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行動経済学

■Baddeley, Michelle, Behavioural Economics: A Very Short Introduction, Oxford University Press, 2017.

そのうち誰かに聞こう聞こうと思っていて聞いてないことなんですが、文献の名前を示すときに、著者のファーストネームをイニシャルにする(例えばBaddeley, M.とか)のって、フルネームが分からなくて不便じゃないのかな。(備忘)

なんかずいぶん前に大した志もなくアマゾンで予約注文していて、忘れたころにぽいっと送られてきた本。本社勤務に戻ったのに伴って通勤時間(=本を読む時間)が10分ほど延び、捗りました。偶々ナッジを仕事で扱う必要ができたので、うまい要約として一部参考にさせていただきたいと思います。
あまりメモをとるつもりもなかったのだけど、用語集として為になるなーと思いながら書いていったら随分な長さになってしまいました。伝統的/行動経済学の対比が図式的すぎるのかもとは思いつつ、やっぱり初心者にはこういう説明がいいのかもしれんとも。

1. 行動経済学の特徴

・「経済人」をただ受け入れない
  認知的限界がある:H.サイモンの限定合理性bounded rationality
  状況に規定される:V.スミスの環境合理性ecological rationality
  現状維持に固執する時がある:H.ライベンスタインの選択的合理性selective rationality

・実験で得られるデータを使う(政府統計などだけではなく)
→ただし、その代表性(学生だけが被験者でいいのか)や信頼性(被験者が本気でやってくれるかどうか)の点で困難も多い
・神経科学的なデータ(fMRIやTMS)も使う
・RCTも利用可能

2. インセンティブはお金だけではない

・外発的動機extrinsic motivation
  お金<物理的脅迫
  社会的な報酬(名声、地位)

・内発的動機intrinsic motivation
  プライド、義務感、忠誠心、純粋な楽しさ

・外発/内発は関係しあっている
  「お金」が「義務感」を閉め出してしまうcrowding outケース
  ex.保育園のお迎え遅れに罰金を課したら余計に遅れが増えたイスラエルの例
  ex.献血に対価を払ったらかえって減ってしまった例

・金銭的報酬の効果(お金をもらう)<社会的報酬の効果(自分のイメージの向上)
 かつ、両方揃うと強い動機を生む
  ex.D.アリエリーのClick for Charity実験
  ex.賃金の上昇→生産性の向上だが、それを「職場でのよい扱い」がブーストする

3. 人の経済行動は他人の影響を受ける

・不公平を嫌う(自分がされるのも、他人がされているのを見るのも嫌)inequity aversion
  二つのタイプがある
  (1)恵まれている人が、つらい人を見るのを嫌うadvantageous inequity aversion
  (2)人よりつらい立場になるのを嫌うdisdvantageous inequity aversion
 →(2)のほうが強い
・inequity aversionは霊長類にもみられる

・最後通牒ゲームultimatum game
  A氏は100ポンドのうち、いくらを相手と分けるかを決める
  B氏は自分の分け前を見て、承諾か拒否かを判断
  拒否した場合は両者とも取り分はゼロ
  合理的に考えるとB氏は1ポンドでも承諾。だが実際は40ポンドでも拒否例が出る
  =B氏は40ポンドを犠牲にしてでもA氏を懲罰したいということ
・脳イメージングで見ると、不公平な扱いには、悪臭などでむかついたのと同じ部分が反応

・判断の際には、平均的な他人がどうしているかsocial reference pointsを参照する
  ex.電気代の通知に「他の家はこうですよ」と書くと省エネ行動を誘発できる

・公共財ゲームpublic good games
  公共財(灯台など)は利用しつつ設置・維持費は負担しないのが合理的
  →結局は公共財が成立しない、というオチが予想される
  ところが実際は、地元のコミュニティなどが結構進んで負担する
・上記ゲームの変種で、第三者の見張りがつくと、積極的にフリーライダーを罰しようとする
  =愛他的懲罰altruistic punishmentという現象がみられる
  脳の報酬系が活性化する。規範侵害を罰するのは気持ちがいいらしい(ex.ネット炎上)
  これが協力行動の進化に重要な役割を負っていると思われる

・社会的アイデンティティも重要
  Tajfelの内集団in-group/外集団out-groups
  内集団への同一化と外集団への対抗のためには、人は結構な投資を辞さない
  Brexitもアイデンティティの危機を反映したか

・ハーディング現象(群衆行動)herding
  多くの人がやっていることをまねる傾向。二つ考えられる:
  (1)規範normative。社会規範が個人の判断を引きずる
    20人のグループで19人が誤答すると、残り1人は正答が分かっても誤答を選ぶ
    cf.ミラーニューロンの存在。相当原始的で強い傾向と思われる
  (2)情報informative。他人の行動(という情報)を見るとまねてしまう
    ATMが2台あって1台が行列、1台がガラガラでも、咄嗟に行列についてしまう
    ただし、「隠れた名店」という情報があっても無視してしまう危険性
    =負の外部性negative herding externality
・慣習に逆らって正解するより、慣習に従って間違うほうが評判を傷つけない(ケインズ)
・集団と一緒に行動したほうが安全であることが多い(ジャカルタの大通りを横切る時!)
・牛も捕食者に対する防御からハーディングする
・バブル現象も、ネットショッピングでも。市場を不安定化させ、人間行動を攪乱しうる
・ハーディングは、判断の時間と認知資源を節約するためのヒューリスティックの一種
  ex.冷蔵庫を買うとき、他人が買ってるものを選べばリサーチの手間が省ける

