■待鳥聡史『代議制民主主義』中央公論新社,2015年.
議会が首相や首長の暴走に対する歯止めになっていない。ある時には、逆に決定の邪魔ばかりしている。というか、よく分からない調整ばかりしていて有権者のための政治をやっていない気がする。もう議会なんていらないんじゃね?
――いや待って。そもそもその議会って何よ。
そこをよく考える本。
代議制民主主義は、有権者→政治家(専業の政策担当者)→官僚(専門知識を持った実施部隊)への「委任」と、逆方向に流れる「説明責任」という関係性をベースにした決定のシステムだといえる。具体的な姿を決めているのは、政治家や官僚の分担関係を決める「執政制度」と、政治家をどうやって選ぶかという「選挙制度」だ。
結果としてできる政治制度の特徴は、有権者の委任先となるエリートが一定の裁量を持って、有権者の短期的な関心を超えた決定をしたり、エリート間の競争と相互抑制によって極端に走る事態を避けたりする「自由主義」と、有権者の多様な意思をできるだけ政策決定に反映させることを目指す「民主主義」のブレンドとして表現することもできる。
つまり代議制民主主義には、さまざまなバリエーションができる。大統領制か議院内閣制か、投票の結果が議席配分に反映されやすい(比例度の高い)選挙制度か否か。それぞれの選択肢には利点と欠点があって、どう組み合わせても無条件にベストのシステムはできないようではある。そこがたえず懐疑の目にさらされる要因かもしれない。でも、その社会の来歴と、これから何を目指すかによって、組み合わせを変え、微調整を施していくこともできる。そこには直接民主主義など他の選択肢にはない、「しなやかさ」という利点があるのではないか?
初めはとっつきにくい文章だなと思ったのですが、メモを作りながら読んでみると、要所要所でおさらいをしながら先に進む親切さが見えてきました。
----以下、メモ。
【序章】
・背景としての議会不信(ヤジ、阿久根市、号泣……)
○代替構想としての熟議民主主義:一般人の討論を通じた決定
・課題の複雑さに専業の政策担当者や専門家が過剰な影響力を行使しているという問題の克服を図る
・討論しないで政策決定すると「多数派の専制」に陥るから
○直接投票による意思表明
・住民投票(小平市の道路問題、憲法95条→大阪都構想)
・国民投票(日本国憲法改正。デンマークでは国際機関への主権移譲について国民投票を義務づけ)
○一般意志2.0
・一般意志=集合知→データベース=行動と欲望の履歴とみる
・ルソーの空想をネットが具体化したもの
・熟議の限界を無意識(一般意志)が補う&一般意志の専制を熟議が抑制する
○代議制民主主義とは
・民主主義(社会を構成する全成人が決定過程に関与する方式)を具体化する方式の一つ
★委任と責任の連鎖関係が必要条件
有権者―(政策決定の委任)→政治家―(政策実施の委任)→官僚
有権者←(説明責任か落選か)―政治家←(説明責任か左遷か)―官僚
・↑この前提に「治者と被治者の同質性=委任するほうもされるほうも仲間」があったはず
・だが、議会批判は「治者と被治者に質的な違いがある」との思いに立っているのでは?
→同質であるべき?同質でないことは正当化できる?……
【第1章】議会と民主主義の歴史
・「ポリス時代に比べて社会が大きくなったから代議制が必要になった」?
