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新しい免疫入門

■審良静男,黒崎知博『新しい免疫入門』講談社,2014年.

それにしてもブルーバックスは本当にえらい。
専門家ばかり相手にしてる大御所(いや、大御所になると市民向けの講演もやるからそうでもないのか)に、この難解な免疫の世界を「気合い入れて読みさえすれば、非専門家でもちゃんと分かる」ところまで噛み砕いた本を書かせたのだから。
単に直線的に説明するのではなく、ちゃんと要所要所で「おさらいパート」を設けて読者がいまいる場所を確認させてくれる構成になっているというのも大変ありがたいです。
著者と編集者のその心意気に応えた、というより、メモ作りながら読まないと道に迷うという理由で、以下の長大な要約ができました。
後半に出てくるがん、炎症、自己免疫疾患、腸管免疫などは、もう分からないことだらけ。しかしそれだけに、ブレイクスルーへの期待が伝わってきます。
そして読み通した弊管理人えらい。

* * *

〈自然免疫の起動=だいたいの相手を認識〉

食細胞(マクロファージ)が相手構わず何でも食べる
→食細胞が活性化(消化能力、殺菌能力が増加)
→トル様受容体(食細胞が病原体を感知するセンサー)が細菌やウイルスの構成物質を認識
  TLR、RLR、CLR、NLR=パターン認識受容体。実は全身の細胞に存在
→食べたのが病原体と分かれば警報物質(サイトカイン:ケモカイン、IL、TNFなど)を出す
  ケモカイン:仲間の免疫細胞を呼び寄せる
  その他:周囲の食細胞の活性化を促す、血管壁を緩めて免疫細胞が通り抜けやすくする
→真っ先に好中球、少し遅れて応援のマクロファージが集まる
→炎症(免疫細胞がたくさん集まって活性化する)

〈自然免疫で撃退しきれなかった時→獲得免疫の始動=抗原に対するピンポイント対応〉

食細胞(樹状細胞)が末梢で病原体を食べる
→活性化+自殺タイマー始動(※自己細胞の死骸を食べた場合は活性化しない)
→リンパ節へ移動
→病原体のタンパク質を酵素でペプチドまで分解
→ペプチドはMHCクラスII分子と結合して、細胞表面に提示
→全身のリンパ節を巡回していたナイーブヘルパーT細胞(CD4+)が出会う
→(1)ナイーブヘルパーT細胞のT細胞抗原認識受容体と、MHCクラスII分子+ペプチドが結合
 (2)樹状細胞のCD80/86と、T細胞のCD28も結合(補助刺激分子)
 (3)活性化した樹状細胞からのサイトカインをT細胞が浴びる
→(1)~(3)が揃うとナイーブヘルパーT細胞が活性化

〈活性化ヘルパーT細胞が現場でマクロファージを活性化〉

→活性化ヘルパーT細胞が増殖(これが起きすぎないよう、樹状細胞は自殺)
 (→一部は記憶ヘルパーT細胞になる→免疫記憶)
→活性化ヘルパーT細胞が血流に乗り、ケモカインに導かれて現場到着
→(1)活性化マクロファージの表面に提示されたMHCクラスII+抗原ペプチドに結合
 (2)活性化マクロファージのCD80/86が活性化ヘルパーT細胞のCD28に結合し刺激
 (3)活性化ヘルパーT細胞はサイトカイン放出して活性化マクロファージに浴びせる
→活性化マクロファージがさらに活性化、食べまくる
→活性化ヘルパーT細胞が他のマクロファージにもサイトカインを浴びせて非特異的に活性化

〈一方そのころ、リンパ節では=B細胞がプラズマ細胞になって抗体産生能力を獲得〉

リンパ節に流れ着いた病原体の死骸の抗原決定基が、ナイーブB細胞の抗原認識受容体に適合すると結合
※B細胞の受容体は抗原そのものにくっつく。T細胞はMHCクラスII+抗原ペプチド
※B細胞の抗原認識受容体はY字型、抗体が細胞膜に発現したもの
→ナイーブB細胞がそのまま抗原を細胞内に引きずり込む
→ナイーブB細胞がちょっとだけ活性化
→ナイーブB細胞が酵素で抗原をペプチドまで分解
→MHCクラスII分子にペプチドを乗せて提示
→(1)リンパ節にたくさんいる活性化ヘルパーT細胞にくっつく
 (2)B細胞のCD80/86が活性化ヘルパーT細胞のCD28に結合し刺激
 (3)活性化ヘルパーT細胞がサイトカイン放出してB細胞に浴びせる

