄鉱からのTiか斜長石のAlをFeに混ぜて鉄鋼を生産
・空気がないのでさびない
・Mgは合金にして宇宙船の機器
・Siは太陽電池パネルの基材に
・原子力電池:放射性物質から出る熱で発電するか、放射性物質から出る放射線で蛍光物質を光らせて太陽電池で発電。ボイジャーのほか嫦娥3号ローバー(玉兎)に搭載。夜が2週間続く間の保温に。ただし安全性。カッシーニの地球スイングバイへの反対運動(と強行)
→月で採掘の可能性。マグマの中(eg.ハンスティーン・アルファという火山ドームなど、鉱物を生成したあとのマグマに濃縮されている可能性)。トリウム異常地域にもウラン鉱床がある可能性が高い。ただし低コストで採掘できるのはかなり先か

【月の一等地】
・高日照率地域(年間の80%以上日が当たる地域)が存在。太陽光発電して充電し、日陰の間は機器を暖めてやり過ごす。探査機の着陸、有人基地に最適。「かぐや」探査である程度まとまった面積(数百m四方)の地域は5カ所しかないことが判明。表側には2カ所のみ
 極域探査の場合はそこから永久影まで高日照率地域が続いているとよい
 ちょっとそれると日が当たらない地域→SLIMのピンポイント着陸技術が必要。LUPEXは半径50m内着陸が求められる
 フライホイール式蓄電施設、核融合炉、電波天文台(裏側に)
・縦穴=溶岩トンネルの天井に穴があいたもの。火山地形。「かぐや」とLROが発見。中に空洞があるのは3つ。延長距離50kmか。隕石や放射線よけ、寒暖差の緩和
・取り合いになる資源:限られた場所にあるもの。高日照率地域、縦穴、永久影(の近くの採掘基地となる日照率の高い地域)、核燃料鉱床(火山度オーム、Siの多いマグマ陥入地域)
・取り合いにならない資源:あちこちで手に入るもの。鉄、チタン。チタン鉄鉱は海を構成する玄武岩の中に存在。HやHe3も太陽風として月全体に降る。Alは斜長石、どこにでもある

【エネルギー】
・化石燃料を地球から持っていっても燃やすための酸素を作らないと使えないので、最初は太陽電池
・水素=ロケット燃料。H+Oで爆発→H2Oが高速で打ち出される→反動でロケットが進む(※はやぶさの電気推進はキセノンガスに電磁波を当ててXeイオン+eにし、イオンを高電圧で加速して打ち出す)。極地に氷がなくてもレゴリス加熱でHは手に入る。太陽風由来なので持続可能(ただし取り尽くすとまたたまるのに時間がかかる)
・He3=太陽風に含まれる。核融合燃料

【食料生産】
・嫦娥4号(2019)棉花やアブラナ、酵母やショウジョウバエを搭載→温度管理失敗(高温)したが、月での農業を念頭に置いていたとみられる
・呼気のCO2や排泄物リサイクルとしても農業を考慮
・ないもの:C(月の岩石にない)=炭素質隕石が使えるか。N(火星にはある)=肥料持ってくるしかない。Pも持ってくるしかない
・あとは植物→動物→食べる、のサイクルを作れば自給自足は可能
・昆虫含め、食材の多様性がないとアレルギーが出たときに困る
・昼夜2週間ずつ→LED光源で、断熱・放射線遮蔽された室内で実施

【月~太陽系へ】
・月探査のトレンド
(1)氷:LUPEX、ロシア、中国も着陸やサンプルリターン狙い
(2)火山地域:嫦娥5号(成否は要確認)。月の噴火は何によって起きたのか(水蒸気、CO、…)
(3)南極エイトケン盆地:表と裏の違い、地殻の下の岩石層

・火星
 1971 周回はマリナー9号(米)・マルス2号(ソ)、マルス3号が軟着陸
 1976 バイキング1号(米)が軟着陸
 1977 ローバー:ソジャーナ(米)
 2003 マーズエクスプレス(欧)
 2003 のぞみ(日)=失敗
 2004 スピリット、オポチュニティ
 2012 キュリオシティ
 2014 マンガルヤーン(印)
 2018 インサイト(米)
 火星サンプルリターンは未達
・北半球の大部分が海だったとみられる。火山活動も活発だった。プレート運動も?
・CO2とH2Oが凍り付いた極冠が南北の極にある→農業
・メタンがあるらしい→ロケット燃料
・プレート運動凍結、大気薄く、海洋蒸発、生命いるかも?

・小惑星
・デイビッド・トーレンらの分類(1984):明るいグループ(V,Q,R,S,A,E,M)、暗いグループ(C,G,B,F,T,P,D)
・未分化な小惑星は太陽系形成時の物質を保存している。太陽系の初期状態を探る
・分化した小惑星はさまざま。地球のような構造がどうやってできたか
・資源として:鉄隕石の母天体から金属鉄採取(精錬がいらない)とか、地球では核にほとんどが入っている白金、イリジウムなど
・氷衛星:内部に海・生命?=ガニメデ、エウロパ(2012、2016にハッブルが噴泉観測)、エンケラドス(2015カッシーニが噴泉に突入し成分調査)、タイタン(2005にホイヘンス・プローブ着陸。液体メタン、エタンの川や湖、海)など
・系外惑星:Exoplanet.eu、プロキシマb=ブレイクスルー・スターショット計画は20年で到達目指す。20年後出発?

・課題
(1)アウトガス:真空環境で接着剤などからガスが出て他の部分に付着する。レンズなどにつくと観測ができなくなる
(2)宇宙放射線:重くないどんな素材で遮蔽するか。電子回路の誤動作(アポロはコンピュータ3台の冗長系)や故障、カメラのレンズ曇り
(3)熱設計:真空や月面では対流が使えない→熱がこもる。シミュレーションや真空容器で試験。

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2024年06月22日 21:43に投稿されたエントリーのページです。

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