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無痛文明論

■森岡正博『無痛文明論』トランスビュー、2003年。

前々から気になっていて、でもけっこう大部なので年末年始を利用して読みましょ、と思ったらわりと時間かかってしまいました。

苦痛を避け、快楽を求める「身体の欲望」を持った個人が集まると、その欲望は単なる足し算を越えて一個の実体を形成し、そうした欲望をかなえるためのモノや制度を次々と生み出していく。
たとえばあらかじめ障害の有無を調べ、中絶によって親が負担を回避することさえ可能にする出生前診断や胎児条項、暴れる程度さえ管理された自然・ビオトープ、そして快適追求テクノロジーの集積としての大都市……。そうしたものの総体「無痛文明」は、構造の安定性を志向し、しかしすきあらば拡張しようとし、そのために誰かが犠牲になることを厭わない。無痛文明はまた、それを生み出した個人たちにむけて再び貫入し、欲望によってエネルギーを与えられ、そして強化されていく。
その渦に巻き込まれ/構成する個人たちの姿は、栄養と薬をチューブで与えられながら温度と湿度を調節された部屋ですやすやと昏睡する患者を連想させる。まるで生きながら死んでいるかのようだ。

筆者はそうした「無痛文明」に対して宣戦布告する。
なぜ人びとがコストと時間をかけて求め築いてきたそれを否定しなければならないのか。それは、無痛文明を生きるということはウソの人生を生きるということだからであり、無痛文明を解体することは、世界を十全に味わい、「悔いのない人生を生きる」ことなのだという。

では、どう戦うのか。
いろいろ書かれているが、弊管理人なりにまとめれば、無痛文明のありようを知り、告発し、さらにそれが自分の中にもあることを知り、告発し、それと向き合い、逆用するという運動を繰り広げていくことなのだと思う。


で、ここからは簡単に感想。
・安易に考えると、無痛文明の恩恵をさんざん被っておいて解体を志向するのは片腹痛い、という批判はありえるでしょうが、内部告発や自己批判ってそもそもそういうもんだろうと思う。
・また所詮、衣食足りた貴族のお悩みって感じもしますが、貴族にも悩む権利はあるでしょうし。

・われわれが浸っているいろいろなモノやコトから一歩引くことと、逆にそこに深くコミットすること。この二つを行き来しながら絶えず自分自身(や、相手)の変容を図っていくこと。上のような運動をこう解釈してみると、弊管理人などは自分や社会から超え出ていくことには「明と暗」=「解放と喪失」という二つの側面があることを思い出します。すごく恣意的な結びつけかもしれないけれど、この本は暗い版『気流の鳴る音』なんではないかとか思いました。

・この戦いに勝った姿というのがどういうものなのかを具体的に予言することはできず、しかも勝利そのものだって近づけば逃げていくようなもので、結局苦闘は終わりなく続くということなんじゃないかなあと感じます。筆者はこの戦いには「勝って終了」というのはある、と主張するのですが、弊管理人は「そうなのかなあ」と腑には落ちませんでした。だって、無痛文明の外に出るという所作そのものを、無痛文明がぱくっと食べて拡大のタネにしてしまう(たとえば、都市にいながら都市に縛られない生活スタイル、を、都市生活者の新しいスタイルとしてメディアが称揚しはじめる、みたいな)なら、そこから出ようとする運動には最終解決というのが原理的にないんじゃないかな。

・ただまあ、弊管理人は、終わりがないならないでもいいような気がする。最終的に勝ち目があるのかどうかとかではなく、変容のプロセスは苦しくても、その中のある瞬間になにがしかの快楽が得られ、その経験が大切だと思えるなら、その運動を続けていけばいいし、いけるでしょう。そして同じような感性を持っている人を仲間にすることもできるでしょう。本書はマニュアルではないし、ゴールがどうなっているかを描いてもいないと筆者は言っていて、弊管理人もその通りだと思いますが、ある種の感性を持っている人(=無痛文明の中で不安感をそれなりに感じる人)にはひょっとしたらそちらを歩いたほうがいいような道のありかを示してあげることはできていると思います。
・弊管理人は今のところ、そっちの道があることは知っているが、なお自分は無痛文明のほうが体に合ってると思っているので、この本を読みながらずっと至近距離で罵倒されてる感じがしてました(ああ)。そしてなお自分は無痛文明の側だという思いを強くしておりました(あああ)

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2011年01月13日 00:24に投稿されたエントリーのページです。

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