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ドイツ

ちょっと用事があり、ドイツに行ってきました。
書けることだけ書いておきます。

【ベルリンに行く】

ブリュッセルを経由して着いたベルリンのテーゲル空港は古い感じの空港です。もうすぐ新しい空港ができて、ここは閉鎖される予定だそう。
到着ロビーを出て、市中心部行きのバス(TXLと表示されていた)を待ちます。
料金は2.7ユーロ、鉄道の中央駅(ハウプトバーンホフ)まで25分くらい。とても簡便な印象でした。
それにしても寒い。着てくる上着を間違えた、コートじゃなくてダウンだったかなあと思いました。(日程後半になって、本当はセーターが薄すぎたためと判明、市内の無印良品で特売になっていたもうちょい厚めのセーターを買って解決しました)

成田を午前11時に出て、ホテルに投宿できたのは午後6時過ぎ。でも日本時間では午前2時です。

フードコートや衣料品店などいろいろ入って便利そうな中央駅で、カリーヴルストというソーセージのカレー+ケチャップがけを食べて、さっさと就寝しました。
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ちなみにカリーヴルストは1940年代に発明されたとの説があるファストフードで、ベルリンでずいぶん押してるそうですが、某現地人の反応は「こんなもんをねえ」と若干冷めた感じでしたね。フィラデルフィアのチーズステーキ(チーズと肉片が入ったサンドイッチ)も地元民はそんな評価だったような。

その他、雑感。

・都会なせいか、英語がよく通じる
・中央駅の周辺は「まだいろいろ作ってます」っていう雰囲気。スカスカしていて、工事現場が広がっていた
・車は右側なので、横断歩道を渡るときに、いつもと反対側を見なきゃいけないのが変な感じ
・外国のホテルはスリッパないの忘れていた。旅行用に作っている持ち物テンプレに追加
・首都なのに夜暗い
・ストックホルムと違って「食べ物高い!」という感じはない
・ローシーズンのせいか、ホテルも中央駅の目の前でなんかオサレなところなのに、1泊9000円くらいでリーズナブルだった

【壁】

日の出が8時とかなので、朝はいつまでたっても暗いです。

中央駅で列車・バス・トラムの一日券(7ユーロ)を買ってみました。
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とりあえずベルリンといえば壁かなということで、電車のオスト(東という意味らしい)駅からちょっといったところにあるイーストサイド・ギャラリーを見に行きます。
こちらの鉄道は改札がありません。ときどき係の人が回ってきて「切符見せろ」と言うチェック機構(でも滞在中1回しか出会わなかった)。持ってないと高めのペナルティが課されるんでしょうね?多分。まあこれはこれでありか。

オスト駅から1キロ以上にわたって、壁が残ってます。ギャラリーと呼ばれるのはいろんな人によってペイントされているから。
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絵そのものはどうでもいいんですけども、壁って意外と低いのですねというのが感想です。
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あと、北緯52度だと冬の太陽は大変弱く、曇りがちでもあるので、まぶしいのに弱い弊管理人は大変目が楽で、ありがたかったです。
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適当に中心部行きっぽい表示が出てるトラムに乗ったら、あらぬ方向に回り始めたので、途中で降りて反対側に乗り換え、中心部に戻ってきました。

壁つながりということで「DDR(東ドイツ)博物館」にも立ち寄りました。当時の東ドイツの生活を紹介する展示がされていました。
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そんなに規模の大きなところではありませんが、混ぜ物の入ったコーヒーとか車やバイク、軍服や写真といったモノの展示、住宅のキッチンや取調室や偉い人の執務室の再現などがあり、説明書きも多くて、なかなか楽しめます。
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(↑The peace must be armed!と書いてあるらしい)
自由がなくて監視されてて、モノがなくて寿命も短くて(でも差はちょっとだった)と若干プロパガンダ的な匂いもします。なんか60年代くらいの暮らしとしては日本よりいいくらいじゃない?という印象も。
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世界遺産の「博物館の島」に渡りましたが、特段……。古代史とか美術とか、そんなに、なので。
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大聖堂はでかかった。石造りってやっぱりおっきいものできるね。色は舞茸っぽいなと思いました。