→B細胞が活性化、増殖
→活性化の際に、B細胞抗原認識受容体に突然変異を起こす
→抗原のショーウィンドウ役の濾胞樹状細胞(FDC)の元へ行って受容体とくっつくかテスト
→くっつけたものだけがプラズマ細胞(抗体産生細胞)になる(親和性成熟=抗体の仕上げ)
→B細胞の時に膜に持っていたIgMから、分泌用IgGへ抗体作製能力を変更(クラススイッチ)
→一部のプラズマ細胞が骨髄へ移動、大量のIgGを作って全身へ放出
※ここまで、病原体の侵入から1週間以上

※抗原がタンパク質を含まない(細菌の細胞壁などの)場合
→抗原決定基が反復して存在している場合は、一度に多くの受容体に刺激が入る
→B細胞が何とか活性化、ただしクラススイッチが入らずIgMで対応。親和性成熟も起きない
→このときは活性化ヘルパーT細胞と出会う必要がないので、反応は早い。5量体のIgMを分泌

〈抗体の働き=最後は自然免疫がしめくくる〉

(1)中和
細菌が作る毒素や、細菌が死んで壊れたときに漏れ出る毒素、ウイルスに抗体が結合
→細胞に取り込まれなくなる
→抗体+毒素の結合体を食細胞が食べておしまい
例)破傷風菌の毒素、ヘビ毒

(2)オプソニン化
抗体が抗原にくっつく
→抗体のY字の根本(Fc領域)に、食細胞のFc受容体が結合
→食細胞が激しく食べる

〈キラーT細胞による細胞感染対応〉

・抗体は細胞の中に入れないので、細胞感染したウイルスや細菌(クラミジア、リケッチア)に無力
→細菌ごと破壊すればいい

・全身の細胞が持つMHCクラスI分子には、普段は自己由来ペプチドが乗っている
・感染していると、病原体由来ペプチドも乗る
→これを目印に破壊する

樹状細胞はMHCクラスI、II両方に食べた病原体のペプチドを提示できる(クロスプレゼンテーション)
→ナイーブキラーT細胞(CD8+、細胞傷害性T細胞=CTL)が結合
→活性化キラーT細胞に(活性化ヘルパーT細胞のサイトカインも必要な場合がある)
→増殖
※一部は記憶キラーT細胞になる
→感染細胞のパターン認識受容体が寄生細菌等を認識すると、サイトカイン放出
 特にインターフェロンにより全身がウイルスに対して臨戦態勢に
 (1)細胞内でのウイルス複製を妨げる分子の発現
 (2)細胞表面へのMHC分子の発現促進
→ケモカインに誘導されて活性化キラーT細胞が感染部位へ
→二つの方法で感染細胞を破壊
 (1)特殊なタンパク質で相手細胞に穴を空け、酵素を投入。アポトーシスを誘導する
 (2)相手細胞が出しているアポトーシススイッチを押す
→アポトーシスを起こした細胞を食細胞が処理して終了

〈MHCクラスIを出させない病原体への対応→ナチュラルキラー細胞〉

(1)病原体感染をTLRなどが感知、あるいは病原体タンパク質合成のために細胞にストレスがかかるなどして、細胞表面にCD80/86やNKG2Dリガンドなどが出ている
 かつ
(2)病原体が邪魔をして、MHCクラスI分子が細胞表面に出ていない

このとき、NK細胞(自然免疫細胞)が細胞を破壊

〈補足:ヘルパーT細胞には3種類〉

(1)活性化ヘルパー1型T細胞=細胞による「細胞性免疫」。ウイルスや細胞内寄生細菌に対応?
・末梢でマクロファージを活性化
・抗原特異的にB細胞を活性化、IgGを放出させる→食細胞による貪食を誘導
・ナイーブキラーT細胞の活性化を助ける

(2)活性化ヘルパー2型T細胞=抗体がかかわる「液性免疫」。寄生虫に対応?
・抗原特異的にB細胞を活性化、IgGを放出させる
・抗原特異的にB細胞を活性化、IgEを放出させる
→IgEはマスト細胞の表面に結合
→マスト細胞が活性化
→細胞内のヒスタミン、ロイコトリエンなどを一気に放出
→蠕動運動の昂進、血管透過性を高めて粘液を増量
→寄生虫排除。これが目や鼻の粘膜で誤作動すると花粉症になるとされる
・好酸球(炎症物質の顆粒を細胞内に持っている)を活性化する
→寄生虫に結合したIgEを目印にして寄生虫に取り付き、活性化すると顆粒内物質を放出

