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クリトン

■プラトン『クリトン』(藤田大雪訳)叢書ムーセイオン刊行会、2013年。

学生時代に英語の授業で読んだ気がしますが、よく覚えてません。
死刑を言い渡されて明日にも執行、という状態で牢屋にいるソクラテスのもとへ来たお友達のクリトンが、脱獄を勧めるシーンから始まる対話篇です。「正義に反する仕打ちを受けたんだからこっちだって仕返ししてやればいいんだ。逃げる先は確保できるし、親に死なれたら小さい子供は辛いでしょうよ」

これに対してソクラテスはイタコ芸(違)によって国法を呼び出し、仮想の対話を始めます。
国法に従って婚姻した両親から生まれ、国法に従って養育され、アテナイが大好きであまり外国旅行にも行かず、仮にこの国が嫌いになれば出て行く自由だって保証されていて、裁判で「国外追放か死刑か」を選ばされたときにも死刑を選んだのに、明日死ぬかもとなったら脱獄って……何言っちゃってんのキミ?と国法は詰る。「自分は正しくないと思うから」とか言って気ままに契約を破るようなヤツは他の国に逃げたって軽蔑されるし、あの世にいったってあの世の法が許しやしませんよと。
「こう言われたら何と言い返そう」とソクラテスから投げかけられたクリトンは言葉を失ってしまう。

「悪法も法」だという主張だ、としばしばまとめられますが、ソクラテスはそう言ってません。独裁や圧政の下に暮らしているなら自由も責任も生じる余地があまりないけれど、アテナイでは留まる自由も去る自由も、おかしな法を説得=ロゴスの力によって改善する機会も与えられている。自由な国の政治に参加する市民は、自らの行動の結果に対する責任が最も厳格に問われるというわけだ。おかしな法がまかり通るようなら、それを許した市民がその責めを負う。大衆が悪いだの制度が悪いだのというのは自由な国の成員が言っていいセリフではないという。

プラトンはどんな思いでこれを記していたんでしょうね。市井の変わったおっさんとして排斥されたソクラテスを見て、「こりゃあ、やっぱり哲学者も統治者側に行っとかないとだめだわな」と思ったのでは、なんて想像してます。

* * *

上記の本の訳者の名前を承けたわけではありませんが、金曜もまたえらい雪でした。
早々に帰宅するように、と会社の総務からお達しが来ていたのですが、大学時代の同級生2人と夜、渋谷で予定していた飲み会を敢行してしまいました。22時前に切り上げれば帰れるだろうと踏んだところ、運よくつつがなく帰宅して寝ることができました。

翌土曜日は築地で昼過ぎから仕事があったため、少し遅めに起きたらなんだか寝てる間に世の中が大混乱だったようです。築地で会った方は「昨日は中央線の電車内で1泊した」と疲れた様子だったので、タイミングと利用する線によっては弊管理人も大変な目に遭っていたかもしれなかった。

まあ大雪が降る時に不要不急の外出をしてはだめですね。特に人口密集地では一カ所がスタックすると、その周辺に人がいることによって、さらに被害が大きくなる方向に転がるように思います。

* * *

その同級生2人は部活の同輩で、某工学部准教授(既婚、昨年3人目の子が生まれた)と、某企業研究所ユニットリーダー(既婚、子持ち)になっていました。
2人は学生とか部下とかのメンタル対応が大変だという話で意気投合していました。わー、そんなこと気にしなきゃいけないの?大変だ。いやあ行き先分かれりゃ分かれるもんですね、と相変わらず独身ヒラ社員の弊管理人は思いました。あと准教授氏が「おれ最近右傾化してて、タモガミ支持なんだよね」と言ってたのがウケタ。

ちなみに10日の日記に書いた、16年前の大雪のときに部活終わってからキャッキャいいながら雪合戦とかやっていたのが彼ら。その話をしたら「あー、そんなことあったような、なかったような」くらいの反応でした。
運動部の慣習で、彼らとだけは呼び捨てしあいます。弊管理人は普段、人には必ず敬称をつけて呼ぶのですが、その例外です。

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2014年02月16日 21:37に投稿されたエントリーのページです。

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