「壁」で、もう1カ所。少し北のほうにある「ベルリンの壁記憶センター」。
こちらはイーストサイド・ギャラリーと違って暗い感じでした。
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簡単に西側に行けないようにした二重の壁や監視所が残ってます。突如として壁ができた1961年から壁が壊れた89年までの間に、136人が壁を越えようとして撃たれるなどして亡くなっており、その顔写真入りの碑がたっています。
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最後の人の日付を見ると、壁が壊れる2カ月ちょっと前の89年8月。もうちょっとだったのに、とは思いますが、この頃ってもうそれなりの人たちが「早晩壁は壊れる」と思っていたのではなかったっけ?
ビジターセンターでは、当時東側に住んでいた人たちの証言が聞けたり、展望所から遺構が見られたりします。しかも無料。ひええ。
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そして、「西に行きた~い」という希望のあまりに無血革命が起きてしまった(最後はなんか瓢箪から駒みたいな感じで)、その昂ぶりが伝わります。1990年前後って、マスコミで働いていたら本当に面白い時代だったろうね。あと、暗い歴史がちゃんと見られるようになっていることは重要です。
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これは一応見に行ったブランデンブルク門。

それにしても、ベルリンの交通機関は便利。電車は数分置きに来るし、1日チケットを買えば、それをポケットに入れたまま列車、トラム、地下鉄、バスを股にかけて快調に乗り降りできます。どの駅にも電光掲示板があって「あと何分でどこ行きの列車がホームのどの辺に止まるか」が示されています。

夜は現地の方に、夕飯に連れていっていただきました。
豚肉と野菜の盛り合わせみたいのとサラダを1人前ずつ頼み、ビールで乾杯です。
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2人でシェアしておなかいっぱい。温野菜も豚もシンプルながらとてもおいしかったです。
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どうでもいいけど、ドイツのグラスって0.3lとか0.5lとかの目盛りが入ってる。
結局ごちそうになってしまいました。

【ベルリンの外】

いただいたもの、見た風景など。
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一緒に行動したグループの中でわりと仲良く喋ったのは、ハンガリーとウクライナの人でした。

・ハンガリーの彼は、「うちの大統領はEUが嫌いで、かわりにロシアと仲良くしようとしている。プーチンと組んで原発建てようとしてるけど、プーチンは危ない奴だと思う」と。立地が立地だけに悩みの深刻さが違いますなあ
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・で、ちなみに「ハンガリー来るなら連絡して。マストシーなところ教えるから」と言ってくれました。「ハンガリーにはいくつもレイヤーがあって、観光客が見ている世界の下には見えない秘密がいっぱいあるのさ(にやり)」「歴史が複雑なので、みんなジョークをいっぱい言う。会話の中にはジョークがいっぱい(たぶん地元の人が、外からきた侵略者に分からないようなハイコンテクストな(?)会話をする癖をつけたのではないか)」というあたりが面白かったです。英語はブダペストで若い世代ならまあ通じるらしいので、行ってみたいなあ。ベストシーズンは9月で、5月もいいよとのこと
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・ウクライナの彼はいい人なんだけど、醸してる雰囲気がものすごいシニカルで、とてもウクライナのイメージと合いました。「いまロシアと戦争してて大変でねー」(!)

・ハンガリーの彼は夜行列車で13時間、ウクライナの彼はバスで14時間かけて帰るそうです。ハンガリーの彼は「物思いにふけったり、本を読んだりできるから、列車は好き」と言ってました

・やっぱり英語ペラペラ陣営は、そいつら同士で固まるな
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・田舎のほうに行きましたが、すっごいきれいだった。なだらかな丘や平原が雪に覆われていて、緯度
のせいか夕暮れが長いので、東山魁夷が描くようなぼやーっとした風景をしばらく楽しむことができました