(3)活性化ヘルパー17型T細胞=細胞外細菌や真菌に対応?
・末梢組織に行ってサイトカイン放出、ケモカイン発現により好中球を集める
・サイトカインにより腸管上皮細胞が抗菌ペプチドを放出

※2型、17型への分化の仕組みはまだよく分かっていない
※1型、2型、17型の役割にはオーバーラップがある。バランスも今後の課題

〈抗原認識受容体の多様性ができる仕組み〉

(疑問1)なぜ遺伝子は2万個しかないのに1000億種類の受容体ができるのか?
→抗体の各領域から遺伝子断片を選んで新しい遺伝子を作る「遺伝子再構成」が起きている

(疑問2)その1000億の中に、なぜ自己に反応するものがほとんどないのか?
▽T細胞の場合
→T細胞は、胸腺上皮細胞に提示されたMHC+自己ペプチドとお見合いをする
→その結果
 (1)強く結合する→アポトーシスのスイッチが入って死ぬ(自己に反応してしまうから)
 (2)適度に結合する→生き残る(MHC+抗原ペプチドに結合できそうだから)
 (3)全く結合しない→アポトーシスのスイッチが入って死ぬ(本番で役に立たなそうだから)
・ここまで、T細胞にはCD4も8も両方出ている
・お見合いで、MHCクラスI+自己ペプチドに適度に結合したT細胞はCD8が残る→キラーに
・お見合いで、MHCクラスII+自己ペプチドに適度に結合したT細胞はCD4が残る→ヘルパーに

▽B細胞の場合
・骨髄で成熟
・周囲の細胞や、体液中の分子などを自己抗原と考えて、いろいろお見合いをしてみる
→強く結合したらアポトーシスのスイッチが入って死ぬ
→それ以外は生き残る
※親和性成熟の際には、突然変異を起こしてぴったりくっつくものだけが生き残るが、ここでのプロセスはその逆

こうしたプロセスを経ても全員とお見合いできるわけではないため、自己反応性の免疫細胞は約10%存在していると見られている

〈誤作動を防ぐ/免疫反応を終わらせる〉

・アナジー
活性化していない樹状細胞に自己反応性のナイーブT細胞がくっつくと「アナジー」になる
=死んではいないが活性化しない。大半はそのまま死ぬ
病原体がいない平常時には、コツコツと自己反応性細胞を取り除いている

・制御性T細胞=CD4+細胞の約10%
活性化した樹状細胞が提示するMHCクラスII+自己ペプチドに張り付いて、自己反応性ナイーブT細胞が樹状細胞に結合できなくしてしまう
←胸腺で自己抗原に強く結合するT細胞の一部が生き残って制御性T細胞になるらしい

・制御性T細胞は免疫応答の抑制もする
表面のCTLA4分子が、活性化樹状細胞の表面にあるCD80/86に結合し、抑制シグナルを送る
→樹状細胞表面の補助刺激分子の発現が減る
→自己反応性でないナイーブT細胞の活性化が抑えられる
さらに、IL2と強く結合する受容体を持っており、これもT細胞活性化を阻む

・B細胞の制御機構はよく分かっていないが、自己反応性のB細胞を活性化するべき活性化ヘルパーT細胞がいなければ活性化は起きないということだろう

・免疫反応を終わらせる仕組み
ナイーブT細胞が活性化すると、アポトーシス誘導スイッチ(Fas)が表面に出る
→免疫反応の暴走時、あるいは収束の局面で活性化T細胞同士でFasスイッチを押し合う

〈免疫記憶〉

・抗原の2度目の侵入に対しては、反応が「速く」「パワフルに」なる
・ただ、プロセスの解明は難しい。理由は「記憶細胞」の数が少なくて実験しにくいから

・記憶細胞の定義:一度、抗原を経験し、そのあと抗原がない状況を生き延びている細胞
・どうも、記憶B細胞、記憶キラーT細胞、記憶ヘルパーT細胞というのはいるらしい
・活性化し増殖したB細胞、T細胞の一部が記憶細胞になる
→エフェクター細胞(働く細胞)は反応が終わると死ぬが、記憶細胞は生き続ける
→次に抗原が入ってきたとき、記憶細胞が活性化される
→エフェクター細胞になったり、そのままエフェクター機能を発揮する
※これ以上詳しいことはよく分からない
※T細胞には、エフェクター記憶T細胞(2度目にすぐに働く)とセントラル記憶T細胞(2度目にすぐ働かないが、増殖能力が高く、エフェクター細胞を生み出す)がいるらしい

