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ネイションとエスニシティ

■アントニー・D・スミス(巣山靖司他訳)『ネイションとエスニシティ』名古屋大学出版会、1999年。

読むのに1か月かかった……。

アンダーソンや、特にゲルナーのように、ネイションとナショナリズムというのは純粋に近代の産物と考えるのには無理がある。古代にも、ネイションのような性格を持った共同体や、ナショナリズムのような運動があったし、それが近代のネイションやナショナリズムの根っこになっている。そういう「エスニシティ→ネイション」の歴史を見渡した上で、現在起きているさまざまな現象を読むべきではないか、という本。

まず、前近代にあったエスニックな共同体、近代的ネイションの祖先となるような共同体を「エトニ」と呼ぶ。何らかの事情で経験とその解釈を共有・蓄積し、世代を超えて受け継いできた人たちの集団のことだという。
エトニはそれぞれ名前を持ち、それによって別のエトニから区別される。また、同じ出自や血統を持っている(と了解している)。歴史と、独自の文化(制度、伝承、衣食住、……)を持つ。そして、そこに住んでいるかどうかはともかくとして、「郷土」があり、連帯感がある。ただし、分業を基礎にした経済的な一体性や、共通の法的権利や政治組織というのはまだない。
こういう特徴を持ったエトニは、それはもう歴史的にも地理的にも至る所に見られる。

エトニの維持、強化には宗教の存在が重要だった。一つは、共同体内に共有される「起源」「神話」を守る側面。それから、さまざまな宗派が共同体の境界を画しうること。さらに、聖職者や書記といった専門家が信仰を記録し、一般に伝えることでコミュニケーションのインフラを整備したといえるかもしれない。
戦争もまた、アイデンティティを維持・強化していくのに貢献する。別の共同体との接触・衝突は、エスニシティ主義を育てる。侵略に対する抵抗や失われた領土の回復、血統の回復、文化の復興などに向けた運動として現れてくる。

そうして、あるエトニは数世紀、千年と続いていく。あるものは解体してしまう。存続の可否を分けるのは侵略を受けやすいか、文化的な吸収が起きやすいような位置関係にあるかなどもあるが、大きい要素は宗教的な信念・儀式・経典の持つ凝集力の違いらしい。

エトニには、二つの類型が見て取れる。
・水平的共同体=貴族的。都市の裕福な商人層、聖職者、律法学者も含み、上層がゆるくつながっている。範囲もぼやっとしている。
・垂直的共同体=平民的。都市を基盤に、聖職者や商工業者、町の支配階層。ただし都市周辺の農村地域にも程度の差はあれ浸透している。つながりの力は強い。都市国家の同盟、辺境、部族連合などの分類が可能。

これが、ネイションの形成過程に見られる2類型に引き継がれ、歴史的に通過したり混ざったりしながら現代に至る。
・領域的ネイション=西欧的。明確な領域と、その範囲内にいる人に同一な権利と義務が割り当てられる。市民権と、国家が標準化する共通な文化という特徴も備えている。
・エスニックなネイション=東欧、アジアやアフリカ。共通の血統と起源をもつという想定、大衆の参加を基礎にする人民主義、習慣から形成する法と・方言から昇格した通用語、土着主義に依拠する。

近代を画するのは三つの革命だという。(1)封建制から資本主義への移行(2)軍事や行政における官僚制の登場(3)文化・教育・知識の世俗化と統一。
固有の土地と政治体を持つためのレースに多くのエトニが参加せざるを得なくなる。
そうしてできたネイションも、その継続のために、政治(未来志向)だけでなく、歴史(過去志向)をやはり必要としている。歴史は、考古学や文献学といった「科学」によってあらためて発見・解釈され、エトニが持っていた神話のように集団に固定される。このように近代的なネイションは前近代のエスニックな要素とつながっており、それを無視して「ナショナリズムは乗り越え可能」などというのは誤診のもとなのだ。

みたいな話だと読んだ。
師匠のゲルナーとは確かに対立している面もあるけれど、全体的には「ネイションやナショナリズムは近代の産物」という考えを一定受け入れつつ、歴史的な方向へ「拡張」するような議論かなという印象を受けました。
すべてのネイションが国家を持てるわけではないのが現実で、そのことに対する怨念をためないシステムとして、一つの国家の中でさまざまなネイションが保護され、ある程度の自立を認められるような連邦制に(遠い)希望を託す。と同時に、本が出た1986年から数年後には到来するナショナリスティックな混乱の時代を見通していたような気もします。

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2013年12月29日 23:36に投稿されたエントリーのページです。

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