・そんなにいっぱいの地元民に会ったわけではないですが、「かっちり志向だけどしきれてない」感じの人が多くて、その点弊管理人はとても近いものを感じました
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・ドイツの人って、「まあ確かに均せば日本人よりは大きいんだけど、でも北欧の人みたいにばかでかいわけではない」というくらいのサイズで意外でした

・タバコ吸ってる人がそれなりにいるのも意外でした

・ベルリンの建物は古いのは「東側」っぽくて、新しいのはやけにガラス張り

・「メシまず説」も聞いたけど、何食べてもおいしかった(これは専ら、現地在住の方々によるお導きがあったためと思われる)

【収容所】

泊まっていたアレクサンダー・プラザっていうホテルの朝食がうまかった。特にハーブつきのクリームチーズと、ミニハンバーグっぽいやつ。
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ベルリンから一番近いと思われる強制収容所跡を見に行きました。
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中央駅から快速みたいな電車で北に25分ほどのオラニエンブルクから、さらに路線バスに乗り換えて15分ほど行くと、ザクセンハウゼン強制収容所に着きます。ヒトラーが政敵をぶちこむために各地に作った収容所の中でもわりと早い1936年にできたところで、ユダヤ人を含めた何万人もが殺され、戦後はソ連の施設になったそうです。
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東ドイツが1961年にメモリアル化して、現在は広い敷地の中に残っている建物や当時の素材を使って再建した建物などを見ることができます。
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四畳半くらい?の房が並ぶ牢屋の外には3本の丸太が立っています。そこには恐らく人が……
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日本人も登場します。「犯罪者を働かせて更生させる施設です」とのウソ説明をまんまと信じた(意訳)、と。
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「労働は自由にする」という、もうウソそのもののキャッチフレーズ。
3ユーロで音声ガイダンスが借りられます。イヤホン式ではなく、建物の前の看板に書いてある番号を入力してスピーカーを耳に近づけると、説明が聞けるというもの。耳がふさがれないのがいいです。
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それにしても、「いやな思いをする人がいるから」「論争のあるところだから」みたいなぬるい言い訳をして負の歴史遺産を”ないない”しちゃわない点はとてもいいです。中学か高校くらいの集団がいくつも訪れていました。意識的に継承していかないと、人は簡単に忘れて、簡単に記憶をねじ曲げて、同じところで躓きますからね。
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行く前は「1時間くらいで見終わっちゃうかな」と思っていましたが、どっこい3時間でも見終わらず。

ベルリンに戻って食べたのは、グリーンカレーが焼きそばと唐揚げにかかった不思議なアジアン。
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実はドイツ生まれだというニベアのお店でお土産のクリームなどを買いました。
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【朝飯】

モーニング食べに行こうと思い立ちました。
2ブランデンブルク門があるウンター・デン・リンデンに面したカフェ「アインシュタイン」です。お店の前には「こちらに並んで下さい」との看板があります。しかし7時半に行ったので、がらがらでした。
適当に朝食を頼んだら、すごい量。
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パンはいろんな種類の盛り合わせで、「セレクテッド・ブレッド」と書いてあったのでどれを食うのか選ぶのかと思いましたが、全部食えというやつでした。文面を見直せば、そりゃそうだな。
ハムもサラミもオリーブもチーズもおいしかったけど、結構塩味きつめだったのと、何より量が多かったので食べきれませんでした。お店の人に「これ2人分じゃないですよね」と念のため聞いたら、「1人分さ。これがドイツ式、朝はたんと食べないと力が出ないだろう!」とのお答え。さすがにチップを要求する店はノリが違う(ちなみに頭がボケてて計算間違いでチップ出し過ぎた。悔……と思っていましたが、カード明細見たら適正なチップに修正されてて見直した)。
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あとはベルリン―フランクフルト、フランクフルト―羽田で帰国。
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フランクフルト空港ではビールとソーセージでお金を使い切りました。機内で意外と寝られたのはアルコールが入ったせいかな。
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今回はフライトが長いので、保湿機能のあるマスクを持ってきてよかった。

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2016年01月24日 22:47に投稿されたエントリーのページです。

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