〈腸管免疫〉

・腸管には体の免疫細胞の50%がいる
・腸管免疫では、単に異物=排除、ではなく、無害な異物は無視している

・小腸では、食物と一緒に流れてきた細菌やウイルスを粘膜上皮のM細胞がつかまえ、下にいる樹状細胞に渡す
→樹状細胞はパイエル板のナイーブヘルパーT細胞に抗原提示
→抗原特異的に活性化ヘルパーT細胞が誕生
→ナイーブB細胞も抗原を食べて少し活性化、活性化ヘルパーT細胞によって完全に活性化
→クラススイッチ、親和性成熟を経てプラズマ細胞前駆細胞に分化
※ただしここで、IgMから「IgA」へのクラススイッチが起きる点が全身免疫と違う
→前駆細胞は全身の血流に乗って、また腸管に帰ってきてプラズマ細胞になる
→IgAを腸内にむけて放出
→IgAの中和作用で病原体の機能を停止させ、そのまま体外へ排出(食細胞を呼ばない)
※腸の表面の粘液層にIgAが溶け込み、中へ入り込もうとする病原体をトラップするイメージ

・経口免疫寛容=食べたもののタンパク質には免疫反応が起きない
※仕組みは不明。腸管に多い制御性T細胞や腸内細菌が関与か

・好中球の集積や、抗菌ペプチドの分泌を促進させる活性化17型ヘルパーT細胞(腸管免疫のアクセル)への分化にかかわる「セグメント細菌」というのが腸にいるらしい
・ナイーブヘルパーT細胞から制御性T細胞(腸管免疫のブレーキ)への分化に、クロストリジア属の第46株という細菌がかかわっているらしい
※ブレーキ、アクセルともに腸内細菌が関与か

〈自然炎症〉

・TLRなどのパターン認識分子は、自己成分(内在性リガンド)の一部も認識することが分かってきた
・マクロファージや好中球などは、内在性リガンドでも炎症を起こす→「自然炎症」
・内在性リガンドは、ネクローシス(細胞の破裂)で出てくる大量のDNAやRNAなど
・大量ネクローシスの原因は、外傷、薬物、放射線など
・食細胞が損傷部を除去し、修復専門細胞が集積。自然炎症の目的は、組織修復の促進か
・自然炎症は痛風(内在性リガンドは尿酸結晶→IL1β放出→炎症→痛い!!)、アルツハイマー(Aβ繊維)、動脈硬化(コレステロール結晶)、糖尿病(ヒト膵アミロイド繊維)の原因にも?
・炎症を抑えるほうに働く調整役の「2型マクロファージ」というのもいるらしい

〈がんと自己免疫疾患〉

・がんを攻撃する:キラーT細胞、ナチュラルキラー細胞
・がんペプチドワクチン:治療ワクチン。がん細胞だけがMHCクラスI分子とともに提示するペプチドを狙う
・一部の抗がん剤はがん組織のネクローシスを引き起こしており、これががんを標的とした自然炎症につながっているのではないかとの見方も
・ペプチドワクチンがあまり効かない:がんももともと自己細胞のため、制御性T細胞が先に樹状細胞にくっついてしまい、活性化を抑えている?
・がん細胞のPD1L:活性化T細胞のPD1に結合して活性化を抑制、さらにPD1Lに抗アポトーシスシグナルが入ってしまう
・がんの出すサイトカインが、活性化ヘルパーT細胞を1型(ナイーブキラーT細胞を活性化させる)ではなく2型に誘導してしまう
・がんの出すサイトカインが、2型マクロファージを呼び寄せて炎症を抑えてしまう上、がんの血管新生を助けてしまう
・抗体療法:がん細胞表面の、増殖に関係する受容体に抗体をくっつけて機能喪失させる。さらに食細胞による貪食も誘起するらしい

・自己免疫疾患:制御性T細胞の機能不全、自己ペプチドに似た病原体由来ペプチドによる自己反応性アナジーT細胞の再活性化、親和性成熟の過程でできた自己反応性B細胞がきちんと死なない、自己反応性T細胞がきちんとアポトーシスしない、など

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2015年06月21日 19:28に投稿されたエントリーのページです。

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