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ポピュリズムとは何か

■水島治郎『ポピュリズムとは何か』中央公論新社, 2016年.

一部は仕事絡み、そうでなくても個人的な興味でヨーロッパの現在をざくっと見ておきたいという気持ちがあったこともあり、イギリスのEU離脱やトランプを経て、ドイツやフランスの選挙を控えた今、これは是非読んでおかにゃならん気がする、ということで買いました。

個人的な興味との関連でいくと――さまざまな善が花開くためにこそ、土壌としての「正義」ってものが必要だよねという考え方が、「あいつは正義の敵」というイスラム批判に化けてしまうというあたり、厄介な事態が出てきたなと思います。
排外主義や反EU主義に惹かれていく「置き去りにされた人たち」を「あいつら分かっとらんね」と蔑む視線が、口に出さないがポピュリズム政党に投票する人たちを相当数生むというのも分かる。
この本は効果も副作用もあるポピュリズムという複雑な問題を分析したまでで、「さてどうする」を提示はしていませんが、たぶん解決策も複雑だっつうことなのでしょう。

いやもうとても勉強になった。たまたま前に同じ中公新書の『代議制民主主義』を読んだこともあって読みやすかったです。すごく無駄なく書いてあるので最初から最後までただ読めばいいのだけど、自分メモを一応↓
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▽ポピュリズムの定義

(1)固定的な支持基盤を超え、幅広く国民に直接訴えるスタイル
 =リーダーの政治戦略・手法としてのポピュリズム
 例)中曽根、サッチャー、サルコジ、ベルルスコーニ
(2)「人民」の立場から既成政治やエリート批判をする「下(≠左/右)からの」運動
 =政治運動としてのポピュリズム(本書のフォーカスはこちら)
 例)フランス国民戦線、オーストリア自由党、Brexit、トランプ
・その「人民」が意味するのは:
 (2-1)健全な普通の人、サイレントマジョリティ(←→腐敗した特権層)
 (2-2)ひとかたまりとしての人民(←→特殊な利益関心を持つ団体、階級)
 (2-3)「われわれ」国民や主流民族集団(←→外国人、民族・宗教的少数者、外国資本)
・エリートの「タブー」「PC」「手続き」に対する挑戦が戦略となる
・既成政治に「民衆の声」をぶつけるカリスマの存在(必須ではないが)
・支配エリートの政策が変遷すれば、それへの対抗も変遷する「イデオロギーの薄さ」

▽民主主義の敵かというと、そうでもない。どころか、理念と結構重なる

 例)国民投票の広範な利用(墺自由党、仏国民戦線、瑞国民党、橋下)
・西欧では右派でも民主主義や議会主義は前提。敵視しているのは「代表制」ではないか
・民主主義の意義づけには
 (1)権力抑制を重視する「立憲主義(自由主義)的解釈」
 (2)人民の意思の実現を重視する「ポピュリズム敵解釈」
 の2つがあり、
・(1)に立つとポピュリズムには批判的になるが、制度重視で民衆に疎外感を生みやすい
・(2)は既成制度批判。左翼的ラディカル・デモクラシーとも共通する

▽民主主義にとってのポピュリズムの効果と副作用

・効果
 (1)周縁的集団の政治参加を促進
 (2)個別の社会集団を超えた「人民」を創出、政党システムの変動を喚起
 (3)「政治」を対立の場とすることで、世論や社会運動を活性化
・副作用
 (1)権力分立や抑制と均衡などを軽視しがち。多数にこだわると弱者が落ちる危険性
 (2)政治闘争を先鋭化させ、妥協や合意が困難になる
 (3)人民の意思や投票重視で、政党や議会、司法による「よき統治」を妨げる

▽どういうときに、どういう側面が顔を出すか

・民主主義の固定化した国でポピュリズムが出現すると
 →既成政党に緊張感が生まれ、民意への感度が高まる。民主主義の質を高める方向
・民主主義が固定化していない国で出現し、与党になると
 →「民衆の声」を盾に、権威主義的統治に落ちやすい(ペルーのフジモリ政権)

▽既成の政治勢力はどう対応するか(万能薬はないが)