→議会の発展は近代民主主義より古い。議会と民主主義は独立に発展してきた点に注意
・19世紀まで、議会は「自由主義」のための空間だった
★自由主義=利害代表者(エリート)間の競争と、過剰な権力行使の相互抑制
★民主主義=民意の政策決定への反映を第一に追求する
→議会と民主主義には緊張関係があり、代議制民主主義と直接民主主義には質的な違いがある
○古代→近代の民主主義
・古代ギリシャの民主主義
自由人のみで、女性は参加不可の点が現代との相違点
直接民主主義である点も相違点(小規模な政治体だからできた)
しかし、血統や財産にかかわらず政策決定に関与できる点で「民主政」と言われる
○議会と民主主義の関係はもっと複雑
・議会の直接的な起源は、中世以降ヨーロッパでの「君主の諮問を受ける身分制議会」であろう
↑君主の権力が弱く、課税などには領主の同意が不可欠だった
・絶対王政期(16-17c)には衰退したが、近代立憲主義(制度的な権力者抑制)に道を開いたといえる
イングランドは身分制議会→二院制の近代議会へ
フランスは三部会の再開要求→王政打倒、共和制へ
アメリカでは植民地議会が総督と対峙→独立革命へ
・しかし、まだ制限選挙。議会と民主主義の関係は明瞭ではなかった
★むしろ議会は、貴族やブルジョワジーが君主から財産を守るための拠点だった(ロック的自由主義)
○共和主義と民主主義
・18c啓蒙主義→共和主義。君主や貴族は、血統だけで地位を得ていていいのか?との疑問
★共和主義=市民的徳性(倫理的な卓越性、判断力)が持つ政治的意義の重視
※ただし、君主否定には直結しない点に注意。cf.マキャベリの「有徳な君主」
★共和主義は「ただそこに生まれただけで政策決定に関与できる」という民主主義とも対立しうる
○アメリカ―大統領制
・13邦(ステイト)が外交上の必要で作った同盟「連合規約」(1781)
・ワシントンら建国の父祖は多くが共和主義者だった
→邦レベルの大衆政治と、邦同士の対立
→国民から直接負託を受けた「連邦政府」を位置付けた合衆国憲法(1787)へ
・有徳でない議員による政治も、君主制も避けるには?→権力分立を導入
・有権者が選出→下院議員(直接選挙)
・州議会が選出→上院議員(間接選挙)
・州ごとの選挙人団が選出→大統領(間接選挙)
の間で権力を分割
→しかし、党派間競争を招き、政策決定の永続性は損なわれてしまった
→★エリートが自由に競争しつつ、全体としては妥当なところに落ち着く「多元主義」へ
これにより、共和主義に代わって、民主主義による「多数者の専制」を抑止する
まとめると:近代自由主義の二つの系譜
・ロック的自由主義=社会契約によって君主から財産権を守る
・マディソン的自由主義=権力分立(多元主義)により「多数者の専制」に対抗する
→ここで権力者の制度的抑制という「近代立憲主義」が「自由主義」と結びつく
・民主化:ジャクソニアン・デモクラシー下での男子普通選挙
→自由主義と民主主義の共存へ
・ポピュリズム(労働者の利害表出)vs革新主義(政治と行政の分離)
・民主主義+多元主義=アメリカン・デモクラシー
○イギリス等―議院内閣制
・国王の執政(官僚の指揮監督)を補佐するものとしての内閣(18世紀)
・下院多数派の選任した首相が内閣を組織、首相の辞任は内閣総辞職(19世紀)
・こうした移行の背景:
(1)有権者資格の拡大
(2)国家の役割の増大。財源調達や軍事で国民への依存が強まった
○代議制民主主義の拡大
・19世紀前半までは資産家が自費で行う「名望家政党」が中心
・19世紀末からは労働運動や農民運動を基盤とした「近代組織政党」「大衆政党」
・大衆政党は党員数の多さ、主張の一貫性、組織の堅固さが特徴
→20世紀、社会経済エリート(右派)vs大衆(左派)、の基本構図が成立
→国民ほとんどが代表者を持つ
=★政党システムの「凍結」(リプセットとロッカン)
○後発近代化諸国―立憲君主制
・君主の権限が憲法の範囲内に制限される→自由主義に行きやすい
・独、伊、露。非ヨーロッパでは日
・有権者資格の拡大により民主主義と議会が結合し、代議制民主主義へ
○全体主義の挑戦
・共産主義。自由主義はエリートの利害調整ではないか?
→プロレタリアートの利害追求に代議制は邪魔なのでは?
→露:共産党一党独裁が望ましいのではないか?
・ファシズム。代議制民主主義は「金持ち」だからできるのではないか?
→日独伊:英米覇権への反発、権力集中による社会・経済の運営
・共産主義、ファシズムともに「マス」を重視している
・第二次大戦後→ファシズム国家に代議制民主主義を植えることで占領政策が終了
○戦後和解体制
・労使協調、政府もそれを後押しする体制
・これにより、生産性の向上、共産主義イデオロギーの浸透防止ができる
・代議制民主主義も、保守政党vs社会民主主義政党の構図で安定
○行政国家化
・政策課題の複雑化→専門的な官僚による行政。省令など「委任立法」拡大
→議会の政策関与の余地が相対的に縮小
・補助金、社会保障は一度設定すると切れなくなる→利益集団自由主義へ
→1960年代、ベビーブーマーによる異議申し立てに直面
→代議制民主主義における民主主義的要素の強化が裏テーマと見ることができる
・政治参加の拡大→民意の多様化:NIMBY、ガヴァナビリティの危機
○凍結や戦後和解体制の消滅―1980年代
・経済的関心→文化的豊かさへ
・成長の終焉
→無党派層の拡大、政治不信
=既製の回路では有権者の民意が十分に表出できない
【第2章】
○1989年
・「反共」という共通前提の消失
・グローバル化→政党間の「違い」が打ち出せなくなる
・対処
(1)小選挙区制→政策決定の迅速化と小回り、大衆的でない決定も可能に:日伊
(2)比例代表制→弱者、少数者の意見を反映:NZ、EU
・右派政党の新自由主義、左派政党の「第三の道」
・トップリーダーを直接選出したいとの希望→「大統領制化」(ブレア、小泉)
・ただし、米では大統領と議会多数派の不一致が通例に
→議院内閣制と大統領制の差が縮んだだけとみるべきか
・冷戦後、新たに代議制民主主義を採用する国相次ぐ「民主化の第3の波」
・代議制民主主義=自由主義と民主主義のブレンド
・どんなバリエーションがあるか?それが何に帰結するか?代議制の可能性は?