4. ヒューリスティックとその効果

・市場がそこまでうまく働かない理由を考えるとき:
  伝統的経済学は市場とそれを支える制度に注目する
  行動経済学はそのほかに、人間の意思決定に注目する
    そしてその意思決定は伝統的経済学が想定するほど難しい計算に基づいていない
    変化するし、推移律もいつも成立するとは限らない
    →「ソフトな合理性」を想定する

・ヒューリスティックを使った即断
  問題:情報の過多information overloadと選択肢の過多choice overload
  →どちらも多ければいいというものではない
・アイエンガーSheena Iyengarらの実験
  売り場に24種のジャムを並べると買う気をなくす(5種に限るほうがよい)
→経験則に基づいた即断=ヒューリスティックに頼る。ただしミスやバイアスも付きもの

・ヒューリスティックでは「損得計算」をしていない
・カーネマンとトベルスキーによる3類型:
  (1)利用可能性availability
    急いでいる時、容易にアクセスしたり想起したりできる情報を使う
    ex.とりあえず手近な資料ファイルを持って会議に急ぐ、いつも同じ旅行会社を使う
    心理学でいう初頭効果primacy effect、親近効果recency effectと関連
      ←真ん中より最初を覚えている
    買い物でいつも同じものを選んでしまう→比較サイトは脱却を助けるシステム
  (2)代表性representativeness
    アナロジーや似たものを利用して判断する
    ただし連言錯誤conjunction fallacyを引き起こしがち
    新しい情報が入っても古い信念を変えにくい
      確証バイアスconfirmation bias:「悪い人」が何を言っても悪さを増幅する
      認知的不協和cognitive dissonance:現状認識を操作して古い信念に合致させる
   (3)係留と調整anchoring/adjustment
    参照点から動きずらい
    ex.当てずっぽうで計算させると8x7x6x5x4...x1より1x2x3x4...x8が小さくなる
    参照点としてよくあるのはスタート地点。status quo bias/familiarity bias
      →判断を変えがたく、現状からの差分で変化を測ろうとする
    これを利用した例がオプトアウト方式
  
5. リスクを伴う選択

・経済学者は通常、リスクは定量化でき、リスクを好むかどうかは不変と考える
・が、行動経済学は「場合による」と考える。要因は:
  ・情報の「利用可能性」 ex.航空事故の報道で、道を歩くより危険と思い込む
  ・損失を獲得より重く考えるloss aversion

・プロスペクト理論(カーネマンとトベルスキー)vs.期待効用理論expected utility theory

・期待効用(理論)=将来の幸福や満足。しかし見誤ることがある
  すべての利用可能な情報を使い、計算の上で意思決定する
  決定したら変更しない  
  一貫性がある、推移律を満たす。リンゴ>オレンジ、オレンジ>バナナ、ならリンゴ>バナナ
・期待効用理論で説明できないこと:
  アレAllaisのパラドックス:人は異なったリスクには異なった反応を示す
    確実性効果certainty effectの存在はカーネマンらが確認
  エルスバーグEllesburgのパラドックス
    曖昧さ回避ambiguity aversion
→人は確実性や曖昧さなどに「重みづけ」をしている
・損失回避のためにはより大きなリスクをとる。利得のためにはリスクをあまり許容しない
  =reflection effect
  probabilistic insuranceよりcontingent insuranceが好まれる(●分からない)
・隔離効果isolation effect=ある要素を無視してしまう(すべての情報を考慮していない)

・そこで、より現実に即したプロスペクト理論
  特有のやり方で、それぞれの選択肢を判断している
  携帯を買うときに、すべてのカタログ情報を考慮してはいない
    →参照点への固定傾向、係留、現状への固執、損失回避
    授かり効果endowment effect=持っているものに固執する

・Thalerのメンタルアカウンティング→後述(Ch.6)
・後悔理論regret theory:将来の状態を複数想定する。そのどれも当人のコントロールを超越
  ex.傘を持って出るかどうか

6. 時間が選択に及ぼす影響

・時間選好time preference(=我慢強いかどうか)は人による
  が、個人個人の選好は一定だというのが多くの経済学者の考え
・時間選好には個人間の違いもないとするのが標準
  →しかしWarrenとPleeterの軍人年金に関する研究ではこれに反する結果が出た
    毎年払い×一生より、一括払いを92%が選択。白人、女性、大学出は年払いの傾向

・時間不整合性time inconsistency
  現在の選択では利益を焦るが、将来の選択ではより「待つ」ことができる
  現在バイアスpresent bias。より小さくて直近の利益を優先する
  ex.ダイエット、ジム通い、喫煙……
・時間不整合性は動物モデルにもみられる
  Ainslieによる鳩の実験
・Mischelらによるマシュマロ実験
  お菓子を我慢できる子どもを追跡
  →感情、認知機能により優れたティーンエイジャーに→有能な大人になったという話

