ポランニーとか
■若森みどり『カール・ポランニーの経済学入門』平凡社,2015年.
行ってた学校によくポランニーに言及する先生がいたせいで「ポランニー読むべきかなー」と思った90年代末の学生時代には、どうもあまり著作へのアクセスがよくなくて(=高い&その辺にない)、何となくそのままになっていました。最近になって本が結構出ていますが、新訳の『大転換』は相変わらず高いし、文庫も含めてどれから手をつけていいか分からないし、とりあえず「自分では使わないけど、何を言った人かだけはぼやんと分かっておけばいいか」という低い志で手にとったのがこの本。新書なのに結構読むのに時間がかかりました。
人間の計画能力なんて当てにならんから、とにかく社会保障・民主主義・労働組合など、市場経済に対するあらゆる干渉を排除して、市場の自己調整機能にお任せしましょうという「経済的自由主義」でもなく、結局全てを経済問題にまとめてしまう「マルクス主義」でもない。経済を政治から切り離して考えず、民主的なコントロールの下に市場を置き、所得や余暇(政治参加する時間)や社会保障が行き渡らせた上で自由が可能になる「社会主義/よき産業社会」というべき別の道を、ポランニーは模索したということらしい。
『大転換』(1944)は、18世紀イギリスで生まれた資本主義=市場社会が、ドイツでファシズムを生むまでの過程を辿った作品だという。
生産用具の革新が、農村から切り離された人口の都市への流入と、都市スラムでの劣悪な生活と文化的破壊を招く。貧困大衆に対する賃金扶助としてスピーナムランド制(救貧法改革)が生まれたものの、これは福祉依存を生み、貧民を増やすものであるという反発に晒されることになった。救済は食糧生産の増加を上回る人口増加を招き、それが貧民の生活をかえって悪化させるほか、飢えへの恐れと働く意欲を失わせる、との批判を展開したマルサスがその代表格だ。逆に救済をやめれば、”自然法則に従って”事態は収拾に向かうという。教区における相互扶助の精神が消滅し、自己責任+自己調整的市場の思想が胚胎した。
一方オウエンは『新社会観』(1813-1816)で、貧困と犯罪の原因は「社会」にあると批判した。自由主義がいうように個人の責任なのでもなく、マルクス主義がいうように労働者搾取=経済の問題だけでもない。産業革命によって、労働の目的や倫理、文化・社会環境から労働者が切り離されたために起きているのだという。それなら、社会的保護を行う国家の機能はどうしても必要になるだろう。その上で初めて、人々が責任を持って社会を変えていく自由を行使できるようになるはずだ。
こうした相反する二つの思想から始まった潮流が、1914年の第一次世界大戦に至る80年の制度的なダイナミクスを形づくった。「競争的労働市場、金本位制、自由貿易」と「労働立法や農業関税、社会的保護・競争制限的制度」の間の緊張、それが二重運動と呼ばれる。20世紀前半にかけては、民主主義を後退させてまで国際金本位制を守ろうという努力がなされたにもかかわらず、第一次大戦後に通貨危機、恐慌、列強の金本位制離脱、ファシズム、ヴェルサイユ体制の瓦解へと展開していく様子が描かれていく。
経済的自由主義は「自然の流れに市場を任せることが自由と繁栄を保証するのだ」と吹聴しながら、いろいろなちょっかいを入れてくる政治から市場を独立させようとする。しかし、それは筋違いだというのがポランニーの立場のようだ。市場は労働・土地・貨幣という本来は商品でないものを商品として扱えるような制度を作り出し、それが強力に普及させられたからこそ成立している。つまり市場は自然に生まれたのではない。転倒した認識は、市場のためなら人々の生活や民主主義を制限してもいい、市場原理で実現できないことは仕方ない、というフィクションを生み、平和の行方を経済に委ねてしまう事態さえ招く。それでいて、市場原理を通じて害悪が生まれたとしても、それは干渉を生むような制度のせいだと言いつのって延命を図るのだ。本来、市場は社会に埋め込まれていなければならないのに――。
確かに干渉は全て悪、という原理はシンプルで分かりやすく、それだけに魅力のある考え方です。計画経済を目にして「人間のやることなんて不完全ですよ」と反発するリバタリアンな気持ちも分かります。ただ、好きに遊ぶには、安心して遊ぶためのフィールドとルールがなければならない。多くの文化を花開かせるためには、多文化主義そのものを侵そうとする動きには強硬に対抗しなければならない。そういう類の問題提起かな。ネオリベとかセーフティネットとかの言葉が流行ってから「そういえばポランニー」って思うまでに数年遅れたものの、ともかく折角の機会に危なっかしかった(そして実際破局に至ってしまった)昔のことを知っておくのも意義のあることだろうと思います。
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そういえば仕事先に行ったり飲みに行ったりするときに歩きながらちょいちょい聞いている放送大学のラジオ科目ですが、2学期は今んとこ、この2番組が面白いです:
・日本の近現代('15)→今ある制度や習慣の源流がこんなとこだったの、という驚きが多い
・市民自治の知識と実践('15)→社会運動のコツ、みたいなお話が入ってて結構ツボです