【第3章】構造と類型
○委任と責任の連鎖―なぜ生じるのか?
・有権者が政治家に委任をする動機
全員参加ではできないタイムリーな決定を、一定の知識水準を持った人に適切にやってもらう
→専業の政治家を要請。有権者は生業に時間を割ける
・政治家が官僚に委任をする動機
個別の政策実施までやっていては次の政策決定ができない
・官僚や政治家が責任を負う動機
そこから生活の糧を得ている。委任先の変更をされると生活が立ちゆかなくなる
※ちゃんと仕事をしているかのチェック機構として、選挙のほか監査、マニフェストなどが必要
○委任と責任の連鎖の制度的表現には、いろいろある
・二つの基幹的政治制度:執政制度と選挙制度
→この組み合わせが代議制民主主義のバリエーションを生む
・執政制度は自由主義のルール化、選挙制度は民主主義のルール化ともいえる
○執政制度の分類―執政長官(首相や大統領)をどう選ぶか、任期打ち切りは可能か
・議院内閣制
=議会が首相を選任。議会は解任もできる
=議会多数派が首相を支えている。権力集中。議会―首相―官僚の関係が単線的
・自立内閣制
=議会が首相を選任。議会は解任ができない(カナダの一部州など限定的)
・首相公選制
=有権者が首相を選任。議会は解任できる
・大統領制
=有権者が大統領を選任。議会は解任ができない
=政府運営の権限を大統領と議会が分有。権力分立。自由主義的要素が最も強い
・省庁人事に議会の承認がいる米国のように、議会も行政に関与することも多い
・半大統領制=大統領と首相が両方ともいて、責任を分担している。権力共有
大統領―議院内閣制型=大統領も議会も、首相を解任できる(ロシア)
首相―大統領制型=議会は首相を解任できるが、大統領は首相を解任できない(フランス)
○選挙制度の分類
・多数代表制=候補者単位で上位者に議席を与える。比例制が低い
定数1の「小選挙区制」
定数2以上の「大選挙区制」(定数2~7は「中選挙区制」とも)
・比例代表制=政党単位で票を集計し、議席を割り振る。比例制が高い
候補者リストの誰に投票するか決められる「非拘束名簿(オープンリスト)方式」
決められない「拘束名簿(クローズドリスト)方式」
○基幹的政治制度は、政党にどんな影響を及ぼすか
・豊かになった1970-80年代、支持者の経済状況によって政党を特徴付けられなくなった
→無党派の増大。結果として執政制度、選挙制度の影響が見えやすくなった
・二つの視点:政党システム=政党間関係、と、政党組織=政党内関係
・デュヴェルジェの法則:小選挙区制は二大政党制をもたらす
→M+1ルールに発展:比例制の高い選挙制度の下では正答の数が増える
・政党の一体性:自発的な「凝集性」と、「規律」による一体性
・比例制が低い選挙制度(例えば小選挙区制)
政党数が減る
→少数の大規模政党が、多様な考え方の議員を抱える
→幹部がヒラを押さえ込みやすくなる
→規律が作用しやすくなる
→有権者は意思を反映させにくくなる
・自由主義的要素が弱い制度(例えば議院内閣制)
与党は内閣を基本的に支える
→規律による一体性が形成されやすい(次回選挙での公認などを餌に)
→野党も一致団結のインセンティブが強まる
○代議制民主主義の4類型
(1)ウェストミンスターモデル、あるいは多数主義型(イギリス、カナダなど)
・小選挙区制+議院内閣制
・雑居的な性格を持った(しかし規律が強く働く)大政党中心の政治になる
・有権者の意思から離れた決定もできることで、民主主義が強まりすぎないようにできる
・野党は立場を示すために討論するだけで、法案修正に結びつかない(アリーナ型政治)
・公約の実現がしやすいが、不適切な決定に対する抑制が働きにくい
(2)コンセンサスモデル、あるいは交渉型(ベルギー、スイス、ラテンアメリカ諸国など)
・比例代表制+大統領制
・国内の社会文化的な亀裂が深刻で、少数派が切り捨てられない場合に採用される
・有権者の意思の反映が、権力分立によって妨げられやすい