(1)【敵対的】孤立化。ポピュリズム政党との協力や連立を避ける
  ただし「悪」のレッテル貼りによって、既成政党批判はますます強まるだろう
(2)【敵対的】非正統化/対決。積極的な攻撃
  ドイツの極右政党違法化、ベネズエラのチャベス政権に対するクーデター
(3)【融和的】適応/抱き込み。既成政党の自己改革で不満緩和、ポ政党の周縁化にも
  オーストリア国民党は自由党(ポ)と連立し、自党の主導権を回復
(4)【融和的】社会化。積極的にポ政党に働きかけ、変質を促す
  オーストリア。連立→政党内の分裂

▽類型

(1)「解放」としてのポピュリズム
  =既成の政治エリート支配への対抗、
   政治から疎外された農民、労働者、中間層などの政治参加・利益表出の経路として
  →弱者の地位向上、社会政策の展開を支える機能を持った
・19世紀末アメリカ
  格差拡大に対する共和党、民主党の冷淡さ。勤労者層の不満
  →1892年創設の「人民党」(別名ポピュリスト党)によるエリート批判
  ただし、白人農民のみへの焦点、既存政党の対応により、凋落も早かった
・20世紀ラテンアメリカ
  不平等、農園・鉱山主など少数エリートによる政治
  →ペロン(アルゼンチン)ら中間層出身リーダーが民衆動員、改革
  (1)交通、通信手段の発達を受けて肉声を全国に届けた
   *バルコニーから演説する「大衆への直接訴えかけ」スタイル
  (2)階級間連合で外国資本や寡頭支配層に対抗
  (3)輸入品の国産化(輸入代替工業化)と保護主義
  (4)ナショナリズム(先住民、混血、アフリカなどの価値を積極的に掲げた)
  (5)包摂性(低所得層、女性、若者に選挙権)
  →1970年代以降は軍事政権の弾圧を受けるなど下火に
・21世紀ラテンアメリカも依然、圧倒的な経済格差とアンダークラスが存在
  →国家の役割強化、福利増進への期待
  →チャベスとその後のポピュリズム政権の支持拡大

(2)「抑圧」としてのポピュリズム
 =排外主義の結びつき
・ただし、現代も「男女平等や民主主義の価値を認めないイスラム」の排撃は
  解放の論理に立っているとみることもできる(デンマーク国民党など)
  オランダのフォルタインは同性愛者を公言。
   →イスラムの同性愛・女性差別を追撃、「啓蒙主義的排外主義」と呼べる
  シャルリ・エブド事件に対する「言論の自由」からのイスラム批判
   →西洋の基本的価値であるリベラル・デモクラシーからの批判が困難
・1990年代以降のヨーロッパでポピュリズムが伸びた背景:
 (1)グローバル化、冷戦終結などで左右が中道に寄り、既成政治の不満表出経路が限定
  →ユーロ危機時のドイツでは、ギリシャ支援を「しない」という選択肢をポ党が提示
  →むしろポピュリズム政党は社会の安全弁?(←→ドゥテルテのような危険な例も)
 (2)労組、農民団体などの弱体化→無党派層の増大
  →既成政党・団体が「特権層(←→市民)」の代表と見なされる
  →オーストリア自由党など、既得権益批判で支持が得られるようになった
  *ラテンアメリカと違い、福祉の利用者が「新しい特権層」として排撃対象にも
 (3)グローバル化による格差拡大で「近代化の敗者」が生まれる
  →グローバル化、ヨーロッパ統合を一方的に受け入れる政治エリートへの反感
  ・オランダのウィルデルス党のEUエリート批判と「リベラル・ジハード」
  ・人種主義的なBNPの「節度ある代替」として伸びたイギリス独立党
   →分断された英国におけるChavsの静かな支持、Brexit
  ・置き去りにされた「ラストベルト」のトランプ支持
・現代ヨーロッパのポピュリズムの特徴
 (1)マスメディアの活用。タブー破り、ネット宣伝(ウィルデルスのオランダ自由党)
 (2)直接民主主義の活用
  極右起源の国民戦線(仏)、自由党(墺)、VB(ベルギー)の転回
  国民投票で市民層の不満をすくい上げる。特にスイス国民党
   →現状変更にNoが出やすい(国民投票の保守的機能。女性参政権の遅れなど)
 (3)福祉排外主義。「移民が福祉を濫用している」
  タブー破りとしての移民批判

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2017年02月28日 12:48に投稿されたエントリーのページです。

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