« 新年 | メイン | 正月上旬 »

シオラン

■大谷崇『生まれてきたことが苦しいあなたに』星海社、2019年。

ルーマニアで生まれフランスで活動したペシミスト、シオランを紹介した本。タイトルが本意でないと著者が託ちているの、よくわかります。特に「あなた」を救うというような積極的な目的で書いてないんじゃないか。あと、買う側としても買いにくい、これは。買ったけど。

働く、人と付き合う、役割を引き受ける、生きている。すべてがダルく、面倒で、嫌で、倦んでいる。そういうネガティブな態度はしかし、かえって、支配/非支配の関係、周到な計画と準備を要する悪事の実行、あるいは蹴落とし苛み見得を張る社会関係といったものから自由でいることを可能にするようにも思われる。

自殺してしまいたい、と思うこともあるだろう。しかし逆に、「自殺しようと思えばしてしまえる」というカードを手にした、つまり自分の人生を自分の手中に取り戻したと思えれば、それを糧に生き続けることができるかもしれない。「あとは余生だ」と割り切って何でもできるようになるかもしれない。そもそも生まれないのが一番ではあるが(=反出生主義)、生まれてしまった以上、死は主権回復の道であり、苦しみからの解放である。死によって失うものを持たず、苦しみ、挫折ばかりだった「敗者」にとってはなおさらだ。

独断と視野狭窄と贔屓に陥らず、他者のあり方を認め、自分も自由でいる。それはぐったりし、無関心でいることによって可能になる。極限まで突き詰めれば、世の中や人生に対する嫌悪さえも消えて、「ただの無」に至るだろう。生まれずに無にとどまることができなかった、汚穢の中に生まれてしまった以上は、それが次善の策なのだ。

といいつつシオラン本人は自殺もせず、たくさんの本を売り、パートナーに寄生した上に不倫もして結構長生きした(まあ学者が自分の思想を体現するべきかというとそうでもないのだろうが)。おそらく似た性質をもつ誰もが、敗北や病気よって自分の存在にリアリティを感じ、人生を敵視するエネルギーによってかえって生き生きしてしまう。ペシミズムは運用してみると失敗する可能性がかなり高い思想のようだ。というか、ペシミストってハイスペだったり余裕があったりしないとやれないんじゃないかな。

もう21年前、留学中に受講した20th Century French Philosophyという授業で出てきたソシュール、フーコー、デリダなどいろんな人の中で、テイヤール・ド・シャルダンとシオランだけ「誰それ」って思ったんですよね。そのあと忘れていましたが、こんなだった。んで著者も大概。しかしたぶん、一緒にお茶しに行ったら午後いっぱい喋って過ごせる人のような気はする。

About

2020年01月11日 23:04に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「新年」です。

次の投稿は「正月上旬」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.35