■岡野光夫『細胞シートの奇跡』祥伝社、2012年。
再生医療というとここ数年は多能性幹細胞=iPS細胞とES細胞が特に注目されていますが、患者を治しているかというとそれはまだ緒に就いたところという段階。
これに対して、患者自身の細胞(幹細胞に限らない)をお皿の上で培養してシート状にし、悪くなったところにぺたっと貼り付けて失われた機能を補ったり回復させたりする、そういう著者らの医科学と工学を融合した再生医療は、もう一歩先を歩いています。角膜、心筋、歯根膜、膵臓、そして中耳など、シートを作る基礎の技術が、さまざまな領域において新しい治療に向けた研究を芽吹かせています。おそらく多能性幹細胞とのコラボも数年のうちに成果が見えてくるでしょう。
高分子研究から入り、独自の組織工学、医工学を展開させ、ベッドにまで届けた円熟の著者が、これまでを振り返るとともに、普及に向けた「これからのあと一歩」を展望する。
で、展望の部分では新しい医療技術と薬事法の齟齬とか社会のリスク受容とかといった社会・制度面の話を熱く語ってますが、「...どの分野よりも優秀な人材が集まる医学部には、もっと大きな投資をしてもいいでしょう」(p.198)とか言っちゃうのが残念。あと、無闇に横文字が多いとか、難しめの用語が説明なく使われいたりとかいうのは(筆者ではなく)編集がちょっとまずい。そのへんを除くと、細胞シートのわくわくする可能性と筆者の熱意がビシビシ伝わってくるいい本だと思います。