・中長期的に望ましいが、一部の人に不利益が行くような決定がやりにくい
・運用の難しい形態で、政治の不安定化も(軍事クーデタを招く例など)
(3)中間型1(アメリカ、台湾など)
・小選挙区制+大統領制
・議会の多数派形成が流動化
・政治勢力間の競争と相互抑制による自由主義を狙う
・多様な利害関心を政策決定に反映させることを重視した形態
・ただし、妥協的な決定や、大統領と議会多数派がぶつかる「決められない政治」に陥る可能性も
(4)中間型2(大陸ヨーロッパ諸国など)
・比例代表制+議院内閣制
・選挙で示された有権者の意向を極力そのまま政策決定につなげうる
・連立政権になりやすい
・議案の修正が頻繁に起こる
・少数派への配慮と、政策決定の行き詰まり回避を狙う
・ただしバランスは難しい。社会集団間に深刻な対立があるとデッドロック(2007、ベルギー)
○国政と地方政治で類型が違うこともよくある
・政党のあり方に影響を及ぼす
政党内部の一体性が地方で相対的に低くなるなど
大選挙区の地方政治で革新政党が多数になっても、国政では全然、という日本の例も
国政と地方で政党のイメージが違ったり
地方議員と国会議員の対立→中央と地方の協調が必要な政策が難しくなる
・日本の分析はp.184-
【第4章、終章】
・各国での改革←代議制民主主義への不満←委任・責任関係への不満
○議会の存在意義
・決められない政治:ねじれ+障害としての国会
・決めすぎる政治:官邸主導+無駄なものとしての国会
・地方政治(二元代表制=大統領制の一種)でも同様の問題
権力分立なので悪いことではないが……
○「民意」との乖離
・自由主義的要素=裁量をどの程度認めるか?という問題
・説明責任が果たされないときに顕在化する
・例:中選挙区制は「気骨ある一言居士」を生みやすい
(個人的な思いで設定した公約を果たせていないのに、制裁されないだけ)
→独自公約はだいたい果たせない。しかし説明責任も果たされない
・解決:委任・責任関係の明確化をすること。精神論では解決しない
○大統領の現代化
・もともと大統領は、議会の多数派専制や怠慢を抑止する立場(米)
・しかし課題が複雑化した現代、大統領が官僚を使って政策を作り、議会をリード
※日本の地方政治の二元代表制もこの形態
○議院内閣制の大統領制化
・首相は議会多数派との関係を重視してきた
・が、近年はテレビ、ネットなどで有権者からの支持を資源にし始めている
・イスラエルでは首相公選制(1996-2001)も
→しかし有権者と議会の両方から支持を調達すべき難しい仕組みだった
→執政制度は有権者支持・権力集中型に向かって収斂しつつあるように見える
→執政長官の強力化、そして議会の不評へ?
・迅速・的確な意思決定のための専門スタッフ増加、政治任用の多用
→テクノクラート専制の恐れも
(熟議→プロフェッショナルの専制、という恐れも)
○しかし、「無条件に優れた執政制度」は多分存在しない
・各地域の安定/不安定にはさまざまな要因がある
・各類型にもさまざまなバリエーションがある
○改革の方向性
・小選挙区制改革:裁量の一部制限。オーストラリア下院の選択投票制など
・マニフェストの普及:評価をしやすくする
・比例代表制改革:
・多数派形成をしやすくする。多数派プレミアム方式など
・有権者の選択範囲を拡大。非拘束名簿方式など
・混合制(小選挙区比例代表並立制など)
・ただし「汚染効果」が出現しうることに注意
・日本では参議院や地方政治の改革に遅れが見られるか
○その社会の現状と目標によって、採るべき道は変わってくるだろう
例えば
・深刻な亀裂がある社会→民主主義による包摂の重点化を
・同質性が高いが、既得権益を持った集団がいる→自由主義的リーダーシップを
・代議制民主主義は、自由主義と民主主義の接合によって成り立っている。大統領制と議院内閣制、小選挙区制や大選挙区制、比例代表制などのパーツ選択と組み合わせによって効率性/公平性などのチューンナップが可能。これは代議制民主主義の大きな利点と思われる