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2006年06月 アーカイブ

2006年06月28日

語るの振り子

「そういう考え方もあるが、一方こういうことにも注意しなければいけないと思う」という具合に、言葉を紡ぎながら、同時にその言葉を注意深く眺めて、その言葉では言い尽くせないことをさらに補足していくような話し方/書き方を、学生だったころはしたいと思って試みていたように思う。

とはいえアタマもそんなによくないので、大抵は「あれもこれも」な、何を擁護したくて何を擁護したくないのかがわからないような文章になって徒労感を感じるというオチだった。前世紀の終わり頃の話です。

学校を出てからごく最近までの5年間は、そんな言葉の紡ぎ方をちょっと変えてみようとしていた。
なるべくストレートに、細かい修飾を排除して、誤解や不正確さを恐れずに、とにかく大振りな感じに荒っぽくぶつける。相手がそれを首尾良くキャッチしてくれたらそれでよし。齟齬が生じたら対話を通じて必要なかぎりの修正を加えていく。
最初からいろんな可能性を想定して注意深く糸を渡していくやり方に比べて、こういうのは楽というか、まあ無精なやり方ですよね。重箱の隅をつつくような細かい注釈なんてイミない、大体あってればコミュニケーションはとれる、という気分はあったに違いない。歯切れのいい、蛮勇な感じの物言いがカッコイイ気がしていたというのはもっと自覚的にあった。

で、今ふたたび、言葉を使うのにもっと気を遣っていこうと思ってます。
どうも最近、楽をしすぎていて細かいことを考える体力がなくなってきたとか、という危機感がある。それから蛮勇な感じの物言いにも飽きてきたというのもかなり大きい。あと、まずドーンと相手にぶつかって、こっち向いてもらっていっしょにお話しましょうよ、というつもりが単に気分を害されちゃっただけ、ということもあった。

なんて書き出してみるとどうも数年周期で自分自身の語り口に飽きてるだけっぽい。というわけで暫く口数を抑えて、そのぶんよく考えて言葉を発したいと思います。

※そのうち、昔やってたホームページに書いた恥ずかしい文章を気ままにアップしてみようと思ってます。日付が極端に昔のやつが上がってたら、それです……

2006年06月25日

野天ジンギスカン

060625jingisu.jpg

職場の企画で昼食にBBQやってきました。ここ北海道でBBQというとジンギスカンのことだそうなんですけど。

場所は札幌市中央区の宮の森ガーデン。天気は久しぶりに弩ピーカンでした。野外で夏の太陽を浴びながら、くっさい焼肉です。うまいねー

やり方は簡単。
・脂を鍋のてっぺんに置く(適当に溶け出したら鍋全体に塗りたくって取り出す)
・モヤシと玉葱中心の野菜を鍋のへりに敷き詰める
・上の方で肉を焼く
これが正統かどうか知りませんけど、みんなこうやってました。

2006年06月24日

『「資本」論』

■稲葉振一郎『「資本」論』ちくま新書、2005年。

財産を持たない人間でも「労働力」という資本(人的資本)を持っていると考えることで、私的所有、市場、資本主義という制度のなかでなんとかプレーヤー資格(=資本)を持った人として労働者を位置づけようよ。だって財産がないからといって今の制度の外に出るってのはどうもムリだし、プレーヤーとして認められないまま制度の中に居残ってもキツイでしょう。

みたいな話だと思うんですけど、そんなようなことが言いたかったことは300ページのうち280ページくらいまで進まないとわかりませんでした。(でも今見たらカバーに書いてあった!笑)

2006年06月18日

藤子・F・不二雄[異色短編集]

■藤子・F・不二雄『ミノタウロスの皿』小学館文庫、1995年。
■同『気楽に殺ろうよ』同、同。

秋田出張はホント「待ち」の時間が多いので、街の古本屋で2冊仕入れました。
まあ別に云々する必要もなく面白いのでぜひ読んで下さい。収録作品の初出は1969-1977年。

で、余計なこと。
そうはいっても一人の人間が描いているのでなんとなく類型のようなものが。
・時間旅行もの
・平行世界もの
・環境問題もの
・神様視点もの
・立場逆転もの
現にある「常識」とか「科学」の構造をとらえて→それをずらしたり反転させたりするのがサイエンスフィクションだとすると、こうしたテーマに集約されるのは不思議ではないですけどね。

あと、単純な感想。
・人物の描き分けができるって当たり前のようでいて素晴らしい(→イマドキの雑誌をみよ)
・サイエンスに依拠したフィクションて、やっぱり一定の教養がないとかけないのね

『社会学入門』

個人的には「どうしたんだ岩波新書フェア♪」と呼んでいるのですが、岩波新書が新赤版1000点突破記念で表紙のレイアウトやカバーの紙をちょっと変えたんですね。そしてそのラインナップが意外にかなり面白そう。amazonでとりあえず3冊買って読み始めました。

目下、秋田県に出張中。けっこうヒマな時間が多いので本読んでます。

■見田宗介『社会学入門―人間と社会の未来』岩波新書、2006年。

同じ岩波新書の『現代社会の理論』の続編的な位置付けのようです。この人の講義は直接聴いたことないんですが「自分の著書を読むだけでつまんない」というのが当時授業を取っていた周囲の評価でした……(まあゼミは別なんでしょうが)

この本自体は体系的な教科書というより小論集として読むといいと思います。
興味を持った章に応じて『気流の鳴る音』『時間の比較社会学』『自我の起源』『現代社会の理論』『宮沢賢治』あたりに進めばいいのではないかと。前2著は個人的に特にオススメです。ちょっと前まで絶版で非常に手に入りにくかったのですが、筑摩書房で復刊してます。

「社会」学といっても、この筆者の問題関心の根っこは「どうしたらツラくない仕方で生きていけるか」だと思うんです。そこからツラさを生むシステムを見つけてそれに名前を付け、さらにそのツラさを感じなくてもいいような社会構想を探っていく。ここでやっと社会-学social studiesになっていくんじゃないかしらん。
ツラさを共有できる人には参考になる著書が多いです。そうじゃない人は……知らない(笑

2006年06月14日

まさに近況

すっかりエントリの間が空いてしまいまして。
まあ何というほどでもない日々が続いていたわけですけど。

転勤前の職場での仕事っぷりを上司が知ってか知らずか(たぶん知ってる)「こいつは自由放任にしておけばよかろう」ととてもフリーに動けるポジションにつけてくれたんですね。

しかしその実、前の職場でやっていたことはカッチリした受け持ちがあって、そこで仕事をしながらそこからの派生物の処理もしていたら一定の成果になったというだけのこと。
完全フリーの状態から何事かの仕事を見つけてくるってのは得意じゃないんです。
元来とくに何に興味があるわけでもないので、仕事全体を規定する「枠」がないと何していいかわかんなくなっちゃう。

で、先月半ばからいろいろと模索してたんですけどね。
まだ答えは見つかってませんが、ま、焦らずやっていってもいいかな、と思い始めたこのごろです。

いやあ管理人が何者か知らない方には意味不明なエントリでしたね。
呟きでした。

2006年06月12日

『危ないお仕事!』

■北尾トロ『危ないお仕事!』新潮文庫、2006年。

超能力セミナー、新聞拡張団、ダッチワイフ製造業、などなど普段あまりご縁のない仕事の現場ルポ、インタビュー。面白かったです。

新書だと1分1ページが精々ですが、これはその倍の速度で読めます。

そういえば昔、速読法に興味を持ったことがあったけど、難しい本って速読して内容は理解できるんでしょうかね。

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