・現在の利益vs.将来の利益という「時点間の闘争intertemporal tussles」
  これが人の内部で起きているのでは?
・fMRIで調べると、短期的利益→原始的、長期的利益→高次機能の部分が反応していた
  ただし、「すべての選択肢を60日後」にしても同じだったとの反論あり(Glimcerら)

・naifs/sophisticatesによる意思決定
  どちらも現在バイアスには支配されている
  が、sophisticatesは将来の利益のために、将来の選択肢を自分で制限できる
  →事前の自己拘束戦略pre-commitment strategyが使える
   cf.オデュッセウスvs.セイレーン、ジムの都度払い<月会費払い
  自己拘束契約commitment contractというのも。目標達成できないと損害が出る
  FitBits, iWatchesのようなテクノロジーの利用も可能に

・行動ライフサイクルモデルBehavioural life cycle models
  
・今日か明日か、という選択の際に利用している機構
  ・choice bracketing。複雑に相関した諸問題を単純化する
  ・mental accounting。お金の価値は場面によって違う
    宝くじで当たったお金は浪費するが、働いて稼いだお金は大切にする
    NYのタクシー運転手は忙しい日でも一定以上稼がない

・行動経済学×開発
  小幅で期間限定の肥料の値引き→現状バイアスの克服→結果としての増収

7. 性格、気分、感情が意思決定に及ぼす影響

・スリル追求的(危険なスポーツ、ギャンブル、金融)/リスク回避的、など

・よく使われる性格テスト:OCEAN
  Openness/Conscientiousness/Extraversion/Agreeableness/Neuroticism
・認知機能テスト:IQ、Cognitive Reflexivity Test(リスク選好も見ている)
・性格の把握は難しい←自己申告の調査票を使うので「よく見られたい」などのバイアス
・遺伝的要素も(Cesariniの二卵性双生児実験。ただし遺伝的要素は2割程度)

・性格と学業成績、仕事の業績、リーダーシップ、寿命の関連がみられる
・性格形成は環境に影響される(親の社会的地位と子のIQ→経済的成功にも)

・気分mood=対象がない、集合的に感じられることも/感情emotion=対象あり
・感情は非合理、との思い込みに挑戦したのがElsterら。合理性とコラボしているという
・感情はヒューリスティックの方向付けをする→affected heuristic
・感情+ヒューリスティックは認知プロセスに干渉する
  ex.飛行機事故の映像→リスク見積もりの歪み→飛行機に乗るのを控えるなど
・内臓感情visceal factorは、より生物的で協力な影響を与える要素
  cf.依存症。ニコチンガムや電子タバコはここの制御を試みている
・ダマシオのsomatic marker。
  ex.やけど(ソマティックマーカー)→火が怖くなる(感情)→火を遠ざける(行動)
  ex.脳損傷→強迫の出来→判断への支障→経済生活への支障

・二重システムモデルdual-system models(カーネマンのThninking, Fast and Slow)
  二つの思考プロセスがあるとする:
  (1)システム1:自動的、速い、直感的
  (2)システム2:認知的、熟慮、コントロールがきいている
・hot(判断ミスしやすい)-cold(冷静な) state

・感情と神経経済学
 ex.島皮質insulaの活動状態→否定的な感情→リスク回避的な行動
・ホルモン(テストステロンやコルチゾールなど)とトレーダーの行動の関係も
・精神分析からのアプローチも

8. 行動科学とマクロ経済

・リーマンショックの時に伝統的なマクロが同様
・しかし行動科学×マクロ経済は未発達←多様な人の選好を総合するのが大変
・悲観的/楽観的な空気→成長を左右 cf.ブレクジット決定後の意気消沈と経済
・予言の自己成就
・「時間」も重要。今日使うか、とっておくか
・ケインズの一般理論
  マクロに影響を与える役者:投機家speculatorsと企業家entrepreneurs
  投機家は短期の売買を追求、他の投機家をまねる傾向も cf.美人コンテスト
  企業家は長期(年~十年単位)、アニマルスピリット=楽天バイアスがかった行動
  両者のバランスがとれると全体がうまくいくが、不安定化するとマクロ経済を攪乱
  (AkerlovとShillerのアニマルスピリットはもっと広い)

・バブル、サブプライムローン危機
・季節性うつの景気への影響も
・集合的な「空気」が究極的な説明変数か

・新たなアウトカム指標としての「幸福」「福祉」
  しかし、質問紙の設計によって誘導ができてしまう難点も
・ビッグデータ収集、解析が新たなツールになるか

9. 公共政策

・ナッジを利用したエコ行動(参照点、損失重視、他人との比較、の利用例)
・英国HMRCによる税徴収
・プラスチックごみ袋の低減(失敗例)
・どれくらい効果がもつものかは要検証。適切な規模、再現性、効果が「ない」条件の探究も
・伝統的経済学とのコラボをどうやるか

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2017年06月24日 14:14に投稿されたエントリーのページです。

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